2010/1/31

愚裏医医医医院?  
山門入り口氏のコメントはひじょうに理解し難い。可能であれば再説明をお願いしたいところだ。

住宅ローンを組んでいるのですから、つなぎではないでしょう。

これはわたくしの推測を間違っていると言っているように聞こえるが、しかし、その理由というか説明がまるで不明瞭である。なぜ、住宅ローンを組んでいるとツナギではないことになるのか、それがまったく理解できない。

自分の個人資金で購入するのなら、最初からローンを組んで購入て事で良かったと思いますよ。

ああ、なるほど、おぼろげながら意味がわかってきた。ようするに最初から個人名義で購入すれば何の問題もないのに、なぜに顕正会名義で購入したのか、最初から住宅ローンを組んでいれば疑惑を取り沙汰されることはなかったではないか、という意味なのだろう。
しかし、それならば、わたくしの論旨とさしたる違いはないことになる。それにもかかわらず、瑣末な部分の違いを取り上げて、何やら真っ向から意見が対立しているみたいに書く。そこが山門入り口氏の文章の難解さの原因だろう。
不動産取引についてはシロウト同然のわたくしではあるが、いちおう「つなぎ融資」という言葉くらいは知っている。つまり、最初からローンを組むのはできない相談である。普通はどうしてもツナギが必要なのだ。
失礼ながら、山門入り口氏はこの点を見逃しているのではないか、だから要領を得ないコメントになっているのではないかという気がする。

もちろん、ツナギにしても本当ならば金融機関から融資を受けるべきが筋である。しかし、先生はそれを顕正会の金で済ませてしまったのではないか、というのがわたくしの推測であり、これを公私混同であると指摘しているわけである。

さて、これについて山門入り口氏はさらに大胆な推論を展開している。
ようするに、顕正会が物件を購入する時には前所有者との折衝があるから安くはならない、おおむね相場の値段で購入するわけだろう。しかし、さらに今度はそれを浅井個人が安く購入しているというのだ。顕正会=浅井先生みたいなものである。価格の交渉など必要ない。自分で決められるのだ。
もしこれが事実ならば大事件である。仮に前所有者から五億円で購入したとしよう。そして次の段階は、顕正会から浅井個人への転売であるから、値段はどうにでもなる。仮に二億五千万円だとする。これは実質的に顕正会の金を二億五千万円横領したのと同じことになる。まさに大事件である。

しかし、証拠はあるのだろうか?

山門入り口氏は相変わらず理解できていないようだが、もしこれが事実無根であれば氏の発言はきわめて悪質な誹謗中傷に当たるのだ。もうそろそろ、いい加減に気がついてほしいものである。

さらに氏は、形だけ顕正会から購入・・・と書いているが、これも証拠が必要であろう。

わたくしの思うに、そもそも顕正会=浅井先生であれば、そんな小細工は必要ないだろう。櫻川氏は『迷走する顕正会を斬る』で、広布御供養は非課税であり、そっくり浅井会長の懐に入る、などと過激なことを書いている。さすがに言い過ぎだろうと思うが、いずれにしてもこれは小細工の不必要を裏付けるものだと思う。むしろ小細工をすれば、家宅捜索などの機会に発覚するのがオチであり、ますます墓穴を掘るだけのことである。

以上の理由により、山門入り口氏の書いていることにはまるで必然性が感じられないのであるが、いかがであろうか?

ところで話を戻すが、住宅ローンを組んでいるというのは、いったい何を根拠に書いているのだろうか?

最後に、これは閲覧者諸氏にお尋ねするが、浅井先生が常盤台から盆栽町に転居した時期、あるいは小峰理事や克衛が転居した時期、これをご存知の方にはぜひともコメントをお願いしたいと思う。

その他にも種々のコメントを頂戴しているが、とりわけ新人職員Y氏からのコメントが貴重である。
おっしゃるごとく、花野論文と先生の宗門攻撃の因果関係は必ずしも明瞭ではないと思う。わたくしの書き方もヘタだったのだろう。少なくとも宗門攻撃に転ずる引き金の一端を担っているのではないか、とは言えるはずである。
また、平成十六年の重大事項は一国諌暁と主任理事失踪・・・これは誰もが同様に感じていることであろう。実際、これを受けて他のコメント者たちも主任理事のことに言及しているくらいである。顕正会の中では未だにこの問題を引きずっているらしい。
それはともかく、新人職員Y氏にはじゃっかんの記憶違いがある、というか不正確なところがあると思う。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1248.html

ほぼ一年前の拙稿であるが、ここに明らかなごとく主任理事は平成十六年に失踪したわけではなく、その後も平成十八年の五月までは辛うじて表舞台にとどまっていたのだ。

ゆえに、わたくしは別の考え方もあり得ると思う。たとえば、浅井先生の宗門攻撃に克衛は反対だった。しかし、先生は克衛の意見を聞き入れず、突っ走ってしまった。そこで克衛は先生に対して愛想を尽かしてしまった。

前後関係に照らしてそれほど矛盾がないと思うのだが、いかがだろうか?

