2012/7/31

三者三様のテーマ  
ポリ銀氏のコメントは衝撃的だ。

顕正会の御本尊様の件ですが、前の上長であったKさんの話では御形木様を印刷しているようですね。改竄等はいっさいしてないようなので、顕正会から言えば本物で正宗からすれば不許可の偽物のということでしょう。

樋田さんを無視したのは、あえてこのことを喧伝したくない意図の顕れでしょうね。

僕個人は御形木様が例え本物でも、仮に大石寺も印刷所に御形木様を発注しているにせよ、私製というのは受け入れられないというのが正直な気持ちです。


あっさりと書いてしまっているけれども、物凄く重要な証言である。前の上長だった人の言っていることが事実であれば、それはまさにニセ本尊であることを認めたに等しいことなのだ。

なぜならば、浅井先生は妙縁寺所蔵の御本尊を譲り受けた、常住御本尊はもちろんのこと御形木御本尊もすべて妙縁寺のもの・・・これが現時点での公式発表のはずなのだ。ゆえに、もし顕正会で勝手に印刷したとすれば、今までの説明がウソになるのだ。

ここで根源的な問いを発するならば、顕正会版の本尊に功徳はあるか、ということになる。これは創価学会版も同様である。

当然、宗門は認めないだろう。それはわかり切った話だ。

しかし、これはけっこう難しい問題であって、そう簡単には解決しない。創価学会の場合は平成五年から独自の本尊を下付するようになった。すでに二十年になんなんとしているのだ。ようは既成事実化しつつある。宗門が何を言おうがそれがまかり通ってしまっているのだ。

ゆえに顕正会もこの件に関しては開き直ってくる可能性がある。そうなると物凄く厄介だ。

わたくしの思うに、ここはあくまで自語相違を責めるべきなのだ。顕正会で印刷しているのであれば、それは完全な自語相違であり、ウソとなる。長い間、会員をも欺いていたことになるのだから、これは創価学会よりも遥かに悪質だ。そんな連中が御遺命を云々したところで、説得力はない。

以上、くだんの上長の言っていることが本当ならば、顕正会もオシマイである。

2012/7/31 1:38
投稿者:山門入り口
【道士一十二人を誅して九州の仏敵を止む。彼は外道也、道士也。】

真言の師による、調伏をさしてるのですよ。


さて、今度は山門入り口氏だが、どうも要領を得ない。出し惜しみをしているのではないかと勘ぐりたくなるところだ。

そこで今回は問いを二つ設けよう。

問一、上掲の御指南が真言師による調伏を指していることは何によって知ることができるのか?

問二、前問がクリアできたとして、では、それがなぜに真言批判に当たるのか?

以上、山門入り口氏には出し惜しみすることなく、お答え願いたい。

 一大秘法とは、一切衆生が元々持っている己心の妙法である、南無妙法蓮華経のこと。
 この事実を一大事の秘法と言います。
 三大秘法は、本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇、ですが、この中で本尊と題目は同じものの捉え方の異なりで、衆生己心の南無妙法蓮華経。
 そして、その己心は身体が無いと保てませんね。 
 それで、身体を宝器と言って、これが本門の戒壇です。
 ひとまとめにして、一大秘法ですが、私共自身の事です。
 大聖人は御義口伝を始めとして、多くの御書で繰り返してご指南です。

 釈迦は虚空に宝塔を思い描いて、その私共の己心の妙法を説明いたしました。
 それを、そのまま曼荼羅に顕したものが、大聖人のご本尊。
 ですので、ご本尊は私共の己心の妙法の青写真です。
 本体は私どもが備えています。
 あらゆる宗教と、大聖人仏法の異なりが、この部分です。
 生命至上主義です。
 命が南無妙法蓮華経如来ですから、根本尊敬せねばなりません。


最後は沖浦氏だ。

まず、簡単なところから入ろう。上掲の戒壇の説明は御書のどこから導き出されるのだろうか?

自分の身体が本門の戒壇?

たぶん己心戒壇の一種というか、おそらくはわたくしのために平易に説明下さったのだろう。言わんとしていることはわからなくもないが、反証はいくらでも可能だ。

霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。

自分の身体が戒壇だったら、わざわざ最勝の地を尋ねて建てる必要はない。つまり、沖浦氏の主張は三大秘法抄の御指南と真っ向から対立するのだ。さあ、どうする?

 命が南無妙法蓮華経如来ですから、根本尊敬せねばなりません。

これは単に、一切有情悉有仏性とか、不軽菩薩の但行礼拝とか、そういう次元の話ではあるまいか?

少し難しいが、当体義抄の御文をぶつけてみよう。沖浦氏がどのように答えるか、ひじょうに興味深いところだと思う。

 問ふ、一切衆生皆悉く妙法蓮華の当体ならば、我等が如き愚癡闇鈍の凡夫も即ち妙法の当体なりや。

沖浦氏の考え方で行くと、勿論なり、ということになりそうだが、大聖人は違うことをおっしゃっている。当然、大聖人の仰せに従うべきである。

ご本尊は私共の己心の妙法の青写真です。

沖浦氏が言うここでのご本尊は曼荼羅本尊のことだろう。つまり、私共の己心の妙法こそが真実の本門の本尊であって、曼荼羅本尊は青写真に過ぎない、というのが氏の主張だ。

しかし、これは間違いである。前掲は問いの部分しか紹介しなかったが、その答えの部分を拝すればよくわかることだ。ここではあえて切り文を紹介しよう。

妙法蓮華の体と云はるべからず。

妙経の体に非ず。


さらに当体義抄の後半には次の一節がある。

 凡そ法華経の意は、譬喩即法体、法体即譬喩なり。

直接的な意味はわからないが、当該御文は沖浦氏の言う青写真を真っ向から否定しているごとくである。

2012/7/29

敬遠される理由  
沖浦氏との議論は面倒臭い。どうやらそれが結論らしい。だから氏はどこへ行っても敬遠されるのだ。

 本門の本尊ですが、仏のことですね。
 仏に色々ありません。
 それは釈迦仏法まで。
 大聖人仏法では、仏は一種類だけです。

 久遠元初の南無妙法蓮華経如来。

 これが本仏。

 御書には以下のように書かれています。

 『第四 如来如実知見三界之相無有生死の事
 御義口伝に云く如来とは三界の衆生なり此の衆生を寿量品の眼開けてみれば十界本有と実の如く知見せり、三界之相とは生老病死なり本有の生死とみれば無有生死なり生死無ければ退出も無し唯生死無きに非ざるなり、』
 (御義口伝巻下)

 『所詮此の如来とは一切衆生の事なり既に諸法実相の仏なるが故なり、』
 (御講聞書)

 『凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり、然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、』
 (諸法実相抄)

 仏は一切衆生なんです。
 そして、

 『此の十如是は十法界なり、此の十法界は一人の心より出で八万四千の法門と成るなり、一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し、』
 (三世諸仏総勘文教相廃立)

 この通りですから、一切衆生が本門の本尊そのものです。

 漫荼羅はそれを形とったもの。

 『是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎ(摺形木)たる本尊なり、』
 (日女御前御返事)


これが今朝のコメントだ。

なるほど、これは面倒臭い。早朝から、難しい御書をたくさん並べられても、普通の勤め人には対応し切れない。真面目に返信しようと思ったら、それこそ仕事が手につかなくなるだろう。

まず、御義口伝であるが、この引用は解せない。最初に難しい御書を引いて相手を煙に巻こうとしているのかもしれない。

次は御講聞書だ。これは再掲しよう。

 『所詮此の如来とは一切衆生の事なり既に諸法実相の仏なるが故なり、』
 (御講聞書)


