2010/11/30

晩秋  
古参会員ならぬ古惨会員・・・

自虐的な名乗りではあるが、なるほど頷けるところがある。あの櫻川氏も『迷走する顕正会を斬る』の中で、卵を産まなくなったニワトリは不要なのである、と書いているくらいだ。つまり、浅井先生にとって会員は消耗品に過ぎず、古参会員といえども折伏が進まなければ不要の存在になってしまうのだ。信心歴が三十年だろうが四十年だろうが、単に古いだけでは化石の扱いを受けることになる。文字通り惨めな存在なのだ。

ところで壮年部班長会は台風の影響で中止になったとのことである。ようはわたくしのつまらぬ勘繰りだったわけで、事件というほどの大袈裟なことではなかったようだ。

それより、その年を締めくくる法戦でこれほど惨敗した記憶は、過去にありませんね。顕正会に求心力が失われはじめてますよ、明らかに。『歴史的法戦』『150万の道を開く重大意義をもつ』と散々訴えていながらですから。
会員は口には出さないもののシラケムードです。


これはおそらく来月の五日号で詳細が明らかになるだろうから、ここでは触れないことにする。

こんな状態で近く、次男坊の城衛さんに会長職が委譲されたら、崩壊が音を立てて始まるでしょう。

これに関連する文章を櫻川氏の著書から引用しよう。

 浅井会長の「龍の口の語り」は至芸であり、右に出るものは他にないとわたしは思う。
(中略)
この浅井会長の講義は余人を以て代え難いが故に、顕正会には後継者が不在なのである。

これは浅井先生がいちばんよくわかっていることではないかと思う。その証拠は今も読み継がれている「試練と忍従の歴史」の中にある。あの男子部一千名結集の時の心境を、先生は次のごとく綴っている。

 かくて、無謀とも思えるこの結集大会の成否にすべてを賭けたのであった。「敗れたらそれまで――」自分は直ちに青年部長を辞めようと、ひとりで心に決めていた。それが妙信講の瓦解に繋がることは百も承知していたが、理くつではない。そこまで当時の心境は追いつめられていたのであった。

当時の浅井先生はまだ三十を過ぎたばかりの若造である。しかし、自分が辞めれば妙信講の瓦解を招くことになるとの自覚があった。これはずいぶん自惚れた話のようにも聞こえるが、おそらくは客観的にもそれだけの求心力を持っていたのだろう。いかにいわんや、である。今の顕正会は浅井先生がいなければ一日として成り立たない。大袈裟なようだが、先生がいなくなれば一夜にして崩壊する。

よく巷では城衛の人望のなさが云々されているようだが、わたくしはこれをじゃっかん不正確な情報だと思う。上述のごとく、浅井先生が突出しているから、どうしても他が霞んでしまうのである。結局、「あと十一年」の意味も、浅井先生の年齢との兼ね合いが多分にある。先生以外に広宣流布を実現できる人はいない。誰もがそのように思っているのだろう。広宣流布は大聖人の絶大威力によって成される、と言いながら、一方では、浅井先生しかできない、と言う。この辺がきわめて会長本仏論的なところであるが、ともかく先生は顕正会における絶対的な存在であり、代わりの務まる人はいないということなのである。

ところで山門手前氏はいつもながら辛辣である。それに被せるような形で大沢氏からコメントがあった。

浅井会長にとって最も厳しいが正しい道は、顕正会の解散です。

無理難題というか、言いたい放題というか、これはかなり飛躍した提言のように感じられるところだ。しかし、今のままでは遅かれ早かれ崩壊するのは目に見えているし、先生もそれがわかっていることだろう。であれば大沢氏の言うことにも一理ある。もちろん、顕正会の解散が最善なのかどうか、そこは何とも言えないところだが、いずれにしても組織のトップとしての責任を果たしてもらいたいものである。

ありの金吾氏が御書の話題を書いているのを見て、思い出した。なんと平成新編御書検索が消滅してしまったのだ。どうやら無料のサーバーを借りていたらしく、そこが十月末で終了となってしまったのだ。サイトの移転だとか、そういう動きもなかったようなので、ようは自然消滅である。これはひじょうに残念だ。

自虐的ではあるものの、わたくしの御書の知識はいわゆる付け焼刃教学に過ぎない。ゆえに検索サイトがないと困るのだ。

つくづく残念である。この先、どうすりゃいいんだろう。

2010/11/29

続きの続きの続き  
コメント欄があふれ返っている。一々の内容には立ち入らないが、久しぶりにポリ銀氏がお出でになられたことと、いちばん最初の大沢氏のコメントがひじょうに力のこもった文章であること、この二つは書き留めておきたい。

ところで、タイトルを見て、ギョッとした人もいるかもしれない。まだ続きがあるのだ。

「『時勢とはいえ、この父が石畳上で遥拝とは……、自分は若いからいつまでも待てる、だが父はどうなる……』憤りと共に熱いもの瞼にあふれ、ひそかに上をむいて乾かした」

コメント欄には顕正会の宗門復帰をめぐっての記述が多く見られるが、顕正新聞第1189号にたまたま関連すると思われる記事があったので、ここに掲げさせてもらった。

自分は若いからいつまでも待てる・・・

この文章を最初に読んでから二十年以上経過するが、今となっては複雑な心境である。自分は若いと言っていた浅井先生も、すでに当時の顧問先生よりも高齢になっている。というよりも、あと数年もすれば顧問先生の亡くなった年齢を越えてしまうのだ。

 去る十月十三日、仏弟子にとって最も大事な儀式たる御大会式に、私も襟を正して参列させて頂きましたが、ご講演の冒頭「一期弘法付嘱書」を奉読される先生のお姿に、大聖人様から日興上人への御遺命が七二九年の時を越え、いま先生が守護し奉っていることが命に響き、熱涙を禁じ得なかったものであります。

そうそう、前の引用は婦人部組長の記事からであり、これは男子第一部長のものである。

大沢氏のコメントに、会長神格化というフレーズが出てくるけれども、上掲などはその典型例だろうと思う。端折ってしまえば、大聖人・日興上人・浅井先生を並べて論じてしまっている、この点だけでも先生が特別の存在であることをイメージさせるに充分である。さらに、ここでの一期弘法抄云々は戒壇建立の御遺命に主眼があるのだろうけれども、何しろ相承書である、するとあたかも浅井先生が大聖人・日興上人の直系の相承者みたいに思えてしまう。おまけに、七百有余年の時を越え、というのがよりいっそうの効果を発揮している意味もあるだろう。

大聖人から日興上人への御遺命を浅井先生が守護し奉っている・・・

わたくしは御遺命守護の戦いを肯定的に見ている。これは拙ブログにおいて一貫しているつもりであるが、しかし、必ずしも全面的に肯定するものではない。
たとえば前回は宗門復帰を云々するコメントが多く寄せられたわけだが、まさにここが重要なポイントであろうと思う。今現在の顕正会は宗門の外側にいる。今の状態で、はたして御遺命を守護していると言えるのかどうか、そこが疑問なのである。
浅井先生はあの昭和四十年代の戦いにおいて、在家の本分に殉ずるのみ、との発言を残している。あるいは猊下の御本意をお守りするとも言っていた。これらをまとめてしまえば、在家としての本分、すなわち守護付嘱の任をまっとうする、という意味に他ならないだろう。
すると今の状態で、はたしてその任をまっとう出来ているのかどうか、そこがひじょうに疑わしいことになる。

