2013/9/27

ギリギリの最終段階  
沖浦氏の疑問にお答えしよう。

 顕正会の方々の活動は存じません。
 私がこれだけネットで実名投稿しているのですから、顕正会の方々もご覧だと思えます。
 現在に至るまで、お一人の接触すらございません。


まず、一つには成果主義なるがゆえである。

沖浦氏ほどの難物もあるまい。ようはテゴワイのだ。すると、折伏してもムダだろう、沖浦氏を顕正会に引っ張ってくるのは不可能だ、時間のムダである、ならば相手にしないほうがいい、ということになる。

だらしがないようであるが、これが成果至上主義の顕正会における平均的な活動会員の思考だと思う。

もう一つの理由は、活動会員の絶対数が少ないゆえである。

最初の説明においても、もし活動会員の絶対数が多ければ、マレには物好き(?)な人もいるだろうから、あるいは沖浦氏にアプローチする人も出てくるかもしれない。しかし、絶対数が少ない。ゆえに、そういう人がいないのである。

そして前回も書いたように、今は訪問折伏が行なわれている。この場合、特に選り好みのようなことはしないはずで、もし白馬一帯を訪問折伏するとなれば、必然的に沖浦氏のところにも行くことになるだろう。しかし、いかんせん活動会員の絶対数が少ないので、今の段階では日本全国津々浦々というわけにはいかないのだ。

おおむね、こんなところだと思う。

二百万めざし いよいよ 大前進開始

さて、今日は遅ればせながら八月度総幹部会の話題を取り上げよう。上掲は顕正新聞第1286号の一面の大見出しである。

七月に百六十万を達成した。そこで次なる目標として掲げられたのが二百万であるが、わたくしはこれを何となく行き当たりばったりのように感じてならなかった。普通ならば百五十万達成時に掲げるべきだろう。まあ、しかし、これは前にも書いたのでこれくらいで終わりにしよう。

高濃度放射性汚染水の大量流出で危機的状況に陥っている「福島第1原発」

「キール海洋研究所」が公表した放射能汚染水の海洋拡散シミュレーション

二面から三面にかけて会長講演が載っているわけだが、そこに出ている福島原発の全景写真とキール研究所のシミュレーションがけっこう衝撃的である。

もし同じアングルから撮った事故前の写真があれば、その深刻さがわかることだろう。敷地内の山側にはタンクが無数に並んでいるのだ。たぶん事故前にはなかったはずで、事故後に汚染水を溜めるために急遽設置されたものである。いわゆる急ごしらえ・安普請ゆえであろうか、タンクから汚染水が漏れてしまったというのだ。

しかし、ここに錯覚がある。

ようは汚染水を海洋に漏らさないためにタンクを設けて貯留している。この努力は当然のことであるが、しかし、それとは別に汚染水は海に漏れ出しているのである。こんなことは誰が考えたってわかりそうなものだ。原子炉には穴が開いてしまって、核燃料が今どこにあるのかも定かではない。そこにひたすら水を掛けているのだ。いちおうは循環冷却という話になっているけれども、穴の開いた原子炉であるからして、完全無欠の循環が行なわれているわけではないのだ。そこで地下に溜まった汚染水を汲み出してタンクに貯留している。しかし、地下もまた完全無欠であるわけがない。何しろ地下水が流入してくるのである。ということは、それが今度は海に流出していると考えるが当然である。河川であれば、山から海に流れる。地下水も見えないだけであって、まったく同じ理屈なのだ。

いずれにしても、海洋流出を回避する目的でいちおうはタンクを設けている。地下から海洋に流出する分は見えないので、タンクを一生懸命こしらえることによって、何とか誤魔化してきた。しかし、そのタンクから漏洩してしまったならば、もはや話にならないだろう。

 これで福島の漁業は潰れますね。いや福島という小さな海域だけではない。太平洋が、世界の海が、汚染されていく。これが今回の重大さなのです。

会長講演である。この後、キール海洋研究所のシミュレーションについて言及しているが、掲載されている図画と併せて読むならば、深刻さがよくわかるところである。

だが、しかし、わたくしにはじゃっかんの疑問がある。

汚染の度合いは如何? ということである。

浅井先生の説明にしても、キール研究所の図画にしても、具体的な数字が示されていない。ようするに海洋に流出した放射性物質は合計三十兆ベクレルであると書かれているものの、それが太平洋ないし地球上のすべての海の、その海水量との比較において、どの程度の汚染度合いになるかが示されていないのだ。

あくまで当てずっぽうであるが、相当に希釈されてしまうのではないかと思う。ようは薄まってしまうということである。海はベラボウに広いのだ。

いや、もちろん、だから許されるとは思わない。また、海におけるホットスポットのような場所もあり得ることだし、魚種によっては放射能をたくさん吸収してしまうようなものも存在するかもしれない。延いてはそれが人間にも影響することになるのだ。

そんなわけで、オリンピックの招致は難しいと思われたが、結果は周知のごとくである。

ダラダラと書いてしまったが、会長講演に戻ろう。

放射能禍は現代の疫病

京都での講演に引き続き、三災七難における新解釈がここでも示された。これについては昨日の拙稿で書いたとおりであって、現時点ではまだそれほど深刻な健康被害が出ていないので、何とも言えないところだと思う。

悪性インフレは現代の穀貴

これはわりと批判が少ないと思う。法華講員でも創価学会員でも同様の解釈をするであろう。

だが、しかし、わたくしはこれこそ放射能問題とのカラミで、穀貴が事相となるかもしれないことを憂慮したいところである。先ほどの海洋汚染もしかり、あるいは地上に降り積もった放射性物質しかり、である。つまり、これらの汚染がもし深刻化すれば、自ずと安全な食料が手に入らなくなる。これこそ正真正銘の穀貴である。

 すでに大罰の時代に突入しており「国の壊れる音」が聞こえて来ますね。

わたくしはこれが気になった。こうしたフレーズは何か見本があるのだろうか?

え? 国の壊れる音が聞こえる? オマエは幻聴か?

こんなツッコミを入れたくなるところであるが、まあ、しかし、これはいわゆる文章表現であって、現実に浅井先生の耳に何かが鳴り響いているわけではないだろう。それにしてもスゴイ表現である。

ギリギリの最終段階

これも注目すべき表現である。今までも最終段階という表現は使っていた。しかし、ギリギリの最終段階は今回が初めてだろう。

そうすると、やはり先生の耳には国の壊れる音が轟音となって鳴り響いているのだろうか?

かく言うわたくしは鈍感なのか、そこまでの切迫感を持たない。いわゆる平和ボケなのだろうか?


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