2014/4/30

顕正新聞第1305号拾い読み  
つい先ほど、のび太氏よりコメントをたまわった。リンク先を拝見(拝聴)したが、音楽的素養のないわたくしにはさっぱりわからなかった。

さて、そこで今日は三月度総幹部会特集号の続きである。

第18女子部長(群馬)に○○さん
     2人の区長も抜擢さる


何の変哲もない人事発表である。だが、しかし、委細に見れば組織の実態が浮き彫りになってくる。

新任の第十八部長はなんと第十二部長兼任なのである。ようは他に相応しい人材がいないから、同じ人がいくつもの組織を掛け持ちしなければいけないことになる。そもそも前任の十八部長がどうしたのかも気になるところで、あるいは退転してしまった可能性も考えられる。

それから区長の人事だが、これもちょっとおかしい。北海道の第二区長に抜擢されたのは第十三女子部長なのである。女子部長は今まで区長を歴任し、そこでの実績が評価されて女子部長に昇格するものなのだ。その人が区長を兼任するということは、新しい人材が育っていないことを意味するのだろう。普通、抜擢と言えば、新しい人を起用するものである。しかし、相応しい人材が見当たらないので、女子部長が掛け持ちすることになった。これまた前任者の消息が気になるところである。

池田大作の元ゴーストライター
「顕正会には嘘がない」と感激の入会


婦人部総班長の活動報告の見出しである。顕正会にはウソがないそうなので、次のくだりも本当の話なのだろう。

 当時、池田大作の自宅には、一億円が入った段ボール箱が常時三箱は置いてあり・・・

凄い話だ。金庫でもあって、そこに札束が詰められているのならばまだしも、ダンボールに入っているとは驚きだ。

それはともかく、次のくだりが疑問である。

 佐村河内守のゴーストライター問題が世間を賑わせていますが、池田大作のゴーストライターだった○○さんの入会によって、学会に激震が走ること疑いなく・・・

残念ながら創価学会に激震は走らないだろう。もはや創価学会員はこの手の話に慣れっこになっていて、ちょっとやそっとのことでは微動もしない。ましてやゴーストライターのことは以前から取り沙汰されているはずで、おそらくは数多の創価学会批判の本に書かれていることではないかと思う。

妙信講時代の同志が続々と戦列復帰
 元公明党顧問弁護士もついに入会


この第十五男子部長の活動報告が興味深かった。それも元顧問弁護士の話ではなく、約三十年ぶりに戦列に復帰した婦人の話が注目されるところである。

先生から頂いた数多くのお手紙を、今でも大切に保管している・・・

これは貴重だ。具体的には何通あるのか、そしてどのような文面なのか、誰もが気になるところである。

また、妙信講関連ではもう一つ、別の登壇がある。

95歳「赤白端正」素晴らしい相に驚嘆
 発足以来 先生に付き切り御奉公


亡くなった人は顕正会で長らく理事を務めていた。ゆえに最近の若い会員はともかく、ある程度の古い会員たちには馴染みのある存在だったかもしれない。

 のちに義父は本部参与となり、平成一七年に本部参与制度が廃止された際、先生より
 「これからも生涯現役として、広宣流布をめざしてしっかりと戦ってほしい」
 とのお言葉を頂き、「生涯現役」の四文字に熱く奮い立ち、八八歳の時には有難くも壮年部の集会で登壇もさせて頂きました。


今から七年前になるのだろうか、実はこの時の登壇を拙ブログで取り上げたことがある。なぜか年数にじゃっかんのズレがあるけれども、間違いなく同一人物である。

http://white.ap.teacup.com/ganko/207.html

多くは語るまい。

2014/4/27

一ヶ月遅れの会長講演批評  
各方面よりコメントを頂戴し、まことにありがたく存じます。九字九尊について、あるいは台鉋のご教示、まことにありがとうございます。また沖浦氏からは継続的なご投稿を頂戴しており、感謝の言葉もありません。

といったところで、普段の文体に戻そう。

顕正新聞第1305号はすなわち三月度総幹部会特集号である。同集会は三月二十六日に行なわれているので、丸一ヶ月が経過したことになる。拙ブログの愛読者ならば驚きもしないだろうが、今日はこれを取り上げたいと思う。

福運尽きた日本はいよいよ八方塞がりに

一面の大見出しである。そしてこれが二面から四面にかけて掲載されている会長講演の要旨でもある。

一ヶ月遅れで取り上げるのは一種の時間差攻撃である。浅井先生の予言・・・いや、予言は正確ではないのだが、俗に予言としておこう・・・これがいかにデタラメであるかを論証するためにはある程度の時間が必要である。たぶん一ヶ月もすれば状況が変わるので、そこで取り上げればわかりやすいだろうと考えたのだ。

いや、もちろん、これはウソである。

前回までの拙稿をご覧になっていた人はよくおわかりだと思うが、このところは教学上の問題をあれこれと書いていた。沖浦氏をはじめとして、その手の話題を持ち込んでくる人が次から次にあらわれるので、その対応に専念していたのだ。ゆえに、もし仮にそういう人たちがいなければ、とっくの昔に三月度総幹部会の話題を取り上げていただろう。何も意図的に一ヶ月遅れで書いているわけではないのである。その時の状況次第ということだ。

ともかく一ヶ月が経過した。

そこで三月度総幹部会の会長講演を振り返ると、案外に先生の言っていることは正しかったようである。案外に・・・などと書くとぶっ飛ばされそうだが、今までの経験則からすれば先生の言っていることは外れる確率が高いのだ。しかし、今回は違った。

 ロシアはソチオリンピックの閉幕を待っていたかのように、突如、ウクライナ南部のクリミア半島に事実上の軍隊を送ってこれを制圧した。そしてクリミアの住民投票という手続きを踏ませたうえで、クリミア半島をロシア領に編入した。まことにあっという間の電光石火の早業であります。

この話題はわたくし自身が以前に取り上げたことである。先生は日本包囲網を云々していた。わたくしはむしろロシア包囲網が形成されつつあるのではないかと書いたのだった。

浅井先生は変毒為薬よろしく、同じ事象をまるで違った角度から取り上げている。ようは自説を微妙に修正しつつも、あくまで自分に都合よく解釈しているのだ。

浮提大闘諍の予兆始まる

ようするに今のウクライナ情勢の緊迫度を見るに、これこそが一閻浮提の大闘諍の始まりであると、いや、ここも正確には大闘諍の始まりではなく大闘諍の予兆が始まったという微妙な表現なのであるが、ともかく一月二月に言っていた日本包囲網をここでは伏せておいて、ご覧のごとく言っているわけである。うまいものだ。

この問題にしても、わたくしは一ヶ月もすれば状況が変わると思っていた。ロシアだって、いつまでも強硬姿勢でいるわけがない、押したり引いたりを繰り返して徐々に自国に有利な状況を作り上げて行くのがうまいやり方のはずである。ところがウクライナはこの一ヶ月間ずっと緊張状態が続いており、直近のニュースでも欧米諸国がロシアに対して制裁措置を取るだの何だのと報道している有様である。逆に言うと、ロシアは依然として強硬姿勢を崩していない、今もなおプーチンは強気なのだ。

この意味で、一ヶ月前の会長講演は今も有効である。あるいは半年後、さらには一年後も同様だかもしれない。

わたくし自身は遠い外国のことであるから実感が薄い。たぶん多くの日本人がそうであろうし、顕正会員も大差ないだろう。しかし、浅井先生は違うのだ。

 そしてウクライナ問題でアメリカが欧州に力を注げば、自ずと東アジアが手薄になり、中国の対日攻勢は容易になる。だからウクライナ問題は対岸の火事ではないのであります。

なるほど、うまいものだ。

単純思考の顕正会員は誤解するかもしれないので少し敷衍しておくが、アメリカの軍隊が欧州に出掛けて行って日本の防衛が手薄になる、そこを中国が攻めて来る、などと想像するのは間違いである。
ロシアが強気なのは曲がりなりにも合法的にことを進めているからである。クリミアにしても武力侵攻したわけではない。ウクライナが緊張状態にあるのは親ロシアの勢力が不穏な動きを見せているからであり、結局、それらの勢力を裏で操っているのがロシアであろうことは見え見えであるものの、表には出てこない。だから厄介なのだ。
これは中国にとって、ひじょうによいお手本なのである。中国だって馬鹿じゃない。日本を軍事的に攻めるのはよほどの大義名分がなければ無理である。ゆえに具体的なシナリオとしては武力侵攻を想像するのではなく、もっとテクニカルなシナリオを思い描くべきなのだ。

ウクライナ国内で親露と反露のせめぎ合いがある。これはまさに自界叛逆の姿である。しかし、仮に日本が親中と反中で対立するとしても、荒っぽいことは起こらない。今の成熟した日本においては、そういう事態は想定し難いことだ。もっとも成熟ではなく単なる腑抜けなのかもしれないが・・・

それはともかく、たとえば沖縄において、琉球王国独立を主張する人たちがいる。その底意に何があるのか知らないが、もし県民の大多数がそれに賛成すれば実現するかもしれない。その上で、もし仮に中国が乗り込んできたらどうなるだろうか?

