2007/8/31

駿馬にも鞭うつの理  
愛のムチというのは、その加減が難しい。強過ぎてはいけないし、さりとて弱過ぎては意味がない。それも相手によって反応がマチマチであるから、余計に難しいのだ。

やぶからぼうに何の話かと思った人がいるかもしれない。

実は昨日、瑠璃堂氏より愛のムチを求められたので、わたくしとしては対応に苦慮しているというか、ようはドギマギしているのである。

ところで、聞くところによると、エホバの証人では子供の教育にムチを使うのだそうである。
彼らのことだから、聖書にそのような記述があるのだろう。具体的な文言を知らないが、聖書を字句どおりに理解するのが彼らの信念なので、ほぼ間違いなく聖書の教えに基づくものだと思われる。
しかし、それはあまりにも硬直した思考であろう。もっと柔軟な解釈をしてもいいはずなのである。

いったい誰がその解釈権(?)を行使しているのかという疑問もある。

宗門の場合は明確であるし、顕正会は周知のごとく浅井先生の独壇場である。創価学会の場合は会長にその権限があるのだろうか?
どうもエホバの証人は、その辺のところが見えてこないような気がする。ようするに指導者が見えない。
あるいは解釈ということをまったく認めておらず、そっくりそのまま字句どおりに読むだけなのかもしれない。であれば解釈権などというものはまったく必要ないわけで、いわゆるカリスマ的な指導者も必要としないことになる。

しかし、よくわからんことだ。

わたくしならば、たとえ同じ聖書であっても、これはこう読むのではないか、いや違う、こうも読めるし、ああも読める、といった具合にいろいろと考えが膨らんでくると思う。彼らにそれがまったくないとしたら、いったいどういう思考をしているのか、わたくしには疑問であり、理解に苦しむところである。

もっとも、顕正会員だって似たり寄ったりではないか、という声がどこからか聞こえてきそうであるが・・・

いまをもひいでたる事あり。子を思ふ故にや、をやつきの木の弓をもて、学文せざりし子にをしへたり。然る間此の子うたてかりしは父、にくかりしはつきの木の弓。されども終には修学増進して自身得脱をきわめ、又人を利益する身となり、立ち還って見れば、つきの木をもて我をうちし故なり。此の子そとばに此の木をつくり、父の供養のためにたて、てむけりと見へたり。日蓮も又かくの如くあるべきか。日蓮仏果をえむに争でかせうばうが恩をすつべきや。何に況んや法華経の御恩の杖をや。かくの如く思ひつづけ候へば感涙をさへがたし。

以下は僭越ながら平成新編の漢字ルビを参考にして書き直したものである。

今、思ひ出でたる事あり。子を思ふ故にや、親、槻の木の弓をもて、学文せざりし子に教へたり。然る間、此の子、打たてかりしは父、憎かりしは槻の木の弓。されども終には修学増進して自身得脱をきわめ、又人を利益する身となり、立ち還って見れば、槻の木をもて我を打ちし故なり。此の子、卒塔婆に此の木を造り、父の供養の為に建て、手向けりと見へたり。日蓮も又、此くの如くあるべきか。日蓮仏果を得むに争でか少輔房が恩を捨つべきや。何に況んや法華経の御恩の杖をや。此くの如く思ひ続け候へば感涙押さえ難し。

ちなみに本文中、「然る間此の子うたてかりしは父」の「うたて」のところを、平成新編では「無情」とルビを振っている。わたくしは単純に「打たて」でいいように思うのだが、おそらくは文法的に「打たてかりし」ではおかしいということなのだろう。さりとて無情とする理由がわからない。ご存知の人がいれば、教えていただきたいと思う。

それはさておき、今日の話にオチをつけておこう。

顕正会は教条的だと評されるのが常である。だが、さすがにムチは使わない。


九月一日追記:コメント欄にて、渡辺氏よりご指摘たまわったごとく、上記の「打たて」は大間違いだった。これより本日分(九月一日)のブログにて、じゃっかんの補足をしたいと思う。

2007/8/30

七色十色と青息吐息  
ジリリ照りつける太陽の下、恨みがましく空を仰げば、
やたら低空飛行なセミたちが、頭やおでこを直撃しては、あらぬ方角へ急発進。
特攻隊が、夏の終わりを告げる。

