2007/12/31

急展開の予感  
本年最後の投稿は、是正協議会のことを書こうと思っていた。すると、不思議な符合と言うべきか、奇しくも未明に是正協議会からコメントが入った。

これはある意味、嘲斎坊氏に誘い出されたような格好である。何しろ、氏に言わせれば、是正協議会のやっていることはハンパなのだそうである。まさか、それにカチンと来たわけではないだろうが、だったらご意見をたまわりたい、という意味のコメントを是正協議会の執行部で入れてきた。

今朝になって、嘲斎坊氏からコメントがあり、そこには驚くべき返事が書かれていた。是正協議会のメンバーと直接面会したい、遊びじゃない、顕正会の行く末を考え抜いた上での行動なのだ、と。

是正協議会執行部のコメントには、メールアドレスが添付されているので、あるいはすでにメールのやりとりが始まっているかもしれない。だとしたら、まさに急展開である。
今年の十大ニュースの第一は、是正協議会の出現だった。しかし、これはニシケン氏が茶寮の二階に書いておられることだが、もはや是正協議会は打つ手がなくて行き詰まり状態である、という見方も確かにあることだろう。実際、第二のお伺い書が出されたわけだが、十二月度総幹部会の会長講演を見る限り、無視というか黙殺のごとくある。おそらくは九月度総幹部会の講演がその回答のすべてであり、これ以上は何も話すつもりはないのだろう。ゆえに今後、たとえ第三弾のお伺い書を出したところで、どうにもならない可能性が大である。
こうした状況下において、彗星のごとく登場したのが、嘲斎坊氏なのだ。氏はコメントに見るごとく、顕正会の集会で登壇をしている。それも一度や二度ではなく、何度もしている様子なのだ。ゆえに現役顕正会員か、もしくは元会員なのだろう。しかも、ずいぶんと内部の事情に詳しいので、あるいは顕正会の中枢に関与していたか、もしくは中枢にツテがあるのだろう。これはたいへんな人物である。

しかし、わたくしの正直な感想を述べれば、今朝のコメントを読むと、ますます危険な人物に思えてくるのである。

その理由は簡単だ。拙ブログを開設当初から読んでいる・・・これはウソであろう。なぜならば、開設当初はまったく宣伝しなかったのである。ゆえに、この世で開設当初に拙ブログの存在を知り得た人物は、わたくし以外にいないはずなのだ。
普通の人は、関係者にあいさつ回りみたいなことをする。ブログを開設しましたので、よろしく云々と。しかし、わたくしはヘソマガリだからそれをしなかったのだ。また、いろいろ事情もあって、ひっそり独白を始めた意味もある。
そのため、最初の数ヶ月はアクセスカウンターが一日あたり、1カウントを数えるだけだった。つまり、閲覧者は自分だけで、他には誰も覗きにすら来ないブログだったのである。

ゆえに、嘲斎坊氏の言うことは、ウソである。

しかし、人の文章は善意に読むべきだろう。おそらくはかなり早い時期に、拙ブログの存在を知って、さかのぼって第一回目の拙文から順番に読んで下さったのだろう。そして以後は、わたくしが更新するたびに、欠かさず閲覧して下さっているという意味なのだろう。これはありがたいことである。

さて、わたくしはさまざまの幹部の顔を思い浮かべては、登壇の中で「ピシピシ」と言っている姿を想像しているのである。
大体が当てはまらない。例えば、小峰理事あたりがピシピシ言っていたら、これほどおかしな風景はないであろう。そうやって、どんどん消去していくと、最後に一人だけ、どうしても消えない人物がいる。
あの人ならピシピシ言いそうだ。きっと、あの人に違いない。

さすがに名前を言うのはマズイだろうなあ・・・

顕正会に詳しい人は、幹部の誰かが壇上でピシピシ言っている姿を、モンタージュのつもりで想像してみると面白いだろう。

これが本年最後のブログとは、我ながら苦笑を禁じえないところだ。

2007/12/30

ピシピシ派、登場  
暮れも押し迫って来たが、最近になって奇妙な人物が登場した。今日のタイトルのごとくである。おそらくは半分冗談のつもりで書いたのだろう。そんな馬鹿な発音をする人はいないからだ。

わたくしが使っている辞書には、ピシピシなど載っていない。しかし、いわゆる擬態語・・・いや、擬音語ないし擬声語というほうが正確であろうか、その意味ではもちろん間違いではないし、ビシビシの親戚みたいなものだと思う。

