2009/2/22

五十歩百歩のトンチンカン  
顕正会員の実数をあれこれ推測しても仕方がないのであるが、しかし、山門入り口氏のコメントもなかなかどうしてけっこう鋭いところがあるので、今日はそれをベースに書いてみたいと思う。

長野に三万人が集まった、だから顕正会員は三万人である、というのが先日来のわたくしの意見である。

これに対して山門入り口氏は、参加していない人もいるではないか、それを考慮すべきだ、という意味のことを言っているわけである。

なるほど、それはそうだ。わたくしのうっかりミスというか、正直なところ、考慮していなかったのは事実である。ゆえに、そういうツッコミがあって当然ではある。
さて、ここで自説を正当化するための方法として、さらなる下方修正案を申し上げておこう。ようするに、一昨年の結集人員はいわゆる主催者発表が三万人というだけの話であって、そこにはサバ読みがあるとも考えられるのだ。実際は二万五千人くらいしか集まっていないのではないかと仮定すればいいのだ。そこで不参加人員を五千人として計算すれば、顕正会員の総数は三万人になる。これでどうだろう、なかなか説得力のある話ではないかと思う。
もっとも、すべての数字が推測に過ぎないので何の意味もないことである。冒頭に、仕方がない、と書いたのはこのためだ。
しかし、面白い展開だと思う。顕正会に対する評価は、普段ならば山門入り口氏のほうがわたくしなどよりも遥かに辛口なのである。ところがこの話ではそれが逆転しているのだ。

それはともかく、山門氏は顕正会員を六万人程度であると言う。

そうすると一昨年の三万人集会では、残りの三万人が不参加だったことになる。さすがにそれは無理があるだろう。いったい不参加者の内訳をどのように考えるのか、そこが問われてくることである。
山門氏は当時、顕正会員だった。参加したかったけど、できなかったという話である。あるいは「管理人さん」というのはわたくしのことであろうが、確かにわたくしは参加していない。しかし、この二人はあまり参考にならないだろう。氏には失礼だかもしれないが、はっきり言って変人である。こんな人はそんなにたくさんはいないはずなのだ。
唐突であるが、瑠璃堂氏はどうだろう? この人はすでに顕正会員ではない。元会員である。つまり、内訳に入れるわけには行かない。
たとえ一年前まで、あるいはひと月前まで、あるいは前日まで、活動会員として頑張っていた人がいたとしても、もし直前に退転してしまい、当日参加しなかったとしたならば、それは不参加者としてカウントすべきではないだろう。
一昨年の記念幹部大会は事実上の大総会だった。名目上は幹部大会であっても参加の意志があれば、誰でも参加できたのである。山門氏はよほど危険人物だったのだろう、だから参加させてもらえなかったのだ。
わたくしの場合は実質的には退転者と同じである。仮に今も組織の中で話題に上がるとしたら、アイツは退転者である、というふうに言われているに違いないのだ。

そういうわけで、おそらく不参加者の人数は、せいぜいのところ数千人ではないかと思う。ゆえに、それを加味した上での顕正会の総数は、三万強・四万弱と考えるべきではないかと、いちおうは結論しておこう。

女子部が約2万5千〜3万
男子部が1万5千〜2万
婦人部が1万
壮年部が5千


山門氏は最後のところであくまで大雑把な数字であることを断わっているわけだが、こういう具体的な数字はけっこう説得力を持つものだと思う。ゆえに、もし顕正会の事情を知らない人が何かのキッカケでこれを読めば、ああ、そうなのか、と納得してしまうかもしれないので、わたくしの意見も書いておこう。なお、わたくしとて何ら確実なデータを持ち合わせているわけではないので、すべて当てずっぽうであることをお断りしておきたい。

女子部は顕正会最強ではあるけれども、さすがに上記は過大評価だと思う。わたくしとしては二万くらいにしておきたい。男子部は甘く見積もって一万五千であり、二万は苦しいところである。婦人部の評価はもう少し上げてもいいだろう。一万五千でもいいのではないかと思う。壮年部の五千はなるほどそれくらいかもしれない。

これで合計五万五千である。すると四捨五入して六万になってしまう。

あれ? おかしいなあ?

山門氏も指摘しているように、男子部と壮年部、あるいは女子部と婦人部は相互乗り入れ的な部分があるので、各部が別々に大会を開けば応援要員を入れることができる。しかし、大総会ともなるとそうしたゴマカシは通用しない。

ゆえに、女子部婦人部連合で三万弱、男子壮年で二万弱というのが妥当なところかもしれない。これで合計五万弱。相当甘く見積もってのことである。もし、確実に五万人を数えることができるのならば、東京ドームでの大総会を企画してもおかしくないだろう。

ところで顕正新聞の発行部数であるが、話によると妙観講との裁判の過程で、二十万部という数字が明らかになった模様である。裁判の中での出来事なので、ひじょうに信憑性の高い数字である。
単純に一人が一部ずつ購読していれば、二十万人の会員がいることになる。もちろん非会員で購読しているケースもあるだろうが、それはごく少数に限られることだろうから、発行部数からは二十万近くの会員がいることがわかる。
しかし、誰も信用しないだろう。ご存知のごとく、多重購読の問題があるからだ。
一人で五十部も百部も購読しているという話もある。もちろん、一部しか取っていない人もいる。
ゆえに、ここから顕正会員の実数を割り出すことは事実上、不可能だと思う。おそらく顕正会本部でも、把握していないはずである。ようするに現場の幹部が独自の判断で多重購読していて、むしろ本部にはそれを伝えていないケースがほとんどだと考えられるからである。

そういうわけで、比較的に信用できるだろう数字は、毎月の総幹部会ビデオ放映の参加人数であり、これは出席票を集計することでかなり正確な数字がつかめるはずである。もちろん、本部ではこれをデータ化しているはずであるが、公表することはまずないであろう。

ゆえに、われわれはこうして、当て推量に明け暮れているわけであるが、はたしてどこまで核心に迫ることができているのか、それはまったくわからない。それこそ本部首脳から見れば、わたくしも山門氏も五十歩百歩のトンチンカンにしか映らないかもしれないのだ。

2009/2/20

文脈的整合性の問題  
久々に渡辺氏よりコメントをたまわった。その内容は多岐にわたるが、教学試験のことでお返事申し上げるならば、まさにおっしゃるとおりなのだろう。

