2010/9/28

国家解体思想と民衆国主論  
特に書きたいこともないので、しばらく休もうかと思っていたが、ちょっと思いついたことがあるので、今日はそれを取り上げたいと思う。

二代の貫首が構えた「民衆国主論」を一刀両断する先生の太刀捌き

わたくしの悪いクセ(?)は何か考え事をしていると、次から次へと考えが膨らんでいってしまうことだ。上掲は班長会における城衛の発言であるが、民衆国主論とはうまいことを言うではないか、城衛の造語にしてはなかなかのセンスである、と思いきや、そうではなかった。明年の教学試験の教材であるところの「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」に出てくる言葉なのだ。

細井管長・阿部教学部長の民衆国主論≠ヘ、この池田の慢心・誑惑に奉仕する詭弁以外の何ものでもない。

これは第三章の、一期弘法付嘱書の「国主」を曲会、という項目の最後のくだりである。比較対照の意味で簡単に説明すると、現在は主権在民の上から民衆が国主となる、というのが宗門側の見解であり、一方の顕正会は、日本国の真の国主は天皇である、と主張しているわけである。この議論はひじょうに難解であり、面倒臭いものだ。しかし、一言だけ補足しておくと、平成二十年四月に発行された慧妙編集室編の「誰にでもわかる顕正会の誤り」には、あえて国主と民衆を分けて説明しているくだりがあるのだ。実はその本をわたくしは持っていないのだが、その部分は櫻川氏の著書でも紹介されているし、ネット上にも出回っている。つまり、現在の宗門の見解は以前とじゃっかん違ってきているのだ。ゆえに、二十年も前に書かれた「正本堂の誑惑を破し・・・」をそのまま学んでも、対宗門の意味では通用しないのではないかという気がするのだが、いかがだろうか?

明年の教学試験が対宗門を強く意識したものであることは明らかである。しかし、ヤブヘビというか、おそらく顕正会員が法華講員と接触すれば、たいていが動執生疑を起こし、やがては宗門に帰伏することになるだろう。

実は今日になって急に思いついたのだが、まさにその場の思いつきなので話がうまく纏まらないのだけれども、浅井先生の意図は必ずしも対宗門だけに止まらないのではないか、という気がしてきたのだ。

 実は菅政権というのは、共産党よりもっと左翼、極左といってもいい政党です。

いきなり八月度総幹部会の会長講演に跳ぶわけだが、かの民衆国主論と菅政権は相似をなしているのではないか、というふうにわたくしは思い至ったのである。

そもそも浅井先生は誰が総理大臣になっても同じであって、必ずイチャモンをつけるのだ。ただ、今回の場合は特に先生の持論である天皇国主論と真っ向から対立する意味において、いつにも増して激しく批判しているのだと思う。
不勉強のわたくしが政治のことをとやかく言えば恥をかくことになるが、さすがに極左は違うだろう。極右とか極左というのは、己れの思想信条のためには暴力も辞さない、というようなイメージがある。単なる平和主義者を左翼とは言わないだろう。また暴力肯定=右翼というわけでもない。いずれも極端な連中が暴力に走るのだ。その意味では共産主義の本家本元である中国の軍拡ぶりこそが極左であって、さすがに菅政権を極左というのは文字通りの極論である。ゆえに、菅政権はどちらかと言えば、左寄り・・・このくらいの評価が適当であろう。
浅井先生は松下圭一理論を思いっきり批判しているが、菅総理はもともと地盤も看板も金もないところから這い上がってきた人なので、松下教授の理論に親和性があるというだけの話だろう。菅総理があたかも国家解体を企てているかの言い様は、ほとんど誹謗中傷と変わらない暴論だと思う。

さて、話を戻そう。菅総理の政治理念は、天皇国主論よりも民衆国主論に近い。現代の風潮そのものが天皇国主論を前時代的なものと捉え、民衆国主論が席巻しているとも言えるかもしれない。ある意味、菅総理の登場はそうした時代の要請であり、かつまた、菅総理の登場によって民衆国主論がますます勢力を伸ばすことになるのかもしれない。

浅井先生が菅総理を激しく批判する理由が、これで何となくでも理解できたのではないだろうか?

かく見れば、明年の教学試験の目的は対宗門だけでなく、現政権に対する批判の意味も含まれていることがわかる。それは先生が己れの持論であるところの天皇国主論であるとか、いわゆる仏法史観であるとかを堅持したいという思いがあるからだろう。いやいや、こう書くと反論がありそうだ。ようするに、先生としては大聖人の正法正義を宣揚したいわけだ。ゆえに、天皇国主論から遠ざかる思想であれば、それが何であれ、先生にとっては仏敵にも相当するわけなのだろう。極左だの国家解体思想だの、ハタから見れば罵倒にも感じられることが、おそらくは謗法呵責のつもりなのだろう。

いずれにしても活動会員は先生の講演の表層部分ではなく、深部をよくつかんだ上で人に語っていくべきである。そうしないと単なる悪口中傷にしか聞こえない恐れがあるからだ。

 最初の巨大地震が起きた嘉永六年から、わずか一五年で明治維新になっている。そして明治天皇はわずか一五歳で即位しておられる。

会長講演の終わりのほうに出てくる文章である。

以前、「あと十五年」というフレーズを使っていた時期がある。おそらく十年くらい前だろう。今は資料を提示できないけれども、なんとその頃にも明治維新までの十五年間を云々しているのだ。これはマズイだろう。インチキ商売の手口に似ているのだ。

それは毎度のことなので今さら言うまでもないことだが、後半の明治天皇が十五歳で即位したという話は初耳のような気がする。それにしても、いったい何の意味があるのか、それがよくわからない。

ともかく今日の話は城衛の持ち出してきた「民衆国主論」と、上掲の明治天皇云々の記述から突発的に思いついたことなので、うまく整理できなかった憾みがある。

2010/9/27

不動の北極星  
今日は顕正新聞第1183号を片付けてしまおう。

怨嫉の父が虚偽告訴の裁判傍聴で一変

女子部総班副長の活動報告であるが、この人のことはたぶん過去に拙ブログで取り上げていると思う。裁判が三年前から続いているという記述があるのと、平成十八年に不当逮捕された旨の記述がある。しかし、わたくしは一定以上の大幹部でない限り、なるべく個人名を書かないようにしているので、今となっては具体的に何の事件であったか思い出せない。当時の顕正新聞を調べればいいのだけれども、それも面倒なのでやるつもりはない。ともかく、これが六月度総幹部会で浅井先生が言っていた、七件の裁判の一つなのだろう。

多くの未入信者が先生の講演楽しみに

元校長がウリ(?)の男子部支隊副長がいる。この人のことも拙ブログでは過去に取り上げたことがある。今回の記事は、六十四隊の隊長が発表しているわけだが、次のくだりが面白い。

七月度総幹部会ビデオ放映においては、未入信者一七名、班としては二六名の参加が叶いました。

元校長の班は入信者よりも未入信者の勢力が強いようだ。わたくしは逮捕事件との比較において、これは案外に理想的な姿なのではないかと思った。妙な話、この人の折伏は緩いわけだろう。しかし、決して悪いことではない。成果に追われて強引な折伏をするよりも遥かにいいことだ。これなら逮捕されるようなこともないだろう。

それと、先生の講演を楽しみにしている人が多いという話であるが、これはなるほど、そのとおりなのだと思う。ただし、これによって入信するかしないかは、五分五分のところであろう。ようは一つの情報として聴いて損はないというか、もっと悪く言えばテレビの番組の一つくらいに思っている人もいるに違いない。元校長の友人知人であれば、すでに定年退職している人が大半だろう。暇つぶしに丁度いいのかもしれない。このように書くと、まるで先生を馬鹿にしたような感じであるが、そうではない。世の中には暇つぶしにもならないような退屈な話もたくさんあるのだ。十七名もの未入信者を引っ張って来る元校長の熱心さもさることながら、先生の話もそれなりに人を魅了する力があるということだ。

さて、次は大問題である。これから紹介するのは女子部主任総務・第三女子部長という肩書きを持つツワモノであるが、さすがはツワモノだけあって言うことが凄い。以下は冒頭の一節である。

 八月は、顕正会の歴史を貫く一貫不変の大精神を命に刻ませて頂き、大聖人様から日興上人、日目上人と、富士大石寺の清き源流の一直線上に立たれる浅井先生の峻厳なるご信心に身が正され、御遺命成就のご奉公への大きな原動力とさせて頂きました。

富士大石寺の清き源流の一直線上に立たれる浅井先生・・・

これは唯授一人の血脈相承を蔑ろにする暴言である。しかも視覚的に何か想起させるものがある。もっとも教学未練の顕正会員はそこまで想像力が働かないかもしれないが、わたくしにはけっこう気になるところである。わかり易く書くと、次のごとくだ。

大聖人・日興上人・日目上人・浅井先生

いかがだろうか?

