2008/1/31

精神的側面と物質的側面の狭間にて  
今朝の沖浦氏のコメントであるが、わたくしとしては池田会長の講演をつぶさに拝見していないので、何とも言えないところである。限られた範囲で判断するならば、比較的にマトモなことを言っているとは思う。ある意味、顕正会の場合は前代未聞の大闘諍が起こることを期待してしまっているようにも受け取れるわけで、これがいわゆる終末論的との批判を受ける結果になってしまっていると思われるのだ。
実際には、浅井先生と池田氏にそれほどの相違はないはずで、何も先生は第三次世界大戦のようなことを期待しているわけではないのだ。現実の社会において、そのような緊張があることは否定できないわけで、これをどう解決するかが問題なのである。おそらくはここで、浅井先生と池田氏は、袂を分かつことになるのだろう。
申すまでもなく、浅井先生の場合は国立戒壇の建立こそが問題解決の唯一の方法であると、主張しているわけである。池田氏の場合はどうだかよくわからないが、何かいろいろとやっているらしい。しかし、しょせんは世法レベルである。ゆえに顕正会ではそれを、まやかしの平和運動であると言うわけなのだ。

それはさておき、今日もまた、外から話題を拾ってみる。

理の一念三千とは、宇宙の真理「法」が如何様にこの現象世界に働いているかという、所謂物質的な即面から観ることによって覚りを得ることが出来るものです。勿論、この「法」は、私達の心の根底でも実は働いているわけですから、それがどのように展開しているかを覚ることも出来るわけです。

事の一念三千とは、宇宙の真理「法」を悟っている久遠本仏(釈尊)が、如何様にこの世界において慈悲の働きを為しているかという、所謂精神的な側面から観ることによって覚りを得ることが出来るものですね。勿論、この久遠釈尊は私達が容易に気が付かないだけであって、実は私達の心の根底にもいらっしゃるわけですから、その慈悲がどのように私達の心に展開しているかを覚ることが出来るわけです。

これはケンポコポン(?)のshamon氏が、BBS-sangha という掲示板に書いている文章である。

ひじょうに難しい内容なので、わたくしにはよくわからないのであるが、どうしても違和感を拭えない部分があった。それは物質的と精神的の対比である。相対と書くべきか?
上掲の対比は、いわゆる本迹相対の説明とも換言できるだろう。迹門は理の一念三千であり、本門は事の一念三千である。おそらく顕本法華宗では種脱相対を言わないので、本迹相対が最後のカンジンカナメの対比になるのだと思う。
ここにおいて、迹門を物質的とし、本門を精神的とする・・・これがわたくしには違和感の拭えない部分なのである。

表現とは難しいものである。御書には物質的とか精神的という言葉はないはずである。ゆえに、これはshamon氏が、大聖人の御意を現代語に置き換えればこうなるに違いないと、そのように考えて言葉を選んだのだと思われる。ところが、わたくしには逆のようにも思われるのだ。

つまり、迹門を精神的とし、本門を物質的とするのである。なぜならば、迹門は理であり、本門は事だからである。単純に、字面だけで考えると、わたくしの意見のほうがスッキリしているように思うのだが、どうだろうか?

ちなみに、事と理の言葉の定義は、白米一俵御書がひじょうにわかりやすい。

聖人の御ためには事供やう、凡夫のためには理くやう

ここでの聖人は、過去の聖人賢人である。一方の凡夫は、末代の凡夫と拝するべきであろう。
説明は省略するが、当該御書を詳しく拝読していくと、shamon氏の書いていることは、大聖人の御指南とは正反対になってしまっているのである。
ただし、ここは供養についての御指南であるから、あるいは別次元のことかもしれないと断わっておこう。

では、治病大小権実違目はどうか・・・

一念三千の観法に二あり。一には理、二には事なり。天台・伝教等の御時には理なり。今は事なり。観念すでに勝る故に、大難又色まさる。彼は迹門の一念三千、此は本門の一念三千なり。

結論を書いてしまおう。おそらく迹門を物質的とし、本門を精神的とするのは、現代ウケを狙った表現だと思う。もちろん、shamon氏がそれを意図的にやっているかどうか、それはわからない。いずれにしても、物質よりも精神を上位に置くほうが、崇高なイメージがあることは間違いないだろう。
しかし、これは大聖人の御意を正確には伝えていないと思う。いわゆる依報と正報、色法と心法は密接不可分なのであり、上掲の御文においてもそれが明瞭である。