これはすでに破折したつもりであるが、沖浦氏には理解できなかったようである。当該御指南はご覧のごとく、一切衆生を諸法実相の仏だと仰せられる。まさに三大秘法抄における一念三千の証文を問う段の答えと同じである。

底下の凡夫理性所具の一念三千

ちなみに十章抄には次のごとくある。

一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る。

たまたまユタ氏が十如是のことを書いておられるが、これに関してはわたくし自身もよくわかっていない。ただ言えることは、理論と実際というか、それよりも理と事と書いたほうがいいだろうか、それが迹門と本門の違いなのだと思う。そこで三大秘法抄に戻れば、自ずと答えが見えてくるはずである。

大覚世尊久遠実成の当初証得の一念三千

ここで問題になるのが諸法実相抄である。

 『凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり、然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、』
 (諸法実相抄)


確かにこれは難しい。そこで今回は、同じく諸法実相抄の中から二つの御文を提示して、沖浦氏に再考を促がしたいと思う。

地涌の菩薩の中の上首唱導上行・無辺行等の菩薩より外は、末法の始めの五百年に出現して法体の妙法蓮華経の五字を弘め給ふのみならず、宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕はすべき人なし。

一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ。

この二文はいずれも大曼荼羅御本尊を指している。しかし、沖浦氏にはそれがわからないらしい。

氏の主張を善意に解釈すれば、次のごとくなるだろうか?

曼荼羅は本門の本尊そのものではない。

曼荼羅は本門の本尊を図したものである。


これで合っているかどうか、まずは確認しないといけないが、それでは話が進まないので、勝手に進めてしまおう。

わたくしの思うに、上掲はかなり合理的な思考だ。しかし、上行菩薩様に対し、ずいぶんと失礼にも思えるのだ。大雑把に言えば、上行・無辺行等以外には御本尊を書く資格がない、というのが諸法実相抄の前掲の意味である。そうして末文において、一閻浮提第一の御本尊を信じなさい、と仰せられるのだ。途中に、体の三身・用の三身という難しい概念が出てくるとは言え、それで大聖人のあらわされた大曼荼羅御本尊の価値が落ちることはあり得ないはずなのだ。

 『此の十如是は十法界なり、此の十法界は一人の心より出で八万四千の法門と成るなり、一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し、』
 (三世諸仏総勘文教相廃立)


当該御文は難解だ。前後を併せて拝読したが、よくわからない。わたくしの直感では、切り文というか、どうも沖浦氏は前後の御文を無視して、この部分だけを抽出して自己の主張に役立てようとしているごとく思えるのだ。

一人を手本として・・・

であれば、わたくしも同様の手法で申し上げよう。まさに「一人を手本」とするのだ。これこそが本門の本尊なのであって、一切衆生が本門の本尊なのではない。ようするに順番の問題だ。まず、お手本がある。そのお手本によって、われわれは成仏することができるのだ。最初から成仏していたら、お手本はいらないだろう。

 『是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎ(摺形木)たる本尊なり、』
 (日女御前御返事)


曼荼羅は本尊そのものではなく本尊を図したもの・・・という意味を上のほうに書いたが、沖浦氏はこれがその文証だと言いたいらしい。

摺り形木・・・

以前、法華講のどなたかが書いていらしたと記憶するが、沖浦氏の解釈はとんだ勘違いである。

三大秘法抄から少しヒントを拾いたい。

今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。

日女御前御返事では、多宝・釈迦・十方の順番になっている。通常、釈迦・多宝・十方の諸仏とするべきところを、なぜに順番が違うのか、わたくしの思うにこれは証明を強調するためなのだろう。多宝の仕事は証明である。

三大秘法抄では、介爾計りの相違がないこと、色も替わらないこと、この二つが強調されている。

摺り形木とは、まさにこの意味に他ならないのだ。

日蓮が自作にあらず・・・

もし自作であれば、どこかに相違があるかもしれない、色も違っているかもしれない。

摺り形木たる本尊なり。

まさに精密なコピー機のごとく、少しの相違もない、色もまったく同じ、という本尊なのだ。

ここでわたくしはあえてコピー機という表現を使ったが、大聖人のおっしゃる意味も同様である。そうして、この意味するところは「本物」である。しかるに沖浦氏は、曼荼羅は本尊を模ったものであって本尊そのものではない、と言う。もはや大聖人の意図から完全に外れてしまっている。御文を理解できずにいるのならば仕方がないが、もし、わざと曲解しているのであれば、これはとんでもないことだ。

繰り返し書いておこう。ここでの摺り形木は本物の意味なのだ。それを字面だけ受け取って別の意味に摩り替えてはいけない。

2012/7/28

顕正新聞第1247号を中心に  
今朝の沖浦氏のコメントはわりと好感が持てるものだった。しかし、それ以前のコメントは混沌としていて、読んでいて疲れるだけだった。結局のところ、己の間違いを認めず、話をはぐらかしているのではないかと思った。

本門の本尊は曼荼羅ではない

これは沖浦氏の所論をわたくしが端的にまとめたものである。曼荼羅じゃないなら、いったい何なんだ、と聞きたいところであるが、沖浦氏のその後のコメントには答えが書かれていないように思う。

上掲は間違いである。ゆえに、間違いでした、とコメントするのが筋である。しかし、沖浦氏はそれを素直に認めない。ここが問題だ。

実はもう一つ、懸案がある。

2012/7/26 23:25
投稿者:山門入り口
>安国論には真言批判が見当たらない。

或は七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の儀を調へ、【有るは秘密真言の教に因って五瓶の水を灑ぎ、】有るは坐禅入定の儀を全うして空観の月を澄まし、 


念仏を一凶として、当時メジャーというか、庶民に広がっていたから一例として念仏をあげてますが、真言批判もあります。

>広本のどの部分に真言批判が出てくるのか、具体的な御文を挙げていただきたいと思う。

【道士一十二人を誅して九州の仏敵を止む。彼は外道也、道士也。】


これは驚きだった。

たぶんこれも何かの間違いかと思うのだが、しかし、予断はいけない。まずは確認することだ。

上掲、安国論冒頭のくだりは百も承知のことであるから除外するとして、いわゆる広本における真言批判のくだりが問題である。道士云々のいったいどこが真言批判なのか、わたくしにはまったく理解できない。そこで、もう少し詳しく解説いただけないだろうか、ということを山門入り口氏にはお願いしたい。

芙蓉茶寮のおにぎり

顕正新聞第1246号の記事だ。自画自賛シリーズではあるが、掲載されているおにぎりの写真を見ると確かにうまそうだ。

日本初、塩麹入りのスイーツ

今度は第1247号の記事だが、これはぜひとも食べてみたいものだ。塩麹シュークリームと塩麹アイスクリーム。何となく字面だけだと、印象がよくないけれども、説明を読みつつ掲載写真を見ると、いかにもうまそうである。値段もそれなりに高い。アイスが二百三十円でシュークリームが三百四十円。これでうまくなかったら誰も買わないだろう。自信作なのだ。芙蓉茶寮は頑張っていると思う。

さて、当該号のメイン記事は七月一日の日曜勤行指導である。拝読御書については省略させていただき、さっそく浅井先生の発言を取り上げよう。わたくしは次のくだりが物凄く印象的だった。

 建治三年から翌弘安元年にかけて、天台・真言の学者らが大聖人の折伏に怨嫉を懐き、一斉に「法論、法論」などと騒ぎ立て、見せかけですが「公場対決を」などと息まいていた。

時期的に見て、これは樋田氏の動きを相当に意識した発言のように思える。ある意味、間接的なメッセージとも受け取れるかもしれない。ようは、相手にしませんよ、ということだ。

