2013/3/30

沖浦流戒壇論との戦い  
今日もコメント投稿者は同じ顔ぶれだった。

芙蓉茶寮や街中のコーヒーショップと比べて、静かな所だったからかもしれませんね。

これがいちばん無難な解釈だかもしれない。

法華講から離れてからは、さすがに行ってませんよ。

大石寺は観光の寺ではないので、一般人が訪れることはあまりないのだろう。ただし、今の季節は花見客で賑わっているという話を聞いたことがある。とは言え、多くは近所の人であり、わざわざ遠方からやってくる人はそれほどいないに違いない。

そこでわたくしの自慢話をすると、実は自宅からいちばん近い公園が桜の名所なのである。今日あたりはもうだいぶ散ってしまっているけれども、早朝から場所取りのブルーシートがたくさん敷き詰められていた。わたくしは花見ではなく、そうした人々の行動を観察するのが趣味(?)なのだ。

 この戒壇とは、地涌の菩薩の住所ですね。
 建物が戒壇の常識の時ですので、この様に表現なされたと思います。
 戒壇とは生命活動の場でしょう。
 もし、本当に大聖人が戒壇建立をもって、広宣流布の完成となさっておられたならば、もっと具体的にお書きだと思います。

 御書全体を読むなら、私はそう言う結論だと思います。


三大秘法抄の本文は省略させていただいた。

建物が戒壇の常識の時・・・

これは悩ましいところだ。この説明がどれほどの説得力を持つか、俄かには判断できない。

少しイヤミを込めて書くと、かつて創価学会は国立戒壇を目指していた。それが民衆立戒壇に変化した。だが、しかし、この時点では国立から民衆立に変わっただけであって、戒壇を建立するという考え方そのものは変わらなかったわけだ。ところが沖浦氏は違うことを言っている。もし氏の見解が現在の創価学会の公式見解なのだとすると、まさに二転三転である。創価学会の戒壇論はコロコロ変わっていることになるだろう。

 そして、富士山に建てると言う事はデマですので、場所は後世の人の判断です。
 これは日順も書いていますね。


さて、この前半にはシンボル云々の記述があるわけだが、わたくしに言わせればそれがいちばんの愚論であるから取り上げないことにする。そこで上掲であるが、これはまた思い切ったことを言うものである。

身延相承書は認めないということか?

沖浦氏は、跡目争いでは通用しないが思想信条においては通用する、という考え方を言っていたはずである。であれば、唯授一人の血脈相承は認められないが戒壇建立については認める、ということになるはずだ。それが上掲のごとく言うのだから困ったものである。

日順も書いている?

仏像を安置することは本尊の図の如し・戒壇の方面は地形に随ふべし、国主信伏し造立の時に至らば智臣大徳宜しく群議を成すべし、兼日の治定後難を招くあり寸尺高下注記するに能へず。

nb資料室からお借りしてきた。

たぶん沖浦氏が言っているのはこのあたりのことだろう。しかし、ずいぶん乱暴な解釈だ。上掲は富士山に建てることを否定するものではない。兼日の治定は後難を招く恐れがあるので詳しいことは書かない。ただそれだけの話である。そして寸尺高下は実際に建てる段になってから皆で議論すればいいという、きわめて常識的なことを言っているわけである。

ちなみに、仏像を安置する云々はひじょうに悩ましいというか、正直なところ都合の悪い文章なのであるが、それはさておき、当該文献には次の注目すべき一節がある。

本門の戒壇建立必定なり

沖浦氏は墓穴を掘るのが好きらしい。

前掲には地形に従うだとか寸尺高下だとかあるわけで、これはもう築壇の意味がはっきりしていることである。これで沖浦流戒壇論は崩壊だ。

しかしながら、沖浦流法門も侮れないところがある。

 戒壇とは生命活動の場でしょう。

 御書全体を読むなら、私はそう言う結論だと思います。

再掲であるが、これはあながち間違いとは言えないところであって、頭ごなしに否定することは出来ない。ただし、わたくしの意見としては、これと築壇とは矛盾しない。ゆえに、これをもって大聖人に戒壇建立の思想なしとは言えない、ということを強調しておきたいと思う。

たまたま今朝、御講聞書を拝読していて次の諸文に行き当たった。

所詮日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処即寂光土と心得べきなり。

法華経の行者の住処は山谷曠野なりとも直至道場なり。

直至の至は此より彼へ至るの至には非ず、住処即寂光と云ふを至とは云ふなり。


沖浦氏の御書全体を読む云々に、おそらくはこれらの御文も含まれるのだろう。

ただし、シツコイようだが、繰り返し言っておく。これと戒壇建立は矛盾しない。これらが戒壇建立を否定することにはならない。つまり、決定打とはならないのだ。

2013/3/29

サイバー空間におけるパワースポット  
ユタ氏と沖浦氏からコメントが寄せられているので、取り上げたい。まずはユタ氏からである。

沢山功徳を積んでいる方が入れてくれると、自ずとあやかれるのでしょうね。

御山に法華講員の経営しているカフェがあって、そこのコーヒーが美味しいのだそうである。美味いか不味いかは個人の好みにもよるのだろうが、功徳の場合はどうなのだろうか?

ユタ氏はそこのコーヒーを飲んでいると、小説のアイデアが浮かんでくるのだそうだ。そして上掲のごとく言うわけだが、これは功徳が回向されるということなのだろうか?

前回取り上げたコーヒーの記事には、次のような一節がある。

 カフェインには眠気覚ましだけではなく、集中力アップ、ストレス緩和などの働きがあり、計算能力や記憶力を向上させるという研究報告もあります。

このようにコーヒーにはさまざまの効能がある。その上で信心を真面目にやっていれば、よりいっそう効果が増す。おそらく信仰者ならば誰もがこのように考えるところだろう。科学的証明は難しいにしてもだ。

ユタ氏の言っていることは、そこにとどまらず、さらに凄まじい。ようするに、自分が信仰しようがしまいが関係なく、コーヒーを入れてくれる人が信仰していれば、その功徳にあやかれる、というのだ。いや、正確には違うかもしれない。ユタ氏が御山に行っていたのは法華講員の時だろうから、自分も信仰者であることが前提なのかもしれない。その辺は本人の返事を待つしかないけれども、いずれにしてもわたくしにはちょっと解せない話である。なぜならば昨今の流行でもあるところの、いわゆるパワースポット的な発想が感じられてならないからである。

その意味では大石寺の領域全体がパワースポットであるべきはずであり、その一つのコーヒー店だけが不思議な力を持つことにはならないだろう。

なお、これはユタ氏の実体験を否定するものではない。たぶん、その体験は事実なのだろう。ただし、そのメカニズムについては、もう少し考える必要があるはずだ。

さて、沖浦氏である。

相変わらず困った人である。一見もっともらしいことを書いているが、実は大欺瞞なのだ。

以下、具体的に論じよう。

2013/3/26 20:18
投稿者:沖浦克治
 異体同心については、世間にそのままで常識として通用する思想です。

 ご真筆があろうがなかろうが、世間にそのまま話して問題はありません。

 対して、興師門流の正当性を主張するために、二箇相承を引用するなら、ご真筆の存在が不可欠です。

 昔の跡目争いでもそうですね。
 この人は間違いなく将軍家のご子息で、その証拠にこのお墨付きと、短刀がある。
 
 これが最低限度必要です。
 
 お墨付きはないが、写しがある。

 これじゃ無理ですよ。
 同じですね。


三つのコメントをもらったわけだが、一つだけ掲げさせていただいた。

上掲の文章はひじょうによく書けている。そして物凄く説得力がある。反論の余地はほとんどない。

しかし、これは見事なスリカエである。

まず、全体の流れを確認されたい。わたくしは絵里奈氏やバーズ氏と事実上の国立戒壇について議論していた。そこに沖浦氏が口を挟んできた。そのわかり易い文章が次である。

 その上、ご真筆が存在致しません。
 ですので、私が、

 戒壇建立などと言う思想は大聖人には無い。
 文証を出してご覧なさい。

 これで、終わりです。


大聖人に戒壇建立の思想はない云々と。

沖浦氏は御真筆が存在しないことをもって、上掲のような傍若無人を言うのである。だったら生死一大事血脈抄や異体同心事なども同じだろうがとわたくしは反論した。その返事が前掲なのである。

まさに見事なスリカエである。

確かに跡目争いの話であれば、真筆の有無が大きく影響する。この意味においては沖浦氏の言っていることに相当の説得力がある。しかし、話は違うのだ。ようするに戒壇建立の話をしていたのだ。それがなぜに御相承の話になるのだろうか?