なお、理事長人事については、顕正新聞の出来を待つことにしたい。

2010/1/29

公私混同を糾弾する  
一週間ほど前の山門入り口氏のブログに、浅井家豪邸の謎!と題する記事が出ている。これはひじょうに興味深い話なのであるが、しかし、かなり危険な行為だと思う。ようするに個人情報の観点から問題がなきにしもあらずなのである。
登記簿の閲覧はいわゆる知る権利というのだろうか、誰もが法務局に行けば可能である。この件については以前、水無月氏から閲覧を勧められたことがあったけれども、何しろ面倒臭がりのわたくしであるからそのまま何もせずにいた。そうこうしているうちに、山門入り口氏のサイトに登記簿の内容を伝える記事が掲載されたわけである。
知る権利があるのはもちろんだが、同時に個人情報の保護という問題もある。つまり、法務局で登記簿を見るのは自由だが、その情報を出してしまったら問題になるのではないかということだ。

ただし、社会正義の観点から・・・いわゆる大義名分の意味において、浅井先生の側に不正があればそれを暴く必要がある。わたくしは法律に疎いが、おそらくこのような場合は個人情報の保護よりも不正を糺す行為が優先されるのではないかと思う。ましてや日本国を独走すると豪語する、会員数が百万人を超えるほどの宗教団体の長であれば、なおさらのことだろう。

さて、浅井家の私邸についてであるが、いったい何が問題になるのか、その要点を述べよう。
なんと現在の浅井家は、平成十二年の三月に顕正会が購入し、それを半年後に浅井先生が購入したというのだ。
これは不可解である。あくまで私邸なのだ。それを顕正会の金で買うとすれば、公私混同も甚だしいことになる。浅井先生はこんな常識的なこともわからないのだろうか?
一つ考えられるのは、当初はそれでいいと思っていた。何しろ顕正会=浅井先生だからである。しかし、さすがに何かの時に発覚するとマズイと思い直したのかもしれない。別件ではあるが近年に至って、警察の家宅捜索をしばしば受けているくらいである。そこで、個人名義に直しておいたほうがいいと考えて、半年後にそれを実行した。

しかしながら、上述のことはかなりイジワルというか悪意の解釈ないし推論である。こういう場合、基本的には出来得る限り善意の解釈をするべきというのがわたくしの信念であり、これまでにもそれを実行してきた。さて、この件に関してはどのように理解すべきだろうか?

http://white.ap.teacup.com/ganko/681.html

ずいぶん昔の文章であるが、わたくしの書いたものであることは間違いない。今一度、部分的に再掲してみよう。

先生はもともと文京区の音羽に住んでいた。この土地を売却して、板橋区の常盤台に引っ越した。音羽といえば、今では超高級マンションの建ち並ぶ一等地であるが、当時にしても一等地であることに変わりはなかったはずである。ゆえに、おそらくは売却益で自宅と本部会館を建て、それでもおつりがくるほどだったに違いない。
実は板橋区の常盤台もまた、けっこうな高級住宅地なのである。これを売却して、今度は大宮に引っ越した。わたくしはその引っ越し先を知らないが、しばしば盆栽町がどうのこうのと言われている。これは本部会館のある寿能町の隣町に当たるようだ。
ともかく常盤台と盆栽町の地価なり路線価を調べてみるがいい。ここでもベラボウな売却益を得ているのである。


わたくしは浅井先生をけっこう真面目な人間だと思っている。こう書くと各方面から反論があることだろうが、たとえば顕正会の金と自分の金をキッチリと分けているのではないかと想像している。少なくとも家宅捜索などを想定するならば、真面目であろうとなかろうと、そうせざるを得ないはずなのだ。
そこで盆栽町の私邸はあくまで自分の金で購入するつもりだった。上掲のごとく、常盤台の土地・建物を売却すれば、それは問題なく行なえることなのだ。
ここからはまったくの想像であるが、おそらくは常盤台の旧宅をスムーズに売却できなかったのだろう。なかなか買い手がつかなかった。そこでいわゆるツナギの意味で顕正会の金に手をつけた・・・

いや、先生としてはそのように思われるのを嫌ったのではないか、だから最初は顕正会名義で登記した、顕正会の金だから・・・

その後、半年の間に旧宅の売却が済んで、その金で顕正会から買い取った。

ひじょうに律儀な話であるが、浅井先生を真面目であると仮定し、顕正会の金と個人の金をキッチリ分けていると考えるならば、おおむねこのような推測が成り立つのではあるまいか?

