2011/3/31

深刻な事態  
悩ましいコメントを頂戴した。

蓮如(1415-1499)の有名な『白骨の御文(御文章)』にある言葉です。葬式や年回法要などでもよく読まれている名文です。

いくら不勉強のわたくしでも蓮如の名前くらいは知っている。しかし、彼の事績についてはほとんど知らない。

それはともかく、ここで問題になるのは時系列である。白骨の御文章がどれほど有名か知らないが、蓮如は大聖人よりも後の時代に出てきた人物である。ゆえに大聖人が引用されているのは蓮如の言葉であるはずがないのだ。

しかし、まさか山門入り口氏がこんな簡単な道理を見落とすわけがないので、何か深い意味があるのだろう。

 今は他宗攻撃して浮かれている時じゃありません。

 国民が等しく、それぞれの宗派のそれぞれの神仏に、被害者のご冥福と、被災地の復興を祈る時です。


山門入り口氏のコメントにも増して、さらに悩ましいのが沖浦氏のコメントだ。

それぞれの宗派のそれぞれの神仏に祈る・・・

わたくしにはここが大聖人の仏法とは異質の部分に思えてならないのだ。たぶん御書に精通している沖浦氏のことだから何かしらの裏づけがあるとは思うのだが、どうもわたくしには見えてこないのである。以下、思い付くままに御書を引用するので、反証となる御文があればご教示願いたいと思う。

抑正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥の刻の大地震、日蓮諸経を引いて之を勘ふるに、念仏宗と禅宗等と御帰依有るの故に、日本国中の守護の諸大善神恚りに依って起こす所の災ひなり。若し御対治無くんば・・・

これは安国論副状であるが、あるいは沖浦氏が別のコメントで引用している治病大小権実違目には次の御文がある。

今末法に入って本門のひろまらせ給ふべきには、小乗・権大乗・迹門の人々、設ひ科なくとも彼々の法にては験有るべからず。

神と仏と法華経にいのり奉らばいよいよ増長すべし。

下段の御文はもう少し前後を詳しく拝する必要があるけれども、何が増長するかといえば災難が増長すると仰せなのである。つまりは沖浦氏の主張する、それぞれの宗派がそれぞれの神仏に祈ることを、大聖人は否定あそばすのだ。

さて、ここからは顕正会へのメッセージとなる。

正嘉元年(1257)

文応元年(1260)


顕正会員はよくご存知だろう。大聖人は正嘉元年の大地震から三年間の沈思黙考を経て立正安国論をあらわされたのだ。

しかし、わたくしの思うに、安国論は他の大部の御書に比して分量がそれほどあるわけではないので、執筆に三年も要するわけがない。では、資料集めに時間が掛かったのかといえば、それも違うだろう。

ゆえに、混乱に乗じての布教は好ましくない、というのが結論だと思う。

おそらく顕正会員の中には、ここぞとばかりに活動にのめり込んでいる人もいることだろうが、今の段階で被災地に乗り込んで折伏しようものならば大顰蹙を買うことになるだろう。それは被災地以外であっても同じことである。もし顕正会が大聖人の仰せのままの仏道修行を実践しているのであれば、今しばらくは冷却期間を置くべきだと思う。それこそ三年後を期して力を蓄えるべきなのだ。

それと、もう一つ言っておくと、福島での原発事故を考慮しないといけない。

これは顕正会の本部が責任を持って考えるべき事案だと思うが、今回の原発事故はテレビ・新聞で報じている以上に深刻な事態であることを認識しないといけないのだ。政府では、直ちに健康に影響するものではない、などと言っているけれども、裏を返せば、いずれは健康を害することになるかもしれない、という意味にも受け取れるわけである。熱心な顕正会員は活動のために東奔西走しているが、それだけ被のリスクが高くなるのだ。すでに都内の水道からも放射性物質が検出されているくらいだから、それより以北の関東各県にも確実に放射性物質が飛散しているものと考えないといけない。つまりは顕正会本部も該当するわけである。いわんや福島県ないし隣県においてをやである。

はたして、この状況下において活動を継続してよいものかどうか、本部首脳は真面目に考えないといけないだろう。


四月十日追記:被曝と被爆の違いに気がつかず、うっかり間違えてしまった。

2011/3/21

震災以後  
あれから十日が過ぎようとしている。

どうやらわたくしの安否を気遣って下さっている人もいるようなので、この際、少し余分に情報公開してしまおうと思う。前々回の拙稿にもヒントが書いてあるが、わたくしは浅井先生よりも南に住んでいる。ずばり言おう、居住地は横浜だ。被災地からは相当離れている。ゆえに震災の被害からはいちおう免れることができた。