観念が勝るゆえに、大難が勝るのだと・・・

しかも大聖人は、大難に「色」という表現まで添えていらっしゃる。大慈悲のきわみである。
つまり、ここでは観念が精神であり、大難が物質に相当するわけである。
わかりきったことだが、いつの時代も原理は変わらない。天台・伝教の時代においても、精神・物質の両面があって当然なのだ。ようは、そのレベルというか、中身の濃さが違うわけである。
大聖人の御精神は天台・伝教の比ではない、それゆえに大難もまた凄まじいものがあった。それを観念が勝るゆえに大難が勝ると仰せられているわけである。

2008/1/30

鋒に当たるの難事  
山門氏のコメントに、事件の矛先を変えようとして云々、とある。ようするに、一月度総幹部会においては過日の逮捕事件に言及せず、別の話題でごまかしていたということなのだろう。これは後日、顕正新聞が出来してから検証したいと思う。

一つ言えることは、今回の逮捕はマスコミの報道がそれほど大々的ではなかったので、これ幸いとばかりに、頬かむりを決め込んだのかもしれない、ということだ。

そういえば、実際問題としてはどうなのだろう、いつものごとく弁護士を派遣したのだろうか? それとも見殺しなのか?

ひじょうに重要な点なので、ご存知の人は情報をお願いしたいと思う。

話は変わるが、川蝉氏のブログを拝見していて、驚いた。

本化妙宗では「三大秘法抄親撰説」を採っていて、国立戒壇成就を目指して活動されています。
(中略)
あと、「撰時抄」の
「前代未聞の大闘諍一閻浮提に起るべし」(昭定1008頁)
との言葉がある文段の解釈について、私は日蓮宗の一般的な解釈になずんでいるので、あの文段を日蓮聖人滅後のズット後世についての予言と読み取る解釈の仕方にはまだ一歩距離を置いている状態です。


これは十七日付のブログである。さらに本日付では、「政教分離と国立戒壇」とタイトルを打って、冒頭、いきなり次のように書いている。

大分以前に、暫くのあいだ時折(月に一度ぐらい?)参詣していた男性が居ました。

国柱会系統の或る団体に属しているとの事でした。

その団体では
「やがて、国立戒壇建立の為めに、本化上行菩薩が天皇として垂迹する。その時の為めに、天皇に主権を戻す運動をしている」

と云うので、びっくりしたことがあります。


ビックリしたのは、わたくしのほうである。

顕正会の主張する国立戒壇は田中智学の模倣である・・・と、今なお宗門でも言っているようだし、創価学会系のサイトにも書かれている。
わたくしは違うと思っている。今もその考えに変わりはないつもりであるが、しかし、川蝉氏の文章を読んでいて妙な気分になってきた。少し認識を改めないといけないような気がしてきたのだ。
ともかく、今日では誰も国立戒壇を主張しておらず、顕正会だけが主張しているものとばかり思っていた。ところが、そうではなく、今もなお国柱会の残党(?)がいて、かくも立派なことを唱えているのだった。まさに、ビックリである。

川蝉氏は、ブログとは別にホームページを持っている。
二十四日付のブログには、ホームページの更新を行なった旨が書かれており、新たに追加された小論には、

撰時抄に云う「前代未聞の大闘諍」について。

とのタイトルが付され、冒頭に撰時抄の御文が引用されている。煩瑣になるので省略させていただくが、申すまでもなく「前代未聞の大闘諍」を含む前後の一節である。ようするに、この解釈には二通りがあるという。

@「日蓮聖人御在世中に起こることを述べた文節である」

A「御在世中だけでなく、日蓮聖人滅後の未来に起こる事も述べている文節である」


以下は、この両方の解釈について、文献を紹介しつつ、川蝉氏の見解が述べられている。

ここで氏の見解をとやかく言うつもりはない。わたくしの視点は別にある。詮ずるところ、日蓮正宗系統の学者に、どのような解釈が存在するか、である。
歴代先師上人はもとより、それに準ずる立場の人たちが、撰時抄の当該御文をどのように拝しておられたか、それがひじょうに気掛かりである。
はたして二通りの解釈が存するのかどうか、である。

わたくしのネライが読めるだろうか?

顕正会は、申すまでもなく、二通りの解釈では後者を主張しているわけである。ゆえに、歴代上人の中に後者の解釈をあそばす方がいらしたかどうか、それが重要なのである。もし、日蓮正宗系統において、誰もそのような解釈をする人がいなかったとすると、浅井先生の主張は他門から仕入れたことになってしまうのだ。

この意味で、田中智学の模倣というのは相当の説得力を有する・・・そんな気がしてきたわけである。

2008/1/29

健康アドバイスへのアドバイス  
サイトウ氏の意見は基本的に正しいと思う。
かつて世雄会を名乗るサイトがあって、なんと驚くことには、浅井先生=大聖人とするような記述がなされていたのである。ちなみに主任理事=日興上人とも書かれていた。で、情報によると、この主宰者はすでに除名になっているらしい。当然と言えば、当然である。
ゆえに、サイトウ氏の言うことは正論なのであるが、ようは誤解が生じ易いことをわたくしは危惧しているわけである。そこを会員諸氏はもっと考えないといけないだろう。その考える土壌というか、環境が整っていないのが現状ではないかと思う。

ニシケン氏のコメントは、おそらくサイトウ氏のそれを受けたものだろうから、ここでは触れない。

さて、顕正新聞第1090号である。第八面すなわち最終面に、健康アドバイスが載っている。

新型インフルエンザ

発生は「if」ではなく「when」!

