2015/1/8

本年最初の論考  
元法華講氏はそろそろ所属を明らかにされたらどうかと思う。そのほうがスッキリしていいだろう。気分的にもそうだが、議論のほうもわかりやすくなるに違いない。

で、顕正会員や法華講員が最も陥りやすいのが御書至上主義ですが、私はあくまで在家の凡夫なので軽々に御書を紐解かないと決めております。最も「仏教学者」や「僧侶」になろうと言う方であれば、どんどん引用などされると良いかと存じます。

しかし、これは通らない話だと思う。御書至上主義かどうか知らないが、御書を心肝に染めるべしというのが日興上人以来の伝統であり、おそらくそれを広く徹底したのが戸田城聖氏であろう。彼は会長就任時に御書の発刊を決意し、一年後には実現している。その実行力もさることながら、単に書物を発行するだけに止まらず、教学振興に力を注いだ意味において、その功績たるや甚大なものがある。その結果、日蓮宗の坊さんたちが震え上がることにもなった。彼らもしょせんは職業僧侶であって、その多くが親から寺を引き継いだような人たちなので、それほど熱意があるわけではない。よって教学的な意味でも、ごく一部の僧侶を除けば大半が不勉強なのだ。ゆえに創価学会員にボコボコにされる結果となった。いや、ボコボコというのは表現であって、何も暴力を意味するわけではないが、ともかく当時の創価学会員は威勢がよかったのだ。それが昭和四十五年あたりでストップすることになったのは、皆さんのよく知るところだと思う。いわゆる言論問題というヤツだ。

話が脱線してしまったようだ。

在家信徒が御書を学ぶ意味においては、顕正会や法華講よりも創価学会が先行する。いや、もちろん、古くからの法華講員の中にも勉強家はいたであろうが、組織的に広く学ぶ機会を設けたのは創価学会が先だった。我々は後塵を拝していることになるのだ。いずれにしても仏教学者や僧侶を目指しているわけではない。つまりは行学の二道を励んでいるわけであって、それがいわば信仰の一要素なのである。

それはともかく話を進めよう。

唯授一人が大聖人の本意だとすれば、六老僧を選ぶ必要はなく、最初から日興に譲るとされているはずであり、後世の勝手な言い訳にすぎない。叉、血脈というのも同様で、明治期に断絶している事になり意味がない。

鋭い指摘ではあるものの、部分的には意味不明である。明治期に断絶している、というのがわからない。単にわたくしが不勉強なだけなのかもしれないが、もう少し具体的に教えていただければありがたい。

 伝授を受ける人が全人類で1人なんて言うのは、仏法の本位から外れていますね。

これは先に頂戴していた沖浦氏のコメントである。前掲の元法華講氏のコメントと通ずるものがあるというか、言い方が違うだけで言っていることはほぼ同じである。

以前、ある会社の話で、こういう不文律があると聞いた。会長と社長は常に別行動、とりわけ同じ飛行機には絶対に乗らない、と。
週刊誌ネタになりそうな話だ。某企業は上層部で深刻な対立が起こっていると。
しかし、そうではなかった。もし飛行機事故でも起これば大変なことになる。一度にツートップがいなくなってしまうからだ。それを避けるために同じ飛行機には乗らないのだそうである。

リスク回避の一つの方法なのだろう。確かに会社によってはワンマンのところもあって、その社長が事故や病気などで急死してしまって、経営が成り立たなくなるような話はよく聞くところである。中小零細企業に多い。しかし、大企業はそんなバカなことはないだろう。
とは言うものの、トップシークレットというものがあるのだと思う。機密情報である。上層部のごく一部の人間しか知らない情報だ。くだんの会社であれば、会長と社長しか知らないことがあるのだろう。二人がいっぺんに死んでしまうと困ることになるのだ。
しかし、それは何だろう。具体的には何なのだろうかという疑問がある。わたくしの想像では、さしあたってパスワードのようなものがそれに該当するのではないかと思う。パスワードがわからないとニッチもサッチも行かないことになる。解読する方法が見つからない限り、その中身は永遠に封印されたままになる。企業活動としては致命的だろう。

