2007/9/30

同情罪?  
譬へば我は謀叛を発こさねども、謀叛の者を知りて国主にも申さねば、与同罪は彼の謀叛の者の如し。

秋元御書であるが、この御文は顕正会員もよく知っているはずである。折伏理論書に出ているからだ。

今現在、グーグルで「同乗罪」を検索すると、三万六千四百からのヒットがある。はたして、一ヶ月前はどうだったか、一年前はどうだったか、こういうのを調べる方法があったら教えてほしいものである。

今月十九日に、改正道路交通法が施行され、全般的に罰則が強化された。酒酔い運転が百万円の罰金、酒気帯びが五十万円というから、ベラボウな話である。わたくしなどは自己破産を申請するしか道がないほどの大金だ。

さらに今回、「同乗罪」なるものが新設された。これがまた厳しいのだ。

ようするに酒酔いないし酒気帯び運転の車に同乗している人にも罰則が設けられたわけである。これはまさに与同罪の考え方と一緒である。
細かい規定は各自で調べたらよいだろう。今思いつくままに書くと、どうやらお店で飲んでいた場合、その店の人間にも累が及ぶらしいのである。お客が車で来ているのを知っていて、帰りも自分で運転して帰ることを承知して、それで酒類を提供したとなると、罪が問われることになる。あるいは、一緒に飲んでいた人にも責任があるということで、やはり罪に問われるらしいのである。ずいぶん厳しいではないか?

しかし、具体的にはどうなんだろうか・・・例えば、一生懸命に説得したけど言うことを聞かずに車で帰ってしまったという場合、酌量の余地はないのだろうか?
この辺がわからないところだ。
おそらくは責任のがれをするために、自分はちゃんと注意したけど言うことを聞かなかった、だから自分は悪くない、アイツが悪いのだ、などと強弁するのではないか? 逆に飲酒運転の本人は、いや、聞いていない、などとすっ呆けるかもしれないし、実際に聞いていない場合もあることだろう。つまり、言った言わないの、立証が困難な争いになるかもしれないのだ。
いや、もちろん、飲酒運転の当事者がいちばん重い罪に問われることは間違いないのだが、それにしても今まで周囲の人間はまったく罪に問われなかったわけだから、それがいきなり三十万だとか五十万の罰金が科せられるのはけっこう抵抗のあることだと思う。
立場的に注意しづらい場合もあるだろう。例えば、部長あたりが部下を引き連れ飲んでいる、そこにどういうわけか社長が来て、部長にどんどん酒を勧めるのだ。実はこの部長、車で来ているのだ。部下たちもそれを知っている。社長も知っているのだ。しかし、誰も咎めない。そこに自分が新入社員として入ってしまったら・・・
わたくしの経験則からいうと、断固たる態度を取るのはほとんど不可能である。で、どうしてもイヤならば、会社を辞めるしかないだろう。それが大半の人間の姿だと思う。

ああ、またしても、詮無いことを書いてしまった。

誤解のないように申し添えておくが、わたくしは何も同乗罪に反対というわけではないのだ。問題はその法律を具体的に適用していくことの難しさなのだ。

ちなみに、法門申さるべき様の事には、

世間の前判・後判は如来の金言をまなびたるか。

とある。

道交法もようやく如来の金言を学ぶようになったか、と思った。

2007/9/29

沈黙はキン  
平成新編御書検索を使って、「法論」を調べてみた。なんと、一つも見つからなかった。キーワード検索に頼り切っている人はここで挫折することになる。いかに日頃の拝読・研鑽が大事であるかということだ。

条々御不審の事、私の問答は事行き難く候か。然れば上奏を経られ、仰せ下さるゝの趣に随って是非を糾明せらるべく候か。

わたくしは法論というと、この行敏御返事が思い浮かぶ。単純に拝すると、私的な法論はいけないことになりそうだ。それはもちろん、今も昔も公場対決に勝るものはないだろう。だが、必ずしもそれ以外の法論を一切禁止するというものではないと思う。時期的に竜の口法難の直前であることからして、何かしらの謀略が仕組まれていたとも想像されるわけで、それゆえに回避あそばされたという拝し方もできるだろう。
後年、四条金吾殿もさまざまの危険にさらされたわけだが、一つには法論の場で乱暴狼藉を働いたというデッチアゲ事件があった。この意味からして、私的な法論は危険であり、往いては、法論に浮かれていてはいけない、罰が当たる、という考え方にも通じると思う。
ただし、先にも書いたように、必ずしも全面禁止というわけではなかった。ましてや今日においては、映像として記録を残すことができるわけだから、見えすいた謀略は通用しない。事前に、無編集での全面公開を約束しておけば、もはや私的な法論の域を完全に超えているとも考えられるのだ。

