2008/2/5

顕正新聞愛読者のブログ  
登用試験の結果が顕正新聞の最新号に載っている。

合格者は、受験者一万三千百六十五人中、二千五百人である。山門氏はこれを少ないと言う。昨年よりは多いのだが、しかし、それにしても一万人以上の不合格者は異常である。まあ、それは厳正な採点の結果であるとして、納得することにしよう。だが、その不合格者たちのその後が問題である。これらの人たちが再チャレンジすることなく消えていってしまう・・・ここに顕正会の体質があらわれているのだ。

山門氏は最新号の話題をいろいろと書いておられる。けれども、わたくしとしては前号の、すなわち第1091号の話題をもう少し拾っておきたいと思う。

拡大鏡で受験。頭が下がるこの真剣さ

登用試験の受験風景が写真でいくつか紹介されている。一面右下の三つの写真の真ん中に、初老というべきだろうか、そのくらいの年齢の男性が拡大鏡を使って、顔を机にこすり付けんばかりに近づけて、答案用紙に書き込んでいる様子が紹介されている。そこに付されたキャプションが上掲の文章である。

これは確かに頭が下がる。というか、頭が下がっている写真に、頭が下がるという説明を付けているところが面白い。編集部にも洒落のわかる人がいるらしい。

ちなみに他の二つの写真はヤラセっぽい。というか、カメラが向けられているのを意識して、一つは試験前なのだろう、やたらと真面目な顔して理論書を読んでいる写真である。もう一つは試験後だろう、問題を見ながらニヤニヤしているのだ。先の頭の下がる写真を含めて、いちおう始中終という構成になっているらしい。

成人式の記事については詳細を省くが、浅井先生の講演はなかなかハイレベルだと思う。

しかし、どこがハイレベルなのかと文句を言う人もいるかもしれないので、言い訳しておこう。
相手は新成人なのである。わたくし自身の経験からしても、その年齢というはまだまだ未熟である。考え方が幼稚である。
そもそも学校では、直近の時事問題までは教えてくれない。では、自分で興味を持って勉強するかといえば、そんな若者は滅多にいるものではない。興味の対象がまるで違うのである。
そういう人たちが浅井先生の講演を聴けば、ひじょうにグッとくるのである。これは文句を言っても始まらない。すでにして、そういう構造が出来上がっているからである。

成人式の代表決意では、四人が発表を行なっている。支隊長・総班長がそれぞれ二人ずつである。また他に、班長会で新成人の登壇があって、これが二題、同じ新聞に掲載されている。これも支隊長と総班長である。
これらのほとんどには共通項がある。この人たちは、母親から、あるいは父親から、もしくは両親から折伏されて、高校入学と同時に入信した人たちなのである。

この現象は注目に値する。はたしてどのように評価・分析すべきなのか、今のところはわからないけれども、いろいろなことが見えてくると思う。

例えば、顕正会では若いうちは頑張っていても、途中で退転してしまうケースが多いと見られている。確かにそのとおりだと思う。だが、そういう中にも、マレには踏みとどまっている人もいるのだ。マレと書いたけれども、組織が大きくなれば、それなりにたくさんいるわけだろう。その子供たちが、今まさに続々と成人を迎える時代に入ったとも考えられるのだ。
これは宗門で言う法統僧俗に等しいわけだろう。あるいは創価学会などでは、幹部の子女が信心を嫌がったりして、なかなか後継を育てることに苦労している様子が見受けられる。
もちろん顕正会にも同様の問題があるだろう。ようは程度の問題である。その度合いがどうなっているか、調べようがないけれども、これがいわば次代の勢力図に大きく反映してくることなのだろうと思われる。

最後に体験発表の記事についても触れておこう。

わたくしは今回の発表にけっこう感動した。とりわけ、長女が悪性腫瘍で云々の記事には、泣きそうになったくらいである。

しばしばヤラセが取り沙汰さている。それは重々承知しているし、あるいは今回の記事にもヤラセが多分に含まれているかもしれないと思う。だが、それでも感動するのである。こればかりは理屈ではないのだ。

・・・今までにない激痛と目まいがあったので病院に行いました。

しかし、これは誤植だろう。「行いました」ではなく、「行きました」が正解だと思う。


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