だけど、ねえ・・・

顕正会の登壇でそんな言葉を使う人はいないと思うのだが・・・

まあ、これはオマケみたいなものなのだろう。かの人物は危険人物である。ピシピシなどと冗談をかましているが、それ以外の内容を読むと、その危険度合いがよくわかるというものだ。
こうして見ると、わたくしなどはいかにも他愛ないことがよくわかる。裏の世界のことは、何ひとつ知らないからだ。
いずれにしても、長いことブログをやっていれば、さまざまの来客があるということなのだろう。

さて、今日もまた、顕正新聞の年末合併号である。

先生の深切のご心情

これは四面に載る、壮年部副部長の文章である。

深切?

わたくしはこれを読めなかった。どうやら手元の辞書には載っていない言葉のようだ。いや、あったあった、かろうじて載っていた。親切の項目に含まれていた。その説明の中に、深切と表記する場合もある旨が書かれているのである。

ようは「しんせつ」と読むのだ。そしてそれは「親切」と同義らしいのである。

しかし、それではおかしいだろう。文脈からすれば、違和感がある。

詳しく調べていくと、何となくは理解できてきた。どうやらこれは福沢諭吉の著書などに出てくる言葉らしく、ネット上の大辞林にその文言が引用されている。ここでは煩瑣を避けて紹介しないが、確かにその意味合いからすると壮年部副部長の言わんとすることはわかるのだ。

だが、文句を言っておこう。

副部長はこれを班長会で発表しているのである。はたして、そこで聴いている壮年部員たちは、これを理解できるのだろうか、とわたくしは言いたいのである。
文章というのは、最初から純粋に文章として発表する場合と、聴衆を相手にする場合では表現方法が違ってくるのである。ゆえに浅井先生は、異体同心事にある「多人」を、多い人で多人ですね、というような説明を常に加えている。では、副部長はどうなのか?
わたくしは副部長の登壇を聴いたことがないのでわからないが、実際のところ深切をきちんと説明しているかどうか、そこがひじょうに問題となってくる。
ちなみに、顕正新聞にはしばしば「証」という言葉が出てくるが、この場合は必ずと言っていいほど、「あかし」のルビが振られている。なんだかチグハグな感じがしてならない。

さて、ここまではオマケみたいな話である。引用部分の続きには、とてつもなく重大な発言があるのだ。

先生のお心は日目上人の御心と一体であられるのだ

目師再誕説を思わせる重大発言である。

しかし、先生には「お心」で、日目上人には「御心」である。これは再誕説のツッコミを回避するための措置であろう。この辺に副部長の深謀遠慮があらわれているのだ。

2007/12/29

ビシビシ派とヒシヒシ派の争い?  
今日は年末合併号(第1088号)の話題である。三面の下段に三条会館の記事が掲載されている。以下はその記事からの引用である。

 三条会館は平成十六年七月の大洪水により一階部分が浸水して以来、同年に新潟会館が新設されたこともあって閉鎖されていたが、今回、耐震強度不足で長岡事務所を閉鎖したことから、急遽、三条会館を全面改修し、このたびの再開となったものである。

同じ新聞の第七面には、以下の文章がある。

 歴史的本年を締めくくる最終法戦も残り一日と迫った十一月二十四日の夕方、私のもとに届いた本部通達に大衝撃が走りました。
 「長岡事務所の耐震強度が著しく不足しているため、事務所は明日をもって閉鎖。そして十二月上旬に三条会館を再開する」との内容に目が釘付けとなり、切迫する巨大地震に身震いすると共に、新潟顕正会員の身を案じて下さり、危険が判明するや直ちに事務所の閉鎖をご決断下された浅井先生のお心が、ビシビシと胸に迫ってまいりました。


わたくしはちょっと腑に落ちないものを感じている。その理由については、今月の初旬に書いた拙文を参考にされたいと思う。

http://diary.jp.aol.com/ganko/950.html

どうも前回の記事と今回の記事では、ニュアンスが違っているように感じられるのだ。
あるいは、わたくしの場合は疑いの気持ちが先行してしまって、それで納得ができないという可能性もある。もしかしたら、ごく普通の人が読めば、それほど不審に思わないのかもしれないという気もするのだ。

