2007/12/25

歳末随想  
今回の教学強化は単純に会員の教学研鑽だけが目的とは思えません。何故なら教学研鑽は顕正会にとっては諸刃の剣です。会員が自会の間違いに気付くキッカケにも成りかねない。危険を冒す理由があるはずです。

ニシケン氏のコメントの一部であるが、ひじょうに鋭いと思う。ようは、その理由が何であるか、それがなかなか見えてこないのである。

それはさておき、十一月度総幹部会の会長講演では、相も変わらず宗門・創価学会批判を展開している。今回はお金に関することだ。
宗門では「振り込み供養」というのをやっているそうである。これを振り込め詐欺みたいだと揶揄している。あるいは創価学会の話題では、池田氏が大阪入りした折の大名旅行ぶりを揶揄している。
これらの真偽のほどは知る由もないが、ともかく今回の場合はこれと対比して、顕正会の広布御供養がいかに清らかであるかを強調しているわけなのだ。

毎年、必ず言っていることは、上限が八万円であることだ。

わたくしは思う。確かに画期的なことなのかもしれないと。だが、現実はどうか、という問題がある。かつて顕正新聞の多重購読について触れたが、同様の問題が広布御供養にも潜んでいないか、そこが大いに心配である。
また、よしんば、それに関しては問題がなかったとしてもである。わたくしの思うに、もし会員の側に騙されているという意識があったとしたら、ムナシイ限りなのである。人間の心理として、騙されていると思ったならば、たとえそれが一円だったとしても穏やかではいられないものだと思う。いわんや八万円である。これはデカイと思う。わたくしの経済レベルでは・・・

ゆえに本尊疑惑は、看過できない重大問題なのである。

ところで、顕正新聞第1087号の六面には、十一月度総幹部会における「正義にめざめて」が二題と体験発表が一題、掲載されている。
「正義にめざめて」のほうはいずれも創価学会からの入会である。わたくしは創価学会からの入会者を見ていて、昔と今ではかなり変わってきたと思っている。これを説明するのはけっこう面倒であるが、とりあえず簡潔に書けば、創価学会の構成人員も徐々に変化していることが入会者から窺えるということである。世代交代している。単純に考えても、創価学会は日蓮正宗から離れて相当の期間を経ているので、過去のことを知らないような人たちもたくさんいるわけである。
つまり、従来の「正義にめざめて」と今のそれでは質的に異なるわけで、それが顕正会にとって、あるいは創価学会にとって、どのような作用をもたらすかは、未知数である。おそらくこれは、かなり重要な視点であろう。今後も観察すべき事項だと思う。

それから体験発表のほうであるが、この中にも創価学会批判が織り込まれている。

しかし、これはやや墓穴を掘ったような気味が感じられるところで、おそらく法華講員が注意深く読めば、わたくしの意図は容易に読み取れるであろう。顕正新聞を購読していない人には申し訳ないが、これで筆を止めておく。


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