2012/7/5

顕正新聞第1244号を中心に  
ポリ銀氏関係の話題はしばらく見送ろう。急にトチロ〜氏が出てきたり、援護射撃がどうのこうのとか、あるいはガラパゴス派がどうのこうのとか、よくわからない展開になっている。わたくしはごく素朴に、なぜブログを閉じたのか、そこが気掛かりなのだ。この点はおそらく、多くの読者が釈然としないものを感じているはずである。

さて、顕正新聞第1244号から話題を拾おう。

感心したのは壮年部長格の二人がオトナの対応をしていることだった。一人は副総男子部長・第十男子部長、もう一人は第七十四隊長だ。

 先生は
 「指導とは、指さし導くということ。すなわち『御本尊様の功徳は絶対』ということを指さし、導くのである」
 と仰せられました・・・


これは副総男子部長の記事であるが、七十四隊長もほぼ同様だ。

先般、浅井先生はとんでもないことを言った。指導とは御本尊を指さし導くことだと言ったのだ。わたくしはずっと前から、これは表現としてどうかと思い、過去のブログにおいて取り上げたこともあった。御本尊を指さすのはよくないのだ。

本部首脳が拙ブログを参考にしたかどうか知らないが、それ以来、浅井先生はこの手の発言に気をつけるようになった。ところが最近になって復活してしまったのだ。

馬鹿な幹部たちはこれをすぐさま各種の登壇で引用した。本当に馬鹿だと思う。

そうした中で上掲の二氏は、不適切な部分をうまく切り取った上で引用しているのだ。さすが壮年部、伊達に歳を取っていない。彼らは現実社会の中で揉まれているので、常識が身に付いているのだろう。立派である。

では、馬鹿な幹部の代表例を示しておこう。次は総合女子部長の記事である。

 「指導とは、指さし導くということ。何を指さすのかといえば御本尊様である。『御本尊様の功徳は絶対』ということを指さし、導くのである」

本当に馬鹿である。しかし、彼女を責めてはいけない。なぜならば、先生の言ったことを忠実に再現しているからだ。つまり、本当に馬鹿なのは浅井先生である。馬鹿の大本は浅井先生なのだ。

第十六女子部長の記事を紹介しよう。

 結果、作年を上回わる機関紙推進が叶いました・・・

これは大馬鹿野郎だ。作年は昨年の誤植だろうけれども、いったいどうしてこのような間違いが生じるのか、それが理解できない。わたくしのパソコンではサクネンは昨年としか変換できない。彼女のパソコンは最新型なのか、それとも物凄く旧型で、トンチンカンな誤変換をするのだろうか、そこが気になるところである。

ちなみに、「上回わる」もわたくしのパソコンでは「上回る」と送るようになっている。

六ヶ所村再処理工場において年間「三三京ベクレル」の放射性物質の放出が認められている実態や、青森県の癌死亡率全国ワースト一位の事実を見るにつけ・・・

この部分はいちおう評価したいと思う。

以前、青森にガン死が多いのは原発のせいだ、という意味の登壇があったので、わたくしはそこに批判を加えた。放射能のデータを示さなければ何の証明にもならないだろうということだ。いわば上掲はわたくしの要望に応えたわけである。

しかしながら、三三京ベクレルがどの程度の放射能なのか、素人目には俄かに判断できないので、この問題は保留にさせていただきたい。

六ヶ所村再処理工場を研究する大学教授
 特集号は「正しい」と原発問題に熱弁


女子部第百二十六区総班長の登壇だ。

大学教授の名前が伏せられているので、やや説得力に欠ける記事だと思う。しかし、そんなことはどうでもいい。この記事には重大なウソが書かれている。おそらくは顕正新聞当該号における最大の問題点だろう。

 そして昨年、浅井先生が「浜岡原発停止」を叫ばれた直後に停止した事実・・・

これは事実ではなく、ウソである。たぶん彼女は気が付いていないのだろう。ウソだとわかって言っているのではなく、事実だと思い込んでいるのだ。ゆえに彼女に罪はない。罪は顕正新聞編集部にある。彼らはこの事実誤認を知っているにもかかわらず、訂正せずに掲載したのだ。

お忘れの人もいると思うので、整理しておこう。

浅井先生が反原発の立場を明確化したのは昨年五月末の総幹部会である。それ以前に、いちおうは浜岡原発の危険性に言及していた。しかし、明確に停止せよとは言っていない。ゆえにイジワルな見方をすれば、世間の反原発・脱原発の機運の盛り上がりを見て、それに乗じたとも言えるだろう。

生意気を言うようであるが、わたくしは三月末の時点ですでに原発事故の深刻さを書いている。この点では浅井先生よりも先んじているのだ。

それはともかく、一年経過した現時点における顕正会の姿勢は、それなりに評価できることだ。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1715.html

ただし、じゃっかんの訂正が必要のようだ。

わたくしは五月十八日の拙稿において、風化を云々した。つまり、事故から一年が経過して、反原発運動の勢いに陰りが見えてきた、まさしく風化そのものである、という意味を書いたのだ。

ところがである。

過日の大飯原発再稼働反対デモには十五万人が集まったとされている。これは大変な人数だ。

人数には諸説あって、わたくしには何とも言えないところだが、ともかく写真や動画などを見れば、その盛り上がりは否定できない。何も顕正会だけが頑張っているわけではないのだ。この点、世間一般の反原発運動が風化したかのように書いたことは間違いだった、と訂正したい。

公的機関に転職、「妙法の医療」実現を

気象庁のカフェ店長を任される!


前者は女子部の支区長補、後者は女子部総班長。詳しい内容については省略させていただくが、読んでいて、凄いなあ、と思った。就職難の中でも好条件の転職が可能なのは、彼女たちに言わせれば「不思議の御守護」に他ならないのだろう。しかし、わたくしは違う角度から考えた。

冒頭の壮年たちは社会の荒波に揉まれて人間が磨かれていった。

一方、上掲の女子部員たちは組織の中で切磋琢磨していくことが社会の中でも役立っている、ということではないかと思うのだ。

中途採用の条件はもちろん仕事の能力そのものであろう。では、同じくらいのスキルだった場合、面接官はどうやって取捨選択するのだろうか?

やはり最終的にはその人の持っている人間的な魅力が物を言うのではないかと思う。それは数値化できないものなのだろう。ゆえに、自分よりも優れた人がたくさんいて、順当に行けば不合格のはずが、なぜか自分が選ばれた、という奇跡が起こるのだ。

ただ以前にも書いたことだが、話は逆かもしれない。

顕正会で活躍している人はもともとデキる人であり、どこに行っても通用する人なのだ。つまり、顕正会で磨かれたのではなく、もともと活躍できる素質を持った人が顕正会の中で活躍しているだけの話かもしれないのだ。そうすると、ダメな人は顕正会で真面目に活動してもダメであり、どこに行ってもダメということになる。

ずいぶん悲観的なことを書くようだが、これが正直な感想である。落ちぶれ会員のわたくしが書くと、けっこう説得力があるのではないか?

切り干し大根から新鮮な香り

茶寮通信の見出しである。切り干し大根のイメージからすると、新鮮な香りというのは矛盾のようにも思えるが、それはわたくしの偏見だろうか?


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