2012/3/30

春の訪れ  
今日も頑張って更新しよう。

根本原因は数集めのインチキ折伏

根本を正さず、言葉面のみ変えても実効性はない


部分的に引用させていただいたが、これはまったくおっしゃるとおりだろう。

退転者の屍を乗り越えるっておかしくない?退転者も救うのがフツーじゃん。異常な教団だね。

そして次はまたしてもシカバネ云々の話題である。これについては過去のコメント欄を紹介しておこう。

http://white.ap.teacup.com/ganko/5.html

この人たちは戸田城聖氏の発言をも間違いだったと言いたいらしい。

されば諸君よ、心を一にして難を乗り越え、同信退転の徒の屍を踏み越えて、末法濁世の法戦に、若き花の若武者として、大聖人の御おぼえにめでたからんと願うべきである。
愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。
大聖にほむるるは、一生の名誉なり。
心して御本尊の馬前に、屍をさらさんことを。


http://gennohitorigoto.seesaa.net/category/5866048-1.html

いわゆる青年訓である。

浅井先生は戸田城聖氏に心酔していた。それは事実なのだろう。ここにもその一端が垣間見られるわけだ。以下、浅井先生と戸田氏の文章を並べてみたい。

退転者の屍を乗り越えて

同信退転の徒の屍を踏み越えて


もちろん順番が逆だ。戸田氏の青年訓が先で、浅井先生は後である。ようは模倣した。パクッたのだ。

次は再掲である。

心して御本尊の馬前に、屍をさらさんことを。

青年訓の最後の一節であるが、わたくしにはこの意味がわからない。先には同心退転の徒の屍を踏み越えてと言い、ここではご覧のごとく言うわけである。当然、前者における屍は他人のことだろうが、後者は何を意味するのか、普通に読めば己のことを言っていると考えられるはずである。しかし、こういう文語調の文章は何となく雰囲気でわかったような気になっているだけで、実際にはよくわかっていない場合が多いのではないかと思う。もし平明な解釈が可能であれば、ぜひともご教示願いたいと思う。

誤解のないように付言するが、わたくしは何もこの件で浅井先生を弁護しようとは思っていない。今までだって痛烈に批判してきたのだ。ここで頑なに弁護する理由は何もない。ただ素朴な疑問というか、そもそも文章の意味がわかっていないのだから、批判とか弁護とかの段階ではないのだ。

以上、まずは戸田城聖氏の青年訓の解釈をお願いしたい。話はそれからだ。

さて、今日は顕正新聞第1234号の残りを片付けたい。といっても頭の中がゴチャゴチャになっていて、ぜんぶを把握していない。ゆえに書き漏らしが出るかもしれないが、出来る限り網羅したい。

学会幹部による「監禁傷害事件裁判」を傍聴して

われわれが知らないだけで、どうやらこの手の裁判がいくつも同時進行中らしい。最近も新潟の地方紙に顕正会関連の記事が出たようで、それは顕正会側の敗訴という結果に終わったらしい。もちろん不服ならば裁判を続けるはずであるが、顕正会がその手続きを取ったのかどうか、そこまでは不明だ。

さて、今回の裁判であるが、まだ途中経過のごとくである。

「学会の志村けん」

内容を説明するのは面倒なので省略させていただくが、この名前を見ると素直に思うことがある、おお、まだ頑張っているのか、大したものだ、と。

昔から顕正会の中では有名人なのだ。顕正新聞に何度も出ている。顔写真入りで出たこともあった。たぶん初出は二十年近く前のことだろう。

それだけ顕正会にとってはテゴワイ存在なのだ。ウットウシイと表現したほうが適切だろうか?

もはや彼の動きを封じるには裁判しかないということなのだろう。どのような結果が出るかは今後の報道を待ちたい。

次は臨終の話だ。

 組長は朝の勤行を申し上げ、御宝前のお給仕の途中、一人静かに息を引き取り、まさに御本尊様に見守られての臨終を遂げたのでした。

七十八歳の女性が亡くなった。これは前号の一面に載る日曜勤行の指導の中で浅井先生が取り上げている話であるが、今回は同じ組織の総班長が報告の意味で二月度総幹部会において詳しく語ったものである。

いわゆる孤独死である。しかし、同志がいるので発見が早かったのだろう。世間一般では白骨化していたとか、そういうニュースがしばしば流れているので、それに比べれば遥かに幸せだ。

そうは言っても次のくだりを読むと悲しくなる。

ついに一昨年七月に臨終を迎えたのでした。

七十八歳の組長は本年一月六日に亡くなった。では、上掲は何か? 実はこの人には長女がいて、それが病弱だったらしく、母に先んじて亡くなってしまったのだ。

何歳とは書いていないが、母親の年齢から推して五十前後だろう。病弱とは言うものの、支区長補と書かれているので、女子部のけっこうな幹部である。

う〜ん、これはどうなのか?

言いたくないが、顕正会流に言えば、これは罰の現証なのではないかと、そう思われても仕方がないところだ。実際、創価学会や法華講などで同様のことがあれば、顕正会は得意になって罰だ罰だと大騒ぎするはずなのだ。悲しいことである。

ロールスロイスの送迎から一転 どん底生活に

男子部組長が班長会で登壇したものだ。細かいことは省略しよう。一読して思ったのは、この人は能力のある人なのだ、ということである。仕事で御守護を頂いた旨が書かれているけれども、もともと能力のある人なので、信心は関係なく、それなりに成功する人なのだと思った。逆に、こういう人が顕正会の中でも大活躍する可能性を秘めているのではないか、今は組長だがいずれは班長・支隊長と出世していくのではないか、という気がするのだ。

フィリピンから来日、仏法に出会う

婦人部班長会での登壇。本人は昨年十一月入信の平会員。日本に来て十六年、紆余曲折があったことが伺える文章だ。たぶん長く居るので日本語も堪能なのだろう。少し前にも書いたが、顕正会も国際的になってきたものだ。

「甘酒」で肌荒れが治り健康体に

茶寮通信の見出しだが、次に紹介する冒頭の一節に驚いた。

 ここ三週間くらい、毎日茶寮の甘酒を飲ませて頂いておりますが、体がとても良くなり、たいへん有難く、メールさせて頂きました。

わたくしが驚いたのはメール云々である。へえ、そうなんだ、メールが記事になるのか、という点に驚いたのだ。何となく顕正新聞らしからぬところが面白い。まあ、しかし、これは時代の要請というか、当然の成り行きなのだろう、それほど不思議なことではないのだろう、と思い直した。

ちなみに、わたくしの記憶が確かならば、この人は高校生大会で登壇した人だと思う。総班長というポジションで頑張っている点が好ましい。

第六婦人部が第二婦人部に併合

これは微妙なところだ。組織の離合集散は不思議なことではなく、むしろ常にあって当然のことだ。

しかし、婦人部大会が行なわれる直前でもあるし、これは何となく縮小をイメージさせる出来事なので、本来ならば避けるべきではなかったかと思う。

それとも何か、抜き差しならぬ事態が発生したのだろうか?

2012/3/28

週刊誌よりもセンセーショナルな顕正新聞  
最近は惰性で更新しているようなものだ。今日も特に書きたいことがあるわけではないが、何となく習慣的にパソコンの前に座っている。

ある日の顕正新聞に「退転者の屍を乗り越えて」と題した論文を書きましたがなにか?

