2015/3/28

二月度総幹部会の会長講演を中心に  
植木職人の件はそんなにイジワルな見方をする必要もあるまいと思う。何となく、顕正会員には貧乏人ばかりのイメージがあるけれども、マレにはお金持ちもいるのだ。同様の意味で、まさか大沢氏がウソの話をでっち上げているとは思えないので、マレにはそういう創価学会員がいるのかもしれない。

閻浮大闘諍、他国来難、日本広布は同時
御遺命を守護し奉った顕正会いま日本を独走
  大御本尊誹謗の久遠院日騰の大罰をみよ


さて、今日は顕正新聞第1336号に載る二月度総幹部会の会長講演を見ていこう。上掲は講演の大見出しである。

まず一段目の一閻浮提大闘諍と他国侵逼と日本の広宣流布は同時との見解は、御書に基づいて論じているので安易に否定はできないところだが、それにしても現状では広宣流布まで相当の時間を要するように思えてならない。そう思うのは凡夫の浅き思慮ということなのだろうか?

ちなみに講演前半の世界情勢を論ずるくだりには、次のような言葉が出てくる。

現在、国際間には、利害はあっても善悪はない。それは、未だ世界を律する法がなく、正しい統治権力がないからです。

浅井流の国立戒壇論の片鱗を垣間見るような文章である。しかし、この件に関して、いまだかつて浅井先生は詳述したことがないのではないかと思う。ごく単純に三大秘法抄を引用して戒壇建立の必要性を云々するだけであって、それが必ずしも政治学などを志す人たちの納得を得るだけの理論には至っていないのではないかと思うのだ。ならば、広宣流布はまだまだ遠いと言わざるを得ないだろう。

次に顕正会が日本国を独走している件については、興味深い事実が紹介されている。

 「日本国を独走」と言うと大仰に聞こえるかも知れないが、そうではない。

なぜだろう。

 世間でも、もう顕正会の力に気づき始めている。

ほほう、それはどういうことだろうか?

 小学館で発行している「SAPIO]という月刊誌がある。政治・経済を中心に据えた総合誌ですが、その一月号で「総選挙と巨大教団」という特集を組んだ。その中で「日本の10大新宗教団体」を挙げているが、一位は幸福の科学、二位は創価学会、三位は立正佼成会、そして第四位に、なんと顕正会が入っていた(大笑)。

現物を確認していないので何とも言えないところだが、確かに四位は凄いことだ。顕正会もメジャーになったものである。続きをご覧に入れよう。

 しかし、幸福の科学、立正佼成会は邪教である。また創価学会はすでに極限の大謗法に堕してしまった。そのうえこれら三団体は、すでに停滞し、活動力を失っている。

邪教だの大謗法だのと言うのは顕正会の宗教的信念だからさておくとして、停滞だの活動力を失っただのと言うのは、はたしてどこまで正鵠を射ているのだろうか?

わたくしの勝手なイメージだけで言わせてもらえば、確かに立正佼成会はそんな感じがしないでもない。けれども幸福の科学は三団体の中では比較的に新しく、近年は政界進出の意欲を前面に押し出しているくらいだから、それなりの活動力を保持しているわけなのだろう。創価学会は言わずもがなである。

つまり、浅井先生としては、現状は四位であるものの、上位三団体がダメなので、顕正会こそが事実上の一位なのだと言いたいわけなのだ。これが日本国独走の意味である。

ところで、例の「学会員を救う特集号」は、二月二十四日の段階で発行部数百三十万部を達成したとのことである。すると今頃は二百万部を超えているかもしれない。

それはともかく会長講演はこれ以降、創価学会のことをあれこれと論じている。

 蛙を茹でるとき、いきなり熱湯の中に入れると蛙は驚いて飛び出してしまう。しかし水の中に入れて徐々に水温を上げていくと、静かに茹で上がるという。

生々しい譬えである。

 曽て学会では、第二代・戸田会長はもちろん戒壇の大御本尊を讃嘆していた。また学会員もみな深く戒壇の大御本尊を信じていた。そのような中で、もし池田大作が大御本尊を否定すれば、重大な騒ぎが出来する。

前掲の譬えと連動していることは一目瞭然であろう。

 そこで大作は、徐々に大御本尊を忘れさせていった。そして「戒壇の大御本尊」の御名も知らぬ学会二世・三世や新入信者の割合が増えてきた今日、ついに戒壇の大御本尊否定という、極限の大謗法に踏み切ったのです。これこそ第六天の魔王の巧妙な手口であります。

池田氏を擁護するつもりはないけれども、これはさすがに考え過ぎだろう。むしろ、いつも言っているように凡夫には未来はわからないのであって、そんな何十年も前から用意周到に事を進めることなど、できっこないことなのだ。今日のような事態に至ったのは結果論であって、どこでどのような展開が待ち受けているかなど、凡夫には絶対にわからないことなのだ。

ただし、宗門と袂を分かった平成以降の二十年ほどのスパンにおいては、浅井先生の言っていることも相当であろう。

江戸大地震で横死

最後は久遠院日騰の大罰についてだが、久遠院日騰上人と書くべきなのか久遠院日騰師と書くべきなのか、ちょっとわからない。御書全集の冒頭では日亨上人が前者の表記を用いている。また、おそらく現宗門の平均的な表記としては後者が使われているのではないかと思う。顕正会の場合は彼を謗法者と見なして呼び捨てにしているのかもしれない。

ともかくも彼は震災で亡くなっているわけだが、このことに関して日霑上人ないし日柱上人が筆記を残されている。

 ここに日霑上人は、御自身の所懐を一紙に記された。これを第五八世日柱上人が所持され、その写しを私は保存しております。

御筆記の内容は省略しよう。実はこの話、わたくしはずいぶん前に耳にしている。たぶん昔の冨士ないし顕正新聞を調べれば出てくるだろう。それを確認していないので甚だ恐縮なのだが、当時はあたかも原本を所持しているような表現をしていたのである。ところが今回は写しであると言っている。写しならば、さもありなん、である。しかし、原本だとすれば、なぜに浅井先生がそれを所持しているのだろうかと不思議に思うし、先生は凄い人なのだと錯覚してしまう。いずれにしても、これはアイマイな記憶を頼りに書いていることなので、その点はくれぐれもご注意願いたい。


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