2009/5/30

迷走するブログ  
引き続き渡辺氏からコメントが寄せられているが、じゃっかん意味不明である。

間接か直接かはしらないけれど、櫻川とは犀角つながりでしょう。

これはおそらく、櫻川氏の今度の出版に何らかの形で犀角氏が関与している、という意味ではないかと思われる。その事実関係はわたくしのあずかり知らぬところであるが、少なくとも両者に交流があるのはよく知られるところである。

面白いことであるが、この件に関して渡辺氏は、浅井先生とまったく同じ攻め筋を用いていることになるのだ。いや、別に面白いとかの次元で論ずることではないのだが、ともかくいちおうは共通点と言えるのではないかと思う。すなわち、犀角独歩は大謗法者である、という認識において一致しているのだ。よって櫻川は謗法与同であると・・・

六月中旬には書店に並ぶらしい。そうすると六月度総幹部会の会長講演でこれを取り上げる可能性がある。

しかし、微妙なところだ。最近の浅井先生は都合の悪いことを隠す・・・いや、これは最近ではなくて昔からかもしれないが、いずれにしても都合が悪いと判断すれば取り上げないかもしれない。
逆に、一般書店に並ぶとなると、どうしたって多くの顕正会員の知るところとなるので、あるいは避けて通れないと判断するかもしれない。この場合、今までの先生のやり口からすると、かなり過激な発言が飛び出すのではないかと予想されるところだ。
黙殺か、それとも徹底抗戦か、今の段階では微妙である。

もし仮に言及するとなると、その手口はおおむね見えている。ようするに、櫻川は謗法者に与する悪人である、というレッテル貼りに主眼を置くわけである。これが浅井先生の常套手段である。

顕正会員は謗法に敏感である。例のお守り切断事件が象徴的とも言えるだろう。
ゆえに櫻川氏を謗法与同であると聞けば、氏を知る人であればまだしも、まったく知らない多くの顕正会員はもうそれだけで危険人物なのだと思い込んでしまうのだ。
かつてのわたくしがそうだった。妙観講の大草は大謗法者の誰彼と交流がある・・・という記事が冨士に掲載されたことがある。当時のわたくしはその冨士の記述しか知らなかった。ゆえにそれを鵜呑みしていたのである。現在はインターネットでさまざまの情報を得ることができるので、一つの情報を鵜呑みにすることはないけれども、当時はそうした思考の至らなさにすら気がつかなかったわけである。
はたして今の現役顕正会員たちがどうであるかと言えば、さすがに二十年前のわたくしが置かれていた状況とは異なるだろうけれども、それでもレッテル貼りはそれなりに効果を発揮することだろうと思われる。

逆に櫻川氏の立場になって考えてみると、おそらく謗法与同者であるという批判を受けることは百も承知のはずである。まさか相手の、この場合は浅井先生であるが、その常套手段を見抜けないような人が、顕正会批判の本を書けるわけがないのである。もし氏がすでに正宗信仰から卒業(?)しているのならば、話は別だろう。しかし、前著であるところの本門戒壇の本義は、基本的には正宗教学の範疇で書かれているのである。それでいて正宗信仰から卒業しているとしたら、支離滅裂もいいところだ。

つまり、櫻川氏は今も正宗信仰者である。もちろん所属の問題が曖昧ではあるけれども、少なくともわたくしは氏を正宗信仰者の一人であると認識している。

ゆえに、謗法与同の件に関しては、何かしら子細があるのだろう。

最後に、浅井先生にクギを刺して置こうと思う。櫻川氏を攻撃するとすれば、その材料に謗法与同云々が使われるのは火を見るよりも明らかである。それは当然のことではある。
しかし、問題は本の中身である。著者にしてみれば、本の内容とは別のところで批判されることほど心外なことはないのだ。自分が書いたことの是非を知りたいのである。
もし顕正会が正々堂々ならば、真っ向勝負で本の中身に対して破折を行なうべきだろう。

2009/5/29

迷走する顕正会を斬る  
ここ数日の間に、種々のコメントを頂戴した。なかでも渡辺氏からは質問が寄せられているので、お答えしないといけないわけだが、これについては失礼ながら後回しにさせていただく。大ニュースが飛び込んできたからだ。