――残暑お見舞い申し上げます。

    出典「七色十色 *いつもココロに顕正ライフ*


昨日は久々に瑠璃堂氏からコメントを頂戴した。

ご存じない方もいるかもしれないので紹介しておくと、この人はもともと当ブログのコメント常連者だった。元顕正会員であり、当然ながら顕正会問題に関心が高く、ご自分の考えをしっかりと持っていて、文章力にすぐれている。
わたくしは思った。当ブログにコメントを下さるのは嬉しいことだが、しかし、モッタイナイのではないか、どうせならばご自分でブログを立ち上げて、そこから情報を発信したほうがいいのではないか・・・そう思って、それを本人に伝えてみた。

しばらくしてトラックバックがあった。
めずらしい、いったいどういう筋のサイトだろうと思って、覘いてみた。びっくり仰天、瑠璃堂氏のブログだった。
おおむね、そんな経緯だったと思う。

氏はこのところ、警察だとか検察だとか、事件の発生から逮捕に至るまでの流れであるとか、起訴・不起訴ないし起訴猶予だとか、ちょっと面倒なテーマを書いている。いつから書き始めたか調べると、なんと七月九日がその最初らしいのである。途中で脱線や急停車があったにせよ、ほぼ二ヶ月近くも連載が続いているのは驚くべきことである。
もし、わたくしが書くとしたら、一週間が限界であろう。ようはネタが続かない。せいぜい一週間程度で尽きてしまうに違いないのだ。
つまり、瑠璃堂氏とわたくしとではまるで好対照であり、勉強家と勉強嫌い、努力家とナマケモノ、研究熱心とズボラ、根気の有無、構想力の差、そして決定的なのが文章力の違いであろう。氏は冒頭に引用したがごとく、情景描写にすぐれている。憎らしいほどのうまさだ。

ここで負け惜しみを言うとしたら、青は藍より出でて藍よりも青し、といったところか?

しかし、わたくしは瑠璃堂氏がブログを始めるにあたって、ほん少しのキッカケを作っただけであって、氏の素質そのものはわたくしとは関係のないことである。何しろ相手は七色十色なのだ。単色(淡色?)のわたくしが霞んで見えるのも無理はない。

今日はこれでおしまい。

2007/8/29

組織批判の猛者たち  
創価学会の中でそんなことしたら、会長だって副会長だって理事長だって、名誉会長だってクビになる・・・

これは先般の樋田氏との法論の最中に、沖浦氏が発した言葉の要約である。

直接的には法華講側の行為を叱責する意味の言葉であるが、そこに名誉会長のクビまで持ち出すところが沖浦氏の面目躍如であり、並の創価学会員にはとうていマネのできない芸当である。

しかし、沖浦氏も相当のツワモノではあるが、わたくしの知るところでは創価学会員による創価学会批判の第一人者は、よしりん氏であろう。正信掲示板に次のような発言が見られる。

本当に苦労してるのは、支部、地区、ブロック、、、
統監のテンパーに満たない「活動家」である。


これはほんの一例であって、氏の発言を詳細に追っていけば、そこらじゅうに組織批判が散りばめられていることがわかる。
それはともかく、文中の統監の意味がわたくしにはよくわからないのであるが、おそらくは創価学会における住民票みたいなものであろう、もっと簡略に言えば名簿のことだと思われる。
ようするに創価学会の活動家は名簿上の十パーセント未満であると言っているのである。

つい先日の渡辺氏のコメントからは、妙観講は二万強であり、そのうちの五千人が過日の総会に集まったことが読み取れる。あるいは宗門全体で国内四十万弱、そのうちの七万五千人を結集するのが明年の目標だという。
これは上記の創価学会の例や顕正会のことを考えれば、ものすごい密度である。
顕正会では以前、法華講を見くびっていた。創価学会と分離した時点では、法華講なんてしょせんは信心のない墓檀家ばかりである、などと高を括っていたのである。
しかし、今はもう、けっして口にできない言葉となった。

話を戻して、創価学会批判の第一人者は、よしりん氏であると書いたが、実はもう一人、見逃せない人物がいる。かつて当ブログへもコメントを下さったことのある小野不一氏だ。

私が会館に入ると、ロビーに居合わせた幹部が2〜3人は逃げる(笑)。本当の話だよ。まるで、ゴキブリみたいな連中だ。

これはスゴイ・・・

また、氏の場合はご自身の文章の切れ味だけでなく、そこに引用されている文章も、ひじょうに有益である。
あらゆる情報を驚くべき頻度で紹介しており、その中にも学ぶべき素材がたくさん散りばめられているのだ。

――カウンセリングには、来談者中心療法、論理療法、認知行動療法、精神分析など、さまざまな技法がありますが、すべてに共通する基礎技法として「傾聴」があります。実際に、どのように聴いていくのでしょうか?