いずれにしても、大した問題ではないので、考えるだけムダなのかもしれないが・・・

さて、上掲の文章には「ビシビシ」という単語が出てくる。以下は、これについての所感を書くので、必要のない人は読まないほうがいいだろう。それこそ時間のムダである。

 明年五会館、再来年三会館と、全国各地に矢継ぎ早に広布の布石を打たれる浅井先生のお姿に、一気に広宣流布を進めんとのご決意をビシビシと感じるほどに、(以下略)

 厳然とそびえ立つ、地方会館随一の(千葉)会館の威容には、大聖人様御誕生の地そして三大秘法弘通の戦いを開始された房州に、何としても広宣流布の大熱風を巻き起こさんとの先生のお心が強く籠められていることを、ヒシヒシと感じたものであります。

この二つの文章は、同新聞の第四面に出てくるもので、それぞれ男子部の第五部長と第七部長のものである。

ビシビシとヒシヒシ・・・

顕正新聞を毎回くまなく読んでいると、そこらじゅうに出てくるのがこの二つの言葉である。で、これらは本来、別々の言葉なのであるが、どうも文脈上から判断すると同じ意味で使われているようなのである。
たぶん、ビシビシはヒシヒシの誤用だと思う。
おそらく古いタイプの人間は、上掲のような場合にはヒシヒシを使うはずで、ビシビシは絶対に使わないはずである。もしかしたら、最近の流行り言葉というか、言葉は生き物なので、最近はビシビシも市民権を得つつあるのかもしれない。

申すまでもなく、浅井先生はヒシヒシ派である。

では、ビシビシ派は誰かというと、城衛男子部長である。それから第二婦人部長と第三婦人部長も、ビシビシ派である。

ビシビシ派とヒシヒシ派・・・

おかしな話である。

2007/12/28

万感こもる挨拶  
瑠璃堂氏から、万感こもる言葉をたまわった。

ありがとう、という言葉は普段よく使うし、また、人から言われることもしばしばである。しかし、これほど胸を打たれたことは、滅多にない。ようは普段の生活の中では、ゾンザイな使われ方をしていて、心がこもっていないのだ。あるいは商売人の発する挨拶は、たとえそれが丁寧であってもそれほど感じるものはない。かえって慇懃無礼に思うことすらある。
ともかく、ありがとうと言わなければいけないのは、わたくしのほうであろう。どれほど瑠璃堂氏に励まされたことかと思う。しかし、このように書くと、いぶかしく思う人がいるかもしれない。何しろ氏は、ご自身がブログを始められてからというもの、それほど拙ブログにはコメントをしておられないからである。
だが、精神的な連帯感というものがわたくしにはあるのだ。いや、もちろん、これはわたくしのヒトリヨガリかもしれず、瑠璃堂氏にしてみれば、いい迷惑なのかもしれないが、ともかく、わたくしにしてみれば、氏の存在はひじょうにありがたいのである。

またしても駄文を書いてしまった。いまだ文章力は瑠璃堂氏に遠く及ばない。こうしてダラダラと書いてしまうのがわたくしの悪いクセなのである。手短に書く技術を身につけないといけない。

富士川氏から天照太神についての解説をたまわった。その内容はさておき、どうやらこのところの氏はひじょうに仕事が忙しいらしく、ネット上ではほとんどお目に掛かることはなかった。そういう最中にコメントを下さることはありがたいことである。実はわたくしにとって、氏は特別の思い入れがある存在なのだ。理由を書いてもいいのだけれども、氏に迷惑が掛かるといけないので止めておく。

水無月氏より辛辣なコメントを頂戴した。東奔西走と表現したことについては、確かに誇張が過ぎたかもしれない。世の中にはもっと忙しい人がゴマンといるわけで、むしろ浅井先生などはヒマを持て余しているほうだと言えなくもないのだろう。だが、それは所対によって変わってくることなのだ。
最近は日曜勤行に出る回数も少なくなったので、定例の行事としては御書講義と総幹部会くらいである。御書講義も最近はあまり行なわれず、大きな集会があれば、翌月はそのビデオ放映で済ませるパターンが定着しつつある。
こうした中で、地方会館の入仏式だけには必ず出掛ける。また、地方会員も、浅井先生を迎える日を目指して奮闘努力する。そういうわけで、今現在は地方会館の建設が会員の士気高揚にもっとも効果的であるとの判断なのだろう。現実に建設ラッシュとも表現できる状況にあるのだ。
この意味で、けっこう忙しくしている、と言いたかったのだ。