食料・日用品の備蓄は必須


といった見出しが付いている。

http://diary.jp.aol.com/ganko/636.html

なんと、一年前にも同様の記事が載っているのだ。

もっとも、一年に一回くらいは許容されるべきことだろう、でなければ新聞や雑誌など成り立たないと思う。今はまったく読んでいないが、わたくしも一頃は月刊誌や週刊誌を継続的に読んでいたことがある。だいたい一年も読んでいると、その雑誌のパターンがわかってくる。季節ごとの特集記事だとか、何かの事件にかんがみての特集だとか、自ずと傾向性が見て取れるのである。そういうわけで、顕正新聞にも傾向性がある。食べ物のコラムなど、あれが身体にいい、これが身体にいいと、いろいろ書いているようだが、何年も前の新聞を引っ張り出してくれば、同じことが書かれていたりするのである。

やや脱線してしまった。以下、今回の記事から引用する。

 今から九十年前、スペインかぜが猛威を振い、三週間で全国に広がり、日本国内で少なくとも約四十五万人が死亡した。これは関東大震災の約五倍、阪神大震災の約十倍の人数。

これは国立感染症研究所の岡田晴恵医学博士の著書に出てくる文章らしいのだが、阪神大震災の約十倍というのが不審である。
わたくしはおおむね、関東大震災では十万人、阪神大震災では六千人が亡くなったと記憶している。上掲の引用文から計算すると、関東大震災が九万人で、阪神大震災が四万五千人となる。前者はほぼ符合するが、後者はケタが違ってしまっている。
これは岡田博士の著書が間違っているのか、あるいは顕正新聞のミスなのか、それともわたくしのほうに錯誤があるのか・・・ご存知の人がいれば、コメントをお願いしたい。

さて、今日のメインは次のくだりである。

 流行が収まるまで最低でも二ヶ月かかるといわれており、その間を生き抜くため食料、日用品、医療品の備蓄(本紙1056号参照)が必要です。
 基本的には地震などの災害に備えるものと同じでいいのですが、
(以下省略)

ちゃんと書いてあるね、感心感心。

わたくしは思った。顕正会が本気で新型インフルエンザを心配しているのならば、現実に発生した場合、おそらく流行の二ヶ月間は集会などを禁じることだろう。会館を閉鎖して、参詣させないようにするかもしれない。
こういう時に、インターネットを活用して、浅井先生の指導を流せば、かっこいいんだけどね。すでにそれが可能な時代に突入してはいるのだけど、やらないんだろうな・・・

以前、先生はどこかの集会で言っていた。記憶のままに書くので、承知されたい。

今日は台風で誰も来ないと思っていた。けれども、それでいいんですね。私が一人でカメラに向かってしゃべって、それを全国の会場でビデオ放映すればいいのです。

インターネットでも同様のことが可能なのだ。

2008/1/28

同一境界  
 さらに工事期間中、一度も工事に影響を与える雨が降らなかったこと等天候にも恵まれ、どの一つが欠けても工事が間に合わなかったことは必定であり、「悪は多けれども一善にかつ事なし」の仰せのごとく、近隣住民等の心を翻させ、諸天をも味方につけてしまう浅井先生のご一念を目の当たりにさせて頂きました。

顕正新聞第1090号の第四面に載る壮年部幹部の記事である。

長崎会館は反対運動のアオリを食って着工が遅れた。だが、きわめて短い工期にもかかわらず、美事に完成させることができた。

おおむね、こんな話であるが、そこから一部を引用させてもらった。

まず、どうでもいいことから書こう。必定という言葉が出てくる。おそらく世間ではあまり使わない言葉だと思う。
それから上掲引用文には入れなかったが、下の要約した文章に、わたくしは「美事」と書いた。実はこれ、変換できなかった。普通は「見事」である。美事はこの幹部の文章の中に出てくるのだ。
今まで、うっかりしていたけれども、どうやらこれは浅井先生が好んで使う表記のようである。調べたわけではないが、思えばそのような表記がそちこちにあるような気がしてきた。しかもである。それを幹部連中はマネするのである。まったく、何をやっておるものか、と思う。

