2008/6/30

引用の難しさ  
昨日の続きを書く予定だったが、その前にやるべきことが出来した。昨夜から未明にかけて、為五郎氏からコメントが寄せられた。その一部を紹介しよう。

まあ、この辺は切り文の洗脳が解けてからじゃないと理解できないので。

これはほとんど悪口のレベルである。これよりおよそ一時間前には、次のようなコメントを残している。

よく考えてみて。

これは何をどう考えればいいのか、それがよくわからない文章なので、不親切だと思った。だが、前掲に比べれば遥かにマシである。というよりも、わりと好意的な印象を受けなくもない。ようはワカラズヤのわたくしに対して、やんわりと諭しているような感じがするのである。
ところがその一時間後には、もはや見捨てたかのような、そういう突き放したような言い様なのである。
たとえば議論が膠着してしまって、こちらがいつまで経っても理解しようとしない、そのように感じたならば、まだしもわからなくはない。そのようなプロセスを踏まえずに、勝手に「切り文の洗脳」などと言うことは、まったく失礼千万である。

ましてや、すでに前回と前々回において、わたくしは「切り文の洗脳」ではないことを説明しているのである。ともかく拙ブログにおいては御書をたくさん引用させていただいているわけだが、もしそれが切り文だと言うのであれば、いったい引用のどこがどのように切り文なのか、それを具体的に指摘しなければいけないだろう。これもすでに書いたことだ。
こうして見ると、むしろ為五郎氏のほうがよほど洗脳されているのではないかと思えてくるが、いかがだろうか?

重複を覚悟で今一度、説明してみよう。

顕正会員は御書を持たないので、すると普段は顕正会で出している教義書によってしか、御書を拝する機会がない。当然、御書全文が引用されているわけではなく、部分的な引用である。ゆえに、それを切り文と言えば、確かにそのとおりかもしれない。
これは創価学会でもあるいは法華講でも同様だろう。わたくしはネット上における彼らの発言を注視してきたが、やや退屈に感じることがある。それは御書の引用において、失礼ながらどいつもこいつも同じ引用ばかりしている、というようなことがあるからだ。結局、それはおそらく創価学会でも法華講でも、そこで読まれている教義書に出ている御文なのだろう。
残念ながら、いや、別にそんなことはないが、ともかく初心者がいきなり御書に精通することはあり得ないことであるから、さしあたってはそこで出している教義書を通して御書に親しんでいくのが普通なのである。それを切り文と言ってしまっては、元も子もないのではないかと思う。

むしろ日蓮正宗系統が伸びたのは、そうやって御書に親しんできたからであって、右も左もわからない初心者にどうやって教えていくかという意味において、それはきわめて適切な方法だったのだと思われる。別に数の多寡を云々するつもりはないが、もし日蓮宗系統においても、いわゆる墓檀家ではなく本当の意味での信者さんを増やしたいのであれば、そこを考えないといけないだろう。

で、話が大幅に脱線してしまったけれども、わたくしは教義書を読まないのである。今、こうしてパソコンに向かっている時も、手元には御書が置いてあって、必要に応じてそこから引用をさせてもらっているわけであって、他には資料を用意していないのである。第一、資料などと言えるものはほとんど所持していないので、持ってないものは使いようがないのである。

ゆえに、「切り文の洗脳」と言われるのはひじょうに心外なのであるが、もし具体的に指摘できるのであれば、遠慮せずにやっていただきたいと思う。

さて、法華経を読んだことがないのか、との質問を頂戴したわけだが、これはそのとおりである。以前より繰り返し書いているように、わたくしは法華経を通読したことがないのである。いわんや熟読をや、である。
ここで為五郎氏は寿量品を引用しておられる。寿量品はわたくしもいちおう毎日読誦しているけれども、実はほとんど意味を理解していない。何しろ訓読したことすらないのだ。
まあ、そういうレベルなのである。よって、できれば御書を使って説明していただきたいと思う。

本因妙については、ありがたくも御書を引いて説明して下さった。

これ即本因本果の法門なり

しかし、何だろう、これは・・・

為五郎氏はおおよそ次のごとく言っていたのである。

日蓮菩薩は本因妙の位である。

いったい、どこをどう読めばそのようになるのか、誰にも理解できないのではないかと思う。あるいはこの批判を恐れて、「切り文の洗脳が解けてからじゃないと理解できない」などと、予防線を張ったのだろうか?