柴田●まず大切なのは「何を聴くか」ということです。自分の聞きたいことを聴くのか、相手の言いたいことを聴くのか――そこに雲泥の差があります。人間というのは意外なほど、自分の聞きたいようにしか聴いていないのです。

《柴田博文/創価大学通信教育部助教授、臨床心理士》


これは大白蓮華の二月号に載っているのだそうである。

2007/8/28

一見さん歓迎  
このば亀が、、、、、、、。

あげ氏より、自由な茶寮掲示板の現状について所感を書くように、との要望があった。

実はこれがいちばん難しい問題なのである。
すでに掲示板が立ち上げられてから一年以上が経過している。アクセス数を見ると、十五万を超えている。これはけっこうな反響というべきだろう。
だが、この掲示板は、いったい何の役に立っているのか・・・それを考えると、ひじょうに悩ましいのである。
今、盛んに投稿している加藤氏は、ついこの間まで顕正会員だったのだ。別のハンドルネームで茶寮掲示板に投稿していた。それがいつの間にか法華講員になっていた。ニシケン氏もまた同様である。あるいはaono氏・・・この人はまさに正統派顕正会員と形容するにふさわしい立派な人物だったが、この人も今は法華講員である。
他にもいるかもしれないが、ともかく茶寮掲示板に投稿している顕正会員は、遅かれ早かれ法華講員になる運命にあるごとくなのである。

しからば茶寮掲示板の管理人はどうなのか・・・

ああ、そうそう、上掲の太字部分であるが、これは「みずほの星」という人物が茶寮掲示板に書いている言葉の一部である。
この人は各種掲示板に出没していて、どうもその語り口というか、言い回しが人をおちょくっているような感じがして、実際どこの掲示板でも顰蹙を買っている様子なのである。
ようは「このバカめが・・・」と言いたいのだろうが、いったい誰がバカなのか、もしかしたら自分のことを言っているのではないか、という気がしないでもないのである。
まあ、愛嬌があると言えなくもないが、自分が周囲からどう思われているか、客観視することも必要であろう。

ところで、当ブログはこのところ、平均するとアクセス数が三百を超えているようである。その割にはコメント投稿者が常連さんばかりであって、ご新規さんがいない。
よくわからないが、あるいは過去の投稿分などもちゃんと読んでからコメントしないと失礼になる、などと遠慮しておられるのかもしれない。それで実際に最初から順番にブログを読もうとした人がいるかもしれない。
だが、それはひじょうにシンドイ作業である。何しろ八百有余の投稿数であるから、それをすべて読むのは至難のワザである。しかも駄文だから、余計に疲れるだろう。

そこで、もしよろしければ、次の投稿分から順番にコメントも含めて九日分ほど読んでいただければと思う。

http://diary.jp.aol.com/ganko/326.html

複数購読の問題
一念信解氏は顕正会員なのか?
機に随って法を説くブログ?
随自意ブログ?
わがままブログ?
全集未収録御書引用の意図は?
念仏者臨終現悪相御書
ひきこもりブログ?
コミュニケーションブログ?

これが九日分のタイトルである。これらを読めば、当ブログのおおよその性質が読み取れるはずである。すでに一年以上前の文章であるが、基本的にやっていることは変わっていないことがわかるだろう。進歩していないと言えばそれまでだが、われながらよく話題が続くものだと思う。

で、茶寮掲示板が立ち上がったのも、ちょうどこの頃であり、当ブログが幾らかはその足掛かりになっていたことも読み取れるはずである。

もともと茶寮掲示板の管理人は、かなり早い時期から顕正会にまつわる種々の問題に関心を持っていた。しかし、その性質上、組織の中でそれを口にすることは憚られた。たまたま当ブログのコメント欄が現役顕正会員で賑わっていた。茶寮管理人はそれを見て、問題意識を持っている会員が存外に多くいることに驚いた。そこで、だったら顕正会員による顕正会員のための掲示板を作ったらどうか、ということを思い立ったのだろう。

これらはわたくしの勝手な推測であるが、おおむねこんな感じで茶寮掲示板は立ち上がったのだと思う。

しかし、茶寮掲示板は何も顕正会員を法華講員にすることが目的ではなかったはずなのである。ところが顕正会の問題を突き詰めれば突き詰めるほど、結局は宗門に帰伏するしかないのではないか・・・という結論にならざるを得ないらしく、実際にそういう人をたくさん輩出してしまっているようなのである。

これはある意味、仕方がないとは思うのだが、しかし、それでは所期の目的であるところの顕正会の改善はどうなるのか・・・

・・・やはり無理だということか?

