2009/9/29

妙法化の理論と実際  
コメント欄が賑わっている。

まず、一信士氏の書いている六年後云々であるが、これはもしかしたらクチコミ指導の一種なのかもしれない。顕正新聞などにはまったく出てこないものの、すでに内部ではそのような言い伝えが広がっている可能性もある。まあ、しかし、ごく一部の幹部が先生の指導を拡大解釈して勝手に言っている場合もあるので、おそらくはそのままウヤムヤになってしまうことだろう。ともかく、こうした予言めいたことは当たらないのが相場であり、ましてや何年後などと年月まで特定すればなおさら当たらないものである。顕正会員はこれほど単純な道理がわからないのだろうか?

raiden氏の破折はひじょうに厳しい。いわゆる完膚なきという表現がこれであろう。浅井先生の「あと何年」というフレーズの欺瞞をここまで詳細に暴くのはけっこう難儀なことだ。

また、ニシケン氏のコメントは上記を補完する意味があるのだろう。現実問題として、顕正会の三百万にはどれだけの価値があるのか、浅井先生はその重大意義を説くわけだが、ハタから見ればほとんど無意味に思えてしまう。それが現実である。

沖浦氏からは友人であるとのお言葉をたまわった。嬉しいことであるが、それにしても不思議なご縁だと思う。氏はネット上だけの存在を眺め人と称して否定的に捉えている。当然、わたくしもその一人に含まれるはずであるが、氏はどういうわけか、わたくしを好意的に見ている。そこが不思議なところだ。

さて、そこで話は前後するが、以下は水無月氏のコメントを意識して書く。

最近、現役顕正会員の某氏のブログに異変があった。なんと組織からブログを閉鎖せよとの命令が来たそうだ。つまり、顕正会側はブログの主が誰であるか、わかっている。顕正会としては他の会員への影響を心配しているのだろう。本人はすでに宗門に心が大きく傾いており、おそらく帰伏は時間の問題と思われる。そうすると、ブログの閉鎖だけではなく、除名というカードが切られる可能性もある。除名となれば、ほぼ間違いなく宗門へ移籍することだろう。もはや顕正会側には本人を引き止める手段がない。除名処分があるにせよ、ないにせよ、どちらに転んでも同じ結果になりそうだ。

わたくしはたまに悪い夢を見る。いや、夢というのはウソであるが、もしかしたら顕正会本部から呼び出しの電話が掛かって来るのではないか、などと思ったりすることがあるのだ。
おそらく本部はわたくしの正体を知らない。しかし、何かのキッカケで正体を知ることになるかもしれない。そこである日突然、電話が鳴る。本部からだ。用件はズバリ、本部に出頭せよ、である。
さて、そこでわたくしの取るべき行動が問われるわけだが、今の気分を申し上げれば、おそらく本部に出向くことになるだろう。そうなれば直言は実現する。

まあ、こんなところだ。

さて、予定どおり、顕正新聞の話題を取り上げよう。以下は第1148号掲載の八月度総幹部会の記事であるが、わたくしはこれを読んで愕然とした。

 私は裁判所に就職し、二十年ほど裁判所書記官として勤務してきましたが、広宣流布したら裁判所の仕事はなくなると以前から感じており、このたび退職いたしました。

この人は平成十一年入信の婦人部幹部であるが、ヒドイものである。一般人の感覚からすれば、どうかしているとしか言い様がないだろう。これを総幹部会で発表させるということは、これは顕正会の公式見解に等しいとも言えるだろう。控え目に言えば、準公式見解となるだろうか?

資料を引用できなくて恐縮であるが、以前、顕正会の成人式において、妙法の司法家を目指して頑張っているという話があった。それは某有名大学の法学部に在籍中の女子部員による登壇だったが、その人はおそらく今も女子部の幹部として活躍しているはずである。
実際にはその後、本人が司法の道に進んだかどうか、それは定かではないが、ともかく当時は司法そのものを肯定的に捉えていた、それが顕正会の公式見解だったはずである。
確か最初の青年会館が完成した時の講演だったと思うが、浅井先生はすべての分野における妙法化を謳っていたはずである。妙法の政治だとか妙法の経済、あるいは妙法の医療など、あらゆる専門の分野において顕正会員が活躍することを先生は夢見ていたのではなかったかと思う。
それがいったい、今はどうなってしまったのかと、わたくしは先生に問いたい。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1274.html

リンク先は本年四月八日の拙稿である。ここには二十九年間の小学校勤務を経て、退職したという婦人部幹部の記事が出てくる。定年まで十年を残しての中途退職である。
この時のわたくしはやや甘めに書いた。本人の自己責任で好きにすればいいことだと。
しかし、である。リンク先といい、今回の記事といい、こうも重なると甘いことばかりは言っていられない。これはハッキリ、今の顕正会の末期症状を示すものと言わざるを得ないだろう。何しろ、一般常識はもとより、大聖人の御指南にも背くことだからである。

御みやづかいを法華経とをぼしめせ。

なお、用心深く付け加えるならば、わたくしは退職した人を責めているわけではない。人にはそれぞれ事情というものがある。だから文面だけでは推し量れないような事情もあるはずなのだ。

問題は本部首脳である。わざわざ、このような発表をさせることが間違っているのだ。それに気がつかないとしたら、もはや本部首脳は脳ミソが腐っているとしか言い様がないだろう。

2009/9/28

独白は気楽な稼業?  
沖浦氏からコメントをもらったが、わたくしはその内容よりも昨日の出来事のほうがよほど興味深かった。天城五兵衛氏と沖浦克治氏の間で俄かに対面法論の話が持ち上がったのだ。ところがどっこい、その話はわずか一日にして潰えてしまった。

創価学会教学部幹部を交えて、ハッキリ決着をつけようと思いますが如何でしょうか?

天城氏からの提案である。これに沖浦氏は二つ返事で乗った。ところがである。天城氏のほうがおかしなことを言い出した。ようするに対面法論をするつもりはないらしい。いったいどういうことだろうか?