言わんとするところは、まったく理解できないというわけではない。本門十妙をわたくしは知らないが、おそらくはその枢要となるのがいわゆる本因・本果・本国土の三妙なのだろう。
しかし、なぜに大聖人が本因妙の位なのか、容易には見えてこない。ましてや開目抄の当該御文は、まったく別次元のことを論じている箇所なのである。前後の御文を拝しても大聖人が本因妙かどうかなどという、そういう意味の御文ではないことは明らかだ。具体的には各々が確認されたい。
ともかくも、他人のことを切り文だの洗脳だのと頭ごなしに決め付ける人が、逆に切り文をしているのである。

2008/6/29

為五郎氏への疑問  
為五郎氏より種々のコメントを頂戴した。

「一重立ち入りたる法門」と嘯くが、それが日蓮聖人の書いていることと違う勝手次第のことならば、的はずれな努力ですよね。

まず、上掲についてであるが、これは確かにおっしゃるとおりである。わたくし自身、すでに書いたごとく、何を努力しているかといえば、大聖人の御真意に迫る努力をしているわけであって、そこから外れてしまっては無意味というか、そもそも何のために研鑚しているのか、それがまったくわからなくなってしまうのである。
甚だ生意気を言うようであるが、わたくし自身はそれほど束縛されているつもりはない。また、これまでにも繰り返し言ってきたように、いわゆる教科書の類はほとんど読んでいないのである。
ゆえに、正宗教学のおおよそは理解しているものの、委細の点についてはまったく独自の見解を示しているのであって、必ずしも完全に一致するわけではないと思う。

そんなわけで、今は比較的に法華講員と親和的ではあるけれども、いずれは大謗法者の烙印を押される日が来る可能性もなくはないだろう。

「釈迦仏をすて奉るは影をうやまつて体をあなづり子に向いて親をのるがごとし、本地は釈迦如来にして」

本仏は、釈迦如来と書いてることが読めない? 

日蓮菩薩は、本仏釈尊の「用」、垂迹、本因妙の位ですよ。だからこそ、我等凡夫も本因妙の位に住することで、本仏と一体となることができるのですよ。本仏釈尊は救世主ではなく、我等を仏とするために、菩薩行をさせるために現れるのだから、一度切りしか、この世に出現しないわけ。


さて、前述のごとく、わたくしは教科書を読まないのである。すると、ご覧の為五郎氏のコメントなどを拝見していても、ひじょうに違和感をおぼえるのである。

日蓮菩薩、本仏釈尊、本因妙、救世主・・・

本因妙は御相伝書に拝することができるわけだが、それ以外の言葉は御書のどこにも見当たらないのではないかと思う。何もわたくしは御書の言葉しか使っちゃいけないと言っているわけではない。使う場合の必然性を問うているのである。
たとえば、日蓮菩薩と本仏釈尊の場合は、あたかも釈尊を仏、大聖人を菩薩というふうに固定化してしまっているというか、そのように読ませたい人たちの意図が如実にあらわれているのではないかと感じてしまうのだ。
そこに本因妙が出てくるものだから、あれ?っと思うわけである。わたくしのイメージでは、もっぱら正宗の人たちが好んで使う用語のように思っていたからである。もちろん正宗では御相伝書の記述に基づいて使用しているわけだが、では為五郎氏の場合はどうなのか、ということなのだ。

救世主が面白かった。これはむしろ現代的な表現なのだろう。御書には経文の、救世者という言葉が出てくるけれども、救世主は見当たらないようである。

為五郎氏は本仏釈尊を救世主ではないと書いておられる。しかし、わたくしはとっさに、次の言葉が思い浮かんだ。これはイコール救世主なのではあるまいか?

唯我一人能為救護

法華経の言葉である。先ほど、救世主は現代的表現なのだろう、と書いた。つまり、ご覧の法華経の言葉を現代的に言えば、救世主に他ならないのではないかと思われるのだ。
逆に、救世主ではない、というのであれば、それをはっきりと裏付ける根拠が必要だろう。
ともかく救世主という言葉は御書に存在しないのだから、意味としての不同をさぐるべきなのである。そうすると、わたくしには上掲の経文が救世主に相当するとしか思えないのであるが、いかがであろうか?

さらに、本仏釈尊は一度きりしか出現しない、ということのようだ。

これがさっぱりわからない。なぜに一度きりなのか、その理由をもっと詳しくお聞きしたところである。その道理はもとより、この件に関して大聖人がどのように仰せであるか、それもあわせてご教示願いたいと思う。

わたくしの認識では五百塵点の当初に出現し、およそ三千年前には月氏に出現したということなのだが・・・

まだ、いろいろ書きたいことがあるけど、それは明日以降にさせていただく。

2008/6/27

本仏論の一視点  
れん氏からはいつも多くのことを学ばせてもらっているが、ことに昨日のコメントには大いに驚いた。驚天動地はオーバーにしても、相当のものである。

いわゆる御影信仰について、れん氏はその根拠を法華題目抄に見出しておられるのだ。

となうる者を護持するは要なり。

唱うる者とは大聖人に他ならない。ゆえに大聖人の御存命の時には直接大聖人を、滅後においては御影を護持するということなのだ。護持の意味であるが、あまり深く考えず、お仕えするくらいに理解しておけばいいだろう。