わたくしが想起したのは、いわゆる本化の四菩薩である。とうとう浅井先生は四菩薩の一員になってしまったようである。

いや、もちろん、これはほとんど言い掛かりに近いかもしれないが、いずれにしても唯授一人を蔑ろにしている事実に変わりはないだろう。何しろ続きを読んでいくと、「後代の君子に贈る」との日寛上人の言葉を挙げて、その君子に相当するのが浅井先生であるかのごとき書きっぷりなのである。

ちなみに、一面には八月二十二日の日曜勤行の指導が載っていて、そこには次のようなくだりがある。

この「君」は現代のいわゆる「君」ではなく、相手に対する最大の敬称ですね。

この部分は日寛上人が日詳上人へ贈られた和歌についての解説であるが、意味合いにおいては上述の「君子」もほぼ同義と言えるだろう。つまり、浅井先生はくだんの女子部幹部に、自分は敬われるべき存在なのだ、と間接的に言わせているようなものなのだ。

最後にもう一つ、婦人部班長の記事を紹介しよう。これは会長本仏論にも通ずる、凄まじい文章である。

・・・浅井先生の指導を「不動の北極星」と拝し、

これだけでは何のことだか、よくわからないだろう。実は七月度の総幹部会で浅井先生は次のごとく言っている。

 いいですか。砂漠を旅するのに、自分の感覚だけで歩く者は必ず曲がってしまう。だが、不動の北極星を見つめて歩く旅人は迷うことがない。

この後にも話は続くのだが、端的に言えば、大聖人こそが不動の北極星であると、このような論旨である。
わたくしはヤバイなと思った。先生がしゃれたことを言うと、すぐに幹部たちがマネをする。事実、直後の班長会ではこの表現がたくさん使われた。けっこう悩ましい文章もあったけれども、わたくしは目をつぶっていた。
しかし、さすがに前掲の文章には目をつぶるわけには行かないだろう。

大聖人=北極星 浅井先生=北極星

大聖人=浅井先生

これもある意味、言い掛かりに近いのかもしれない。しかし、不動の北極星など、日常的にはほとんど使われない表現だし、当該記事にはわざわざカギカッコまでしてあるのだ。すると原初の意味であるところの大聖人=北極星を想起してしまうのが普通のはずなのだ。

四菩薩の一人であったり、大聖人の再誕(?)だったり、忙しいものである。

2010/9/26

改竄疑惑  
昨日の続きである。わたくしは昭和四十五年四月二十七日の責任役員会について、あくまで日蓮正宗の責任役員会であり、池田大作氏の関与は認められない、と考えている。浅井先生が長年の間、このネタをまったく用いなかったのは、池田氏の関与を云々するのは無理筋だと判断していたからだと思われる。つまり、明確な証拠がない。立証できないということだ。ところが先般の総幹部会で初めてこれに言及した。一つの可能性として言えることは、最近になって新しい証拠が見つかったということだ。もし、そうならば、ぜひとも次の総幹部会で公表してもらいたいものである。なぜならば、今のままでは活動会員たちが苦しむことになるからだ。確かに議事録そのものは今まで日の目を見なかった意味で新資料と言えるわけだが、しかし、それとは別に新証拠が必要である。池田氏が関与したという確たる証拠が必要なのだ。結局、それがなければ返り討ちにあうのが関の山であろう。

さて、今日は少し回り道をさせてもらうことにする。

 「日本国は、本因妙の教主日蓮大聖の本国にして、本門三大秘法広宣流布の根本の妙国なり」

顕正新聞第1182号掲載の会長講演にこれが出ていて、翌号の幹部たちの記事にはこれが頻出する。わたくしは最初、これを誤植だと思った。なぜならば折伏理論書には次のごとくあるからだ。

日本国は本因妙の教主日蓮大聖人の本国にして、本門三大秘法広宣流布の根本の妙国である。

ようするに、日蓮大聖人の「人」が脱字しているのではないかと思ったのだ。しかし、実際にはそうではなくて、原文どおりなのだろう。日寛上人の意図するところはわからないけれども、ここでは「人」の文字が略されているのだ。折伏理論書のほうは「である」の表記からわかるように、いわば浅井先生が現代語に訳しているわけだ。そこで「人」の文字を補ったわけである。

原文に忠実たらんとする姿勢は大切である。

さて、ここでいよいよ本題に入る。

第一号案

 一、国立戒壇の名称不使用の件

本宗教義の本質より鑑み、国立戒壇の名称は不適当につき、今後一切右名称は使用しないこととする。
                                  以上


ほぼ原文を忠実に写させていただいた。なお原文は縦書きである。

ところがである。顕正会ではこれをどのように書いているか、それが問題なのだ。以下、第1182号掲載の会長講演を紹介しよう。翌号に掲載されている幹部たちの記述も右に倣えである。

本宗教義の本質より鑑み、国立戒壇の名称は不適当につき、今後一切使用しないこととする

おわかりいただけるだろうか、原文どおりではないのだ。

ここでいちおうは浅井先生の側に立って言っておくと、先生としては重複表現を美的でないと判断したのかもしれない。ともかく先生は話を要約するのがうまいというか、回りくどい言い方を好まないのだ。それで余計な文言を削って、上掲のごとく体裁を整えた。

だが、しかし、事の重要性に鑑みるならば、原文に忠実であるべきではなかったか、とわたくしは思う。

さらに穿った見方をすると、あえて先生は意図的に原文を改竄した形で活字化したのではあるまいか、という気がしないでもないのだ。

写真が掲載されているので、バレバレではある。しかし、写真を掲載しないで同じことをすると、すぐに突っ込まれる。ゆえに、大胆にも原文の写真を示しながら、原文とは違う説明をしているとも受け取れるわけだ。一種の手品みたいなものだろうか?

さて、あえて意図的に原文を改竄した形で活字化した・・・というのが事実であれば、そのネライは何であろうか?

わたくしの思うに、これは日達上人の御本意を意図的にねじ曲げる行為ではないか、という気がしてならない。
日達上人は重複表現であることを承知しつつ、名称という言葉を繰り返し使われている。名称は不適当につき、今後一切右名称は使用しない、という具合である。つまり、あくまで名称を使用しないことに力点を置いているのであって、大聖人の御遺命を捨てたわけでも売り渡したわけでもないのである。もともと御書にない言葉である以上、この名称不使用が直ちに御遺命違背につながるものではないということなのだ。
かく見れば、浅井先生の行為は意図的な改竄の可能性がきわめて高いと言わざるを得ないだろう。会員にこれらのことを悟らせないために原文を改竄したのだ。

繰り返しになるが、先生は文章表現にこだわりがある。ゆえに、原文の重複表現を美的でないと判断して要約しただけであって他意はないのかもしれない。いちおう、これは何度でも言っておく必要があるだろう。

だが、しかし、片や日寛上人の御指南については、原文に忠実たらんとしているわけである。これが別々の講演であればまだしも、まったく同じ講演の中で片や原文改竄、片や原文忠実という具合であるから、やはり何かしら意図的なものを感じざるを得ないのである。

2010/9/25

会長講演の欺瞞を破す  
nabe氏の念頭にあったのは冨士第二百五十号の次のくだりであろう。

 これは禁治産者が保証人になることを申し出たようなものである。

わたくしの手元にある当該書籍を開くと、上掲の一行には頭注よろしく、はてなマークが付いている。若い頃に自分で付けたものである。ようは当時、意味不明だったのだ。
しかし、今になってみると、これはひじょうにマズイ文章であることがわかる。この書は解散処分の十年後に書かれたものであるが、だから許されるというものではないだろう。ようするに早瀬総監を思いっきり侮辱した表現なのである。
後年書かれた文章とは言え、昭和四十五年当時の心境を綴っている部分が少なくない。つまり、浅井先生という人はハナっから僧侶を馬鹿にしていた、図らずもその本音が露出している部分が上掲なのである。