山門入り口氏のおっしゃることは、ごもっともである。ようするに、顕正新聞の編集部はもっとプロ意識を持って仕事に取り組むべきだ、ということだと思う。

ところで、このところ創価破邪顕正館には、創価学会の女子部員を名乗る人物が投稿を続けている。それが今や他の創価学会員の間では、偽装会員との見方が広まりつつあるようだ。
わたくしは、本人が女子部員だと名乗っているのだから、それがいちばん真相に近いのではないかと思う。詳しい経緯を知らないし、大して投稿文を読んでもいないのだが、それでも口を挟みたくなったのは、簡単な理由からである。
つまり、創価学会は大所帯なのだから、そのような人が存在しても少しもおかしくない、ということなのだ。
考えて見るがいい。弱小(?)の顕正会にしても、わたくしのような突然変異を発生させているのである。いわんや創価学会をやである。

同様の意味で、山門入り口氏も突然変異だと思う。失礼かもしれないが、そのように見えるのである。
しかし、氏の場合は、独自のスタイルを確立できたという意味で、幸運だった。実際、自分のあるべき姿というものを、ある程度は己れの自覚のもとに形成してきたフシが窺えるのである。
それは氏のブログを読めば、おそらくは誰もが感じることだろう。

最後に、ある人物の、万感こもる言葉を紹介しておこう。

うるせい、バカどもが。(笑)、

こういうのはイヤミがなくて、気持ちがいい。

2007/12/27

師走随想  
昨夜から今朝にかけてコメントをいくつか頂戴しているが、挨拶は抜きとさせていただく。

顕正新聞第1088号の一面には、長崎会館完成の報道があるけれども、浅井先生の講演はまだ載せられていない。で、二面と三面には千葉会館での講演が載っている。こうして見ると、浅井先生もけっこう忙しい。東奔西走の様子が伝わってくる。そしてそれに連動して顕正新聞も、紙面のやりくりが忙しくなるのだ。

千葉会館の講演では、御生骨の大現証を話していた。これが話題の中心だったわけだが、わたくしはこれに関して、さしたる知識を持っていないので、それほど書くこともない。一つ言えることは、今のままでは永遠に拝見することができない、それが顕正会員であるという現状認識を持たねばならないことだ。この話はこれでオシマイ。

この講演の前半では、仏法に偶然はない、御本仏出現の国を「日本」という、自然感通、などの見出しが並んでいる。これらは教学的に、ひじょうに興味深いところである。
たまたま今朝、五人所破抄を拝読していた。そこに出てくる御文と今回の講演には何らかの関連性があると思った。以下の部分がそれである。

 次に日本は総名なり、亦本朝を扶桑国と云ふ。富士とは郡の号、即ち大日蓮華山と称す。爰に知んぬ、先師自然の名号と妙法蓮華の経題と山州共に相応す、弘通此の地に在るなり。遠く異朝の天台山を訪らへば台星の所居なり、大師彼の深洞を卜して迹門を建立す。近く我が国の大日山を尋ぬれば日天の居住なり、聖人此の高峰を撰んで本門を弘めんと欲す。閻浮第一の富山なればなり。五人争でか辺鄙と下さんや。

先師自然の名号と妙法蓮華の経題と山州共に相応す・・・

これは凄い。わたくしなりに拝すると、ここでは御本仏大聖人と妙法五字の大曼荼羅と富士山の関係を仰せられているのだと思う。御文によれば、大聖人はこの高峰を選んで本門を弘めんとあそばされたわけであるが、すると当然ながら一期弘法抄がこの背景にはあることになるだろう。それ以外には会通の仕様がないと思う。

さて、自然感通の小見出しに続いては、「天照太神、安房の国に」という小見出しがついている。ここは先日すでに触れたところである。

http://diary.jp.aol.com/ganko/961.html

この時点では、まだ顕正新聞は出来していなかった。どこから情報を得たのか・・・おそらくは山門入り口氏の提供資料であろう。最近は氏の情報に依存する度合いが大きくなっている。いかなる意図をもって情報を流しているのか不明のところがなきにしもあらずであるが、ともかく内容的には確実な情報なので、ひじょうに助かっている。

さて、顕正新聞には次のごとく書かれている。

 その守護の善神こそ、日本国の最初の国主たる天照太神(あまてらすおおみかみ)です。

おそらく、日本国の最初の国主、という言い回しはこれが初めてだろう。だから何が言いたいかというと、とりあえずは何もない。いちおう備忘録の意味でここに記したまでである。