今日までの間に更新する時間的余裕はあった。しかし、更新しなかった。その理由は精神的なものである。とてもじゃないがブログを書く気がしなかったのだ。

このまま永遠に更新しないのも一つの手だと思った。悪い冗談ではないが、このまま永遠に更新されなければ、巌虎はあの震災で命を落としたのだろう、というふうに誰もが思うに違いないのだ。

ある意味、今度の巨大地震は人々の心を変えてしまった。辛くも生き延びた人々でさえも、心は死んだも同然のような気がするのだ。さすがに大袈裟すぎるかもしれないが、少なくとも今までの自分ではなくなってしまったような、そんな気がしてならないのだ。
ご存知のごとく、被災地とは別の場所でもパニックが起こっている。食糧の買い溜めに走る者がたくさんいて、店には品物がなくなっている。ガソリンスタンドも同様だ。
いかに人々が愚かであるか、日本は地震国なので防災のための備えをするべきことが言われて久しいが、結局は誰もが大丈夫だろうと高を括って何も用意をしていなかったことが露呈した格好である。愚かな人々はあの激震を味わって、あるいは大津波の映像を目にして、ようやく気がついたのだ。

生意気を言うようであるが、わたくし自身は買い溜めの列に連なるような愚はしない。
しかし、あの激震の時の記憶は長く残ることだろう。横浜にいて、あれだけの揺れを感じたのだ。もちろん、その瞬間にはどこが震源であるかなど想像すらできなかったが、おそらくはどこかで甚大な被害が生じているに違いないということは感じたものだった。
実はその時、外出中だった。屋外にいた。外にいてあれだけの揺れを感じたのは生まれて初めてのことだった。ゆえに、もしかしたら自宅が崩壊しているのではないか、あるいは家の中がメチャクチャになっているのではないか、という心配もあった。
幸いに自宅は安泰だったし、家の中もそれほど変化はなかった。横浜の街も停電はあったにせよ、それほどの被害はなかった。しかし、ご存知のごとく、東北の太平洋沿岸は壊滅的な被害に見舞われてしまった。
そして被災地以外の人たちも、それを映像で目の当たりにしてパニックを起こしてしまった。わたくし自身は愚を犯さないと書いたけれども、やはりいつもの自分とは違ってしまっている。

普通、こうした自然災害は十日もすれば落ち着くものである。もちろん、被災者はこれからが正念場であるが、ともかく復興に向けて前進するしかない。

ところが今回は未だに被害の全容がつかめない。死者の総数がいくつになるかもわからない。しかも原発の不安もある。つまりは現在進行形なのだ。

以上のような理由で、迂闊なことを書けば被災者の神経を逆撫でするようなことにもなりかねないし、何よりわたくし自身が精神的にかなり参っているので、ブログの更新を自粛していたわけである。

 夫生を受けしより死を免れざる理は、賢き御門より卑しき民に至るまで、人ごとに是を知るといへども、実に是を大事とし是を歎く者、千万人に一人も有りがたし。無常の現起するを見ては、疎きをば恐れ親しきをば歎くといへども、先立つははかなく、留まるはかしこきやうに思ひて、昨日は彼のわざ今日は此の事とて、徒らに世間の五欲にほだされて、白駒のかげ過ぎやすく、羊の歩み近づく事をしらずして、空しく衣食の獄につながれ、徒らに名利の穴にをち、三途の旧里に帰り、六道のちまたに輪回せん事、心有らん人誰か歎かざらん、誰か悲しまざらん。

聖愚問答抄の冒頭である。この続きには「正嘉の初め世を早うせし人のありさま・・・」というくだりがあるので、上掲は正嘉の大地震の惨状を目の当たりにせられた大聖人御自身の感慨が込められたものなのだろう。

あるいは立正安国論の冒頭も象徴的だ。

牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半に超え・・・

・・・死人眼に満てり。臥せる屍を観と為し、並べる尸を橋と作す。


わたくしは今まで、こうした御文を拝しても実感が薄かった。正直に白状すれば、大聖人は大袈裟なのではないか、誇張が過ぎるのではないか、と思うことすらあったのだ。

しかし、他人事ではない。わたくしは聖愚問答抄の次の一節を我が戒めとしたい。

外典のいやしきをしえにも「朝に紅顔有って世路に誇るとも、夕には白骨と為って郊原に朽ちぬ」と云へり。

不勉強のわたくしはこの出典を知らないが、意味は明瞭だ。愚かにもわたくしは、まだ当分は死なないだろう、当分は大丈夫だ、などと思ってしまっている。しかし、それは今度の地震で亡くなってしまった人々も同じことなのだ。まさか平成二十三年の三月十一日に、津波に呑まれて命を落とすことになるとは、誰も思わなかったに違いないのだ。

決して他人事ではない。わたくしとて同じことなのである。

この十日ばかりの間に、有意義なコメントをたくさん頂戴した。本来ならば、お返事申し上げなければならないものがたくさんあるけれども、この際、省略させていただくことにする。

