2011/10/28

秋の深まり  
今日は最初に、沖浦氏にクギを刺しておこう。

 やはり戒壇本尊本懐論が一凶ですね。

(中略)

 私には、極めて不思議に見えますが・・・・

不思議なのは沖浦氏のほうだろう。よしりん氏であれば、定めて反論することだろう。わたくしの思うに、よしりん氏こそ、創価学会員の鑑である。氏は以前、正信掲示板で活躍していたが、今はどうしているだろうか?

 達師ですが

 凡庸な法主だったと思いますが、晩年は池田先生に帰依なさいました。


御高徳の上人を凡庸などと評することは言語道断である。しかも晩年は池田氏に帰依したと。これは道理文証現証の上から説明すべきだろう。できっこないだろうが・・・

さて、諫暁書の受取拒否については、トチロ〜氏と水無月氏よりご教示をたまわった。

なるほど、頷ける話ではある。住所がわからない以上は返送のしようがない。であれば必然的に本部に返送されることになるだろう。
しかし、水無月氏のおっしゃる住所を記した封筒は皆無だった云々は信じ難いことである。たとえば百通あって、そのうち住所を記したものが二・三通しかなかった、というのであれば、なんとなくリアリティがあるけれども、ゼロは極端過ぎる話である。
わたくしが思ったのは、高校生など若年の顕正会員で家族が大反対しているとか、家族に内緒で活動している人であれば、住所を書くわけには行かないだろう。しかし、そうでないイッパシの顕正会員であれば、正々堂々と住所を書くのではないかと思うのだ。少なくともわたくしが活動していた頃には、そのような会員がたくさんいたのである。
もっとも水無月氏がわざわざウソを書く必要もないので、今は圧倒的に住所を記さないケースが多いことになりそうだ。すると、トチロ〜氏の指摘するごとく、それが活動家の心理なのだろうか?
あくまで推測だが、もしかしたら本部からの通達とかクチコミ指導のような形で、住所を書くべからずということになっているのかもしれない。その理由は、法華講員のエジキ(?)にならないために、である。

話が振り出しに戻ることになるが、わたくしは返送などという面倒臭いことをせずに勝手に捨ててしまうのが一般だろうと書いた。

しかし、つらつら考えているうちに、別の可能性も浮かんできた。

宗教関係の書物であること。定価が千円と記されていること。こんなことから、捨てることがはばかられる。何となくバチアタリな行為のように思えてしまう。これが今の平均的日本人の心理なのかもしれない。

平均かどうかは別にしても、そのような人間が一定の割合で存在することは間違いあるまい。であれば、大量に配布された諫暁書の何割かが、あるいはわずか数パーセントであっても、それが返送されれば相当である。

さて、今日は面倒臭い気持ちもあるが、顕正新聞第1221号の記事を取り上げる。

発足以来信心貫いた姑が良き臨終

婦人部の総班長の記事である。この人は昭和四十三年に夫の折伏で入信した。夫としか書かれていないので、今は化石信心の人なのだろう。御遺命守護の時にはそれなりに戦ったらしい。今回はこのお母さんが臨終を迎えたという話である。息子は化石信心だが、母親は組長として人生を全うした。九十二歳である。

次は女子部総班長と婦人部班長の活動報告を続けてご覧いただこう。

 台風が去ったあと、第五十一区あげて特集号を配布したところ、この地域は多くの者たちが初めは「こんな忙しいときに」と受け取りませんでしたが・・・

 その後、役場周辺に特集号を配布すると、台風の後片づけに追われ、「それどころじゃない」と反発する人もいましたが・・・

以前にも似たような話題を取り上げて、確か信行氏から反論を頂戴したことがあった。ともかく、ドサクサに紛れて配布を行なうのはよろしくない、とわたくしは思う。

同様の意味で、次の記事も凄まじい。女子部第五十四区長の活動報告だ。

 そして九月十一日、京都市内において、一五〇〇人の一般市民が集って行われた「脱原発デモ」に多くの区員が駆けつけ、特集号を配布しました。

なんだか訳がわからない話だ。確か同じ日に新宿で行なわれたデモにおいては、右翼系の団体が現れて原発推進を叫んでいた。こちらは何となく構図が見えるのだが、上掲の場合はいちおう顕正会も脱原発なのである。こんな調子だから批判されてしまうのだ。ようするに、顕正会の脱原発は勧誘のエサである、というような見方である。

さて、次は婦人部広島支区部長の記事であるが、煩瑣を避けて必要な箇所だけを引用するのでご注意願いたい。

これすべて先生の
 「直ちに原発を廃止せよ」
 との師子吼に諸天が感応する姿


現状ではいわゆる黒い巻き返しもあって微妙なところであるが、ともかく大きな流れとしては原発全廃の方向に進んでいるのが日本の姿である。上掲は手柄の横取りというか自作自演というか、あるいは自己満足というべきか、いずれ原発の全廃が実現した暁にはあたかも浅井先生の手柄のように言うための下準備みたいなものだ。いちおう、かなり早い段階で脱原発を表明し、かつまた問題の本質を的確に論じてきた点においては評価したいと思う。だが、しかし、それを諸天の感応と言ってしまうのはどうだろう。いかにもヤラセっぽくていけない。

副総合婦人部長の文章も紹介しておこう。

 この九月は、顕正新聞特集号の出来より、浅井先生の一国諫暁のお手伝いが叶う歓喜で沸き立ち、(中略)「必ず一国は動く」との大確信が強く込み上げました。

必ず一国は動く・・・

これをどういう意味で言っているのかが問題だ。単に原発全廃を意味するのであれば前掲の話と同じだろう。しかし、特集号=一国諫暁との意味が読み取れるので、最終的には広宣流布を意味するのだと思われる。であれば、脱原発は勧誘のエサ、との批判を免れない。

最後に再び婦人部班長にご登場願おう。

 また世界遺産に登録された熊野・那智大社は土石流で破損したことはもとより、那智大社に通じる通りも土石流で押し流され、謗法の罰を実感し・・・

御書を拝すると身延の自然環境は激烈で、大雨長雨によって道路が寸断されることがしばしば起こっていたようである。身延と聞けば、今でこそ謗法のイメージが強いけれども、さすがに大聖人がいらした時は違うだろう。ゆえに上掲は疑問である。自然災害を短絡的に謗法の罰であると結論してはいけない。

2011/10/27

最重要の話題  
一筆啓上氏より受取拒否について異見を頂戴した。わたくしの思うに、そういう人もいるだろうけれども、やはり比率としては捨ててしまうほうが圧倒的に多いに違いない。たとえば書留郵便であれば、なるほどその場で受け取りを拒否することは簡単だ。こちらがサインをしなければ、郵便局員とて品物を置いて帰るわけには行かないからだ。しかし、通常の郵便物は勝手にポストに入れられてしまう。それを返送するのは面倒臭いことである。ゆえに大半の人はそのまま捨ててしまうのだと思う。繰り返しになるが、一筆啓上氏のような人も世の中には存在する。ただし、わたくしの実感としてはごく少数だろう。