いちおう最大限、善意に解釈した場合、この件に関してはどうやらさしたる問題はないという結論になりそう・・・

いや、違う。これでもじゅうぶんに大問題だろう。どちらに転んでも公私混同は免かれない。

本当は現地に行って確認すべきだが、ともかく地図で調べた限り、とてもじゃないが顕正会の施設を建てるような場所じゃない。つまり、最初から浅井家の私邸を目的として購入したことは疑い得ない。それを一時的にせよ顕正会の金で購入したとなれば大問題だ。
浅井先生は知らないのかもしれないが、こんなことは世間で通用しないことである。もしこれを民間企業でやったらどうなるだろう、公務員でも同じことだ。一歩間違えれば横領罪で捕まることになるだろう。
先生としては顕正会の金で購入し、その段階では顕正会名義とし、後に自分の金で買った上で名義変更した。つまり、最大限の努力というか問題が生じないように工夫したつもりなのだろう。
だったら会員一人ひとりにも同じ機会を与えなければいけないはずだ。ようするに、顕正会の金で住宅を購入して会員に住まわせなければいけない。

しかし、さすがにそこまではできないだろう。つまり、浅井先生には顕正会における独裁者としての特権がある。そして、一般会員にはマネのできないことをやってしまっているのだ。それが会員の目にどのように映るか、よく考えてみるべきである。

以上、登記簿の内容をもとに、大胆な想像を交えて書いた。

2010/1/27

花野師の顕正会批判を読んで  
顕正会の重鎮の誰々が表舞台から消えたとの情報があるらしいが、皆さんがよくご存知のごとく、わたくしには特別な情報網があるわけではないので、この手の話ではいつも後手を踏むことになる。別にそれで構わないのだ。
顕正新聞に総幹部会の記事が出る。重鎮であれば、壇上の目立つところに座っていることだろう。おおむね最前列の中央寄りが上座の扱いになる。ゆえに、その辺りに座っている人が急に姿を消せば、誰もが気がつくはずである。
よって、この件については顕正新聞の出来を待つことにしたいと思う。

さて、今日の本題であるが、なぜ浅井先生はキレてしまったのか、である。

これだけでは何の話だかわからないはずである。ともかく時間の経つのは早いもので、平成十六年は遠い昔のようにも感じられるところである。それだけ世の中は目まぐるしいのだ。
この年は、いわゆる一国諌暁の年である。しかし、それは前半であり、後半に至ると様相が一変する。八月に幹部大会を開き、そこで浅井先生は日顕上人を呼び捨てるという暴挙に出た。いつの間にか一国諌暁から宗門攻撃へと顕正会の方向性が大きく変化した。
単なる行き当たりばったりというのがいちばん真相に近いわけだが、それにしても一国諌暁から宗門攻撃へのスライドというのは不自然である。そこには何かしらの理由があるはずなのだ。

わたくしはこれまで、顕正会から宗門への移籍者が激増したからと考えていた。おそらくはこれも間違いではないのだろうが、しかし、直接的な引き金は別にあるはずである。移籍者というのは一挙に大量の移籍もあるにはあるが、普通は一人抜け二人抜けという感じのはずだと思う。ゆえに先生がこの一事だけでキレてしまったとは考え難い。

実は今回、たまたま法太郎のサイトを閲覧していて、思わぬ発見をすることができたのだ。わたくしの思うに、浅井先生は花野充道師の著述に逆上したのだろう。道心第二十九号は宗門で波紋を呼んだことで知られる。しかし、わたくしはそうした情報をネット上で散見するのみであって、当該書籍を購読しているわけでもないし、いったい何がどのように問題だったのか、まったく知らなかった。ところが今回、法太郎のサイトにその三分の一ほどが掲載された。そこで一通り読んで驚いた。

道心第二十九号の花野論文は、宗門のとりわけ執行部批判ということで波紋を呼んだ。結局、二十九号は全面回収を命じられ、道心は廃刊を余儀なくされた。
しかし、わたくしの読む限りではそれほど違和感がないというか、むしろ真面目な是正提言のように読めるのである。これで回収ないし廃刊はまったくヒドイ話であり、逆に一般人の感覚からすれば宗門執行部のほうがどうかしているとも感じられるのではないかという気がするくらいである。
さて、わたくしが驚いた理由であるが、それは花野師による激烈なる顕正会批判である。つまり、当該論文は宗門批判というよりは顕正会批判の書ではないかと思えるほど、花野師の顕正会に関する記述は激烈を極めるのだ。

