2010/4/10

会長の催眠術  
今朝になってコメントが続けざまに寄せられた。それで、どうやって話をまとめたらいいのか、ひじょうに難しくなった。

まず、ユタ氏関連として、「試練と忍従の歴史」であるが、これはまさに正宗における歴史認識の問題である。もちろん、それに続く「御遺命守護の戦い」も歴史認識であり、双方の主張に隔たりがあるのは日本と近隣諸国の関係と相似をなしていると言えるだろう。ともかく時間と共にその貴重な体験者たちがいなくなってしまうので、今のうちに不明な点を明らかにしていく作業はそれなりに有意義なことだ。その意味で『迷走する顕正会を斬る』はひじょうに価値の高い書籍だと思う。他にも当時の事情を知る人がいるのであれば、ぜひとも語ってもらいたいものである。

次に、ニシケン氏のコメントであるが、こう言っては語弊があるかもしれないが、ひじょうに面白かった。会長の催眠術は名言だと思う。おそらく催眠術師にも得手不得手があって、催眠術を掛け易い相手とそうでない相手がいるのだろう。当然ながら壮年層がいちばんの難敵である。

そこで今朝の小石川氏のコメントであるが、これが痛烈だった。その一部を紹介しよう。

センセィに魅力があれば、願わずして同年代の人材は集うはず。

子供は騙せても、大人は辟易。


先生の表記をセンセィとしているところからして、すでに挑発的というか小馬鹿にしている感じがする。

ところで、今朝のもう一つのコメントの、大沢克日子というのはどのように読むのかわからないが、それはともかく、氏はわたくしとほぼ同じような経験をしておられる。
しかし、これについてはじゃっかん、浅井先生の側に立って弁護をしておく必要があるかもしれない。
わたくし自身、先生の指導の裏側というか一種の手口みたいなことを知って失望した旨、書いた。ようは他人の受け売りにもかかわらず、それを伏せてあたかも自分が発見した事実みたいな話し方をすることだ。それを幹部会員たちは、浅井先生のご見識の深さにひれ伏す思いとなった、みたいな持ち上げ方をするわけである。
確かにこれはよくないことだ。そこで先生も少しは反省というか、やり方を変えたのだと思う。どういうことかと言えば、最近はほとんどが出典を明示した上で自説を展開するようにしているのだ。
ところがである。今度は別の角度からツッコミが入ってくるのだ。一例を挙げれば、最近の浅井先生は中国研究の平松茂雄氏の書籍を引用することが多い。すると批判者たちは言うのだ、浅井は自説に説得力を持たせるために著名な学者の説を利用している、と。別の言い方をすれば、著名な学者を利用して自説の権威付けを行なっている、となるだろうか?
先生の弁護をしておく必要があるというのは、このことだ。出典を隠せば、それはそれで批判される。しかし、出典を明かしても、これまた批判されてしまうのだ。まさに踏んだり蹴ったりである。

生意気を言うようだが、わたくしはこうした点も踏まえて文章を書いているつもりだ。

そこでいよいよ三月度総幹部会の会長講演である。

近づく国家破産は他国侵逼の先難

わたくしは昨日、壮年部をどうするつもりなのか、という疑問を発した。人事発表を見る限り、壮年部は先細りする一方であり、まったく希望が持てない状態である。いったい先生は何を考えているのかと思うが、実はかつて先生は壮年部に対して催眠術を掛けたことがあった。それが壮年部大会である。
はたして催眠術に効果があったのかなかったのか、今日的に見れば、効果がなかったことになりそうだが、ともかく催眠術を掛けようとしたのは事実である。
ようするに壮年部向けの講演を、早い話が壮年たちに関心が高いであろう事柄を厳選して講演したのだった。具体的には経済問題であり、その最悪の事態として国家破産に至るシナリオを詳細に説明した。それが壮年部大会だった。

その意味では、今回の講演も比較的に壮年部向きの指導ではないかと思われるが、いかがだろうか? 催眠術の効き目はどうか、ということだ。

顕正会の批判者たちはどうしても色眼鏡で見てしまうので、会長講演に対してはいつも辛口である。しかし、わたくしは今回の講演を読んで、けっこう説得力があると思った。もちろん、問題点もなくはない。それは後述するつもりだが、とりあえず全体的な構成は見事であり、他国侵逼の恐怖がおぼろげながらも見えてきたような気がするのだ。

