2011/12/29

新語大賞?  
年末合併号の話題に入る前に、沖浦氏からのコメントに応じておこう。

 私共は創価学会員ですから、他人の功徳妬んで書くより、自分たちの今年一年の功徳の十大ニュースを書きましょうよ。

これは素晴らしいことだ。自分が書くとなると、はたして十個もあるか疑問である。どちらかと言うと、功徳ではなく罰のニュース(?)ばかり書くことになりそうだ。パソコンが壊れたとか、お金を落としたとか、そんな話ばかりである。

沖浦氏のことで注目したいのは、いつまで現役を続けられるか、である。
いわゆるシニアであるから、本人がその気であれば生涯現役ということもあるわけだが、しかし、日本記録を打ち立てるような人は、いずれ己の限界を感じる時がやってきて、その時には自ずと引退せざるを得ないのではないかと思う。
ある意味、沖浦氏は今日の高齢社会における生き方の一つの見本ではないか、かなり理想的な晩年(?)を過ごしているのではないか、とわたくしには感じられるのだ。
ゆえに今後も沖浦氏らしく野心的(?)に、記録を伸ばしていくのはもちろんのこと、現役選手としての最長記録にも挑戦していただきたいと思う。

さて、長岡会館での会長講演であるが、前回は取り立ててツッコミを入れたくなるようなところはなかったと書いた。しかし、一箇所だけ取り上げておこうと思う。

人のためではない、自分のためだから勤行が楽しくなるのです。

この部分はじゃっかんの違和感がある。

たぶん先生としては勤行を自行の意味で捉えているのだろう。いわゆる自行化他の自行である。
確かに、自行を自分のため、化他を他人のため、という整理はそれほど悪くはないだろうが、顕正会の場合は化他すなわち折伏すら自分のためという意識で行なっている人がいるのが事実なのである。勤行だけではダメだ、折伏してこそ車の両輪のごとく、前に進むことができる、というアンバイである。
さらに言えば、浅井先生はしばしば地涌の菩薩のことを強調するわけで、たとえば「一五〇万の地涌の菩薩の大集団」などと言っているわけだ。本物の地涌の菩薩だったら、自分のために勤行する、などというケチな考えは持たないはずである。

ゆえに、勤行は人のためではない、自分のためである、という考え方には違和感を懐かざるを得ないのだ。

そもそも顕正会版の経本においても御観念文では御報恩を謳っているわけであるから、その意味からしても勤行とはいわゆる下種三宝に対する感謝をあらわす重要な儀式というか日々のお勤めなのであって、決して自分のためではないはずなのだ。もし自分のためにやりたいのであれば、朝夕の勤行とは別に唱題の時間を作るべきだろう。

さて、長岡会館の話題をもう一つ紹介しよう。

女子部第二十六区の班長が体験発表をしている。これがけっこう素晴らしいものだった。
祖母の臨終について語っているわけだが、くだんの班長は幼い頃に母を病気で亡くしており、祖母が母親代わりになって育ててくれたのだそうである。ゆえに祖母の臨終とは言え、普通の祖母と孫の関係とは異なるので、この点を踏まえて読むとひじょうに感動的である。
班長本人は平成十七年、そして祖母は班長の折伏によるのだろう、二十一年四月の入信である。
八十九歳の祖母云々の記述がある。それが亡くなったことに係るのか、それとも入信当初に係るのか、それがやや不明であるが、いずれにしても八十九歳ないし九十一歳であるから立派な臨終である。
この発表で気になった点は、顕正会儀礼室での葬儀だったのかどうか、それが不明であることだ。勝手な推測で恐縮だが、たぶん儀礼室での葬儀は叶わなかったのだろう。父親が未入信であることが唯一の手掛かりだ。

十一月度各部班長会の記事の中では、総合婦人部長の登壇が目を惹いた。

事実は歴然と清濁を証し・・・

新聞をお持ちでない人には何がなんだかわからないだろう。これは広布御供養の話題の中に出てくる文章なのだが、たぶん言いたいことはこうだろう。邪宗はお金に汚いが、顕正会はキレイである、と。わたくしが気になったのはそのことが本当かどうかではなく、上掲の表現そのものである。清濁を証する、などという表現があるものかと疑問に思ったのだ。

前々から思っていたことだが、この人の表現方法は独特であり、ある意味では魅力的である。それにしても清濁を証するには驚いたものだった。

まあ、しかし、単に表現だけをあげつらっても仕方がない。問題は次のくだりである。

・・・ここから「大地を的」とする広宣流布のゴールをめざし、一筋の直線コースを驀進するスタートが切られることに(以下省略)

アゲアシ取りのようではあるが、けっこうな大問題である。ようするに、ここからスタートが切られる、と言っているわけだ。「ここから」というのは百五十万である。なんだ、まだスタートを切っていなかったのか、そのわりには過去に何度も出陣式を行なっているのだから、おかしな話である。

鮮明なるゴールをめざし・・・

終わりのほうに出てくる文章だが、鮮明なるゴールという表現も凄い。それこそイジワルを言えば、ゴールを目指すのではなく、ゴールが鮮明に見える場所を目指す、それが今の顕正会なのかもしれない。そこまで到達したら、そこでいよいよゴールを目指して最後のスタートを切る。このように考えれば、多少はツジツマが合うかもしれない。

茶寮通信

これは新コーナーである。厳密には数号前からスタートしていたけれども、タイトルが付されたのはこれが最初だろう。

2011/12/26

まんまと騙された話  
いわゆる武道館大総会は二回行なわれているが、一回目は妙信講から顕正会への名称変更が目玉だった。人類滅亡の予言もこの時だった。そして二回目の大総会では一億の大目標が掲げられた。これらが顕正会批判の格好のネタになっている。

しかし、これらは『迷走する顕正会を斬る』に網羅されているので、わたくしが今さら取り上げることもなかろうと思う。第一、わたくしは昔の資料を持っていないので、結局はどこかから孫引きすることになる。それではあまり意味がないだろうし、しょせんは二番煎じの批判に終始することになるので、やる気が起きないのだ。

いや、もちろん、何かの機会に取り上げることはある。実は現物を持ってはいないけれども、過去の浅井発言でちょっとした発見をした。ちょうどいい機会なので、ここに書いておこう。まずは過去の拙稿を紹介したい。面倒でもコメント欄を含めてお読みいただければと思う。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1502.html

昭和四十五年四月二十七日に日蓮正宗の責任役員会が開かれ、そこで国立戒壇の名称不使用が決議された。浅井先生は長い間、この事実を黙っていた。そして昨年八月の総幹部会で初めて発表したのだった。
わたくしはこれを会長講演の最大の謎だと書いた。なぜ黙っていたのか、その必然性が見えてこないからである。
これについては顕正会に詳しいと目される二人の人物がコメントを寄せて下さった。しかし、この二人も真相を見抜けなかった。

我々は浅井先生にまんまと騙されてしまったのだ。つい先日、証拠を発見した。その証拠は『迷走する顕正会を斬る』に載っているのだ。

 八月二十六日、浅井講頭は総幹部会で、「国立戒壇の放棄と正本堂の誑惑は、宗門意志として責任役員会で議決されたことになっている。三人の責任役員は早くこれを取り消さなくてはいけない。大聖人の御眼と臨終を恐れよ」と講演した。