やはり宗門の中にいなければ話にならないだろう。大観すれば、顕正会は御遺命を守護し奉っているとは言うものの、国立戒壇に固執するあまり、トータル的には守護付嘱の任を放棄してしまっていることになりそうだ。これほど皮肉な話もあるまい。

浅井昭衛のいう内意云々はまったくの虚言・・・

これは日達上人の御言葉だそうである。猊下の御本意をお守りすると先生は言っていたわけだが、当の猊下からこのように言われてしまって、先生もさぞ辛かったことだろう。石畳での遥拝と言い、こうしたことが積もりに積もって、浅井先生もとうとうキレてしまった。結果論を言えば、先生は負けたのだ。守護付嘱の大任をまっとうするつもりであれば、御相承の断絶などは口が裂けても言うべきではなかったし、阿部日顕だとか細井日達などと呼び捨てにすることもあってはならなかった。法華講員たちが顕正会の宗門復帰を否定するのも当然のことであるし、現状ではどう見ても不可能である。それもこれも先生の責任である。

ムチャな話のようだが、猊下から上掲のごとく言われてもなお猊下についていく、それが正解だったのだ。

 「日蓮が仏に成らん第一の方人は景信、法師には良観・道隆・道阿弥陀仏と、平左衛門尉・守殿ましまさずんば、争か法華経の行者とはなるべきと悦ぶ」

さて、これは上述の話と関係がありそうだが、そういうつもりではない。一面に十月十七日の日曜勤行の指導が出ていて、本文は別の御書だが話の途中で上掲の引用があった。わたくしはすぐに気がついた。「道阿弥陀仏と、」というのが問題である。顕正会員は御書を持っていないのだからあまり細かいことは言いなさんな、などと思ってはいけない。なぜならば、折伏理論書の表記と異なるからである。理論書では「道阿弥陀仏、」となっていて、ようは「と」がないのだ。逆に言うと、今回は「と」を加えたことになるわけだが、なぜそのようにしたのか気になるところである。

最後にもう一つ、書いておこう。十月度の壮年部班長会はどうしたのか?

なんと壮年部の記事が一つも存在しないのだ。しかも二面には各部班長会の全体写真が掲載されているわけだが、なぜか壮年部の写真だけは掲載されていないのである。つまり、顕正新聞第1189号には壮年部班長会が行なわれたという痕跡が一つも見当たらないのである。

これはちょっとした事件と言えるだろう。

2010/11/27

続きの続き  
しばらくぶりの更新だ。

今日は前回からの続きであるが、その前に種々のコメントに対してお返事申し上げておこう。

今や創価学会抜きには何も語れないと言ったところでしょうか。(笑)

のび太氏のコメントである。これは確かに一面の真理であると思う。顕正会の場合は創価学会を敵視することによって会員の結束を固めてきたような感じが否めないし、現在の宗門も似たようなところがある。いわゆる日蓮宗においても、布教に熱心な住職であれば、創価学会のことを意識しないわけには行かないだろう。また政治の分野においても、公明党の動きが注目されているわけであって、今もなお一定の存在感を持っている。もちろん、創価学会を中心に地球が回っているわけではないが、少なくとも日本においては実力のある組織であることは確かだ。

水無月氏のコメントは特に再掲しないが、まあ、おっしゃるとおりなのだろう。あえて補足するならば、浅井先生は過去の発言に責任を持たない。そこが信頼性を損なう原因でもあるのだ。わたくしの思うに、先生の講演はオトナが聞いてもそれなりに得るものがある。しかし、やはりどうしても荒唐無稽に思えてしまう部分がなきにしもあらずであり、ましてや過去の発言を振り返ると言いっ放しになっていることが少なくない。そこが問題なのだ。もし、過去の発言が百発百中であれば、オトナであれば一度は本当だろうかと疑うだろうけれども、何のゴマカシもなく正真正銘の百発百中であれば、オトナであっても浅井先生は凄い人だと思わずにいられないはずなのだ。しかし、ご存知のごとく、浅井先生の予言(?)は外れっ放しである。ゆえに今は心酔しきっている若者たちも、いずれは先生に愛想を尽かす時が来る。この繰り返しなのだ。

山門手前氏のコメントは超難解である。よって詳細については省略させていただく。

そして次であるが・・・

この総班長のケースは後者の方で、しばらく顕正会と距離をおく時期があった訳です。ですから、難はそれほど起こらない。

わたくしは、推薦で大学に入った女子部総班長のことで、顕正会で折伏をやっていたら推薦なんかしてもらえないのではないか、との疑問を書いた。すると上掲のごとくのコメントを頂戴した。ああ、なるほど、そういうことか・・・

数えてみると、彼女は入信から七年目にして総班長になっている。これは必ずしもトントン拍子というわけではない。具体例を出せないけれども、早い人では区長になっているケースもあると思う。ゆえに彼女の場合は途中で退転とは言わないまでも信心に迷いを生じていた時期があって、活動に消極的になっていた。それが逆に効を奏して、周囲から顰蹙を買うようなデタラメな折伏をすることもなく、結果として推薦入学を勝ち取ることができたのだろう。

信心を根本に国立大学へ推薦入学

今一度、顕正新聞の見出しを確認したわけだが、そうするとこれは不正確な記述になりそうである。たぶん本人にはじゃっかんの後ろめたい気持ちがあるに違いない。しかし、今は信心の歓喜に満ちているのだろう。ならばそれはそれでけっこうなことだ。しょせん体験発表などというものは、都合のいいことばかりを書き並べるものだからである。

さて、顕正新聞第1189号の残りをやっつけてしまおう。

「中国は必ず尖閣諸島を奪取する」
 六年前、すでに先生は諫暁書でご断言


総合婦人部長、久々の快挙(?)である。

顕正会員は上書きされやすい人たちであるから、過去の浅井発言を忘失している場合が少なくない。どうやら今も諫暁書の配布活動は継続されているらしいが、案外に配っている人たちというのは本の中身を理解していなかったりするものだ。
そこに総合婦人部長のお出ましである。会員たちがウッカリ忘れてしまっている本の内容を、ここに復活させたのだ。あえて大袈裟に表現すれば、浅井先生は今回の漁船衝突事件を六年前に予言していた・・・となるだろうか?
もちろん、上述は大袈裟すぎるというか不正確な記述なので、正確なところは平成十六年の諫暁書をお読みになられたい。

 六年前の先生のご断言の重さ。阿部日顕への二冊の諫暁書が現証を伴う重書であれば、この一国諌暁の書も国家レベルの現証を伴う重書となるに違いありません。

総合婦人部長の言わんとしていることは、いわゆる「第二の不思議」のことである。最近はすっかり言わなくなったが、かつてはこのフレーズがよく使われていた。ようするに不思議の還御・正本堂崩壊を第一の不思議として、広宣流布・国立戒壇建立を第二の不思議とするものである。
大御本尊の御遷座および正本堂の解体撤去は不可能と言われていた。しかし、不可能が可能となった。顕正会ではこれを第一の不思議であるとして、ならば第二の不思議も必ずあると主張しているわけである。どれほど困難であろうと最後は大聖人の絶大威力ないし絶大威徳によって実現すると。
なるほど顕正会員にとってはそれなりに説得力のある話だと思う。しかし、どうだろう。ここには何か重大な欠陥が潜んでいるのではないかと思わざるを得ないのだが、一般人にはどのように感じられるだろうか?