話のついでに諫暁書の返送に関して、疑問に思ったことを書いておこう。

大沢氏の目撃談では、本部会館に大量の返送があったとされる。もちろん、ウソではないのだろうけれども、わたくしには一つの疑問が生じてきた。
活動会員が諫暁書を送る場合、ほぼ必ずと言ってよいくらい、自分の連絡先を書くものなのだ。なぜならば、そうしなければ成果に結びつかないからである。
よって、もし受取拒否で返送されるとしたら、本部ではなく本人のところではないかと思われるのだ。

この辺の事情に詳しい人がいれば、後ほどコメントをいただければと思うが、いちおう、わたくしなりの推測を書いておこう。

まず、活動会員が会館で諫暁書を購入する。この時に希望すれば顕正会で作っている封筒を貰えるのだ。活動会員は自腹で購入し、同じく自腹で郵送する。そこで、せめて封筒くらいはサービスしよう、というのが本部の考えなのだと思われる。
顕正会の封筒には、冨士大石寺顕正会だったか顕正新聞社だったか、そうした名称・住所などが印刷されている。活動会員たちはその封筒に、別して本人の連絡先を書き添えるのだ。
さて、ここで送り付けられた側に立って考えてみよう。受取拒否をするとして、どちらに返送するかが問題である。たぶん、活動会員にではなく本部に返送するのが無難、このように考える人が多いのではないかと思う。

つまり、活動会員としては送り先からのリアクションを期待しているわけで、だからこそ連絡先を書く。しかし、送られた側としては早い話が関わりたくないわけだから、活動会員に対して受取拒否などという刺激的なリアクションを示すことはかえってヤブヘビになりかねない。すると本部に返送したほうが無難という結論になる。

いずれにしても、わたくしはそのまま捨て置くのがいちばん無難だと思う。その意味で、おそらく一筆啓上氏は強気の人なのだろう。

さて、今日は顕正新聞第1221号の話題である。

 そしてこのたび、学会に入信したときから奉持していた細井日達書写の御本尊を返納させて頂きました。

男子部班長会での登壇であるが、もはや言葉を失うほどだ。さらに、この続きの文章がヒドイ。

 長年信心をしてきた私にとって、「勤行は御本尊様に向かって行うもの」との固定観念があり、正直なところ、大石寺の方角とはいえ壁に向かって勤行をすることに違和感がありましたが、日々、浅井先生のご指導にふれるなか、細井日達がいかに悪貫首であるかが命に収まり、(以下省略)

御高徳の日達上人を呼び捨てにし、さらには悪貫首などと言う。わたくしはいい加減にせよと言いたい。

そうそう、以下省略などと書いてしまったが、この直後の文章も拾っておくべきだろう。

顕正会伝統の「遥拝勤行」

だったら会館・事務所の御本尊もすべて返納して、大勢で壁に向かって勤行すればいいのだ。この理屈で行けば、総幹部会など一般の会場で行なう集会においても、みんなで勤行できる。

この件に関して最大の矛盾を突いておこう。

遥拝勤行を顕正会伝統と言いながら、実際には自宅拠点の名目で相当数の本尊下付が行なわれていることである。いつだったかは、隊長・区長たちに本尊の授与(?)が行なわれたこともある。

いったいどうするつもりだろうか?

遥拝勤行の是非についてはさまざまの意見があるにせよ、戒壇の大御本尊を尊崇する意味においては是であると思う。ゆえに、イジワルなようだが、上述のごとく会館でもどこでも遥拝勤行に徹すればいちおうは筋が通っていることになる。ところが現実には会館・事務所のみならず、個人の顕正会員宅にも相当数の御本尊が存在する。この実態を正確に知ることは困難だが、さすがに本部としても否定はできないだろう。さらに悪いことには、ここに本尊疑惑が上乗せされるのだ。

このように考えると、もうどうしようもない、というのが偽らざる実感である。

ウンザリしてきたので終わりにしよう。今号は他にもいくつか用意があるけれども、面倒臭くなったので今日はやめておく。あるいは次回もやらないかもしれない。結局、本尊疑惑に比べれば、他の問題など物の数ならずなのである。

2011/10/23

特集号第二弾、その他の記事から  
顕正新聞第1220号の記事をざっと眺めてみると、そのほとんどが原発関連の記事であることに気づく。よくもこれだけ揃えられるものだと感心する。興味深い記事がたくさんあるけれども、ぜんぶ紹介し切れないのが残念だ。

大聖人様御入滅後の日興上人・日目上人の命かけての国主諫暁のお姿と重なり・・・

まずは女子部主任総務の記事だ。

もうそろそろ日目上人の季節になる。どういう意味かと言うと、浅井先生と日目上人の姿が重なって見える、と幹部たちが一斉に言い出す季節なのだ。
上掲の場合、それとはじゃっかん異なる。何しろ日目上人だけでなく、日興上人まで登場するからだ。
それはともかく彼女の発言には疑問がある。ようするに彼女は、今般の原発廃止特集号を全国会議員に送ったことが一国諫暁に相当する、という意味を言っているのだ。

何となく方向性が違って来ている印象を受ける。

たとえば以前、皇室典範改正問題の時に先生は行動を起こそうとしていた。結果的にはその直前で問題が解決してしまったので沙汰止みになったわけだが、もし行動を起こしていたならばそれが一国諫暁に相当することになるのだろうか?

そこがわたくしには疑問なのである。いろいろな政治課題がある。そのことで宗教団体が意見を言うことは、わたくしはあってもいいと思う。しかし、政治課題と言えば、そのほとんどが各論の範疇だろう。もちろん、宗教団体の立場から見れば、である。ゆえに、原発問題は大きな事案ではあるけれども、顕正会の立場で言えばあくまで各論の範疇に過ぎないはずなのだ。まさにかつての諫暁書のタイトルのごとく、一国に帰依を迫ることが諫暁なのであって、原発廃止を訴えることが諫暁なのではない。残念ながら今般の特集号はそこまで踏み込んだものではないだろう。

さて、次は女子部第百二区長である。

 「あの病院」とは、千葉市の「放射線医学総合研究所」のことで、そこに行くということは、もう二度と戻れない「死」を意味するのだそうで、「報道はされないが、もうかなりの人数が行ったよ」と教えてくれました。

彼女の組織には福島原発で作業をしている人がいるらしい。女性ではなく、男性女子部員のようだ。どうやら原発作業員の間では、上掲のような話が出回っているらしい。
わたくしの知る範囲では、現在のところ三名の作業員が亡くなっている。しかし、東電ではそれらを本人たちの持病による病死などと説明し、被曝との因果関係はないとしている。
つまり、現在は放射能が原因の死亡者はゼロである、というのが公式見解のようだ。

ゆえに、上掲の話が本当であれば大変なことである。

次は女子部第八十八区長の登壇であるが、ある高齢の組長が配布活動のために高額の寄付をしたという話である。

 「一五〇万をめざして」と書かれた封筒には、なんと一一〇万円が入っており、組長の信心に目頭が熱くなると同時に、先生のお心を一刻も早く全道民に伝えるために使わせて頂こうと、皆で二万部配布の戦いを開始いたしました。

