2011/1/31

お手上げポーズの二意?  
今朝頂戴した沖浦氏のコメントは有意義だった。

 『今、戸田先生がチラリときかれた名前を忘れない。と言うお話でした。
 しかし、お付の方にきかれて、

 あれは誰だったかな?

 はい、誰々さんです。

 そして、誰々さん。、と呼ばれたんです。
 いくら優れた師匠だからと行って、神格化をしたらいけません。
 堕落が始まるんです。』(趣意)


池田氏の発言だそうである。これが昭和五十二年の発言に間違いないのであれば、自ら会長本仏論を否定していることになるだろう。あるいはこの時期、池田氏への神格化が始まりつつあって、幹部たちが盛んに宣伝していたけれども、池田氏自身はこれに反対だった。それを婉曲に、オブラートに包むような形で会員に伝えたかったのかもしれない。

いくら優れた師匠だからといって、神格化をしたらいけない。

顕正会員にも読ませたいものだ。

私がダメならすぐにもっと教学の深い人が出てくれますし、それがダメならもっとの……。つまり、どこかで顕正会員は負ける運命にあるわけです。

ユタ氏のコメントであるが、ここは実は今の段階では微妙なところだと思う。

ご存知のごとく、顕正会は教学試験を通して御遺命守護を学んだ。とりわけ三級試験では、例の「最後に申すべき事」を学んだのだ。
つまり、顕正会員には、宗門は頂上対決を回避した、浅井先生との勝負から逃げたのだ、という意識がある。それを純粋に信じている人もいるだろうし、とりあえず法華講員を蹴散らすための手段として有効であると考えている人もいるわけだ。
たぶん、これは浅井先生のハッタリというか得意のパフォーマンスであって、宗門が対決に応じないことを見越していたのだろうけれども、宗門が応じなかったという事実に変わりはない。ゆえに今も顕正会の幹部にとっては法華講員をやっつけるための有効な手段なのだと思う。

今の段階では微妙なところ・・・と書いたのは、まさにこのためである。

しかし、物には順序があるわけで、その意味ではユタ氏のおっしゃるとおりだろうと思う。
法華講での役職名を知らないけれども、仮に組長同士が戦って勝負がついたとしよう。それで終わるわけではない。負けたほうが班長を呼んで来ればいいのだ。そうやって勝ち抜き戦を続けていけば、やがては頂上対決になる。それが順序というものだ。
この方式がいちばん自然だと思うのだが、おそらく現状では顕正会側が消極的なのだろう。末端で法華講員と顕正会員が接触しても、それ以上の展開は望めないのだ。どうやら顕正会の幹部のほうが弱腰であり、いろいろ理由をつけて法論を回避してしまうらしいのだ。
その理由こそがまさに上述の「宗門は先生との対決から逃げた」云々なのである。

堂々巡りというか埒のあかない話である。

いずれにしても今後は少し変化があるかもしれない。御遺命守護に絞って教学試験を行なったのは、いわば初の試みである。ゆえに、今までとは違った展開が生まれても不思議はない。

ありの金吾氏のコメントは内容の濃いものである。

確かに法華講から顕正会に行く人もいれば、顕正会から法華講に行く人もいて、どちらのほうが多いのか統計はありません。
 
ただ、問題はどちらが多いかという数の面ではなく、それぞれの組織に行く人の質です。


ひじょうに鋭い指摘だと思う。

わたくしは単に数の多寡について書いたわけだが、氏は質にも注目すべきだとしている。顕正会側は数の問題だけでも相当に旗色が悪い。さらに質の問題に目を向ければ、なおさら悪い。踏んだり蹴ったりである。

昔はこうではなかった。

しかしながら妙信講より見れば、縁も薄く、又信仰の確信もなき指導者を長として統合される事は、堪え難きところであります。

たぶん、宗門系の顕正会批判者ならば、よくご存知であろう。これは昭和四十年三月八日付の嘆願書であるが、平沢会長への冒涜であるとして、よく引用される部分である。
確かに失言であろう。これを書いたのが浅井先生なのか顧問先生なのか知らないが、いずれにしても本音のあらわれている部分だと言える。
そして実際の話、当時の法華講は現在に比して遥かに未熟だったのだ。一方の妙信講は物凄く成熟していた。ゆえに失言ではあるものの、当時の状況をよくあらわしている意味で貴重な文証だと思う。

浅井先生は長いこと法華講を見くびっていた。ナメていたのだ。

しかし、気がついてみれば立場が逆転していた。いつの間にか法華講のほうが逞しくなっていて、一方の顕正会は虚勢ばかりで中身のない組織になってしまった。いや、いちおう組織はあるし、組織力として法華講に勝っている部分もあるだろう。しかし、やはり全体的な質の低下は否めない。

ともかく先生にとってツライことは、せっかく育てた人材を宗門に取られてしまうことである。しかし、これは構造的な問題というか根本的な問題であって、どのような手段を講じても解決できないと思う。

 顕正会の防衛策は、白痴会員だけにする。
 これは無敵です。これなら樋田氏もお手上げです。


前々回の、のび太氏のコメントである。イヤミな話であるが、核心を突いている。結局のところ、質の向上は望めないということだ。

お手上げは浅井先生である。

2011/1/30

各氏のコメントを踏まえて  
話題が拡散している。

直近の旦氏のコメントは前後の脈絡がわからない。沖浦氏の功徳の話はさておき、その前の大連立のごとき話題には山門手前氏が賛同の意を表明しているが、わたくしにはよくわからない話だ。のび太氏によれば、今の創価学会員は半分以上が舎衛の三億を知らない。折伏教典などの古書については、山門入り口氏も話題に加わっている。

私は対学会も意識しているのでは?と思います。
つまり、重体と噂される池田大作氏が近く亡くなることを予想し、学会が混乱するのに乗じて学会員を取り込もうという魂胆ではないかと思います。


今回のいちばんのトピックは壮年部廃止だろう。しかし、これについては新聞報道を待つことにしたい。それがわたくしの流儀である。

そこで上掲であるが、これはありの金吾氏のコメントの一部である。
本年の教学試験は例年と違って、御遺命守護の戦いに焦点が当てられている。そのネライは何かということで、氏は対創価学会も意識しているのではないかと書いているわけである。
もちろん、それはあるだろう。もともと顕正会は創価学会を敵視していた。宗門は傀儡に過ぎないという見方をしていたのだ。ところが状況が一変した。宗門と創価学会が喧嘩別れをしてしまったので、傀儡説が破綻してしまったのだ。
もともとの意味からすれば、創価学会こそが主要敵だった。ゆえに、ありの金吾氏のおっしゃるごとく、対創価学会の意識も当然あることだろう。

しかし、わたくしの思うに、今の顕正会は宗門に対する敵意のほうが創価学会に対するそれよりも勝っている。なぜならば顕正会をやめて宗門に帰伏する人が後を絶たないからだ。これに何とかして歯止めを掛けたいと首脳部は考えているのだ。