沖浦氏の言葉を借りれば、はい、これで終わりです、だろう。

本人に自覚があるならば悪党である。無自覚ならば仕方がないので、今一度、議論をしなければならない。そこでわたくしから宿題を書いておこう。

大聖人に戒壇建立の思想はない・・・とするならば、三大秘法抄をどのように解釈するのか?

シツコイようだが、書いておこう。沖浦氏の説明によれば、跡目争いにおいては真筆の有無が問題となる。しかし、思想信条においては真筆の有無は問題とならない。であれば三大秘法抄の真偽は問われないことになるだろう。

さて、沖浦氏はこの期に及んでも大聖人に戒壇建立の思想はないと言い張るつもりだろうか?

2013/3/26

第1268号拾い読み  
今朝、沖浦氏からコメントを頂戴した。その内容については省くが、一つ疑問がある。本人に自覚があるのかどうか、そこが問題だ。

生死一大事血脈抄

異体同心事


平成新編の目次を確認すると、この二書は御真蹟の所在が不明のごとくである。古写本の欄も空白のままだ。沖浦氏は前々回分のコメント欄で次のごとく言っている。

 身延相承書は、興師門流内の、内部規定としては有効でしょう。
 ですので、正信会、顕正会、日蓮正宗の中での論議には使用ができます。
 
 然しながら、他宗や一般世間には全く通用いたしません。

 その上、ご真筆が存在致しません。
 ですので、私が、

 戒壇建立などと言う思想は大聖人には無い。
 文証を出してご覧なさい。

 これで、終わりです。


沖浦氏は自分で矛盾を感じないのだろうか?

これまでにも再三にわたって書いてきたことだが、わたくしのスタンスは一貫しているつもりだ。自分には御書の真偽を判断する能力がない。ゆえに、その判断は日蓮正宗に委ねる。よって、平成新編所収の御書はすべて真書と拝する。

しょせんはローカルルールに過ぎないのかもしれないが、それは仕方のないことである。批判は甘んじて受けようと思う。

しかし、沖浦氏には言われたくないものだ。他人にとやかく言う前に、まずは自己矛盾をどうにかしなければいけないだろう。

さて、顕正新聞第1268号の話題である。

いま先生お一人が「本師の正義」を堅持

副総男子部長の記事である。気持ちはわからなくもないが、ちょっとマズイのではないかと思う。

 今、先生ただお一人が「本師の正義を存じて」との仰せを身に体され、御遺命を夢寐にも忘れず、大忠誠心で広布の陣頭指揮を執られるお姿。
(中略)
まさに
 「日蓮一人」「日興一人」
 との大精神は、浅井先生お一人が引き継がれていることを伏して拝したものであります。


これまでにも繰り返し言ってきたつもりだが、正系門家日蓮正宗をどうするつもりなのか、ということなのだ。おそらく浅井先生はとうの昔に宗門への復帰を断念したのだろう。独立教団路線まっしぐらなのだ。本当にこれでいいのか、今一度、よく考えてもらいたいものである。

佐渡で初の区結成、熱烈な弘通
 早く佐渡会館を頂けるよう全魂を


第十九女子部長の記事だ。佐渡に区が結成された。第百四十二区である。なんと、この人の母親が区長なのだそうだ。これはビックリである。

母娘で女子部幹部をやっている。しかも娘が女子部長で母親が区長なのだ。

記事だけではわからないが、たぶん娘が先に顕正会に入ったのだろう。母親を折伏し、人材に育て上げた。立派な娘である。確か男子部にも似たような話があった。高校の校長先生の息子が信心強盛で父親を折伏し、人材に育て上げたのだ。ゆえに、似たようなケースは他にもたくさんあるのかもしれないが、しかし、今回の記事はどうかと思った。

ようするに、くだんの母親は婦人部幹部が相当のはずなのだ。

少し前にも書いたことだが、すでに顕正会は男子・壮年の垣根がなくなってしまった。そして今は女子・婦人の垣根もなくなりつつあるのだ。さらには性別の垣根も壊れつつある。今後、この異変がどのように推移するか、注視していきたいと思う。

捨てられた両親を憎み続けた人生

具体的な内容については触れないが、この見出しは意味不明だと思う。自分は両親に捨てられた。自分の人生は両親を憎み続ける人生だった。これを簡潔にまとめようとしたのだと思うが、しかし、ヘンな文章である。

最後に、「食は薬なり」のコラムを紹介しよう。

糖尿病・肝臓ガン予防・ダイエット
 眠気覚ましだけではない健康効果


なんと、今回はコーヒーの効能について書かれている。記事を読むと、ベラボウに身体によさそうだ。わたくしもほぼ毎日愛飲しているので、これは嬉しい記事だった。ところがどっこい、次の一行を読んでガッカリした。

 ただし、砂糖を加えるとカロリーや糖分の過剰摂取につながるので、健康効果のためには「ブラック」をお勧めします。

砂糖とミルクをたっぷり入れたのが好きなんだよなあ・・・

2013/3/24

実現可能性の話  
先日来、沖浦氏からたくさんのコメントが寄せられている。その中にはわたくし宛のものもある。しかし、話がややこしくなるので今回は割愛させていただきたい。

さて、いよいよバーズ氏も参戦(?)である。

いちおう、わたくしとしては今日で一連の議論を終わりにしたいと考えているが、これはもちろん相手次第である。

事実上の倒産・・・

氏は事実上の倒産を例に取って、事実上の国立戒壇を問題なしと言わんとしているごとくである。しかし、いかがなものか、というのが正直な感想だ。

わたくしは倒産の正確な意味を知らない。しかし、経験上は知っている。たとえば、近所にビルがあって毎日多くの人が出入りしている。○○株式会社という看板がある。何をやっている会社なのかは知らない。ある日、そのビルの前を通ると、シャッターが下りていて貼り紙がしてあるのを目撃した。次の日もまた次の日も、シャッターは下りたままだった。それで気になって貼り紙を読んでみた。何やら小難しい文言がたくさん並んでいてよくわからない。そこには連絡先が書いてある。法律事務所の名前が書いてあるのだ。たぶん、倒産したのだろう。

おそらく専門的にはさまざまの定義があって、倒産の一語ではそう簡単には片付かないのではないかと思う。しかし、我々は専門家ではない。ゆえに、あくまで世間普通の義として、倒産を云々するわけである。無責任なようだが、そこに正確性は求められない。

近所のラーメン屋が潰れた。客が入っていなかったから潰れて当然である。しかし、本当に潰れたのかどうかはわからない。ともかく丸一週間、店が閉まったままなのだ。

事実上の倒産はかくのごとしである。

では、事実上の国立戒壇はどうか、である。

これは世間普通の義では済まない話なのだ。事実上の倒産と同じレベルの話ではなく、きわめて専門的な話なのだ。ゆえに、倒産と国立戒壇を一緒にするのは恐れ多いどころか、まったくの筋違いと言わねばならないのだ。

では巌虎さんなら、「国立戒壇」に代わる、もっと良い名称を提案できますか?

