2014/11/30

鉄筋コンクリート造の古刹とその宝物について  
わたくしの守備範囲外なので深入りは避けたいところだが、どうしても触れずにはいられない問題なので、書いておきたい。

秘仏かどうかについては、おっしゃるとおり認識にズレがある。これはどちらが正しいかではなく、むしろ見解の相違とでも言っておいたほうが無難であろう。

信徒に公開しているから秘仏ではない。これが元法華講氏の意見である。

しかし、ご存知のごとく、それはいわゆる内拝であって、広く一般に公開されているわけではない。ゆえにわたくしは秘仏と申し上げているのだ。

多くの寺院は拝観料を払えば見学が出来る。しかし、ぜんぶを見せてもらえるわけではなく、見せてはくれない場所だとか物だとかが存在する。いわゆる秘仏がそれだ。
その秘仏にもいろいろあって、絶対の秘仏と呼ばれるものがある。これは文字通りに絶対に見せてはもらえないわけなのだろう。また、何年かに一回、御開帳されるというケースもある。
では、大石寺の場合はどうかと言えば、わたくしは詳しく知らないがおそらく見学は可能なのだろう。ただし、奉安堂には入れない。当然、戒壇の大御本尊を見ることは出来ない。これが一般人への対応である。
そして信徒のみが奉安堂へ入ることが許され、大御本尊を拝することが出来るわけである。すなわちこれが内拝ということだ。

つまり、秘仏にも種類があって、大石寺の場合は上述の三番目のケースに当てはまるわけだ。

わたくしは以上のごとく認識しているので、これを間違いだと言われても困るわけであって、ようは見解の相違と申し上げる以外にないだろう。もし今後、大石寺が観光化を進めて、一般人に対してもすべてを公開するという方針に転換するようなことがあれば、そこでようやくわたくしの主張は瓦解することになる。しかし、おそらくは当面、そういうことはないだろう。

鑑定を行わないのは、単に「嘘」がバレると自分たちが困るからです。それ以外に何の理由がありますか?

妙に説得力のある言い方だ。

鑑定をしない理由を聞いたことはないが、基本的に秘仏とはそういうものなのだろう。信心強盛の者でなければ拝してはいけないのだから、そもそもが第三者の冷徹な目にさらされることなど、あり得ないという前提にあるわけだ。

ゆえに、この条件下で鑑定を行なうことは可能なのかもしれない。つまり、信心強盛の者が鑑定するのだ。まあ、しかし、その鑑定結果は自ずと知れたものであるし、そんな鑑定を信じる人は誰もいないだろう。

つまり、今のままではいつまで経っても疑いが晴れない、疑り深い人たちを納得させることは出来ない、永遠に、である。

この構造的な問題については、当の大石寺の高僧たちだって何も考えていないわけではないだろう。すると、いずれは高僧たちの間で鑑定やむなしの機運が盛り上がってくるかもしれないし、その英断(?)を下す猊下が登場するかもしれない。わたくしは以前から言っているように、鑑定やむなしの立場である。ただし、その方法論については慎重を期すべきである。

あの黒板本尊が弘安二年の作だったら、その保存技術はノーベル賞も可能ですし、世界遺産に登録してもおかしくないものです。

氏はご自身の目撃談というか、ようは大御本尊を直に拝した上で感想を書いているわけだから、これはわたくしがとやかく言っても仕方がないことである。ただし、次の一文がひじょうに気になったので、率直な感想を書いておきたい。

和紙は、きちんと保存対策をすれば、鎌倉当時からでも十分保存が出来ますし、又、現実に保存されたものが存在します。しかしながら「木片」で何の防腐処理もされずに(現在でも700年もの間、保存する事はきわめて難しいことです)原形を留めているとは考えられません。まぁ、明治時代や日達さんの夢枕には出てきているでしょうけれど、破片でも存在するなら拝んでみたいものです。ちなみに神社仏閣で歴史のある建物は、全て途中で建て直しや補修が行われ続けて現在まで当時の面影を見せてくれているのですが、「単独の板」ですから、補修も何も不可能ではないかと思います。

正直なところ、まったく理解不能だった。

和紙は保存可能だが「木片」ないし「単独の板」は不可能であると・・・話を端折ってしまえばそのように言っているわけだが、しかし、これはいかがなものかと思わざるを得ないところである。そもそも大御本尊を木片などと表現すること自体が偏向である。しかも一般論として、紙と木を比較して紙は保存可能だが木は不可能だというのは、はたして正当な認識なのか、そこが疑問である。

紙幅の御本尊も板の御本尊も同じく大聖人の御魂であるから、ここでは話を一般論に引き戻して論じよう。

木片? 何を言うか、たかが紙切れが、である。

これで元法華講氏の論述がきわめて偏向的であることが見えてきたのではないかと思う。わたくしの認識では、紙よりも木のほうが長持ちするはずである。一般人の認識はどうだろう、これはアンケートでも取らないと話にならないが、わたくしと同意見の人も少なくないはずである。そもそも氏の論述は、紙のほうが長持ちすることの根拠がアイマイであって、頭から板本尊を否定する前提で論じてしまっている点が何ともイヤらしいところだ。

具体的に言おう。

和紙は、きちんと保存対策をすれば・・・

しかしながら「木片」で何の防腐処理もされずに・・・


まさに偏向的だ。

おっしゃるとおり、何の保存対策もしなければ、紙はあっと言う間に劣化する。もちろん、木も同じことである。では、同じ条件下でどちらが長持ちするかを考えると、わたくしは木だと思うわけで、それはすでに書いたことだ。しかし、上掲の文章で問題なのは、和紙は保存対策を云々しているのに、一方の「木片」はその逆を書いてしまっていることである。つまり、「木片」のほうには初めから不利な条件を付けてしまっているわけで、こんな不公平な比較の仕方があるだろうかという見本みたいな文章なのだ。これはもうアウトだろう。

ちなみに神社仏閣で歴史のある建物は、全て途中で建て直しや補修が行われ続けて現在まで当時の面影を見せてくれているのですが・・・

さて、再掲であるが、これも少し疑問なので書いておきたい。

世界最古の木造建築物で検索を掛けると法隆寺が出てくる。なるほど、遥か昔に学校の授業で習ったことがあるけれども、今もそれが一般的な説のようだ。
ちなみに大石寺も創建七百有余年の歴史を有する寺院だが、しかし、建物自体は比較的に新しいものが多くあって、近代建築物も少なくない。いわゆる鉄筋コンクリートの建物だ。
では、法隆寺であるが、建物が老朽化したので鉄筋コンクリートの新建築に建て直すことにするとしよう。さて、これが世界最古の木造建築物として認定されるだろうか、という問題である。たぶん、答えは否であろう。当たり前のことだ。

以下はウィキペディアの記述である。

2004年(平成16年)、奈良文化財研究所は、仏像が安置されている現在の金堂の屋根裏に使われている木材の年輪を高精度デジタルカメラ(千百万画素)で撮影した。その画像から割り出した結果、建立した年年輪年代測定を発表した。それによると、法隆寺金堂、五重塔、中門に使用されたヒノキやスギの部材は650年代末から690年代末に伐採されたものであるとされ、法隆寺西院伽藍は7世紀後半の再建であることがあらためて裏付けられた。(中略)なお、五重塔の心柱の用材は年輪年代測定によって確認できる最も外側の年輪が594年のものであり、この年が伐採年にきわめて近いと発表されている。

ようするに、長い間にはもちろん修理はしているのだろうけれども建て直しはしておらず、今も当時の木材がそのまま使われているわけなのだ。これは申すまでもなく、大聖人の時代よりもさらにさかのぼる時代である。

詳しくは調べていないが、鎌倉時代以前においても、建築物のみならず木彫などもそれこそたくさんのものが残っているだろう。ということは、弘安二年に板の御本尊が造立されたことが公に証明されたとしても、一般的には文化財が一つ増えたくらいの認識しか持たないことになるのだ。もちろん日蓮門下にとっては大事件であるが・・・

