2011/5/30

間違いだらけの山門手前氏  
山門手前氏のコメントはとうてい容認できるものではないので、ここに一々を挙げて叱正するものである。

巌虎様

私がお見受けするに、貴殿は「顕正新聞」のみを論拠にし、折伏などの活動はなされず(つまり幽霊会員)浅井さんを「先生」などとお呼びになる。

それはそれで貴殿のスタンスとして仕方ないでしょうけれど・・・大本営発表のみをあてにして、現場を見ずに多くの会員を不幸に陥れている片棒を担いでいるのは、如何なものかと存じます。

浅井さんは先生などと呼べる人物でしょうか?

繰り返しで申し訳ありませんが、顕正会は全く不要な団体です。何の存在価値もありません。むしろ法を下げ人々を不幸にしている元凶であります。


これが全文である。

まず、アゲアシ取りから行く。冒頭に巌虎様と書いておきながら、文中では貴殿と表記している。これはおかしいだろう。巌虎殿とするか、貴様とするか、どちらかに統一するべきである。もっとも貴様は使いづらいだろうが・・・

浅井さんは先生などと呼べる人物でしょうか?

スリカエも甚だしい。

浅井先生と呼ぶのはわたくしの勝手である。そもそも今回の議論と浅井先生の呼称と関係があるかといえば、無関係である。山門手前氏は話をはぐらかそうとしているのではあるまいか?

片棒を担いでいる・・・

事実誤認も甚だしい。

片棒を担ぐというのは悪事に加担している意味であろう。なぜ拙ブログが浅井先生の悪事に加担していることになるのか、それがまったく示されていない。しかも顕正会員の目線からすれば、浅井先生が悪事を働いているとは思っていないわけだ。この意味で氏は二重の間違いを犯していることになるだろう。

予言し損なった浅井先生

これは以前の拙稿のタイトルである。表記は浅井先生となっているけれども、タイトルの意味するところは痛烈な批判である。つまり、浅井先生と呼ぶことにイチャモンをつけるのも筋違い、片棒を担ぐという認識もとんだ見当違い、ということだ。

「顕正新聞」のみを論拠にし・・・

大本営発表のみをあてにして・・・


これもまた事実誤認である。

わたくしの愛読書は『迷走する顕正会を斬る』であるが、この一事だけで山門手前氏の書いていることが間違いであることは明白であろう。

しかも前述のごとく、わたくしは顕正会を痛烈に批判しているのだ。ゆえに、たとえ顕正新聞のみであっても、それを鵜呑みにするのではなく、そこから真実を読み取って批判を加えているわけだから、とやかく言われる筋合いはないはずなのだ。

パクリ新聞

これが決定打だ。

以前、顕正新聞掲載の写真について書いた。同新聞には大津波の写真が多数掲載されたが、これらがすべてパクリであることを突き止めた。もし大本営発表のみを鵜呑みにしていたならば、こんな作業は絶対にできないはずである。

以上、山門手前氏のコメントは事実誤認の羅列である。

そうは言っても、わたくし自身にも反省すべき点があるはずだ。以下、甘んじて受け止めなければいけない事案を書いておこう。

折伏などの活動はなされず(つまり幽霊会員)

活動していないのは事実である。これを幽霊会員と呼ぶのはたぶん一般的には正しいのだろうが、顕正会の場合はもう少し区分が必要である。わたくしの場合はさしずめ足の生えた幽霊会員となるだろうか?

自覚のない顕正会員

わたくしが以前より使用してきた表現である。顕正会の入信手続きはひじょうに簡素であり、それがために形だけの入信者をたくさん生んでしまっている。事実上の即日退転、言い換えればクーリングオフのようなものだろう。たとえ名簿上顕正会に名を連ねていても、本人にはその自覚がまったくないケースが無数に存在するのだ。

化石会員

これは会の内部でよく使われている表現である。あの人は物凄く古い人で昔はそこそこ頑張っていたんだけど今はぜんぜんダメなのよね、というようなケースである。

しかし、これもさらに細分化されて、単に活動に消極的の人もいれば、完全にリタイアしている人もいるわけだ。

ゆえに、幽霊会員と一口に言っても、さまざまのケースがあることを認識しなければいけない。

繰り返しで申し訳ありませんが、顕正会は全く不要な団体です。何の存在価値もありません。むしろ法を下げ人々を不幸にしている元凶であります。

結論を急げば、そのとおりなのかもしれない。

しかし、拙ブログの存在意義はその結論に至る過程にあるのだ。単に結論を述べるだけならば、もう終了してもいいわけである。とっくの昔にブログを閉じてしまってもよかったのだ。ゆえに、ブログを継続する以上は面倒なようでも一々の事案について論ずる必要ある。もし、それを怠って短絡的に結論を書くようでは、もはや存在価値はない。

外聞の憚り之を存じ、今に正義を宣べずば、我が弟子等定めて遺恨有らんか。

わたくしには弟子などいるわけもないので、上掲の御文がそのまま当てはまるわけではないが、少なくとも自分自身が遺恨を残さないように書くべきことは誰に憚ることなく書いておこうと思う。

2011/5/27

遅ればせながら  
最初に早とちりをお詫びしないといけない。わたくしは昨日、大沢氏は暗に山門氏を批判している、と書いたけれども、本人から誤解である旨のコメントが入った。本人がそう言っているのだから、これは素直に受け取るしかない。わたくしの僻目というか、都合よく解釈したいという無意識の願望がそのような結果を招いたのだろう。

さて、それはそれとして、引き続き山門手前氏からもコメントが寄せられている。

私は全てのコメントにおいて浅井さんの解釈などをまともに扱った試しはありませんよ。一度たりとも部分的にでも肯定したり、容認した事はありませんがご確認いただけないでしょうか?

この直前にご自身が書いている「大前提」ということがわかっていないのではないか。

此より後は下総にては御法門候べからず。了性・思念をつめつる上は他人と御論候わば、かへりてあさくなりなん。

浅井先生の解釈などまともに扱った試しはないと言うのであれば、今回の新解釈についても扱わなければよかったのだ。それにもかかわらず、個人の仏性を否定する、などと書くから話が紛糾するのである。

思い出して頂きたいのですが、「浅井爺さん」と表記したはずですよ。

これまた意味不明である。面倒だが、前回の拙稿を再掲しよう。

わたくしは浅井先生を痛烈に批判してきた。ただし、根拠のない批判・誹謗中傷などには与しない、という立場を貫いてきた

爺さんが誹謗中傷に相当するかどうかは議論の余地があるかもしれないが、それはどうでもいいことだ。山門手前氏が何を言いたいのか、それが前掲の文章からはまったく読み取れないのだ。つまり、ハタから見れば、悪口を言って開き直っているようにしか映らない、おそらくはそのような感想を懐く人が多いのではないかとわたくしには思えるのだ。

いずれにしても、私の下手なコメントによるものですので、巌虎様、山門手前様はじめ皆様にご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。