過去に比べて、登用試験そのもののレベルが大幅に低下しているのは事実であり、これは多くの人の指摘するところでもある。

しかし、弁護にならない弁護をしておくと、わたくしの記憶では二十数年前にはまだ四級と五級がなかった。つまり、登用試験の次は三級であり、ぜんぶで四種目しかなかったのだ。その後、昭和六十年代に四級が設けられ、おそらくは平成元年に五級が設置されて、全六種目の体制が整ったのだと思う。
つまり、かつての登用試験は現在の四級程度の水準だと考えられるわけで、言い方を変えれば、現在の登用試験はレベルを二段階下げたものなのである。
しかし、これが弁護にならない弁護であることは、自明である。なぜならば、教学試験そのものがすでに形骸化しているからだ。さらに厳密に言えば、今は六種目が行われることはないのだから、形骸化どころの話ではなく、実質的には破綻しているのである。
よって、もし仮に全種目が実施されているならば、登用試験のレベルが低いとしても相当であって、むしろ問われるべきは二級や一級の水準がどうであるか、なのである。もし顕正会の上級試験が法華講員や創価学会員に馬鹿にされる水準だとしたら、なるほど、現場において彼らにまったく歯が立たないのも道理である。

前にも何度か書いていると思うが、わたくしは顕正会員の潜在能力をけっしてあなどれないものだと思っている。しかしながら、今現在はその能力を発揮する機会がない。それはひとえに本部首脳の責任であり、最終的には浅井先生の責任である。

う〜ん、しかし、これでは渡辺氏にまた何か言われそうである。そういう問題ではないだろう・・・と。

さて、話題を変えよう。

山門入り口氏は相変わらずトンチンカンである。わたくしの文章をちゃんと理解していない。

教学試験の受験者が多いか少ないかという議論をするならば、その基準をどこに置くか、そこが明確でなければ話にならないのである。すでに多くの読者には了解できていることと思うが、氏とわたくしとではその基準が異なっている。だから噛み合わないのである。
わたくしは今回、顕正会の会員数を三万人と想定した上で書いたわけである。その根拠は一昨年の長野での集会に三万人が集っていることだが、山門氏の基準とするところはそれとは異なる。氏は入信者数をベースに論じているわけである。
何を考えておるものかと思う。すでに顕正会の総会員数であるとか、折伏成果などの実態はデタラメきわまることが判明しているわけだから、それを基準に論じたところでイヤミにしかならないのである。しかも最終結論として顕正会の実数を五・六万程度であると書いているわけだが、いったいこの根拠はどこにあるのか、コメントの文章だけでは判然としないのである。
ゆえに、失礼ながらも正直なところ、トンチンカンだと書いたのだ。

http://white.ap.teacup.com/ganko/630.html

二年前になるけれども、顕正会の会員数について、リンク先のごとく書いた。わりと山門氏の数字に近い結果が出ている。
ゆえに、氏の数字を否定するつもりはないのである。ようは根拠もなしに結論だけを書き散らすことを指摘しているのだ。もちろん、何でもかんでも必ず根拠を添えなければダメだと言っているのではない。今回の場合は文章の構成上の問題を指摘する意味もあるのだ。
つまり、顕正会の会員数が六万程度であるならば、今回の教学試験の受験者数はけっして少ないとは言えないことになるはずである。そうすると氏はいったい何が言いたかったのか、それがさっぱりわからなくなるのである。

逆にわたくしの書いていることは単純明快である。顕正会の会員数は三万人しかいない。そのうちの二万三千人が六種目中の二種目に集中してしまっている。このイビツな実態は、もはや末期的である。何しろ伝統という言葉に縛られて、それも毎年のごとく過去最高を更新し続けるものだから、この無理がたたって、どんどん悪化する一方なのである。

しかし、三万人はさすがに過小評価ではないか、という意見もあることだろう。

確かにそのとおりである。本当の数字はわからない。本部の然るべき人物の証言でも得られればまだしも、外側から見ているだけではわからなくて当然である。

一月度総幹部会で女子部幹部大会の開催が発表された。なんと五月に一万人の集会を行なうそうである。夏の男子部大会は何年も前から言われ続けていることだが、女子部のほうは唐突である。
わたくしの会員数三万人の根拠はここにもある。ようするに、一万人程度であれば、すぐにでも結集できるというのが顕正会の実力である。女子部において一万人ということは、いわゆる四者で四万人、単純計算すればそうなる。
しかし、顕正会においては女子部が最強であり、他の追随を許さないくらいである。逆に、いちばん弱いのは壮年部である。問題はこの補正値をどのように出すか、それが難しい。
そういうわけで、結論的にはかなりアバウトというか、いい加減ではあるけれども、四者合計で三万人程度と考えておけば間違いないのではないか、と思う。

最後に顕正新聞第1128号の記事を紹介しよう。

 また顕正会は百三十万人もいる中で、本日、完成まもない新青年会館で自身が登壇の機会を頂き、何という宿縁なのかと感謝・感激の思いであり、何よりの大功徳であります。

この人は昨年十一月の入信というから、まだ顕正会の実態を知らないのだろう。ゆえに、もしかしたら本当に会員が百三十万人もいると信じているのかもしれない。

わたくしはいつも思う。だから多くの人が途中で失望して去っていくのである。これをどうにか改善できないものかと思うのだが、もはや今さらどうにもならないのだろう。

2009/2/16

教学試験のデータに見る顕正会の実態  
どうやら山門入り口氏をガッカリさせてしまったようであるが、こればかりは致し方のないことである。
たとえば、顕正会批判のサイトはたくさんある。一時期、ものすごく熱心に更新していたサイトであるとか、あるいは活発な掲示板などもあった。しかし、そうしたサイトの大半が今は閑古鳥が鳴いているのだ。
その理由はさまざまであろうが、共通して言えることはそのサイトの運営者が情熱を失ってしまったことである。ぶっちゃけ言えば、飽きてしまったとか、やる気が失せてしまったとか、そんなところだと思う。
これはある意味、熱心に活動している顕正会員と同じ原理かもしれない。あまり突っ走り過ぎると、途中で息切れしてしまうのだ。あるいは自分のやっていることに過度の期待というか、何かしらの見返りを期待していると、それがアダとなる場合が多いのである。

