2011/8/24

顕正会は除染活動を放棄したのか?  
最初に、おおひがし氏にお詫び申し上げなければいけない。昨日は昼頃に更新した。そして更新後に文章の一部を差し替えた。氏は差し替え前の文章をご覧になったのだろう。コメントの三キロ云々はまさに拙文を受けてのことと思われる。更新直後に拙文をお読みになったごく少数の人以外は意味がわからないと思うが、ともかく迷惑を蒙ったであろう人々に対し、お詫び申し上げたいと思う。

なお、夜になってからも、一部修正した。もし拙文を保存している人がいれば、どこがどのように変更されているかわかるだろう。単に改行するかしないかの話であるが、引用文の場合は極力原文に忠実たらんとの方針からである。

さて、話は変わる。

先日、元顕正会員の同志と同乗し、高速道路を走っておると数十キロ先に渋滞があるとの表示。
近づく毎に渋滞は延び、距離は縮まった筈なのに一向に進まず、通過するための所要時間は増える一方。
この時、元顕正会員の同志が「顕正会と同じだ」と笑っておった。
あとから説明を聞かされたのを思ひ出した。


これは顕正会を知らない人には通じない話である。わたくしの思うに、これは絶妙の譬えなのだが、あくまで顕正会の実態を知った上でなければ理解できない話なのだ。

顕正新聞第1215号に載る副総合婦人部長の記事には次のごとくある。

最も重大な最後十年に御奉公が叶う歓喜・・・

驚くなかれ、第二男子部長はもっと凄いことを言っているのだ。

残り十年を切った最後の戦い・・・

顕正会を知らない人も、これで少しは理解できるだろう。ようするに十年後にはゴールを迎えるはずであるが、現実には無理という話なのだ。あたかも高速道路の渋滞のごとく、順調に進めばあっと言う間の距離であっても、渋滞してしまうとベラボウに遠くなってしまうのだ。

それにしても第二部長は凄い人だ。いわゆるカウントダウンが始まったわけである。もうゴマカシは通用しない。「あと十有余年」などと言っていた時とはまったく違うのだ。

血脈否定、本尊大量下附をした段階で、浅井氏は自らの意志で宗門に帰らない決意をしたと見るのが正確かと思います。

帰るも帰らないも、全ては浅井氏の決断に任されていたと私は思います。
帰れなくなったのは自業自得です。


さて、今度はトチロ〜氏のコメントであるが、この問題はどの時点に注目するかで答えが違ってくるのだと思う。おっしゃるとおり、いわゆる平成十一年の本部指導会における血脈否定をターニングポイントと捉えれば、そこで帰らないことを決めたのだと考えて差し支えないだろう。しかし、その一年前であれば、事情が違うはずである。いずれにしてもわたくしの言いたかったことは、現政府が放射能汚染地域の住民に対し、長期にわたって帰れない旨を伝えたという・・・このことを考えると、浅井先生のやっていることがいかに姑息であるかがよくわかるのではないかということなのだ。

もっともトチロ〜氏とわたくしとでは、それほど意見に相違があるわけではない。微妙な差異に過ぎないと思う。それに比べると、沖浦氏はまったくわかっていない。

 顕彰会がめでたく独立したと言うのに、
 
 何故宗門などへ帰る必要がありますか?


これは前提がわかっていないのだ。

顕正会の歴史は御遺命守護の歴史である。そして御遺命守護は平成十年に完結した。本当ならば、顕正会はこのタイミングで宗門に復帰していなければいけないのだ。しかし、復帰できなかった。

おそらくはここで詳細な議論が必要なのだろう。なぜ復帰できなかったか。実は浅井先生には独立教団路線の底意があった・・・という見方もあるわけだ。ゆえに不思議の還御と正本堂崩壊は歓迎する(あるいは単なるポーズか?)ものの、復帰するつもりはさらさらなかった。しかし、これはわれわれの邪推というか憶測に過ぎず、真相は浅井先生が語らなければ永遠にわからないことである。そこでわたくしはシンプルに、平成十年の御遺命守護完結までは復帰の意志があった、しかし、復帰が叶わなかったので止むを得ず今日の路線を突き進んだ、と考えたわけである。

さて、前回は半ば思い付きで、福島の問題と絡めて書かせてもらった。

御遺命守護=除染活動

つまり、御遺命守護の完結は除染活動が奏効して避難住民たちが家に帰れることと同義だと考えたのだ。

ここでいちおう浅井先生の弁護をしておくと、先生の言う完結の第一義的な意味は戒壇の大御本尊の還御である。すなわち誑惑不浄の正本堂から清浄の御宝蔵への還御こそが完結の第一義なのだ。