ちなみに、若い頃の恥ずかしい話を書くと、わたくしは天照太神をアマテラスオオミカミと読むことをまったく知らなかった。テンショウダイジンが一般的にも使われているものと思っていた。それで折伏の時に恥をかいたことがある。
上掲のごとくカッコ書きされていれば、間違えることはなかっただろう。
同様の意味で、「始めて」も気をつけないといけないと思う。今回の講演でも「始めて」が何箇所か出てくる。これを若い会員は当たり前のように使うかもしれない。だが、現代国語としては芳しくないのである。

教学強化ということは、こうした世間との違いを分別できる知性を身につけることでもあるだろう。

2007/12/26

年末随想  
山門入り口氏から、教学試験の問題が掲載されているサイトを教えてもらった。ざっと見ただけだが、どれもこれも難しく感じた。

もしもである。今すぐに試験をしたら、おそらくは合格できないだろう。ヘタすると、全問不正解・・・ようは零点の可能性すらある。それほどに難しく感じるのである。
あるいは、もしも明日が試験だとして、これから一夜漬けで勉強して間に合うかと言えば、まるで自信がない。もちろん難易度によるわけだが、いちばん難しい試験だったら確実に不合格だろう。わたくしの能力では、一年間みっちり勉強してどうか、というところである。

ところで、創価学会の教学試験問題には、日蓮正宗を破折(?)するような内容が盛り込まれていて、その部分だけを見ていると顕正会の試験に似ているように感じる。正直なところ、わたくしはこれを邪道だと思っている。とりわけ顕正会の場合、登用試験の段階でこれをやってはマズイと思う。登用試験はあくまで純粋に、大聖人の仏法を学ぶべきなのである。
今のわたくしは、顕正会をそれなりに客観視できる自信がある。その目線から見ると、試験問題に宗門批判を盛り込むことは、洗脳教育にしか映らないのである。
前にも何度か書いているが、右も左もわからないような初心者に、いきなり阿部日顕だとか細井日達だとか教えるのはどうかと思う。根本的に何かが狂っているとしか思えないのだ。

さて、今日はめずらしく遅い時間になってしまったので、簡単に終わらせよう。顕正新聞の第1088号はいわゆる年末合併号であるが、特筆すべき事柄がある。ある言葉が復活したのだ。顕正会では半ば死語化しつつあった。それをわたくしは去年の九月に指摘しておいた。

思えば、かつては信行学兼備の人材という言葉がよく使われたものだった。

http://diary.jp.aol.com/ganko/495.html

まさにこれである。この「信行学兼備の人材」が復活したのだ。顕正新聞の当該号には、そこらじゅうにこの言葉が出てくる。正確には、

信・行・学兼備の人材

これが顕正新聞での表記であるが、これを十一月度各部班長会において、多くの登壇者が使っているのである。いくつか例をあげておこう。

全員が信・行・学兼備の人材に成長するべく

新旧共に信・行・学兼備の真にお役に立てる強き人材集団となって

信・行・学兼備の人材を打ち揃え


班長会は総幹部会の数日後に行なわれるのが通例である。つまり、十一月度総幹部会における浅井先生の講演を受けて、信行学兼備の人材を云々しているのだ。皆が口をそろえて・・・

熱心な活動会員は押しなべて、先生にお応えしたいという思いを懐いている。ゆえに先生が教学に力を入れる方向性を示せば、皆がその方向に全力投球するのである。

今回の新聞は、その典型的なパターンを示している。

もっともスローガンだけで終わる可能性も少なくないのだが・・・

2007/12/25

歳末随想  
今回の教学強化は単純に会員の教学研鑽だけが目的とは思えません。何故なら教学研鑽は顕正会にとっては諸刃の剣です。会員が自会の間違いに気付くキッカケにも成りかねない。危険を冒す理由があるはずです。

ニシケン氏のコメントの一部であるが、ひじょうに鋭いと思う。ようは、その理由が何であるか、それがなかなか見えてこないのである。

それはさておき、十一月度総幹部会の会長講演では、相も変わらず宗門・創価学会批判を展開している。今回はお金に関することだ。
宗門では「振り込み供養」というのをやっているそうである。これを振り込め詐欺みたいだと揶揄している。あるいは創価学会の話題では、池田氏が大阪入りした折の大名旅行ぶりを揶揄している。
これらの真偽のほどは知る由もないが、ともかく今回の場合はこれと対比して、顕正会の広布御供養がいかに清らかであるかを強調しているわけなのだ。

