2015/7/28

真夏の蛇足  
沖浦氏からの精力的な投稿が続いているが、今日は予定通りに六月度総幹部会の話題を取り上げる。顕正新聞第1348号掲載の記事である。

実は先を越されたというか、奇しくもセロリ氏が同様のテーマでお書きになっているので、まずはリンクを紹介しておこう。

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/13784447.html

ということで、わたくしが書こうとしている内容は蛇足みたいなものである。今回はその点を承知の上でお読みいただければと思う。

次に六月度総幹部会の会長講演に付された大見出しを紹介しよう。

「仏法の実否を心みよ」心腑に染めん
 米国も憲法九条も日本の柱ではない
 日蓮大聖人こそ日本の柱 絶大威徳大慈大悲 を拝せよ


相変わらず浅井先生の講演は充実している。基本的には同じようなことを繰り返し言っているだけなのだが、時事問題については最新の情報を取り寄せるなどして、新鮮味を持たせている。そうした中で、今回は撰時抄の御真蹟について云々している点がひじょうに興味深く、わたくしのみならず、内外から広く注目されているごとくである。

「されば我が弟子等、心みに法華経のごとく身命も惜しまず修行して、此の度仏法を心みよ」

「されが我が弟子等、心みに法華経のごとく身命も惜しまず修行して、此の度仏法の実否を心みよ」


前者は五月度総幹部会での引用である。そして後者は六月度総幹部会での引用である。その違いは一目瞭然だ。

当然、浅井先生も承知していて、今回の講演ではこの実否について説明するくだりがある。少し長いけれども、大事なところなので全文引用したい。

 「実否」ということですが、この「実否」の二字は今までの引用においては、私は申しませんでした。学会版の御書にも、宗門版の御書にも、身延版の御書にもない。
 しかし大事な御文であるから気になって、御真跡と照合してみた。すると御真跡には脇に「の実否」と加筆されている。それで今回、加えさせて頂いたのです。


ひじょうに興味深い発言だ。いちおう続きもご覧に入れたい。

 この「実否」が入ったことで、御文の意がさらに深く重くなりますね。
 「実否」とは、実かウソかということでしょ。仏法が実かウソか、これを試してみよ――と仰せられるのであります。


セロリ氏のリンクをご覧になった人はおわかりだろう。ようするに、マコトかウソか試してみよ、などと偉そうに解説している浅井先生が、実はウソを言っている、というツッコミなのである。

わたくしはこのところ、ウソという語彙に敏感になっているわけだが、どうだろう、こんな見え透いたバレバレのウソをつくだろうか、というのが常識的な思考ではないかと思う。すると他にはどのような可能性があるかだが、いちばん単純な話はボケちゃったということだろう。浅井先生も耄碌したということだ。

今日はこれで終わってもいいのだが、せっかくなのでもう少し続けよう。

・・・身命もおしまず修行して、此の度仏法を心みよ

・・・身命もをしまず修行して、此の度仏法の実否を心みよ


いわゆる折伏理論書の旧版と新版の表記の違いである。旧版すなわち初版は平成元年、新版は平成十一年の改訂版のことだ。

実否の有無だけでなく、もう一つの違いに気がついただろうか?

つまり、「おしまず」と「をしまず」の違いである。これはおそらく創価学会版と平成新編との違いを反映したものなのだろう。ちなみに今回の講演では「惜しまず」と表記している。ならば、御真蹟は「惜しまず」となっているのだろうか?

さらに興味深い話を紹介しよう。

 四百余篇の御書中、肝要中の肝要の五篇を、心肝に染めて拝読しよう。

立正安国論 開目抄 観心本尊抄 撰時抄 三大秘法抄

 顕正会教学部が、御真跡あるいは古写本と照合し、入念の校正を申し上げた最も正確なる御書である。大きな活字で組まれ熱拝の便が計られている。


今は廃刊となってしまった冨士に、ご覧のような記述があるのだ。当時の顕正会教学部には有能な人材がいたのだろう。何しろ御真蹟ないし古写本が読めるからである。いつも言っているように、わたくしはまったく読めない。

ところがである。顕正会版の撰時抄には脱漏があった。わたくしの所持するものは昭和六十年十一月十五日再版の撰時抄であるが、平成新編との対校によって脱漏があることが判明したのだ。

http://white.ap.teacup.com/ganko/127.html

拙ブログのきわめて初期のものである。興味のある人は前後数日にわたってご覧になられるとよいだろう。

わたくしは御真蹟を解読するだけの力を持たないが、自分なりに努力して御書を学んできたつもりである。そうした立場から見ると、上掲の顕正会教学部云々はハッタリをかましているようにも感じられるところである。いや、もちろん、有能な人材がいたのは事実だと思うが、しかし、御真蹟を縦横無尽に読み込むことが出来るような人は、そうザラにはいないだろう。浅井先生だって例外ではないと思う。

いずれにしても当時の顕正会版撰時抄には「実否」が入っていない。今現在、わたくしの確認した範囲では、平成十一年に出された折伏理論書改訂版がその初出ではないかと思われる。

顕正会における初出がどうであれ、この件は御真蹟に詳しい人たちのご意見を伺いたいところである。

2015/7/27

猛暑日爆発  
引き続き顕正新聞第1347号の話題である。

 先日はこんなこともありました。

婦人部村上支区総班長の活動報告である。どんなことがあったか説明しよう。九十二歳の人を入信勤行に連れ出そうとしたところ、

「腹いでし、足もいでー、今日はいがれね」

と言って来た。担当の副長は、本人が腹を抱えて蹲っているのを見て、高齢で無理をさせては悪いなと思ったという。

すると、同行していた八十四歳の組長が、次のごとく言った。

「腹も足も、御本尊様に真剣に祈りに行けば、必ず良くなる」

その説得に応じて、九十二歳の人はついに入信した。

報告者いわく、

 入信勤行終了後、○○さんは「腹も足も良くなった」と喜んでおり、後期高齢パワーを感じ、尊敬の思いとなりました。

この中では副長がいちばんマシである。高齢で無理をさせては悪いと。しかし、より厳しいことを言えば、善い悪いの問題ではない。もし万一のことが起きたらどうするのかである。そうした配慮が欠けている点がひじょうにマズイと思う。

次は婦人部群馬支区部長の登壇であるが、ちょっと論理的にどうかと思う。

 このたび先生より指導頂いた、鑑真が日本に渡った本意は、天台大師の三大部を日本に届けるためであり、鑑真が沖縄に漂着した七百年後に「琉球王国」が成立したとの内容に、沖縄も間違いなく日蓮大聖人御出現の国・日本なのだ、との感激が込み上げました。

七百年後に何の意味があるのか、それがまったくわからない。わかる人がいたら教えてほしいものである。

この国で沖縄の真実の姿を正しく伝えて下さるお方は、先生しかおられない・・・

アナタにとってはそうなのだろうけれども、これが万人にとってそうなのだとはならない。そこに気がつくべきだろう。

 掲載された沖縄の地図を見れば、島の面積の半分が米軍基地の沖縄が、そのまま中国の支配下に置かれれば、この基地もろとも中国に利用されることは明らかであります。

居抜きをご存知だろうか?

上掲はあたかも居抜きのごとく思えるが、しかし、そんなバカな話はないだろう。七十年前の敗戦を迎えるまで、沖縄に米軍基地はなかった。つまり、そこにはもともと地権者がいたのである。そして今も地権者がいる。ゆえに、もし仮に米軍が全面的に撤退することになれば、その土地は元の地権者に返還されることになるのだ。地権者を無視して米国と中国とで基地の移譲が行なわれることはあり得ない。ましてや基地反対を唱えている地権者たちが、中国軍ならば歓迎するなどという道理があるわけがないのだ。

おそらく顕正会側のシナリオとしては中国の傍若無人を想定しているのだろうけれども、当面の問題は米軍基地の撤退があるかないかである。米軍が居座っている以上、中国は手出しが出来ない。はたしてこれが、ここ数年の間に激変するかどうか、である。もちろん先のことはわからないけれども、わたくしの予想ではそれほど急には変わらないだろう。

男子部第二十九隊長も次のようなことを言っているが、これまた疑問である。

 いま表面化してきたこの動きを見ますとき、前以て沖縄独立に言及されていた先生の深きご見識に、畏敬の念が込み上げるものであります。

前以て?