いわば、その付帯事項の一つが顕正会の宗門への復帰ということになる。

現政府は除染の限界に気がついた。高濃度の汚染地帯はどれほど手を尽くしても除染し切れるものではない。つまり、住民が帰れない状態が続くのだ。そこで政府は正直に帰れない旨を発表した。もちろん補償を視野に入れてのことだ。
わたくしの思うに、大半の人が行き当たりばったりで生きている。とは言え、誰もが多少は人生設計を考えているはずだ。もし一年後に帰れることが確実ならば、待つのも一つの手だ。しかし、それが五年だとか十年となれば、おそらくは人生設計を大きく変更せざるを得なくなるだろう。
こうした意味からも、政府としては見通しをしっかりと示す責任があるわけだ。

わたくしは浅井先生にも同様の責任があると思う。

繰り返しになるが、第一義的には御遺命守護は完結したと言っても間違いではないと思う。しかし、その付帯事項として会員たちは、とりわけ妙信講時代からの人たちは、宗門への復帰が叶うものと期待していたのだ。あたかも原発事故の避難住民たちが東電の工程表を見て来春には帰れると期待したかのように・・・である。

七月度総幹部会の記事で、妙信講発足以来浅井先生に付き切り御奉公を貫いた人が、九十六歳で臨終を迎えたという話がある。昭和二十八年入信の人だから、それこそ数え切れないほど御登山を経験していることだろう。はたしてこの人がどれほどの問題意識を持っていたか不明だが、過去に何度も大石寺へ参詣している人であれば、解散処分後においても宗門への復帰をどれほど願ったことかと想像せずにはいられない。当然ながら記事は顕正会にとって都合のよい美談に仕上がっているが、わたくしはそうした文面にはあらわれない行間に思いを馳せずにはいられないのだ。

最後にイヤミを書いておこう。誰に対するイヤミであるかは、ご自由に受け取っていただきたい。

どうも最近の顕正会員は法華講員との接触を避ける傾向にあるらしい。本来なら積極的に除染活動(御遺命守護の戦い)を展開すべきところだが、あまりにも汚染が強過ぎて近づけないらしいのだ。

2011/8/23

福島の現状と顕正会の現状の相似点  
先週はまったく更新しなかった。夏休みを気取ったわけではない。単に書きたいことがなかったからだ。

この間もコメント欄では活発な議論が展開されていた。しかし、さしあたって「わたくし」がお返事申し上げるべき事案はそれほど多くなさそうだ。

今日は浅井氏に対してかなり厳しい内容ですね。
驚きました。
 
私は顕正新聞を読んでいないので、元の記事を確認しないとなんとも言えない部分もあるのですが、何か心境の変化でもありましたか?


実はさる人物が、わたくしの文章にはクセがあることを指摘してくれたのだ。ズバリ「わたくし」がそれである。わたくしは「わたくし」を多用するクセがある。それがわたくしのオリジナリティであって、自分ではそれほど悪くないと思っていたのだが、それをクドイと感じる人もいるわけである。そこで少し意識的に文章を変えてみたのだ。前回の拙稿には「わたくし」が入っていないはずである。

たぶん、そこが大きいだろう。どことなく今までと違った印象を受けるはずである。

しかし、それとは別に、確かに今までよりもキツイ物言いになっている面もあって、自分でもちょっとやり過ぎかなと思う部分もなくはなかった。「たばかり昭衛」がそれである。
実は最初、たばかり昭衛≠フ予定だった。これはどういうことかと言うと、わたくしがこの言葉を見つけたのは邪義破折班のサイトだった。つまり、よそで使っている言葉を借りて来るという、いわば間接的手法を取ろうと思っていたのだ。浅井先生、アンタはたばかり昭衛って言われているが、そう言われても仕方がないよね、自業自得だよね、というようなニュアンスだ。
もちろん、それでもよかったのだが、もしタイトルを「たばかり昭衛≠斬る」とすると逆の意味にも読み取れる。つまり、たばかり昭衛という悪口を斬る、みたいな感じになるわけで、これでは浅井先生擁護の論陣となってしまうのだ。

そこで思い切ってくだんのタイトルにしたわけである。

以上、さしたる心境の変化もなく、ほぼ普段どおりに書いたけれども、「わたくし」を排除したことと上述のタイトルのことが相俟って、けっこう過激な印象を与えることになったのではないかと思う。