2011/3/10

春の息吹  
睦月氏より迅速なるレスポンスを頂戴した。

浅井会長にとっては受難の時代

わたくしはインターネットの普及もさることながら、浅井先生の場合は自業自得という側面が大きいと思う。ようは自らの大言壮語が災いしているのだ。たとえば本年の目標は百五十万の達成であるが、これが実現しなければ会員の士気の低下は免れない。そうなると次の目標たる二百万も遠退くし、いわんや三百万など夢のまた夢となる。いかにいわんや一千万をやである。それでいながら広宣流布まであと何年だとか直線コースに入っただとか言うわけである。自業自得もいいところだ。

一万一千八百二十名

これは二月度総幹部会で発表された折伏成果である。目標は一万二千だったので、達成できなかったわけだ。ところが浅井先生は次の三・四月の目標を一万四千に設定した。ずいぶん強気ではないか?

そうそう、昨年の最後の折伏も目標に届かなかった。ようは二回連続で負けたわけだ。わたくしは先生の正直さを評価したいと思う。よく水増し発表が取り沙汰されるが、折伏に関しては違うらしい。先生としては大聖人にウソの報告を申し上げるわけにはいかないのだろう。一分の信心あるゆえである。

それはともかく、次の目標が一万四千とはずいぶん強気であるが、これには二つの推測が成り立つだろう。
一つには本年の教学試験は全顕正会員が参加した。ゆえに例年ならば先手の折伏戦を展開できたが、本年は教学に時間を取られて先手が打てなかった。それが二月の折伏の結果にあらわれた。もし、そうであれば、三・四月の一万四千はそれほど難しい数字ではないことになるだろう。
しかし、二つ目の見方として、浅井先生も相当に焦っていることが考えられる。二月、一万二千に届かなかった。普通なら、再び一万二千の目標を掲げて大突破を目指す、これが浅井流ではなかったかと思うのだ。ところが上述のごとく目標は一万四千なのである。いったい何を考えているのだろうか?

つまりは逆算の戦いなのだろう。

145万2043名

これが二月末現在の顕正会総会員数である。顕正新聞第1199号の七面に出ている数字だ。

1500000−1452043=47957

百五十万を達成するためには、残るところ四万八千弱の折伏成果が必要である。

15985.6666

手元の携帯電話を使って計算したわけだが、残りの折伏の戦いを三・四月、六・七月、九・十・十一月の三回だと想定すると、一回あたり一万六千近くの成果が必要になってくるのだ。

ここまで書けば一目瞭然だろう。浅井先生は何としても年内に百五十万を達成したい。それがために、会員に無理を強いているのだ。

しつこいようだが、さらに試算を続けよう。

47957−14000=33957

仮に三・四月の成果が目標ギリギリ達成の一万四千だったとすると、残りはご覧のごとく約三万四千になる。それをさらに六・七月と九・十・十一月の二回に振り分けると以下のごとくだ。

33957÷2=16978.5

一回あたり、一万七千近くの成果を上げないといけないのだ。

いかがだろう。このように考えると、年内の百五十万達成はけっこう難しそうである。しかも、浅井先生は折伏成果に限って(?)水増しをしないのだから、これはもうほとんど不可能な数字のように思えるのだ。

つまりはこれが自業自得である。

浅井先生は実現不可能なことを平気で口にする人なのだ。そりゃ確かに実現不可能と思えたことを実現すりゃカッコイイし、株も上がることだろう。しかし、実際にはそれで失敗していることのほうが遥かに多いはずなのだ。普通の人ならば、己の大言壮語を反省して、次からは控え目な発言をするようになる。しかし、先生の場合は一向に懲りないようである。

いずれにしても浅井先生はいろいろな意味で焦燥感に駆られているのだろう。しかし、だからと言って活動会員を追い詰めてはいけない。真面目な会員たちが気の毒であるのはもちろんのこと、結局は自分の首を絞めることになるからだ。

2011/3/9

新・春の実感  
今日は二月度総幹部会の会長講演を取り上げるが、その前に一つ訂正しなければならないことがある。前回の拙稿で給料が十八万から三十二万に跳ね上がった話を紹介した。わたくしはこれを羨ましいことだと書いた。しかし、今になってみると、これは短絡的な感想だったと言わざるを得ないだろう。彼は運送会社で働いていた。彼はそこから独立して、客先から直接運賃をもらうようになった。ゆえに三十二万がそっくりそのまま給料になるわけではないのだ。自分でトラックを用意しないといけない。買えば毎月のローンがある。燃料費も馬鹿にならない。保険であるとか車検であるとか、諸経費も掛かるのだ。運送会社の従業員であれば、そのようなことに煩わされることはない。会社がぜんぶやってくれるからだ。しかし、独立したとなれば、ぜんぶ自分でやらないといけない。はたして十四万でおつりが来るのかどうか、そこが問題である。

