2011/2/27

続・春の感触  
創価学会批判の本はたくさんあるが、その中でもいちばん有名なのは藤原弘達氏の本であろうか?

創価学会を斬る
            昭和44年11月10日発行
            昭和45年3月24日48版

続・創価学会を斬る
            (未所持)

新・創価学会を斬る
            昭和47年6月25日発行
            昭和47年8月10日13刷


どうやら氏の創価学会批判は三部作となっているようだ。短期間のうちに三冊を出版し、しかも上掲のごとく、たちまちに何度も増刷が行なわれている様子が窺えるのだ。

同書については『迷走する顕正会を斬る』にも取り上げられている。

日本の現代史において、「創価学会を斬る」の刊行が果たした役割は大きい。

そもそも『迷走する顕正会を斬る』はその題名からして先人の業績にあやかったものなのだろう。それは出版社が同じことからも言えることだ。もし別の出版社から出していたら何となくパクリのイメージが付きまとうけれども、同じ出版社であれば問題ない。むしろ出版社のほうで『迷走する―』を高く評価しているからこそ、そのタイトルを許したのだろう。いわば『迷走する―』は、「創価学会を斬る」に比肩し得る内容だということだ。しかし、内容はそうであっても、売り上げのほうはまったく比較にならない。早い話があまり売れていないのだ。未だに重版の話を聞かないので、おそらくはこのまま絶版になってしまうのだろう。これは顕正会の凋落を物語ることでもあるのだ。

同種の話として、信心していれば仕事をやらなくてもいい・疎かになってもいい(二の次だ)みたいな風潮がありますが、こちらは顕正会でよく見られる事例と思います。

大沢氏のコメントの一部であるが、これについては『迷走する顕正会を斬る』を引用したほうが手っ取り早いだろう。

 わたしが妙信講青年部員の頃は、浅井本部長から「仕事の上でも第一人者となれ」と教わっていた。
(中略)
 しかし現在の顕正会は、勧誘活動への「エンジン全開」が強調される。仕事や職場を軽んじ、それをむしろ信心強盛の証しと誇る気風が蔓延している。

ここでの「気風」と大沢氏の「風潮」は、ほぼ同義であると考えて差し支えないだろう。なお、わたくしなりに補足すれば、いちおう建て前としては仕事を疎かにしていいなどとは教えていないはずである。本部に問い合わせれば、当然のごとくキレイゴトを言うに違いないのだ。しかし、その本部首脳が無理な折伏誓願を打ち出すわけだから、現場としてはキレイゴトを言っていられなくなる。そこに自己矛盾があるのだ。つまり、いくら本部が上掲のような気風ないし風潮を否定したところで、どうにもならないのだ。抜本的には折伏誓願を廃止するしかない。少なくとも数字を一桁切り下げるくらいは実行すべきだろう。

さて、今日は顕正新聞第1197号の記事をいくつか取り上げて終わらせよう。

昭和四五年に宇都宮刑務所の刑務官を拝命し、その一年後には、元学会の顧問弁護士であった山崎正友が入所していた大田原市の黒羽刑務所に配属・・・

男子部組長の記事だが、この文章はあまりよくないと思う。いわゆる時系列がデタラメで恣意的な印象操作を感じさせるのだ。

いちいち修正するのも面倒なので一点だけ指摘しよう。「後年、山崎正友が入所することになる・・・」というような書き方がいい。上掲の文章ではあたかも当時すでに入所していたみたいに読めてしまうのだ。編集部よ、しっかりしなさい。

異常気象で近隣農家は壊滅状態
 私の家だけ売上昨年比3割増!


これも男子部組長なのだが、こちらは凄い記事だと思う。見出しに「私の家だけ」と書かれているので、一見するとこじんまりとした農家のように感じられるのだが、そうではないのだ。なんと十五人も従業員を使っているのだそうである。これは凄いことだ。

芙蓉茶寮「発酵部」
こだわりの発酵食品 原材料から違う!
味噌、納豆、甘酒、味噌饅頭、キムチ


好印象の記事だった。もちろん題材がすぐれているからだが、それと同時に、文章にクセがないところが好ましい。

 実は石井主任は自分で納豆を作りながら、自身はほとんど食べていなかったそうで、まさに「紺屋(こうや)の白袴」でした。

紺屋の白袴・・・

こんな譬えが出てくるとは思わなかった。たぶん高校生だとか若い顕正会員たちは、こうして新しい言葉を覚えていくのだろう。

 価格はスーパーと比べれば少々高めですが、

こういうところが良心的だと思う。

まあ、しかし、わたくし自身は安いほうを選んでしまうけれども・・・

2011/2/25

春の感触  
山門手前氏はよほど自信があるのだろう。もしくは拙ブログを潰す目的で、わざと過激な発言を繰り返しているのかもしれない。いずれにしても他人を無闇に精神病呼ばわりするのはよくないことであり、ましてや医者でもない人がそのようなことを言うのは誹謗中傷に類することなので、その辺を配慮願いたいと申し上げるのみである。

一方、大沢氏のコメントは常識的である。

はらのけはさゑもん殿の御薬になをりて候。

大聖人は下痢を患っておられたが、さゑもん殿からもらった薬を飲んで治ったという。大聖人は末法の御本仏である。御本仏と聞けば、人によっては超人的なイメージを懐くかもしれない。しかし、さにあらず、というのが結論である。

鎌倉時代にも医療が存在した。大聖人自らが医療行為を受けていた。いわんや現代においてをやだろう。

信心をしているから、唱題していれば何でも叶うし、どんな病気も治る(だから医者に行く必要はない)という風潮があります。

ゆえに、これが事実であれば、大聖人の仏法がわかっていないことになるだろう。ゆゆしき風潮である。

これらの風潮は、先輩にうかがうとどうも戦後、創価学会の大躍進とともに発生してきた風潮のようです。

顕正会の事例を含めて考えると、どうやら熱心な人がこうした風潮を生むものらしい。ようは信心に対する確信が強ければ強いほど、前掲のような傾向になってしまうものなのだろう。大げさに言えば、狂信ということにもなると思う。すでに結論は述べたが、大聖人自らが医療行為を受けていた以上、これを否定するわけにはいかない。むしろ、信心しているから大丈夫だという発想は、逆に信心がわかっていないことにもなりかねないのだ。

毎日毎日、国道1号(信号のないところ)を御数珠をかけて御題目を唱えて横断する学会員がいたそうで、近所の人も含めて「そんな危ないことはやめなさい」と忠告したのですが、「私は題目を唱えているから大丈夫」といって聞かなかったそうです。

破門以前の話というのが悩ましい。これをわたくしが言うのは顰蹙かもしれないが、現今の法華講員の中にも信心がわかっていない人がたくさんいるかもしれない、ということだと思う。

上掲を読んで思い出したことがある。

新・創価学会を斬る

こういう本が存在するのだ。たまたま今、わたくしの手元にあるけれども、当該書籍には上掲のような事例がたくさん出てくるのだ。これは法華講員とて決して喜べないことだ。なぜならば上述のごとく、熱心な人が増えれば増えるほど同様の事例が増えていく可能性があるからだ。とりわけ、自分たちは正しい信心をしているから大丈夫だ、と考えるのは大間違いだろう。何しろ「新・創価学会を斬る」もまた、破門以前の事例ばかりだからだ。

ところで最初の精神病の話であるが、御書には病について書かれたものがある。たとえば治病大小権実違目などには、病には身の病と心の病があると説かれている。しかし、ここでの心の病はいわゆる精神病のことではない。御書によれば、心の病は三毒ないし八万四千の病のことである。おそらく究極のところは謗法こそが心の病の最たるものなのだろう。ゆえに法華講員の立場で言えば、顕正会員は心の病に侵されていることになるのかもしれない。