此より後は下総にては御法門候べからず。了性・思念をつめつる上は他人と御論候わば、かへりてあさくなりなん。

常忍抄の一節である。
よくはわからないのであるが、どうやら了承・思念というのは下総方面における、どこかの宗派の親分格らしいのだ。富木殿はこの二人を法論でコテンパンにやっつけた。それでこの二人は引っ込んでしまった。けれども、クヤシイものだから、子分を使っていろいろと嫌がらせをしていたのではないか?
ゆえに大聖人は富木殿に対して、雑魚は相手にするな、という意味のことをおっしゃったのではないかと思う。

悪口をはき、悪心ををこさば、汝にをいては此の義申すまじ。正義を聞かんと申さば申すべし。但し汝等がやうなる者は物をいはずばつまりぬとをもうべし。

妙一女御返事である。

おそらくこれは、報恩抄送文の一節と関係があるに違いない。

親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ。

広い意味では、類文と言えるだろう。

もっとも、この二文は法論と直接的には関係ない。そりゃそうだ、法論が始まってから黙ってしまったら、法論になりゃしない。負けである。

2007/9/28

対面法論のプレッシャー  
三日前の晩、創価学会系の各種掲示板に、けっこう衝撃的な投稿があった。

それは創価学会員の公爵氏によるもので、法華講員の樋田氏にメールで法論を申し込んだところ、快諾の返信があったというものだった。

わたくしはほぼ毎日、富士宮ボーイを閲覧している。
先週あたり、団体戦の法論がどうのこうのという投稿があった。てっきり、そういう詮無い話をして、楽しんでいるのかと思っていた。
なぜなら先鋒だとか中堅だとか大将などと、まるで柔道や剣道の団体戦のようなことを書いているので、悪ふざけにしか見えなかったのである。さすがに法論というのは、団体戦には向かないだろうと思う。広い意味で考えれば、全国津々浦々で行なわれているだろう、創価学会員と法華講員の丁々発止こそが団体戦なのであって、また同時に、それが個人戦でもあるのだ。プロレスなどはいっぺんに複数の人間が入り混じって戦うような場合もある。しかし、法論でそんなことをやったら、収拾がつかなくなるだろう。基本的には一対一があるべき姿であろう。

しかし、公爵氏は本気だったらしく、そのとおりのことをメールで申し込んだ。

わたくしは思った。あるいは公爵氏に、どうせ相手は逃げるに違いないという計算があったのではなかったかと。

というのは、今度の法論は早くも暗礁に乗り上げてしまったように思われるからである。

さっそく樋田氏のほうで、新たな法論に向けての調整を開始した。その様子は氏の掲示板に書き込まれている。それをざっと読んでみると、今度の法論は実現しないのではないかという気がするのである。
公爵氏のほうで延期を申し入れてきた。延期というよりは、白紙撤回に近い感じがしないでもない。
当初、十一月十八日ということで、調整が始まった。ところが公爵氏は、翌週に教学試験があるからという理由で、無理だと言い出した。これはおかしい。理由になっていないと思う。
そもそも十一月十八日というのは、確か創価学会の創立記念日だったはずである。ちょうど今年は日曜日でもある。ゆえに記念行事みたいなものがあるのではないか?
つまり、公爵氏はこれらのことを承知した上で、日時を提案してきたはずなのである。ゆえに、それこそ万難を排してでも、法論に取り組むべきではなかったか?

