2010/4/18

御伽噺と現実の狭間にて  
日曜日にもかかわらず、早朝から熱心なコメントが寄せられている。順番が逆になるけれども、まずはnabe氏のほうから取り上げたい。

なめたらあかんですよ。

う〜ん、これはこれは・・・

この人を怒らせると怖いことになるので、そろそろ話をまとめたいところだ。

細かい点は省略させていただくが、いちばん大事な問題を伺いたいと思う。nabe氏は、金口の相承を知る立場にはないので断言できないと断りつつ、あえて断言すると書かれた。これはひじょうに立派なことである。平たく言えば、御相承の中身には戒壇建立の具体的な地名までは含まれていない、となるだろうか?

これはうまい会通だと思う。

ようするに富士山に本門寺の戒壇を建立するということは御書に明らかであるが、具体的に富士山のどこら辺を想定しているのか、そうしたことまでは明らかではない。では、それが御相伝という形で伝えられているのかと言えば、そうではないということなのだろう。

すると、わたくしの現時点での理解力では次のごとくなると思うのだが、いかがだろうか?

本質論として、今の大石寺にしても戒壇建立の絶対的な地点とはならない、と。

適切な御文を見出せないが、さしあたって御義口伝の一節を引用させていただく。

今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり。

この手の御文はたくさん存在すると思う。ゆえに、もっと適切な御文があるはずだが、今はさがし切れないので、これでご理解願いたいところだ。ようするに、特別な場所でなければいけないという本質的な理由はないのではないか、ということなのだ。

この上で、日興上人が仰せられたごとく、勝地を選んで伽藍を建立するのが仏法の通例であるからして、いよいよ戒壇建立の機運が高まった段階において、時の御法主上人の御判断で場所を選定すればいいのだ。

このような理解でよろしいだろうか? もし、問題があれば、引き続きご教示をたまわりたいと思う。

さて、沖浦氏のコメントであるが、以下のごとくである。

 唯授一人なんて嘘っぱちですよ。
 大体ね、仏法が唯授一人で伝わるなら、釈迦から天台の1500年、説明つきません。
 唯授一人なんて、ダライラマの転生の世界の御伽噺です。


たぶんnabe氏の言う「なめたらあかん」は、わたくしの手法が創価学会のそれに似ている意味もあるのだろう。創価学会の人たちは歴代上人の文献をいろいろと突き合わせて、その齟齬をあげつらうのを常套手段にしている。○○上人はこう言っているが、△△上人はこう言っていてツジツマが合わない、だから唯授一人などはウソであると。
わたくしとしては、そのような意図は毛頭ないけれども、それなりのしっかりした会通が必要なのではないか、宗門には優秀な人材がたくさんいるのだから、その辺をしっかりと整理すべきだ、というふうには思っている。
それはともかく、そもそも大聖人の仰せにしたって自語相違に思えるような箇所がいくつもある、いわんや別人格の書物であれば、なおさら不一致があって当然なのだと思う。それをどのように整理するかという問題なのだ。
もちろん創価学会の人たちは否定することが目的だから、整理するとか会通するとか、そんなことは考えていないわけだが・・・

ところで沖浦氏は身延相承書をご存知ないのだろうか?

血脈の次第 日蓮日興

御書全集にも載っているのだが、こうした前提を踏まえずにウソッパチなどと言うのはいかがなものかと思う。

ところで、久しぶりに御書全集を開いて驚いた。身延相承書にはカッコして総付嘱書とあり、池上相承書には別付嘱書とあるのだ。これはどうも適切な表現ではないように思う。ちなみに顕正会ではこれらの御書を身延―・池上―とは呼ばない。総別も同様である。今まであまり考えたことがなかったけれども、それなりに意味のあることなのだろう。平成新編でもいわば改題しているわけで、この辺は浅井先生にもそれなりの見識があることの証明になるかもしれないと思った。

脱線してばかりで恐縮だが、話を戻そう。

ダライラマの転生の世界の御伽噺

何が言いたいのかさっぱりわからないが、立正観抄には次のごとくある。

天台大師は昔霊鷲山に在っては薬王と名づけ、今漢土に在っては天台と名づけ、日本国にては伝教と名づく。

沖浦氏はこれも御伽噺だと考えているのだろうか?


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