さて、ここで考えたいのは譬喩としての精神病である。

又頭破作七分と申すは或は心破作七分とも申して・・・

種々御振舞御書の一節である。そして次は拙ブログの初期の文章である。

※頭破(ずは)・・・頭破七分ないし頭破作七分。顕正会では「あいつは完全に頭破しちゃってるよ」みたいな使い方をする。頭が狂っている、くらいの意味。

いわば顕正会用語であるが、実質的には山門手前氏の使う「精神病」と大差がないと思う。また、樋田氏の動画を見ていると、創価学会員には精神病が多い、という意味の発言がしばしば出てくる。樋田氏の場合は精神病だけでなく他にもいろいろな病気を挙げているわけだが、わたくしの感ずるところを言えば、どうも正宗系の発想は法華経ないし大聖人の仰せに頭破七分ないし心の病という言葉が出てくるので、そこから短絡的に精神病を結び付けているのではないかという気がするのである。はたして厳密な統計があるのかどうか、そこが疑わしいところだと思う。

繰り返しますが「完全」に異常があります。

医師免許所有者の元顕正会員も同一見解です。

山門手前氏は浅井先生を精神病であると断定している。それは譬喩としてではなく、医学的に精神病だと言いたいのだ。

氏は何がなんでもゴリ押しするつもりらしいが、さすがに「完全」は言い過ぎだろう。まあ、そうは言っても、氏のことだから撤回することはないだろう。いつまでも言い張るに違いない。

結論として、精神病か否かの専門的見解は精神科医であっても意見の分かれることがよくあることなので、いくら医師免許所有者の元顕正会員の威を借りたところで、決定打とはならないだろう。では、譬喩としてならば成立するかどうかであるが、これは微妙なところだ。おそらく宗教的信念としてはそれが正当であっても、社会的な意味では名誉毀損の咎めを免れないだろう。

2011/2/24

浅慮の百失?  
山門手前氏は浅慮の人である。以前にも何度も窘めたが一向に改まらないようだ。

長年の悩み「強迫神経症」が完治!

少し回り道をしよう。これは顕正新聞第1196号の記事の見出しである。一月度総幹部会で女子部の組長さんが発表したものだ。

最近は顕正新聞の記事にツッコミを入れる回数が減った。理由は単純で、面倒臭くなったからだ。ゆえに上掲の記事にしても一度は見送った。しかし、山門手前氏のコメントを拝見して、急遽、取り上げることにした。

強迫神経症が完治したのは結構な話である。しかし、記事を読んでいて疑問に思ったことがある。わたくしが読んだ限りでは、医者に診てもらったことが書かれていないのだ。

ある日、たまたま母が見ていた本に「強迫神経症」の症状が記載されており、このことで今までの自分の行動が病気であったことが判りました。

どうやら医学書か何かを読んで、病気であると勝手に判断したらしい。このことを医者が知ったならば怒るだろう。本当に病気なのかどうか、専門家に診てもらうのが筋である。実際、新聞・雑誌等に医療相談のようなコーナーがあったりするが、そこには必ず断り書きがあるはずだ。ネット上のサイトでも同様だ。ようするに、最終的には専門の病院で診断を受けるように、ということである。そりゃそうだ。町医者というか個人の小さな医院では、難しそうな病気だと思えばすぐに紹介状を書く。たとえ医師であっても専門外の病気であれば治せないし、それ以前に診断すらできない場合もあるのだ。いわんや素人であればなおさらのことである。自分の身体とは言え、素人が勝手に「強迫神経症」などと判断して、いいはずがない。

ともかく、この体験発表では強迫神経症が完治したと書かれている。自分が今まで感じていた病状が治まった。つまり、自覚症状が改善されたのは事実なのだろう。

しかし、この完治にしても医師の診断ではないのだ。

すると、最初から病気ではなかったという解釈も成り立つだろう。病気の診断を受けたわけでもなければ、病気が完治したという診断も受けていない。わたくしは思う、いったい何なのだろうか、この体験発表は、と。顕正会員の中には医師も看護師もいる。彼らはこの発表を疑問に思わないのだろうか?

ここで山門手前氏のコメントに移ろう。

精神科という立場から見れば浅井さんに関しては、完全に「異常」があります。

浅井さんというのは顕正会の会長のことだろう。山門手前氏は浅井先生を精神異常者であると言いたいらしい。それにしても思い切った発言である。裁判でも起こされたら簡単に負けそうだ。

医者でもない人が医療行為を行なうことは犯罪である。わたくしには専門的なことはわからないが、常識的に考えて医療は命を扱う行為であるから無資格者がそれを行なうことには問題がある。ましてや医者でもない人が医療行為を行なって報酬を得るとすれば詐欺にも相当するであろう。

ずいぶん前に聞いた話だが、医師の資格のない人が○○症とか○○病という診断を下すことはいけないことだそうである。当たり前と言えば当たり前の話ではあるが、しかし、たとえば友人に酒好きの人がいて周りから「アル中」などと呼ばれていたとしても、これが直ちに違法になるとは思えない。この辺は法解釈の問題なのだろう。どこまでが合法でどこまでが違法か、その辺の判断はひじょうに難しいことである。

しかし、山門手前氏の場合はかなり危ないと思う。

精神科という立場から見れば・・・

氏は精神科の専門医なのだろうか?

完全に「異常」があります。

完全に・・・

これは凄いことだ。

わたくしの記憶では、確か山門手前氏はコンピュータ関係の仕事をしていたと思う。つまり、医師ではない。医師でもない人が診断を下していいのかどうか、ましてや「完全に」とまで言い切っている点が決定的である。

あるいは一つの可能性として、氏は医師ではないけれども、友人知人に医師がいてその人から聞いた話だというケースもあるだろう。しかし、その場合はいざ裁判になった時にくだんの医師が証言台に立たされるハメになる。そんな面倒はご免こうむるというのが本音だろう。結局は正規の診断書でも存在しない限り、証言には出てこないに違いない。つまり、そんなことを言った記憶はない、ということでオシマイである。

以上、山門手前氏の言う「完全に」は、不完全であることが明らかである。もし裁判にでもなれば、氏は完全に窮地に陥ることになるだろう。

なお、普通のブロガーであるとか、通常の掲示板管理者であれば、おそらくは氏のコメントを削除して穏便に済ませることだろう。なぜならば自分にも累が及ぶかもしれないからだ。

しかし、わたくしはそうしない。その時には仕方がないと諦めることにする。

もっとも、浅井先生は長年にわたってそれこそ無数の罵詈雑言を浴びてきたので、こんなインターネットの片隅における悪口など、屁とも思っていないだろう。

2011/2/21

原点回帰を考える  
いわゆる御命題については、他人事のような物言いで恐縮だが、ひじょうに困難な目標だと思う。しかし、宗門がこのような目標を掲げて前進することは、物凄く画期的なことであろう。いわゆる伝統仏教は形骸化が著しく、マレには例外があるにせよ、多くは葬式を行なうことが主目的となってしまっている。そうした中で日蓮正宗は異彩を放っている。何しろ倍増計画を立てているからだ。この点では新興宗教も顔負けであろう。創価学会が宗門を敵視するのも頷けるところだ。当然、顕正会も同様であり、ことに近年になって宗門批判を強めているのは、せっかく苦労して集めた会員を横取りされたくない、という思いがあるからだろう。倍増計画のターゲットは差し当たり、創価学会員ないし顕正会員なのだ。