まあ、これはアゲアシ取りの典型みたいなものだろう。今回、浅井先生が言わんとしていることは、退転者という言葉が絶対的にダメなのではない、退転者のレッテルを安易に貼り付けてはいけない、という意味なのだ。

入信した。入信させた。この段階では右も左もわからない。まだ何も教えていない。教わっていない。そういう状況において、退転という表現は相応しくない。班長だとか、一定レベルの幹部が途中でやめてしまう。この場合はまさに退転である。今の顕正会では一回の法戦で一万人単位の入信を数える。しかし、まったく活動しないで、そのまま離れてしまう人が大半なのだ。本部首脳としてはこの取りこぼしを解消したい。出来る限り取りこぼしを減らしたいのだ。ゆえに、安易に退転者のレッテルを貼ってはいけない、という意味の指導を打ち出したわけである。

以上、過去の浅井先生が退転者という表現を使っていたとしても、それが直ちに問題になるわけではない。上掲はまさにアゲアシ取りである。

「薄っぺらな政治運動」、こうゆうことを平気で言ってしまえるのが顕正会の悪癖であるように思います。浅井会長が昨年「危険とわかった以上」と仰せられた時、小出さん等の反原発の学者・識者さん達は「ようやくわかったか」とか、「まだ理解が薄い」とか言われませんでしたよね。それは優先せれるべき問題や目的がはっきりしているからだと思います。

これは透明感のあるコメントだ。顕正会の悪癖と思われる部分をストレートに指摘している。わたくしの思うに、やはり差別化というか顕正会は特別な存在なのだという意識が強いのだろう、いわゆる正系門家の中においても特別な存在であると言いたいわけだし、それが浅井先生の性格をあらわしているのかもしれない。性格→性癖→悪癖、連想ゲームみたいなものだが、当らずとも遠からずだろう。

顕正新聞第1234号の残りの記事を紹介しよう。二月度総幹部会の各種登壇が載っている。

六ヶ所村の全戸に特集号を配布
「日本が終わる」重大さに全員奮起


第十六女子部長の記事の見出しだが、本文中には次のごとくある。

 中には逆上して「これでもう四通目だ。この辺りは、昨日からこの話題で持ちきりだ」と特集号を突き返してきた壮年。

それはそうだろう。なんと第五婦人部長も同様の登壇をしている。つまり、女子部系統と婦人部系統とで六ヶ所村に乱入しているような状態なのだ。

この辺は議論の分かれるところかもしれないが、もう少し組織的にやったほうがいいのではないか。すなわち女子部と婦人部がバラバラに行動するのではなく、綿密な打ち合わせをして配布の範囲を分担するのだ。そのほうが効率がいいはずである。

ちなみに公明党の場合、地方議会であれば同一選挙区から複数の立候補を立てることがある。すると、その投票結果が見事である。二人なら二等分、三人ならば三等分、票が均等に分散されるのだ。いわゆる組織票だ。

まあ、しかし、顕正会の場合は難しいのだろう。何しろ成果を上げることで各部が競っているのだから、なかなか協力し合うという発想には至らないのだ。組織が未成熟、とも言えるかもしれない。

 そのようななか、六ヶ所村再処理工場内で働く総班副長の信心に対し、怨嫉が巻き起こってまいりました。

同じく十六女子部長の記事だが、これとは別に第六十九区長が登壇をしている。次のごとくだ。

原子力業界に身を置く自身も、この特集号を以て急ぎ業界内に先生の指導を知らしめ・・・

ひじょうに悩ましいところだ。

たとえば念仏宗の僧侶がいる。いわゆる職業僧侶だ。この人が顕正会に入信したとしよう。たぶん原理的には転職を余儀なくされるはずだ。顕正会員でありながら職業は坊主・・・これはあり得ないだろう。

同様のことが上掲にも当てはまるのではないか、いや、それとこれとは別なのだろうか、ということでわたくしには結論が出せないのだ。

去年からずっと原発関連のことを書いているが、わたくしは以前、原発推進の顕正会員がいてもいいのではないか、という意味のことを書いた。今も考えは変わらない。この考え方であれば、くだんの女子部の人たちはどれほど気が楽であろうか、と思うのだ。ある意味、彼女らは顕正会と会社の間で板挟みになってしまっているわけで、ひじょうにツライ立場のはずである。これが気の毒なのだ。いわゆる職業僧侶の場合は教義上の問題であり、そのものズバリ謗法に相当するわけだから還俗して別の職業を選ぶのが筋だろう。しかし、原発の場合は、それが謗法に当るのかどうか、そう簡単には答えが出ないと思うのだ。

そういうわけで、これはしばらく宿題ということにしたい。

ついに現われた放射能の恐ろしさ!
 組長勤務の産科医で三人の奇形児


これは大変な記事だ。婦人部上州支区総班長が登壇しているわけだが、見出しのごとく、組長からの伝聞である。

まず、事実関係が問題である。まさかウソを発表するとは思えないので、奇形児の出産は事実なのだろう。そこで問題になるのは看護師がこのような情報を外部に漏らしてよいものかどうか、いわゆる守秘義務の問題である。その上でこの記事の深刻さを紹介すると、なんとこの病院の所在地は群馬県北部なのだそうだ。

これは深刻だ。群馬県でこれだけのことが起きた、いわんや福島県内をや、である。福島ではもっと大変な事態が起きていると想像されるのだ。

この手の話はなかなか表に出てこない。母親はもとより家族全員がその事実に打ちひしがれて、声を上げないからである。しかし、そうした事実が頻出すれば、勇気を出して声を上げる人たちが出てくるはずだ。マスコミも動くだろう。

 考えてみれば、そのころ生まれた赤ちゃんは、福島原発事故直後に母親の胎内に着床し、十二因縁の中で「識・名色・六入」に当たる、人の一生の中でいちばん細胞分裂の活発な時期に、母親の内部被曝があったことを思うだけで背筋が凍りました。

構文がやや不自然であるが、それはともかく、十二因縁がどうのこうのとなかなかシャレたことを言うものである。

いずれにしても、この問題については今後の動向に注目したいと思う。

2012/3/27

ミカツの人  
辛辣なコメントが寄せられている。

「貢献」なんかではなく「世論に乗っかっただけ」でしょう。昨年5月以降、どこの反原発関係者が顕正会について本に書いたり講演したりしたでしょうか?所詮は泥舟の中で自画自賛に明け暮れる「反原発・ガスコン推進教団」。目新しい主張は何もナシ。他著・他論の二番煎じ。哀れ。

どうも話が噛み合っていないようだが、繰り返しても仕方がない。基本的には顕正会を批判する意味において、同じベクトルのはずである。それにもかかわらず、どうしてこういう議論になるのか、それは立場の違いなのだろう。この点はひじょうによくわかる。なぜならば今回の会長講演にもそれが如実にあらわれているからである。

日本を救う新たな諫暁書

平成九年、そして同十六年、いわゆる一国諫暁が行なわれた。どうやら今回の原発全廃特集号はその延長線上に位置するものらしく、上掲のごとく、新たな諫暁書であると言っている。

ここで一つのツッコミが入る。なぜに書籍化しなかったのかと。以前の諫暁書は本の体裁だった。冊子と表現したほうが的確かもしれないが、ともかく書籍化されたのだ。ところが今回は顕正新聞なのである。特集号とは言うものの、月三回発行されるうちの一つに過ぎないのだ。

まあ、しかし、わたくし個人の意見としては、それでいいと思う。平成十六年の諫暁書をいつまでも配っているのはどうかと思うのだ。時代の流れに即応していない。むしろ、それよりは新聞形式で、次から次に新しい内容のものを出していったほうがいい。ゆえに今回の特集号もせいぜいが半年だろう。その頃にはまた状況が変わっているかもしれないので、それに応じた記事を書くべきなのだ。それが即応性というものだ。

しかし、どうやら浅井先生が気にしたのは、別のツッコミである。

 さらに先生は、左翼政党の「反原発」も、保守派の「原発推進」も、共に薄っぺらな政治運動に過ぎないと鋭く喝破されたうえで・・・

わかりやすいので編集部の書いた文章を引いた。続いて会長講演をご覧に入れよう。

 顕正会の原発全廃の戦いは、このような薄っぺらな政治運動ではない。日蓮大聖人の弟子としてこれを推進しているのです。

いかがだろうか。「目新しい主張は何もナシ。他著・他論の二番煎じ。哀れ。」との批判を気にしているのだ。そこでわたくしは以前、顕正会は他の反原発運動との差別化を図っている、という意味を書いた。実はここがいちばんの問題であって、これもすでに指摘したことだが、既存の反原発運動家にとって顕正会は迷惑な存在なのではないか、ということになるのだ。

本来ならば呉越同舟であるべきところを、まったく協調しようとしない。これでは運動も成就しないだろう。顕正会が本気で原発全廃を目指すのならば、当面は左翼だろうが右翼だろうが協力し合うような空気を作り出さないといけないのだ。ところが上掲のごとく、差別化を図ろうとしている。

これで冒頭の話につながった。同じことが顕正会批判にも言えるわけだ。それはともかく会長講演に戻ろう。

次の部分もちょっと問題だ。

 ことに国会の事故調のメンバーには、地震学の権威の石橋克彦・神戸大学名誉教授と、福島第一原発四号機の原子炉圧力容器・主任設計者であった田中三彦氏の二人が加わっているので、私は期待している。

私は期待している・・・

う〜ん、どうなんだろうか、たぶん本人には自覚がないのだろうけれども、読む人によってはずいぶんと不遜な物言いに聞こえるかもしれない。上から目線というヤツだ。ましてや前掲のごとく、既存の反原発団体を敵に回すようなことを書いているわけだから、ひじょうに困ったものである。