もう一つ、不可解なことがある。

おそらく法論とは直接関係ないと思うが、公爵氏はどういうわけか、他の創価学会員と揉めている様子なのである。
業界用語というか、創価学会員にしか通じないような言葉や記号が出てくるので、よくわからないのであるが、どうやら公爵氏は組織批判のようなことを書いてしまったらしいのである。それで袋叩きにあっている・・・というのはオーバーだが、なかには厳しく追及する人もいたりして、ちょっとした窮地に立たされているように見えるのである。
それが間接的に影響しているのだろうか?
ようするに今度の法論には、他の創価学会員は非協力的というか、冷淡にも見える対応をしているのである。

具体例を一つあげておくと、先週の段階で公爵氏は団体戦のメンバー構成をどうするか、いろいろとシミュレートするような書き込みをして、ご自分が先鋒を務めるケースを書いたりもしていた。で、自分が先鋒をやったら残りの四人は出番がない、などということをうっかり書いてしまったのである。これはうっかりというか、自信のあらわれなのかもしれないが、人によって感じ方はさまざまだ。
早い話が、そんなら一人でやればいいじゃん、ということなのである。

これはほんの一例であって、どうも他の創価学会員は冷淡というか、非協力的というか、どうも現状ではとうてい法論が実現するようには思えないのである。

しかし、実現するしないは別として、今回のここまでのやりとりを見るに、これは樋田氏にとっては渡りに船という感じがするところである。息を吹き返したと言ったらオーバーだが、ともかくこのところは法論回避に躍起になっているように思われていたわけだから、それを払拭できたことは大きいだろう。

わずか一週間足らずの推移であるが、わたくしの素直な感想である。

2007/9/27

ガラガラポン  
本日の巌虎殿の文章は過去に例をみない駄文であります。

ご覧のようなコメントが寄せられた。

これは作戦大成功と言うべきだろう。おそらくは渡辺氏も、それを承知して、最後に書き加えてくれたのだろうと思う。
ようするに、拙稿はボケなのである。そして一方のコメント欄はツッコミなのだ。
まさに昨日分の拙ブログとそのコメントたちは、この構図に見事に当てはまるのである。
大成功・・・

しかし、これは痩せ我慢というか、減らず口というか、あるいは負け惜しみというか・・・まあ、そんなふうにも見えるかもしれない。それは否定しない。

この際、せっかくだから、もう少しだけ書いてみよう。

顕正会での拍手が長いことを、わたくしは必ずしも肯定的に書いたわけではなくて、実はわたくし自身がかつてはその場にいて感じていたことを書いたまでのことなのである。
先輩幹部に、今日の集会はどうだった・・・などと聞かれると、わたくしはたいてい、拍手がやたらと長かった、と感想を述べたものである。そのうち幹部も頭に来たのだろう、オマエは信心がないから長く感じるんだ、と逆ギレする始末である。
おそらくは集団心理というものなのだろう、その割合というか比率はわからないけど、会場の大半が熱心に拍手をし続けていると、それに付和雷同的に同調して拍手をしてしまうものなのだ。それが何回か続くと、いつの間にか、その本人が誰よりも人一倍熱心に拍手するようにもなっていたりする。わたくしなどはヤケッパチでひときわ大仰に拍手したものだが、内心では長いという思いを完全には払拭できなかった。

浅井先生の著書に、全員が泣いた、というくだりがある。わたくしはヘソマガリだから、一人くらい泣いていなかったヤツもいるに違いない、と思ったりする。また、集団心理として、付和雷同的に泣いている人もいることだろう。それはある意味、ウソ泣きみたいなものである。

こうして見ると、ライブなどで盛り上がっている最中、実はしらけている人もいるだろうし、いちおう格好だけは周囲に合わせてハイテンションを装っている人もいるに違いないのだ。
それがいつの間にか、ホンモノになる場合がある。早い話がその効果を狙っているわけであろう、いわゆるサクラの存在はその誘い水の意味に他ならない。

かく言うわたくし自身、顕正会の集会にコンスタントに出ていた頃は、けっこうハマっていたと今にして思うものである。

渡辺氏は専門用語を紹介して下さった。

open repeat

X times repeat


こういうことは、言葉や詳しい内容までは知らないにしても、誰もがそのおおよそを知っているものである。シロウトながら、わたくしがこれを引き合いに出したのは、もう一つの意味があった。

つまり、壊れたテープレコーダーというヤツである。

そうそう、この場合、壊れたレコードというほうが正しいらしいが、それはどっちでもいいことである。ともかく、同じところを堂々巡りしている状態、とりわけ、同じ発言を繰り返している場合に使われる表現がこれである。
先のライブの場合は、いちおうはいちばん盛り上がった状態で、例のopen repeatが行なわれるわけだろう。
ところが壊れたレコードは違うのだ。どうでもいい場所で、堂々巡りをしているわけである。これほど不快なものはないに違いない。まさか、いつまでもガマンして聴いている人はおるまい、すぐに針を上げてしまうはずである。そのままでは針も傷んでしまうし、一つもいいことはないのである。

さて、これはいったい何の譬喩であろうか?