わたくしはこれがわかっているものだから、その逆を行くようにしているわけである。ゆえに、拙ブログからは情熱が感じられないかもしれないし、実際のところ、読者をガッカリさせるようなことばかり書いているのかもしれないと思う。しかし、こうしてダラダラと、何だかんだ足掛け五年もブログを続けているのである。これはこれで、それなりに価値のあることではないかと思う。もちろん、この先どうなるかはまったくわからない。

教学試験の話題を書いておこう。毎年、この時期には必ず書いているので、いちおう備忘録の意味で残しておきたい。資料は顕正新聞の第1126号並びに第1127号である。

 顕正会伝統の教学試験が一月十一日と十八日の両日、全国二三〇会場で実施された。本年の教学試験は五級・登用の二種目。受験者総数は過去最高の二万三千二〇三名に達した。

受験者が二万三千余名とはすごいことである。なぜならば、一昨年の夏に行われた五十周年記念幹部大会の参加人数が、およそ三万人であると伝えられているからである。逆に言うと、仮に登用から一級までの全種目が実施されたとしても、おそらくは三万人を超えることはないのだろう。これが顕正会のイビツな実態なのである。

登用試験の受験者数は過去最高の一万三千一九〇名だと報じられている。

では、合格者は何名かというと、三、〇九九名と書かれている。

一昨年はおよそ二千名の合格で、昨年は二千五百名だった。合格者は増加の傾向にあるわけだが、これは何を物語るのだろうか?
単純に試験の難易度の違いとも考えられるが、わたくしの漠然とした印象ではそれほど変わりがないような気がする。すると合格枠を増やしたのだろうか?
もう一つの可能性は受験者のレベルアップである。いわゆる義理受験というか、員数合わせのためにムリヤリ受験させられたような人ばかりだと、当然ながら合格者は少なくなる。逆に真面目に勉強して試験に挑んだ人が多ければ、自ずと合格率も上がることだろう。

つまり、本年は真面目な受験者が多かった。この傾向が続けば、顕正会の未来も明るい。まあ、しかし、逆に考えると本部側の演出として上昇ムードをこしらえている可能性もなくはないだろう。合格枠を増やしているということだ。もちろん、これらはすべて推測に過ぎないので、そこは誤解のないように願いたい。

五級試験は一万〇〇一三名の受験者がいたそうである。そして合格者だが、これが六、六六三名だという。

イビツな実態とはこれである。

普通ならば、級が上がるにつれて試験の難度が上がって行くものである。ゆえに、登用試験の合格率よりも五級試験の合格率が高いのは、おかしな話なのである。

登用試験:二十三パーセント

五級試験:六十七パーセント


わたくしは計算が苦手なので間違っていたら申し訳ないが、教学試験の合格率はご覧のごとくである。

しかし、これは顕正会の潜在能力を示す意味で、重要な数値だとも考えられる。
登用試験はいちおう入信一年未満の人が主な対象者である。この人たちの多くはさすがにまだ信心に目覚めていない。上述のごとく、員数合わせでイヤイヤ受験させられている人も少なくないかもしれない。
ところが五級試験ともなると、逆に信心のことがわかってきて、熱心に活動している人たちが大半なのである。まさに旬というか、信心の情熱がたぎっているような人たちばかりなのである。当然、教学試験にも真剣に取り組むだろう。それが見事なくらい合格率に反映しているわけである。

いずれにしても、イビツな実態には変わりがない。再掲しよう。

顕正会伝統の教学試験・・・

この伝統がクセモノなのだ。結局、今の一念信解路線は、かつての教学とは中身が大きく変質してしまっているのである。しかし、ご覧のごとく、伝統という言葉だけが生き残っている。これを形骸化と言うのだ。

拡大路線を続けている以上、毎年、過去最高の受験者を目指さないといけない。しかし、それが何になるのか、とわたくしは言いたいのである。

2009/2/15

顕正会、ついに空母の建造開始か?  
山門入り口氏はわたくしに対して二つの提案をしておられる。一つはメールアドレスの公開である。もう一つは、パソコンにかじりついてばかりいないで現場に出でよ、というような意味である。

メールアドレスは今後も公開するつもりはない。その理由は面倒臭いからである。
ただし、マレにはわたくしとどうしてもコンタクトを取りたいという人がいるかもしれないので、その人のためにヒントを差し上げよう。顕正会関係のサイトを開いている人に片っ端から聞いてみれば、もしかしたら知っている人がいるかもしれない。もちろん、知っていても教えてくれるかどうかは別問題である。
早い話が、わたくしはブログを通して人脈を広げようとか、さらには有名になろうとか、そういう野心を持っていないのである。それは拙ブログの第一回目の文章を読めばわかるだろう。

アドレスの件は以上であるが、もう一つの提案は確かに一理あることだとは思う。
顕正会に入ったばかりの頃、あるいは三年後だとか五年後ないし十年後など、その人の見方というか見え方というべきか、自分の所属する組織がどのようなものであるか、少しずつでも見方が変わってくるものだと思う。ましてや一度は離れてしまった人が復帰すれば、格段に違って見えることだろう。
ゆえにわたくし自身、今の顕正会を実際に会館まで出掛けて行って観察したならば、以前とはまったく違った見え方をするのではないかと思う。

しかし、そのつもりはない。理由は面倒臭いからである。

それから強いて言えば、本尊疑惑のことがある。顕正会の会館に安置されている本尊はニセモノである可能性が濃厚だとされている。まだ確定したわけではないけれども、さすがに躊躇せざるを得ない。今さらそんなところには行きたくないのである。

話題を変えよう。

水無月氏の観察眼はなかなかのものである。下手な顕正会員よりも顕正会に詳しいのではないかという気がする。氏は創価学会員のはずであるが、もしかしたら創価学会よりも顕正会のほうが詳しいのではないかと、イヤミながらも思ったりするくらいだ。

今回小峰昌子さんが副総合婦人部長に昇格したのも順送りで次の総合婦人部長となる布石

しかし、これはいかがなものかと思った。

もちろん、まったくの見当違いというわけではないが、すでに第二婦人部長のポストだけでも次期総合婦人部長の最有力候補と言えるはずなのである。何しろ今まで副総合のポストは存在しなかったからである。
わたくしは単純に、浅井先生は組織の飛躍・発展を願って、新体制を敷いたのだろうと思う。しかし、同時にエコヒイキではないかという世間の批判があって当然だとも思う。先生だって、それを自覚しているはずである。そうすると、エコヒイキではなく、本人の能力を買って抜擢していることになりそうだが、この辺の真相は微妙なところである。

