2008/8/30

法華経の行者の捉え方  
hage氏からコメントを頂戴した。氏の言わんとしていることは、法華経の行者は大聖人だけでなく、われわれ弟子檀那もそこに含まれるのだ、ということだろう。これについて、わたくしに同意を求めておられるように感じられたので、どのように返事をすべきか悩んだ。

これを日蓮正宗では、総別の二義として捉えるのだと思う。ようするに、総じて言えば大聖人の門下は僧俗を問わず、すべてが法華経の行者であるけれども、別して言えば、大聖人御一人が法華経の行者にてあられる、ということになっているはずである。より厳密に言えば、日蓮正宗以外は真の大聖人門下にあらず、ということになって、実はこのわたくしも法華経の行者から外れてしまうらしいのである。困ったことであるが、こればっかりは仕方がないことだ。

いちおう、日女御前御返事においては文脈上、大聖人御一人を法華経の行者と拝するのが正しいと思われる。

末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし。

これをわたくしは「末代の凡夫は法華経の行者に値いがたい」と読むのが素直だと思っている。もし法華経の行者が複数いるとしたら、しかも六万恒河沙といわれるほどの多数であったならば、むしろ確率的には値いやすくなってしまう。ゆえに当該御文においては、法華経の行者を大聖人だけに限定して読まないといけないだろう。

ただし、同御書には次のような一節があって、これはけっして軽くないことだと思う。

 かゝる法華経を末代の女人、二十八品を品々ごとに供養せばやとおぼしめす、但事にはあらず。宝塔品の御時には多宝如来・釈迦如来・十方の諸仏・一切の菩薩あつまらせ給ひぬ。此の宝塔品はいづれのところにか只今ましますらんとかんがへ候へば、日女御前の御胸の間、八葉の心蓮華の内におはしますと日蓮は見まいらせて候。例せば蓮のみに蓮華の有るがごとく、后の御腹に太子を懐妊せるがごとし。

これは本尊抄と同趣旨というか、本尊抄のエッセンスを取り出して、日女御前を御励まし下さっているのだと思う。わたくしは二週間前に、「本尊抄に拝する総別の二義」と題して書いたわけだが、そのことと法華経の行者における総別の二義とは相似の関係にある。ちょっとわかりにくいし、わたくしもちゃんと説明できていないのだけれども、おそらく素直な気持ちで拝読を重ねれば、見えてくるのではないかと思う。

2008/8/28

素直な読み方  
以前の拙ブログは毎日更新していた。それが日課だった。けれども、今は更新頻度を下げて、のんびりと取り組んでいる。ゆえに、昨日などは時間的にかなり余裕があって、更新する気になれば更新できたのであるが、それほど執筆意欲もなかったので書かなかった。こうして徐々にフェイドアウトして行って、やがては完全に断筆するというのも、一つの選択肢かもしれないと思っている。

まあ、ともかく、今は必要に応じて、のんびり書いて行こう、ということである。

黄河は千年に一度すむといへり。聖人は千年に一度出づるなり。仏は無量劫に一度出世し給ふ。彼には値ふといへども法華経には値ひがたし。設ひ法華経に値ひ奉るとも、末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし。

最近では三度目の引用である。少し引用範囲が違っているけれども、聖人は千年に一度出づ、というところに注目したいと思った。

わたくしはカタカナ語というか外来語が苦手である。意味がよくわからないからだ。で、ある人物がよく使う言葉に「バイアスがかかる」というのがある。何となく話の流れで意味はわかっていたが、改めて辞書で調べてみると、ようは偏重があるというような意味なのだ。
おそらく前田氏には、そのような傾向があるのではないか、などと書けば、必ず誰かが言うだろう、オマエだって同じじゃないかと・・・
まったく、そのとおりである。実はお互いさまなのだ。お互いに偏重がある。だから噛み合わない。
ゆえに、相手ばかりの偏重を責めるのではなく、己れの偏重を大いに反省しないといけないのだ。もっとも、理屈はわかっていても現実には、なかなか簡単には改まらないものなのだが・・・

わたくしは上掲の御書を、まったくの無信仰者が読んだらどう感じるか、それがいちばん核心に近いのではないか、と思った。

いちおう、ある程度は言葉の意味を教えてあげないといけないだろう。その上で、どのように感じるものか、ぜひとも聞いてみたいものである。
この場合の「法華経の行者」は日蓮大聖人の御事である。ここでの「仏」は釈尊というよりは、もっと広義の意味で考えるべきだろうが、まあ、一般人にはお釈迦さまのことだと説明しても差し障りがないのではないかと思う。
さて、一般人はどのように感じるだろうか?