実はこれ、拙ブログのマンネリズムを戒める意味があるのだ。これは以前にも何度も書いていることである。
ゆえに昨日の話にしても、過去の投稿を隈なく調べればわかるだろう、決して過去の投稿の焼き直しではないのである。シロウトながら、音楽だとかその他の分野に言及する意味は、まさに野心的な意味なのだ。
結局、野心作というのは失敗を多分に含んでいるものである。その意味では批判を浴びても当然であって、むしろわたくしはそれを嬉しいことだと思っているくらいなのである。
よって各氏には、今後とも忌憚のない意見をお願いしたいと思う。

しかし、より本源的に見れば、すでにこの独白ブログという手法そのものがマンネリズムに陥っているのかもしれない。だとしたら、それがわたくしにとっての限界、ということなのかもしれないと思う。

2007/9/26

おちゃらけ大作戦  
コロンコロ〜ン(>_<)。

これは楽しい。いったい何を意味しているのか、よくわからないけど、こういうのは愉快な気分になる。

わたくしは絵文字を使わない。おそらく当ブログでは一度も使用していないと思う。それとか文章に(笑)を入れることもない。はてなマークはよく使うが・・・
しかし、だからといって絵文字が嫌いなわけじゃない。自分は柄じゃないから使わないけど、人が使っているのを見るのは好きである。もちろん、センスの良し悪しがあって、必ずしもすべての人の絵文字が気に入るわけではない。なかには意味不明の絵文字もある。いや、逆に、その意味不明さがいい場合もある。人間の心理とはそんなものだ。

法太郎氏のノータリン・バンバン(?)がわたくしは好きだった。痛快だった。わたくしもその洗礼を受けてはいるのだが、けっこう嬉しかった記憶がある。
実際、彼の絵文字は相当に有名で、その変形バージョンが今も生きている。にこにこマークにバンバンを付けたタイプがかなり普及していると思う。

そうそう、今日は「石橋を叩いて割るタイプ」という表題にするつもりだったのだが、ご覧のとおりに変更した。

これを少し改造すると「おちゃらけ大作さん」になる。申すまでもなく、池田大作氏のことだ。
おそらくネット上にその音声があると思うが、どこかの集会でワイセツなことを言って会員を笑わす場面があった。まさしく、オチャラケである。しかし、この発言をよく聴いていると、どうも会員の緊張を解きほぐそうとして、いろいろ努力している様子が感じられるのだ。
当然、賛否両論があることだろうが、わたくしは合掌礼もどきの伏せ拍手をさせるよりはマシな気がする。

実は浅井先生もユーモアを交えて話をするように心掛けてはいるのだが・・・

話は変わるが、コンサートなどのクライマックスで、同じフレーズを何度も繰り返して一向に終わらない状態がある。レコードなどでは規定の回数を繰り返して終わるとか、あるいはフェイドアウトと言うのだろうか、徐々に音が小さくなって終わる場合がある。それをライブの場合は延々と繰り返したりするのである。
最近は無料で視聴できるサイトがあるので、それを利用していろいろ聴いたりしているが、いきなりその楽曲だけ聴くと、やたらと長く感じてしまうことがある。
おそらくは、そのライブ会場に最初からいて、ずっと聴いていればそのようには感じないのだろう。その会場の雰囲気に順応していき、やがては出来上がってしまう。大げさに言えば、洗脳されてしまうのだ。
クライマックスの頃には、会場のすべての人が興奮し、陶酔の坩堝と化すのだろう。そこにいる誰もがいつまでもその状態でいることを欲する。帰りたくない、ずっとここにいたいと。その状況下で、同じフレーズが反復されると、ひじょうに心地がよいわけである。
ハタから見れば、いつまでやってんだ、ということになるが、その渦中にいる人たちには決して長くは感じないのだ。

以上の話は、顕正会における拍手の長さを物語るものである。

それと同時に「あと十有余年」の意味も、おそらくは同じ構造を有しているのだろう。

しかし、おかしいなあ、今日はオチャラケの話だったのだが、いつの間にか、けっこう真面目な話になってしまった。

2007/9/25

石橋を叩いても渡らないタイプ  
あなた自身の国立戒壇建立の戦いとは、どのようなものなんですか?