一方の樋田氏であるが、わたくしの知る範囲では特に目立った動きは見られない。回答期限の七月十六日を過ぎているわけだから、顕正会側から返事があったのかなかったのか、その報告のようなものがネット上に流れてもおかしくないのだが、今のところは特にないようである。

儀礼室 一段と充実
 遊佐室長以下七人が一体


これは重要な記事だ。本部人事としては見逃せない。室長の下に小峰氏がいる。不思議な人事だ。それから今回は横田氏が入っていない。これも腑に落ちないが、氏は副理事長なので、それを考慮すれば儀礼室の一委員ではかえって不自然かもしれない。

さて、最近は興味を失いつつあるのか、記事はすべて読んでいるけれども、数日経つとすっかり忘れてしまい、ブログを書くのに苦労することになる。

 そこに頂いた
 「すべては長の一念、戦いは一夜にして変わる」
 との先生のお言葉こそ
 「いつまでもモタモタしていてはいけない。今こそ流れを変えなさい。『やればできる』の確信を全員がつかみなさい」
 と全員を奮い立たしめて下さったものと、深く心しております。


今回の新聞には六月度の各部班長会の記事がたくさん出ているけれども、ほとんど印象に残っていない。そうした中から強いて挙げるならば、副総合婦人部長の記事だろうか?

実は丹念に読み込めば他の記事も同じなのだが、このところの顕正会は苦戦しているらしい、ということが見えてくるのだ。その典型が上掲だろう。後半のカギカッコは、裏を返せば、未だにモタモタしてして一向に流れが変わらない、という意味に他ならないのだ。

教師の中傷で入信者の母が誤解
 本部会館に来て誤解が一転 感謝に


前掲の副総合婦人部長の記事は、顕正会全体の傾向を示している。しかし、少し見方を変えれば、全体的にはモタモタしているけれども、局所的には伸びているところもある、物凄く頑張っているところもある、とも言えるだろう。上掲の記事などがその好例だ。発表者は班長であるが、この人自身の入信に至る経緯を述べた次のくだりが物凄く印象的だった。

 当時、隣のクラスで○○副長の怨嫉が巻き起こっており、私は事の真相を早く知りたいとの思いで、副長から折伏を受ける日を心待ちにしておりました。

そうして彼女は昨年十一月に入信した。今すでに班長ということからしても、さっそく折伏法戦に加わり、成果を上げていったことがわかるだろう。そこで前掲の話になる。彼女は四月の法戦最終日に同級生を折伏し、入信させた。

 △△さんの母親は誤解し、後日、△△さんを連れて「顕正会の脱会」と「入信報告書の返却」を求め、本部会館に乗り込んで来ました。

本部会館に車を横付けし、乗り込んでいったということらしいので、それはそれは物凄い剣幕だったのだろう。ところが既述のごとく、誤解が解け、感謝を述べるに至った。立派な活動報告である。

「利権のどこが悪い」「原発は不可欠」
 御用学者・山名元の発言に憤激


今度は女子部総班長の報告だ。相変わらずの原発ネタであるが、ちょっとだけ突っ込みを入れたくなった。

 そして六月二日、小出裕章助教と同じ京都大学原子炉実験所の教授・山名元が招かれた、北陸電力主催の「エネルギー対談」に私も参加いたしました。

この人は小学校の講師だというが、まさか山名氏の対談相手として呼ばれたわけではあるまい。上掲だと、あたかも対談に参加したように読めてしまうのだ。おそらくは傍聴者として、そこにいたのだと思われる。

ともかく原発ネタは一向に衰えを見せない。次の婦人部班長の記事も注目だ。

50世帯の集落で18人も甲状腺異常
 東海原発近くの婦人が衝撃の告白


ただし、この記事は要注意だ。記事本文には、原発建設の翌年に五十人中十八人が甲状腺異常を発症した、ということが書かれている。ここが不審である。浅井先生も講演していたはずだが、甲状腺障害は被曝から四年ないし五年後に急増する、というのがチェルノブイリの教訓なのだ。ゆえに上掲はツジツマが合わない。ましてや事故などで放射性ヨウ素が大量に噴出したという話ではなく、単に原発が建っただけなのだ。まさかウソを書いているわけではないと思うが、少なくとも編集部は会長講演との整合性を考えて、記事を修正するなり掲載を見送るなりするべきだった。

 「本当のことを言えば自分の命にも関わることだけれども、実は奇形児の出産が異常に多い」

これも同じ記事の中の一節だが、実は又聞きの話なのだ。せめて発表者本人が直接聞いた話を載せるべきだろう。何となく無責任というか、不安を煽ることだけが目的のように思えてならない。そこが問題だ。

2012/7/25

間違いだらけの沖浦説  
昨日のコメント欄は沖浦氏の独壇場だった。一読して思うことは、沖浦ワールドの面目躍如、ということだ。

それにしても驚いた。わたくしは戒壇建立の話をしていたのだが、いつの間にか戒壇本尊の話に摩り替わっているのだ。これはまあ、沖浦氏の持論なので仕方がないところではあるが、しかし、それよりも何よりも実はもっと驚いたことがあるのだ。

本門の本尊はどう言う漫荼羅本尊でもあ得りません。

煩瑣になるので必要な箇所だけピックアップした。「あ得りません」は、どうやったらこういう誤変換になるのかわからないが、「あり得ません」のことだろう。

誤字脱字はともかくとして、いったい何を考えているのだろうかと不思議に思うところだ。オマエ、日女御前御返事を読んだことあんのかよ、と言いたいところだ。まずは冒頭の一文を拝することにしよう。

 御本尊供養の御為に・・・

ここでの御本尊は何を意味するのだろうか?

此の故に未曾有の大曼荼羅とは名付け奉るなり。仏滅後二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云ふ事なり。

大聖人のあらわされた御本尊には「未曾有の大曼荼羅也」と認められている。これを現証とすれば、その文証が上掲である。道理のわかる人ならば疑問の余地はないだろう。御本尊=曼荼羅、曼荼羅=御本尊なのだ。

馬鹿馬鹿しい限りだが、いちおう沖浦氏の言い分を掲げておこう。

 ここで重要なことは、天台等が図顕せずではなく、

 『言には出し給はず』

 とお書きの部分です。
 漫荼羅は言葉ではないので、言には出せません。


ここも煩瑣になるので最小限の引用に抑えたが、これはさすがにおかしいだろう。もっと素直に読めないものかと思う。ようするに正像二千年には本門の本尊という名前すらなかった。当然、本尊は存在しない。本尊を書く人がいないからである。では、誰も本門の本尊を知らなかったのかと言えば、そうではない。天台・妙楽・伝教は知っていた。しかし、理由があって、それを言わなかった。

以上、本門の本尊は曼荼羅ではない、との沖浦説はまったくのデタラメであることがわかった。

 大聖人の御書で、三大秘法のご本尊について書かれている箇所は、三大秘法禀承事、にあります。

さて、今度は二つ目のコメントである。三大秘法抄の本文は省略させていただくとして、さっそく結論部分を紹介しよう。

 三大秘法の本尊と言うものは、久遠元初の南無妙法蓮華経如来だと仰せです。
 五百塵点当初とは、久遠元初の事ですし、久遠元初の釈尊とは、南無妙法蓮華経如来です。
 ですので、

 三大秘法の大御本尊とは、南無妙法蓮華経如来。


少々強引に思えるが、なるほど、沖浦ワールドそのものである。あながち間違いとも言い切れないが、さりとて正解とも思えない。これは微妙なところだ。そういうわけで、ここではいちおう次のキーワードを念頭において、一つ確認させていただこう。

人法体一 人法一箇

わたくしの思うに、沖浦氏は人法のうちの人の側面ばかりを強調し、法を蔑ろにしているのではないか?