そこでユタ氏のコメントに移るが、氏はおそらく冗談半分で書いているのだろう。法論での勝ち負けというのは、単に相手を言い負かすとか、そういう上辺だけの話ではないのだ。現実問題として、今の段階で法華講員と顕正会員が法論をすれば、ほぼ確実に例の本尊疑惑について追及されることになる。この話題になれば、事実上、顕正会員は回答不能となる。結果、法華講員が勝利し、顕正会員の敗北が決定する。勝った法華講員は大喜び・・・いや、そんな話ではないのだ。いよいよここからが本番であって、もしその顕正会員が純真であれば、間違いなく動執生疑を起こすはずなのだ。今まで顕正会を絶対だと思っていたが、実は間違っているのではないか、宗門こそが正しいのではないか、と。結果として、その人が宗門に帰伏すれば、法華講員の勝ちである。それが本当の意味での勝敗なのだ。

議論のための議論が目的ではない。大袈裟に言えば、食うか食われるかの戦いなのだ。

おそらく近年の顕正会は食われっぱなしなのだろう。何とか歯止めを掛けたい、これが首脳部の考えなのだと思う。いわば組織防衛のための教学試験なのだ。

浅井氏は聡明?なので、自らの著作が宗門には通用しないというのは、自分では分かっているのではないかと思います。

再び、ありの金吾氏のコメントであるが、なるほど、浅井先生もすでに勝ち目がないことを自覚しているのかもしれない。すると消極的ながら、少しでも負け幅を小さくしたい、大量脱会に歯止めを掛けたい、というのが試験の目的だったと考えられるかもしれない。

ともかく相手を言い負かせばそれで事足りるという話ではない。

今度は顕正会員が勝った場合を想定しよう。
たまたま不勉強な法華講員に遭遇した。顕正会員はここぞとばかりに得意のハッタリの口調で畳み掛ける。法華講員はタジタジとなって、何も言えない。ざまあ見ろ、顕正会をなめんなよ。
しかし、顕正会員はこんなことで満足していられないのだ。何しろ成果を上げないと意味がないからである。つまり、相手を顕正会に入会させなければ、目的を完遂したことにはならないのだ。

立正佼成会で会計担当、実態は金儲け

顕正新聞第1194号に載る女子部班長の記事である。この人は二十一歳で結婚したが、嫁ぎ先は立正佼成会を信仰している一家だった。ゆえにこの人も約十年間、立正佼成会で活動した。やがて組織に疑問を持つようになり、家族全員で脱会した。その後、顕正会に入信したわけだ。そして今は家族全員が顕正会に入信している。

立正佼成会をやめてすぐに顕正会に入ったわけではなさそうなので厳密には違うけれども、アバウトな意味で言えば、立正佼成会と顕正会のバトルとなるだろう。家族全員が移籍してしまったのだ。これは顕正会の勝利であり、立正佼成会の敗北である。

ようはトータルでの結果が問題なのだ。

これを宗門と顕正会の関係に置き換えればわかるだろう。顕正新聞には法華講をやめて顕正会に入ってきたという話もある。そして顕正会をやめて法華講に入った話・・・もちろん、こちらは顕正新聞に掲載されることはないけれども、現実にはたくさんあるわけだ。問題はトータルでどちらが勝っているかであろう。客観的なデータはないにせよ、顕正会のほうが旗色が悪いはずだ。

以上、法論の勝ち負けは表面上の印象よりも、実質的な結果ないし波及効果が重要なのである。

キャッシュカード盗まれる!

ついでのことだから、顕正新聞の当該記事で気になったことを書いておこう。この人の夫が車上荒しに遭ってキャッシュカードを盗まれた。気づいた時には三百五十万円が引き出されていたという。

あれ? どこかで読んだような話だ。十二月六日の拙稿にも同様の話題を取り上げたが、どうやら、これはまったく同じ話のようである。第1190号に掲載されている壮年部の幹部の記事に、部員さんの話が出てくる。その部員さんが今回の登壇者の夫らしいのだ。

ともかく暗証番号を解読しないことにはお金を引き出すことはできないはずであるが、この辺がどうもよくわからないところである。

 私がお預かりする長崎の組織は、高校生が中心となって戦いを展開しておりますが、長崎県では高校生のアルバイトが禁止されており、加えて電車の運賃も全国で一・ニを争うほど高額なため、土日は車を持っている私と、一週間おきに神奈川から通ってくれる長谷川支隊長とで、長崎中を走り回っております。

今度は男子部支隊副長の記事である。この人は平成十五年に姉から折伏されて入信。高校生の時だった。そして昨年十二月、二十四歳の若さで整体院を開業することができた。これがこの体験発表の目玉であろう。確かに凄いことだ。

その事実もさることながら、わたくしがもっとも驚いたのは上掲のくだりである。

ようするに、この人が仕切っている組織には高校生の部員さんがたくさんいて、彼らはアルバイトもできないし、電車の運賃も高かったりするので、活動がしづらい状況らしいのだ。そこで自分と支隊長とが車を使って高校生たちの活動をサポートしている様子が窺えるわけである。
男子部女子部に共通して言えることは、成果を上げているところはたいていが高校生の部員を擁している。早い話が高校生の部員たちが主力となって成果を上げているのだ。
その賛否はともかくとして、わたくしが驚いたのは神奈川から通う支隊長の存在である。文脈からすれば、彼は車に乗ってくるのだろう。あるいはカーフェリーだろうか?

凄いことだ。月に二回も神奈川県から長崎県へ出張している。仕事ではなく、顕正会の活動のためである。

わたくしも車の運転をするけれども、そんな長距離を走った経験はない。たぶん、それが仕事だったとしてもカッタルイと思うだろう。いわんや自腹であれば、馬鹿馬鹿しくてやってられないと思う。その意味で逆に彼には尊敬の念を懐かざるを得ないところだ。

話をまとめよう。

もし、この支隊長が宗門に帰伏したら、顕正会にとっては物凄く大きなダメージである。彼一人では済まないだろう。その波及効果は計り知れないものがある。今、顕正会の首脳部が恐れているのは、まさにこれなのだ。

2011/1/26

本年の行動目標  
水無月氏のコメントはイヤミな内容であるが、事実だから仕方がない。また、ユタ氏が舎衛の三億をご存知でないことについては、顕正会の首脳部こそ真摯に受け止めるべき事柄だと思う。

浅井先生は近年、御遺命守護の戦いについて詳述することがなかった。それはいろいろな意味が考えられるけれども、いちばん筋の通った考え方は御遺命守護完結により新しい段階に突入したから・・・というものであろう。もはや御遺命守護ではなく御遺命実現の時代、これがすなわち広布最終段階なのだ。ゆえに、比較的新しい顕正会員たちが御遺命守護の歴史を詳しく知らないのは当然の結果であり、また同時に、知らなくても一向に構わないはずのことなのだ。

この意味からしても、今回の教学試験は時代を逆行するものであろうし、おそらく古い会員たちは内心で、今さら御遺命守護でもあるまい、と思っているのではないか?