北朝鮮のように、世界の国々から嫌われ、孤立しながらも、ただ自国だけが正しいと言い張る独善性は、原理主義の顕正会に共通するものである。

おそらくはこれが遠回しながらも宗門執行部を批判していることになるのかもしれないが、顕正会員にとってはそんなことはどうでもいいことだ。これはまさに顕正会批判そのものであり、遠回しも何もありゃしないのである。

「引かれ者の小唄」という言葉がある。負けおしみで強がりを言っている人のことである。原理主義者の顕正会会長は、まさにそれであると思う。

前後するが、この項目に付された小見出しが次である。

[引かれ者の小唄をうたう原理主義者]

これには浅井先生も激昂せざるを得ないだろう。道心の当該号が発刊された正確な日時を知らないが、先生はこれを読んでキレたのだ。そして八月の幹部大会において、宗門攻撃を開始する。
とりわけ、その矛先が日顕上人に向けられたのには意味がある。引かれ者の小唄というのは平成二年の諫暁書で先生が日顕上人に向けて発した言葉なのである。今度はその意趣返しとして、宗門側から先生に向けて発せられた。引かれ者の小唄をうたう原理主義者と。これは強烈である。ゆえに、おそらく先生は花野の背後に阿部がいると邪推したのだろう。
しかし、花野師は日顕上人の指示を受けて書いたわけではない。それどころか師は猊下の不興を買って左遷されたとも言われているくらいなのである。ゆえに、もし顕正会の宗門攻撃キャンペーンの発端がここにあるのだとしたならば、何とも皮肉な話だと思う。

ともかく花野論文には顕正会に関する記述が頻出する。

顕正会の内部では、この会長センセーの品性のないスピーチに異を唱える者はいない。

いかに顕正会の中で浅井氏が偉かろうが、世間的に見れば、日本にあまたある弱小教団の一介の教祖にすぎない。

顕正会を挙げるまでもなく、自分の信仰を唯一絶対と信ずる宗教は「独善」「慢心」の落とし穴に陥りやすい。私は、顕正会のように「引かれ者の小唄」をうたうより、世間の人を納得させることができないのは、自身の非力の放であると反省し、世間の人々のレベルにあわせて法を説いていくべきであると思う。

原理主義にこり固まった顕正会に、弁護士や医者、ジャーナリストや大学教授のような知識人がはとんどいないのはそのためである。顕正会には偉大な会長先生に随従する信者しかいない。

理性的な学問を認めずに、ただ随従を強要する、顕正会のような原理主義では、知識人が全く相手にしないのは当然である。善男善女が盲信盲従しているだけで、知識人の日には狂信とうつるような宗教を、世間の人は「カルト宗教」と言うのである。

顕正会を挙げるまでもなく、原理主義者は「我れのみ尊し」という独善が根底にあるから、世間の人々から嫌われ、世間の人々から遊離してしまうのである。


浅井先生にとって、けっこう堪える文章である。ことに一国諌暁の年である。一国諫暁とは一般社会に対する戦いを意味する。しかし、上掲はどれもが顕正会を全否定するに等しい記述ばかりなのだから、たまったものではない。本当ならば真摯に受け止めるべきではあるが、しかし、やはり人間の素直な感情としてはキレても不思議はないだろう。

最後に因縁めいたことを書くと、平成元年の冨士には次のような記述がある。

花野充道という本宗僧侶でありながら親鸞を讃嘆した脱線坊主・・・

花野師が顕正会をボロクソに書くのも理由があってのことなのだ。

なお、法太郎のサイトから引用した文章には所々に誤植がある。これはおそらく道心の原文が間違っているのではなく、法太郎の入力に問題があるのだろう。彼はその辺が物凄くイイカゲンなのだ。

2010/1/19

冬真っ盛り  
久しぶりの更新となるが、今日は法太郎のサイトの読後感想文である。最初にどうでもいい話を書いておくと、法太郎はスキージャンプの超一流選手たちを間近にして、心臓をドキドキさせただとか、震える手でコーヒーを入れて差し上げたなどと、意外な一面を垣間見せている。

暴力団・創価学会の一面  (小笠原慈聞・狸祭り事件の資料紹介)

そこで本題である。上掲の一文が興味深い。

おそらく拙ブログを閲覧している人たちには説明不要であろうが、かつて狸祭り事件というものがあった。神本仏迹論を唱える僧侶に対し、創価学会側が謝罪を強要した一件である。創価学会側の言い分としては、牧口初代会長が獄死したのはこの僧侶のせいだということなのだろう。また、神本仏迹論は間違いであるから、その邪義を破折・粉砕した、ということなのだろう。