わたくしの予想では、まるで日蓮という人はお釈迦さまよりも自分のほうが偉いのだと言っているみたいだ、というのが素直な感想ではないかと思う。

失礼ながら前田氏の持ち出してきた三国四師はまったく役に立たないことである。もちろん、一般人に対しては、である。そんなことは彼らのまったく知らないことであるし、ましてや当該御文においては文脈上、三国四師の入り込む余地はないと思われるので、やはりどうしても無理があるように感じられるのである。

つまり、何も知らない人が虚心坦懐に読めば、法華経の行者のほうが偉く感じられる、それがこの御文だと思う。

御書に詳しい人から反論があるといけないので、もう少し話を続けよう。上掲、日女御前御返事に基づけば、聖人というのは一千年に一度くらい出現するものらしいが、これには類文がある。報恩抄にあるのだ。引用は省略するけれども、その部分を読むといわゆる三国四師を彷彿させるくだりがあることに気がつく。三国四師は顕仏未来記の末文にそのものズバリの言葉がある。まあ、これも引用は見送ろう。

わたくしは顕仏未来記の次の一文に注目したい。

当に知るべし、仏の如き聖人生れたまはんか、滅したまはんか。

この前後もきわめて重要なのであるが、あまり長いと読んでもらえない可能性があるので、これまた省略することにした。

結論を書こう。一般的な賢人・聖人と言われる人たち、これをまとめて賢聖と表記する場合もあるが、ともかくこの人たちは五百年・千年単位で出現することになっている。この定理に当てはめて考えた場合、仏教史における正統の系譜は詮ずるところ三国四師に尽きるわけである。
ところが弘安元年に至って、大幅なバージョンアップが行なわれたのだ。冒頭に掲げた日女御前御返事を拝する限り、そのように考えるしか他に選択肢はないはずである。
大聖人は御自身を聖人であるとされている。当該御文のすぐ後ろにも聖人の表記があって、それは明らかに大聖人の御事を指しているのである。よく考えるがいい、聖人は千年に一度出現すると仰せになられた後に、仏は無量劫に一度出現すると仰せられ、さらにその仏よりも法華経に値遇することは難く、さらにその法華経よりも法華経の行者に値遇することはもっと難しいことだと仰せられるのである。もちろん、法華経の行者とは大聖人の御事である。
すでに当時、日蓮大聖人が弟子檀那たちから「聖人」と呼ばれていたことは、ほぼ確実であろうと思う。つまり、当該御文は少なく見積もっても、自分はそんじょそこらの聖人・賢人とはわけが違うのだ、ということの御宣言に他ならないのである。

もちろん、わたくし自身はそれ以上の意味があると強く確信している。

2008/8/25

無理筋の会通  
前田氏より情熱みなぎるコメントを頂戴した。

まずは、本尊抄から入りたいが、その前に触れておきたいことがある。一週間前に、久成釈尊には二意があることを論じたところ、言っている意味がわからん、という前田氏からの反応があった。
これはわたくしの文章がヘボだったこともあるかもしれないが、しかし、れん氏はちゃんと理解した上で、見解を披露下さっている。つまり、二意があることを認めているわけである。
実は前田氏のコメントにしても、よく読んでみれば二意を認めているわけである。なぜならば、天台宗と日蓮宗はたとえ同じ言葉を使っていたとしても中身が違うのだ、という意味を書いておられるからである。もちろん、わたくしとは二意の捉え方が異なるわけだが・・・

それはともかく、どうもこの辺がよくわからないところである。失礼ながら予断がある・・・まあ、予断があるというのはヘボな言い回しではあるけれども、ようするに前田氏はわたくしの考えを大石寺教学に基づくものであると、あらかじめそのように前提してしまって、その上で文章を理解しようとするものだから、おかしなことになっているのではないかと思う。
その典型が整合性の意味の取り違えである。わたくしの使った整合性の意味は、大聖人の仰せには矛盾があるのではないか、自語相違があるのではないか、というような場面において、そんなわけがない、わたくしの理解の仕方が間違っているのだ、という意味である。ゆえに、大聖人の仰せに整合性を持たせるためには、くだんのテーマにおいては久成釈尊に二意があると考えるのがいちばん妥当なのではないか、ということだったのである。

ちなみに、れん氏の見解に戻って、わたくしと氏とでは二意の捉え方にじゃっかんの違いがある。結論を書いてしまえば、わたくしは宝軽法重事における「法華経の寿量品の釈迦仏の形像」を、そのものズバリ「宗祖御影」であると思っているのである。まあ、しかし、これは各方面から、相当の反発が予想されるところである。

話を本尊抄に移そう。

観心本尊抄御執筆の時には、日蓮聖人が内心において、ご自分が上行菩薩の応生身であることは間違いないだろうと思われていたことは否定できないでしょう。

これが前田氏の見解である。イジワルな書き方をすれば、「内心において」云々と、ああ、やっぱりそうでしょ、ちゃんと証明することはできないでしょ、ということになる。
本尊抄の執筆段階はもとより、大聖人はどの時点においても、御自身を上行再誕であるとはほとんどおっしゃっておられないのである。もちろん、まったくないわけではないが、われわれが思っている以上にその御記述は少ない。
ゆえにわたくしは、大聖人の御本意は別のところにあるのではないかと思ったりもするのである。今ここに結論だけ書けば、大聖人は本尊抄御執筆の時、内心において御自身を久成釈尊であると考えておられたのではないか、ということになる。

これは前田氏同様、証明できないのだが・・・

さて、次は日女御前御返事をめぐってである。

舎衛の三億については、わりと顕正会員は詳しい。氏の説明はちょっと違うように思うのだが、しかし、これは省略したい。わたくしは御書に説かれていないことには深入りしないのである。

「法華経を説かない仏 」など居ないと言うのが法華経の教説です。

これはわたくしが法華経を説かない仏もいるらしいと書いたことに対して、方便品の記述をもとに説明して下さったものである。なるほど、これはウッカリ(?)である。だが、わたくしはあくまで御書を基準にしたいと思う。前田氏は先日、太田左衛門尉御返事を引用しておられたが、その引用の少し前の部分に次のごとくある。