それはさておき、再掲すれば、

諸天をも味方につけてしまう浅井先生・・・

これがクセモノなのだ。

わたくしは即座にあの御文が思い浮かんだ。おそらく顕正会の活動会員なら知っているだろう。たとえ御書を持っていなくても、日曜勤行などで何度も耳にしているはずだからである。

汝等は人をかたうどとせり。日蓮は日月・帝釈・梵王をかたうどとせん。

妙一女御返事である。

「かたうど」には「方人」の漢字ルビが振ってある。申すまでもなく、味方のことだ。
つまり、前掲の壮年部幹部の言い様だと、うっかりすると浅井先生は大聖人と同一境界であると言っているようにも聞こえてしまうのである。
さすがにマズイだろうと思うが、いかがであろうか?

今日はこれくらいでやめておこう。

いちおう、予告というか、もしかしたら来月初旬くらいに、妙一女御返事をもう一度引用するかもしれない。御書を拝読していると、書きたいことが次から次へと湧いてくる。だが、何事にもタイミングがある。

2008/1/27

源流はいずこへ  
早朝、沖浦氏からコメントがあった。おっしゃることは、まったくそのとおりである。本尊抄の末文には、法華を識る者は世法を得べき云々、とある。ある人物は、ここでの世法を世雄の法であると解釈していたが、わたくしは普通に世間の法でいいと思っている。智者と申すは世間の法より外に仏法を行なわず、との仰せもある。実際の生活から遊離してしまったら意味がないのだ。まさに沖浦氏のおっしゃるごとくである。

さて、間が開いてしまったが、顕正新聞の第1090号に戻る。以下は長崎会館での会長講演である。

 またビラにはご丁寧にも、顕正会の組織図まで載っている。役職名を線で結び、最後は「ヒラ会員」となっている(大笑)。そんないやな言葉、顕正会では使ったことない(大笑)。

長崎会館の建設には、大規模な反対運動があった。その折に、顕正会を悪口中傷するビラが撒かれたらしく、それについて説明しているくだりが上掲である。

やられたと思った。

わたくしは当ブログにおいて、これまで何度か「平会員」という言葉を使っている。おもには自分のことを指して、平会員と書いてきたわけだが、いずれにしても顕正会の中では使われない言葉である。イヤな言葉かどうか知らないが、確かに顕正会では使わない言葉なのだ。
その第一の理由は簡単だ。そんな会員を馬鹿にしたような表現を、わざわざ好んで使うわけがないのである。おそらくはどのような組織でも同様だろう。ある意味では、本人が自嘲的に使うものなのだと思う。例えば平社員などがそれである。もちろん陰では、あんなヤツは万年平社員だ、みたいな使われ方があるのだろうけれども、表立っては言わないものだと思う。
顕正会では平会員という言葉を使わない。その理由はもう一つあると思う。慢性的な人材不足というべきか、入信者の大半が自覚のない顕正会員すなわち幽霊会員なのだから、ごくマレに素直な入信者がでれば、それはそれは貴重な人材なのである。よって、真面目にやっていれば、いずれは組長になり、班長になっていくわけである。早い話が活動会員と幽霊会員の二極化が顕著なために、ずっと平会員のままでいる人はあまりいないのだと思う。ゆえに使われない言葉なのだ。

わたくしは実質的には幽霊会員に近い。顕正新聞を購読している点だけが、幽霊になり切れていない部分なのである。

さて、活字として残っているかどうか、浅井先生がかつて言っていたことを記憶のままに書く。以下、間違いがあったら、ご指摘をたまわりたいと思う。

私の父(妙信講初代講頭先生)はけっして教学のできる人ではなくて、いわゆる平信心の人だった。

アゲアシを取るならば、そんなイヤな言葉を使って自分の父親を貶して罰当たりな・・・と言ったところであろうか?

しかし、この平信心は御書に出てくる言葉であり、おそらく浅井先生としてはホメ言葉のつもりで使ったのだと思う。むしろ、昨日の拙稿で紹介したごとく、智慧があっても信心のない人は邪見を増長するわけだから、なまじっか教学など、できないほうがいいとも言えるのである。

浅井先生も父親を見習って平信心だったら良かったのに・・・

・・・さすがにイヤミが過ぎるだろうか?