はたして、いつから言っているのだろうか、そこが疑問である。わたくしの知るところでは尾道会館での講演が最初であり、五月度総幹部会でより詳しく言及しているのだと思うが、それでは遅いのだ。前以てと言うのならば本年初頭には言及していなければいけない。

わたくしは昨日、中央政府という表現を使った。沖縄県知事選挙でも、あるいはその前の名護市長選挙でも、中央政府とは意見を異にする候補者が当選した。また、総選挙においても沖縄の四選挙区で、すべて非自民が勝利した。こうした大きな流れの中で、琉球独立もクローズアップされるようになってきたのである。ゆえに四月五月の段階では、すでに多くの人が言及していることであって、何も浅井先生一人が言っているわけではないのである。

それはともかく、次のくだりが注目である。

二年後の中部大会には必ずや現在の十倍の陣容で先生のもとに馳せ参じてまいります・・・

立派な決意であるが、はたして実現するかどうかは疑問である。

さて、男子部第九十隊班長は昭和三十三年に創価学会に入り、五十三年に正信会へ移籍し、さらに五十五年に顕正会へと移籍した。いろいろと顛末が書かれている中で、浅井先生が毎年年末に大石寺に詣でて石畳に座して遥拝しているという記述もさることながら、わたくしは次のくだりに注目した。

 結果、私を含む三〇数名が一気に顕正会に入会し・・・

どうなんだろう、今もこうした大量脱会ないし大量入会があるのだろうか?

そして、上掲の三十有余名のうち、今も活動会員として頑張っている人が何人いるのか、それも気になるところである。

往復600キロ
 命がけの集会参加


この人は北海道北見在住らしい。体が不自由なので、命がけと言っているわけだが、確かに六百キロはキツイ。北海道人にはわりと普通のことかもしれないが、わたくし的にはベラボウな距離だ。

 そのような中、有難くも我が家を自宅拠点とさせて頂き・・・

しかし、今頃になって自宅拠点というのも不思議な気がする。文面には出ていないけれども、いわゆる未活動の時期があったのかもしれない。

女子部百六十区総班副長の記事で気になったのは次のくだりだ。

・・・気づけば毎日死ぬことばかり考え、カレンダーについに「この日に死んでしまおう…」と丸をつけました。

わたくしには自殺願望がないので、上掲の感覚がまったく理解できない。自殺する人はこのように日にちを決めてから決行するものなのだろうか? もっと衝動的に、ある日突然、自殺してしまうものなのだと想像したりもするが、違うのだろうか?

不気味な箱根山

これは説明しなくてもいいだろう。わたくしにとって箱根はわりと身近な観光地なので、確かに不気味である。ここまで深刻な事態は今までなかったのではないかと思う。

104歳の義母が唱題回向で良き臨終
 悲しみよりも成仏が叶う有難さ

学会員の家族の悪臨終とは天地の差


婦人部坂戸支区組長の記事はちょっと大袈裟過ぎるのではないかと思う。一例だけ挙げれば次のごとくである。

・・・長男である上の弟は三四歳で脳出血で急死しました。その際、心臓マッサージにより心臓出血し、全身から血が噴き出して棺桶まで血に染まり、恐ろしさで身震いしたことをはっきりと覚えています。

棺桶が血で染まったというのがウソ臭い。まさか棺桶の中で心臓マッサージをしたわけではないだろう。普通は病院で医師が行なうものである。その上で死亡が確認され、葬儀社に連絡を取って、自宅ないし葬祭場に搬送され、しかる後に納棺されるわけだ。そもそも脳出血にしても心臓出血にしても、頭とか胸から血が噴き出すわけではあるまい。脳出血の場合、ようは脳内の血管がブチ切れて、重大な障害を引き起こすわけである。つまり、素人目には何が起こったのかわからない状態で、意識不明の重態に陥ったり、そのまま死亡に至ることもあるのだ。

ともかく亡くなってから相当の時間を経て、そこでようやくにして納棺されるのである。なぜに棺桶が血で染まるのだろうか?

最後に男子部第二十七隊班長の記事を紹介しよう。

借金苦・離婚・倒産ついに首を吊る
 ロープが切れ蘇生、すがる思いで勤行

地獄の環境が一変、折伏に奮い立つ


先に紹介した女子部の総班副長は自殺予定日(?)の数日前に折伏されて助かった。そしてこの人の場合は自殺を決行したけれども、ロープが切れて助かったという。その後、諫暁書配布に来られた婦人部の人に折伏され、入信したわけである。

自宅を六百万で売りに出したところ・・・、何と当初の倍以上となる一千三五〇万で売却され・・・

これは正直なところ、羨ましい話だ。当然、この手の取り引きは不動産屋を介して行なわれる。ようはプロである。プロが査定で六百万が妥当だと判断したわけだろう。それが倍以上の値段で売れるというのは、たぶん異例のことだと思う。いいなあ、羨ましいなあ・・・

次回は六月度総幹部会を取り上げるつもりである。

2015/7/26

猛暑大爆発  
前回分のコメント欄では面白い応酬が続いているが、今日は予定通りに顕正新聞第1347号の話題を取り上げたいと思う。

・・・翁長県知事と習近平との只ならぬ関係や、中国からの大量の観光客によって沖縄独立の鍵となる経済的な自立が後押しされていること等、虎視眈々と沖縄を狙う中国の不穏な動きには慄然としたものであります。

この副総男子部長の発言こそ不穏当である。

先般、宗教団体が政治的事案にどれだけ干渉すべきかについて書いた。わたくしは不干渉でも過干渉でもいけない、中庸でありたい、という意味を書いた。当然ながら、これには異論もあるわけだが、しかし、上掲を見れば顕正会の過干渉ぶりがよくわかるわけで、これはさすがにマズイだろうと思う。

特に上掲の場合、この部分に限って言えば中央政府寄りの意見に近い。ところが他の部分を読むと、中央政府を痛烈に批判しているわけである。この辺が顕正会のイヤらしいところで、よく言えば独自性を発揮しているのだろうけれども、はたしてこれで沖縄県民の納得を得られるものかどうか、わたくしはひじょうに悩ましいところだと思う。

ごく単純に、翁長知事は沖縄の有権者たちが選んだ人物なのである。それを中国の手先のごとくに言ってしまって大丈夫なのか、という心配がある。

また、沖縄には大量の中国人観光客が来ているという。これ自体は事実なのだろうけれども、しかし、彼らが中国政府の指示で沖縄に来ているとは考え難い。中国は共産主義国家ではあるものの、すでに経済的な意味では資本主義国家に限りなく近い。そして円安の影響もあるだろう。自ずと日本への旅行者が増える状況なのである。

事実、最近のニュースで外国人旅行者が過去最高を記録したとかしないとか、そういう話もある。逆に日本人で外国旅行に出掛ける人が減少しているともいう。これも円安の影響だろう。

つまり、沖縄に限った話ではなく、全般的に日本へ来る外国人旅行者が増えているという事実がある。その中でもわりと経済的に元気な中国からの旅行者が多いという事実が、たまたま沖縄で顕著だという話なのではないかと思う。

昨日は群馬において雹が降りましたが、これら諸天の働きを眼前にしては・・・

昨日が何月何日のことだかわからないけれども、雹が降るのはそれほどめずらしいことではない。それが昨年だったか、積もったことがあった。これはめずらしいことだろう。ゆえに上掲の雹の降り具合がどうだったかが問題である。何でもかんでも諸天に結びつけるのはどうかということだ。

次に、諸天つながりで、第十三・第十七男子部長の登壇を紹介しよう。

先生の戦いに諸天が呼応していることを眼前にしては、先生のお立場の重さに身震いを禁じ得ず・・・

男子部総務・第四男子部長も凄いことを言っている。

日本でただお一人、日興上人・日目上人の源流に敢然と立たれる浅井先生・・・・

日本で一人ということは、たぶん世界でも一人なのだろう。凄いお立場である。

今回は男子部の幹部たちが大活躍している。次の第十九男子部長の発言も注目である。

「冨士大石寺」を冠して戦うことが叶うのも、先生が大聖人様より広布最終段階を戦う資格を頂いているゆえである・・・

どうなんだろうか、日蓮正宗のほうで顕正会が冨士大石寺を名乗るのはケシカランことだと言って裁判を起こしたら、いったいどういうことになるのだろうか?