すでに琉球は日本ではないのだ。独立国なのである。ゆえに中国が武力侵攻したとしても、日本は無関係である。琉球は日本ではなく、外国だからである。極論すれば遠いクリミアと同じなのだ。

ようするに尖閣問題にしても、そこが日本の領土だから譲れないのだ。いわんや沖縄をやである。それが独立国となれば話が違ってくる。

つまり、中国が日本を武力で攻めることはひじょうに困難であるが、何かしらの高等手段を用いて同様の成果を得ることは充分にあり得ることである。その見本と言うべきかあるいは手本と言うべきか、それが今のロシアとウクライナの関係なのである。

以上、浅井先生の言う対岸の火事ではないは、まさにそのとおりである。

日本の核武装への疑念

わたくしは先ほど、日本包囲網のことで浅井先生を批判した。日本よりもロシアだろうが、ということだった。

しかし、上掲の見出し以降の論述は日本包囲網の延長線上にある話だ。

端折ってしまおう。中国が日本の核武装を批判するのは理の当然というか、ともかく日本のやることなすことにイチャモンをつけるのが今の中国なのである。しかし、今はアメリカまでもが懸念を持ち始めたのだ。ようするに日本の右傾化が著しいので、そこに脅威を感じているのだ。何しろ日本は技術大国である。その気になれば、あっという間に高性能の核兵器を作ることができるだろう。

ところで、先日までアメリカの大統領が来日していた。わたくしはこのことでも浅井先生を批判した。日米に深刻な亀裂があれば、来日は実現しないはずだと。

ただし、じゃっかんの修正を書いておこう。

今の安倍総理は演出がうまい。前の時の失敗を教訓にしてのことか、ともかくうまいのだ。メディアコントロールもうまい。つまり、今回のオバマ来日も演出の一環なのだ。日米関係がひじょうに良好であることを、うまい具合に印象付けることに成功した。見事な演出力である。

浅井先生の言っていることはたいていが大袈裟である。日米関係の亀裂しかり、そして今回の冒頭に掲げた文句もしかりである。再掲しよう。

福運尽きた日本はいよいよ八方塞がりに

これも大袈裟だとは思うのだが、ただし、今の段階でもっとも気になるのは経済問題である。メディアコントロールのゆえか、今のところ悪いデータは出てこない。消費増税後の景気悪化を懸念する識者は少なくなかったけれども、一ヶ月経った今の段階では特に目立った発言が見られない。もちろん、もう少し時間が必要なのだろう。

いずれにしても安倍政権のいわゆるアベノミクスが演出による見せ掛けだけの景気であれば、そのツケはとてつもなくデカイだろう。何となく空恐ろしい気がしてきた。

2014/4/23

御書研究の一局面  
沖浦氏より懇切丁寧なるご教示をたまわった。おっしゃりたいことはわかるし、確かにその線に沿った理路整然たる論説であることは間違いなかろう。しかし、騙されないぞ、というのがわたくしの結論である。

その前に、円釈氏にご挨拶申し上げておこう。リンク先を拝見した。これは一筋縄ではいかないと思った。もっと直截に言えば、厄介な人がお出ましになった、ということだ。ともかく記事の分量が多いので、今は何とも申し上げられないところである。ゆえに、ある程度読み込んだ段階で、わたくしなりの感想を書こうかとも思っているが、それがいつになるかはまったくの未定である。

さて、話を戻そう。

 『南無妙法蓮華経
御義口伝に云く南無とは梵語なり此には帰命と云う、人法之れ有り人とは釈尊に帰命し奉るなり法とは法華経に帰命し奉るなり又帰と云うは迹門不変真如の理に帰するなり命とは本門随縁真如の智に命くなり帰命とは南無妙法蓮華経是なり、釈に云く随縁不変一念寂照と、又帰とは我等が色法なり命とは我等が心法なり色心不二なるを一極と云うなり、釈に云く一極に帰せしむ故に仏乗と云うと、又云く南無妙法蓮華経の南無とは梵語妙法蓮華経は漢語なり梵漢共時に南無妙法蓮華経と云うなり、又云く梵語には薩達磨芬陀梨伽蘇多覧と云う此には妙法蓮華経と云うなり、薩は妙なり、達磨は法なり、芬陀梨伽は蓮華なり蘇多覧は経なり、九字は九尊の仏体なり九界即仏界の表示なり、妙とは法性なり法とは無明なり無明法性一体なるを妙法と云うなり蓮華とは因果の二法なり是又因果一体なり経とは一切衆生の言語音声を経と云うなり、釈に云く声仏事を為す之を名けて経と為すと、或は三世常恒なるを経と云うなり、法界は妙法なり法界は蓮華なり法界は経なり蓮華とは八葉九尊の仏体なり能く能く之を思う可し已上。』
 (御義口伝)

 長くなりましたが、切文批判を避けるためです。
 ご賢察下さいませ。


いきなり御義口伝の冒頭の一段を貼り付けてきた。そして具体的な説明は以下のごとくである。

 この部分が引用したいところです。

 『経とは一切衆生の言語音声を経と云うなり、釈に云く声仏事を為す之を名けて経と為すと、』

 言語音声とは、行の部分です。
 どう言う経文でも、人が唱えないなら経ではありません。

 大聖人が明確に言われています。
 御本尊は有情と非情に分けると、非情に含まれます。
 
 『法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり、』
 (木絵二像開眼之事)

 御本尊は私どもが前にいて唱題して、初めて仏としての力用を備えます。
 この御書にある通りですよ。
 唱題する人がいないなら、只の物です。
 
 『然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、』
 (諸法実相抄)

 この御文も同じ事を示してありますね。
 衆生がいなくて、経を唱えないなら、どう言う仏像も只の物です。

 御本尊と言う仏像は、私共が唱題して初めて仏としての作用が出ます。

 ご理解出来ますか?


本題に入る前に聞いてみたいことがある。

九字は九尊の仏体・・・

これがよくわからなかった。九字とは具体的にどこの文字を指して九字と仰せられているのか、それがまったくわからないのである。題目はいわゆる五字七字である。これを梵語に直すと、冒頭の引用のごとく、十文字なのだ。何度も確認したが間違いない。逆に言うと、大聖人が御間違えになられているのではないかと思うのだが、それともわたくしのほうが何か重大な錯覚をしているのだろうか?