毎年、必ず言っていることは、上限が八万円であることだ。

わたくしは思う。確かに画期的なことなのかもしれないと。だが、現実はどうか、という問題がある。かつて顕正新聞の多重購読について触れたが、同様の問題が広布御供養にも潜んでいないか、そこが大いに心配である。
また、よしんば、それに関しては問題がなかったとしてもである。わたくしの思うに、もし会員の側に騙されているという意識があったとしたら、ムナシイ限りなのである。人間の心理として、騙されていると思ったならば、たとえそれが一円だったとしても穏やかではいられないものだと思う。いわんや八万円である。これはデカイと思う。わたくしの経済レベルでは・・・

ゆえに本尊疑惑は、看過できない重大問題なのである。

ところで、顕正新聞第1087号の六面には、十一月度総幹部会における「正義にめざめて」が二題と体験発表が一題、掲載されている。
「正義にめざめて」のほうはいずれも創価学会からの入会である。わたくしは創価学会からの入会者を見ていて、昔と今ではかなり変わってきたと思っている。これを説明するのはけっこう面倒であるが、とりあえず簡潔に書けば、創価学会の構成人員も徐々に変化していることが入会者から窺えるということである。世代交代している。単純に考えても、創価学会は日蓮正宗から離れて相当の期間を経ているので、過去のことを知らないような人たちもたくさんいるわけである。
つまり、従来の「正義にめざめて」と今のそれでは質的に異なるわけで、それが顕正会にとって、あるいは創価学会にとって、どのような作用をもたらすかは、未知数である。おそらくこれは、かなり重要な視点であろう。今後も観察すべき事項だと思う。

それから体験発表のほうであるが、この中にも創価学会批判が織り込まれている。

しかし、これはやや墓穴を掘ったような気味が感じられるところで、おそらく法華講員が注意深く読めば、わたくしの意図は容易に読み取れるであろう。顕正新聞を購読していない人には申し訳ないが、これで筆を止めておく。

2007/12/24

年の瀬、随想  
このところ教学試験について書いているが、昨日は立場の異なる三人からコメントが寄せられた。立場が異なるとは言え、いずれも顕正会には批判的である。かく言うわたくしも、これまで多くの批判を書いてきたわけだが、今回はめずらしく擁護的なことを書いている。

いや、めずらしくはない。わたくしは元来、頭ごなしには否定せず、ひとまずは善意に解釈することにしているのだ。その上で、目に余ることだとか、危惧されることを書いているのである。

今回の教学復興はいちおう評価していいと思う。

一念信解路線からの変更、悪く言えば変節となるのかもしれないが、もともと一念信解路線そのものが問題だったわけであるから、そこから脱却することは悪いことではないのだ。
わたくしが疑問に思ったのは、なぜ試験は再来年なのか、だった。ここに疑惑がある。当然ながら、本当は来年の試験・・・つまりは年明け早々に試験を行なうべきところである。だが、さすがに準備が整わないので再来年ということになった。しかし、それはそうだとしても、では、なぜに今の時期に発表する必要があったのか、である。それこそ準備が整ってからでも遅くはないはずなのだ。ゆえに、何かしらの外的要因があって、もっと言えば外圧があって、そのように発表をせざるを得なかったのではないかと勘繰りたくなるのである。
しかし、外圧だとすると、ヘンな外圧である。いったい何を要求しているのか、さっぱり理解できないからである。

どうやら、これはわたくしの考え過ぎ、ということになりそうだ。

つまり、もっと善意に解釈するべきなのだ。

浅井先生は本気で教学復興を考えているのだ。だからこそ俄か勉強ではなく、一年間、じっくり勉強せよという意味で、この時期に発表したのだ。

例年というか、パターンとしては十一月法戦が終了して、いよいよ教学の月を迎える。試験は一月の半ばくらいに行なわれるので、実質的には一ヵ月半の勉強時間がある。この期間に集中的に勉強するのだ。結局、他の月は折伏法戦に追いまくられて勉強しているヒマはないのである。