冨士大石寺と富士大石寺は違うとでも言い訳するのだろうか?

法律的なことはよくわからんが、ともかく大聖人より資格をいただいているとは驚きである。問題はその資格の有効性だ。まさか証書が存在するわけではあるまい。つまりは勝手に言っているだけということになる。

さて、次はじゃっかんアゲアシ取りの気味があるけれども、男子部第四十一隊班長の登壇である。

 この壮年は
 「私は昭和二六年の時から、顕正会をずっと見てきた。解散処分の時も知っている」と語り出し・・・


昭和二十六年に顕正会は存在しない。解散処分の時にも顕正会は存在しない。けれども顕正会の前身の組織は存在した。ゆえにそれを昭和二十六年の頃から知っているとすれば大したものである。

 「妙信講の初代講頭の信心は大へん純粋だった。また、浅井会長の教学力の凄さは、宗門でズバ抜けていた」

これも文章的にはデタラメである。先には顕正会と言っておきながら、ここでは妙信講と言っている。それでいて直後には浅井会長と言っているのだ。支離滅裂の見本である。

まあ、しかし、これは同時にアゲアシ取りの見本だかもしれない。他人の文章は善意に読むべきで、その前提に立てば、くだんの文章はそれほどおかしくないかもしれない。わたくしがイジワル過ぎるのかもしれない。気をつけたいものだ。

孫の担任教師から折伏され入信
 苦悩の人生が歓喜の毎日に一変


婦人部大曲支区組長の登壇である。これは見出しだけではよくわからないかもしれないが、凄い話である。何しろ高校生の孫の担任教師から折伏されて入信したというのだから、ひじょうにめずらしいケースである。

ただし、兄嫁を折伏した時の話が解せなかった。

 すると三〇年前に創価学会に入信していたことがわかり・・・

 後日、創価学会に御本尊を返納し・・・


三十年前であれば、いわゆる学会版のそれではない。おそらくは日顕上人の御形木御本尊であろう。つまりは正宗寺院で御授戒を受け、御本尊をいただいたのだ。それを創価学会に返納するのはおかしいだろう。

う〜ん、それにしてもネタが尽きないなあ・・・

ツッコミどころ満載というヤツか・・・

夏バテというわけではないが、今日もそろそろ終わりにしようかと思う。当該号はまだ取り上げたい記事がいくつか残っているので、続きは次回としたい。

2015/7/25

猛暑爆発  
ユタ氏は小説家なので、そのエッセンスが存分に発揮されているのだと思う。ここでは冒頭の一行だけ紹介しておこう。

成仏行き列車の乗車券は手にしている。

けれども列車は故障して動かないそうだ。しかも運転再開の目処は立っていないという。

これは彼のイメージを具体化したものなのだと思われるが、わたくしのイメージはまるで違う。同じ列車に譬えるならば、列車はちゃんと運行しているし、それに乗車できているのも間違いないことだと思う。ただし、はたしてこれが成仏行きの列車なのかどうか、そこに沸々と疑念が生じてしまっている状態が今のユタ氏なのだ。

こればかりはどうしようもない。なぜならば、ユタ氏のそうした疑念を払拭できる人物が、おそらく現状ではどこにも存在しないからだ。

また、少し角度を変えれば、過程を楽しむ余裕みたいなものを失っている、もしくは忘却している・・・という状態が、今のユタ氏なのだと思う。

列車で旅をする時、もちろん目的地に向かって突き進むわけだが、その過程がまた楽しいものなのだと思う。いちばん手っ取り早い話が、車窓を楽しむということだろう。あるいは友達と一緒の旅ならば、会話を楽しむ、つまりは談笑するということも楽しみの一つだろう。いや、談笑でなくてもいい。白熱した議論もまた楽しいものだ。得てして旅とはそういうものである。目的地に行くのが目的ではなく、本当の目的はその過程を楽しむこと、という考え方もあるのだ。

まさに顕正会の活動会員の心理がこれである。

最近では、上と下との語り合い、みたいなことがよく言われている。これなどは上述の談笑に通ずるものだろう。また、活動会員の行動範囲は広い。すると、顕正会員になっていなければ、こんなところには来なかっただろう、というような土地に行くこともある。地方大会だとか、新しい会館への参詣などである。これ自体が旅の楽しみに通ずるわけである。

つまり、顕正会員は成仏という最終目的ばかりを見つめて、まるで脇目も振らずに活動しているわけではなく、やはり日々の活動の中で喜びだとか楽しみを味わっているわけである。しかし、ご存知のごとく、やがてはその活動自体が重荷に感じられるようになってくる。そして退転していく。このパターンが多い。

近年、顕正会の中では未活動という表現が多用されているが、これはさしずめ途中下車のようなものだろう。途中下車の旅も悪くない。

実は顕正会の本部首脳もそこに着目したのである。以前は未活動とは言わず、退転者と言っていた。しかし、これはよくなかった。ようは退転者=無間地獄ということで、いわば退転者の烙印を押すことはサジを投げるのと同じ意味になってしまうのだ。これでは活動会員を増やすことは出来ない。やはり新規会員の拡大と同時に、退転者にも復帰していただかないといけない。ならば退転者という表現はよろしくない。ということで未活動という表現に落ち着いたわけである。

話が大幅に脱線してしまったようだが、いずれにしても日々の生活を楽しめるかどうかがポイントである。仏道修行の響きからは楽しむという要素が感じられないけれども、成仏という最終目的を完遂するまでは一切の楽しみを犠牲にしなければいけないということであれば、もはや広宣流布は不可能だろう。

たぶん、ユタ氏も重々承知のことだろうが、沖浦氏がよき見本だと思う。沖浦氏の功徳論には辟易している。おそらくは拙ブログの読者の大半がそうなのだと思う。しかし、沖浦氏は人生を楽しんでいる。目標に向かって突き進むにしても、それで日々の生活を犠牲にしているということはない。日々の生活そのものを楽しんでいる。楽しみつつ前進しているのだ。

さて、今日は顕正新聞第1347号から話題を拾うつもりだったが、面倒臭くなったので一つだけで終わりにしよう。

佐渡会館 工事急ピッチ!
 大聖人御流罪の地に顕正会の大法城


一面のトップ記事である。大法城かどうかは微妙なところだが、たぶん物理的な大きさを言っているのではないのだろう。大曼荼羅と同じようなニュアンスだ。

 また会館裏には展望バルコニーが設けられ「塚原」を一望できる。

いつものごとく、会館の設備についてあれこれと説明がなされているわけだが、それはどこの会館も似たり寄ったりである。そうした中で佐渡会館の特殊性をあらわしているのが上掲である。

しかし、悩ましいところだ。

塚原を眺めることにどれだけの意味があるのか、それがわからない。まさか大聖人がいらした時の三昧堂が今も現存しているわけではあるまいし、それ以外に何か当時を偲ぶものが存在するわけでもあるまい。しかも、あえてイチャモンをつけるとすれば、上から見下ろすのはケシカラン、ということにもなるだろう。もちろん現地に行って確認したわけではないので、これはあくまで暫定的な意見である。