ある意味、初代講頭先生の信心こそが、いわゆる一念信解路線の源流なのかもしれないと思う。ただし、誤解のないように書いておくが、初代講頭先生はけっして教学を軽視していたわけではないのだ。これは文証顕然である。

大胆なことを言わせてもらえば、初代からの源流は断絶してしまったのだ。今の一念信解路線と初代のそれとは似て非なるものなのだ。

これを浅井先生が読んだら怒るかもしれないが、どうもわたくしにはそのように思えて仕方がないのである。

2008/1/26

話題の一貫性  
沖浦氏には誤解があるようなので、はっきりと言っておきたい。

わたくしは大聖人の仏法を、いわゆる学問的にどうこうしようと思っているわけではないのだ。
例えば、あまたの仏教書があるけれども、わたくしはその手の本をほとんど読んだことがない。これまでに自分で購入したものは、ほんの数冊である。その中で、いちばん最後に買った本は、本門戒壇の本義である。なんとこれは、すでに二年以上も前の本なのである。つまり、それ以降は一冊たりとも買っていないのだ。
生意気を言うようであるが、わたくしが日常的に読んでいるのは、御書だけである。さらに生意気を言えば、いわゆる解説書をまったく必要としていないのである。
もちろん、わからないことだらけである。でも、それでいいと思っている。

顕謗法抄の結文は、ひじょうに印象深い。

若し智慧有りて信心有ること無くんば、是の人は則ち能く邪見を増長す

わたくしは朝晩の勤行で方便品と寿量品を読誦しているが、意味はほとんど理解していない。何しろ法華経を通読したことすらないのである。ネット上には法華経がたくさん出回っているし、訓読もある。だが、あまり読む気がしない。
それでいて朝晩の勤行では読んでいるわけだから、おかしいと言えば、確かにそのとおりだろう。おそらく法華講員にしても、あるいは創価学会員にしても、その大多数が似たり寄ったりなのではないかと思う。
間違っているかもしれないが、いちおうはこれが信心なのだろう。信じていなければ、できっこないことだと思う。

わたくしの御書拝読には、同様の意味がある。つまり、内容を理解できるか否かは二の次であって、ともかく大聖人から直々の御説法をたまわっているという思いなのである。

もっとも法華講員に言わせれば、わたくしの志向は直結信仰に他ならないわけで、ダメだということになるのだろう。
また、沖浦氏は沖浦氏で、戸田先生に直結しなければいけない、と言う。まるで法華講員を挑発しているみたいであるが、それは置くとしよう。ようするに、わたくしにはわたくしなりの求道心がある、それを沖浦氏は評価してくださっているのだろう。そして、いかに求道心があろうとも、戸田先生直結でなければムナシイと言いたいわけだろう。モッタイナイの意味は、まさにそこにあるのだと思う。

しかし、これはいくら議論しても仕方がないことである。

そういえば、モッタイナイという意味合いから、わたくしは御書の一節を思い起こした。手なくして宝山に入る、というような御文がどこかにあったはずである。宝の山を目の前にしながら、それを手に取ることができない。何ともクヤシイことである。

信なくして此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を企つるがごとし。

法蓮抄だった。

ああ、そうか、この御指南の眼目は信心だったのか・・・

生意気を言うようであるが、わたくしの拝読の仕方はそれほど間違っていなかったようである。

2008/1/25

一貫性の話題  
れん氏の今朝のコメントによって、ますます三大秘法抄の立場が悪くなってしまった。ようは墓穴を掘ったような格好である。

わたくしとしてはあくまで大石寺の見解を重視したいと思っている。それが大石寺信仰の面目というものだ。
幼稚な論理かもしれないが、そもそも大石寺には大聖人の御書がたくさんある、その意味では他の寺院にまったく引けを取らないわけだから、わざわざ偽書を作って正統化をする必要はないのでは、と思う。
それにしても研究というのは、まさに日進月歩である。勝呂教授の研究はすでに古いそうである。そうすると、わたくしの所持している平成新編御書にしても、平成六年の刊行であるから、すでに十年以上の歳月を経ていることになる。あるいは現今の大石寺でも、さらなる新研究が進んでいるのかもしれない、と思った。

平成新編の目次を見ての感想である。

上行所伝三大秘法口決、教化弘経七箇口決大事、寿量品文底大事の三つは、大石寺に存する古写本であるが、他の欄の記述と違っている。ようするに、誰の筆跡であるか不明なのだろう、ただ単に大石寺と書かれているだけなのだ。
その並びに、いわゆる本因妙抄があって、「日時筆 大石寺」と記入されている。また、五人所破抄の欄にも、日時上人の御筆であることが書かれている。
ところが、どうやら最新の研究では、別人の筆跡であるということらしい。

そこで気になって、他のところをざっと確認してみた。すると、治病大小権実違目の欄にも、日時上人の古写本があることが書かれているのだ。同抄は、中山の法華経寺に御真蹟があるらしい。

またしても幼稚な考えかもしれないが、わたくしは思った。

上記の三つの写本は、日時上人の御筆ではないとする。では、どなたの筆であるか、それはわからないのだろう。だが、御真蹟の存する治病大小権実違目を書写するほどの人物である。その意味において、他の二つの写本・・・つまり、本因妙抄と五人所破抄も、それなりに信用に足ることにならないか、と。