またしても大沢氏のコメントを利用して恐縮だが、この謙虚さには頭が下がるものである。ここは文章だけの世界である。ゆえにその人の本当の姿はわからない。しかし、さしあたっては文章から人柄を判断するしかない。逆に言うと、文章から判断されてしまうことを承知してコメントしなければいけないのだ。もちろん、わたくしも例外ではない。

さて、今日は三級教学試験の感想を書いておく。今頃になって教学試験の話題もどうかと思うが、まあ、お許し願いたい。

受験者 2097名
合格者  259名


わたくしは合格者が少ないと思った。もっと多くてもよさそうなものである。合格枠が決まっているのか、それとも純粋に合格させるには憚られる人たちが千数百人いたのか、そこが気になるところである。

なぜならば今回の三級受験者は現在の顕正会における第一線の幹部たちだからである。

登用・五級・四級をクリアしてきたこと。当然、役職的にもそれなりのキャリアを積んできただろうこと。彼らはいわば熱心な活動会員なのだ。

そうすると、わたくしの当てずっぽうを言えば、二千人中千五百人くらいは合格してもよさそうに思えるのである。

三級昇格試験 優秀答案

第1201号には試験の優秀答案が掲載されている。そこには文字通り優秀な答案ばかりが並んでいる。これはお世辞ではない。正直にそう思うのだ。

なぜならば、もしわたくしが同じ試験を受けたとしても、このような解答は書けないからだ。下手すれば、というよりもおそらくは合格すら覚束ないだろう。

もう一つ、これは顕正新聞に対する評価であるが、優秀答案には所属と個人名が書かれているけれども役職名は省かれている。これは素晴らしいことだ。たぶんネット上でこうした点に触れる人はいないだろうから、ここで評価を与えておいてもいいだろう。学問の世界においては、役職の高下は関係ないのだ。

問題点も指摘しておこう。

まずは合格者の少なさである。これはすでに述べたが、もっと多くてもよさそうなものである。もし合格者が二千人いたら、さらに欲を言えば、もし優秀答案を書けるレベルの人が二千人いたら、これは宗門や創価学会にとって脅威であろうと思う。少なくとも合格者の二百五十九名はそれだけでかなり手ごわい存在のはずだ。しかし、絶対数が足りない。五千人でも一万人でも足りないくらいなのだ。これであと十年などと言っているのだから非現実的である。ようするに、頭数を五万十万集めるだけでなく、実力者を養成しなければいけないのだ。

より具体的な問題点として言えることは、設問であろう。四問いずれもピントがずれている。ほとんど今の宗門には通用しない内容である。たぶん創価学会にも通用しないだろう。

わかりやすく言うと、今回の教学試験はいわば想定問答である。宗門ないし創価学会との想定問答なのだ。しかし、想定不適当と言わざるを得ない。もし実際に法論でもしようものならば想定外の展開になることだろう。すると顕正会側は対応し切れずに右往左往することになる。現在のニーズに適応していないからだ。

このことは実力者を養成する意味も含めて、本部首脳の責任である。

2011/5/26

行き先のわからぬ議論?  
山門氏との議論が続いている。もはや混沌とした状況であるが、なるべく平易に論じたいと思う。まずは大沢氏にご登場願おう。

広布の暁の国家体制や御遺命の戒壇が具体的にどうなるということを論じる事自体、本来は無意味だと思います。

これは日顕上人の仰せられた明確性云々に基づくものだろう。大沢氏は暗に山門氏を批判しているごとくである。

わたくしは山門手前氏のコメントを読んで、先走りの議論ではないか、と指摘した。すると氏は違うと答えた。ここで水掛け論をやっても仕方がないので、さて、どうしたものかと思案していたところ、絶好のコメントが寄せられた。まさに上掲こそがわたくしの答えの代弁である。なぜならば、浅井先生の新解釈が妥当か否か、それは先生の説明を詳しく聞かないことには判断できない・・・というのがわたくしの意見だからである。

もちろん今ある材料だけで是非を論ずることも可能であるが、ここに来て山門手前氏は次のごとく言うのだ。

勝手に浅井さんが「新解釈」を行うべきではない。と言う事が根本なのです。

こんなことはいちばん最初に言うべきことであり、今頃になって言い出すのはルール違反である。というよりも、これは一種のスリカエであろう。ようは新解釈が正しいか間違っているかを論じている時に、解釈すること自体を許さないような物言いをすることは言論の封殺であり、議論を放棄しているに等しいことである。だったら最初から、浅井ごときが御書を解釈するのはおこがましい、と言って斬り捨てればそれでよかったのだ。

浅井さんが、どのような国家観を持とうが個人の自由ですが、新解釈の前提として「宗教国家」を元に己儀を構えているに過ぎません。

己儀は己義が正しいと思うが、それはともかく、ここは一種の飛躍であろう。今ある材料の中に国家観に通ずるものがあるのか、また、宗教国家という用語についてもどこから拾ってきたものか、それを明らかにしないで議論を進めてしまっている意味で、飛躍である。

つまり、山門手前氏が懐いている顕正会のイメージを前提に、あれこれと書いているに過ぎないのだ。少なくとも必要最低限の文献を揃えてから論ずるべきであり、そうしなければ氏の勝手なイメージを押し付けているだけになってしまうことに気づくべきだろう。

近代の日本の政治史の中で「天皇」を中心とした一神教国家に逆戻りする事はありません。

これまた飛躍ないしスリカエであろう。たぶん過去のコメントから推測するに、上掲は氏の持論なのだろう。その是非はともかくとして、いったいこれが御書の新解釈とどのように結びつくのか、それがまったく見えてこないのである。

おおむね以上で決着がついたと思うが、最後に蛇足ながら言っておこう。今日の拙稿だけを読むと、あたかもわたくしが必死に浅井先生の擁護をしているように見えるかもしれないが、さにあらず、ということだ。これまでにしてもわたくしは浅井先生を痛烈に批判してきた。ただし、根拠のない批判・誹謗中傷などには与しない、という立場を貫いてきたつもりである。

広布の暁の国家体制や御遺命の戒壇が具体的にどうなるということを論じる事自体、本来は無意味

再掲である。わたくしの思うに、諸天の心を代弁できる浅井先生は例外であろう。いや、もちろん、これはイヤミを込めて書いたわけだが、真面目な話をすれば、顕正会の場合はどんどん論ずるべきなのだ。なぜならば、あと十年、だからである。

宗門は戒壇建立をとうぶん先の話だと考えている。であれば、日顕上人の仰せのごとく、今からあれこれ言っても仕方がないことだろう。しかし、顕正会の場合はあと十年で広宣流布の決定的な場面を迎えることを想定しているのだ。前にもどこかに書いたはずだが、だったら今から用地買収しておかないと戒壇を建てることができないし、それこそ本門戒壇ともなれば立派な建造物であるはずだから、もうそろそろ図面を引き始めてもよさそうなものである。