もし、そうであれば、これは明らかな偏重であろう。もはや故意に曼荼羅御本尊を軽視しているとしか言い様がないことだ。

 では、この南無妙法蓮華経如来とは具体的にどう言う存在なのか?

三つ目のコメントがこれまた悩ましい。御義口伝・総勘文抄・当体義抄など、一般には難しいとされている御書を並べて、次の結論を導き出している。

 私共一切衆生が、大聖人仏法では、三大秘法の大御本尊の当体であることを信受する。

では、お聞きしよう。三大秘法抄を拝したい。

三国並びに一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等の来下して踏み給ふべき戒壇なり。

南無妙法蓮華経如来に懺悔滅罪が必要なのだろうか?

沖浦氏の論法では、久遠元初の教主釈尊は南無妙法蓮華経如来であって、南無妙法蓮華経如来とは自分たち一切衆生のことであって、すなわち三大秘法の大御本尊の当体である、ということのようだ。

わかっとらん、としか言い様がない。

同じく三大秘法抄には、一念三千の証文を求める一段が設けられている。ここに答えが尽きているのだ。

底下の凡夫理性所具の一念三千

大覚世尊久遠実成の当初証得の一念三千


どうやら沖浦氏はこの二つを混同しているようである。

世界宗教に創価学会がなると、(必ずなりますが)やはり儀式の場としての、大きな建造物が必要になります。

 バチカン宮殿の様な物が、対外的にもSGI会員のためにも必要になります。
 その建物が建つ地域が、世界の聖域となって、世界中の方が訪れる世が来るのです。

 場所は何処か?

 厚田村でしょう。

 戸田先生の故郷が、世界の聖地して繁栄する日が150年先には実現します。
 
 嬉しいですね。


最後のコメントは全文引用した。

百五十年先に実現・・・

この数字に根拠はあるのだろうか?

それはともかく上掲には恐れ入った。聖域だの聖地だの、これは完全な自家撞着だろう。戒壇建立を否定しておきながら、よくも言えたものである。沖浦氏の先の三つのコメントを総合すれば、そこには自ずと理壇説が浮かび上がってくるように思う。事壇に対する理壇、すなわち築壇を必要としない、即是道場・己心戒壇である。これはこれで立派な主義主張なのだが、最後のコメントに至って大ドンデン返しが待っていた。

厚田村を聖地にする?

確かに恩師を顕彰する目的でそういったことが行なわれてもおかしくはないが、それをことさら聖地として崇め立てるのはどうかと思う。たぶん戸田氏も望んでいないはずだ。

沖浦氏は難しい御書をたくさん知っているけれども、全体的なバランスを失しているのではないかと思う。今一度、虚心坦懐になって御書を全編、拝読し直したらどうかと提案したい。

2012/7/24

六月度の会長講演を斬る  
沖浦氏は次のごとく言っている。

 創価学会には戒壇建立と言う思想が既にありません。

 ですので、宗門との別離と共に、過去の遺物になっています。


過去の遺物とは正本堂を指すのだろうか?

であれば、まだマシであるが、もし戒壇建立の思想そのものを過去の遺物と言っているのであれば、これはもう完全な逸脱である。

上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し・・・

つまり、沖浦氏の主張は三大秘法の否定とも受け取れてしまうのだ。すなわち大聖人の仏法の否定である。

ここで修正案というか、一つの解釈として考えられるのは、戒壇とは必ずしも建造物の意味ではない、ということだろう。本門の三つの法門を建立する。この御表現からすれば、建造物を意味しないと解釈するほうがスッキリするのは事実だ。しかし、別して戒壇のみを抽出して、そこに建立の文字を当てはめるならば、これは何らかの建造物を意味するものと考えられる。つまりは、ここが争点なのだ。

然るに沖浦氏は、創価学会には既に戒壇建立の思想がない、と言う。これはさすがに言い過ぎか、もしくは説明不足だろう。上述のごとく、建物にこだわらない、という意味なのだろうと理解しておきたい。

教学的には、事壇・理壇の議論だが、しかし、ひじょうに面倒臭い議論なので、今回はやめておこう。

立正安国論には、真言密教批判などを加えた増補本(広本)が本圀寺にあります。

山門入り口氏だ。

安国論には真言批判が見当たらない。このように書いたところ、上掲のコメントを頂戴した次第である。

深読みし過ぎかもしれないが、わたくしには山門入り口氏氏のネライがわからない。素直に受け取るならば、単なる情報提供だろう。しかし、何となく違う空気を感じるのだ。巌虎よ、オマエの言っていることは間違っている、オマエは増補本の存在を知らないのだ、この不勉強者めが・・・という空気だ。

まあ、しかし、これは深読みというか、わたくしの卑しい根性がそのような疑心を生んでいるのだろうと、いちおうは反省したい。

いわゆる建治の広本のことは以前に取り上げたことがある。

http://white.ap.teacup.com/ganko/314.html

ずいぶん昔の拙稿だ。しかし、今回の話題とは異なる部分のようだ。

そこで山門入り口氏に要望したい。広本のどの部分に真言批判が出てくるのか、具体的な御文を挙げていただきたいと思う。

深読みの続きを書こう。論理的な問題だ。

文応元年の安国論には真言批判がない。後年の広本には真言批判がある。弘安元年の本尊問答抄においては「其の書にくはしく申したれども愚人は知りがたし」と仰せになられている。

さて、其の書とは何か?

わたくしは文応元年の安国論のはずだと思うが、それとも建治の広本なのだろうか?

これ以上の説明は省略させていただくが、建治の広本に真言批判が載っていようがいまいが、前回の拙稿の論旨にはいささかの不都合もない、というのがわたくしの結論である。ゆえに、山門入り口氏のネライがわからない、と書いたのだ。

さて、話は変わる。気がつけば七月も下旬であるが、六月度総幹部会の話題を書いていなかった。顕正新聞第1246号の話題だ。

とっくの昔に読み終えているけれども、最近は違う話題ばかりを書いていたので、すっかり内容を忘れてしまった。読み返すのも面倒だ。そこでせめて会長講演だけでも取り上げておこう。

立正とは国立戒壇を建立すること

これは浅井先生の年来の主張であって、今も昔もいささかも変わらない。日寛上人の安国論文段には次のごとくあるそうだ。

立とは、戒壇を立つるなり。

なるほど、国立戒壇の名称そのものは問題があるにせよ、顕正会が戒壇建立に重きを置く理由はここに明瞭である。

 では、この国立戒壇はどのようにして立つのか―。

立つは建つが普通だが、ここでは日寛上人の御指南に準じたのだろう。それはともかく、ここでの結論は六千万人の国民投票だ。当該講演には出てこないが、最近の会長講演から総合的に判断すると、八年後には国民投票の気運が盛り上がっていなければいけないことになるだろう。いわゆる二〇二〇年代こそ決戦場というヤツだ。

浅井先生は言う。順縁広布の時は下から上に行く、と。

 だから政治家がいかに堕落しようと、無道心の宗門僧侶がいかに国立戒壇をあざ笑い否定しようと、そんなことは関係ない。彼らに頼んで立ててもらうのではない。

負け嫌いの浅井先生らしさが出ている文章だ。

しかし、冷静に考えれば、いまだに幻想を追い求めていることが見えてくると思う。いわゆる顕正会における誓願が問題なのだ。今は三百万すら言わなくなった。それも名目上というか、累計の会員数に過ぎないわけだが、今はそれすら言わなくなった。つまり、今は三百万の達成すら覚束ないのだ。それでいて国民の過半数の六千万人を云々しているのだから、どうしようもない。

