2012/9/6

教祖化の事実  
顕正新聞第1250号をすっ飛ばしてしまったようなので、ここで振り返っておきたい。

「諫臣」としての先生の諫暁なくして有り得なかった大罰の時代突入

七月度班長会での副総合婦人部長の登壇だ。

報恩抄には、謗法があってもそれを指摘する人がいなければ罰はあらわれない、という意味の御指南がある。たぶん彼女が言いたいのはそのことなのだろう。平成十六年に一国諫暁が行なわれた。その七年後に東日本大震災が起こった。先生の諫暁なくしてはあり得なかったというのは、この意味だと思われる。

しかし、これはいかがなものか、というのが正直な感想だ。

以前にも書いたはずだが、浅井先生は予言を外してしまった。正確に言えば、予言し損なったのだ。

大聖人は正嘉の大地震を予言していない。大聖人の予言は自他の二難である。ことに注目すべきは蒙古襲来を直前に予言していることだ。蒙古はいつ攻めてくるのか? 今年を過ぎることはない。これがすなわち文永十一年四月八日の発言である。そしてご存知のごとく、蒙古はその年の秋に攻めてきた。いわゆる文永の役である。

しょせん浅井先生は凡夫なので無理な話ではあるが、七年前の諫暁書で巨大地震を予言したことを、さらに直前に予言しておけばよかった。本年(昨年)は一国諫暁より七年目であるからして、いよいよ大地震が切迫してきたことを痛切に感ずる。このような意味のことを直前に発言していれば相当だった。

ところが言えなかった。

言えなかったにもかかわらず、後から後から言っているのだ。いわば上掲はその一例である。

しかし、懲りないものである。顕正会は新たな予言を打ち出しているのだ。今後の巨大地震についてだ。もっともこれは予言ではなく、日本全体の共通認識みたいなものだ。なぜならば、今や日本列島は地震の活動期であり、いつどこで大地震が起きても不思議ではない、ということなのだ。

日本全体の共通認識であれば、どうと言うことはない。もし地震が起こったとしても、先生の予言が当たったことにはならない。これでは顕正会が脚光を浴びることにはならないのだ。

やはり直前に、絶好のタイミングで、予言しなければいけない。

しかし、凡夫の浅井先生には、できっこない相談である。

これは何度でも言っておくが、凡夫には絶対にわからない、それが未来のことなのだ。大地震はそれこそ今すぐに発生しても不思議ではないし、逆に五年後十年後かもしれない、ようするにわからないのだ。

台風を例に説明しよう。

日本は台風の通り道である。毎年、台風が上陸している。しかし、上陸回数であるとか、具体的なコースであるとか、細かいことはわからないのだ。風速であるとか雨量もマチマチであって、当然ながら被害の程度も異なる。自然にはそういう気まぐれなところがある。

地震もまったく同じだ。

日本列島が地震の多発地帯であることは誰もが知っていることだ。しかし、いつどこでどの程度の地震が起こるかは、地震学者でさえ言い当てられないのだ。

よって、もし予言者なるものが存在して、自然界の気まぐれさというか不確定要素がたくさんあって予測不能・計算不能の事案を正確に言い当てられるのであれば、ぜひとも次の大地震を教えてほしいものである。来ることはわかっているのだ。問題はいつどこでどの程度の地震が発生するかだ。津波でもいいだろう。われわれは各種の映像によって津波の恐ろしさを学習しているので、その予言が可能ならば全員が事前に避難することが可能だ。巨大津波が来たけれども、死者不明者がゼロであったならば、その予言者はまさしく救世主である。

これで読者には予言の困難さがよく理解できたことと思う。それから救世主云々には興ざめしたかもしれない。顕正会員にその自覚があるかどうか知らないが、彼らは浅井先生をそういう類に祀り上げようとしているのだ。

建白書の載る第1251号においても注目すべき記事があった。以下は男子部第七十一隊長の発言だ。

 富士大石寺は大聖人様の御法魂まします宗門なるゆえに、大事な時には大使命を有するお方がお出になるものと、お聞きしておりますが・・・

上掲の文章の続きには日寛上人と日霑上人のことが出てくる。ようするに彼は、浅井先生こそが大使命を有するお方であり、二上人に肩を並べるほどの存在であると、そう言いたいらしいのだ。

お聞きしております・・・

誰から聞いたかが問題だ。たぶん浅井先生だろう。すると先生は、自画自賛しているようなものだ。もし違うのであれば、当該記事をボツにすべきである。わたくしの認識では、いずれは宗門の中に英邁なる御方がお出ましになって顕正会を認めて下さる、という意味だった。しかるに七十一隊長はそれを浅井先生に摩り替えてしまった。これが顕正新聞に掲載されている以上は、すでに顕正会の公式見解のようなものである。浅井先生もそれでいいと思っているわけなのだろう。

副総合婦人部長と言い、七十一隊長と言い、先生を祀り上げるのに必死のようだ。


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