現在、創価学会員が増えているという話は聞かない。また、ご存知のように顕正会員も同様だ。累積数は百五十万になんなんとしているが、実勢は些少であり、増えているとしても微増だろう。

つまり、現代の社会的諸事情を勘案した時に、信徒を倍増することがどれほど困難なことかがわかるのだ。

今こうして偉そうなことを書いているけれども、こんなことは誰だってわかっていることだろう。おそらくは宗門の高僧たちだって承知していることだと思う。それにもかかわらず御命題を下された。すでにこれ自体が画期的なことなのだ。日蓮正宗がそこらの伝統仏教とは一線を画する存在であることの表明であり、大聖人の仏法を広宣流布するという重大使命を帯びているがゆえの責任感なのだ。

いずれにしても一般人の入信はハードルが高い。すると必然的に、当面の主要なターゲットは創価学会員ないし顕正会員となる。

わたくしが思うに、創価学会の首脳ないし顕正会の首脳が信徒を横取りされたくないと思うのは、筋違いというか、物凄くおかしなことなのではないかという気がする。横取りという言葉の響きからすれば、横取りするほうが悪者になる。もちろん、一般的にはそのとおりである。しかし、相手が日蓮正宗の場合はかなり事情が異なるのではないかと思う。なぜならば、創価学会員や顕正会員が宗門へ帰伏することは、まさに原点回帰に他ならないからだ。ゆえに首脳たちは、横取りされたなどと思うのではなく、むしろ積極的に信徒を差し上げるくらいの気持ちでいなければいけないはずである。たぶん、今は亡き戸田城聖氏であるとか顕正会の顧問先生であれば、わたくしの意見に賛成するであろう。

さて、最近は顕正新聞の感想を書くのも面倒になってきた。

第1197号の一面は御書講義の報道であるが、どうやら講義の詳細は後日「冊子」として発行される模様である。それはそれで結構だけれども、はたして本年は何回御書講義が行なわれるだろうかという点に注目したいと思う。ちなみに今回は松野殿御返事だった。ベテラン会員たちは同じ講義を何回受けたことだろう。内心、またこの御書か、と思った人もいることだろう。

浅井先生に注文しておこう。おそらく十年くらい前だと思うが、いつか機会があったら頼基陳状を講義したい、という意味のことを言っていたはずである。ぜひ、やるべきだ。

次に婦人部の班長さんの記事を紹介しよう。四級試験を受験して、というタイトルであるが、昨年の八月末の総幹部会以降続いている宗門批判キャンペーンの一環である。そう、これは教学試験という名目でありながら、実質的には宗門批判キャンペーンなのだ。浅井先生は「最後に申すべき事」を出してしまった手前、自らが先頭に立って批判するわけにもいかない。そこでいわば間接的な方法で宗門批判を展開したわけである。

 しかしこのような貫首であっても、学会首脳らが「貫首の責任」を持ち出したとき、貫首の立場を守りつつ学会の誑惑だけを破折された先生のお心には平伏し、いま自分が正しき師匠の下で御奉公が叶う宿縁の有難さを噛み締めたものであります。

それにしてもヒドイ文章である。構文がデタラメで何が言いたいのかよくわからない。そこで直前の文章に注意してみよう。

 また浅井先生と直接対決する度胸もない、池田大作の卑怯さに憤慨するのはもちろんのこと、細井管長が顕正会と学会との間でフラフラする態度には(中略)憤りを越えて情けなさを感じました。

これでいちおうは理解できると思う。

つまり、この人は日達上人を情けない貫首だと言いたいのだ。そして、浅井先生はこのような情けない貫首を庇いつつ創価学会の誑惑だけを破折した、だから先生は凄いお方なのだ、と言いたいわけである。

わたくしはここ数日、原点回帰について考えていた。しかし、上掲の記事を読んで、原点回帰は理想だがどうやら無理のようだ、と思った。理想だが無理・・・というのはややこしい言い方だが、ここには二つの意味を込めたつもりである。一つには、理想だが実現するのは無理である、ということ。そしてもう一つの意味は、そもそも顕正会の原点そのものが間違っているのではないか、ということである。

昭和四十五年の御遺命守護の戦いにおける最大の困難は、創価学会が猊下を盾に取っていたことである。早い話が、自分たちの主張を正当化するために猊下の権威を利用していた、もっと言えば、悪用していたわけである。ゆえに浅井先生は猊下の御本意を守りつつ創価学会を破折したわけだ。これは物凄く難しいことで、結果的には失敗に終わったとも言えるだろう。後には解散処分に付され、猊下に背く大謗法者との烙印を押されるハメになったからである。

それはともかく、くだんの婦人部班長はいちおうこの辺の事情をよく理解しているようだ。真面目に先生の書籍を読み込んだのだろう。「貫首の立場を守りつつ学会の誑惑だけを破折」というのがポイントである。

しかし、情けない貫首・・・という文脈がいただけないところだ。

彼女は浅井先生の書籍を読むことによって、そのような感想を懐いた。ようはここに馬脚があらわれている。つまり、これは彼女の感想ではなく、浅井先生の本音なのだ。

日達上人に対して、情けない貫首と思っていたとしたら、もはやそこでアウトである。原点回帰もクソもない。浅井先生の性根は最初から腐っていたことになる。確かに創価学会は猊下の権威を利用ないし悪用していたのだろう。本音では猊下を侮りながらも、建て前では御法主上人猊下などと奉っていたのだ。しかし、浅井先生だって同じじゃないか、ということなのである。情けない貫首が本音であれば、創価学会とは方向性が異なるものの、信徒のブンザイを逸脱している意味では同じ穴のムジナであろう。

ただし、一つだけ浅井先生の弁護をしておこう。

「情けない貫首」は後天的に発生したものかもしれないということだ。上述のごとく、浅井先生は猊下に背く大謗法者との烙印を押された。先生にとってはヤルセナイ気持ちだったろう。先生はその後もずっと罵倒され続けたのだ。そうして今日までの長い間に、過去の記憶が変形していくこともあり得ることだと思う。ゆえに、先生が当時から日達上人を情けない貫首だと思っていたのか、それともずっと後になってからそのような感想を懐くようになったのかは、定かではないと思う。

いずれにしても「情けない貫首」は世間で言うところの失言であろう。しかし、現在の顕正会はそれを承知でわざと言っているフシがある。なぜならば会員を横取りされたくないからである。そのためには失言だろうが何だろうが構わない。宗門を貶める言辞を弄することが会員の流出を防ぐ手段になるのだ。

原点回帰どころの話ではなさそうだ。

2011/2/19

リセットボタンを押す勇気  
コメントの内容が多岐にわたるため、対応が行き届かない点をご了承願いたい。

ありの金吾氏とヨシ氏のやりとりを一部始終拝見させてもらった。案の定、ヨシ氏の登場は教学試験効果とも言うべきもので、今後も法華講員に論戦を挑む勇敢な顕正会員が次から次へと出てくるかもしれない。いや、むしろ出てこないとおかしいのだ。今回の教学試験には三万人が参加した。まさか全員が出てくることはないだろうけれども、仮に一パーセントの人がネットに参戦するとしたら三百人である。これだけの顕正会員が出てくれば壮観だろう。