わたくしは昨日、舎衛の三億は期間限定的な教義、と書いた。実はこれ、顕正会の御遺命守護にも当てはまることなのだ。戒壇建立の御遺命は未だ達成されていない。であるから、御遺命そのものは今も有効というか、まさに教義の中核をなすものだと思う。しかし、御遺命守護の戦いそのものは期間限定的なものであり、いわば過去の出来事に過ぎないのだ。もしこれを教義の中核に置こうものならば、もはやそれは過去への執着であり、何ら発展性のあるものではない。顕正会が伸びない理由はここにあるのだろう。また、日達上人が国立戒壇宗を云々されたことも、今日的に見ればひじょうに的を射ていることになるだろう。今の顕正会は・・・というよりは、未だに顕正会はその一点に固執してしまっているわけである。

まあ、しかし、これでは今回の教学試験を全否定するようなものだから、少し違ったことを書いておきたい。

折伏理論書改訂版にもあるごとく、広宣流布が近づくにつれ国立戒壇への怨嫉がますます強まってくる。ゆえに今もなお、その怨嫉を打ち砕くためには教学を身につける必要がある。この延長線上に今回の教学試験がある。ここまではいいだろう。
では次に、実際にはどのような試験内容だったか、ここがポイントである。試験問題を見れば一目瞭然、これは明らかに対宗門を意識した内容なのである。
だったら提言したい。本年は積極果敢に法華講員と接触し、彼らを徹底的に論破するべきであると。

これをやらなければ意味がない。今回の試験は無意味だったことになる。運転免許の試験を受けるのは車に乗ることが目的である。教学試験も同じだろう。何か目的があるはずなのだ。

額面どおりに受け取るならば対宗門である。しかし、もしそれを実行に移さないとしたら、いったい何の意味があるというのか、結局は「浅井武勇伝」を会員に植え付けることが目的だったと、こういう批判を受けることになるだろう。

顕正会・豊橋 008 顕正会館の本尊はニセモノ??

これは数日前に樋田氏のサイトに公開された映像のタイトルである。樋田氏による顕正会員との対論は過去にもいくつかあるが、今回はかなり突っ込んだ内容だと思う。

わたくしの思うに、樋田氏の顕正会に対する理解は不正確であり、ところどころで間違ったことを言っている。今回にしても、浅井先生が正本堂での御開扉を何度も受けているようなことを言っているが、これは完全なる事実誤認である。氏の顕正会理解は俄仕込みなのだろう。ゆえに、わたくしの目には相当に荒い破折に映るのだ。

わたくしがそう感じるくらいだから、活動会員たちはなおさらのことだろう。おいおい樋田君、デタラメを言うのもいい加減にしなさい、と。

しかし、内心ではそう思っていても、実際に樋田氏と接触しようとする幹部はまずいない。

タイトルが示すとおり、突っ込んだ内容とはまさに本尊のことである。過去にも顕正会員との対論はあった。わたくしは一通り閲覧しているが、本尊についての話題でここまで詳細をきわめたのは、おそらく今回が初めてだろうと思う。ゆえに衝撃的なのだ。

今やユーチューブの影響力は甚大である。何しろ一度公開してしまえば、あとは勝手に独り歩きしてしまうのだから、良くも悪くも計り知れない影響力を発揮することになる。樋田氏もそれを承知していて、積極的に利用しているわけである。

教学試験に戻って、わたくしは今回の試験を全否定するつもりはない。問題は試験で学んだことを活かせるかどうか、である。

本年は玉砕覚悟(?)で法華講員に挑むべきであろう。

2011/1/25

顕正新聞第1194号を中心に  
水無月氏より懇切丁寧なるコメントを頂戴した。

「揚げ足取り」ができるような学会発行の初版モノとかは高値

事細かに書いて下さっているが、わたくしからは一つだけ応じておきたい。なるほど、確かにアゲアシ取りではあるだろう。今、手元には初版ではないものの、第五版の折伏教典がある。定価が二百五十円のところを二千円で買ったのだと思う。もう二十年くらい前のことだ。気になったので、現在の相場を調べてみた。アマゾンでは十点が出ていて、二千九百五十円から三万円までの値段がついている。しかし、いずれも新しいものばかりで、初版は出ていないようだ。今出回っているものに比べれば、わたくしの所持している折伏教典は、けっこう古い部類に入りそうである。よし、お金に困った時には出品しよう。

「広布御供養奉告勤行」奉修

さて、話題はガラリと変わって、顕正新聞第1194号である。一面の下段には、十二月二十九日に上掲の行事があったことが報じられている。しかし、これは初耳だ。以前から行なわれていたものなのか、それとも今回が初めてなのか、ちょっとわからない。少なくとも顕正新聞に報道されたのは、これが初めてのことだろうと思う。まったく記憶にないのだ。

 いまこの大不況の中、顕正会員はただ広宣流布を願って、広布御供養を大聖人様に供え奉った。

顕正会の行事はほぼそのすべてが浅井先生を中心に行なわれる。最後には必ず浅井先生が何かをしゃべる。それは今回も同じであって、上掲はその一節である。

いまこの大不況の中・・・

こういうところがグッと来る。わたくしがそう感じるのだから活動会員たちはなおさらだろう。先生のしゃべりのうまさである。

ところで今回の話には徳勝童子の故事が出てくる。これが意外だった。わたくしの記憶が確かであれば、浅井先生がこの故事に言及するのは今回が初めてではないかと思う。なぜか理由はわからないが、先生はあえて意図的に言及を避けているのではないかと思えるくらい、ともかく一度も聞いた記憶がないのだ。

三級試験問題

四級試験問題


一月九日に三・四級の教学試験が行なわれた。第二面にはその問題と正解が掲載されている。いきなり二面に持ってきたところに、今回の教学試験の重要度が垣間見えると思う。

問一 「舎衛の三億」のたばかりを破折せよ。

これは三級試験の第一問目であるが、ぜんぶで七問あるうちの四問が論文形式で答えることになっている。残りの三問が穴埋めだ。

先ほど正解が掲載されていると書いたが、それは穴埋めの三問だけで論文形式での正解は出ていない。紙面の都合だろうか?

古い会員ならば知っているが、昔は冨士に解答が掲載されていた。いわゆる模範解答というのだろうか、冨士には優秀答案という名目で受験者の答案の中から秀でた解答が選び出されて載せられた。そこには解答者の名前も併記される。もちろん、そういう人は合格順位においてもトップクラスであり、まさに会員一同から脚光を浴びることができるのだった。

わたくしは優秀答案を見て驚愕した。まるでカンニングでもしているのではないかと思われるくらい、先生の書籍に書かれている文章をそっくりそのまま再現しているような答案ばかりだったのだ。以前、顕正会の幹部は頭脳明晰な人ばかり・・・という意味のことを書いたことがあったけれども、その理由の一端はこういうところにもあったわけである。

あれからずいぶん経つけれども、実はわたくし自身はそれほど成長していない。今回の三級試験、たぶん受験していたら不合格だったろう。第一問目からして、すでに解答不能である。穴埋めの五・六・七問はギリギリで合格だとしても、一・ニ・三・四問で失格する。ゆえにトータルでは不合格となりそうなのだ。

しかし、負け惜しみを承知で言わせてもらえば、はたして今の段階で舎衛の三億がどこまで問題視されるか、という点が大いに疑問である。たぶん、争点にはならない。ゆえに意味がないのだ。

今の創価学会が舎衛の三億を教えているとは思えない。すると若い創価学会員は誰もそんな言葉を知らないかもしれないのだ。
また、法華講においても同様である。そもそも法華講では昔から舎衛の三億など重視していなかったと思われる。
昭和四十年代の状況を考えれば、あくまで創価学会主導の期間限定的な教義と考えるのが妥当だろう。