民衆運動が、なぜこのように広い地域で一気に燃え広がったのかというと、独裁政治に対する民衆の憤懣とネットの活用もさることながら、その根底にあるのは食糧価格の高騰ですよ。

さて、いよいよ会長講演である。またしても前回の拙稿を訂正しなければならないようだ。浅井先生は古い人間だからネットの影響力を軽視している・・・という意味のことを前回書いた。しかし、これはじゃっかん不正確のようである。上掲のごとく、先生だってネットの影響力を知らないわけではないのだ。もちろん、どこまで重視しているかは不明であるが・・・

 こんなことは世界史でも曽て例がない。

これは中東・北アフリカにおける民衆暴動・政権崩壊の連鎖についてである。わたくしは世界史に疎いので前例があるのかないのか知らないが、確かに短期間のうちに連鎖的にこのような大きな動きが起こることはなかったかもしれない。局地的な紛争ならば世界中で起こっている。しかし、今回の場合は局地的ではない。かなり広範囲であり、なおかつ大規模だ。まさに歴史的なのだろう。

浅井先生はこの大規模な民衆暴動の根本原因を食糧価格の高騰であるとし、さらに食糧高騰の原因を異常気象であると言っている。

この辺はおそらく的確なのだろう。しかし、わたくしは部分的に疑問を感じた。浅井先生は次のごとく言う。

 そしてこの異常気象の原因は、南太平洋で「ラニーニャ」と呼ばれる水温低下が原因で、それは太陽活動の低下、すなわち地球に降り注ぐ太陽エネルギーの量が低下したことによると、専門学者は解説しております。

わたくしは近年かまびすしく言われている地球温暖化との不整合が気になった。あるいは昨夏の異常猛暑のこともある。

もっとも会長講演をつぶさに読めば、上掲の直前にはロシアの大熱波と大旱魃のことが書かれているし、続きの文章には数年後に太陽が百年に一度の強烈な活動となる旨が書かれているので、この意味では矛盾はないのかもしれない。

しかし、何となく場当たり的な印象を拭えない。今冬の首都圏は例年に比して降雪回数が多かった。それほど積もりはしないものの、今年はよく雪が降るものだと感じたものである。つい数日前も雪が降った。わたくしは浅井先生の居住地よりもやや南に住んでいる。それでも今年は雪がよく降るものだと感じたわけであるから、先生はなおさら感じているはずである。ゆえに先生の実感がそのまま講演に反映されているのではないか、という気がするわけである。

それはともかく話を「独裁政治に対する民衆の憤懣」に戻そう。

わたくしはエジプトにおける民衆のデモを見て、凄いなあ、と思った。いつだったか新聞の見出しには百万人のデモと書かれていた。その時はブログのネタにはしなかったが、その後もずっと思っていた。顕正会の男子十万など霞んでしまうと。

現状、顕正会は男子を三万人集めるのがやっとであり、中期目標として今度は五万人集めようとしている。つまり、現状ではまだ十万が見えていない段階なのだ。

浅井先生の目にはエジプトなどの民衆の動きがどのように映るだろうか?

羨ましいと思っているかもしれない。あれだけの人間を集めることができれば、広宣流布は夢じゃない、まさに眼前であると。

しかし、わたくしはイジワルを承知で次のように言いたい。

浅井先生に対する会員の憤懣

上述のカギカッコの文章を改造したものである。

もちろん、顕正会員が浅井先生の長期独裁体制を打倒するために蜂起することなど、あり得ないことだ。その理由は簡単である。顕正会をやめれば済むことだからである。気に食わなきゃ、やめりゃいい。それだけの話だ。

この道理は皮肉にも先般の教学試験で多くの顕正会員が学んだことである。

 この国家と、他の団体・結社との本質的相違はどこにあるかといえば、他の団体は加入・脱退が自由であるが、国家は、人間が生まれながらにしてこれに属し、かつ一方的に離脱することができない。また他の団体は法律・権力による強制をなし得ないが、国家は必要とあらば、物理的強制力を以てしても、個人および団体を服従せしめることができるのである。

民衆は時として生命の危険をも顧みず体制に立ち向かう。それにはそれなりの理由があり、かつまた必然性がある。しかし、顕正会員はそうじゃない。そこまでして会長を諫めようとする人はマレであろう。たとえ、浅井先生に対して憤懣を懐いている会員がいたとしても、具体的な行動に打って出る人はいない。そんな面倒臭いことをするよりも、さっさとやめてしまったほうが得だからである。