何歳であるか不明であるが、本人は病気のため思うように活動できない、そこで少しでもお役に立ちたいとの思いから、上掲の金額を幹部に託した。

モッタイナイなあ、というのがわたくしの感想である。もっとも、モッタイナイという日本語はかなり幅広い意味があるので、わたくしがどのような意味を込めているかは読者の想像にお任せしたい。

ところで、今回の総幹部会では唯一であろうか、原発問題とは無縁の登壇があった。以下は婦人部組長の体験発表である。

 振り返れば、四年前の社(やしろ)の建て直しから次々と起こる夫の病気を機に神主は辞めましたが、建て直しに携わった、夫を除く五人全員が次々と亡くなり、これが謗法の害毒なのだと恐ろしくなり、全身に激震が走るほどの衝撃を受けました。

凄い話だ。この人の夫は顕正会に入信した。だから助かったわけなのだろう。すると、もしかしたら神社の建築に関わった六人全員が死んでいたかもしれないのだ。そうでなくても、現実には六人中五人が死んでいるわけだから、大変なことである。

わたくしの思うに、これほど凄まじい現証が日本全国津々浦々で起これば、広宣流布はあっと言う間である。

最後に、

モンゴル版経本と指導冊子 出来

これは備忘録の意味でも書いておく必要があるだろう。現在、外国語の経本は台湾版とモンゴル版の二つだが、近くネパール版も出来するとのことだ。

2011/10/22

特集号第二弾に隠されたメッセージ  
沖浦氏と山門入り口氏からコメントを頂戴しているが、一々のお返事は省略させていただくことにして、今日はさっそく本題に入りたい。

反原発

脱原発


こだわりのある人は、この二つを別物だと考えているらしい。よく知らないが、昔から言われてきたのが反原発であり、脱原発はわりと最近の言葉らしいのだ。実際、脱原発は3.11以降に多用されるようになったのだと思う。それ以前はあまり聞いたことがないし、こうしてキーボードで入力していても、脱原発は一発変換ができないくらいである。

ともかく一口に原発反対と言ってもいろいろなスタンスがあって、必ずしも意見がまとまっているわけではないようである。

即時廃止

段階的廃止


反原発も脱原発も結論的には同じであって、原発を廃止することを目指している。しかし、そこにはいろいろな意見があるわけだ。

浅井先生は即時廃止を主張している。わたくしも賛成である。

理想は即時廃止だが現実的には段階的廃止だろう、という意見があるのは当然であるが、わたくしは即時廃止が本筋であり、現実的という意味においても即時廃止に軍配が上がると思うのだ。

一口に原発反対と言ってもいろいろなスタンスがあると書いた。先には即時廃止・段階的廃止の議論を紹介したわけだが、大まかに言えば、もう一つ別の議論がある。ようは発電方法をめぐっての議論である。

火力発電

自然エネルギーないし再生可能エネルギー

つまり、原発の代替発電をどうするかという議論なのだ。

浅井先生は火力発電を支持している。とりわけガス・コンバインドサイクルにご執心(?)であるが、ここで先ほどの即時廃止に軍配が上がると書いた意味がわかるはずである。つまり、電力供給は従来から存在する火力・水力だけでも間に合うからなのだ。

ここで重要なのは、浅井先生は再生可能エネルギーを否定しているわけではないことだ。現段階では非現実的であると言っているだけなのだ。ゆえに、将来的には再生可能エネルギーにシフトしていくことに、何ら異存はないのである。

これに反対するのは、以前にも紹介したことがあるけれども、おそらくは武田教授くらいであろう。しかし、彼はちょっと変わり者なので、例外としておこう。

ここで、せっかくだから名前を挙げると、再生可能エネルギーへのシフトを主張している代表格は飯田哲也氏だろう。それから孫正義氏なども有名だ。彼らは国がしっかりと方針を打ち出し、国民が一丸となって取り組めば、すぐにでも実現可能であるかのごとく言っている。

これに真っ向から反対を唱えるのが、作家の広瀬隆氏である。

広瀬氏は再生可能エネルギーを全面的に否定しているわけではなく、将来的にはけっこうかもしれないが現状では使い物にならない、という意見のごとくである。おそらく浅井先生の主張はこれを踏襲したものなのだろう。

ここで一つの結論が見えてきた。

調べたわけではないが、おそらくは多くの宗教団体が脱原発ないし反原発を唱えていることだろう。さらに言えば、その多くが自然エネルギーないし再生可能エネルギーへのシフトを主張していることだろう。イメージ的にはそれがいちばん支持を得やすいからである。

ところが浅井先生の主張はくだんのごとくである。

繰り返しになるが、一口に原発反対と言ってもさまざまな主張がある。ここまでの議論を踏まえて、これらをあえて大別すると次のごとくなると思う。

現実的思考派

未来の大理想派


わたくしが何を言おうとしているか、見えてきたのではないかと思う。

今の浅井先生は物凄く現実的であり、バランスの取れた思考をしている。もし、こうした思考方法に立脚するならば、教義上の争いも解決の目途が立つのではないかと思うのだ。

御遺命守護の時代における浅井先生は、いわば未来の大理想に固執して猊下を困らせた。駄々っ子みたいなものだ。しかし、今の浅井先生ならば大丈夫だ。

この話の優れているところは、未来の大理想を否定しているわけではないことだ。

再生可能エネルギーの話を思い出してほしい。今すぐにそれをやろうとするから非現実的なのであって、将来的にはそこに向かって進むべきなのだ。

未来の大理想とは他ならぬ日達上人の御指南である。日達上人は未来の大理想を御指南あそばすと同時に、正本堂建立という現実を踏まえて、その意義付けをあそばしたわけである。

今の浅井先生ならば理解できるはずだ。

 戒壇の大御本尊まします仏国土・麗しきこの日本を、汚染させてなるものか

九月度総幹部会会長講演における最重要の発言である。

顕正会が教義上どうしても譲れない点は、いわゆる事の戒壇の定義である。顕正会では、細井管長は事の戒壇の定義を変更してしまった、と言っている。以下、折伏理論書から端的な部分を引用しよう。

 近年に至って細井管長が
 戒壇の大御本尊まします処は、いつでもどこでも事の戒壇である。したがって正本堂は事の戒壇である
 などと云い出したのは、正本堂を御遺命の事の戒壇と偽った学会の誑惑を庇うための詭弁にすぎない。


しかし、今回の会長講演は格段の進歩だと思う。今一度、再掲しよう。

戒壇の大御本尊まします仏国土

わたくしの思うに、これは「戒壇の大御本尊まします処はいつでもどこでも事の戒壇」とほとんど同義である。たぶん浅井先生としては、義理・事の戒壇に当たる、との意で用いているのだろうけれども、もはやここまで来ればわずかな表現の違いは気にしなくていいだろう。以前にも書いたことがあるが、日達上人の御指南には「現時における事の戒壇」といった御表現もあるのだ。わたくしには日寛上人の御指南と日達上人の御指南がまったく同じに思える。そして今般の浅井先生の言う「戒壇の大御本尊まします仏国土」も同義である。