なんと驚くことに、これは昭和五十三年のことなのだ。前述のごとく、わたくしはこの直接の資料を持っているわけではない。しかし、上掲の内容を積極的に疑う必要はないはずだ。まさか著者が意図的にウソの資料を掲載するとは思えないからである。

さて、年末合併号に入ろう。

上述の話題と関連する意味では、前回の副総合婦人部長の記事が面白い。顕正会に詳しい人ならば、すぐに気がつくことだろう。

 そこに一五〇万法城厳然屹立をもって、先生が始めて言及された・・・

国民投票のことである。

しかし、ご存知のごとく、これに類似する発言は過去にもある。資料を引っ張り出すのが億劫なのでここには掲げないが、おそらく調べればネット上のどこかに出ていることだろう。

ともかく過去の浅井発言を振り返ると、同じことを何度も繰り返し言っている。ワンパターンなのだ。しかし、これをよく言えば一貫不変とも言えるわけで、決して恥ずかしいことではない。それにもかかわらず、過去の発言をなかったことにして、「初めて」ないし「始めて」を強調する。この辺がインチキ臭いところなのだ。

また逆に、「前々から言っていましたが・・・」というのも得意なフレーズである。拙ブログで指摘したのは中国脅威論についてだ。先生は三十年前から言っていたらしい。しかし、それはさすがにオーバーだろう。

初めて言う、前々から言っていた、この二つのケースを併せて考えると、浅井先生は自分を偉く見せたい、その演出に余念がない、と言えそうである。

佐渡御流罪の忍難慈勝を拝し奉る

長岡会館の話に移ろう。当該号のメイン記事だ。上掲はその大見出しの一つである。ようは会長講演の内容をあらわしているのだ。今回の講演は佐渡での大聖人の御振る舞いに焦点を当てている。これ自体は素晴らしい内容だと思う。

しかし、次の文章はいかがなものかと思う。

女子部員が友人の折伏しようと思って呼び出した。

どうでもいいことだが、わたくしはけっこう気になる。単純に言えば、「友人の」ではなく「友人を」であろう。もしくは「折伏しよう」ではなく「折伏をしよう」だ。編集部よ、しっかりしなさい。

逆に言うと、会長講演は他に引っ掛かるところがなかった。ツッコミどころがなかった、ということだ。

 心にかけておりました長岡会館、まことに立派に完成いたしました。ここから見ると、広いですねー。二百人くらいの集会では、後ろで運動会ができちゃう(大笑)。

第十九女子部長の登壇でも、東北・北陸随一の会館、との表現が見られるし、一面の左上に載る礼拝室の写真を見ても、確かに広いようだ。唯一、不審な点を挙げれば、一面から三面まで長岡会館に関係する写真がぜんぶで十一枚あるけれども、建物の外観を写したものがない。善意に受け取るならば、当日は天候不順でみぞれが降っていた。ゆえに見栄えのいい写真が撮れなかったのだろう。もしそうであれば、次号以降、掲載される可能性はあるだろう。

先生をお見送り。みぞれまじりの雨も、新潟顕正会員の歓喜と決意の熱気で小止みとなった

もう一つ、写真関連で取り上げておこう。上掲のキャプションが付された写真が問題だ。不幸中の幸いと言うべきか、多くの人が傘を差していて手がふさがっている。ところが地元の婦人部の最高幹部と思しき数人は傘を持っていない。それに遠慮してか両側の幹部も傘を閉じてしまっている。この人たちが問題なのだ。

その写真はまさに今、車に乗り込む直前、見送りの会員たちに手を上げて応えている先生を中心に写しているわけだが、その先生に対して婦人部幹部たちがどのような態度を取っているか、おそらく顕正会に詳しい人ならば想像に難くないだろう。

彼女たちは先生に向かって合掌礼拝しているのだ。

いや、もちろん、誤解である。合掌礼拝をしているわけではなく、拍手をして見送っているわけである。しかし、各方面から指摘されているごとく、あたかも合掌礼拝しているように見えてしまうのだ。この点、さんざん指摘されながら一向に改善されないところが不思議である。やはり会員としては先生をことさらに特別の存在だと思う気持ちが強いのだろう。

そうそう、思い出したことがある。

かなり前からのことだ。総幹部会などで浅井先生が入場する時、壇上の最前列の幹部たちは拍手をせず、膝に手を置いて一礼するようにしている。たぶん今もそうだろう。これはいちおう批判に応える意味があるのだと思う。これをもっと徹底すべきだ。見送りの時も同じにすればいい。拍手するのであれば頭を上げて行なう。頭を下げる時は拍手をしない。ちなみに到着時の写真がすぐ隣にあるけれども、この時は拍手をせずにいわゆるお辞儀の格好をしている。これでいいのだ。

写真のことでダラダラと書いてしまった。他にも書きたいことはあるが、今日のところはこれで終わりにしたい。

2011/12/25

餌にばかされて釣を呑む話  
今日は顕正新聞第1227号、いわゆる年末合併号を取り上げるつもりだが、その前に種々のコメントを頂戴しているので、応じておかなければいけないだろう。

「入信報告書」を即時廃止して、入信者自らが記名捺印する「入信願書」に戻すべき・・・

なかなかの名言だ。即時廃止は原発に対する顕正会のスタンスだが、その言葉を利用して入信願書の復活を訴えるところが秀逸である。

「ましてや現憲法において信教の自由が認められている以上、どれほど論破しようが相手が納得しない限りはどうにもならないのだ。」

の一文については、後段は全くその通りですが前段は無用かと思います。


こちらは前掲と同じく大沢氏のコメントだが、前々回の拙稿に対するものであり、今朝、頂戴したばかりのものである。適宜、改行を入れさせてもらった。

たぶん読者の中には、氏の言っていることを理解できない人もいるに違いない。もちろん、続きの文章を丹念に読んでいけば多くの人が理解できるはずであるが、それにしても煩瑣な議論をしているものだと思うのが一般ではないかと思う。そのとおり、そもそも議論とは面倒臭いものなのだ。

さて、わたくしの見解を書いておこう。上掲を最初に読んだ時、あれっと思った。わたくし自身、よくわからなかったのだ。しかし、続きを読んでいくと、なるほど鋭い指摘だと思った。

結論的には、拙稿の当該部分は無用か、もしくはもう少し丁寧な説明が必要だった。ようは中途半端な記述だったということだ。

ここで煩瑣ながら最新号に載る副総合婦人部長の文章を紹介しよう。

 先生は、専制政治・独裁政治の時代には国家意志を決定する者は国主であったゆえに、その時代の国家諫暁は国主に対して為されたこと。しかし、昭和二十年の敗戦によって国家体制は一変し、日本国が「主なき国」になったことを指導下さいましたが、明治憲法と、アメリカから与えられた日本国憲法のあまりの違いに衝撃を受けつつも、かえって現憲法が制定されたからこそ、順縁広布に至る国家体制が整えられたのだ、これこそ大聖人様のお力によって「下から上へ」及ぶ時代背景が作られたのだと、眼開く思いになり
 「敗戦こそ広宣流布の遠序」
 との先生の曽ての仰せが一段と鮮明になり、すべてが仏力なのだとの、震える感動でいっぱいになりました。