それはともかく話を進めよう。わたくしは次の一文に注目した。

九界即仏界の表示・・・

経は仏の説法を言語化したものである。ゆえに本来、一切衆生の言語音声が経であるというのは間違いのはずであるが、九界即仏界の上から言えば正しい。この意味で沖浦氏の引用はお見事だ。

しかし、徐々に馬脚をあらわす。

 『法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり、』
 (木絵二像開眼之事)

 御本尊は私どもが前にいて唱題して、初めて仏としての力用を備えます。
 この御書にある通りですよ。
 唱題する人がいないなら、只の物です。


余計なことを書かなければいいのにと思う。

当該御書は文字通り開眼について論じられたものである。沖浦氏の言い様では、自分たちでも本尊を開眼することができそうである。しかし、そんなことはあるまい。

法華を心得たる人、木絵二像を開眼供養せざれば、家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し。

ここは法華講員の得意中の得意とする分野かと思うが、わたくしはもう少し手前の初歩的な意味において、沖浦氏の間違いを指摘しておきたい。

滅せる梵音声、かへて形をあらはして、文字と成りて衆生を利益するなり。

仏には三十二相がある。仏師は仏像を彫る時、この三十二相をどのように表現するかに腐心する。しかし、梵音声の一相だけはどうやっても表現することができない。そこで梵音声の代替として仏像の前に経典を置くのだ。それでいちおう三十二相具足の仏となるわけである。

つまり、ここでの経典は一切衆生の言語音声のことではなく、仏の梵音声を意味するわけである。ならば、自分たちが唱題することによって仏の力用を備えるなどという話とは違うだろう。何しろ文字となって衆生を利益すると仰せられるのだ。利益する側は仏である。

すると、次の引用は支離滅裂である。

 『然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、』
 (諸法実相抄)


難しい御書なのでウカツなことは言えないが、少なくとも木絵二像開眼の事とは相容れないだろう。

ちなみに沖浦氏は百も承知だろうが、御義口伝には次のような一文がある。

末法の仏とは凡夫なり、凡夫僧なり。

この凡夫僧とは日蓮大聖人の御事である。たぶん創価学会でも同じ見解のはずであるが、もしそうであれば諸法実相抄のくだんの御文は暗に大聖人御自身を示していると拝するべきかもしれない。

以上、沖浦氏が今回持ち出してきた三つの御書は、自説に都合よく引用したつもりのようだが、実際は支離滅裂である。御義口伝と諸法実相抄はそこそこ整合性があるものの、木絵二像開眼の事はまるで不整合である。やめときゃよかったのに、ということだ。

2014/4/22

観念のお遊戯  
前回の拙稿は創価学会員からの反発を呼んだ。当然ではある。

しかし、わたくしの言っていることに正面から答えているものは見当たらない。

板曼荼羅にこだわらないのは結構である。ようはその人の勝手である。では、紙幅の曼荼羅にこだわるのはなぜなのか、ということなのだ。

一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり。当世の習ひそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり。

草木成仏口決の有名な御文である。上智大学の名誉教授がどれほど偉いか知らないが、大聖人の御眼からすれば習い損ないの学者に過ぎない。また、当該御書の中ごろには、次のような一節がある。

口決に云はく「草にも木にも成る仏なり」云云。此の意は、草木にも成り給へる寿量品の釈尊なり。

つまり、板の曼荼羅も紙幅の曼荼羅も同じなのだ。あるいは石も同じであるし、もしかしたらその他の材質でも構わないかもしれない。

上智大学のくだんの名誉教授は、池田大作氏を褒めているようでいて、実は痛烈に批判しているのである。それはそうだろう。彼は曲がりなりにも大学教授なのだ。板の曼荼羅には批判的だが紙幅の曼荼羅には肯定的だなどという、そんな不合理な考え方をするはずがあるまい。

んっ?氏によれば、わたくしは生死一大事血脈抄が理解できていないとのことだが、確かに氏のコメントは難解で理解し切れていないのは事実である。しかし、上述のことは誰が考えたって同じ結論になるはずだ。

それはともかく、

台鉋が鎌倉時代まで遡れるのかを立証しなければ
何故,態々凸凹に仕上げる必要があるのかを考えなければならなくなる。


これがよくわからなかった。たぶん沖浦氏もわかっていないと思うので、もう少し噛み砕いて説明していただければと思う。

学会未活動者氏は失礼ながらクドイ。あるいはわたくしを危険な領域に誘い込もうとしているのかもしれないが、いや、もちろん、それでも一向に構わないのだが、知らないことは書けないし、書いたとしても底が知れているので、結局は読者がつまらない思いをすることになるだけなのだ。そこをぜひともご理解いただきたいものである。

大聖人直筆の他の板本尊を戒壇様と比較すれば良いとの考えですが、「伝日蓮作」の板本尊は戒壇様以外だと柴又のお寺の帝釈天本尊とか小野寺某氏が相伝?した本因妙本尊位でしょうか?
これで果たして比較検討出来るでしょうか?(しかも全て「後世作」の疑い付き)


だから、これは誤解である。拙稿をちゃんと読んでいただければわかるはずであるが、いわゆる(伝)ではなく由緒正しい板御本尊が複数存在すれば比較検討が可能になるという話である。ゆえにナイモノネダリと書いたのだ。

小野寺某氏の本因妙本尊はかつて妙信講と法論になるはずでしたが、お互い?に逃げた?状況になっています。が、本当に本因妙本尊の真偽を決するのはやはり第三者の鑑定などではないでしょうか?(小野寺某氏もそれなりの反論や謂れなど持っているだろうから)
しかし、今の状況では小野寺某氏に鑑定を迫っても「自分のところはどうなのだ?自分には甘いのだね?」と一蹴される?かもですね?


これはずいぶん前のことなので、話が正確には伝わっていないような気がする。かく言うわたくしも知悉しているわけではない。

「自分のところはどうなのだ?自分には甘いのだね?」

これはなかなか鋭い突っ込みである。ただし、当時の小野寺氏は信者獲得のために狂奔していたと書けば大袈裟だろうけれども、宣伝のために著書に自分のところの本尊を掲載したりもしていたようである。

ゆえに浅井先生は叱呵痴犬抄の中で次のごとく破折している。

 破して云く、小野寺は贋造本尊を見せ物のごとくしているが、大聖人の御本尊は本来謗法者の眼にふれさせるべきものではない。ゆえに阿仏房御書には「子にあらずんばゆづる事なかれ、信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ」と誡め給い・・・

痛烈な破折である。

正本堂の完工式にローマ法王庁の神父や安斉伸師云々の件は戦前の阿部日正師、下山日布師、堀日亨師らが他宗(特に日蓮宗)との交流の引き続きみたいな感じで、宗門も深く考えて無かった?と思います。

確かにこの辺は微妙なところだろう。

個人的考えですが、池田先生や執行部は松本勝弥氏の「板まんだら」裁判以降から教義や戒壇様に疑問を持って内々に研究されたのでは?と思います。ただ、現在は会員の混乱や立場上もあり匂わす?程度しか言えないのでは?(せいぜい金原明彦氏の著書の黙認?位では?)

これは個人的と断ってはいるものの、蓋然性の高い話だと思う。ようは同じように考えている人がけっこういるということだ。

いずれにしろ、戒壇様を一般や他宗に「世界最高の本尊、他の本尊はまがい物」と主張しますが
「じゃ見せて下さい」と言っても「そんな恐れ多い!御本仏日蓮大聖人のお体を拝見するなど!罰当たり者が!」で終了。じゃ見せられないのなら「世界最高の本尊」と上から目線?で押し付けるなよ!となります。


まあ、それはそうだ。

まるで成分、効能などの検査を拒否している薬を効能書きだけで服用進めるみたいじゃないですか?

だからこれは先日から言っているように、国家的な戒壇に安置する本尊であれば国家の厳正なる審査が求められる、ということだと思う。

あと、柴又の方は「あれほど」映画で有名?になった帝釈天本尊ですが、普通の寺院らしいお堂に御祭りされ、大石寺の正本堂や奉安堂のように、「信者の巨額のご供養で立てた巨大建設物」と違いこじんまり?のお堂で好感持てます。(しかも帝釈天本尊はTVで放送された事がある!)

これはまさに個人的感想である。わたくし自身は柴又の帝釈天のことを知らないので、感想を述べようがない。

さて、沖浦氏であるが、最初のコメントはどうやら拙稿を理解せずに書いているようなので、却下である。

 日蓮正宗教学の一番駄目な所は、

 御本尊が法華経だと勘違いしていることです。

 そう言う御書はございません。

 経とは人の声、更には行動です。

 南無妙法蓮華経の本体である、私共が社会で行動する。
 その行動の羅針盤とも言える、価値判断の基準が大聖人思想になった時、法華経が広まったと言います。

 御書にはそう書いてあります。


これも却下である。御書に書いてあるなら、それを引用すべきである。

御本尊=法華経

これはたぶん現在の創価学会教学でも言っていることだと思うのだが、実際はどうなのだろうか?