そうなると、残るところは国立戒壇の名称に固執するかどうか、問題はこの一点であろう。

現実思考派の浅井先生ならば乗り越えられるはずだ。

2011/10/21

特集号第二弾を読んで  
今朝も信行氏からコメントを頂戴しているが、今日は話を先に進めさせていただくことにする。顕正新聞第1220号の話題だ。

今号は原発廃止特集号の第二弾に位置づけられるのだろう。ある意味、九月度総幹部会の会長講演はわたくしの予想を裏切った。というのは、さすがに原発の話題はやらないだろう、別の話題に移るのではないか、と思ったからだ。たとえば紀伊半島を中心に甚大な被害をもたらした台風十二号のことなど、格好の材料と言ったら語弊があるけれども、あるいは新内閣発足のこともあるし、ともかく講演のネタには困らないはずなのだ。

しかも今号は意外性バツグンの紙面づくりが光った。

なんと、いきなり第一面から会長講演が始まるのだ。一面から四面までが会長講演で、五面に全体を括る報道記事が集約されている。

おそらくは配布を念頭に置いての紙面づくりなのだろう。また、よほど講演内容に自信があるのだろうと思われる。

仏国土・麗しき日本を汚染させてなるものか
福島事故は「首都圏壊滅」の一歩手前だった
原発は即時廃止しガス・コンバインドサイクル発電に切り換えよ


これが会長講演に付された大見出しである。

おおむね講演内容に添った見出しではあるものの、前回の講演もそうだが、ガスコンバインド発電にこだわり過ぎているという印象が拭えない。もっとも、単に原発反対を表明するだけでなく、いわば代替案を示しているという意味では、悪くないだろう。

さて、講演全体の評価であるが、今回は百点満点をあげてもいいと思う。

浅井先生にしてみれば、わたくしから百点を貰っても少しも嬉しくないだろうが、しかし、拙ブログにおける種々の指摘を参考にしたものか、細部に至るまでひじょうによく書けていると思うのだ。たとえば前回の講演では横浜火力の全体写真に対してトンチンカンな説明を付していたけれども、今回はそれが改められている。

何よりわたくしが驚いたのは浅井先生の瞬発力ないし集中力だ。

今回の講演は前置きの部分を除けば、すべてが原発の話題なのだ。前回も原発の話題だったし、五月の浜松での講演以降、何度も原発の話題を取り上げている。ゆえに、もうそろそろネタ切れとも思われたし、話題の一つとして講演の一部に織り込むことはあっても、まさかここまで集中的に取り上げることは考え難かったのだ。

もともと浅井先生は原発問題にそれほど詳しかったわけではない。悪く言えば俄か勉強ないし付け焼刃であるが、ともかく短期間に猛勉強して相当の知識を得た。それが講演内容に見事に結実しているのだ。

わたくしの思うに、浅井先生のこの瞬発力は、まさに顕正会の歴史において、要所要所で遺憾なく発揮されて来た。

いわゆる御遺命守護の戦いがそうだ。

もちろん、もともと教学には熱心だったのだろう。この意味では付け焼刃とは言えないだろうが、いずれにしても第一回の諫暁書を書くに当たっては猛勉強したことだろう。創価学会の大幹部たちと相対するにおいても、不覚を取らぬために猛勉強したはずだ。

今から俯瞰すれば、当時の戦いは短期決戦だった。

御遺命守護は昭和四十五年から四十九年までの戦いであり、さらに委細に見れば、五・七・九の三年が戦いの山場であり、四十六年や四十八年はいわば休戦期間だった。つまり、御遺命守護の戦いを第一回の諫暁書から解散処分までの期間とすれば足掛け五年であるが、実質的な期間はきわめて短かったと言えるのだ。浅井先生の瞬発力ないし集中力を示して余りある事例であろう。

わたくしの思うに、今回の講演はその先生の実力の健在ぶりを如実に示すものである。しかも当該講演はかつての御遺命守護と違って、一般人にも容易に理解できる内容であるし、そもそもが多くの国民の関心事なのだ。ゆえに活動会員にとっては折伏のための格好の武器となる。第一弾に引き続き、大量に配布されることだろう。

さて、いつもはイチャモンをつけるのがわたくしの仕事(?)であるが、今回は百点満点ということで書くことがない。と言いつつ、次に会長講演の前置き部分と結論部分から引用して、一言言わせて貰おうと思う。

 特集号の活用も爆発的ですね。発刊されてからまだわずか十数日にもかかわらず、その部数はすでに八〇万部にも及んでいる。

 一五〇万顕正会員の一人ひとりが、日蓮大聖人の使いとして毅然と立つとき、一国は必ず動く。

わたくし個人の感想としては、八十万部は凄いと思う。しかし、前回の特集号に引き続いて今号も大量に配るつもりなのだろう。だったら一般人がどのように感ずるか、考慮しなくてはいけない。顕正会は会員が百五十万人もいるのか、凄いことだ。まずはそう思うだろう。では、なぜに機関紙が八十万部なのか、という疑問が浮かぶのだ。

事情を知らない善意の人は、名目会員は百五十万だが実数は八十万、と思うかもしれない。八十万もいれば、凄いことだ。

しかし、ご存知のごとく、実態は数万人である。数万人の活動会員たちが配布するために複数部を購入して、その結果が八十万部ということなのだ。ちなみに前号そして今号は配布を見込んで大量部数が刷られたが、通常の発行部数は二十万部と言われている。

最後に、世間の話題を踏まえて書く。

九月度総幹部会は二十七日に行なわれたわけだが、この一週間前に東京の明治公園で六万人の集会が行なわれた。

当然、浅井先生はそれを知っていただろうし、明治公園は思い出の場所でもあるだろうから、いろいろ思うところがあっただろう。先生がどのような感慨にふけっていたか、それはわからないけれども、わたくしなりの感想は書ける。六万人は今の顕正会にとって、届きそうで届かない数字である。そこが半ば忸怩たる思いであると同時に、顕正会だけで六万人を集めることが出来ればどれほどインパクトがあることか、との思いもあるだろう。

しかし、くだんの六万人集会は新聞・テレビがあまり熱心には報じなかった。さすがに完全に黙殺することは出来なかったにせよ、報道に消極的だったことは否めないだろう。

すると、顕正会が男子を五万人集めようが十万人集めようが、それが社会にどれだけの影響を与え得るか、疑問となる。

今日はこれで終わるが、次回も会長講演を取り上げるつもりだ。

2011/10/20

結果発表?  
今回もまた信行氏とのやりとりから始めないといけない。

巌虎殿
 吾輩は、沖裏が懲戒を受けながら反省するどころか開き直っている様をあげてはいるが、職務内容については一切触れておらぬ。
 行政が必要としている職業を悪し様に罵るつもりなど毛頭ない。
 加担などしていないのである。
 訂正を求める。


相変わらず鋭い人だ。結論から言えば、わたくしの文章の拙さが問題だったのだろう。説明不足と言い換えるべきだろうか?