ゆえに、舎衛の三億はたばかりである、その理由はこれこれこうだ、などと言おうものならば、アンタたち今頃何を言ってんのよ、と言われて話が終わってしまうことになりそうである。

現実問題として、創価学会の幹部たちは宗門からの破折にどう対応するか、逆に宗門・法華講側は創価学会からの批判にどう応じるか、今はそれぞれがそこに神経を集中させているのだ。対顕正会の勉強をしている人は全体のほんの一握りに過ぎない。

以上、はたして今回の教学試験がこの先どのような作用を及ぼすか、今の段階では未知数であるけれども、わたくしにはちょっとピントがずれているような気がしてならないである。

2011/1/23

他力本願的他国侵逼論?  
水無月氏とギャラリー氏では意見が食い違っている。この場合、後から投稿したギャラリー氏には、よほどの確信ないし確証があると考えるべきだろう。しかし、わたくしには水無月氏の意見のほうが信憑性が高いと感じられるのだ。なぜならば、御書講義の発行年月日がバラバラ過ぎて、そこには法則性が見出せないからである。

水無月氏によれば、第一巻が守護国家論であるという。しかし、ギャラリー氏の説明では十大部の穴埋めとして、第六巻までは後から刊行されたことになるので、第七巻が実質的なスタートに相当することになりそうである。すると、それが守護国家論でなければいけないはずである。
この辺がポイントである。すなわち、ギャラリー氏は現物を確認した上で言っていることなのかどうか、そこがどうもアイマイなのだ。一方の水無月氏は第一巻を守護国家論と言っているわけだから、具体性があってアイマイではない。
この意味でも水無月氏の意見のほうが信頼できると思うのだが、いかがだろうか?

発行年月日に戻って、ともかく順番がバラバラ過ぎる。しかし、この理由は容易に想像がつく。つまり、御書の重要度である。くだんの講義集は十大部を収録していないらしいが、では、それ以外の御書がすべて同等の価値を有しているのかと言えば、それは違うだろう。今、当てずっぽうに言えば、創価学会あたりでは一生成仏抄であるとか佐渡御書、あるいは最蓮房関係の御書、阿仏房御書、それと大部の御書では聖愚問答抄だとか諫暁八幡抄などが重用されていると思われる。当然、それらの収録された御書講義はニーズが高い分、増刷ないし改版が繰り返されていると考えられるのだ。一方、人気のない(?)御書もあるわけで、それらは増刷されることがないので古い発行日のままなのだ。

以上はすべて推測である。古書店にでも行って確かめればいいのだが、そこまでする気になれない。以前、池田会長全集だったか、何十巻もあるヤツが、二束三文で売られているのを町の古本屋で見掛けたことがあった。これを創価学会員が読めば気分を害するかもしれないが、事実だから仕方がない。会員たちはロクに読みもしないのに買わされるのだろう。だから品物がダブついてしまって価値が低いのだ。前にもどこかに書いたと思うが、わたくしの手元にある御書全集は町の古本屋で買ったものである。新品同様にもかかわらず、五百円だった。

さて、話題を変えよう。

顕正新聞第1194号が届いているけれども、まずは前号からである。

先生のお姿と日目上人のお姿が重なっては胸に熱きものが込み上げる・・・

断わっておくが、上掲は要約したものであって、原文どおりではない。しかし、凄いことを言うものだ。男子第一部長の発言である。

だいたい毎年のことだが、十一月の日目上人の御命日からしばらくの間は、上掲のような発言が繰り返される。わたくしもまた、毎年のように同じことを繰り返し指摘しているのだ。

中国の日本侵略も最終段階、これを迎え撃つ顕正会の御奉公も最終段階・・・

いよいよ第1194号である。当該号は実質的な意味での本年最初の顕正新聞であって、第一面は元旦勤行の報道が中心となっている。で、上掲はその折の浅井先生の御挨拶だ。

迎え撃つ・・・

新年早々、浅井先生にイチャモンをつけさせてもらうが、迎え撃つが凄い表現である。迎え撃つ=迎撃である。いったい何をするつもりなのかと言いたいところだ。迎撃ミサイルでも発射するつもりだろうか?

ここで結論を急げば、わたくしは他力本願という言葉を思い浮かべた。しょせん先生は他力本願なのではないかと。

先生が迎撃ミサイルを発射することはあり得ない。第一、そんなものを持っているわけがないのだから、できっこない話である。つまりは譬喩表現なのだろう。
では、具体的には何をどうするのか、そこが問題である。いちおう、今の段階でわかっていることは、十一年後の三百万だとか男子十万を背景に諫暁の戦いを起こすことである。しかし、それは中国との戦いを意味しない。実はそれ以前にすることがある。まずは全日本人に対する諫暁が待っている。いわば、それが完遂したところで、ようやく中国を迎撃する段階に突入するのだ。
しかし、それとて中国が攻めてきたら・・・という話なのである。

つまり、迎撃というのは相手が攻めてきたところを迎え撃つわけだから、相手が攻めてこなければ話にならないのだ。

順番から言えば、まず日本の広宣流布を実現して、日本を磐石にする。文字どおり金剛不壊の仏国にする。そうすれば、中国の侵略などは屁でもないだろう。容易に撥ね退けることができる。
しかし、浅井先生の理論は違うのだ。中国の侵略が先なのである。それによって日本人たちは、大聖人の仏法に目覚めるというのである。
つまり、顕正会員以外の、ようは国民の大多数が未だ入信していない状態で他国侵逼を迎える。具体的には中国の侵略だ。これを浅井先生は迎え撃つと言っているのである。
なるほど、今やあらゆる面で日本を凌駕する大国となった中国を、先生はやっつけるつもりでいるのだ。中国に勝てれば凄いことである。そうなれば、みんなが顕正会に入るかもしれない。確かにそんな気がしてくる。

しかし、今の話はおかしい。迎撃ミサイルどころか何もない顕正会がどうやって中国に勝つのか、それが不明なのだ。ここで大聖人の絶大威力を云々するのは論理の飛躍であろう。つまり、常識的に考えれば、勝算のない話である。

話を戻そう。

結論的に、先生の理論は他力本願である。一見すると、これは大聖人の絶大威力を意味するように思われるが、実はそうではない。皮肉なことに先生の他力本願は中国なのだ。なぜならば中国が攻めてきてくれないと始まらない話だからである。

しかし、調べてみたら一昨年の九月二十二日にも、同じようなことを書いている。拙ブログもかなりマンネリ化が進んでいるようだ。

2011/1/19

非会員にも開かれた会員サポート  
山門入り口氏よりコメントを頂戴しているので、挨拶がてら・・・と言ったら失礼だけれども、今日は他に書きたいこともないので簡単に済ませたい。

聖教ブックサービスというサイトを開いて、ぶったまげた。山門入り口氏の言うとおりだった。氏は五十冊くらいと書いているが、数えてみたら五十三冊である。巻数としては第三十八巻が最後であり、その後には別巻が一冊あるのみだ。ところが驚くことには、たとえば第一巻は上中下の三冊に分かれている。他にも上下に分かれている巻がいくつもあるので、合計すると五十三巻になるのだ。

