2009/8/29

『正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う』を斬る  
今日はまず、浅井先生の第一回宗門諌暁書をご覧に入れたい。

しかるに、いま事の戒壇とて、大石寺御堂裏地が掘り返されている。この地は曾つて一般信徒の広大なる墓地である。「霊山浄土に似たらん最勝の地に」と御遺命遊ばした戒壇が、何故に不浄の墓所を掘り返してまで無理に立てられねばならぬのか。凡夫の臭骨に穢れた土地が何故恐れ多くも大御本尊の御座所に選ばれねばならぬのか。道理を無視した強引の通る筈はない。
だがこれよりも百千万億倍許されざる暴挙がある。即ち御歴代上人の御正墓御遷座である。大聖人のもぬけられたる大導師として、先師上人その一生を法に捧げ給い、いまその化を止めて静かに休み給う処を、何の必要あって発き奉るのか。しかも御歴代中多数の上人は御土葬とも洩れ承る。嗚呼先師すでに土に成り給う。その霊土を誰人が荒し奉る権利を有する。況や謂れ無き工事に於ておや。殊に近代御高徳の某上人の御遺体に於ける恐れ多さ、伝え聞くに背筋の凍るを憶え、暗涙思わず頬を伝うのみ。先師上人に対し奉る辱め、これに勝るは断じてあるべからずと繰り返えし憤りを新たにするものである。


この第一回諫暁書は昭和四十五年に書かれたものである。いわゆる御遺命守護の戦いはここから始まったわけだが、今の顕正会員はこの原点とも言える記念すべき書を知らない。
顕正会は御遺命守護の戦いを美化し、正当化する。であれば、その原点であるところの記念すべき第一回の諫暁書を、今の若い会員たちにも読ませるべきである。ところがどういうわけか今は封印されてしまって、読む機会がない。
おそらく、その理由は浅井先生が完全主義者だからであろう。今の先生にしてみれば、第一回諫暁書は間違いだらけで恥ずかしくて見せられない。

ひじょうに身勝手である。御遺命守護の戦いは美化し、大いに宣伝している。ところが第一回諫暁書は封印してしまっている。おそらくは、よほど都合の悪いことが書かれているのだろう。

実は、上掲の部分がまさにそれである。はっきり言って、これは大失言である。もし政治家であれば、これだけでも失脚するだろう。今まで大臣クラスの人が失言によって辞任を余儀なくされたことが何度もあった。まったくもって、上掲はそれに異ならないほどの失言である。

凡夫の臭骨に穢れた土地・・・

これは仏法上の道理からして大間違いであるが、その前に世間普通の義としても許されざる暴言である。

若気の至りであろうか、浅井先生も未熟だったのだ。
この場合、一般人に理解し難いのは一般信徒を貶める一方で御歴代上人に対する尊崇が際立つことである。凡夫は臭骨であり、上人は霊土という、おそらくは今の創価学会員などもこれには物凄く違和感をおぼえることだろう。いわんや一般人をやである。
きわめて俗な表現ではあるが、死んだ人のことを「ホトケさん」と呼ぶことがある。これが世間普通の義ということだ。つまり、凡夫の臭骨などと書くこと自体が死者に対する冒涜であり、遺族の感情を逆撫でする不用意な発言・・・すなわち失言なのである。
ゆえに、一般信徒も上人も同じく「ホトケさん」であり、その墓所を発くことは言語道断の非道である、という方向性で責めるのが理想的だった。これならば問題はなかっただろう。

以上は世間普通の義を基準に書いたわけだが、実は仏法の道理からしても同様のことが言えるのだ。

故阿仏聖霊は・・・日蓮に値ひて法華経を持ち、去年の春仏になりぬ。・・・其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、去年は七月二日、父の舎利を頸に懸け、一千里の山海を経て甲州波木井身延山に登りて法華経の道場に此をおさめ、今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す。

余計な解説は必要ないだろう。御文の意味をよく考えてほしいものだ。

さて、そもそも不浄という意味では、この娑婆世界そのものがいわゆる穢土と呼ばれるわけであって、墓地に限った話ではなく、そこらじゅうが不浄なのである。女人成仏抄など、いくつかの御書には涅槃経の次のくだりの御引用を拝することができる。

一々の衆生一劫の中に積もる所の身の骨は王舎城の毘富羅山の如く・・・

あるいは顕正会員の好きな(?)松野殿御返事には、

とても此の身は徒に山野の土と成るべし。

とある。

この意味では、地球上のどこもかしこもが不浄の地であって、足の踏み場がないほどである。
もちろん、これを前提とした上で、比較的に良き地を選んで伽藍を建立すべきが道理ではある。それが三大秘法抄に仰せの最勝の地を尋ねるということであり、門徒存知事における勝地を選んで伽藍を建立すべきということになる。
しかし、あるいはこれを覆すのではないかと思われる御指南が御講聞書に存する。それは耆闍崛山の事と題する御指南である。

 仰せに云はく、耆闍崛山とは霊鷲山なり。霊とは三世の諸仏の心法なり。必ず此の山に仏心を留め玉ふ。鷲とは鳥なり。此の山の南に当たって尸陀林と云ふ林あり、死人を捨つる所なり。鷲、此の屍を取り食らふて此の山に住むなり。(以下省略)

興味のある人は続きの御文を踏まえて思索するとよいだろう。

ともかく浅井先生の、凡夫の臭骨に穢れた土地が戒壇建立の地であるわけがない、との論法がいかに浅はかであるか、よく理解できたのではないかと思う。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