しかし、事件と呼ばれる以上、単なる言論上の問題ではないはずである。それが今回の資料によって明らかになった。

ちなみに浅井先生も、この事件に言及したことがある。二年ほど前にはめずらしく顕正新聞に誤植の訂正記事が出た。ようは神本仏迹論と書くべきところを新本仏迹論としてしまったのだ。また、古くは冨士の二百七十一号、いわゆる試練と忍従の歴史に記述がある。

 さて、学会の宗門制圧の手口は、二代戸田会長の頃は、直接暴力に訴えて僧侶を畏怖せしめた。
 たとえば立宗七百年慶祝法要のおり、総本山において一老僧を数百名の青年部員が裸にし、墓地にかつぎ込み謝罪を強要した、いわゆる狸まつり℃膜潤B


浅井先生はこの続きの文章で、当時の創価学会はまだ陽性でご愛嬌があった、などと書いている。これは先生の見解としては至極当然のことなのだろう。さらに続きの文章では、池田会長の宗門統制の手口は戸田時代と異なり陰湿・・・云々としている。単純化すれば、先生は戸田氏に甘いが池田氏に辛いということだ。ちなみに、『迷走する顕正会を斬る』には、浅井先生を戸田氏の思想的後継者とする記述が見られる。なるほど、さもありなん、である。

法太郎の記事に戻って、わたくしがもっとも興味を惹いた点は、小笠原慈聞師をあながちに悪者とは決め付けられない面があることだ。この際、神本仏迹論の法義上の問題はさておき、次の一文がひじょうに示唆的だと思う。

この資料を見ると、創賊の三文小説からうかがわれる事件とはまったく趣を異にするものである。戸田城聖は小笠原慈聞師を殴打してひと騒ぎを起こし、騒ぎが大きくなり刑事も来たことから、見舞金を出して小笠原師をなだめようとした姑息なことをしている。

対して小笠原慈聞師は意気軒昂で、守護する檀信徒もよく末寺教師の名誉のために奮戦した。そのために水谷日昇上人に法論を挑むなどまさに「壮士」たる意志満々たる気迫である。


これは法太郎の所感部分であるが、ようは当時においても骨のある法華講員が存在したこと、とりわけ小笠原師のもとにそうした人々がいたという点は見逃せないところである。わたくしの思うに、当時すでに旧来の法華講員の間に創価学会に対する不信感のようなものが芽生えていたことを窺わせるものだ。また、この事件そのものがその方向に拍車を掛けた意味もあるだろう。

つまり、このまま創価学会の傍若無人ぶりを看過していたら大変なことになる、われわれも頑張らないといけない、という意識を生じさせたのだ。

『迷走する顕正会を斬る』には次のような記述がある。

 昭和三十一年一月、「法之道」の巻頭言で主管(住職に相当)の早瀬道應師は、「学会の人々に遅れじ」と、五ヶ年計画の四年目にあたる今が分岐点であると述べ、安逸を誡めている。
(中略)
 早瀬主管の五ヵ年計画とは、昭和二十八年を初年度として従来の講中組織の統合をはかり、昭和三十二年に精鋭三千世帯を達成するというものである。

なぜ昭和二十八年がスタートなのか、おそらくはくだんの狸祭り事件がその契機の一端を担っているのだろう。事件はその前年に当たる昭和二十七年の出来事だからである。

2010/1/5

顕正新聞新春号を中心に  
新年早々、内容の濃いコメントがたくさん寄せられている。しかし、今日はあえてそれらには触れず、顕正新聞第1158号の話題に入ることにする。

 しかるに、この御遺命成就に身を捨てて戦うべき正系門家が、なんと、「国立戒壇」を否定して偽戒壇・正本堂を建て、これを御遺命の戒壇と偽ったのだ。

年頭の辞であるが、まだそんなことを言っているのかよ、というのが平均的な感想ではないかと思う。三十年以上も前の話であり、しかも正本堂そのものが消滅してすでに十年以上が経過している。ゆえに時代遅れの印象がある。

おそらく先生はこの先もずっと言い続けることだろう。

それならばそれでけっこうだが、しかし、上掲の文章はやや重複的であり、そこが気に入らない。偽戒壇〜偽った、これがよくない。

 「十二年後の三百万」を見つめた第二年目の新春を迎え、

これは総合女子部長の年頭決意である。最初はおかしな文章だと思った。しかし、構文的には間違っていないようだ。つまり、来年になれば、「十二年後の三百万」を見つめた第三年目、となる。そしていずれは、「十二年後の三百万」を見つめた第十二年目、を迎えることになる。問題はいつまで言い続けることができるかだ。