これはわたくしが、浅井先生は国立戒壇にコダワリ過ぎている、と書いたことに対する反論である。

本門戒壇

これでいいのだ。

それはともかく、わたくしの言うコダワリ過ぎの意味はじゃっかん違うので、そこをはっきりさせておきたいと思う。

なに? 事実上の国立戒壇? まだ戒壇が建ってもいないのに、なぜそんなことを言うのか? 国立戒壇にコダワリ過ぎなのではないか?

この微妙な違いが大事なところだ。

ようするに国立戒壇の名称の是非を問うているのではなく、まだ戒壇が建っていない段階において、わざわざ事実上などと断わりつつも国立戒壇の語を使うことを、コダワリ過ぎであると言っているのだ。

なお、わたくし個人は国立戒壇の名称をやめるべきと思っているわけだが、それと今回の話は別である。

“代替案”がないのなら、余計な口出しはやめましょう。

名称そのものは本門戒壇でいいわけだが、戒壇建立の具体的プロセスについては、前回の拙稿で紹介した昭和五十六年の浅井先生の見解を支持したいと思う。つまり、代替案ではなく、元に戻ればいいだけの話なのだ。

ここに日本の破局の眼前なるを憂え、速かに国立戒壇を立てて日本を安泰ならしむるよう・・・

大戦乱の大渦が早いか、御遺命の国立戒壇が早いか・・・

速やかに国立戒壇を立てて・・・

御遺命の国立戒壇が早いか・・・

国立戒壇建立が日本を安泰ならしむるのだ。ここに築壇の意は明瞭である。事実上の国立戒壇などの意はどこにも読み取れない。

さて、ここからは実現可能性の話である。

前回までの話は言っていることが正しいかどうかだった。人数の多寡ではなく言っている内容の是非である。しかし、最終的には人数が物を言うのだ。これについて論じたいと思う。

それともう一つ材料がある。わたくしは先般、事実上の国立戒壇などとアイマイなことを言ってお茶を濁している、と書いたわけだが、実は正反対のことも言い得るのだ。以下は会長講演である。

 この他国侵逼に打ち勝ってのち、一国あげての信心の赤誠を以て、富士山天生原に壮大なる国立戒壇が建立され・・・

再三指摘してきたごとく、これは従来の発言とは異なるわけであるが、この際それは問題にしない。わたくしが言いたいのは次だ。

なぜに、かくも克明なシナリオが描けるのか、である。

わたくしは浅井先生の悪いクセが出たのだと思う。いわゆる予言癖だ。ご存知のごとく、昔はソ連の脅威を言っていた。前回紹介した一国諫暁の書にもソ連のことが書かれている。しかし、中国のことは書かれていない。つまり、世の中の動きなど、誰にも予測がつかないのだ。ゆえに、戒壇建立のプロセスにしても、その詳細は明らかではないはずなのだ。今回の講演では戒壇建立以前に他国侵逼があって、それに打ち勝った後に戒壇が建立されるとしている。すでに述べたごとく、これは従来の主張と異なる。しかし、それはいいとしよう。問題はなぜそこまで克明なシナリオが描けるのかなのである。そんなことは出来ないはずなのだ。

2013/3/21 10:56
投稿者:諸般の事情通
顕正会は150万いることになってるけど10万集まるかな。6千万集めるには9億必要なんだけどね。


残念ながらこれが結論である。

わたくしは実現性の話を二つの方向から論じているわけである。一つ目はすでに書いたごとく、なぜに克明なシナリオが描けるのか、という問題だ。広宣流布は大地を的とする。これは大聖人の仰せだからそのとおりであるが、問題は浅井先生の言っていることである。凡夫には未来のことはわからない。ゆえに、どれほど克明にシナリオを描いたところで、そのとおりになる可能性はあまり期待できないのだ。

そしてもう一つが顕正会の公称数と実数との乖離の問題である。

諸般の事情通氏の指摘する九億は、イヤミながらもなかなか斬新である。実数で六千万人を達成するためには、公称数で九億が必要になる。日本人そんなにいるのかな? というイヤミなのだ。また、そこまでヒネリを入れずに、ストレートに計算してもベラボウな数字になる。櫻川氏によれば、今のペースでは六千万まで九百年を要するという。公称数が、である。いわんや実数は、もはや考えるのがイヤになるくらい遥か彼方のことである。

さらにイヤミを言えば、新・浅井流法門によれば、そこでようやく事実上の国立戒壇が成立(?)するのだ。その後、他国侵逼に打ち勝って、やっと戒壇建立が実現するという。気の遠くなる話だ。

ところが熱心な活動会員たちは、その時がもうすぐ到来すると思い込んでいる。客観的なデータによれば、九百年は掛かるはずなのに・・・である。

以上、現状では事実上の国立戒壇は実現性がきわめて低い。いわんやその先にある戒壇建立の実現性はなおさらのことである。

2013/3/23

第一回の国家諫暁書との自語相違を責める  
絵里奈氏より、さっそくの返信をたまわったので、ここに全文を掲げることにする。

2013/3/23 3:38
投稿者:絵里奈

厳虎さん、お返事ありがとうございます。
私の言わんとした事はそれでほぼ合っております。

厳虎さんの「事実上の国立戒壇とは事壇か義壇か」との御質問ですが、私にはその質問をされる意味がよく理解できませんでした。

浅井先生は正本堂問題の最大の不敬とは何かにつき、「事壇と偽る偽戒壇に戒壇の大御本尊を押し込め奉ったこと」とされ、これが顕正会の命賭けての主張である事は申すまでもありません。

もし国立戒壇建立の前に、「事実上の国立戒壇」という建物を建立して戒壇の大御本尊を安置し奉るとすれば巌虎さんの言われる通り、事実上の国立戒壇とは事壇なのか義壇なのかをはっきりしなければなりません。
あるいはその時に大御本尊が安置されている宗門の戒壇を指して「事実上の国立戒壇」と言われたなら同じく曖昧になります。

しかし、「事実上の国立戒壇」とは実際の戒壇・建物の事ではなく、あくまで条件が整った「状態」と、その「意義」のことを一言で要約された「言葉」なので、建物ではない状態・意義・言葉に事壇も義壇もないと思いますが…。

もしその時に大御本尊が安置されている宗門の戒壇のことを言われてるなら、それは紛れもなく義壇でしょう。

大御本尊様は現在、宗門の義壇に安置されている。しかし全ての条件が整い国立戒壇の建立は決定された。
現在安置の宗門の戒壇は義壇ではあるが、国立戒壇の建立が決定された功徳は、事実の上に国立戒壇が建立された功徳といえる。
だから中国の侵略に打ち勝つ。

そのまま素直に拝すれば何も迷うことではありません。

「事実上の国立戒壇」との言葉に過剰反応されてるように感じます。


以上が今日未明に下さった絵里奈氏のコメント全文である。けっこう長文なので、まとめるのが難しい。

正本堂問題の最大の不敬は、事壇と偽る偽戒壇に戒壇の大御本尊を押し込め奉ったことである。

ゆえに、もし顕正会が事実上の国立戒壇と称する建物を造り、そこに戒壇の大御本尊を安置し奉ることがあれば、事壇か義壇かの問題が生ずる。

しかし、事実上の国立戒壇は実際の戒壇・建物ではないので、事壇・義壇の枠に当てはまらない。よって、何の問題もない。

以上、巌虎は事実上の国立戒壇に過剰反応しているだけである。


例によって、わたくしなりに要約させていただいたわけだが、もし無難に収めるのであれば、見解の相違とでも言っておくところだろう。

ああ、なるほど、絵里奈さんはそのようにお考えなのですね、しかし、わたくしは違います、これはどこまで行っても平行線でしょうから、これ以上は時間のムダですね、では、さようなら・・・と。