ようするに信行氏は職業差別に加担していない。しかるに巌虎は加担しているかのように書いている。

もし読者の中に、そのように受け取った人がいたとしたら、まさにわたくしの失敗である。

しかし、わたくしの意図するところは別にあった。当時は一対三の状況だった。つまり、沖浦氏に対し、三人が同時に攻撃している状況だったのだ。わたくしの美学を言えば、こういう場合は一時的に撤収する、ようは投稿を自粛する、これがわたくしの美学である。一人対三人、逆から言うと、連合軍に対しての孤軍奮闘だ。このように大枠で捉えれば、わかり易いだろう。連合軍のほうが楽なのだ。つまり、ここで連合軍の側にいること自体が加担に相当する。本人にそのつもりがなくとも、傍目にはそのように映る。わたくしはそれがイヤだから、もしその立場だったとしたら投稿をしばらく自粛したことだろう。当然、与同罪を免れることにも通ずるわけだ。

なお、大沢氏についても触れておけば、氏のコメントに明らかなごとく、職業差別に対しては疑問を呈する形で、やんわりと相手にクギを刺していることが読み取れる。この点、法華講員たちはおおむね常識人と言えるだろう。

ただ、前々回のコメント欄の全体的な流れを見ると、わたくしには違和感がある。結果論ではあるが、自分だったら途中で議論を降りていた。いわば引き返す勇気みたいなものが必要だったのではないかと思うのだ。

 トヨタ労組が土日操業を振り返り、家族への負担が大きすぎた故、今後は協力できないと発表した。

これ以下は省略するが、わたくしなりの考えを書いておこう。

おそらくは原発推進か否かが大前提となるべき話なのだと思う。わたくしは反原発の立場として、今夏、原発に依存しなくても電力供給に支障のないことが実証された、と言えると思うのだ。信行氏の書いているごとく、節電の努力がそのとおりだとしても、まったく同じ結論である。つまり、原発は危険だから廃止すべきという大前提がある。その上で、もし仮に原発を廃止して電力が足りなくなるのであれば、われわれ国民が節電すればいいだけの話なのだ。結果的に、今夏はその努力が実ったわけだろう。いったい誰がどれだけ節電したのか知らないが、ともかく停電は起きなかった。

トヨタ労組の発表について言えば、おそらくは電力供給に支障がないことを見越してのことだろう。トヨタの工場は主に中部電力管内にあるわけで、ご存知のごとく当時の総理の大英断によって浜岡原発が止まった。浜岡は中部地方唯一の原発だった。つまり、もともと中部電力は原発依存度が低く、原発がなくても困らない状況だったのだ。

もちろん、原発が廃止になれば、俗に言うところの利権構造が大幅に変化するわけで、それによる損失というか、局地的な景気悪化は当然のごとく起こり得ることだ。

しかし、それは世の常であって、栄枯盛衰の一つのあらわれに過ぎない。

わたくしの地域の話をすれば、実は何年か前に鉄道が廃線となり、駅が消滅してしまった。さらに遡ると、何十年も前に別の路線で駅がなくなった。鉄道そのものは今も健在であるが、統廃合のようなものだろうか、駅が一つなくなってしまったのだ。それで駅前商店街が駅前商店街ではなくなってしまった。当然ながら、そこは疲弊せざるを得ない運命をたどった。

あるいは我が町の正宗寺院の話をしよう。

実は徒歩圏内に日蓮正宗の末寺がある。わたくしはずっと前から観察(?)し続けているが、周辺は大変貌を遂げてしまった。普通、観光の寺院でもない限り、周辺は閑静なものである。ところが正宗寺院の地域は文字どおりの門前町であり、賑やかだった。いろいろな商店が軒を並べていた。とりわけ目立ったのが仏壇屋である。たぶん最盛期には仏壇屋が四軒あったと思う。これはちょっと普通には見られない光景だろう。いったい何なんだろうと今でも当時の光景を思い出すくらいだ。ともかく普通の寺院とはまるで違う、それが正宗寺院であり、その周辺の風景だった。

話の結末が見えてきたことだろう。

平成二年の暮れから日蓮正宗と創価学会がいわば全面戦争に突入した。たぶん創価学会系の仏壇屋なのだろう、四軒のうち二軒が真っ先に店をたたんでしまった。何年か後にもう一軒が撤退。最後に残った仏壇屋もたぶん平成十年頃には店を閉めてしまったのだと思う。つまり、正宗寺院の前に軒を並べていた仏壇屋はすべて消滅してしまったわけである。

これはいわば脱創価学会依存の結果であるが、ここまで書いて脱原発依存と似ている部分が少なくないことに気がついた。

電気が足りようが足りまいが原発などという危険な発電に頼ってはいけない。これが反原発の精神だ。おそらく日蓮正宗の僧俗の決意も同様だろう。創価学会に依存していれば安穏かもしれない。寺院経営も安泰である。しかし、寺院の経営が成り立とうが成り立たなかろうが創価学会なんぞに頼ってはいけない。このように腹を括ったわけだろう。

順番的には今日の脱原発依存よりも日蓮正宗のほうが二十年も先行する。ようは正宗が模範なのだ。そうして二十年の歳月を経て、ようやく世間が追いついて来たわけだ。

さて、今日はこれで終わりにして、次回は九月度総幹部会の会長講演を取り上げる予定である。

2011/10/16

馬鹿野郎決定戦  
まずは信行氏の疑問にお答えしよう。

顕正会では高校生以上が正式会員とされているのだ。高校に行かない人もいるだろうから、満十五歳を迎えた翌年度から・・・これが妥当な表現となるだろうか?

実際には明文化されたものがあるのかどうか、わたくしはまったく知らないのだが、おおむね上述のごとくで間違いないと思う。よって、くだんの記事の見出しは不適切であろうと判断したわけだ。さらに言えば、発足当時は浅井先生も二十五歳の青年だった。その青年に対して、七歳かそこらの子供がお供するという自覚があるのか、それもアヤシイところだろう。第一に、記事の本文中にはそうした記述がなく、見出しに書かれているだけなのだ。

以上の点をよろしく斟酌されたい。

諫暁書発行後一週間、二週間後に見た光景は忘れられません。
会議室にプラコンが積み重ねられ、「受取拒否」の諫暁書が何百と積まれていました。


大沢氏のコメントを部分的に引用させていただいた。

顕正会を離れて行く人のパターンはいろいろ考えられるが、このような実態を目の当たりにして失望してしまう人も多いのだろうと思った。

それにしても受取拒否には考えさせられた。前回の拙稿ではゴミ箱行きが普通だろうと書いた。つまり、普通の人は受取拒否などという面倒臭いことをせず、勝手に捨ててしまうのではないかと思ったのだ。しかるに大沢氏は受取拒否の山を目撃しているわけである。いったいどういう人たちがそのようなことをするのか気になった。

ともかく二つの事象を考え合わせると、受取拒否は氷山の一角であって、ようはゴミ箱行きの変形バージョンなのだろうと思う。つまり、当てずっぽうに言えば、受取拒否とゴミ箱行きは一対百とか一対千、あるいはそれ以上の比率かもしれないのだ。具体的な数字を言えば、たとえば受取拒否が一万部あれば百万部がゴミ箱に捨てられているといった具合である。

顕正会側にとっては、かなり悲観的な話であろう。しかし、現実に送られてきた諫暁書をキッカケに入信した人のパーセンテージの低さは、本部首脳がいちばんよくわかっていることだろうと思う。それでもやらないよりはマシなのか、今回の顕正新聞特集号配布も、同じようなコンセプトと言えるだろう。

「市役所」といえば聞こえは良いですがただの「ゴミ拾い」ですよ?