 さらに玄関前には一二〇坪に及ぶ広場が広がり、会館裏には約一四〇坪の駐車スペースも設けられる。

これは画期的だ。

しばしば話題になることの一つに、顕正会の会館付近には違法駐車が多くて近隣が迷惑している、というものがある。当然、顕正会員のシワザだろう。いや、もちろん、そうした不心得者はごく一部の人間であって、大半の会員は有料駐車場を利用している。しかし、一部であろうが違法は違法である。

一方の創価学会には驚かされる。顕正会の会館とは比べ物にならないくらいの巨大な会館を建てて、しかもすぐ隣にそれと同規模の巨大な駐車場を設けるのだ。金があるんだなあ・・・

ようやく顕正会もそれに倣ったごとくである。佐渡は土地が安いから可能だったという理由もあるかもしれないが、しかし、今後の新規会館は是が非でも駐車場を設けるべきだろう。それが時代の趨勢というものだ。

2015/7/20

夏到来  
集団的自衛権の問題は昨年の今頃、拙ブログでもしばしば取り上げたものであるが、本年五月二十四日にも少し触れている。

たぶん簡単ではないだろう。今は民主主義の時代であるから、何でもかんでも政府のゴリ押しが通るわけではない。明らかにおかしなことであれば、そう簡単には通らないはずだ。

わたくしの見通しは甘かったようだ。ご存知のごとく、つい先日、政府のゴリ押しが通ってしまった。もっとも、今のところは衆院を通過しただけであって、これから参院での論戦が始まる。ようやくにして世論も安倍政権の暴走に気づき始めた。野党も本気モードである。ゆえに簡単ではないだろう。六十日ルールとかで、最終的には衆院に戻ってそこで決着がつくとのことだが、それにしても国民世論が反対の方向で沸騰すれば、話は変わってくるはずだ。新国立競技場の前例もあるし、安倍政権の支持率も急落している。ゆえに状況次第では、ゴリ押ししようにも出来ない、ようは断念せざるを得なくなるのではないかと思う。

沖浦氏ご紹介のリンクを開いてみた。

どうでもいいことを書いておくと、動画がキレイで驚いた。しかも軽い。技術の進歩なのだろう。昔というか、十年にも満たない短いスパンであるが、最初の頃の動画サイトは重くてイライラしたものだった。しかも映像が不鮮明で、それもイライラの原因だった。それがいつの間にか解消されているのだ。凄いことである。

それはともかく、今回の安保関連法案の件では、公明党のあり方に批判があって当然である。昨年の閣議決定の時もそうだが、今回はその比ではない。平和の党を標榜していた公明党がそれに逆行しているのだ。この大矛盾を支持母体たる創価学会に対し、いったいどのように説明しているのかが気になるし、また、その説明に創価学会員が納得しているのかどうかも気になるところである。

拙ブログにおける集団的自衛権の初出は次のリンク先である。

http://white.ap.teacup.com/ganko/412.html

なんと、池田大作氏は産経新聞の取材を受けて、集団的自衛権の行使容認に否定的見解を示しているのだ。平成十三年のことである。

当然、創価学会員はこの意見に従うはずである。偉大なる師匠が言っているのだから・・・

すると現今の公明党議員は「池田先生の弟子」という立場を捨てたことになる。そんな議員たちを創価学会員が支持する理由はない。創価学会の上層部のほうで、もはや公明党への選挙支援はしない、と公言してもおかしくない。それが道理だろう。

もしそうではなく、創価学会が今後も組織として公明党を支援していくとするならば、その論理的整合性が問われることになる。はたして万人を納得させるような説明が可能だろうか?

ぜひとも聞いてみたいものである。

昨秋、創価学会では教義上における重大な改変が行なわれた。それに前後して、ご覧のような政治案件においても、過去との整合性を問われるような局面に立たされている。もはや、やっていることがヒッチャカメッチャカであり、シリメツレツである。こんなテイタラクでは会員のモチベーションも下がる一方だろう。首脳部は何か勝算があってそうしているのか、あるいは時代の波に翻弄されているだけなのか、わたくしは何となく後者のほうが正解のような気がしている。しょせんはそんなものだろう。

これは宗門にも言えることである。

コメント欄において、現在の日蓮正宗が政治に不干渉の態度を取っていることについて、疑義を呈するような意見があった。これは難しいところであって、あえて無難なことを言えば、過干渉でも不干渉でもいけない、ということになるだろう。ある意味、現在の顕正会は過干渉である。創価学会みたいに政界に進出しているわけではないが、浅井先生がほぼ毎回の講演で政治案件について言及している。これに比すれば、宗門のそれは不干渉と言わざるを得ないだろう。

これはわたくしが自ら確認したわけではないことをお断りしておくが、日本は明治から昭和初期にかけて数々の戦争を経験しているけれども、その折、日蓮正宗の高僧たちも戦争翼賛の発言をしているのだそうである。たぶん創価学会あたりが宗門攻撃の材料として集めたものなのだろう。しかし、ある意味ではそれが普通だったのである。当時の日本人の意識としてはそれが普通だったのだ。今でこそ反戦が普通のように思われているけれども、それは今の時代の意識であって当時の意識は違っていた。あの当時において、反戦を主張するのは一種のヘソマガリであり、きわめて少数意見だった。

また、いわゆる日蓮主義の勃興もあった。これがまた正系門家を標榜する日蓮正宗としては、己の立ち位置というか存在意義を脅かす意味において、ひじょうに悩ましいものだった。

後年、すなわち戦後のことであるが、日蓮正宗が国立戒壇を盛んに言うようになったのも日蓮主義の影響である。より正確に言えば、創価学会の政界進出と過去の日蓮主義との悪しき融合、それが国立戒壇の名称である。そしてご存知のごとく、昭和四十五年にはその国立戒壇の名称を放棄することになる。これに異を唱えたのが、今の顕正会である。

つまり、これらの動きそのものが、まさに時代の波に翻弄されている姿そのものなのである。そして現宗門が政治案件に不干渉であることも、いわばこれまでの反動であって、一種のトラウマでもあるのだと考えられる。政治に口を突っ込むとロクなことにならないという苦い経験が、今も後を引いているのだ。

しかし、どなたかも言っていたが、大聖人御自身は政治に対して相当に干渉的だった。この意味では今の宗門のあり方は問題である。さりとて極端に走ってはいけない。当面は不干渉でもなく過干渉でもないという中庸のあり方がベストだと思う。繰り返し言うが、当面は、である。そして当然ながら、広宣流布が近づき戒壇建立の機運が高まってくれば、事情が変わってくる。不干渉でいようにもいられなくなる。その時がいつ到来するかはわからないが・・・

安倍自民党の傲慢ここまで!
 「マスコミをこらしめろ」「沖縄2紙潰せ」
 自民勉強会で言論弾圧の暴言続出


顕正新聞第1347号の記事である。これは例の百田発言について糾弾するものであるが、おおむね世論と同じ方向性で書かれている。その中で唯一、顕正会独自の主張が書かれたくだりがあって、面白い。

 安倍政権発足以来、同政権の亡国の悪政を、仏法上から厳しく諫暁し続けてこられたのは浅井先生のみである。

なるほど、他宗・他門はどうだか知らないが、確かに日蓮正宗系においては言えることだろう。何しろ創価学会は公明党があのテイタラクだから言いたくても言えないし、宗門は極端に不干渉である。よって、安倍政権を厳しく批判しているのは、正系門家の中では浅井先生だけである。

2015/7/16

顕正新聞第1346号精読  
顕正新聞第1346号は五月度班長会の記事を中心に組まれている。今日はそれを取り上げるわけだが、まずは総男子部長の登壇である。

向こう四年こそがまさに勝負・・・

お気の毒なことだが、もはやこうした年限を切る手法は失敗することがわかっている。何しろ百万の時の経験則がある。あの時は失敗だった。ゆえにまた失敗するだろうと見るのが常識的である。