しかし、そうは行かない。以下、あえて太字で書かせていただくことにしよう。

事実上の国立戒壇は戒壇ではない。

絵里奈氏のコメントにも同様の意味が書かれているわけだが、これは墓穴であろうと思う。ようするに、事の戒壇とか義の戒壇とかの枠に当てはまらないのであれば、それは戒壇ではないことになる。戒壇でもないものに戒壇の語を被せるのはどうかということになる。結局のところ、これは従来の定義に当てはめれば義の戒壇に他ならないわけだ。どうしても違うと言うのであれば、それはもはや戒壇ではない、すなわち事実上の国立戒壇は本門戒壇ではないということだ。

イジワルなことを書いているように感じるかもしれないが、決してそうではない。次は再掲である。

「事実上の国立戒壇」との言葉に過剰反応されてるように感じます。

ならば、わたくしも言わせていただこう。以下、またしても太字で書く。

浅井先生は国立戒壇にコダワリ過ぎている。

事実上の国立戒壇は戒壇ではないと書いた。これは絵里奈氏も半ば認めるところである。では、なぜに浅井先生はわざわざ国立戒壇の語を使うのか? これはもうコダワリ以外のナニモノでもない、ということにならざるを得ないのではないか?

 「第三の秘法、今に残す所なり。是れ偏に末法闘諍の始め、他国来難の刻み、一閻浮提の中の大合戦起こらんの時、国主此の法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」

四十九院申状である。浅井先生は第三の秘法について、次のごとく言っている。

その法体とはまさしく本門戒壇の大御本尊であられる。

煩瑣になるのでいちばん大事なところだけ引用したわけだが、これはおそらく日蓮正宗系統における共通認識であろう。

問題は次である。

 いいですか。「国主此の法を用いて」とは、まさしく事実上の国立戒壇であります。

四十九院申状のどこをどのように読んだらこうなるのか、わたくしにはまったく理解できない。浅井先生は大石寺の歴代上人が異口同音に国立戒壇を叫んできたとして、数々の文証を挙げてきた。では、この際だから聞いておこう。いったい、歴代上人のどなたが四十九院申状の当該御文を引いて、事実上の国立戒壇などと仰せられたであろうか、と。

結論は浅井先生の勝手な解釈に過ぎない。つまり、先生は国立戒壇の語にコダワリ過ぎている、ということに他ならないのだ。

誤解のないように付け加えておこう。

国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法云々・・・

この御付嘱状と前掲御文との関連性はもちろん否定できない。ゆえに、これをもって浅井先生を弁護するコメントが寄せられる可能性も考えられるが、しかし、時を待つべきのみ、なのである。つまり、事実上の国立戒壇などと紛らわしいことを言わずに、ひたすら時を待つべきが本筋なのである。実際、浅井先生は過去数十年にわたって、前もって建ててしまった正本堂を批判してきた。であれば、事実上の国立戒壇も同じことである。絵里奈氏は築壇を伴なわないことをもって問題なしとしているが、わたくしに言わせれば国立戒壇の語を用いること自体がすでにして大問題なのである。前もって建てた正本堂がダメなのであれば、前もって事実上の国立戒壇などと言うこともダメだとしなければいけない。

繰り返しになるが、事実上の国立戒壇が正しいのであれば、御書ないし歴代上人の御指南からその文証を提示すべきである。

さて、話を進めよう。

先日は櫻川氏が第一回の宗門諫暁書を用いてこの問題を論じていた。しかしながら、さすがに昭和四十五年の諫暁書は古過ぎるので、今の顕正会員には実感が持てない。そこでわたくしもひじょうに悩んだのだが、第一回の国家諫暁書が多少はわかり易いのではないかと思い、ここに引用することにした。昭和五十六年十一月二十日、時の総理大臣に提出されたものである。冨士二百十八号掲載である。

 しからば立正安国の具体的方策いかん。ここにおいて大聖人は本門戒壇いわゆる国立戒壇の建立を厳として御教示であります。

 まさしく国立戒壇こそ、立正安国の具体的実践、そしてこれが大聖人究極の本願たることは、御本仏の金言に明々白々であります。

ここに日本の破局の眼前なるを憂え、速かに国立戒壇を立てて日本を安泰ならしむるよう、日蓮大聖人の弟子として内閣総理大臣および衆参国会議員に強く訴えるものであります。


まず、当該諫暁書の全体の論旨については、細かい点を除けば浅井先生の言っていることは一貫不変である。今も昔も変わらない。いちおう、このことは認めなければいけない。

その上で、今回の問題との対比において、上掲の文言がきわめて重要な意味を持っていることを認識すべきである。当時、顕正会は五万人だった。これもまた、重要な点である。つまり、わずか五万の顕正会が堂々たる態度で、政治家たちに対し国立戒壇建立を迫っているのである。逆に今のテイタラクはどうかである。すなわち百五十六万の仏弟子の大集団がさらには六千万の大誓願を立てている。ここだけ見れば大したものであるが、言っていることを聞けばガッカリである。事実上の国立戒壇云々と。

つまり、今の議論でポイントとなるのは、人の多寡ではなく、言っていることの内容なのだ。

高だが五万の顕正会が国立戒壇を云々する。これを人々はあざ笑ったかもしれない。実際、創価学会の人たちはせせら笑っていた。しかし、言っていることは正しかったのだ。

その顕正会も百万を達成し、今や百五十六万を標榜している。仏弟子の大集団とも言っている。しかし、戒壇建立に関しては明らかに後退している。いったい、このテイタラクはどうしたかことか、ということなのだ。

最後に、もう一つ紹介しておこう。

国立戒壇建立の戦いは
 十一月二十日から始まった


冨士の同じ号には十一月度総幹部会の会長講演、いや、当時は妙信講の講頭だったので講頭講演と呼ぶべきか、ともかく浅井先生の発言が掲載されている。上掲はその見出しであるが、さらに本文中には次の興味深い記述がある。

 私はこの戦いに命を捨てる決意であります。大戦乱の大渦が早いか、御遺命の国立戒壇が早いか、かかる重大なる法戦がまたとありましょうか。

当然のことながら、事実上の国立戒壇などという概念はどこにも見出せない。前掲の国家諫暁書においても同様である。立正安国の具体的方策ないし具体的実践は国立戒壇の建立であると。

一貫不変であるはずの浅井先生が、どうも少しずつ変わってきている。瑣末な点はどうでもいいけれども、戒壇建立の大事においては看過できない。これがわたくしの立場だ。

2013/3/22

新説・浅井流法門を斬る  
絵里奈氏の登場は拙ブログに地殻変動をもたらした。その証拠には、氏に群がるような形で各方面からさまざまのコメントが寄せられていることが挙げられる。現役顕正会員と対話できる絶好の機会でもある。ネット上の顕正会員は希少の存在だからだ。

氏は拙ブログを以前からご存知だった。しかし、コメントを書くつもりはさらさらなかった。おそらくは時間のムダだと思っていたのだろう。それが正解である。

ところがここに来て、その禁を破ってしまった。

たぶん、目に余るものがあった、ということなのだろう。巌虎の傍若無人な書き様に我慢がならなかった、ということなのかもしれない。ともかく止むに止まれぬ思いからコメント投稿に踏み切ったものと思われる。

2013/3/17 21:38
投稿者:絵里奈

初めまして。

未だ広宣流布してない段階で私的に立てた正本堂は事の戒壇ではない。

六千万を背景として国民投票で国立戒壇の建立が決定され国主も帰依する。
しかし国立戒壇建立といっても中国の侵略の中にすぐ建てられる訳ではなく、それでは建つ前に中国に亡ぼされてしまう。
しかし意義においてはこの時点で国立戒壇建立に相当するので中国の侵略に打ち勝つ。
その後に晴れて戒壇建立となる。