★2009/05/28★
近刊予告 『迷走する顕正会を斬る』
創価学会とともに、その過激な活動が社会問題とされてきた顕正会。その実態は、今まで厚いベールに包まれて、語られてこなかった。この組織を率いてきた浅井昭衛氏とは、どんな人物か。元幹部による赤裸々な証言が、いま、この秘密の組織の実態に迫る。

6月中旬発売
定価1,890円
ISBN 978-4-8174-0683-5


山門手前氏の情報の速さには驚くばかりだが、確認のために日新報道のサイトを閲覧してみた。一つ疑問がある。ご覧のごとく、当該サイトには櫻川氏の名前が記されていない。なぜ、これが櫻川氏の著書であるとわかったのか、という疑問である。

櫻川忠氏といえば、本門戒壇の本義、である。

この本は平成十七年に出版されているわけだが、内容的には明らかに顕正会寄りの考え方に立脚している。いや、もちろん、それは何も櫻川氏が顕正会におもねて書いたからではない。純粋に大聖人の御法門を追求した結果なのだと思う。いずれにしても顕正会寄りの主張であることは間違いないことだった。
それが今度の本では、どうも題名からすると、百八十度の方向転換をしているらしいのである。その必然性がどこにあるのか、俄かには見えてこない。
ゆえに、ひょっとしたら上掲はまったくの別人が書いた本ではないのか、というふうにも思えるわけである。

ただし、委細に尋ねるならば、すでに本門戒壇の本義にも批判の萌芽を感じ取ることができるし、休業中(?)の冨士大石寺顕正会向上委員会を閲覧しても、批判の方向性を読み取ることができる。そういうわけで、今度の本が櫻川氏の書いたものであることは、ほぼ間違いないのだろう。

それにしても凄まじい題名である。ある意味、欲張りである。

普通なら、「迷走する顕正会」か「顕正会を斬る」のどちらかだと思う。それをつなげてしまうとは驚きである。
題名からは二つのことを読み取ることができる。顕正会が迷走していること、それから当然のことではあるが、顕正会が批判の対象だということだ。
わたくしの感覚では、迷走しているならば正しい方向性を教えてあげればいいわけで、その意味では「迷走する顕正会を導く」だとか「〜救う」とするのが自然である。しかし、それではインパクトが弱いのだろう。
あるいは、顕正会はすでに末期であり助かる術はない、よって、ヘタな延命をせずにとどめを刺すべき、というニュアンスがあるのかもしれない。

あとは中身である。ともかく題名からすれば、その中身も凄まじいものなのだろう。大いに期待したいと思う。

2009/5/26

言論問題復活?  
渡辺氏と水無月氏からコメントを頂戴しているが、今日は別の事案について書く。

ここ数日の間にさまざまの動きがあった。大きく別ければ、ユーチューブの件と講中内紛問題の二つである。

先週末、トチロ〜氏のブログが久しぶりに更新された。
いわく、すべての問題が解決し、気持ちも新たにスタートを切る運びとなった、と。
具体的にはどのような問題だったのか、そこには書かれていない。ゆえに事情を知らない人には、何が何だかさっぱりわからないことである。わたくしとて詳しい事情を知っているわけではないが、おぼろげながらも多少のことは聞き知っている。
はっきり言えることは、これは深刻な問題だったのだろう。何しろ、顕正会破折のエキスパートとして健筆を振るっていたトチロ〜氏が、その活動を休止してしまったくらいだからである。顕正会側にとっては助かっていた。
しかし、それがここに来て、活動再開の宣言である。顕正会にとってはこれほどの脅威もないだろう。

顕正会破折といえば、山門入り口氏の活発な動きが注目される。氏のブログの更新頻度は抜群である。いつだったか、一日のアクセス数が千人を超えたと書いていた。
ちなみに拙ブログは現在百人前後であり、いちばん多い時でも五百人程度だった。これと比較しても山門氏のブログの人気振りがよく窺がえると思う。個人のブログとしては大当たりと言えるだろう。

ところがである。

山門入り口氏のサイトの売りでもあるところの動画が削除になってしまったらしいのである。
氏はユーチューブ上に顕正会関連の動画を載せていた。それが削除されてしまったというのだ。
ご存知の人も多いと思うが、実はこれ、二回目の出来事である。以前も削除されたことがあったのである。