沖浦氏からの質問である。

ひじょうに困った。正直なところ、現在のわたくしはまったく戦っていない。ゆえに、エラソウなことは何も書けない。それが現実である。

例えば、顕正会では現在、二万人の折伏を目標に戦っている。十一月の下旬に、いわゆる締切日がある。それまでに二万人の折伏成果を達成するのが、当面の目標なのである。ようはこの戦いに列なっていることが、往いては国立戒壇建立への戦いとなるのだ。
ところがわたくしは、この戦いには加わっていない。せめて活発ではないにしても、それなりに組織の中に入って活動していれば、いちおうは戦列に加わっていることになるかもしれない。
しかし、もはや完全な離脱者と言ってもおかしくないのが、現在のわたくしである。

気取ったことを書くならば、組織とは一線を画した形での戦いということもあるだろう。だが、元来がズボラな性格ゆえに、とてもじゃないが戦っていると言えるほどのことは何一つしていないのが現実である。こうして日々、駄文を綴っているだけ・・・ただ、それだけのことである。

今日は安倍内閣の終わりの日であり、また、福田内閣の始まりの日でもある。

かつて小泉さんが安倍首相へのアドバイスの意味で言っていた言葉がある。鈍感力が必要だと。いつ頃のことか、どのような場面であったか、すっかり忘れてしまったが、これは渡辺淳一の著書名だったと思う。小泉さんがそんなことを言ったものだから、それがきっかけでけっこう売れたらしい。わたくしはその本を読んでいないし、今書いたごとく、小泉さんの発言の背景もよく憶えていない。けれども、今になって考えてみると、ひじょうに鋭い洞察力だったと思う。安倍さんには鈍感力が必要だった。

ずいぶん昔の話だけど、小沢首相誕生の目があった。
当時、政界のドンと言われていたのが金丸さんで、彼の後押しでもって首相になるはずだったのが小沢さんだった。しかし、まだ若かった。確か小沢さん本人が辞退したのだと思う。今、首相になったら、自分よりも年上の国会議員をぜんぶ敵に回すようなものだ・・・という意味のことを言っていた。
しかし、チャンスというものは滅多にめぐってくるものではない。結局、小沢さんはその後、ずいぶんと遠回りをすることになって、現在に至っている。次の衆院選で民主党が大勝すれば、ほぼ確実だろうけど、それもまだ先のことだから、どうなるかはわからない。

結果的に安倍さんは若過ぎたのかもしれない。あからさまには言わないにしても、この若造が・・・という思いを懐いていただろう議員がたくさんいたことは想像に難くない。つまり、真正面から敵意をむき出しにしたり、足を引っ張ったりする人はいなかったにしても、そのような画策があったとしてもおかしくはなかっただろう。現に閣僚の不祥事が頻出したことがその一端を示しているようにも感じられるところだ。

安倍さんの電撃辞任の直後には、麻生さんが有力視されていた。ところが福田さんが名乗りを上げると、瞬く間に状況が一変した。
これもわたくしには年齢的な意味が感じられるところである。
小泉さんは長期政権だった。その跡を継いだ安倍さんがまたしても長期政権となってしまったら、もはや自分が首相になる目はない、と考えた人たちが何人かはいただろうと思う。何しろ安倍さんの年齢を考えると、確実に世代交代が進んでしまうことになる。
つまり、この反動から、高齢の福田さんを推す動きが一気に強まったのだと思われるのだ。福田さんが首相になれば、年齢的に逆戻りするわけだから、再び自分にもチャンスがめぐってくると考える人がいてもおかしくはない。麻生さんにも目は残るわけだから、わりと丸く収まる格好になるのだ。

ここまでは自民党の中の話である。問題は今後の国会における論戦であろう。野党だって手をこまねいてはいまい。はたして、福田さんがうまく乗り切れるかどうか、それは未知数である。

ちなみに今日のタイトルは、わたくしの福田さんへの人物評である。

わたくしも似ているかもしれない。

2007/9/24

単純明快さの限界  
正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う
        ⇓
正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む
        ⇓
    正本堂解体撤去