わたくしはヨシ氏に問うた。顕正会における役職を教えてほしいと。

これには理由があって、ネットに登場する顕正会員は多くが非活動会員ではないかと思ったからである。
わたくしもいちおうは顕正会員だが、活動はしていない。活動していないからこそ、駄文を綴っているヒマがあるのだ。
同様の意味で、ネットに登場する顕正会員はヒマなのではないか、それは折伏の成果を上げる必要のない立場の人だからではないのか、すなわち役職を持っていない人なのではないか、ということなのだ。

ちなみに、法華講員にはネットで活躍している人が多い。これはヒマだからというわけではないだろう。おそらくは顕正会と法華講の体質の違いであり、この点では法華講のほうが格段に優れていると思う。

ようは折伏成果に追いまくられているか否かの問題なのだ。

顕正会の活動会員は成果に追いまくられている。今月は一万二千人の折伏成果を上げないといけない。締め切りがあるから大変だ。
こうなると、ネットで法華講員と論戦しているようなヒマはない。なぜならば、成果に結びつかないからだ。
成果を上げるためには相手に直接会って折伏しないといけない。何がなんでも会館ないし拠点に連れて行って入信勤行をしなければ成果にはならないのだ。

その真剣さは決して悪いことではないが、しかし、実態としては雑な折伏になってしまっている。ここが問題なのだ。

ネットで活躍している法華講員にはそうした余裕のなさというかアセリがない。だからどんな分からず屋の相手であっても匙を投げず、懇切丁寧に説明するのである。たとえ二月中に決着がつかなくても構わないのだ。極論すれば、半年でも一年でもいい。あるいは五年十年でもいいのだ。

上で述べたように、それはヒマだからではない。すぐに結果が出なくても、確実な前進につながるからであり、また、相手に対する慈悲の行為でもあるからだ。

顕正会の幹部だって、このくらいの理屈はわかるだろう。しかし、理屈はわかっていても実践できない。成果に追いまくられている以上は、どうすることもできないのだ。

最後に、ありの金吾氏とヨシ氏の議論の感想を書いておこう。ありの金吾氏の冷静沈着さが光っていた。ヨシ氏は途中で相手を子供扱いするような挑発的な言辞を弄していたが、効果がなかったようである。

さて、今度は水無月氏のコメントである。

平成7年当時、顕正会は水面下で法人格取得の準備を進めておりました

これはうっかりしていた。わたくしの思考から完全に抜け落ちていた。

顕正会の分派独立路線は平成十一年からだろう、というのがわたくしの意見であるが、水無月氏は法人格取得をどう見るかを問うているのだ。すでに平成七年当時から分派独立を目指していたのではないか、ということである。

そうかと思えば、睦月氏のような意見もある。

浅井会長は今でも宗門への復帰をあきらめてないのではないかという気がしてならない

ここまで来ると、人間の心理の複雑怪奇さ、とでも言いたいところである。

確かに水無月氏の言うように、平成七年の時点で独立を目指していたとするのも有力である。すでに解散処分から相当の年月を経ているので、もう宗門への復帰は無理と思っていたかもしれない。
ところが平成十年には御遷座があり、正本堂の解体という大事件が起こった。ここで、ひょっとしたら戻れるかもしれない、という気持ちを懐いたとしてもおかしくないだろう。水面下でどのような動きがあったか知らないが、結果的には戻れなかった。これ以降、浅井先生は宗門批判を強めていくわけである。
しかし、甚だ矛盾するようであるが、睦月氏の言うように今でも復帰をあきらめていないということも一面の真理であろうと思う。冨士大石寺顕正会という看板を掲げているのがその証拠である。

浅井会長は想像を絶するほど不本意な人物として歴史に名を遺すことになる

いずれにしても、現状ではこれが結論なのだろう。

最後は大沢氏からの質問である。

「原点回帰」とされていますが、巌虎様お考えの「原点」とは何でしょうか?

前回はそれほど難しいことを論じているつもりはなかった。百五十万は幻想であって、実質五万程度であろう。もし百五十万が本当ならば、隙間だらけの石垣であって、たちまちに崩壊するに違いない。崩壊しないのは実質五万程度であり、その五万個の石垣も途中で崩落して穴ぼこだらけになっているので常に補修しないといけない。その穴埋めが間に合わなくなったら一気に崩壊する・・・という話だった。

そこで原点に戻るべきと書いたのは、今の浅井先生は幻想に過ぎない百四十数万にしがみついているが、そんなマヤカシの数字など捨ててしまえ、ということなのだ。

ようはカウンターをリセットするのだ。もし今後の折伏成果をゼロから数え直すとどうなるか、それを考えるとよくわかるだろう。つまり、最終段階とか直線コースの言葉の虚しさ・欺瞞が見えてくるわけである。

また、「回帰」の方法は?

ゆえに、大沢氏の期待していた答えとは大幅に異なるだろうけれども、ともかく顕正会実勢五万として、そこからカウントしてもいいだろう。すると本年中に百五十万達成などは絶対に無理であり、せいぜい十五万達成がいいところである。

本来的な意味での原点回帰というのは、まさに教義上の問題から論じていくべきことであり、簡単ではない。そこで今の議論では教義上の問題を度外視して、単に成果主義だとか数字上のマジックに限定して論じたわけである。

もし浅井先生に正直さがあれば、カウンターのリセットボタンを押すことができるだろう。そして、この正直さが宗門との関係修復のカギを握っているのだ。

2011/2/17

破壊的衝動  
最近の旦氏のコメントはひじょうに短い。そこに含蓄があるのだろうけれども、愚鈍のわたくしにはつかめない。

41年4月妙信講・「日蓮大聖人御書 十大部」を刊行。
と、妙信講独自の御書を出していましたね。
これを、再販すれば、とりあえず御書発刊の嘘は解消されたのにと思いますよ。


そして今度は山門入り口氏であるが、この部分はじゃっかん疑問である。後年、顕正会が打ち出したのは御書の発刊ではなく、御書全集の発刊なのだ。十大部と全集ではエライ違いである。

ちなみに、氏も指摘しているように、発刊に関するノウハウはじゅうぶんにあるはずだ。何しろ浅井先生の家業は印刷屋だった。日蓮正宗の出版物にも携わっていたとのことなので、その気になれば御書全集の刊行も可能だろう。
しかし、昨日のブログで指摘したように、平成七年当時はゆえあって刊行を見送った。わたくしはそれを、分派独立との批判を回避するためだと睨んだ。逆に言うと、当時は先生もまだ宗門復帰に期待していたのだ。
ところが平成十一年には、もはや宗門復帰は不可能と判断したのだろう。そこで大きく方向転換した。御相承の断絶を言い出したのがその証拠である。

そうなれば、今度は誰に気兼ねすることもなく、顕正会独自の御書全集を発刊してもよさそうなものだが、そうはしなかった。この理由はわりと簡単なことだと思う。一念信解路線まっしぐらだからである。

もちろん人材不足もあるだろう。それは一念信解路線がもたらした後遺症でもあるのだろうが、今となっては御書を発刊する必要性もないのだろう。人もいなければ、やる気もない、それが今の顕正会ないし浅井先生の本音だと思う。

それでいて広宣流布の最終段階だとか言っている。これはどうかしているとしか思えない。本当に広宣流布を実現するつもりならば、もう一度、原点に戻るべきだろう。

 さあ、全顕正会員が立ち、まず本年、歓喜の中に一五〇万大法城の石垣を全員で積み、何としても大聖人様に応え奉ろうではありませんか。

顕正新聞第1196号に載る一月度総幹部会の会長講演からである。アゲアシ取りのようであるが、ここにイチャモンをつけようと思う。まずは折伏理論書の第二章から正論を紹介する。