たばかり昭衛、先生をやっつける、これらは間違いである。

もちろん言葉には気をつけないといけない。しかし、まあ、今さらこの程度のことで大騒ぎすることもあるまい。

もし顕正会が、血脈も否定せず、出処不明の御本尊も利用せず、勤行も昔のまま、教学も折伏もそのまま、ただ「国立戒壇の正義」だけは顕正会として断じて譲ることはできない、という姿勢であったとしたら・・・

いわゆる覆水盆に返らずである。

顕正会の宗門復帰は事実上不可能だが、これに関連する話を少し回り道をしながら書いてみたいと思う。

 組長がいうには
 「上司から『ここでの状況は決して漏らさないように』と毎日口止めされているので、あまり詳しいことは言えませんが、今の状況は地震発生以降から全く進展していません。テレビ等で報じられていることは全くのウソです。現場では先の見通しすら立っていない状況です」
 と、驚くべきことを語ってきたのです。


これは七月度総幹部会における男子部支隊長の活動報告だが、たまたま組織に福島原発で働いている人がいて、上掲のような貴重な証言をしているわけだ。

具体性のない記述ではあるものの、これはかなり正鵠を射ていることだと思う。
なぜならば、この直後の報道で一時間当たり十シーベルトというベラボウな放射線量が計測されたことが伝えられたからだ。われわれには実感が持てない話だが、ようは一時間そこに居るだけで死んでしまう値なのだそうだ。
しかも最近の報道では、原発事故の避難住民に関して、一部放射線量の高い地域については長期にわたって帰宅困難である旨を、政府が発表したという。

まったくヒドイ話だ。

東電のいわゆる工程表では、あたかも来春には事故が収束し、避難住民たちが自宅に帰れるかのごとき幻想を懐かしめた。しかし、実際には事態は深刻であり、とてもじゃないが事故の収束も帰宅も覚束ない、最低でも五年から十年、あるいは十年から二十年、さらには数十年、との厳しい見方をする専門家が何人も存在するのだ。こうした専門家たちからすれば、政府は今頃になって何を言っているのか、そんなことはとっくの昔にわかっていたではないか、政府の後手後手の対応にはあきれ果てるものだ、ということになるだろう。

わたくしの心配は範囲の問題だ。現時点では、「原発から半径20キロ圏内の警戒区域の解除を検討する予定だが、放射線量が高く人体への影響が懸念される一部地域は立ち入り禁止を継続する」(産経ニュース)と報道されている。専門的には意見の分かれるところだが、チェルノブイリにおける避難基準を採るならば、その対象はもっと広範囲になるだろう。早い話が現状の日本政府の対応は旧ソ連以下ということだ。

さて、顕正会の話に戻ろう。

上述の帰宅困難の話と顕正会の宗門復帰の話は、どこか似ているところがある。たぶん今日の結論が見えてきたと思うが、顕正会では当初、いずれは宗門復帰が叶うものと考えていた。浅井先生もその意味の発言を繰り返していた。ところがどうしたことか、近年はまったく言及しなくなった。つまり、事実上の復帰困難を、いや、困難を通り越して不可能を、浅井先生は知ったのである。もちろん、復帰しないほうが甘い汁が吸える、という見方もあるが、いずれにしても会員に復帰困難ないし不可能を宣言しないでいることの不誠実を指摘しておきたい。

現政府は後手後手の対応ではあるものの、正直に帰宅困難を告げた。ところが浅井先生は会員に対して口をつぐんだままなのだ。

いや、もちろん、今さら言っても仕方がないし、逆にまた、今頃になって言えば、それはそれで批判の対象にされるだけのことだ。

まさに踏んだり蹴ったりだが、もはやどうにもならない。自業自得である。

2011/8/11

たばかり昭衛を斬る  
今日は表題のごとく浅井先生を徹底的にやっつけるつもりだが、その前に大沢氏の直近のコメントを紹介しておこう。

ポスト乱発のあり方は決して浅井先生の「急いでいる」の御心(?)に叶う結果をもたらさない

末端はともかく上級幹部の人事は浅井先生自らが行なっている。つまり、浅井先生は自分で自分の御心(?)に背いているわけだ。皮肉な話だが、これが現実だ。

さて、本題である。顕正新聞掲載の七月度総幹部会の会長講演を取り上げよう。

まずは結論を言ってしまおう。最低・最悪の講演だ。

時系列がデタラメきわまること。改竄まがいの文証を用いていること。概略この二点に集約されるだろうと思う。

本講演は来るべき八月を望んで、顕正会の歴史を概観することが話の骨子となっている。八月は顕正会における原点の月である。それは発足(再建)や解散処分など、重要な節目が奇しくも八月であったことから、そのように位置づけられているわけだ。そこで七月末の講演では毎年のように顕正会の歴史、とりわけ御遺命守護の歴史を振り返ってきた。今回も同様である。