どこが矛盾してるのか分からないですが…。


わたくしは前回、浅井先生の講演を大矛盾であると書いた。より正確には、矛盾ではなく欺瞞、さらに言えば詐欺であると書いたわけだ。浅井先生を無二の師匠と仰ぐ熱烈なる活動会員であれば、これに憤激しないわけがない。その意味で絵里奈氏は立派な顕正会員である。わたくしは心から敬意を表したいと思う。

さて、それでは具体的な中身に入ろう。絵里奈氏のコメントを善意に解釈するならば次のごとくなるだろう。

今般の浅井先生の講演は従来の説明と矛盾しない。厳密に言えば、差異があるのは事実であるが、さりとて正反対のことを言っているわけではない。ゆえに矛盾ではない。むしろ、ゆえあって今まで秘匿していた見解を、ここに来てようやく明示したのだと、このように考えるのが妥当である。また、巌虎は正本堂との対比から、ああだこうだと書いているが、私的に建てた正本堂と比較すること自体がナンセンスである。

まずはこれでよいのかどうか、絵里奈氏に確認しないと話は進まないのだが、しかし、いつものごとく勝手に話を進めてしまおうと思う。

ここでわたくしが問いたいのはただ一つ、事実上の国立戒壇は事壇なのか否か、である。

これに顕正会員たちがどのように答えるか、ひじょうに興味深いところである。本部首脳の見解も聞きたいところだ。
もし事の戒壇であると答えたならば大変なことになる。何が大変かと言えば、その後の議論が大変なのだ。おそらくは長難解な議論となるだろう。しかしながら、その結論は実にシンプルである。へえ〜、まだ建ってもいないのに事の戒壇なんだ、それってヘンだよね、と。
ゆえに義の戒壇であるとするのが相当であるが、これがわたくしに言わせれば、欺瞞であり、詐欺なのだ。

「他国侵逼に勝つ秘術はただ国立戒壇」

他国来難に勝つ秘術はただ国立戒壇

国立戒壇こそ救国の秘術

事実上の国立戒壇


煩瑣ながらも前回の繰り返しである。なお、最初のカギカッコは一面の縦型の見出しだ。さて、これらを図式化するとどうなるか、それが問題である。

一面  =事の戒壇
大見出し=事の戒壇
中見出し=事の戒壇
小見出し=義の戒壇


事壇、事壇、事壇、義壇? あれれ? おかしいぞ?

いかがだろう。わたくしの説明は単純明快で誰が読んでもわかるものだ。

これは顕正会側にとってひじょうに都合が悪い。ゆえに、もし顕正会に論客がいるのであれば、何が何でも事実上の国立戒壇を事の戒壇に仕立て上げようとするに違いないのだ。すると、これは自ずと難解な議論にならざるを得ないわけで、ひじょうに面倒臭いことになる。

すでにお気づきの人もいるかと思うが、ここでようやく正本堂問題につながるのだ。

正本堂は事壇にあらず・・・

これが浅井先生の年来の主張であり、教学的な面でも最高水準の理論武装が施されている部分なのだ。これに関しては顕正会員も自信を持っているはずで、おそらくは不勉強の創価学会員ないし法華講員はまったく歯が立たない。しかし、今度は立場が逆転するのだ。

事実上の国立戒壇は事壇にあらず・・・

ここまで書けばわかるだろう。かつての宗門ないし創価学会は、何が何でも正本堂を事の戒壇であると定義づけようとした。そのために詭弁を弄した。それを顕正会は批判してきたわけだ。まさに今、その顕正会が同じ愚を犯そうとしているのだ。

未だ広宣流布してない段階で私的に立てた正本堂は事の戒壇ではない。

六千万を背景として国民投票で国立戒壇の建立が決定され・・・


再掲であるが、確かにわからなくもない。私立の戒壇たる正本堂と事実上の国立戒壇とでは天地雲泥の差がある。これは事実だ。ゆえに絵里奈氏のコメントを最大限善意に解釈すれば、事実上の国立戒壇は限りなく事壇に近いものと考えられるだろう。国民投票で国立戒壇の建立が決定されたとなれば、もはや義の戒壇の域を脱していると考えられるのだ。

しかし、繰り返しになるが実際にはまだ戒壇が建っていない以上、事の戒壇とは言えない。いわゆる、義理・事の戒壇に当るなり、である。これを浅井先生は義の戒壇であると言っているのだから、この定義を変更するわけには行かないだろう。さて、どうしたものだろうか?

新説・浅井流法門

これは前回の拙稿で初めて使った表現であるが、まさに今回の講演は新説・浅井流法門なのだ。事実上の国立戒壇は事壇ではない、さりとて義壇でもない、その中間に位置するものであると。いわば折衷案であるが、絵里奈氏のコメントを踏まえた上での、これが結論である。

しかし、厳しいことを言えば、次のごとくなる。前回のおさらいだ。

事実上の国立戒壇などとアイマイなことを言ってお茶を濁している・・・

事壇でも義壇でもない? いったい何なのだ? これほどアイマイな話もあるまい、ということなのだ。

書きたいことはまだあるのだが、今日のところはこれで終わりにする。

2013/3/17

事実上の国立戒壇は事壇か?  
つい先ほど、名ばかり会員氏よりコメントを頂戴した。

崩壊的な内部事情・・・

わたくしと同意見と思われるが、上掲の直前の文言はやや不正確なので、いちおう訂正申し上げたい。

もったいぶって会場が取れないような事言ってるけど・・・

もったいぶっているのは事実であるが、会場が取れないのではなく会場を取ったけれどもキャンセルした、というのが会長講演の文脈だと思う。それが長野のエムウエーブであるかどうかはわからない。なお、さらに疑って掛かれば、本当に契約したのかどうか、それすらアヤシイかもしれない。もちろん、すべて推測である。

ともかく崩壊的な内部事情の可能性は否定できないだろう。

男子5万会場はどこになるのでしょう?

確かに心配だ。我々が心配するのもおかしな話であるが、五万人はかなり苦しいと思う。ここは勇気ある撤退も一つの選択肢だ。

さて、今日は二月度総幹部会の会長講演を取り上げる。

他国来難に勝つ秘術はただ国立戒壇

大見出しだ。そして中見出しには次のごとくある。

国立戒壇こそ救国の秘術

さらに小見出しがあって、それは次のごとくだ。

事実上の国立戒壇

出た。昨年の夏に言い出した新説、いわば浅井流法門である。

わたくしは昨年の十月にこの問題を取り上げた。そして今後の発言に注目したい旨、書き留めて置いた。ようするに、都合が悪いと思えば引っ込めるだろうし、あるいは逆にエスカレートして、さらに凄いことを言い出すかもしれないとの危惧があったからである。

あれ以来、事実上の国立戒壇は言わなくなった。さすがに都合が悪いので引っ込めたのだろうと思ったが、ここに来て復活してしまった。復活どころか、さらに具体的かつ詳細に論じているのだ。

以下、問題箇所を紹介しよう。

 いいですか。「国主此の法を用いて」とは、まさしく事実上の国立戒壇であります。この「国主」の背景には、六千万の地涌の菩薩が控えているからです。六千万の熱願で国家意志が決せられ、国を代表する国主が命かけて戒壇の大御本尊様を信じ祈り奉るならば、日本は始めて救われるのであります。
 この他国侵逼に打ち勝ってのち、一国あげての信心の赤誠を以て、富士山天生原に壮大なる国立戒壇が建立され、いよいよ本門戒壇の大御本尊はお出ましあそばすのであります。


これはもうダメだな、というのが偽らざる心境である。いろいろな意味で問題だらけなのだ。

大中小の見出しを思い出してほしい。

国立戒壇は他国来難に勝つ秘術である。国立戒壇こそ救国の秘術である。大中の見出しに矛盾はない。しかし、最後の小見出しは大矛盾である。いや、矛盾というよりは欺瞞、さらに言えば詐欺みたいなものだ。

ワカラズヤのために、もう少し丁寧に説明しよう。

正本堂は事壇にあらず・・・

これこそ浅井先生の長年の主張だった。御遺命守護の戦いにおけるもっとも重要な論点、それが正本堂を事壇とするか否かだったのだ。事壇とは事の戒壇、事の戒壇とは事相戒壇の意味である。浅井先生はイチャモンをつけた、正本堂は事壇にあらず、と。

今度は浅井先生がイチャモンをつけられる番である。

事実上の国立戒壇? なんじゃそれ?