 家を建てるのに、傾いた土台の上に建てればすべてが傾く・・・

浅井先生は折伏の目標を掲げる時、特に大きな目標の時に顕著であるが、折伏の数を積み上げていくことを石垣を積み上げることに譬えるのだ。そして幹部たちも後輩に対して、今いる一人ひとりが一個の石垣を積んでいけば顕正会全体であっという間に○○名の折伏ができてしまうのだ、だからキミも頑張ろう、まずは一名でいいからやってみよう、というようにハッパを掛ける。

わたくしは思う。顕正会の土台が傾いているかどうかの議論は別の人に譲るが、次のことは確実に言えるだろう。顕正会が積んできた石垣は隙間だらけの状態であると。

積み木にしても、下のほうを抜いてしまえば崩壊を免れない。おそらく高度な遊びとしては、うまく工夫して積み上げて、後から下の積み木を抜いてしまうことだろう。それを実用化したものが石橋などである。しかし、顕正会の石垣は違う。不慮に石が欠落していくわけである。本来ならばガッチリと組み合わさって不動のはずの石が次から次へと消えていくのだ。そして現状は百四十数万個で構成されているはずの石垣が、なんとその十分の一以下しか残っていないのだ。これでは崩壊しないほうがおかしいだろう。

浅井先生の石垣の譬えは絶妙であり活動会員にとってはよき発奮材料になるけれども、顕正会の実情を鑑みるならば、いかにも皮肉な譬えである。

ところで、なぜ崩壊しないかであるが、それはそもそもが顕正会の五十万だとか百万、そして百五十万が幻想ないし虚構だからである。
仮に今の実働会員が五万人だとして、その五万人が次々と退転していく。最悪、一気に一万人くらい減るかもしれない。すると、まさに崩壊の危機である。そこでどうするかと言えば、直ちに一万人を補充するのだ。ようはそれを繰り返しているだけの話で、これを世間では自転車操業と呼ぶ。
わかりきったことだが、顕正会は一度たりとも五十万にも百万にもなっていない。これが真実である。

顕正会の石垣はある時期から一向に積み上がらなくなった。今はひたすら石垣の補修に専念するのみで、その補修が間に合わなくなった時がまさに崩壊の時である。

これでわたくしが原点に戻るべきと書いた意味もよくわかると思う。浅井先生がいちばんよくわかっているはずなのだ。この先、二百万だの三百万だのと、累積数では達成できたとしても中身がなければ意味がない。であれば、今さらのようだが、ゼロからスタートするのが本当だろう。それをせずして、百五十万の石垣を云々したところで虚しいだけだし、この状態で最終段階だとか直線コースだとか言うのは、無知な会員を欺いていることにもなるだろう。

この際、ちまちまと補修しているよりは、いっそのこと思いっきり崩壊させたほうが気持ちがいいのではないかと思う。

2011/2/16

ヨシ氏の登場に思うこと  
先週から今週にかけて受難の一週間だった。

まず、前回の拙稿に対して、のび太氏と水無月氏から強烈な反発があった。そして同時期、風塵山荘では法太郎がわたくしに対する反論を発表していた。そうこうする内に、今度は現役顕正会員のヨシ氏からコメントが入った。

さすがに受難はオーバーだと思う人も多いことだろう。確かに上述のことくらいではそのとおりだが、実は他にも困ったことが発生したのだ。これについては別の機会に書くことにしよう。

さて、せっかくだから今回はヨシ氏を中心に論じてみたい。

最初にお聞きしたい点は現在の役職である。もし差し支えがなければ、教えていただきたいと思う。拙ブログに現役会員が来るのはめずらしいことだが、かつては現役隊長を名乗る人がよく来ていたし、あるいは本部の事情に精通している謎の人物もいた。ともかく長い間にはいろいろな人が来る。失礼ながら、わたくしにとってはヨシ氏もその一人に過ぎないわけである。
ただし、本年は教学試験で御遺命を学んだことでもあるし、積極的な顕正会員がネット上にたくさん登場する可能性もある。もしそうであれば、ヨシ氏はその第一号ということになるだろう。
いずれにしても拙ブログでのお付き合いは顔の見えないお付き合いであるから、人物像というかキャラクターがわかりにくい。ゆえに、役職やその他もろもろの情報をでき得る限り教えていただければ、それなりに有意義な対話が可能なのではないかと思う。

しかし、矛盾するようであるが、拙ブログは独白が原点である。ようは独り言をブツブツ言っているだけのブログなのだ。そうやって都合の悪いコメントをやり過ごすのがわたくしの常套手段なのである。

私は入信26年になる顕正会員です。単刀直入にお尋ねします。あなたは勤行やってますか?仮にやっていても、こんなブログを書いているようでは功徳はないでしょう。功徳どころか罪障積んでますよ。

どうやらヨシ氏のほうが少し先輩のようだ。で、勤行をやっているかどうか、との質問であるが、さっそく都合の悪い(?)話になってきた。しかし、お答えしよう。勤行は欠かさず実践している。実は遥か昔、一年くらい勤行をしなかった時期があった。その後、ゆえあって勤行を再開した。たぶん、あれから二十年以上経つだろう。ごくごくマレに、物理的に勤行をする時間が取れなかったとか、そういうことで勤行をしなかった日もなくはないが、上述のごとく、基本的には勤行を欠かさずにやっているつもりだ。

批判を書きたいなら顕正会やめちゃいなさい!
内部に居ながら批判するなら、それは破和合僧です。分からない事、疑問があるなら素直に質問すればよいでしょう。
破和合僧は無限地獄の因ですよ。


わたくしが応じる前に法華講員や創価学会員が反応しているところが面白い。それはともかく、ある意味ではヨシ氏のおっしゃるとおりだと思う。本当はやめてしまえばいいのだ。顕正会のことなどキレイさっぱり忘れて、まったく別の人生を歩めばいいのだ。しかし、わたくしにとって独白ブログはいわば習慣であって、もはや日常生活のカテゴリーになってしまっているのだ。一種のネット中毒だかもしれない。ゆえに今後も続けることだろう。破和合僧だとか無間地獄だとか言われても、そう簡単にはやめないと思う。

ここの管理人、並びに集まってくる人は、慢心とマイナス思考の強い方ばかりですね(笑)

他の人のことはともかく、わたくし自身はまさにご指摘のとおりだ。何しろ副題が「零落れ顕正会員の愚癡日記」なのだから、マイナス思考もいいところだろう。慢心のほうは、おそらくは文体が災いしているのだろう。わたくしの文章は一見すると物凄く高飛車に感じられるのだと思う。

↑そういうのを世間では屁理屈といいます(笑)

さて、ここからが本番である。わたくしは自分自身の欠点ないし問題点を素直に認めたつもりである。ヨシ氏はどうか、と問いたいのだ。

上掲は鋭い切り返しだと思う。宗門ないし創価学会による顕正会批判は玉石混淆が否めない。単なるアゲアシ取りもあれば、難癖・イチャモンもある。ゆえに上述の件はおっしゃるとおり、確かに屁理屈なのかもしれない。

しかし、ぜんぶが全部というわけではないだろう。前回分のコメント欄に限って見ても、わたくしは法華講の人たちの意見に同意せざるを得ない部分がたくさんあると思う。ようはそれを素直に認めることができるかどうかなのだ。

繰り返すが、上掲は鋭い切り返しだと思う。しかし、他にもいろいろなテーマというか法華講員からの追及がある。おそらくは回答不能のこともあるのだろう。わたくしは思う。回答不能でもいいのだ。それを素直に白状すればいいのである。