わたくしは御影信仰の根拠をもっとシンプルに考えている。まず、妙密上人御消息には、

教主釈尊の御影

とある。それから建治三年秋の四条金吾殿御返事には、

釈迦牟尼仏の遺像

とあるので、大聖人の御影もまったく同じことなのではないかと思っている。

いや、これは何もわたくしが、釈迦日蓮同体説を主張するからというわけではない。開目抄の冒頭には次のごとくあるので、大聖人が御本仏かどうかは別次元のこととしても、じゅうぶんに蓋然性のあることだと思う。

武王は西伯を木像に造り、丁蘭は母の形をきざめり。

これはもちろん中国の事例であるが、日本があらゆる意味で大陸からの影響を受けていることは論をまたない。
さらに、開目抄の結論部分においては、いわゆる主師親の三徳を御宣言あそばすわけだから、上掲の御文は相当の意味を帯びてくる。

つまり、本仏であるか、上行の再誕であるか、はたまた凡夫であるか、そんなことは関係ないのである。大聖人を尊崇するのであれば、その一形態として御影を奉安することはごく自然の行為であると考えられるのだ。

さて、釈迦日蓮同体説であるが、これは顕正会でもあまり言わないし、宗門でも言わないようである。そうすると、あたかもわたくしが勝手に邪義を構えているように思う人もいるかもしれないので、少し説明しておこう。その根拠はそれこそ御書のいたるところに拝されると思う。さしあたって、建治二年の南条殿御返事などはいかがであろうか?

されば法華経を山中にして読みまいらせ候人を、ねんごろにやしなはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ、法華経の命をつぐにあらずや。

法華経を山中で読みまいらせる人とは大聖人に他ならない。
大聖人に懇ろなる御供養を申し上げることは、釈迦仏を供養するに等しい。しかもそれは法華経の命を継ぐに等しいとも仰せあそばすのだ。
釈迦日蓮同体はもちろんのこと、ここでは同時に人法一箇のことまで拝することができるのだから、ひじょうに素晴らしい御文である。

ついでに言えば、この後には次の御文がある。

されば必ずよみかゝねども、よみかく人を供養すれば、仏になる事疑ひなかりけり。

読み書く人を供養するというのは、冒頭に紹介した法華題目抄の、唱うる者を護持する、これに近似であることが注目されるところだ。

2008/6/26

本仏論の一側面  
山門入り口氏よりたびたびコメントを頂戴しているが、アニメ化構想に関する話題は打ち切らせていただきたいと思う。もはや、これ以上はわたくしの出る幕ではない、というのが正直な気持ちである。

さて、為五郎氏のコメントであるが、これはいかがなものかと思う。洗脳とおっしゃる意味がわからない。切り文にしても、具体的にどこがそうなのか、書かれていない。
基本的なことを書いておくと、日蓮宗で主張しているようなことは先刻承知のことなのである。そんなの当たり前じゃん、というのが正宗系の人たちの認識だと思う。その上で、いわゆる一重立ち入りたる法門ということを唱えているわけであるから、洗脳というのは違うのではないかと思う。
むしろ切り文ではなく、御書を深く掘り下げて拝読しているわけである。もちろん、その読み方が正しいかどうかが問題になるわけだが、ともかく姿勢としてはきわめて真摯であり、大聖人の御真意に迫ろうとの努力に他ならないのである。

さて、今日もまた、わたくしなりの拝し方を世に問うてみたいと思う。

http://diary.jp.aol.com/ganko/534.html

面倒臭いようだが、まずはリンク先の拙稿を読んでもらいたい。今日の話はこれがベースになる。端折ってしまえば、大聖人を尊崇せよ、それは釈尊の言っていることなのだ、と大聖人は仰せになっているのだと思う。

昨日と重複するが、

在世には無きゆへに。

これは諫暁八幡抄の御文である。在世とは釈尊の時代、在世には何がなかったかといえば、謗法者の存在である。釈尊の時代には法華経を誹謗する人はいなかった。

しかし、これはウソである。

何を言うか、大聖人をウソツキ呼ばわりするのか、などと言ってはいけない。そういう人は文章が読めていないのである。
わたくしの拝し方を申し上げれば、釈尊在世にも法華誹謗の者は存在した、けれども、大聖人の時代に比べたら大したことない、ゆえに無きに等しい、ということになる。これが結論である。

しかし、もう少し詳しく説明してみよう。

末法には一乗の強敵充満すべし、不軽菩薩の利益此なり。

不軽菩薩に注目すべきである。大聖人がすぐ前のところで、在世には無きゆへに、と仰せられる理由はここにヒントがある。おそらくは本已有善・本未有善の違いがその理由に相当すると思われる。