今、東京五輪のことでスッタモンダが起こっている。新国立競技場の建設問題だ。けれどもオリンピックが開催されるであろうことは確実であり、これ自体が白紙に戻ることは考え難い。

では、顕正会の場合はどうか、ということになる。

四年後にいったい何をどうするつもりなのか、それがはっきりしないのである。一国諫暁をするのだろうことはわかっているが、その具体的なビジョンがまったく見えてこない。諫暁書を作って配布するのだとしても、その反響は高が知れている。十万人のデモ行進をするにしても、自己満足の域を出ない。いずれにしても、広宣流布・国立戒壇建立に向けて大きく前進しなければいけないわけだが、四年後にそうしたエポックメーキングが起きるとは思えない。

ということは、向こう四年云々はいわゆる折伏法戦における締め切りと同じくらいの意味しかないわけであって、ともかく四年後を目指して頑張ろうと言っているだけの話に過ぎないのではないかと思う。

これに関連する意味で、第三男子部長の登壇を次に紹介しよう。

・・・来たる十一月三日、他国侵逼を迎え撃つ「三千」の陣容で、浅井先生の下に馳せ参じてまいる覚悟であります。

どこが関連しているのか、と思う人がいるかもしれない。ようするに構造的にまったく同じなのだ。半年後に南東北大会が開催される。第三男子部はこれに向けて三千人の結集を達成すべく頑張ると言っているわけである。しかも他国侵逼を迎え撃つとまで言っているのだ。さすがに大袈裟過ぎるだろう。

つまり、単純化すれば目標を設定してそれに向かって突き進む、ただそれだけの話なのである。そこに他国侵逼だとか、巨大地震、経済崩壊など、さまざまの要素を付加して、顕正会には重大な使命があるかのごとく思い込ませる。ようはこれが浅井先生の手法なのだ。

ずいぶん辛辣なことを書いてしまったが、ともかく百万の時のことがあるので、わたくしもそれを経験している立場なので、傍観者の無責任な発言ではないという点はご理解いただきたいと思う。

もっとも今は傍観者の仲間入り(?)であるが・・・

次は総合婦人部長と副総合婦人部長の記事をご覧いただくが、さて、閲覧者諸氏はこれをどのように読むだろうか?

 さらに先生は、月々に急テンポで動く世界情勢は、すべて「前代未聞の大闘諍」へと向っている様相を教えて下さいました。

・・・顕正会の熱気の最高潮へと身を委ねて戦える心躍る思いでいっぱいになりました。

思いっきりヘンな文章である。婦人部の大幹部がこのテイタラクではどうしようもない。わたくしはこのように思っているわけだが、閲覧者諸氏はどのように思われるだろうか? あるいはわたくしのほうに重大な錯覚があるのだろうか?

今さら昔の話を蒸し返すのも失礼な話かもしれないが、女子部で長いこと総合女子部長の座に君臨していた人物も、おかしな文章を書いていた。拙ブログのどこかにそれが残っているはずである。そしてご存知のごとく、彼女はその後、引退と表現するべきなのかどうか難しいところだが、ともかく表舞台から姿を消してしまった。

失礼ながら上掲の婦人部最高幹部二人も、似たような兆候が出てきたのではないかと思う。

しかし、半分は編集部の責任である。そうした文章の不具合は編集部のほうで直せばいいのだ。勝手に直すのが問題ならば、本人たちに書き直しをお願いすればいい。

初めて知る沖縄の正しい歴史に涙
 県民も自虐史観から救われるを確信


第八女子部長の記事に付された見出しであるが、これが前述の話とは正反対で興味深い。というのは、本文中には次のように書かれているからである。

始めて正しい歴史を知り・・・

拙ブログでは繰り返し指摘してきた事案である。「始めて」は現代国語としては不適切であると。しかし、浅井先生も頑固な人で、これだけは一向に改まらない。それで弟子たちも先生のマネをして「始めて」を多用するわけである。

ところが、当該記事の見出しは、本文中の始めてを無視して初めてと書き直している。これは本来の編集部らしい仕事をしていると言えるだろう。今後もこの調子で頑張ってほしいものだ。

 いま新入信者、元未活動者、長一人を脱皮した班長はじめ、参加者全員が・・・

女子部総務の記事である。ここまでは文章にケチをつける場面が多かったわけだが、この記事は別の意味で取り上げさせていただいた。

元未活動者・・・

この表現が興味深かった。たぶん初出だろう。ようは活動から遠ざかっていた人が再び積極的に活動するようになったことをこのように表現しているのである。ヘンと言えばヘンであるが、そもそも未活動という表現自体が適切ではないとの指摘もあるくらいなので、それを考えれば今さらツッコミを入れるのもどうかと思う。むしろ絶妙の表現のようにも思えるくらいだ。

さて、今度は婦人部十和田支区組長の記事であるが、彼女は平成十九年に母親の折伏で高校入学と同時に入信したという。次のくだりはここ一二年の出来事と思われる。

 それよりは、いつも傍で励ましてくれる母と共に戦いたいとの思いが募り、婦人部に移籍させて頂き・・・

つまり、それまでは女子部に所属していたわけである。それがご覧のごとく婦人部へ移籍した。まだ二十代も前半なのに、なぜに婦人部なのだろうか?

紹介しなかったが、彼女は難病を患っているので、そうした理由もあるのかもしれない。しかし、いつも言っているように、もはや顕正会は婦人部女子部の垣根がアイマイで、単に年齢だとか既婚未婚の区別などでは分類できなくなっている。ようはわけがわからないのだ。

次はいわゆる創価学会ネタである。

 ○○さんの家には学会版本尊が二体も置かれており・・・

女子部第百四十八区総班長の記事だが、細かいことは省略しよう。上掲で気になったのは、家に仏壇が二つあるということなのか、それとも一つの仏壇に二体の本尊が安置されているということなのか、である。後者は思いっきりヘン、前者もそこそこヘン、といったところか? もっとも大きなお屋敷であれば、前者のケースはそれほど不自然ではないだろう。ともかく記事にはそうした情報が書かれていないので、これ以上は何とも言えないところである。

もう一つ、創価学会ネタを紹介しておこう。

すぐに五千円で御本尊様を買わされたことで学会に不信感を懐くも、幸せになりたい一心で・・・

女子部第百三区総班長の記事だ。買わされたという意識というか認識は、おそらく十人十色であろう。創価学会は大組織なので、おそらく年間で万単位もしくはそれ以上の新規入信者がいるものと思われる。ゆえに入信者の意識も十人十色で、喜んで入信した人もいれば付き合いでシブシブ入信したというような人もいるかもしれない。当然、後者であれば、本尊を自ら求めたというよりは、買わされたという意識のほうが強いだろう。

ちなみに顕正会の場合は、入信早々に本尊を下付されることは絶対にあり得ないことなので、上掲のようなことは起こり得ない。しかし、経本と数珠を買わされたと思う人はいるかもしれない。

当該号はおおむねこんなところである。

2015/7/15

時間差攻撃的ブログ  
顕正新聞が溜まってしまっている。五月度総幹部会の会長講演を取り上げたけれども、それ以降は別の話題に没頭していたので、すっかり間が空いてしまった格好だ。

「身延で信心すると臨終は黒くなる」
  折伏した身延派坊主が真実を告白


男子部第五十九隊総支隊長の活動報告の見出しである。本文中では次のくだりが相当する。

 そこで○○班長が臨終の相について
 「身延の檀家の臨終の相はどうです。黒いですか?」と尋ねると、痛いところを突かれたためか、その坊主はもごもごと口ごもりながら
 「はい、黒いです」(大笑)
 と答え、「君たちは死んだ人に対して、黒いから地獄に行ったと言えるのか。それは失礼な話だ」などと、苦し紛れの言いわけを述べてきました。


この数行後にも身延派の僧侶の発言が出てくる。

 「たしかに日蓮聖人も御書に、色白くなり軽くなることを認めているが、自分は一度も白い相を見たことがない。身延で信心すると色は黒くなるが、きっと成仏できると、皆に指導している」

このやりとりの問題点は○○班長の最初の発言にある。

黒いですか?