今回、注目すべき点は、なんとあの樋田昌志氏の動画もまた、削除されてしまったことである。ほぼ同時期に、法華講員の動画サイトが二つも削除されたということは、タダゴトではない。

ともかく樋田氏のキャラクターからして、氏がこのまま泣き寝入りするとは考えられないので、今後の動向が注目されるところである。当然、山門氏にしても黙ってはいないだろう。

シロウトながら、わたくしの思うところを書いておくと、ユーチューブにおける削除は自動なのか手動なのかがポイントだと思う。
おそらくは手動なのだろう。ようするにユーチューブ側の管理者が削除すべきかどうか吟味してから、然るべき処置を行なうのだと思う。もし削除依頼があって、それをよく吟味もしないで機械的に削除しているとしたら、たまったものじゃない。もし、それが通るならば、気に食わない動画があれば誰もがそれを容易に抹殺できることになってしまう。そんな馬鹿な話はないだろう。
当然ながら、動画の所有者というかアカウントの権利者とでも表現すべきか、よくわからないが、ともかくその本人がユーチューブ側に理由の開示を求めるべきだろう。それに対して相手がどのような回答を示すか、さしあたってはそこが注目されるところである。

ただし、一つだけ弱点がある。ユーチューブは無料だという点である。つまり、お金で買った権利ではないので、どこまで権利を主張できるものなのか、そこが微妙なところである。

いずれにしても、山門氏も樋田氏も膨大な動画を抱えていて、それが圧巻だった。しかし、今はそれがことごとく抹消されてしまったわけで、わたくしのような一閲覧者の立場からしても、なんとも寂しい限りである。

2009/5/22

会長本仏論への牽制  
四月度総幹部会の会長講演については、特に触れる必要もなかろうと思っていたが、どうやらそういうわけにも行かないようである。

 しかし私はこの矢野手帳強奪事件よりも、もっともっと重大で、池田大作にとって致命的ともいえる一事件に注目しております。この事件は長いあいだ闇に閉ざされていた。それが今、ようやく明るみに出つつあるのです。

わたくしはこういう思わせぶりな言い方がひじょうに気に入らない。正々堂々を看板に掲げているのであれば、はっきりと書けばいいのである。しかし、おそらくは今の段階でそれを書けば、名誉毀損などで訴えられて負けてしまうのだろう。早い話が他力本願なのである。マスコミが取り上げれば、それに便乗する形でああだこうだと発言するつもりなのだろう。

上掲は顕正新聞第1136号である。
そして次の号には班長会の記事が出ている。その二面から三面にかけては八人の代表決意が掲載されているが、いずれも各部の部長クラスの登壇記事である。
それがなんと八人中七人が、くだんの先生の発言を取り上げているのだ。

バカじゃないかと思う。

結局、浅井先生を盲信し切っている証拠だろう。今の顕正会におけるトップクラスの錚々たる幹部たちがこのテイタラクなのである。
俗に、当たるも八卦当たらぬも八卦、という言葉がある。先生の発言がいずれ事相となる時が来るかもしれない。しかし、来ないかもしれない。どちらとも言えないことである。
ズルイと思うのは、今の段階ではいったい何の話なのか内容がまったく見えていないことである。つまり、今後どのような事件であっても、池田氏に不利な現証があらわれれば、先生のおっしゃっていたとおりだということで顕正会員は狂喜(?)する。しかし、逆に何も起こらなければ、そのまま忘れ去られていくだけなのだ。

浅井先生はけっこうデカイことを発言するけれども、言いっ放しになっていることがたくさんある。幹部連中はこの点をよく認識して、先生の発言を引用するにしても根拠の薄弱な部分は切り捨てるくらいの見識を持つべきだろう。

会長講演にもう一つだけツッコミを入れておこう。これはほとんどアゲアシ取りではあるが、会長本仏論への歯止めの意味を込めて書いておく。

良観と酷似

浅井先生は池田大作氏を極楽寺良観にそっくりだと言う。裏を返せば、自分は大聖人にそっくり、と言っているようにも受け取れるところだ。

2009/5/21

教義論争の終着点  
まず、のび太氏に申し上げるけれども、会長本仏論が公式見解のはずはないし、それは非公式においても同様だと思う。ただし、今はどうだか知らないが、一時期に限って言えば、池田氏を持ち上げ過ぎていたことがあって、そのことが問題視されたわけである。典型的な例は、会長に帰命する、というような表現があった。