本已に善有るには釈迦小を以て之を将護し、本未だ善有らざるには不軽大を以て之を強毒す

天台の文句であるが、曾谷入道殿許御書に出てくる。つまり、釈尊在世は本已有善であり、末法は本未有善なのである。ゆえに大聖人の仰せられる、在世には無き云々は、本未有善の衆生が存在しない意味に他ならない。
この辺がいわゆる種脱相対への入り口なのだろうが、難解をきわめる分野なので深入りしないことにする。
ともかく上述のごとく、釈尊在世には本未有善の衆生は存在しない、ということで話を進めよう。そうすると、わたくしが最初にウソであると書いたのは、さすがに言い過ぎではないか、ということになりそうである。
しかし、次の経文を踏まえるならば、事情は違ったものになるはずだ。

而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや。

此の経とは法華経に他ならない。ここにはっきりと、釈尊在世にも怨嫉者の存在が示されているのである。まさか怨嫉者と謗法者は違うなどと屁理屈を言う人はおるまい。

仏の大難には及ぶか勝れたるか其れは知らず。竜樹・天親・天台・伝教は余に肩を並べがたし。

仏の九横の大難に及ぶか及ばざるかは知らず、恐らくは天台・伝教も法華経の故に日蓮が如く大難に値ひ給ひし事なし。

聖人御難事と如説修行抄である。もはや結論は見えただろう。大聖人は釈尊を貶めることを恐れて御表現に細心の注意をあそばしておられるわけだが、道理の指し示すところは明瞭である。
すなわち大聖人は釈尊の九横の大難を遥かに凌駕する大難を御受けになられた。しかもそれは大聖人の自画自賛ではなく、釈尊の金言に裏付けられている。況んや滅度の後をや、なのだ。

この大きな流れにそって、諫暁八幡抄を拝してみるがいい。あの末文には大聖人の御確信が、末法の御本仏としての大確信が、満ち溢れているのだ。

2008/6/25

本仏論の一断面  
このところネット上における法華講員と創価学会員のバトルは、あまり活発ではないような印象を受ける。その理由はいろいろ考えられるが、一つにはお互いに飽きてきたからではないかと思う。いつも同じ顔ぶれである。すると言ってることも同じことの繰り返しになってくる。飽きないほうがおかしいかもしれない。

そうした中で、日蓮宗系統の人たちと正宗の法華講員の間で、少しばかり議論が盛り上がっていた。主な舞台は諸宗法論館である。

仏は法華経謗法の者を治し給はず、在世には無きゆへに。

諫暁八幡抄の末文の一節である。本当は、天竺国をば月氏国と申す、から最後までを一括りに拝するべきなのだが、煩瑣になるので省略させていただいた。ともかく、この一段はたいへん重要な御指南であり、大聖人の御存在がいかに尊いものか、よくわかるところだと思う。

けれども、日蓮宗系統の人たちはこの御文を素直に拝せない。逆に彼らから見れば、われわれが素直じゃないらしい。その争点となるのが上掲のくだりである。

仏は謗法者を治せず、というのは、大聖人との対比においてである。月氏と日本、月と太陽、在世八年と五五百歳云々、であるからして、答えは言わずもがなであろう。仏は謗法者を治せず、では大聖人はどうなのか、ということなのである。

ところが日蓮宗の人たちは、仏には謗法者を治す能力がないわけではない、在世には謗法者がいなかったから、その必要がなかっただけの話である、と言いたいらしい。
ここで諸宗法論館では、在世に謗法者が存在したか否かの議論に移ってしまったが、ある意味、これは脱線である。わたくしに言わせれば、どっちでもいいのである。仏法というのは道理なのだから、もっと必然性を求めるべきだと思う。
つまり、釈尊に謗法者を治す能力があるならば、釈尊自らが末法に出現すればいいのである。なぜ、そうしないのか、わたくしにはそれがわからない。

ちなみに、わたくしは釈尊と大聖人を一体異名であると拝するので、上記の問題はすでに解決済みである。

釈尊と大聖人が同体であれば、当然ながら釈尊も謗法者を治す能力を有することになる。けれども御文のごとくならば、在世には治し給はず、である。
では、釈尊は謗法者を治す経験を有するのか、もし有するとしたら、それはいったいいつのことか、それが問題となる。
おそらくは五百塵点の当初であろう。いや、もちろん、御文の整合性からすると、不軽菩薩の時代というのが正解になるのかもしれないが、いまだこの段階は菩薩位ということになるので、成道の後という意味では五百塵点の当初でいいのではないかと思う。

ここで正宗教学は、久遠元初という言葉を使うわけだが、そうすると日蓮宗系統からの反発を食らうことになる。わたくしは前述のごとく同体説を採るので、久遠元初も久遠実成も同じと考える。五百塵点云々はその意味でご理解いただきたい。

ここでハタと気がつくことがある。

登場人物は三人だ。釈尊と大聖人とそして五百塵点の当初に成道を遂げた仏である。実は月氏の釈尊よりも大聖人のほうが遥かに五百塵点に近いのだ。距離ではない、その振る舞いがである。