教主釈尊、寿量品の一念三千の法門を証得し給ふ事は三世の諸仏と内証等しきが故なり。但し此の法門は釈尊一仏の己証のみに非ず。諸仏も亦然なり。

実はこれと正反対の御指南が存在するのだ。議論が拡散するといけないので省略するが、れん氏ならば、おそらくはすぐに思い浮かぶはずである。

ともかく前田氏のおっしゃるとおりだとして話を進めよう。法華経を説かない仏はいないとして、理由は不明であるにしても、その仏たちよりも法華経のほうが尊いというのが大聖人の仰せなのである。つまり、この時点では、わたくしの主張に何ら不都合はないのである。そして次の段階において、その法華経よりも尊いのが法華経の行者であると、わたくしはこのように拝しているわけであるが、ここで前田氏から反論があった。

「設ひ法華経に値ひ奉るとも、末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし。」

の文意は、「正像末に法華経が流布されて来たので、法華経に遇える人もいるであろうが、しかし、釈尊の命(付属)を受けて、末法の初めに、末法相応の法華経の本門の教えを弘宣する法華経の行者には遇いがたい」との意味でありましょう。


はっきり申し上げれば、これには相当の無理がある。破綻していると言っても差し支えないくらいである。おそらくは誰もが容易に気がつくことだと思うが、いかがであろうか?

今一度、重要な部分を掲げておこう。

仏は無量劫に一度出世し給ふ。彼には値ふといへども法華経には値ひがたし。設ひ法華経に値ひ奉るとも、末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし。

おわかりであろう、仏は無量劫云々なのである。その文脈を受けて、法華経の行者には値いがたいと仰せられているのだ。
しかるに前田氏は、これを正像末の話にスライドさせてしまっている。無量劫の話を二千年に縮小させてしまうのは、いかにも乱暴過ぎることである。これは文意をいちじるしく損なうものであり、いわゆる矮小化に他ならない。

仏法の世界では、これを摧尊入卑と呼ぶのだ。

2008/8/23

法門談義の日々  
最初に、携帯で閲覧されている人に申し上げたい。

携帯電話で拙ブログを最初からすべて閲覧することはひじょうに困難であるし、そもそもがそれほど価値のある文章ではないので、やめたほうがよろしいのではないかと思う。
もし、最近になって携帯を通して拙ブログの存在を知ったのだとしたら、まあ、興味をお持ちになってぜんぶ読んでみたいと思われたのならば、それはわたくしにしても嬉しいことではあるけれども、ちょっと気の遠くなるような意味もあるので、早めに断念されたほうが賢明である。なぜならば、拙ブログの投稿数は一千を上回るからだ。
おそらく携帯ではそれが把握できないだろうから、最新投稿から順番にさかのぼって行くと、いったいどこまで続くのかと思うことになる。しかもコメントまですべてチェックするとなると、時間がいくらあっても足りないことになるだろう。これはパソコンで閲覧しても同様である。

まあ、しかし、さしあたっては全体像をつかむためにもパソコンでの閲覧をお薦めしたい。まとまった時間の取れる時に、ネットカフェなどを利用して、ざっと眺めてみればいいだろう。そうすればパソコンで閲覧するにしても、ぜんぶを読破するのは困難であることに気づくはずだ。

あとは今後の更新を楽しみにしていただくしかないだろう。これなら携帯でじゅうぶんである。

さて、前田氏からはいくつかコメントが寄せられているけれども、いよいよ議論が面倒になってきた。わたくしが独白に徹しているのは、こうした煩わしさを避けるためである。
しかし、八月十六日分に寄せられたコメントには御書がふんだんに引用してあって、ひじょうに面白いところなので、ちょっと触れてみたいと思う。

譲与は(成仏は)日蓮聖人お一人を対象としているものではありません。

これはおっしゃるとおりであって、それは十六日分のタイトルを読んでもらえれば、わかるはずのことである。すなわち、わたくしは総別の二義を唱えているわけであって、まさに総じては皆成仏道という意味に他ならないのだ。その上で別してを唱えているわけである。
つまり、大聖人の御用いになられた譬えに、国位の譲与がある。とりわけ本尊抄ではこれが強調されており、何度も繰り返し説かれていることが注目されるところなのだ。これに敢えてツッコミを入れるとしたら、しょせん譲位は一人に限ることである、ゆえに譬えとしては不適切なのではないか、ということになると思う。
大聖人ほどの智者がこれに気がつかないはずはない。ゆえにわたくしは、ここに別の意図を拝するわけである。すなわち国位の譲与は釈尊から大聖人への譲位を暗示しているのではないかと・・・

「いわゆる其中衆生悉是吾子という釈尊の言葉はそのとおりだとしても、全員が一切合財を受け取れるというのは、きわめて非合理な話なのである。」
とお考えですが、「我等と釈迦仏とは同じ程の仏なり、釈迦仏は天月の如し、我等は水中の影の月なり・・・」(下山御消息・真・学会版359頁)とあるように水面が六十億面あれば六十億の同体(月影)が可能です。その反対に「能変の教主涅槃に入りぬれば所変の諸仏随って滅尽す土も又以って是くのごとし。」(本尊抄・学会版247頁)、天月が隠れたならば、すべてが「滅尽す」と言う関係です。