以上、多くは一般常識の範囲で書いたつもりである。

2014/11/28

大石寺本位制  
ますます面倒臭いことになってきた。しかも話が多岐にわたるので整理がつかない。

そういうわけで表題が結論である。

前回、謗法色がどうのこうのと書いたところ、いったい何をもって謗法とするのか、との問いが発せられた。この答えが表題なのである。わたくしの謗法とは申すまでもなく大石寺を基準にした概念であって、それが正しいかどうかはまた別の議論である。いわば議論を放棄して結論だけを述べているのが本位制の意味である。

戒壇本尊の真偽を云々する人がいる。わたくしはこの議論に加わらない。この手の議論をしたい人は別の場所を探したほうがよかろう。

そもそもわたくしは無所属であるが、当の法華講員たちも戒壇本尊の真偽についての議論は回避する傾向にある。その理由はわりと簡単だと思う。明快な答えを出せないからだ。なぜならば当の御本尊は大石寺に存在する。しかし、いわゆる秘仏であって、鑑定などは行なえない状況にある。こうした状況下で議論をしても答えが出ないのは当然のことだ。ようするに信徒の立場では自ずと議論にも限界があるということだ。

ゆえに、本当ならば大石寺の御僧侶たちが前面に出てきて積極的に議論をすればいいのだが、彼らも消極的である。その理由はともかくとして、御僧侶が論じないことを信徒が論じてどうするのかという不満のようなものが、法華講員たちにあっても不思議はないだろう。かく言うわたくし自身は無所属ゆえの気楽さがあって、知らない・わからないの一点張りで話を済ませてしまうのが常套手段である。

ちなみに、戒壇本尊が本懐か否かの議論は、少しくらいならば可能である。これまでにも沖浦氏を相手に論じてきたが、今日のところはやめておこうと思う。

どうも宗門びいきの厳虎さんのお考えは甘口で、観念論的ファンタジアが多いどすな。

話が多岐にわたると書いたのはこのためだ。戒壇本尊そのものへの疑義というのは外部の人たちの論点であるが、この人の場合は宗門ないし顕正会の体制への批判が論点となっている。これはこれでひじょうに厄介な話であり、わたくしとしても困ったものなのだ。

厳虎さんの論点はポイントがずれてます。安全地帯から愚痴や他人事を云うだけでなく、厳虎さんのブログをお読みになってる人に対しても影響力があることをお考えてください。

文末の「お考えてください」はヘンな言い回しであるが、単なるミスであろう。それはともかく影響力があるというのは嬉しいことだ。ウヌボレを承知しつつも、自分でも多少の影響力はあるだろうと思っていて、その点を考慮して書いているのも事実である。戒壇本尊の真偽に触れないのもそのためだ。

しかし、厳しいご指摘である。

論点がずれている、安全地帯から愚痴や他人事を言っているだけである、と。

己の非力を痛感していると書けばウヌボレそのものであるが、己の非力を承知していると書けば妥当なところだろう。わたくしは非力である。わたくしだけでなく、たいていの人がそうだ。非力の人が非力なりにも己の力を最大限に発揮するためにはどうしたらよいかと考えた時に、こうしてネット上で発信を続けることが一つの有力な手段なのだと思う。論点がずれていることに関しては、その都度ご指摘をたまわって是正していけばいい。しかし、安全地帯云々は致し方のないことであって、もしそれが断じて許されないことだとするならば、オサラバするまでである。すなわちブログを閉じてネット上から消え去ることだ。

まあ、しかし、ディープスロート氏にしても拙ブログを媒介としてご自身の主張を発信できたのだから、よかったのではないかと思う。

まず、病気を治すためには病気の特定が必要となる。その上で手術するなり何なりの処置をするわけだ。つまり、今は病巣を抉り出すがごとく、日蓮正宗に巣くっているさまざまの問題を表面化させる作業が必要なのだ。氏のコメントはそうした役割を担っているのだと考えればいいわけで、そのために拙ブログを利用すればいいのではないかと思う。もちろん、わたくしに対する批判も結構なことだ。

前回記事のお話ですが、ビデオ放映と大会の結集数についてお伝えします。

結論から言えば、ビデオ放映より大会の結集の方がかなり多く集まります。私の知る限りですが、大会にはほとんどの組織がビデオ放映の1.5倍前後は集まってました。


前回のコメント群の中では異色であるが、ひじょうに真摯な投稿なので、触れないわけには行かないだろう。

これは十一月二十日付の拙稿に端を発する話で、その最後のほうに結集人数についての記述がある。女子部全体でビデオ放映に二万七千四百五十七名が参加したというのだ。
これに関して、へな氏からコメントがあった。前年、三万五千人の女子部大会があった。大会にそれだけの人数が集まっていながら、ビデオ放映ではそれよりも少ない人数しか集まっていない。これが何を意味するかは各自の想像に任せると。
これを受けて同月二十三日付の拙稿では一つの推論を書いた。大会よりもビデオ放映のほうが結集しやすいはずである。なのに実際の数字は逆になっている。ゆえに女子部大会の三万五千人はウソなのではないか? ならば今回の男子部大会も、五万結集はウソなのであろう、と。

これに対する反論が寄せられたわけである。

なるほど、けっこう説得力のある話ではあると思う。一・五倍というのも、ご自身の経験を書いているわけだから、これを頭ごなしに否定することは出来ない。実際、わたくしの想像を書けば、たとえば未入信結集というのがあるわけだが、そういう人に顕正会の○○会館でビデオ放映があるからと呼び掛けてもなかなか話に乗ってくれそうにないけれども、さいたまスーパーアリーナで行なわれると聞けばしかもそれが入場無料と聞けば話に乗りやすいと思う。この意味で大会のほうが結集が伸びるという理屈も相当である。

ちなみに、女子部の二万七千四百五十七名を一・五倍すると、四万一千有余名になる。なるほど、三万五千を軽く超えるのだ。

ということで、わたくしの書いていることもかなりアヤシイというか、顕正会にマイナスになるようなことばかり書いてしまうという偏重があることが半ば証明されたような格好なのかもしれない。それが現時点のいちおうの結論ではあるのだが、往生際悪くも反論めいたことを書いておこう。

婦人部大会で一人お亡くなりになられた。その意味もあるが、それ以前からも大会参加に当たってはさまざまの注意事項が徹底されてきた。いちばん重要なのが、体調が悪い人は無理して参加するな、ということである。実際、顕正新聞の記事で参加を見送った旨の話が出ていた。すなわち、高齢だとか病気だとかの理由で遠距離の外出がままならない、というケースである。そういう人の中には、大会には参加できないが近くの会館・事務所などで行なわれる集会ならば大丈夫、ということもあるだろう。はたしてこの人数がどのくらいなのかが問題である。未活動で普段のビデオ放映には参加しないが大会には参加するという人もいるわけだが、高齢ないし病気などの理由で近くの集会には参加できるが遠隔地で行なわれる集会には参加できないという人もいるわけだ。この比率がどのくらいかが問題で、もし五分五分ならば相殺されるわけだから、先方の主張は成り立たないことになる。

反論にしては甚だ弱いかもしれないが、いちおう問題提起として書かせていただいた。

いずれにしても男子部の五万結集は限りなくウソに近い話であって、おそらくは活動会員たちもそれを半ば承知していることだろうと思う。

この傍証的な意味で一つの事実を書いておくと、今後はブロックごとに地方大会を行なっていくという方針がすでに打ち出されているけれども、それはそれで結構なことであるが、かつて十万人の行進を行なうと言っていたことを勘案するならば、今後も男子部大会を企画してしかるべきである。つまり、次は七万人だとか八万人だとか、あるいは一気に十万人の男子部大会の構想をぶち上げるみたいなことがあってしかるべきなのだ。しかし、そのような話は出なかった。

理由は簡単だ。

今回の五万すらも虚飾だった。かろうじて五万のオダイモクだけは貫くことが出来たものの、先ほども書いたように現役会員たちもその数字に偽りがあるだろうことを薄々は承知しているわけである。ならば、七万だの十万だのをやろうと思えば、惨憺たる結果を招くことは必定である。