善意に解釈すれば、浅井流の要約なのだろう。顕正会の歴史をわずか二十分ばかりの短い時間で語り尽くすことはできない。そこで浅井先生が得意とするところの要約がなされる。便宜的に話の順序を入れ替えたり、引用文をいじくったり、そのようにして内容の圧縮を試みるのだ。
しかし、ここに問題がある。圧縮するのは結構だが、解凍するのは受け手側なのだ。解凍の仕方によっては、事実誤認が生じる。穿った見方をすれば、浅井先生はワザとそれを狙っているのかもしれないのだ。
もしそうならば、捏造である。つまり、御遺命守護の戦いは浅井先生の捏造であって、正義の戦いでも何でもないことになるのだ。

そのような疑いを持たれないためにも、時系列であるとか引用文は正確を期すべきだろう。

 宗門最大の権力者・池田大作と、誰人も背けぬ最高権威の「法主」が一体となって
 「国立戒壇は本宗の教義ではない。正本堂こそ御遺命の戒壇である」
 と謀ったら、宗門の全僧侶・全信徒がなびくのは当然です。


このくだりが本講演における最大の問題点である。

まず文中の引用部分から取り上げよう。カギカッコで括られている以上、文献などにこのとおりの文言が出てこないといけない。まあ、多少の字句の出入りは大目に見るにしても、はたして文証が存在するかどうかが問題だ。たぶん現場の活動会員たちはここで窮地に陥ることになるだろう。もし顕正会批判を得意とする法華講員に遭遇したならば一巻の終わりである。

しかも時系列がデタラメだ。

本講演ではこの後に昭和四十二年の文献を引用している。つまり、話の流れからすれば、上掲のカギカッコはそれ以前の文証でなければおかしいのだ。

真相を言おう。

引用文の前半部分はまさしく日達上人の御言葉である。
しかし、後半部分は違うのだ。たぶん、そっくりそのままの文証は存在しないだろう。浅井先生は後半部分を池田大作氏の諸々の発言から要約して作り上げたのだ。
いずれにしても二人の発言をマゼコゼにして一つの文章を作り上げているわけだから、捏造と言われても仕方がないだろう。
なるほど、よく読むとその辺の事情が如実にあらわれている。すなわち、池田氏と日達上人が一体となって謀った・・・と。

なお時系列について、もう少し詳しく説明すれば、「国立戒壇は本宗の教義ではない」との御説法は昭和五十年七月五日のものである。

これで明白だろう。いかに要約と言えども、あるいは便宜的と言えども、限度がある。上掲は時系列のデタラメさ加減と言い、引用文の改竄と言い、もはや許容範囲を超えていると言わざるを得ないところだ。

本稿はこれで終了してもいいくらいだが、オマケとして会長講演の続きを取り上げておこう。浅井先生は解散処分以降の動きとして、正義にめざめて顕正会に入会する創価学会員が後を絶たなかった、と言っている。

 ここで池田大作はどうしたか。もう解散処分の後であるから「法主」の権威は使えない。そこでこんどは、公権力を動かしたのです。

これも不正確である。もう二十年も経つから若い人は知らなくても仕方がないが、少なくとも昭和四十九年から平成二年までは違ったのである。当時の創価学会員はまだ猊下の権威にしがみ付いていたのだ。
はっきり言って、妙信講は厄介な連中だった。もちろん創価学会員にとってである。ゆえに猊下の権威を持ち出して、議論を封じ込める作戦を取っていた。
この作戦は平成二年まで有効だったわけで、創価学会員と対峙したことのある当時の妙信講員であれば記憶に残っているはずである。

 折伏を行ずる顕正会員に対し、学会員に虚偽の告訴をさせた。そして次々と顕正会員を公安警察に逮捕させ、新聞・テレビで大々的に報道させた。すなわち、「顕正会は拉致・監禁をするオウムのような怖い団体」ということを、広く社会に宣伝して顕正会を潰滅させようとしたのです。

この辺はアゲアシ取りみたいなものだが、今回の講演がいかに短絡的かをあらわしていると思う。ようするにオウムが社会問題化したのはずっと後のことなのだ。ましてや新聞はともかくもテレビで大々的に報道されたのは近年のことであり、解散処分から相当の年月を経ているのだ。あたかも処分以降、上述のことが次々と起こったかのように言うのは無理がある。これも顕正会の長い長い歴史を圧縮して説明したがゆえの不具合なのだろう。