以上、原発関連の話は終わりにしたい。なお、本稿では一方的に顕正会を悪く書いてしまったが、ともかく反原発に舵を切ったという意味においては称賛されてしかるべきと思う。ただ、細かい点において、いろいろと考えるべき事柄が存するということなのだ。

最後にオマケを付けておこう。

 ついでに言っておきますが、活動していない人を、よく一口に「退転者」というでしょ。この言葉、私はあまり好きではない。適切ではない。「未活動の人」と言った方がいいですね。

ほほう。めずらしい。

まず、アゲアシ取りから行こう。

私はあまり好きではない。適切ではない。

わたくしはこういう文章がけっこう好きだが、しかし、適切ではない。好き嫌いと適不適は別次元のことだろうが、と言いたいところだ。この場合、好きか嫌いかではなく、適切か不適切かが問題なのだ。先生の好みだけで会全体が左右されるようでは、まさに独裁そのものである。その意味で上掲の文章はあまりよろしくないと思う。

アゲアシ取りはこれくらいにして、今回のこの指針は意外というか、めずらしいことである。先生がこういう細かいことに言及するのは滅多にないことなのだ。わたくしの記憶では、たとえば題目三唱について指針を示したことがあった。あれはたぶん、あまりにも題目三唱が長ったらしくて、どうにかしないといけないと思ったからなのだろう。確か大幹部による座談会のような席でそれが打ち出されたのだと思う。

であれば、今回もそれなりの必然性ないし必要性があったからこそ、わざわざ言及したのだろう。

それは何だろうか?

今年は婦人部大会が控えている。そして女子部大会・男子部大会と続くわけだ。それぞれ大きな結集目標がある。しかし、現状ではけっこう苦しいのだろう。たくさんの人材を糾合していくためには、あらゆる手段・方策が必要だ。たぶん、今回の指針はその一環なのだろうと思う。

熱心な活動会員は焦るあまり、結論を急いでしまう。早い話、オマエはやる気があるのか、それともないのか、ハッキリしろ、と相手に迫ってしまうのだ。答えがノーであれば、もう、それだけで退転者の烙印を押してしまう。そうやって人材をダメにしているのだ。もう少し丁寧に育てれば、きっと育つはず、そのように本部首脳は思っているのだろう。ところが現場では急ぐあまり、そうした人材を取りこぼしてしまっているわけだ。

今回の浅井先生の講演はそれをヤンワリとした形で指摘している。

まあ、しかし、悲観的なことを書くと、退転者という言い方を未活動の人と言い換えたところで、それほど変化はないのではないか。なぜに現場の人間が急ぐかと言えば、それは誓願という名のノルマがあるからであって、そこを抜本的に変えない限りは何も変わらない。

残念ながら、これが結論だと思う。

2012/3/25

会長講演の非論理性を暴く  
コメント欄には「目の敵」という言葉が踊っているが、これはまったくの誤解である。また、もし本人がそのように思っているのであれば、それはとんだ被害妄想である。

なお、わたくしは前回、顕正会も反原発に幾分かは貢献している、と書いたけれども、それは思い上がりとのことだ。

たぶん、冷静な読者であれば、どちらが目の敵にしているのか、文章の雰囲気から感じ取ることができるだろう。いちおう、自己弁護を申し上げておくと、民主主義の世界においては一人のヒーローを作ってはいけない、一人ひとりがヒーローでなければいけない、という考え方がある。もちろん、キレイゴトを言っている気味も感じられなくはないが、なるほど、そうだ、と賛成してくれる人もいることだろう。この意味では顕正会も反原発を表明した時点で、すでに貢献したことに相違ないのだ。前回の拙稿をよく読んでもらえば、その顕正会が手柄を独り占めするような物言いをしている、わたくしはこの点にメスを入れたのだ。そうした文章全体の流れを無視して、思い上がりなどと言われたら、こちらとしては堪ったものではない。

それはともかく、話を進めよう。

御遺命破壊と同時進行で原発林立

前回は二月度総幹部会の会長講演の、おそらくは最大の問題点を指摘した。インサイダー取引に近いようなインチキ手法と言ってもいいだろう。もし浅井先生にその自覚がないとしたら、アホウであるし、自覚があるとしたら、悪質である。

さて、今回の場合はおそらく自覚がないのだろうと思う。前回を最大の問題だとすると、こちらは本質的問題に当るかもしれない。

ようするに御遺命守護は顕正会のアイデンティティである。それはそれで結構なことだが、しかし、浅井先生は何でもかんでも御遺命守護に結び付けようとする、そこが問題である。
百点満点の一月度総幹部会、すなわち原発全廃特集号、これは一般の読者にも理解できる内容である。ゆえに先生も「これを読んでわからぬ者はない、と私は確信しております」と言うのだ。では、二月度総幹部会の内容はどうか?
わたくしの思うに、御遺命? それって何なんだろう? これが一般の読者であり、それなりに教養のある人ならば、理解しようと努力するけれども、おそらくは大半の人が理解不能である。

言っていることはわかる。つまり、教義上の重要な違背があって、それが社会に影響を与えている、ということだ。これを信仰者は無批判で受け入れる。
しかし、非信仰者ないし異教者は受け入れない。言っていることはわかるが、そんなバカなことはないだろう、ということだ。非信仰者はそこで終わる。顕正新聞はゴミ箱に行く運命だ。
異教者や物好きな人であれば、ツッコミを入れてやろう、ということになる。アラサガシというか、浅井先生の言っていることの矛盾点だとか、非合理的な部分を抉り出すのだ。

以上、回りくどいことを書いてきたが、早い話が反原発には賛成するけど顕正会には入りませんよ、というのが最大公約数的な結論のはずなのだ。

顕正会の狙いとしては反原発の流れを広宣流布の流れに持っていこうとしているのだろうけれども、一般人にはその相関関係ないし因果関係がまったく理解できない。すると、今の顕正会はいったい何をやっているのだろう、ということになる。あるいはこれが迷走の一つの姿なのかもしれない。

すべては「仏法より事起こる」

ここからは具体的なツッコミである。今回の講演はいわば浅井流の仏法史観である。ようは現代史を仏法の眼から捉えるわけだが、ここでわたくしは即座に青森大会のことが頭によぎった。ご存知のごとく、平成五年の段階では原発容認だったのだ。わたくしはこれに関して、浅井先生を擁護する意味のことを書いた。しかし、今回の講演で考え方を変えざるを得なくなった。擁護するには無理があるのだ。

仏法史観・・・

先ほど浅井流の仏法史観と書いた。いかにも格好いい言葉である。しかし、言葉に騙されてはいけない。現代史を論ずるのであれば、顕正会の動きも歴史的事実に即して論じなければいけないのだ。今回の講演では御遺命破壊のことと原発の問題を、昭和四十年代に遡って論じている。だったら昭和から平成の今日までの動きの中に、自ずと青森大会での浅井発言も含まれてくる。これに言及しないのはズルい。都合の悪いことを隠しているようではダメなのだ。それでは仏法史観が泣くというものだ。

最初のたばかり説法

翌年、最初の原発


浅井先生は御遺命破壊と原発を関連付けて論じているけれども、そこに合理性は感じられない。昭和四十年に日達上人がタバカリ説法をした。その翌年に日本最初の原発が運転を開始した。これはいかがなものかと思う。

されば今日になってみれば、誑惑の共同謀議はこの頃かと推測し得るのであるが、当時は未だ明瞭ではなかった。

合理性が感じられないと書いた理由を説明しよう。唐突ながら試練と忍従の歴史からの引用である。浅井先生は御遺命破壊の共同謀議を昭和四十年頃ではないかと推測している。推測ではあるけれども、いちおう四十年を基準に話を進めよう。その翌年に日本最初の原発が運転を開始したわけだ。まさか一年間で原発が完成したわけではないだろう。計画から着工ないし竣工まで相当の年月を要しているはずなのだ。つまり、ツジツマが合わない。仏法が体で世間が影ならば、共同謀議の時期をもっと遡らせないと順番が逆になってしまうのだ。こんな簡単な道理がわからないのだろうかと不思議に思う。

名実ともに
  御遺命を破壊


次に取り上げる問題は、おそらく法華講員などがよく指摘していることに通じるだろうと思う。ある意味ではアゲアシ取りに過ぎないのだけれども、当然ながら顕正会側に原因がある。ようは整理整頓ができていないのだ。