画像を見ると本が立っている。ようするに、一巻あたりのボリュームがそこそこはあるのだろう。しかし、こんなことを書くと、おそらく創価学会員は思うだろう、巌虎は何を言っているのかと。わたくしが言いたいのは、顕正会にはそこまで重厚な本は存在しない、ということだ。早い話が冊子レベルの書物ばかりなのである。彼我の差は歴然だ。

日蓮大聖人御書講義 第一巻上 1993年2月16日

日蓮大聖人御書講義 第三十八巻 1984年2月16日


顕正会のことはさておき、上掲は少々気になるところである。つまり、発行年月日が逆さまになっているのだ。これは実物を確認してみないと何とも言えないところであるが、おそらくは改版を重ねている関係なのだろう。当然、第一巻のほうが古いはずである。昭和三十年代とか四十年代であっても不思議はない。そして第三十八巻は上掲がそのまま初版なのではないかと思われる。たぶん、これで御書全集所収のすべての講義が終了し、いよいよ第一巻から新装版の発刊が開始されたのだろうと想像する。

問題はその内容である。これまた吟味してみないと迂闊なことは言えないけれども、時期的に微妙なところである。すなわち新装版は、宗門との関係がこじれてしまって以降、次々と発刊されているのだ。ゆえに、旧版とは内容が違っている可能性が考えられるのだ。あたかも顕正会の折伏理論書のごとくに・・・である。

まあ、これはわたくしの仕事ではないので、これ以上の言及は控えたいと思う。

ホーム > 会員サポート > 日蓮大聖人御書全集 全文検索

さて、話題が少し変わるけれども、上掲を見て何のことだかわかる人がいるだろうか?

実はこれ、創価学会の公式サイトの一画面なのである。ようするに、トップページがあって、そこから会員サポートのページに飛んで、さらに御書全集の検索ページにジャンプしたわけである。
わたくしが平成新編御書検索を愛用していたことは、拙ブログに何度も書いたことだ。ところが昨秋、そのサイトが消滅してしまったのである。これについても検索が使えなくて困っている旨、書いたことがあった。すると山門入り口氏が他の検索サイトを紹介して下さったりもした。
で、その後どうなったかと言うと、なんとわたくしは今、創価学会の公式サイトの御書検索を利用しているのである。

腐っても顕正会員・・・という言葉があるかどうか知らないが、普通の顕正会員であれば仮にもし御書を学ぶにしても創価学会のサイトを利用することはあるまいと思う。しかし、今のわたくしにはそうした矜持というか見栄はまったくない。便利であればいいのだ。

わたくしは全集も所持しているが、常には平成新編を用いている。ゆえに上述の御書検索はページ数がわからず、その点で不便である。しかし、当面は創価学会の公式サイトにお世話になろうと考えている。以下、その理由を書いておこう。

まず、平成新編対応の御書検索が身近に存在しないので仕方がない、というのが第一点。

二点目、創価学会の御書検索を使ってみて、案外に具合がいいことがわかった。このサイトは物凄くレスポンスがいいのだ。検索していて滞ることがない。サーバーの問題なのか、ソフトの問題なのか、専門的なことはさっぱりわからないけれども、さすがは創価学会と言うべきなのだろう、サイトの構築がしっかりできているから、いわゆる重たくなることがない。この意味で使い勝手がいいのだ。

三点目、なんと言っても公式サイトである。しかも天下の創価学会だ。ゆえにテキストの信頼性が高いと思うのだ。ようするに自分のことろで発行している御書全集のデータなのだから、それが誤字脱字誤変換のデタラメなテキストだったら笑われてしまうだろう。この意味で、信頼してもいいと思う。

それにしても落ちぶれ顕正会員のわたくしが創価学会の会員サポートを利用している図はわれながら滑稽である。

2011/1/16

感謝感激  
山門入り口氏より貴重な資料をたまわった。表題のごとく、感謝感激である。

仮に資料を所持していたとしても、開かなければ該当する項目を見つけられない。また、仮にその項目を見つけたとしても、わざわざテキストに起こして投稿してくれることは文字どおりアリガタイことである。ようは拙ブログのためにお骨折り下さったのだ。これほどありがたいことはない。

「日蓮大聖人御書講義」(第37巻)

創価学会も捨てたもんじゃない。いや、そうではなくて、もともと創価学会はそれだけの力があるのだ。顕正会員はそれを知らないだけのことなのだろう。

当該講義は第三十七巻だそうである。いったい何巻まであるのか知らないが、少なくとも三十七巻までは存在するわけである。
顕正会は昨年、御書講義をたった一回しか行なわなかった。そして、それを講義録にまとめたわけだが、それだけのことで大騒ぎしていた。
仮にこれを一巻として数えよう。こんなスローペースでは三十七巻に到達するのに三十七年掛かることになる。ダメだこりゃ、創価学会に勝てない道理である。

もちろん巻数の多寡などはどうでもいいことだ。大事なのは内容である。

顕正会では創価学会の御書講義などデタラメであり、間違いだらけであると教えている。会員たちはそれを鵜呑みにしてしまう。確かにそれは仕方がない面もある。かく言うわたくし自身がそうだったのだから、熱心な活動会員であればあるほど、ロクに確かめもせずにそのように思い込んでしまっていることだろう。

しかし、山門入り口氏が提示してくれた資料を読むと、内容の充実ぶりがよくわかるのだ。しかも今回の場合、わたくしの見解とほぼ同一である点がひじょうに痛快だった。あの教学達者の法太郎が、今回に限っては大間違いを犯していることがより鮮明になったことと思う。

 当時の物価の記録をみると、凶作の年を除いて米一石が一貫文前後(一升が十文)というのが大体の標準だったようである。
 鎌倉時代の塩の価格の記録は見当たらないが、平安時代には塩は米の半価であり、当時もそれほど変わらないと思われるので、米がふつう一升十文なら塩は一升五文ということになる。そうすると「塩一升が百文」というのは通常の二十倍という異常な高値だったことになる。


重要な情報である。塩が高騰していたという点が文脈上、意味を持つのだ。
単純に考えて、高騰していた塩を売って他の金品に換えていたとするのは、いかにもおかしな感じがする。なぜならば、いわゆる少欲知足とはまるで正反対の行為に他ならないからだ。しかも、そうこうするうちに自分のところの塩がなくなってしまい、今はぜんたい塩なし、と仰せられるのだ。こんなマヌケな話もあるまい。ゆえに違った読み方をする必要がある。
弘安元年は正月以来、雨が多かった。それで塩の生産が間に合わず、高騰していたのだ。上掲の資料によれば、通常の二十倍の値段がついていたらしい。これが七月ごろのことだ。さらに七月以降は最悪で、九月になると日本国中どこをさがしても塩がない状態だった。これが、今はぜんたい塩なし、の意味だと思う。

 弘安元年の甲斐国身延周辺では、年頭から気候が不順だったようで、とくに七月には大雨が降り続いて、山と川に囲まれた地形のために増水や土砂崩れで交通が途絶しがちとなり、そのために身延の御草庵では生活物資や食料にも事欠くありさまだったのである。
 なかでも、調味料として必需品だった塩が極端に欠乏したために価格が暴騰し「七月なんどは・しは一升を・ぜに百・しは五合を麦一斗にかへ候しが・今はぜんたい・しほなし」というありさまだったのである。