 五十四年前、雄々しくも悲壮な決意で発足した時も
 四十一年前、命かけて御遺命守護に立ち上がった時も


たぶん、この年数についての感慨は人それぞれなのだろう。

いずれにしても今回の講演は最低・最悪である。なぜならば己の主張を正当化するために、あろうことか猊下の御指南を改竄ないし捏造したからである。もし先生にそうした意図がなかったとしても、ハタから見てそのように受け取られても仕方がないほどのお粗末さである。

願わくは、たばかり昭衛の汚名を返上できるよう、奮闘努力せられんことを。

2011/8/10

ポスト乱発とその背景  
いつもながら貴重なコメントをたくさん頂戴して、まことにありがたいかぎりであるが、今日もまた省略させていただき、さっそく顕正新聞の話題に入りたいと思う。

第1214号は七月度総幹部会の特集号である。

六・七月度弘通 空前一万七、一九一名

今回の折伏成果は正直なところ凄いと思う。いつだったか、本年中の百五十万はけっこう厳しいのではないか、という意味のことを書いたが、どうやら今の勢いで行けば予定通り年内に百五十万に到達しそうである。

しかし、この数字とは裏腹に、組織の状態があまり芳しくないようにも感じられるのだ。これは単なる印象ではなく、それなりの根拠がある。まずは折伏成果の三者内訳を示そう。

男子部 6752名
女子部 6282名
婦人部 4157名


なんと男子部と女子部の成果が逆転しているのだ。もちろん、これは以前の四者体制から現在の三者体制に移行したことが影響しているわけだが、しかし、女子部の強さはハンパじゃなかった。壮年・男子が束になっても勝てないほどの圧倒的な強さを誇っていたのだ。参考までに一年前の成果を示しておく。

男子部 5325名
女子部 6270名
婦人部 3646名
壮年部 561名


おわかりだろう、女子部は辛うじて前年を上回っているものの、ほぼ横ばいである。壮年・男子の連合軍はそれなりに飛躍しているし、婦人部も堅実に伸びている。それに比べれば女子部の伸び悩みがよくわかる。本当は一年毎の比較ではなく、毎回の折伏成果を詳細に検討すべきところだが、そこまで調べる元気がない。

ともかく今回の場合、北海道における女子部の中心者がいわばキーマンである。

 このたび女子部において、東北の第七女子部と北海道の第十三女子部で部長の交替が行われ・・・

女子部は大所帯なので部長クラスだけでも二十人ほど存在する。ゆえにすべてを把握することは大変なことだ。そうした中で、たまたま北海道の女子部長のことは記憶に残っていたので、彼女はどうしたのだろうかと気になっていた。六月度の人事では札幌会館の管理主任の職も解かれているし、今回の人事では上掲のごとく部長を降ろされているのだ。

理由は不明だ。

ここで言えることは、ポストの乱発が活動会員のプレッシャーになっている。いや、もちろん、ポストが活動会員の励みとなる場合もあるわけだが、今の顕正会の場合は逆効果になってしまっていることが少なくないかもしれないのだ。

せっかくなので一年前と比較しておこう。

男子部 12部→13部
女子部 15部→20部
婦人部 9部→14部


男子部は壮年部からの編入で一部増えた。しかし、よく見ると欠番があるので、実質的には現在も12部らしい。ちなみに、以前は「男子第一部」と表記されていたが、今は「第一男子部」になっている。いつ変更になったかは調べていない。
さて、女子部であるが、ポストの乱発ぶりがよくわかるだろう。これが活動会員を苦しめている可能性は否めない。
なぜならば、今回の人事では青森県の女子部の中心者が北海道の部長を兼任することになったからである。隣県とは言え、海を隔てている。北海道は広大である。ゆえに本当ならば、北海道在住者を後任として選ぶべきが筋のはずだ。ポストばかりを増やしても人材が育たなければ意味がない。
当然、婦人部も危険な状態にあることが窺えるだろう。このままポストの乱発を続ければ、やがては女子部と同じ結果を招くことになる。

今日は、組織の状態があまり芳しくないように感じられる、ということで話を始めたわけだが、まだ続きがある。実は今回の総幹部会には平会員が三人も登場するのだ。これもまた芳しくない状態を示すことだと思う。

平会員を馬鹿にするつもりはない。そうではなくて、実はこれもポスト乱発と大いに関係がある話なのだ。

一見すると、ポスト乱発と平会員は矛盾する。チグハグである。なぜならば、登壇する前にポストを与えてしまえばいいことだからだ。
たぶん、そうしたいのは山々のことだろう。しかし、年齢的な問題が大きいのだろう、あるいはその他の諸々の事情からポストを与えるわけには行かないのだと思われる。では、なぜにそのような人たちを登壇させるかであるが、それこそ人材難だからである。
つまり、末端レベルでも人材難であり、幹部レベルにおいても人材難なのだ。首脳部としては活動会員にポストを与えることが組織の活性化になると考えているのだろう。ゆえにあえてポストを乱発しているのだ。