たぶん一般人の感覚では、日蓮正宗は一つの宗派に過ぎないわけで、その中の内紛がもたらした結果が正本堂の解体撤去ということになると思う。そうすると、不可能と思われていたことが可能となったと言っても、それは一宗派の出来事に過ぎないわけで、いくら何でもそれがそのまま国家レベルの出来事に当てはまるわけがないではないか、と考えるのが一般であろう。

これに対する顕正会側の反論は、御本尊の仏力・法力を信じない人・諸天善神の力用を信じない人が理解できないのは当然である、という感じになると思う。

おそらくはここが議論の限界だろう。議論しても始まらないのだ。あとは現証を待つだけである。今の顕正会の主張では「あと十一年」となるのだろうか、十一年後の日本を取り巻く状況は抜き差しならないものになっていて、誰もが国立戒壇建立の必要性を感じるようになる。このシナリオがどこまで現実のものとなるか、そこが問われているのだ。

なお、そもそも第一の不思議には欺瞞がある、よって第二の不思議も成り立たない、という批判の仕方もある。これは何も目新しいことではない。顕正会批判者ならば誰もが知悉していることである。

なぜに顕正会は宗門への復帰を許されないのか?

これが第一の不思議に伴なう現証である。ややこしい説明はやめよう。ようするに顕正会の思い通りにならないこともあるのだ。御遺命守護の完結にしても、顕正会が宗門へ復帰してこそ完結の二字が光り輝くのだ。つまり、第一の不思議には欺瞞がある。この欺瞞がある以上、しょせんは第二の不思議も欺瞞に他ならないのだ。

話が長くなった。

総合婦人部長の記事を快挙と書いたけれども、最後に一つだけクギを刺しておこう。浅井先生が六年前に尖閣諸島について言及していたことはそれなりに評価できることだが、何も先生が初めて言い出したことではないのだ。もし、まだ誰も発言していない時に浅井先生が初めて言ったとしたならば凄いことだが、現実にはそうではないだろう。北方領土の問題もあれば、竹島の問題もある。まさか先生が独自の調査機関を持っているわけではないだろう。ようは領土問題に詳しい学者やジャーナリストなどから情報を得て、それを書いているに過ぎないのだ。

2010/11/20

顕正新聞第1189号の続き  
国立大学に合格された総班長の出身高校は、レベルの低い高校ではありませんが、高くもない普通の都立高です。この都立高も推薦入学でしたから、高校も大学も連続して推薦なんです。いずれも面接で浅井先生の指導の言葉を借用して合格されています。

現役の人から上掲のコメントを頂戴した。わたくしはこれを読んで、二点ほど思うところがあった。

推薦入学にもいろいろあると思うが、基本的には成績優秀でなければいけないだろう。もう一つ、品行方正でなければいけない。何が言いたいかというと、中学から高校へ上がる時には問題なかったはずであるが、高校から大学に上がる時には問題があったはずなのだ。ようするにくだんの総班長は高校入学と同時に顕正会員となった。当然、女子部員として活動を開始した。活動イコール折伏である。それが推薦入学の妨げにならなかったのか、という点が気になったのである。

折伏をやめないと退学させるぞ! このようなオドシを教師から受けたという活動報告がしばしばあるくらいだから、くだんの総班長だって同様のはずなのである。すると、いくら成績が優秀だったとしても推薦は難しいのではないかと思うのだが、いかがだろうか?

もう一点はまったく別の角度からの話になる。

浅い狂学などという揶揄がある。顕正会員は浅井先生の教学力を大絶賛するが、創価学会員あたりは逆である。また、浅井先生の見識についても正反対の評価が下される。
わたくしがいつも言っていることは、若年者の目から見れば浅井先生の教学力なり見識は凄いのだ。批判者たちはそこがわかっていないのかもしれない。
冒頭のコメントにあるごとく、彼女は面接において浅井先生の指導を活用して合格したという。これはなるほど面接官にとっても、それなりに魅力的ないし刺激的な話だったことは想像に難くない。おそらくは面接試験のための合格マニュアルみたいなものとは一線を画すだろうし、普通の若者が逆立ちしても出てこないような話題だからである。

創価学会には高等部とか中学部、あるいは小学部という組織がある。ところが顕正会にはそれがない。これは組織の未熟さを示す好対照の事例と言えるのかもしれないが、逆のことも言えるだろう。
創価学会は彼らを子供扱いにしている。しかし、顕正会はそれをしないのだ。
たぶん創価学会の幹部には欠落した視点だと思うが、子供は子供なりに自意識がある。子供扱いされることに不満を感じる子供だっているのだ。創価学会の上層部としては、未来の人材を大切に育てたいという思いがあって、それぞれの年齢に相応しい育成方法を試みているのだろう。もちろん、それは間違っていない。しかし、その具体的な内容や方法が適切であるかどうかは判断が難しい。上述のごとく、子供扱いされていると子供たちに思われたなら失敗であろう。
顕正会の場合はたまたま組織が貧弱なために創価学会みたいな細かい組織を作ることができない。しかし、それが好結果を招いている意味もあるのだ。
考えてみるがいい。高校入学と同時に顕正会員になったという人の中には、すでに中学生時代からビデオ放映やその他もろもろの集会に参加していた人もいることだろう。彼らは大人たちに混じって浅井先生の指導を聞くのである。これがどれほど凄いことかを。

さて、池田氏関連の話では大沢氏と沖浦氏からコメントを頂戴しているが、たまには創価学会員が喜びそうなことを書いておこう。

普通だったら、亡くなる前からあれやこれやと話題にするのは、不謹慎なことである。しかし、池田氏の場合はすでに週刊誌などでも取り沙汰されているらしいし、ネット上においてもかまびすしいものがある。何しろ創価学会員である沖浦氏自体がそれを話題にしているくらいである。

これは明らかに池田大作という人物の偉大さを証明する事実である。

人の死などは日常茶飯事であり、全国津々浦々で葬儀が行なわれている。自分の住んでいる地域にしたって、葬祭場が何軒もあってほとんど毎日のように通夜・告別式が行なわれている。しかし、そのほとんどすべてが見ず知らずの人である。
つまり、一般人の死は近親者ないし友人・知人という、ごく限られた人々のみが知ることであって、他人にとってはどうでもよいことなのだ。不謹慎ながら関係者を除けばその程度の価値しかない、それが死の現実である。
こうして見ると、池田氏はそこらの一般人とワケが違うことがよくわかるだろう。どうでもよい存在であれば、話題になりっこないのだ。

顕正新聞第1189号に婦人部組長の体験発表がある。この人はどう見ても三十前であり、独身だと思われるが、なぜに婦人部なのか不明である。それはともかく見出しを紹介しよう。

臨終の大事知り延命治療の答え得る
 医療への情熱を仏法に捧げたい!