繰り返しになるが、書いておこう。処分が下されて、その腹癒せで悪口を書く。これはこれで見苦しいことだが、まだマシなほうだろう。実は処分が下る遥か以前に馬脚をあらわしている、その一例が上掲なのだ。坊さん連中は道念がない・・・というのも先生の口癖であるが、おそらくはハナっからそのように思っていたのだろう。すでに法道院離脱の時点で、そうだったのだ。

さて、今日の話題であるが、八月度総幹部会の会長講演を破す、である。

十日ほどまえには、会長講演の最大の謎、と題して書いたわけだが、今日の話はその延長線上にある。
昭和四十五年の四月二十七日に日蓮正宗では責任役員会が開かれ、重大な決議が行なわれた。国立戒壇の名称を使用しない旨の決定がそれである。浅井先生はこの事実をおよそ三十年前から知っていた。ところが今までずっと黙っていて、どういうわけか先般の総幹部会の席でこれを公表した。
案の定というべきか、直後の班長会では多くの幹部たちがこの話題を取り上げた。まずはその一例をご覧に入れたい。

 そして何より、このたびの先生は、宗門が執拗なまでに国立戒壇を怨嫉する根拠について、昭和四五年四月二七日、池田大作に求められるまま、宗教法人・日蓮正宗の責任役員会において
 「本宗教義の本質に鑑み、国立戒壇の名称は不適当につき、今後一切使用しないこととする」
 と議決した議事録の存在を明かされましたが、宗門の公式決定として御本仏の御遺命に背いたことはあまりに重大であり、ただ唖然といたしました。


男子部長である。ここに、池田大作に求められるまま、とあるが、副総合婦人部長の記事にも類文がある。必要な部分だけ示せば、以下のとおりだ。

 池田大作の要求に従い・・・

ようするに、日達上人は池田大作氏の要求に従って責任役員会を開き決議を行なった、というのが顕正会の主張のごとくである。

わたくしの結論を書いておこう。日達上人は御自分の意志で役員会を開き、国立戒壇の名称使用の是非について、決議されたのだ。池田氏の要求を云々するのであれば、その証拠を示さなければならない。顕正会にそれが出来るのか、とわたくしは言いたい。

先回、なぜに浅井先生は今まで黙っていたのか、なぜに今頃になって公表するのか、という疑問を書いておいた。
わたくしの想像では、本来ならば使えないネタだからではないか、先生はもともと使えないネタだと判断していたのではないか、と思う。
しかし、水無月氏も指摘しているごとく、マンネリ武勇伝にスパイスを効かせる、という意味から、よし、使ってみよう、ということになったのではないかと思うのだ。明年は、御遺命守護にスポットを当てた形で教学試験を行なう。しかし、そこには新鮮さがない。また、それかよ、それしかないのかよ、と言われてしまえばオシマイである。
そこで何かしらの新事実を提示する必要があった。新鮮味を出すためには工夫が必要である。しかし、現実にはもうネタ切れである。では、どうするか・・・

その答えが、過去にボツにしたネタを使ってみよう、ということなのだと思う。

ずいぶん穿った見方をしているように感じられるかもしれないが、ともかく三十年もの長きにわたって封印してきた理由が明確でない以上、わたくしは使えないネタだからというのが本当の理由だったのでは、と考えざるを得ないのである。

日達上人が池田氏の要求に従って役員会を開いて決議をしたというのは証拠のないことだ。

このように書くと、あるいは阿部メモを出してくるかもしれない。熱心な活動会員ならば当然の反応だろう。
阿部メモというのは、創価学会の池田氏と宗門の早瀬総監・阿部教学部長らの会談記録であり、池田氏が国立戒壇の放棄を宗門に迫っている意味で、ひじょうに重要な記録である。昭和四十五年四月十四日のことだ。
しかし、これが四月二十七日の責任役員会での決議に池田氏が関与したことを、直接的に証明するものではないことに留意すべきである。

阿部メモの重要なポイントを折伏理論書改訂版の記述から拾ってみよう。

「非常にいそぐので早く願いたい。……また何等かの方法で、この件につき宗門内の統一を願いたい。」

これは池田氏の発言であるが、ご存知のごとく、四月二十二日には臨時時局懇談会が開かれる。まさに池田氏の意を受けて、全宗門合意を形成しようとのネライがあったことがわかる。

やや煩瑣になるが、ここで冨士第二百五十号を見ておこう。

 いかにも宗門の動きがあわただしい。いったい何があったのであろうか。……
 後年法廷闘争のさい学会側より提出された資料でわかったのであるが、実はこの時学会は、共産党の質問主意書に関連して、文部省に国立戒壇についての見解を提出することを求められていたのである。その期日は四月二十三日であった。


わたくしはここが最大のポイントだと思う。ご存知のごとく、くだんの臨時時局懇談会は浅井先生の圧倒的教学力(?)によって流会となり、全宗門合意は不成立に終わった。しかし、文部省への回答期日は目前である。
この日は早瀬総監も佐藤重役も本山に登られていたことだろう。つまり、もし日達上人が池田氏から強い要請を受けていたのであれば、この日のうちに責任役員会を開いて決議を行なうべきだった。しかるに役員会が開かれたのは二十七日なのである。
ゆえに、阿部メモは直接的な証拠とはならない。

むしろ顕正会側は、宗門の責任役員会決議と創価学会総会との関連性をどのように捉えるか、そこが問われることになると思う。

日達上人が五月三日の総会に御臨席あそばすことは、かなり早い時期に決定していたことのようである。当然、池田氏の要請を受けてのことであり、その内容も国立戒壇放棄の方向性である。
では、いわばその直前の四月二十七日に、日達上人はなぜに責任役員会を開き、国立戒壇名称放棄の旨を決議したか、この意味が重要になってくる。いったい顕正会側はこれをどのように考えているのか、聞いてみたいものである。
これについて、浅井先生は次のごとく言っている。

 総会の席での発言だけでは、将来、管長の個人的見解におわってしまう恐れがある。そこで彼は「日蓮正宗として、公式に国立戒壇放棄の議決をしてほしい」と宗門に強要したのです。

取って付けたような解釈である。そもそもカギカッコになっている部分であるが、そのような証拠があるのだろうか、ましてや強要したというのも証拠がほしいところである。

わたくしが先生の立場ならば、もうちょっとヒネリを入れたいところだ。総会の直前に決議したという意味は、この時点で先生の諫暁はすでに始まっていたわけであり、日達上人は先生の意見にも耳を傾けるだけの器量を御持ちであられた。つまり、池田氏としては日達上人が総会の席でとんでもないことを言い出すのではないかと恐れて、事前に担保として責任役員会での決議を強要した、というアンバイである。

しかし、最初に申し上げたように、御高徳の日達上人が唯々諾々と池田氏の要請を受け入れるわけがないのである。よって、御自身の意志で役員会を開かれ、決議が行なわれたものと拝する次第である。

証拠と言えるかどうか、微妙なところであるが、いちおう根拠を示しておきたい。冨士第二百五十号だ。

 私は五月三日の学会総会での猊下の発言が大いに心配になった。(中略)私は早瀬総監を通し、森田一哉副会長に法道院まで出て来るよう申し入れた。四月二十四日、三人の会談は実現した。(中略)私は「猊下に正本堂を事の戒壇などと云わせ奉っては絶対にいけない」と云った。

これはけっこう重要なポイントだと思う。この会談の内容は当然のこと、猊下に報告されたことだろう。もちろん池田会長にもだ。
先ほど書いた仮説・・・すなわち池田氏が担保として責任役員会での決議を求めたという話も、浅井先生の上掲の発言から生れてくるわけだが、わたくしは正反対のことも言い得ると思う。
わかり易く書いてしまえば、先生の言っていることは猊下を侮辱しているわけである。しょせん猊下は池田の傀儡に過ぎない、池田の要請に唯々諾々と従ってしまう不甲斐ないヤツである、だらしのない人間なのだ、と。もちろん、そのような文言があるわけではない。だが、しかし、浅井先生の発言は言外にそのような意味を含んでいるとも受け取られかねないものなのである。

日達上人の立場になって考えるべきだ。なに? 浅井はワシを侮辱するのか? 浅井の言い様ではあたかもワシが池田の傀儡みたいではないか?