今回の講演はその大半を経済問題に費やしている。ここでその詳細を取り上げるだけの余裕はないが、なるほど国家破産もいよいよ現実味を帯びてきたようである。

 この国家破産ということが、日本国民にどれほどの悲惨をもたらすか――

この後、先生は国家破産の悲惨を詳細に説明しているが、ここは批判者ならば、浅井が得意とする不安心理を煽る手法、などと思うかもしれない。しかし、わたくしは別の感慨を懐いた。もし国家破産が現実に起きたならば、それはそれで仕方がないのではないか、われわれ国民はそれを甘んじて受けるべきではないか、という一種の諦観である。いや、むしろ裸一貫でやり直す、ゼロから再スタートする、今の日本人にはそれが必要なのではないかという気がする。わたくしは悪くないと思う。

なぜならば自己責任だからである。国のせいだとか政治家のせいばかりにしていられない。それは責任転嫁ですらある。理由は簡単だ。今は国民主権の時代である。政治家たちの失政は、われわれ選んだ側の責任でもあるのだ。ある意味、だからこそ昨年の衆院選において、自民党ではなく民主党を選んだのだろう。つまり、国民だって今のままじゃダメだということに、気がついているのだ。

以上の理由から、国家破産の時には国民一人ひとりが責任を負って当然だと思う。それが今日の民主主義というものだろう。

さて、わたくしはここに来てようやく他国侵逼の恐怖がわかってきた気がする。国家破産であれば、またゼロからスタートすればいいのだ。自分たちの失敗は自分たちで解決すればいい。しかし、他国侵逼の場合はそれが許されない。そうした権利さえも奪われるからこそ他国侵逼なのである。再スタートも何もない。なぜならばスタート地点が存在しないからだ。それが国を失い家を滅せばという意味に他ならないのだ。

浅井先生が他国侵逼を最も重大な災難に位置付けるのはもちろん御書に基づくわけだが、まさに今回の講演の構成もそのままである。ゆえに説得力があると書いたのだ。

それでは問題点に移ろう。

 今や多くの学者そしてマスコミが、一斉に「国家破産の到来必至」を叫ぶようになって来たが、私はその到来を、遅くても五年以内、早ければ二・三年後と思っております。

またしても予言(?)である。前述のごとく、わたくしは国家破産をあり得ないことだとは思わないし、むしろ今の日本人には必要なことかもしれないとすら思うほどであるから、それが五年ないし二・三年のうちに起こっても構わない。しかし、浅井先生の予言は当たらないことで定評がある。つまり、いずれは国家破産の到来があるだろうけれども、それはもう少し先のことではないのかというのがわたくしの予想するところである。

正直な感想を書くと、浅井先生の予言は己れの自己都合による願望から発せられているのではないか、と思わずにいられないのだ。

 今後十二年のうちに・・・(以下省略)

つまり、あと十二年という目標が足枷になっていて、その逆算からすれば少なくとも五年以内に国家破産が起こってくれないと困る、という自己中心的発想がそのような発言をなさしめていると思えてならないのである。

話が長くなったが、もう少しだけ書いておこう。前後するが、会長講演の前半には次のごとくある。

 私はこの国家破産について、十三年前の平成九年の第一回諫暁書「日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず亡ぶ」において、「必ず国家破産が起こる」と指摘した。
 さらに六年前の平成一六年の第二回諫暁書「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」においても、重ねて「国家破産は回避不能」と言い切った。
 しかし人々は無視した。「経済大国日本が破産するわけがない」と、みんなが高を括って無視した。


無視した・・・というのは、いかがなものかと思う。一種の言い掛かりだろう。それなりの見識を備えた人であれば、国家破産そのものの危惧に異論を唱えることはないし、実際に諫暁書を読んでその点に関しては共感・共鳴する人も多くいたはずである。しかし、それがイコール日蓮大聖人への帰依、実質的には顕正会への入信ということだが、残念ながらそこには結びつかなかっただけのことである。ある意味、これは浅井先生の非力ゆえであろう。タイトルこそ鮮明であるものの、現実には読者に帰依の気持ちを起こさせることが出来なかった。それを棚に上げて相手を責めてもどうにもなるまい。