「私は急いでいる」

これが答えだ。浅井先生は何かを急いでいる。何を急いでいるのか、一般的には日本に残された時間であろう、このままでは日本が亡ぶ、早く広宣流布しなければいけない、これが浅井先生の主張である。ゆえに顕正会の成長を急いでいるのだ。

しかし、今回の北海道での一件を考えると、もちろん真相は不明だが、しかし、もはや組織の成長ではなく、組織を維持することがギリギリ精一杯のところなのではないか、そこまで追い詰められているのではないか、先生の「私は急いでいる」はそうしたアセリを意味しているのではないか、という気がしないでもないのである。

2011/8/5

中国関連の話題を中心に  
種々のコメントを頂戴しているが、今回は省略させていただくことにして、早速ながら顕正新聞第1213号の記事を拾っていくことにする。原発関連で看過できない記事を発見した。以下は女子部総班長の発言である。

 ついで先生は、浜岡原発が全面停止したことは「諸天の働きである」と断ぜられましたが、戒壇の大御本尊様の御安危を憂えられる先生のご胸中を知り涙すると共に、四月度総幹部会において「浜岡原発即刻停止」を叫ばれた先生のご発言に、すぐさま諸天が呼応した不思議を眼前にし、広宣流布もひとたび諸天が動けば一気に成ることを、大確信させて頂きました。

これは事実誤認である。もっとはっきり言えば大ウソである。四月度総幹部会の会長講演に「浜岡原発即刻停止」を訴える文言は存在しない。浅井先生は単にその危険性を説明しただけであって、当時はまだ原発に対する態度を明確にはしていなかった。顕正新聞のどこを読んでも停止云々の文言は見当たらないのだ。

わたくしが心配なのは内部におけるクチコミ指導である。活動会員は忙しい。ゆえに過去の顕正新聞を読み返すようなことはしない。すると上掲のような指導が内部で繰り返されれば、いつの間にか事実でないことがまかり通ってしまうことになる。これはひじょうに問題だ。なぜならば、とんでもないペテンだからである。

本部はなぜ是正しないのだろう。わたくしには理解できないことだ。わざわざ顕正会批判のネタを提供しているようなものである。あるいはすでに正常な判断力を失っているのだろうか?

山梨にも及ぶ中国の不穏な動き
 富士山見学の中国人の多さに愕然


さて、今度は中国関連の記事であるが、実は同時に原発関連でもある。この発表者である男子部班長は地方公務員として山梨県内の庁舎を三年毎に移動しているそうだ。で、上掲の話は三月まで勤務していた都留市における見聞である。これを語るに落ちると言うのだろう。

彼は上掲のごとく中国人観光客の多さに驚いているわけだが、わたくしは三月十一日以降が重要だと思う。富士山は日本第一の名山であり、かつまた世界的にも類を見ない名山なのだ。ゆえに中国人のみならず外国人観光客の多くが、日本における代表的な観光スポットとして富士山を認識しているのだ。しかし、ご存知のごとく福島の原発事故以降、外国人観光客は激減してしまった。しかるに、くだんの発表者は三月までの状況しか知らない。厳密には三月十一日以降も月末までの二十日ほどは被っているわけだが、しかし、四月以降は別の勤務地に移動になっているのだから、今日の状況を知らないわけである。

もちろん、わたくしとて正確なデータを持っているわけではないが、少なくとも原発事故以降は中国人観光客も相対的に減っているはずである。逆の立場になればわかることだ。もし中国で原発事故が起こって、深刻な放射能汚染に見舞われていたならば、誰が好き好んで旅行するだろうか?

よって、富士山見学の中国人の多さに愕然、という記事は、何も中国人だけが富士山を訪れるわけではないこと、しかも記事は三月までの出来事であってそれ以降の状況が語られていないこと、この二点から考えてあまり説得力を感じない。また、記事の続きには中国系企業が別荘地の買収に動いている意味が書かれているが、今や世界第二位の経済力を有する中国がそうした動きを見せることはそれほど不思議ではない。ともかく人口においては世界一である。そこに経済力が加われば、自ずと存在感を増すのは理の当然であろう。

「沖縄には中国人工作員が多数潜入」
中国人観光客の多さに先生の指導 実感


これは男子部第四十二隊長の記事である。最近沖縄では、どこの観光地に行っても、中国人観光客が目立ってきているのだそうだ。ゆえに、「沖縄には中国人工作員が多数潜入」との浅井先生の指導を実感した、大雑把に言えば、こういう話の流れである。