狂気の原発再稼動

前後するが、原発問題についても書いておこう。わたくしは顕正会の反原発については敬意を表したいと思っている。いろいろ苦言を呈しているが、反原発の姿勢そのものは立派なことであり、今後も貫いていくべきだと思う。

そこで今回もまた苦言を呈することになる。

 このような強大な力を前にして、どうして原発廃絶ができるのか。凡夫の眼にはとうてい不可能に見える。

顕正新聞には以前、小出助教が己の非力を嘆いている、という意味の記事が出たことがある。これは反原発運動家の多くが同じであって、原発がいわゆる国策である以上はどれほど頑張っても止めることはできないと、内心では諦めている人が少なくないようなのだ。

ゆえに、もし顕正会に原発廃絶の秘策があるならば、ぜひとも伺いたいものだと、誰もが思うことだろう。

 正本堂も大聖人様がお許しにならなかった。だから顕正会の諫暁によって消滅したのです。原発も大聖人がお許しにならない。よって必ず消滅すると私は大確信しております。

たぶん既存の反原発運動家たちはガッカリだろう。もちろん、いろいろな感じ方があるわけで、その落胆の仕方もさまざまだと思う。たとえば、神頼み的な発想そのものを毛嫌いする人もいるはずで、そういう人が上掲を読めば鼻でせせら笑うことになると思う。

わたくしの立場で苦言を呈するならば、何ら具体性がない、ということだ。

御遺命守護の戦いには具体性があった。宗門・創価学会に対し、何度も面談をして、相手の間違いを指摘してきた。解散処分以降は折に触れ諫暁書を提出した。また阪神大震災直後には建白書を提出した。宗門がこれらを聞き入れたものかどうか、それはわからないことだけれども、結果的に正本堂は解体となり、地上からその姿を消した。

では、今の顕正会はどうか、である。

顕正新聞で特集号を組んで大量に配布した。今はそれだけである。もちろん、これも立派なことではあるが、そこに止まっていてはいけない。継続手段が必要だ。

それからもう一つ、まるで違った角度からの感想も書いておこう。

なんか違くね?

柄にもなく若者言葉を使ってみた。用法が正しいかどうか、ちょっと自信がない。

正本堂問題はそのものズバリ教義上の問題だった。原発問題はそうじゃない。ゆえに同じ土俵で、正本堂が消滅したから原発も消滅する、というのはちょっとヘンな感じがしなくもないのだ。

なかなか難しいものである。

2012/7/22

日本第一の御厨が意味するものは?  
前回は沖浦氏よりご賛同をたまわったけれども、さて、今回はどうだろうか?

 大聖人は天皇より幕府を上においておられます。

 『去ぬる建長五年[太歳癸丑]四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷今は郡なり、天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり』
 (聖人御難事)

 源頼朝が天照大神の宮を立てた時には、彼が政権を持っていなくて天皇に政権があったので、日本で二番目であったが、この御書の時には武家が政権を持っているので、日本一の身はである。

 こう仰せですね。


日本一の身は・・・

たぶん「日本一の宮」と書こうとしたのだろう。上掲はあながち間違いではないが、読み方が浅い、というのがわたくしの感想である。今回はこれがテーマだ。

その前にこちらを片付けておこう。

 立正安国論も、天皇ではなく、時の最高権力者にお出しです。

沖浦氏の所論はポリ銀氏への反論を兼ねていると思われる。

すでに鎌倉時代当時においてすら、天皇には実権がなかった。いわんや今日においてをやである。

すると、どうなのだろう。もし現代に大聖人がましませば、どのような形で諫暁をあそばすのだろうか?

ここには戒壇建立の問題も含まれる。鎌倉時代であれば戒壇建立には勅許が必要だった。先ほど、天皇には実権がなかった、と書いたけれども、それでもなお勅許が必要だったのだ。では、現代においてはどうなのか、それが問題である。

ここで創価学会は民衆立に走った。より正確に言えば、走ったのではなく、逃げたのだ。

今の顕正会は国民投票を主張している。六千万人が賛成票を投じれば戒壇が建つ。こちらのほうが遥かにマシだろう。もちろん創価学会に比べてである。

しかしながら、大聖人の御本意がいずこにあるか、それが見えてこないのも事実だ。

わたくしは念仏宗の勃興がヒントだと思う。彼らは半世紀足らずの間に急成長し、当時の日本を席巻した。彼の宗派は戒壇建立を主張しない。ここが大きな違いだろう。つまり、大聖人は人数の多寡ではなく、それとは別枠で戒壇建立を主張あそばした。わかり難いので言い換えると、単に信徒が増えたから大きな伽藍が必要になったというような考え方ではなく、教義上の絶対条件として戒壇建立を主張あそばした。

このように考えると、今は主権在民だから国民一人ひとりが国主・・・という考え方が主流を占めたとしても、戒壇建立そのものは別枠なのではないか、もちろん大聖人が今の時代にましませば一人ひとりに対する折伏を重視されるだろうけれども、戒壇建立はそれとは別次元のところにあるのではないか、とわたくしには思えるのだ。

そうでなければ念仏宗の勃興とさして変わりがなくなってしまう。だったら鎌倉時代当時においても戒壇建立は不必要としなければ整合しないだろう。

社会情勢の変化は紛れもない事実であるが、戒壇建立が教義の根幹に関わるものであるならば、今も昔も変わらないと考えるのがいちばんスッキリしているのではないかと思う。

さて、そこで沖浦氏に質問してみよう。

之を申すと雖も未だ天聴を驚かさゞるか。

未驚天聴御書は全集未収録なので創価学会員には馴染みが薄いごとくだ。しかし、そんなことは関係ない。これが御書である以上は、都合が悪かろうとも避けては通れない。

・・・立正安国論と名づけき。其の書にくはしく申したれども愚人は知りがたし。

これは本尊問答抄だが、ひじょうに象徴的な御文である。大聖人が真言批判を開始したのはいつかという問題があって、委細に見ればすでに佐前においても批判を展開あそばしているわけだが、ご存知のごとく本格的な批判は佐後のことだ。安国論は念仏批判の書であって、真言批判は見当たらない。それにもかかわらず大聖人は上掲のごとく仰せられるのだ。

いかがだろう、これらの事実を踏まえるならば、天皇よりも幕府が上、というのはいかにも浅読みである。ともかく沖浦氏には未驚天聴御書をどのように拝するのか、ぜひとも見解を聞きたいものである。

さて、次は聖人御難事の冒頭だ。

 去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に・・・

わたくしはこれを八相成道の片鱗であると拝する。すなわち出世の本懐を御述べになられるに当たって、御生まれになった場所かつ立宗宣言の地について云々あそばすことは、まさに下種本仏の御説法そのものである。

このきわめつけは産湯相承であろう。

 久遠下種の南無妙法蓮華経の守護神の・・・

ほぼ答えが尽きていると思う。沖浦氏の読み方はあくまで表面上のものだ。日本第二の御厨がなぜに日本第一となったのか。それは下種御本仏の出生の地だからである。

以下、撰時抄・諸法実相抄を拝する。

日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし。これをもってすいせよ。漢土・月氏にも一閻浮提の内にも肩を並ぶる者は有るべからず。

一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ。

日本ないし一閻浮提第一の意味をよくよく拝するべきだろう。大聖人御出生の地の御厨が日本第一であることは必然とも言うべきことである。

2012/7/20

ガレキの本国  
前々回、アキラ氏より以下のコメントを頂戴した。

こんなコメント、遅いですが聞き流してください。
原発の問題は、日本全体の問題で、野田さんだけ責めるのは、どうかと思います。日本国の総意として、原発が多数、建設された。反対する人も、結果、止められなかった。国民一人一人に責任があると思います。顕正会の一部幹部の独自見解と信じたいですが、「福島の瓦礫は、福島県外に出してはいけない。」と聞きました。あまりの偏狭さに、愕然としました。本部の方に否定してもらいたいです。