2011/3/4

続・春の実感  
引き続き沖浦氏からコメントを頂戴しているが、今日は顕正新聞第1198号をやっつけてしまおうと思う。

次の文章は男子部支隊副長の活動報告の一節である。

途上、いきなり車がパンクして愕然としましたが、お題目を唱えると不思議と車は動き・・・

何を言っているものかと思う。パンクしたままでも車は動くが、しかし、無理に走り続けるとタイヤをダメにしてしまう。こういう場合はスペアタイヤに交換して、ディーラーなりガソリンスタンドなりに行くべきだろう。普通のパンクならばすぐに修理できるはずだ。

この活動報告は全体を通して、すっとぼけたような話が満載であるが、しかし、次の部分はけっこう考えさせられるところだ。

また折伏や集会の参加の翌日は、必ずといってよいほど新しいお客の予約が入ります。その来店理由もネットの書き込みに、良いクチコミ評判が書いてあったから・・・

この人は美容師であり、昨年、自宅とサロンを建てたというから、ようは美容室の経営者なのだろう。雇われ美容師であれば気楽なものだが、経営者ともなれば真剣である。客の入りが悪ければ、それこそ首を吊らなきゃならないかもしれないのだ。

わたくしの漠然とした印象を言わせてもらうと、商売人には信心深い人が多いような気がする。商売にもいろいろあるが、この場合は店舗を構えてお客が来るのを待つような業種である。営業努力にも限界がある。集客の手段にも限りがある。極端な話、魚がいない水溜りに釣り糸を垂らしていても魚が釣れないのと同じように、どんなに工夫を凝らしたところで客が来ないことだってあるのだ。なるほど商売人が神頼みに走るのも頷けるところである。

そういう意味で、くだんの支隊副長が顕正会の活動に真面目に取り組んだ翌日には新しいお客さんが来るという話は、本人にとっては貴重な体験であり、ますます信心への確信を深めていくことになる。

さて、ここからは顕正会の首脳部もよく読むべきだろう。わたくしが注目したのは後半部分の文章である。再掲しよう。

その来店理由もネットの書き込みに、良いクチコミ評判が書いてあったから・・・

先ほど、営業努力ないし集客手段という言葉を使った。ご存知のごとく、今はインターネットの時代である。商売人だって、これを利用しない手はない。ゆえに、個人経営の小さな商店であっても、広告の手段としてサイトを開いていたりするのである。これは実話というか、おそらくはそこらじゅうに転がっている話だろう、場末のどう見ても客が来さそうもない店が案外に繁盛していたりするのだ。その理由はさまざまだろうが、ネットの宣伝が功を奏して、というケースも少なくないのだ。

上述の支隊副長が宣伝用のホームページを作っているのかどうか、記事からは読み取れないが、おそらくは店の評判を言い合うような掲示板などが存在するのだろう。いずれにしても彼はこの体験を通してインターネットの威力を思い知ったに違いない。

すると彼は、もしかしたら顕正会の評判にも関心を持つかもしれない。ネットにおける顕正会の評判である。

首脳部が考えなければいけないのは実に単純な話だ。ネットでの評判が現実の世界に確実に影響を及ぼしていることである。浅井先生は古い人間だからその影響力を軽視しているのかもしれない。あるいは先生のみならず首脳部を構成するメンバーは、ぜんぶが古い人間なのかもしれない。だとすれば顕正会もオシマイだろう。

さて、次は男子部総支隊長補による「正義にめざめて」である。この人は平成二年に創価学会から顕正会に入会したという。二十一年前の話だ。今頃になって発表するのもヘンだが、何か理由があるのだろうか?

 「顕正会が『佐藤が裏切った』ということで佐藤を探しているところだ。学会は佐藤君を守ったから」

顕正新聞を読まずにいきなり拙ブログを読んだ人は、たぶん意味不明だろう。それでいいのだ。これは訳のわからない文章だとわかれば、それでいいのである。

給与が十八万から三十二万と二倍近くに跳ね上がり・・・

これは羨ましい話だ。世の中にはもっとたくさんもらっている人もいるだろうし、その逆もあるだろう。しかし、たくさんもらっていても満足できないのが人間の性である。ゆえに、今の給与が倍になったらどんなにか嬉しいことか、あるいは今の給与に十四万が上乗せになると考えても嬉しいことである。

最後に平会員の体験発表を紹介しよう。

 私は病院の待合室での順番待ちが嫌いで、遅いと看護師に「まだかよ」と怒鳴り、他の患者が「まだですか」と聞いているのを耳にすると、「うるせい、黙って待ってろ」と脅し、周わりから恐れられていました・・・

なんだコイツは、ただの自己中じゃねえか。

2011/3/3

春の実感  
沖浦流法門には批判も多いが賛同者も少なくない。氏の同苦についての持論はなかなかのものだと思う。それはさておき、わたくしが同苦から連想するのは次の御文である。

日蓮が云はく、一切衆生の同一の苦は悉く是日蓮一人の苦なりと申すべし。

凄まじい御指南である。これこそ大聖人が御本仏であることの明証と思う。

(私が現役の時は、もう心が張り裂けそうなほど苦悩しました。。)