察しのいい人には説明不要であろうが、いちおう書いておく。まずは上掲から二文を再掲しよう。

アメリカから与えられた日本国憲法・・・

かえって現憲法が制定されたからこそ、順縁広布に至る国家体制が整えられたのだ・・・

顕正会は現憲法に批判的である。上段の「アメリカから与えられた」云々が、まさにそれを意味するわけだ。ところが、下段の「かえって」云々は、逆に肯定を意味している。これは矛盾である。まさにわたくしの得意とするアゲアシ取りの格好のネタなのだ。

当然、会長講演においても同様の矛盾が存するわけであるが、早い話が前回の拙稿ではその辺をうまく指摘できなかったということである。再掲しよう。

ましてや現憲法において信教の自由が認められている以上、どれほど論破しようが相手が納得しない限りはどうにもならないのだ。

顕正会は現憲法に批判的でありながら、一方では現憲法こそが広宣流布のために相応であるかのごとく言っている。だったら信教の自由も尊重しなければいけないだろう。わたくしの意識にあったのは、まさにこれなのである。立正安国論の精神たる破邪ということが、現憲法においてはなおさらに困難さを伴なうことを、顕正会の連中は忘却して机上の空論を展開している。なるほど、入信報告書の問題も同根のような気がしてきた。安易な方向に流れてしまって内実が伴なわないにもかかわらず、それを無視してゴールが鮮明に見えてきたかのごとく言う。困ったものだ。

以上、大沢氏のご指摘に対するわたくしの弁明はかくのごとしである。

週刊文春の今週号に、学会と池田名誉会長に関する
例の記事の「取り消し&お詫び広告」が載ってました。


さて、もう一つの事案であるが、これは興味深い話ではある。わたくしの無責任な感想を言えば、週刊新潮だったら徹底抗戦だろうか、といったところである。

ご存知のごとく、浅井先生は十月度総幹部会あるいは三重会館での講演において、この週刊文春の記事を利用して池田大作氏のことをあげつらった。とりわけ十月度総幹部会が掲載されている新聞を「学会員を救う特集号」と称して五十円で頒布しているのだ。当然、熱心な活動会員はこれを大量に配ったことだろう。

たぶん浅井先生は何も言わないだろう。逆に言えば、言いっ放しであり、後は頬かむりを決め込むだけだ。顕正新聞の当該号も売り切れということにして、配布活動を止めてしまえば大丈夫だと踏んでいるに違いない。確かに記事を出したのは文春であり、顕正会が訴えられることは考え難い。大草裁判のようなことにはならないはずだ。

いずれにしても浅井先生の不見識は動かない。週刊誌を馬鹿にするつもりはないが、やはりセンセーショナルな記事には気をつけないといけない。いわゆるマユツバの記事がたくさん含まれているからだ。

用心堅固というわけではないが、わたくしは案外にこういう点ではドジを踏まない。たぶんそれは常に本質論を心掛けているからだろう。

その意味で創価学会員に申し上げれば、今回のお詫び広告で溜飲を下げている会員がいるとすれば、それは本質を見失っているとしか言い様がないだろう。わたくしは当該記事を読んでいないので何とも言えないところだが、看護師の証言が事実無根であったとしても、池田氏自身が表舞台に出てこない以上は、芳しくない状態であると言わざるを得ないのだ。

いずれにしても、一度の死は一定、である。年齢的な意味からしても覚悟が必要だろう。

さて、いよいよ年末合併号の話題であるが、今日は面倒臭くなったのでやめておこう。同号のメイン記事は長岡会館のことであり、残りは十一月度班長会の記事だ。ちなみに、本稿の前半のほうで引用した副総合婦人部長の文章は、班長会での登壇である。

2011/12/21

平成二十三年十一月度総幹部会総括  
さて、今日は十一月度総幹部会の各種登壇を取り上げよう。

 席上、先生より、御遺命実現に身命を捨て給うた日目上人の尊き御姿を指導頂いては先生のお姿が重なり・・・

女子部総務・第十一女子部長の登壇である。こういうのはダメだと言っているのに、まったく聞かない。困ったものだ。

次は男子部第七十八隊支隊長の活動報告であるが、この人の組織には裏磐梯でリゾートホテルのマネージャーをしている班長さんがいる。

先日、年輩の夫婦にハイキングのガイドを依頼されました。互いに名刺を交換すると、何とご主人は京都大学原子炉実験所の教授であり、小出助教の上司に当る人でした。

小出助教の上司・・・

じゃっかん疑問がある。単に教授と助教という肩書きの違いを言っているのかもしれないが、反原発の立場を貫く教員はいずれも冷や飯を食わされることになるので、教授になれないのが相場だ。ゆえに、くだんの教授は反原発ではないのだろう。

上掲の少し後ろの文章には次のごとくある。

 後日、小出助教を紹介してもらえることとなった・・・

これが本当であれば、いずれ班長自身が活動報告をすることもあるだろう。それを期待したい。

実はもう一つ、小出助教ネタ(?)がある。

「150万もの人たちが?それは凄い!」
 小出助教が顕正会の活動に驚歎


女子部第五十四区総班長の報告である。彼女は実際に小出助教を折伏したのだそうである。これは最初から最後まで興味深い文章だった。強いて一文だけ抽出すると、次の小出助教のセリフが氏の本質をあらわしていると思う。

 「今度の新聞には僕の顔も載っていたね。前回も言ったように新聞に書いてある通りです。浅井会長のおっしゃる通りですよ。でも私は宗教には興味がありません」

動画サイトで小出氏の講演を視聴しての感想だが、わたくしの思うに、この人は科学者よりも思想家に近い、そんな印象を受けるのだ。ゆえに宗教に興味がないというのも、一義には科学者的な思考によるのだろうけれども、実はそうではなくて小出氏の思想そのものが宗教だからではないかと思うのだ。

いずれにしても、総班長はこれまで小出氏と二回会っているわけだが、氏は今後も会うことにヤブサカではないようなので、続報があるかもしれない。

モンゴル語版の指導冊子に感動の渦
 人材が続々、モンゴル広布の新潮流


モンゴルには自宅拠点があって、そこの責任者は総班長である。そもそもがこの人の娘が日本に来て日本人と結婚した。この娘がモンゴルでの弘通を開始した。くだんの拠点ないし総班長はその流れから生まれたわけである。

ところが現在、娘は総班副長、母親は総班長。立場が逆転している。それでいて記事によれば、娘はモンゴル副指導担当に任命されたという。副指導担当が娘だとすると正指導担当は誰か? 一見すると母親のようにも思えるが、そうではないのだ。

女子部主任総務・第三女子部長=モンゴル指導担当
女子部第五十九区総班副長・娘=モンゴル副指導担当
女子部第五十九区総班長・母親=?