本部会館に次ぐ大規模な会館

四月に完成予定の神奈川会館の記事だ。確かに顕正会にとっては大規模なのだろう。しかし、現地の新横浜はいわば横浜における副都心であり、高層ビルがたくさん建っている。新聞には完成予想図と工事中の写真が掲載されているが、すぐ隣には会館よりも高いビルがある。

盧武鉉は左翼系の弁護士だったが、大統領職に就任するや、いきなり反米・親北に梶を切った。

十二月度総幹部会の会長講演からであるが、ここでの接続詞がちょっと気になるものの、これは必ずしも間違いではないのだろう。問題は梶を切るだ。これはあるいは誤植かもしれない。なぜならば、話の続きには次のごとくあるからだ。

 このような人物が日本の舵取りをするのは、まことに危険千万です。

誤解があるといけないので書いておくが、このような人物とは盧武鉉のことではなく鳩山総理のことである。つまり、前掲の話は鳩山総理の反米・親中を批判する意味で、盧武鉉大統領の政策を例に出したわけだ。
舵取りは車で言えばハンドル操作のことであり、舵を切るはその具体的な行為を意味する。すなわち右に曲がるか左に曲がるか、車の場合もハンドルを切るという表現を使うはずである。ゆえに梶を切るはたぶん誤植だろう。

参考までに『迷走する顕正会を斬る』の文章を紹介しておく。

 妙信講を共に築き闘った幹部を排除し、「冨士」を廃刊し伝統の教学研鑽を放棄し、親族を重用し美田を残すことに舵を切った。

ところで今回の会長講演にはナゾの言葉がある。浅井先生は一貫して鳩山総理をボロクソに言うわけだが、そうした中で次の一文はナゾであり、意味不明である。

母親の鳩山安子さんはいい人ですが・・・

この頃、鳩山総理は違法献金疑惑で叩かれていた。母親から多額の献金を受けたというのだ。これは庶民の感覚からすれば、そのベラボウな額からして、おそらくは総理本人だけでなく、母親に対してもあまり好印象を懐かないだろう。ゆえに上掲の文章は疑問なのだ。

しかし、浅井先生はかつて音羽に住んでいた。鳩山家はご近所さんだった。以前の誰かのコメントによれば、両家には親交があったとも言われているので、もしかしたら先生の発言はそれを意味しているのかもしれない。

これが内部の口コミ指導でどのように使われるか、興味深いところだ。

2010/1/2

反省の弁  
二人の法華講員から新年のご挨拶をたまわった。山門入り口氏は今さら紹介するまでもないが、ユタ氏はご存じない人もいるかもしれないので、簡単に説明しておこう。

この人は昨年まで顕正会員だった。そして冒頭のごとく現在は法華講員である。妙な言い方だが、顕正会員としてインターネット上に登場したことが運の尽きだった。わたくしの見るところ、十中八九が法華講員の餌食になっている。いや、もちろん、これは諧謔的な譬喩であり、他意はない。むしろ自然な流れであろう。

ユタ氏のブログを読むと勉強になる。わたくしとは違って、何でも包み隠さず書いている。たとえば鉄道に造詣が深く、そうした趣味的なことも話題に出てくる。反面、ワザとであろう、文章の肝心なところを抹消するという、何とも不思議な手法を使っている。そこが読者を惹き付けるのかもしれない。

さて、今日はどうしても書いておかなければいけないことがある。まずは昨日のタイトルから入ろう。

苛斂誅求

これはさすがに誇張が過ぎた。基本的に広布御供養は任意であり、強制的に徴収されるものではない。よって、苛斂誅求は不適切な表現である。
もちろん、幹部会員たちは精神的な意味で強いられている。ゆえに、譬喩的な表現として使えないこともないのだが、しかし、国家による税の徴収とは根本的に違うので、そこをじゅうぶんに踏まえないといけないだろう。
たとえば消費税などは、自分たちが意識しようがしまいが買い物をすれば、自動的に徴収されてしまうのだ。直接税にしても同じであって、いわゆるサラリーマンは給料から天引きされる。
一方の広布御供養は、もし本人が絶対に出さないとダダを捏ねれば、まさか強制執行のようなことはできないだろうから、担当幹部もそこで引き下がるしかないはずである。

以上のごとく、苛斂誅求は不適切だった。

さて、いよいよ本題であるが、そもそもどうしてこのような話を書いたのか、すなわち前回ないし前々回の拙稿であるが、これは広布御供養の締め切り延長という情報をよく確かめずに鵜呑みにしてしまったところに話の発端がある。そこで今さらながら確認作業をしてみたところ、結論的には針小棒大ということになりそうだ。