 いいですか。まさしくこの年に御遺命が破壊されたのです。
(中略)
 まさに昭和四七年(一九七二年)を以て、日蓮大聖人の唯一の御遺命たる「国立戒壇」は名実ともに破壊されたのであります。

ある時は御遺命守護、ある時は御遺命破壊、おいおい、どっちなんだよ、ハッキリしろよ、ということだ。

 御遺命の正義・本宗七百年の伝統は辛じて此処に死守せられた。

これは決着直後の「富士」巻頭言、すなわち昭和四十七年十月十一日付の文章であるが、わたくしが参照しているのは冨士二百五十号である。

真面目に考えるのもバカバカしいことだ。おそらく結論はその時の都合によって、破壊になったり守護になったりするのだろう。わたくしの従来の考え方で行くと、解散処分の時が破壊に相当するわけで、昭和四十七年の時点は守護のはずなのだ。しかし、今回は電源三法との関連で破壊を用いたのだろう。ちなみに後年、御遺命守護は完結したことになっている。平成十年だ。当然、ここからもツッコミが入ることになる。だからちゃんと整理しろと言っているのだ。

こうして見ると、今回の講演はボロボロである。こんな調子で大丈夫なんだろうかと心配になる。

2012/3/24

会長講演のインチキを暴く  
まず、個人情報に関わる質問が寄せられているけれども、これについてはノーコメントである。はい、いいえ、このどちらの答えも危険なのだ。仮にいいえと答えたとしよう。これは迂遠なようでも、いずれは人物特定が可能となるのだ。いわゆる消去法だ。

まあ、しかし、このように書くと、正体がバレることを極度に恐れているように思われるかもしれないが、別にそういうわけではない。いずれは実名で書いてもいいと思っている。ただ、実名で書いたところで、大したインパクトはない。文字通りの落ちぶれ顕正会員なので、ほとんど誰も知らないはずなのだ。

ならば、今のスタイルで書き続けたほうが効果的ではなかろうか、ということなのだ。

もし浅井会長が反原発を仏法と結びつけて、それを絶対の真理であるかのように説くならば、将来禍根を残すのではないかと思います。

なかなか鋭い。なるほど、確かに科学技術の飛躍によっては原子力を安全に使いこなせるような時代が到来するかもしれないわけで、その意味からすると、顕正会はわざわざ選択肢を狭めてしまっていることになるだろう。社会問題というのは常に賛否両論があって、そのどちらかが絶対的に正しいとはなかなか言い切れない。ゆえに宗教団体がそうした各分野に意見を差し挟む場合には、よほどの覚悟・決断が必要なのだ。わたくしは再三再四にわたって、顕正会は今後の方向性が難しくなった、と書いてきた。その理由はごく単純で、あまりにも原発問題に深入りし過ぎてしまって退くに退けない、ということなのだ。

これについては今後も書く機会が何度も訪れることだろう。そこで今日の本題であるが、二月度総幹部会の会長講演についてである。

結論を書く。

マイナス五十点。

これが当該講演に対するわたくしの評価だ。

一月度の講演では、百点満点をあげてもいい、と書いた。それからすると、極端な話であるが、今回はゼロ点だ。しかし、ゼロでも足りない。ゆえにマイナス五十点である。

なお、わたくしは数学が苦手なので、数字の根拠はデタラメである。ようは当てずっぽうということだ。

それにしてもこの評価は極端過ぎやしまいかと、読者の中にはそのように思っている人もいるはずだ。よほどの理由がない限り、この急落はあり得ないことだ。以下、理由を説明しよう。当該講演の最大の問題点を指摘したい。

 見てごらんなさい。政治家を巻き込んだ原発利益共同体がどれほど強力であろうとも、不思議にも最近、全国自治体の首長や地方議会が、相次いで立ち上がる気運が出て来たでしょう。
(中略)
 このように、相次いで全国の自治体の首長や議会で「原発反対」の火の手が上がってきたのも、私は諸天の働きだと思っております。
 顕正会がいま真剣に仏弟子として「原発全廃」に戦うゆえに、諸天が動き、このような原発廃止の気運が、全国に上がって来ているのであります。


不思議にも最近・・・

諸天の働き・・・

これほどのインチキもあるまい。

と言っても、これだけでは意味がわからないだろうから、もう少し説明しよう。

まず、中略の部分であるが、ここには具体例が書かれている。福井県知事が再稼動反対を表明したり、東海村の村長が原発事故担当大臣に東海第二原発の廃炉要望書を手渡したり、といった具体的な事例を列挙しているのだ。

浅井先生はこれらを諸天の働きだと言っている。では、どうして諸天が動いたのか、それは顕正会が仏弟子として原発全廃に戦っているから・・・と言いたいわけだ。

もし質問が許されるのならば、わたくしは浅井先生に問いたい。不思議にも最近・・・という、ここでの「最近」はどのくらいの期間を意味するのか、である。
文章表現は難しい。最近という言葉にしても、相対的なものであるから、その状況によっては違ってくるはずだ。普通の感覚ならば数日ないし数週間であろうが、浅井先生のような高齢者にすれば数ヶ月ないし数年くらいまでが最近に相当するのかもしれない。
しかし、当該講演における最近は、せいぜいが数週間以内を意味すると考えられるわけで、そうすると浅井先生の言っていることはウソになるのだ。

以下、部分的に重複するが、会長講演のウソを暴く目的で引用したい。

・・・不思議にも最近、全国自治体の首長や地方議会が、相次いで立ち上がる気運が出て来たでしょう。
・・・茨城県東海村の村上達也村長は、原発事故担当大臣の細野豪志に対して「東海第二原発の廃炉要望書」を手渡しております。


要望書が提出されたのは最近ではない。昨年の十月十一日のことだ。

昨年の十月が浅井先生にとっては最近なのだろうか?

実は、当該講演には重要な仕掛けがある。最近とは文字通り、ごく最近の意味であって、せいぜいが数週間以内を意味することは明らかなのだ。

次に紹介するのは同講演の前半部分、すでに百万部配布、との小見出しのついた部分である。

 この特集号、私は国会議員および全国地方自治体の首長、さらに都・市・町・村の全議員、また言論人、マスコミ関係者、約三万ヶ所に送付いたしました。
 さらに全顕正会員による真心の配布は、二月七日の出来より本日までのわずか二〇日の間に、すでに百万部を超えております。このように、日本を救う諫暁書は、今しんしんと日本全土に浸透しつつある。


二月度総幹部会は二月二十七日に行なわれている。原発全廃特集号の出来は二月七日であるから、わずか二十日間に百万部が配られたことになる。

これで仕掛けの意味がわかっただろう。

浅井先生の言う最近はこの二十日間を意味するのだ。ゆえに普通に読めば、全国の首長ないし議会がわずか二十日の間に次々と反原発を表明したかのように読めてしまう。しかし、事実は違う。先に示した東海村の要望書は一例であって、他の例においても同様である。何も顕正新聞の特集号に触発されて反対を表明したわけではないのだ。昨年の事故以来、いわば一年の間に各所で反対表明がなされてきたわけである。

まさに浅井マジック炸裂である。

何を考えておるものかと思う。確かにこの仕掛けに気がつかなければ、不思議なことだと錯覚するに違いない。そう、錯覚なのだ。浅井先生は会員に錯覚を起こさせるような、そういう意図で講演しているのではないか、わたくしにはそのように思えてならない。もしそれが事実であれば、とんでもないインチキジイサンである。

顕正会では昨年の五月以来、ずっと原発反対を言い続けてきた。ゆえに先生の言う気運の醸成に、顕正会が幾分かは貢献しているのではないかと思う。しかし、今回の講演を読むと、あたかもすべて自分たちの手柄だと言ってしまっているように読めてしまうのだ。この厚顔さ・倣岸さには言葉を失うほどだ。

一般の反原発の人たち、あるいは事故以前からの運動家たち、彼らは顕正会のこの姿をどのように思うだろうか?

2012/3/21

花粉症の季節  
貴重なコメントを頂戴しているので、今日はそれを取り上げたい。

脱原発を布教の道具に使う冨士大石寺顕正会は、震災復興に対し何をしたのだろうか?