顕正会の主張がわかりやすいのは、図式化すれば、上記の三項目だけで話が片付いてしまうからである。

一番目は日達上人への諫暁書であり、二番目は日顕上人へのそれである。三番目はその結果である。こんな簡単な話もあるまい。

さらに理解を容易にするために、折伏理論書の記述を以下に示しておこう。

細井管長に対する諫暁は正本堂の誑惑を訂正せしめることを目的としたが、阿部管長へのそれは、もっぱら御遷座を強く迫った。

二番目の諫暁書では、御遷座はもちろんのこと、さらには、正本堂を撤去すべし、ということまで書いてあるのだ。これが平成二年である。そして平成十年には御遷座があって、その後、正本堂は解体された。

法華講員は言うだろう、別に顕正会の主張を呑んで行なったわけではない、と。それはそうかもしれない。
あるいは創価学会員も何かしら言うかもしれない。昨日分の沖浦氏のコメントなどがそうだ。
だが、そういうことには、いちいち取り合わない、それがわたくしの流儀である。そんな面倒臭いことはやっていられない。言いたい人は勝手に言っていればいい。

わたくしも勝手なことを言わせてもらっているわけだが、いずれにしても、顕正会の主張がひじょうにわかりやすいことは動かないだろう。冒頭に述べたごとく、たった三項目で話が済んでしまうのだ。
ところがである。同じ内容を説明するのに、宗門はどれだけの紙数を使っているか、あるいは創価学会ではどうか・・・
これが答えなのである。
顕正会が一定の割合で支持を得ているのは、この平明さにあるのだ。会員だってバカじゃない。いろいろ問題があるのは承知している。それでいて、御遺命守護の戦いについては顕正会が正しい、ということを今も思い続けている人がたくさんいるのである。一信士氏などがその代表であろう。

問題はこれからのことである。戒壇建立の御遺命は、過ぎ去った夢、などでは決してないのだ。顕正会員は今も日々、それを御祈念している。ただし、具体的なビジョンはない。
はたして宗門と絶縁状態のままで、それが実現できるのかといえば、それは無理というものだろう。やはりどうしても、宗門との関係改善が大前提となるのではないか、というのがわたくしの結論なのである。

昭和四十五年から平成十年までを俯瞰すると、顕正会の主張は単純明快であり、ひじょうに受け入れやすいものだった。

だが、それ以降の、わずか十年足らずの今日までの来し方は、あたかも迷路に突入してしまったかのような不安を感じずにはいられないのである。

2007/9/23

お手伝いのブンザイ  
或は云う。「上一人より下万民は理想ではあるが、謗法・闡提の輩はいかに折伏すれども相当数残るは当然と……」これ等はこれ凡夫の思慮である。広宣流布はすでに仏意であり、仏力の所作である。
(中略)
すでに凡慮の及ぶ所に非ず、

いったい、当ブログの閲覧者のうち何人が、この文章を知っているであろうか?

昨日は、広宣流布は仏意であり仏力の所作なのだ、と書いたけれども、その出典がこれなのである。すなわち昭和四十五年の第一回諫暁書のことだ。
今の若い顕正会員は、生まれてもいなかったであろう。わたくしとて似たり寄ったりの立場である。何しろこれを初めて読んだのは、ずっと後のことだからである。

しかも、これをわたくしは、顕正会の書籍として読んだのではない。前にも書いたと思うが、すでにこの諫暁書は廃刊というか、封印されていて、顕正会の組織の中では読む機会がなかったのである。

ゆえに、わたくしが底本として使っているのは、

私は創価学会の「スパイ」だった

という本である。

この後半に、資料として第一回諫暁書の全文が掲載されている。
いや、全文かどうか、他と照合していないので、わからない。また、内容もすべてが正確かどうか、わからない。
いちおう、それをお断りしておきたい。

この諫暁書については以前にも、再刊すべし、という意味のことを書いたのだが、どうやら無理のようである。

顕正会では、「お手伝い」という言葉が、わりとよく使われている。浅井先生自らが、いちばんよく使っている言葉だと思う。
ようするに、広宣流布というのは仏様がなさることであって、われわれ凡夫には逆立ちしたって、できっこないことなのだ、というのが浅井先生の持論なのである。ゆえに、広宣流布は大聖人がなさるのであって、われわれはそのお手伝いをさせていただいているに過ぎない、という考え方に立脚している。