こうして見れば、顕正会の広宣流布がいかにインチキであるか、それは言い過ぎかもしれないが、少なくともいかに空疎なものであるかがよくわかるだろう。

ここで唐突ながら創価学会を例に出せば、彼らはもともと国立戒壇建立のために政治進出を果たした。国立戒壇が目的であり政治は手段だった。ところがいつの間にか国立戒壇を放棄してしまった。目的を捨て手段だけが残った。
これを顕正会では批判する。しかし、だったら顕正会はどうなのか、というのが現実だと思う。
顕正会の目的も創価学会と同じく国立戒壇である。では、その手段は何かと問うた時に、顕正会では政治進出をしないのだそうである。そうして今日まで来たわけだが、結果だけを言えば、顕正会は創価学会にまったく及ばない。なぜならば国立戒壇建立の具体的ビジョンを一度たりとも提示していないからだ。

繰り返そう。創価学会は曲がりなりにも国立戒壇建立の具体的な方途を示すことができた。ところが顕正会はまったくできていない。あと十年などと言っているにもかかわらずである。

 人生の目的を知らずに生きているのは、行き先のわからぬバスに乗っているのと同じである。

これはご存知のごとく、折伏理論書の記述である。そして次は二週間前に頂戴したコメントから抜粋したものだ。

 150万になっても、何回大会を開いても、今後どうなるか分からない、行き先の分からないバスに乗っているような不安をみんな抱えています。

顕正会そのものが行き先のわからぬバスになってしまっているとしたら、これほど悲しいこともあるまい。

2011/5/25

自虐性  
山門手前氏から難解なコメントが寄せられているが、わたくしの率直な感想を言えば、先走った議論、ということになる。

これらを踏まえれば、論点のすり替えですし、浅井さんが宗教国家を目指しているのであれば飛躍であると思います。

これらを踏まえれば・・・と書いている以上、その前の文章を読めば理解できるはずであるが、しかし、いったい何を踏まえればいいのか、さっぱりわからない。

前回、わたくしは次のごとく書いた。

論点の飛躍・すり替えであるかどうかは別問題だ。ようは個人と国家が対立概念かどうかが問題なのだろう。

これはひじょうに簡単な話なのだが、しかし、事情を把握するためには前々回までさかのぼる必要がある。

浅井先生は現当二世に新解釈を加えた。しかし、結論を述べただけであって、なぜにそのような解釈が可能なのか、まったく説明をしていないのだ。ゆえにわたくしは、反論の用意はあるけれども、まずは浅井先生側が新解釈について詳しく説明するべきだ、という意味のことを書いて締め括ったわけである。
つまり、説明の中身を検証しないことには、そこに飛躍・すり替えがあるかどうか、わからないことなのだ。ゆえに山門手前氏のコメントは先走った議論であろうと思う。
氏は単に国家と個人という表面的な語句を対峙させて、浅井さんは個人の仏性を否定している、という結論を書いてしまっている。少なくともわたくしにはそのように読めたので、両者が対立概念かどうか、それが問題なのだと書いたわけである。

以上の経緯を踏まえれば、いくら議論をしたところで無意味なことに気づくだろう。まずは浅井先生が新解釈について詳述する必要がある。我々としてはその上で是々非々を論ずればいいことなのだ。

わたくしは拙ブログにおいて、一見すると言いたい放題をしているよう見えるかもしれないが、案外に慎重なところがある。

浅井先生の予言(?)

おおむね昨年までは上掲のように表記していた。しかし、震災以後は(?)を外して書くようになった。これはわたくしなりの深謀遠慮によるものだ。

先生は予言をしているのではなく、警鐘を鳴らしているのだ。おそらくは真面目な顕正会員ならばこのように言うはずである。わたくし自身、今まではそのように思っていたというか、いくらかは真面目な顕正会員に対する遠慮があった。ゆえに「先生の予言」と書く時には(?)を加えていたのだ。しかし、震災以後の顕正新聞を読むならば、もはやそうした遠慮は不要というか、むしろ遠慮していてはかえって真実を覆い隠すことになると、このように思い至ったのである。

諸天の心を代弁

これは第1203号掲載の総合婦人部長の記事から拾ったものであるが、他にも同様の文章がいくつかある。ようするに浅井先生は諸天善神の心を代弁することができるらしいのだ。凄いではないか。いかにも特殊な人間であるかのような言い方である。

そして今ついに、先生ご断言のごとく、他国侵逼の号鐘たる巨大地震の連発が始まらんとしていることを眼前にしては・・・

これは第1206号に載る総男子副部長の記事からであるが、「始まらん」という言い方がうまいところだ。しかし、この直前に看過できない文章がある。

 七年前、諸天の怒りを感じられた先生が・・・

前掲の「諸天の心を代弁」と同工異曲の表現であり、同様の記事が他にもあるわけだが、わたくしは即座に事実関係を疑った。
少なくとも大幹部たちは平成十六年の一国諫暁を経験しているし、平成九年の一国諫暁も多くが経験しているはずである。
平成九年は顕正会五十万を背景としての戦いであり、同十六年は百万達成を背景とした戦いだったのだ。つまり、諸天の怒りだとか、あるいは客観情勢云々が問題なのではなく、顕正会の折伏成果が一国諫暁の条件だったのだ。

これでおわかりだろう。

もし諸天の怒りを感じての行動であれば、顕正会の折伏成果は関係ないことになる。まさに、これこそがスリカエなのだ。

浅井先生は諸天の心を代弁できる特殊な人間であり、諸天の怒りを感じて一国諫暁を行なった。はたして七年後、諸天は巨大地震を引き起こした。

しかし、残念ながら浅井先生は諸天の心を完全には読み取れないらしいのだ。すでに何度も書いているけれども、浅井先生はまさか三月十一日に巨大地震が来るとは思っていなかった。だから直前には何も言うことができなかった。もし諸天の心が完全に読めるならば、予言しておけばよかったのだ。さらに次なる巨大地震を予言すればいい。しかし、地震学者の言葉を借りて西日本巨大地震を云々しているようでは、とてもじゃないが諸天の代弁者とは言えないだろう。

少々長いが副総合婦人部長の言葉も紹介しておこう。

 優秀な地震学者の誰もが、四つの岩盤が同時に割れた今回の超巨大地震は想定すらできず、地震の見方まで改め、大衝撃を受けている様子をお聞きして、「仏法より事起こる」と断言された先生のご見解を、学者たちが自ずと証明したものと思わずにいられず、震災直後に先生が断定されたご見識の深さに改めて平伏し、この究極の根本原因と仏法上の意義を、早く全日本人に教えていかなければとの思いが衝き上げました。

もはや言葉を失うほどだ。

まず地震学者たちがどう思うか、それが心配である。そして次には一般人がどのように感じるか、それも心配である。

顕正会員たちが浅井先生を持ち上げるのは当然のことかもしれないが、しかし、学者たちから見ればお話にならないレベルである。たぶん彼らが上掲を読めば、何だと? 我々が浅井会長の見解を証明しただと? ふざけるのもいい加減にせよ、ということになるだろう。そして一般人にしても、そこそこ教養のある人は上掲のようなデタラメに耳を貸さないだろう。

現代感覚で言えば、予言者などインチキそのものである。ところが熱心な活動会員たちは浅井先生を予言者に仕立て上げようとしている。

彼らはこの自虐性に気がつかないのだろうか?