冒頭にいちばん難しい問題と書いたのはこのためである。

2007/8/27

一騎当千の人材集団  
怨念と言ったらオーバーかもしれないが、どうも沖浦氏には何かしら鬱屈した感情があるように思えてならない。

昨夜遅くに渡辺氏から、妙観講総会のご報告をたまわった。あまりに懇切な文章なので、わたくしとしては恐縮至極であった。それで今日はその返礼を兼ねて書こうと思っていた。
ところがである。早朝に沖浦氏のゲリラ的な投稿があって、何となく台無しにされてしまったような気分である。
もちろん、コメント欄は自由に使ってけっこうなのであるが、どうも今回の沖浦氏のコメントはいただけない部分が少なくないように感じられて仕方がないのである。

他人の功徳の体験を腐すのは沖浦氏らしくないと思った。

法華講員だって同じじゃないか・・・という反論がありそうである。
確かにそういう人もいるし、場合によっては創価学会員よりもよほどタチが悪いような人もいるかもしれない。しかし、沖浦氏はそういう低レベルな相手には同調しない、いわば格調の高さを保持している人物のはずなのだ。
それがどういうわけか渡辺氏に対しては、過剰に反応しているように見える。それが冒頭述べた鬱屈云々の意味である。

樋田氏のビデオをいくつか視聴して思うことは、彼の場合は必ずしも相手の功徳そのものにケチをつけているわけではないことである。
樋田ビデオは法論ビデオである。法論を映像化しているわけである。その法論において、個人的な体験発表をしても意味はない、それでは正邪の判断がつかない、ということを主張しているわけである。

自分はこれだけの体験をしました、功徳をたくさんいただきました、だから自分のやっている信心は正しいのです・・・これでは法義論争にならないと言っているのだ。

正直、渡辺氏とわたくしとでは立場が違うので、昨日のような報告を受けても困る意味がある。しかし、氏の信仰の発露ともいうべき感激に満ち溢れた文章には、少なからず感動をおぼえるのも事実なのである。
これは相手が創価学会員だったとしても同じである。現在のわたくしにはほとんど制約がないので、けっこう正直な気持ちが書けるのだ。

さて、妙観講の総会であるが、渡辺氏の目測では五千人の結集だったという。

多いか少ないかは所対によって変わってくるので一概には言えない。それは創価学会員にしてみれば、大したことないように見えるだろう。しかし、この数字は物凄くデカイと思う。
わたくしは顕正会がまだ二十万にも満たない時期からいるので、その頃の雰囲気と重ね合わせて見ると、妙観講の五千はたいへんな価値があるように感じられるのだ。かつて某幹部は言っていた・・・顕正会が百万になったら創価学会などは取るに足らない存在になる、なぜならば信心の情熱といい、確信といい、また教学力といい、すべてにおいて創価学会員の何十倍もの実力を備えている、それが顕正会員だからである・・・などと息巻いていた。現状は恥ずかしい限りであるが、そういう過去もあった。
今、それを振り返ると、まさに現在の妙観講がそれに近いように感じられるのである。

顕正会実勢三万とはいえ、ムード的には妙観講に負けてしまっているかもしれない。実際問題として、顕正会員は妙観講員の動きに戦々恐々としているのである。

そういうわけで、あるいは創価学会員から見れば、まだまだなのかもしれないが、顕正会員のわたくしから見れば、たいへんな数字なのである。

なお、妙観講というのは末寺の一講中に過ぎない。日蓮正宗にはおよそ六百の末寺があるという。すると、一末寺だけで五千人の結集ができたわけだから、全部の末寺を合計すると三百万からの結集が可能となる・・・

さすがにこれは机上の空論であろう。

聞くところによると、末寺によっては御講に数人しか集まらないところもあるという。一方の妙観講はもう何年も前からすし詰め状態であり、なんと現在は御講の時に大講堂を借りているのだそうである。これでは平均値の見当がつかない。ゆえに全体の数字は不明であるが、ともかく日蓮正宗の中に妙観講のような存在があることは、潜在的に伸びていく素地があることを物語っているのだと思う。