話があちこち飛んで恐縮だが、これは元会員氏のコメントである。きっと沖浦氏であれば、この人の気持ちを痛いほど感ずることができるだろう。それが同苦ということだ。

元会員氏は常識的思考を失わなかった。だから心が張り裂けそうなほどの苦悩を味わったのだ。

わたくしが心配するのはそうじゃない会員もいるかもしれないということだ。いわゆる顕正会用語に「三毒どっぷり」がある。これになぞらえて言うならば「顕正会どっぷり」の人もいるはずなのだ。もはやそうなると常識的思考など働かなくなるのではないかと思う。
しかし、少し角度を変えて見ると、顕正会どっぷりの人はいわば顕正会というコミュニティで生きているわけだから、その中での立身出世こそが幸せなことだとも言えるだろう。彼らには彼らなりの常識がある。決して常識的思考ができないわけではないのだ。つまり、世間の常識と顕正会の常識に乖離があることを承知していて、自分が置かれている立場を考えて今はどちらの常識に従ったほうが有利であるかを、その都度うまく選択しているかもしれないのだ。
そういう器用な人はまだマシだろう。しかし、不器用な人もたくさんいるはずである。顕正会の活動をしていて逮捕されてしまった人たちというのは、おそらくは不器用な人たちなのだろう。

わたくしの個人的感覚では、器用な人よりも不器用な人のほうがピュアであり、ものすごく愛しい存在である。そんなわけで沖浦氏の持論についても共感できる部分が少なくないのだ。

正しきは「一」に「止まる」。
簡単に言えば、正しいことは一つしか無いと言う事です。
@「御遺命が破壊された」=「御遺命は護られなかった」
A「御遺命を護りぬいた」=「御遺命は破壊されていない」
これらは、@とAは両存しないのです。
顕正会は「御遺命を護りぬいた顕正会」と言う言葉を良く使用されます。
同時に「宗門は御遺命を破壊した」とも言います。
実はこの二義は完全なる矛盾用語なのです。
俗に「覆水盆に返らず」と申します。
一度破壊されたら何も元には戻らないのです。
実は浅井氏はこのような二立相反する用語の使い手なのです。
「御相承が断絶した」と言う同じく口で「血脈は断絶しない」と言う。これも二立相反の典型なのです。
御相承は血脈相承の事なのですから、滅茶苦茶な日本語です。
これらを顕正会員は疑問にすら思わない。
まさに洗脳の典型ですね。


イチロー氏のコメントを全文掲載させてもらった。氏は論理的思考を得意とする人のようである。しかし、わたくしは必ずしも上掲に賛成しない。

先日、現役顕正会員のヨシ氏がお出ましになった。その時、上掲とほぼ同じ意味の顕正会批判が持ち上がったが、ヨシ氏はこれをいとも簡単に一蹴した。いわく、それは屁理屈だ、と。
なぜ屁理屈なのか、氏は具体的に説明しなかった。相手もそれ以上の追及をしなかった。ゆえに今となってはヨシ氏がどのような意味で屁理屈と言ったのか、わからないことである。できれば再び登場願いたいところだが、まあ、それは本人次第だ。
わたくしが感じたのは、ヨシ氏は相手の言い分を充分に理解した上で、屁理屈だと断じたことである。単に回答不能を紛らかすために、負け惜しみのような意味で言い返したわけではないということだ。

さて、わたくしの意見を書いておこう。イチロー氏の書いていることは単に煩瑣なだけだと思う。顕正会では、宗門は御遺命を破壊した、と言っているが、それは事実誤認である。これで一つ目の問題は終了なのだ。そしてもう一つの御相承が断絶したと言うのも事実誤認である。はい、これでおしまい。

論理的に合っているか間違っているかを説明するのはけっこう面倒臭いことだ。ましてや相手が論理的な思考を苦手としている場合、相当な困難をともなう。しかし、相手を馬鹿だと思ってはいけない。実は馬鹿なのは自分なのだ。世の中には論理を理解できない人がたくさんいるのだ。法華講員の中にもたくさんいるはずである。ゆえに、ややこしい議論はできるだけ避けて、なるべく平易な方向に持っていくべきなのだ。上述のことで言えば、顕正会側の認識そのものが間違っていることを指摘すれば、それでほとんど終わっているような話なのである。

日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ。

何事よりも文永八年の御勘気の時、既に相模国竜口にて頸切られんとせし時・・・

せっかくだから宿題を出しておこう。別に誰に対するものでもないが、うまく説明できる人がいるのであれば、お願いしたいと思う。たぶん、このままでは設問の意味すら理解できない人もいることだろう。上掲の二つの御文は文法的に不整合である。これをどのように整理するかが問題なのだ。