もし言っているとすれば、沖浦氏は創価学会の中の異端者という位置づけになる。

ちなみに、御本尊イコール法華経だけでは誤解を生じかねないのでもう少し説明しておくと、大聖人は法華経第一を唱えられた、念仏ではなく法華経を信仰せよと、これはいわゆる権実相対である。そして有名な余経も法華経も詮無しとの御指南はいわゆる種脱相対である。これらの整合性が理解できないとわけがわからなくなる。法華経第一と言いながら、一方では法華経詮無しと言うのだ。つまり、大聖人の仰せられる法華経とは文底下種の法華経であり、文底下種の法華経とは大曼荼羅御本尊のことを意味するわけである。

たぶん、この点は今の創価学会もほぼ同様の見解だろう。

2014/4/21

燕雀の叫び  
沖浦氏の大胆不敵なコメントを読んで、黙っているわけにはいかない。そこで今日はまず、顕正会の公式ホームページから、いわゆる平成十六年の諫暁書を引用したい。

本門戒壇の大御本尊を蔑如

この見出しに続いて、本文は次のごとくである。

 誑惑不浄の正本堂に戒壇の大御本尊を居え奉るほどの池田大作であるから、戒壇の大御本尊への信は始めからなかったものと思われる。
 池田が、正本堂の完工式にローマ法王庁の神父二人を招いたことは前に述べたが、驚くべきは、彼はこの招待工作を、正本堂完工の数年前から行なっていたことだ。そのルートは、ローマ法王庁の「信徒評議会」の評議員であり、上智大学名誉教授の安斉伸であった。


池田氏は戒壇の大御本尊を最初から信じていなかった・・・

これが本当かどうかは議論の余地があるけれども、後に信心を失っていったのは事実だろう。なお、誑惑不浄の正本堂云々は一種の決めつけであり、必ずしも正確ではない。現に妙信講だって正本堂にまします戒壇の大御本尊への参詣を願い出たくらいである。さらに話がややこしくなるのを承知で書けば、正本堂の完工式にキリスト教の神父を招いた件については、かつて宗門でも正当化の主張をしていたことがある。当時は宗門と創価学会が一体だった。ゆえに創価学会を庇ったのだろう。

次がいよいよ本番だ。沖浦氏にはよく読んでいただきたいものである。

 池田は初めて安斉伸と会った際、ローマ法王庁への諂いを込めて、戒壇の大御本尊にこだわらない℃|を伝えている。しかも池田はこれを喜んだ安斉が後日、学会の山崎尚見副会長に述べたという言葉を、自ら自慢げに学会幹部会で発表している。
 「名誉会長と初めてお会いした時のことは、いまだに忘れることはできません。(中略)名誉会長が、永遠の根源を求めておられ、板漫荼羅に偏狭にこだわっておられないことに、非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た思いでした。以来、学会への協力を決意し、今日にいたっております」(聖教新聞・平成5・5・5)と。
 なんとローマ法王庁・信徒評議会議員に、「戒壇の大御本尊にこだわっていない」ことを、ほめられているのである。
 「法華経より外に仏に成る道はなしと強盛に信ずる」(撰時抄)を法華経を信ずるとはいうのである。この仰せに準ずれば
 戒壇の大御本尊より外に仏に成る道はなしと強盛に信ずるを、はじめて戒壇の大御本尊を信ずる、とはいうのである。しかるに池田大作は「偏狭にこだわらない」という。これ、戒壇の大御本尊を信じていない証拠である。


もはや説明の必要はないだろう。

諸般の事情からして宗門と顕正会が一致結束することはあり得ないけれども、この件に関しては完全に一致している。だったら仲直りすればいいものをと思うのだが、なかなかそうもいかないようである。

そして以下が本件の締め括りの一段である。

 ゆえに池田は、学会版経本の観念文および改訂した創価学会会則から、「本門戒壇の大御本尊」の九文字を、故意に削除してしまった。池田のこの大謗法の悪念に引きずられて、いま多くの学会員は、恐れげもなく戒壇の大御本尊を蔑り謗っているではないか。成仏の道をふみはずすこと、これより大なるはない。

多くの創価学会員が恐れげもなく戒壇の大御本尊を蔑り謗っている・・・

これは平成十六年の記述である。あれから十年が経過するわけだが、たぶん創価学会の首脳部もバカではないので、急激な変化は会員に動揺を来たすと考えたのだろう。わたくしの見るところ、創価学会はまだ戒壇の大御本尊を完全否定するには至っていないし、一部の会員を除けばそれほど過激な発言は見られない。

もっとも、これはわたくしの認識・評価が甘すぎるだけのことであって、実際は違うのかもしれない。だとすれば、上掲のごとく十年前に明確に指摘している意味において、平成十六年の諫暁書は重要である。浅井先生の観察眼が正しかったということだ。

いずれにしても沖浦氏はお先棒を担いでいることに気がつかねばなるまい。自ら率先して担いでいるとしたら、それも浅ましいことであるが、まるで自覚もなしに担いでいるとしたら、これほど浅ましいこともあるまい。ようは担いでいるのではなく担がされているのだ。沖浦氏らしくもない。

さて、諫暁書で引用している部分と沖浦氏が引用している部分は少し異なっていて、後者には「久遠元初の法」という言葉が出てくる。これが悩ましい。

たった今、創価学会の公式サイトで御書検索をしたら、この久遠元初は御相伝書にしか出てこない言葉なのだ。すなわち百六箇抄と本因妙抄である。

それはともかく、わたくしには素朴な疑問がある。

・創価学会の会館には曼荼羅御本尊が安置されているが、これは何なのだろうか?

・創価学会員の家にも曼荼羅御本尊が安置されているが、これは何なのだろうか?

・しかもそれが日寛上人書写の御本尊だという。これはいったい何なのだろうか?


池田氏は久遠元初の法などと気取ったことを言う。しかし、現実はご覧のとおりである。

こうして見ると、くだんの大学教授も大したことがないというか、いわば創価学会の提灯持ちに成り下がったようなアンバイである。アンザイ教授ならぬアンバイ教授だ。

ようするに、もしアンザイ教授が公平な立場で論じているのであれば、板曼荼羅だけではなく紙幅曼荼羅にもこだわるべきではないことを言わなければいけない。板曼荼羅はダメで紙幅曼荼羅はオッケー? そんなわけがなかろう。

そもそもがこうした記事を載せること自体が支離滅裂なのだ。悩乱している証拠である。

思えば創価学会が独自に本尊下付を開始したのがこの平成五年だった。ここに創価学会首脳部の苦悩が垣間見えるわけである。板曼荼羅との決別を正当化するために、外部の大学教授の発言を持ち出したものの、同じ刀で自分たちも一緒に斬られてしまっている。もし、このことに気がついていないとしたら、オオバカヤロウもいいところである。

久遠元初の法は、まあ、言葉としてはそれほど違和感がないというか、ひじょうに耳障りのよい表現ではあるけれども、その実体を尋ねるならば、行き着くところは大曼荼羅御本尊であり、別して申し上げれば本門戒壇の大御本尊に到達するわけである。

それ以外に何があると言うのだろうか?

もしアンザイ教授の発言を是とするのであれば、いずれは紙幅曼荼羅も撤廃することにならざるを得ないだろう。しかし、わたくしの見るところ、創価学会がそこまで行くにはまだかなりの時間を要するはずである。というか、たぶん現状ではそのような方向には進まないだろう。ある意味、それは過去の全否定であり、自殺行為に等しいからである。

2014/4/20

燕雀の志  
昨日の沖浦氏のコメントはほぼ百点満点と言ってもいいだろう。少しばかり長いので引用は控えるが、考え方としてはそれでいいと思う。

大聖人の御真筆御本尊は現存するもので百数十ほどあるとされている。今後、新発見の御真筆が出てくるかどうか、わたくしはこの手の情報に疎いのでまるで見当もつかないが、たぶんそれほど大量には出てこないだろう。あるいは現在、すでに偽筆であることが確定しているものがどれくらい存在するのか、こうした情報もわたくしはまったく知らない。

ここに偽筆であると確定している御本尊があるとする。そもそも、それがなぜに偽筆であると確定したのかと言えば、たぶんそこには種々雑多の理由があるのだろうけれども、最大の根拠となるのは現存する御真筆御本尊との比較検討の結果なのだろう。
同様の意味で、ここに新発見の御本尊があるとすれば、それは既存の百数十の御本尊群との比較検討の上で、真筆か否かを判断することになる。
では、戒壇の大御本尊の場合はどうか、ということが一つの大きな課題となる。はたして同様の手法が使えるのかという問題だ。

実際、巷間に出回っている戒壇本尊の画像を用いて、あれこれ考察を試みている人がいるのは事実だ。もちろん、それも意味がないわけではないが、ようは紙幅の御本尊と板御本尊ではかなり様子が違うので、その比較検討だけでは決定打にはならないのではないかと思う。