つまり、もうこれ以上の粉飾は無理だということなのである。

2014/11/25

過去の話と現在の話  
いろいろと面倒臭いコメントが寄せられている。こんな時はいつものごとく独白に徹したいところだが、最近はそうも行かなくなってきた。

ユタ氏の、無教学なので話に乗れない、というのはやや意外な感じがするところである。氏は小説をたくさん書いている。わたくしの勝手なイメージかもしれないが、小説を書くような人は教学に関心を持ちそうなものである。

ところが氏の場合はそうではないのだ。

そもそも仏教そのものがさまざまの要素を備えた物語で構成されているわけで、小説家と呼ばれるような人たちはそうした仏典に精通していたりもする。仏典だけではなく、いわゆる外典にも詳しかったり、聖書に精通している人も少なくない。つまり、あらゆる知識を集積した上で書くのが小説なのだ。

ならばユタ氏にしても、小説の肥やしと言ったら語弊があるけれども、大聖人の仏法を深く学ぶことが小説を書くに当たって大いにプラスになるのではないかと思う。もっとも、この辺は個人の嗜好の問題でもあるだろうから、本人にその気がなければそれまでだし、わたくしが押し付けがましいことを言うのも甚だ失礼な話であろう。ともかく意外な感じがするということだ。

関の山氏は情報通である。

どうやって情報を得ているのか知らないが、おそらくネットを隈なく調べて行けばわかることがたくさんあるのだろう。勉強家と言い換えてもいいと思う。わたくしには面倒臭くてやっていられないことである。

因みに巌虎さんは以前、あの犀角独歩系の掲示板に参加されていましたよね? 別に批判ではないのですが、何故に板本尊偽作論、日興血脈疑義論、日蓮本仏否定論の犀角独歩系の掲示板に参加されていたのか? 何か教義思想など勉強になりましたか?
よかったら教えて下さい。


これはこれは、ひじょうに厄介な質問だ。

犀角独歩系の掲示板というのは、おそらく富士門流信徒の掲示板のことだろう。そこにわたくしが参加していたのは事実だ。このことは別に隠し立てをしているつもりはないのだが、たぶん正統派の顕正会員が知れば謗法与同だの何だのとツッコミを入れて来るので、あまり触れないようにしていたのは事実だ。さらに、もう一つ恥を忍んで書けば、わたくしはあの掲示板から逃げ出してきたという事実があるので、その意味でも触れたくなかったのだ。

もし関の山氏が熱心にお調べになってそこまでたどり着いたのだとすれば、これはある意味、称賛に値することだろう。ただし、その場合は当時の雰囲気みたいなものだとか微妙なアヤまでは把握し切れないはずで、おそらくは時系列などもわからないだろう。

話が長くなるといけないので簡略に書きたい。

インターネットの黎明期をいつと見るかはいろいろあるのだろうが、二十一世紀に入ったあたりから急速に普及し始めたのだと思う。わたくし自身はいわゆるアナログ人間であって、仕事もそうした分野とはかけ離れていたため、ネットとは無縁の生活を送っていた。以前にも書いたとおり、教学には関心があるけれどもそれほど詳しいわけではない。これは当時も似たり寄ったりの状況であり、顕正会で出している書籍は読むものの、それ以外にわざわざ仏教書を買って読むようなことはなかった。ゆえに宗門のことも創価学会のことも、顕正会から発せられる情報のみを鵜呑みにしていたのが実情である。ましてや他門のことや一般仏教のことなど、知る由もなかった。

そこに転機が訪れた。

なぜネットの世界に入り込んで行ったのかは話が長くなるので割愛するが、ともかく世の中の流れに乗ってわたくしもパソコンを買い、回線を引いてインターネットを利用するようになった。そこで最初に出会ったのが富士門流信徒の掲示板だったのである。

たぶん、今では想像することが出来ないだろうが、当時は一極集中の形容が相応しいくらいに富士門流信徒の掲示板が隆盛を極めていた。わたくしはそこでの丁々発止の議論を目の当たりにして、文字通りに目から鱗が落ちたのだった。何しろ顕正会の書籍しか読んだことがなかったものだから、知らないことがいっぱい出てくる。しかもそれを論じている人たちは、必ずしも大学の先生だとかそうした専門家ばかりではなかった。もちろんハンドルネームだからその正体はわからないものの、市井の人たちという雰囲気も少なからず感じられたのだった。

犀角独歩系の掲示板というのは結果論であって、わたくしが発見した当時は法華講員を名乗る人がけっこういて活躍していた。創価学会系の人物もいたし、絶対数は少ないものの顕正会系の人物も登場していたのだ。

ゆえに富士門流信徒の掲示板は、正信会・顕正会・創価学会など今日の四分五裂してしまった状況から、再び大同団結して広宣流布を目指すというコンセプトで始まった掲示板だったはずなのである。

簡略に書いたつもりだが、けっこう長くなってしまった。

以上のような理由で、わたくしがかの掲示板に参加した当初はまだ謗法色がそれほど濃くなかった、顕正会系の先輩たちはもちろんのこと法華講員のお兄さんお姉さんたちがキラ星のごとく輝いて見えた、ということでわたくしはハマリ込んでいったのである。

逃げ出したというのも話は簡単だ。

ご存知のごとく、かの掲示板はやがて謗法色が濃くなっていくのだが、残念ながら誰もそれを食い止めることが出来なかった。ぶっちゃけ言えば、謗法者を破折屈伏することが出来なかった。わたくしもその一人である。そして誰もいなくなった。

ブログも掲示板も更新がなくなると終わりである。拙ブログも頻度は落ちたものの、こうして更新が続いているから閲覧者もいるしコメントを下さる人もいるわけだ。掲示板も同じで誰も投稿しなくなったらオシマイなのだ。

恥を忍んで当時のことを書いたわけだが、実は恥であると同時によき思い出でもあるのだ。毎日どころか毎時毎分のごとくに更新があって、それも多士済々・多種多彩であって、さまざまの立場の意見を伺うことが物凄く楽しかった。リアルタイムでそれが経験できたことは自分にとって大いにプラスになったと思う。

その後、わたくしは独白ブログという、いわば自分の殻に閉じこもる道を選択したわけだが、結局はこうしてコメント投稿者と議論をしているので、当初の独白というコンセプトは崩れてしまったわけだ。まあ、それはそれで構わないのだが・・・

以上、関の山氏へのお返事としては甚だ不十分ながらも、回想記のようなものを書かせていただいた次第である。

さて、ディープスロート氏のコメントもひじょうに厄介だ。

氏は妙信講時代に入信したものの、かなり早い時期に宗門へ移籍したごとくである。それが具体的にはいつ頃なのか文面からは判断できないが、それはさておくことにしよう。

話を思いっきり端折ってしまえば、顕正会から宗門へ移籍したけれども、結局のところ、宗門に対しても失望を禁じ得なかった、ということだろう。宗門が顕正会化している。より具体的には、宗門のやっている折伏も顕正会のようにノルマ化している、ということだろう。氏はその実態をかなり詳細に書いておられるが、わたくしもそれを読めば、さもありなん、と思う。一方で、ユタ氏の書いておられるように、逆の意見もある。これは末寺によって差があるのかもしれない。たまたまユタ氏の寺院とディープスロート氏の寺院が正反対なのかもしれないが、いずれにしても顕正会が抱えているような問題を宗門も内包しているのは事実だろう。わたくしは何も宗門に過大な幻想を懐いているわけではないのだ。

生意気なことを書くが、ここに八十歳の人間がいるとしよう。わたくしから見れば、人生の大先輩だ。しかし、この人は八十歳の今を初体験しているのだ。九十歳でも百歳でも同じ理屈である。人生経験豊富な人でも次の瞬間は未知の領域である。豊富な経験によって、こうだろう、こうなるに違いないという予測は可能だが、必ずしもそのとおりにならないのが人生だ。

組織も同じだろう。顕正会が迷走しているのは事実であるが、実は宗門だって同じことなのだ。創価学会もしかりで、先般の本尊義などが好例だろう。

ちなみに、物は言い様である。迷走よりは試行錯誤のほうがマシだろう。宗門の場合は試行錯誤と言い直したほうがよいかもしれない。

先日、保田や西山をあげつらって、彼らは自前の信徒組織を育んでこなかったという意味を書いた。実は大石寺も五十歩百歩のところがなきにしもあらずであって、大まかに言えば半世紀ほどは創価学会全面依存の時代だったとも言えるわけである。その間、怠けちゃった。だから今になって苦労しているような意味もあるだろう。