自分の所属するところのリーダーを、尊敬の眼差しで見つめることは悪いことではないし、むしろそれが理想だと思う。しかし、それが度を過ぎてしまってはいけないわけで、ことに日蓮正宗系の信仰においては大聖人を御本仏と仰ぐわけだから、いかにリーダーが立派であっても大聖人よりも偉くなってしまったら本末転倒である。

れん氏のコメントはそうした意味を含んでいるのだろう。

実は池田会長本仏論に警鐘を鳴らしたのは、おそらく宗内では浅井先生がいちばん最初ではなかったかと思われるのだ。この功績は決して小さくないと思うのだが、しかし、なんと今は浅井先生が同じ轍を踏んでしまっているわけである。これがわたくしには悲しくてならない。

しかも、おそらくは創価学会よりも遥かに深刻である。

創価学会は昭和五十年代に上述の会長本仏論を含めて、さまざまの意味で反省を示している。それは宗門側からの指摘を受けてのことだった。
この事実は大きい。ともかく一度は反省したのだ。
ところが顕正会の場合はどうだろう。おそらくは一度も反省していない。逆に言うと、宗門から指摘されることがないので、反省する機会がなかったとも言えるのだ。

もっとも浅井先生の性格からすれば、注意されても反発するだけなのかもしれないが・・・

ともかく早くに解散処分を受けてしまって、それ以降、宗門とは無関係の団体になってしまった。いわゆる異流儀団体である。それゆえに宗門側から細かい点でツッコミが入ることはなく、ある意味では会長の勝手放題の組織になってしまったのである。
創価学会の強大なる金力・権力・・・などと顕正会では言うけれども、それでも昭和五十年代には宗門からの指摘を受けて反省をした。では顕正会はどうかと言えば、もはや注意をしてくれる人はいない。

まさに深刻である。

ところで渡辺氏のコメントであるが、今に始まったことではないのはそのとおりだろう、ゆえにわたくしは最新事情と書いたのだ。

それはともかく、次のセリフが衝撃的である。

「日蓮正宗とは違う教団だから」

これまた深刻な事態である。

ようするに今の顕正会は宗門との接触を極度に恐れているのだろう。それが如実にあらわれているのが上掲のセリフだと思われる。
かつて日達上人は、国立戒壇が正しいのならば国立戒壇宗を立てて勝手にやればよろしい、という意味のことを仰せになられたことがある。おそらくは妙信講に手を焼いておられたのだろう。解散処分の後も対応に苦慮されていたのだと思われる。
ところが今はそれが逆転してしまった。今、対応に苦慮しているのは顕正会側なのである。ゆえに正宗側との接触を絶つために、なんと自ら異流儀団体であることを宣言してしまったわけである。

しかし、この逃げ口上はまったく逃げ口上になっていない。冨士大石寺を冠している以上、どちらの主張が正しいかの論議は、永遠に繰り返されるのである。

ちなみに、つい先日まで各種掲示板を賑わしていた東亜の星なる人物の主張も、その一形態であろう。

2009/5/20

会長本仏論の最新事情  
四月度総幹部会特集号の中で、わたくしがもっとも注目したのは、横田理事の文章である。第三面に掲載されている、「五月の前進」がそれだ。二大綱目として、ビデオ放映の大結集と顕正新聞の購読推進を呼びかけている。これ自体は別に言うことはないのであるが、しかし、その文言の中にひじょうに気になる部分があった。以下がその一段である。

 また顕正新聞には、総幹部会・御書講義・日曜勤行等における浅井先生の重要指導が掲載されておりますが、耳を通して頂いた素晴らしい指導を、活字を通して改めて拝読することで、御聖意がより深くより正確に命に刻まれ、信心は深まるのであります。

もはや何も言うことはない。

2009/5/19

未活会員  
渡辺雄二氏から種々のコメントを頂戴した。

顧問先生のことはよく知らないので何とも申し上げられないが、次のくだりはわたくしもかつて聞いたことがある。

「本山で池田とすれ違うと、池田はいつもセンンセーを睨みつけていた」

渡辺氏はこれを胡散臭い話だと思っているらしいが、わたくしは一面の真理であろうと思う。
ようするにこれは池田氏が会長に就任する以前の出来事なのだろう。両者は赤の他人であって接点はない。それにもかかわらず、なぜに相手の存在を認識していたかが疑問である。
この意味では渡辺氏の言うことが正しいわけだが、ともかく先生は池田氏の視線を感じていた、これは取りも直さず、先生が池田氏の存在を強く意識していたことの証左とも言えると思う。

さて、今日は引き続き、顕正新聞第1136号からである。

 気をつけよう!!顕正会

突然の訪問!その狙いとは!?