ゆえにナイモノネダリを承知しつつも、もし大聖人の残された板御本尊がたくさん存在すればよかったのにと思う。それらとの比較検討によって戒壇本尊の真偽がわかるからだ。

ただし、彫刻師によって、あるいは相当の差異が生じるかもしれないので、彫刻師が複数いるとすれば、余計に鑑定が難しくなる可能性もある。

そこでもう一つの比較材料が出現する。日達上人の仰せられたチョウナ云々だ。

わたくしは思う。もし戒壇本尊がチョウナで削られたものであり、他の板本尊がカンナで削られたものだとしたら、他の御本尊のほうがグレードが高いことになりはしないかと。

当時のカンナはヤリガンナと呼ばれるものであるが、チョウナが荒削りだとすればヤリガンナは仕上げに使われるものである。ゆえに日達上人のおっしゃることはおかしいのだ。昨日、木工の専門家ではないから事実誤認をされているという意味を書いたのは、まさにこのためである。

まあ、しかし、今の話は大聖人の時代に板御本尊がたくさん存在すればという仮定の上で論じていることなので、実はまったくの無意味である。現状、戒壇の大御本尊以外には存在しないのだから、ようは比較検討の仕様がないのだ。鑑定の方法論が確立していないゆえんである。

さて、少し余談というか、わたくしの疑問を書いておきたい。

偽筆と確定した御本尊がいくつあるか知らないと書いたが、おそらくはたくさんあるのだろう。その偽筆御本尊群の中に、実は真筆も紛れているのではないか、それについて再鑑定されることはないのだろうか、という疑問がわたくしにはある。冤罪事件みたいなものだ。
その寺院にとっては寺宝である。それが偽筆と言われたら堪らない。ゆえに再鑑定を求めるみたいな、まるで裁判の再審請求みたいなことはないのだろうか?
ここはまさに信仰と学問との境界線の問題だとか、あるいは利害関係者の損得勘定みたいな嫌らしさなど、さまざまな要素が絡み合っていてひじょうに難しい。

もう一つ、上述に関連する疑問として、たとえば大聖人の御書で御真蹟は残っていないが日興上人の写本が残っているものがたくさんある。本尊問答抄などが代表格だろうか?
まさかこれを偽書だと主張する人はおるまいが、ならば同様のことが御本尊にも当てはまるのではないかと思うのだが、いかがだろうか?
ようするに大聖人の御真筆御本尊を臨写ないし模写したものが残っていて、その後、原本であるところの御真筆御本尊が失われてしまったというケースである。偽筆御本尊とされているものの中に、この手の御本尊があるのではないか、こうした研究はどこまで進んでいるのだろうか、というのがわたくしの疑問である。

御本尊のことはわからないが、御書について言えば、わたくしがいわゆる真蹟主義を採らないのは上述のような理由からである。真蹟だけを頼りに研究するのは、一見すると学問的に正しいようでいて、必ずしもそうではないのだ。大聖人の仏法をかなり狭めている。いわゆる矮小化である。

さて、学会未活動者氏にもお返事申し上げねばなるまい。

法華講の樋田氏は「鑑定など御本仏のお体を調べるなど恐れ多い!」と主張しています。

これは当然のことであって、宗門が鑑定に消極的である以上、樋田氏の立場としては滅多なことは言えないだろう。また、わたくし自身も鑑定については積極的には賛成しない。その理由はご存知のごとく、阿仏房御書の御指南に基づくものである。

子にあらずんばゆづる事なかれ。信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ。

信心強盛でなければ見せてはいけないのだ。

沖浦氏も言っているように、鑑定というのは利害関係に与らない公平な立場の第三者が行なうべきものである。しかし、大聖人の御金言を重んじるならば、そういう人には見せちゃいけないのである。うまい逃げ口上のようだが、大聖人がおっしゃっている以上、守らなければいけない。

ただし、前回も書いたように、国家的に建立される本門戒壇に安置すべき本尊がニセモノだったら困るだろう、だから鑑定が必要なのであると、おそらくはこのように言い続ける人が必ずいるはずだ。たとえその人を抹殺したとしても、その後も同様の主張をする人が必ず出て来るはずである。言論を封殺することはできない。ゆえにそのような人たちをどうやって説得するかという課題が残るのは事実である。

2014/4/19

燕雀のタワゴト  
それほど難しい諺ではないと思うが、ある意味、運用方法が難しいということなのかもしれない。

他人をやたらめったら馬鹿呼ばわりする人がいる。これはテレビの悪影響かもしれない。何しろテレビを見ないわたくしでさえ、お笑い芸人あたりが相方をバカだのアホだのと罵っているシーンが思い浮かんでくるくらいだから、たぶんテレビの世界では日常茶飯のことなのだろう。この影響はとてつもなくデカイはずだ。

「小物のくせに、大物の思考を(意味も理解できずに)褒めてバッカじゃねぇの」

けれども、ユタ氏のおっしゃるバッカは例の諺を敷衍したものであるから、そこらのお笑い芸人の言っていることとは違う。ようは教養に裏打ちされている言葉なのだ。

教養に裏打ちされている・・・

実はこれが案外にクセモノであって、それが本物の教養なのかどうかもアヤシイし、さらにそれが適切な運用なのかどうかもわからないのだ。ようするに、わたくしが燕雀で先方が鴻鵠であると誰が判定するのか、という問題がある。判定者も相当の人物でないといけないはずなのだ。結局、わたくしも含めての話だが、そうした諺だとかあるいはその他もろもろの教養を自己都合で振り回している、それが実態なのではないかと思うのだ。

その意味では次のようなコメントがいちばんマトモなのだろう。

2014/4/18 0:56
投稿者:mr.x
何を書くのも誰になにを言われようが巌虎さんの勝手で
かまわないと思いますが、せっかくですから大聖人様の
ありがたさや尊さも書いてはどうかと思います


結局、拙ブログは御書を多用しているけれども、大聖人のありがたさや尊さについて云々する機会はほとんどない。まさに自分の興味・関心に基づいて書いているわけで、それはもちろんわたくしの自由ではあるのだが、しかし、信仰者としてはどうかという疑問が付きまとうわけだ。ゆえに趣味の仏法だと言われたりもするのだ。

そこで冒頭の話に戻ると、何を隠そう、実はわたくし自身が同じことを内心で叫んでいるのである。燕雀いずくんぞ・・・と。

まさに笑止千万だろう。

つまり、ここまで来ると、そこらのお笑い芸人と同レベルというか、ようはお互いが内心ではバカだのアホだのと罵り合っているのだけれども、それをうまく糊塗して何か高尚な議論をしているように見せているだけだということがわかる。だったらお笑い芸人のほうが遥かにマシだろう。わたくしがかつて法太郎の熱烈なファンだった理由も、まさにそこにあるわけだ。

しかし、自画自賛をするようなものだが、わたくしは案外に正直であり、上述のこともそうであるし、また、コメント投稿者に対する態度もわりと正直である。とりわけ沖浦氏に対してはこれまでずいぶん辛辣な言葉をぶつけて来た。バカ・アホはあまり使わないけれども、実質的にはそれに近いことを言っていると思う。

どうやら今日もそのパターンになりそうである。

 戒壇本尊は先ず大聖人御直筆である証明が必要ですね。

ほら、また始まった。

わたくし個人は、戒壇本尊の鑑定に積極的には賛成しないけれどもヤブサカではない、というのが現時点での結論である。ただし、どのような鑑定を行なうかが問題である。ようは方法論が確立していないのだ。具体的にどのような鑑定方法を用いるべきかを議論せずして、ただヤミクモに鑑定せよと言ったところでどうにもならないだろう。

 更に、達師は以前、戒壇本尊が後世の作だと言う事に触れ、

 「戒壇本尊の裏側はチョウナで削った跡があります。
 チョウナは鎌倉時代の道具で当時はカンナがありません。
 これを持ってすると、戒壇本尊は間違いなく鎌倉時代の作で、後世の作ではありません。」

 概ねこう言う発言をしておりますが、チョウナは現在も販売され使用される道具の一つです。
 法主と言うならご本尊の専門家です。
 その専門家でさえ、この程度の薄弱な証拠、それも状況証拠しか提示が出来ません。
 世間の道理から判断するなら、戒壇本尊は大聖人の作ではなく、後世の誰かの書写でしょう。