この見出しは誤解を招くと思う。大袈裟に言えば、医療を否定してしまっているように読めてしまうのだ。現在、この人は准看護師であり、来年は正看護師の受験を控えている。この点からしても、まだ若い人であることが明らかだが、入信は昨年の十一月四日とのことである。この流れからすると看護師を諦めてしまったわけではないのだろうけれども、それにしても上掲の見出しのごとくであるならば、もはや医療への情熱は冷めてしまってそれが仏法のほうへすべて移行してしまっているように読めるのだ。前回、活動に熱心になると仕事が疎かになると書いたけれども、これもその一例だかもしれない。

ところで、この人は入信前の出来事として、次のようなことを書いている。

延命のため人口呼吸器をつけ、医師より「余命三日」と宣告されていた八〇歳代後半の患者に対し、医師は三日以上経ったとき
 「付き添っている家族も疲れている。もうこれ以上は何もしない」と言い、積極的な治療はしないことになりました。


この登壇者は上掲の医師の方針に疑問を感じ、さまざまな葛藤が込み上げてきたという。この流れを受けて入信、そしてこれが見出しの臨終の大事知り云々につながるわけだが、ともかく延命治療の問題はひじょうに難解である。

以上、池田氏の関連で、たまたま好都合の話があったので紹介させてもらった。

2010/11/18

顕正新聞第1189号を中心に  
現役と思しき婦人部支区部長と男子部支隊長からのコメントはけっこう衝撃的である。ようするに顕正新聞からは読み取れない悲惨かつ追い詰められた実態を暴露しているのだ。誓願の帳尻合わせのために海外に飛んで外国人の入信者を多数獲得しているという話は以前にもあったけれども、まさにおっしゃるとおり、これでは国内の組織が日に日に疲弊するのも道理であろう。わたくしは先日、最近の顕正会は上昇ムードが漂っている、という意味のことを書いたわけだが、これでは顕正新聞に騙されていることになりそうだ。

最新号の第1189号を読んでいても同様で、最近の顕正会はけっこう好調ではないか、とわたくしは思った。現役の二氏がわざわざウソのコメントを寄せるとは思えないが、同時に、顕正新聞の記述がウソばかりとも思えない。そこでいつものようにいくつかの記事をピックアップして、わたくしが感じたままのことを書いて、あとは読者の判断に任せることにする。

信心を根本に国立大学へ推薦入学

女子部総班長の体験発表だ。この人の家は母方の祖父母の代から顕正会員だという。ともかく内容の濃い記事であり、取り上げたい部分がたくさんあって困るくらいだ。そこで一つだけに絞って、上掲の見出しに関連する部分を取り上げよう。

 「合格の秘訣は、顕正会で信心し、朝晩の勤行を実践していたこと」

レベルの低い高校(?)なのか、この人の通っていた高校では国立大学に合格するのがめずらしいことらしく、彼女の合格が大ニュースになってしまったのだそうである。さらにこの話の続きが凄いのだ。なんと進路担当の教師から合格体験記を書いてほしいと言われ、それで書いたのが上掲の文章なのだそうである。しかもこれが学校のパンフレットやホームページに掲載されているというのだからタマゲタものだ。普通ならば、書き直しをさせられるか、掲載が見送られることになりそうなものである。

ともかく、こういう若手の活きのいい人材がいると思えば、女子部で二十三年のキャリアを持つ総班副長もいる。

異常気象でも過去最高の品質

具体的な内容については省略させてもらうが、この人の体験発表もなかなか充実していると思う。ただし、「跡を絶たない」というのは誤字だろう。これは先日、別の記事で指摘したことだが、またしても同じ間違いを犯している。それとも何かコダワリがあるのだろうか?

男子部班長の体験発表も凄い。

コインカウンターを発明、会社設立

六十三年入信というからベテランである。なぜ今も班長か、それは途中で退転しているからであるが、もう一つの理由は仕事に力を入れているからだろう。見出しから窺えるごとく、事業家として成功を収めている。やはり、それなりに時間と労力を割かないと成功などは覚束ないものだと思う。顕正会には活動に熱心なあまり、仕事が疎かになってしまっている人が少なくないが、これは両立することの難しさを意味するのだろう。結果的に、仕事で失敗すれば信心の実証を示すこともできなくなるのだから、活動にのめり込むのもほどほどにしないといけない。その意味で当該記事の班長は模範的と言えるかもしれない。

 私は創価学会からの入会であるため、(中略)数年前から、公明党のポスターが貼ってある学会員宅を中心に一軒一軒、訪問して戦いを進めております。

これは男子部支隊副長の活動報告である。法華講で言えば樋田氏のグループがやっている方法に似ている。当然、創価学会の側にしてみれば迷惑千万な話であるが、やり方としては誠実だと思う。ただし、次のくだりが悩ましいところだ。

聖教新聞の啓蒙では、部数が伸びないため毎月四部買わされて経済的に苦しい・・・

顕正新聞だって同じだろうが! というツッコミには、どのように反論するつもりなのだろうか?

次は男子部支隊長の活動報告の見出しである。

日顕の謀りのままの法華講員を破折

八月の総幹部会以降、「阿部日顕への諌暁書を読んで」と題する記事が頻出するようになったが、これは少なくとも明年の教学試験が終わるまで続くと思われる。これはある意味、平成十六年の再来みたいなものだろう。忘れもしない八月二十二日の幹部大会を期に、顕正会は宗門誹謗キャンペーンを開始したのだ。本年もそれと似たような感じになってきた。強いて違いを挙げれば、当時は先生が先頭に立っていたわけだが、今は後方に回って会員にハッパを掛けているようなアンバイだと思う。当然ながら、今後は宗門・法華講との接触が多くなるだろう。その片鱗が上掲の活動報告というわけだ。

ところがである。当該記事はすでにその欺瞞が暴露されているのだ。ここでは詳細を省くが、山門入り口氏のブログなどを閲覧すれば、おおよそのことがわかるだろう。

ファーストフード業界すべてから追放処分となった

マクドナルドでアルバイトをする男子部組長の活動報告であるが、わたくしは上掲に疑問を感じた。

アルバイト先で折伏をして店長から解雇を言い渡された。ところが急転直下、店長のほうが解雇になってしまったという。理由はわからないけれども、まあ、それはあり得る話だと思う。いわゆるリストラというのは給料が高いわりに活躍していない人が対象になるのだ。そうすると店長レベルがいちばん危ういのだ。いつだったか、時間外手当の問題で裁判があったけれども、会社側にしてみれば店長ごときにあんまり高い金を払いたくないというのが本音であろう。それを逆に管理職だからと祭り上げて時間外を払わなかったのだ。

話がずれてしまったが、ともかく上掲は疑問である。どういう理由によるのか、それが気になるところである。しかも記事の続きには、駅前で繁盛していた店舗にもかかわらず閉鎖となってしまった、と書かれている。これも理由が知りたいところである。

「仏様にお味方すれば必ず勝つ」

これが当該記事の見出しであるが、ようするに顕正会の理屈で言えば、折伏を妨害した人たちは罰の現証を受ける。それが店長の解雇ないし業界追放であり、店舗の閉鎖ということなのだ。しかし、わたくしは疑問である。顕正会員はこれで納得してしまうのだろうけれども、むしろこれは理不尽というものだろう。仮に仏法上の根本原因がそれであったとしても、その他のさまざまの要因が加味されて結果が出るわけだろう。それが何なのかが気になるのだ。