震災復興に関して何かをしたという話は聞かない。わたくしの知る範囲では諫暁書ないし顕正新聞の配布活動だろう。おそらく顕正会側の言い分は、しょせんボランティアは根本の救いにはならない、大聖人の仏法を持たしめることが救いなのだ、ということになると思う。

まさにそれが、脱原発を布教の道具に使う、という指摘に相当するわけだ。

これは当然の指摘であり、批判者ならば誰もが気がつく点だろう。これを敷衍してわたくしなりの意見を書けば、顕正会の反原発ないし脱原発の主張はその通りだとしても、だから入信するとは限らない。顕正新聞を読んで、そこで初めて原発の危険性を知る人がいるかもしれないが、それがイコール顕正会への入信とはならない。あるいは原発の危険を昔から知っていた人にしてみれば、なぜ顕正会へ入らないといけないのか、まったく理解できない。つまり、布教の道具として適切なのかどうか、その根本的なところが問われているのだと思う。

先日来、顕正会の今後の方向性が難しい、という意味を書いてきたのも、このためだ。

あらゆる分野に共通して言えることだが、今まで共同歩調を取ってきた者が仲間割れすることがある。運動のカリスマ的な存在は、得てしてアクの強い人物だったりする。仮に団体が複数あるとすれば、本来ならば協調性が求められるところで、意見が決裂してしまったりする。ようは足の引っ張り合いをするわけだ。

この意味で、顕正会の存在は既存の反原発運動から見れば、ひじょうに迷惑な存在かもしれないのだ。この点、わたくしは本部首脳に再考を願いたいと思う。布教の道具との批判がある以上、原発問題から撤退するか、逆に原発問題が解決するまでは布教をしない、という選択が必要なのではないか。口では麗しき日本を云々するものの、動機が不純であれば、ますます顕正会のイメージを悪くするだけである。

「梵天・帝釈等の御計として日本国一時に信ずることあるべし」との御書の仰せを巌虎はどのように心得ているのか。

顕正会の弘通がある段階まですすめば、巨大地震、経済破綻といった二大氷山、果ては北朝鮮、中国といった国々による他国侵逼により、国亡ぶ恐ろしさにうち震えた人々は、行列をなして顕正会に入信してくるようになるのだ。顕正会は、客観情勢が整うまでのお手伝いをさせていただくに過ぎない。そしてその勢力が日本人の過半数に達すれば、顕正会員の意思が日本を左右するようになるし、日蓮正宗もその存在を無視できなくなる。そしていよいよ広宣流布となれば、顕正会員は大聖人様のお褒めをいただき、今までの果報として一日三時間働けばよい世の中で、福運に満ちた素晴らしい生活を過ごせるようになるのだ。御書に「一時に」とある以上は、そして国立戒壇の御遺命を奉じる顕正会は、三百万であろうと一千万であろうと、諸天の不思議の御守護により必ず成し遂げるのである。

広宣流布になれば、物質面でも寂光土が生じるから、全然無害な、核融合によってエネルギー問題は解決するであろう。東日本大震災直後は、原発廃止を訴えたが、これは国立戒壇の御遺命をいつまでも捨て続け、謗法にまみれた日本を仏法の眼から見た浅井先生の時に応じた指導であり、その時々の浅井先生のご指導を心肝にそめることが大事である。

一々文句をいう法華講員は論外であるが、巌虎なども全然わかっていない。


正真正銘の現役活動会員からこのようなコメントが来ればひじょうに楽しいのだが、あまり期待は出来ない。

いちおう反論を書いておこう。

おぼろげならでは入れまいらせ候はぬにて候。

解釈の余地はまったくない。顕正会員の好きな御文の直前には、このような仰せが存在するのだ。つまり、今の顕正会の成果ばかりを追い求めるデタラメな折伏を、大聖人はダメだとおっしゃっているのだ。このことを浅井先生が知らないはずはない。古い幹部たちも知っているはずだ。なぜならば過去の御書講義で当該御文を取り上げているからだ。

ゆえに、この件でも本部首脳に再考を願いたい。誓願廃止である。もちろん、広宣流布の大誓願は堅持した上で、当面の誓願を、早い話がノルマを廃止するのだ。これならば大聖人の仰せのままの修行だと、胸を張って言えるだろう。

なお、付言するならば、いわゆる折伏法戦が絶対的にダメなのではない。今の顕正会の成果主義がダメだのだ。これがデタラメな折伏を助長させている。ゆえに、そこを抜本的に変えない限り、誓願=ノルマの批判は永遠に続くのだ。

わたしの人生振り回され放しです。
女帝はいつも安全圏にいてズルい。
近く会員の誰も知り得ない浅井家の実情を、伝えるかもしれません。
和樂とは真逆の一族の姿に驚愕することでしょう。
女帝さんもお身体を大切に。


元婦人部幹部による爆弾発言である。

女帝とは誰のことか。たぶん副総合のことだろう。文脈からはそのように読み取れる。

しかし、爆弾発言はこれからのようだ。

上掲はいわば宣戦布告のようなもので、いよいよこれから本格的な爆弾投下が始まるごとくである。

わたくしは思う。

たぶん、内容によっては本人が誰なのか、バレてしまうことだろう。仮にわれわれには見当がつかなくても、本部首脳ないし浅井家の人間たちにはわかってしまうはずなのだ。
はたして、そのリスクを覚悟の上なのか、そこが問題である。
一時の感情の高まりから書いているのであれば、その辺でおやめになったほうが賢明だろう。しかし、本気であるならば、それはそれで大いに結構である。

わたくしにできることは、こうして発言の場を提供することくらいだ。

2012/3/16

二号分をまとめて  
一月度に続き、二月度総幹部会の会長講演にも、ぶったまげた。しかし、その前に二号分が溜まっているので、そちらを片付けてしまおうと思う。

まずは1232号の体験発表だ。

バングラデシュから来日し入信
 イスラム教を捨て大聖人に帰依


入信の年月日が記されていないけれども、婦人部員の紹介で入信し、昨年七月には男子部班長に任命されている。それから、このたび婦人部の人と結婚する運びとなった、とも書かれている。沖縄から東京、さらに群馬へと移り住んでいるので、すでに来日してから相当の年月を経ているのだろう。班長会で登壇するくらいだから、日本語も堪能なのだろう。

特に感想はない。強いて言えば、イスラム圏からの入信はめずらしい。顕正会も国際的になってきた。まあ、そんなところだ。

「学会員を救う特集号」の威力の凄さ
 池田大作の大罰≠ノ学会幹部も狼狽


またしても男子部班長会の記事であるが、これには少し驚いた。三十一隊長の活動報告だ。

ご存知のごとく、週刊文春十月二十七日号に掲載された池田大作氏の病状についての記事は、後日、訂正記事が発表された。ゆえに、さすがにもうこのネタは使えないだろうと思いきや、くだんの隊長殿は勇ましくもネタを使い続けているのである。しかも顕正新聞はそれを堂々と載せているのだ。ゆえに驚いた。

これを一から十まで隊長本人が考えて発表したのだとしたら、なかなかどうして大したものである。顕正会にも論客がいるのだ。

ようするに今回の登壇は、訂正記事が出たことを承知した上で、なおも記事の有効性を主張するという高度な議論を展開しているわけである。

隊長いわく、

 しかし、よくよく読んでみると、それは記事全体を取り消した内容などではなく、再取材を行ったところ「証言者が看護師であるとの確証が得」られなかっただけの話で、したがって「病状以外の記述については全く訂正などしていないのでありました。

わたくし自身は本記事も訂正記事も読んでいないので、何も言う資格はない。ただ言えることは、上掲のような込み入った議論が出来る幹部がいるとは驚きだ、ということだ。まあ、しかし、ここまで書けば本部首脳も怒るかもしれない、顕正会をナメんなよ、と。

この隊長の抜け目のないところは、次のようなセリフにあらわれていると思う。創価学会の幹部に対して、隊長は次のごとく言っている。

 「あの記事は事実でしょう。では逆に聞くが、どうして池田大作は約一年半も学会員の前に姿を現わさないのか?おかしいと思わないのか?学会員は疑問を持たないのか!」

これには相手もタジタジだろう。

看護師の証言など、どうでもいいのだ。あれは週刊誌特有の記事を面白おかしくするための味付けみたいなもので、本来ならば守秘義務のある看護師が情報をリークするはずがないところを、あえて出してくる。これがいわゆるスクープだ。ゆえに、こうしたスクープ情報には常にリスクが付きまとう。たぶん年がら年中、裁判沙汰になっているのは、これが原因なのだろう。穿った見方をすれば損益計算上、裁判で負けてもオツリが来る。つまらない記事ばかりで売り上げが減るよりは、リスクを承知でスクープ記事を出すほうがマシなのかもしれない。ある意味、それが週刊誌の醍醐味なのだろう。読者はもちろんのこと、編集者もそこに醍醐味を感じているのだ。