引用が前後するけれども、創価学会の教学部の人たちとわたくしとでは、意見の異なる部分がある。

弘安元年の甲斐国身延周辺では・・・

ここがまず間違っている。これも単純な話だ。上野殿に宛てた手紙だという点をうっかり見落としているような書き方だと思う。
まさか身延周辺ばかりが天候不順だったわけではあるまい。もっと広い範囲を想定すべきが道理である。関東甲信越であるとか、中部東海近畿であるとか、現代の気象学からいえば局地的な大雨などはごく短時間の事象であって、全体的な気象傾向を論ずるためにはもう少し範囲を拡げる必要がある。
大聖人にしても身延入山以前には佐渡にもいらしたことがあるし、東は故郷の安房から西は叡山など、かなりの広範囲を踏破あそばしているのだ。であれば、上野殿のお住まいなどは隣近所みたいなものである。何も身延周辺ばかりが天候不順だったわけではあるまいし、そんなことは自明のことであって、大聖人御自身もよくわかっていたはずなのだ。

身延の御草庵では生活物資や食料にも事欠くありさまだった・・・

もちろん、これ自体は間違いではないのだけれども、最初のつまづきに引きずられている意味がある。

なかでも、調味料として必需品だった塩が極端に欠乏したために価格が暴騰し・・・

つまり、この講義の文脈ではあたかも身延周辺の局地的現象のように読めてしまうのだ。わたくしはここが間違いだと思う。すでに正解を書いてあるが、わたくしは「今はぜんたいしほなし」を日本全体という意味に解するべきが妥当だと思うのだ。

それが証拠には弘安元年の御書をざっと眺めていけばよくわかることだ。御供養のことは冒頭ないし文末に記されることが多いのでさほど難儀な作業ではない。身延には各方面からたくさんの御供養が寄せられているのである。つまり、長雨・大雨で交通が遮断されることがあったとしても、ずっとその状態だったわけではないのだ。また、塩を銭で購入したり、麦と物々交換したりできるのも、御供養の金品があってのことだ。しかし、九月にはぜんたいに塩がないという。もしどうしても塩が必要であれば、遠隔地であろうと弟子に買出しに行かせればいいのである。つまり、これは身延周辺に限った話ではないのだ。全国的に塩不足だからこそ高騰したわけであり、九月にはもはや値段がつけられないくらいの絶対的な塩不足に陥ったわけである。

以上、せっかくの資料にイチャモンをつけたような格好であるが、全体的な意味ではわたくしと同意見であるし、むしろわたくしの知らないようなことども・・・貨幣価値のことや製塩技術のことなど・・・が、ふんだんに盛り込まれた素晴らしい講義だと思う。

山門入り口氏には重ね重ね御礼申し上げたい。

2011/1/14

楽しい解釈論議  
山門入り口氏からコメントを頂戴した。

第三次世界大戦を望んでるだけの、カルト教団の教祖の戯言でしかないでしょう。

まさにここが議論の分かれ目であって、ようは第三次世界大戦の必然性を論証できるかどうか、とりわけ御書を用いての論証が重要になってくる。もし顕正会に論客がいれば、おそらくは撰時抄などを引いて論ずるところだろうけれども、残念ながらネット上にそうした人材が出てくることはない。山門入り口氏としても張り合いがないことだろう。

議論は論敵がいなければ面白くない。当事者も閲覧者も楽しくないのだ。もっとも不毛の議論というか、堂々巡りになってしまうと、やっているほうも見ているほうもウンザリしてくるだけなのだが・・・

米に限らず、宗祖は集積していた「塩」を銭や必需品に交換している。『上野殿御返事』に、「七月なんどはしほ(塩)一升を銭百、しほ五合を麦一斗にかへ候しが、今はぜんたい(全体)しほ(塩)なし」とある。宗祖は精進料理なので調味料は使用しないので寄進された塩などは他の物品に交換していたものである。

そこでわたくしとしては常に楽しく充実した議論を願っているわけだが、たまたま格好の材料を発見した。これは風塵山荘からの引用である。風塵山荘は法太郎が運営する掲示板の名称であり、上掲は法太郎自身の投稿文である。

結論を書くと、これはほとんどデタラメと言ってもいいだろう。唯一、正解と思われる箇所は「交換」だけであり、他はすべて間違いと断言してもいいと思う。

七月なんどはしほ一升をぜに百、しほ五合を麦一斗にかへ候ひしが、今はぜんたいしほなし。何を以てかかうべき。みそもたえぬ。

わたくしは法太郎の文章を一読して、あれ?っと思った。今まで一度もそのような読み方をしたことがなかったので、これはわたくしがとんだ勘違いをしていたものかと気になって拝読し直してみた。
まず当該御書の概要を説明すると、弘安元年九月十九日の上野殿御返事である。塩一駄とハジカミの御供養に対する返礼のみの、ひじょうに短い御書なので、興味のある人はぜひとも確認されたい。
法太郎によれば、大聖人は上野殿から送られてきた塩を、銭や他の物品と交換したという。わたくしはこれを間違いだと思う。

先ほど、唯一正解と思われる箇所云々と書いたけれども、その意味を説明しよう。当時は今日に比べれば、それほど貨幣経済が発達していたとは言えないだろう。ゆえに物々交換はいわば当然のことだった。よって大聖人もそれに類することをあそばしていたと考えて差し支えない。

しかし、当該御文は法太郎の誤読である。

塩一升を銭百と交換した。塩五合を麦一斗と交換した。こう書けば、どちらとも受け取れるだろう。大聖人は塩一升を買うために銭百を支払った。あるいは塩五合を手に入れるために麦を代価として支払った。このように読むのが正解である。

 今年は正月から毎日のように雨が降り、ことに七月よりは大雨がひまなく降り続いている。此の所は山中である上に、南には波木井河、北には早河、東には富士河が流れ、西は深い山であるから、長雨や大雨が日々に重なって続くと、山が裂けて谷を埋め、大石が流れて道をふさぐことがある。その上に河は急流であるから舟は渡ることが出来ない。富豪の人がいないから草庵の五穀も乏しい。商人がいないから人が集まることがない。それゆえに七月などは塩一升を銭百文、塩五合を麦一斗に換えたが、今はその塩も全くなくなった。何をもって食料に換えることが出来ようか。味噌もなくなってしまった。ちょうど赤ん坊が母親の乳を慕うようであった。そういう時に、この塩一駄を贈られた御志は大地よりも厚く虚空よりも広い。到底、私の言葉では述べ難いほどである。

どこかに現代語訳はないものかと調べてみたら、上掲が見つかった。いちおうリンクを貼っておこう。

http://www.myokoji.jp/page/menu_2/koshozan/213_03.htm

この語訳もまた、法太郎と同じ間違いを犯している。文字どおり誤訳だ。

何をもって食料に換えることが出来ようか。

ようするに、ここが逆なのだ。大聖人がおっしゃっているのは、塩がなくて困っている、どうしたら塩を入手できるだろうか、という意味なのだ。

宗祖は精進料理なので調味料は使用しないので寄進された塩などは他の物品に交換していたものである。

法太郎は精進料理をこのように説明しているが、わたくしにとっては初耳の話である。普通、精進料理は魚鳥鹿を用いない料理を意味するのであって、調味料を使用しないわけではないと思う。ちなみに念仏破折の御書に酒肉五辛を云々するものがあるけれども、この五辛が調味料に相当するわけでもあるまい。ゆえに法太郎の言っていることの根拠がどこに存するのか、わたくしにはまるで見当がつかないのだ。

此の山中にはいゑのいも、海のしほを財とし候ぞ。竹の子・木の子等候へども、しほなければそのあぢわひつちのごとし。

これは弘安二年八月八日の上野殿御返事である。塩なければ味わい土のごとし。もはや結論は出たようなものだ。まさかこうした御文があるにもかかわらず、大聖人の食される料理は塩を一切使わなかったなどと言うことはできないだろう。そもそも弘安元年九月十九日の御書に戻れば、味噌も絶えぬ、という御記述があるのだ。味噌は調味料ではないとでも言うつもりだろうか?