2007/8/26

奇妙な訓諭  
 このとき、正本堂の落成はすでに半年後に迫っていた。宗門としても、正本堂の意義を公式に宣言する「訓諭」を発布すべき時が近づいていた。

(中略)

 ここに、顕正会の主張と学会の圧力の中間を取ったような、奇妙な「訓諭」が作られ、昭和四十七年四月二十八日に発布されたのである。

今日も引き続き顕正新聞第1077号からであるが、いよいよ本題ともいうべき「誑惑の正本堂 崩壊す!!」の内容である。
すでにこれに関しては、引用文などに改竄が見られることを、トチロ〜氏が詳しく書いておられる。さしたる資料を持たないわたくしには、とうてい同じマネをすることはできないけれども、わたくしにはわたくしなりの視点というものがあるので、それを書いておくのも悪くはないだろう。

今回、浅井先生は久しぶりに、いわゆる御遺命守護の戦いを論じた。
おそらく古い会員は思うことだろう、何ら新鮮味がないではないか、もうウンザリである、と。ここが難しいところで、新しい会員にとっては逆に物凄く新鮮であり、それなりに感動したりするものなのである。
では、わたくしはどうかと言えば、すでに二十年からのキャリアがあるから、ウンザリというのが正直なところではある。だが、ここからがわたくしの本領発揮とも言うべきところで、たいていの人が読み飛ばしてしまうようなところにメスを入れる、それが当ブログの役目でもあると思っている。

上掲の文章はわたくしにとって、けっこう新鮮だった。

まず上段の、宗門として訓諭を発布すべき時が近づいていた、という言い回しはこれが初見ではないかと思う。はたして、これにはどのような意味があるのだろうか?
わたくしの思うに、これにはさしたる意味はない。たぶん、文章の流れからして、こういう言い回しがスムーズだと判断したのだろう。
先の引用文の改竄ということでも、ようは読み易いように勝手に書き換えてしまう、それが先生の常套手段なのである。実際問題としては、それが純粋に原文を要約したものなのか、それとも都合よく改竄してしまったものなのか、微妙なところである。その大半は前者であるとわたくしは思っているが、なかには都合よく書き換えてしまっている部分もなくはないのだろう。
いずれにしても、そこに取意であるとか要約であるとか書いておけばいいいのに、それをしないからツッコミが入るのである。

さて、下段であるが・・・これが今日の本題である。

奇妙な訓諭・・・

これも初見ではないかと思うが、どうだろうか?
おそらくは顕正会の主張と創価学会の圧力の中間を取ったような・・・というのも初見であろうと思う。一見すると、従来の焼き直しのようでありながら、実はけっこう新しいことを書いているのだ。
これにはけっこう意味があるに違いない。

折伏理論書改訂版にも訓諭の写真が掲載されている。しかし、後半部分を隠してしまっている。これを法華講員たちは、都合が悪いから会員に見せないようにしている、と言っている。
おそらく浅井先生は、これを物凄く気にしているのだと思う。ゆえに今回は、訓諭の写真を全面的に掲載してある。文字は細かいながらも、じゅうぶん判読できるレベルである。

 即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり。但し、現時にあっては未だ謗法の徒多きが故に、安置の本門戒壇の大御本尊はこれを公開せず、須弥壇は蔵の形式をもって荘厳し奉るなり。

今回、わたくしもこれを書くにあたって認識を新たにしたところであるが、但し・・・の部分は、前文から直接つながっているのである。改行されているわけではないのだ。
この意味では明らかに、理論書改訂版における当該写真の掲載は恣意的な切り文ということになるだろう。これを法華講員などから指摘されて、今回は全面掲載せざるを得なかった。

なるほど、顕正会と創価学会の中間を取った奇妙な訓諭との新見解は、間接的ながらこうした批判に応えたものらしいのである。

2007/8/25

顕正新聞校正委員会  
昨日もまた、ひじょうに有意義なコメントをたくさん頂戴したが、今日は再び顕正新聞第1077号に話を戻したい。

顕正会の動きで、いくつか注目している事案がある。そのうちの一つが「あと十有余年」だ。

http://diary.jp.aol.com/ganko/780.html

ここに書いたごとく、もはや十有余年は使えないだろう、使わなくなるに違いない・・・というのがわたくしの見通しだったが、それは見事に外れた。何しろ、のちに副総合女子部長となる人物が言っているのである。さらに後刻、同一人物が同じ発言をしているのである。もしこれが禁句であったならば、副総合女子部長に抜擢されることはなかったはずである。つまり、あと十有余年は今も生きているのだ。