わたくしの知る範囲では、あっつぁの顕正会体験記が情報源であり、それ以外には見当たらないのではないかと思う。
いや、もちろん、その情報が間違っているとか、いわゆるガセネタだとか言っているわけではない。ようはたった一つの情報だけで、顕正会全体を推し測っていいのかどうか、そこに疑問を感じるのだ。
当該情報は第四女子部長が発信したメールなのだろう。いわば流出メールである。以下、転載させていただく。

緊急連絡!
急遽、御供養の振り込みが変更になりました!
区の最終振込みが月曜日の午前中に区の合計を振り込んでも大丈夫になりました。ですので総班長は、追加を金土に思い切り進め一名二名分と追加になったのは区長の口座に日曜日までに入れてもらい月曜日の午前中に区長から本部に振り込んでもよいそうです。1人でも伸ばしていきましょう。


この文面だけでは何とも言えないところである。
もちろん、顕正会全体の方針かもしれない。それをハナっから否定するつもりはない。しかし、女子部だけの話かもしれないし、さらには第四女子部だけの特例かもしれない。
ともかく、この文面だけで結論を出すのは危険である。

ちなみに、どうやら第四女子部には間者がいるらしく、あっつぁの顕正会体験記にはしばしば流出メールが紹介されている。第四女子部長から何人に対してメールが送られるのか知らないが、さらにそれを受け取った幹部は上意下達よろしく後輩に転送するだろうから、末端レベルでは相当の広がりがあるのだろう。ゆえに犯人(?)の特定は困難に違いない。

話を戻そう。そもそも先月二十六日は土曜日である。すると、わたくしの感覚では週明けに送金という形で問題を感じないのだが、いかがだろうか?

いわゆる金融機関の表現を使えば翌営業日ということである。いや、もちろん、横田理事が総幹部会で締め切りを二十六日だと発表しているわけだから、期限が延びたのは事実であろう。しかし、大騒ぎするほどの延長期間とも思えない。翌営業日に各地の担当幹部が本部に送金するので、それに間に合えばよろしい、というくらいの意味しか見出せないのだ。たとえば折伏の締め切りが二十六日だったとして、ではその日の夜、午前零時を回ってしまったらアウトなのか、答えは顕正会経験者ならば誰もがわかっていることだろう。現実には朝まで戦っているのだ。

よって、先日来の拙ブログにおける広布御供養の期限延長についての話題は、針小棒大だったということで、大いに反省したいと思う。

2010/1/1

苛斂誅求  
本年最初のブログである。ゆえに気持ちも新たに取り組みたいところだが、さりとて昨年からの流れを無視するわけにも行くまい。

沖浦氏より挨拶をたまわった。わたくしのような者にまで声を掛けて下さるのだから、ありがたいことだ。これが氏の人気の秘密であろう。

raiden氏は顕正新聞元旦号の写真について云々しておられるが、これは続報を待つことにしたい。

さて、水無月氏とニシケン氏からは、前回の拙稿に対するコメントが寄せられている。

まず、法務局で登記簿を閲覧せよとの提案であるが、当然ながら面倒臭がり屋のわたくしにはまったくその気がない。ようするに浅井家の私邸がどのような形で登記されているか、浅井家の個人名義なのか、それとも顕正会の名義なのか、それを確かめたらどうか、という水無月氏からの提案である。
前回すでに書いたごとく、これは常識的に考えて個人名義のはずだが、もし万が一そうでなかった場合、いったいどういう意味になるのか、これについては各氏の見解を聞きたいところだ。
もともと浅井家は音羽にあった。それが常盤台に移転し、さらに現在地に移ったわけである。当然、音羽時代は浅井名義であろうし、常盤台の時も同じはずである。それがいったいどうして、今の住居を顕正会名義にする必要があるのか、その積極的な理由が知りたいわけである。
ゆえに、たぶんそれはあり得ないことであり、今もあくまで個人名義になっているはずだ、というのがわたくしの意見である。

よって、面倒臭がり屋のわたくしではあるが、それを抜きにしても、わざわざ調べる必要もないのではないかという結論にならざるを得ないのだ。まあ、しかし、世の中にはいろいろな人がいるから、興味を懐いて調べてみようと思う人もいるかもしれないし、あるいはすでに確認済みという人もいるかもしれない。ともかく、わたくしはさして気にしていないが、すでに確認済みの人がいるのであれば、一報を入れていただければと思う。

次に呼び捨て問題であるが、これは一言、鋭い、と申し上げておきたい。

わたくしは敬称をつける場合、○○氏と書くことが多い。これがいちばん無難だからである。
しかし、克衛に対しては氏を付さない。それが単なる誤字脱字だとか、うっかりミスではなく、ほぼ一貫していることに気付いたという意味で、水無月氏はひじょうに鋭い。
では、なぜ呼び捨てなのかであるが、いちおう、これはナゾのままにしておこう。