日達上人が二十四日の三者会談の報告を受けて、このような感想を懐いたとして不思議はない。であれば、この後の責任役員会の意味は、まさに己れの意志を明確にするための手段だったと考えるのが自然であろう。総監と重役を呼んで、ワシはこのように思うのだが、二人はどうだ、というのが責任役員会の真相である。

微妙なところであるが、池田氏の要請を受けて総会に臨んだのは事実であるし、国立戒壇放棄の宣言にしても創価学会側の要請によるところが大きかった。しかし、浅井先生の「猊下に云わせ奉っては絶対にいけない」という発言には、かえって不遜な意味合いがあって、猊下に有形無形の影響を与えたと思われるのだ。猊下の心証を損ねたと言ってもいいかもしれない。いずれにしても、ここで猊下は己れの意志で事を決しなければいけないとの御考えに立たれた。それが四月二十七日の決議となってあらわれたのだ。

以上、四月二十七日の責任役員会は日達上人の意志で行なわれたものであって、池田氏の関与は認められない、というのがわたくしの見解である。

2010/9/23

乙御前母御書の誤読部分について  
相変わらずnabe氏の文章にはトゲがある。浅井先生が読んだら腹を立てるような文章である。しかし、音楽にのめり込んで情操を豊かにするほうがよほど良い、というのは一理も二理もある話だ。音楽鑑賞であれば両立できないこともない。わたくしはジョギング中の人がイヤホンを付けているのをしばしば目撃するが、こういうのも両立の範疇に入るだろう。勤行の最中であるとか集会の時にイヤホンで音楽を聴いていたりすれば、それこそ叱られることになるのは目に見えている。しかし、それ以外の移動中であるとか、あるいは独りの時間に音楽を楽しむことは、決して悪いことではないし、出来ないことではない。前々から何度も書いてきたことだが、顕正会員は趣味を大切にするべきだと思う。ところが活動に熱心になると、それ以外のことが疎かになる。何しろ仕事すら放擲してしまう事例があるやに聞くので、いわんや趣味などは物の数ではないのだろう。しかし、いかがなものか、というのが偽らざる思いである。

さて、今日はいよいよ顕正新聞第1183号の話題に入るが、今号もなかなか面白かった。

芙蓉茶寮の「パン」
最新の製造法で最高のパン!!
スタッフの研究熱意がついに結実


恐れ入った。芙蓉茶寮の特集は前回で終わりかと思っていたら、なんと第三弾があったのだ。これがまた、ひじょうに充実した記事であり、掲載されている写真を見るだけでも、ヨダレが出そうになる。

ヨダレ・・・

これは一回目のパロディのつもりで書いたわけだが、わたくしの見るところ、今回の記事と一回目の記事は同じ文体のように思える。つまり、同一人物の文章である。二回目は別人の文章だと思われる。それはともかく、旧青年会館の閉鎖に伴いパン部門のスタッフが職を失った・・・という意味のことを前に書いたけれども、結果的にはそれがよかったのだろう。職人の世界というか、何の世界も同じであるが、外で修業を積むことが物凄くプラスになるのだ。おそらくは仏道修行も同様だろう。何にせよ温室育ちは弱いのだ。

それはさておき、今日のメインは教学である。実を言うと、つい先ほど、ちょっとした発見をした。どうやら顕正会の御書の解釈には間違いがあるようなのだ。

今号にはポウコちゃんが掲載されている。

ここにエライ学者が登場して、一コマ目で何やら得々としゃべっている様子が描かれている。しかし、二コマ目で「成仏の法は?」という横からの問いが発せられて、学者は答えに窮してしまうのだ。
三コマ目にはいよいよポウコちゃんともう一人、ええと、正子ちゃんだったかな? が登場する。ここでは横から「権実相対とは?」という問いが発せられて、二人が首をかしげてお手上げのポーズ(?)を取っている。頭の上には、はてなマークまで描いてある。
そして四コマ目においては、「成仏する方法知ってる?」との問いがあって、二人が元気よく、「信心口唱」「大聖人様への絶対信!」と答えているのだ。

よく描けていると思う。しかし、気になる部分がある。それは権実相対のところだ。

これはいわゆる一念信解路線の継続を意味するが、なぜに権実相対なのかが気になるところである。権実相対が理解できないようでは、本迹相対も種脱相対も理解できない道理である。いくら一念信解でいいと言っても、ここまでレベルが低くてはお話にならないだろう。明年は三級・四級の教学試験が行なわれるというが、だったら権実相対くらいはしっかりと勉強させなければいけないだろう。それをちゃんとしないから、御書よりも武勇伝のほうが大事なのかよ、というツッコミが入ることになるのだ。

今御身は女人なり。ごんじちはしりがたし。

乙御前母御書である。乙御前の母というのは日妙聖人のことだ。記憶だけで書くことをご承知願いたいが、かつて日妙聖人御書の講義があって、その中での話だろう、先生の言っていたことを今でも憶えている。いわく、日妙聖人は教学の出来る人ではなかった、権実相対すら弁えていなかった、と。浅井先生はその文証として上掲を引用したのだった。

ごんじちはしりがたし、権実は知り難し、である。

つまり、今回のポウコちゃんは上掲の御文をベースに構成されているのだ。ゆえに、本迹相対や種脱相対ではダメなのだ。たぶん、なぜに権実相対なのかの理由は、他に考えようがないと思う。

ところが今朝、たまたまというか、この話題を書こうと思って乙御前母御書を拝読していたら、突如として疑問が湧いてきた。もしかしたら浅井先生は誤読しているのではないかと・・・

かれは皆男子なり、権化の人のしわざなり。今御身は女人なり。ごんじちはしりがたし。

この直前には、章安は万里、伝教は三千里、玄奘は二十万里云々の御記述があって、次のごとく続くのだ。

道のとをきに心ざしのあらわるゝにや。

この続きが前掲の「かれは皆男子なり・・・」である。

わたくしはこの文脈からすると、「ごんじち」はいわゆる権実相対のことではなく、別の意味なのではないか、という気がするのだ。おそらく御文を図式化すれば次のごとくなるだろう。

伝教など―男子―権化

日妙聖人―女人―(権化?実凡?)


御書検索を利用して権化を調べると、権化実類とか権化実凡という馴染みのない言葉が出てくる。もちろん希少であり、たくさん出てくるわけではない。しかし、これがどうやら正解のようである。

権化は一般の辞書にも出てくる言葉なので確認されるといいだろう。ここでは簡略に、たとえば伝教大師の本地は薬王菩薩だとされているわけだが、つまり、こういう伝教みたいな人たちを権化の人と呼ぶわけである。一方、実凡の正確な意味はわからないけれども、この場合はごく普通に凡夫だと理解しておけばいいだろう。

ここまで来れば明瞭だ。大聖人の仰せをわたくしなりに意訳すれば次のごとくなる。

章安・伝教・玄奘などは皆男子であり、権化の人だからこそ偉業を成し遂げることが出来た。その点、あなたは女人であり、権化の人であるかどうかもわからない。しかし、その振る舞いたるや、伝教などに勝るとも劣らぬほど立派なものである。

これが文脈上の正解だと思う。それをあろうことか、あんたは女だから権実相対すら知らない、などと解釈するとは、ずいぶん馬鹿にした話ではないかと思う。日妙聖人をナメんなよ、と言いたい。

かく言うわたくしもずっと誤読していたわけだが・・・

2010/9/19

第1182号総括  
今日で顕正新聞第1182号の話題をすべて片付けるつもりだが、八月度総幹部会の各種登壇の全体的な印象を言えば、創価学会関連の話題が目立つということだ。すでに取り上げた「法論報告」や「学会の虚偽告訴と戦って」以外にも、活動報告や正義にめざめての記事などがそれである。逆に宗門・法華講関連が皆無であり、おそらく負け嫌いの浅井先生としては我慢がならないのだろう。明年の教学試験が宗門・法華講に照準を合わせたものとなっているのは、そのあらわれだと思われる。

今のわたくしは、その一々にほとんど関心がない。生意気を言うようであるが、退屈なのである。法論にしても今の時代であれば映像を記録することができるのだから、それを実行すべきなのだ。それがいちばん手っ取り早いし、エキサイティングだと思う。もちろん当事者にとっては、そのプレッシャーたるや想像を絶するものがあるだろう。誰もが出来ることではない。だからこそ価値があるし、多くの人の関心を集めることが出来るのだ。

さて、本題である。

 実はその面接資料には、先生より指導頂いた社会状勢を書いて提出していたのです。このように普段から高い見識が持てますのも、浅井先生の弟子だからであり、すべてが当たり前ではなく、先生に対し、感謝の思い尽きぬものであります。