余談だが、本田宗一郎という人物は自分の息子を会社には入れなかった。当然、会社を継がせることはしなかった。何かの本で読んだことだけれども、何しろ大会社だから気がつかないうちに自分の親戚に当たる人物が入社していたことがあって、それを知った宗一郎はなんとその人を退職させてしまったというのである。

さすがに極端過ぎる話だが、大いに学ぶべき点があると思う。

話を戻して、もし先生が自分の娘を総合婦人部長にしたいと目論んでいるのであれば、その当面の障壁は現総合婦人部長である。この人をどうするかが課題である。まさか謀略を仕組んで失脚させるとか、そんな馬鹿な話は考えていないだろう。これでは文字どおりの親バカである。
現総合婦人部長は婦人部長になってから、すでに十年以上経つのではないかと思う。先生から信頼されている証拠であるし、実際にそれだけの能力があるのだろう。壮年部長みたいに年がら年中交代していればまだしも、もうこうなると先日まで話題だった前総合女子部長みたいに引退の他に選択肢はないのではないかと思う。

以上のような理由から、先生の娘が次期総合婦人部長であろうことは間違いないにしても、それが実現するのはまだずっと先のことではないか、というのがわたくしの見方である。

最後に顕正新聞第1128号から、ポウコちゃんの話題を取り上げたい。

おそらく今回の四コマ漫画を外部の人が見たら、何がなんだかさっぱりわからないに違いない。その意味で駄作だと思うが、とりわけ三コマ目が面白かった。

航空母艦建造開始

おいおい、まるで顕正会で空母を造っているみたい読めるではないか!

だから危険な団体だと言われちゃうんだよな。

2009/2/14

ミステリータッチの文章?  
このところ、山門入り口氏とわたくしとの間で、ちょっとした論争が起きている。簡略に言えば、現総合女子部長は傀儡か否かという議論であり、山門氏は傀儡であると主張しているのである。誰の傀儡かと言えば、前総合女子部長の傀儡なのだそうである。

わたくしは違うのではないかと思っているので、氏に根拠を提示するように求めた。これに対して、氏はこれまでいろいろと根拠らしきものを挙げてはいるものの、どうやら決定打を示すことはできなかったようである。
一方の、わたくしの言い分は簡明である。前総合女子部長は事実上の引退であり、おそらくは健康上の理由から引退せざるを得なかったのだと思われる。よって、もはや陰で人を操るような余裕はないのではないか、ということなのだ。
そもそもの言い出しっぺは山門入り口氏なのだから、氏には証明義務がある。けれども今までのコメントを読む限り、とてもじゃないが証明し切れているとは言えないだろう。

副総合女子部長が二人いて、現総合女子部長が二階級特進は不自然だと言えます。
加藤女史の発言力が有ったから可能だと見るのが妥当ではないでしょうかね。


これは単なる思い込みである。まず、二階級特進であるが、前例がないわけではないだろう。世間の事例を見ても、二階級の特進などはザラにあることだ。
ゆえに、これをもって加藤女史の発言力を云々するのは短絡である。おそらくは思い込みがそのような思考を生むのだろう。考えてみるがいい、よしんば二階級特進が顕正会では前例のないことだとしても、それが誰の後押しによって可能となったかは不明のことである。
さらに言えば、仮に加藤女史の後押しであることが判明したとしよう、はたしてそれが傀儡の根拠となるのかどうか、なのである。もちろん、幾分かは傍証の意味がないわけではないが、しかし、決定打とは言えないだろう。
わたくしの見解はすでに示してある。つまり、事実上の引退だということだ。ゆえに、たとえ彼女が二階級特進の後押しをしたのだとしても、それで彼女の仕事は終わりなのである。

もっとも、こうも引退を強調して、もし今後も加藤女史が頻繁に表舞台に登場するようであれば、わたくしの見通しは完全に間違いだったことになる。今回の議論では誰も指摘していないが、彼女は教学主任であると同時に今も理事職に就いているはずなのである。ゆえに女子部を引退したものの、今も顕正会の最高幹部の一人であることには変わりがないはずなのだ。

しかし、どうだろう、わたくしの直感ではもう出てこないのではないか、と思うのである。

さて、水無月氏のコメントであるが、これは貴重である。よって、以下にそのまま転載させていただく。

克衛さん、平成18年5月総幹まで壇上にいましたよ。
同年6月5日号顕正新聞1面写真で確認。
このときの席次(役職は当時のもの・これ以外は省略)。


  齋藤浩記元16隊長
  浅井克衛主任理事 神崎優子事務総長
  鈴木衛護隊長 加藤礼子総合女子部長
  浅井会長 浅井城衛男子部長 

前      【壇  上】
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     一 般 会 員 席

で、同年10月の男子部臨時幹部会には出席せず。
10月総幹では克衛氏のいた場所に女性がいました。


実はわたくしも同様の視点で拙文を草している。

http://white.ap.teacup.com/ganko/180.html

わたくしの目にした写真は水無月氏のそれとは異なる。すなわち平成十七年の十月度総幹部会がわたくしのそれであり、氏のほうはご覧のごとく翌年の五月度総幹部会の写真なのである。
漠然とした印象ではあるものの、この頃の顕正新聞はカメラのアングルを意識的に変えて、なるべく克衛を写さないようにしていたのではないかと思われる。おそらくはそれが一因なのだろう、いわゆる克衛失脚説が流れ始めたのはちょうどこの時期なのである。ゆえにわたくしはくだんの写真を見て驚いたのだ。
問題はいったい何年何月の総幹部会から席順が変わったのか、それがひじょうに気になるところである。これは当時の班長以上の幹部であれば知っているはずであるから、その証言が待たれるところである。
少なくとも現段階で確実なのは、平成十七年の十月からであり、それが翌年の五月まで続いたことになる。

これはある意味、克衛にとっては屈辱的なことではなかったか、と思う。すると最後は居たたまれなくなって、それでついに姿を消したのだろうか?