 顕正会への勧誘です

その対応は?帰れ!帰れ!帰れ!3回 110番

1、『玄関を開けない!!』『家に絶対入れない!!』
2、『話に乗らない』『追い返す』『きっぱり断わる』
3、組織の方へ連絡をする
4、しつこい『つきまとい』や暴力・軟禁の被害があった場合は警察に被害届を出す
5、子供の場合には、学校、教育委員会、PTAなどへ訴える
6、投函された冊子等に、記入されている電話にはかけない!!

*冠婚葬祭には参列しない! 顕正会!(教義)

 組織の方の連絡先
{○○○―○○○○―○○○○}
          地区部長


これは創価学会の内部資料だという。

六項目にわたって対応の仕方が書かれているが、最後の項目はわたくしが先月初旬に書いたことに通ずる内容である。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1275.html

ここでわたくしは、連絡先を書かないビラなど活動会員が作るわけがない、と書いた。どうやら大阪方面の創価学会員はそれがよくわかっているようだ。そうそう、上掲の内部資料は大阪で発見されたという話である。

それにしても違和感をおぼえるのは、冠婚葬祭には参列しない、という項目だ。これは対応の仕方とは別に書かれている。それはそうだ、対応も何もない、これは顕正会の教義(?)を説明している部分だからである。
おそらくは顕正会がどれほどケッタイであるかを端的にあらわす意味で紹介しているのだろう。確かに効果的だかもしれない。しかし、同時に逆効果の意味もある。
顕正会がどのような団体であるか、この一枚の紙からは何一つわからない。その唯一の手掛かりが(教義)の部分なのである。つまり、ここから興味が湧いて、実際に顕正会員が訪ねてきたら質問してみようと思う物好きな人だっているかもしれないのだ。

余談ではあるが、わたくしはエホバの証人と話をする機会があれば、ぜひとも輸血拒否について尋ねてみたいと思っている。おそらくは創価学会員にしても同様の心理が働くはずである。ましてや創価学会の信仰に確信を持っているのであれば、いっちょ破折してやろう、と思っても不思議はないのである。エホバはともかくとして、相手が法華講だろうが顕正会だろうが同じはずである。

しかし、これはおそらく創価学会用語で言うところの「未活」であるとか「C級」を対象とした文書なのだろう。その決定的な証拠は自明である。三番目に、組織の方へ連絡をする、と書いてあって、最後のところに電話番号が書かれている。顕正新聞ではこれを読めないように塗りつぶしているが、実際にはしっかりと番号が書かれているらしいのである。
活動会員であれば、まさか組織の連絡先を知らないわけがない。知らないのは知りたくない人だからである。つまり、それが未活ということなのだ。

こういう人は顕正会のエジキ(?)になりやすいのだろう。

2009/5/18

顕正会の影響力  
顕正新聞第1136号は四月度総幹部会特集号であるが、ここからいくつか話題を拾ってみたいと思う。

諫暁書配布だけで逮捕の異常さ!
 即日 弁護士派遣の先生のご慈愛に涙


四月十四日に男子部の支隊長が逮捕されたらしい。上掲はその本人の活動報告に付された見出しである。

わたくしがもっとも注目したのは、この逮捕事件はまったくニュースになっていないのではないか、ということだ。
少なくともわたくしは知らなかった。顕正新聞が届くまで知らなかったのである。インターネットを毎日のように利用しているけど、この手の情報は皆無だった。

顕正新聞の当該記事を読むと、案の定、創価学会の謀略であると決め付けているが、仮にそれが事実だとしても、マスコミが動かなかった点が不審である。つまり、創価学会にはマスコミを動かすだけの力はない、ということになる。すると記事中の次のくだりも疑問に思えてくる。