そんな聞き方はないだろう。いわば結論ありきの問答である。しかも身延派僧侶がそれに対して、黒いです、とか、身延で信心すると色は黒くなる、などと答えるとはとうてい思えない。まさか話をでっち上げているわけではないだろうが、それにしても相手の発言を都合よく切り貼りしているような感じが否めないところである。

さて、これ以外の記事はその多くが創価学会絡みの話題であるが、ここ数ヶ月にわたり似たり寄ったりの記事をたくさん取り上げてきたので、今回はそれほど目を惹くものがなかった。

八百万学会員が顕正会の旗の下に集い来たる時を迎えた・・・

第十八男子部長の登壇である。いつも言っていることだが、本人がそう思っているだけであって、客観的にはそこまでのムーブメントは起きていない。確かに創価学会からの入会者が多くなったのは事実なのだろうけれども、それが爆発的であるかと言えば、違うだろう。

「地涌の流類は本当にいた!」
 宗門僧侶が「折伏理論書」に感激、本音を吐露


これは創価学会・法華講を経て入会したという、男子部第八十九隊班長の記事であるが、本文中には正宗僧侶の発言として次のようなものが紹介されている。

 「立場上あまり大きな声じゃ言えないが、顕正会という団体は、大聖人の仰せのままの仏道修行をしている団体で、物凄い功徳が溢れていて(爆笑)、本当に凄いんです(爆笑)。僧侶の私たちが言うのも何だが、坊さんたちが逆に折伏されてしまって(笑)洒落にならないよ(爆笑)」

いかにもウソ臭い話であるが、わたくしにはそれを確認する術がない。ただし、この数年後であろうか、住職の次のセリフがいかにもチグハグだ。

「どうして顕正会なんですか?」

ようするに登壇者が法華講から顕正会に移った時の住職のセリフがこれなのである。しかし、おかしな話だ。何しろ顕正会のことを誰よりも賛嘆していたのがこの住職だからである。まさに支離滅裂の典型である。

わたくしいわく、

どうして顕正会なんですかって、オマエが言ってたんだろうが、顕正会は本当に凄いんですと・・・

どうだろう? 必要最小限の引用なので、顕正新聞をお持ちでない人にはよくわからない話かもしれないが、わたくしの指摘はきわめて常識的であって誰もが納得できるものだと確信するところである。はたして別の解釈があり得るのだろうか? この点、賢明なる読者諸氏のご意見をたまわりたいと思う。

最後に婦人部奥州支区の平会員の登壇を紹介しよう。

 祈願料は「五〇〇万円」と言われましたが、「そんなに払えない」と答えると、「いくらなら払えるか?」と聞かれ、結局、三五〇万円を支払いました。

真言宗の相談会での話だそうである。

 また高島易断の祈願にも行って五〇万円も支払い・・・

この人はもともとお金持ちなのだろう。しかし、お金で幸せは買えないということらしい。

ちなみに、顕正会が大きな社会問題にならない理由は、やはり金銭的には負担が少ないからだと考えられる。強引な折伏をやっているのは事実であるが、しかし、上述のような数十万ないし数百万という高額の請求がなされるわけではない。ここがよく言えば浅井先生の真面目なところであり、悪く言えば巧妙なところなのかもしれない。

それはさておき、この人の宗教遍歴はおそらく一般的な人からすれば大変なものであろう。

 そして一般家庭では、神棚が仏壇より上に据えられていますが・・・

そこで培ったであろう思考・認識の象徴的なくだりが上掲なのかもしれない。

彼女は神が一番だと思っていた。しかし、顕正会に入って認識が変わった。そういう話の流れの中で、一般家庭の仏壇と神棚の関係について書いているわけだが、しかし、どうなのだろう、わたくしにはちょっとわからない。

ようするに、一般的な日本人の意識として神が上であり仏が下であると、それが神棚と仏壇の位置関係に如実にあらわれていると、こう考えるのが妥当なのだろうか?

わたくしは違うと思う。何も考えていない。これが正解ではないかと思う。一般人は何も考えていない。ただ先祖伝来というか、昔からの風習でそうしているだけのことであって、その深い意味など何も知らない。神が一番だとか仏が二番だとか、その逆だとか、そんな意識はまったくない。それが平均的な日本人なのではないかと思う。

この件については、他にもまだ、いろいろと考えていることがあるけれども、それはまた別の機会に譲りたい。

2015/7/14

独白回想記  
沖浦氏ご紹介の音源を聴かせていただいた。

今日は懇談的に、ツジツマが合わないかもしれませんけれども、思いつくままにお話をさせていただき、よろしいでしょうか?

この冒頭のセリフに感銘した。

それを今から説明するわけだが、まず、こうして文章にすると、ちょっとおかしな感じがする。具体的には「お話をさせていただき、よろしいでしょうか」の部分だ。しかし、文章と口述には自ずと違いがある。文章は文字どおり・字句どおり読むのが原則である。一方の口述はその抑揚だとか、さらには場の雰囲気だとかで、ニュアンスが変わってくる。そこを読み取る必要があるわけだ。

上掲の場合は、次のように加筆することで意味が鮮明になるのではないかと思う。

今日は懇談的に、ツジツマが合わないかもしれませんけれども、思いつくままにお話をさせていただき(たいと思っておりますが)、よろしいでしょうか?

カッコで括ったけれども、仮にカッコがなくてもいいだろう。まさかこれを改竄などと言う人はいないと思う。

顕正会では池田大作氏のことをボロクソに言っている。今は用意がないので当てずっぽうに書くが、池田の言っていることは支離滅裂である、とか、発音が悪くて何を言っているのかわからない、とか、話がすぐに脱線する、みたいな感じである。

しかし、沖浦氏の紹介してくれた音源を聴く限り、そんなに悪くもないと思った。ましてや冒頭において、自らツジツマが合わない云々と断わりを入れて、ようは原稿なしでザックバランに話をすると宣言しているわけだから、なおさらである。

顕正会員には偏見がある。ハナッから色メガネで見てしまっている。だから池田氏の悪いところばかりが目につくのだろう。もっとも、これは顕正会員に限った話ではなく、すべての人に通じる話である。もちろん、わたくしも例外ではない。お互いに気をつけたいものである。

さて、そういうわけで今日はツジツマが合わないかもしれないが、思いつくままに書いてまいりたい。

揚げ足取りの反証、論証ばかりで、感じな問いには答えてない。

久しぶりに、v1号の登場であるが、さっそくやってくれた。

感じな問い?

