2008/12/25

泥沼に浮かぶ泥舟  
前々回の話題は、わたくしの中ではすでに完結していることなのであるが、その後もコメントが寄せられているので、簡単に触れておきたい。

およそ一年前の顕正新聞に次の文章が載っている。

http://white.ap.teacup.com/ganko/917.html

誤植の訂正記事である。

世の中には謝るのが苦手というか、謝るべきが筋なのに謝らないというような人物がいる。おそらくはプライドの高い人たちなのだろう、どこにでも必ずいるものだ。
わたくしは案外(?)に、わりとすぐに謝るタイプである。けれども経験上、一種のフリーズ状態とでも表現するべきだろうか、いちばん肝心な場面で素直に謝罪の言葉が出てこなかったこともある。いわんやプライドの高い人であれば、なおさらのことであろう。

おそらく、ここまでの文章では何を言わんとしているのか、わからないに違いない。それでは、次に、およそ三年半前の顕正新聞をご覧に入れよう。

冥姦講の頭目、大臭滓男

この文章は原文どおりではないのだが、漢字の表記そのものは原文を忠実に写し取ったものである。

おわかりだろうか、これは誤植ではなくて、ワザとこのような当て字を入れて、相手を愚弄しているわけである。ゆえに、顕正新聞の編集部に対して、誤植だから訂正記事を出せと迫ったところで、彼らには訂正する気はさらさらないのである。

わたくしが言っているのはこの一点だけなのだ。伏せ字を使って、顕○会などと書く必要がどこにあるのか、堂々と顕正会と書けばいいではないか、とわたくしは言いたかった。それを受けて、承知した、今後は伏せ字を使わずに書く、というのも一つの選択肢としてあるわけだが、どうやらそのつもりはないようなのである。
つまりはワザとやっている。確信犯的に行なっていることなのだ。
だったら、何も言うことはない。ああ、そうですか、では勝手にどうぞ、というのが結論である。

誤解のないように付言しておくが、今回のやりとりにおいては意識が分裂しているというか、議論が二重構造になっているので、そこに錯覚が生じるのだと思う。
つまり、わたくしは顕正会擁護であり、その相手の人たちは顕正会批判という錯覚があるのだ。わたくしは顕正会批判の立場にいる。けれども、批判するに当たってはそれなりの節度が必要であろう、ということを言っているわけである。
ところが錯覚が生じる。議論をしていて意見が合わないと、それがすぐさま擁護と批判という対立軸のごとくに考えてしまう。それが錯覚なのである。

なお、妙観講の大草一男氏は前掲の記事を名誉毀損であるとして訴えを起こし、先般、その裁判の結果が出た。これはすでに多くの人の知るところである。
逆にこのことを教訓に考えると、伏せ字というのは危険回避の意味があるようにも感じられるところだが、どうだろうか?
もし、そうだとしたら、これをわたくしは姑息だと言いたいのである。

結論として、そのような表記法は好ましくない、かえって書いている人のほうがアヤシイ人のようにも思われかねない、ということなのである。それを承知で書いているとすれば、もう何も言うことはないのである。

ところで前回のコメント欄では、水無月氏が顕正会短信の情報をベースにして、

入信報告書の偽造以外に理由はない。

と書いておられる。

これはやや短絡的な結論のように感じられるところだ。

わたくしはよく知らないのだが、顕正会では死亡者も脱会者もカウントしたままだと巷間言われている。はたしてそのとおりなのだろうか? この根拠はどこにあるのだろうか?
まずはここから詰めないといけないだろう。可能性として、死亡者と脱会者と除名者を総会員数から引いていることがないとも限らないし、絶対にないとは言い切れないと思う。そう考えたほうが逆に顕正会短信の指摘している数字の信憑性が高まるのではないか、わりと現実味のある数字のようにも感じられるのではないか、と思うのである。
儀礼室のメンバーは現在五人だと思われるが、以前は六人だったこともある。これは最悪の場合、一日に葬儀が六件重なる可能性を示唆するわけで、確率論ではどのように計算するべきかわからないけれども、一年間毎日六件の葬儀があったとすれば、相当の人数になる。もちろん、一件もない日のほうが圧倒的に多いはずで、ゆえに平均値をどうやって出すべきか、わたくしには皆目見当がつかないけれども、ともかく顕正会員の死亡者もそれなりの人数が考えられるところである。
除名者はまったく想像がつかないが、それなりに存在するだろう。これは文字どおり除名なのだから、カウントから外しているはずである。
そして脱会者であるが、もしかしたら文書による脱会届の場合、いちおう総会員数から除いているのではないか、という気がしないでもないのである。

以上はすべて推測に過ぎないが、ともかく可能性はいろいろあるわけで、一つに限定されるものではないだろう。

もちろん、水無月氏の言うように報告書偽造も考えられる。
しかし、不思議な話だ。なぜならば、これは案外に顕正会の真面目さを証明するデータとも受け取れるからで、それを謀略情報紙では気がついていないのか、それとも公平を期しているのか、そこが微妙なところである。
ようするに、顕正会では報告書偽造を認めていない、発覚した場合には破棄する、会員数のカウントからも外す、ということを顕正会短信は教えてくれているのである。

ちなみに、顕正会短信の文中には、泥舟といった表現も見られる。言葉は悪いけれども、確かに核心を突いていると思う。


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