クドイようだが、仏法は道理である。ということは、繁盛していた店がどうして閉鎖になるのか、説明できなければおかしいだろう。それを罰だとか功徳だとか一言で片付けてしまうのはどうかと思う。だから顕正会員は短絡思考だと言われてしまうのだ。

まだ新聞ネタはあるのだが、今回はこれで終わりにしよう。

なお、大沢克日子氏から久しぶりにコメントを頂戴したが、これがまたひじょうに重い内容である。はっきり言って、池田氏は時間の問題だろう。というよりも、これはすべての人に当てはまることなのだ。しかも老少不定である。ゆえに、かく言うわたくしが先かもしれないし、あるいは浅井先生かもしれない。大口を開けて笑っている場合ではないのだ。

2010/11/15

ブッチョウヅラ  
種々のコメントを頂戴しているが、皆さん痛いところを突いてくるものである。水無月氏のおっしゃることはご尤もで、大総会を開いて何人集められるか、あるいは選挙でどれだけの得票を集められるか、こうした客観的な尺度が必要なのは言うまでもないことなのだ。わたくしはもちろんそれを承知で、いわば顕正会は多産多死型の組織なのでとりあえず折伏が進んでいればその内の何人かは生き残るだろうからそれでいちおう組織はは保たれるという話をしたわけである。本部の首脳たちもそれがわかっているから、折伏の目標値を下げたくないのだ。それが活動会員を苦しめる原因とはわかっていても、おそらくは他に手段がないのだと思う。

また、これが自ずと強引な折伏につながって、結果として逮捕者を出すことにもなるわけだが、それにもかかわらず創価学会の謀略などと責任転嫁をするばかりで一向に改善しようとはしない。これまた、おそらくは代替案が見つからないのだろう。ようは今の路線を突っ走るだけなのだ。

この逮捕関連の話について、山門入り口氏はいろいろ情報を得ているらしいが、しかし、今はまだ水面下の話なのでわたくしがどうこう言えることではない。

山門手前氏の指摘はある意味、言い古されたことである。ご存知かどうか、最近の顕正会には後期高齢部がある。いや、厳密には正式に発足されたわけではないが、ようは老人たちもそれなりに頑張っているのだ。この意味で、氏の指摘はやや的を外しているようにも感じられるところだ。なお、わたくしの本音を言えば、若い人のほうが有望であることは動かないだろう。これまた、ご存知かどうか、男子部や女子部にも高齢化の波が押し寄せているのだ。これがいいことか悪いことか、将来的にはあまりいいことではないだろう。やはり若い人材が次から次に出てこないといけないのだ。ただ、水無月氏が指摘するように組織全体としてはあまり増えていない。ようは退転者の穴埋めをするのが精一杯という状況が深刻なわけである。しかし、逆の見方をすれば、退転者の数を減らすことができれば顕正会は今も伸びる余地がある。よって、わたくしは短期的ながら最近はやや安定しているのではないか、それを復調という言葉であらわしたつもりだったのである。

もちろんムードづくりということはある。わたくしは特別な情報網を持っているわけではない。ただ単に顕正新聞を読んでいるだけである。するとムードに呑み込まれてしまっている可能性もあるだろう。それは否定できないことだ。

さて、今日は顕正新聞第1188号を片付けてしまおう。

六面に爽やかな笑顔の写真がある。どうでもいいことから書くと、これとは好対照の写真が一面のトップを飾っているのだ。いや、これは先生の表情のことではない。男子部長と総合女子部長、それに女子部主任総務、この三人の表情が凄いのだ。こういうのを仏頂面と呼ぶのだろう。六面に戻って女子部の三人目の幹部に注目したい。この人以外は全員が白い歯を見せて笑っている。逆にこの人だけが口を閉じているのだ。しかし、仏頂面ではない。口を閉じているけれども笑顔なのである。物凄く上品だと思う。

何が言いたいか、わかるだろうか?

浅井先生が笑う時は幹部全員が笑う。追従笑いである。誰とは言わないが、この視点から写真を今一度よく見ると、無理に笑っているのではないかと思われる人物もいるのだ。もちろん主観の問題であるが、もし多くの人が見てそのように感じたならば失敗だろう。広い意味でのヤラセ写真みたいなものだ。お追従はいらない。作り笑いは見透かされるだけである。

さて、本題に入ろう。当該記事は正義にめざめてであるが、わたくしがいちばん気になったのは登壇者の所属である。まず性別は女性である。しかし、どこにも所属が書かれていない。総班長云々の記述からすると男子部ではないのだろう。それ以外のいずれに所属するのか、それが判然としないのだ。よって、現段階では無所属平会員と書くしかない。

平会員の記事はもう一つある。こちらは体験発表なのだが、所属は男子部で、性別は男性である。男性の男子部員は当たり前のようだが、平会員の場合は性別と所属が一致しないことも少なくないのだ。

暴力団の大幹部から右翼、刑務所へ

何だか凄い話であるが、わたくしが羨ましいと思ったのは、次のくだりである。

右翼団体の会長が犯した犯罪の身代わりで、私は刑務所に三年間服役し、出所後はこの服役をしたことにより、一千万円の退職金をもらって・・・

退職金がもらえるとは驚きである。いや、もちろん、身代わりの代償が大きいのだろうけれども、それがなかったとしても幾らかは退職金が出るのだろう。右翼も捨てたもんじゃないと思った。

打倒小日本

露大統領 北方領土訪問を強行

上段は中国各地で行なわれているデモ行進のスローガンであり、下段はそのまま書いてあるとおりである。さらに「中国と連携 領土問題で日本を挟撃」とも書かれている。いちおう書き留めておく。

これに関連する意味で、上海での弘通を報告する婦人部班長の記事があることも記しておこう。

2010/11/14

素敵なチェッカー  
山門入り口氏から二項目にわたるコメントを頂戴した。

一つ目について言えば、わたくしが想定していたのは、広宣流布・国立戒壇建立の時期を明示する発言があるかどうかだった。確かに一千万世帯達成は大きな目標であるけれども、それはあくまで中期目標に過ぎないわけである。「後二十五年以内」というのは、まさに最終目標すなわちゴールを意味するのだ。ひるがえって顕正会に目を向ければ、あたかも広宣流布のゴールが「あと十二年」であるかのごとく言っていることが問題なのである。

たとえば、顕正新聞第1188号に載る壮年部総班長の記事には、次のような文言がある。

「あと十二年」最後の御奉公を大聖人様に誓い奉られた浅井先生

再三にわたって指摘しているごとく、必ずしも十二年後が広宣流布のゴールでもなければ、国立戒壇が建立される年でもないのだ。ところが熱心な活動会員たちは錯覚を起こしてしまっている。そこが問題なのだ。

創価学会の場合、昭和三十年代までは盛んに国立戒壇を叫んでいた。それが四十年代に入ると、正本堂に置き換えられた。実際、正本堂の完成がゴールを意味するかのごとき発言が残っている。あろうことか日達上人の御指南にも凄まじいものがある。