ゆえに、水無月氏の指摘は無視できない。

再来年の教学試験までじっくり勉強せよ、というのが浅井先生の本意だったとしても、現実的には来年も二月以降、折伏法戦が待ち構えていることだろう。ここでおそらくは「宗教批判の原理」など、ぶっ飛んでしまうのだ。
考えてみれば、宗教批判の原理というのは折伏の原理である。ところが今や顕正会の折伏は、原理原則を無視したデタラメな折伏となってしまっている。しかし、それを矯正する機会は皆無であり、ただひたすら数を追い求めているのである。
本来ならば、行学の二道は矛盾するものではなく、両立すべきものである。ところが今の顕正会では、両立不可能のごとくである。それもこれも、数にこだわる折伏をしているからに他ならない。

おそらく顕正会の首脳部にしても、このジレンマは重々承知していることだと思う。ゆえに、本気で教学再興を目指すならば、数にこだわる折伏をやめなければならないだろう。それが本当にできるのかどうか、ここが注目されるところである。

ところで、ニシケン氏のコメントには、顕正会は宗門や創価学会には敵わない、それがわかったから他宗へ矛先を向けたのだ・・・という意味のことが書かれている。

もし、それが本当ならば、もはや顕正会はオシマイだと思う。
宗教批判の原理はあくまで原理原則であって、現実的には応用しないことには使えない。現在の平均的日本人は信仰心が薄いとされている。確かに先祖伝来の宗教を、それが仏教にしても神道にしても、熱心に信仰している人はほとんどいないと思われる。そんな人たちに、宗教批判の原理を説いたところで、まさか相手が感銘を受けるわけがないのである。これは本部の首脳たちにしても承知していることだろう。
つまり、現在の日本で、わりと熱心に信仰している団体というのは、おそらくは創価学会であり、日蓮正宗なのである。ここを避けてどうするのか、ということになる。
ましてや顕正会は、宗門と創価学会を批判するのがナリワイのようなものであり、それがアイデンティティなのである。ゆえに、これを捨てることは自殺行為に他ならないのだ。

わたくしの思うに、そんな馬鹿なことはしないであろう。

おそらく宗教批判の原理を学ぶ意味は、大聖人の仏法はありがたいということを、これまでは理屈抜きで実感するべきことだとしていた、それを今度は教学的な見地から裏付けようとの試みなのだと思う。

思えば、顕正会ではここ十年余り、仏法を体系的に学ぶ機会を持たなかった。さしあたって折伏理論書の付けたり部分は、その意味で格好の教材だと思う。

2007/12/23

年の瀬、雑感  
山門入り口氏のブログをチラッとのぞいてみた。
ブックマークの多さには驚く。おそらくは普段、ご自身がチェックしているサイトなのだろう。ひじょうに視野が広いと思う。
それにしても、拙ブログの紹介文には恐れ入った。

良識派の先人・・・

まさかそのような評価を頂戴できるとは思わなかった。何とも恥ずかしい限りである。
確かに先人ではあるのだろう、拙ブログもずいぶん長くやっている。年が明ければ、足掛け四年になるのだ。
ただし、良識派かどうかはアヤシイところで、単にケンカの苦手な意気地なしに過ぎないという評価もあることだろう。もっとも、わたくしはそれをムキなって否定したりしないので、そこが良識派を印象付けているのかもしれないとは思う。

さて、教学試験については山門入り口氏もかなり辛辣なことを書いておられるが、それにも増して、水無月氏のコメントはさらに手厳しい。ようは、四級試験が精一杯であり、それ以上の試験はあり得ない、とのことである。また、登用試験の合格率の低さ、それから受験者の員数合わせという現実などにも言及しておられる。

わたくしも以前、ほぼ同様の指摘をしたことがある。

http://diary.jp.aol.com/ganko/497.html
http://diary.jp.aol.com/ganko/655.html

顕正会の場合は折伏も強引であるが、教学推進も強引なのである。ゆえに仕方なく、お義理で受験するような人もいるわけで、そんな人はヘタすれば一度も教材を開かずに当日を迎えるかもしれないのである。ハナっから勉強していないのだ。これでは合格できるわけがない。
この意味で、水無月氏のコメントはひじょうに辛辣ではあるけれども、ほぼ的確に現実を捉えていると思う。
しかし、一点だけ見落としているというか、ある意味では創価学会員としての願望がそうさせているのだろう、わたくしとは見解を異にする部分がある。