前田氏は代替案のつもりであろうか、下山御消息を引用されている。ひじょうにうまい譬えであるが、しかし、一つだけ注意を要する点がある。すなわち天月と池月の関係は通常、本仏と迹仏の関係において使われていることなのだ。
法華取要抄には次のごとくある。

大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏は、我等が本師教主釈尊の所従等なり。天月の万水に浮かぶ是なり。

明確であろう。実は下山御消息もほぼ同様であって、その意味で前田氏の引用はやや不適切と言わねばならないだろう。つまり、下山御消息における「我等」というのは諸仏のことであり、有名な本尊抄における「我等此の五字を受持すれば・・・」とは意味が違っていることに注意しておかねばならないのだ。

むしろ、一切衆生への譲位を意味する御指南は、日妙聖人御書にこそ厳然と存する。煩瑣になるので省略するが、こちらのほうが本筋であろう。

今日はもう一つだけ、書いておく。

大曼荼羅御本尊の座配においては、日蓮聖人の本地本化上行菩薩は他の三菩薩と共に釈尊の脇士の位置にあります

どうも前田氏だけでなく、多くの人が理解していないようなので繰り返し書いておくが、本尊抄においては大聖人と上行菩薩を同一視することはできない。これがわたくしの主張である。ここに誤解がある以上、話は空転せざるを得ない。

ゆえに、もし異論があるならば、まずは大聖人を上行菩薩であるとする文証を本尊抄の中から提示すべきだと思う。

2008/8/22

釈尊の師匠は誰か?  
種々のコメントを頂戴しているけれども、いずれも高度なものばかりであり、わたくしのような愚癡の者にはとうてい消化し切れるものではなく、ひじょうに申し訳なく思うところである。

一つだけピックアップするならば、れん氏のコメントに出てくる「胚胎」という言葉にけっこう感ずるものがあった。まさしく下種仏法にふさわしい表現である。

わたくしの思うに、教義というものは押しなべて、それが体系化されるのは後年のことである。それは当然といえば当然過ぎることであって、それほど問題を感じない。ただし、その教義の根幹となる部分においては、やはり最初からその原型みたいなものが存在していないといけないと思う。胚胎とか萌芽といった表現を突き詰めれば、そこには必ず根源の種子が存するわけだろう。わたくしは下種仏法の原型を、次の御文に拝するものである。

而るに十羅刹女は総じて法華経の行者を守護すべしと誓はせ給ひて候へば、一切の法華経を持つ人々をば守護せさせ給ふらんと思ひ候に、法華経を持つ人々も或は大日経はまされりなど申して、真言師が法華経を読誦し候はかへりてそしるにて候なり。又余の宗々も此を以て押し計るべし。又法華経をば経のごとく持つ人々も、法華経の行者を或は貪瞋癡により、或は世間の事により、或はしなじなのふるまひによって憎む人あり。此は法華経を信ずれども信ずる功徳なし。かへりて罰をかほるなり。例せば父母なんどには謀反等より外は、子息等の身として此に背けば不孝なり。父が我がいとをしきめをとり、母が我がいとをしきをとこを奪ふとも、子の身として一分も違はゞ、現世には天に捨てられ、後生には必ず阿鼻地獄に堕つる業なり。何に況んや父母にまされる賢王に背かんをや。何に況んや父母・国王に百千万億倍まされる世間の師をや。何に況んや出世間の師をや。何に況んや法華経の御師をや。黄河は千年に一度すむといへり。聖人は千年に一度出づるなり。仏は無量劫に一度出世し給ふ。彼には値ふといへども法華経には値ひがたし。設ひ法華経に値ひ奉るとも、末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし。

弘安元年の日女御前御返事であるが、ともかく凄まじい御指南である。

父が我が愛しき女を取り、母が我が愛しき夫を奪うとも・・・

こういうのを極論と言うのだろう。この後に説くことを強調するための手段だと考えられる。すなわち、父母に勝れる賢王、それより百千万億倍勝れる世間の師、さらには出世間の師、そして最後は法華経の御師である。
この法華経の御師というのが問題であるが、ここではいちおう釈尊としておこう。話はまだ終わらないのだ。
仏は無量劫に一度出世するという。これだけ読むと、いかに仏には値い難いものかと思うだろうが、それよりも法華経に値遇することはもっと難しいことである。つまり、仏にもいろいろな種類がいて、法華経を説かない仏もいるらしいのだ。であるから、法華経に値遇することは確率的に低くなるわけである。しかし、まだ究極ではない。
なんと、末代の凡夫法華経の行者には値ひがたし、これが究極なのである。

この御書をどのように読んだとしても、大聖人の御存在がどれほど貴重なものであるか、それを否定することはできないだろう。手っ取り早く図式化すれば、仏よりも法華経が勝れ、法華経よりも法華経の行者が勝れる、このように仰せになっているに等しいからである。

ちなみに当該御書の末文にも大いに注目すべきと思う。

而るに女人の御身として法華経の御命をつがせ給ふは、釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命をつがせ給ふなり。