まともに受験して受かる知能が無い事は明らかでしょう?ww

彼の「劣等感」が何処から来てるか分かるでしょう?


さて、今日はこれが本題と言ってもよいだろう。

沖浦バッシングに対しては静観を決め込んできたが、今回に限っては取り上げざるを得ないだろう。なぜならば上掲はとうてい看過できない文章だからである。

この後、沖浦氏の側から職業差別であるとの反論があった。ところがどういうわけか、先方は自らの非を認めようとせず、さらにはそこに大沢氏や信行氏が加担する格好で、どうも議論が捻じ曲がってしまっているような印象が拭えないのだ。

はっきり言おう。上掲は失言である。この後、どのように修正しようが、上掲そのものは完結した文章であり、不適切な発言であることは動かない。つまり、いったんは謝罪すべきで、その上で議論を続けたいのであれば続行すべきなのだ。

「市役所」といえば聞こえは良いですがただの「ゴミ拾い」ですよ?

再掲である。

当然、本人としては沖浦氏を侮蔑することに主眼を置いているわけで、「ゴミ拾い」をバカにするつもりはなかったのだろう。しかし、得てして失言とはそういうものなのだ。自分ではそのつもりがなくとも、結果的には「ゴミ拾い」を侮蔑することになってしまっているのは明瞭な事実である。

まともに受験して受かる知能が無い事は明らかでしょう?ww

これまた再掲である。

当然、これも沖浦氏を小馬鹿にするのが主目的だったのだろうが、結果的には「ゴミ拾い」に従事する人たち全般に対する侮言となってしまっていることは厳然たる事実である。

彼の「劣等感」が何処から来てるか分かるでしょう?

またしても再掲である。本人の反省を促すために、これでもかというくらいに強調しておきたいのだ。

彼の劣等感云々は、単独では沖浦氏を貶めるだけの文章であり、他に迷惑を掛けるものではない。しかし、残念ながら文脈上は前掲二項と同じことである。何処から来ているか、と書いている以上は言い逃れできないだろう。どうしても「ゴミ拾い」との関連を打ち消すことはできないのだ。

宗祖が信徒から下人(奴隷)1名を信徒からの御供養として受け取った御妙判があります。そこに下人(奴隷)に関する批判は一言もない。

職業差別、身分差別自体は宗祖も容認しておるのだよ。

その上で、利益だけは差別が無い(差別即平等)となる。戦後の左翼イデオロギーや水平社のように差別差別と騒ぎなさんなよ。
そもそも差別は人を飛躍させる。
差別があるからこそ、自分に上昇志向が生まれる。

共産主義の崩壊は悪平等の結果だ。


これは興味深いコメントである。言いたいことは山ほどあるが、これはこれで一文を草するだけの値打ちのある内容なので、今回は一点だけ書いておこう。

下人=奴隷

わたくしにはこれがわからない。大聖人の御認識として、下人=奴隷なのか、それが疑問なのだ。もし可能ならば御書を使って説明してもらいたいものだ。いずれにしても、この議論はそもそも奴隷の定義とは何か、そこから論じていく必要があるだろうから、たいへんな作業である。

話を戻そう。

ともかく上掲は沖浦氏の議論とは別次元だ。これもまた議論が捻じ曲がってしまった結果、発生したコメントなのだろう。

クギを刺す意味で書いておくと、沖浦氏の過去の不祥事を未だに蒸し返す人の神経が知れない。はっきり言って大馬鹿野郎である。議論のイロハがわかっていないとしか言い様がない。

たぶん原因は沖浦氏の側にもあるのだろう。ようは憎らしいほど逞しい人なのだ。そう易々とは挫けない。ゆえに攻撃側としては難攻不落の沖浦氏に対し、あの手この手で攻め立てるのだろう。その一つが過去の蒸し返しであり、総じて言えば人身攻撃である。

生意気を言うようであるが、わたくしは人身攻撃をしたことがない。それは何も沖浦氏に甘いということではない。あくまで正攻法の議論で挑んでいるだけである。

2011/10/14

成長し続けるための努力  
九月度総幹部会においても原発問題が話題の中心を占めていた。登壇者のほとんどが原発関連の話題に触れていたし、何よりも会長講演そのものが前月の続編のようなアンバイだった。すでにこれを報ずる顕正新聞が届いているけれども、その前に溜まっている新聞をやっつけてしまいたい。

三重会館 工事急ピッチ!

まずは、第1218号からであるが、得意のイチャモンから始めよう。どうも微妙なアングルである。何が微妙かと言えば、掲載されている工事中の写真の撮り方が微妙なのである。

どうやら左側には十階建て程度のマンションがあるらしい。右側は規模も用途も判別できかねるが、ともかく建造物があるのは確かだ。それらがなるべく写り込まないような角度で撮影したのだろう。善意に捉えれば、近隣のプライバシーを配慮してのことだろう。しかし、イジワルなことを言えば、周辺の建物に比して会館の規模が小さく見劣りしてしまうことを誤魔化すためとも思えるのだ。

さて、今度は総男子部長の記事であるが、これは以前からの懸案である文章表現の問題だ。

正しき見識を授けて頂けた・・・

ご記憶の人もおられることだろう。以前、これに類似した表現を話題にしたことがあった。

正しい見識を与えて頂ける浅井先生の指導こそ最高の利剣

実はこれ副総合婦人部長の文章である。わたくしはこれがひじょうに気に食わなかった。では、前掲の総男子部長の表現ならばよいかと言えば、いくらかマシであるものの、あまりよいとは思えないのだ。

ところがここに来て、副総合婦人部長がうまい表現を使い始めた。

自分たちが迷いながら多くの書籍を貪らなくとも、先生の指導を頂けば一瞬にして高い見識を持てる・・・

文法的にどうこうではない。直感的にうまい表現だと思った。しかも同時に、顕正会員たちのあるべき姿を見事に捉えている点も感心である。

熱心な活動会員はたいていが世事に疎くなる。ようは顕正会のことしか眼中にないのだ。その意味で浅井先生の講演は社会勉強になる。
顕正会批判者は現在の顕正会員のレベル低下をあげつらう。それにはいろいろな意味が含まれるが、やはり世事に疎いというか、世間の基本的な常識すら知らないような会員もいるわけだ。
しかし、それは顕正会に限った話ではないだろう。極端な話、サラリーマンにしたって会社と家の間を往復するだけの毎日を送っていて、もし自分から積極的に情報収集を心掛けずにいれば、同じことではないかと思う。
ことに原発問題は、一般の新聞・テレビでは報じられない部分が少なくないので、積極的に情報収集をしている人を除けば、大半の人がわかっていない状況なのだ。