2011/5/23

浅井先生に出番はあるのか?  
一週間ぶりの更新である。

この意味以外に解釈を付けると、各個人の仏性を否定することになります。

つまり、浅井流の解釈は各個人の仏性を否定している、という意味なのだろう。しかし、なぜ浅井流の解釈だと個人の仏性を否定することになるのか、それがわたくしには理解できないのだ。

其々の境涯、其々の宿業に基づく「現当二世」なのであって「国家」に対するものであるというのは、論点の飛躍・すり替えに過ぎません。

論点の飛躍・すり替えであるかどうかは別問題だ。ようは個人と国家が対立概念かどうかが問題なのだろう。わたくしは必ずしも両者が対立する概念だとは思わないので、たとえ現当二世を国家に当てはめたとしても、それが直ちに個人の仏性を否定することにはならないと考えるのだ。ゆえに、山門手前氏がどのような意味で前掲のごとく言っているのか、それがわからないのである。

なお、誤解のないように付言すれば、わたくしは浅井流の解釈を肯定しているわけではなく、あくまで個人的な好みとして決して嫌いではないと言っているだけである。嫌いじゃないけど、今回の場合は正しい解釈とは言えないだろうというのが結論である。しかし同時に、山門手前氏の言っていることもちょっとおかしいのではないか、ということなのだ。

さて、前々回の拙稿でわたくしは、浅井先生の講演を批判した。

思いっきり端折ってしまえば、西日本巨大地震を予言するのは結構だがそのやり方に問題がある。今般の東日本巨大地震を想定できなかった学者たちを利用して西日本巨大地震を云々しているところが、いかにもおかしいのだ。

これは他国侵逼論においても言えることではないのかと思う。今回はこれをさらに敷衍してみよう。

浅井先生は中国の侵略を論ずるに当たって、平松茂雄氏などの著書を利用する。しかし、これでは意味がないのではないか、もし、中国による日本侵攻が事実となったとしても顕正会はまったくクローズアップされないのではないか、と思えて仕方がないのである。

小出裕章、後藤政志、石橋克彦、孫正義

本日午後より、上掲の四氏が国会に招致されるそうだ。たぶん顕正会員に馴染みがあるのは石橋氏くらいであろうが、この四人がどういう括りになるかと言うと、いわゆる反原発論者である。大袈裟に言えば反体制の側の人物たちであって、普通ならば国会に呼ばれることはあり得ないことなのだ。ご存知のごとく福島原発事故で政府・東電は右往左往している状態である。また与党野党を問わず、国会議員にしてもどうしていいものか、頭を悩ましているのだろう。そこでようやく気づいたのだ。御用学者の意見を聞いていても一向に解決しないことに。そして今はあらゆる方面からの英知が必要なのだと。

 同じき四月八日平左衛門尉に見参しぬ。さきにはにるべくもなく威儀を和らげてたゞしくする上、或入道は念仏をとふ、或俗は真言をとふ、或人は禅をとふ、平左衛門尉は爾前得道の有無をとふ。一々に経文を引きて申す。平左衛門尉は上の御使ひの様にて、大蒙古国はいつか渡り候べきと申す。

今日の話はこれで終わったようなものだ。

今の顕正会員は「あと十年」という認識を持っている。会員個々の具体的な認識はさまざまであるが、浅井先生の言っている意味からすれば、他国侵逼が現実に起こると理解するのが無難なところだろう。

仮にそれが事実となったとしよう。おそらく十年後の政府もだらしがなく、右往左往することだろう。当然、全日本の英知を結集して対処しなければならないはずだ。

さて、その時に浅井先生に声が掛かるか、である。

たぶん現状ではあり得ないだろう。

たとえば西日本巨大地震にしても、それが現実のものとなった時に声が掛かるのは石橋氏である。同様の意味で、中国の日本侵攻が事実となった時に注目されるのは平松氏なのだ。しょせんは他人の受け売りをしゃべっているだけの浅井先生に、いったい誰が注目するであろうかという話なのだ。

最後に顕正会の活動会員たちに考えてもらいたいことがある。宗門との関係をどうするかである。

現状では十年後も何も変わっていないだろう。
すると顕正会は日蓮正宗から破門された団体、しかも年々カルト度を強めている団体、世間はこのようにしか見てくれないかもしれないのだ。浅井先生がいみじくも三月度総幹部会で言っているように、政治家にしたって最後は神仏にすがるものである。しかし、彼らが最後にすがるのは顕正会ではなく、日蓮正宗のはずである。本来はそれが正しいのだ。
つまり、現実的な思考を有するのであれば、宗門との関係がこじれたままではゴールを迎えることができない、ということに気づくはずなのだ。

話を戻して、今までまったく日の目を見なかった人が俄かに脚光を浴びることはよくあることだ。今回の原発事故で言えば、小出裕章氏などが典型的だろう。では、浅井先生はどうか、今後脚光を浴びることがあるのか、現状ではきわめて可能性が低いと思う。

2011/5/16

浅井流法門の面目躍如  
山門手前氏より貴重なコメントを頂戴した。

世代的な意味でビキニ環礁のことはあまり詳しく知らないのだが、おっしゃることはよくわかる。ただし、人類も馬鹿ではないので、放射能の危険性がわかるにしたがって核実験に反対する人が増えていった。そこで平和利用という大義名分のもとで原子力発電が行なわれるようになったわけだが、これまた反対する人たちが出てきた。日本の場合、なかばゴリ押しの形で原発を推進し、反対者の声に耳を傾けなかった。その結果が今日の福島の事故に至るわけである。

顕正会が浅井さんの独善的な団体であることは、既に多くの方が証明済みで今更仏法等を語る資格がない事は、誰の目にも明らかではないでしょうか???

結論を急げば、そのとおりなのかもしれない。しかし、資格があろうがなかろうが現実に発言し続けている。口を封じることはできない。ならば、こちらも発言を続けるだけである。

さて、今日はどういう順番で話を始めるべきだろうか?

生活習慣病・ガン抑制に効果
超健康パワーを取り入れよう


食は薬なり、というコラムがある。わたくしは顕正新聞の中でこれがいちばん好きなのだが、上掲は三月二十五日号のコラムの見出しである。以下、本文の冒頭を紹介しよう。

 テレビ報道の影響で、静岡県「掛川・深蒸し茶」の名前が全国的に広く知られました。日本人が好み飲んできた緑茶が、素晴らしい健康飲料であったことが再認識されています。

緑茶がテーマである。この記事そのものはひじょうに素晴らしい。けれども、ナイモノネダリをしておこう。浜岡原発のことに言及していれば大したものだった。

わたくしは昨日、浅井先生の原発に対する認識は甘い、と書いた。
つい先日、神奈川県で栽培しているお茶から放射能が検出されたというニュースがあった。これはけっこう衝撃的である。なぜならば福島原発から放出された放射能が神奈川県の外れまで飛散していることになるからだ。
おわかりだろう。もし浜岡で同レベルの事故が発生すれば静岡茶は全滅するのだ。浅井先生はこの深刻さがわかっていないのではないか、とわたくしは言いたい。