そして今回は、別の女子部幹部がこれを言っている。やたらとセンテンスの長い文章なので、一部分だけを切り取って紹介したい。

先生のご慈愛に守られ切っている自分たちがあと十有余年♀ムけなくてどうする・・・

これはいったい、どういうことなのだろうか?

無難なところというか、客観的な視点を交えた意味では、先生の年齢からすればあと十数年が限界であり、われわれが先生と共に戦えるのは残りわずかである、だから精一杯のご奉公をしようではないか・・・といったところか? 現実にこのような指導がなされていてもおかしくはない。
あるいは最近の指導との整合性からして、第二の五十年の前半、とりわけ、あと十有余年が正念場である・・・というような文脈であろうか?

よくわからんが、ともかく言えることは、これを十年後も言い続けていたとしたら詐欺にも相当するだろうことである。
より厳密に言えば、最初に十有余年を言い出した時期がいつであるか、それがポイントになる。面倒なので調べていないが、そこから起算して十年後も同じことを言っていたら、一向にカウントダウンしていないことになる。ゆえに、この「あと十有余年」も、おそらくはあと数年しか使えないに違いない。

ところで、同じ記事の中には、次のようなくだりがある。

先生のこの連々たる命がけの戦いにより、学会・宗門が「正本堂は御遺命の戒壇ではない」ことを自ら否定・訂正した「確認書」・「訓諭の訂正文」・「聖教新聞紙上の誑惑訂正文」の写真が現存することの有難さ・・・

わたくしには、おかしな文章にしか読めないのであるが、それともこれでいいのだろうか?

おそらくは文中の、自ら否定・訂正した、の部分が不適切なのだと思う。そこを、自ら証明した、に直せば読める文章になると思うが、どうだろうか?
これは書いた本人もさることながら、編集部が気がついて修正するべきことでもあるだろう。これを単なるアラサガシだと思うなかれ、この程度の間違いに気がつかないようではオシマイだと知るべきなのだ。

2007/8/24

従藍而青  
コメント欄が盛り上がっている。しかも仏法とは関係のない話題で盛り上がっている。まあ、それはそれでいいだろう。

 ブルースはね、空の色です。

 黒人たちは綿畑で重労働に耐える奴隷でした。
 雨降りだけがお休みです。
 朝起きて空を見上げて、アア〜今日もブルーだ。ッて、嘆いたんです。
 で、いやな気持ちをブルーな気分。って、英語で言うんですよ。
 で、彼らの音楽がブルースと呼ばれるようになったんです。
 
 楽器だって買えません。
 手作りですよ。
 音楽も教育なんか皆無です。
 だから和音が簡単なんですよ。
 基本が三つだけですね。
 ブルースコードは。
 でも、楽器もない、教育もないこの音楽が世界中をいまだに席巻しています。
 何故だかわかりますか?
 ブルースは彼らの生活そのものだったからですよ。

 帝国ホテルの総料理長を長年お勤めになられた、村上信夫氏。が、以前ラジオのインタビューに答えられ、

 「いつかは自分のお店を出したい。それが夢ですね。人間はいくつになっても夢を持ち続けねばなりません。かなわなくても一生見続けるでしょう。
 私共の世界は、先輩後輩や名人はいらないのです。どんな立場になっても自分で夢を持って努力をし続ける以外に無いのですよ。」と語っておられました。

 同じく、

 「料理人はフライパンをいじっているだけでは駄目です。フランスでも南部と北部では料理が全然違います。その地方の文化や歴史を学ばねばいい料理は作れません。」とも語っておられました。

 『兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、』
 (四条金吾殿御返事)

 世間の超一流は、仏法に通じるのです。


なかでも沖浦氏のコメントが光っていた。上掲はそのほぼ全文であるが、一部だけ省略してある。まあ、それほど支障はなかろう。

専門的な話というのは、関心のない人には退屈である。あるいはシロウトにとっては、ついていけなくて退屈してしまう場合があるのだ。
ところが沖浦氏の話というのは汎用性が高いというべきか、あるいは比較的平易なためか、ウケがいいのである。
黒人たちにとって、晴れは忌まわしい、それがブルーの語源であると・・・これはわたくしにとっては初耳であり、新鮮な感動をおぼえた。現在では日本人もよく使うので、そうすると当の米国では白人なども同様に使うのだろうか? そこが知りたいところである。

ブルースカイとかスカイブルーは、日本人の感覚では気分の爽快さを形容するものだと思うが、こういうのは万国共通のものではないのだろうか?