今一度、見出しを確認されたい。大見出しと中見出しを眺めた範囲では、従来の主張と変わりがない。国立戒壇を建立することが日本を他国侵逼から守る唯一の方法であると、このように読めるのだ。ところが最後の小見出しに至って、事実上の国立戒壇という語が出てきて、何やら雲行きが怪しくなる。そして本文を読むと吃驚仰天するのだ。

今回の会長講演で明らかになったのは、次のことである。

国立戒壇は他国侵逼以前に建たない。

国立戒壇は他国侵逼以後に建つ。

従来は他国侵逼に打ち勝つために国立戒壇を建てねばならないと言っていたはずで、その文脈上に「あと十有余年」があって、「天生原への四キロの道のり」が語られていたのである。ゆえに活動会員たちも、十数年後には国立戒壇が建ち、先生と共に四キロの道を歩くことが出来ると思い込んでいたのだ。

しかるに今回、それが覆された。

熱心な活動会員たちの落胆はいかばかりであろうか?

シツコイようだが何度でも言っておこう。正本堂は事壇にあらずと言っていた人が、事実上の国立戒壇などとアイマイなことを言ってお茶を濁しているのである。まったくお話にならない。

正本堂は事壇にあらず。これはそのとおりだとして、では、事実上の国立戒壇は事壇なのか否か、これが問題である。従来の浅井説を採れば、これは事の戒壇ではなく義の戒壇になるはずなのだ。それをもし事の戒壇であるとするならば、日達上人に対してどのように申し開きをするつもりなのだろうか?

日達上人は正本堂を事の戒壇であるとおっしゃった。これに浅井はイチャモンをつけたのだ。その解釈論の当否はさておき、事実上の国立戒壇を事壇とするならば、これはまさに自家撞着である。三十数年前に言っていたことが今、自分自身に突きつけられている。還著於本人とはこのことであろうか?

今回、事実上の国立戒壇の正体が明らかになったわけだが、未だ不鮮明な部分を残している。以下は再掲である。

この「国主」の背景には・・・

国を代表する国主が命かけて・・・


従来の浅井説では天皇が国主だった。たぶん今回の講演でも国主は天皇を意味しているのだろう。

しかし、どうも現実離れしていて俄かには信じられない、わたくしのみならず熱心な活動会員たちも同じように思うのではないか、というのが正直な感想だ。

ぶっちゃけ言えば、どこまで行ってもゴールが見えてこない、まさしく迷走する顕正会ということだ。

2013/3/16

女子部大会の会場変更と頻繁な人事の関係性  
引き続き、トチロ〜氏とユタ氏からコメントを頂戴しているが、今日はガラリと話題を変えたいと思う。ベースは顕正新聞第1268号だ。

成人式ビデオ放映に参加して

二月度総幹部会で上掲の登壇が二本あった。まず、ここで記憶に留めて置きたいのは、成人式のビデオ放映は顕正会初の試みだったことだ。月例の御書講義がなくなったので、その穴埋め的な意味があると思われるが、それなりに好評だったようだ。

なぜならば成人式に参加したことがない人が少なからずいるからだ。二十歳過ぎてから顕正会に入ってきた人は成人式に参加する機会がない。百五十数万もの会員がいれば、自ずとそういう人たちも多くいるはずなのだ。

ゆえに成人式ビデオ放映は、顕正会の成人式に参加したことがない人にとって、ひじょうに有意義なものと考えられるのだ。

余談ながら加えると、少し前に教学部会のことを書いた。これはいわば専門部会だった。しかし、今の顕正会には存在しない。顕正会はどうやらすべての行事が全員参加型になってきたようだ。成人式もしかり、ビデオ放映によって全員参加型へと変貌を遂げた。

さて、成人式の会長講演で、わたくしはウッカリと見過ごしていたことがある。女子部第百二十九区長の記事が簡潔にまとまっているので、それを紹介したい。

 また先生は、なぜ強大な大蒙古の攻めに日本が亡びなかったのかということにつき
 「平左衛門既に日本の柱を倒しぬ」
 「頸はねられぬ」
 の御文を引かれ
 「御頸は、刎ねられて刎ねられなかった。日本の柱は、倒して倒されなかった。これ大聖人様の絶大威徳による。よって日本も、亡んで亡びなかったのである」
 と極めて重大な指導を下さいました。


わたくしはウッカリした。

日本が亡びなかった理由

なぜ日本は亡びなかったのか

上段は南無日蓮大聖人の見出し、下段は成人式掲載号の見出しである。

ようするに、このことは昔から言っていたことであって、それほど新鮮味のあるものとは思わなかったのだ。ところが顕正新聞の各種登壇に繰り返し出てくるので、どうしたものかと訝しく思って、調べてみた。そこでようやく気がついたのだ。

今回の会長講演はいわば新境地なのである。

日本が亡びなかった理由について、南無日蓮大聖人の記述と成人式講演の記述を比較すれば一目瞭然だ。煩瑣になるのでここには掲げないが、もし同じ書籍であれば大幅改稿である。その評価を一言で言えば、従来の説明は冗長、今回の説明は簡潔、さらに言えば、過去の説明はやや難解、今度の説明は単純明快である。

大したものだと思う。わたくしに言われても嬉しくないだろうが、この件に関しては高く評価したいと思う。先生もまだまだやるじゃないかと。

幕張メッセ

さて、今日はもう一つ、女子部大会の会場決定と人事発表とを関連付けて書こうと思う。

月々に、広布への大熱気と功徳の歓喜を増す総幹部会。二月度総幹部会でも大人事が断行された

女子部の三万人大会は十二月一日に幕張メッセで開催されるとのことだ。そして上掲だが、今回も大人事が断行された。とりわけ女子部の人事が、である。

単純に解釈すれば、女子部大会へ向けての準備の一環として、組織体制を整えているのだろう。それが頻繁な人事発表の意味である。

だが、しかし、逆の解釈も成り立つのではないか?

組織内部でゴタゴタがあって、その修復作業に手間取っているのではないかと。それが頻繁な人事の正体ではないかと。

以下は二月度総幹部会の会長講演である。

 実は女子部大会の会場については、本部の担当者が昨年来、ずーっと探し続けていたのです。しかし三万人収容の会場というとなかなか無い。そしてやっと遠い地方の会場を見つけて、昨年のうちに契約までした。
 しかし、私はどうしても首都圏でやりたかった。それで決定発表を延ばしていたのです。そのうちに、幕張メッセが一二月一日だけ空いているということで、今月の一八日、正式に契約できたわけであります。


三万人の大会場であれば、当然、半年ないし一年前には契約を済ませていないと間に合わないだろう。昨年のうちに遠い地方の会場を契約したという。ところがそれを破棄して、幕張メッセにした。

これは物凄く訝しい話である。

大会場は使用料が高い。当たり前である。それをキャンセルした。会場側が黙って「はい、そうですか」と言うわけがない。いわゆるキャンセル料が発生するはずである。それだって個人の感覚からすれば、おそらくはベラボウな額のはずである。

遠い地方の会場が具体的にどこであるか、造反者でも出ない限りは永遠に謎のままであろう。ただ、ごく単純に考えて、浅井先生が首都圏でやりたいと希望していたのならば、最初からその線で会場を探せばいいはずのことである。わざわざ遠い地方の会場を押さえる必然性はどこにもないのだ。

ここで女子部人事に目を向けてみよう。

 さらに七人の区長も誕生し・・・

区長の話の前に女子部長の人事について書いておくと、今回は第五と第九の女子部長が任命されたわけだが、前の部長がどうなったかそれが不明である。ちなみに第九部長は第四部長も兼任している。単純に言えば、ポストがたくさんあるけれども、それに相応しい人材がいない。さらに穿って言えば、部長クラスが次々に退転している、そんな可能性すら見えてくるのだ。

区長は今回、八人が任命された。記事では七人となっているけれども、女子部幹事兼任で任命された人がいるので、八人なのだ。

新設区 三人
既設区 五人


時間に余裕のある人は、一ヶ月前の拙稿をご覧になられるとよいだろう。新設区はともかく既設区には前任者がいる。彼女たちはいったいどうしたのだろう。まさか退転したのだろうか?