さらに、おそらくは先生も承知しているはずだが、次のような事情も勘案しなければいけないことである。

 平成九年八月三日、発足四十周年記念幹部会が開催された。浅井会長は、「日本を揺り動かす力は、五十万ではとうてい足りない。百万、二百万、三百万でも足りない。五百万でもまだ足りない。・・・国立戒壇建立への最終段階の戦いとは、本年七月十六日の一国諌暁に始まり、やがて他国侵逼が事実となって、仏弟子一千万人の諫めにより日本国が一時に信ずるとき、この戦いは終わるのであります。・・・私は本日、この大事な集会において御本仏大聖人に対し奉り、顕正会の会長として断じて一千万を成し遂げることを、固くお誓い申し上げる」(「冨士」第三百八十八号、平成九年八月)と述べ、一千万達成を誓った。

これは『迷走する顕正会を斬る』からの引用であるが、もはや説明はいらないだろう。浅井先生もよくわかっているのだ。顕正会の存在が小さいゆえに注目されない。ゆえに当時は一千万を目指していたわけである。

無視するの微妙なニュアンスを知るべきだ。確かに注目されないことも無視と言えなくもないだろう。しかし、通常は相手の存在を重々承知の上で意図的に無視する、俗に言うシカトが無視の一般的な用法のはずである。顕正会の場合はその存在自体が小さくて見えないのだから、国民の大多数は何も意図的に無視しているわけではないのだ。

ゆえに、あるいは浅井先生の予言どおり、五年以内に国家破産の到来があるかもしれない。さりとて、それをキッカケにして顕正会に多くの人が集ってくるとは限らないのだ。

最後に、もし自信があるのならば、テレビなどに出演して日本国民全員に催眠術を掛けてはどうか、と言いたい。

2010/4/9

感情移入  
八十四歳の人が終戦当時、昭和天皇の「私はどうなっても構わない」云々のお言葉をラジオで聞いたという話が顕正新聞に出ていて、わたくしは前回、これに疑問符を付けた。nabe氏のコメントにあるごとく、どうやらこれはわたくしの疑問が正しかったようである。これだから顕正新聞の体験発表は創作だとか作文などと言われてしまうのだ。善意に受け取るならば、半世紀以上も昔のことなので、単なる記憶違いというか記憶が錯綜しているのだろうと考えられる。しかし、そこをフォローするのが編集部の仕事だろう。それをせずして、そのまま掲載してしまうからいけないのだ。

ユタ氏は「試練と忍従の歴史」を読んで、涙したと書いている。これは正直な告白なのだろう。わたくしは涙こそ出なかったものの、それなりに心が動かされた。おそらく顕正会側の立場の人が読めば、個人差はあってもおおむね同じ感慨を懐くものだと思う。

ちなみに読書家というのは、委細に見ればタイプがいろいろあるのかもしれないが、おおむね感情移入のうまい人たちなのだと思う。別の言葉で、忘我と表現してもいいかもしれない。
憑依という現象がある。おそらくは別の人格が乗り移るようなことを意味するのだと思う。早い話がオカルトの世界である。しかし、感情移入はそれとは異なるのだ。
ここに一冊の本があるとする。驚くなかれ、感情移入というのは読者が本の中に入って行くのだ。本の中に入る? なんだ、そりゃ? それこそオカルトではないか?
おっしゃるとおり、本は紙で出来ているので、その中に人間が入り込むことは物理的に不可能である。ところが読書家はその不可能を可能にしてしまうのだ。

拙ブログをお読みになられている人はたいていが読書家だと思うので、おそらくはわたくしの言わんとしていることがわかるはずである。理解できない人は修行が足りないのだと思う。もちろん永遠に理解できない人もいることだろう。

それはさておき、三月度総幹部会を報ずる顕正新聞第1167号が届いているので、今日はそれを書きたいと思う。

まずは人事からだ。昨秋、男子部の第一部長が交代した。その折、前部長の失脚が取り沙汰されたが、彼は今回の人事で第七部長に任命された。何をやっているのかさっぱりわからないが、第七部は十隊・五十七隊・六十二隊の三箇隊を統括する組織であり、神奈川県がその中心のごとくである。すると、神奈川会館のオープンを控えた今の時期、タイミングとしては悪くないだろう。しかし、第十一部はいかがなものか・・・

 さらに壮年部の九州地区が男子部に編入され・・・、九州に新たに男子第十一部が結成・・・

またしても壮年部の地区が消滅した。上掲の記事、九州地区が男子部に吸収・・・と書いてあったら笑えるところだが、さすがにそこまで自虐的な記事は書けないだろう。ともかく壮年部はどうなってしまうのか、もしくはどうするつもりなのか、そこが気になるところである。

北朝鮮 体制崩壊の危機!