カントリー・ロードという歌がある。わたくしが知っているくらいだから、多くの人が知っていることだろう。これは白人の歌手が歌っていたと思うが、ひじょうに明るい曲調である。この中にブルーマウンテンだとかいう言葉が出てくる。英語の解せないわたくしは漠然と、美しい山々の形容なのだろうと思っていたのだが、それは間違いなのだろうか?

顔面蒼白という言葉の「蒼」は青い意味である。顔が青白いと具合が悪そうに見える。実際、不健康の場合が多いのだろう。何となく、素人考えではこちらがブルーの語源のようにも思えるが、どうだろうか?

子供はね、親を超えてこそ一人前

唐突であるが、以前の沖浦氏のコメントに上記のくだりがあった。いちおうリンクを付けておこう。

http://diary.jp.aol.com/ganko/818.html#comment

上野殿御返事に次のような御文がある。

こうへのどのをこそ、いろあるをとこと人は申せしに、其の御子なればくれないのこきよしをつたへ給へるか。あいよりもあをく、水よりもつめたき氷かなと、ありがたしありがたし。

読みにくいので漢字に直して示すと、

故上野殿をこそ、色ある男と人は申せしに、其の御子なれば紅の濃きよしを伝へ給へるか。藍よりも青く、水よりも冷たき氷かなと、ありがたしありがたし。

ここでの青色には本質的な意味はないと思われる。なぜならば、すぐ前に紅と書かれているからだ。また、紅とて紅蓮・大紅蓮という地獄の形容にも使われるわけだから、絶対的な意味を帯びているわけではない。

おそらくは不二思想が根本にあるのだと思う。
さすれば、ブルーもまた、よい意味にも悪い意味にも使われて当然だかもしれない。

2007/8/23

気ままな独白者の戯言  
昨日の渡辺氏のコメントを読んで、彼我の差歴然を思った。

わたくしは昨日、文章を書くに当たっては構想を温めていること、それからタイミングを見計らっていることなど、誰もが行なっているだろうことを得々と書いてしまったが、構想力といい、絶妙のタイミングといい、そのお手本とも言うべき文章が渡辺氏から寄せられた。

相当にパンチの効いた文章である。

直接的にはわたくしをねらったパンチであることは間違いないが、それでいて同時に複数の人間をぶっ飛ばすだけのパワーを秘めた・・・さらに言えば、そのパワーを的確にヒットさせるテクニカルなパンチだと思った。

何より構成の妙というべきか、わたくしには専門的過ぎて音楽理論の話はさっぱり理解できなかったのだが、それは余談ということでそれ以下に本題が書かれていて、全体の文脈としてはひじょうによくわかる文章なのである。しかもである・・・最後まで読むと、わたくしにとってはひじょうに難解な音楽理論が、どういうわけか少しばかり平易に感じられてくるのだった。

これはひじょうに大事なところだと思うので、わたくしなりに分析してみよう。

余談の部分は譬喩であって、本題で言わんとすることを助ける意味がある。ゆえに、その譬喩が理解できないと、本題には進めないはずである。しかし、逆の作用が働いているのだ。
音楽理論を本題だとすれば、後の部分が譬喩になる。シとドの関係などはさっぱりわからないが、逆に沖浦氏とわたくしの関係から類推するとおぼろげながら理解できるのだ。
つまり、文章の前半と後半は相互に補完しあっていて、どちらか一方だけでも理解が及べば、やがては両方を理解できる。そのような構造になっているのだと思う。