これは冒頭に紹介した文章にも合致するところである。広宣流布は仏力の所作・・・凡慮の及ぶところに非ず云々と。

だったら、あと十有余年、などということも凡慮の及ぶところではないだろう。大聖人が、そのようにおっしゃっているなら話はわかるが、そうではないのだから・・・
まさか大聖人と同一境界であるとか、そういう馬鹿なことを言うわけではあるまいし、やはりどうしても期限を切るのはよくないと思う。

けだし、第一回目の諫暁書は先生自らが再読し、反省すべき材料なのかもしれない。

2007/9/22

与の義をもって論ずると・・・  
一信士氏のコメントをめぐって、各方面より活発な投稿があった。

わたくしの感想は、信心の情熱がたぎっている、ということである。誰がかと言えば、一信士氏である。いわば、それに感応する形で、各方面から情熱的なコメントが寄せられているのだと思う。
氏は二年前から拙ブログを閲覧しているという。さらには渡辺氏のサイトを百回くらいは見ているというのだ。
それでいて顕正会へ失望することはなかった。それどころか、あえてと言うべきであろう、渡辺氏が出入りしていることを承知して、わざわざ拙ブログへ来られたのである。そして、現場では男子部員として今も折伏を実践している・・・顕正会用語で言えば、戦列に加わっている、ということになるだろう。まさに、信心の情熱がたぎっているのだ。

わたくしは頭が良いほうではないので、いっぺんに、いろいろの話題に対応することはできない。ゆえに、話を一つにしぼりたいと思う。

 大聖人様に背き続けて七百年、いよいよ諸天が広宣流布を早めるために巨大地震の連発、地球異変による大災害、そして他国侵逼を起こさしめる国家的な大罰の現われる時代を迎え、何に頼るべきかと右往左往する日本人に対して、浅井先生が一国を揺さぶる大規模な諫暁をして日本の各界各層に深刻な理解を与える重大なご奉公にお立ちになる時、弟子としてできることは、先生の諫暁の背景たる三百万を急ぐことしかないと肝に銘じ、今後十有余年、一筋に弟子の責務を力の限り果たしてまいります。

顕正新聞第1079号に載る、婦人部幹部の文章である。八月度の班長会にて、このような登壇をしたものらしい。

もう一つ、女子部班長会では、

先生から頂いた指導の一つひとつが、あと十有余年を戦う原動力となりました

という女子部幹部の発表があったごとくである。

わたくしは、「あと十有余年」というキーワードに注目しているものだから、そればかりが気になる。
それにしても上掲の二つはよくわからない文章である。十有余年後には何が待っているのか、それがはっきりしないのだ。
先般の先生の発言からすれば、十有余年後には他国侵逼が事相となるわけだろう。婦人部幹部の文章は、いちおう、そのことを意味するようにも受け取れる。しかし、女子部幹部のほうは、むしろ十有余年後には広宣流布が達成されるかのように受け取れるのではないかと思う。

実際、つい先日も指摘したように、はっきりと十有余年後に広宣流布の到来を断言してしまっている文章が存在するのだ。

わたくしは顕正会員のハシクレであるから、戒壇論は顕正会の主張がすべて正しい、ということでいいと思う。あるいは他のことでもいい、すべて顕正会が正しい、宗門・学会は間違っている、ということでいいと思う。
ようするに面倒臭いから、これで話をまとめてしまいたいのである。

そこで自問自答がある。

顕正会は正しい。では、本当に十有余年後に広宣流布が可能なのか、という疑問なのだ。

もし、差し支えなければ、一信士氏の本音を聞かせてほしいものである。わたくしはすでに不可能だと思ってしまっている。しかし、熱心な顕正会員なら言うだろう・・・オマエのような凡夫に何がわかる、広宣流布は仏意であり、仏力の所作なのだ、だから絶対なのだ、と。

返事を聞く前に、わたくしの言いたいことを言ってしまおう。

一信士氏がいつから顕正会にいるのか知らないが、「あと十有余年」はもう何年も前から言っているのである。広宣流布は仏意であるとしても、それがいつ実現するかは、わからない。何しろわれわれは凡夫なのだから・・・

つまり、広宣流布は絶対、これはいい。
だが、「あと十有余年」は、絶対ではないのだ。

この簡単な道理が顕正会員には見えないのだろうか?