この辺の事情は御相伝書に詳しい。百六箇抄の「末法の時尅の弘通の本迹」には、次のような文言がある。

本因妙を本とし、今日寿量の脱益を迹とするなり。久遠の釈尊の修行と、今日蓮が修行とは芥爾計りも違はざる勝劣なり云云。

他にもいくつか注目すべき御文があるけれども、煩瑣になるのでやめておこう。

さて、釈尊と大聖人を同体であるとすると、だったら釈尊を拝んでもいいじゃないか、という意見も出てきそうである。しかし、これは本尊雑乱の危険性を孕んでいる。ゆえに正宗では同体説をあまり言わないのだろう。なるほど、それは理に適っていることだ。

わたくしは報恩抄の次の御文から、末法においては大聖人を御本仏と仰ぐべき道理が見出せるのではないかと思っている。

されば内証は同じけれども法の流布は迦葉・阿難よりも馬鳴・竜樹等はすぐれ、、馬鳴等よりも天台はすぐれ、天台よりも伝教は超えさせ給ひたり。

ことに象徴的なのは、天台と伝教の対比である。他の諸御書において、この二人が同体であることは明白なので、この理屈で行けば、釈尊ではなく大聖人を尊崇するべきことになるはずである。

2008/6/24

坐立行の解釈  
まず、山門入り口氏のコメントに、顕正新聞の四コマ漫画についての感想を求める意味が書かれていた。これについては、たった今、先方のブログにコメントを入れさせてもらったので、省略させていただく。

厳虎さんは現役会員の思考回路がお分かりではないように思います。

一信士氏より、ご覧のようなコメントが寄せられた。なかなか厳しい仰せである。

しかし、これはある意味では正しいと思う。氏は今でこそ法華講員であるが、直前までは現役の活動会員だったのである。一方のわたくしは、顕正会の活動から身を引いて、すでに三年以上も経過しているのだ。
そういうわけで、わたくしなどよりも氏のほうが遥かに今の顕正会員の感覚に近いし、内情にも詳しいはずなのである。

それはそれで良いのである。わたくし自身は、今さら現役会員の感覚に戻りたいとは思わないし、むしろ今のわたくしがこうして素直に感じたことを世に問うことにこそ、価値があるのではないかと思っている。仏法は道理であるからして、わたくしの言っていることがおかしければ、大いに反発を食らうだろうし、その逆であればそれなりの共感を得ることになる。ゆえに、顕正新聞の内容に批判を加えるにしても、それが単なるアゲアシ取りなのか、マットウな批判なのか、それは読者が判断すれば良いことだと思う。

さて、この件はこのくらいにして、前々回におけるサイトウ氏のコメントについて、一言だけ書いておこう。まったく、おっしゃるとおりである、以上。

いやいや、これではあまり感じがよくないので、もう少し書いておく。

わたくしがビデオ放映に参加していた頃の記憶だと、たとえば総幹部会などであると、会館の担当者が始まる前に、足を崩してけっこうです、という意味のことを必ず言っていたと思う。それで参加者はずっと楽な姿勢というか自分の好き勝手な姿勢で視聴しているわけだが、いちばん最後の「浅井先生指導っ!」のところで、みんながみんな一斉に正座するのである。それで会長講演が終わるまではずっと正座のまま・・・という場合がほとんどだと思う。

御大会式の講演ともなると、ひじょうに長い。当然、最初の読経の段階からずっと正座しているわけだから、なおさらのことである。ゆえに、先生は講演の冒頭に、会場の聴衆に向かって足を崩すように言う。
しかし、総幹部会の本番は椅子席の会場で行なわれるから、そんなことは言わないのである。そうすると、ビデオ放映がツライのである。前述のごとく、全員が正座するのであるから、よほどの変わり者でない限りは一緒に正座することだろう。あとはもう、講演が終わるまでずっと正座のままである。

別に絶対に正座しなければいけないとは、本部の見解としても言わないだろうと思う。しかし、例の長い拍手も同様であるが、何となくそれが内部における作法みたいな形で定着してしまって、それを守らないといけないような雰囲気が出来上がってしまっているのである。

改善というほどのことではないが、この辺を何とかしたほうが良いような気がする。

昨日になって、イチロ氏からコメントが寄せられた。大聖人の時代に正座はなかった、という話である。
これは以前にもどこかで聞いたことがあるけれども、確かにうっかりしやすいところである。
ようするに現代人の感覚で鎌倉時代のことを考えてしまっている。勝手にこうだと決め付けてしまっている。そういうことがいくつもあるのだろう。その典型的な事例が正座のことかもしれない。

わたくしは唱法華題目抄を思い浮かべた。

行儀は本尊の御前にして必ず坐立行なるべし。道場を出でては行住坐臥をゑらぶべからず。

行住坐臥を選ぶべからずという意味からすると、絶対的な形はないことになる。だが、これは道場を出た場合であって、道場の中すなわち本尊の前では坐立行と仰せあそばす。しかも「必ず」である。
では、坐立行とはいったい何か、それが問題である。いちおう、坐行と立行の二通りを仰せなのだと考えれば、それほど難しくはないだろう。だが、坐立行を一つの行だとすると、いったいどういうことなのか、想像がつかない。

立て膝だろうか?