細かい経緯は省略するが、わたくしの思うに、これは天城氏の失策である。上掲の「交えて」がすべてであろう。これは普通に読んで対面を意味する以外にない。しかるに、これを沖浦氏の誤読みたいに言うのは、まったくのお門違いであり、見苦しい限りだ。

この際、はっきり言おう。

沖浦氏の教学理論はデタラメきわまる。ゆえに普通に勝負を決すれば沖浦氏の完敗である。しかし、上述の一件は天城氏の反則負けであり、もはやゲームセットである。今後、天城氏は発言を控えるべきだろう。

それはさておき、以下は顕正新聞の話題である。

 そこに先生は「前もっての一国諌暁の重大さ」を叫ばれ
 「他国侵逼の前に、何としても三百万の大陣と、その先陣たる男子十万結集を成し遂げなければならない。では、いつまでにこれを成し遂げるのか」と、男子・壮年、そしてなんと控え室にいる婦人・女子部代表の四者で決定したいと、全員に起立を促されました。
 このとき初めて、先生が婦人・女子部の代表を大会に招いて下さったお心がここにあられたのだと分かり、あまりの重大さと有難さに泣き伏すほかはありませんでした。


これは第五婦人部長の総幹部会での登壇であるが、一言、だったら大総会をやればよかったのだ、と言っておきたい。顕正会はもう二度と大総会を開かないのだろうか、それとも開けないのだろうか、という疑問がある。おそらく現状では開けないのだろう。

次は男子第三部長の記事であるが、煩瑣になるので必要な箇所だけ抜き出したい。

・・・先生のもと「あと十二年」の決意を固めさせて頂いた光景は、深く命に焼き付き、「何と重大な儀式に立ちあわせて頂けたのか」との悦びと、「あと十有余年」が具体的に定まった衝撃が全身を貫き・・・

この人はもしかしたら拙ブログの愛読者ではないかと思う。

わたくしはかつて、次のように指摘した。「あと十有余年」というフレーズは物凄くおかしなものであるが、これに違和感をおぼえないとすれば、もはや顕正会員は感覚が麻痺しているのだろう、と。それを第三部長が目にしたかどうか確かめる術はないけれども、ともかくこの人はまともな思考力の持ち主だと言えるだろう。
しかし、これで顕正会もますます苦しくなった。来年はあと十一年であり、再来年はあと十年となる。その次はあと九年であり、いよいよ広布達成のカウントダウンとなる。
ひるがえって、「あと十有余年」のおかしさを理解するために、あと五年くらいのところで「あと数年」と言い替えてみればよくわかるだろう。顕正新聞のそちこちに「あと数年」のフレーズが躍っている。その翌年もまた「あと数年」である。翌々年もまた「あと数年」である。おいおい、ふざけるのもいい加減にせよ。
けだし、先般の男子部大会で「あと十二年」と明言したことはアイマイさを払拭した意味で評価できるわけだが、さりとて実現性はきわめて低いと言わざるを得ないだろう。結局、どちらにしても苦しいことには変わりがないのである。

今日はここまでにしておこう。次回も顕正新聞から話題を拾うつもりだ。

2009/9/27

浅井大賢王  
このところ話が脱線気味だったが、八月度総幹部会の話題に戻したい。顕正新聞第1148号掲載の会長講演には、次のような大見出しが付されている。

公明党の大惨敗は学会崩壊の号鐘

そして講演の後半部分においては、過日の総選挙を取り上げ、公明党の歴史的大惨敗に言及している。もちろん、自民党の敗北と民主党の勝利についても触れているわけだが、おそらく先生の言いたいことは次の一文に集約されているに違いない。

 これ、公明党が負けたのではない、池田大作が負けたのです。

さらに、この続きが凄いのだ。

 私はこの歴史的大敗北こそ、いよいよ学会崩壊の号鐘であると確信しておりますが、みなさん、どうです。(大拍手)
 大聖人様は撰時抄に
 「賢王来たれば愚王ほろぶ」
 と仰せあそばす。御遺命を守り奉る忠誠の仏弟子の大集団が現われれば、御遺命に背く師敵対の集団は必ず亡ぶのであります。


前後するが、先生は民主党も不安であるとして、次のごとく言う。

 しかし一方、政権をとった民主党も大いに頼りないですね。

う〜ん、これはいかがなものか?

ここ数日、矛盾をテーマにして少しばかり書いたわけだが、上掲の場合は何というべきか、いわゆる矛盾とは違うのかもしれないが、ともかく論理的におかしいのではないかと思わざるを得ない。

おそらくは手柄の横取りみたいなものだろう。

何しろ今回の総選挙は民主党が三百議席を超える大勝利を収めたことによって、その他の政党はいわばトバッチリを受けて議席を減らしてしまったわけである。
民主党に風が吹いた。一方、自民・公明には逆風が吹いた。大逆風だったわけである。
早い話が、ここに顕正会の出る幕はまったくない。それにもかかわらず、あたかも顕正会の力によって公明党が敗北し、延いては創価学会が崩壊すると言っているようなアンバイなのである。ずいぶん都合のいい考え方をするものだと思う。

ちなみに、撰時抄の「賢王来たれば愚王ほろぶ」については、山門入り口氏がご自身のブログで指摘しているごとく、まるで浅井先生は自分が賢王であると言いたいみたいに読めてしまう。今回の場合、手柄の横取りみたいな気味があるので、なおさらムナシイ限りである。

これに関連して、かなり古いが興味深い記事を紹介しておこう。

・・・たしかに戦時中の軍部のごとく驕った学会にとって、このように訂正を誓ったことさえ曽って無かったこと、その上の確認書である。どうしておめおめと池田大賢王≠フもとに帰れようか。

この背景についての説明は省略させてもらうが、ここでの大賢王は申すまでもなく揶揄の意味が込められている。けだし、今こうしてネット上において、浅井先生は自分が賢王だと言いたいのではないか、などと指摘されることは皮肉な結果であり、一種の還著於本人とも言えるだろう。

ともかく今回の選挙の結果は顕正会の動向と無関係である。それを無理に結び付けても詮無いことで、かえって会員をシラケさせることにもなりかねないだろう。
思えば、つい先日、他力本願的傾向と題して書いたことが、ここにも当てはまるようである。つまり、公明党の大敗北は民主党の大勝利との相関関係にあるわけで、そこに顕正会の影響力は見出せない、それにもかかわらず公明党の敗北を云々する顕正会はまさに民主党の力に頼っているに等しい、すなわち他力本願である。
ところがその民主党を、不安であるとか頼りないなどと貶してしまうわけだから、これほど自己中心的な考え方もあるまい。

やはり、これは矛盾と言うべきか?

