2008/2/3

消息不明の不合格者たち  
 受験者の多くは昨年入信した人々である。

顕正新聞第1091号のトップ記事は、教学部登用試験である。その中に上掲の一文が含まれている。

何だか毎年のように、同じことが書かれているように思うのだが、気のせいだろうか?

もしかしたら実態を糊塗する目的があるのかもしれない。
いわゆる員数合わせというか帳尻合わせのために、毎年のように受験させられている会員もいるのだ。当ブログにおいても、過去に何度か書いていると思う。あるいはそれ以前から、同様の指摘がなされてきたのかもしれない。
ゆえに、顕正新聞の編集部のほうでもそれを気にして、わざわざ上掲のようなことを書き加えていると思われるのだ。

登用試験のことは、すでに昨日の拙稿であらかた書いてしまったのだが、もう少しだけ書いておきたい。少々、不足の部分があるのだ。
うっかりしていたというか、うまく書き入れることができなかったことがある。それは一昨日分のコメント欄に山門氏が書いている、再受験者のことだ。これはまた、ひじょうに深刻な実態を示して余りあるところである。

つまり、登用試験の大半が新入信者ばかりだとすると、昨年ないし一昨年、あるいはそれ以前の不合格者はいったいどうしているのか、それが大問題となるのだ。

昨日、すでに書いたごとく、昨年の場合は一万二千人の受験者がいて、合格者はその内の二千人だった。一万人は不合格だったわけである。これはベラボウな数字であろう。この一万人はいったいどうしちゃったのか、それが問題である。
例えば、自動車の運転免許がわかりやすいだろう。今は多くの人が免許を取得しているから、実感を持てる話だと思う。ようするに、運転免許の試験に不合格だったとして、それでオシマイにしちゃう人はいないだろう。おそらくは合格するまで受け続けることだろう。
ところが顕正会の教学試験では、毎年のように受験者数の記録更新を報じているけれども、イヤミを言えば不合格者の記録更新でもあるのだ。しかも、その膨大な不合格者は、いったいどうしているのか、不明なのである。
もし、再受験をする人が多ければ、それこそ受験者数は倍増してもおかしくないのである。ところが現実は微増である。これではどうにかこうにか帳尻合わせをして、現状維持をしていると思われても仕方がないであろう。

これは単なる数字の問題ではない。なぜに再受験者が少ないのかが問題なのである。

折伏の場合がわかりやすい。ようは強引に、半ば騙されたような格好で入信勤行に連れてこられる人も少なくないわけで、こういう人は間違いなく即日退転である。
おそらくは教学試験においても、同様の問題をはらんでいるのだと思う。
自動車の免許とは違って、必要性を感じない。ましてや、まったくの義理で、ようはお付き合いで受験したとすれば、もう二度と受けたくないと思うのが普通である。
もはや、こうなると、教学試験は事実上、崩壊しているとも言えるかもしれない。少なくとも形骸化していることは間違いないだろう。

これは抜本的な見直しが必要だかもしれないと思う。もっと、ぶっちゃけ言えば、顕正会を魅力ある組織に改革しないといけない。顕正会には魅力がない、だから教学試験もつまらない、必要性を感じない、誰も受けたくない・・・という連鎖ができてしまっているのだと思う。

来年は四級試験を行なうそうである。

これはいいと思う。おそらく幹部の中には何年も試験を受けていない人がたくさんいて、ヘタをすると教学力が極端に低下している可能性もあるのだ。いや、可能性ではなく、それが現実だろう。
熱心な幹部会員ならば、それなりの課題を出せば、真面目に勉強することだろう。

そして幹部が勉強すれば、それが率先垂範になるのだ。


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