これはめずらしいコメントだ。逆に言うと、これ以外は毎度のことなので、特に取り上げる必要もなかろうと思う。

それはともかく上掲である。

バカ丸出しだ。アホウの典型と言ってもいいくらいだ。

日達上人の仰せにさして不審な点はない。ただし、木工の専門家ではないので、じゃっかんの事実誤認があらせられる。ただそれだけのことだ。

ここにワープロで打たれた曼荼羅御本尊があるとしよう。弘安二年の何月何日と書かれている。これを大聖人の御真筆御本尊であると主張する人がいるとしよう。いや、もちろん、いるわけがないのだが、仮にそうしよう。
この破折は実に簡単である。鎌倉時代にワープロはなかった。これでオシマイである。
では逆の場合はどうかである。チョウナは現在も存在する。ゆえに戒壇本尊がチョウナで削られていたとしても鎌倉時代の作であることの証明にはならない。当たり前のことである。
ようするに、御高徳の日達上人がこんな当たり前の道理を知らないわけがないのだ。上人を馬鹿にしてはいけない。

この手の批判者の盲点は、日達上人の鑑定はズサンであるという、一種の思い込みにある。

「日達上人の鑑定」などというものは存在しない。上人は鑑定をあそばしたわけではなく、事実を述べたに過ぎないのだ。御法主上人の特権と言ったら語弊があるけれども、上人は戒壇の大御本尊を至近から拝することができる。裏に回って見ることもできる。これはまさに上人ないし一部の僧侶だけの特権だろう。そこでカンナではなくチョウナで削られている云々の話が出てくるわけである。

わたくしの思うに、もし上人が鑑定をあそばしたのであれば、それはまさしくズサンと申し上げる以外にないだろう。しかし、単に所感を述べられただけの話であれば、別に何の不審もないことである。

チョウナで削られているから鎌倉時代の作である。まったくもって何の問題もない発言だ。

逆に批判者たちのほうこそ、論理の誤謬に気が付かないといけない。ようするに彼らは、たとえチョウナで削られていたとしても後世の作である可能性は充分にあり得るではないか、ゆえに日達上人の言っていることはまるで証明になっとらん、という具合に息巻いているわけである。だから、それは先ほども書いたように、日達上人ほどの方がその程度のことがわからないとでも思っているとしたら、そちらのほうがおかしいのだ。

日達上人のチョウナ云々はいわゆる科学的証明としては不可である。それはわかり切ったことだ。しかし、一方の批判者たちもこの件に関しては何一つ証明できていない。後世の作である可能性を否定できないという、ただそれだけのことを言っているに過ぎないのだ。

しかるに沖浦氏は次のごとく言うのだ。

 世間の道理から判断するなら、戒壇本尊は大聖人の作ではなく、後世の誰かの書写でしょう。

おいおい、まだ推論の域を出ていないだろうが、それにもかかわらずこの決め付けは何事か、ということなのだ。

日達上人の仰せに不審はないと書いた。それは簡単な話で、上人は当時はまだカンナがなくチョウナが使われていた、戒壇本尊を拝すればまさにチョウナで削られている、ゆえに鎌倉時代の作である、と。ごく自然な感想である。

一方の批判者は、後世の人すなわち贋作の犯人が鎌倉時代の作と思わせるためにわざとチョウナを使った、というように考える。もちろん、その可能性は否定できない。しかし、わざわざ日達上人がそのような角度から論ずる必要はないわけで、ごく素朴にチョウナで削られていることをもって鎌倉時代の作だと御考えになられることに問題はない。

最初のほうで方法論が未確立であると書いた。それはここでも同じことが言えるのだ。

もし現代において戒壇の大御本尊を偽作するとしたら、当然、チョウナを使ってこしらえるのだろう。すると、チョウナを鎌倉時代の職人と同じように使いこなせるかという問題が生じてくる。たぶん、無理だ。時代が離れ過ぎているので、同じ道具であっても同じ結果にはならない。つまり、バレちゃうのだ。
では、バレないのはどの時代までか、という問題がある。鎌倉時代に近くないといけないだろう。ここで厳密に調べなければいけないのは、木工技術の時代的変遷である。チョウナが当たり前に使われていた時代から、徐々に使われなくなって廃れて行くという、時代変遷を把握しないといけないのだ。
たぶん、こうしたことは誰もやっていないだろう。それでいつまでも上っ面の議論を繰り返しているだけなのだ。

次は再掲である。

日達上人の仰せにさして不審な点はない。ただし、木工の専門家ではないので、じゃっかんの事実誤認があらせられる。ただそれだけのことだ。

もう一つだ。

わたくしの思うに、もし上人が鑑定をあそばしたのであれば、それはまさしくズサンと申し上げる以外にないだろう。しかし、単に所感を述べられただけの話であれば、別に何の不審もないことである。

もちろん、わたくしとて専門家ではない。ただし、物の道理というものはわかっているつもりである。

まず、日達上人の事実誤認についてだが、当時はカンナがなかったというのは間違いである。カンナはあったのだ。
次に、もし上人が鑑定をあそばしたとするのならばズサンと申し上げる以外にないというのは、当時、すでにカンナがあったということを御存知ないくらいの人なのだ。であれば、戒壇本尊の削られ方がカンナによるものかチョウナによるものか、正確に判断できるはずがないだろう。
極論すれば、カンナでもなくチョウナでもない、まるで違う工具で削られている可能性だってあるのだ。

以上、わたくしは戒壇本尊の鑑定に積極的には賛成しないけれども、たとえば将来国家的に戒壇を建立するとなると、そこに安置する本尊が真っ赤なニセモノであったならば困るだろう。いずれは鑑定やむなしという意見が大勢を占める時が来るかもしれない。このことは宗門も真剣に考えておかねばなるまい。

2014/4/16

古文読解と趣味の仏法  
今朝、きわめて意味深な川柳を頂戴した。

燕雀の 鴻鵠ほむる 滑稽さ

たぶん燕雀とはわたくしのことで、鴻鵠とは岩切先生のことを意味するのだろう。前回の拙稿は確かにわたくしの不遜な物言いが鼻につく。ゆえにこうした批判が出ても致し方のないところである。

ただし、これが今の時代なのだ。

ネット上で無数の燕雀たちが思い思いの意見を言う。よほどのことがない限り、言論の自由は奪われない。そこで問われるのは身分ではなく、発言の内容そのものなのだ。早い話が言っていることが正しいか間違っているか、ただそれだけなのである。

ところで沖浦氏からは次のような見解を頂戴した。

 『あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ、子にあらずんばゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。』
 (阿仏房御書)

 この出世の本懐は、大聖人が御本尊ご図顕を持って本懐だと言われると、これまで詠まれています。
 私は異なる意見を持っております。

 阿仏房や、貴方がこの世に生まれてきたのは、この御本尊を受持するためだよ。

 これが正解でしょう。


これは面白い意見だ。はたしてこれが是か非か、今すぐに結論を出すのは控えるが、こういう従来の定説を引っくり返すような意見は魅力的である。単に異を好むとか奇を衒うということではなく、真面目に考えた上での意見であれば大いに結構なことだろう。この件はわたくしも少し考えてみたいと思う。

さて、そこで今日の本題だが、三月九日の日曜勤行指導の続きである。

続き?・・・

おそらく多くの読者は、話題があちこちに飛んでしまって、何がなんだかわからなくなっているに違いない。ようは四条金吾殿の所領の話をしていたのだが、それは日曜勤行の指導の一部分に過ぎないのだ。当該指導の要旨は、福運が大事なのだ、福運が尽きてしまえば努力が空しくなる、何をやっても裏目に出てしまう、これは個人だけでなく国家も同じことだ、というのが話の大きな流れである。

浅井先生は話の後半で、国家にも当てはまることの具体的な事例として、日本海海戦とミッドウェー海戦、それから戦艦大和の悲劇について、わりと詳しく説明している。

これはなかなか面白いというか、おそらく若い顕正会員であればこうした話そのものが初耳のことでもあろうから、とりわけ興味深く聴いていたのではないかと思う。もちろん年配者であっても、ある一定以上の年齢を除けば今の大半の人たちが戦争を知らない世代なので、その意味では若い人たちと大差ないわけだ。わたくしもその一人である。