聞き流せと書いてあるので、そのまま素通りしてもよかったのだが、けっこう大事な問題なので、取り上げたい。

野田さんだけを責めるのはどうか・・・

確かに国民一人ひとりにも責任がある。しかし、前首相との比較において、野田首相には大いに問題がある。

いわゆる再稼動問題だ。

すでに動き始めてしまった。既成事実化というか、このまま行けばなし崩し的に次々に再稼動が行なわれる可能性がある。いや、もちろん、原発賛成の人にとってはそれでいいのだろう。しかし、反対の人にとっては看過できないことだ。

お忘れの人もいるだろうが、菅首相は浜岡を止めたのだ。運転中の原発を止めさせたのだ。

わたくしはこの事実が何よりも大きいと思う。つまり、前総理の考え方を踏襲するのであれば、少なくとも大飯原発の再稼働は見送るべきが筋だった。動き始めてしまったにもかかわらず、なおも活断層の問題などが報じられているくらいである。菅首相が浜岡を止めたこととの整合性を考えれば、野田首相が今から大飯を停止したとしても決しておかしくないだろう。

福島の瓦礫は、福島県外に出してはいけない・・・

アキラ氏はこれを偏狭とおっしゃるが、わたくしは違うと思う。原則論としてはくだんの幹部の言っていることが正しいのだ。

まず、家庭ゴミの話をしよう。

それぞれの自治体で名称が異なるのかもしれないが、いわゆる清掃局がある。週に二回くらいだろうか、家庭のゴミを回収してくれる。ただし、今は分別収集がひじょうに厳しくなっていて、無分別のゴミは回収してくれない。そのゴミ袋にはイエローカードみたいなものが貼り付けられる。そこにはちゃんと分別しなきゃダメだという意味の警告が書かれている。

われわれにはあまり自覚がないけれども、タダではない、物凄くお金が掛かっている、それがゴミの収集なのだ。自覚はなくとも、住民税という形で間接的にお金を払っているわけだ。

会社勤めの人であれば、事業系のゴミについてもご存知だろう。それこそ分別が細分化されて面倒臭いことこの上ないのだが、それをしないと経費がベラボウに掛かってしまって大変なことになるのだ。ともかく、ゴミはタダではない。このことを知るべきである。

産業廃棄物というものがある。

いちばんわかり易いのがビルの解体だろう。建物をぶっ壊す。正本堂もそうだが、建物をぶっ壊すとどうなるか? ようは瓦礫になるのだ。これが産業廃棄物である。

解体工事をするにもお金が掛かる。そして解体後の瓦礫を処分するにもお金が掛かる。

産業廃棄物運搬車・・・

早い話がトラックであるが、わたくしは他の都道府県のトラックが走っているのを見ると、ヤバイと思うことがある。不法投棄の可能性があるからだ。

瓦礫処分にはお金が掛かると書いた。アコギな業者は不法投棄をしてボロ儲けをするのだ。極端な話、山林に捨ててしまえば、タダである。客先には処分費用の名目で大枚のお金を請求しておいて、実際には山林に不法投棄する。これほどアコギな話もあるまい。

自動車をお持ちの人ならば燃料代のことが理解できるはずだ。

いわゆる普通車であれば、一回の給油で数千円だろうか? それが大型トラックともなると、一回の給油で数万円にもなる。しかも重量物を積載し、遠距離を走るとなると、燃料代だけでもベラボウな金額になる。

他の都道府県のトラックを見ると、ヤバイと思う理由がこれだ。産業廃棄物の場合、わざわざ遠距離を運ぶメリットなど、どこにもないのだ。

ここまでの説明で、おわかりいただけるのではないかと思う。

福島の瓦礫を他の都道府県に持っていくことのメリットは本来ならばどこにもない。いわば従来型のバラマキである。これは瓦礫をばら撒くという意味ではなく、予算のバラマキなのだ。つまり、トラックの燃料を浪費すること、あるいは船であっても遠くへ運べば同じく燃料を浪費する。それが国や地方自治体の予算から捻出されるのだ。われわれの税金だ。しかし、それによって業者が潤うこと、ひいては働く人たちが潤うこと、すなわち経済効果が生まれる。だから、これでいいんだ、という考え方もあるのは確かだ。

しかし、ムダな公共事業が言われて久しい今日、上述のバラマキ手法が最良と考える人はあまりいないはずである。わたくしには得策とは思えない。

さて、もう一つ重要な課題が残されている。すなわち福島の瓦礫は放射性廃棄物なのだ。

家庭ゴミだの事業系ゴミだの産業廃棄物だのと書いてきた。産業廃棄物をわざわざ遠隔地に運ぶことにはメリットがないとも書いた。唯一の例外が放射性廃棄物なのだ。

六ヶ所村・・・

ご存知のごとく、原発を運転するといわゆる死の灰と呼ばれるものがたくさん生じる。これをどのように処分するかが問題なのだ。原発がトイレのないマンションと言われるのは、この死の灰すなわち使用済み核燃料をどのように処分するか、その方法が確立していないからである。六ヶ所村には中間貯蔵施設がある。これは文字通り、中間的な施設であって、最終処分施設ではない。いちおう名目上はそういうことだ。

ともかく日本中の死の灰が青森県の六ヶ所村に集められている。

これほど非効率なこともあるまい。九州だの四国だの、そんな遠隔地からわざわざ青森県まで運ぶのだ。しかし、危険な死の灰であるからして、そこらに捨てるわけにはいかない。そこで非効率だろうが何だろうが、ともかく受け入れ先であるところの六ヶ所村に運ぶしか他に方法がないのだ。これが唯一の例外の意味である。

福島の大地には放射性物質が降り積もっている。つまり、福島の瓦礫は放射性廃棄物なのだ。

人間はワガママなもので、自分の家の近くに火葬場が建つと言えば反対、墓地も反対、ゴミ処理場も反対、たいていの人がそういうものである。

いわんや放射性廃棄物においてをやである。

ここで重要なことは法令上の問題だ。

つまり、放射性廃棄物は一般の産業廃棄物とは異なる。ゆえに、そこらの処分場では処分できないのだ。それをあろうことか規制を緩めて処分できるように画策しているのだ。これはケシカラン話だろう。だから火葬場反対だとか、そういう次元の話とは異なるのだ。国家そのものが法律を破ろうとしているのだ。こんな傍若無人もあるまいと思う。

以上、原則論を申し上げた。

なお、この件に関する顕正会本部の見解は特に示されていないと思う。顕正新聞に載る会長講演にも出ていないはずだ。

わたくしの思うに、あまり細かいことまで見解を求めるのはどうか、大事な問題だから見解を示してもいいけれども、多少は選択肢を残すというかアイマイにしておくことも許されるのではないか、という気がする。

原発即時全廃

これが顕正会の公式見解である。

では廃炉の後、使用済み核燃料をどこに保管するか?