ただし、より詳細に考えるならば、くだんの治病大小権実違目の写本が御真蹟を臨写したものなのか、それとも第二転ないし三転などであるか、そこまで追求する必要があるだろう。もちろん、わたくしの手に負える問題ではないので、ここで打ち止めである。

あとは、大石寺の現時点での見解がどうであるか、それが気掛かりなだけである。

さて、今日はせっかくだから御書の話題で、統一しよう。

 又仰せに付いて驚き覚え侍り。其の故は法華経は末代の凡夫の機に叶ひ難き由を智者申されしかば、さかと思ひ侍る処に・・・

唱法華題目抄の一節であるが、特に今日に限っては教学的な引用意図を持たない。ひじょうに他愛のない話題である。さて、これだけでわたくしの意図を理解できる人はいるだろうか?

http://diary.jp.aol.com/ganko/547.html

上記のリンク先をご覧になれば、一発でわかるはずだ。

ようするに、浅井先生の御書講義のデタラメぶり(?)を紹介しているわけだが、たまたま唱法華題目抄にそれを補強する御文があったのである。「さか」がそれだ。平成新編ではここに漢字のルビを振っている。

左歟

今、調べてみたら、御書全集にも同様のルビが振ってあった。ちなみに、松野殿女房御返事には、なかった。

もちろん、大した問題ではないわけだが、この件については、わたくしの見解が正しかったことは間違いないことだろう。

2008/1/24

発言者の責任  
れん氏より、三大秘密の出典は昭和新定御書である、とのコメントをたまわった。これはありがたいことであるが、その続きの文章が問題である。ようするに三大秘法抄は偽書であると言っているわけである。

わたくしは基本的に、真偽論には深入りしないことにしているが、少し疑問に思ったことがあるので、それを書いておきたい。

三大秘法抄は、いわゆる二箇相承と同根の偽書で、重須六世日浄師あたりが作成したもの

れん氏のコメントを要約したものである。
おそらく二箇相承と同根という意味は、戒壇建立を明確にうたっている部分を指すのだろう。大聖人の御書の多くは戒壇の名目を挙げるのみで、その建立を直接的に御指南あそばす御書は他に見当たらない。確かにそのとおりである。
しかし、二箇相承は日興上人への御相承であり、三大秘法抄は大田金吾殿へ宛てたものである。ここが大事なところで、もし重須六世日浄師の作成だとすると、なぜに大田金吾宛なのか、そこが説明できないことになると思うが、どうだろうか?

現代宗教研究所のサイトに勝呂教授の論文がある。この人はひじょうに慎重な人で、自分からは真書であるとも偽書であるとも書いていないのだが、いろいろな人の研究成果などを紹介しつつ、論を進めていく。その中に、三大秘法抄の真偽論も出てくるのだ。
いわゆる中山門流に伝わる古写本のことが出てくる。で、近年に至って、大石寺の日時上人の古写本が発見された・・・これに勝呂教授は驚いているのだ。
ようするに、大田金吾宛の御書なのだから、中山系統に古い記録があるのは理に適っている。ところが、それよりも古い物が大石寺から出てきたというのだから、これはどういうことなのか、と驚いているわけである。

勝呂教授の論文を踏まえて、あえて大胆な推測をすると、もし重須の六世が作成したとすると、二箇相承を始めとして対告衆が偏り過ぎるとウソ臭く思われてしまうので、それで大田殿の名前を使った・・・

・・・しかし、そうすると中山門流の古記録はどのようにして発生したのか、そこが問題となる。わけがわからんことだ。

もし真面目に研究するのならば、まずはそれぞれの古文書の正確な年代特定をして、お互いの前後関係を把握していく必要があるだろう。第一、真偽論はさまざまの要素が複雑に絡み合っている。ゆえに、些少な資料のみで判断すると、大間違いを犯すことになる。そういうわけで、わたくしは深入りしないことにしているのだ。

さて、話はガラリと変わる。

昨日、謝るべきことがあれば、素直に謝るべきであるが、なかなか素直になれないのが人間である・・・などと偉そうなことを書いた。

そういえば、つい最近のことだと思うが、薬害肝炎の問題で福田首相が謝罪をしたはずである。浅井先生はこれを見習ったらどうかと思う。福田首相は立場上、謝ったわけであるが、必ずしも薬害問題そのものの主犯ではないわけである。同様に、現場の顕正会員が活動中に不祥事を起こせば、最終的には会長の責任が問われてもおかしくはないのだ。
ゆえに、いたずらに正当化ばかりを考えるのは見苦しいし、いずれは墓穴を掘ることにもなりかねないと思う。

ああ、そうそう、昨年の暮れに、年金照合の問題で福田首相は大顰蹙を買っていた。わたくしは翌朝、ラジオで首相の発言を聞いている。福田さんらしい物言いではあるが、さすがにこれは顰蹙ものだろうと思った。
ようするに、今年度中に年金の照合を終了させて、国民の皆さんに安心してもらうというのが、政府の言っていたことである。ところがどうやら年度内には照合作業が終わらない見通しとなってきた。その時の首相の発言である。

解決すると言ったかな?

