2012/7/2

口舌ブログ  
大沢氏からのコメントは頭の痛い話である。

巌虎独白は、顕正会の実態を曝すのに大きな意義を持ちますが、同時に自慰的側面を持っているのではないかと思います。

氏の誠実なところはご自身を含めて論じていることだ。

私、巌虎様、沖浦さん、のび太さんの如きは老醜を晒している・・・

ここでズルイことを言うようであるが、上掲の四人は決して同じではない。

まず、のび太氏について言えば、氏の場合は投稿頻度が低い。印象的には週一くらいの投稿頻度だろう。これで自慰的と言われるのは、本人にしてみれば心外だろうと思う。

次に沖浦氏であるが、彼は年齢的に言えば隠居の立場である。ネットが趣味のご隠居さんだと考えれば、仮に四六時中ネットをやっていたとしても文句はないのだ。

わたくしに関して言えば、のび太氏ほどではないにしても、やはり投稿頻度が低い。週当たり、数回である。大沢氏や沖浦氏などはエキサイトしてくると、それこそ何十本も投稿するが、わたくしはそれをしない。最大でも七本がいいところだ。つまり、一日に一回の投稿が最大限度なのだ。

大沢氏ほどの人物がこうした客観的な事実に気がつかないはずはない。

つまり、前回分のコメント欄に書かれた氏の思いは、最終的にはすべてご自分への叱咤の意味なのだ。

結論として、しばらくコメントを差し控える、とのことだ。

さて、わたくしは最初に、頭の痛い話と書いた。なぜならば解決方法がないからだ。解決する方法がないのだから、どうにもならない。しかし、拙ブログはこれまで何をやってきたかと言うと、顕正会の問題を抽出して、どうあるべきか、あるいは、どのように改善すべきか、というようなことを偉そうに書いてきたのだ。

ここでいちばんコッケイなのは、偉そうに言っている本人がぜんぜんなっていないという現実なのだ。

以前の大沢氏のコメントで、巌虎はなぜ折伏しないのか、という鋭い追及があった。まさに頭の痛い話である。わたくしはこれについて、まるで糊塗するつもりはなく、ほぼ肯定というか、その不甲斐なさをそのまま認めてしまっている。言うだけなら、書くだけなら、どうにでも書ける。実は折伏バンバンやっているんだ。拙ブログの投稿頻度を見ればわかるだろう。四六時中ネットにしがみ付いているわけじゃないんだと。しかし、ウソは書けないのだ。ウソを書いた瞬間に拙ブログは終わるのだ。

つまり、ダメさ加減を覆い隠して、キレイ事ばかりを書いていても、説得力はない。不甲斐なさをさらけ出した上で書いていく。これが拙ブログの当初からの方針なのだ。

いわゆる口舌の徒である。

これじゃお話にならない。こんなアホは相手にするだけムダだ。そういう読者もいることだろう。これは致し方がないことなのだ。

わたくしは口舌の徒と言われてもそれほど痛痒を感じない。言論の自由がある。それを行使するにおいて、口舌の徒云々は関係のないことなのだ。問題は言っていることが正しいか間違っているか、それだけなのだ。

解決方法がない、と書いた。

つまり、オマエみたいなヤツには発言する資格はないと言われれば、もうどうしようもないのだ。ああ、そうですか、では、ブログをやめます。これも一つの方法ではある。しかし、ブログをやめてしまったら発言の舞台がなくなる。これが答えなのだ。

わたくしはそれほど執着があるわけではないが、せっかくなのでブログは続けたいと思っている。ところが人によっては、口舌の徒に発言権なし、という考え方もある。もしその意見に従うのであれば、ブログをやめるしかない。しかし、わたくしにそのつもりはない。

さて、ここで大沢氏に話を戻そう。

氏はコメントを控えると書いた。当然、これは本人の決断であり、ひじょうに立派なことだとは思う。だが、しかし、ここには図らずも顕正会と同様の問題が見え隠れしているように思えるのだ。

法華講のことは詳しく知らないので、顕正会の問題として書いておこう。顕正会員は無趣味である。熱心な活動会員ほど無趣味である。なぜならば一日のほぼすべてが活動のために費やされて、趣味を楽しむ余裕がないからだ。折伏誓願がある。早い話が成果だ。活動会員の心理は、成果が出るまで趣味はオアズケ、なのである。先輩幹部に叱られるからという人もいるだろうし、自ら禁欲的になる人もいるだろう。いずれにしてもこれが顕正会の姿である。

大沢氏の場合は後者、すなわち禁欲的なのだろう。それは前回分の一連のコメントに明瞭だと思う。

そろそろ終わりにするが、わたくしは解決方法がないと書いた。結局のところ、大沢氏の問題は解決しないのだ。もちろん、頭ごなしに解決しないなどと書くことは失礼千万のことであるが、もし上述のごとく顕正会と同様の問題なのであれば、解決は困難を極めるであろう。早い話が、拙ブログがあろうがなかろうが、いずれは同じ問題に突き当たる。だとすれば、拙ブログへのコメントを控えることが直ちに問題解決につながるものではないことは誰もが想像できることだろう。

さて、これがまた、ひじょうに悩ましい。

http://blog.goo.ne.jp/porigin

ハッキリ書こう。ポリ銀氏は異端である。落ちぶれ顕正会員のわたくしが言うのもヘンであるが、氏は日蓮正宗法華講の異端児である。

事情を知らないが、氏はこれまでに何度かブログを閉鎖している。わたくしの記憶では、けっこう過激なことを書いている。わたくしの目から見ても、これは明らかな宗門批判ではないかと思うような記述があった。たいていがその直後に閉鎖になっていたように思う。

すると、何らかの圧力があったのだろうか?

それはともかく、今回のブログはいきなり過激である。宗門批判だけでなく、創価学会や顕正会に対してもけっこう厳しいことを書いている。つまりは公平な視野に立って書いているのだろう。これはわたくし的にはひじょうに好感が持てるのだが、しかし、いずれにしても宗門的には看過できないような記述が少なくないと思う。だとすると、やはり閉鎖を余儀なくされるのではないかと心配になってくる。

大沢氏と言い、ポリ銀氏と言い、何だか知らないが、今回は図らずも宗門が抱えている問題が少し浮き彫りになったような気がする。


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