【「御書全集」の編纂いよいよ始まる 編集委員に三氏任命さる】

新聞をさがすのが面倒なので、山門入り口氏のコメントから拝借した。

上掲は平成七年のことなので、宗門の平成新編に触発されただろうことが窺える。山門氏は激辛(?)なので浅井先生の言行不一致を痛烈に批判するが、わたくしはちょっと違った見方をしている。以下、ヨシ氏にもご一考願いたい。

わたくしがブログを綴るようになったのは五六年前のことであり、平成七年と言ったらまだインターネットとは無縁の生活だった。そこで、あくまでタラレバの話ではあるが、もし当時も今のようにブログをやっていたら何を書いただろうか、という話だ。
顕正会が宗門の平成新編に対抗して御書全集を発刊しようものならば、おそらくわたくしは批判的な記事を書いたと思う。これは分派独立路線の表明に他ならないと。
当時はまだ宗門復帰の可能性が残されていた。顕正会員にもそうした願望を懐く人がけっこういたと思う。あるいはヨシ氏もそうかもしれない。ゆえに、もし顕正会が独自に御書を発刊しようものならば、それは分派独立の意志表明であると、このように組織の内外から解釈される危険があった。
つまり、顕正会の首脳部はそうした誤解が生じることを危惧して御書の発刊を見送った、という見方もできるのだ。

もちろん、当時のわたくしがそこまで穿った見方をしたかどうかと言えば、それは否であろう。今だから書けるのだ。当時は今よりも遥かに未熟だった。生意気なようだが、わたくしも少しは成長しているのである。ヨシ氏に知ってほしいのは、これは宗門寄りだとか創価学会寄りだとかの思考というわけではないことだ。たぶん、わたくし独自の思考である。ヨシ氏には慢心とマイナス思考にしか見えないかもしれないが、それでもいいと思う。人の考えを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考えること・・・これがけっこう大事なことなのだと思う。

 わたしは平成七年、学会・法華講を経て晴れて顕正会に入会させて頂きました。
 初めて聞く顕正会の存在と大聖人様の御遺命に驚き、さらに阿部日顕に「相承」がないことを聞いた時には衝撃を受けました。


顕正新聞第1196号の記事である。婦人部組長の体験発表だ。

会員歴二十六年のヨシ氏ならば気がつくはずだ。これは取り返しのつかないミスである。いちばん無難な解決方法は「発表者の記憶違い」ということになると思うが、わたくしは編集部の責任を問いたい。顕正会で御相承の断絶を言うようになったのは平成十一年のことなのだ。つまり、平成七年の段階で日顕上人に相承がないという話を聞いて衝撃を受けることなど、絶対にあり得ないことなのだ。むしろ、創価学会・法華講経由で顕正会員になったのであれば、すでに平成三年以降のいずれかの段階で聞き知っていたとしても不思議はない。日蓮正宗と創価学会の間で激しく議論されていた事柄だからである。さらに遡れば正信会の問題もある。ゆえに、知らぬは顕正会員ばかりなり・・・だったのだ。

こうした間違いを素直に認めることができるかどうか、わたくしが言いたいのはこの一点だけである。

2011/2/11

壮年部廃止についての感想  
旦氏のおっしゃる「顕正会の教義に忠実」は、なるほど、そのとおりなのだろう。たとえば、創価学会からの入会者が洒落っ気(?)で創価学会員だった時に教わったことを書けば、まず間違いなく不合格だろう。とりわけ戒壇に関することでは見解が百八十度異なるわけだから、合格するわけがないのだ。それどころか除名になる可能性もあるだろう。入会者の中にはそうした彼我の違いをじゅうぶんに承知した上で顕正会に順応していく人もいれば、自然と順応してしまう人もいる。もちろん順応できない人もいる。ともかく幹部になるためには順応しなければいけないが、その順応度を知る一つのヨスガが教学試験なのだろう。

睦月氏のコメントは客観性にすぐれている。個人の問題というのはまさにそのとおりだ。顕正会にはわたくしよりも遥かに教学のできる人がたくさんいる。また、法華講員のすべてが教学に長けているわけではないし、失礼を承知で言えば、僧侶にしても不勉強のソシリを免れない人がマレにはいるに違いない。しかし、睦月氏がおっしゃるように、本人の自覚もさることながら環境も重要である。悲しいかな、顕正会には学ぶべき書籍があまりない。逆に宗門にはたくさんある。まさにここが決定的な違いなのだろう。

さて、成人式について書いておこう。

今回の登壇者は男女二人ずつであり、四人とも支隊長・総班長である。しかも両親ないし片親が顕正会員であり、彼らは全員が高校入学と同時に顕正会員になっている。一人は小学校三年の頃から、もう一人は幼い頃から勤行を実践している。おそらくは他の二人も大同小異であろう。

わたくしの感想は、二世会員の増加、ということだ。

これを吉と見るか凶と見るか、悩ましいところである。創価学会では二世三世は当たり前、今では四世五世も増えつつあるのだと思う。そこで気がつくことは、信仰心の希薄さ・脆弱さである。もちろん全員がそうだとは言わないが、何となく骨がないというか、親の言いなりで信心しているような印象が拭えないのである。もしかしたら顕正会員にも同様のことが当てはまるかもしれないのだ。

唯一、異なる点を挙げれば、顕正会員の場合は高校生も大人扱いであり、折伏の戦いに参加することである。この違いはデカイだろう。薄っぺらな信心では折伏などできっこないのだ。ゆえに、創価学会の子女と顕正会の子女を同じと思うのは大間違いかもしれない。

しかし、二世会員の増加は別の視点からも捉える必要がある。

登壇者全員が二世会員ということは、一世会員が育っていないことの裏づけかもしれないのだ。
今回の成人式で登壇した彼ら彼女らは、当然ながら同級生を片っ端から折伏していることだろう。ご存知のごとく、顕正会の入信はひじょうに簡易であり、それがために入信はしたものの、実質的には即日退転というケースがたくさんある。
ゆえに、数字の上では成果が上がっていても、人材が育っていない。近年の成人式で二世会員ばかりの登壇が目立つのは、おそらくはこのためだろう。

吉と見るか凶と見るか・・・などと書いて大袈裟なようだが、これはけっこう重要な問題を孕んでいると思う。

成人式はいよいよ親の庇護を離れる段階を意味するのだ。
今まで親に従順だった二世会員たちが反旗を翻すこともあり得ることである。さすがに反旗はオーバーにしても、自分の力で生きていけるとなれば、思い切って顕正会を離れることだってできるのだ。実際、そうした例もたくさんあるに違いない。
すると、やはり自分の意志で信心を始めた一世会員のほうが有望であるし、信頼できるのではないかと思う。

実話を紹介しよう。

何を隠そう、わたくしを折伏してくれた人物こそが二世会員だったのだ。結局、数年で退転してしまった。しかし、そのわずか数年間にたくさん折伏し、たくさんの入信を数えた。その時に入信した人たちが、何と今も現役の活動会員だったりするのだ。

以上、二世会員ばかりが目立つ成人式に、今後の顕正会のゆくえが象徴されているのではないかと思った次第である。

さて、次は壮年部廃止についてである。

壮年部の男子部編入

壮年部、男子部へ合流


上掲は顕正新聞第1196号の記事をわたくしなりに要約したものである。巷では壮年部廃止という言葉が踊っているが、顕正新聞には廃止の文字は見当たらない。合流ないし編入ということだ。
実際、壮年部の地区がそのまま男子部の隊に移行したような形なので、編入や合流で間違いないのだろう。逆に廃止は批判者ならではの過激な表現と言えるかもしれない。