先ほど、法華経の御師を「いちおう釈尊」と書いたのは、このためである。

2008/8/17

久成釈尊には二意がある?  
すでに堂々巡りが始まったようにも感じられるところだが、わたくしは従来どおり、常に新味のある文章を書いていこうと思っているので、コメント投稿者におかれてもその点を心掛けていただくよう、お願いしたい。

hage氏の疑問については、なかなか応えづらいものがあると思う。そもそも本尊抄は超難解の御書であるから、ウカツなことを書くと大恥をかくことになる。ゆえに、積極的に意見を述べる人はいないに違いない。

色心二法抄という初期の御書に、類文と思われる部分がある。

彼の法は万法能生の体にして、過去にも生ぜず、未来にも生ぜず、故に三世常住なり。

ここでは過去も未来も「生ぜず」になっている。わたくしにはこれ以上のことはわからないが、いちおう、参考までに紹介させていただいた。

れん氏のコメントはひじょうに緊密である。少々長い文章ではあるが、どこにも無駄がない。こういうのを簡潔にして要を得たと言うのだろう。
譲位がテーマとなっているわけだが、わたくしとはまったくアプローチの仕方が異なるところが注目される。というよりは、わたくしのアプローチのほうが型破りなのであって、おそらくは、れん氏のほうが正統派の論述なのだろう。
ただし、本尊抄一巻においては、大聖人を久成の人すなわち上行菩薩であるとする直接の根拠が見出せないので、わたくしの捉え方もあながち捨てたものではないと思う。

さて、順序が逆になったが、前田氏に申し上げたい。

昨日の拙稿では譲位をテーマに据えた。それは申すまでもなく、れん氏のコメントを受けてのことである。それ以前には何を書いていたかというと、大聖人は久成釈尊である、ということだった。
つまり、法門というのは万華鏡のごときもので、捉え方がいろいろある。角度によって違った見え方をするのである。これはわたくしが勝手に言っていることではなく、大聖人の仰せに基づくものである。
そういうわけで、譲位がお気に召さないのであれば、その前の話に戻ればいいのだ。大聖人は久成釈尊である。これに何か不都合があるのだろうか?

ひょっとして前田氏は大聖人を嫌いだとか?

この場合、難しい理論はまったく必要ないのであって、本仏釈尊と大聖人が実は同体だったということになれば、これほど嬉しいことはないはずなのである。それとも嬉しくないのだろうか?

この点をお聞きしたいものである。

それにしても、のび太氏までが参戦(?)してくるとは、驚きである。それほどに重要なテーマなのだろう。

大聖人の御出現は、南無妙法蓮華経を旗印に立正安国と民衆救済に立ち上がられたこのお姿でしょう。
世界で初めて南無妙法蓮華経と発する、これは仏以外に成せる業でありません。
このことは、釈迦仏法→天台学の延長線上に位置するものでは決してありえない。


釈迦仏法の延長線上に位置するものではないと・・・

これはまた思い切ったことを書くものであるが、ようするに文上においては延長線上にあるけれども文底の眼を開いて見るならばさにあらず、という意味なのだろう。

わたくしは文上・文底の捌きをこの一連の議論では使わないつもりである。おそらく前田氏には通用しない、というよりも、ある意味では最初から議論を放棄しているようなものだからである。もちろん、のび太氏もそれは百も承知であって、ゆえに百六箇抄の引用を見送ったわけだろう。

さて、先日も触れたことだが、一代五時鶏図には天台宗の御本尊として、

久遠実成実修実証の仏

とある。

これを平成新編では建治元年に入れている。そして建治二年には宝軽法重事がある。

一閻浮提の内に法華経の寿量品の釈迦仏の形像をかきつくれる堂塔いまだ候はず。いかでかあらわれさせ給はざるべき。

二つの御指南の整合性を考えるならば、久成釈尊には二意があることにならざるを得ないと思うのだが、いかがであろうか?

2008/8/16

本尊抄に拝する総別の二義  
れん氏は釈尊と大聖人の関係を、帝の譲位になぞらえて説明されている。これは御義口伝の次のような御指南と、大いに関連があるに違いない。

此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ず。既に此の品の時上行菩薩に付嘱し玉ふ故なり。

所有権移転みたいなものだ。もはや釈尊には権利がない。しばしば言うところの、役に立たない仏、というのは、こうした御文が根拠となるのだろうか?

しかし、前田氏はこれを認めないだろう。おそらくは御義口伝を信用していないだろうし、仮に真書と見なしたとしても別の会通をするに違いない。たとえば、法は付嘱したけれども、仏の位を譲ったわけではない、ゆえに、あくまで釈尊が仏であって、大聖人はその使いであると・・・

わたくしは観心本尊抄にこそ、譲位の概念が濃厚にあらわれていると思っている。

以前、為五郎氏がコメントを寄せて下さっていたが、その時にわたくしは、本尊抄における大聖人の御立場は末代幼稚である、と書いた。さすがの為五郎氏も、これには意表を突かれたものか、それ以降、姿を見せなくなった。
わたくしは何も奇抜なことを言って、相手を煙に巻いたわけではない。事実を述べたまでである。大聖人は上行菩薩の再誕、すなわち仏の使いである、というのがもっとも平均的な評価であるが、しかし、本尊抄を拝する限りは違うのである。結論としては、末代幼稚と申し上げる以外にないのだ。