そこで今度は五月五日号のコラムに移ろう。アスパラガスのことが書かれていて、これもまた素晴らしい記事である。アスパラガスは福島県産が有名らしい。それはそれでけっこうなのだが、わたくしは最後の文章に文句を言いたい。

 いま福島原発事故により風評被害が深刻ですが、いたずらに風評に惑わされることなく、安全地域での福島産をたっぷり摂りたいものです。

福島県から避難してきた子供たちがイジメに遭っているという話がある。本当のことを言うと、これは子供たちの問題ではなく、大人たちの問題である。
上掲のコラムを書いた人に罪はないけれども、現実の世界がわかっていないとしか言い様がない。今は産地表示が義務づけられている。八百屋や魚屋、あるいはスーパーでもいいだろう、観察してみればよくわかるはずだ。残念ながら福島県産の品物は皆無に等しい状態なのである。
商売人だって馬鹿じゃない。売れないとわかっていて、わざわざ仕入れる人はいないのだ。ゆえに、いくら「風評に惑わされることなく」などとキレイ事を言ったところで、現実はどうにもならないのだ。

医学的にどの程度ならば安全であるかは議論の分かれるところで、一概には言えない。政府の決めた基準値を信用するならば、出荷制限になった作物を除けばすべて安全のはずである。しかし、現実には福島県産の農産物や魚介類は店頭に出回っていない。ようはこれが大人たちにおけるイジメの構造なのだ。子供たちのイジメを云々している場合ではないのだ。

さて、四月度総幹部会の会長講演に戻ろう。昨日の拙稿でおおむね話は片付いているけれども、御書の解釈で納得しかねるところがあったので、書き留めておきたい。

 この大過は現当二世にのがれがたし

下山御消息の一節である。上掲は御書の表記と違っている。これは浅井先生の得意とする要約であるが、まあ、しかし、改竄とまでは言えないだろう。

それにしても次の説明には驚かされた。浅井流法門の面目躍如であろうか?

 「現当二世」というのは、通常は現世と未来世を意味するが、この場合には日本国の現当二世です。すなわち御頸を刎ねんとした当時の日本と、背き続ける未来の日本国という意味です。

個人的なことを言えば、わたくしはこういう解釈をけっこう好きである。柔軟な思考を保つためには、いろいろな解釈があってもいいと思う。そこからベストの選択をすればいいのだ。

しかし、上掲はいかがなものかと思う。どうしてこのような解釈が成り立つのか、それを論証してほしいものである。わたくしの結論を言えば、上掲は浅井先生の己義であり、大聖人の御意ではない、ということになる。当該御文は通常の意味で解釈すべきだろう。これを論証する用意はできているが、まずは浅井先生の側が論証すべきだろう。

2011/5/15

四月度会長講演を斬る  
種々の興味深いコメントを頂戴しているが、一々のお返事は省略させていただくこととして、今回は四月度総幹部会の会長講演を取り上げようと思う。

 さて、大地動乱のことですが、日本には優秀な地震学者が大勢おります。しかし、今回のマグニチュード9.0の巨大地震だけは、これを想定していた学者は一人もいなかったですね。

 だからみな大衝撃を受けたようです。


わたくしは以前、予言し損なった浅井先生、というタイトルで文章を書いた。ゆえに、上掲の文章は、先生が必死に言い訳しているようにしか読めなかった。平たく言えば、優秀な学者たちが想定できなかったんだもの、素人の自分が予言できるわけないじゃん、という感じであろうか?

 ではなぜ、誰も想定すらできなかったのか。

自分だって予言し損なったクセに、偉そうなこと言うなよ、というのがわたくしの偽らざる感想である。

 それは、この巨大地震は「仏法より事起こる」ゆえと、私は確信しております。

この辺がどうもわたくしには理解し難いところである。先般も書いたように、浅井先生は平成九年あるいは十六年もしくはその他において巨大地震を予言している。しかし、上掲のごとく、予言を外してしまったのだ。それにもかかわらず、この期に及んで「この巨大地震は仏法より事起こるゆえ」などと言うのは恥知らずな行為である。

大聖人の御振る舞いを拝すれば、よくわかるだろう。
正嘉元年以前の御書はその数自体が少ないけれども、大聖人はそこで地震のことを予言あそばずことはなかった。順番が逆なのだ。正嘉の大地震を御覧になって、そこで初めて御見解を示されたのだ。つまり、大聖人が予言されたのは地震ではなく、いわゆる自他の二難である。
ゆえに、浅井先生のやっていることは大聖人の御振る舞いに反することなのだ。さんざん予言を外しまくっておきながら、この期に及んで今回の大地震を仏法上の原因に由来するものであると論ずるのは、厚顔無恥も甚だしいことである。

さらに言わせてもらえば、今回の会長講演には大きな矛盾が存すると思う。

 このように、やがて起きるであろう「西日本巨大地震」は、まさに東日本巨大地震に匹敵する超巨大地震なのです。

西日本巨大地震というのは浅井先生の造語であろうか?

それはともかく今回の会長講演は地震特集とも言うべきところで、紙数の大半が地震の話題である。そして、冒頭に引用した部分がこの話の始まりであるが、わたくしにはこの後の論理展開が不可解に思えて仕方がないのだ。

日本には優秀な学者がたくさんいるにもかかわらず、今回の地震は誰も想定できなかった。

それは仏法より事起こるゆえだからである。

浅井先生はこう言いながら、なんとこの後に学者たちの見解をたくさん引用して、次のように言うのである。

 広布前夜の巨大地震の連発がどのようなものか、これでよーくわかりますね。

これはおかしいのではないかと思う。

今回の地震は誰も想定できなかった。それは仏法上の地震だからである。そう言いながら学者たちの見解を引用するのはおかしいだろう。広布前夜の巨大地震の連発を言いたいのならば、あくまで純粋に仏法の道理から論じればいいのだ。今回の地震を想定し得なかった学者たちに広布前夜の巨大地震を語らせることは論理矛盾である。

ここで『迷走する顕正会を斬る』にご登場願おう。

 破局の危機を煽り続けることは、会員に切迫感を植え付けることになり、勧誘活動に駆り立てることにきわめて有効である。そのためには「危機」は何でもよいのであって、その時々にマスコミで取り上げられている話題に飛びついて、学者や研究機関を引き合いに出して権威付けをする。

浅井先生の手口を見事に抉り出している。たまたま大沢氏がコメントでエジプトやリビアのことに触れているけれども、まさに二月度総幹部会の話題がそれだった。しかし、三月十一日の大地震以降、そちらの話題はぶっ飛んでしまった格好である。櫻川氏の言うごとく、「その時々にマスコミで取り上げられている話題に飛びついて」いることがよくわかるであろう。

当然のごとく、今回の会長講演では浜岡原発にも言及している。実際、当該原発はその危険性がクローズアップされつつあって、国会では福島瑞穂氏などが強く浜岡停止を訴えていた。こうした経緯もあって、会長講演の六日後には菅総理が浜岡停止を発表したくらいである。結果的に先生の発言はタイムリーだったことになる。

