2007/12/23

年の瀬、雑感  
山門入り口氏のブログをチラッとのぞいてみた。
ブックマークの多さには驚く。おそらくは普段、ご自身がチェックしているサイトなのだろう。ひじょうに視野が広いと思う。
それにしても、拙ブログの紹介文には恐れ入った。

良識派の先人・・・

まさかそのような評価を頂戴できるとは思わなかった。何とも恥ずかしい限りである。
確かに先人ではあるのだろう、拙ブログもずいぶん長くやっている。年が明ければ、足掛け四年になるのだ。
ただし、良識派かどうかはアヤシイところで、単にケンカの苦手な意気地なしに過ぎないという評価もあることだろう。もっとも、わたくしはそれをムキなって否定したりしないので、そこが良識派を印象付けているのかもしれないとは思う。

さて、教学試験については山門入り口氏もかなり辛辣なことを書いておられるが、それにも増して、水無月氏のコメントはさらに手厳しい。ようは、四級試験が精一杯であり、それ以上の試験はあり得ない、とのことである。また、登用試験の合格率の低さ、それから受験者の員数合わせという現実などにも言及しておられる。

わたくしも以前、ほぼ同様の指摘をしたことがある。

http://diary.jp.aol.com/ganko/497.html
http://diary.jp.aol.com/ganko/655.html

顕正会の場合は折伏も強引であるが、教学推進も強引なのである。ゆえに仕方なく、お義理で受験するような人もいるわけで、そんな人はヘタすれば一度も教材を開かずに当日を迎えるかもしれないのである。ハナっから勉強していないのだ。これでは合格できるわけがない。
この意味で、水無月氏のコメントはひじょうに辛辣ではあるけれども、ほぼ的確に現実を捉えていると思う。
しかし、一点だけ見落としているというか、ある意味では創価学会員としての願望がそうさせているのだろう、わたくしとは見解を異にする部分がある。

格差社会という言葉がある。いわゆる中間層が少なくなって、金持ちか貧乏か、その両極端に二分化される社会状況を意味するのだと思う。これは顕正会においても当てはまるのだ。もちろん、この場合は貧富の差ではなく、信心の厚薄の差である。
自覚のない会員、いわゆる幽霊会員は除外しよう。顕正会では、今現在の構成人員の中で、信心強盛の者とそうでない者との二極化が進んでいる。
現実問題として、毎年の教学試験に員数合わせのために受験させられているような人が少なからずいる。これはおそらく平会員であろう。組長レベルでいるかどうか、班長クラスで登用試験を員数合わせで受けさせられるケースはまずないと思う。班長は受験者を集めるのが仕事なのである。
つまり、ここ十年余りは、班長ないしそれ以上の幹部は登用試験の推進が年末年始の主な活動内容であり、自分が試験を受けるということはなかったわけである。驚くことなかれ、このクラスの人間が、一万数千人も存在するのである。この現実はとてつもなく大きい。

浅井先生はこの人たちを顕正会の中核幹部と表現したことがある。

現実には班長会に集まる一万有余の中でも、ギリギリ限界の状態でこのトップ集団にしがみ付いている人もいて、そういう人が脱落していくケースもたくさんある。ゆえに本当の意味で信心強盛の会員はさらにしぼられて行くわけだが、それでも数千人規模であることは間違いないであろう。

結論は見えたと思う。彼らが本気で教学に取り組んだら、それはそれで相当なものである。顕正会員はどいつもこいつも馬鹿ばっか、などと決め付けてはいけないのだ。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