此の正本堂が完成した時は、大聖人の御本意も、教化の儀式も定まり、王仏冥合して南無妙法蓮華経の広宣流布であります。

ご存知のごとく、こうした発言の数々については、後に日顕上人が「行き過ぎがあった」と反省の意を示されている。

わたくしは思う。顕正会はどうなのかと。現時点では「あと十一年」になるはずだが、十一年後には責任を取る覚悟ができているのかどうか、そこが問題である。宗門の反省などは口先だけで真の懺悔には程遠い・・・などと顕正会では言っているが、自分たちはどうなのかと自問自答すべきである。浅井先生は他人の過誤に対して激しく批判するが、自分自身はどうなのか、である。結局、先生だっていろいろ間違いを犯しているのだ。ところが負け嫌いの先生はそれを素直に認められない。ようは未熟なのである。

さて、今度は山門入り口氏のコメントの後半部分についてであるが、来年辺りにも逮捕事件がある、と書いておられる。

これはどういうことだろう、何かしらの情報があってことなのか、何となく予感があるということなのか、そこが気になるところではある。
氏には情報網があるらしいので、何らかの極秘情報をつかんでいるのかもしれない。あるいは予感というか、変な話だが期待感みたいなものがあるのかもしれない。顕正会員が逮捕されたら面白いなあ・・・というような、不謹慎な話だが人間にはそういう心理もあるわけである。
いずれにしても顕正会の体質は旧態依然のままである。ようはトラブルが起きやすい状態なのだ。今の路線を続ける限りは、常に逮捕のリスクが付きまとう。あるいは山門入り口氏の言わんとしていることは、これかもしれない。

ところで、「うろ覚え」と「うる覚え」については、わたくしの個人的な意見を言わせてもらえば、どちらでも構わないと思う。もちろん「うろ覚え」が正式であるが、言葉には変遷があるわけだから、いずれは「うる覚え」も市民権を得る日が来るのではないかと思う。たとえば矜持という言葉がある。「きょうじ」であるが、どうも最近は「きんじ」でも構わないらしいのである。古い国語辞典には、「きんじ」は誤りだと書いてある。それがわずか数十年で変化してきているのである。おそらくは「うる覚え」も同様のことが言えるだろうと思う。

さて、わたくしは前回、顕正会の復調ということを書いたわけだが、これに関して十月度総幹部会の記事から窺える点を書いてみよう。

素敵なチェッカー

何が何だかさっぱりわからないと思うが、わたくし自身、チェッカーという言葉を知らなかった。

これは女子部班長の活動報告である。現在、短大生であり、スーパーマーケットでアルバイトをしているそうだ。どうやらレジ打ちのことをチェッカーと呼ぶらしい。そして、この人は接客態度・レジ打ちの速さを競う「チェッカーフェスティバル」に出場して、素敵なチェッカー第一位を獲得したのだそうである。この部分は活動報告というよりは体験発表に近いだろう。

さて、ここからが本題である。

 私は昨年一〇月、高校の時の同級生の折伏により、宇都宮会館において素直に入信させて頂きました。

わたくしが注目したのは、「高校の時の同級生の折伏」である。これはやや異例の書き方だと思う。というのは、折伏してくれた人の具体的な名前が出てこないからである。普通ならば、「高校の同級生だった○○班長に折伏され・・・」というふうに書かれるだろう。
ここで推測し得ることは、この同級生はすでに退転してしまっているだろうことである。もし活動を続けていれば、名前を隠す必要はないし、おそらくは班長以上、副長や総班長になっていたとしてもおかしくはないだろう。
つまりはこれが顕正会の実態であり、体質なのだ。退転者が後を絶たない。しかし、その退転者が残していった宝物、ここでは上掲の素敵なチェッカーこそが宝物であり、現時点で顕正会を支えている貴重な人材なのだ。

鮭は産卵を終えるとすぐに死んでしまうという。顕正会はこれに当てはまる。退転者が後を絶たないのは仕方がないことだが、せめて一個でも卵を産んでくれればそれでいい。もしもその卵が大ブレイクすれば、シメタものである。くだんの素敵なチェッカーはそうしたケースの一つであろう。

 私は幼い頃より、婦人部で御奉公する母の姿を見て育ち、平成十四年、高校入学と同時に顕正会員とならせて頂きました。

今度は女子部総班長の体験発表である。特に内容には触れないが、この母親が婦人部でどの程度の立場にいるか、記事を読む限り不明である。おそらくは大幹部というわけではないだろう。前掲の話と相通ずるものがあると思う。

以上、顕正会の復調を思わせる記事を紹介した。ともかく若手の活きのいい人材が次から次に出てくれば、まさか顕正会が崩壊するとは誰も思わないだろう。

2010/11/11

爽やかな笑顔  
顕正会は待ちきれなかった・・・これが事実ならば皮肉な話である。なぜならば正本堂の問題では創価学会に対し、なぜに時を待つ可きのみの御金言に背くのか、というふうに批判していたからである。その顕正会が今は広宣流布の最終段階だとして、あと何年、などと期限を切ってしまっている。しかもその期限の切り方が恣意的だからいけないのだ。たとえば、あと二十五年、と言っていたことがある。しかし、今はその二十五年を過ぎてしまっているのだ。それにもかかわらず、今も懲りずに同じ手法を使っている。

ちなみに、『迷走する顕正会を斬る』によれば、昭和二十九年一月一日の聖教新聞社説に次のような文章があるらしい。

然らばその完成の日は何時であろうか。それはある理由に依り、後二十五年以内と確信してよい。

続きの文章から判ずれば、国立戒壇が二十五年以内に建つ、もしくはそのための決議が国会において行なわれる、という意味を言っているごとくである。

この意味では、創価学会が顕正会を批判するのは自家撞着だろう。浅井会長の予言は悉く外れている、などと言おうものならば、いったい上掲の記事は何なのだ、という反論を食らうことになる。昭和二十九年から数えて二十五年後の創価学会の状況は、決して芳しいものではなかったのだ。

話がずれてしまった。わたくしは創価学会の事情に疎いので知らないが、「後二十五年以内」と類似の文章が他にもあるのかどうか、そこが問われるところだ。ようするに顕正会の場合、というか浅井先生の場合、「あと○○年」というフレーズをたくさん使っている。しかも期限が延長されているにもかかわらず、その釈明がないことが問題なのだ。この件に関して創価学会が顕正会を批判するのは自家撞着だと書いたけれども、程度の問題で言えば顕正会のほうが遥かに悪いわけである。変な話、昭和二十九年の記事は時効と言ってもいい。ところが顕正会の場合はまさに現在進行形なのだ。

浅井先生は、自分が存命の内に広宣流布の金言を仰ぎたい、という思いが強いのかもしれません。

旦氏のコメントの一部であるが、これはひじょうに良心的な文章だと思う。人によっては、もはや浅井先生にはそうした純粋な心があるとは思えない、組織維持のために会員を騙しているのだ、という見方をしているごとくである。わたくしはどちらが真実であるか、それはわからないけれども、少なくとも客観的には広宣流布はまだ先のことであるからして、浅井先生自身がその事実を直視しなければいけないと思う。もし事実に目を背けているとすれば責任者として失格である。

これからは、ますます顕正会の崩壊に拍車がかかりますね。

ありの金吾氏のコメントを、結論部分だけ引用させてもらった。

顕正会の現況についての詳細は、外部から判断しづらいものがある。顕正新聞には都合の悪いことが載らない。すると表面的には常に躍進しているようにも感じられる。いわゆる大本営発表の手法である。そうした中で、わたくしが注目しているのは平会員の登場頻度であるが、おそらくは人材難ゆえに平会員を出さざるを得なくなっているのだと思う。終戦間際の学徒出陣みたいなものだろうか?