2009/9/26

成長し続けることの難しさ  
引き続き山門手前氏からコメントを頂戴しているが、ひじょうに要領を得ない文章である。

〜矛盾を生じる事になります。
〜矛盾だらけです。
〜矛盾点です。


文中、矛盾という言葉がそちこちに躍っているわけだが、いったい何が矛盾なのか、その説明ができていないと思う。

矛盾の意味をわかっているのだろうか?

もちろん、方法論としてはいろいろあるのだろう、矛盾の追求の仕方のことである。必ずこうしなければならないというルールがあるわけではないので、その人なりの説明方法があっていいと思う。しかし、山門氏の説明はまるで要領を得ない。本人にはその自覚がないのだろうかと不思議に思う。

矛盾とは論理の不整合に他ならないが、いちばん手っ取り早いのは、同一人物による二つの文章を提示することである。つまり、今回の場合は浅井先生の発言がそれである。ある時は、こう言っていた、ところが別の時には違うことを言っていたとする。この二つの発言がどうにもこうにも整合しないとすれば、それが矛盾なのである。

ところが山門氏は何一つ具体的には示さず、矛盾という言葉だけを強調しているのだ。

おそらく第三者には話が見えにくいだろうから、ここで少し整理をしよう。事は前々回のコメント欄に発する。
山門手前氏は、浅井先生の仏法史観を偏頗であると批判している。しかし、冒頭にそのように書いてはいるものの、それ以下の文章は仏法史観のことではなく、むしろ教義上の問題そのものに思える。
要を取って言えば、天皇は仏敵であるから、天皇から勅宣をもらって国立戒壇を建てるのは極端な矛盾である、ということだろう。つまり、山門氏は顕正会の教義上の主張にツッコミを入れているわけである。
これに対してわたくしは、平成二年の諫暁書をよく読んだ上でコメントをするべきだ、という意味のことを書いた。
すると、さっそくコメントが寄せられたわけだが、上述のごとく、ひじょうに要領を得ない、はっきり言えば意味不明の文章だった。
おおむね、以上のような流れである。

わたくしの正直な感想を言えば、山門氏は顕正会の主張をちゃんと把握していないのではないか、ということになる。それでいて、上っ面だけの矛盾をあげつらうと、かえって恥をかくことになる。今一度、顕正会の書籍を隅から隅までよく読むべきだろう。

ちなみに上述の国立戒壇批判はまったく無意味である。
仮に天皇は仏敵であるという認識が正しかったとしよう。もちろん、そのままでは戒壇建立に至らないが、いずれは天皇も帰依する時が来る。つまり、顕正会では広宣流布の暁に国立戒壇を建てると主張しているわけだから、現時点で天皇が仏敵であったとしても矛盾にはならないのだ。広宣流布の時には天皇も帰依する、すなわち仏敵ではなくなるわけだから、矛盾は解消されるのである。
まさか、かつて仏敵だったことが永遠に解除されないなどという、そんな馬鹿げたことは言うまい。

山門手前氏は前々回のコメント欄において、浅井先生には極端な矛盾があるとして、わたくしに見解を求めた。氏はおそらく、いつまでも顕正会に留まっているわたくしを不憫に思って、一日も早く正法に帰依せしめようと努力しているのだろう。顕正会はこんなにもおかしな団体なのだ、早く足を洗いなさい、というような思いがあるに違いない。
ひじょうにありがたいことである。
だが、しかし、正直なところを書こう。わたくしは必ずしも真面目な顕正会員とは言えないが、今回の山門氏の一連のコメントには反発心をおぼえた。いわんや真面目な顕正会員をや、であろう。何もわかっていないではないか、わかってもいないのに、わかったような口を利くな、というのが多くの顕正会員の気持ちであろう。
こうして見ると、かえって逆効果なのではないかとも思えてくる。これは正法に対する反発心ではない。何しろ相手が間違っているのだから、その間違いを押し付けることへの反発心である。
せっかくだから宗門・法華講の人たちに言っておこう。己れの信仰に確信を持つことはけっこうなことであるが、そこに驕りがあってはならない。微塵の驕りは漆千杯の譬えにも通ずることだろう。

くどいようだが、顕正会が曲がりなりにも今日まで存続できたのには、それなりの理由がある。ゆえに論理もヘッタクレもなしに頭ごなしに顕正会を邪教呼ばわりすることは、会員の神経を逆撫でするだけであって、かえって逆効果である。

もちろん、法華講員の中には、このことがよくわかっている人もいる。その代表格はおそらくトチロ〜氏であろう。また、樋田昌志氏の創価学会員への対応もこれに近いものがある。

なお、本日のタイトルは、わたくしの自戒の言葉である。

2009/9/25

玉虫色戦術  
山門手前氏から問いが発せられたので、それについて書く。

わたくしの思うに、氏の問いは仏法史観というよりも、浅井先生の国主観を問うものなのだろう。そこには極端な矛盾が存するという。この点のわたくしの見解を問うているわけだ。