ゆえに偉そうなことを言える立場ではないのだが、しかし、浅井先生の言っていることに少し問題を感じたのでそれを書いておきたい。

 さて、「運きはまりぬれば兵法もいらず」との仰せは、国家においても当てはまるのです。

ここは問題ない。

 たとえば明治以降の日本は、大聖人様に背き続けて来た罰により、外国との戦争に引きずり込まれた。

ここは異論もあるところだが、まあ、わたくし的にはよしとしよう。いわゆる仏法史観を述べているわけだ。問題は次だ。

 しかしその中にも、明治の時にはまだ福運が残っていたが、昭和の時には福運が尽きてしまったのです。

明治期、日本はロシアと戦って勝った。日本海海戦において無敵のバルチック艦隊を撃滅することができた。浅井先生はこれを、まだ福運が残っていたから、と言う。

だが、太平洋戦争の時には福運が尽きてしまい、敗戦を迎えるに至った。

ようするに、明治期の戦争は福運が残っていたから勝てたが、昭和期には福運が尽きてしまったので負けた、というのが浅井先生の主張である。

しかし、わたくしの認識は少し異なる。

世界最大最強の「戦艦大和」も、あえなく海の藻屑に……

顕正新聞第1304号の二面には大和の写真が載っていて、そこには上掲のような説明が付されている。わたくしは世界最大最強という表現に疑問があるのだが、実は浅井先生もそれを薄々は承知しているごとくである。次は戦艦大和について説明しているくだりである。

 世界最大最強の戦艦といわれた。排水量は約七万トン、全長は二六三メートル、主砲の威力は四三センチの装甲板をも貫き、艦隊同士の戦闘であったら天下無敵だった。

艦隊同士の戦闘だったら・・・

これが答えだ。結論を言えば、日本は過去の栄光にしがみついて、旧態依然の発想から脱却できなかった、ということになる。日本海海戦の時はまさに艦隊同士の戦闘であり、戦艦と戦艦が向き合って大砲を打ち合う、単純化すればそういう戦いだったのだ。ところがその後、航空機の飛躍的な発達があった。潜水艦もしかりである。つまり、戦術的に大きな変化があった。

その意味で大和は脆かった。どれほど図体がデカくても、船底に穴が開けば沈むのだ。むしろ図体が大きい分、的になりやすい、命中しやすい、大地を的とするようなものだ。

残念ながら日本は戦術的に未熟というか、日本海海戦での勝利に引きずられて、大和のような巨大戦艦があれば勝てるという一種の幻影を見ていたのだろう。いや、もちろん、それだけでは勝てないことはすでにわかっていたわけで、ゆえに悲壮な覚悟で出撃したわけなのだろう。そしてあえなく海の藻屑と消えたのだった。

よって、福運の有無で勝利が決まるみたいな、そういう単純な発想だけで物事を考えてしまうのはよろしくないと思う。

たぶん浅井先生もそれは承知しているはずなのであるが、どうも受け取る側の顕正会員たちがそうした単純思考に陥ってしまう傾向がなきにしもあらずなのである。スポーツであれば練習第一だろう。勉強もしかり。その他もろもろの稽古事も同じことだ。もし練習もしない人が世界記録を連発するようなことがあれば話は違ってくるけれども、そんなことはまずあり得ない話だ。勝負は時の運とは言うものの、その下地になるものは地道な練習のはずだ。

以上、日本の敗戦を考えるに、そこには福運の有無だけでなく、純粋にテクニカルな意味での敗因がいくつもあったことは間違いないだろう。福運を全否定するつもりはないけれども、そちらに比重を置き過ぎるのはどうかと思う。これは仏法と申すは道理なりとの御指南からも言えることである。

2014/4/14

瑣末な解釈論議の価値について  
のび太氏にとってはご不満のごとくである。

四条金吾の所領が問題になっているようですが、主宰のこだわりに距離を感じます。
前にも信徒からのご供養で塩が送られた。この塩が食料的な側面と貨幣としての側面でなんじゃら、かんじゃらと熱く語っていました。
正直、この解釈の違いが大聖人の仏法の分岐点になるような重大な事象とは考えられません。 (笑)


おっしゃることはごもっともで、たぶん同様の感想を懐いている人が他にも相当数いるのではないかと思う。

ただし、しょせんは個人ブログであるからして、何をどのように書こうがわたくしの勝手である。塩のなんじゃらかんじゃらは、まさにわたくし的には大発見というか、けっこう自慢の研究成果のつもりなのだが、それが重大な事象かと問われれば確かに違うのだろうけれども、これが逆の意味で価値があるのだと思う。

教団を背負っていると、そこにはどうしても譲れない部分があって、手前味噌の論理に陥っていながらも、そのままゴリ押ししてしまうようなことがなきにしもあらずなのだ。どうしても譲れない部分、どうしても越えられない一線、これが具体的に何を指すかはそれぞれのご想像に任せるけれども、ようはそれが足枷になってまともな議論ができない。わたくしはそれがわかっているので、自分の能力では手に負えない事案については最初から議論を回避するように心掛けているのである。

確かに、のび太氏の指摘するごとく、教学上さして重要ではない事案について、わたくしが異常なほど熱心であることは奇異に映るだろう。

けれども、むしろこちらのほうが純粋な議論ができる。足枷がない分、虚心坦懐に議論を戦わせることができるのだ。

もう一つ、半ば自慢の意味を兼ねて言わせてもらえば、現在のわたくしは事実上の無所属であり、何のノルマも存在しない。教学にしても自主的に学ぶ以外に道はないわけで、早い話が興味を失ってしまえばそこで終わりなのだ。この環境の中で独力で御書を拝読し続けていること自体が稀有のことであり、一種の求道心のあらわれとも言い得ることかもしれないと思う。ある意味、教団の恣意的な解釈に毒されず、自分の感性だけで御書を拝するとどのような結果になるかという、その一つの見本が拙ブログなのである。

そこで今日の本題に入ろう。過去にも取り上げた話題であるが、新たな知見を得たので再論したい。

今御身は女人なり。ごんじちはしりがたし。

この御文について、わたくしは浅井先生の解釈を間違いだと書いた。しかし、間違っているのは浅井先生だけではない。他の人たちもけっこう間違えているのだ。

まず、創価学会の講義本を紹介しよう。

今あなたは女人である。権実の教判は知りがたい身である。

この現代語訳は誤訳である。天下の創価学会も間違いを犯すのだ。たぶん、ここは譲れない部分だとか越えられない一線だとかではないだろうから、間違いである理由がわかれば創価学会員とて素直に認めるはずである。

そして次の現代語訳は、かつて日蓮正宗の信徒だった人が、個人で御書の翻訳を行なっているもののごとくである。

 現在のあなたの御身は、女人であります。
 おそらく、権教と実教の違いでさえも、知りがたいことでしょう。


これもご覧のごとく、創価学会の解釈とほぼ同じであり、ようは誤訳である。

そしてもう一つ、昨年の女子部大会での浅井先生の講演をご覧に入れよう。

 いま日妙殿は女性である。仏法を本格的に学んだことはないであろう、ゆえに「ごんじちは知りがたし」権実の立て分けもまだ知らないであろう。しかるにこの不惜身命の信心はいかなる宿善なのであろうか――

以上、三つを並べたわけだが、これらはぜんぶ間違いである。

では、何がどのように間違っているのか、そして正しい解釈はどのようなものか、それを説明しなければいけないが、わたくしの説明は省略しよう。過去の拙稿を読んで下されば、そこにすべては尽くされているからである。パソコンでご覧の人は「ごんじち」をキーワードに検索すればすぐにたどり着けるはずだ。

そして今回新たな知見を得たと書いたわけだが、それは次のごとくである。

 この御文でよく間違って解釈されているのは、「ごんじちはしりがたし」の中の「ごんじち」です。これは「権実」のことですが、決して「女性だから権実相対の法門も知らない」、という意味ではありません。それを知らなかったら、どうして念仏を捨てて、大聖人様の御本尊様を信ずることができるんです?
 この権実とは、権者と実者のことなのです。権者とは権化ともいって、仏や菩薩が人々を救い導くため、仮に人の姿になってこの世に現れたもので、「ごんざ」とも言います。実は実者のことで、権化ではない、実体のままの神仏を指しています。日妙聖人がそのいずれであるか知ることは、私には到底できない、と。もしかしたら、実者とは、権化でない、生身の、ただ一人の人間、という意味で使われているのかもしれません。