ちなにみ、最近は法太郎も呼び捨てである。最初の頃は法太郎氏と書いていたけれども、今は敬称を入れていない。

巌虎さんの推測であれば、財政難による締め切り延長ではなく、前年割れを逃れる為の処置であると。顕正会、いや、浅井さんの面目を保つ為に取られた処置であるなら、尚更醜い話しであると思います。景気悪化で失業率も上昇しています。会員は派遣やアルバイトに従事している者が多いと聞きます。活動を中心にやっている障害だと思います。こんなご時勢であるにも係わらず、面目を保つ為に会員を追い込むのは慈悲が無いと思います。
また、水無月さんが書いておられる様に、延長は他所からつけ入る隙を与えた事になります。現に他所では無慈悲の行為、お金をむしり取る行為と噂されています。
これでは、逆に浅井さんの面目を潰している事になりますね。
結局、面目より金集めに走った事になります。

一族の維持繁栄を目論んでの事でしょうか。


さて、敬称の問題はこれくらいにして、いちばん重要な話題に触れたい。上掲はニシケン氏のコメント全文であるが、大事なことがたくさん詰まった文章だと思う。

浅井先生の面目を保つために取られた処置ならば、なおさら醜い・・・

つまり、財政難が理由のほうがよほどマシだということだろう。なぜならば、会員には派遣やアルバイトで生計を立てている人が多く、今はひじょうに厳しい経済状況だから、会員個々の生活そのものが苦しいはずなのだ。それにもかかわらず、先生の面目を保つために、会員に無理を強いている。これほどの無慈悲もあるまい・・・

ニシケン氏の言わんとしていることは正しい。ただし、じゃっかん修正意見というか浅井先生の心理をわたくしなりの忖度すると、いわゆる面目とは異なると思う。
ネット上には口の悪い人がたくさんいて、十二年後に三百万などできっこないと言うにとどまらず、顕正会が存在しているかもアヤシイだとか、どうせ浅井は生きていないだろう、などと言う人もいる。『迷走する顕正会を斬る』においても、そのような悪口とは性質が異なるけれども、ほぼ同趣旨の指摘がなされている。
実は浅井先生自身がいちばんよくわかっているのだ。表向きは一貫不変をうたっているものの、己れの発言にブレがあること、迷走とは言わないにしても道なき道を手探りで進んでいるという、そうした自覚が先生にはあるのだ。
しょせんは凡夫である。不安もたくさん感じている。そうした中で、一つの指標というか安心がいわゆる折伏成果である。しかし、そこにはデタラメな折伏が横行し、名ばかりの入信者が多いという実態がある。また、入信報告書の偽造という問題も発覚した。
つまり、すでに折伏成果という数字は信用できない、これでは安心が得られない、先生はそれがわかっている。そこでようやく、お金はウソをつかない、という話につながるわけだ。
ところがここに来て、広布御供養もはかばかしくない状況になってきた。たとえ微増であったとしても、前年比で少しでも伸びていれば安心できる。しかし、それがまったく伸びなくなってしまったら、それどころか後退を始めたらどうなるか・・・物凄く不安であろう。
よって、単なる面目を保つという意味ではなく、先生自身のとてつもない不安が期限延長という行動にあらわれているのではないか思うのだ。

しかし、ニシケン氏の言うように、結局はそれが会員を苦しめることになるのだから、ヒドイ話であることに変わりはない。

顕正新聞の元旦号に十二月度総幹部会の模様が報じられている。そこでさっそく会長講演を読ませてもらったが、今回の講演で特筆すべきことは、広布御供養のことに一切触れていない点かもしれない。
わたくしは広布御供養の締め切りがいつまで延期されたのか知らないが、少なくとも十二月二十一日よりも後なのだろう。先生は年末の総幹部会で、会員の真心の御供養に対して、必ず礼を述べるはずだからである。

最後に、シツコイながらも書いておきたい。

広布御供養の期限延長の詳細をわたくしは知らないが、結局のところ苦しむのは真面目な活動会員である。これは顕正新聞の多重購読と同じだ。いくら締め切りを延ばそうが、今さら信心の無い人に呼び掛けても御供養に参加するはずがない。そうすると、結局は活動会員たちが不足分を引っ被ることになるのだ。

同日追記:新年早々、間違ったことを書いてしまった。十一月度総幹部会における横田理事の発表によれば、広布御供養の締め切りは十二月二十六日である。すると、期限はいつまで延びたのだろうか?


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