まずは平成二年の諫暁書を熟読玩味すべきと思う。その上で、浅井先生に矛盾があるのならば、具体的に指摘すべきである。
わたくしの読んだ限りでは、浅井先生の国主観にさしたる矛盾はない。いちおう浅井説は整合性が取れているとわたくしは見ている。ゆえに山門氏の言う「極端な矛盾」は誤解ではないかと思う。
なお、わたくし個人の見解は、すでに過去にたくさん書いているので、もし興味があるのであれば、キーワード検索を用いて調べられるとよいだろう。たとえば「本有の王法」などが適当である。

さしあたっては、以下のリンク先をご覧になられるとよいかもしれない。

http://white.ap.teacup.com/ganko/414.html

リンク先は、本有の王法とは関係ないし、天皇=国主を論じているわけでもないが、浅井先生に対するありがちな誤解という意味で、ひじょうに好都合の事例だと思う。

これでおおむね終了であるが、強いて話を続けるならば、国主についての解釈論ということになる。
つまり、大聖人の仰せられる国主とは何かという問題が最初にあって、その上で現代における国主をそっくりそのまま大聖人の仰せのごとくに理解すべきなのか、それとも現代的な解釈をすべきかという問題がある。
おそらく創価学会では、天皇を国主とはしないのだろう。宗門はほぼ天皇で固まっていると思われるが、現時点では断定を避けているごとくである。顕正会は天皇であると断定している。

この議論をするためには、御書に精通していなければいけないと思う。単に顕正会で教えていることを紹介するだけでは話にならない。これは創価学会員にも法華講員にも同じことが言えるだろう。

山門手前氏には、以上の点を踏まえて、さらに意見があればお伺いしたいと思う。

今日は引き続き顕正新聞から話題を拾うつもりだったが、どうも気分が乗らないのでこれで終わりにしたい。

2009/9/24

他国侵逼の現代的解釈  
わたくしは前々回、もし他国侵逼があるとすれば見えすいた武力攻撃ではなく他の巧妙な手段が用いられるのではないか、という意味を書いた。今日は引き続き総幹部会の会長講演を取り上げるわけだが、現代における他国侵逼とは何か、という視点から浅井先生の主張を批判しようと思う。

精神的侵略と軍事的侵略

浅井先生は、いわゆる自虐史観こそが精神的侵略であり、中国による精神的侵略はすでに成功しているように見える、という意味のことを言っている。この上で、いよいよ軍事的侵略が始まる、というのが浅井説である。

わたくしは違うと思う。

単純に考えて、精神的侵略に成功したとしよう、その後に軍事的侵略を行なうとすれば、それはぶち壊し以外のナニモノでもないと思う。ようするに、かつて日本は中国を侵略せんとした、それは悪い行為である、ゆえに日本人は中国に対して贖罪意識を持っている・・・ということであれば、今度は中国がその愚を犯そうとしていることになるのだ。ゆえにわたくしは、見えすいた武力攻撃ではなく他の巧妙な手段が用いられる、と書いたのだ。もし中国が武力攻撃に踏み込んだとしたら、その段階ですべて御破算である。これほど単純な道理もあるまい。

精神的侵略に成功したならば、今度は経済的侵略である。あるいは文化的侵略を加えてもいいだろう。

戦時中、敵国の言葉ゆえであろうか、英語の使用が禁じられた。
戦後はその反動もあるのだろうか、アメリカかぶれの日本人がやたらと増えた。アメ車であるとか、あるいはファッション、音楽などもそうだろう。
これはある意味、精神的ないし文化的侵略とも言えるだろう。もし、これがあらゆる分野において広く深く浸透したとすれば、これこそが現代における他国侵逼とも言えるのではないかと思う。もし外資系・・・とりわけアメリカ系の企業が席巻すれば、まさに経済的侵略である。

では今後、アメリカが軍事的侵略を行なうかと言えば、それはないだろう。つまり、現代においては精神的ないし文化的、あるいは経済的な侵略こそが他国侵逼だと考えるべきであり、わざわざリスクの高い軍事的侵略を行なう必然性はきわめて低いとしなければならないのだ。

浅井先生の提唱する仏法史観を簡略に説明すれば、大聖人滅後から幕末までが自界叛逆の時代であり、明治以降を他国侵逼の時代と区分している。そして日清・日露・日中・日米などの戦争はまだ序分であって、いよいよこれから本格的他国侵逼が始まると言うのである。

わたくしの思うに、明治維新以降にも自界叛逆は起こっている、武力闘争はおおむね終焉を迎えたけれども、現代においては精神的自界叛逆が起きている。

今回の総選挙がまさにそれであろう。
幕末の動乱はまさに武力闘争であり、明治に入っても西南戦争があった。しかし、それ以降の日本は、おおむね民主的に政権交代が行われてきた。つまり、武力による自界叛逆はなくなった。
ところがである。今回の総選挙を見ると、まさに精神的自界叛逆とも言い得るのではないかと思うのだ。国民の多くが自民党に対して反旗を翻した、もう自民党ではダメだ、民主党に期待しよう、という流れになった。

これは他国侵逼にも通じるのではないかと思う。

もはや武力による他国侵逼は国際世論が許さない。今はそのような成熟した社会になりつつあると思う。
しかし、人々の貪瞋癡は変わらない。これは仏法の説くところであるから、間違いないことだろう。
だとすれば、現代においても他国侵逼はあり得るが、必ずしも大聖人の御在世と同じとは限らない。むしろ違った形で他国侵逼が起きると考えたほうが自然ではないかと思う。

民主党では永住外国人に地方参政権を与えると言っているらしい。わたくしはこの是非について云々するつもりはないが、浅井先生はこれを取り上げて次のごとく言う。

 いったい何を考えているのか。もし地方参政権を認めれば、こういう事態が予想される。たとえば過疎の地方自治体、対馬などはそうですが、そのような過疎の地方自治体に大挙して中国人・韓国人が移住してきて、もし参政権を得たら、町や市の議会を合法的に乗っ取ることもできるではないか。

ここに対馬とあるのが何ともイミシンである。浅井先生もわかっているではないか、これがまさに現代における他国侵逼に相当するのである。

三年半ほど前に顕正会では男子一万人によるデモ行進を行う予定だった。皇室典範改正反対を訴えるためである。しかし、その時は客観情勢がそれを必要としなくなったので、デモ行進は見送られた。

八月度総幹部会の時点では選挙が終わったばかりでまだ政権が発足していなかった。だが、今はすでに鳩山政権が動き出している。
さて、地方参政権の問題はどうなることだろう?
もし法案提出ともなれば、まさに予断を許さない情勢と言えるだろう。

その時、顕正会はどうするのか?