当然、最大の疑問は浅井先生と克衛との関係がどうなっていたか、そこがもっとも問われるところである。いったいこの父子の間に何があったのか、まさか我が息子を辱めるような仕打ちをするものだろうか、と思うのだ。もし、それほどまでに関係が悪化していたのだとしたら、その原因は何か、ひじょうに気になるところである。

 壮年部班長会は(中略)最後に浅井(克)主任理事が気迫をこめて指導した。

 集会の最後を締め括った各部長そして主任理事は、(以下略)

わざわざ古い新聞を引っ張り出して調べてみた。これは顕正新聞第974号であり、平成十六年の七月度班長会を伝える記事である。続いて第979号をご覧に入れよう。

 九月度総幹部会の席上、本部機構の一環として「教学室」が設けられ、初の教学室長には浅井克衛主任理事が、(中略)任命された。
 この教学室は、今後巻き起こるであろう邪宗との論争にそなえ、さまざまな邪教の教義・実態等の研究機関として設置されたものである。


当時の主任理事はいわば壮年部担当であり、毎月の班長会で熱弁を振るっていた。これまた壮年部員の証言が待たれるところであるが、壮年部から離れたのはいつなのか、そこがひじょうに気になるところである。
わたくしの確認した範囲では、前掲の記事が壮年部班長会における克衛の存在を示す最後の資料である。そしてご覧のごとく、九月度総幹部会では教学室長に任命されている。どうもこの時期に壮年部から離れた様子なのである。
もし、そのとおりだとしたら、克衛は教学室のほうで何かの研究に専念しているのだろうと、おそらくは誰もが想像したことだろうと思う。翌年にはあの「対決申し入れ」があった。あるいはこのお膳立てというか下準備に労力を費やしていたのだろうかとの想像もできなくはない。

ちなみに顕正新聞第988号には、次のごとくある。

新生壮年部 年末に幹部会開く

すなわち平成十六年の十二月二十六日である。ここに克衛の姿はない。
そして話を最初のほうに戻すが、平成十七年十月ないし平成十八年五月の総幹部会においては、誰もが降格を想像せざるを得ないような席順に変わっているわけである。
これでおおむね材料が出揃ったと思う。

もしかしたら教学室長は単なるポーズであって、すでにこの時点で第一線から退かざるを得ない事情があったのではないか、と思えてならないのである。しかし、影響力を鑑みて、徐々にフェイドアウトしていくような措置を講じた、それが教学室長ではなかったか、というのがわたくしの考えである。

それともこの時期まではまったく問題がなくて、その後に何かしら重大な問題が発生したのだろうか?

いちおう、話をまとめよう。わたくしは現在のところ前者が有力ではないかと思っている。それで加藤女史の教学主任も、単なる名目上のことであって事実上は引退だろうと考えたのだ。

2009/2/12

山門入り口氏を破す?  
ひじょうに面白いことになってきた。本当ならば、一信士氏にはちゃんとご挨拶申し上げないといけないが、話を急ぎたいので省略させていただく。

現総合女子部長が前任者の傀儡であるかどうかなどは瑣末な議論に過ぎないけれども、ここにはさまざまの教訓が隠されていると思う。

先日、わたくしは「方法論の確立」というタイトルを打った。おそらく、この意味を理解した人は少ないに違いない。なぜならば、必ずしも表題と内容とが一致しているわけではないからだ。わたくしは先手を打ったのである。議論の流れを見越して先回りをしておいたのだ。

山門入り口氏にしても一信士氏にしても、同様の情報を得ている。すると読者は、その情報を信頼性の高いものだと錯覚する。しかし、錯覚なのである。
情報を鵜呑みにしてよいものかどうか、まずはそこから疑って掛かる必要がある。山門入り口氏は顕正会の主張をことごとく疑って掛かっている。ところが己れが得た情報についてはほとんど鵜呑みにしている状態なのである。氏は先日、学問だの考察だのと高言していたけれども、まったく考察ができていないのではないかと思う。
つまり、現職が前職の傀儡であるという話はどの世界でもしばしば耳にすることであるが、実際のところはどうなのか、そのような証言があったとして、その証言の信憑性はどうなのか、それを道理・文証・現証の上から判じていかなければならないのだ。
さらに言えば、情報源の秘匿という問題がある。これは当然のこと、情報提供者の安全を守るべきが筋であるから、何もわたくしは情報源を開示せよなどと言うつもりはないのである。つまり、情報提供者を守りつつ、その上でその情報を広く世間に知らしめるというところに難しさがある。

わたくしはこうしたことを含めて、顕正会批判というのはいまだ未熟であって、方法論が確立していないのではないか、と思っているのである。

それでは具体的な話に入ろう。

新総合女子部長の人事推薦も加藤女史が介入したからでしょう。

これは情報を得てのことか、それとも単なる推測か、そこを伺いたいと思う。
当然、任命者は浅井先生だけれども、女子部の事情を知悉しているわけではない。だとすれば、当時の女子部最高責任者に相談するのは自然なことであり、上記のことは当たり前と言えば当たり前のことなのである。
まさか、これが傀儡の根拠のつもりなのだろうか?

加藤女史の発言力が強いのは、元幹部の方が暴露話を」しているので、そこからも分かることだと思います。

これは自爆である。
誤解のないように断わっておくが、元幹部の証言を信用できないと言っているのではない。いったい、いつの話をしているのか、ということなのだ。
今現在の証言が必要なのだ。先日も書いたはずである、傀儡の根拠となる具体的事例があるのかどうか、と。かつての世界記録保持者が今もその記録を保持し続けているかどうかは、わからないことなのである。

さて、話が前後してしまったが、いよいよ主任理事の問題に入ろう。

http://jagihashaku.main.jp/iryugi/053.htm

わたくしとしてはめずらしいことだが、よそのリンクを貼らせてもらった。言わずと知れた邪義破折班のサイトである。せっかくだから、その中から必要な部分を紹介しておこう。

 ところで、その克衛の姿が最近、見当たらない。会長の浅井は、克衛を自らの後継者、つまり教団の次期会長に収めるよう育ててきた、いねば父親浅井の懐刀と言える存在であった。
 しかし、克衛は平成十六年十月五日付『顕正新聞』に掲載されたのを最後に、今日までパタと姿を消しているのだ。
 克衛は当時「主任理事」という肩書きを持っていたが、同記事を見れば、同年九月に行われた「総幹部会」という集会の席で、「教学室長」という役職を兼任させられている。これは、「邪宗との論争に備え『教学室』」(顕正新聞平成十六年十月五日付)が設置されたことにより、その責任者に克衛が抜擢されたというものであるが、不思議なことにこれ以後、克衛は集会や新聞紙上に登壇することは全くなくなった。「教学室」なる部署の活動も、とんと見当たらない。