ご存知のごとく、顕正会は成果主義である。主には折伏の成果である。今回の折伏法戦は四月下旬がいわゆる締め切りである。つまり、今は法戦の途中なのだ。まだ、成果を云々する段階ではない。であれば、普通は降格も昇格もあり得ない話である。

なぜにかくも頻繁に人事発表があるのか、その答えがようやく見えてきたようである。

繰り返しになるが、書いておこう。

組織内部でゴタゴタがあって、その修復作業に手間取っているのではないか? それが頻繁な人事の正体ではないのか?

女子部大会を十二月に持ってきたのも同様の意味がありそうだ。

女子部組織において、深刻なる内部崩壊が起きた。今はその建て直しに全精力を注入しているわけだが、それ相応に時間が掛かる。ゆえに大会の期日をギリギリまで先延ばしにし、この間に体制の立て直しを図ろうとしている。

これがわたくしの読みである。

これはもちろん、単なる推測であって確証があるわけではない。当然ながら、そんなのはオマエの勝手な邪推である。妄想だ。こういう反論もあることだろう。それはそうなのだが、しかし、状況証拠としてはかなりの蓋然性を感じさせるものがあるのではないかと思う。

2013/3/15

トチロ〜氏のブログ記事を中心に  
沖浦氏より律儀なコメントを頂戴した。いや、律儀は不適切だかもしれない。あの大震災は決して忘れてはいけない。その意味において、氏は当然のコメントを残したわけだ。むしろ拙ブログは世間から遊離してしまって、ひじょうにおかしなものになっていると我ながら思うものだ。

せっかくなので、書いておこう。

東日本大震災は忘れたくても忘れられない。日本人はいわばその宿命を背負ってしまったのだ。大地震そして大津波、これ自体が物凄いものであったのは事実であるが、しかし、それだけでは終わらなかった。すなわち原発事故である。この事故収束が覚束ないのだ。終わりのない戦いを延々と続けなければいけない。まさに宿命そのものである。

たとえ地震・津波の記憶が薄れようとも、原発事故の傷跡はいつまでも癒えない。厳密に言えば、傷跡ではなく傷そのものなのだ。今もその傷口からドクドクと血が流れ出ているのだ。放射能という名の血が・・・

無宗教の功徳・・・

・・・ショボいっすね


それほど謙遜なさることもなかろう。客観的にどうかではなく、自分がどのように感じるかなのだ。ゆえに友人たちと楽しい時間が過ごせたのであれば、それはまさしく大功徳である。もっとも用語として功徳はどうかと思うが、ユタ氏のことだから、たぶんパロディのつもりで書いたのだろう。その意味では充分に通用する文章だと思う。

さて、トチロ〜氏から感想を求められた。

http://houonbou.blog.fc2.com/blog-entry-226.html

リンク先の記事についてである。

そもそもトチロ〜氏が拙ブログにコメントを残すことは滅多にないことであり、さらに感想を求めることは異例中の異例のことである。

わたくしは怪しんだ。何を企んでいるのだろうかと。

こういう場合、疑ってばかりいても埒が明かないので、おそらくは巌虎流の激辛批評を期待しているのだろうと勝手に解釈させてもらって、書くことにする。

結論を書こう。

トチロ〜氏にしてはめずらしく(?)キレのある文章だ。

これが結論である。

日曜勤行でも同様だが、浅井先生は御書を左手に持って話をする。これが定番のスタイルだ。たとえ話が長くなっても御書を置くことはない。大袈裟に言えば、捧げ持つ、と表現してもいいだろう。御書を大事に扱っていることは間違いない。

わたくしは以前、日曜勤行の写真について、取り上げたことがある。実はもう何年も同じ写真が使われているのだ。それに気がついたのは、いつも同じページが開かれているからだ。いや、もちろん、具体的なページ数がわかるわけではない。しかし、拝読御書によっては前のほうだったり真ん中だったり後ろのほうだったり、開いている場所が変わるはずである。ところが顕正新聞に掲載される写真はいつも同じなのである。ここまで気がつけば簡単だ。あとは比べればいいだけの話で、結論は同じ写真を使い回していることが判明した。

そこで、トチロ〜氏が取り上げている問題の写真であるが、これはさすがに使い回しではなく、新たに撮影されたもののようである。しかもカラー写真だ。

拙ブログはここでストップである。わたくしは特に問題を感じなかった。というよりは、トチロ〜氏ほどの観察眼を持たなかった。

トチロ〜氏の切れ味鋭いツッコミは、大きく二段に分かれると思う。以下はわたくしなりにまとめたものである。

前半、浅井先生の使用御書が何であるかを論証。

後半、日顕上人監修の御書を使うことの厚顔無恥を強くなじる。


そして結論は、浅井先生の御書は偉そうに見せるためのアイテム、ということだ。

ほぼ完璧だと思う。

まず、前半の論証が素晴らしい。本格的な論証なのだ。本格的論証と書けば小難しそうに聞こえるかもしれないが、決してそうではない。誰もが、ああ、なるほど、と思うに違いないのだ。

面倒臭がりのわたくしにはマネの出来ないことだと思ったのは、モデルを用いた検証である。トチロ〜氏は浅井先生の持っている御書が平成新編であると目星をつけた。それが確実であるかどうか、実際にモデルを使って検証したのだ。これならば一目瞭然だ。わたくしもほぼそれで正解だと思った。もし違うと主張するのであれば、反証を示さないといけない。しかし、たぶん無理だろう。

以上、浅井先生の使用御書はほぼ確定である。

後半は論証とかの問題ではないので、あるいはさまざまの意見があるのかもしれないが、わたくしはほぼトチロ〜氏に同意である。さらに詳細に論じれば次のようなツッコミがある。

それとね、もっと笑っちまうのが、ここで引用されている日興上人の「原殿御返事」って平成新編御書には載ってないんだよ…、残念だけどね…。

このツッコミもひじょうに鋭い。笑っちまう云々と。わたくしも苦笑を禁じえないところだ。

さて、先方のブログに付されたコメントも、一通り読ませてもらい、大いに有意義だったわけだが、ここでわたくしのほうから補足を申し上げておこう。

ご存知のごとく、顕正会ではかつて御書の出版計画があった。しかし、頓挫してしまった。その理由は不明だが、ともかくわたくしの承知しているところでは、二度ほど出版計画が発表されている。その二度目というのが、実は平成新編に対抗して発表されたのだ。

正確には対抗ではなく、刺激を受けて、すなわち触発されてということかもしれない。

今は記憶だけで書くのでそこを承知願いたいが、浅井先生は平成新編を絶賛とまでは言えないにしても、かなり高く評価していた。顕正新聞にもその記事は残っているはずだ。

今さら遅いけれども、わたくしはこの時点、すなわち平成六年の段階では特に問題はないと思う。ようするに今回のトチロ〜氏のツッコミは成立しない、もしくはツッコミの効果が薄い、ということになると思う。しかし、平成十一年の御相承断絶発言、そして十六年以降の呼び捨てと、もはや浅井先生の暴走は誰の目にも明らかだ。それにもかかわらず、実はチャッカリと日顕上人監修の御書を使っているというのだから、厚顔無恥もいいところである。

繰り返しになるが、平成十一年以前であればさしたる問題はなかった。

さて、浅井先生はどうするのだろう。この指摘を受けても今までどおり使い続けるのだろうか?