だが、しかし、それとは別の意味で、今はまったく未知の局面に突入しているとも言えるわけである。

まさにこの二十一世紀という新時代において、どのように仏法を弘めていくか、である。

これはもう、今までの経験だとか常識だけではどうにもならないことであって、恐れながら申し上げれば御当代だろうが御隠尊だろうが同じことなのである。ゆえに今、宗門がかつての創価学会における折伏大行進だとか顕正会のそれをマネしてもうまく行かないのは当然であって、これはいわば試行錯誤の段階なのだと考えるしかないと思う。その意味で宗門は次のステップへ進まなければいけないが、先ほどから繰り返し書いているように未知の領域であるからして、そこに明確な答えがあるわけではない。そんなところである。

以上、思いつくままに好き勝手なことを書いてしまったが、そこはご容赦願うばかりである。

2014/11/23

男子部大会会長講演批判各論  
のび太氏のコメントを拝見するまで、地震のことはまったく知らなかった。それで大急ぎでニュースのサイトを開くと、それがけっこう大きな地震だったことがわかった。家屋の倒壊している写真が載っていたからだ。

へな氏のご指摘はまさにそのとおりであって、今回なぜにわざわざ結集人数を公表したのか知らないけれども、顕正会の実態を如実に物語る意味において貴重だった。これをもって男子部の結集状況も類推することが可能となる。すなわち男子部大会には五万人が集まったとされているけれども、その直後のビデオ放映にはそれ以下の人数しか集まっていないと考えられるのだ。

大会とビデオ放映では条件が異なる。

大会は同じ場所・同じ時刻に五万人が集まる。いわゆる一堂に会するということだ。一方のビデオ放映は全国各地に会場があって、しかも日時に幅がある。どちらが厳しい条件かは明白だろう。同一会場・同一時刻のほうだ。
であるならば、ビデオ放映には五万人以上の参加があってしかるべきで、その逆はひじょうに考え難いことである。ところが女子部の結集が示すごとく、大会よりもビデオ放映のほうが人数が少ないのだ。

この理由は何だろうか?

すでにお気づきのことと思うが、昨年であれば女子部大会の三万五千人結集はウソッパチであり、本年もまた男子部大会の五万人結集はウソということなのだ。これ以外に合理的な理由を説明できる人がおられれば、ぜひともご披露願いたいものである。

さて、ユタ氏のコメントであるが、これはひじょうに重要である。

わたくしはわりと教義に関心があって、拙ブログにおいては教学関連のことをけっこう取り上げているつもりである。類は友を呼ぶ、という。それがためか、コメント投稿者においても教学関連のことを書く人が多い。
ここでひじょうに厄介なことが起きる。これは日蓮系の宿命なのかもしれないが、いわば正統派争いみたいなことが起きて、議論が紛糾することになるのだ。マレには他山・他門の人が参戦することもある。キリスト教系の人が来たこともあるくらいだ。
別にわたくし自身は勝ち負けを争っているつもりはないので、それはそれで一向に構わないのだが、しかし、少々やり難いのも事実である。教学を論ずるに当たって上下関係はない。ゆえに遠慮会釈は必要ない。そのような理由でコメント欄は全面的に門戸開放しているけれども、実際には戦々恐々という心理もないわけではないのだ。

そこで正直な感想を書くと、このところ所属だとか過去の経歴だとかは不明ながらも教学に堪能な人がお出ましになって、けっこう苦戦を強いられる状況が続いていた。前回の拙稿はいわばその対応策の意味で書いたのだった。信徒は己の信仰がどのようなものかを必ずしも充分に理解しているわけではない、日蓮正宗系といえども必ずしも教学に関心のある人ばかりではない、といった具合である。

ユタ氏はそれを身をもって証明してくれたわけである。

それにしても氏は不思議な人物である。かれこれ何年になるだろうか、かなり長いお付き合いであるが、これまで一度として教学関連のことを書いたことがない。いや、一度としてというのは誇張が過ぎるかもしれない。もしかしたら何かしら書いておられるのかもしれないが、それがほとんど印象に残らないくらい教学ネタには食いつかない、それがユタ氏なのである。

 顕正会に居続けた理由もそうですが、人との輪を大事にしたいからですよ。
 そういった人間にとって、実は宗教はどこでもいいのです。
 基本、どこでも人の輪を大切にするのが宗教団体ですからね。
 たまたまそれが今、日蓮正宗法華講にいるだけですよ。


コメントの一部を紹介させていただいたわけだが、顕正会関係者にしても法華講の関係者にしても、もしかしたらガッカリしたかもしれない。なぜならば正義を主張するのが正宗系だからである。顕正会が正しいと確信したからでもなければ、日蓮正宗が正しいと確信したからでもない、では何なのかと言えば、人との輪を大事にしたいからなのだそうである。

ある意味、わたくしにとってはありがたい存在である。

というのは、拙ブログには法華講関係者も出入りしているが、たいていがケンカ別れになっている。なぜならば、わたくしは正宗批判も辞さない。正宗シンパを謳いつつも、批判的なことも書く。ことに戒壇論に限っては厳しい。全体的に見れば顕正会批判のほうが圧倒的に多いわけだが、戒壇論に関しては正宗側に相当の問題があると考えているわけだ。

すると、マレには反論してくる法華講員がいて、そういう人はたいていが元顕正会員であり、顕正会を全否定したいという思いが強いのだろう、その点がわたくしとは相容れないのである。それでケンカ別れになってしまうというパターンなのだ。

この点、ユタ氏はまったく当てはまらない。ネット上での付き合いに過ぎないけれども、わたくしとの関係を大事にしたいということなのだろう。実にありがたい存在である。

さて、今日は他に書こうと思って用意していたことがある。男子部大会の会長講演を批判するものである。以前のものを総論とすれば、今回は各論に位置付けられると思う。

まず、顕正新聞第1324号二面の記事から紹介する。

 中国は建国以来、「二〇二〇年代にアジアから米国勢力を駆逐し、大中華帝国を築いてアジアに君臨する」との国家目標を掲げ・・・

いつものごとく、各地の集会において会長講演が反復される。これは第十一婦人部長の登壇記事であるが、浅井先生の男子部大会での発言をご覧のごとく書いているわけである。

おいおい、それは違うだろう。

中国の建国は一九四九年とされている。上掲の言い方だと、あたかもその時から二〇二〇年代を見据えていたかのごとく読めてしまうが、そんなことはあるまいと思う。そんな国家目標の立て方があるわけがない。凡夫は未来のことがわからないのである。十年先のことだってわからない。いや、もちろん、十年先二十年先のことを目標として掲げることはあるし、五十年先百年先の目標だってないわけではないだろう。だが、しかし、上掲はいかがなものかと思う。

他の幹部も似たような書き方をしているが、当の会長講演を読むと必ずしもそうは書かれていない。この意味では幹部たちが勝手に誤読していることになるだろう。しかし、これを顕正新聞にそのまま載せるということは、ある意味ではこれが正しいと言っていることにもなるわけで、それを踏まえて会長講演を読み直すと、なるほど、そう読めなくもないのだ。つまりは会長講演に問題があることになる。

これ以上は煩瑣になるので掲げないが、建国以来云々が会長講演の文脈であるならば、それはさすがに違うだろうというのがわたくしの意見である。

さて、会長講演にはこの直前にも問題がある。たまたま第十一婦人部長の記事の右隣に関連する文章があるので紹介しよう。

 ことに、御在世における大蒙古国の版図をなぞるような、現中国の領土拡大の規模には圧倒され・・・

第十六男子部長の登壇だが、この文章そのものは特に問題ないだろう。では、会長講演はどうかであるが、まずは読者のご判断を仰ぎたいと思う。

 大聖人御在世には大蒙古が、そしていま広布前夜には中国が、ともに日本の隣国に出現したのも不思議ですね。そして両国はともに類まれな侵略性の強い国でもある。

実はこのくだりもそれほど問題を感じない。正しいか間違っているかは別にして、いわば浅井先生の認識を示しているわけである。蒙古と中国の共通性についてである。

では、何が問題なのかであるが、それはまさに「版図」である。

大蒙古の最大版図

中国の版図


図面をお見せできなくて恐縮であるが、顕正新聞第1321号四面には二つの地図が上下に並べられていて、その地図の意味するところが上掲である。わたくしはこれをインチキだと思う。