宗門でも克衛の消息を気にしているようだが、それはともかくこれは注目に値する記事である。山門入り口氏の考察がいかに甘いか、それを教えてくれているからである。

(克衛さん場合は)加藤女史と状況が違うからです。

(加藤女史の場合は)克衛さんとは状況も違います。


氏のコメントを書き直させてもらったが、他意はない。ともかく、上掲は半分は正解だけれども、半分は不正解なのだ。
いみじくも邪義破折班のサイトが指摘しているように、克衛は教学室長という肩書きを得た後、消息を断っているのである。この点においては、今回の人事はけっこう相通ずるものがあるのだ。
前々回の拙稿でわたくしは、前総合女子部長は事実上の引退と考えるべき、と書いた。サイトウ氏のコメントには、眼を悪くしている旨が書かれている。であれば、なおさら裏方の実務作業など、不可能であろう。

まだ、書きたいことはあるが、今日はこれで終わりにしたい。

2009/2/10

女子部に院政はあるのか?  
まず、hage氏からのご要望について書こう。信仰の素晴らしさを語るにおいては、文章力だとか話術だとか、そういう次元とは異なる資質が必要なのではないかと思う。わたくしはそうした資質を持っていないのである。ゆえにご要望にはお応えできかねると申し上げる以外にない。おそらくはhage氏のことだから、わたくしの未熟さを、ヤンワリと教えてくれたのだろう。

次に、山門手前氏のコメントについてであるが、依然として意味不明のような気がする。早い話が、何を言いたいのか、それがよくわからないのだ。まあ、半分はわたくしの頭の悪さというか、読解力のなさが原因なのだろう。その点においては、もっと読解力を磨くよう、今後も精進して行きたいと思う。

品格氏の文章はあたかも浅井先生の口述筆記のごとくである。おそらくはそのつもりで書いたのだろう。先生のことをよく知る人物で、かつは現法華講員というのが氏の正体であるが、まあ、これ以上の詮索はやめておこう。

人間としてはごくごく正直な常識人

どうやらこれはわたくしへ人物評らしい。ひじょうに嬉しいことだ。
わたくしは実際には非常識きわまるデタラメ人間なのであるが、しかし、現実生活がそれだものだから、せめてブログだけでも正直でありたい、という気持ちが強いのである。まあ、一種の反動なのかもしれない。現実生活とは反比例しているのだ。
いずれにしても、ブログはわりと素直な気持ちで書いているし、あまり気負うことなくリラックスしているので、破綻が少ないのだろうと思う。

さて、山門入り口氏のコメントであるが、挑発的な印象を受けるのはわたくしのヒガメなのだろうか?

かわし方が上手い、と書かれてしまうと、まるで当方に不都合があって議論を回避したかのように読めてしまうのだが、わたくしには毛頭そのつもりはないのである。もし、読者の中で気になる人がいるのならば、先日来の拙稿と山門入り口氏のコメントをよく読んでもらうしかない。ようするに、面倒臭くなったから議論を切り上げた、というのがわたくしの本心である。

けれども、山門入り口氏からは新しい事案が持ち込まれたので、今日はそれを取り上げてみよう。

新総合女子部長は、加藤女史の「傀儡」でしかありません。
ま、そのうち、加藤女史の力が弱まれば、棚ぼた的人事となりうるでしょう。


なぜ傀儡であるとわかるのか、その根拠はいずこにあるのだろうか?

上掲のごとくならば、加藤女史の力は依然として強いということになる。であれば、その具体的な事例を知りたいものである。

わたくしはご指摘のごとく事情に疎いわけであるが、常識的に考えれば、すでに前総合女子部長には何の力もないのではないか、逆に言うと、力が衰えたがゆえに役職を降りざるを得なかったのではないか、と思う。
ともかく役職を解かれた者は、力を失う運命にある。その前例が主任理事であろう。
まさか山門入り口氏は、今もなお主任理事が隠然たる力を発揮していると考えているのだろうか?

そもそも顕正会における「力」とは何か、そこから論じないことには話にならないだろう。
誰もがわかっていることだが、顕正会の役職というのは大したことないのである。ようは浅井先生だけが別格であって、残りはドングリの背比べみたいなものなのだ。傀儡という意味で言えば、総合女子部長だろうが総合婦人部長だろうがぜんぶが浅井先生の傀儡なのである。
そこにいったい何の力があるかと言えば、先生から任命された、言葉を換えれば、先生の信任を得ている、これが最大の力を発揮するのである。だから役職を降格になると、たいていの人がしぼんでしまうのである。これが現実なのだ。
前総合女子部長は批判勢力から「永遠の女子部長」などと揶揄されていた。確かに他の幹部とは違って別格の観があった。しかし、しょせん彼女も例外ではなかったのだ。

上記のごとく、さしあたっては先生からの信任こそが幹部を幹部たらしめているのであるが、幹部会員の最大の仕事は指導である。今は総幹部会で四者の部長が登壇する機会が少なくなった。すると彼らの登壇の機会は、月例の班長会がメインとなるはずである。ようはこの時のシャベリが物を言うのだ。
先生から任命を受けたはいいが、多くの聴衆を前にして上手いことしゃべれなければオハナシにならないのである。大幹部としてそれなりに活躍している人はおおむねシャベリが上手いものである。逆に下手な人は降格の憂き目に遭うことになる。
おおむね結論は出たものと思う。表舞台で登壇する機会を失ってしまったならば、もはや力も何もあったものではないのである。

さて、前総合女子部長であるが、今現在の総幹部会における席順はいかがなものか?

顕正新聞に一月度総幹部会の写真が出ているけれども、どこにも座っていないのではないか?

山門入り口氏はそれでもなお、前総合女子部長に力があると考えるのであろうか?