見事な構成力である。また、この時期にこの話題を持ってくる、そのタイミングが絶妙なのだと思う。

彼我の差は歴然だ。渡辺氏はわたくしなどよりも百枚も二百枚もウワテである。


沖浦氏を尊敬の対象にしている・・・

これについて、正直なところを書いておこう。語弊があるとはいえ、おおむね正解である。否定するつもりはまったくない。

前にも何度か書いているけれども、わたくしには八方美人の面がある。ゆえに創価学会員にも笑顔を振りまくし、もちろん法華講員にも同様である。あるいは無宗教の人とも通じるものがある。
ところがこれを無節操だとして、わたくしを痛烈に批判する人もいる。あるいは渡辺氏もその意味を言っているのかもしれないし、確かに法義上からすれば、白黒決着をつけないといけない意味もある。慈無くして詐り親しむことは、大聖人の御指南に違背することにもなるわけだ。

ゆえに、わたくしとて、沖浦氏に唯々諾々としているわけではなく、破すべき部分は破しているつもりである。もっとも現時点では破折し切れていないのが現実ではあるが、その意味では法華講の諸氏も大差ないのではないかと思う。まさに呵責し駈遣し挙処せずんばの意味からすれば、ネット上から放逐するまで徹底的に破折し切らないといけない。これはまた、創価学会員にも言えることだろう。できていないではないか・・・ということなのである。

わたくしが沖浦氏を一分なりとも尊敬する点は、法義上の成否はいざ知らず、強敵を伏して始めて力士を知る、との御金言に忠実であることだ。

見る限りでは、弱い者イジメをしない、それが沖浦氏である。むしろ強い相手ばかりを選んで挑んでいるように見受けられるのである。むべなるかな世界チャンピョンにもなるほどの人物は、かくも向上心が旺盛なのである。氏から学ぶべき点はけっして少なくないと思う。

これをもって謗法与同であると言うならば、わたくしはそれを甘んじて受けることにしたい。

2007/8/22

顕正新聞、読者の欄より  
昨日の拙稿と沖浦氏のコメントは見事である。何が見事かというと、タイミングがいいのである。一日前でも一日後でも、うまくない。

わたくしは日々、行き当たりばったりで書いているが、多少は構想を温めているような面もある。
どうしてすぐに書かないかというと、うまい表現が見つからないとか、文章の全体的な組み立てがシックリこない場合があるからだ。それとか、いまだ不勉強の部分があって、そこを解決しないと書けない場合もある。あるいはタイミングを見計らっている場合もある。

で、結局は見送りの三振に終わることもある。

沖浦氏不在の話題は別に構想を温めるも何もないけれども、いつの段階で書くかが難しかった。すでに数日前からコメントがストップしていたのはわかっていた。それをいつ書くか・・・もし、昨日の段階で見送っていたら書けなかった、文字どおりの見送り三振になっていたわけである。
さらに言えば、沖浦氏から愛想をつかされてコメントがもらえなかったとしたら、それこそ空振りの三振でゲームセットを迎えるようなものだった。

そういう意味で、ひじょうに見事なタイミングだったと思う。

さて、今日は呼び捨てについての最新情報である。

わたくしはけっこう呼び捨てに敏感であり、これまでにもかなりの頻度で書いてきた。
パソコンで閲覧している人は、左側の検索窓に「呼び捨て」と入力してみればわかるだろう。おそらくは本日分のブログを含めて二十件が検索されるはずである。
その大半は、顕正会が日顕上人を呼び捨てにしたことを糾弾するものであり、最近は日達上人をも呼び捨てにしつつあって、それを警告するものである。

牽制すると言い換えてもいいかもしれない。

あるいは思い上がりもいいところかもしれないが、拙ブログはわずかながらも顕正会に影響を与えることができているのではないかと思っている。
というのは、日顕上人の事例からすれば、日達上人も同じ運命を迎えるのではないか・・・ようは呼び捨てが当たり前になってしまうのではないかとわたくしは危惧していた。ところがである。案外に呼び捨ては定着しなかった。浅井先生にもいまだに躊躇があるものか、従来どおり細井管長という表現を多用しているのである。ゆえに会員一同もまた、従来どおり細井管長が踏襲されている。

それは今回のビデオ放映「誑惑の正本堂 崩壊す!!」の特集号ともいうべき、顕正新聞第1077号を読めば一目瞭然である。この傾向はひじょうに素晴らしいことだ。

ただし、そうした中で、一人だけケシカランのがいる。

魔の手先となり変節を続ける細井日達

まったくなんということか・・・

これは顕正新聞同号に載っている男子部隊長の文章なのである。
わたくしの目の黒いうち(?)はけっして見逃さない。というか、わたくしが顕正新聞を購読しているうちは、ヘタなことは書けないと心しておくべきだろう。


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