いや、そんな馬鹿な、と思う。これは考えても仕方がないので終わりにしよう。

ところで、体育座り、をご存知だろうか?

この座り方で合掌礼拝するのはけっこう難しい。ことにメタボの人は、後ろにひっくり返りそうになるので、不向きである。

2008/6/20

ブレまくりの発言  
山門入り口氏からコメントをもらったわけだが、もはや顕正会のやっていることは矛盾だらけ、本部首脳は頭破しちゃっている、といったところであろうか?

それから十六日分のコメント欄に、れん氏から御書の読みについてご教示をたまわった。御書には「況んや〜をや」という表現が多数あるわけだが、顕正新聞では聖人御難事のくだんの部分を「をや」ではなく「おや」と印刷している。それで、おやっと思って御真蹟がどうなっているのか、情報提供を呼びかけたところ、れん氏が教えて下さったわけである。どうやら結論的には印刷ミスのようだ。このような単純なミスをするようではオシマイである。

さて、実は台湾での会長講演と五月度総幹部会の会長講演を読んで、あれれ?と思ったことがある。以下は会長講演ではないが、ひじょうにわかりやすいので紹介したいと思う。五月度総幹部会で総務の一人が登壇しているのだ。顕正新聞第1104号の三面に出ている。

 北京五輪の後、やがて台湾は中国による統一という重大問題に直面いたしますが・・・

何のことだかさっぱり理解できない人には、以下をお読みいただきたいと思う。

http://diary.jp.aol.com/ganko/1084.html

今一度、重要な部分を抜き出しておこう。

 これはもう台湾攻撃を飛び越え、次なる目標に向かっているという以外にはない。

 では、その目標は何か。
 それは、アメリカの介入を抑えて、日本を侵略することにある。


三月度総幹部会での会長講演である。

つまり、二ヶ月前には中国があたかも台湾への侵略をせずにいきなり日本を攻めるみたいなことを言っていたわけだが、最近になって再び台湾への侵略を言うようになったと読めるのである。
いや、もちろん、会通というか善意に読むことは可能だと思う。日本を攻める能力があれば、台湾などは風前の灯である。俗に言う、物の数ならず、といったところだろう。その文脈で読めば、「台湾攻撃を飛び越え」という意味も理解できる。
まあ、しかし、これはあくまで善意に読んだ場合であって、浅井先生の自語相違は他にもあるわけだから、やはり発言にブレがあると考えるのが妥当であろう。

いよいよ頭破がひどくなって来たのか・・・

顕正新聞の同号には、ポウコちゃんが載っている。これがまた、なかなか面白いのだが、やめておこう。気になる人は山門入り口氏のブログを訪ねるといいだろう。そこに行けば、ポウコちゃんが読める。

わたくしはそのすぐ隣に載る婦人部班長の記事が気になった。

 私は盛岡会館の御本尊様を拝させて頂いたとき、そこに御入仏式でお会いした浅井先生のお姿を感じ、その瞬間、涙が止めどなく溢れ出てどうすることもできませんでした。

こういうのはマズイって何度も言っているんだが、どうも編集部は聞く耳を持たないようである。

2008/6/19

顕正新聞第1103号から  
今日は台北会館のことを書く。すでに半月も前に、山門入り口氏がご自分のブログで話題にしていることなので、あらかじめ重複することをお断りしておきたい。

顕正新聞第1103号には、その模様が一面から三面にかけて、カラー写真をふんだんに使って報道されている。わたくしはそのいちばん最初の写真を見て、たまげた。なんと畳敷きの部屋にである。全員が椅子に座って礼拝合掌している図が写されているのだ。

記事には次のような説明がある。

 台湾は正座の習慣がないため、この日、場内には椅子席が用意されたが、椅子席はすべて埋め尽くされ、さらに多くの人が立ったまま開始を待つ。

さらに記事の後半には、地元会員の感想がいくつか紹介してあって、その一つに次のようなものがあった。

 「最後のお題目三唱のとき、先生は椅子をはずして正座をされた。われわれ弟子は、先生のこのような御本尊様に対する姿勢を学ばなければいけないと思った」

椅子での礼拝がいけないわけではない。あの正本堂にしても、今の奉安堂にしても、椅子席である。戒壇の大御本尊への礼拝からして、かくのごとしなのであるから、正座にこだわる必要はないのだろう。どこかのサイトに載っていたと思うが、末寺の本堂でも椅子席になっているところがあるようだ。