さて、話をまとめよう。

今年は正月より日々に雨ふり、ことに七月より大雨ひまなし。

長雨・大雨、時々日々につゞく間・・・

富人なくして五穀ともし。

七月なんどはしほ一升をぜに百、しほ五合を麦一斗にかへ・・・

今はぜんたいしほなし。

何を以てかかうべき。

みそもたえぬ。

かゝるところにこのしほを一駄給びて候。御志、大地よりもあつく・・・


現代感覚として、贈り物をもらって、それを質屋で換金するようなことを贈り主に言うだろうか、そんな失礼千万な話もあるまい。わたくしは今も昔も同じだと思う。

誤読者たちは、「五穀ともし」に眩惑されたのだろう。確かに天候不順で不作だったことも事実であろうが、実は塩も同じことなのだ。製塩技術についてはまったくのシロウトであるが、おそらく当時は海水を蒸発させて塩を作るのが一般だったろう。すると長雨・大雨は大敵なのだ。農作物にとって雨は恵みの意味があるけれども、製塩においては一つもメリットがない。つまり、弘安元年は塩の消費に対して生産が追いつかなかった、それは五穀の窮乏以上に深刻だった、という意味が拝されるのである。

より具体的に考えてみよう。貨幣価値のことはよくわからないので省略するが、塩五合と麦一斗の交換が象徴的である。塩がバカに高い。ベラボウに高騰していることがわかるだろう。これが七月の話であって、ことに七月より大雨ひまなし、との御記述からしてもこれ以降、塩の生産がストップしてしまっただろうことが窺える。ゆえに、御書を認められた九月の時点では「今はぜんたい塩なし」と仰せられるのだ。もはや、ここまで来ると入手困難であり、お金をいくら積んでも買えない状態である。何を以てかかうべき、とはこの意味に他ならない。そこに上野殿から塩一駄の御供養があった。御志、大地よりもあつく・・・まさに必然の文脈である。

2011/1/10

浅井流法門を斬る  
顕正新聞新年号には十二月度総幹部会の記事が載っている。以下は会長講演に付された見出しである。

法華取要抄に「王と王との闘諍」を御予言
大聖人仰せのままに歴史は動いている
「一閻浮提大闘諍」のとき 必ず広宣流布


どこかで見たような気がしないだろうか?

拙ブログの愛読者であれば、そうした既視感があっても当然だろう。これは年末に取り上げた話題だからだ。ようは十二月五日の日曜勤行の記事が前号に出ていて、今号には総幹部会の会長講演としてほぼ同じ内容の記事が掲載されているわけである。

ネタの使いまわし・・・と言えば、悪口になるだろう。それこそ毎回のように新ネタを披露するとなれば大変である。ゆえに同じネタで一向に構わない。

そこで面白いことに気がついた。次は新年号の一面に掲載されている年頭の辞のタイトルである。

広宣流布はすでに直線コース

この表現は初めてだと思う。最終段階だとか、すでにゴールが見えてきた等の類似の表現はたくさんあるけれども、直線コースはいわば新ネタである。

しかし、厳密には違う。十二月度総幹部会が初披露なのだ。

 もう中国の日本侵略も最終段階、そして顕正会の御奉公も最終段階。すでに広宣流布は直線コースに入っているのであります。

これも一種の使いまわしであるが、それはどうでもいいことだ。注目すべきは冒頭に掲げた総幹部会の見出しと、本文中の次の一節である。

 そして末法濁悪の未来に、再び「一閻浮提の大闘諍」が起こるとき、大聖人様はいよいよ広宣流布をあそばす。

同講演では法華取要抄の末文が引用されているけれども、おそらく先生は撰時抄や三大秘法抄なども念頭に入れていることだろう。つまり、大聖人の御指南を総合的に判断して、まさに末法濁悪の未来において一閻浮提の大闘諍が起こる時、広宣流布が達成されるのだと、このように浅井先生は言いたいわけである。

この解釈の是非についてはさまざまの意見があることだろう。わたくしには何とも言い難いところであるが、御書の解釈はともかくとして、先生の論理展開は見事というか、いちおうは筋が通っているごとくである。ようするに、最初に御書を引用して大聖人の御考えを提示し、次に時事問題に言及し、最後に結論を述べる。今回の場合、上掲が大聖人の御考え(もちろん浅井流の解釈であるが)、そして前掲が結論である。その間には時事問題として、世界大恐慌だとか二〇一二年問題などに言及している。つまり、歴史は大聖人の仰せのままに動いていて、まさに今は広布前夜の様相を呈している、よって、広宣流布は最終コーナーを回って最後の直線に躍り出た、まさにゴール目前である、というようなニュアンスを言っているわけなのだ。

まるで競輪競馬のような譬喩であるが、そこまで言い切っちゃって大丈夫なの? というのがわたくしの偽らざる感想である。

感想はさておき、上掲の論理を崩す方法は二つある。

すでに述べたように、一つは解釈論の問題である。ようは浅井流の解釈は間違っている。浅井は御書の読み方がわかっていない。デタラメである。ということを具体的に論証していくわけである。しかし、わたくしはこれに消極的であって、やる気が起こらない。ゆえに上述のくだりで、何とも言い難い、などとお茶を濁すような書き方をしたのだ。

しかし、浅井流法門の論理を崩す方法はもう一つある。それは時事問題について反論することだ。

実はこれもまたひじょうに面倒臭い作業であって、わたくしのような世間知らずには向かない。しかし、逆に世間知らずは怖いもの知らずでもある。ゆえに不勉強を棚に上げて言いたいことも言えるのだ。

・・・やがて朝鮮半島の動乱も起こされよう。そして二〇一二年をみつめて台湾統一も進められよう。

 もし朝鮮半島と台湾が中国の手に落ち・・・

これらは年頭の辞から拾ったものである。おそらく十一月度総幹部会の会長講演以降であろう、顕正会では朝鮮半島の統一や台湾併合を云々する機会が多くなったようだ。

以前にも書いたはずだが、さすがに二〇一二年という年限を切るのはどうかと思う。
現代社会においては平和的な統一が望まれるところである。ゆえに、もし中国が武力的に統一を図ろうものならば、世界中を敵に回すことになるはずである。それを承知で実行するだろうか?
一方、平和的統一には時間が掛かる。ゆえに、もし統一の動きがあるとしたら、すでにあらゆる面で具体化が進んでいるはずなのだ。そうでなければ、来年には間に合わないだろう。ゆえに年限を切るのはどうかと思うのだ。