2009/9/22

他力本願的傾向  
八月度総幹部会を報じる顕正新聞第1148号が届いた。今日はその会長講演を取り上げるが、その前に山門入り口氏のブログにおける水無月氏のコメントに触れたい。

浅井城衛クンに告ぐ

これはなかなか斬新な切り口だった。

詳細は省くが、ようするに浅井先生を直接的に責めるのではなく、間接的に責めるという手法がひじょうに斬新であり、これが意外にも痛烈なのである。
顕正会批判者は得てして会長発言の矛盾ばかりをあげつらう傾向にあるが、顕正会員はある意味、慣れっこになってしまっていて、そのような批判方法には動じなくなりつつあるのだ。神経がずぶとくなっている。
そこで水無月氏はまず男子部長の自語相違に着目し、かつまた男子部長の「口舌の徒」云々を逆手に取って、詰問しているわけである。

さて、これに男子部長がどのように応えるか、それが注目である。もちろん、ネット上の批判に一々反応を示すとは思えないが、もしジャーナリストなどから同じ切り口の質問が寄せられたならば、どのように回答するのか、ひじょうに興味深いところである。顕正会が本気で一国広布を目指しているのならば、こうした批判に対して、責任ある立場の人が正々堂々と応じなければいけないだろう。さしあたっては男子部長こそ、その任をまっとうすべきである。

 ただし、もし客観情勢がその必要を迫るならば、たとえ三百万・十万に及ばずとも、私は立つ。

さて、会長講演である。

上掲は過日の男子部大会を踏まえての発言である。ようは十二年後に顕正会三百万と男子十万を背景として一国諌暁を行なうというのが男子部大会での決定事項であるが、客観情勢によっては十二年後を待たずして立つ、と言っているわけである。

この「客観情勢がその必要を迫るならば」というフレーズは物凄くカッコイイと思う。わたくしは若い頃、この先生の発言に感激したものだった。だが、しかし、今はやや興ざめというのが本音である。

御遺命守護の時には七千で立った。本当は一万で立つ心積もりでいたが客観情勢がそれを許さなかったという。
わたくしの思うに、これはこれで正解だったのだろう。なぜならば、御遺命守護の戦いは一定の戦果(?)を得ることができたからである。

では、一国広布の戦いはどうか、それが大問題である。

結論を言えば、おそらくは通用しないだろう、ということになる。
まず、平成九年の一国諌暁があり、そして平成十六年の諫暁があった。いずれも国内において諫暁書を大量に配布した。とりわけ平成十六年は百万達成を背景としての一国諌暁だったが、あまり効果があったとは思えない。
同様の意味で、おそらくは十二年後の諫暁も効果は望めないだろう。今の組織の実態からすれば、たとえ三百万を達成したところで、中身がきわめて貧弱だからである。
その意味では、数字云々にかかわらず、客観情勢に鑑みて諫暁に立つほうが効果的ではある。これを逆に言うと、なぜに十二年後なのか、なぜに三百万・十万なのか、実際には必然性のない話なのではないか、ということになる。
それはさておき、御遺命守護の戦いを回想する先生の発言に、おおよそかつて次のようなものがあった。いわく、いちばん恐れていたことは黙殺である、と。
つまり、あの当時は宗門も創価学会も相手をしてくれたから、それなりの戦果を上げることができたのだ。相手にしてもらえなかったとしたら、もうどうにもならないのである。それが近年における日顕上人への対決申し入れに如実にあらわれていると言えるだろう。浅井先生は相手にしてもらえなかったのだ。宗門としては、遥か昔に破門にした団体であり、もはや日蓮正宗とは無関係の団体だと見做しているわけである。

おおむね話は見えただろう。顕正会は一つの宗教団体に過ぎない。本人たちの自覚がどうであれ、ハタから見れば宗教団体の一つに過ぎないのだ。
御遺命守護の戦いにおいては、宗門にしても創価学会にしても相手にせざるを得ない事情があった、それなりの必然性があったわけだ。
では、国家が顕正会を相手にするような必然性が、いったいどこに生ずるのか、それが大問題である。

もし客観情勢がその必要を迫るなら、それこそ大聖人様の御命令なりとして、いつでも私は身を捨てて立つ。

前掲とほぼ同文であるが、問題は客観情勢とは何か、まずそれが問題である。そして身を捨てて立つとは、具体的にどういう意味なのか、そこが問われる。

つまり、浅井先生の発言は案外に中身がない、カッコイイけれども実は見かけ倒しなのだ。

わたくしの思うに、浅井先生は他力本願に傾きかけている、いや、すでにほとんど他力本願と言えるかもしれない。
おそらく道理としてはわかるだろう。かつて一千万を誓願していたのはまさに大衆をどれだけ味方につけられるかという意味に他ならないわけで、それがすなわち広宣流布の道筋そのものだった。ところが今は十二年後の三百万が精一杯であり、それすら危うい現実がある。そこで客観情勢云々が登場するのだ。
情勢の変化を待つというのは、早い話が受け身の姿勢であり、すなわち他力本願である。

凡夫には未来が見えない。ゆえに近い将来、日本に危機的な状況が来るとも来ないとも言えないが、いずれはそのような時が来てもおかしくはないだろう。さりとて、その時に顕正会が大いに注目され、浅井先生の主張に多くの人が耳を傾けるかどうか、甚だ疑問である。