図面のサイズは、ほぼ同じである。しかし、縮尺が異なるのだ。

縮尺を謳っていればまだしも、それがどこにもない。すると、ウッカリすれば同じ縮尺の図面であると勘違いする人がいるかもしれない。同じ縮尺で同じサイズの図面を並べるのは、両国の共通性を客観的に示す意味で正当である。しかし、サイズが同じでありながら、こっそりと縮尺を変えるのは、不当である。インチキも甚だしい。

つくづく図面を紹介できないことが悔やまれるが、もし同一縮尺だったらどのような印象を受けるかを書いておくと、大蒙古の規模に比べれば中国はまだまだ小さい、ということになる。これを逆に言うと、中国を大きく見せたいということだろう。中国脅威論を主張する顕正会としては当然だかもしれない。

結論として、掲載図面はきわめて恣意的ないし意図的、さらに言うならば詐術的ということになる。

己の主張をよりいっそう強調するためにさまざまの工夫を凝らすのはけっこうなことだが、インチキをしちゃいかん、ズルをしちゃいかん、ということである。

2014/11/20

冬の到来  
傍観者v氏のコメントを読んで、どうやって対応したらよいものかと思案しているところに、成田氏から絶妙のコメントが寄せられた。短い文章であるが、ひじょうに鋭いと思う。いずれにしても顕正会の宗門復帰はわたくしの個人的願望であり、客観的にはきわめて実現性の低い話であることを承知の上で、書かせていただいているのだ。創価学会が宗門からのいっそうの乖離を示し始めた今のこの時期だからこそ、意味のある発言なのではないかとひそかに思っている次第である。

関の山氏からは傾聴に値する数々のご指摘をたまわった。

保田や西山からの入会者は、基本的にはあり得ない。なぜならば教義信条が異なるからだ。たぶん、このようなお考えなのだろうと思うが、なるほど、それはごもっともな話である。

ただし、現状でどれほどの信者がおられるのか知らないが、おそらく、その最大の供給源は創価学会なのではないかと思う。ようするに創価学会からの移籍者という意味だ。
これが何を意味するかと言うと、かの二つの寺院は由緒のある古刹ではあるものの、長らく自前の信者組織を持たなかった。今、それ相応の組織があるとすれば、それは日蓮正宗系から流れてきた人たちによって構成されている。その最大の供給源こそが創価学会なのだ。
もちろん、当てずっぽうである。調べたわけではない。その前提で話を進めさせていただくが、もし、わたくしの観察が正しいとすれば、彼らは教義にそれほどコダワリを持っていないのではないかと思う。つまり、大石寺教学(ないし創価学会教学)の間違いに気づいたからとの動機で移籍するなんて人は、ごく少数なのではないかと思うのだ。

いやいや、そんなことはないと、おっしゃるかもしれない。

拙ブログに集まる人たちは教学に詳しい人が多い。関の山氏もその一人だ。わたくし自身はそれほど教学に詳しいわけではないが、関心はある。
つまり、我々は錯覚しているのだ。我々の視点で考えると、まさに教義信条が第一義であって、それによって大石寺の信仰を捨て他山に移籍するというのが自然な動機だと考えてしまいがちなのである。
しかし、そういう人ばかりではない。むしろ、それは少数派である。

では、移籍の理由は何かであるが、甚だ矛盾するようなことを書くと、移籍の理由は教義信条である。ようするに、表向きの理由がそうだという話なのである。紹介者であるとか説得者がいて、彼らが教義信条を説いて移籍を促す。ゆえに表面上はそれが移籍の理由となる。しかし、信仰者の多くは案外にわかっていない。関の山氏のように教学に明るい人からすれば想像を絶することかもしれないが、己の宗教がどのようなものかよくわからずに信仰している人が案外に多いのである。

なぜ、わたくしがこのような考えに至ったかを書いておこう。

今でこそ口舌の徒の典型であるが、かつては折伏を実践していた時期があって、当然ながらさまざまの人たちに遭遇したものだった。そうした中で、昭和二十年代に創価学会に入信したという婦人の話を、その子息から聞いたことがあった。子息は信仰心のカケラもない人物だったが、少年時代は熱心な母親の勧めであろう、わけもわからず創価学会の集会に行ったことがあったそうだ。そこで、池田先生からパンと牛乳を手渡された、などと言っていた。母親は二十年代入信のツワモノである。それ相応の幹部だったのかもしれない。当然、わたくしは母親に会って折伏するつもりでいたので、子息にその機会を設けるように言った。ところが子息はそれを渋った。結局、実現しなかった。

子息の話によると、すでに母親は創価学会をやめており、当時は別の宗教をやっているらしかった。宗門だろうか、正信会だろうか、などと勝手に想像していたが、なんとそれは神道系の新興宗教だという話なのである。その名称はわかっているのだが、ここでは伏せておこう。

ともかく、わたくし的にはけっこう衝撃的な話だった。

そんなわけで、顕正会にもいわゆる正義にめざめて入会してくる人がたくさんいるけれども、いったいどこまで理解して入ってくるのかは、甚だアヤシイと言わざるを得ない。実際、トンチンカンな発言をする人がいるのも事実で、拙ブログでもそうした事例をこれまでいくつも取り上げている。

理解度は人それぞれである。記憶のメカニズムも複雑で、過去の情報が完全に消去されて新たな情報がインプットされる場合もあれば、過去と現在が混ぜこぜになってしまう場合もある。人生経験の内容だとか長短によっても、それが変わってくる。ゆえに同じことを教えても、まったく違った理解を示すことが起きるのだ。

日蓮正宗(創価学会)から他山・他門に移籍するのはまだしも、神道系の新興宗教に移籍するというのは考え難いことだ。しかし、現実にこうした事例が存在するのだから、仕方がない。

わたくしの結論はすでに書いたごとく、教義信条こそが第一義だというのは必ずしも正解ではなく、わけのわからない衝動こそが信仰者の行動原理なのではないか、というのがいちおうの結論である。

先ほど、創価学会を供給源と書いた。

この意味は、既存の仏教各派は信者の新規開拓が困難となっており、そうした中で日蓮系の各派は創価学会のおこぼれを頂戴しているのではないか、という少々馬鹿にしたような意味を込めて書いたわけである。ちなみに顕正会はこれに当てはまらない。けっこう誤解があるのだけれども、顕正会はともかく片っ端から折伏しまくって、その結果として創価学会員にも当たるだけの話である。ゆえにどうだろう、わたくしはデータを持ち合わせていないので本当のところはわからないが、おそらく顕正会の構成人員のうち元創価学会員の割合はせいぜいが二割くらいなのではないかと思う。法華講員からの移籍は一割にも満たないだろう。すると全体の七割以上は新規開拓ということになる。

前回、顕正会の純粋さが光り輝くと書いたのは、創価学会に比してである。功績者を降格ないし粛清して来た組織が純粋かとの質問は、やや的を外していると思う。

ただし、その一方で言えることは、実力のある人材を潰してしまえば組織にとってマイナスのはずである。なぜ、そのような馬鹿なことをするのか知らないが、なるほど、顕正会の組織が伸び悩むのも当然である。

十万前後だと聞いた事ありますよ。

公称数と実数の乖離の甚だしさは、もはや取り繕いようのない事実である。実数で十万前後はおっしゃるとおりだろう。実は直近の顕正新聞に興味深い数字を発見したので紹介しておきたい。第1326号の五面に載る、総合女子部長の記事だ。

 この十月、全国で開催された「男子部大会」ビデオ放映に、女子部のビデオ放映としては過去最高の二七、四五七名の大結集が叶いましたこと、感激で一杯であります。

ご存知のごとく、顕正会には女子部の他に、男子部と婦人部がある。面倒臭いので四捨五入して、それぞれの結集人数を三万人ずつとすれば、九万人となる。

なるほど、十万前後は相当だ。

2014/11/18

各氏への返事を兼ねて  
常連の人に加えて、新しい人が二人ほどお出でになったりして、コメント欄はそこそこ盛況のようである。

今さら云々は確かにそのとおりだが、いみじくも二番目の人が語っているごとく、今も盲信している人がいる以上、同じ主張の繰り返しに過ぎなくても言い続けることの価値はそれなりにあるだろう。

担当者不在? いつ帰ってくるの?