そして台湾の併合よりも遥かに信じ難いのが朝鮮半島の統一である。

わたくしのシロウト考えを書くと、いずれ今の北朝鮮の体制は崩壊する、この崩壊の機に乗じて韓国が朝鮮半島を統一する、というのが現実的だと思う。しかし、機に乗じて・・・というのはやや語弊があるかもしれない。むしろ体制崩壊後の北朝鮮を韓国が引き受けると表現したほうがいいかもしれない。

国際的な信用度という意味において、北朝鮮はゼロに等しい。逆に韓国は信用度が高いのだ。これだけでも韓国主導での半島統一のほうが現実的であることがわかる。ゆえに、もし北朝鮮が体制崩壊になれば、韓国が北朝鮮の面倒を見ることになる。これが事実上の併合ないし統一ということになると思うが、これに異を唱える国は少ないはずだ。つまりは国際社会から承認を得られる。

逆に北朝鮮主導での統一はひじょうに考え難い。韓国はそんなにヤワじゃない。なぜに北朝鮮に屈する必要があるものかと思う。ゆえに浅井先生は中国が朝鮮半島を統一すると言っているわけだが、そのような傍若無人が通用するわけがない。台湾の場合は、いわゆる二つの中国という側面があって、台湾の中にも統一に期待する動きがある。だから将来的には平和的な統一があっても不思議はない。同様の意味で朝鮮半島が統一することもあり得るけれども、顕正会が言っているのはそうではなく、中国による侵略なのだ。これは飛躍もいいところである。

以上、時事問題について、シロウトながら意見を書いてみた。

今日の結論は、仮に浅井先生の御書の解釈が百点満点だったとしても、それが現代の世相にピタリと当てはまっているかと言えば、必ずしもそうではないということだ。どうやら時事問題についての分析というか、認識に間違いがありそうなのである。よって、広宣流布はすでに直線コース、という先生の主張は成立しないことになる。最終段階だとか直線コースなど、客観的にはまだまだだと思う。

2011/1/7

表層的現証論を斬る  
コメント欄では延々と議論が続いているが、これについて率直な感想を申し述べれば、瑣末な議論に陥っているなあ、ということだ。

正像に益を得し人々は顕益なるべし、在世結縁の熟せる故に。今末法には初めて下種す、冥益なるべし。

大沢氏の主張は御文のごとくである。一方の沖浦氏はこれに異を唱えているわけだが、失礼ながら言っていることがよくわからない。氏は上掲の続きに次のような御文があることをどう考えるのだろうか?

妙楽の釈の如くんば、冥益なれば人是を知らず見ざるなり。

顕益と冥益の違いは説明するまでもなく文字どおりに理解すればよいことだ。当然ながら大聖人もストレートに解釈あそばしているわけである。

ところで、樋田ビデオを拝見していると、しばしば現証論について云々する場面に出くわす。樋田氏が対論者に現証を尋ねるのだ。何か功徳があったかと。すると相手が体験発表のようなことをしゃべるわけだが、そこで樋田氏はいつも同じことを言うのだ。その程度の話ならば世間にたくさんある。天理教の人だって立正佼成会の人だって同じような体験発表をしている。いったいそれでどうやって正邪が判断できるのかと。

一切は現証に如かず。

教行証御書の有名な御文だ。大聖人がおっしゃっている以上、現証を軽視するわけには行かない。それは確かにそのとおりだ。しかし、同御書には顕益・冥益についての御指南もある。しかも前掲のごとく、末法は冥益なのだ。ゆえに、これをどのように整理するか、そこが問題だと思う。

 状に云はく、彼此の経々得益の数を挙ぐ等云云。

さて、同じく教行証御書であるが、これは現証に如かずの少し後ろに出てくる御文である。少しばかり切り文の気味があることを承知で言わせてもらえば、これは沖浦氏の得意とする現証論を木っ端微塵(?)にするものだと思う。ようは表層的な功徳の体験を並べ立てたところで無意味だということなのだ。

話をさらに飛躍させて、次のようなケースをどのように考えるかを問いたい。

プロレスラーが二人いる。一人は法華講員でもう一人は創価学会員だ。
この両者が対戦して創価学会員が勝利したとしよう。たぶん体験発表のいいネタになるに違いない。
しかしながら、まさにこれこそが表層的な功徳の体験に他ならないのだ。プロレスでの結果と法義上の正邪は別次元のことである。

ところで、創価学会でしばしば言うところの民衆云々には、多少の真理が含まれていると思う。

今はプロレスの話をした。今度はアマレスでもいい。あるいは大相撲でもいいし、他の格闘技でもいい。スポーツ全般でもいい。いや、スポーツに限らず、世の中のありとあらゆる分野の話にしよう。もし創価学会員がすべての分野でナンバーワンになったならば、これは凄いことである。ここまで来れば表層的な功徳の体験とは言えないだろう。おそらくは誰もが思うに違いない、創価学会の信心には功徳があると・・・

沖浦氏の体験がどれほどのものか、客観的に判断するのは難しいことであるけれども、確かに心身壮健であり、充実した人生を送っているように見える。これをいちおう現証として認めることにしよう。問題はこれを基準にした時に、はたして今の創価学会員の全体的傾向がどうなっているか、沖浦氏と同等程度か、もしくはそれを上回る功徳を享受しているか、という点が問題なのだ。

そしてもう一つの視点として、創価学会の会員数がこれからどのように動くか、それも注目されるところである。コメント欄では公明党についての議論も見られたが、ある意味、創価学会員一人ひとりは非力であっても、数が多ければそれなりに力を発揮するのだ。政界に影響力を及ぼすことができるのも数があってのことである。

 日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず。

さて、今度は三三蔵祈雨事である。大聖人の現証論はそこらの個人の体験発表とはわけが違う。同御書は題名が示すごとく、祈雨についての御記述に紙数が費やされている。そしてもう一つ重要な事柄がある。それは蒙古のことだ。祈雨はいわば国家事業の一環であり、蒙古襲来は国家にとっての一大事である。つまり、大聖人の現証論は個人のチャチな体験発表とは違って、まさに国家の興亡盛衰を云々するものなのである。

この意味で、創価学会が多数の民衆を擁することによって政界に影響力を持つことは、それなりに意義のあることかもしれない。一人ひとりはショボイ存在であっても、数が集まれば力を発揮する。やがてはそれが国家を動かすほどの力になる。これは往いては大聖人の現証論と同じ結論になるかもしれない。

しかし、その創価学会も今は退潮傾向にあると言われている。

いずれにしても大聖人の現証論は、個人的な功徳の体験に一喜一憂するようなチャチなものではない。あくまで宗教の正邪を判ずる点に主眼があって、そのために諸宗の高僧に対決を挑んだのだ。良観との祈雨の勝負が好例だろう。大聖人は雨を降らせるのを売りにしているわけではない。ゆえに今日、もし表面的な現証論ばかりに終始する人がいるとすれば、それは大聖人の本意とするところではないと知るべきである。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