現状では相手にされないだろう。黙殺ではないし、無視でもない。顕正会の存在が小さ過ぎて見えないのだ。


同日追記:文章を一部修正した。

2009/9/18

地に足が着いていない状態  
引き続き、各方面から活発な投稿が続いているが、このところの新しい動きとしては現役会員と思しき人たちからのコメントが多いことである。しかも彼らは顕正会の正義を宣揚するのではなく、どちらかと言えば内部告発に類するものや、あるいは失望感の吐露のような、今までとは違った方向性の投稿が多くなったような気がする。

いや、もともと顕正会の正義を謳う人は、拙ブログのようなところには来ないのであるが、さりとて内部の問題を暴露するような人もあまり来ない、それが拙ブログだった。
ところがここに来て、内部告発的な投稿が増えた。
おそらくは男子部大会が契機なのだろう。ようはあの大会は失敗だった。あれで顕正会に失望してしまった人が存外に多い。その失望感を吐露する場所に、拙ブログのコメント欄が使われている。そんなところではないかと思う。

今朝の沖浦氏のコメントは、少しイヤミが過ぎるけれども、核心を突いていると思う。

ようするに、他人のマネをしているだけではダメだという意味、それが二番煎じということなのだろう。同じレールを走っていては追い越せないというのも、絶妙の譬えである。
しかし、わたくしは必ずしもそれが絶対的な真理だとは思わない。現に、今年は創価学会凋落元年かもしれない。すると後発の宗門・法華講・・・なんで宗門・法華講が後発なのだ、という反論があるかもしれないが、それは別の機会に譲るとして・・・ともかく宗門・法華講が創価学会を凌駕する時代がもうすぐ到来するかもしれないのだ。
世間の例では、ビール会社が面白い。わたくしの子供の頃は、某ビール会社がダントツの一位であり、他の三社は大きく引き離されていた。ところが二十年ほど前に、そのうちの一社がヒット商品を出して、それが原動力となって今はトップに肩を並べるようになった。東西両横綱のような感じだろうか?
ビールという意味では同じジャンルであり、ようは同じレールの後ろを走っていたはずなのだ。沖浦理論では絶対に追い越せないわけだが、現実はそうでもない。あるいは直近の総選挙における政権交代劇もまた、同じ意味が含まれるだろう。

では、顕正会の未来はどうか?

顕正会は明らかに創価学会の二番煎じであり後発組であるが、創価学会を追い越すことは可能なのか、それとも無理なのか、ひじょうに気になるところである。
上記の理屈から言えば、可能である。メーカーであれば、いいものを作れば売れるのだ。宗教団体の場合、即物的に言えば、ゴリヤクがあれば人が集まるのだ。
しかし、功徳であるとか利益というものは、案外に、いや、当然ながら客観的に判断しづらいものであるから、わたくしは別の判断材料を使って考えたいと思う。

それは、魅力があるかどうか、という視点である。

もちろん、この魅力というのも客観視しづらいものであるが、具体的な事例を示すことによって、なるべく客観的に論じるよう努力するつもりだ。

世界的地殻変動により他国侵逼いよいよ迫る

顕正新聞第1147号の二面、大見出しの一つである。この後、事前の一国大諫暁こそ顕正会の使命、とあり、さらに、十二年後の三百万・男子十万を云々する文章が続いている。

まず、十二年後の三百万だとか男子十万については、前回書いたとおりである。
すなわち、浅井先生は大きな集会において目標を設定するのが常であるが、その目標値がデタラメであることだ。過去の目標を勝手に変更してしまう。ようは達成できないことがわかると、それについての責任を論ぜずに、目標を設定し直してしまう。今までにこれを、いったい何回繰り返したことだろうか?
入信間もない顕正会員は知らないが、古い会員はぜんぶ知っている。この事実を知ったならば、誰もが失望することだろう。つまり、これを知れば、誰もが顕正会に魅力を感じなくなる。

次に、他国侵逼についてであるが、わたくしは大いに疑問を感じている。

ご存知の人も多いだろう、浅井先生はかつて人類滅亡を予言していたのだ。これは御書の前代未聞の大闘諍を現代的に解釈して、今日においては核戦争がそれに当るとしたものだった。そして先生は、あと二十五年で人類は核戦争によって滅亡する、という意味の講演をした。それから二十五年が経過したが滅亡しなかった。
ところが浅井先生はこの発言に関して何らの釈明もせず、今度はあと十二年などと言っているわけだ。このようなデタラメを知れば、誰もが興ざめすることだろう。

ここでやや込み入った話をすると、以前は前代未聞の大闘諍を核戦争として、人類滅亡を論じていた。おそらくは今も、前代未聞の大闘諍を核戦争とすることに変わりはないと思うが、しかし、わたくしはどうもニュアンスの違いを感じてならないのだ。
つまり、今度の講演では中国による日本侵略に焦点がより強く当たっている。しかし、それは解釈の後退を意味するのではないかと思うのだ。
何しろ人類滅亡を云々していたくらいである。そのスケールから見れば、中国の日本侵略などはひじょうにカワイイ話ではなかろうか?

浅井先生は撰時抄の前代未聞の大闘諍を核戦争であるとか第三次世界大戦になぞらえる。これは現代的解釈だと思うが、いかがだろうか?

であれば、他国侵逼もまた現代的解釈があって当然であり、必ずしも大聖人の御在世における蒙古襲来の再現でなければならないとはならないはずである。
それにもかかわらず、浅井先生の講演の骨格はすべて御書のごとくであり、ただ一点、蒙古が中国に変わっただけのように読めてしまう。わたくしは、ここに論理の誤謬がひそんでいるのではないかと感じてならないのであるが、いかがだろうか?