2009/2/8

イカツイカオ?  
山門入り口氏は他人の話を理解しない人である。客観的に見て、わたくしの文章が拙いからなのか、それとも氏の読解力に問題があるのか、それは定かではないけれども、とりあえず今回のところは終わりにしておこう。

ところで水無月氏の言う権力闘争がわたくしにはわからない。何か確たる証拠があってのことなのか、それとも当て推量なのか、そこが知りたいところである。

総合女子部長と副総合女子部長の争い・・・

これは週刊誌的なネタとして面白味のある話だとは思う。しかし、現実的には考え難いのではないか、というのがわたくしの直感である。
前総合女子部長は還暦を過ぎているとのもっぱらのウワサである。女性の年齢をとやかく言うのは失礼ではあるものの、おそらくはそのとおりなのだろう。一方の元副総合女子部長はいくつくらいであろう、おそらくは三十代ではないかと思われる。年齢的には大差である。この両者に権力闘争があったと考えるのは相当に無理があるのではないだろうか?
たとえば会社において、三十代の将来を嘱望される有能な社員がいたとして、その人がわざわざ六十過ぎの幹部社員とケンカをするだろうか、ということなのだ。もし、ケンカがあるとしたら、そこには仕事上の具体的な事案があって然るべきである。まさか三十代社員が権力闘争的にケンカを仕掛けることはないはずである。つまり、これは時間の問題であって、いずれは六十過ぎの幹部社員も引退の時を迎える。そうなれば自ずとくだんの三十代社員の時代が到来するのである。
もちろん、年齢差だけで判断するのは単純過ぎる、との意見もあることだろう。だが、おそらく組織の中での権力闘争というのは、せいぜい十歳前後の年齢差が妥当な線ではないかと思う。それ以上の年齢差の場合は、むしろ禅譲を期待するのが普通の感覚に違いないのである。

それにしても、女子部における権力闘争とやらの顚末を見ると、コッケイである。
前総合女子部長は事実上の引退と考えるべきだろう。元副総合女子部長はどうなったのか不明であるが、どうやら顕正会から離れてしまったようである。普通、権力闘争は勝者と敗者を生むものである。ところが今回の場合はどちらも勝者とは言えないわけで、これは喧嘩両成敗ということであろうか?
すると、今度の新総合女子部長は瓢箪から駒というべきか、あるいは漁夫の利というべきか、なんとも不思議な展開である。

これは伝聞に過ぎないけれども、前総合女子部長はだいぶ身体を悪くしていたようである。病名までは知らないし、知りたいとも思わない。まあ、歳が歳だから、いろいろ不調が出てきてもおかしくはないのである。
一級教学部員であり、かつては「冨士」において健筆を振るっていた。今読み返しても、それなりにクオリティの高い文章を書いていたと思う。
ところがである。拙ブログのどこかに書いてあると思うが、顕正新聞に掲載されている近年の文章はあまり切れ味のあるものではないし、どう読んでも間違っているとしか思えないような文章もあった。
今にして思えば、こうしたところにも衰えがあらわれていたのかもしれない。であれば、引退も止むを得ないことである。

しかし、一方のまだ三十代と思われる元副総合女子部長はどうしたものか?

水無月氏がいろいろと推測を書いているけれども、真相はわからない。ただ、一つだけ言えることは、どうも顕正会という組織はこういうパターンが多過ぎるようである。で、言わずもがなのことだが、結局のところ今回の新人事において副総合女子部長制を廃止したことは、会員へのメクラマシに他ならない。こんなのはわずか数ヶ月分の顕正新聞を読み返すだけでわかってしまうほど、バレバレのことなのである。困ったものだ。

最後に悪い冗談を書いておこう。

譲二氏が女子部員への付きまといの件に絡めて、衛護隊の負担が重くなった旨を書いている。そういえば今回の新人事では衛護隊においても新しい隊長が任命されたわけだが、顕正新聞掲載の写真を見ると衛護隊長はずいぶん「厳つい顔」をしているものである。重い負担に必死に耐えている表情なのだろうかとも思われるが、あるいは女子部員を守るためにはこのくらいのコワモテでないと務まらないということなのかもしれない。

2009/2/7

方法論の確立  
三人のコメントの中では、のび太氏がいちばん良心的である。それは顕正新聞の記事をいちおうは認めた上で論じているからである。それに引き比べると、山門両氏のコメントは頭ごなしという印象を拭えない。

それにしても山門手前氏の主張は、ますます訳がわからなくなってきた。なぜ妙観講を引き合いに出す必要があるのか、それがわからないし、はたして氏のスタンスが中立的と言えるのかどうかも、わからないのである。早い話が八つ当たり的に文句を言っているだけのようにしか見えないのだ。

もう一人の、山門入り口氏のほうであるが、これはいちおう全般的に首肯できるコメントである。ようは正論を述べているということだ。
しかし、上述のごとく、頭ごなしの印象を受けたことも事実である。どういうことかと言うと、何でもかんでも疑って掛かるのはどうか、というわたくしの意見に対して、次のごとく書いているからである。

学問として考察していくなら疑って掛かり、検証していく中で真義を探るものだと思っています。

真義とはずいぶん難しい言葉を使うものである。それはともかく、おっしゃるごとくならば、わたくしが紹介した顕正新聞の記事について真偽を検証したのかどうか、そこをお聞きしたいものである。たとえば現地に行って調査したのか、である。まさか何もしないでただ単に疑って掛かっているだけだとしたら、それはとてもじゃないが学問的な考察とは言えないだろう。わたくが言いたいのはこの一点である。
別に学問的にやるかどうか、それは個人の自由である。ゆえに拙ブログにおける考察がひじょうに甘いものであって、学問的とは言えないとしても構わないことだ。
しかるに、山門入り口氏は自ら上掲のごとく述べているわけだから、ちゃんとした考察を行なっていなかったならば、言っていることがウソになるのである。つまり、記事がウソなのか本当なのかという以前に、氏の言動そのものがウソだということになるのである。

ちなみに、わたくしは現地調査などということを一度たりとも行なっていない。ゆえに、山門入り口氏に対しても、何がなんでも現地に行って調べろ、などと言うつもりはないのである。
さしあたっては、記事中の矛盾点であるとか、そうした不自然な部分を拾い出すことが考察の第一歩となるはずなのである。わたくしのやっていることはすべてその範疇である。
ところが山門入り口氏は、それすらまったく行なわず、顕正新聞の記事は信用できないと言うのである。これをわたくしは頭ごなしであると言いたいのである。

せっかくだから見本をご覧に進ぜよう。

顕正新聞第1125号は本年の元旦勤行の様子を報じているが、一面の下段左下の写真にやや不自然なところがある。女子部員たちが集って語り合いというのだろうか、より正確に言えば、第二女子部長が部員たちに語り掛けている図である。なんと、そこには男性が写っているのだ。うら若き女子部員の集いに中年男性が紛れ込んでいることの不自然さよ。

だからどうした、と問われれば、特に何も言うことはないのであるが、ようはこれを手掛かりにして顕正会の組織の実態について考察することも可能だと言いたいのである。

同様の視点で、もう一つ書いておこう。今度は第1127号であるが、そこには登用試験の合格者の名前が記載されている。ここでも不思議な現象が見られるのだ。なんと男子部や壮年部の欄のところに、女性の名前が書かれているのである。逆に女子部・婦人部のところに男性の名前があったりもする。
世の中にはいろいろな人がいるので、たとえば女性っぽい名前の男性もいれば、その逆もあることだろう。しかし、合格者一覧においては、とてもそれだけでは説明がつかないほど、たくさん確認できるのである。いったい、どういうことだろうか?