わたくしが感じたことは、浅井先生はなぜ断行したか、ということである。

批判者から突っ込まれるのはわかりきったことであり、いい評価など、一つもあり得ないからだ。

たとえば『迷走する顕正会を斬る』には壮年部のことがたくさん書かれているが、一例を挙げれば次のごとくである。

顕正会ではほとんど戦力になっていない壮年部・・・

負け嫌いの浅井先生のことだ。このような指摘がある以上、意地でも壮年部を存続させそうなところである。でなければ、櫻川氏の指摘を認めたことになってしまうからだ。

ゆえに、一つの可能性としては、そんな外部の批判など構っていられないほどに、ニッチもサッチも行かない状況に追い込まれていることが考えられるだろう。しかし、それが具体的にどういうことなのかは、よくわからないことである。

実はまったく別の視点からも捉えることができる。

総男子部長

第一男子部長


今回の組織改革では名称の変更も行われた。従来の男子部長に「総」が冠せられ、今までの男子第一部長などが上掲のごとく変更されたのだ。

なぜに総合男子部長にしないのか、この辺がよくわからないところである。

それはともかく、批判者たちの喧伝する壮年部廃止は、ある意味では浅井マジック(?)に眩惑されていると思う。実は逆のことを考えないといけないのだ。すなわち男子部廃止である。

城衛もそろそろ四十になるのではないか? あるいは四十を越えただろうか?

以前にコメント欄で指摘があったことだが、今の男子部は高齢化が著しいのだそうである。城衛からしてすでに四十路である。いつまでも男子部でもあるまい。

つまり、今の総男子部長以下、主要な隊長たちは、本来ならばそろそろ壮年部に移籍しないといけないのだ。しかし、本稿の最初に取り上げた成人式のこととも関連するが、案外に若い世代が育っていないと思われるのだ。

おおむね答えが見えてきただろう。

壮年部を廃止することによって男子部の存続を図った。今の体制ならば、城衛が五十になっても六十になっても不自然さはない。しかし、もし壮年部があれば、オイオイ、いつまで男子部長をやっているんだ、という城衛に対する批判が外部のみならず内部から出ても不思議はない。もちろん城衛に対する批判は浅井先生に対する批判でもある。

今回の組織改革は確かに大改革であろう。しかし、これまた吉と出るか凶と出るか、わからないことである。

意地悪く言えば、見掛けは大改革でもしょせんは小手先の小細工に過ぎない。根本的には何も変わっちゃいない。それが結論だかもしれない。

2011/2/9

種々のコメントに応えて  
加持祈祷の勝負なら引き受けますよ。
(中略)
雨乞いでも、雪乞いでも、何でも結構です。

まったく、もう、何を言っているんだか・・・

もし仮に加持祈祷をするにしても、具体的に何を祈るのかが問題だろう。沖浦氏は雨乞い雪乞いを例に出しているけれども、現代的にはあまり意味がないと思う。どうせならば国の借金をゼロにするとか、あるいは核兵器を消滅させるとか、そういう祈祷をお願いしたいものだ。結論的には無理な話である。借金を減らすのも、核兵器の廃絶も、一朝一夕に解決するようなナマヤサシイ問題ではない。仏法とは道理である。祈って借金がチャラになるというような、そんな甘ったれた考え方が通用するわけがないのだ。

1級2級は永遠に行なわれないでしょう。

水無月氏の予言(?)である。浅井先生は負け嫌いだから、こんなことを言われると意地でも実施するかもしれない。

5級は今年の受験対象者自体が少なくて、試験を行なえば受験者・合格者ともにミミッチぃ数を発表せねばならないからやらなかったんです。

この点に関しては、わたくしは別の想像をめぐらせている。前回の拙文で触れたように、顕正新聞には空前の文字が躍っている。見出しの文言は次のごとくだ。

教学三級、四級、登用試験を実施

空前 三万三六一人が熱烈・歓喜の受験


気配りのできる人ならば同様の感想を懐くはずであるが、これでは五級を受けるべき人たちがまるでカヤの外に追いやられた格好である。わたくしはそんなバカなことはないと思う。本人たちに疎外感を与えていいはずはないし、彼らをタダで遊ばせておく手はないだろう。ゆえに、おそらくは五級を受けるはずだった人たちも、登用か四級のいずれかを受験しているのではないか?

もちろん推測に過ぎないけれども、かなり核心を突いているのではないかと思う。これは内部からの証言が待たれるところだ。

原則とはおかしいのではないでしょうか?

山門入り口氏のコメントの一部である。全体的な論旨としてはやや不明瞭に感じられるが、上掲の指摘はまったくもってそのとおりである。我ながら不用意な文章を書いてしまったものだ。以下、訂正ないし修正の意味を込めて、論じてみよう。

わたくしの書いた、登用試験の人たちは原則入信一年未満、というのは確かにおかしな話である。氏の指摘にもあるごとく、再受験者も考慮しないといけない。つまり、入信十年だろうが二十年だろうが、不合格者はいつまでも登用試験を受け続けることになるのだ。ゆえに、顕正新聞の次の記述は欺瞞である。

受験者は一年以内に入信した人々が大多数

今回の登用試験では二千人弱の合格者だった。逆に言うと一万人以上が不合格だったのだ。であれば、来年はこの人たちが再受験するだろう。単純計算であるが、毎年新しい人たちが一万二千人受験して合格するのが二千人だとすれば、毎年一万人の再受験者が加算されていく。十年もすれば十万人規模の登用試験になっているはずである。何も十年後の予想を云々する必要はない。十年前から本年までのデータを調べればわかることである。つまり、上掲の記述は欺瞞に満ちているのだ。

念のために付け加えておく。仮に受験者の大多数が一年以内の入信だという記述が事実だとしよう。すると、一万人の不合格者たちはどこへ消えてしまったのだろう、という疑問が生ずるのだ。昨年は六万八千人が顕正会に入信したそうである。しかし、登用試験の受験者は一万三千人弱である。ようは五万五千人が一年以内に退転してしまったことになる。さらに次の一年で一万人以上が退転してしまうことになるのだ。残りは一握り過ぎない。これが顕正会の実態である。

以上、山門入り口氏のコメントを敷衍する形で書かせていただいた。

一念信解を馬鹿といってはいけない

今度は旦氏から厳しいお叱りのコメントを頂戴した。いちおう、これについては釈明をしたいと思う。

わたくしは顕正会員を馬鹿だとは思わない。むしろ潜在能力は物凄いと思っている。だから、中核幹部たちが受験する四級試験は、合格者がたくさん出てしまって、それこそ顕正新聞では合格者特集号を組まないといけないくらいになるのではないかと想像していたのだ。
ところが事実は案に相違して、合格者が少なかった。わたくしは思った。オマエら何をやっておるか、もっとしっかりしろよ、と。これが本音である。
だから、馬鹿ばっか、というのはわたくしの愛情の裏返しであり、軽蔑の意味とは異なるのだ。いや、実際には複雑な心境であって、じゃっかんは軽蔑の気持ちがあるのかもしれないが・・・

それはともかく大事なことを書いておこう。わたくしは一念信解を馬鹿と言っているのではなく、一念信解路線を馬鹿と言っているのだ。この微妙な違いが大事なところである。

ようは顕正会における一念信解は一念信解モドキであって、真の一念信解ではない。これまでにも再三にわたって書いてきたごとく、浅井先生の狙いとする一念信解路線はいわば愚民化政策だったのではないか、ということなのだ。これはわたくしだけが指摘するところではなく、『迷走する顕正会を斬る』にも書かれていることであるし、おそらくは顕正会批判者の大多数が同意見に違いないのだ。近年の浅井先生は一念信解を言わなくなった。皮肉にも言わなくなったことが、逆にそのことを証明しているようなアンバイである。