実は、今回の会長講演はひじょうに緻密だと思う。歴史認識の問題にしても、一つひとつの事案について、こちらがウカツなことを書けば、恥をかくことになるだろう。先生だって、それなりの裏付けがあって、しゃべっているはずである。
ゆえに、真剣に耳を傾けていると、あたかも他国侵逼が切迫しているように感じてしまうのだと思う。しかし、わたくしのように斜に構えていると、違った感じ方をするし、違ったふうに見えてくるものである。
たとえば前回の引用に出てくる、空母機動部隊が太平洋に実戦配備される、などを読んでも、いったいそれがどうしたのだ、と感じてしまう。今はミサイル攻撃のほうが早いだろうと思う。
ゆえに、もし中国が日本を狙っているとしたら、そうした見えすいた武力攻撃ではなく、もっと巧妙な手段を用いるのではないか、それが現代における他国侵逼の正しい解釈ではないか、とか思ったりしてしまう。

この意味で、わたくしは浅井先生に魅力を感じなくなった。

話が冗長になってしまったが、そろそろ結論したい。
顕正会は創価学会の二番煎じではあるが、浅井先生の他国侵逼論に限ってはひじょうに独自色の強いものである。しかし、それは決して魅力的ではない。
実はまったく同じでもいいのだ。たとえ後発であっても、いいものを作れば売れるという話を書いた。同様に、顕正会も中身が充実していればいいのである。
創価学会の大躍進時代は、国立戒壇を看板に掲げていた。しかし、むしろ本当の看板は、生活に密着した意味での功徳論だったはずである。
確かに顕正会でも、仏法は生活法であると言っている。しかし、浅井先生はその原点を忘れて、やたらと大言壮語ばかりに終始するようになった。

当然、これも魅力を減退させる要因であろう。

2009/9/16

生涯現役のあり方  
前回のコメント欄が活況を呈している。しかも無意味な応酬ではなく、一つひとつが内容の濃い文章だから驚きだ。

それはそれとして、今日は話を先に進めたいと思う。

 私は、あと十二年のちの平成三十三年、二〇二一年までに、断じてこれを成し遂げたい。
 この年は、日蓮大聖人御入滅七四〇年に当る。そして中国の空母機動部隊がいよいよ太平洋に実戦配備される年であります。他国侵逼はいよいよ眼前となる。
 この時までに、何としても、顕正会三百万、男子十万を成しとげ、大聖人様に応え奉りたい。断じて他国侵逼に遅れてなるものか。こう私は決意しているが、男子諸君の決意はどうか――。


八月二十三日の男子部大会における会長講演である。

当然のことながら、批判者たちは過去の会長講演との齟齬を指摘するわけであるが、当の浅井先生は何とも思わないのか、そこが不思議である。
いちおう、顕正会側の論理というか説明としては、すでに広宣流布を放棄している創価学会や宗門に顕正会を責める資格はない、ということになるのだろう。もちろん、わたくしのような口舌の徒もそこに含まれることだろう。まあ、これについては宗門にも創価学会にも言い分があるはずだが、それはこの際どうでもいいことだ。
しかし、顕正会の言っていることは独善的な論理に他ならないわけで、内部の人間はそれで納得したとしても、それ以外の人は誰も納得しないことである。
宗門・創価学会に顕正会を責める資格はない、わたくしにも発言権はない、それはそれでいいことにしよう。では、一般人はどうなのか、そこが大問題である。
過去にも何度か書いたことだが、もしマスコミが顕正会に取材して、浅井先生の自語相違を追及したならば、いったいどのように応じるつもりなのだろうか?

これに明答できないとすれば、それは独善的思考のゆえである。そんなものが世間に通用するわけがない。世間に通用しないものが弘まるわけがない。つまり、顕正会員の夢見る広宣流布は絵空事となる。

話は脱線するが、先日、イチローが九年連続で二百本安打を達成したとのことである。凄いことだ。わたくしは野球に疎いが、たとえば投手で毎年コンスタントに十勝以上を上げるのは大変なことらしい。スポーツ選手の宿命というべきか、年齢とともに衰えるのは誰もが共通のことである。すると結果が出なくなる。過去にどれほど勝利を重ねようが、もし勝てなくなれば引退である。

これは顕正会にも言えることだろう。
毎回の折伏法戦でコンスタントに十名以上を入信させることができれば、それはイチローにも匹敵することだろう。もし九年間、それが続けば、である。
ところが現実にはせいぜい最初の一年がいいところであって、個人の折伏で何年間も二ケタ勝利を続ける人は皆無に等しいことだろう。最悪、結果が出せなくなれば、お役ご免であり、いたたまれずに自ら組織を去っていくケースもたくさんあるのだ。

ところが例外がある。浅井先生だ。

よく批判者が言っているのは、いったい浅井先生は個人折伏を何名やっているのか、あるいは今も折伏を実践しているのか、自分がやらずに人にハッパを掛けるだけなのではないか、というようなことどもである。
わたくしはこれについて、それほど強く責める気持ちはない。まあ、役割分担の上から考えると、先生は号令だけでもいいと思う。いや、もちろん、個人折伏をやってもいいわけであり、絶対にやっちゃダメとは言わないが、無理してやることもないだろうというのがわたくしの考えだ。
しかし、である。責任は誰よりも重いはずなのだ。たとえば顕正会で一万五千の誓願を立てたとして、それが達成できない場合がある。その責任は誰が取るのかと言えば、浅井先生以外にいない。
顕正会に入って間もない人たちは、顕正会というのは連戦連勝のように思っているかもしれない。だが、現実には負けっぱなしである。実は先般の男子部大会でも、浅井先生は自ら敗北を宣言したのだった。

やや遠回りの説明になってしまったけれども、冒頭の引用文こそが敗北宣言に他ならないのである。

すでに批判勢力の人たちが指摘していることではあるが、改めて書いておこう。直近の自語相違という意味では、平成十六年の幹部大会がある。ここで浅井先生は何と言っていたか、それが大問題だ。

 私は、この三百万をなんとしても十年以内に成し遂げ、重大な御奉公に備えたいと決意しております・・・

つまり、浅井先生は自ら立てた五年前の誓願を破ってしまったのである。言い換えれば、五年前の誓願は達成できなかったという敗北宣言が、今回の男子部大会での講演なのだ。

一般会員は毎回の折伏法戦で結果を出さないと責任を取らされる。具体的には降格であるし、責任を感じて自ら去る場合もある。

ところが浅井先生の場合は責任を取らないのだ。いったい、その理由は何だろうか?