ただ、これはずいぶんとイジワルというか、僻目の解釈のような気がしないでもない。というのは、顕正会は復調傾向にあるのではないかと思えるフシもあるのだ。

組織には浮沈がある。景気みたいなもので、浮き沈みがあって当然なのだ。顕正会はここ数年の難局を乗り切って、今年辺りから復調しつつあるのではないか、という気がしないでもない。
難局というのは具体的に、たとえば一時期は逮捕ないし家宅捜索が頻発してマスコミの報道もあった。このダメージは否定できないだろう。そして是正協議会の動きに悩まされたこと。あるいは昨年の『迷走する顕正会を斬る』が一つのピークだったと言えるだろう。
つまり、顕正会はここ数年、いわば逆風にさらされ続けていたわけだが、ここに来てようやく風向きが変わってきた。厳密には風向きが変わったわけではないけれども、ここ数年来の逆風が一息ついたのは事実だろう。
ゆえに浅井先生としては何とかして波に乗りたいというか、ここでしっかりと軌道に乗せたいという思いがあるのだと思う。それに呼応して、活動会員たちが奮闘努力している。顕正会の現況はこんな感じではなかろうか?

しかし、最初に述べたごとく、内部事情は外部の者には見え難いわけで、どちらが本当であるかはわからない。

顕正会がインターネット上の批判を意識していることについては、状況証拠がいくつかある。

 しかしながら、顕正会三〇〇万と男子十万結集を思えばいまだ足りず、されば御大会式までに・・・

わたくしは昨日、最近の幹部は三百万を口にしなくなった、と書いたわけだが、これは事実誤認だった。顕正新聞第1188号にはご覧のような記事が存在するのだ。しかし、これとて穿った見方をすれば、批判をかわすためにあえて掲載したとも考えられるだろう。だとすれば、本部首脳はネットの批判を物凄く意識していることになる。

絶大威徳により
   広宣流布は成る


これがまた面白い。これは会長講演の小見出しの一つであるが、なんと本文を読むと次のごとく書かれているのだ。

 これすべて、日蓮大聖人御一人の絶大威力によるのであります。

まさか編集部が先生の意見に逆らっているわけではないだろう。ようはわたくしの批判をかわすために、あえて紛らわしい小細工をしたのだと思う。お忘れの人は九月十日の拙稿をご覧になられると理解できるはずだ。いわば韜晦である。

もう一つ、ある。これについては八月二十四日の拙稿をご覧になられたい。ようするに浅井先生が大口を開けて笑っている姿を、わたくしは感じたままに醜悪であると書いたのだ。これは先生もけっこう気にしたのかもしれない。その後の顕正新聞にも先生が笑っている写真が掲載されているけれども、これがわりと上品というか、それなりに節度のある、そこそこ爽やかな笑顔であり、決して醜悪ではないのだ。もちろん主観の問題であるから、人によって感じ方はさまざまだが・・・

以上、状況証拠という表現が適切かどうかわからないが、顕正会がネット上の批判を意識していることはほぼ確実だと思う。

2010/11/10

広布達成時期に就き顕正会員に糺し訴う  
十月度総幹部会掲載の顕正新聞が届いている。その会長講演を読んで気になった部分がある。わたくしは前々回、御大会式の会長講演については省略すると書いた。しかし、総幹部会の会長講演を読んで気がついたことがある。両講演は内容的に共通するというか、重複する部分が少なくない。わたくしが注目したのは次の部分である。

 いま大聖人様は、この広宣流布の大事を手伝わしむるために、一四三万の地涌の流類を呼び出だし給うた。この一四三万はやがて二〇〇万になる、三〇〇万になる、一千万になる。

これが十月度総幹部会の会長講演だ。そして少し引用範囲を拡げさせてもらうが、次が御大会式の講演である。

 この大仏事を手伝わしむるべく、大聖人様は今、一四三万の地涌の流類を呼び出だし給うた。一四三万はやがて二〇〇万になる、三〇〇万になる、一千万になる。そして諫暁の師子吼は日本国にこだまする。この地上の戦いに、諸天は必ず呼応する。かくて大事は成るのであります。

わたくしの率直な感想を書けば、先生ないし本部首脳はインターネット上の顕正会批判をけっこう気にしているのではないか、ということだ。

浅井発言にはブレがある。自語相違だとか変節だとか表現はいろいろあるが、ブレのほうがわかり易いだろう。ともかく言っていることが変わってきているのは動かし難い事実である。最近の例では三百万から二百万への下方修正がそれだろう。
何しろこれがわずか一年足らずの出来事なのだから驚きである。もはや最近の幹部たちは誰も三百万を口にしなくなった。緘口令ではないと思うが、内部の雰囲気としては誰もが何となく、それを口にしたらマズイのではないか、というふうに思っているのだろう。
内部はそれでオサマリがつく。しかし、外部はそうも行かない。遠慮がないのだ。ゆえに、インターネット上でボロクソに書かれてしまっている。もちろん拙ブログもこの件に関して何度も書いている。

浅井先生ないし本部首脳はこうした批判をけっこう気にしているのではないかと思う。負け嫌いの先生のことだ。また同時に、会員に対する釈明の意味もあるのだろう。別に三百万だとか一千万を諦めたわけではないのだよ、あくまで当面の目標として百五十万ないし二百万を掲げているのであって、それ以上の目標を放棄してしまったわけではないのだと。

いつだったろうか・・・昔の会長講演であるが、創価学会側が作成したと思われる顕正会批判のビラについて、詳細に取り上げたことがあった。そこには案の定というか、いついつまでに○○万を達成するという、浅井先生の大風呂敷に対する批判が出ていて、これに先生が正面から反論したことがあったのだ。
当時はわたくしも、今よりはマトモな顕正会員だったので、先生の言い分を素直に受け取った記憶がある。ようするに今みたいに批判的ではなくて、先生の発言に納得していたのだ。
どんな反論だったか、詳細はバックナンバーを探さないといけないが、ともかく痛快だったことは確かである。結論的には、アンタに言われたくないよ、というのが先生の反論である。

創価学会は広宣流布の戦いから脱落してしまった。われわれ顕正会はそうではない。今も目標をしっかりと掲げて戦っている。だから創価学会からとやかく言われる筋合いはない。こんな話だったと思う。

負け嫌いの先生の性格からすれば、インターネット上で同様の批判が繰り返されていることにガマンがならないということはあるだろう。また同時に、活動会員の中に浅井発言のブレに疑問を持つ人が出てきても不思議はない。それに対するケアの意味で、あえて三百万だとか一千万に言及したのではないか、と思われるのだ。

 これ、人力のなすところではない。すべては絶大威徳まします、日蓮大聖人ただ御一人の仏力によるのであります。

前掲にも明らかなごとく、浅井先生の一貫しているところは自分たちはあくまでお手伝いをさせていただくという立場であることだ。この謙虚な姿勢が本物であれば、素晴らしいことである。一千万の大風呂敷が三百万に、さらには二百万に下方修正されたのは、謙虚さのあらわれとも解釈できるからだ。
広宣流布は絶対である。しかし、凡夫のわれわれにできることは高が知れている。だからと言って楽をしていたら大聖人に申し訳ない。自分たちのできる範囲で精一杯のご奉公をさせていただこう。
こういう気持ちで現実路線としての目標値を二百万に設定し直したとすれば、それはそれで悪いことではないと思う。