高校一年生の男子部組長の体験発表である。入信は本年四月であるものの、すでに中学三年の初め頃から集会などに参加していた模様である。そこで上掲の話であるが、これは高校入試の時の面接資料に担当試験官が物凄く感心して、「良く書けていますね。こんなに素晴らしい文を書ける生徒はなかなかいません」と面接試験で褒めていたという話である。

わたくしはこれを素直に受け取りたいと思う。高い見識というのも決して間違いではないだろう。
批判者たちは浅井先生の講演にイチャモンをつける。しかし、考えてみるがいい。ごく普通の中学生であれば、音楽やスポーツ、あるいはマンガだとかゲームだとか、そんなものにウツツを抜かしているのが関の山である。いや、もちろん、それが悪いわけではなけれども、彼の場合はそんじょそこら若者とはまるで違う。彼は先生の指導を聴くことによって、自然と政治や経済、あるいは国際問題などにも通じるようになったわけである。
面接試験というのは試験官だって馬鹿じゃない、相手の受け答えから判断して、それが付け焼刃の俄か勉強によるものか、本来的な資質によるものか、そこまで見抜こうとしているはずである。もし彼が試験に受からんがための一夜漬け的な勉強しかしていなかったならば、面接時に馬脚をあらわしていたことだろう。そうではなくて浅井先生の指導を心肝に染めていたからこそ、面接官をうならせることが出来たのだ。

顕正会の崩壊を予想する人は多い。わたくしもその一味のようなものかもしれないが、顕正会が案外に粘り強いのは、こうした若い人材が次から次へと輩出されているからである。

しかし、崩壊が時間の問題であることも事実だ。たとえば次の二つの記事がわかり易い。

あと十一年、大聖人様のお力と、大聖人様に対し奉る先生の御遺命成就の戦いにより、「広宣流布・国立戒壇建立」が成るのだとの、絶対的大確信で一杯です。

 そこに、残りあと十一年、師恩報謝の決意を心中深く固め、必ずや、ご報恩の証拠を戦いに顕わしてまいります。

昨夏の「あと十二年」から「あと十一年」にカウントダウンされたことは、いちおう評価に値することだろう。しかし、全面的に肯定するわけにはいかない。

上段は八月度総幹部会の正義にめざめての記事である。平成三年に創価学会から入会し、現在は婦人部の班長である。創価大学の卒業生というから、それなりに熱心な創価学会員だったのだろう。それが今や熱心な顕正会員であり、この人はどうやら十一年後には広宣流布して国立戒壇が建立されるとの、絶対的な大確信を懐いているようである。
片や下段のほうでは、残りあと十一年と書くものの、いったい何が残り十一年なのか、それが不明確である。そうそう、この人は入信三十二年の大ベテランであり、先般の総幹部会で豊島地区部長に任命されている。これはその直後の班長会の記事である。

前にも書いたが、浅井先生が「あと○○年」と言うと、それがそのまま広宣流布・戒壇建立の年月であると思い込む人もいれば、そうでない人もいる。この辺のチグハグさが今も一向に改善されていない。

いわば浅井先生は自ら顕正会崩壊の原因を作っているようなものである。十一年後の広宣流布はほぼ不可能であり、国立戒壇も建たない。それどころか今や現実路線としての十一年後の三百万が反故になりつつあって、それを客観情勢がどうのこうの、二百万がどうのこうのと誤魔化し始めているのだ。もはや崩壊は時間の問題だろう。これまでの大言壮語がすべて文証として残っているからだ。

先の豊島地区部長の発言を穿って読めば、義理であと十一年は付き合うけど自分はそこでオサラバだ、ということなのかもしれない。

さて、話は変わるが、平会員の記事が三本ある。今回はいずれも所属がそれ相応になっていて、不自然さが解消されている。
わたくしは九十八歳の婦人部員の登壇が気になった。婦人部班長会での体験発表のようだが、写真が掲載されていて、付き添いの人が一緒に写っていて原稿を指差しているのだ。おそらくは読み間違えないようにとの配慮だろう。
これは音声が残っていれば、ぜひ聴いてみたいものだと思った。九十八歳の人の声色であるとか、その舌の滑らかさに興味がある。

元来、しゃべりのうまい浅井先生であるが、はたして十年後二十年後にはどうなっているか、九十八歳の人の声色が参考になることだろう。

最後に、第十三女子部長の記事を紹介しよう。

 また月曜報告の折、浅井先生が
 「誓願大突破できるね!」
 と力強く大確信でお励まし下さったことに、
(以下省略)

月曜報告というのは文字通り、月曜日に各組織の活動状況を報告することである。折伏法戦であれば何名の成果が上がっているか、あるいは御書講義や総幹部会であれば結集人数であるとか、それらの報告をするわけである。しかし、末端会員のわたくしは、最終的にどのような形で浅井先生の元に報告が寄せられるものか、まったく知らないことだった。

その意味で、上掲は貴重である。これによれば女子部の部長クラスは先生に直接、報告をあげていることになるからだ。当然、男子部も同じと考えないといけない。婦人部もそうだ。
わたくしは意外だった。てっきり女子部は総合女子部長、婦人部は総合婦人部長、男子部は男子部長、壮年部は壮年部長、先生はこの四人から報告を受けるだけだと思っていたからである。
しかし、上掲のごとくならば、男子部は十二部、女子部は十五部、婦人部は九部まである。つまり、大雑把に言って、先生は四十人近くの幹部から報告を受けていることになるのだ。

これはけっこう大変な作業だろう。ちょっと信じ難いことである。

あるいは一つの推測として、第十三女子部長から総合女子部長に報告の電話を入れたところ、たまたま浅井先生がそばにいて電話を代わったということなのかもしれない。

ともかく末端会員のわたくしには窺い知れぬところである。

2010/9/17

創価学会よりもタチの悪い部分  
水無月氏からツッコミ(?)を頂戴した。浅井先生が初めて明かした話について、わたくしは櫻川氏も知らなかったことだと勝手に判断して、そのように書いた。しかし、水無月氏に言わせれば、櫻川氏が知らなかったと見るのは早計である、知っていたけど書く必要のないことなので本には書かなかった、云々と。なるほど、厳密な意味ではおっしゃるとおりであり、本人に確かめてみないことにはわからないことだ。まあ、しかし、おそらくは知らなかっただろう。その理由は面倒なので省略させてもらうが、たぶん『迷走する顕正会を斬る』を熟読すれば、自ずと同じ結論に至るはずである。

nabe氏のコメントはいつもながら過激(?)であり、顕正会員には読ませられない内容である。それはともかく、わたくしが最大の謎であるとした問題についても書いて下さっているが、ある意味では水無月氏と共通している部分がある。つまり、今まで言う必要がなかった、ということである。

わたくしは違うのではないかと思っている。これについてはいずれ書く機会が訪れるだろう。それまで少し猶予をいただきたい。

ところで前々回のコメント欄には、raiden氏の書き込みがあった。

完全に異流儀邪教化してますね。
御書や歴代上人の御指南より浅井武勇伝が大事なんて、学会の人間革命が現在の御書と同じではないですか。


これはその一部であるが、実は今日の話に関係があるのでひじょうに好都合である。

人間革命が現代の御書であるというのは、いわゆる五十二年路線の時に問題視されたことであり、おそらく今はあまり言われていないことだと思う。創価学会の言い方では第一次宗門問題の時の話であり、今日のいわゆる第二次宗門問題では前回の反省を踏まえて、ようは宗門側から容易く突っ込まれないように、大幅に修正を試みているフシが感じられる。

いわゆる御書根本がそれであろう。

はたして創価学会員一人ひとりがどこまで御書を心肝に染めているかは別次元のことであるが、ともかく建て前上は御書根本をうたっているわけである。まさか、この期に及んで人間革命を現代の御書などと主張する人は、そうそういないであろう。

創価学会はここまで邪教化した!!
戒壇の大御本尊を平然と否定
「二箇の相承、日興跡条々事も偽書」と


これは法論報告と題する登壇である。七月末に男子部の第十七隊長ら四名が、創価学会の広宣部三名と法論をしたのだそうである。

詳しい内容は説明するまでもなかろう。今やインターネット上における創価学会員と思しき人たちが当たり前のように主張していることどもが、現実の法論の場で再現されたというだけの話である。
今回の法論は、戒壇論を度外視すれば、実質的には宗門対創価学会の法論と何ら変わりがない。彼らにとって顕正会はオマケみたいな存在であって、日蓮正宗そのものを斬ることが出来れば、そのついでに斬れてしまうのだと思う。
ここに垣間見えるのは、創価学会の狡猾さというか、よく言えば成長の姿なのだと思う。正本堂問題では妙信講に手を焼いた。五十二年路線の時は宗門側から突っ込まれて四苦八苦した。しかし、今度は御書根本をうたって、しかも御書の真偽を云々することによって日蓮正宗の教義を封じ込めようとしているのだ。顕正会はオマケに過ぎない。