女子部主任総務がモンゴル指導担当であることは、九月度総幹部会の記事を調べるとわかる。それはともかく、わたくしが気になったのは成果のことである。

女子部折伏成果
第59区 279名


女子部の全区中、トップである。しかも二百名超えは他に辛うじて一つあるだけで、全体的には百名を超えているところも半分未満である。つまり、二百七十九名はベラボウな数字なのだ。

さらに弘通上位一覧から、くだんの総班の成果を見てみよう。

135名

これもダントツだ。女子部で他に百名を超えている総班はない。しかも総班長は同時に班長である場合がほとんどだが、当該班の成果は次のごとくである。

132名

つまり、くだんの母親が一人で大活躍しているわけである。いや、もちろん、班員がたくさんいるから成果が上がるわけなのだろうが、いずれにしてもそれらはすべてモンゴルでの成果なのだ。

この問題は以前にも触れた。

日本の成果とモンゴルの成果をマゼコゼにしてはいけない。そんなことをしていたら、国内の組織が空洞化するだけだ。それこそ国民投票など、夢のまた夢となる。

ちなみに、大沢氏の指摘するごとく、たとえ国民投票で過半数を獲得できたとしてもそこに日蓮正宗が含まれていなければ国立戒壇など単なるハコモノに過ぎず、無意味な建物だ。この点も解決すべき重要課題である。

ところで、男子部の成果を見ると、凄い数字が出ている。

210名

一つの支隊の成果である。しかも班の成果を見ると、さらに驚くことになる。

204名

一つの支隊で一つの班だけがベラボウな数字を叩き出しているのだ。

これがインチキではなく、正真正銘の成果ならば、いいのだが・・・

2011/12/20

バーズ博士のコメントを読んで  
バーズ博士より懇切丁寧なるコメントを頂戴したので、以下に掲げさせていただく。

顕正会員はなぜ広宣流布を目指すのか?それは仏国実現のためです。
巌虎さんは「立正安国論」を勉強したことは多分あると思いますが、“立正安国”の前提に“破邪”があるのはご存知ですよね。つまり「破邪・立正・安国」です。この“破邪”と“立正”によって初めて“安国”つまり仏国実現となります。

ですから、例えば天皇が個人的に帰依しても“破邪”がありませんから仏国は実現しません。

国民投票で過半数の人が「立正・安国」を熱願し、宗教に正邪があることを示せば、国中の謗法を排除(破邪)することが出来ます。そして国家の指導者や天皇も、国民の過半数が賛同するのであれば無視できませんから、「勅宣・御教書」に準じた“国会意思の表明”もなされ、国立戒壇の建立も可能となります。
こう考えれば“下から上へ”は理に叶っていると思います。

では、六千万人もの人が本当に帰依するのか、ということですが、浅井先生が常々指導くださるように“広宣流布は大聖人様の御力で進む”のです。

「剰え広宣流布の時は、日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」と。

広布前夜には様々な災難が起こります。諫暁書の表紙に書いてあるとおりです。この国家レベルの罰によって、今まで背いていた人達が一気に信心に目覚めます。

巌虎さん、今後浅井先生の指導を拝する時、また顕正会の活動を見るとき、その根底に「立正安国論」の教えがあるのだということを視野に入れて考えてみてください。今まで見えなかった何かが見えてくると思います。

ちなみに学会や宗門は“破邪”でつまずきました。
学会は正本堂の完工式にキリスト教の神父を招き、宗門は大石寺に身延の坊主を招き入れています。
この辺が顕正会と学会・宗門との大きな違いです。


拙ブログ始まって以来の快挙(?)である。

というのは、もはや巌虎は救い難い、と思っているのか、現役会員からのコメントはほとんどないのだ。ごくマレに寄せられることはあるけれども、たいていは感情的な殴り書きというか、真面目に議論をしようとの姿勢がまったく見られない。ところがバーズ博士のコメントは上掲のごとく、実に理路整然としており、また、紳士的でもある。ひじょうに気持ちがいい。

博士は立正安国論の精神を書いておられる。立正安国の前提には破邪がある。破邪なくして立正なし、立正なくして安国なし、ということだろう。もちろん、これに異論はない。

問題は破邪のあり方だ。

国民投票で過半数の人が「立正・安国」を熱願し、宗教に正邪があることを示せば、国中の謗法を排除(破邪)することが出来ます。

ここが疑問である。浅井先生は、国立戒壇は国民投票で過半数を獲得すれば建つ、と言うわけだ。これは現憲法を踏まえての現実的な思考による結論なのだろう。では、信教の自由はどうするのか、それが問題だ。

つまり、過半数を獲得できる段階に至っても、少数の異教徒が残ることは否めない。いわゆる謗法払いの考え方からすると、国立戒壇建立の前には異教徒(=謗法)をすべて排除しなければいけない。しかし、現憲法においては不可能だ。

バーズ博士は、国民の過半数が宗教に正邪があることを示せば国中の謗法を排除できる、と言う。

しかし、上述のごとく、現憲法においては不可能なのだ。国立戒壇はギリギリ建つ、いや、もちろん、違憲だと主張する人もいるはずであるが、いわゆる強行採決で突破することができる。ところが御書に示されているように、身を随えることは出来ても心を随えることは出来ない。つまり、異教に執着する人は、たとえどんなことがあろうとも、異教に執着し続けるのだ。

破邪の難しさをよくよく知るべきだ。

御遺命守護の戦いにおいては、顕正会の言い分が正しい。当然、法華講員や創価学会員には異論があることだろうが、この点においては博士とわたくしに齟齬はない。あるいは浅井先生の新境地(?)であるところの反原発運動においても、わたくしは先生の主張に賛成である。実はこの二つの議論はひじょうに単純で、早い話が白か黒かの二者択一なのである。
ところが宗教の正邪となると、そうは問屋が卸さないのだ。たぶんそれぞれの教団にはそれぞれの言い分があることだろう。まさか自分のところは二番であるとか三番であるとか、そんな謙虚(?)な教団はないはずだ。どこもかしこも自分のところが一番だと言っているはずである。幸か不幸か現憲法ではそれを是認しているわけだ。
すると御遺命守護のように、あるいは反原発のように、そう簡単には答えが出ない。いわゆる宗教批判の原理があるけれども、はたしてこれがどこまで通用するか、わたくしには甚だ疑問である。たとえば五時八教だとか、そうした仏教圏における同じ土俵で勝負をすればいちおうの結論は出るのかもしれないが、現代の宗教はまさに多種多様であって単純には比較できないのだ。
ましてや現憲法において信教の自由が認められている以上、どれほど論破しようが相手が納得しない限りはどうにもならないのだ。

敗戦によってアメリカから与えられた現在の日本国憲法・・・

これは会長講演であるが、例の「主なき国」を論ずる段における浅井流の憲法論である。わたくしは以前、「主なき国」云々は今上天皇に対する冒涜であると書いたことがある。しかし、今日はそれを置くとして、上掲から敷衍して話を破邪の困難さにつなげたいと思う。

アメリカは新しい国である。歴史の浅い国だ。ゆえに皇室のようなものは存在しない。おそらくは今後どれほど歴史を重ねようが、皇室みたいなものは生まれないだろう。
それは歴史の必然というか、社会進化の必然なのだろう。本年も世界各地で民主化の大きなうねりがあった。それらは独裁政権に対する民衆の憤懣が原動力だった。思えば過去に世界各地の王朝が滅びていったのも同様の理由からだろう。
日本の皇室だけがどういうわけか永続してきた。その理由はさまざまあるだろうが、顕正会では本有の王法なるがゆえであるとしている。
しかし、アメリカ人には、天皇がナンボのもんや、という思いがある。歴史的伝統的にアメリカ人には馴染みがないのだ。

それが現憲法に反映されているわけなのだろう。

いちおう日本人はそれを受け入れてきた。わたくしの知る限り、改憲論議の中で天皇の規定が云々されることはほとんどない。浅井先生の口ぶりでは、天皇の規定に関しては明治憲法のほうが優れている、現憲法は後退である、と言っているように聞こえる。しかし、どうも今の日本人の平均的な意識からすると、この件に関しては明治憲法に逆戻りすることを求めているようには思えないのだ。