話が脱線したが、ようは看護師の証言の信憑性がどうであれ、池田氏が表舞台に出てこない以上は、それがそのものズバリの現証と言わざるを得ないわけである。

ちなみに、わたくしの言う現証に他意はない。年齢的にはそれほど不自然な話ではないのだ。

逆に顕正会員こそ覚悟すべきだろう。浅井先生だっていつまで元気でいられるか、わかったものではないのだ。いずれは総幹部会に出られなくなる時が来る。その時まで拙ブログが続いていれば、当然、取り上げざるを得ないだろう。別に先生を責めるつもりはないが、アンタだって同じじゃないか、ダイサクさんに言っていたことがぜんぶ自分にも当てはまってしまったではないか、ということにもなりかねないのだ。

さて、第1233号に移ろう。

紹介するのは正義にめざめての登壇だが、昭和五十七年に創価学会に入り、顕正会へは昨年の十一月に女子部総班副長の配布の縁で入会とのことだ。ゆえに現在は女子部所属の男性平会員ということになる。

配布の縁・・・

これが今日の顕正会の活動を象徴しているわけだが、ともかく話を進めよう。

 また、忘れもしない、初めての登山の際、僧侶の妻帯を知り、「日興上人の『遺誡置文』に反しているではないか!」と衝撃が走り・・・

やや疑問である。後知恵ではないのか、もしくは幹部の入れ知恵だろうか?

昭和五十七年当時は宗門と創価学会の関係がわりと良好だった。当然、寺院での御受戒だったはずである。なぜに初めての登山の時に僧侶の妻帯を知ったのか、むしろ御受戒の時に知ったと考えるほうが自然ではないのか、ということだ。日興上人の御遺誡に背いているという点も引っ掛かる。当時の創価学会がわざわざそれを教えていたとは思えない。むしろ顕正会的な思考のように感じられるのだ。ゆえに後知恵ないし幹部の入れ知恵と書いたわけである。

 そして鮮明に覚えておりますが、池田大作と親しく会談している様子が聖教新聞紙上に大々的に掲載された、ルーマニアの独裁者であった元大統領・チャウシェスク・・・

この後、ノリエガ元将軍のことも書かれているが、ようするに発表者は、聖教新聞は池田氏と会談した有名人が次々に失脚していることを報じていない、都合のいい時だけ使ってあとは知らんぷり、ということを言っているわけだ。

善意に解釈すれば、この人物は勉強家なのだろう。先の御遺誡のこともそうだが、普通の人ならばそこまでの問題意識を持たないはずなのだ。確かに社会人ならば、それなりに時事問題に敏感だろう。しかし、国際問題にまで精通している人は少ないと思う。ましてや次々にいろいろなことが起こる、それが世の中だ。普通は忘れてしまうものなのだ。

ちなみに、わたくしはチャウシェスクもノリエガもよく記憶に残っている。なぜならば顕正会の中では幹部がこれをよく話題にしていたからだ。たぶん「冨士」を調べれば、どこかに載っているはずである。

こうして見ると、この登壇はひじょうにヤラセっぽく思えてくる。

 私の曽祖父は明治十年、日本最後の内戦となった西南戦争の「田原坂の戦い」において、西郷隆盛ひきいる薩軍の第四小隊長として戦ったと、子供のころより聞いていましたが・・・

いちおう公平を期して、紹介させていただいた。上掲のごとくならば、この人はやはり勉強家なのかもしれない。なぜならば、わたくしは曽祖父のことをまったく知らないからだ。もし仮に自分の曽祖父が有名人だったとしても、面倒臭がりのわたくしは積極的に調べようとはしないだろう。ところがこの人はおよそ五十年、あらゆる書物を調べ続けた。そして最近になって曽祖父に関する記述を発見したのだそうである。

さて、最後に紹介するのは第十九女子部長の記事だ。

・・・残りのビデオ放映に全県民を呼びかけ、明年の女子部大会には、新潟女子だけで三万人を埋め尽くしてまいる決意であります。

途中からで恐縮だが、第十九女子部ではすでにこの時点で(実際にはいつだか不明だが)ビデオ放映に二千名以上が参加しているらしく、さらに残りの日程の中で全県民に呼び掛けて行くと言っているわけだ。そして明年の女子部大会には新潟の女子だけで三万人を集めてしまおうとも言っている。これは凄い人だ。

しかし、文章がヘンだと思う。

ビデオ放映に全県民を呼びかけ・・・

この言い回し、日本語としてどうなんだろうか、と思う。

 されば第十九女子部は本年、全国の先陣を切り、一刻も早く三千名結集を成し遂げ、浅井先生に必ずやお応えしてまいる決意であります。

ああ、やっぱりヘンだ。この人はヘンな人なのだ。

上掲はいちばん最後の文章であるが、前掲との齟齬というか、さすがに大風呂敷が過ぎるだろうことを自ら白状しているような点がなんともコッケイである。

残り数日間だろうか、そのわずかの時間で全県民に呼び掛けることも凄いが、三万人の女子部大会に新潟だけで三万人を集めてしまおうと言っている、これも凄いことだ。ところが最後の文章では三千名結集を云々している。たぶん意気込みとしては、さらにそこから一年有余の間に十倍を目指すつもりなのだろうが、しかし、現実的には不可能に近い。こういうのを大風呂敷と言うのだ。

先生の弟子だから先生に似てしまうのだろう。それが今日の結論だ。

2012/3/12

「浅井先生 原発大賛成の証拠 青森大会」  
(平成5年6月6日 青森大会)

Q.青森県六ヶ所村の核燃料基地が話題になっていますが、日本の原子力利用をどう見たらよろしいでしょうか?

A.青森だけなんですかねえ、今の、原子力のエネルギーの、核燃料基地っていうのがあるっていうのは、六ヶ所村に。おそらく、まあ、そこが一番適当だっていうんで、日本政府が選んだんでしょうけどね。

まあ、これは直接仏法とは関係ない、あのー、話題でありますけど、まあ、私はこう思うんですね。

えー、今、この、発展しつつある経済、この経済発展を支えているエネルギー、これはもう石油には頼れないんだろうと。今後、石油は枯渇しますからね。そうするとどうしても、もう、いかなる国も、人類全体が新しいエネルギー源としてですね、原子力に頼らざるを得ない。これもし頼らないということになってくると日本の今の経済生活、どうなんでしょうか、大変なことになるんでしょうね。

おそらく今の、あれでしょ? エネルギーの中で、全国の発電量の30パーセント、までいってるんじゃないですか、現在。原子力の発電が。だから原子力を全部日本人がですね、ダメだ捨てろ捨てろと言うと、30パーセントの電力がなくなっちゃうから、経済成長も三分の一にダウンしちゃう。と、日本は生活できないですね。

それ日本だけじゃない。全世界が、もう、核エネルギーっていうことを使って、現在の生活が成り立っている。まあ、そこで私思うんですね。もうロシアのような、もう、ああいう、国になりますとね、核燃料は使い捨て、そして管理はメチャメチャ、だからチェルノブイリみたいな事が起こるんですね。ああいう使い方はいけないけれども、核燃料をもう避けて通ることができないんだったらば、それを完全に安全管理する、これやっぱり、人間の一つの智慧なんでしょ。

その中においては、日本の国は最も用心深く安全に管理しているんではないか、私そう思うんですね。もしそれを核燃料を核アレルギーからですね、全部捨てろ捨てろっていうのは、今の日本の経済生活を全部否定して昔に戻るんだと。もう電力なんかいらないと、いうんだったらかまいませんけども、今の生活を維持しようっていうんだったら、核エネルギーっていうことを、無視することはできないんだから、これを用心深く安全管理する日本ならそれをやれているんではないかと思う。