顕正新聞にも、こうした時事ネタが時折、掲載される。しかし、この記事の目的は何だろう。いや、いきなり目的などと書くとワケがわからないかもしれないが、ようするに顕正新聞に掲載される社会記事というのは偏重があって、何かしらの意図があって掲載されるものだと考えられるからである。たとえば何年か前に、アンドロメダ星雲に関する記事が掲載されたことがある。ただ単にそれだけならば、いったい何のために載せたのか意味がわからないけれども、これは明らかに仏法と関連付けられた記事だったのだ。

http://white.ap.teacup.com/ganko/529.html

暇な人はリンクを開いてみるといいだろう。

話を戻して北朝鮮である。本文は省略させてもらうが、上掲のごとく、崩壊の危機にあるという。いったい何が言いたいのだろう。

実は十年ほど前だろうか、たぶん合宿研修会の講演だったはずであるが、もし朝鮮半島で動乱が起これば、大量の武装難民が日本海を渡って上陸してくると言っていたことがある。もしかしたら、その意味を含んでいるのかもしれない。ある意味ではそれが他国侵逼の序分みたいな位置付けになるのだろう。

しかし、九州が吸収ではないが、どうも自虐的な記事に思えて仕方がないのだ。顕正会を批判する人たちの多くは、顕正会と北朝鮮の類似性をあげつらう。たぶん編集部というか顕正会の首脳部はそれを承知していることだろう。だったら気をつけるべきだ。うっかりすると、上掲の記事は顕正会の崩壊を暗示しているようにも受け取れるのだ。もし読者の多くがそのように感じたならば、何とも皮肉な話ではないかと思う。顕正会では自虐史観を批判しているが、実は顕正新聞がいちばん自虐的かもしれないのだ。

ちなみに武装難民の話は、うっかり失念してしまったけれども、どこぞの学者だかジャーナリストが主張していたことである。曖昧な記憶で恐縮だが、当時の浅井先生はこの話を出典を伏せたまま講演していた。わたくしは後日、たまたまラジオ番組でまったく同じ話を耳にして、先生に対してわずかながら失望したのだった。

2010/4/4

謎のラジオ音源  
前々回の拙稿に対して、ありの金吾氏から貴重なコメントを頂戴したので、ここに転載させていただく。

お久しぶりです。
 
>ご存知のごとく、顕正会では他宗をすべて邪宗であるとして、その葬儀に列席することを謗法与同に当たることとしている。
>ゆえに熱心な活動会員はそのような場所には行かない。
 
必ずしもそうではありません。
少なくとも3隊では邪宗の葬儀には参列してもよいことになってました。
私もS野3隊長も邪宗で行われた祖母の葬儀に参列しています。
 
私は祖母の葬儀に参列するのにあたり、顕正会の儀礼室に直接電話して問い合わせました。
その結果、以下のことがわかりました。
 
・記帳して香典を出すのは問題ない。
 
・邪宗の僧侶が読経している部屋の外なら、葬儀に参列してもよい。
 
・邪宗の本尊には手を合わせてはいけない。
 
・邪宗の僧侶に従って読経してはいけない。
 
・邪宗の僧侶と同じ部屋に入って(座って)はいけない。
 
しかし、これらは顕正会の公式見解であり、正しくは日有上人の化儀抄を拝読するべきです。
まあ、顕正会では化儀抄の存在すら教えませんが…。


これでわたくしの危惧はいくぶん緩和された。問題はこれがどれだけ周知徹底されているかだろう。ともかく顕正会員は極端で、活動に熱心になればなるほど、他のことがおろそかになる傾向にある。ゆえに謗法与同がどうのこうのというよりも、活動と関係のないことには無関心になってしまうところが問題なのだ。つまり、世間の常識では葬儀に出るべきが筋であっても、そんなの関係ない、顕正会の活動が最優先である、という意味で葬儀に行かないような人が多いのではないかと想像するわけである。もちろん、これはわたくしの狭い範囲での見聞に過ぎないので、顕正会全体の傾向を正しく反映しているかどうかはわからない。

