2012/8/24

迂遠な議論は嫌だ  
高速太郎氏より引き続き質問を頂戴した。

 申し遅れましたが、わたしは、創価学会員です。正本堂問題は実体験しています。
 そこで、重ねてお聞きしたいのですが、顕正会に諸外国の会員がいらっしゃると思うのですが、
厳虎さん自身は、この方達にとっての国法及び国立とは、どのようにとらえているのでしょうか。
 また、一閻浮提は、全世界もしくは宇宙全体ととらえているのですか。


しかし、またしても漠然とした問いである。

お手本となるかどうかわからないが、先日の拙稿を思い返してほしいものである。駄文探訪の中の一節だ。

創価学会員は今般の消費増税をどのように考えているのだろうか?

これだけでも質問としては充分に成立している。なぜならば、この事案は賛成か反対かのいわば二者択一の問いだから、紛らわしさがまったくないのだ。ゆえに上掲だけでも充分なのだが、さらにわたくしは文章を続けた。創価学会員は消費増税に反対するべきではないのか、という意味のことを噛み砕いて書いたつもりである。

つまり、ここまで書いておけば、質問の意味がわからない、ということはまずあり得ない。ようは話がスムーズなのだ。

ところが前掲の高速太郎氏の質問は何を聞きたいのかよくわからない。ひじょうに困ったものである。

国法及び国立

何だろう、これは?

王法及び国立

後から訂正のコメントが入った。なるほど、何となく見えてきたような気がする。

ただし、あえてイチャモンをつけるならば、王法と国立は単語として不整合である。御書に国立という言葉は出てこない。一方の王法はたくさん出てくる。この意味では訂正前の国法及び国立のほうが体裁はいいかもしれない。

それはともかく話を進めよう。高速太郎氏の質問は次の意味なのだろうか?

「世界宗教だから国立戒壇はない」

浅井昭衛の著述の中に上掲のような項目がある。もし高速太郎氏の質問の意味がこれであるならば、さしあたっては顕正会の公式ホームページで当該資料を確認されるとよいだろう。顕正会の資料室は貧弱なので、すぐに見つかるはずだ。

その上で必要ならば再質問されるとよい。

なお、蛇足ながら申し上げておくと、質問の方法は人それぞれであり、それこそ千差万別であるが、少なくともクイズだとかナゾナゾをやっているわけではないということを心得ておきたいものだ。わたくしの場合は、先に結論を書いてしまう。もちろん、結論を伏せておく場合もあるが、そういう場合においても自分の考えを大筋で書いてしまうのだ。そのほうが話が早い。圧倒的に早い。前向きに議論をしたいのであれば、このほうが断然いいと思う。

一閻浮提は、全世界もしくは宇宙全体ととらえているのですか。

この部分は(単独では)意味の通じる質問である。

わたくしのイメージでは地球がそれに相当すると思う。ゆえに宇宙全体は違うのではないか、全世界のほうが近いのではないか、という気がする。

より厳密に言えば、現代国語における世界の意味だ。

なぜならば御書には世界という言葉がたくさん出てくる。多くは○○世界という表記になっていて、三千大千世界などはまさに宇宙的スケールを思わせる。娑婆世界は地球に相当するだろうか? 翻って現代国語における世界は宇宙を意味せず、地球の意味に近い。全世界も同様だ。

一閻浮提は地球に相当すると書いた。

これをどのように論証すればよいのか、ひじょうに悩むところだ。わたくしは御書における使用例から雰囲気として、たぶん地球で間違いないだろう、と考えている。創価学会の公式サイトに組み込まれている御書検索を用いると、一閻浮提は八十六件もヒットするのだ。これらを検討して行けば、自ずと正解が出るはずである。

身毒・尸那・扶桑乃至一閻浮提

撰時抄からの引用である。何となく雰囲気が伝わってくるはずだ。

三国並びに一閻浮提

三大秘法抄だ。これも同様の雰囲気がある。まさか三国からいきなり宇宙全体に飛躍するとは考え難い。よって一閻浮提は地球規模に相当すると考えておけば間違いないだろう。

論証と言えるレベルには程遠いが、一閻浮提についてはおおむねこんなところである。


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