 かくて今回の不当逮捕を通して、公権力が学会の言いなりになる末法濁悪の現状と、(以下省略)

はっきり言えることは、創価学会がどれほど力を持とうが傍若無人はできない、もし顕正会員を逮捕させるとしたら、おそらくは些細な点であっても顕正会員側に非があることを示して、あとは警察の判断に委ねるしか道はないと思う。実際、創価学会が顕正会を煙たく感じて、いろいろ動いているのは間違いないことであるが、思いのままに公権力を動かせるわけではないのだ。

これはマスコミも同様だろう。何しろ明確に反創価学会を掲げているような出版者すら存在するわけであるから、自由自在というわけには行かないのだ。マスコミにはマスコミの見識というものがある。顕正会の存在を軽くないと思えば、どんどん取り上げるだろうし、大したことないと思えば、記事にしないだろう。また、マスコミには見識と同時に商売という側面もあるわけだから、売れない記事を書いても仕方がないのである。

以上のような理由で、もはや顕正会など取るに足らない存在であり、ニュースにする値打ちもないということなのかもしれないと思う。

公安調査庁にしても最近は顕正会をあまり注目していないのではないかという気がする。

彼らがいつ頃から顕正会を調べ始めたものか知らないが、一つの目安は平成九年であろう。ここで例の諫暁書第一弾が出た。次は平成十六年であるが、それからすでに五年の歳月が流れた。
都合、公安は十有余年にわたって顕正会を観察してきた。その間には本部の家宅捜索も何度か行なわれた。
その結果として、顕正会は大したことない、勧誘が強引ではあるものの、それ以上の悪さをすることはない、よって、調査対象から外してもいいのではないか、と考えているのではないかという気がする。

国立戒壇の理想は立派だが、現実の社会において何の影響力も発揮できない現状では、どうしようもない。

2009/5/17

会員軽視の一端  
渡辺氏の分析はおおむね正しいのだろう。思いっ切り端折ってしまえば、戸田創価学会は好きだったけど池田創価学会は大嫌い、というのが浅井先生の姿である。しかし、具体的にはいつどのようにして嫌いになったのか、それがわからないし、ましてや最初から嫌いだったとするならば、その決定的な証拠は何か、それがまだ提示されていないのではないかと思うのである。

嫌いになるにはそれなりの原因がある。だが、どうもその辺がはっきりしていないように感じるのである。

この件に関しては、おそらく顕正会側の言い分のほうがスッキリしているだろう。いわゆる試練と忍従の歴史には、法華講連合会の平沢氏が創価学会の意向を受けて妙信講に圧力を掛ける場面が出てくる。もちろん、その記述が正しいかどうかが問われるところだが、それは別問題である。ようするに、浅井先生が池田氏を嫌いになった理由は法華講連合会との軋轢にあった。浅井先生は連合会を背後であやつる人物を池田大作であると考えた。ここが淵源ではないかということなのだ。
最初から嫌いだった、気に食わないヤツだと思っていた、というのは感情論として当然あり得る話ではあるのだが、いかんせん、それを裏付ける証拠がない限りは断定できないことである。
ゆえに、現時点では連合会との軋轢が池田創価学会を嫌いになったキッカケだと、このように考えるしかないと思うわけである。

さて、顕正新聞第1135号の最終面には、食に関するコラムが掲載されているが、今回は「タラの芽」が取り上げられている。これはめずらしい。もしかしたら初めてかもしれない。

実はそれにもまして、めずらしい記事があるのだ。同じく最終面であるが、下段の右隅に次のような記述がある。

四月度女子部班長会
 5月3日午後2時より開催


班長会は月末に行なわれるのが通例である。おそらくは五月の上旬に女子部幹部会が行なわれるためなのだろう、四月末の女子部班長会はナシということだった。ところがどういうわけか、急遽開催することになったのだ。

その理由はわからないが、ともかくこうした急の変更はいろいろのところに無理が生じてくる。たとえば、次の記事がそれをよく物語っている。

〔お知らせ〕
前号掲載の「四月度総幹部会ビデオ放映会場一覧」に中止と追加がありましたので、お知らせいたします。


中止と追加がありましたので・・・

これはおかしな言い回しであるが、それはどうでもよいことだ。急遽開催されることになった女子部班長会は五月三日の午後二時からである。くだんのビデオ放映の中止は五月三日の午後二時前後に予定されていたものである。追加はもはや言うまでもないが、中止になった分を別の日時に振り替えたものである。