歴史の必然ないし社会進化の必然と書いたのは、まさにこれである。

ずばり言えば、人間は平等である、人の命は誰もが等しく尊いものなのだ、という考え方が一般である。アメリカ人のみならず、全世界の人たちが同様の考え方を持っている。日本人も例外ではないだろう。

すると、日本の皇室が徐々にではあっても、その存在理由を失っていくことは、必然なのかもしれないのだ。

話が長くなった。

これが破邪の話とどういう脈絡を持つか、まだ見えていない人がいるかもしれないが、ようは科学の進歩・発展によって神話が通用しなくなったということなのだ。ゆえに天皇の存在も、生物学的な意味では同じ人間ではないか、どこが違うんだ、という考え方にならざるを得ないわけである。

当然、宗教においても同様のことが言えるわけで、正邪を科学的にどのように判断するか、そこが問われるわけである。極端な話をすれば、科学者の中にはいわゆる無神論者がいるけれども、彼らにとっては宗教の正邪はナンセンス以外のナニモノでもない。なぜならば宗教そのものが無意味のものだからである。

また、信教の自由はいわば社会科学的な意味での進歩と考えられる。すると、この方向性からしても、破邪には困難が伴なうのだ。

では、六千万人もの人が本当に帰依するのか、ということですが、浅井先生が常々指導くださるように“広宣流布は大聖人様の御力で進む”のです。

破邪に紙数を取り過ぎたので、もう一つの問題は簡潔に書こう。

浅井先生のズルイところは、肝心なところで逃げを打っていることである。百五十万顕正会だとか仏弟子の大集団だとか言いながら、実数はその一割に満たない。すると誰もが、広宣流布なんて本当に出来るの? と疑問に思う。その答えが上掲なのだ。

大聖人の御力を云々するのは信仰者として当然のことだが、意地悪く言えば、逃げを打っているようにしか見えないのだ。

なぜならば、かつては一千万だとか一億の誓願を立てていたからだ。一億はスゴイ。これなら戒壇建立も確実だろう。
ところがご存知のごとく、近年ではそれが三百万に下方修正され、さらに最近ではその三百万すら言わなくなった。
このテイタラクで大聖人の御力を云々してもダメだろう。これでは逃げ道以外のナニモノでもないはずだ。

わたくしは思う。大聖人の御力を信じているのならば、百五十万の大集団などとウソを言っちゃいかん、ということだ。

日蓮が一類は異体同心なれば、人々すくなく候へども大事を成じて、一定法華経ひろまりなんと覚へ候。

この御金言ごとく、顕正会が真の仏弟子であるならば、いかに弱小であったとしても、大事を成ずることができるはずなのである。

2011/12/17

函蓋相応  
前回の拙稿において、顕正会の実数を一割と書いた。これについて、認識が甘い、という意味の批判を頂戴した。おそらく拙ブログの愛読者ならば説明するまでもないだろうが、わたくしは計算が苦手であり、頭もそれほどよくない。そこで物事を単純化して考えることにしているのだ。

名目会員数に対し、実数が何割であるか、今度の場合はそれが二割でも三割でもわたくしの論旨に不都合はない。もちろん一割以下であればなおさらだ。
入信報告書の累計を総会員数とする現在の顕正会の数え方で行けば、やがては一億二千万会員を達成する日が来るだろう。そこで国民投票をやっても戒壇建立は実現しない。六千万票を集められないからだ。
つまり、くだんの会長講演は会員の実数を五割に引き上げない限り、絵に描いた餅に過ぎない。

以上、幹部会員ならば組織の現状をよく知っているはずなのに、上述のような画餅講演を聴いて感動しているのはまったくおかしな話だ、というのが前回の拙稿である。

順縁広布は下から上へ

さて、今日も十一月度総幹部会の会長講演を中心に話を進めるが、上掲は先般の目師会での講演とも絡む話である。

 そして今、つらつら順縁広布における流布の次第を思うに
 それは上から下ではなく、下から上に及ぶものと思われる。


目師会における講演である。そして次が総幹部会。

専制政治・独裁政治の時代においては、国家意志を決定する権能を持つのは国主であった。一人の国主が帰依すれば、万民がこれに随ったのです。ゆえにこの時代の国家諫暁は国主に対し為されたのです。

この後、しかしいま日本国は「主なき国」になってしまった、として、その論証のためであろう、憲法の条文を事細かに引用している。この辺はややこしいので省略するが、結論として今は上から下ではなく下から上の時代であると言うのだ。

ちなみに前回の話に出てくる「国民の総意」云々は、この話の延長線上にあるわけだ。

おそらくは誰もが思うだろう、創価学会の広宣流布観に似ているのではないかと。

たぶん顕正会側の模範的な反論は次のごとくだろう、創価学会はたかだか国民の一割程度の段階で正本堂を事の戒壇であると意義付けようとした、顕正会は国民投票による過半数の獲得によって戒壇を建立するのだ、と。

しかし、前回の拙稿で明らかにしたように、それは画餅に過ぎない。それにもかかわらず、顕正会ではあたかもゴールが近いかのごとく言っている。これはウソを言っているにも等しいだろう。顕正会は正本堂を批判するが、もしかしたら今の顕正会の主張は正本堂を凌駕するほどの大誑惑かもしれないのだ。

ここで私見を書いておこう。

わたくしのいわく、順縁広布の時は上から下である、と。

ヘソマガリではあるが、これが正しいのではないかと思う。その根拠を一つ示しておこう。実は目師会講演の中に重大なヒントがある。

 当時の朝廷は「承久の変」の後遺症で、威光勢力を失って衰微の極にあった。しかし日本国の真の国主は天皇である。やがて時いたれば、本化国主も必ず出現する。

大聖人は衰微の極にあった朝廷に対し諫暁をあそばしているのだ。いわゆる園城寺申状だ。すると浅井先生の言う主なき国は、現代も鎌倉時代も同じことになる。先生は自分で言っていて矛盾を感じないのか、そこが不思議なところだ。専制政治だろうが民主政治だろうが何も変わらない、それが仏法の本質的な部分であろう。戒壇建立はそうした範疇に属することではないのだろうかとわたくしは思う。つまり、日本国の真の国主を天皇であると規定するのであれば、今の時代においても天皇一人が帰依すれば戒壇建立は可能となるはずなのだ。

皮肉を言うと、本化国主とは国民一人ひとりである、という創価学会バリ(?)の解釈も成り立つことになる。

おわかりだろう。浅井流の法門の整合性からすれば、国主は一人であって、それは天皇なのだ。もし現代を下から上の時代だとすると、天皇の存在は単なる形式に過ぎないことになって、この上なく軽い存在とならざるを得ない。どうやら浅井先生は無意識のうちに時流におもねるような発想に毒されてしまったようである。

実は整理が下手なのだと思う。本化国主の御存在を重くすることと、下から上の動きを整合させる発想が必要なのだ。結論的には上と下が函蓋相応すればいいのだ。

念仏者追放宣旨御教書事

ヤブカラボウで驚いたかもしれないが、ここにも重要なヒントがある。
実は鎌倉時代にも下から上の動きがあったのだ。上掲を端折って言えば、念仏禁止令の資料集みたなものである。念仏禁止令は無駄だった。ガン細胞のごとく増殖していったのだ。そして半世紀ほどの間に市民権を得た。ご存知のごとく、大聖人の時代においてはすでに幕府の要人たちが念仏を熱心に信仰していたほどである。
また、大聖人の門下のことを言えば、熱原の人々が絶好の事例であろう。まさに下から上への胎動である。そもそも下種仏法の本質というか、地涌の菩薩そのものが下から上という方向性の象徴的存在とも言えるわけである。