一四三万はやがて二百万になる、三百万になる、一千万になる。・・・かくて大事は成るのであります。

再掲であるが、これをベースにいよいよ結論を書く。

昭和四十五年の第一回諫暁書には、猊下は未だ正本堂を事壇とは仰せられず、という意味のことが書かれている。わたくしはこれに倣って、浅井先生は十二年後(十一年後)を未だ広宣流布達成とは仰せられず、と言いたい。

その根拠は上掲に明瞭である。今現在、十一年後に三百万を達成するのか、それともそれが二百万に下方修正されたのか、曖昧模糊としている。しかし、それがイコール広宣流布ではないことは道理の上からはもちろんのこと、先生自身が証明していることなのだ。いわく、二百万・三百万・一千万・・・かくて大事はなる、と。ようするに、最低でも一千万の大台に載らないと広宣流布なんてできっこない、ということを先生は承知している。では、十一年後に一千万が達成できるのか、と問われれば現実的には無理である。つまり、先生の言う「あと十二年」は広宣流布を意味しない、というのが結論なのである。

ところがどういうわけか、熱心な活動会員の中には十一年後に広宣流布が達成すると思っている人がいるのだ。これはぜひとも浅井先生から、間違わぬよう、よく伝えておいてもらわねばならない。

2010/11/5

顕正新聞第1187号を読んで  
今日は顕正新聞第1187号をすべてやっつけてしまおう。

・・・阿部日顕は、「日蓮正宗青年僧侶邪義破折班」の名を以て十一月七日付けで返答し、懺悔なき謗法闡提の姿を顕わしたのでありました。
 しかし、まさにその十一月七日の御開扉において、須弥壇の大扉が自動でも手動でも開かず、御開扉中止となってしまったという現証・・・


うっかりと言うべきか、わたくしはこの日付の一致について、まったく失念していた。確かにこれが事実ならば気持ちの悪いことである。

しかし、機械には故障が付き物であり、日付の一致という点を除けば、別に大した問題ではないだろう。もちろん、遠路はるばる参詣された御信徒にとっては残念なことであるが、逆に滅多に経験できない意味では思い出深いことであり、悪くないと思う。たぶんであるが、本山としては業者による定期的なメンテナンスを怠っていた。なぜならば外部の人間を戒壇の大御本尊に近づけたくなかったから、という意味があったのだと思う。

私事ではありますが、ここ数年間、自分の車を持っていなかった・・・

そうそう、前掲は壮年部総班長の記事であるが、今度は男子部班長である。

これは悩ましい記事だ。車を必要としないのであれば、車を持っていなくても問題ない。しかし、この人の場合は、どうも経済的な理由から車を持てないでいるようなのだ。
居住地は岩手である。都心であれば交通の手段に困らないが、地方の人にとって車は必需品である。一家に一台ではなく、一人一台とも言われるくらいである。ましてや顕正会の活動家であれば、なおさら必要であろう。
わたくしはこれらのことを勘案して、数年間にわたって車を持てない状況だったということ自体が、ひじょうに問題だと思う。

しかし、当然ながら話はよい方向に向かう。そりゃそうだ、でなきゃ発表する意味がない。なんと車をタダでもらうことが出来たのだそうである。

それにしても、この後さらなる展開があるのだが、それがひじょうに悩ましいというか、ツッコミを入れたくなるような話なのである。

 さらには、妻と娘たちが交通事故に遭った際も、幸いケガも軽く、打撲やかすり傷ていどで済み、何よりこのことが浅井先生のお耳に入り
 「娘さんが無事でよかったね」との勿体ないまでのお言葉をかけて下さったことをお伺いして・・・


いや、もちろん、無事で何よりである。それはそうなのだが、わたくしはとっさに折伏理論書の記述を思い出してしまったのだ。

 たとえば世間を見るに、欲しくてたまらぬマイカーを手に入れて、その結果取り返しのつかぬ事故を起こした例は数多い。

上掲の記事はこれに当てはまる部分が少なくない。取り返しのつかない事故ではないにしても、妙に悩ましい記事である。わたくしが編集者だったら掲載に躊躇するだろう。

今号にも平会員の記事がある。一本は七十八歳の女子部員。末期癌が治っちゃったという話だ。これはメデタイことだが、ちょっとだけツッコミを入れておこう。

 「生きて帰ることはない」と、私は家財道具をすべて処分・・・

ようするに入院する前に身辺整理をしたわけだ。しかし、家財道具をすべて処分してしまったとすると、その後がひじょうに困っただろう。不謹慎な話だが、もしそのまま死んでしまえば予定どおりだったところを、生きて帰ってきてしまったわけだから、大失敗みたいなものだ。

冗談はともかく、この人の顔写真を見る限り、ひじょうに元気そうで何よりである。美容室を経営している人だからだろうか、年齢よりもかなり若く見える。

もう一本の平会員の記事は正義にめざめてであるが、昭和四十一年に創価学会に入り、平成二十一年に正信会へ。インターネットを調べてのことだそうだ。顕正会へは本年五月とのことだが、次の一文が気になる。

 そこで本年四月、「もう顕正会しかない」と心に決めていた、ちょうどそんな時に、自宅のポストに講演集が投函されていたのでした。

もう顕正会しかない、というのは本当だろうか?

創価学会に嫌気がさして脱会、インターネットで調べて正信会を尋ねる、しかし、少しだけ関わって、自分の求めている信心ではないことに気づき、やめたと言うのだ。そういう人がインターネットの情報だけで、もう顕正会しかない、という気持ちになるのか、そこが疑問である。もしかしたら、ここでの「もう○○しかない」の意味は一種の消去法であり、積極的な意味ではなくて、仕方なく、あとは顕正会しかない、試しに入って見てダメならそれまで、ということなのかもしれない。であれば、顕正会をやめるのも時間の問題・・・なのかもしれない。

今回は「隠れ正義にめざめて」がある。というか、体験発表と正義にめざめてを兼ねたような記事が今号だけでなく、毎号のように掲載されている。そうした中で今回は婦人部組長の体験発表に注目した。

 正本堂の建設の際には、何も知らずに供養を強要され、御供養の金額によって色分けされたリボンを四キロの道のりに結ぶという、おかしな行事もありました。

おかしな行事である。いったい何の意味があるのかそれが不明だ。ことに「四キロの道のり」が何を意味するのか、そこが気になるところである。
顕正会員であれば、直ちに想起することがある。大石寺から天生原までの距離である。
しかし、上掲の四キロ云々がそれを意味するとは思えない。なぜならば、正本堂は天生原戒壇説を否定した上で建設されたものだからだ。ゆえに、意味不明のおかしな行事、と言わざるを得ないのである。

最後に、男子部組長の体験発表を紹介しよう。

 私は現在、さいたま市内にある印刷・製本会社に勤務しておりますが、何と昨年十二月から現在に至るまで、三回にわたり諫暁書の製本の受注があり、(以下省略)

今もなお諫暁書の配布活動が盛んに行なわれていることが窺える記事である。


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