ゆえに、顕正会の会館が椅子席であっても文句を言う人はいないはずである。
それはそうなのだが、問題はなぜに畳敷きなのか、である。最初から椅子席にするつもりならば、畳敷きにする必要はないのだ。
この辺に何かチグハグなものを感じてならない。

今はどうなのか、それがひじょうに気になる。
最後に先生が正座をした。これを地元の会員は目の当たりにしている。ましてや顕正新聞にもわざわざ感想を載せているのだ。
この流れからすると、それ以降は正座が決まりになったのではないかと思われる。

もし、そうではなく、今も椅子が使われているとしたら、それこそ畳にした理由がまったくわからなくなるであろう。

ただし、質問会では随方毘尼と思しき指導をしているわけで、この意味からすると椅子でも一向に構わないことは明らかである。しかし、そうすると、やはり畳敷きの意味がわからない。結局、チグハグ感を完全には払拭できないようだ。

顕正新聞同号から、もう一つ話題を拾っておこう。

本門戒壇の大御本尊の最もおそば近くで戦う第二十九隊こそ、「諫告書」そして全門下に対する御教令たる「出世本懐成就御書」を心肝に染め・・・

五面に載る男子部幹部の文章である。本人には悪気はないというか、おそらくは自覚がないのだろうけれども、これはあまり好ましい書き方ではないと思う。
どういうことかと言うと、今の顕正会員にとっては「諫告書」も「聖人御難事」も同価値に感じられるのである。なぜならば、諫告書は申すに及ばず、御書にしても浅井先生を通してしか学ぶことはないからである。
だが、諫告書と御書が同価値のわけがない。しょせん諫告書は凡夫の書いたものである。一方の聖人御難事(出世本懐成就御書)は、大聖人からの直々の御指南なのである。
ゆえに、これを一緒くたにしてはマズイだろう。

今後も顕正新聞のチェックは怠らないつもりである。

2008/6/17

問題意識は動執生疑の異名である  
洗脳されてるからそれもどうでしょうか?

一信士氏のコメントであるが、これはわたくしが、熱心な顕正会員ほど法華講に移籍する可能性が高い、という意味を述べたことに対する氏の返答である。

それはもちろん承知しているつもりで書いた。信仰そのものが嫌いな不真面目な会員であれば、まさか宗門に行こうとは思わないはずなのである。ゆえに現在、全国各地で顕正会をやめて宗門へ移っている人たちは、比較的に熱心な会員だったと考えられるのではないか、ということなのだ。

おそらく一信士氏は、ある種の目算というか、ご自身が移籍すれば周囲の顕正会員がぜんぶがぜんぶではないにしても何人かは同調するのではないか、という青写真を描いていたのだと思う。ところが同調者はいなかった。ここに洗脳という言葉を強調するゆえんがあるのだと思う。氏のブログを拝見していると、そこらじゅうに洗脳という言葉が使われているのだ。

顕正会の首脳部だって必死である。今は宗門への移籍が単発的に発生している状況なのだろう。これが周囲の人間をも巻き込むようなことになると、すでにしてそれが雪崩現象ということなのだ。こうなったらオシマイである。ゆえに必死なのだ。

浅井先生を筆頭にして、上層部が宗門のことを悪く言うのは、雪崩を食い止めるためなのだろう。だが、もう一つ、ある意味ではひじょうに病的というか不健全な組織の実態があると思う。

顕正会の活動家たちは会員同士でサバイバルレースをしているような様子がうかがえるのである。

どうだろう、五年ないし十年も活動していれば、わかってくるのではないかと思うが、幹部が何らかの理由で脱落していく現実があって、辛抱していればやがては自分が幹部に抜擢されるというケースがある。顕正会の場合はその頻度が恐ろしく高いのだ。活動会員はそのチャンスの到来を待っている。逆に言うと、ものすごく人望があって幹部の資質に優れる人に対して、その配下の会員たちは、あろうことか、内心では早く脱落しないかなどと思っていたりすることもあるのだ。
もっとも、これは会社だとか、あるいはスポーツなどの世界でもありがちなことではあるのだが、顕正会の場合は広宣流布を目指しているのだから、さすがにそのような発想はマズイだろうと思う。現実に組織が拡大して、その上で自分の地位が上がっていくのならば問題はないけれども、組織が現状維持のままで上の人間が脱落するのを待っているようでは、広宣流布などできっこない道理である。

自己矛盾というか、往いては自分の首を絞める発想でしかないのだけれども、活動会員にはそうした思いが多かれ少なかれあるのだと思う。そうすると、誰それが宗門へ行ってしまったという話を聞くと、ライバルが一人消えたくらいにしか思わない、相対的に自分の活躍する機会が増えてよかった、ということになるわけで、宗門に行こうなどとはゆめゆめ思わないのである。