ゆえに浅井先生の講演を聴ける顕正会員は、それだけで相当の見識を持てることになるのだ。

もちろん、問題もなくはない。先生が不勉強であれば、オシマイである。ゆえに先日も書いたことだが、浅井先生は内容の濃い講演をコンスタントに続けていく必要がある。先生自らが成長を続けないといけないのだ。何しろ顕正会員は先生を越えてはいけないのだから・・・

さて、第1219号に移ろう。

一面は竜の口法難御報恩勤行会の記事である。毎回、拝読御書が注目されるところだが、今回は上野殿御返事だった。これは意外というか、もしかしたら同勤行会においては初めてのことではないかと思う。まあ、全体的な意味では素晴らしい講演だと思う。

ただ一点、どうでもよいところを突っつくと、小さなトラが気になった。

 私たちは、虎の威を借る狐ではなく、小さな虎にならなければいけない。

個人的には、なんか変な感じ、と言いたいところだ。

先生は特集号を全国会議員に送付

男子部第四十八隊長の記事の見出しである。すでにネット上で情報を得ていたが、顕正新聞ではこれが初出だろう。他の記事によれば、全国のいわゆる首長クラスにも送っているらしい。

元東電社員八百人に特集号を送付
 「読んでみます」と多くの反響


これは婦人部千葉支区総班長の記事の見出しであるが、思いっ切りツッコミを入れたいところだ。

ようするに東電の元社員たちの住所録があったので、それを頼りに片っ端から郵送したという話である。その反響が「読んでみます」はおかしいだろう。普通の人なら、見ず知らずの人から送られてきたものなど、ざっと眺めてどうでもよいと思えばそのままゴミ箱に放り入れてしまうはずである。いわゆる不要な広告であるとかダイレクトメールなど、山のように送られてくるのだ。そんなものに一々、関わり合っていたら時間がいくらあっても足りないだろう。

いや、もちろん、先日も書いたように今回の特集号は面白い。ゆえに、マレには惹き込まれるようにして、会長講演をぜんぶ読みきってしまう人もいることだろうと思う。

おわかりだろう、もし送付先から連絡があるとしたら、「読んでみます」ではなく、「読ませてもらいました」のはずなのだ。ここは感覚に個人差があるとは言え、十中八九がわたくしに同意だと思う。これが常識というものだ。

繰り返し言おう。もし友人・知人からの送付であれば、取り急ぎの返礼ということで、これから読ませてもらうという意味のことを言うのは自然である。しかし、見ず知らずの人から無差別に送られてきたものであれば、返礼などはまずあり得ないことだ。その後、もし仮にぜんぶ読んだとしてもそのまま返事も何もしないのが普通であろう。ごくマレに返事をする人がいたとしても、それはあくまで読後のはずなのだ。

なお、付け加えておくと、当該記事の中身はそれほどおかしくはない。たぶん見出しがいけないのだろう。見出しを付けた人がアホなのだ。

最後に紹介するのも同様で、編集部に責任がある。

五十四年間先生にお供して・・・

男子部支隊副長である。あたかも上掲の言い回しでは昭和三十二年の妙信講発足時からずっと在籍しているみたいに思えてしまうのだが、しかし、この人は昭和四十一年の時点で高校一年生である。発足当時はまだ子供だったのだ。ようは、この人の両親と祖母が発足時の名簿に名を連ねている、というのが真相である。

その意味で、上掲は経歴詐称みたいなものだろう。本人が詐称しているのではなく、編集部が勝手にやっているところが悩ましい。責任の所在をアイマイにする巧妙な手口だろうか?

2011/10/7

常識の意味  
イチャモンの応酬が活発だ。

こういう時、わたくしは早々に戦線離脱して独白に専念することにしているが、どうやら流れ弾がこちらのほうにも飛んで来ているようなので、もう少しだけクビを突っ込んでみたいと思う。

巌虎殿
 それでは貴殿に問ふ
 回答を求める

>宿題 壱
> 他宗の功徳を大聖人がほめた御書を出せ

 大聖人の仏法を少しでも学んだものなら、そのようなことは有り得ぬと即答するであろう。
 それとも貴殿は「あるやもしれぬ」といふ様な想定ができるのであろうか。
 回答を求める。

>宿題 弐
> 李広将軍がいつ、どのような神仏に、どのように
>祈ったのか、御書に書いてあるのなら出してもら
>おう。

 巌虎殿はこの質問をみて何を思うか。
 有り得ぬのだ、それが分からぬか。
 すなわち、このような宿題をつきつけられるような、間抜けな主張をする時点で、これはただの耄碌、戯けなのである。
 それが分からぬようであるなら、巌虎殿も同じレベルといえよう。
 大聖人の仏法を少しく知りながら、謗法がわからぬものは民部日向か波木井実長か。
 ただの題目教団である。
 富士門流ではない。

 そのレベルであると知れ。


わたくしに対する詰問のようでもあり、また同時に、回答を期待するのではなく、叱責が主目的のようでもある。

李広将軍の故事については、たぶん二箇所だろうか、御書に出てくる頻度としては多くない。たった今確認してみたが、特に神仏に祈ったという御記述は見られない。これで宿題の二番目のほうは解決である。

問題は最初の宿題だ。

わたくしは信仰者としては失格というか、よこしまなのだろうと自覚している。信行氏の言うように、「有り得ぬ」が正解であり、わたくし自身も前回はそのような方向性で書いたつもりである。だが、しかし、「あるやもしれぬ」という問題意識を懐いていることも事実なのだ。これが「よこしま」の意味である。

ただ、これにはそれなりの理由があって、ようは邪智の者に対する事前の準備という意味がある。

以前、日蓮宗の信者と思しき人が登場した。当時、彼は日蓮正宗系の各種の掲示板にも書き込みをしていて、わたくしの観察するところでは法華講の諸氏が手を焼いている様子だった。実際、対応に苦慮したのだろう、ついには出入り禁止にしてしまったところもあったようだ。
そうこうしているうちに、彼は拙ブログにもお出ましになった。拙ブログの自慢は出入り禁止の禁止と削除の禁止である。と同時に、独白に徹することで都合の悪いコメントをやり過ごす作戦も取っていた。ようはそれがわたくしとしての唯一の防衛手段なのだ。
しかし、この時は真っ向勝負に出た。出入り禁止も削除も行なわないとすれば、相手が退かない限り何年でも何十年でも戦いが続くことになるのだ。
結局、論戦が続いたのは数ヶ月だった。相手も限界を感じたのだろう、最後のほうはウンザリしているような雰囲気がその文章から伝わってきたものだった。

上記に誇張はないつもりである。過去の記録を読めばわかることだ。

いや、もちろん、日蓮宗の信者を邪智だと言いたいわけではない。あるいは沖浦氏を邪智だと言うつもりもない。わたくしが言いたいのは、日蓮大聖人を信仰する意味では同じはずなのに、どうしてこうも見解が異なるのか、ということなのだ。ゆえに、御書を拝読するに当たっては、いつも何らかの問題意識を懐きつつ拝読している・・・それがわたくしの姿なのだ。

よって、信行氏と同様に「有り得ぬ」が結論ではあるものの、同時にどこかで別の可能性を思索している自分がいるわけである。これが本当のところだ。

 怨嗟の題目は、同苦の念仏におよびませんよ。

 マザーテレサをごらんなさい。
 怨嫉する創価学会員や、法華講員、顕彰会の方々より、はるかにご立派です。

 人が立派と言うことはね、その信じる宗派に力がある証拠です。


怨嗟の題目云々は沖浦氏の持論なのだろう。たぶん、これは教義的に正解かどうかを論ずるのではなく、その意を斟酌すべきなのだと思う。

それはさておき、その後の文章が悩ましい。マザーテレサ云々と。もし大聖人がましませば、どのようにおっしゃるだろうか?