容器に入れて地中に埋めるという意味のことを言ってはいるけれども、具体的な地名までは示していない。そりゃそうだ、今の段階でそんなこと言っても仕方がないし、そもそも顕正会が単独で決めることでもない。

これは一例に過ぎないが、ともかく顕正会がぜんぶの物事にクビを突っ込む必要はないわけで、瓦礫の問題にしても然りである。

2012/7/17

夏本番  
各方面から貴重なコメントを頂戴しているが、いつものことながら一々のお返事は省略させていただくことにする。

そして、これが信徒として最もタブーなのですが、公場対決を観たいと心から願っているのは、本当は私なのです。

ハッキリ言おう。わたくしも見てみたい。ヤジウマ根性丸出しであるが、これが正直な気持ちだ。ぜひとも見てみたい。

ポリ銀氏は、天皇陛下こそが謗法退治の実行者であるとして、開目抄を引用している。

陳隋二代の聖主

桓武乃至嵯峨等の賢主


わたくしは直ちに種々御振舞御書を思い浮かべた。

賢王聖主の御世ならば、日本第一の権状にもをこなわれ、現身に大師号もあるべし。

しかし、現実を見据えた時、どうか、というのがわたくしの偽らざる感想だ。これが現代社会にそっくりそのまま適用できるのかどうか、である。

二つの側面がある。天皇の権威、法主の権威、この二つだ。

すでに大聖人の時代、承久の乱によって天皇の権威が相当に失墜していた。ゆえに、賢王聖主の御世ならば・・・と仰せられるのだ。そして現代社会における天皇の地位もまた然りである。

次に法主の権威を考えないといけない。これは沖浦氏ではないが、現状では内部規定に過ぎない。この法主にどれほどの権威があると言うのか、そこが疑問である。

現身に大師号・・・

ようするに大聖人がいらっしゃれば何の心配もない。大聖人が法論すればいい。そして勝てば現身に大師号が事相となる。

ご存知のごとく、大聖人にはずっと後になって大師号が下りた。けれども、どうだろう。今、それを誇りに思っている人がいったいどれだけいるだろうか?

つまり、「現身に大師号」が尊いのであって、滅後に大師号を貰ってもあまり意味はないのだ。

さて、ここで法主に話を戻そう。

ここでの法主はもちろん大石寺の御法主上人猊下のことだが、もし諸宗と法論をするとなれば猊下が先頭に立つべきが筋である。なぜならば「現身に大師号」との関連である。

小僧・・・

御書に出てくる言葉だ。これは大聖人を指す場合もあるが、多くは天台・伝教を意味する。

天台・伝教は最初から偉かったわけではない。いわば当時の既成仏教をことごとく論破して、一躍脚光を浴びることになったのだ。何も最初からスーパーヒーローだったわけではないのだ。

法主は内部規定だと書いた。

つまり、現時点では大石寺の法主上人の権威など、世間の人は誰も認識していない。諸宗と法論して圧倒的な強さを見せ付けない限り、これはどうにもならないのだ。

代理は不可である。

考えてみるがいい。スポーツの世界であれば、記録はその人固有のものである。代理で出た人が世界記録を樹立したとしよう。当然、その人が記録保持者なのだ。

もし仮に今、天皇陛下の前で法論が行なわれたとしよう。日蓮正宗では猊下が出ずに代理が出たとする。この人が勝てばこの人こそが大師号を受けるのだ。現身に大師号とはこのことである。

ここでまとめよう。

はたして天皇陛下に法論の判定を下す資格があるのか、である。現憲法においては信教の自由が認められている。それに抵触しないのかというのがまず第一にある。さらに現実を踏まえるならば、国民的なコンセンサスが取れているのかどうかが問題だ。ようするに、もし正邪を決めるのであれば、天皇一人が決めるのではなく、国民投票で決めるべきだ、それが現代社会の常識というものだ、という考え方が一般のはずなのだ。

そしてもう一つの懸案は、ズバリ御法主上人猊下の実力やいかに、ということだ。

ヤジウマ根性丸出しは承知の上であるが、まさにここがポイントだろう。わたくしは何も現猊下を悪く言っているのではない。御隠尊猊下がお出ましになってもいい。あるいは今の時代に日寛上人がましませば、出ていただいてもいいだろう。前述のごとく、天皇陛下の御前で法論するにしても、現代においてはいわゆる可視化が絶対条件のはずなのだ。つまりは全国民の注視の下で行なわれるべきものなのだ。

ここでわたくしの予想を言えば、もちろん漠然としたものに過ぎないが、まったく予想もしなかったところから新たなスーパーヒーローが登場するのではないかと思う。

以上、別してポリ銀氏に申し上げるならば、現時点における天皇の地位がどのように影響するか、そこがひじょうに心許ないところである。また、日蓮正宗僧俗全般に申し上げるならば、猊下こそが現身に大師号を体現すべき存在であるけれども、現実問題としては相当の隔たりがある、ということだ。

せっかくだから、顕正会員にも言っておこう。

浅井先生はスーパーヒーローたり得るか?

わたくしの思うに、たり得ない。なぜならば先生は日目上人の再誕ではないからだ。繰り返しになるが、広宣流布の時の御法主こそが現身に大師号の人である。すると在家の浅井先生が日目上人の再誕であるわけがないし、今から大石寺の御法主になることも考えられないので、大師号の人にはなり得ない。であれば、スーパーヒーローは無理なのだ。

不思議なことだ。原理的に不可能であるにもかかわらず、彼らはその幻想に向かって突き進んでいるごとくである。


七月二十日追記:一部加筆した。

2012/7/13

第1245号まとめ  
けしかけるつもりはないけれども、メールではなく、郵便を使ったらどうかと思う。内容証明だとか配達証明を利用すればいいのだ。これで相手が無反応であれば、まさに腰抜けと言えるだろう。メールの場合、イタズラだと思われてしまう可能性があるので、それだけでは相手が逃げたとは断定し難いのだ。内容証明郵便であれば、もはや言い逃れは出来まい。

国主ないし国王の概念については、今のところ議論の深まりを感じない。

創価学会の公式サイトの文章はそれなりによくまとまっているけれども、御書の引用もなく、いわば創価学会流の解釈をそのまま述べているに過ぎない。

ポリ銀氏のおっしゃることは、現代感覚からすると極論に思える。本当かよ、という感じだ。しかし、前回わたくしが引用した御書などに基づくならば、まさにそのとおりなのだろう。ただ、こちらも結論だけをコンパクトにまとめたような文章であり、一つひとつの裏付けとなる御書が示されていない。そこが物足りないところだ。

進化論は大聖人の仏法を考える上でも重要だと思う。

上述のごとく、大聖人の国主・国王観は現代感覚に合わない。創価学会ではその補整というか、現代にも通用するよう、いわば新解釈を試みているようにも思える。わたくしはその努力に敬意を表するものであるが、しかし、ややもすると迎合的な解釈に陥り易いという危惧があって、そこがひじょうに悩ましいのだ。つまり、長い目で見た時には、言っていることがコロコロ変わってしまっている可能性があるわけで、すでに創価学会百年弱の歴史においても、その変遷が見て取れるのだ。これを進化と呼べば聞こえはいいけれども、批判者からすれば、変節以外のナニモノでもない。だったらずっと同じことを言っていたほうがマシなのではないか、というのが一つの有力な選択肢である。

以上、わたくし自身は教条主義的なところもあれば、同時にリベラルというか柔軟な解釈を許容する方向性も併せ持っている。よく言えばそうだが、悪く言えばどっちつかずのアイマイな状態、早い話が迷っている。今はそんなところだ。

さて、顕正新聞が溜まってきたので、ここらで片付けておこう。

新宇都宮会館

第1245号のメイン記事がこれである。一面下段に六つの写真があって、まず中央下の写真が気になった。これは明らかに合掌礼拝のポーズだ。皆が皆、浅井先生に向かって手を合わせ、頭を下げているのだ。こういう写真はやめろと言っているのに、編集部の連中は聞く耳を持たないようだ。