格差社会という言葉がある。いわゆる中間層が少なくなって、金持ちか貧乏か、その両極端に二分化される社会状況を意味するのだと思う。これは顕正会においても当てはまるのだ。もちろん、この場合は貧富の差ではなく、信心の厚薄の差である。
自覚のない会員、いわゆる幽霊会員は除外しよう。顕正会では、今現在の構成人員の中で、信心強盛の者とそうでない者との二極化が進んでいる。
現実問題として、毎年の教学試験に員数合わせのために受験させられているような人が少なからずいる。これはおそらく平会員であろう。組長レベルでいるかどうか、班長クラスで登用試験を員数合わせで受けさせられるケースはまずないと思う。班長は受験者を集めるのが仕事なのである。
つまり、ここ十年余りは、班長ないしそれ以上の幹部は登用試験の推進が年末年始の主な活動内容であり、自分が試験を受けるということはなかったわけである。驚くことなかれ、このクラスの人間が、一万数千人も存在するのである。この現実はとてつもなく大きい。

浅井先生はこの人たちを顕正会の中核幹部と表現したことがある。

現実には班長会に集まる一万有余の中でも、ギリギリ限界の状態でこのトップ集団にしがみ付いている人もいて、そういう人が脱落していくケースもたくさんある。ゆえに本当の意味で信心強盛の会員はさらにしぼられて行くわけだが、それでも数千人規模であることは間違いないであろう。

結論は見えたと思う。彼らが本気で教学に取り組んだら、それはそれで相当なものである。顕正会員はどいつもこいつも馬鹿ばっか、などと決め付けてはいけないのだ。

2007/12/22

歳末雑感  
 そのとき「宗教批判の原理」は四級昇格試験の範囲に含まれるということを、今から決めておきたい。

種々のコメントを頂戴しているが、いつもどおり挨拶は抜きで行くことにする。

さて、上掲は顕正新聞第1087号に載る、十一月度総幹部会の会長講演である。ようするに、教学部の再構築をしていくという方針の中で、その具体案として打ち出してきたものがこれなのである。
はっきり言って、これは凄い。驚愕である。
この「宗教批判の原理」を四級昇格試験に持ってくるということは、その上の三級・二級・一級はいったい何が試験範囲になるのか、想像がつかないくらいなのである。もしこれを、浅井先生が本気で考えているとしたら、顕正会の教学レベルは飛躍的に向上するかもしれないと思う。それほどに、この四級の試験範囲はハードルが高いのである。

http://diary.jp.aol.com/ganko/495.html

ずいぶん昔の拙稿である。
ここには記されていないが、宗教批判の原理は二級試験の範囲だったと思う。つまり、当時の顕正会員は、これを観心本尊抄と一緒に勉強していたのである。このことからしても、いかに難度の高いものかが窺えるわけなのだ。
これを四級でやるというのだから、わたくしにとっては、まさに驚愕である。

では、なぜ浅井先生は今頃になって教学部再構築を思い立ったのか?

この必然的な理由がなかなか見えてこないのである。

http://diary.jp.aol.com/ganko/496.html
http://diary.jp.aol.com/ganko/500.html

ともかく深遠なる大聖人の仏法を登用試験が終わったらオシマイでは、それこそ大聖人の御叱りを受けることになるであろう。そこのところをよく考えてほしいものである。

これは昨年の九月に書いたものである。
昨日の拙稿で紹介したごとく、教学部員は卒業したんじゃない、これから本格的に学ばなければいけない、と浅井先生は発言している。まさに、上掲の拙文と符合するのだ。
すると先生は、わたくしの意見を聞き入れて、今回の方針を打ち出したのだろうか?
しかし、一年以上も前に書いた意見に、今頃になって急に耳を貸すのも不自然な話である。

是正協議会のお伺い書が先生を動かした・・・

確かに、こちらのほうが時期的にも合うし、独白ブログなどよりも遥かにインパクトがある。しかも全国の会館・事務所にまで送付しているのだから、黙殺するわけには行かなかったのだろう。
だが、是正協議会が問題にしているのは、本尊疑惑だったはずなのだ。この辺がよくわからない。
お伺い書の内容を吟味すると、そこには多くの顕正会員が法華講員などを破折しようとして、逆に返り討ちを食らって切歯扼腕している意味が書かれている。あるいは理論武装ということも書かれている。
こうした点から、浅井先生も教学復興を考えざるを得なかった・・・との推測も、あながち不自然ではないだろう。

ただし、しょせん是正協議会は匿名である。インターネットを公衆便所の落書きと見下す浅井先生のことだから、匿名のお伺い書などには見向きもしないという考え方もできるだろう。

すると、あるいは他に、浅井先生を動かすほどの大人物がいて、見えないところで隠然たる影響力を発揮しているのだろうか?


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