よって、今回の法論報告は自己満足の域を出ていないと思う。顕正会側の主張は、日蓮正宗の伝統教義から逸脱した創価学会をあげつらって、邪教化の恐ろしさを云々しているけれども、おそらく対峙した広宣部の面々にとっては痛くも痒くもなかったに違いない。

前にも書いたことがあるけれども、顕正会員は過去の御遺命守護を云々するのではなく、御書に基づいてどこまで御遺命を論ずることが出来るか、前回の議事録の言葉を借りれば、大聖人の仏法の本質に鑑みての戒壇論を云々しなければいけないだろう。おそらくはそれが今の創価学会員に対しての、もっとも有効かつ適切な破折に当たるはずである。

ずいぶんと回り道をしてしまったが、ここでraiden氏のコメントを再掲したい。

完全に異流儀邪教化してますね。
御書や歴代上人の御指南より浅井武勇伝が大事なんて、学会の人間革命が現在の御書と同じではないですか。


いちおう今の創価学会は御書根本を主張している。もし顕正会が御書を軽視し、浅井先生の激闘ばかりに重きを置くようであれば、創価学会以下だということになる。上述のごとく、極論すれば御遺命守護の経緯など今さらどうだっていいのだ、それよりも御書を心肝に染めなければいけない、御書に基づく戒壇論を云々すべきなのである。結局、浅井先生の書いた書籍は己れの自慢話に過ぎない。もちろん、そうでない部分もあるだろうが、大半が自慢話であることは現証が物語っている。すなわち幹部たちの発言が文証かつ現証なのである。平伏するとか、ひれ伏すとか、それが大聖人に対し奉ってならばいいけれども、浅井先生に対してなのだから本末転倒である。

「御本尊が盗まれた」と虚偽告訴
学会幹部数名が警察に押しかける
学会の卑劣な組織犯罪まのあたりに


これは「学会の虚偽告訴と戦って」と題する女子部の総班副長の登壇である。わたくしはここに先の法論報告とのねじれ現象を見る。どういう意味かを説明すれば、法論報告では創価学会の邪教化を責めているわけであるが、この登壇では図らずも顕正会の邪教化が露呈してしまっているのである。

 ○○子さんは、亡き母親から譲り受けた細井日達書写の本尊を自宅の仏壇に安置していたので、私が細井日達の御遺命違背を示し、御在世の信行である遙拝勤行の精神を教えたところ、○○子さんは私に対し「細井日達の本尊を顕正会本部に納めてほしい」と申し出てまいりました。

創価学会の公式見解がどうなっているか知らないけれども、日達上人の御本尊は可、日顕上人・日如上人の御本尊は不可、というような感じになっているようである。どうやら今も日達上人の御形木御本尊を御安置している創価学会員が案外に多くいるらしいのだ。

わたくしの言いたいことがわかるだろうか?
浅井先生の激闘(=浅井武勇伝?)ばかりに目を奪われて御書がぜんぜん身につかないとしたら創価学会以下であると先ほど書いた。つまり、教学の面で創価学会に負けちゃっているというのが先ほどの話題である。
そして今度は御本尊に対する姿勢という意味において、またしても創価学会に負けちゃっているわけである。いや、もちろん、勝ち負けは譬喩に過ぎない。具体的に言えば、創価学会よりも邪教化している一面があるということなのだ。この意味において、ひじょうにタチが悪いのである。

少なくとも十年前には、「細井日達の本尊」などという不敬極まる表現は存在しなかった。大っぴらに言われるようになったのは、つい最近のことである。御形木御本尊に対する姿勢に変節があることは明らかであるが、さらにそれが創価学会よりもタチが悪いのだから困ったものである。

最後に『迷走する顕正会を斬る』の一節を紹介しておく。

神を祭り神に仕える神官が、やがて神の権威を代行するに至ることは、宗教史によく見られることである。

これは猊下批判のようにも受け取れるが、浅井先生に対する批判である。しかも必然的な流れとして、自分自身が権威者たらんとすれば、大石寺の御法主上人の存在そのものが邪魔な存在になってくる。まさにその本音が御形木御本尊に対する姿勢に如実にあらわれてしまっているのではないかと思われるのである。

2010/9/14

会長講演の最大の謎  
水無月氏の質問にお答えしておこう。今や女子部の区長は百人近くもいる。ゆえにわたくしはそのほとんどを把握していない。そうした中で、たまたま第三区長の名前を記憶していたものだから、ちょっと気になったのである。さらに言えば、本年初頭に夫婦で大幹部をやっていた人が揃って姿を消してしまった。ゆえに、もしや・・・と思った次第である。ここまで書けば、水無月氏にはじゅうぶんであろう。

 十年くらい前に余計なこと言って組長に降格されたんですよね。

これはnabe氏のコメントの一部であるが、ひじょうに興味深い話である。余計なこととは何か、その具体的な内容を知りたいところである。なお、nabe氏からの質問については保留としたい。これは顕正新聞を入手してご覧になればわかることだ。

さて、今日は八月度総幹部会の会長講演についてである。

 この「国立戒壇否定」ですが、私は初めて言いますが
 実は池田大作は、この国立戒壇の放棄を、「宗門の公式決定」としてわざわざ機関決定させているのです。
 その議事録は、確か昭和四五年四月二七日でした。


今回の会長講演の最大の謎の部分である。

顕正新聞第1182号の表記どおりに書いたわけだが、もったいぶった文章である。初めて言うとして、その後わざわざ改行していることが一つ。そして「確か・・・」という言い回しがそれである。

実際問題として、浅井先生がこの四月二十七日の議事録に言及したのは、どうやら初めてのことのようだ。先生の過去の書籍のいずれを開いても、これについてはまったく書かれていない。あるいは『迷走する顕正会を斬る』を読んでも出てこない。もちろん、末端会員のわたくしが知るわけがない。
なるほど、もったいぶるだけのことはあるわけだ。誰も知らないことを初めて明かすわけだから、あの櫻川氏すら知らなかったことを明かすわけだから、それなりの自負というか自慢のような気持ちがあるのかもしれない。
しかし、不自然というか訝しいところがなくもない。なぜに「確か」なのか、である。顕正新聞にはその議事録の写真が掲載されている。いわゆる法廷闘争の時に相手側から証拠品として提出されたことによって、日の目を見ることになったという。例の御報告と同じである。
それにしても、証拠の資料があるにもかかわらず、そこに日付がはっきりと示されているにもかかわらず、なぜに「確か昭和四五年四月二七日でした」などと言うのか、そこが腑に落ちない。

ところで当該議事録の主要な部分についてであるが、それは以下のごとくである。

 「本宗教義の本質より鑑み、国立戒壇の名称は不適当につき、今後一切名称は使用しないこととする」

これが日蓮正宗の責任役員会の議決として、全員異議なく原案通り承認可決した、ということだ。

ちなみに、当時の責任役員を議事録の表記のまま、記しておく。

代表役員(管長)細井日達
責任役員(総監)早瀬道應
同     (重役)佐藤日成


ここまで書けば、わたくしが最大の謎と言った意味もわかることだろう。「確か」云々は瑣末な点であり、さしたる問題ではない。最大の謎は、そもそもこれほどの重大事をなぜ今まで黙っていたか、ということである。逆に言えば、なぜ今頃になって明かしたのか、ということだ。

今や武勇伝と揶揄されるところの御遺命守護の戦いであるが、それは自慢話のごとく何度も繰り返し筆に口にしてきたがために、いわば興ざめしているからであろう。また、その話かよ、もうウンザリだ、というのが周囲の本音なのだ。御遺命守護についての書籍は数限りなくある。しかし、そこには上述の議事録のことはまったく出てこない。最近になって判明した事実であれば納得できるが、そうではなくて三十年も前にわかっていたことなのだ。なぜ今まで黙っていたか、なぜ今頃になって明かすのか、それがまったく理解できないのである。