ところで、本尊抄には種々の経論釈が引用されているが、おそらくは次の引用が最長ではないかと思う。

無量義経に云はく「譬えば国王と夫人と新たに王子を生ぜん。若しは一日若しは二日若しは七日に至り、若しは一月若しは二月若しは七月に至り、若しは一歳若しは二歳若しは七歳に至り、復国事を領理すること能はずと雖も、已に臣民に宗敬せられ諸の大王の子を以て伴侶と為ん。王及び夫人の愛心偏に重くして常に共に語らん。所以は何、稚小なるを以ての故にといはんが如く、善男子是の持経者も亦復是くの如し、諸仏の国王と是の経の夫人と和合して共に是の菩薩の子を生ず、若し菩薩是の経を聞くことを得て、若しは一句若しは一偈、若しは一転若しは二転、若しは十若しは百、若しは千若しは万、若しは億万恒河沙無量無数転せば、復真理の極を体すること能はずと雖も、乃至已に一切の四衆八部に宗み仰がれ、諸の大菩薩を以て眷属と為ん、乃至常に諸仏に護念せられ慈愛偏に覆はれん、新学なるを以ての故に」等云云。

ご存知のように本尊抄はひじょうに緊密な御書である。そこにおいて、かくも長い引用をあそばすには、それなりの理由があるはずなのである。
また、御書の分類として、わたくしは文系の御書と理系の御書があると思っている。申すまでもなく本尊抄は理系である。
理系の御書は、現代的な視点から拝して矛盾がなく、合理的であることが要求されると思う。もし大聖人の仏法が矛盾だらけの非合理のものであったならば、信ずるに値しないであろう。

釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与えたまふ。

有名な御文である。大聖人はこれを、国王が太子に一切合財を譲り与えることと同じである、という具合に御説明あそばしておられるわけであるが、ここに一つの疑問がある。
基本的に譲位を受けるのは、たった一人であることだ。国王に子供が何人いても、基本的には一人に譲位するわけだろう。
つまり、いわゆる其中衆生悉是吾子という釈尊の言葉はそのとおりだとしても、全員が一切合財を受け取れるというのは、きわめて非合理な話なのである。

そこは信仰の世界だから・・・などと言って、ごまかしてはいけない。

わたくしの結論は次のごとくである。いわゆる総じては一切衆生、別しては日蓮大聖人御一人への譲位を示唆しているのだ。大聖人は本尊抄において、御自身を末代幼稚と規定あそばしておられるが、かくも重大なる御書においてそのように御規定あそばすには、それなりの理由があると考えねばなるまい。

よって、一切衆生救済の原理として御説明あそばしておられる御文の紙背には、大聖人こそが釈尊からの譲位を受けた末法の御本仏たることが示されていると、わたくしは拝するものである。

このことは御本尊の相貌を拝するならば、よりいっそう明確となるだろう。本尊抄を御執筆の段階では、まだ大聖人の御署名と御判形の位置が不確定であったが、やがて中央直下に固定化されるわけである。一方の釈尊は上段の中央付近ではあるが、中心ではない。これもまた、譲位を示唆するものである。

2008/8/15

異色の存在  
まず、わだっち氏に苦言を呈しておきたい。最初のコメントはそれほど悪くないと思うが、二つ目の前田氏に宛てたものはやや疑問である。

六巻抄のことを紹介しておられるが、あまり意味のないことのように思われるのだ。

日蓮正宗の教義は日蓮宗全般の中では異色であって、ある意味ではひじょうに注目度が高い。ゆえに、妙な具合であるが、正宗の生半可の信徒よりも、熱心な他門徒のほうが詳しい場合があるのだ。正宗教学と言えば、日寛上人である。ゆえに、他門徒の中でも研究熱心な人は、とっくの昔に六巻抄を読破し、もしかしたら裏の裏まで知悉していることだってあり得るのである。

わだっち氏は、わたくしにも六巻抄を読めと言っていた。これはこれでいいのだけれども、何かしらコメント欄に書き込まれる時は、でき得る限り具体的な御文を紹介されたらどうかと思う。わたくしの場合は御書一辺倒であるが、これまでにもたくさんの御文をあげさせてもらっている。早い話が、わたくしの駄文になど、少しの価値もないのである。何に価値があるかと言えば、御本仏の御指南たるところの御書なのだ。

以上のような理由から、単に六巻抄の名前を出したくらいでは、あまり意味をなさないのではないかと思う。かえって失笑を買う恐れすらあるのではないかと思うのだ。

まあ、少しばかり苦言が過ぎたかもしれないが、これがわたくしの正直な感想である。

hage氏のコメントは素晴らしい。これはおそらく次のような御文がピッタシなのではないかと思う。

法華経は釈迦牟尼仏なり。法華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り、此の経を信ずる者の前には滅後たりと雖も仏の在世なり。

守護国家論である。ここで話は前田氏のほうへ向くことになるが、おそらく氏は少しばかり困惑しているのではないかと想像する。正宗系の人は普通、上掲のような御書を引かないからである。わたくしはいちおう正宗系であるが、ちょっと普通じゃないのである。