人が立派であることが、その宗派に力がある証拠となる?

これは大間違いだ。この反証の決め手は依法不依人だろう。前回触れた良観のことを考えるがいい。良観は沖浦氏の言う立派な人物であるが、大聖人は徹底的に破折あそばしている。沖浦氏はいったい何を考えているのか、とわたくしは言いたい。

もちろん、立派な人物を志すことに異論はない。当然、沖浦氏は立派な人物だ。これはイヤミではなく、本当のことである。

これが仁∞義∞礼∞智∞信≠フ五常であり、常識人の心構えであろう。

唐突で恐縮である。しかも途中からの文章なので、何の話なのかさっぱりわからない。実は、これは法太郎の文章なのであるが、この直前に興味深いことが書かれているので、もし気になるようであれば、風塵山荘を参照されたい。

しかし、わたくしが書きたかったのは話の中身ではない。常識という言葉の意味だ。

もしかしたら教養人にとっては常識なのかもしれないが、わたくしは知らなかった。どうやら法太郎の書き様からすると、常識とは「五常を識る」という意味らしいのだ。さすがは法太郎である。

2011/10/3

イチャモンの応酬  
まずはお祝いを申し上げたい。

 ジャパンオープンで勝ちました!

 マスターズVでダントツで優勝です。

 日本記録3つ出しました。


創価の信心の力なのかどうか、それは疑問であるが、しかし、上掲はたいへん素晴らしいことである。しょせん、ネットで何を言ったところで説得力はない。とりわけアスリートの世界は結果本位であるから、まさに沖浦氏のごとく、有言実行が求められるのだ。

それはさておき、前回分のコメント欄においては信行氏と沖浦氏の間で激しい応酬があった。ところがあっけない幕切れというか、尻切れトンボのような形で終わってしまっている。

わたくしの思うに、信行氏は失敗した。失敗が不適切であれば、失策と言い直してもよいだろう。あんな中途半端な終わり方をするのであれば、最初から発言しなければよかったのだ。

では、何が中途半端であるか、ここで説明しておこう

 ガレリオの言葉です。

 それでも地球は動いている・・・・・・

 私も思います。

 それでも他宗の功徳はある・・・・・・


これは沖浦氏のコメントである。デタラメも甚だしいが、ともかく、こうもはっきり言い切っている以上、それなりの根拠があるのだろう。そこで信行氏から問いが発せられた。

「他宗派の功徳」を論じた御書とやらを、御開陳願おうではないか。

興味深い応酬である。さて、ここで沖浦氏がどのように答えるか、注目である。

 『いづみしきぶ(和泉式部)いろごのみの身にして八斎戒にせいせるうたをよみて雨をふらし、能因法師が破戒の身としてうたをよみて天雨を下らせしに』
 (種種御振舞御書)


これが沖浦氏の回答である。

結論的にはデタラメであるが、しかし、信行氏はこれについて何ら具体的な反論をせずして、勝利宣言のようなものを発して一方的に終了してしまったのだ。これが氏の失敗ないし失策の意味である。

ようするに御書を提示せよと迫った。相手は曲がりなりにもそれに応えたのだ。ゆえに本来なら引用の適否を論ずるべきところなのだが、信行氏はそれをせずして勝手に議論を終わらせてしまったのだ。こんな中途半端なことをするくらいなら、最初からやめておけばよかったのだ。

さて、そこで不遜ながらわたくしが話を受け取って、沖浦氏のデタラメさ加減を追求したいと思う。

上掲の御書はその前後を読むと、まったく意味の違ったものになる。頭隠して尻隠さず、と言うべきか、ともかく沖浦氏が大意を理解していないのは明白だ。和泉式部や能因法師の話だけを読めば、あたかも大聖人がこれらの功徳を肯定しているかのごとく思えるかもしれない。しかし、ここは極楽寺良観の祈雨がまったく効を奏さなかったことを揶揄するくだりであることを理解すべきなのだ。早い話が、良観を破折することに主眼があるわけで、まさか和泉式部や能因法師を肯定することに主眼があるなどと読む人はどこにもいないはずなのだ。

おそらくは撰時抄の次の一節なども相通ずるものがあるに違いない。

真言のなかりし已前には木画の開眼はなかりしか。天竺・漢土・日本には真言宗已前の木画の像は或は行き、或は説法し、或は御物言あり。印真言をもて仏を供養せしよりこのかた利生もかたがた失せたるなり。

これまた主眼は真言宗破折であり、かつて霊験あらたかな仏像が存在したとしても、何もそのことに主眼があるわけではないのだ。御書の大意を見失ってはいけない。

たぶん、これらの事情は次の御文を拝すれば、了解できることだろう。

正法・像法には此の法門をひろめず、余経を失はじがためなり。今、末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。但南無妙法蓮華経なるべし。

後半部分はあまりにも有名であるが、その直前の御文にも注目したいところだ。つまり、正法・像法には諸宗にも功徳があった。しかし、末法に入るとそれらはすべて功徳を失うのだ。当然、和泉式部や能因法師もその範疇に含まれるわけである。

以上で沖浦氏の引用が不適切であることが明瞭となった。

ただし、わたくしの知る範囲においてはたぶん唯一だと思うが、沖浦氏を利すると思われる御文が開目抄に存在するのだ。

華厳・観経・大日経等をよみ修行する人をば、その経々の仏・菩薩・天等守護し給ふらん。疑ひあるべからず。

これは正像二千年のことではなく、大聖人御在世当時を指している。よって上述の論理には当てはまらない。つまり、当該御文は唯一例外的に諸宗の功徳を認めていることになるのだ。

しかし、だからと言って、まさか沖浦氏が得意になることはあるまい。もしも氏がこの御文を振りかざすようであれば、もはや大馬鹿野郎である。

上掲の御文について論理的な会通を加えるのはやや困難であるが、平たく言えば、百歩譲って、という意味に他ならない。最終的には「余経も法華経もせんなし」に帰結するのが大聖人の仏法である。御文の一部分に囚われて大意を見失ってはいけない。

以上、末法においては大聖人の仏法のみが唯一の正法であり、諸宗にも功徳があると主張するのは邪義である。


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