今回の浅井先生の間違いは憲法を論じてしまったところにある。上述のごとく、現在の国家体制だとか政治形態にかかわらず、下から上の動きは説明できるのだ。
先生としては現実性を持たせるために論じたのだろうが、前回の拙稿で明らかにしたように顕正会の現状を踏まえればまるでリアリティーがない。つまりは非現実的である。
しかも御法門の上から考えてもチグハグさが目立つ。本化国主の出現を確信しているのだろう。ゴールは近いとも言うわけだ。ならば今はすでに本化国主に相当する人物がどこかにいらっしゃるはずなのだ。

「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む」はよく書けていると思う。

現在の民主政治においても、やはり国民一人ひとりはあくまで投票するだけの存在に過ぎない。実際に政治を行なうのは一部の人間である。今の国政は混沌としているが、大阪の橋下徹氏のように強力なリーダーシップを発揮できる人物が求められていることは間違いない。総理で言えば小泉純一郎氏がそうだった。つまり、今の政治形態においても上に立つ人物の存在は否定できない。ただ今流に言えば、上の人間があまりにも上から目線になってしまうと下の反発を食らうことになる。この微妙なサジ加減が難しいのだ。その結論をわたくしは函蓋相応という言葉に集約したわけである。

わたくしの思うに、天皇が真の国主であるならば、いずれ天皇の存在が集中的に脚光を浴びる瞬間が訪れるに違いない。

それは下から上への動きに突き動かされてではなく、自主的なものであろう。なぜならば下から上へ云々は突き上げを食らうという意味に他ならないからであり、それでは本化国主の面目が立たないからである。むしろ函蓋相応の本義からすれば、上一人がリーダーシップを発揮するのに応じて下万民が一斉に動き出す、あるいは上と下とどちらが先ということなく同時に動き出す、それが日本国一時に信ずるの姿ではないかと思う。

2011/12/12

会長講演の非現実性を斬る  
沖浦氏は顕正会の事情に疎いようだ。五十万ではなく、百五十万。これが名目上の会員数である。そして実数はその一割に満たない。これが顕正会の実態だ。

事情通氏は計算が得意のようだ。

わたくしが三日間、計八回のビデオ放映に驚いているところに、具体的な数字を提示してくれた。参加人数は合計でせいぜい三千人程度とのことだ。

これに関連して、気がついたことを書くと、たとえば日曜勤行などは参加指定時刻を決めておいても守られず、たいてい第一回の勤行に殺到する。同じことが長岡会館にも言えるわけで、昨日の御入仏式にしても、第一回は代表幹部だけなので問題ないが、それ以降は参加時刻を決めておかないと、一般の顕正会員が殺到することになる。寒い時期でもある。会館の収容人数には限界があるので、下手をすると何時間も外で待たされるハメになる。たぶん本部首脳の中にそこまで気の回る人がいて、日程に余裕を持たせたのだろう。これで入場券のことも理解できるはずだ。

さて、本題に入ろう。

戒壇建立には国家意志の表明が不可欠
 順縁広布の時には下から上に及ぶ
 国民投票こそ国立戒壇建立の関所


これが十一月度総幹部会の会長講演の大見出しだ。昨日紹介したように、幹部一同は先生の重大指導を聴いて、衝撃的感動をおぼえたらしい。

どこが衝撃的なのだろうか?

その前にいろいろと書いておこう。まずは恒例の地方会館建設計画についてだ。

新宇都宮会館
南房会館
鯖江会館


これが来年の計画だ。そして再来年の計画も発表された。

会津会館
京都会館
熊本会館


宇都宮にはすでに会館がある。手狭になったので、今よりも大きな物を建てるのだろう。また、現会館は駅から遠いような気がする。よって、新会館は今よりも駅に近いところに建てられるのだろう。

南房会館は勝浦会館のことだ。しかし、その昔は小湊会館と言っていたはずである。今回の講演では勝浦会館の名称をやめて南房会館にすると言っているが、小湊会館については一言も触れていない。千葉の顕正会員は小湊会館建設を目指して頑張っていた。一時期とは言え、そうした時期があったはずであるから、一言くらいは触れるべきだった。

それにしても南房はいかがなものか?

わたくしのパソコンでは変換できない。地名はたいていが変換できるので、南房はほとんど使われていないのだろう。どうせなら会館名を公募にしたらよかったのにと思う。

会館の話題はこれくらいにして、他には教学試験のことや広布御供養のことがこの季節の定番の話題である。とりわけ今回の講演では広布御供養に関連して、いろいろなことが述べられている。宗教法人に対する課税であるとか、実は顕正会にも国税庁の査察が入ったことであるとか、さらには先年の公安警察による会員逮捕の件など、面白い話がたくさんあるのだ。

次は国税庁の担当者の発言だそうである。

 「私たちはいろんな宗教団体を見ているので先入観がありましたが、調べるにしたがって、顕正会さんが本当にまじめな団体であることがよくわかりました」

 「顕正会には交際費などは全くないんですね。会長さんは本を書いても印税を取ってないんですね」


本当かどうか知らないが、これには顕正会がクリーンであることを強調する狙いがある。単に税務署が調べに来たというだけでは、何かヤバイことがあるのだろうと勘繰られてしまう。熱心な活動会員は大丈夫にしても、少々冷めた消極的な会員たちは敏感だ。いわば先生はそこを変毒為薬したわけだ。もっともハナっから疑って掛かっている批判者たちにしてみれば、どんな話も胡散臭く思えてしまうのだが・・・

 数年前、公安調査庁また公安警察が、誰の讒言を信じたのかわからないが、顕正会を誤解して悪意のある行為をしましたね。

さて、ここからはわたくしの得意(?)とするアゲアシ取りである。次の二文は上掲と矛盾しないのだろうか?

 調べに来もしないで、公安調査庁は年次報告書で三回も顕正会を誹謗した。内容は学会提供のデマ。

 公安警察もそうです。人を救わんと折伏を行ずるまじめな顕正会員を、理不尽にも逮捕し勾留する。私はそのたびに強い憤りをおぼえる。学会本部の指示で虚偽の訴えが大規模になされていることを、なぜ見ようとしないのかといつも思う。

まあ、これは典型的なアゲアシ取りであって、別にどうでもよいことだ。しかし、この段の途中には、ひじょうに興味深い発言がある。

 私は思う。もし疑問があるのなら、「顕正会はどのような団体なのか」と本部に来て「料調」のごとく徹底して調べたらいいではないか。
 そのときは私が会います。そして顕正会の大精神を説明する。わからんことは絶対ない。


料調というのは国税庁の専門部署の一つの略称らしい。どうやら顕正会は本年の二月から五月にかけて徹底的に調べられたらしい。その時は理事長と会計担当と税理士が対応したそうだ。そして先生はもし公安調査庁が調べに来たら自分が会うと言っているわけだ。

いちおう筋が通っているとは思う。会長はお金にタッチしない。よって担当者に任せる。しかし、顕正会の精神を説くとなれば、会長の出番である。

ここで疑問を呈しておこう。

すでに本部には逮捕事件の折に警察の家宅捜索が入っている。あるいは会長にも任意の取調べが求められたかもしれない。またマスコミの取材もあったはずだが、担当者不在を理由にコメントを拒否したとされている。

なぜ先生はこの絶好のタイミングを逃したのか?