平成7年1月度総幹部会において、当時浅井克衛氏が務めていた「総合男子部長」が廃止され、男子部の最高位は「男子部長」(当然、克衛氏)となりました。
顕正新聞平成7年2月5日号では「戦う組織は実質、簡略であるべきとの精神」との説明がありましたが、それから15年、いまや「総男子部長」の下に総男子副部長、第○男子部長、第○隊長・・・兼任も多いのによくぞまぁ、役職が多くなったもので(笑)。
「簡略」どころではありませんな。


水無月氏はご苦労にもわざわざ古い新聞を引っ張り出してきたものである。

この件に関しては、いちおう顕正会側に立って弁明しておこうと思う。平成五年に男子部大会が行なわれた。この時の結集人数は確か七千だったはずである。つまり、当時は一万人を集めることすら難しかったのだ。それから十数年を経て今度は三万人の男子部大会を行なった。この数字には疑問を呈する人が多いけれども、それを割り引いて考えたとしても平成五年当時に比べれば、それなりに組織が大きくなっているのは事実だろう。

しかし、水無月氏の視点とはやや異なるが、不審な点があるのも事実である。

平成五年当時は総合男子部長・男子部長の体制だったのだ。ところが男子部長が失脚した。それで、しばらくの間は男子部長が不在だった。総合男子部長はいるけど、男子部長はいないという時期があったのだ。さすがにそれではおかしいだろうと言うことで、平成七年には総合男子部長を廃止して、男子部長一本に絞ったわけである。

当時のわたくしはあまり疑問に思わなかったが、考えてみれば男子部長が失脚した時になぜに新しい男子部長を抜擢しなかったのかそれがわからないのだ。総合男子部長を廃止するのは組織の後退を意味するわけだから、何がなんでも新しい人を男子部長に祭り上げてしまったほうが見栄えがよかったはずなのだ。しかし、そうはしなかった。そこにはいろいろな裏事情があるのだろう。今般の壮年部廃止もまた、同様のことが言えるかもしれない。

最後に山門入り口氏にお返事申し上げて今日は終わりにしたい。

そうそう、当方のブログで、現役顕正会員との法論がありましたが、ご存じでしたよね?・・・

とぼけるわけにはいかないだろう。もちろん閲覧していた。

巌虎さんにも顕正会員として登場してほしかったです。

おそらく氏のことだから、わたくしが打ち負かされるのを見たいと思っているのだろう。それは大いに結構なことだ。

拙ブログの自慢は一切の投稿規制を設けていないことである。ゆえに、わたくしをやっつけたいと思う人はどんどんコメントを寄こせばいいし、実際、過去にそういう人がお出でになったこともある。最近になって拙ブログを閲覧し出した人はご存じないかもしれないが、今般の法論で法華講側の弁士だったトチロ〜氏や富士川氏もかつては拙ブログへしばしばコメントを下さっていたのだ。たぶん気が向けば、またお出でになることもあるだろう。

ともかく、わたくしは負けることを恐れていない。ただ単に面倒臭いから他所のサイトには顔を出さないだけである。

2011/3/1

新・春の感触  
大沢氏からは引き続き懇切なるコメントを頂戴しているが、今日は顕正新聞第1198号の話題を取り上げたい。

末法万年の総貫首

今号のメインは日興上人御報恩勤行会の記事だ。第一面のほぼ全面を使って、その時の会長講演が掲載されている。

末法万年の総貫首というフレーズは馴染み深い。なぜならば顕正会版の経本に出てくるからである。わたくしはこれが日寛上人の御指南に基づくものであることは承知していたが、具体的な出典を知らなかった。当流行事抄の一節であるらしい。

今回の会長講演はなかなかのものだ。ここでは内容に立ち入らないが、おそらく新進気鋭の幹部から古参の幹部に至るまで、それなりに満足できるものと思う。

総男子部長

これは一月度総幹部会での歴史的組織改革において新設された役職名だ。以前にも書いたが、総合女子部長や総合婦人部長との整合性からすれば総合男子部長が普通だろうと思う。しかし、どうやら浅井先生の念頭には総貫首があったのだろう。総合○○は一般的、総○○は仏法的というか、仏法上の意味合いがひじょうに強く感じられるところである。穿った見方をすれば、城衛を後継者にするための伏線みたいなものだろう。

さて、実は二面以降が凄いのだ。今回の顕正新聞は登壇特集号もしくは地方集会特集号と名づけるべきだろう。なんと登壇記事が二十八本もあるのだ。ぜんぶの記事を真面目に読む会員がいったい何人いるのだろうかと心配になるくらいだ。