どこかの動画サイトに記録が残っているかもしれない。おそらくこれを聞けば、誰もが思うだろう、コノヤロウ、と。

福田さんの立場になって考えると、多少は同情の余地があるようにも思う。何しろ福田さんは、半ば浪人状態だったわけで、当時は重要なポストについていなかった。ようは本来ならば、責任は安倍前首相にあるわけで、福田さんはそれを引っ被ってしまったわけである。もちろん、そういう言い訳は通用しないのだが・・・

では、浅井先生の場合はどうか・・・

ことごとく自分の責任ではないか、過去にあと何年でどうするこうすると大きなことを言っていたのは、他ならぬ自分自身なのだから、誰のせいにもできないはずなのである。まさか福田さんみたいに、そんなことを言ったかな? などとは絶対に言えまい。

2008/1/23

真犯人は誰だ?  
種々のコメントが寄せられておりますが、ことに瑠璃堂氏からは、お気遣いをたまわりました。いつもながら、ありがたいことだと思っております。しかし、心中するのはまだ早いでしょう。お互いにもっと長生きしなければいけません。

さて、顕正新聞の第1090号に入ろう。

第一面には元旦勤行の記事が出ている。そして二面から三面にかけては、長崎会館での会長講演が掲載されている。そこには、例の「初めて」と「始めて」が出てくるが、これはもうやめておこう。

この長崎会館の講演でもっとも注目すべきことは、会館建設に際して大規模な反対運動があったという話の中にある。
おそらく講演の三分の一以上は、この話題に費やされていると思う。大雑把に言えば、半分近くである。
この冒頭に「初めて」が出てくるが、その用法についての議論はもうやめよう。話の中身について書く。
ようするに、顕正会の会館建設には種々の妨害が付き物であり、これまでにもいろいろあったが、今回ほどの大規模な反対運動はなかった、初めてのことである・・・という文脈である。それで反対運動の内容をけっこう詳しく説明している。ここでは一々を書かないが、その終わりのほうに、気になる文章があるのだ。

 この真犯人は、一切表に出ないで隠れている。

お気付きであろうか?

めずらしいこともあるものだと思った。たいてい、こういう場合は創価学会の謀略だと決め付けてしまうのが、いつものパターンなのである。ところがどういうわけか、今回は創価学会の名前を出さなかった。なぜだろう?

これを逆に言うと、いつもは確たる証拠があって、創価学会のシワザであると言っていることになるのかもしれない。だから創価学会側もヘタに手を付けられない、放っておくしかない、ということなのかもしれないと思った。
さらに逆に言うと、今回は創価学会の関与は一切なかったのかもしれない。もはや顕正会のイメージは最悪であり、ことさら創価学会が動くまでもなく、住民が勝手に動いてくれるとも考えられる。
その中間を取って、創価学会はそれほど苦労せずとも、住民を煽動することができる。ちょっと焚き付けてやれば、あとは勝手に一人歩きしてくれる。
しかし、憶測ばかりを書いても仕方がないので、これくらいにしておこう。

いずれにしても、何でもかんでも創価学会のシワザにしていたものが、今回はそうしなかった。その事実は注目してよいだろう。創価学会のせいにするには憚られる何かしらの理由があったのだろうか?

さて、そうすると今度は、先般の逮捕事件が再び脚光を浴びることになる。

昨年を思い起こすがいい。なんと浅井先生は、一連の事件の背後にひそむ存在を、とうとう明らかにしたのだった。一連の事件は顕正会の前進を憎む僣聖増上慢の暗躍によるのだと。そして、その僣聖増上慢とは誰であるかと言えば、すなわち池田大作氏であると。

昨年の今頃にも書いていることだが、わたくしは池田大作氏を僣聖増上慢であると聞いて、それほど驚かなかった。ああ、やっぱり、という感想だった。これはおそらく顕正会員の多くの感想でもあるだろう。
つまり、切り札にしてはインパクトがなかった。
ある人物が言っていたことだが、僣聖増上慢が死んじゃったらどうするの? という意味もある。失礼ながら池田氏も高齢であるから、冗談ではないのである。