顕正会の大精神を説く絶好の機会ではなかったのか?

次は講演の前半に出てくる文章を踏まえた上で、最後の結論部分をご覧に入れたい。ちなみに、わたくしの結論をあらかじめ言っておくと、顕正会がゴールを遂げるためには関所破りをするしかない、ということになる。

日本一同が南無妙法蓮華経と唱え奉るその先序・幕開けとして、いま一五〇万の地涌の流類が召し出だされているのであります。

これが前半の文章だ。そして以下が本講演の肝要部分である。

 では、国民の総意とは、具体的にはどのように表わされるのかと言えば
 国民投票による多数決で決せられる。すなわち、日本国民の過半数の六千万人が戒壇建立を熱願するとき、大事は決せられるのです。
 まさにこの国民投票こそ国立戒壇建立の関所であります。


国民の総意云々のくだりはもう少し前の部分から読まないとわからないが、ともかく戒壇建立には国民の総意が必要だということだ。そしてその具体的方法論として国民投票を云々しているわけだ。それが戒壇建立の関所であると。

ここでどのような批判が可能であろうか?

イチャモンをつけるだけならばどうにでもなるだろう。わたくしは真面目に考えたい。おそらく数字の上から考えるならば次のごとくなるはずだ。

顕正会の百五十万はウソである。ここでは実数を一割として十五万にしておこう。つまり、浅井流の数字上の概念で言えば、日本一同とは一億二千万人の一割すなわち一千二百万人なのだ。つまり、こう考えると関所の遥か手前にゴールがある。しかし、現実にはそこがゴールのはずはない。なぜ、このような非現実的結論が出るかと言えば、百五十万がウソだからだ。

別の言い方をしよう。

国民投票による多数決はきわめて現実的思考である。しかし、顕正会の現状と考え合わせないといけない。いずれは入信報告書が六千万枚集まる日が来ることだろう。いつになるか知らないが、いちおうはその日が来ると仮定しよう。そしてその時に国民投票が行なわれたとしよう。その結果は六百万票に過ぎず、戒壇建立は否決される。なぜならば顕正会の実数は一割だからである。

これが現実的思考だ。

ゆえに残された道は関所破りだけなのだ。馬鹿にしているようだが、これが現実を踏まえた結論なのである。

しかるに顕正新聞では、幹部会員たちは先生の重大指導に衝撃的感動をおぼえ、いよいよハッキリと見えてきたゴールに胸を躍らせた、などと書いているのである。

どちらが現実的であるか、一目瞭然だろう。

2011/12/11

ご教学力に驚愕  
信行氏からご指摘をたまわった。

申し状は捧読するのである
奉読ではない


さてはわたくしの入力ミスかと新聞を読み直してみた。やはり奉読だった。不勉強のわたくしはまったく気がつかなかったが、信行氏は捧読と奉読の微妙な違いをご指摘のようである。まあ、しかし、一般紙においても難解な字体が平易なものに改められることはある。いわゆる代用表記だ。ゆえに顕正新聞の場合も同じような意味合いだと理解すればよいのではないかと思う。

事情通氏のご指摘については、後ほど述べよう。

その前に第1225号の残りをやっつけないといけない。

三世の因果から臨終の法則性をご断言される先生の透徹のご教学力には、ただただ圧倒されるばかりでした。

男子部第三十七隊班長の記事だ。

ご教学力・・・

これには恐れ入った。敬語もほどほどにしないとおかしなことになる。よく例に挙げられるのが奈良漬けだ。お新香の場合は「お」をつけるのが普通だが、奈良漬けに「お」をつけてはいけない。上掲のご教学力はそれ自体が何か不謹慎な表現に当たるわけではないものの、ひじょうに違和感がある。そこに気がつかないといけない。

長岡会館 威風堂々の竣工!

どうやら今日がオープンらしい。浅井先生がどんな講演をするか、それは後日の話題である。

わたくしが驚いたのはビデオ放映が三日間にわたって行なわれることだ。先生の講演を直に聴けるのは代表幹部だけである。残りの人たちはその模様をビデオで視聴することになる。三重会館の場合は、それが三回行なわれた。ところが今度の場合は、八回のビデオ放映が予定されているのだ。物理的に三日に分けて行なわざるを得ないのだろう。前々から新潟は顕正会の活動が盛んなところと目されてきたが、その一つの証拠とも言えるだろう。

ところがどっこいなのだ。

同じ紙面にはガッカリするようなことが書かれている。新潟顕正会の実力は、確かに顕正会の中では目を見張るものがある。しかし、それでもまだ完璧と言えるレベルには達していないのだ。

三条会館
平日昼間は閉館


二つの会館が常時開館できるレベルに達するのはいつのことだろうか?

http://white.ap.teacup.com/ganko/950.html

時間に余裕のある人は上掲のリンク先をご覧になられるとよい。事務所から会館に格上げされた意味では前進であるが、実質的にはあまり進歩していないことがわかるだろう。

それからもう一つ、どうでもよいことを書いておこう。

そしてこのたび十一月五日付顕正新聞を「学会員を救う特集号」として特価五〇円で頒布して頂けることになり・・・

原発特集号の次は創価学会員を救う特集号だそうである。これで三ヶ月続けて特集号が出ていることになる。すべて総幹部会の記事だ。そうすると十一月度総幹部会の記事が掲載されている直近の第1226号も特集号となるのだろうか?

150万法城ついに日本国に厳然屹立

九・十・十一月度弘通二万一、九五〇名
 先生の重大指導に衝撃的感動


これが同号の一面の大見出しである。

まさに、ここからが事情通氏のご指摘に添った話題となるわけだが、まずはわたくしの予測が外れたことを告白しておかなければいけない。特にリンクを貼る必要はないだろう。本年の初め頃、わたくしは百五十万達成を危ぶむ意味のことを書いた。ようは達成できないのではないかと書いたのだ。しかし、上掲のごとく、顕正会は百五十万を達成した。

一五〇万なんて「紙切れ」の累計であって、「大集団」なんて呼べるシロモノじゃないってこと、ご本人がよくわかってらっしゃるはずなんだが・・・。

これが事情通氏のコメントだ。まさにおっしゃるとおりである。わたくしも同意見であるが、しかし、それとこれとは別というか、いちおう発言には責任を持たないといけないので、上述のごとく予測が外れたことを正直に書いたわけである。

さて、その上でわたくしの意見を書いておこう。以下は会長講演である。

 全顕正会員の「一つでも多くの石垣を」との熱烈なる真心の弘通によって、所期のごとくにこの十一月、一五〇万の法城は、ついに濁悪の日本国に厳然と屹立したのであります。(大拍手)

厳然と屹立した・・・

浅井先生はウソツキではないのか、と問われたら、どうするつもりだろうか?