2007/9/21

一信士は男でござる  
さあ、今日も頑張ろう。

沖浦氏のコメントに、顕正会は大したことない組織である、という意味が書かれていた。おそらく氏の目的は、渡辺氏へのイヤミを込めたものなのだろう。それはわたくしの関知するところではないが、顕正会の実態はご指摘のとおりであり、ましてや二十数年前のことであるから、なおさらである。今は多少、マシになったけれども、もはや崩壊寸前との見方もあるわけで、その辺の評価は微妙なところである。

渡辺氏から、摧尊入卑ではないか、とのご指摘をたまわった。ようするに、エコーと回向を同じと書いてしまったら、回向の意義を貶める結果になりはしないか、ということだと思われる。
わたくしとしては、そのつもりは毛頭なかったけれども、確かにウカツであったと反省している。実際のところ、あの部分を削除しても全体の文脈が損なわれることはないし、むしろそのほうが緊密な文章になっていたようである。ようは蛇足だった。
いちおう、これから追記を入れようかと思っている。ともかく一度公開した文章はいじらないことにしているので、その辺をうまく工夫したいと思う。

さて、意外や意外、まさか現役顕正会員からのコメントがあるとは思ってもいなかった。絶滅危惧種というか、すでに絶滅してしまったのが、ネット上における顕正会員だと思っていたものだから、昨日のコメントには驚いたものである。
とりわけ拙ブログはコメントしづらい状況にある。何しろわたくし自身が顕正会批判を書いてしまっているので、真面目な顕正会員には敬遠されているフシがある。ましてや最近は、海千山千のツワモノと思しき人物たちが出入りするようになってしまったので、余計に入場しづらい状況になっているのだ。

そこに一信士氏は突入してきた。これは尊敬に値する行為である。

それにしても二年前から閲覧されていたとは、これはけっこうな驚きである。当時はまだ、それほど認知されていなかった。おそらくコメント数も一日平均でいえば、限りなくゼロに近かった。アクセス数はおそらく一日あたり三十くらいだったと思う。
つまり、その時点ですでに拙ブログをご存知だということは、ネット上の情報には相当に敏感だということだろう。実際、コメントの中にも、ネット上の顕正会情報を何年も見てきた意味が書かれている。ようはその上で、顕正会が正しいと確信し、さらには腹を括ってコメントを投稿してきたわけであろう。

細井日達上人・阿部日顕上人と書いておられるのには感心した。現今の顕正会では、細井管長・阿部日顕というのがスタンダードだからである。

主張としては、三つのことを書いておられる。
まず、日達上人の御遷化に関すること。そして正本堂の解体撤去のこと。さらに日顕上人の国主立戒壇について・・・
最終的に、一信士氏は、御遺命については顕正会の主張が正しい、と書いておられる。

御遺命については・・・という書き方からすると、やはり他の問題ではいろいろとマズイところがあることを承知しておられるのだろうと想像する。その意味では、わたくしとわりかし近いところにいらっしゃるのだろうと思うが、しかし、一点だけ異なる部分がある。これはどうしても言っておかないといけないことだ。

日達上人の御遷化については、みだりに口にするべきことではない、というのがわたくしの立場である。

浅井先生とて、死者に鞭打つ行為はよろしくないことを承知していることだろう。ゆえに、どうしても言わねばならない事情があって、それで腹を括って発言したのかもしれないが、しかし、ひじょうにマズイことを言ってしまったと思う。それは平成十六年の御大会式での講演である。

おそらく日達上人の御遷化のことをもっとも詳しく語ったのが、あの平成十六年の御大会式での講演だろうと思われる。今、その詳細を書くだけの用意がないけれども、ともかくあの講演はよくなかった。

ゆえに、わたくしは日達上人の御遷化を引き合いに出して顕正会を正しいと主張することは絶対にあってはならないと思うし、この件に関しては顕正会側が宗門に謝罪するべきだと思う。

これまで何度も書いていることだが、顕正会は純粋に教義上の主張だけを叫び続けていればよかったのだ。結局、それだけでは飽き足らず、どんどんと手を広げていく。よしんば、それはいいとしても、足元を見失ってはいけない。ところが、いつの間にか足元が定まらなくなってしまった。つまり、肝心の戒壇論すら、まともに論じられないような会員ばかりになってしまった。それが現今の顕正会の実態ではないだろうか?


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