ひじょうに難しい選択を迫られていると思う。

どういう意味かと言うと、今回の逮捕事件にどのように言及するのがベストであるか、という問題である。もちろん浅井先生がである。
おそらく、創価学会ないし僣聖増上慢・池田大作氏のせいにすれば、またかよ、と思われるのがオチであろう。外部はおろか顕正会員からもそのように思われてしまう可能性もあるのだ。
ならば、創価学会の名前を持ち出さない、池田氏の名前も出さない、するとどうなるか?
これも怖いのである。わたくしが書くからだ。すでに本稿に書いてあるごとく、今までのパターンとは違っていることに何かしらの裏事情があるのではないかと、そのように勘繰られてしまうのである。わたくしのみならず、もしかしたら多くの顕正会員も同様に感じるかもしれないのだ。

結論は簡単なのである。ようするに、逮捕事件を正当化するのではなく、素直に謝ればいいのである。しかし、なかなか素直にはなれないのだろう。誰しも経験のあることだ。

2008/1/22

辞世のブログ  
嘲斎坊氏には貴重な回答をたまわりました。おそらくは立場上、情報をどこまでなら開示してよいものか、考えながらの投稿かと思います。しかし、逆にまた、拙ブログがそれなりに注目を浴びていることを承知して、投稿を開始されたのも事実でありましょう。今後、どのような話がとび出すか、オッカナビックリですが、期待したいと思います。

水無月氏は観察眼が鋭いですね。いや、監視が厳しいと書くべきでしょうかね。小峰夫妻の動向まで報告をたまわりました。
いちおう小峰理事の弁護をしておきますと、おそらく彼の労働時間はベラボウに長いのだと思います。朝早くに来て、夜遅くまで詰めているのではないかと。
そういう意味で、少し長い昼食休憩を取っているのではないか、と思いました。
もっとも労働と言っても、何をしているのか知りませんが・・・

しかし、小峰理事はまだ楽なのかもしれない。おそらく、もっと過酷なのは地方会館の管理主任であろう、労働条件は劣悪だと思う。ようはそれを信心でカバーするわけである。信心を抜きにして、純粋に労働条件だけを考えたならば、やってられないというのが本音ではないかと思う。もちろん、これはわたくしの当てずっぽうであって、実際に職員として勤めたわけではないので、間違っているかもしれないことをお断りしておきたい。

沖浦氏から、やや久しぶりにコメントを頂戴しました。

ええ、おっしゃるとおりでして、これは浅井先生に聞くしかないわけです。それでですね、これは別件ではありますが、昨年には是正協議会というのが本部に質問書を送付しているのです。それで、直接の回答はなかったのですが、間接的な意味で回答があったのです。昨年の九月度総幹部会での講演がそれでした。
しかし、その回答はけっして十全の回答ではなかった。ゆえに、是正協議会では再度の質問書を出したわけですが、残念ながらそれには無回答でした。
そういうわけで、浅井先生に聞いても必ず回答があるわけではないのですね。
おそらく誰にだってあるでしょう。わたくし自身にもありますが、ようは誰にも明かさない秘密というか、死ぬまで絶対に言わないつもりのことが、一つや二つはあるのではないか、ということです。もっともウソツキの人は、一つや二つどころの話ではないのでしょうね。

さて、山門入り口氏からもコメントを頂戴しております。

今や氏のブログはわたくしよりも更新頻度が高い。何しろ一日に複数回の更新をしているからだ。これは凄いことである。
いちおう毎回のごとく目を通させてもらっている。資料はあまり読んでいないが・・・
ともかくツッコミが厳しい。顕正会へのツッコミである。ただ、それがややもすれば、アゲアシ取りのような感じになっている部分もあるので、そこは気をつけたほうがいいと思う。

まあ、いろいろ偉そうなことを書きましたが、気分を悪くされないように願います。

ところで、顕正新聞の最新号については、まったく書かれていませんね。特にツッコミどころが見当たらなかったのでしょうか?
わたくしには、二三の用意があります。いつでも書けるのですが、いろいろと話題が尽きないものですから、なかなか書く機会がなかったのです。

明日あたり書こうかな・・・

お気付きの人もいるかもしれないが、なんと明日の投稿はちょうど千回目に当たるのである。厳密には、資料のみを提示している回もあるので、千回には満たないわけだが、まあ、おおむね千回に達したと考えていいだろう。
ここで前向きの人ならば、さらなる飛躍を誓うべきところだが、わたくしとしては大分くたびれてきたので、そろそろオイトマをもらおうかとも考えている。
まあ、いちおうは続けるつもりでいるが、少しペースを落とすかもしれないので、仮に二三日更新されなかったとしても、死んでしまったとか思わないように願いたい。

しかし、本当に死ぬ場合もあるから、そうなったら困るなあ。


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