2010/10/13

旦氏の誤謬を破す  
沖浦氏は如説修行抄の一節を引いて、それを大聖人が律儀であられることの文証としているが、わたくしにはちょっと腑に落ちないものがある。大聖人は釈尊の仏勅を受けて末法に御出現あそばした。法王の宣旨とはその譬喩であろう。ならば、律儀とか不律儀とか、そういう次元の話ではないはずなのだ。

律儀ということであれば、一谷入道女房御書に出てくる話が大聖人の律儀さを物語っているかもしれない。御文はあえて省略するが、どうやら一谷入道に法華経十巻を差し上げるという約束を交わしたらしいのだ。けれども大聖人のほうが心変わりをして、やっぱり法華経を渡すのはよそう、という気持ちになっていた。それを弟子が咎めるのだ。一度約束したことを破るのはいかがなものかと。それで弟子の意見を受け入れて約束どおりに法華経を渡したという話である。
ちなみに、本文中には「鎌倉の尼の還りの用途」云々とある。これが何を意味するのか、わたくしが仕入れた話によれば、これは日妙聖人のことらしいのだ。ようは佐渡へ渡ったのはいいけれども、鎌倉に帰る費用を持っていなかった。それを一谷入道が用意してくれた。どうやら入道は、お金は返してくれなくてもいい、その代わりに法華経を・・・という交換条件を大聖人に持ちかけたらしいのだ。
面白い話だが、しかし、どうなのだろう。この「鎌倉の尼」が日妙聖人なのか、それとも別の見解があるのか、ご存知の人がいればご教示願いたいと思う。

さて、先日来の議論はいよいよ泥沼の様相(?)である。

旦が厳虎さんに教えてほしいことは、国主が幕府の要人であるなら、
報恩抄の、国主は但一人なり、二人となれば国土をだやかならず。
と、どう整合性をつけるのか…ということですね。


これについては特に説明の必要を感じない。わたくしは文脈的整合性が優先されると考えるからだ。つまり、同じ御書の中で正反対のことが説かれていれば悩むことになるが、別の御書であれば多少の不整合があってもそれほど気にする必要はないと思う。ともかく上掲の問いには、旦氏みずからが答えておられる。

すると、旦のようなこじ付けまでして、国主を一人にする必要はない。

ご自分でコジツケと書いているところが正直であり、好感の持てるところである。この件では、あえて浅井訳(?)を復活させたいと思う。

国主に仕える身となって、まつり事をなさん人々

これなら納得できるのではないだろうか?

何が何でも「国主は但一人」にこだわるのならば、浅井訳がいちばん整合性が高いだろうと思う。もう大半の読者がお忘れだとは思うが、実はわたくしの意見と浅井訳はそれほど違わないのである。往いては同じであると書いたのはそのことである。
わたくしは当該御文の国主を幕府要人と書いた。幕府高官でもいいだろう。ようするに複数形が許されるわけである。具体的には平左衛門と宿屋入道を挙げた。
浅井訳の場合は、あくまで国主は一人とした上で、それに仕える人々という語句を挿入することによって整合性を持たせているわけである。
これで結果的には同じ意味のことを言っていることがわかるだろう。

特定の為政者個人を対象としているのではないと言う解釈

つまみ食いで恐縮だが、山門手前氏のこのコメントはなかなか鋭いと思う。なぜならば「設ひ日蓮が身の事・・・」という文脈を受けているからである。「設ひ」というのは仮定の話であるから、その流れを受けている後ろの文章にもそれが適用される可能性がある。ゆえに、必ずしも特定の為政者を意味するとは限らないのだ。わたくしは二人の人物の名前を挙げたけれども、あるいはもっと下級のいわゆる事務レベルの人々を意味するとも考えられるかもしれない。

しかし、そうすると「国主となり」の意味があまりにもボケてしまうので、やはり浅井訳のごとく「国主に仕える身となり」のように解釈するのが妥当なのだろうか?

いずれにしても謎の多い部分である。もしかしたら、もっと違った斬新な解釈があるのかもしれないが、現時点では他にコメントもないのでそろそろ終了にしたいところだ。

そうは言っても、まだ問題が残っている。旦氏がせっかく回答を寄せて下さっているので、それについて言及しないのも失礼だろう。

平成新編御書等はいろいろ読みやすいように修正されているので用例は出ないかもしれない。
ようするにここの修正は見落とされているのでは…と思いました。


上掲は「は」を東国方言であるとして、「へ」に読み替えるべきという話があったので、類文の提示をお願いしたところ、このような回答があったわけである。しかし、初耳の話だ。漢文体御書の読み下しであるとか、難読漢字を平易なものにしてあるとか、そういう話は聞いたことがある。しかし、旦氏の話ではそれにとどまらず、方言の部分を直してしまっているらしいのだ。そんな馬鹿なと思うが、どうなのだろうか?

