2015/3/1

「学会員を救う特集号」補遺  
沖浦氏からの活発な投稿が続いているけれども、今日は少し話題を変えたいと思う。「学会員を救う特集号」で気になったところをいくつか取り上げたい。

 もし、この侵略に対抗して戦えば、圧倒的な核戦力によって日本全土は忽ちに廃墟と化す。

ようは中国が攻めてくるというのだ。これは浅井先生の年来の主張であり、今さら驚くに値しないところではある。ただし、これを創価学会員が読んでどう感じるか、そこが興味深いと思う。何しろ彼らは中国とわりと友好的だからだ。

それにしても、日本全土が廃墟と化すとは聞き捨てならないことであり、もし本当ならば大変なことである。続きの文章もセンセーショナルだ。

 もし屈服すれば、日本はウィグル、チベットのようになる。忽ちに中国人が一億人も移住して来て、日本は漢民族の国になってしまう。そして中国共産党の支配下に置かれ、中国に奉仕する国になってしまう。これが「亡国」であります。

今までうっかりしていたことがある。

これまでの会長講演にもあったはずだし、各種の登壇記事にも出ていたと思うが、近年、中国人が日本各地で積極的に土地を購入しているという話がある。また、わたくしの周囲には中国人がけっこういるし、日中関係が険悪にもかかわらず、中国人旅行者を多く見るし、留学生と思しき若者たちも少なくない。これらは上掲を裏付けることかもしれない。

だが、しかし、大いなる矛盾を感じなくもない。

上掲ではなく前掲を確認されたい。そこには核攻撃によって日本全土が廃墟と化す旨が書かれているのだ。これはおかしいだろう。もしこれが事実ならば土地購入はあり得ない。わざわざ紙屑になることがわかっている株券を買う人はいない。普通は値上がりすることを期待して購入するものである。土地もまったく同じ理屈だろう。核攻撃で廃墟になってしまったら土地の価格は暴落する。つまり、大損をするのだ。

こうして見ると、浅井先生の言っていることは甚だ荒唐無稽のように感じられる。しかも常識的に考えれば国際世論が許さない。ようするに中国と言えども大義がなければ動けない。いくら何でも傍若無人は出来ないのだ。

確かに軍事力だとか経済力を背景にして、さまざまのプレッシャーを掛けてくるのは事実だろう。しかし、浅井先生の言うような極端な事態に至ることはなかなか考え難いというのが、まあ、もっとも常識的な思考だろうと思う。

御本尊の活眼

たぶん開眼と近似の言葉なのだと思う。しかし、悩ましいところだ。創価学会破折のためとは言っても、同じ刀で自分も斬られることになりかねないからである。

邪悪の底意

どうでもいいことだが、底意の「底」のところに「てい」とルビが振ってある。しかし、どうやら辞書的には「そこい」が正解のようである。なぜにわざわざルビを振ったものか、そこが疑問ということだ。

会長講演については以上である。次は成人式だ。

この指導こそ、成人式の永遠の指針である。

あらまあ、と思った。一昨年の成人式での会長講演が、成人式の永遠の指針なのだそうである。昨年の成人式でもこのビデオが流され、本年もまたこのビデオが流された。もう浅井先生は永遠に成人式には出ないらしい。しかも全会員参加の二月度のビデオ放映がこれなのである。オイオイ、これを毎年続けるつもりなのかよ、と言いたいところだ。

来年、成人式を迎える人もこのビデオ放映に参加するのだ。そして来年も同じビデオを見ることになる。成人式で見て二月度のビデオ放映でも見て、はたしてウンザリしないものだろうかと心配になるところである。

さて、成人代表の登壇を見てみよう。

 また、私がお預かりする総支隊員の大半は私より年上・・・

例年の相場では支隊長くらいが普通なので、この人はスピード出世である。しかし、彼がなぜに総支隊長になれたのかが、よくわからない。自分の折伏によって組織を拡大してきたのであれば、普通は同年輩の人が多いはずである。ところが上掲のごとく、年上が大半だと言うのである。

 私は、曾祖母の代より顕正会で御奉公する家庭に生まれました。

う〜ん、親の七光りということなのだろうか?

 いま広布最終段階を迎え、大聖人様が浅井先生をして立たしめ戦わしめておられること、誰の眼にも明らかであり・・・

誰の眼にもというのはどうかと思うが、なるほど大確信を持って活動しているわけだ。であれば年上だろうが何だろうが関係ないとは言えるかもしれない。

母は女手ひとつで五人の子供を・・・
 成人式を迎え母の慈愛に涙あふれる


女子部総班副長の記事の見出しである。本文中の次のセリフが感動的だった。登壇者の兄の述懐だ。

「お母さんは、子供が小さくて御奉公が思うようにいかなかったとき、先輩より『今は子供たちを育てることが御奉公です。きっとこの子供たちが大きくなったら、お母さんの分まで頑張ってくれる』と励まされたんだ」

全員がこういう姿勢であれば言うことないのだが、子供は邪魔という名の魔である、などと言い放った幹部もいるらしいので、そこは成果主義の弊害だろう。ともかく顕正新聞に載るのはイイ話ばかりであって、悪い話は載らない。当たり前の話だ。

 顕正会伝統の教学試験が一月十一日と十八日の両日、全国二三九会場で実施された。本年の試験は三級・五級・登用の三種目。受験者総数は過去最高の三万一千名に達した。

相変わらず過去最高が好きというか、こだわっているようであるが、しかし、どうかと思う。これを創価学会員に大量配布して突っ込まれないものかと心配になる。

四級はどうしたの?

つまり、四級がないことが不自然なのである。しかも、それでいて過去最高を謳っているのだ。ならば、もし四級を実施していたらどうなっていただろうか? 空前の参加者数になっていたはずである。では、なぜに四級をやらなかったのか?

この辺に欺瞞がある。いわば数字のマジックで過去最高を記録しているだけであって、実態としてはかなりアップアップの状態が窺われるわけである。

さらに突っ込むならば、一級・二級はどうしたの? ということなる。

これは本当にどうするつもりなんだろうね。もう永遠に実施できないのかもしれないなあ・・・


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