さて、前回の拙稿へのコメントであるが、nabe氏の糖尿病云々の話はわたくしもどこかで耳にした記憶がある。その理由が暴飲暴食によるものかどうか、それは何とも言えないところだろう。単純に考えて年齢相応ということがあると思う。もう八十近い高齢であるから、たとえ糖尿病ではなかったとしても、他にどこかしら具合の悪いところがあっても不思議はないのだ。
それはそれとして、以前に頂戴したコメントに、任せられないことが問題だとの指摘があった。まさにそれが大問題だろう。極端な話、御書講義を他の人が代理してもいいのだ。しかし、おそらくは先生がそれを承知しないのだろう。もちろん、現実的に任せられるだけの実力者がいないのも事実なのだろうが、それもまた先生がそうした実力者を作らないようにしてきたからに他ならないのだ。
だとしたら、もし今後、先生が緊急入院でもして、数ヶ月に亘って指揮が取れなくなったらどうするのか、それが問題である。その間、顕正会は機能停止状態に陥ることになる。もはやこれは単なる空論ではなく、現実の問題である。当然、本部の首脳たちだってわかっているはずだ。

ユタ氏にはご愛読をたまわり、感謝に堪えない。

氏は文章家である。文章家は同時に読書家である場合がほとんどだと思う。しかし、そのユタ氏であっても、顕正新聞はぜんぶ読まないそうである。
ちなみに、わたくしはぜんぶ読んでいる。正直に告白すると、昔は読んでいなかった。ほぼユタ氏と同様に、体験発表でも活動報告でも似たような話の連続であり、ツマラナイと思っていたのだ。ところがゆえあって、今はすべての記事を読んでいる。すでに十年以上は続いているはずだ。
それが現在、拙文を執筆するのに大いに役立っている。自画自賛ながら、顕正新聞批評(?)においては他の追随を許さない。かつまた足掛け六年もブログを続けることができたのは、このためである。

しかし、第1166号には恐れ入った。登壇記事が二十五本も出ているのだ。もちろん、ぜんぶ読んだけれども、頭の中が混乱してしまってどうにもならない状態だ。

「あなたにとって池田は神様かもしれないけど、私にとってはただのおじさんです。帰って下さい」

これが面白かったので取り上げよう。頭がグジャグジャなので説明を端折ることになるが、ご容赦願いたい。
上掲の言い草が面白い。顕正会では何かと池田氏と浅井先生を対比して、氏を腐し、先生を持ち上げる。そうすると、この登壇者にとっては浅井先生が神様に当たることになるだろう。そしてこの人が熱心に折伏を実践すればするほど、「あなたにとって浅井は神様かもしれないけど、私にとってはただのおじさんです。帰って下さい」と言われるハメになるのだ。
穿った見方をすれば、あるいは元々の原稿には「池田は仏様かもしれないど・・・」とあったのかもしれない。これはnabe氏の二つ目のコメントに出てくる会長本仏論とうまく符合する。つまり、この登壇者にとっては浅井先生こそが仏様なのだろう。編集部ではこうしたツッコミを恐れて仏様から神様に差し替えたとも考えられる。
まあ、しかし、この人はクリスチャンの家で生まれ育ったとの記述があるので、上述のことは考え過ぎかもしれないことを、いちおうは断っておこう。

 その昭和天皇のお姿は、浅井先生が「自身はどうなっても構わない」とのご覚悟で戦われているお姿と重なり、先生の弟子とならせて頂けた有難さでいっぱいになりました。

別の記事であるが、変な文章だと思う。会長本仏論だとか目師再誕論を思わせる記事として、大聖人と先生の姿が重なって見えた、目師と浅井先生が云々、という記事を過去に幾つか取り上げたことがある。今度は昭和天皇と浅井先生である。いったい何だろう、あるいはわたくしが過剰に反応しているだけなのか、よくわからないが、ともかく上掲の文章はうまくない。構文的におかしいと思う。主語と述語に統一性がないのだ。具体的な修正案を思い浮かばないが、おそらく「昭和天皇のお姿は」ではなく、「浅井先生のお姿は」で始めるべき文章だろう。

この人の記事でもう一つ気になる部分がある。実は上掲の直前のくだりなのだが、昭和天皇のお言葉として「私はどうなっても構わない。直ちに戦争を終結すべきである」とある。登壇者の知人なのだろう、八十四歳になる戦争経験者はこれををラジオで聞いたというのだ。

残念ながら、わたくしは戦争を知らない世代であるが、しかし、不審がある。いわゆる玉音放送において、上記のお言葉があったのだろうか、そこが甚だ疑問である。それとも玉音放送以外に、別のラジオ音源があるのだろうか?

ちなみに玉音放送は通常の話し言葉とは異なるものであり、よほどの教養人でもない限り、その場で理解することは不可能である。これはわたくしの祖父の回顧談でも確かなことだ。何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、ああ、これでやっと戦争が終わるのだ、というふうには思ったそうである。


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