素晴らしい。大正解である。

これでおわかりだろう。わたくし独りが勝手に異論を唱えているわけではなくて、世の中にはちゃんと正しい解釈をしている人が存在するのである。仮に現時点では他に同意見の人がいなかったとしても、その主張が正しいのであればいずれは賛同者が出てくるはずである。

ちなみに上掲は岩切護道という人の発言である。なるほど日蓮正宗の御僧侶だけのことはある。さすがと申し上げる以外にない。

2014/4/9

「殿岡」と「いかだ」についての問題提起  
学会未活動者氏から植村佐内氏の本を読めと言われた。ヤブサカではないが、さりとて、積極的に読みたいとは思わない。わたくしはここ十年、ほとんど読書をしたことがない。ネットをやるようになって、本はなるべく買わないようにしているのだ。

沖浦氏は御伝土代を引用して戒壇の大御本尊のことを云々しているが、この件に関しては特に申し上げることはない。わたくしの守備範囲ではないということだ。

氏は一方で、前回の話題について、創価学会の公式見解を紹介して下さり、同時にご自身の見解も述べられた。これはわたくしの守備範囲なので、受け流すわけにはいかない。

9月には没収されていた領地を返され、新たに三倍の領地を加増された・・・

これが創価学会の公式ホームページの記述である。

 この表現ですと、返還と新しい領地を同時に得たことになります。
 ですが、大聖人が新しい領地への不満を言ってはいけないとご指南です。
 ですので、タイムラグがあったと考えるべきでしょう。


沖浦氏のコメントだ。氏の偉いところは自分の考えを持っていることである。わたくしが提示した御書を自分なりに理解し、創価学会の公式見解とは異なる意見を述べているのだ。

 いずれにしても、殿岡は間もなく返還されたと言うのが自然ではないでしょうか?

ようするに、翌月には信濃から御供養の品々が届けられているので、間もなく返還されたと考えるのが自然ということなのだろう。

まあ、それはそうだかもしれない。すべてのことが御書に記されているわけではないのだ。ナイモノネダリをしてはいけないということだ。

ところで、実はウッカリしていたことがある。

・・・度々の御所領をかへして、今又所領給はらせ給ふと云云。此程の不思議は候はず。

前回、わたくしはこれを見落としていた。これは弘安二年九月十五日の四条金吾殿御返事である。

・・・たぶん、事情を知らずにお読みになっている人は、何も感じないだろう。しかし、御書にベラボウに詳しい人ならば、ここで頭の上に?マークが出るに違いない。そう、当該御書は弘安二年ではなく弘安元年だとする説が存在するのである。前回引用した三箇所の領地を示唆する御書は弘安元年十月とされている。そして上掲の御書が同年の九月十五日だとすれば、浅井先生の説明はこれが根拠となるのだろう。

・・・没収した所領を返しただけではなく、三箇所の新しい所領をも賜った。

これが浅井先生の講義である。つまり先生は、二つの御書を根拠にして、ご覧のごとく説明しているわけだ。

ちなみに、前掲の九月十五日付の御書であるが、平成新編は弘安二年説、全集は弘安元年説を採っている。ゆえに浅井先生は全集の説を踏襲したわけなのだろう。

さて、これで一件落着かと思ったら大間違いである。話はまだまだ続くのだ。

・・・さらに後には、没収されていた領地もすべて返還され、新しい領地まで加増されたのです。
先に御供養申し上げた米の産地・殿岡は、一旦は没収されたものの、後に返還された領地です。


http://w01.tp1.jp/~a151497261/gosyokaisetu-158-sijyoukinngodonogohennji-p1501.htm

これは宗門の見解である。たぶん信徒向けに平易に書かれたものなのだろう、アイマイというか時間軸がハッキリと示されていない。没収された領地がいつ返還されたのか、とりわけ殿岡の返還時期が気になるところである。

なぜならば宗門は例の御書を弘安二年としているわけで、すると次の御書が理解できなくなるのだ。

信濃より贈られ候ひし・・・

前回も引用した弘安元年閏十月二十二日の御書である。信濃が殿岡の意味であれば、この時点で殿岡の領地はすでに返還されていたことになる。シツコイようだが、弘安二年の九月十五日の御書を再掲しよう。

・・・度々の御所領をかへして、今又所領給はらせ給ふと云云。此程の不思議は候はず。

これが殿岡返還の根拠ならば、時系列がデタラメである。順番が逆になってしまっている。

すると、やはり全集の系年が正しいことになりそうだが、しかし、わたくしには断じて承服できない事情がある。前回の繰り返しになるものの、重要な点なので書いておこう。まずは御書を引用する。

かの処はとのをかの三倍とあそばして候・・・とのをかにをとりて候処なりとも・・・

沖浦氏もわたくしと同意見のごとくであるが、これは誰がどう読んでも同じ結論のはずなのだ。ようするに殿岡は返還されていないのだ。この御文を拝して殿岡が返還されたと読める人は、どうかしているのではないかと思う。

ゆえに宗門では時系列をアイマイにしたままなのかもしれない。あるいは浅井先生にしても殿岡とは言っていないわけで、こちらはさしずめ場所をアイマイにしたままということになりそうである。

さて、ここで二つの研究論文を紹介しておこう。

http://www.totetu.org/assets/media/paper/k025_240.pdf

http://www.genshu.gr.jp/DPJ/syoho/syoho31/s31_182.htm
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/kyouka/03/03_096.htm

たまげたものだ。さすが専門家だけあって、緻密な論考ではある。そして次は創価学会で出している講義本のごとくである。

 また「とのおか」については、長野県飯田市に「殿岡」の地名があるが、このところと四条金吾との関係を明確にする資料は発見されていない。
http://www.geocities.co.jp/inae_sokagakkai/22.html

殿岡はさておき、問題は「いかだ」だ。

三箇郷の内にいかだと申すは第一の処なり。

この「いかだ」について、リンク先の研究者たちがあれこれ言っているわけだが、わたくしは創価学会の講義本の以下の記述がいちばん妥当のような気がする。

 しかも、頼基に与えられた領地の内容は「かの処は・とのをかの三倍とあそばして候上さどの国のものの・これに候がよくよく其の処をしりて候が申し候は・三箇郷の内に・いかだと申すは第一の処なり、田畠はすくなく候へども・とくははかりなしと申し候ぞ、二所はみねんぐ千貫・一所は三百貫と云云」(1183−07)といわれるように、新しい領地は、かって没収された「とのおか」の三倍の面積があるというのである。その三ヵ郷の一つを「いかだ」といわれているが、現在のどこにあたるかは不明である。佐渡の国のものがその所をよく知っているとあるから、佐渡という説もあるし、また翌閏10月22日のお手紙に「信濃より贈られ候いし物の日記」(1185−01)とみとめられているから、新しい領地は現在の長野県内であったかも知れない。

現代宗教研究所の石川修道という人は佐渡説を採っているけれども、おいおい、本当かよ、というくらい論理の飛躍が感じられるものだった。詳細はリンク先をご覧いただきたい。

そしてもう一人は東洋哲学研究所の若江賢三という人物だが、こちらもけっこう驚いた。

 さて、所領書中には、賜った所領について

かの処は、とのをか(殿岡)【の】三倍とあそばして候上、(中略)三箇郷の内にいかだと申スは第一の処也。(【の】は録内及び遺文録にはないが、縮遺が付け、昭和新修が踏襲)

 とあり、いかだ(現在の長野県飯田市伊賀良と思われる)の内の殿岡が新領地として江間氏より四条金吾に下賜された。


伊賀良はイガラと読むようであるが、これが御書のイカダに相当するとの説である。しかも殿岡が新領地として下賜されたと言うのだ。

もう、わけがわからん、と言う以外にない。

今回は結論を見送ることにしたい。白紙というか、未確定要素がたくさんあって、わたくしの頭では整理がつかないのだ。そもそも四条金吾が以前から殿岡を所有していたかどうかも定かではないので、その意味では若江研究員の主張にも一理あることになる。しかし、繰り返し言うが、わたくしの読解力が正しいのであれば、弘安元年十月には殿岡の代替地として「いかだ」を含む三箇郷が与えられたのだと、こう読む以外にないのである。この時点で殿岡が新領地として与えられたと読むのは、さすがに無理があるのではないかと思うのだが、それともわたくしのほうに何が重大な錯覚があるのだろうか?


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