自己目的化という言葉がある。正しい意味がどういうものか、よく知らないけれども、活動会員の場合は本来の目的を見失ってしまい、誓願と呼ばれる近視眼的な目標に振り回されてしまって、それがために判断能力が失われてしまっているように感じられる。もはや、宗門が正しいのか顕正会が正しいのか、そういう思考には至らず、ただひたすら組織の中でどのように生きていくか、それだけに日々を費やしているのだ。

逆に、ネット上に出現する希少の顕正会員たちは、ひじょうに問題意識が高い。しかし、これが顕正会にとってはアダになるわけで、最初は御遺命の正義を高らかに主張していたような人であっても、その後のパターンを見れば、十中八九が宗門へ帰伏しているのだ。

こうして見ると、顕正会で盛んに言っている一念信解というのは、聞こえは良いけれども実際には思考停止に等しく、以前より指摘されているごとくの愚民化政策という結論に至らざるを得ないのではないかと思う。

2008/6/16

おやっ?と思う話  
一信士氏よりご挨拶をたまわった。

顕正新聞を読むと、最近も法華講から顕正会に入ってきた人の話が載っているが、一方では顕正会から法華講へ移る人たちが後を絶たない。はたしてこの比率はどうなっているのか、それが気になるところである。オアイコなのか、それとも完全にバランスが崩れてしまっているのか、俄かには判断できないが、おそらくは顕正会から宗門へ行くほうが圧倒的に多いのだろう。

この辺の検証は本来ならば、じっくりと取り組むべきことであるが、当てずっぽうに考えてもそれほど間違わないような気がする。

仮に人数的には同じだとしよう。オアイコである。けれども、その内容がひじょうに問題なのだ。
法華講員として熱心に活動していた人が顕正会に移籍するケースは、おそらく皆無に等しいのではないかと思う。では、顕正会員が法華講に移籍する場合はどうかというと、比較的に熱心だった会員が法華講に流れて行くと思われるのである。
顕正会では宗門のことをよくは言わないのである。悪宣伝に躍起になっているのだ。年に何回も登山させられるとか、御供養をガッポリ取られるとか、そんなようなことを会員に吹き込んでいるのである。あるいは五座三座の勤行ということもある。

わたくしの言わんとしていることがわかるだろうか?

ようするに顕正会でロクに活動もしなかった不真面目な会員が、わざわざそんなところへ飛び込むわけがないのである。
仮に顕正会の悪宣伝が事実だったとしよう。それでもなお、宗門への移籍を断行する人たちが後を絶たないのである。これはいったい何を物語るのか・・・

本部首脳はこれを深刻に受け止めなければいけない。

れん氏からは、日宥上人の御指南をご紹介たまわった。まったく資料を所持していない立場にとっては、ひじょうにありがたいことである。だが、ご紹介の御指南はすでに産湯相承事にその原形を拝することができるのではないか、と思われる。

国をば日本と云ひ、神をば日の神と申し、仏の童名をば日種太子と申し、予が童名をば善日、仮名は是生、実名は即ち日蓮なり。

この後には、

十羅刹と天照太神と釈尊と日蓮とは一体異名にして、本地垂迹の利益広大なり。

とあるが、この辺は以前にも何度か引用させてもらっている。

それにしても、十羅刹ないし十羅刹女というのがよくわからない。実は御書を広く拝していると、この十羅刹がそこらじゅうに出て来るのである。
大聖人の御事は申すまでもないが、さらに釈尊や天照太神にしても、現代人のわれわれにとってはそれなりに馴染みのある名前だと思う。ところが十羅刹女というのは、どうもピンと来ないのである。
ゆえに、現今の正宗教学ではどのように捉えているのか、その辺が気になるところである。

せっかくだから、四月に行なわれた御書講義について、触れておこう。顕正新聞の第1102号に講義が掲載されている。これは五月十五日号である。講義は四月の初旬に行なわれているのだから、もう少し早い号に掲載されてもよさそうなものである。一ヶ月以上も経ってから掲載しているようでは、もはや新聞とは言えないのではないかと思うが、いかがであろうか?
それはともかく、内容に移ろう。ざっと読んだ限りでは、特に問題はなさそうである。浅井先生の年来の主張と矛盾するところはなさそうだし、正宗教学の見地からしてもそれほど目くじらを立てることはないと思う。

ただし、表記上の問題で一つ気になった。

 法華経に云く「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し、況んや滅度の後おや」云云。

おや? と思った。

平成新編も全集も「をや」なのであるが、顕正新聞では「おや」になっている。単なる誤植だろうか?

浅井先生は、わたくしが再三、現代国語では「始めて」を使わないということを言っているのに、聞かない人なのである。ようするに大聖人がすべての基準になるべきだと考えているのだろう。ゆえに、もしかしたら御真蹟では「おや」になっていて、それを忠実に表記したのかもしれない。

御真蹟の資料をお持ちの人は、ぜひとも情報をお願いしたい。


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