2013/3/10

春の独白キャンペーン  
のび太氏の観察眼は鋭い。まあ、しかし、これ以上は申すまい。ヤブヘビというべきか、書けば書くほど墓穴を掘ることになりそうだからである。

沖浦氏の提示された歌詞は文語調で難解だ。たぶん曲を踏まえて味わえば感ずるものがあるのだろうが、文字だけではなかなか伝わらない。もちろん、これは受け取る側の教養だとか感性にも左右されることなのだろう。無教養・無感性のわたくしにはピンと来なかった。

さて、すでに二月度総幹部会を報ずる顕正新聞が届いているけれども、その前に二号ほど溜まっているので今日はそれを取り上げたいと思う。まずは第1266号だ。

大聖人の御遺命、日興上人御一人が堅持
 広布前夜、二代の貫首「国立戒壇」を否定
 御遺命は厳然「消滅して消滅せず」


第二祖日興上人御報恩勤行会における会長講演に付された大見出しであるが、わたくしはヤバイなと思った。実際には従来から主張していることばかりであり、何か際立った文言があるわけではない。ただ言えることは、おそらくは幹部たちが会長講演を拡大解釈して、とんでもないことを言うに違いない、ということだった。

今回の会長講演は、日興上人の身延離山について語っている。これに紙数の大半を費やしているのだ。
この意味においてはまったく問題ない。いわば日蓮正宗の正義を宣揚しているわけであって、ひじょうに気持ちのいいものである。
しかし、大見出しが示すごとく、二代の貫首が国立戒壇を否定しただとか、それを顕正会が守っただとかいうことが、講演の後半部分に出てくる。

いや、もちろん、これ自体は年来の主張であり、今さら取り上げるまでもないことだ。

だが、しかし、わたくしはイヤな予感がした。

案の定、同じ号にとんでもない記事が載っていた。以下は総合婦人部長の発言である。

日興上人が「日興一人」と大聖人様の御意を受け継がれた富士大石寺門流の清き源流のまま、いま先生が清き源流を受け継がれ・・・

これは大問題だ。

もちろん、これとて今さら驚くに値しないのかもしれない。もはや何でもありというか、逆に顕正会ウォッチャーにしてみれば慣れっこになってしまって、この程度のことでは驚かないのかもしれない。

しかし、わたくしは重複を恐れず、何度でも言うつもりだ。

「消滅して消滅せず」

いま先生が清き源流を受け継がれ・・・


早い話が、御遺命の正義は大石寺から消滅してしまった、だが、しかし、顕正会がしっかりと受け継いでいる、ということなのだ。

この延長線上には完全なる分派独立が存在する。

もはや日蓮正宗は謗法汚濁の邪宗であって、顕正会のみが唯一の正系門家であると、言外に言っているようなものである。

御遺命違背の大誑惑の中にも大勢順応では成仏は叶わないと、「我れ一人立つ」のご決意で御奉公を貫かれた尊きお姿を弟子として命に刻み・・・

前掲の続きの文章であるが、尊きお姿とは誰の姿であろうか?

まさに浅井先生に他ならない。

今や批判者の中には、浅井先生を教祖であると断じている人もいるが、確かにそう言われても仕方がないところだ。単純に言っても宗教法人顕正会の創始者であり、顕正会を独立した宗教と見れば、まさしく教祖そのものである。ましてや会員たちが上掲のごとく言うわけだから、そこらの並みの人物とは一線を画するわけなのだろう。教祖でなければ、いったい何なのか? あるいは誰かの再誕なのだろうか?

さて、次は第1267号であるが、一面トップは日曜勤行の指導。二面以降は各種集会の登壇記事、これが二十四本もある。ぜんぶ読んだけれども、頭の中がグチャグチャで整理がつかない。

前掲の話題に被せて書くならば、八面左上の婦人部班長の記事が適切だかもしれない。

大聖人様が
 「日蓮一人、声も惜しまず」
 と唱え出され、また日興上人が
 「日興一人、本師の正義を存じて」
 と貫かれ、そして浅井先生お一人が御遺命守護に立たれた今・・・


厳密には切り文のソシリを免れない。なぜならば続きの文章に、私たちも我一人立つの気魄で立つ、云々とあるからだ。つまり、いわゆる「一人立つ精神」を言いたいだけであって、他意はないと受け取るべきなのだ。

しかし、それを割り引いても、いかがなものかと思う。

日蓮一人
日興一人
浅井一人


ひじょうに悩ましいところだ。

芙蓉茶寮「カフェテリア」
出来たてアツアツ
 日曜日は行列ができる


わたくしはこういう記事が好きだが、再び前の話題に戻ると、各種登壇の筆頭を飾る第九男子部長の記事に問題を感じたので紹介しておこう。

ただ先生お一人が大聖人様に忠誠を貫かれ、身命を捨てて立たれている師子王のごときお姿には、畏敬の念でいっぱいになり・・・

会長本仏論の嫌疑が掛かる文章である。

以前、師子吼について論じたことがある。師子吼は一般的には獅子吼と表記するわけだが、ともかく国語辞典に出ている語彙なのでさしたる問題はない。ところがいつだったか顕正新聞に大師子吼と書かれていたので、さすがにそれはマズイだろうと思って取り上げたことがあった。

そして今回の師子王であるが、これはけっこうヤバイと思う。わたくしの認識では師子王=仏である。別しては日蓮大聖人の御事に他ならない。

もっとも第九部長の文章では、大聖人様に忠誠を貫かれ云々とあるので、文脈上は大聖人と同一視することにはならないわけだが、それにしてもいかがなものかと思わざるを得ないところである。

師子王のごときお姿・・・

再掲であるが、ともかく大仰な表現であることは間違いない。

一番の悪は細井管長だった≠ニ知る
 正信会で32年、先生の大忠誠に平伏


六面右下、婦人部組長の記事だ。う〜ん、正信会じゃ仕方がないか、と思った。彼らは日顕上人を悪く言うが、日達上人を悪くは言わない。そこに三十二年いて、それから顕正会に入ってきたとすれば、上掲のようなことになって当然だかもしれない。

「顕正会は間違っていない」と調停勝利

七面下段、婦人部組長だ。

これは見出しがおかしい。まるで顕正会がらみの訴訟のように読めるが、実際は無関係だ。ただし、相手側が証拠品として顕正新聞を持ち出してきたそうなので、その意味では関係がないとも言えないが、しかし、訴訟の中身は土地の売却に関することである。

それにしても調停委員が言ったという、次のセリフが悩ましい。

 「原発廃止のために先頭に立ち、戦っている」

疑って掛かるのも失礼な話だが、しかし、何ともウソ臭い発言である。

最後に一面に戻って、日曜勤行の指導は省略させていただくとして、下段の記事に注目したい。

熊本会館 鉄骨組み上げ完了
 九州中央に700名収容の大法城


どうでもいいことだが、ちょっと気になったので指摘しておくと、記事には完成予想図が付されている。この完成予想図が疑問なのだ。いや、別に図そのものに疑問があるのではない。

なぜ鉄骨組み上げ完了の写真を掲載しなかったのか?

この点が疑問なのである。どうでもいいけれども、ちょっと気になるところだ。


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