さて、以下は前田氏のコメントからである。

この久成仏は「日蓮大聖人様」のことではなく、日蓮の師であり、日蓮大聖人様はこの久遠実成釈迦牟尼仏の使いである

おおむね、おっしゃるとおりだと思う。

おそらく生半可の正宗信徒は、こうは言えないだろう。ようは相手の主張を認めてしまうことになってしまうからである。けれども、わたくしは違う筋道を用意してあるのだ。

拙ブログをぜんぶ読むのはたいへんであるが、ある程度の範囲でも読んでみれば、御書がたくさん引用されていることに気づくはずである。わたくしは御書に精通しているわけではないけれども、それなりに努力して御書の拝読を重ねてきたのは事実である。このことは、おそらく前田氏にも、少しは感じ取っていただけるのではないかと思う。

つまり、大聖人が釈迦仏の使いであるということは、御書を広く拝していれば容易につかめることなのである。ようはわかり切ったことなのだ。
まさか、どこかの教団みたいに御書を持たず、あまり御書講義もやらずにいて、信者に事実を隠蔽するような、そんなバカなことが通用するわけがないのだ。
ここまで書けば、わかるだろう。正宗系の人は大聖人が釈迦仏の使いであるという事実を知らないわけではない、知らされていないわけではないのである。ましてや独力で御書を拝している人ならば、これでもかと言うくらいにその御記述に遭遇するわけである。

ゆえに、わたくしは思う。むしろ、前田氏をはじめとする日蓮宗系統の人は、もっと真剣に御書を拝読して、大聖人の御存在の重きを感ずるべきなのである。正宗の人たちはそれをやっているのである。

ここに致命的な差がある。日蓮宗は大聖人の名前を冠していながら、大聖人への尊崇が低いのである。もちろん正宗と比較してのことだ。この構造的欠陥がある以上、いつまで経っても熱心な信者は増えようはずがないと思う。

まだ、書きたいことが山ほどあるけれども、今日はもう一つだけ書いて終わりにしたい。

釈迦仏の使い、というのは事実である。しかし、大聖人が御みずから「使い」であると仰せられるのと、われわれが言うのとでは意味合いが違ってくるのである。
たとえば、自分のことをデブであると言う人がいる。しかし、だからと言って、人から言われるのはイヤだ、ひじょうに腹が立つ、という場合があるのだ。これを大聖人の御事に当てはめたならばどうなるだろうか?
それとは別に、現代感覚というものを考慮しないといけない。すでに多くの人がご存知のように、若者言葉に「パシリ」というものがある。これは「使い」のことなのである。大聖人をそこまで低く見たら、とんでもないことだ。
もちろん、前田氏にそのようなつもりは少しもないだろう。けれども、言葉というのは怖いもので、もし現代人の大半がそのようなイメージを喚起するとしたならば、困ることになる。もはや「釈迦仏の使い」という言い回しは使えなくなる。

これはもしかしたら、末法万年を見据えた大聖人の思し召しなのかもしれないと思う。こうして徐々に御本仏の御威徳があらわれて来るのだろうか?

2008/8/13

前田氏への返事を兼ねて  
巌虎さん、皆さん、お邪魔します。久成釈尊を本尊と拝しています。さて、時間の空いたときで結構ですが「無仏の時(本仏が)」って、あったとお考えでしょうか?自分は「仏滅は方便」と考えています。巌虎氏の発想の基本には「無仏の時間」がおありの様に思えてならなくて・・・お尋ねしてみました。

一昨日の夜遅くに前田氏よりコメントを頂戴した。八月四日分の拙稿に対するものである。

久成釈尊を本尊としていることを最初に表明されている点、ひじょうに紳士的であり、好感の持てるコメントである。質問は、無仏の時があったのか、それともなかったのか、というものであるが、ここでも好感度を高める書き方をしておられる。この点、他の読者は気がつかれただろうか?
ようするに、ご自分の考えを示しておられることだ。
ありがちなのは、自分の立場を隠し、さらには自分の主張も示さず、やおら難解な質問をしてくることである。こういうのは失礼千万であり、その失礼さもさることながら質問の意図がまったくつかめないので、こちらとしても回答のしようがない場合が多いのである。

それはともかく話を進めよう。

http://diary.jp.aol.com/ganko/361.html

もう二年以上も前になるが、リンク先のごとく書いた。その中から、一部を書き出してみよう。

無仏というのは実に単純な話であって、仏が化導を垂れる期間には限りがある、すなわち釈尊五十年であり大聖人においては三十年とされているわけであるから、その期間を除けばすべて無仏の時代なのである。

これはわたくしが勝手に言っているのではなく、大聖人の御指南に基づいてのことである。たとえばリンク先の翌日に顕謗法抄を引用してあるが、そこにはっきりと「今の世には仏ましまさず」との仰せを拝することができる。
前田氏はこれを方便であると、おっしゃった。ということは、大聖人の仰せは便宜的なものであって、その底流には仏の常住此説法が厳然と存するわけなのだろう。わたくしもこれにほぼ同意である。

だが、完全に一致しているわけではない。何が違うかは一目瞭然である。前田氏は久成釈尊の常住此説法を主張しているのだが、わたくしは日蓮大聖人の常住此説法を主張するのである。ここが違うのだ。

建治元年の一代五時鶏図に、天台宗の御本尊についての説明がある。久遠実成実修実証の仏云々と。さらに久成の三身について、無始無終と書かれている。つまり、久成釈尊は無始無終である。換言すれば永遠ということだろう。これが天台宗の御本尊である。