しかし、わたくしは思う。

反原発の論客たちに言わせれば、停止したくらいではまだ甘い、廃炉にせよ、ということになる。ゆえにこれに比べれば、浅井先生の原発に対する認識はひじょうに甘いというか、他人事のような感じが否めないのである。

ここで昔話を入れると、ずいぶん前に質問会で原発のことが取り上げられたことがあった。わたくしはその時の話の内容をほとんど記憶していないのだけれども、今でも漠然とした印象ながら浅井先生はずいぶんノンキなことを言っていると思ったものだった。当時はチェルノブイリの大事故を受けて日本でも反原発運動がけっこう活況を呈しており、わたくしも俄仕込みながら原発について少しは知っていたので、先生もノンキだなあ、と感じたわけである。ゆえに今回の会長講演も単にタイムリーな話題だから飛びついただけであって、本人はあまり深刻に考えていないのではないかという感じがするわけである。

なぜかならば福島原発の問題が解決していないからだ。

浜岡で事故が起これば、東京や名古屋も強い放射能汚染を受ける。これを心配するのは当然のことであるが、ならば今の福島をどうするかである。今は花粉情報ならぬ放射能情報が日々発表されている。すると顕正会の会館がある郡山や水戸あたりでもかなりの放射線量が検知されている状況なのだ。

放射能による健康被害は長い期間を経て、ジワリジワリと出てくるものなのだそうである。しかも若い人ほど影響を受けやすいという。すると浅井先生みたいな高齢者はあまり心配する必要がないことになる。しかし、そういう問題ではないだろう。若い顕正会員たちを守るためにも組織として何かしらの方策を考えるべきなのだ。

もし浅井先生にそうした意識がないとすれば、なるほど櫻川氏の指摘するごとくなのだろう。ともかく会員の尻をたたいて折伏をやらせることだけが目的なのだ。

早い話が会員は消耗品に過ぎないのだ。


五月十五日追記:一部、修正を加えた。

2011/5/11

顕正新聞始まって以来の極小フォント?  
のび太氏や山門手前氏、あるいは大沢氏や沖浦氏が浜岡原発のことを取り上げている。わたくしもこれについては思うところが多々あるが、今回は別の話題である。

しばらく鳴りを潜めていた櫻川氏が活動を再開したようだ。このところブログの更新が頻繁に行なわれているし、いつの間にか「冨士大石寺顕正会向上委員会」には副題が付いていた。

「会長無謬神話」の崩壊を直視しよう

なかなか刺激的なサブタイトルだ。しかも氏の文章は、わたくしと違って緻密であり、かつまた激烈である。具体的な内容については各々が自分の目で確認してほしい。浅井先生が恐れをなすのも当然だろうと思う。

T氏からの未明のコメントはけっこう衝撃的である。ここでは一文だけ取り上げよう。

最近の本部会館での総幹部会の写真、あまりにも幹部の表情、雰囲気が冷たいので悲しくなりました。

わたくしはまったく気がつかなかった。たぶん、この辺は個人の主観の問題なので、必ずしもT氏の観察が正しいとは言えないだろう。しかし、表情・雰囲気はともかく、内心では完全に冷め切っている幹部もたくさんいるに違いないのだ。

さて、本題である。

今日は途中でタイトルを変更した。最初は「パクリ新聞」にしようかと思っていたのだが、顕正新聞の最新号を見て変更したわけである。

(提供/河北新報社) ※追記参照

第1205号は四月度総幹部会特集号であり、二・三面には会長講演が掲載されている。図や写真がたくさん使われていて、パッと見た感じでは好印象の紙面だと思った。しかし、そのうちの一枚の写真が気になった。

3月11日の巨大地震こそ「広布前夜の大罰の時代」突入の号鐘であった

津波の襲来によって家々が押し流されている写真がある。それに付された文章が上掲であるが、まあ、写真の内容と一致しないというか、いわば説明を省略して自分たちの言いたい結論だけを書いてしまっているという点についてはさておくことにしよう。わたくしが言いたいのは提供者の扱いである。顕正新聞をお持ちでない人にはうまく伝えられずに恐縮だが、文字のサイズが極端に違い過ぎるのだ。自分たちの言いたいことは思いっきり太字にしてあるにもかかわらず、なんと河北新報社のクレジットは右の隅っこに極小サイズで載せられているに過ぎないのである。こんな失礼な話もあるまいと思う。

実はもっと失礼な話があるのだ。失礼というよりもルール違反なのだろう。たぶんクレームが入ったか、あるいは顕正新聞編集部の中でもマズイのではないかという意見が持ち上がったのだろう。

今さら遅いのだ。

東日本巨大地震 国内観測史上最大のM9.0
大津波、東北・関東の沿岸を襲う!!


第1201号には三つの写真が掲載されている。一つは津波が堤防を乗り越えて街に浸入していく瞬間を撮ったものだ。いったい誰が撮影したものか、それが問題であるが、まさか顕正新聞社のカメラマンではあるまい。あるいは地元の顕正会員が撮影したという可能性もなくはないが、しかし、普段からカメラを持ち歩いている人もそう多くはいないだろう。津波の瞬間を撮影するのはいわばスクープであり、なかなか素人がうまく撮れるものではない。結論を書くと、これは宮古市役所から撮影されたもので、市役所の職員か、もしくは岩手日報社の人が写したものだろう。

大津波は海岸線の形を変えた。集落も水没、そのなか黒煙を上げて炎上する住宅(宮城県名取市)

顕正新聞掲載の二つ目の写真には上掲のような説明がついている。わたくしの手元にはアサヒグラフがあるけれども、そこにはまったく同じ写真があって、しかも次のような説明がついているのだ。

津波で海沿いの集落が水没した。炎上する家屋が黒煙を上げる。世界の観測史上4位のM9.0の巨大地震と津波は、海岸線の形をも変えてしまう

多くは語るまい。

大津波の凄まじい力。観光船まで建物の屋上に打ち上げられた(岩手県大槌町)

これはけっこう有名であるから、多くの人がご存知であろう。しかし、顕正新聞掲載の当該写真は明らかに空撮である。まさか顕正新聞社でヘリコプターをチャーターして撮影したのだろうか?