回り道をしてしまったが、本題に戻ろう。

沖浦氏の言っていることも相当だと思う。わたくしは日蓮正宗シンパではあるものの、疑問がまったくないわけではない。たとえば今も非公開の御相伝があるとされている。オイオイ、いったいそれは何なんだよ、というのが本音である。
もしそれが本当ならば、御隠尊と御当代の二人しか知らないわけである。不謹慎ながら、もしこの二人が事故でも病気でもして、いっぺんに遷化されたら大事件だ。もう御相伝の中身は永遠にわからなくなるのだ。
ゆえにそれはハッタリだろう。そんなものは存在しないに違いない。というのがわたくしの中での一つの結論である。しかし、それと同時に、もしかしたらあるのかもしれない、という思いも捨て切れずにいるのだ。

また、なぜにそれが秘匿されているのか、なぜ公開したらいけないのか、われわれが知るとどうなるのか、それがまったくわからないところが不満である。

七百年間、一人から一人へ伝えられているものがあったとして、もし仮にわれわれがそれを聞いたらどうなると言うのだろう。なあ〜んだ、そんなことだったのか、大したことないじゃないか、ということにもなりかねないのではないか。

正直な思いを書いた。その上で言うべきことは言っておこう。

法門には理解度がある。ようはレベルである。創価学会が教学を広く徹底したのは前述したとおりだが、やはりそこには段階というものが必要だった。顕正会も同様で、教学に力を入れていた時代には六段階のカテゴリを設けていた。すなわち登用から一級までの六段階である。

この意味で沖浦氏の言っていることは間違いである。レベルが違えば、教える内容も変える必要がある。学ぶほうだって、いきなり難しいことを教えられても困るだろう。ぜんぶが等しく学ぶわけではないのだ。

そして五人所破抄などを拝すると、五老僧ですらも法門への理解度に問題があったことがわかる。日興上人とはレベルが違い過ぎたのだ。この辺に唯授一人の必然性ないし蓋然性のようなものを感じるのはわたくしだけであろうか?

唯授一人が大聖人の本意だとすれば、六老僧を選ぶ必要はなく、最初から日興に譲るとされているはず・・・

再掲であるが、これはわたくしの考えとは真っ向から対立するものの、確かに有力な意見だと思う。文献的にもこちらが不利であり、相手側のほうが圧倒的に有利である。ゆえに六老選定と唯授一人の整合性が見い出せない限り、議論としてはわたくしの負けとなる。この点は素直に認めなければいけない。

その上で諸氏の見解をお伺いしたい。六人の意味は何か、である。

そもそも六という数字に意味があるのかどうか、もちろん仏法上の意味である。もしそこに意味がないとしたら、大聖人はなぜに六人だけを選ばれたのか、である。十人とか二十人ではダメなのか、逆に三人とか四人ではダメなのか、である。

当時、身延には百人もの弟子が寄宿していた。叡山三千人からすれば、物凄く小規模ではあるけれども、しかし、わたくしの感覚ではけっこう多いのだ。つまり、百人もの弟子がいて、なぜに六人なのか、というのが一つの問題提起である。百人全員を本弟子にするわけにはいかないにしても、十人から二十人くらい選んでもおかしくはない。

もう一つの考え方としては数字に意味を持たせる方法である。ラッキーセブンというのは現代人の発想ではあるが、まさに御題目の七字に相当する。三人ならば三大秘法がすぐに思い浮かぶ。そもそも三は仏法世法双方にわたって汎用性の高い数字であるから、いくらでも説明がつくだろう。四人は申すまでもなく四菩薩である。

といったアンバイで考えていくと、本弟子六人の意味があまりよくわからないのである。あるいは六万恒河沙がそうなのだろうか?

いずれにしてもである。繰り返しになるが、五人所破抄の記述を信用するならば、日興上人と他の五人には御法門の理解度において相当の開きがある。その意味からしても、この六人の選定がどのような基準によるものなのか、いまいちよくわからないのである。

話が長くなってしまったが、もう少しだけ書いておこう。

此の妙法蓮華経は釈尊の妙法に非ず。既に此の品の時上行菩薩に付嘱し玉ふ故なり。

御義口伝の一節である。実は、この付嘱ということに関しては、当該御指南と観心本尊抄とでは言っていることが異なるのだ。煩瑣になるので、本尊抄のほうはキーワードだけ紹介しておこう。

地涌千界の大菩薩

四大菩薩


なぜだろうか、わたくしにはわからないが、本尊抄では上行菩薩に付嘱するとは仰せられないのだ。四菩薩に付嘱すると仰せなのである。そう、四人なのである。

それが後年、一人に絞られていく。

以上、これが本弟子六人の選定と唯授一人との整合性と成り得るかどうかは読者の判断に委ねるところである。


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