この一代五時鶏図に基づくならば、大聖人の常住此説法は否定されることになる。なぜならば、釈尊が常住此説法をしているわけだから、そこに大聖人が出てきたらバッティングしてしまうことになる。
だが、わたくし自身はすでに解決している問題であって、少しも困らない。簡潔に言えば、久成釈尊とは大聖人の御事である、ということなのだ。別々の存在だとすれば、二仏並出の失ともなりかねないが、同じ存在であれば、まったく問題は生じないはずである。
問題は同一存在であることの根拠であろう。これがけっこう面倒な点であるが、今日はちょっとだけ触れておこう。

これは富士川一郎氏が諸宗法論館というところに書いておられるのを拝見するまで、わたくしはまったく気がつかなかったことなのであるが、鶏図における天台宗の御本尊は像法時代の本尊であって末法のそれではないのである。しかし、おそらく日蓮宗系統の人たちは言うだろう、大聖人の御書を拝する限り、久成釈尊以上の存在は見出せないと・・・
日蓮正宗では御相伝書などを用いて、それ以上の存在を導き出すわけだが、これはどうも議論が平行線になるケースが多いようなので、わたくしは別の道筋から論じたいと思っている。

ようするに大聖人は久成釈尊である。これはまさしく、習い損ないの天台宗の連中には思いも及ばないことであり、彼らの立場においては断じて肯んずることのない点で、まさに像法と末法との画然たる違いがあることなのだ。

2008/8/8

熱中症に、ご注意  
各方面より種々のコメントを頂戴して恐縮であるが、いつものことながら一々のご挨拶は省略させていただくことにする。

法華題目抄の解釈は、旦氏のコメントどおりだと思う。一日に題目を六万十万千万等も唱えていたら、念仏を唱える余裕などありやしないわけだから、実質的には念仏を否定しているに等しいのだ。六万遍から十万遍くらいならば可能かもしれないが、千万というのは物理的に不可能に違いない。こうして見ると、もはや完全否定と言っても差し支えないくらいである。

ところで、わたくしが御書に精通しているというのは誤解であって、どちらかと言えば、スリハンドク状態である。わりと御書を読んでいるほうだとは思うが、次から次へと忘れてしまうので、困っているのが真相である。そうした中で、たまたま運よく頭の片隅に残った御文をブログに載せているに過ぎず、ヘタをすると、過去に自分でブログに書き出した御書すら、すっかり忘れてしまっている場合もあるくらいなのだ。

ようは自転車操業みたいな感じで、常に拝読をしていないと、瞬く間に頭の中がカラッポになってしまう。だから、なるべく時間のある時には御書を開くように心掛けてはいるけれども、現実にはボケッとしている時間のほうが圧倒的に長いのである。

さて、今日は引き続き、顕正新聞の第1108号からである。四面には六月度班長会における登壇が載っているが、次の文章は男子部長である。

 また先生は、元公明党委員長の矢野絢也が創価学会と幹部七名を相手取って損害賠償請求の訴えを起こしたことを明かされました。

矢野氏を呼び捨てにしているのも気になるところだが、わたくしはまったく別のことが気になった。

明かされました・・・

なんだこりゃ、と思う。わたくしの言語感覚からすると、絶対にあり得ない表現である。この場合は、「・・・訴えを起こしたことについて、言及されました」くらいが妥当ではないかと思うのだが、いかがであろうか?
「明かされた」ということは、あたかも先生だけが知っていて、他は誰一人として知らなかったみたいに聞こえてしまうのだ。これはおかしいだろう。たとえば、御遺命守護の戦いの中で、浅井先生だけが知っていること、当時の妙信講員には言わなかったようなことがあるかもしれないが、そういうことをずっと後になってから発言すれば、まさしく「明かされた」ということになるのだと思う。
しかし、矢野氏のことは誰もが知ろうと思えば容易に知り得る情報なのだから、「明かされた」などという、そんなモッタイブッタ言い方をする必然性はどこにもないはずなのである。

つまり、こういう言葉の端々に、先生を偉く見せようとの意図が出てしまっているように思えるのである。

もし男子部長がこうした表現を意図的に使っているとしたら、ひじょうにマズイことである。逆に意図的ではなく、無意識に使ってしまっているとしたら、もっと勉強せよと言いたいところだ。さらには編集部にも責任があるに違いない。

この記事の直下には副総合女子部長の文章が載っている。これがまたヒドイのだ。本当に大丈夫なのかと心配になる。

 以来三年が経ち、先生の連々の諫暁により五月十二日、ついに大御本尊様の御裁断は下り、諸天は動き、学会に自界叛逆が起こった(以下、省略)

引用が長くなるといけないので、ごく一部に絞ったが、もはや、わたくしには詳細を説明するだけの気力が起きてこない。
ようするに副総合女子部長の言っていることは、浅井先生が三年前に宗門諫暁を行なった、すると、その現証として三年後に、創価学会に自界叛逆の罰があらわれた、ということなのである。
わたくしの読み間違いであればいいのだが、おそらくは誰が読んでも同じはずである。宗門と創価学会が仲たがいをする以前であればまだしも、今は完全に分裂しているわけだから、宗門諫暁の現証が創価学会にあらわれるのは、おかしな話であろう。まるで八つ当たりみたいなものだ。

幹部連中がこのテイタラクでは、どうしようもない。


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