なんでこういう間違いをするのかなあと思う。アゲアシ取りだの何だのと言っているけれども、アゲアシを取られないためにも、まずはこういうところから気をつけたい。当然、「感じな問い」は「肝心な問い」のことだろう。肝心要のところで間違えちゃうとシャレにならない。恥ずかしいだけである。

ところで、折伏被害者氏と冒険者y氏からは、公平・中立的なご意見・ご提案をたまわった。ひじょうにありがたいことである。

しかしながら、基本的には何も変わらないというか、変えないつもりである。わたくし自身は何かを意識的に変えようとは思っていないので、おそらくは何も変わらないだろうと思う。自然と変わっていく分には仕方がないけれども、意識的にブログの方向性なり方針なりを変えようとは思わない。今のままでいい。ガッカリさせてしまったかもしれないが、それが結論である。

このブログを『便所の落書き』としてしまわないようにお願いします。

わたくしに対する罵詈雑言は甘受すればいい。それで解決である。こんな簡単な解決法もあるまい。

問題は他の人たちに対する誹謗中傷であるが、幸か不幸か今のところは深刻な事態に至っていない。これはまさにコメント投稿者たちの良識に委ねられているわけであり、この点においては善き人たちに恵まれたものだとつくづく思うものである。

巌虎氏はこのブログがあり逃げも隠れもできない

つまり、わたくしにとっての最終的な逃げ道はブログの閉鎖である。これもある意味では簡単なことだ。ボタンをクリックすれば一瞬で終わるからである。

ただし、現時点でそのボタンを押せる立場にいるのはわたくし一人である。逆に言うと、わたくしがボタンを押さない限り、このブログは消えない。まさかハッカーがやってきて、拙ブログを消滅させるとか、そんなことは万に一つもあるまい。何の目的があって、そんなことをするのか、である。

ちなみに、かなり昔の話であるが、プロバイダに働き掛けて拙ブログを潰そうとした人がいる。いや、もちろん、それが本当かどうかはわからない。確認していないし、確認する術もないが、本人がそのような意味のことを言っていたのである。過去の膨大なコメント群の中にそれがあるので、興味のある人はさがしてみるといいだろう。結局、プロバイダ側としては、拙ブログを潰すだけの正当な理由を見出せなかった。ゆえに、当事者同士で話し合って下さい、というのが回答だったそうである。

あの当時、一日あたりの閲覧者数が三百を超えていた。その理由はさまざま考えられるが、顕正会員を名乗るブログはめずらしかった、ということもあるだろうし、それなりにブログの内容が面白かったのだろうとも思う。

そしてもう一つ、決定的な理由があった。毎日更新である。

今も変わらないが、拙ブログは独白を看板にしていることもあって、リンクがまったくない。装飾めいたこともまったくしない。ゆえに謎が多いというか、純粋に拙文だけがわたくしのことを知る唯一の手掛かりであって、それ以外に何も手掛かりがないので、謎だらけなのだ。これがさまざまの憶測を呼んでいるのも事実であろう。

そうそう、毎日更新の話だった。

今説明したようなアンバイなので、拙ブログの初期の頃のアクセス数は一日一名だった。つまりは自分自身しか見ていない。この世の中で拙ブログの存在を知っているのは自分だけである。誰にも読まれないし、当然、コメントも来ない。そんな日々が半年くらい続いただろうか?

ここで白状しておくと、わたくしにも自己顕示欲があって、独白とは言いながらも多少は他人に読んでもらいたいという気持ちがあった。それでじゃっかんは宣伝めいたことをしたこともあったのだ。

それで徐々にアクセス数が上がっていって、二年目はウナギノボリ、三年目は一日平均三百というところまで来たのだった。

これも毎日更新が大きな理由だろう。必ず毎日更新されることがわかっているので、読者のほうも毎日閲覧してくれるわけだ。

しかし、わたくしの負担も大きかった。当初こそ正真正銘の独白だったので気楽に書けたものの、読者が増えるにしたがって気楽には書けなくなった。完全主義というわけではないが、やはり読者を意識すれば自ずと完璧を期せざるを得なくなるものだ。それで一回一回の更新がシンドクなっていったのである。

そういうわけで、毎日更新は三年間でやめて、四年目から不定期更新とさせていただいた。

徐々にアクセス数が減っていった。このまま減り続けて読者がゼロになれば、拙ブログも事実上の終焉である。ところがその後もアクセス数は一定数をキープし、今日に至っている。おおむね百から百五十くらいだろうか? これが拙ブログの固定客であり、いわばわたくしのファン(?)である。

不定期更新なのだ。いつ更新されるかもわからないのだ。それにもかかわらず応援し続けてくれる人たちがいる。これでは勝手にブログを閉じるわけにもいかないだろう。

それはさておき、いつだったか、十日ばかり前だったろうか? 久しぶりに閲覧数が三百を超えた。これにはビビッた。

その理由は、傍観者v氏とその仲間たちとファンの皆さん、という構図を想像したからである。これは怖かった。なんだ、先方にはそんなにファンがいるのか、これは大変なことに巻き込まれてしまったぞ、と思ってビビッていたのである。ところが三百超えは一瞬だけであり、その後ほどなく普段のアクセス数に戻ってしまった。まあ、じゃっかんは多いのだろうけれども、そんなに極端ではない。

あれはいったい何だったのだろうか?

これについては後日、わたくしの推理を書こうかと思っている。もっとも、こんなことばかり書いていると、アイツは本題にはまったく触れずに枝葉末節ばかり取り上げてお茶を濁している、などと言われそうだが、まあ、それはそれでいいのである。わたくしが何を書こうがわたくしの勝手である。

さて、次回は何を書こうかな・・・

2015/7/12

傍観者と独白者の対話  
傍観者v氏はワガママである。しかもキレ易い。つまりは始末に負えない人物である。これについては後日、改めて書きたい。

さて、前回は読解力ゼロと説明力ゼロについて書いたわけだが、今回はそれに加えて支離滅裂をキーワードに書きたいと思う。

まずはおさらいである。

七月四日の拙稿に対し、さっそくその日の深夜に返信があった。三本続けての返信であり、それも一分毎の投稿なので、あらかじめ原稿を用意して貼り付けたのだろうことがわかる。その三本目には(まだつづく)と書かれていた。ところがである。なんと、その続きの文章はついに投稿されなかったのである。

この不可解さ・不自然さについてはすでに指摘済みであるが、先方からはあまり説得力のある釈明がなかった。たぶん今後も永久にないだろう。

今日はその幻の四本目について書く。以下、テキストは大石寺系教団の掲示板に五日の早朝、投稿されたものである。

>学者は権威に寄らない。権威に屈するのではなく、真実に屈するのだ。たぶん岩本氏は学者の矜持として大聖人と対等の立場から論じているのだろう。氏の法華経理解からすれば大聖人のそれは不十分であって本質に至っていない。

それは管理人殿の希望であったり、願望です。ここで感想を書いていいのでしたら全く議論になりませんね。


当然ながら上段は拙稿であり、下段が傍観者v氏の文章である。感想を書いていいのならば議論にならない・・・と。しかし、かく言うv氏はこの直後、次のように書いているのである。

しかも左翼系の「権威に寄らない。権威に屈するのではなく、真実に屈するのだ」なんてお題目で悦に入るのは結構ですが、歴史を見ればそんな理想的人物が何人いたのか、日本を見ても権威だらけ、派閥学問だらけじゃないですか。

左翼系? 何を言っておるものかと思う。それこそ貴辺の感想ではないのかと言いたいところだ。カギカッコの部分はわたくしが言っているのであって、誰かの言葉を借りてきたわけではない。もちろん同様のセリフは先人たちがたくさん言っているのだろうとは思う。だが、しかし、それを左翼の専売特許のごとく言うのは一種の偏見であろう。

また、そんな理想的人物が何人いたのか云々は、まるで別次元の話である。何を支離滅裂なことを言っておるものかと思う。

そもそも、なんでそこにツッコミを入れるかなあ、というのがわたくしの偽らざる感想である。

大聖人を批判するなどケシカラン、という人もいる。正宗系の中でも、とりわけ顕正会にはそういう人が多いはずだ。しかし、わたくしは違う。ここでは岩本という学者の側に立って、彼は学者としての信念を持っていて、その上で大聖人を批判しているのだろう、ならばその言論は守られてしかるべきだ、という意味を言っているわけである。ゆえに、そこにツッコミを入れてどうすんの、と言いたいのだ。もはやこれでは、わたくしのやることなすことが気に入らなくてケチをつけているだけの、ようは単なるイチャモンと変わりがないだろう。

何が真実に屈するのだ、ですか?そういう御託宣を述べられる人が、2015/7/1 16:21投稿者:折伏被害者の指摘にはレスしませんね。

いよいよ支離滅裂の決定版が登場した。

まず、貴辺は一般の閲覧者がどのように理解するかを考えて書いているのか、そこが問題である。上掲は唐突感が否めないところで、あれ? なんで突然ここでその話が出てくるのだろう? よくわからないなあ? というのが一般的な感想であろうと思う。この意味では相変わらずの説明能力ゼロぶりである。

私の「日蓮の教えが正しいと妄信してるカルト信者とよく理解できました。」には反応するが以下には反応できませんか?