種々御振舞御書は曾存なので今さらどうしようもないが、御真蹟の残っている御書がたくさんある。もし旦氏に自分の読み方が正しいとの確信があるのならば、御真蹟から具体例を探し出すべきだろう。

設ひ日蓮が身の事なりともについては
十一通御書の
身の為に之を申さず、神の為・君の為・国の為・一切衆生の為に言上せしむる所なり。
を合わせて拝読したいところです。

この逆で、もし身の為に申したとしても 国の為になる政道の法よ、という意味ではないかと考えました。


おっしゃる意味は理解できなくもない。しかし、残念ながら論理が破綻していると思う。詳細な説明は次に譲るとして、ともかく現代語訳をどうするかが問題である。十一通御書を引き合いに出すのは構わないが、基本的には独立した文章になっていないとおかしい。ゆえに、「設ひ〜政道の法ぞかし」までをトータルで訳した場合にどうなるか、もし訳文に自信があるのならば、ぜひとも提示願いたいと思う。

大聖人が政道の法を行じているという根拠は

例せば殷の紂王・比干といゐし者いさめをなせしかば用いずして胸をほり周の文・武王にほろぼされぬ、呉王は伍子胥がいさめを用いず自害をせさせしかば越王勾践の手にかかる、これもかれがごとくなるべきかと

になります。これもかれがごとく、とあります。


どうやら旦氏は全集を使われているらしい。それはさておき、まずは例の論理破綻について説明したい。

比干や伍子胥の事例は真の忠臣を意味するわけで、十一通御書の北条時宗への御状にも出てくる話である。旦氏も引用されているが、同御書の最後を大聖人は次のごとく締め括られている。

只偏に大忠を懐く故に、身の為に之を申さず。神の為、君の為、国の為、一切衆生の為に言上せしむる所なり。

まさに比干や伍子胥の先例を引いて、己れもまた大忠を懐くものであると宣言されているわけだ。なるほど、これを政道の法であるとすれば、見事に一致することになる。

しかし、眩惑されてはいけない。この話には落とし穴があるのだ。「設ひ日蓮が身の事なりとも」が答えである。比干も伍子胥も自分の利害損得で行動したわけではない。大聖人も然りである。つまり、やはりどうしても「設ひ日蓮が身の事」というのは正反対のことであり、先例にも当てはまらないし、政道の法とする理由にはまったくならないのである。

煩瑣ながら平成新編の表記で再掲しよう。

例せば殷の紂王に比干といゐし者いさめをなせしかば、用ひずして胸をほる。周の文武王にほろぼされぬ。呉王は伍子胥がいさめを用ひず、自害をせさせしかば越王勾践の手にかゝる。これもかれがごとくなるべきかと、いよいよふびんにをぼへて・・・

そもそも、この御文を根拠に大聖人が政道の法を行じているとするのは大間違いであり、文意の取り違えも甚だしいと言わねばならない。もし、最後の「いよいよふびんにをぼへて」に気がつけば、こんな間違いはしないはずなのだ。

旦氏は「これもかれがごとく」の部分に着目し、「これ」を大聖人とし、「かれ」を比干・伍子胥と言いたいらしいが、とんだ勘違いである。考えるがいい、大聖人が御自分のことを「ふびん」などと仰せになるだろうか、と。

ここの文意は、殷の紂王や呉王は忠臣の諫言を用いず、結果的に我が身も国も亡ぶことになった、ひるがえって鎌倉幕府は大聖人の諫暁を用いず国を亡ぼそうとしている、まさに先例のごとくであり、それがフビンに思えて仕方がない、という意味なのだ。

ここまで書けばじゅうぶんだろう。

以上、大聖人はあくまで仏道を行じているのであって、政道ではない。たまたま政治の分野に好都合の先例があっただけの話である。アゲアシ取りのようであるが、もし大聖人が外典を引用したら外道の法を行じていることになるのか、と言いたいくらいである。むしろ為政者に対して政道の法の何たるかを、ようは正しい政治のあり方を諭しているわけだろう。この文脈であれば、「設ひ日蓮・・・」の意味も明瞭になるはずだ。逆に大聖人が政道の法を行じているとすれば、この御文は解釈不能である。何しろ、身の為に申さず、なのだから・・・


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