以前、石垣のことでイチャモンをつけたことがある。もし石垣に譬えるのならば、顕正会の積んでいる石垣は隙間だらけで崩壊しないわけがない、という意味を書いたのだ。実際には高く積まれたわけではなく、そこらに石が転がっているだけなのだろう。だから崩壊しないのだ。つまり、百五十万厳然屹立は言葉だけのことであって、そこには中身がない。だからウソツキではないのかと問うわけである。

事情通氏も指摘するように百五十万は報告書の数に過ぎない。ゆえにイヤミを承知で書けば、上掲は次のように改めるべきだろう。

全顕正会員の「一つでも多くの報告書を」との熱烈なる真心の弘通によって・・・

もちろん、浅井先生がこんなことを言うとは思わないが、しかし、いずれどこかで整理する必要があるのではないか、今の状態で走り続けるのは問題なのではないか、とわたくしは言いたい。名目会員数と実数の乖離が大きくなればなるほど、引っ込みがつかなくなる。あるいはすでに引っ込みがつかないのかもしれないが、もしそうだとすると、どのような結末が待っているか、考えておく必要があるだろう。

今回の会長講演は取り上げるべきことが他にもたくさんあるので、とりあえず今日のところはこれで終わりにしたい。

2011/12/10

直打ちブログ  
文章入力に関して、貴重なアドバイスを頂戴した。

実はずいぶん前に書いたことだが、拙ブログはワード等を使用せずに直接投稿フォームに打ち込んでいる。これは伝統的にそうしているものだから、今さら変えようとは思わない。ゆえに、その内また、失敗をやらかすことになるだろう。その時に睦月氏の教えて下さったショートカットが活用できるかどうか、それは微妙なところだ。人間なんて、いざとなると慌てふためいて適切な行動が取れないものであるし、せっかくのアドバイスも時間が経つにつれ忘れていくものだからだ。

パソコンを導入してから十年近く経つ。思えば最初の頃はけっこう意欲的で、いわゆるスキルアップのために、いろいろと努力したものだった。しかし、近年はすっかり惰性に流されてしまって、こうして駄文を綴っているだけのために、パソコンを使っているような状況である。

まあ、しかし、人によってはインターネットの時代だとか、ITの時代だとか、そうしたブームに乗ってパソコンを買ったものの、ほとんど使わずじまいで投げ出してしまったような人もいる。

それに比べれば多少はマシかもしれない。

さて、いつもの調子に戻そう。まずは顕正新聞第1224号から二つの記事を取り上げる。

 急死によって貫首としての最大の責務たる「御相承」をなし得なかった細井日達の悪臨終、そして登座以来、「ニセ法主」と侮蔑され続け、河辺メモによって無道心の正体が白日のもとに晒された阿部日顕の姿・・・

上掲は総男子副部長・第三男子部長の十月度班長会における発言である。正直、ガッカリだった。わたくしはこの人を評価していたのだ。なぜならば、この人は猊下を呼び捨てにせず、細井管長・阿部管長と言っていたからである。少なくとも昨年の八月まではそうだった。しかし、顕正会の中で生きていくためにはやむを得ないことなのだろう。残念ながら、もはや顕正会の方向性は修正不能のようだ。

 立正安国論を奉読される浅井先生の一言一言は、そのまま大聖人様の御声のごとくで・・・

これは第十八女子部幹事・第六十九区長の登壇だ。この人は顕正新聞の編集次長でもある。わたくしが何を言いたいか、拙ブログの愛読者ならば多言を要せずだろう。

さて、今度は第1225号であるが、一面は目師会における会長講演だ。これについてはとりあえず置くことにしよう。以下は男子部第二十八隊長の記事だ。

 そこに、誰よりも強くこの日目上人の御跡を慕われ、同じく五十有余年の長き孤忠の激闘を貫き御遺命を死守された先生が、今その御遺命実現に一五〇万の仏弟子の大集団を従え立たれるお姿を、いま日目上人はいかに御覧あそばすかと思うほどに、熱涙を禁じ得ぬものであります。

引用が長いので肝要の部分を再掲する。

日目上人はいかに御覧あそばされるか

実はこれ、再掲というよりは見出しの文章である。ゆえに本文とは少し違っている。

正直なところ、ひじょうにうまいと思った。なぜかならば、前掲のごとく、大聖人と浅井先生をイコールで結ぶ、これを会長本仏論と呼ぶわけだが、それと同様に、日目上人=浅井先生という目師再誕説を示唆する登壇がこれまでにも多く存在した。しかし、上掲の場合はそうではなく、日目上人と浅井先生を別々の存在として論じているわけである。これは好ましいことだと思う。

一筋の信心貫いた母が良き臨終

婦人部大阪支区班長である。わたくしは個人名を記さないのでその点でわかり難いが、この人は第九男子部長の母親である。部長自身も十一月度総幹部会で祖母の臨終について発表しているが、拙ブログでは臨終のことには触れず、別の部分を取り上げた。いわゆる会長本仏論の疑いである。それはともかく、今回の記事は同じ人物の臨終についてであるが、孫の目線と娘の目線の違いであろうか、前回の記事では知り得なかったことが書かれていて興味深かった。

 昨年夏、医師よりペースメーカーの電池の入れ替えを強く勧められましたが、小峰副総合婦人部長より助言を頂き、私も肚を決めて母に成仏の大事を語っていくと、母は「成仏したい」と、自ら医師に電池の入れ替えをしない旨を伝えたのでした。

この部分はひじょうに考えさせられる。医師は電池の入れ替えを強く勧めたわけだ。しかし、文脈からすれば、副総合婦人部長は逆の意味の助言をしたらしいのだ。

副総合婦人部長にイチャモンをつけているのではない。結論を言えば、何が最善であるか判断できない、ということだ。

亡くなった人は九十六歳である。ゆえに天寿をまっとうしたと言えるだろう。無理な延命をするべきではないと思う。

しかし、ペースメーカーの電池交換がそれほど難儀な行為だとは思えない。それこそガンの摘出だとか臓器移植だとか、そういう大手術であれば正直なところ今さらそこまでして生きる必要があるのかと思うし、それ以前に大手術に耐え得るだけの体力があるとも思えないので、やるべきではないだろう。しかし、電池交換の場合、医師も強く勧めるくらいだからリスクは低いのだろう。

いわゆる社会通念上の視点ということもある。

くだんの話では九十五歳の時に電池交換を断った。では、十歳若く、八十五歳だったらどうか、さらに七十五歳だったらどうか、六十五歳だったらどうか・・・ということだ。

これは平均寿命なども考慮に入れるべきところで、たぶん六十五歳や七十五歳は論外、八十五歳あたりが難しいところである。自分の親だったら、少しでも長く生きてほしいと思うはずだ。しかし、八十五歳で要介護、言い方は悪いが単なる厄介者であれば、もうさっさと逝ってくれ、というのが本音だかもしれない。九十五歳ともなればなおさらだろう。

不謹慎なことを書いているようだが、本音の部分では誰もが共感するはずだし、深刻な問題であることは間違いないはずだ。

最後に、不謹慎ついでに書いてしまおう。

小峰副総合婦人部長にも親がいる。さて、彼女はどうするであろう。仮に親が九十五歳になったとして、その時に医療上の重大な判断を迫られたとして、いったいどうするのか、それが見ものである。

2011/12/7

ボヤキ  
参った。実は先ほどまで熱心に文章を打ち込んでいた。たぶん八割くらい書き終わっていたはずである。それがなんと消滅してしまったのだ。いったいどのボタンを押してしまったものか、それがわからない。もはや取り戻すことはできないようだ。残念ながら最初から書き直すしかない。しかし、今日は面倒臭いのでオシマイだ。

何はともあれ、沖浦氏のアジア大会での優勝を祝したい。


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