ところが、何でこれを反対反対反対ってことが、これ、かまびすしいかといいますとですね、これ社会党が言ってるんですよ。実は、社会党が以前から反対していることは三つあったんですね。自衛隊反対。これは違憲。憲法違反です。自衛隊なんか解体しろ。もう一つ、原発反対っていうんですよ。現行の原子力、原子力の核は核兵器に通ずる、なんて言って、みんなが日本人はヒロシマ・ナガサキっていうんで、核アレルギーを起こしている。それに与同してですね、その、原発もいけないっていう。それからもう一つ。日韓、この、条約を破棄しろと言って、韓国との交渉も、これするなとこう言ってる。でこのようなことを今になってみて社会党が困っちゃってこれじゃもうこの、選挙負けるということで全部それを、変更しはじめたでしょ? 自衛隊も容認すると。原発も容認する、なんて言ったけどもう既に遅い。そのように社会党が騒ぎに騒いだからみんな国民が何か私は誤解をしている。社会党が何故騒いだかわかりますか? ソ連の政策だったんですよ。ソ連が何としても日本を弱くしようと。それで自衛隊を解散させると。で自衛隊は違憲、違憲、憲法違反ってやつ。それから原子力。これを日本が利用するってことはますます経済発展になる。だから原発反対しろと。それに社会党が、いわゆるソ連の、謀…日本に対する対日謀略の手先になった。ですから、今、社会党が、一番触れられたくない問題が何かというと、ソ連から資金援助を受けたんですね。ソビエトから、ものすごい資金援助を受けてきたでしょ? この場合、これは今、ソビエト共産党が崩壊することによって機密文書が出て、どんどん社会党に援助したことが、文書が出てんで、社会党が一番困ってる。このように、外国からお金をもらって、日本の国益に反するようなことをやっておったのが、あのかっての社会党だった。そこに今の社会党のまことにみじめったらしい姿が出てきてるんですね。

まあ、そこに私は、今のこの、原子力発電っていうことを反対、核エネルギー反対って言ってこれを全部破棄しろというんだったら、そいで危険だというんだったら、しかし日本でもって、この原発でもって誰が死んだんでしょうか。誰も死なないでしょ? 私は非常に用心深くやられてると思うし、もしこれが危険だ危ないんだって言ってやめるんだったらね、自動車乗るのをやめたらどうかと思う。原発じゃまだ死んでないけど。自動車じゃ年間一万数千人死んでるんですから、事故でもって。それこそ、一万数千人から死んでる自動車みんなやめろっていって、ホントはこれに賛成しなきゃならない。またゴールデンウィークなんたって、あれやると必ず、山で死んだ海で死んだって、必ず数十人、毎年死ぬんですよ。休まない方がいいじゃないですか。だからそうなってくるとですね、今の核、この、原発反対ってことはいかにも感情論なんだと。私は思うんですね。

まあ、こういうことも、仏法の智慧でもってでね、一体何が必要なのかと。そして、たとえ必要なものであっても危険なもんだったら充分用心しなきゃいかん。まあ、そのバランス感覚っていうのか私は仏法の智慧で見ていかなければならない、と思う。

そして、将来私はですね、これは広宣流布になったときにおいては、もう石油も何もかもですね、使わずに本当に、広宣流布になった後の私はエネルギーはですね、私のこれは私見でありますが、えー、核融合のエネルギー、太陽と同じエネルギーで、全然クリーンのですね、もう排気ガスも出さないというようなことが必ず、広宣流布になって、世界平和になってくると、全部がそういうようなことになってきて、そういった物質面においてもですね、寂光土が出てくる、私は思いますね。

今、それまでの間、しばらく、まあしかし、まあ、原発の問題なんかちっちゃい。もっともっと重大なことが参ります。原発の危険よりも、北朝鮮が、こちらに向かって核ミサイルをですね、ぶっ放すかもしれないって時代が来てるんでしょ? ロシアの、それこそ、核の、あの、廃棄物、あれをどんどん日本海に垂れ流しているんじゃないですか。おそらく青森にも来てるんじゃないですかね。そのような事を本当は騒がなきゃいけない。中国の核兵器どうするんですか、こういう事を社会党は少しも文句言わないんですね。本当は、日本海でもって、あの、沿海州でもって、ソ連がどんどん核の廃棄物をですね、固形物も、それから液体も流している、あれこそ社会党、声を大にしてデモ行進しなきゃなんないのにそういうことは一言も言わない。この、一つ、カラクリを見破ってですね、私達は何よりかによりとにかく広宣流布してすべてを根本から解決しなきゃいかんということを、ひとつ見つめていきたいと思うんですね。はい。



大沢氏の投稿をベースに適宜、改行を加えた。

2012/3/12

上からブログ  
今朝、沖浦氏から三本のコメントを頂戴した。氏の功徳の体験にイチャモンをつける人がいるが、わたくしはテレビ出演が一つのターニングポイントだろうと思っている。氏のところには国際試合に出るような選手がたくさんいるらしい。もしそれが事実なら、いずれはテレビ取材があっても不思議はないだろう。名伯楽として、あるいは自身も競技を続けていて好成績を修めていることなど、これらは話題性バツグンのはずなのだ。結局、自己申告だけでは説得力がない。疑い深い人は信じないのだ。そういう人であっても、沖浦氏の活躍が地上波に乗っかれば、文句は言わなくなるに違いない。

さて、話は原発問題だ。というよりも浅井発言の評価と書いたほうが正確だろうか?

順番が逆になったが、書き始めてしまったので、とりあえず本稿を書き上げる。その後、大沢氏の労作なのだろうか、青森大会のテープ起こしがあるので、それを全文転載したい。

それにしても面倒臭い議論になってしまったものである。

わたくしはすでに今日の浅井発言と当時の発言では百八十度違うと書いている。自語相違とも書いた。すなわち今日では原発反対、当時は原発賛成という違いである。このベクトルの違いは否定の仕様がない。ただし、今日の大反対に比べれば、当時の発言を大賛成とは言えまい、と主張しているわけである。

ゆえに大賛成か中賛成か小賛成か、あるいは翼賛か推進か容認か、そんな瑣末な議論は面倒臭いだけだと言いたいのだ。それこそ不毛の解釈論であろう。

そこでワカラズヤの皆さんに宿題を出して差し上げよう。

「諸天の守護により原発全廃せん」
 先生の師子吼 全日本人に知らしめん

原発は地震により猛毒吐く魔物に
 正本堂崩壊を見て原発全廃も確信

「DNAを破壊し国土を居住不能に」
 原発の恐ろしさ伺い全身が凍る

「事故が起きたら民族・国家が滅亡」
 原発の恐ろしさ 全日本人に伝えん

「国家破産では国は亡びない…」
 先生の深き憂い改めて胸に迫る

破局的事故の凄さに血の気が引く
 国家の滅亡を顧みぬ「国賊」に憤激

六ヶ所再処理工場の恐ろしさ
 「日本が終わってしまう」に言葉失う


これらは原発全廃特集号の翌号に出ている記事の見出しである。一月度班長会における、男子部・婦人部・女子部の錚々たる大幹部たちの登壇記事に付された見出しなのだ。

さらに翌々号を紹介しよう。こちらも男子婦人女子の順番で、今度は四人ずつ合計十二人の幹部たちが発表している。

先生は信心の力で原発の全廃を
 何と崇高な戦いに連なれるのか

「日本を救う新たな戦い」に勇躍歓喜
 特集号こそ「原発全廃」の大利剣

原発全廃特集号に息を呑む!
 九州にも原発6基と危険な施設が

沖縄電力の元副社長も閉口し逃げる
 「天然ガスは不安定で高い」を破す

原発の本質は「お湯わかし」にすぎぬ
 国民欺き危険な原発推進するは犯罪

「原発全廃特集号」の衝撃的内容
 原発のあまりの恐ろしさに言葉失う

これが御遺命に背いた罰なのだ!
 震源域に林立する「魔物」の姿に慄然

先生の大忠誠心は何と凄いのか
 大聖人のお力で原発全廃を確信

長岡会館御入仏式ビデオ放映豪雪の中空前の結集
 「しなやかに乗り越えよ」と温いお言葉

「最も憂えているのはお山のこと」
 先生のお心体し浜岡原発を廃炉せん

「全原発が壊れるようにできている」
 耳を疑う事実に全身が凍りつく

想像を超えた「新宇都宮会館」
 完成予想図に先生のお心感じ熱涙


前回の拙稿をよく読んでもらえれば、わたくしの言わんとしていることがわかるはずである。今一度、信行氏のコメントをここに掲げたい。

 この直後、顕正会員が原発翼賛をしただろうことは想像に難くないし、その影響を与える会長の責任を問わないのは組織として不純であろう。

わたくしはこれに対し、考え方としては正解、と書いた。ただし、事実は少し違うのだ。

これで宿題の意味がわかっただろう。議論を続けたいのであれば、顕正会員が原発翼賛をしたかどうか、文証を提示すべきである。

ちなみにわたくしは今現在、当時の新聞を確認していない。確認はしていないけれども、おおよその察しはついている。信行氏は今の顕正会の姿を見て、当時の状況を想像した。しかし、わたくしはそうではなく、当時の記憶からして今の顕正会とはだいぶ違うことを実感しているのだ。