編集部はプロ意識を持つべきである。

たとえば民間の新聞や雑誌であれば、あくまで任意の購読である。つまり、読者がそれを買って読むかどうかは読者の自由なのだ。つまらないと思えば、買わない。そういう雑誌は遅かれ早かれ廃刊になる。新聞だって同じなのだ。
ところが顕正新聞の場合はそうした競争原理が働かない。活動会員であれば購読するのは当たり前であり、さらには購読推進までしないといけないのだ。それが顕正会における活動の一環だからである。
すると記事がどれほどつまらなくても、それが直ちに発行部数の減少にはつながらない。だから編集部はそれにアグラをかいてしまって、努力をしなくなってしまうのだ。

しかし、あなた達はいわば職業幹部なのだから、もっと真剣にならないといけないと思う。

結局、じわじわと影響が出てくるのだ。つまらん新聞であれば購読推進する意欲もなくなるだろう。それどころか顕正新聞がつまらんということは、顕正会がつまらない組織だということなのだ。新しい人が定着しないのは当然のこと、今まで頑張っていた人だって、いずれは見切りをつけるかもしれない。

登壇記事が悪いと言っているわけではない。ようはバランスの問題だ。一面を抜かして残りの二面から八面まで、ぜんぶで二十八本もの登壇記事がある。さすがに多過ぎるだろう。ことに幹部の代表決意なるものは、どれもこれも似たり寄ったりで読んでいて疲れるだけだ。ある意味、これは編集部の手抜きだろう。登壇記事は原稿を載せるだけなのだから苦労がない。どうせなら、もっと斬新な企画を考えるべきだ。読者が新聞の出来を楽しみにするような、そういう紙面づくりを期待したいと思う。

勤務先の校長が「校外の折伏も禁止」
 仏法を言い切る中 学校側が腰砕け


さて、記事に入ろう。男子部支隊副長の活動報告である。この人は小学校の教諭であるが、生徒の親を折伏してトラブルになってしまったごとくである。

 事の発端は、本年一月十日に入信した教え子の母親が、私に直接言い出しにくかったのか、学校側に「信心をやめたい」旨を伝えてきたことでした。

この後、この人は校長と副校長から折伏をやめるように言われたが、逆に憲法二十条を持ち出して校長らをとっちめたらしい。例の信教の自由を云々する条文である。そこで前掲のごとく学校側が腰砕けになってしまったというのが大まかな話の筋である。

これについてはいろいろな意見があると思うが、わたくしは「私に直接言い出しにくかったのか」という点に注目したい。おそらくはここが本人の反省すべき点であろう。活動会員がこうして活動報告をする以上、自分には一点の非もないと思い込んでいる可能性がある。しかし、非はあるのだ。

本来、生徒の母親にとって、学校側の窓口となるべき存在は担任の先生である。家庭訪問だとか、親子面談だとか、あるいは授業参観にしても、基本的には担任の先生と接触するものである。つまり、学校関係者で面識を持つのは担任であり、他にはほとんど面識がないのが普通なのだ。校長・副校長など、下手すりゃ顔すら知らない場合もあるだろう。

ところが、くだんの母親は信心をやめたい旨を、本人には伝えず学校側に伝えた。ここが最大のポイントである。本人には言い難いけど、面識のない他の学校関係者ならば言い易かった・・・そんなことはあるまい。筋としては何がなんでも本人に言うべきである。しかし、そうはしなかった。
もちろん、こればかりは母親に確かめてみないとわからないことだが、わたくしの想像では顕正会員の教諭が怖かった、やめると告げたらどんな反応を示すか、それを思うと怖くて本人には言えなかった、ということだと思う。
わたくしはここに問題を感じるのだ。相手を怖がらせてしまう側に問題がある。つまり、顕正会員の教諭に何らかの問題が存するのではないか、と言いたいのである。

家庭訪問ないし授業参観などの話はすでにした。生徒の親が先生と接触する機会は限られている。しかし、顕正会員の教諭の場合、折伏という行為を通して親たちとの接触を増やしているのだ。ましてや相手が入信すれば、会館への参詣や集会への参加を呼び掛けたりして、よりいっそう接触の機会が増えるのだ。

何が言いたいか、わかるだろうか?

普通ならば接触の機会が増えるにつれ、人間関係が親密になっていくはずなのだ。信頼関係と言い換えてもいいだろう。ところがそうはならなかった。母親から見て、この教諭には信頼できない何かがあったのかもしれない。あるいは途中でインターネットなどの情報を見て、顕正会の正体(?)を知ってしまったのかもしれない。

結論を急ごう。

やめるのならば本人に直接言うのが筋である。それはそのとおりだが、しかし、本人には言いたくなかった。もしくは言えなかった。この点はむしろ母親を責めるのではなく、教諭を責めるべきと思う。なぜならば確固たる信頼関係を築けなかったからである。この点は折伏をされる側ではなく、折伏をする側の責めに帰すべき事柄なのだ。

顕正会員は成果に追いまくられることで大事なことを見失っているようだ。相手との信頼関係を構築することである。それをせずして闇雲に成果だけを求めるからダメなのだ。


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