前掲の記事は三月までの話だったが、これは最近の話であると明記してある。しかし、わたくしの主張に支障はない。

今や日本は放射能まみれである。そうした中でもっとも汚染度の低い地域が沖縄なのだ。ゆえに中国人があえて日本旅行を決行するのであれば、少なくとも関東以西となるだろう。とりわけリスクの低い地域を選ぶとすれば、沖縄が必然である。

先日、中国で列車事故が起こった。

わたくしの感想を言えば、中国も意外にオープンではないか、ということだ。なぜならば、一昔前ならば事故を完全に隠蔽してしまったのではないか、われわれには容易に情報が届かなかったのではないか、と思ったからである。確かに今回も列車を埋めたりして、いかにも中国らしさ(?)を感じさせたものであるが、われわれはそれらの一部始終を知ることができた。この点は飛躍的な進歩である。

しかも高速鉄道敷設の意味するところが重要だ。わたくしの思うに、それは自由主義的気風であろう。中国は共産党の一党独裁であるけれども、すでに中国は自由主義的気風を獲得している。いや、正確には獲得しつつあると書くべきかもしれないが、いずれにしても中国人民は相当程度において自由主義を謳歌しているのだ。高速鉄道の意味するところは国内旅行が自由にできることである。また、逆に言えば、そうしたニーズがあるからこそ鉄道が敷かれたのだ。

当然ながら、この延長線上には海外旅行がある。もちろん、一定以上の富裕層でなければ旅行など覚束ない。しかし、既述のごとく世界一の人口を誇る中国である。ゆえに富裕層の比率がどうであれ、われわれから見ればたくさんの中国人が旅行しているように感じられるのだ。

以上、沖縄を訪れる中国人旅行客は自由主義的気風を謳歌しているのであって、顕正会が主張する他国侵逼とは無縁である。中国共産党の動きと中国人民の動きがすべて連動しているかのごとく思うのは、邪推もいいところだろう。

さて、最後はかつて総幹部会で二百五十三件という前代未聞の逆縁を発表した人の登壇を紹介しよう。

 振り返れば、曽て東京・神奈川・埼玉・栃木・宮城・秋田・岩手と、実に三〜四年間も未入信結集に走り回り、その数年間は一人の入信者もいない逆縁の連続で・・・その当時は現在の入信ラッシュなどとうてい想像できす・・・

この人は支隊長に昇格したという。しかもビデオ放映に七十名も集めるというのだから、おそらく支隊としての実力はトップクラスだろう。上掲のごとく、かつては何年にも亘って逆縁の連続だったが、今は入信を願い出る人が続々とあらわれているのだそうだ。

もっとも模範的な姿である。

しかし、はたして若い人たちがこれを真似ることができるのか、疑問である。三年ないし四年もの間、まったく成果を上げることができなければ、もはや組織にいられないのではないか。また、たとえ組織にしがみ付いていたとしても、いわばダメ会員のままでいたずらに時間を浪費し続けることになるのではないか。早い話、若い人は結果を急ぐあまり暴発するか、さもなくば化石化するということだ。

この人のように地道に種を蒔き続けることがいちばんの理想であることは誰もがわかっている。しかし、現実にはひじょうに難しいことなのだ。

2011/8/3

原発関連の記事を中心に  
前回、聖人賢人の使い分けについて、浅井先生の考えはこれこれこうだろうと推測を試みた。この当否について、大沢氏とわたくしでは意見が異なるようだが、一つだけ確実に言えることがある。浅井先生は六月十二日の日曜勤行で妙密上人御消息を拝読している。あるいは六月二十四日の総幹部会でも「春を留めんと思へども夏となる」の一節を引用している。つまり、先生がどの程度の頻度で御書を拝読ないし研鑽しているか不明だが、少なくともわりと最近、妙密上人御消息を拝読しただろうことが窺えるのだ。ゆえに、何の考えもなしに伝教大師を賢人としたのではなく、同御書の「又賢人とも云ふべし」の一節を踏まえていると考えるのが妥当である。とかく浅井先生には「浅い教学」などの揶揄が付きまとうが、浅いか深いかはともかくとして、それなりの根拠に基づいて発言していることだけは確実であろう。

信行氏からは終末医療の件でコメントを頂戴した。正直に言うと、わたくしはこれについて議論をする自信がない。ひじょうに難しい問題であり、簡単には結論が出ないことだと思う。また、安易に結論を述べるべきでもないだろう。ゆえに機会を見て、自分の考えがうまく伝えられそうな場面があれば、僭越ながら論じさせていただきたいと思う。