以前にも紹介したと思うが、『迷走する顕正会を斬る』には次のごとくある。

情報統制の都合よさが身についてしまい、「依らしむべし、知らしむべからず」の大本営発表が、浅井氏の講員統制の手法となってしまった。

いわゆる情報統制は浅井先生の得意な手法である。おそらく次号以降の顕正新聞には幹部たちの記事が載ることだろうが、その内容は予想がつくところである。「このたび先生は○○について初めて明かされましたが・・・」というような記事が頻出するのではないと思う。これは誰もが容易に察するところだろう。

それにしても訝しい。情報統制とは言え、こうも長期間にわたって秘匿するだけの価値があったのか、はたして今のタイミングで切るべきカードなのか、そこにいったいどれだけの効果があるというか、それがまったく理解できないのである。

ひじょうに煩瑣であるが、ここで折伏理論書改訂版の記述をご覧に入れたい。日達上人は昭和四十五年の五月三日に行なわれた創価学会の本部総会で、国立戒壇の永久放棄を宣言あそばされた。これについて浅井先生は次のごとく書いている。

 細井管長のこの宣言は「国立戒壇放棄の宗門の公式決定」と称され、今に至るまで取り消されてはいない。国立戒壇放棄は、今もなお生きているのである。

平成十六年の諫暁書にもほぼ同文が存在するが、わたくしは今回の会長講演との整合性に疑問を感じてならないのだ。直接的には次のくだりがわかり易いだろう。

 総会の席での発言だけでは、将来、管長の個人的見解におわってしまう恐れがある。そこで彼は「日蓮正宗として、公式に国立戒壇放棄の議決をしてほしい」と宗門に強要したのです。

大袈裟に言えば、齟齬がある。そこまで言わないにしても、従来の説明との差異が気になるのだ。

繰り返しになるが、もし例の議事録が最近になって発見されたものであれば理解できなくもない。従来、創価学会の本部総会での御説法が公式決定とされてきたが、実はその背後には責任役員会における議決があった、これこそが真の公式決定だったのだ、と先生自身が驚いて見せればけっこう説得力がある。ところがどっこい、先生は知っていてずっと黙っていたのである。そこにいったいどれほどの意味があるのか、わたくしにはまったく理解できない。なんとも訝しい限りなのである。

証文の出し遅れ、という言葉がある。先生としては切り札のつもりで残しておいたのかもしれないが、わたくしはもっと早い段階で出すべきだったと思う。今となっては手遅れというか、このタイミングでカードを切ることの必然性が見えてこないので、余計に訝しさばかりが強く感じられるのである。


九月二十六日追記:脱字があったので修正した。

2010/9/13

異常猛暑?  
nabe氏のおっしゃる、必要不必要の意味はもちろん承知しているつもりであるが、わたくしの意図したところは別のところにある。『迷走する顕正会を斬る』の第一章には、勧誘トラブルの実態、という項目がある。そこに騙し入会ということで、次のことが書かれている。

宗教であることを隠して「運のよくなるお寺がある」と拠点に誘って形だけ入会させてしまう。

まさに成果だけを求める安易な折伏である。

それはさておき、山門入り口氏から貴重なコメントを頂戴した。わたくしは花の名前に疎い。顕正新聞掲載の花が何であるか、まるで見当もつかなかったのだが、氏のいわく、ノウゼンカズラ、であると。
さっそく検索してみたところ、どうやらそれらしい。さすがである。花の名前がわかる人は相当の教養人だと思う。わたくしはキーワードを頂戴したので、それを手掛かりに検索することができた。そこがパソコンの便利さである。しかし、実物ないし写真を見て、それが何の花であるかを調べるのは容易なことではない。それこそ植物図鑑とニラメッコしないといけないだろう。
つまり、花に限らず植物全般、いや、他にも動物やら昆虫やら、それどころか世の中すべてのことが、普段から関心を持っていないと理解できないのだ。今回の一件は山門入り口氏の守備範囲の広さを示すものだろう。

さて、いよいよ顕正新聞第1182号の話題である。今号は八月度総幹部会の記事がメインとなっているが、書くことが多くて大変である。

芙蓉茶寮の「スイーツ」
一流パティシエが腕振るう
原材料・工程・一切妥協なし


その前にやっておくべきことがあった。茶寮特集の続編である。

今回は全面的に脱帽である。
前回の記事も充実していたが、じゃっかん問題があった。ようは下品な文章があって、そのくだりを読むにつけ、御里丸出し(?)の印象を拭えなかったのだ。しかし、今回はひじょうに上品な文章である。まさにスイーツを語るに相応しい文章と言えるだろう。
前号と今号では明らかな違いがある。筆者が異なるのだ。いったい誰と誰が書いたのか、ますます興味が湧いてきた。
なお、今回の記事について、あえてイチャモンをつければ、カタカナが多過ぎて読み難い、といったところだろう。

八月度総幹部会の注目点はいろいろあるが、まずは人事だろうか?

壮年部長が横田氏から大野氏にバトンタッチされたのだ。これは大人事である。
実は今度の壮年部長は新任というわけではない。十年ほど前にも壮年部長をやっていたことがあるのだ。横田氏も同様にかつて壮年部長をやっていた。
あるいは今度の豊島地区部長であるが、かつては武蔵野地区部長だった。このことは新生壮年部の初の班長会の記事として、七面に載っているのだ。

面接の際に浅井先生が
 「しばらくだなー」
 と、ご慈愛あふれる表情で語りかけて下さった・・・


理由は不明だが、この人はいったん地区部長を降りているのだ。それが今回、再び地区部長職に返り咲いたわけである。

こうして見ると、壮年部は同じ人材がグルグル回っているだけのようである。新しい人材が出てこない。その原因の一つは男子部にあるのだろう。ご存知のごとく、いつまで経っても男子部を卒業しない人がたくさんいるからだ。それどころか壮年部だった人が男子部に逆戻りするケースもあるのだから、困ったものである。

ちなみに、横田氏の今後の処遇であるが、副理事長専任ということになった。事実上、壮年部からの卒業というか、完全撤退である。ある意味、現場には向いていないので裏方に回ることになったのだろう。
ところで、壮年部には影の壮年部長(?)がいる。ご存知、小峰氏である。この人は副部長留任である。普通なら壮年部長に昇格するか、あるいは一蓮托生で副部長を降りるか、それが筋であろう。
浅井先生がどのように考えているか知らないが、酸いも甘いも知っている壮年たちがどう感ずるか、それが心配である。

女子部は今回、四区長が抜擢され、全国九十一箇区の大陣容となった。相変わらず女子部強しであるが、わたくしは前の第三区長がどうなったのか、それがちょっと気になっている。

人事についてはおおむね以上である。

次に教学試験について書くが、これが驚愕なのだ。

 さて、先ほど横田副理事長から、明年一月の教学試験について発表がありましたが、八月に教学試験の発表をしたことは初めてですね。驚いたでしょ。まさに「夏なお寒し」です(大笑)。

浅井先生はこの後、なぜに八月に発表したかを説明している。ようするに今度の試験は従来と内容が大幅に異なるので、急に言われても勉強が間に合わないから早く発表したということである。

四級 立正安国論
三級 開目抄 撰時抄 三大秘法抄


これがかつての試験内容だった。ところが今度の試験は次のごとくである。

四級 正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む
三級 正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む 最後に申すべき事


言いたいことは山ほどある。しかし、今日のところは二点だけ簡潔に書いておこう。

どうやら明年の教学試験は登用・四級・三級の三種目が行なわれるらしい。五級はやらないのだろうか?