荒れ狂う巨大津波は東日本一帯の沿岸を襲い、激甚の被害をもたらした

滑走路や建物まで大津波に呑み込まれた仙台空港

この二つは第1202号である。いずれも津波の到達する瞬間の写真であり、かつまた空撮なのだ。顕正新聞社に自家用ヘリでもあればいいのだが、たぶん無理だろう。

悪魔のような巨大津波は一瞬のうちに東日本沿岸を襲った――

懲りずに第1203号でも津波の写真を掲載しているが、これらはすべてクレジットが明記されていない。冒頭に示したように第1205号になってようやくクレジットを入れたわけである。ゆえに途中でクレームが入ったのだろうと推測したのだ。

名誉のために記しておこう。顕正新聞に使われた写真の多くは、毎日新聞の手塚耕一郎氏が撮影したものである。記者やカメラマンは瞬時に現場に急行することが求められるが、遠隔地ともなると容易ではない。こういう時、機動力を発揮するのが大手の新聞社やテレビ局なのだ。さりとてスクープ写真はマレである。巷間に出回っている写真を見る限り、今回は手塚氏の活躍がひときわ目立つようだ。

いずれにしても今回の一件は顕正新聞の杜撰さがよくわかることであり、おそらくは熱心な活動会員もこの事実を知れば落胆せざるを得ないだろう。

わたくし自身はパクリに驚くのではなく、その後の極小フォントに驚かされた。顕正会の器の小ささを象徴しているのではないかと、イヤミを言いたくなるところである。


五月十二日追記:引用部分に脱落があった。あまりにも小さい文字なのでうっかり見落としてしまった。改めて示せば以下のごとくなるだろう。

3月11日の巨大地震こそ「広布前夜の大罰の時代」突入の号鐘であった

(写真提供/河北新報社) ←こんな感じだ。

2011/5/7

浅井先生のコジツケ理論を斬る  
前回の続きである。

三月度総幹部会の会長講演は牽強付会のオンパレードだった。浅井先生は今回の地震を正嘉の大地震に次ぐものであると規定したわけだが、わたくしはそれを牽強付会であると断じた。その決定的な理由はおそらく次の一節に象徴されるのだと思う。

 いいですか。今回の大地震を仏法の眼からみれば、これまさしく――
 広布前夜の大罰の時代到来の号鐘であり、同時に、いよいよ広宣流布が成就し全日本人が救われる大瑞であります。


これは顕正会が特別な存在であることを前提とした論理である。

先生は一昨年の男子部大会で「あと十二年」と言った。そして本年に入ってからは「広宣流布は最終段階の直線コース」とまで言うわけである。また平成十六年の諫暁書から七年という節目でもある。たぶん熱心な活動会員たちはすべてが先生の言うとおりになっていることに驚嘆し、まさに広宣流布は目前であると勘違いし、よりいっそう活動に精を出すことになるのだろう。しかし、ハタから見れば、しょせんはコジツケにしか見えない。

前回の補足を兼ねて、日興上人の御指南を紹介しよう。

所詮末法に入って法華本門を建てられざるの間は、国土の災難日に随って増長し、自他の叛逆歳を逐て蜂起せん。

顕正会員のよく知る御文である。かく言うわたくしも折伏理論書の初版から引用させてもらったわけだが、皮肉にもこれが浅井先生の矛盾を教えてくれているのである。

正嘉の大地震>今回の大地震

正嘉の大地震に次ぐ今回の大地震という浅井説を図式化すれば上掲のごとくなる。しかし、これは日興上人の御指南と矛盾するわけである。上人いわく、「国土の災難日に随って増長し・・・」と。つまり、将来的には正嘉の大地震を超える大地震が起こったとしてもまったく不都合はないのだ。

ゆえに、イヤミな言い方をすれば、今回の地震が正嘉の大地震よりも程度の低いものと認識・評価することは、まだ広宣流布の時ではないという解釈も成り立つことになるのだ。むしろ正嘉の大地震を超える巨大地震が起こった時こそが広宣流布の時であると、こういう解釈のほうが日興上人の御指南とは相性がいいはずである。アゲアシ取りみたいな話だが、顕正会の実勢からしても客観性の高い話だろう。

先生としては「あと十二年」だとか「直線コース」だとか言ってしまった手前、その方向性での意義付けをするしかないのだろうが、しかし、客観的にはまだまだである。ゆえに、ハタからコジツケと見られても仕方がないところなのだ。

さて、今日はさらに踏み込んでみたい。

此の災夭は常の政道の相違と世間の謬誤より出来せるにはあらず、定んで仏法より事起こるかと勘へなしぬ。

下山御消息であるが、浅井先生はこの一節を次のごとく解説している。

 この仰せを拝すると、地震にも通常の原因によるものと、仏法上の原因すなわち諸天が起こすものとの、二通りがあるということがわかる。

ひじょうに悩ましいところだ。

なぜならば通常の原因にしても仏法上の原因にしても、現代の科学的知見とは大きく相反するからである。
浅井先生が言う通常の原因というのは、政道の相違と世間の謬誤のことである。そして仏法上の原因を端的に言えば、大聖人を流罪・死罪に処し奉ったことの罰である。
しかしながら、現代の科学的知見から言えば、先生の主張はことごとく否定されることになる。恐れ多いことだが、大聖人の仰せすら否定されることになりかねないのだ。

ここで久しぶりに『迷走する顕正会を斬る』を開いてみよう。

 広宣流布が実現しても、異常気象や巨大地震等は地球上にあるかぎり、免れることはできない。特に日本は、四つのプレートに挟まれた世界有数の火山・地震地帯であり、噴火や地震がなくなることはありえない。「吹く風枝をならさず、雨壤を砕かず」(如説修行抄)の文語を拡大解釈して、文字通り台風も来ない地震も来ないなどと受け止めるのは、幼稚な幻想である。

著者の櫻川氏は科学的知見を踏まえて、浅井流の御書解釈を拡大解釈であり幼稚な幻想であると斬っている。拡大解釈と言っている以上は、その対案となるべき正当な解釈を用意しているのだろう。

わたくし自身はいまだによくわかっていない。幼稚な幻想と斬って捨てるのは簡単であるが、では、その対案となるべきものがあるのかと問われれば答えに窮することになる。なぜならば、この問題はうっかりすると大聖人すら否定する結果になりかねないからである。

最後に同様の問題を提示しておこう。

 正嘉の大地震こそ、日本が亡ぶ他国侵逼の先相であり、それは同時に、久遠元初の御本仏出現して三大秘法を弘め給う大瑞相である、ということであります。

これがまた悩ましいのだ。浅井先生は御書に基づいて論じているので、これを直ちに否定することは大聖人を否定することにもなりかねないのだ。

しかし、おそらく一般的に考えれば、ここに違和感を覚える人がいてもおかしくないだろう。瑞相とは吉兆のことである。吉兆とは文字通り吉き兆しのことなのだ。正嘉の大地震ではたくさんの人が亡くなったはずである。それが御本仏出現の大瑞相とはいかに・・・

ぶっちゃけ言えば、ずいぶん迷惑な仏ではないか、ということになりそうである。

この辺は再考というか、整理整頓が必要であろう。冒頭にも紹介したように浅井先生は今回の地震を大瑞であると言ってしまっている。地震ないし津波によって一気に三万人になんなんとする人々が犠牲となったのだ。これを大瑞と言ってしまってよいものかどうか、わたくしには俄かには判断ができない。犠牲者の遺族がどのように受け取るものか、それを考えたらウカツなことは言えないはずである。それにもかかわらず浅井先生は今回の大地震の仏法上の意義を論じた。広宣流布は目前であると論ずるに好都合の材料だからであろう。しかしながら、そこには種々の矛盾・不整合が存するわけで、しょせんは牽強付会に過ぎないのだ。わたくしはこのことを前回から今回にかけて論証したつもりである。

2011/5/4

牽強付会の会長講演を斬る  
顕正新聞が溜まりに溜まっている。いちおう、ぜんぶの記事に目を通しているけれども、その一々を取り上げるだけの余裕がない。こういう場合は優先順位を決めて、大事な問題から取り上げていくしかない。

そこで今回は再び三月度総幹部会に戻って、会長講演に批判を加えてみようと思う。

正嘉の大地震に次ぐ今回の大地震

顕正新聞第1202号掲載の会長講演には、上掲のような大見出しと中見出しがついている。

はたしてこの認識は正しいのだろうか?