少しイヤミが過ぎるかもしれないが、おそらくは教祖だからだろう、それ以外に考えられない。

先生は会員に夢を見させるのがうまい。あたかも国立戒壇があと十二年、もしくはその数年後には実現するかのような錯覚を懐かしめる。

 その時は甚だ近い。

先生の時間感覚を疑いたくなるが、次の発言などを読むとなるほど「その時は甚だ近い」のだろう。

 一人も退することなく、御遺命成就のその日まで、私と共に大聖人様への忠誠を貫き通してほしい。

つまり、自分の生きているうちに国立戒壇を建てるつもりでいるのだ。

もしかしたら今の浅井先生は阿仏房の御奉公を範としているのかもしれない。わたくしはそれはそれで大いにけっこうだと思う。しかし、それはあくまで個人の信心のあり方であって、組織の長としてのそれではない。ましてや、あたかも御遺命成就が目前であるかのように錯覚せしめることは、阿仏房の信心をお手本とする姿ではない。

それは教祖のすることだ。

2009/9/13

合成写真疑惑  
法華講の二氏、それから今朝になって創価学会の沖浦氏からコメントを頂戴したが、それらについては省略させていただく。

過日の男子部大会を報ずる顕正新聞が届いた。

長野のエムウェーブに男子精鋭が三万人集まったという、その人数の真偽はともかくとして、掲載写真を見ると確かに会場が満杯になっていて壮観である。

だが、しかし、ここに合成写真疑惑が持ち上がった。

現役顕正会員による某ブログのコメント欄に、これまた現役顕正会員による貴重な証言が寄せられたのだ。もちろん、彼は当日の会場にいて、一部始終を目撃しているわけだから、ひじょうに重要な証言である。
いわく、第八面に載る「宣誓」の写真は合成である、と。
彼の話では、大会が始まった段階ではまだ全席が埋まっておらず、その後、浅井先生の講演が始まる頃になって、ようやく満席になったというのだ。ゆえに、男子部長による宣誓の段階ではまだ空席があった。それにもかかわらず、男子部長が三万結集の完遂を宣言したので、それではウソを言っていることになると思った。その印象が強く残っていたものだから、第八面の写真を見て、おかしいことに気がついた。掲載写真は満席になっているが、そんなはずはないと・・・

これは微妙なところだ。

というのは、宣誓が行なわれたのは会長講演の直前だからである。ゆえに、彼が故意にウソの証言をしているとは思えないけれども、もしかしたら勘違いをしている可能性がなくもないだろう。
いや、疑っているわけではない。あるいは他に証言が出てくる可能性もあるので、もし類似の証言がたくさん出てくれば、彼の証言もよりいっそう確実になることだろう。それを期待したいところだ。

今の段階ではっきり言えることは、顕正会ならばやりかねない、ということだ。

なぜならば、写真の合成は知らないけれども、ビデオ放映においては内容の改竄が行なわれているからである。
もちろん、擁護の立場で言えば、それは編集作業の一環となるのだろう。しかし、それが巧みであればあるほど、ひじょうに怖いことだと思う。
具体例は別の機会に紹介することにしよう。

さて、合成か否かはともかくとして、今回の顕正新聞第1147号はあまりよくないと思う。

まず、第一面に全体写真があって、ひじょうに壮観である。それを裏返すと第八面、すなわち宣誓の写真が載っている。なんと、この写真もほぼ同じアングルから撮られていて、しかも全員が起立していることでは同じなのである。
男子部長の立ち位置が違うだけで、他には特に変化がない。ほとんど同じ写真みたいなものなのだ。
いちおう、新聞をお持ちでない人のために説明を加えておくと、会長講演の前に宣誓があった。それが第八面掲載分である。そして一面は会長講演なのであるが、まさに講演のクライマックスとも言うべき段階で、先生は全員に起立を促がしている。そして先生も起立して、例の「あと十二年」の宣言をしたわけである。
いわば、最初の宣誓は男子部長を筆頭にしての全男子部員による浅井先生への誓いであり、会長講演では先生を筆頭にしての全顕正会員による大聖人へのお誓いということなのだろう。
そういうわけで、ほとんど同じ構図の写真が二枚でき上がった。それはいいけれども、それを一面と最終面に掲載しているところがいかにも芸がない。

同じ方向からの写真しかないと、もしかしたら写っていない部分に空席がたくさんあるのではないかという疑いを持たれてしまう。
おそらくはその意味であろう、三面には左後方から舞台に向かっての全体写真がある。ちなみに、先の二つの写真は舞台から会場全体を写したものである。
全体写真はもう一つ、七面に載っているけれども、これも舞台から写したもので、一面ないし八面の写真とほぼ同じアングルである。
つまり、二方向の写真しかない。いちおうは、ほぼ全体を捕捉しているけれども、じゃっかんの死角がある。この辺がやや説得力に欠けるところだろう。

写真に関して、最後にもう一つだけ書いておく。

拍手をしている写真がいくつか掲載されているが、そのすべてに共通することがある。ご存知の人も多いことだろう、なんと、拍手をしながら頭を下げているのだ。ほとんど全員が、である。
おそらく顕正会員は何も感じないだろう。それが顕正会では普通だからである。
しかし、教えて差し上げたい、これを一般人が見るとひじょうに奇異に映るのだ。創価学会ではこれを伏せ拝まがいの奇行であると指摘するし、確か宗門でも同様の指摘をしていたはずである。いわんや一般人をや、であろう。わたくしはこれを改善すべきだと思う。

しかし、顕正会の首脳部はなんとも思わないのだろうか?


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