 昇格試験の受験資格は、四級昇格試験が五級教学部員、三級昇格試験が四級教学部員となります。

横田氏の説明であるが、これでは本年の登用試験合格者が宙ぶらりんになってしまう。つまり、明年の試験を受けることができないのだ。これはおかしいだろう。まだ時間があるので、今のうちに修正すべきである。

もう一点、試験内容を大幅に変えたのはそれなりの考えがあってのことだろう、では聞くが、当然ながら将来、行なわれるであろう二級試験・一級試験について、現時点では具体的にどのような内容を予定しているのか、それを聞いてみたいものである。
まさか、従来のごとく観心本尊抄や六巻抄を試験するわけではあるまい。

もし、何も考えていないとしたらアホである。これだから行き当たりばったりだと言われてしまうのだ。

2010/9/12

1181号の総まとめ  
ジャスティ氏の、記事が少ないから水増し記事として芙蓉ネタを書いたとしか考えれない、というのは確かに言えることだけれども、わたくし自身はそこそこ内容の充実した記事であり、好感が持てた。これに関連して言えば、今度は例の四コマ漫画を特集すれば面白いだろう。この際、四コマではなく長編漫画にしたらどうかと提案しておきたい。紙面づくりにはブレイクが欠かせない。ようはマンネリの打破である。

さて、すでに手元には八月度総幹部会の特集号が届いているわけだが、まだ一つ前の新聞が片付いていないので、今日はそれを大急ぎでやっつけてしまいたいと思う。

本部庭園の四季と銘打って写真が二つ掲載されている。これがどうも冴えないのだ。一つは緑の葉っぱが写っているだけで、いったい何が言いたいのかよくわからない。しかし、よく見ると、真ん中あたりにメジロがいるのだ。なるほど、これが目玉のようだ。確かにメジロは動きが早いので、なかなかキレイに撮れない。しかし、もう一つの赤い花の写真は何だろうか、それがよくわからない。花のことはよく知らないけれども、それほどキレイに写っているとは思えないのだ。

「試練と忍従の歴史」を拝読して

「誑惑の正本堂崩壊す」を視聴して


これは各地の集会での登壇記事の見出しであるが、ああ、なるほど、と思った。八月は本部としての公式行事が皆無だった。いわゆる九月法戦の前哨戦というか、先手の折伏戦を展開せよ、というのが本部の意向だったと思われるが、それと平行して原点の月らしく顕正会の歴史を学ぶことが行なわれた模様である。

本日、青森支区の同志と共に、神奈川会館において日胤上人御書写の「御大事守護」の御本尊様を拝ませて頂けましたこと、有難さと感激でいっぱいです。

青森支区部長の記事である。これまた夏休み企画というべきか、わざわざ青森県から神奈川県までやってきて、そこで集会を開いた模様である。これも本部が何もやらないものだから、自分たちで自主的に企画したのだろう。それはともかく、次のくだりが気になった。

先生に守って頂いた組織・・・

実は同じ人物が過去にも同様のことを発表している。五月二十三日の拙稿をご覧になればわかるが、どうやら昨年の今頃、何か重大な問題が発生したらしいのだ。まあ、しかし、組織の内紛などは日常茶飯事なのだろう。ただ、それが表面化しないだけのことなのだ。

さて、最近の顕正新聞は毎回のごとく平会員の登場を見るが、今号においても平会員が二人登場する。一人は男性婦人部員で、もう一人は男性女子部員である。

 はじめは総班の語り合いの輪に入れずにいましたが、折伏を重ねることで、(後略)

男性女子部員の記事のこのくだりが気になった。見るところ四十代だろうか、中年の男が女子部の語り合いの輪に入れないというのは、普通のことだと思う。同性であっても世代が異なれば話が合わないこともある。ましてや、信心の世界とは言え、年齢はおろか性別まで異なれば、馴染めなくて当然なのだ。

だからこそ、男子・女子・壮年・婦人の四者を設けたのだろう。最初から男女混合のほうが都合がいいのであれば、四者の別などは設ける必要がなかったのだ。

ところが上掲の記事によれば、彼は女子部所属のままで折伏を実践し始めているのである。ここに問題を感ずるのだ。もうそろそろ女子部ではなく、男子部ないし壮年部に所属を改めてもいいだろう。しかし、そうしないのには理由がある。善意に解釈すれば、男子部ないし壮年部に移籍させれば、すぐに退転してしまう心配がある。担当の女子部幹部がそのように判断しているのかもしれない。しかし、これは善意の解釈であって、別の解釈もあり得る。早い話がいつまでも女子部に引き止めておいて、成果をぜんぶ女子部のものにするのだ。

女子部が強いのはこういうエゲツなさにも理由があるのかもしれない。だが、しかし、女子部ばかりを責めるわけにはいかない。たとえば以前どこかに書いたと思うが、二十歳そこそこの婦人部員が存在する。この人が既婚者で子供がいるくらいであれば婦人部でも不思議はない。しかし、そうではなくてどこかの大学生なのだ。もっとも、何年か前の話なので今はすでに卒業していると思われるが、それでもまだ二十代の前半だろう。

成果主義が高じて来ると、おかしなことになるという典型である。

さて、次は男子部組長の体験発表である。昨年十一月の入信である。

 このコース変更により、重労働の中に三十分だった休憩時間が、毎日四時間も休憩できるようになり、有難さで一杯です。

ようするにトラックドライバーの仕事である。会社としては従業員から不平不満が出ないように、なるべく仕事の量を均等に配分できるように努力・工夫はしているのだろう。しかし、現実の世界はうまくはいかない。どうしたって偏りが生じてくる。大変なコースもあれば、楽なコースもある。これはドライバーの仕事だけでなく、あらゆる職業に言えることだろう。
彼は今まで一年半もの間、物凄く大変なコースを受け持っていたのだそうだ。ところが入信二日後に会社のほうでコース変更を言ってきた。それがなんと上掲のごとくの好条件だというのだ。
彼はこれを、大聖人様から功徳を頂けた! と言っているわけである。

顕正会では見識という言葉がしばしば使われる。浅井先生のご見識云々・・・とか、である。
わたくしは思う。見識という意味で言えば、この体験は不見識の見本もいいところだと。
彼は若いので、正直な思いを発表したまでなのだろう。その純粋さは評価したいと思うが、内容的にはいかがなものかと思う。

四時間も休憩できる・・・

これはいわゆる待機時間を意味するのだろう。運転手の仕事には待機時間が付き物である。しかし、労働法の概念からすれば拘束時間であって、自由時間ではないはずだ。ゆえに、その人の性分にもよるだろうと思うが、じっとしているよりは動いていたほうがマシという人もいるはずなのだ。待機時間ばかりが長くて実働時間が少ないとかえってイライラする。だったら三十分しかアソビの時間がないほうがいいという人もいるはずなのだ。

また、会社側の視点にも立つべきである。本当ならば待機時間を限りなくゼロにしたい。そのほうが効率がいいわけだ。しかし、コースの取り方をどのように工夫しても、無駄な時間を減らせない場合もある。一方、どのように工夫してもドライバーの負担を軽減できないような過酷なコースもある。
前者と後者ではエライ違いである。ドライバーにとって前者は楽でいいかもしれない。彼は正直にそれを言っているわけだ。しかし、実は後者こそが会社になくてはならない存在なのである。
会社に対する貢献、ひいては社会に対する貢献の意味において、どちらが価値的であるか・・・このように考えれば、劣悪なる労働条件を物ともせず働くことの神々しさも少しはわかるはずである。むしろ仏弟子の心意気があるならば、後者を選ぶべきだろう。わたくしはこういう発想こそが本当の見識だと思う。

ちなみに、彼は一年半もの間、過酷なコースを受け持っていたのだ。会社だって馬鹿ではない、彼の真面目さを高く評価しているはずであるし、彼ばかりに負担を強いてはいけないと思って、コースを変えたのだろう。功徳かどうかはべつにして、それ以前に一年半頑張っていたという陰徳に、わたくしは敬意を表したいと思う。

 最初は十界論しか話せず「命の中に十段の引き出しがあって、命の癖によって開く引き出しが違う」と、全く知らない人が聞けばチンプンカンプンな折伏を一人で実践・・・

最後に、これは平成元年入信の男子部支隊副長の体験発表であるが、ひじょうに気になるところである。
十界論は折伏に向かないという意味なのか、それとも自分が未熟だったために十界論をうまく話せず相手に伝わらなかったという意味なのか、どちらなのだろうか?
もし仮に、今の顕正会の折伏では十界論が使われていないとしたら、いったい何がスタンダードなのだろうか?
折伏理論書の第三章は十界論である。ゆえに、十界論を否定ないし軽視することは、浅井先生にケチをつけるのと同じことである。ぶっちゃけ、先生の折伏は古くて通用しない、と言っているようなものである。

わたくしの思うに、十界は一念三千の法門の基礎をなす部分である。ゆえに、決して疎かに出来ないことである。ただし、一念三千を頭で理解することは難しい。末法の衆生には向かない。だからこそ、これをどのように整理整頓すればよいものか、そしてどうやって説明すれば理解しやすいか、そうした意味での創意工夫が求められているのだと思う。

もし仮に、顕正会が成果ばかりに追われるあまり、安易な折伏方法に流れているとすれば、もはやそれは折伏ではなく単なる勧誘に堕していると言わざるを得ないだろう。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