つまり、女子部班長会に押されて、総幹部会のビデオ放映は日時を変更せざるを得なくなったのだ。

わたくしは思う。だったら最初から例月どおり女子部班長会を予定しておけば、よかったのだ。ところが、そうはしなかった。なぜ予定しなかったのか、逆に、なぜ間際になって行なうことになったのか、その辺がいぶかしいところだ。

さらにケチをつけるならば、総幹部会と女子部班長会とどちらが優先されるべきものなのか、と言いたいところである。
おそらくは総幹部会の本番とビデオ放映は違うというような意見もあることだろう。つまり、総幹部会の本番>班長会>ビデオ放映、という優先順序である。
しかし、わたくしはあえてイチャモンをつけておきたい。その考え方は会員軽視である。幹部会員と平会員では幹部会員がエライのだという驕りが露呈してしまっているのではないかと言いたい。

2009/5/14

独白を続ける理由  
各方面よりコメントが寄せられているが、いつものごとく対応がすべてに行き届かないことをご承知願いたい。

渡辺雄二氏は誤読をしたものか、あるいは拙稿がマズかったのか、わたくしの言っていることが正確には伝わらなかったようである。

第二の蒙古襲来

浅井先生は沖縄での講演で、上掲のごとく発言した。この表現はおそらく今回が初めてではなかろうか、というのがわたくしの言っていることである。

たぶん渡辺氏のコメントは、表現そのものではなく意味内容として過去にも類似の発言があった旨を示しているのだろう。
つまり、昔はソ連を第二の蒙古襲来になぞらえていた、ところが今はソ連ではなく中国だとしている。渡辺氏はこの変節を咎めているのだと思われる。
これはこれで、まったくそのとおりだと思う。

わたくしが「第二の蒙古襲来」に注目したのは、浅井先生の変節というか予定変更を云々するのではなく、表現そのものが会員に与えるインパクトみたいな点についてである。

第二の不思議

これは顕正会関係者のよく知るところの言葉であるが、おそらくそれ以外の人たちには何がなんだかさっぱりわからないだろう。ようするに第二の不思議とは、正本堂の崩壊を第一の不思議と定義した上で、広宣流布・国立戒壇建立を第二の不思議であると主張しているわけである。

第二の五十年

これも関係者以外にはわからないフレーズであるが、ようするに顕正会は一昨年、発足五十周年を迎えたわけで、今はまさに第二の五十年なのである。

これで近年の浅井先生が「第二の〜」という表現を多用していることがよくわかると思う。

これが何を意味するか、それが気掛かりである。たとえば、単に浅井先生の中のマイブームみたいなもので、それほど深い意味はないという考え方もある。しかし、意図的に同じフレーズを多用することで、会員に何かしらの影響を与えようとしているとの穿った見方もできると思う。大げさに言えば、一種の洗脳の技法なのではないかと・・・

もちろん、憶測である。ともかく今のわたくしにできることは、些細なことでも気になったことはこうして記録に留めておくことであり、あるいはこれがいつかは役に立つかもしれないと思っているわけである。

さて、一信士氏からもコメントを頂戴しているわけだが、前回のわたくしの主張はひじょうに簡単である。

顕正会は何を目指していたか、もっと具体的に言えば、浅井先生はもともと何を目指していたのか、という点の解明が必要である。
おそらく創価学会側の言い分はこうだろう、浅井は創価学会にヤキモチを焼いていた、そこでいつか足元をすくってやろうとチャンスを窺がっていた、その最大の好機が昭和四十五年のいわゆる言論問題だったと・・・
顕正会側のわたくしとしては、いや、それは違うだろう、浅井先生は純粋に法義上の問題で起ち上がったのだと、こう思っているわけである。
ところがである、もし顕正会が、創価学会なんぞは最初からおかしかったんだ、などと言おうものならば、やはり本音は創価学会に怨嫉していて、彼らをやっつけるためのチャンスを虎視眈々と狙っていたということにならざるを得ないと思う。

ところで、

増えていない男子部員の数・・・

これは具体的なデータがないので何とも言えないところだが、しかし、感覚的にはその傾向にあるのだろう。


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