わかりません。

それはないでしょう。昔ならまだしも、今は携帯があるんだから、連絡の取り様があるはずです。

いえ、それが音信不通なのです。

え? そんなバカな? だったら代理の人を出してください。

いいえ、代理はおりません。

なんだそりゃ? これじゃ、まったく話にならんな、帰ろう。

ユタ氏の話をわたくしなりに膨らませてみたわけだが、もし顕正会の対応がこんなテイタラクだったらオシマイである。何しろ日本を救おうと息巻いている団体なのである。それがマスコミ等の取材に対してまともに応じられないのだとしたら、これはもう自らインチキであることを証明しているようなものだろう。相手が理解するかしないかは別である。ともかく顕正会の主義主張を正々堂々と伝えればいいのだ。

保田や西山からの入会はたぶんゼロではないのだろうけれども、絶対数からして極めて少ないのだろう。

顕正新聞にはいわゆる「正義にめざめて」と題する記事がある。これは各種集会で必ずといってよいほど行なわれている登壇の、主には創価学会から、次に法華講から、そしてマレに正信会から、顕正会へ入会して来る人たちの記事である。頻度としてはこの順序が妥当なところであろう。ちなみに、これは顕正会の活動会員が創価学会員を狙い撃ちにしているからではなく、分母の大きさに比例してのことなのだと考えられる。すると保田や西山は信者の絶対数が少ないので、結果として顕正会への入会者数も少ないと考えられるのだ。

実際、わたくし自身はこの手の記事を読んだ記憶がないし、そのような見聞もまったくない。ただし、すでに書いたごとく、ゼロではないだろう。何しろ顕正会の総会員数はベラボウな数である。すでに幽霊会員と化しているにしても、保田や西山からの入会者がいないことはないと思う。

 私共だって、つい最近まで、

 戒壇の大御本尊さまが〜〜!!
 大聖人出世の御本懐で〜〜!!
 私共の御形木様は〜〜〜〜!!
 分身散体の法則で〜〜〜〜!!
 
 などと大嘘言って大折伏したんです。


沖浦氏は相変わらずフライングがお好きのようである。

わたくしの思うに、創価学会の首脳部はこれまで自分たちが主張していたことを大嘘だとは言っていないし、今後も言わないはずである。たぶん言っているのは沖浦氏とその他じゃっかんのネット論客だけであり、大多数の創価学会員は言っていないはずである。

もし、わたくしの観察が正しいのであれば、創価学会の首脳部も馬鹿ではないだろうから、これ以上の暴走は控えるだろう。

ちなみに浅井先生の言っていることは、上述のこととは性質が異なる。

先生は教義的な意味では一貫不変であり、まさにブレたことがない。もっとも、このように書くと法華講員のウルサイ連中が細かいことを言ってくるかもしれないが、そんなことを言ったらお互い様になってしまう。そうではなく、そうした瑣末な問題を抜きにして、信仰の根幹部分において一貫しているという意味を言っているわけである。いわゆる戒壇本尊本懐論だ。

この点、法華講員はよろしく斟酌願いたいものだ。創価学会が逸脱すればするほど、顕正会の純粋さが光り輝く。この構図は今後も変わらないはずである。逆に言うと、だからこそ創価学会首脳部もあまり馬鹿なことは出来ないはずなのだ。

話が脱線した。

浅井先生の言っていることは性質が異なる。ようするに自語相違という意味では同じかもしれないが、その内容がまったく異なるわけである。創価学会のやっていることは、いわば教義の改変である。しかし、顕正会のそれは違う。教義的には一貫不変なのだ。

では、何が問題なのか?

ようするに誓願を破ったことである。

あと○○年で百万を達成するだとか、一千万を達成するだとか、一億を達成するだとか、実に立派な目標を立てるものである。しかもこれは世間一般の目標とはわけが違う。いわゆる誓願なのである。その誓願を破って破って破りまくって、それでいて何の責任も取らない。これが問題なのである。

優勝請負人という言葉がある。

いろいろなパターンがあるのだろうが、たとえばプロ野球の監督などでそのように呼ばれる人がいる。これは万年最下位のチームを優勝に導くというような芸当をやってのけるわけだ。こうした実績を積んだ監督は、当然ながら他のチームからも声が掛かる。たいていが複数年契約である。さすがの名監督でも低迷しているチームを一年で復活させるのは難しいのだろう。ゆえに三年くらいが相場だろうか、ともかく複数年契約を結ぶわけだ。

プロの世界は厳しい。すべて結果責任である。そりゃそうだ。どんな言い訳も通用しない。結果を出せなければクビである。もちろん監督だけではなく、選手も同じである。

これは顕正会にも当てはまることではないのか?

つまり、結果責任を考えるならば、顕正会の会長はクビである。

実はここに顕正会の歪んだ構造があって、会長と一部の大幹部だけが特別扱いであって、それ以下の熱心な活動会員たちが結果責任を負わされるのである。ご存知のごとく、顕正会では年がら年中、人事が発表されている。組織が拡大してポストが増設されての新人事ならいいのだが、現実には降格人事が頻繁に行なわれているのである。だったら会長の降格人事も行なわれるべきだろう。理事長も降格にすべきだ。けれども上述のごとく、降格の憂き目に遭うのはいつも現場の人たちなのである。

教団を物心とも支えてる信者が一番偉いのであって、○○先生、○○教祖は教団の代表にしか過ぎない。

関の山氏のおっしゃるとおりだろう。

もっとも顕正会の首脳部だって馬鹿じゃないだろうから、こうした指摘が理解できないわけではない。会長をクビだと言われれば、それもわからなくはないだろう。ただし、顕正会は浅井先生が唯一の求心力であるという事実も揺るぎないところであって、それが先生をクビにも降格にも出来ない理由なのだと考えられる。

だからわたくしは言うのだ。顕正会の宗門復帰をである。

もし顕正会の宗門復帰が実現すれば、顕正会の会長は一人の信徒となる。現在は教祖などと揶揄されているが、それが教祖から一信徒に変わるわけである。いや、もちろん、公称数ではあるものの百六十数万を引き連れて復帰するのだから、まさに大檀越である。法華講の重鎮となるだろう。けれども信徒なのである。これが大事なところだ。

穿った見方をすれば、浅井先生はそれがイヤだからあえて独立教団路線を突き進んでいるのかもしれない。教祖でいたいのだ。教祖には降格がない。クビにもならない。なるほど、動機としては明快だ。

そんなわけで、今さら顕正会批判もないだろうという意見もごもっともではあるが、今後もわたくしなりの切り口で批判を展開していこうと思う次第である。

2014/11/15

壮大なる詐欺について  
十月九日に五万人結集の欺瞞について書いた。その時のキーワードが、壮大なる詐欺、だった。ようは五万結集そのものがウソッパチであると言いたかったわけだが、それと同時に会長講演の欺瞞についても書く予定だった。大幅な遅延ながら、今日はそれを書きたい。

ギリギリの広布最終段階

男子部大会特集号掲載の会長講演には、このフレーズが四回ほど使われている。最終段階という表現は初出を確認していないけれども、おそらくは十年くらい前から使っていると思う。ギリギリを冠するようになったのは、昨年くらいからだろうか?