右下の写真は壮観だ。会館の前の道路はかなり幅がある。文字通りの大通りだ。なんと反対側の歩道にまで会員が溢れかえっている。これは付近の住民も驚くことだろう。

ところで、この二つの写真は先生が帰るのを見送る人たちの様子を写しているわけだが、会館前には車が三台並んでいる。先生が乗るのは真ん中の黒塗りの車であり、その前後が白塗りの車である。いずれも高級車と思われる。わたくしはこれを見て、先生もずいぶん偉くなったあ、と思った。たぶん前後の車は護衛なんだろう。ちなみに、顕正会では護衛とは言わず、衛護と言う。世間一般の用語よりも御書が優先されるのだ。

 私は、野田は史上最低の総理大臣、国賊とも言うべき首相であると思っているが、みなさん、どうか。

会長講演で注目したのはこのくだりである。先生が政治家を褒めることはほとんどない。貶す一方だ。しかし、それにしても、ここまでキツイことを言うのはめずらしいことだ。

腹背に敵を

この表現はあまり馴染みがなかった。先生は沖縄と新潟が危ないと言っている。両県が中国に狙われている。これを腹背云々と言っているのだ。

六千万人の地涌の菩薩が唯願説之

当該講演の結論部分である。先日、ポリ銀氏の考えは極右だと書いた。それに比べると今の顕正会は遥かに民主的である。ご覧のごとく、戒壇建立のプロセスとして民主的な手続きを踏むべきことを主張しているのだ。

さて、今度は代表幹部たちの登壇であるが、わたくしは第四男子部長の記事に問題を感じた。

まさに大聖人の御守護と浅井先生のご一念により日本は守られたのだと思わずにいられなかったものであります。

何を言っているかというと、一年前の福島原発事故は最悪の事態を免れた、最悪の場合、日本が潰滅してもおかしくなかった、それを免れたのは大聖人と浅井先生のお蔭であると言っているのだ。

わかっていないようなので、書いておこう。

大聖人の御守護は大いに結構である。しかし、浅井先生のご一念はマズイのだ。なぜ、わからんのか、不思議である。

ようするに佐前佐後ならぬ、三・一一以前以後、ということなのだ。原発事故以前以後と言い換えてもいい。浅井先生が原発反対を表明したのは事故以後のことなのだ。事故以前は何も言っていない。むしろ原発容認の発言が残っているくらいなのである。

あと出しジャンケンにもほどがあるだろう。完全な反則だ。

つまり、事故以前から反原発を叫んでいたのであればまだしも、事故が起こってから反原発を言うようになった。そうして今頃になって、先生のご一念により日本は守られた、などと言うのは盗人猛々しいにもほどがある。

こんなインチキが通用するとでも思っているのだろうか?

妊婦の胎児死亡や奇形児が相次ぐ

これは女子部第七区集会における総班長の活動報告であるが、なかなか技巧的な文章だと思った。原発事故以降、この手の記事が多くなった。そこでわたくしは注意して読んでいるわけだが、当該記事はツッコミを入れるのが難しい。ともかく備忘録として書いておこう。この人は埼玉県北部の産婦人科医院で助産師をしているとのことだ。

札幌青年部集会

青年部集会はめずらしい。ようするに男女合同の集会だ。参加人数は三百五十七名だという。これが婦人部を除いた北海道の活動会員の実数となりそうだ。少ないなあ、というのが偽らざる感想だ。

芙蓉茶寮のパン

これはいい記事だった。自画自賛の記事ではあるが、悪くはない。パンの写真が壮観だ。見るからにうまそうだ。

2012/7/12

法門談義の入り口  
沖浦氏は立派な人物である。これはイヤミでも何でもない。本当のことだ。

しかし、これはあくまで相対的なものである。言い換えれば、上には上がいる、ということだ。


 私は何度も宗門に公開法論を提案しています。
 返答一つありません。


残念ながら相手にして貰えないだけの話である。

此より後は下総にては御法門候べからず。了性・思念をつめつる上は他人と御論候わば、かへりてあさくなりなん。

「上には上」の意味は樋田氏を念頭に置いて書いた。氏は先般、顕正会の会長に法論を申し込んだ。これは氏のサイトに全文が載っているので、間違いないことだ。ところが沖浦氏の場合、そうした形に残るものが見当たらない。早い話が口で言っているだけだ。この意味で、樋田氏のほうが上である。

くだんの返答期限は七月十六日であるが、さて、どうなることだろうか?

たぶん顕正会側は無回答だろう。黙殺だ。結論的には樋田氏も沖浦氏も相手にして貰えない意味では同じだ。そして上掲の御文こそが、相手にしないことを正当化するための論理である。

ひじょうにややこしい話だが、平成十七年には顕正会側から宗門へ公開対決の申し込みがなされた。この時は宗門側が対決を回避した。お互い様のようであるが、委細に見れば、少し違う。今回は一信徒・一法華講員の樋田氏が顕正会の会長に挑んだのだ。ゆえに顕正会側としては相手にしなくて当たり前とも言えるわけだ。

沖浦氏の場合も同じ構図である。氏は一信徒・一会員に過ぎない。宗門としては相手にしなくて当然なのだ。

いずれにしても沖浦氏が具体的にどのような形で法論を申し込んだのか、そこが問われる。もし正式に文書等を送付したのであれば、その点では樋田氏と同等であり、ひじょうに立派なことだ。

 7月は立正安国論を出された月ですが、現存する御真筆では、くに、を表す全71文字のうち、56文字に「□<囗の中に民>」が使われています。

 民ってね、在家のことですよ。
 大聖人仏法は、立正安国論に始まり、立正安国論に終わると言われます。

 その立正安国論のは、民のための書です。

 在家仏法宣言の書です。


これはデタラメもいいところだ。

七十一文字中、五十六文字が口に民と書いて、国をあらわしている。この数字はその通りなのかもしれないが、だから在家仏法宣言の書だと言いたいのならば、これほどズサンな論理もないだろう。

今はパソコンを駆使すれば、御書の語句を容易に検索できる。すると一つの単語の使用頻度がわかる。単純に考えれば、使用頻度が高いほど重要度が高い、逆に頻度が低いものは重要度が低い、ということになる。しかし、物事はそれほど単純ではない。

安国論の場合、「口に民」とそれ以外の表記をどのように考えるかだ。もし全部が全部、口に民だったら議論の余地はないのかもしれないが、ようは他の表記も存在するのだ。つまり、これは使用頻度の多寡ではなく、その使い分けを考える必要があるのだ。

国主国宰の徳政を行なふ。

大聖人は国主の国を口に王と書き、国宰の国を口に民としているのだ。

これで沖浦氏のズサンさがわかっただろう。仮にもし国主の国の字が口に民であったならば、主権在民の今日にもよく当てはまる。まさに在家仏法というか民衆仏法に相応しいことだ。戒壇論などで、現在は国民一人ひとりが国主である、などと強弁する人がいるけれども、その根拠ともなり得るだろう。しかしながら実際の御文字は上述のごとくだ。

 国王と申す事は、先生に万人にすぐれて大戒を持ち、天地及び諸神ゆるし給ひぬ。其の大戒の功徳をもちて、其の住むべき国土を定む。二人三人等を王とせず。

文永九年の四条金吾殿御返事であるが、これは前掲・安国論の傍証ともなり得る御文である。大聖人が国主国宰と仰せられる時、国主が口に王であるのは理の当然なのだ。

ちなみに四条金吾殿御返事の後半には次の御文がある。

万民の万言、一王の一言に及ばず。

この辺はポリ銀氏の守備範囲と思われるが、わたくし自身はよくわかっていない。

たとえば、これを現代に当てはめるとどうなるか、それがよくわからないのだ。教条的に解釈するならば、天皇陛下の絶対的権威を意味することになるだろう。一億二千万人が束になっても敵わない、それが王たる者の絶対的な力である。だが、しかし、これが正解なのかどうか、今のわたくしにはわからない。


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