いずれにしても後遺症はかなりの部分で当てはまると思う。俗に、頭がさび付く、というような表現があるけれども、わたくし自身も油断はできない。何事においても、月々日々につより給へ、ということだ。

2011/2/7

教学試験雑感  
沖浦氏のコメントは唐突である。

 法論なんか、ほとんど意味ないですよ。
 勝っても、広宣流布進みません。
 法論で勝って広宣流布が可能なら、大聖人の時代に出来ていますよ。


前回の拙稿とは何の接点も見出せないが、それはともかく、わたくしは反対意見である。法論の重要性は今も昔も変わらない。問題はそれが実現するかどうかなのだと思う。

大聖人は天台伝教の例を何度も引いておられる。たとえば伝教大師は桓武天皇の御前で南都六宗の碩学たちを一蹴して、日本における仏教の統一を実現したのだ。
大聖人御自身もこの先例に倣い、公場対決を願われていた。しかし、実現を見なかった。
この意味で、沖浦氏の認識は間違っている。大聖人の時代には公場対決が実現しなかった。だから法論に勝つも負けるもなかっただけの話であって、これが直ちに法論そのものを否定する根拠とはならないのは自明のことである。

まあ、しかし、ネット法論における勝った負けたというのは、確かにほとんど意味がないだろう。まったく無意味であるとは言わないが、いわゆる公場対決とは比較にならないほどの影響力の弱さである。

つまり、今日的にはどのような形で公場対決を実現させていくか、それが一つの重要なテーマなのだと思う。

たった今、ネット法論を軽視するようなことを書いたけれども、案外に侮れない面もある。たとえば樋田氏の手法は画期的であり、相当の成果を収めている。彼の場合、基本は対面法論である。そしてそれをどれだけ効果的に世間に宣伝するかにおいて、ネットを最大限活用しているわけである。もちろん、その大前提は信心の大確信と、たゆまぬ研鑽があってのことである。その裏打ちがなければ、できっこないことなのだ。いくらアイデアがあっても、それだけでは何にもならないのだ。

いずれにしても、公場対決を実現させるためにはどうすればよいのか、とりわけ頂上対決が望まれるわけであるが、それを実現させるためにはどうしたらよいか、これが重要なテーマだと思う。繰り返しになるが、現代においても決して無意味なことではないだろう。問題は実現させるための方途である。

さて、今日は教学試験についての感想を書くことにする。顕正新聞第1195号のトップに試験の報道があって、後ろのほうには丸々三ページを使って四級合格者が掲載されている。そして翌号には登用試験の合格者が、文字のサイズを小さくして一ページ分に収まっている。

試験終了と同時に、感激の拍手と歓声が起きた・・・

これが面白かった。歓声というのはわからなくもない。たぶん一般の試験においても似たような現象が起こると思う。しかし、拍手が起こることはないだろう。ちょっと想像がつかないのだ。善意に解釈すればユニークな団体、しかし、悪く言えば奇妙な宗教団体、それが顕正会だ。

四級試験 受験者15288名 合格者3887名

登用試験 受験者12976名 合格者1649名


冗談はともかく、真面目な話をしよう。三級試験の合格者はまだ発表されていないけれども、受験者数は二千九十七名である。ゆえに、ぜんぶで三万人以上の人が顕正会の教学試験を受けたということで、見出しには得意の「空前」の文字が躍っている。

わたくしの第一印象は、ずいぶん合格者が少ないではないか、というものだった。三万人の受験者で合格者が七千人くらい、これは三級合格者を想定しての数字であるが、ともかく二万人以上が不合格だったわけだ。顕正会の教学試験はいわゆる落とす試験なのだろうか?

登用は後で述べるとして、まず四級について言えば、予想外の合格率の低さだと思う。なぜならば、四級が行なわれたのは久しぶりのことである。つまり、受験者は昨日今日入ってきた人たちではなく、今の顕正会における第一線の中核幹部たちのはずなのだ。少なくとも登用・五級を合格してきた人たちなのだろう。しかも本年の試験は助走期間が長かった。例年ならば十一月度総幹部会で発表されるところを、異例にも八月の総幹部会で発表があった。準備期間に不足はない。ゆえに、合格者がもっとたくさんいてもおかしくないのである。

逆に言うと、この結果は顕正会の現状を如実に示すものなのかもしれない。浅井先生は広布最終段階だとか直線コースだとか言って会員を鼓舞しているが、案外に現場の会員たちは冷め切っているのかもしれない。顕正新聞ではいかにも前進しているような報道をしているが、それは単なるムード作りであって、現実は惨憺たる状況なのかもしれない。

別の角度から見るならば、あるいは長年の一念信解路線の弊害ないし後遺症が考えられるかもしれない。思いっきり失礼なことを言うようだが、顕正会は総白痴化現象を起こしているのだ。ぶっちゃけ言えば、馬鹿ばっか、なのだ。だから合格率が低いと。

さらにもう一つの可能性が考えられる。これは以前にも指摘したはずであるが、受験者数の水増しである。さすがに合格者は誤魔化せない。名前と所属を発表しなければならないので、誤魔化しようがない。しかし、受験者数そのものは容易に誤魔化せる。外部からは調べようがないからだ。あくまで可能性に過ぎないが、合格率が低いのは受験者数の水増しが原因かもしれない、ということだ。

登用試験の結果はおおむね順当だかもしれない。

一万三千人近くが受験して、なんと合格者は二千人未満である。
ゆえに、顕正会批判者の中には、こんな簡単な問題が解けないなんておかしい、と考えている人もいる。確かにそれはあるだろう。だから上述のごとく、受験者の水増しの可能性もあるわけだ。
しかし、登用試験の人たちは原則入信一年未満である。批判者たちはいろいろな意味で目が肥えているから簡単に思えても、初心者にとってはけっこう難しい問題かもしれないのだ。

それはそれとして、わたくしが登用試験の結果を順当と書いたのには、別の理由がある。

今回は三級・四級が行なわれた。ここに原因がある。幹部たちは自分の勉強に熱心なあまり、後輩たちの面倒を疎かにしてしまったのだ。これはあたかも折伏法戦の忙しさにかまけて、入信者を置き去りにしてしまうのと似ている話である。

昔の話を書こう。

十二月に入ると、いつもは拠点に四六時中いて熱弁を振るっている、じゃっかん疎ましいというか煙たい存在だった幹部の姿が見えなくなった。電話もあまり掛けて来なくなった。
急にそうなると逆に不安になるもので、身近な先輩に聞いてみたことがある。すると、どうやら毎年のことらしい。わたくしにとってはそれが顕正会における初めての冬だったので知らなかっただけなのだ。
つまり、その人は後輩の指導そっちのけで、教学試験のために猛勉強していたのだ。そうやって毎年好成績を収め、幹部にのし上がっていったのだろう。昔は教学力の有無も幹部抜擢の選考基準になっていたのだ。もちろん折伏成果を併せてのことであるが・・・

ところで、来年の教学試験はどうするのだろうか? それが心配だ。

さらにバージョンアップするならば、一級・二級もあり得るだろう。というよりも、それが必然の流れであって、そうしなければ格好がつかないと思うのだ。当然、本部首脳も頭を悩ましていることだろう。本年は五級試験もやらなかったし、そうしたチグハグさをうまくまとめ上げるのは至難のワザである。


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