もう、このこと自体がかなりアヤシイところで、インチキ商売の手口とさして変わりがないだろう。もしこの先、五年後十年後も同じことを言っていたら、アウトである。

もっとも、大聖人滅後七百有余年のスパンから考えればそれほど不自然ではない、というような理屈もなくはない。五年や十年、あるいは十年や二十年、そのくらいの誤差は許容範囲であると。

確かに一理あるけれども、それにしてもいかがなものかと思う。

その理由は実に簡単だ。

 顕正会はいま一六七万。まもなく二百万の仏弟子の大集団となり、一国をゆさぶる大諫暁に立つ。そしてこの二百万は、大聖人様の御守護により、一気に加速度をつけて五百万、一千万、六千万となる。されば二百万こそ、まさに広宣流布のカギであります。

おいおい、三百万はどうした?

ご存知のごとく、一頃は三百万を盛んに言っていたのである。それに頬かむりして上掲のごとく言うのはいかがなものかと思う。

 では、いつまでにこの二百万を成し遂げるか。

浅井先生の得意のフレーズである。もちろん数字はその時々で違うわけだ。

 私は、あと五年で、これを成し遂げたい。

これも得意のセリフである。もちろん数字はマチマチであるが、ともかく続きをご覧に入れたい。

・・・国難六年に当る五年後の、二〇一九年までにこれを成し遂げ、その翌年から、広布の決戦場たる二〇年代に突入し、いよいよ大聖人御馬前の御奉公を貫きたい。

だから何なの?

いちばん冷たく突き放した言い方をすれば、だから何なの? それがどうしたの? といった感じになるだろう。今までイヤというほど似たようなセリフを聞かされて来たので、今さら感動も何もない。しかも数字そのものはきわめて無難であり、かつての野心的・冒険的な目標値に比べれば、面白味がまったくない。

今さらながら、折伏理論書改訂版の記述を確認しておきたい。

 顕正会の会長として、謹んで大聖人様に誓い奉る。一千万は、あと十五年、平成二十五年までに必ず成し遂げること、堅く誓い奉る。

いわずもがな、今年は平成二十六年である。

わたくし自身、ひじょうに面倒臭いし、読者も飽き飽きしているだろうから掲げないけれども、これよりも遥か以前には、あと二十五年で広宣流布しなければ人類は滅亡する、というようなことを言っていたし、これ以降には前述のごとく三百万をいつまでにやるとか言っていたし、こうした発言は枚挙に暇がない。多少の誤差はあってもいいだろうが、その内容たるや多少の誤差にとどまるものではない。自語相違にも程があるというものだ。

前に何度も書いているが、もしジャーナリストなどが取材を申し込んで来て、上述のようなことを聞かれたらどのように答えるのだろうか?

アナタのやっていることはそこらのインチキ商売と変わらないのではないですか、あまりにもスケールが大きいのでわかり難いがしょせんは詐欺行為と変わらないのではないですか、と。

もちろん法律的なことはわからない。

しかし、浅井先生の発言に自語相違があるのは明らかであり、かつまた、それについては頬かむりをしたまま何の釈明もしないのだ。確かに一つの講演を単独で評価するならば、それなりに首肯できるものがある。だが、しかし、もし仮に会長全集でも出版したらどうなるかと考えたらわかるだろう。完全にアウトである。

一国をゆさぶる大諫暁に立つ・・・

再掲であるが、ともかく本気でこれを考えているのならば過去の発言を清算しておくべきである。それをせずして何が一国諫暁であろうかと言いたい。一国をゆさぶる前に、己の組織がグラグラと揺さ振られて崩壊しかねないことに気がつくべきなのだ。

2014/11/14

三氏への返信  
さっそく各方面から有意義なコメントを頂戴しているので取り上げたいと思う。溜まりに溜まった顕正新聞を片付ける仕事(?)もあるのだが、それは後回しというか、場合によっては省略してしまってもいいだろう。顕正会の本質的な問題はすでに明らかであって、必ずしも毎号チェックしなければいけないことでもないからだ。

紹介したように取り巻く環境は変化の連続です。

どうも年内の解散総選挙が現実味を帯びてきました。

私は、選挙の結果次第で政局は流動化すると見ています。


のび太氏のコメントの一部である。氏は変化に敏感だ。最初の行は、今回の創価学会における本尊についての新見解を意味するのだろうが、それに続いて年内の解散総選挙のことを書いておられる。仏法・世法の両面にわたって激動の変化を示しているわけだ。選挙の結果次第で政局が流動化するというのは、もちろんそのとおりだろう。この辺が難しいところで、与党が負けた場合どうなるか、より具体的にはその負け幅がどのくらいかによっても状況が変わってくるだろうから、現時点でこれを正確に読み取ることは誰にもできない。いずれにしても庶民にとっては景気の問題、そして消費増税の問題、ここらが切実な問題であって、誰が政権を取っても構わないのでともかく景気をよくしてほしい、可能ならば増税をやめてもらいたい、というのが一般的な意見ではないかと思う。

そもそも今なぜ解散総選挙なのか、その積極的な理由がわからない。その唐突さがわからない。たまたま聴いていたラジオでも、大義名分がはっきりしないというような意味をコメンテーターが言っていた。

こういうことを書くと問題かもしれないが、わたくしの思うに、安倍首相は自分から辞めるわけにはいかない、またかよ、同じことの繰り返しじゃないか、ということでいわば汚名を残すことになるので辞められない、だから一つの幕引きの方法として解散総選挙を考えたのではないかと。
ようするにアベノミクスは失敗だったわけで、株価がどうのこうの言っても庶民の生活には関係ない、庶民の生活実感が改善されない限りは失敗なのである。どうやらその結論が見えてきて、もはやどうにもならない泥沼にハマってしまっていることに気がついたのではないか、というのがわたくしの見方である。
ゆえに総選挙をやって自民党が議席を減らすだろうことは誰もが予想するところではあるが、それでもギリギリで勝ったとすると実は困るのだ。ようするに逃げ出すことができない。いつまでも泥沼の中でもがき続けなければいけなくなる。

ひじょうに酷な見方ではあるが、けっこう核心を突いているのではないかと思う。実は同様の意味で、もし仮に野党が勝利しても彼らは苦しむことになる。いわば日本そのものが助かる見込みのない重症患者みたいなものだからである。

この件はひとまず、これくらいにしておこう。

一昨日の沖浦氏のコメントはわりと秀逸だと思った。御書の引用もなかなかのもので、やや難解ながらもわたくしなりに理解させていただいた。

 人間革命出来ない方々が、他宗を責めてもダメですね。

最後の一行だけ紹介させていただくが、ここはひじょうに難しいところで、では人格者にならないと折伏できないのか、ということにもなりかねない。折伏そのものが一つの仏道修行であって、それによって人格が磨かれていくという側面もあるからだ。

おそらくここは成果主義の弊害という視点から読み解くべきなのだろう。

今現在の顕正会、あるいはかつての創価学会、これらは世間から物凄く嫌われているし、嫌われていた。なぜならば相手を救いたいという慈悲の精神ではなく、目先の成果に追われて折伏するからである。その上、折伏とは破折屈伏の意味であるから言い切らないといけない、最後はしっかりと罰を言い切りなさい、と来るわけである。これでは反感を買うのも当然である。この辺は微妙なところであって簡単には分別できないが、成果に追われての折伏と慈悲に基づく折伏では話している内容が同じでも相手に伝わるものが違うということなのだろう。全体として沖浦氏のコメントはこのような意味なのだと理解した。

そして今朝のコメントであるが、これについてはしばらく沈黙したいと思う。

たぶん宗門のほうでも何らかの反応を示すだろうし、顕正会でも浅井先生が何かしら言うに違いない。ネット上ではすでに法華講の諸氏がいろいろ言っているし、当の創価学会員の間でもさまざまのことが言われている。この意味で今回の創価学会の新見解は歴史的な大事件とも言えるわけだが、しかし、しょせんは第一歩に過ぎないのだと思う。おそらく本部首脳は内外の反応を窺いながら、次の一手を模索しているはずである。そんなわけで、あわてる必要もあるまい。わたくしなりにゆっくり考えて、いずれ書こうかと思う。

関の山氏から懇切丁寧な返信をたまわった。

ブーメランについてはそのとおりかと思う。むしろ、わたくしはそれを恐れて口をつぐむのではなく、ブーメランが戻ってくるのを喜んで受け留めたい。取り損ねて痛い思いをするのも一興だ。

そしてご紹介のリンクと次のキーワードがありがたかった。

空海のハンセン氏病説は「性霊集補闕抄」

わたくしの結論は、どうやら御書にはそのような記述はないらしい、ということである。

御書の一文一句を知悉しているわけではないが、少なくとも平成新編所収の御書にはそうした記述は見当たらないと思われる。もちろん、これから調べ直したいとは思うものの、すぐには無理だ。全編を通読するのに一年くらいは掛かる。ゆえに現時点では上述のように、・・・らしい、という結論に止めたわけだが、傍証的には次の樋田発言が有効だろう。

https://www.youtube.com/watch?v=YGQ8e65THIQ

樋田氏はこの最後のほうで、俗説かもしれない云々、と言っている。つまり、御書にはないと考えられるのだ。

すると関の山氏ご紹介のリンク先の記述は何なのだろうか?