さて、今日は顕正新聞第1213号から話題を拾うが、主には原発関連になるだろう。最近の報道によれば、福島第一原発で驚異的な放射線量が計測されたという。今頃になって不可解であるが、ともかく今もなお一向に収束の目途が立たない、依然として深刻な事態が続いている、ということを意味するのだろう。

 そして今、佐賀の玄海原発の運転再開を巡り・・・四面楚歌に陥りながらも権力の座にしがみつく菅総理が突然再稼動に待ったをかけ、すべての原発の再稼動の見通しが不透明になるという事態が発生・・・これまさしく先生の「原発全廃宣言」に呼応しての諸天の働きと思えてならず・・・(以下省略)

第十一男子部長も凄いことを言うものだ。先には幹部たちが挙って、浜岡停止を先生の手柄のごとくに賛嘆したが、今回はさらにバージョンアップしたことになる。今の趨勢では確かに原発の全停止も夢ではない。運転中の原子炉もいずれは定期点検のために停止するわけで、もしそこで再稼動の許可が下りなければ事実上の原発全廃である。

しかし、これを諸天の働きと言えるのか、そこが問題である。

いや、それ以前に、先生の「原発全廃宣言」が問題だ。

ご存知のごとく、顕正会では平成十六年に一国諫暁を行なった。具体的には諫暁書の配布活動であり、およそ一千万部が配られたという。これを一言で言えば日本国民への周知徹底ということだろう。
仮にもし諫暁書において、「原発全廃宣言」を明記していれば大したものである。だが、しかし、同書にはそのような記述は存在しない。
つまり、原発全廃宣言なるものはごく最近になって言い出したことであり、日本国民は誰も知らないのだ。顕正会の組織の中で発言しただけであって、諫暁書のごとく外に向かって広く周知徹底したわけではないのだ。

内輪で話しただけで諸天が呼応してくれるのならば、これほど楽な話はない。広宣流布もこの方法で実現してしまえば会員も楽だ。

一種の便乗商法みたいなものだろう。手柄の横取りと言っても構わない。繰り返しになるが、今は脱原発の機運が高まっているわけで、いわば浅井先生はそれに便乗したわけだ。しかも脱原発が実現した暁には、それを諸天の働きだと言い、さらに幹部たちには「先生のご発言に諸天が感応した」と言わせるつもりなのだ。まさに便乗であり、手柄の横取りである。

はたして顕正会の中に、このカラクリに気づいている人がどれだけいるのか、そこが気になるところだ。わたくしには幼稚なカラクリとしか思えないのだが・・・

幹部たちによる原発関連の話題は枚挙に暇がないが、もう一つだけ紹介しておこう。以下は婦人部愛知支区部長の記事である。

・・・諸天の働きにより、浜岡原発は浜松会館御入仏式前日に全面停止となり、玄海原発も再稼動延期になるなど、先生の仰せに諸天が励んでいるとしか思えず、若狭湾の原発群も必ず鯖江会館御入仏式までには停止すると確信してやみません。

立派な確信である。イヤミではなく、そのように願うことはいいことだ。先ほど定期点検のことを書いたが、原発は十三ヶ月毎に点検が義務づけられているので、たぶん鯖江会館が完成する頃には停止していることだろう。すると問題は再稼動だ。若狭湾の十数基の原発は今が点検中の炉もある。つまり、今点検中の炉はいずれ再稼動することになるわけで、会館完成の頃にすべてが停止しているかどうかは微妙である。もっとも福井県知事は再稼動に消極的だとも言われているので、愛知支区部長の確信どおりになる可能性のほうが高いかもしれない。

問題は福島第一である。最近の顕正会は原発全廃を謳っていてそれは旗幟鮮明であってまことにけっこうなことであるが、しかし、福島原発の事故のことが忘却されつつある。わたくしはこれが大問題だと思う。

いつかも書いたことだが、諸天の働きをそれほど信じて疑わないのであれば、まさに諸天の力用で解決してほしいものである。既述のごとく、原発全廃宣言なるものは便乗であり手柄の横取りみたいなものだ。ゆえに、そうではなくて、収束困難な福島原発の状況を諸天の力用を駆使して解決すべきなのだ。それが出来るのは浅井先生だけ(?)なのだから・・・

 「私は急いでいる」

最後にちょっと気になったことを書いておくと、幹部たちの記事に浅井先生の発言として上掲の言葉が出てくる。どうやら六月度総幹部会の会長講演が出典らしい。ところが顕正新聞に掲載されている会長講演にはそうした文言が見当たらないのだ。不可解である。


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