まあ、これも特にこれ以上の考察を必要としないだろう。ちなみに五級試験においては、隈なく調べてはいないけれども、おそらく上記のようなことはないはずである。

最後に、第1127号の一面から取り上げたい。

当該号は一月度総幹部会の報道がすべてと言ってもよいが、その第一面の下段においては「期を画する大人事」を報じている。

 女子部において期を画する組織改革が行なわれた。
 まず従来の副総合女子部長制が廃止され、女子部総務が新設された。


 婦人部において組織が拡大強化され、新副総合婦人部長に小峰昌子さんが任命された。

片や副総合女子部長の廃止、片や副総合婦人部長の新設、これほどの不自然・不整合もないだろう。昨年まで副総合女子部長として活躍していた人物がいる。しかし、今現在はその存在を確認できない。この辺に不整合の理由がありそうだ。

2009/2/6

山門二氏のコメントに思う  
顕正新聞紙面の登檀ですが、幹部による添削が入り原文と違うぐらいの加筆修正がはいってるので、信用できないでしょう。
登檀者、元幹部の証言でもあきらか
(以下省略)

久々に山門入り口氏からコメントを頂戴した。おっしゃる意味は承知しているつもりである。何しろ浅井先生の昔の発言にしても、改竄に近いことが行なわれているわけであるから、信用できないというのは致し方のないところである。
しかし、わたくし個人のスタンスとしては、特に疑わしいところがなければそのまま信用してよいのではないか、と思っている。逆に言うと、何でもかんでも疑って掛かるのもどうか、ということなのだ。
前回の拙稿で紹介した話のポイントは明瞭である。ある意味、白黒のはっきりした話なのである。クラスでトップの成績であるということがウソであるとしたら、これは簡単にバレてしまうだろう。それから教頭先生の言葉であるが、それこそ教頭先生のところに取材に行けば、一発でわかってしまうことなのだ。わたくしの思うに、わざわざウソの話をでっち上げて、はたしてメリットがあるのかといえば、ないに違いないのである。

顕正会で熱心に活動している若い人たちというのは、山門手前氏の言うマインドコントロールではないけれども、本気で広宣流布を信じているし、それを目指している顕正会を白蓮華のごとき清純な団体だと信じ込んでいるのである。ゆえに、二十歳そこそこの女子部総班長が、もし、ウソの発表をさせられたのだとしたら、おそらくは動執生疑を起こすに違いないのである。脇目も振らずに頑張っている人に疑問を懐かせるような、そんな墓穴を掘るようなことをする必要がどこにあるのか、ということなのだ。

ちなみに、体験発表などで原稿をつっかえつっかえ読んでいるのをしばしば目にすることがあるが、これはどういうことだろうか?

山門入り口氏のコメントにあるごとく、大幅な書き換えが行なわれていることを、おそらくは誰もが想像するに違いない。実際、そのような証言もあることだし、否定はできないことなのだろう。
自分で書いた文章ならば、つっかえつっかえ読むことは考えにくいわけで、やはり原文とはかなり違ったものになっていると思われる。
しかし、わたくしの思うに、これはまだ具体的な検証がじゅうぶんにされていることとは言えないのではないか?

ようするに、活字として顕正新聞に掲載されたものと、いちばん最初に書かれた原稿との比較ができていない、ということなのだ。

体験発表は入信間もない人が行なうケースが多い。その人の教養のレベルということもあるだろう。ずいぶんと拙い文章の場合もあるはずだ。すると幹部のほうでいろいろと手直しをすることになる。浅井先生のオンマエで発表するわけだから、あまりにも愚劣であったならば先生に失礼である。あるいは全国でビデオ放映されるわけだから、それなりに恥ずかしくない文章にしないといけない。
幹部が添削するとなると、いわゆる顕正会用語がふんだんに取り入れられることになる。実はこの顕正会用語というのがクセモノなのである。顕正会に長くいる人にとっては当たり前のように感じることであっても、初心者にとってはまったく馴染みのない言葉であったり、言い回しだったりするのである。
おわかりだろう、これがつっかえつっかえ読むことの一つの原因だと考えられるのだ。しかも総幹部会の会場というのは、けっこう大きいのである。ごく普通の生活をしている人であれば、そうした場所で数千人の聴衆に向かって発表することなどないのである。これも一因に違いない。

体験発表のあり方にも問題があると思う。
というのは、毎月の総幹部会でそれが恒例となっていて、おそらくは発表者を選出するのにあたって、いろいろと無理が生じていると思われるのである。ようするに、本人がぜひとも発表したいと願い出るのではなくて、幹部が適当な人物を拾い出して発表させているというのが実態だからである。確かに総幹部会ともなれば、ある意味では全国選抜みたいなものだから、それなりにクオリティの高い発表がなされていると思う。けれども、いわゆる隊座とか区座と呼ばれる集会においては、けっこうデタラメな発表がまかり通っているのである。
無理して発表する必要はないのではないかと思う。たとえば、今月は発表者なし、でもいいだろう。本人が発表したくてウズウズしている、というくらいにならないといけないと思う。つっかえつっかえ読んでいるのは、イヤイヤ発表しているからではないのかとも勘繰りたくなるのである。

しかし、一概に言えないところもあって、初心者のたどたどしさがかえって胸を打つ場合もあるのだ。この辺は説明困難のところだろう。

さて、最後に山門手前氏のコメントについて、一言だけ書いておこう。

氏の視点はそれなりに有効であるが、いったいどこに軸足を置いているのか、それがやや不明瞭のような気がする。日蓮正宗と顕正会を並べて論じている。これはあたかも、どっちもどっち、五十歩百歩、と言っているように読めるのである。

今となってはさまざまな要素が絡まりあって複雑になってしまっているが、わたくしの思うに、正宗と顕正会の関係は純粋に教義上の是非を論ずるべきが筋であって、なるべくならばそれ以外の要素は排除したいものである。


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