2012/12/24

冬の一日  
沖浦氏より大量のコメントを頂戴した。感想を申し上げよう。盗人猛々しい。これが正直なところだ。

しかし、善意に解釈すれば、拙稿をよくお読みになっている証拠なのだろう。それが氏のコメントに反映されているのだと思う。再考すべしとのわたくしの要望を、聞き入れて下さったのだと理解したい。

 随自意と言うのは、釈迦の立場で法華経を何故最初から説かなかったのかの説明のためのものです。
 あらゆる仏のあらゆる法は、随他意です。
 当然大聖人も同じです。
 民衆の機根に応じて法を説くのが大原則ですから、大聖人も例外ではありません。


今日は一点だけ指摘しておこう。わたくしにはこれがわからなかった。御書に精通しているはずの沖浦氏が、まさかこんなことを書くとは思わなかった。これは明らかに大聖人への反逆である。

しかるに如来の聖教に随他意・随自意と申す事あり。譬へば子の心に親の随ふをば随他意と申す。親の心に子の随ふをば随自意と申す。諸経は随他意なり、仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に。法華経は随自意なり、一切衆生を仏の心に随へたり。

かくも平易な御指南を何と心得るのか、沖浦氏の見解を聞いてみたいものである。

さて、今日は十一月度総幹部会の残りをやっつけてしまおう。

婦人部大会に参加し、成仏を遂げさせて頂いた、私の母・・・

女子部総班長の登壇である。婦人部大会で一人の婦人が亡くなった。これについては拙ブログでも取り上げたが、その娘さんが総幹部会に登場したわけである。いわく、成仏を遂げさせて頂いた、と。このように認識している以上は、もはや他人がとやかく言う筋合いの話ではない。

 「誰が行がねくても最後だから行ぐ」

あえて取り上げるとすれば、ここだろう。本人の言葉だそうだ。最後? この意味がわからない。死を予期していたのだろうか?

話は変わる。

今回は三本の「正義にめざめて」があった。いずれも昨年から本年にかけて入会してきた人で、平会員ばかりだ。一人はいわゆる男性婦人部員である。それから次男の紹介による婦人、もう一人の婦人は男子部の紹介による女性男子部員だ。

一々の内容は省略するが、女性男子部員の話は読んでいてそれとなくわかった。何号か前に紹介者側からの活動報告が載っていたはずである。

これをどう評価するかが難しい。登壇者が有り余るほどいて、選出するのに苦労しているのか、それともいなくて苦労しているのか、である。いないとすれば、同じネタを紹介者と入信者の双方に発表させることで、ボリューム感を演出しているとも考えられるわけだ。

最後に女子部総班長の活動報告を紹介しよう。

 我が総班は本年九月に結成され、青森県三沢市とアメリカで戦っております。

この人は姓がカタカナで名が漢字で表記されている。ゆえに上掲のくだりを読んで、これは米軍関係の人と結婚したのだろうと想像した。

 私はこれまで三沢米軍基地内において食品を取り扱う部署に就き、アメリカ人で軍人の夫と結婚し、三沢基地内で折伏を進めてまいりました。

案の定、予想通りだった。

 去年は海軍の大量リストラがあり、就職先の斡旋もないまま、帰国せざるを得ない者がいたこと。
(中略)
 これらの現状を見聞きしては、在日米軍撤退の近きを感じるものであります。

この辺の事実関係はともかく、いずれは彼女の夫も本国へ帰ることだろう。その時、彼女はどうするのか、である。

あるいはこの人がアメリカ広布のパイオニアになるかもしれないので、記憶に留めておくことにしよう。


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