これでほぼ決着がついたと思う。

何が何でも巌虎をやっつけたいと思う人は顕正新聞を調べるかもしれないが、常識的な人であれば、そこまで調べる必要はなさそうだ、という結論に落ち着くはずである。

浅井会長はどのように道を違えたか

これは『迷走する顕正会を斬る』の第七章に付されたタイトルである。批判の仕方もさまざまだが、やはり説得力を持たせるためには理路整然としていなければならない。その一つの要素が時間軸だ。つまり、どの時点でどのように道を違えたか、ということだ。いわば、その延長線上に今日の顕正会があるわけなので、時間的な意味での整理整頓がきわめて重要となる。そこで手っ取り早く結論を言えば、平成五年の頃は今の顕正会に比べれば遥かにマシだった、ということになる。その後、どこでどのように道を違えたかは、『迷走する―』を読んでいただくとして、ともかく当時は今から比べればまだマシだったことは間違いないことである。

少し話が複雑になっているので注意されたい。今日の原発反対が正解だとすると、当時の原発賛成は間違いだったことになる。しかし、それは見識という意味であって、顕正会そのものではない。顕正会の実態そのものは今が最悪であり、当時はまだマシだったということなのだ。

まさに今日、浅井先生の神格化が進んでしまって、後戻りの出来ない状況である。信行氏が指摘するごとく、浅井先生の影響力は絶大だ。それが前掲の見出しの数々にあらわれている。では、平成五年当時も同じかと言うと、そうではなかったのだ。これにはもう一つ理由があるけれども、面倒臭いので省略したい。

以上、なおも不審があるのならば、当時の顕正新聞を隈なく調べて、ぜひとも報告してほしい。

2012/3/11

倣岸ブログ  
まず最初に、前々回の拙稿で紹介したサンビャクマン氏の文章について、訂正したい。

第一男子部所属の67隊は昨年1月総幹で結成された旧壮年部板橋地区で、11月総幹までは総男子副部長兼理事が隊長を務めており、一年間の入信報告書提出枚数は169枚にもかかわらず、合格者はゼロだ。

これは氏の文章を丸写ししたものであるが、顕正新聞第1233号を確認すると、第六十七隊は四名の合格者を出している。また、氏は同隊を第一男子部所属と書いているが、新聞では第十三男子部所属としている。よって、これは氏の確認ミスであろうと思う。

それはさておき、前回の拙稿に対しても種々のコメントが寄せられている。とりわけ信行氏の迅速なレスポンスには恐れ入る。しかも鋭いのだ。

件の質問会の冒頭において浅井は「原発は仏法とは直接関係ない」と言い切った。
「仏法とは直接関係ない」以上は、賛成も反対も「直接関係ない」のだ。
今のスタンスはどうであろうか。
「仏法の大前提」のごとくである。

(以下省略)

これはおっしゃるとおりであって、わたくし自身もこれまで縷々述べてきたつもりである。
すなわち、顕正会は大聖人の仏法ただそれだけを純粋に実践する団体であって、その他の社会運動に参画することはなかった。ゆえに創価学会が何か社会運動的なことをすれば、マヤカシであるとか、世間への迎合であるとか、ともかくイチャモンをつけてきたのだ。
当然、浅井先生は同じ穴の狢であるとの批判を承知している。そこで先生は顕正会における反原発運動の意義付けに工夫を凝らしたのだ。

いわく、日蓮大聖人の本国土、この麗しき日本を、断じて汚染させてなるものか、と。

こうした動機付けないし意義付けによって、他の反原発運動との差別化を図っている。顕正会の反原発はそこらの社会運動とはワケが違う、仏法上の崇高な行為なのだと。

ゆえにわたくしは、今後の方向性が難しくなった、という意味を書いた。御遺命守護完結と同様に、原発全廃という明確な完結の姿を目指す必要が生じてしまったのだ。もはや退くに退けない。まさか、なかったことにはできまい。ゆえに今後の進路がひじょうに難しいのだ。

 最近話題のタレント某は、下着の色まで占い師に相談したそうである。
 顕正会員はどうか。
 下着については知らないが、生活スタイルも、政治観も、すべて浅井に感化され、浅井色染まっているのではないか。
 その環境下で浅井が行った発言である。
 しかも、内輪の食事会などではなく、会員を前にした指導である。
 この直後、顕正会員が原発翼賛をしただろうことは想像に難くないし、その影響を与える会長の責任を問わないのは組織として不純であろう。


これがまた鋭い。考え方としては正解だ。

ただし、実際問題としては少し違っているので、そこを説明したいと思う。

今日がちょうど一年。いわゆる東日本大震災の日だ。と同時に原発事故から一年でもある。
顕正会はこの一年、正確には五月以降であるが、ともかく一年間にわたって反原発を訴え続けてきた。浅井先生はほぼ毎回の講演で原発事故に言及した。特集号を出して、会員に配布させた。
では、平成五年の青森大会の前後はどうだったか、今回のように特集号を出したのか、講演のたびに原発容認を訴えたのか、答えは否である。

青森大会の、その一回こっきりなのだ。

なお、原発翼賛はさすがに言い過ぎであるし、原発推進もやや不正確だ。わたくしは原発容認くらいが妥当なところだと思う。

いずれにしても当時は原発問題について見解を述べたものの、今日のようにそれを顕正会全体の活動の中心に据えるようなことはなかった。逆に言うと、今が極端すぎるのだ。ある意味、福島原発の事故収束よりも困難なのが、顕正会の方向性だろう。どうやって矛を収めるのか、それが心配だ。

顕正会本部がこのブログを見つけてないということは考えられないんですけどね〜。

どのような意味を込めて書いたのか、それがやや不明であるが、この際、わたくしの存念を書いておこう。

パソコンに精通している人はデータを抽出して、個人を特定することが可能なのだそうである。具体的にどうやるのか機械オンチのわたくしにはさっぱりわからないが、以前、そうやって脅しを掛けてきた人がいる。単なるハッタリなのか、あるいは本当にわたくしの個人情報をつかんでいたのか、そこはわからなかったが、実は一時期、そのことで脅えていたことがある。玄関のチャイムが鳴ると、それだけでビビッていたくらいだ。
当然、顕正会の首脳部は拙ブログの存在を承知しているだろう。もし上述のデータ抽出が本当であれば、その気になれば首脳部もわたくしの正体を知ることができる。すでに知っているのかもしれないし、あるいは知らないかもしれない。そんな違法行為をしてまで調べる必要もあるまいというのが常識的な思考だ。
そこで結論であるが、別に知られて困ることはない、というのが今のわたくしの心境である。なぜならヤマシイことは何一つしていないからだ。

生意気ながら、正当な言論活動、これが拙ブログのあり方だ。

ゆえに誰かみたいに、顕○会だとか、詐○師だとか、そういうイカガワシイ表記はしない。浅井先生を詐欺師だと思うのならば、詐欺師と書けばいいのだ。

上から目線とは違うと思うが、わたくしは独白を言い訳にして、けっこう倣岸な文章を書いていると思う。法華講の諸氏が頭に来るようなことを平気で書いている場合もある。しかし、閲覧者が紳士淑女なのだろう、この辺は大目に見てくれている。ある意味、長年の間に培ってきた、いわばコンセンサスのようなものかもしれない。

どうしてそれが可能となったのか、たぶん、その答えは痛烈なる顕正会批判にあるのだろう。

わたくしは顕正会を批判している。浅井先生すら批判の対象だ。しかもそれを正当な言論活動だと言っている。いわばコワイモノシラズなのだ。

仏法と申すは道理なり、である。

ならば相手が誰であっても恐くはない。自分の言っていることが正しいのであれば、恐れる必要はないのだ。

以上、実は内心ビビリながら書いた。

それから諫める云々であるが、たとえば是正協議会がある。あったと書くべきだろうか? また、『迷走する顕正会を斬る』という名著がある。著者はこの本を書く前に、浅井先生に『諫言』を提出している。

これらはひじょうに立派な行為であり尊敬に値する。

しかし、そこで終わってしまっている、というのも事実であろう。もちろん、その時点で顕正会に対し有形無形の影響を与えただろうことは間違いないことだが、影響力を発揮し続けているかどうかはやや疑問である。

これで拙ブログのコンセプトが見えたはずだ。

ようは更新を絶やさない、発信し続ける、これが諫めるという意味では一つの有力な手段となっているのだ。もっとも、拙ブログがどれだけの影響力を持っているかといえば、しょせんは微々たるものに過ぎないが・・・

今日はいろいろと偉そうなことを書いたが、筆が滑ったということでお許し願いたい。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