 日蓮大聖人様は、様々な証拠をあげて「空海は癩病(らいびょう)で死んだ」と言われています。癩病(らいびょう)になって顔が溶けているので、顔が人に見せられないのです。「空海は業病を発して死んだ」と言われています。

二つ目のリンク先では、カッコ書きで(諸説はあるが)と断っているのでまだしも、上掲は大問題である。

それから未確認ながら、

顕正会の富士に真言宗批判として載っていた記事・・・

これも事実ならば問題だろう。ある意味、顕正会らしからぬ、ことである。

ともかく、御書にあるかないか、これが大前提になるのだと思う。少なくとも大聖人は空海よりも後の御出現であられるわけだから、その説が正しいのであれば当然採用されたであろう。しかるに御書にはそうした記述がないらしいのである。ならば不採用ということだ。それを後世の我々が真言宗破折に好都合だからといって使うのはいかがなものかと言わざるを得ない。わたくしに言わせれば、不見識のきわみである。

2014/11/12

長期休暇の後で  
わたくしが休んでいる間に何やら大きな動きがあったごとくである。まるで浦島太郎状態だ。

まず、すかいみかん氏にお返事申し上げよう。

直接コメントできなくてすみません。情けない話ですが私、巌虎ブログのコメント欄の猛者の皆様と激論を交わせる気がしないのです。

この素直な心情の吐露こそが尊いことで、むしろ知ったぶりだとか衒学癖みたいなものがいちばんダメなのだと思う。近代仏教学を振りかざしている人たちの自戒すべき点である。

さて、そこでわたくしなりの反撃である。

まず、関の山氏は質問に答えていない。例の空海の話である。これについてご回答願いたい。

日出でぬれば星隠れ、巧みを見て拙きを知る

伝教大師の言葉だそうだ。

わたくしはこれを教法流布の先後に当てはめ、大聖人の仏法が出現したら、もうその後には何も出てこない、大聖人の仏法を超えるものは存在しないからだ、などと考えていた。もちろん、時代時代で単発的に出てくるものはあるだろうし、それが一時的には隆盛を極めるようなこともあるだろう。ただし、それはいわゆるブームのようなものであって、永続はしない。なぜならば、万年の外未来までも流れるべきは、大聖人の仏法だからである。

おそらくこれは手前味噌の論理なのだろう。どこかに誤謬が潜んでいるに違いない。わたくしは信仰者であると同時に、こうした自己反省の目線も併せ持っている。いや、これは自慢でも何でもない。たぶん、誰もが多かれ少なかれ持っていることであって、ようはそれを口にするかしないかだけの話なのだろう。わたくしは饒舌なだけなのだ。

さて、そこで上掲の言葉であるが、近代仏教学ないし現代仏教学が大聖人の仏法に潜む数々の誤謬を指摘することが信仰者に何をもたらすかに思いを馳せる時、なぜかしっくり来ないという現実に気づくのだ。

わかり難いので一例を挙げよう。

現在、蒸気機関車はほぼ死に絶えたと言っても過言ではないだろう。電気かディーゼル、これが現在の鉄道の主流である。蒸気機関はいわゆる産業革命の原動力となった意味において人類の歴史に燦然と輝くものであるが、さりとて今現在、それを好んで利用する人はいない。もっと高効率の動力源が存在するからだ。

この辺はユタ氏の得意分野であろうから補足いただくとして、まさにこれが日出でぬれば云々に通ずるわけである。

大聖人は、智者に我が義やぶられずば用ひじとなり、と仰せあそばす。裏を返せば、大聖人の仏法より勝れたものがあるならそれを用いればよい、という意味になるだろう。であるならば、近代仏教学ないし現代仏教学の成果によって、我々は軌道修正を余儀なくされるのではないか、旧態依然のままの信仰は通用しなくなるのではないか、ということになりそうである。

ところが現実は違うようである。

これはいみじくも、のび太氏が指摘したごとく、仏法と仏教学は異なるからなのだろう。それがすべてと言ってもいいかもしれない。

もしそうならば近代仏教学を振りかざす人たちの徒労感たるやハンパないものがあるだろう。

アンタたち何が言いたいの? ずいぶん面倒臭いこと言うわね? どうぞご勝手に、ご苦労さま。アタシたちはアタシたちの道を進むから、ほっといて頂戴!

これで終わりにしてもいいくらいなのだが、実はもう一つ重要な点を見逃していると思われるので、そこを取り上げておきたいと思う。

難行道・易行道

これはご存知、念仏宗で使う言葉である。念仏の一行のみが易行であって、それ以外は悉く難行であると。いわゆる鎌倉新仏教が広く民衆に受け入れられたのは、この易行ということが大きいのだろう。そこで専修念仏が爆発的に弘まった。

いわば大聖人は後発組である。では、この念仏に対し、大聖人はどのような破折をあそばされたであろうか?

念仏無間地獄

これがいちばん明快だ。いわゆる四箇の格言は単純明快で誰もが容易に理解できる。おそらくは大聖人御自身が心掛けておられたのだろう、平易であることをだ。

ちなみに守護国家論では念仏に対し、念仏なんかよりも法華経のほうが百千万倍も易行である、という意味を仰せあそばしている。

法華経こそが易行であると。

これは顕正会が強調してやまない、南無妙法蓮華経の難しい意味はわからなくとも信じて唱えれば自ずと功徳を生ずる、ということに他ならないわけである。

たぶん、これが仏教学を云々する人たちの盲点ないし欠落点なのだろう。

実はテクノロジー全盛の時代においても共通していることがあって、それはエンジニアとユーザーの立場の違いである。
自動車の性能は年々向上しているし、さまざまの技術が導入されて複雑になっている。パソコンなども同様だ。しかし、ユーザーの立場としてはその利便を享受できればいいのであって、極論すれば中身をまったく知らなくても構わないのである。
同様の意味で、信仰者は功徳が得られれば難しいことなど知らなくても構わないし、むしろ昔から戒められているのがいわゆる有解無信なのである。

アンタたち何が言いたいの? ずいぶん面倒臭いこと言うわね? どうぞご勝手に、ご苦労さま。アタシたちはアタシたちの道を進むから、ほっといて頂戴!

再掲であるが、これは冗談である。ここに戻りたいわけではない。わたくしの思うに、実は仏教学の立場においても平易に語ることが求められているのではないか、ということなのだ。それができないからそっぽを向かれてしまうのだ。

拙ブログのコメント欄に書き込むということは、何かを訴えたいのだろう。いわば啓蒙である。ところがなかなか蒙を啓くことができない。なぜできないか? それはもちろん、こちら側が無知蒙昧だからであって、もはや度し難いレベルだからなのだろう。ところが仏法はその度し難い人たちを救済するのである。では仏教学はどうかである。そこが問題だ。我々は救われるのであれば仏教学でもいいのである。

さて、沖浦氏からはたくさんのコメントを頂戴しているが、さしあたっては次の文章が気になった。

 他宗を責めることではなく、自身の命の中で戦いを起こせないから、怨嫉謗法の誘惑に負けるんです。

これはどうなんだろうね。御書の引用があるけれども、あまり適切とは思えないなあ・・・。何しろ大聖人は他宗を責めてますからね。大聖人御自身もそのおつもりでしょう。つまりは沖浦氏の勝手な解釈ってことだ。


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