2012/8/15

顕正新聞第1248号  
沖浦氏を中心に精力的なコメントが続いているが、今日は顕正新聞の話題を取り上げたいと思う。

今回は第1248号だ。

一面は日曜勤行の指導。二面以降は各地の集会の登壇記事。それから時事ネタとして原発関連の記事が三本。あとは茶寮通信だ。

日曜勤行の指導はかつての御書講義に近くなっている。今では月ごとの御書講義がないので、実質的には日曜勤行の指導が御書講義に相当すると言えよう。今回の内容については省略させていただくが、まさに講義そのものである。語句の解説だとか教学的な視点からの論述がよく目立つ。こうなると日曜勤行の指導ではなく、日曜勤行における御書講義、略して日曜講義と称してもおかしくないだろう。

さて、次は二・三面の代表決意であるが、そこには八人の幹部たちの登壇が載っている。実は読んでからずいぶん時間が経ってしまっているので、ほとんど内容を記憶していない。記憶にないのは時間の経過もさることながら、おそらくはどれもこれも似たり寄ったりでツマラナイからだろう。そうした中で、第二十四女子部長の記事はおぼろげながら記憶に留まった。

 いよいよ到来した戒壇建立前夜の唯願説之の時を感じては魂が熱くなり、同時に熱原の法華講衆のごとき六千万人の地涌の菩薩を出現せしめられるお方は、御遺命を死守せられ
 「顕正会が戦わずして、誰人が大聖人様に応え奉るのか」
 と叫ばれる先生しかおられぬことを伏して拝しては、先生の只ならぬお立場にひれ伏す思いになったものであります。


これは凄い。

単純に言えば、先生しかおられぬことを伏して拝する、先生の只ならぬお立場にひれ伏す、というくだりが物凄く大仰に感じられてしまうのだ。

それで話が済めばいいのだが、そうは行かない。

地涌の菩薩を出現せしめられるお方・・・

これが大問題なのだ。

この言い方だと、地涌の菩薩よりもエライ人、それが浅井先生であるかのように聞こえてまうのだ。浅井先生は常々、広宣流布は大聖人があそばすことであり、我々はそのお手伝いを申し上げる立場である、という意味のことを述べていたはずなのだ。それで行くと、地涌の菩薩を出現せしめられる御方は大聖人であって、顕正会員はそのお手伝いを申し上げる立場となる。本来ならば浅井先生もお手伝いを申し上げる側に属するはずであるが、二十四女子部長は違うと言いたいらしい。これを極論すれば、大聖人=浅井先生となるだろう。すなわち会長本仏論である。

上述をアゲアシ取りのように感じる人もいるかもしれないが、わたくしにそのつもりはない。今までにも指摘してきたとおり、顕正会員は先生をタテマツリ過ぎる、それがハタから見れば物凄く異様なのだ。実は先生のご見識を云々するのはまだカワイイのであって、それはある程度は許容されるところである。しかし、仏法上のお立場がどうのこうのというのは、もはや完全な逸脱である。

女川原発周辺でナマコ巨大化
 電力会社すべて買い上げ事実隠蔽


四・五面の見出しで目を惹いたのはこれである。婦人部弘前支区組長の活動報告だ。

よくわからんが、これが事実ならば写真週刊誌が黙っていないだろう。事実隠蔽を云々しているけれども、海は広いな大きな、である。つまり、勇敢なジャーナリストであれば、密漁まがいのことをしてでも巨大ナマコを手に入れるはずなのだ。

原発から出る排水の熱や放射能の影響なのか、ナマコが巨大化して・・・

放射能の影響を云々するのは科学的な知見が必要であって、わたくしのような素人には何とも言えないが、しかし、排水の熱はなるほど頷けるところである。何となく成育がよさそうな気がするのだ。

いずれにしても当該ナマコについては、しっかりと放射能を測定して、汚染度を確認しないといけない。

「電力不足」の脅しはウソだった!!
 大飯原発再稼働で火力8基停止


原発関連の三記事の中では、これがいちばんわかりやすい。単純に電力不足はウソだった。そして電力会社にとっては原発のほうが魅力がある。早い話が儲かる。これが彼らの本音なのだろう。

しかし、ヒドイ話だ。

再稼動反対の声を無視して、運転を開始した。その途端、火力を八基停止したというのだ。どう考えたって、納得できるものではない。馬鹿にしている。感情を逆撫でしている。まったくヒドイ話だ。

六・七・八面は駆け足でやっつけてしまおう。

臨終に関する記事が目立った。これは顕正会の高齢化を意味するのだろう。成熟化と言い換えてもいい。

高校生が軽いノリで入信する。この人たちの両親はまだそういう年齢ではないが、祖父祖母は臨終を迎えてもおかしくない年齢である。実際、亡くなるとする。さすがに高校生は非力であって、多くの場合が他宗での葬儀となる。
やがてはこの高校生が長じて、今度は両親の死に直面する。この頃にはいわゆる一家広布が実現している場合もあるし、そうでないとしてもそれ相応の発言権を有するようになる。当然、顕正会で葬儀を行なうことになる。
臨終の記事が目立つのは顕正会員の絶対数が増えたからであるが、委細に見れば上述のようなことが要因として挙げられると思う。もし顕正会の構成員が高校生や二十代の若者ばかりであったならば、臨終に関する記事の出現頻度はそれほど多くはならないはずなのだ。

いわゆる折伏弘通の伸び率では苦戦しているけれども、一方で熟年層が厚くなり、その意味では組織が安定している、という見方もできるのではないかと思う。

ハニージンジャーの効果

最後に茶寮通信の記事を一つ紹介しよう。八十六歳のご婦人の話だ。身体に不調を覚え、病院に行って検査をした。しかし、異常はなかった。医師いわく、歳だからしょうがない、と。サジを投げられたようなものだ。ところが芙蓉茶寮のハニージンジャーを飲んだら元気になったというのだ。

わたくしも飲んでみたいなあ。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