現在、わたくしの手元には第1204号まで届いているが、案の定、幹部たちは浅井先生の言っていることを鵜呑みにして、同様の発言を繰り返している。

そうした中で唯一の例外がある。

千年に一度の大地震・大津波の破壊力の凄まじさに言葉もありませんが・・・

これは三月度総幹部会における第十三婦人部長の登壇である。ゆえに厳密には除外すべきなのだろう。先生の講演の前に登壇しているわけだから、彼女に他意はなかった。「千年に一度の大地震〜」は世間一般に言われていることなので、たぶん彼女としては何の問題も感じずに発表していたに違いないのだ。

ところがこれ以降、顕正会の中では「千年に一度」が使われることはなくなった。それは言うまでもなく、浅井先生が今回の地震を正嘉の大地震に次ぐものと規定したからである。

ここで思い出されるのが平成九年の一国諫暁である。

あの頃、たまたま大彗星が出現した。たまたま・・・というのはわたくしの勝手な感想であるが、浅井先生はこれをたまたまとは見なかった。平成九年の諫暁書には次のごとく書かれている。

 しかるに本年、「人類の観測史上で最大」と世界中で云われた大彗星が、三月から五月にかけて青白い光芒を放って出現した。この彗星は、まさしく「文永元年の大彗星」に次ぐ巨大彗星である。大聖人滅後七百年、御在世に次ぐこの「平成九年の大彗星」が、濁悪の世に出現したということは、只事ではない。まさしく他国侵逼の先兆である。

これでおわかりだろう。良くも悪くも浅井先生の発想は一貫しているようだ。世間一般に流通しているところの「千年に一度の大地震」というフレーズを顕正会では使わない。なぜならば千年という単位は大聖人の時代を通り越してしまうからである。早い話が浅井先生の発想は、なんでもかんでも大聖人がいちばん、ということなのだ。

しかし、いかがなものか。大聖人を御本仏と仰ぐ意味においては異議なしであるが、客観的な事実を無視してはいけないはずである。ここで結論を言ってしまえば、今回の地震に対する浅井先生の認識・評価は牽強付会である。

種々の矛盾・不整合がある。

わたくしの知るところ、一般的には今回の地震と正嘉の大地震が関連づけられることは皆無である。むしろ正嘉の大地震ではなく、平安時代の貞観地震のことがしばしば取り上げられているようである。
当然のことだ。正嘉の大地震は鎌倉を中心とした直下型の大地震だったと思われる。今回の地震とは地域的にも性質的にも異なるものなのだ。一方の貞観地震は地域的にも性質的にも似ていると言われている。
であれば、マスコミが貞観地震を取り上げるのは当然のことであって、逆に正嘉の大地震に触れないのも当然のことである。

もし浅井先生が教条主義を貫きたいのであれば、今回もまた鎌倉を中心とした大地震であるべきだった。あるいは少しばかり解釈を加えて、鎌倉を当時における首都と考えるならば、現在は東京がそれに当たることになる。平成九年の諫暁書では「首都圏をゆるがす大地震」と書いているので、なるほど妥当な解釈かもしれない。しかし、今回の地震をそれに当てはめるのは無理がある。確かに首都圏も相当に揺れたけれども、震源地ではない。

 この地震は大地動乱の始めであるから、決して一回では終わらない。

巨大地震が連発するのだそうである。しかし、少々アゲアシ取りの気味が感じられるかもしれないが、ここにも矛盾が存するのだ。

地震予知はひじょうに難しい。ゆえに今後の地震についても意見が大きく分かれるところなのだと思う。
地震学者の多くは、日本は地震の活動期に入った、と言っているそうである。ようは今回の地震に誘発されて他の場所でも大きな地震が起きるというのだ。誘発を言い換えれば、連動、あるいは刺激を受けて、ということになるだろう。
しかし、正反対の意見もあるはずである。ようは今回の地震で膨大なエネルギーが放出されたのでしばらく大きな地震はない、という見方である。

8.1 鎌倉大地震
8.23 鎌倉社寺 大地震により一宇も残さず倒壊
11.8 鎌倉大地震 


たぶん浅井先生がこれを読めば心中穏やかならぬことになると思うが、さて、閲覧者の方々はわたくしの意図がおわかりになるだろうか?

正嘉元年には三回の大地震があった。とりわけ二回目が巨大であり、鎌倉中の建物が倒壊したと言われている。ゆえに、もし浅井先生が教条主義に徹するのであれば、今回の地震を正嘉の大地震に次ぐものなどと言わずに、本年中にもっと巨大な地震が来ることを予言すればよかったのだ。それこそが正真正銘の正嘉の大地震に次ぐものとなるはずである。

しかし、そもそも正嘉の大地震よりも大きな地震があってはいけないという本質的な理由がわたくしにはわからない。大聖人を御本仏として尊崇することと地震の規模とを同一線上で論ずることの現代的な意味がどこにあるのか、わたくしにはさっぱりわからないのだ。

そこで矛盾の三点目に入ろう。

国内観測史上最大

世界観測史上最大級


出典がわからず恐縮であるが、昔、何かの本で読んだことがある。シンガポールの学者によると、古今東西の記録を調べた結果、文永元年の大彗星がもっとも大きな彗星であることがわかったそうである。日本の学者ではなく外国の学者がそのように言っている点が興味深かったので、曖昧ながらも記憶に残っていたのである。
この学者の説を信用すれば、文永元年の大彗星が史上最大ということになる。すると平成九年の大彗星がそれに次ぐものであるという浅井先生の主張もあながち間違いではないことになるだろう。しからば地震の場合はどうか、である。
正嘉の大地震は客観的な観測データがない時代の地震であるから、これをどうこう言っても仕方がないだろう。しかし、今回の地震は客観的に論ずることができる。実は国内観測史上最大には欺瞞があるという説も存在するのだ。

いや、これは面倒なのでやめておこう。話を元に戻して、いちおう国内観測史上最大の地震だったとして、この上で浅井先生の主張が破綻していることを説明したい。

彗星の場合は地域によって見え方に多少の違いがあるにせよ、それで評価が大幅に変化することはない。いわば宇宙的スケールだからである。
では地震の場合はどうかである。残念ながら地震は彗星とは違うのだ。上掲のごとく、たとえ国内観測史上最大であっても、世界的には最大ではない。もちろん最大級ではあるのだろうが、マグニチュードにしても死者数にしても、今回の地震よりも大きなものが存在するのだ。
つまり、たとえ正嘉の大地震が史上最大の地震であったとしても、今回の地震がそれに次ぐものであるとは言えないのだ。

以上、今回の地震に関する浅井先生の発言は、ほとんど牽強付会である。


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