>こうして述べてきてハッキリしたのは、厳虎さんがマインドコントロール状態から抜け出せてない事、その努力をする事に消極的であるという事です。
>これも予想通りの事なので、前回「瑠璃堂氏」の名前を引き合いに出させていただいたんです。

これ実に、同じことを言葉を変えて書いてますけど、まぁそれはこれくらいにしておきましょう。


貴辺はこれくらいにしておきましょうなどと言っているが、わたくしはこれくらいでは済まないと思う。

ここで少し煩瑣になるものの、ぜひとも過去のやりとりをご覧いただきたい。

他の質問にはスルーですか。
中途半端な人だ。
日蓮信奉者はずる賢い部分も似てます。


これは七月一日付の拙稿に対する貴辺のコメントである。わたくしは翌日、返事を書いた。

なるほど、そのように感じておられるわけか。これについては今日のブログが好例であって、ようは全部のコメントには対応し切れないので、重要なものであるとか、わたくし個人の興味関心によって、取り上げるものが変わってくるということをご理解いただきたいと思う。もちろん、都合の悪いものには触れないという場合もあるわけだが・・・

別人ならばまだしも、この時のv氏と今のv氏が同一人物だとしたら、これほどの支離滅裂さもないだろう。ゆえに、v1号・v2号・v3号と、はたして何号までいるのか知らないが、いろいろな人がv氏を騙っていると考えたほうがツジツマが合いそうである。

シツコイようだが、読解力ゼロの貴辺のために書いておこう。他の質問にはスルーですかと問われて、わたくしは上掲のように返信したのである。この流れの中で、なぜに唐突に第三者のコメントを引き合いに出すのか、である。おそらくは誰も理解できまい。

先の岩本氏ははっきりその著書で「大乗非仏説」を書いています。

だから、何なの? と言いたい。

大乘非佛説論者が大聖人をどうとかと言われても、管理人殿の感想と学術的事実を混同されては困ります。

貴辺は学者なのだろうか? もしそうならば、こんなインターネットの片隅で燻ぶっていないで、学会にでも行って堂々と発表したらどうか、と提案しておきたい。いや、もちろん、これはイヤミである。

鳩摩羅什の訳経の法華経が意訳であり、元の梵品に忠実なものでなければ、当然それをベースにした法義は土台が間違っておれば総崩れでしょう。

これはそのとおりだと思う。この点はわたくしにとっての苦悩でもある。

何か希望的感想で「事の本質を隠していると表現しているのだ。」と言ってますが、岩本氏はハッキリと鳩摩羅什の意訳箇所を否定しています。つまり引いては日蓮さんを否定している事になりますね。理解できますか?

しかし、ここは貴辺のほうにこそ錯誤がある。まさに支離滅裂の典型だ。あるいはスリカエと言うべきか?

またしても煩瑣ながら、過去の拙稿を振り返ってみることにする。

おわかりだろう、前掲は冒頭の「嘘つき日蓮」だけが傍観者v氏の手によるものであって、あとは他の誰かが書いたものである。その中に学者として著名な岩本氏の所論が挿入されているわけだ。

ところがである。某氏も岩本氏も大聖人をウソつきだとは言っていない。言っているのは傍観者v氏だけである。


あまりにも煩瑣過ぎるので、v氏のコメントは省略させていただいたが、話は簡単である。引用範囲を読む限り、岩本氏は大聖人をウソつきだとは言っていないのだ。言っているのはv氏である。大聖人を否定しているかどうかは別の話であって、このことは最初のほうにも書いたとおりである。すなわち氏が学者の信念としてそれを主張しているのであれば、わたくしはそのことに敬意を表したいとすら思うほどである。ただし、おそらくは学者としての節度からしても、大聖人をウソつき呼ばわりするようなことはないだろう。ゆえに、そのものズバリ、岩本氏が大聖人をウソつきであると言っているのかどうか、それを貴辺に問うているのである。

>傍観者v氏は薬王品得意抄を真面目に読んでいないのだろう。最低でも引用部分の前後を確認しておくべきだ。

貴方は「薬王品得意抄」は誰にどんな質問に対して日蓮が書いたものか存じているのですか?貴方の「御文の流れである。いったいこれのどこが誤魔化しなのだろうか?」という文章を見て、この人も把握されていないことがわかります。


またしても説明能力ゼロぶりを発揮してしまっている。

薬王品得意抄と更に返書をもう一度読まれることをオススメします。なお、この指摘は戸頃重基氏が指摘されて、日蓮宗が沈黙したものですよ、それもご存知ではない。

これもまったく同じである。ぜんぜん説明になっていない。しかも貴辺が学者に依存するタイプだということが、よくわかる事例である。それにしても、学者は権威に屈しない云々に噛み付いた人が、学者の権威にすがっているという支離滅裂さもコッケイである。

>又法門の事はさどの国へながされ候ひし已前の法門は、たゞ仏の爾前の経とをぼしめせ。

この時の日蓮の手紙に何が書かれてましたか?貴方は基礎的な解釈が欠落してますのでこういうことでは、論議になりません。まず確認です。何を以前の法門とし、なにをそれ以後としたのですか?

次の記事でお答えください。


シツコイようだが、繰り返し言おう。説明能力ゼロである。

わたくしの文章にも出来不出来がある。ゆえに説明が不十分だったり、うまく説明できていなかったりすることは、それこそ日常茶飯事である。それは上述の一件においてもそうかもしれない。

だが、しかし、いちおう説明としては完結しているのである。ゆえにそれが間違いだと言いたいのならば、それを指摘すればいいだけのことである。また、わたくしの説明が気に入らないのであれば、それを上回る説明をすればいいだけのことである。何を回りくどい質問をしているのかと言いたい。

以上、傍観者v氏との対話はここで一区切りとしたい。

2015/7/9

独白者と傍観者の対話  
興味深いコメントが寄せられているけれども、今日もまた傍観者v氏との対話を中心に書くことになる。いよいよ大乗非仏説についてである。テキストは前々回の拙稿に貼ってあるので、ここでは省略する。

まず、キーワードを紹介しよう。読解力ゼロと説明力ゼロだ。さて、誰のことだろうか?

天台宗の 安然「真言宗教時問答」は平安時代の著書ですが、既に大乗教は仏説でないと書かれてます。

傍観者v氏からこのよう言われて、わたくしは驚いた。ゆえに次のように書いた。

これは大変なことだ。大乗非仏説はかなり時代が下ってから出てきたものだと思っていたが、安然が言ってるのだとしたら大事件である。何しろ大聖人の御書にも安然のことがけっこう出てくるからである。

これに対するv氏のコメントが次である。

経典の由来を少しでも研究したら、当たり前のことですが、この程度で驚かれては論争相手として、こちらが落胆しますね。

なるほど、落胆したと。

確かに落胆するのかもしれない。そもそもわたくしは法華経が釈尊の実説ではないという話について、知らない、と答えたのだ。ゆえにこの時点で相手が落胆したとしてもおかしくない。

実際、不勉強であることは認めなければならない。しかもv氏の続きの文章には漢文が二つほど出てくる。これがわたくしにはチンブンカンプンなのだ。仏教の勉強をしている人は多少なりとも漢文の読み下しが出来ないと話にならない。たぶん、それが相場というものだろうと思うが、恥ずかしながらわたくしはまったく読めない。読解力ゼロなのだ。

そういうわけで、これで話をオシマイにしてもよいのだが、しかし、それでは相手に失礼というものだろう。また、閲覧者に対しても同様だ。

そこで話を続けるわけだが、わたくしの読解力もさることながら、v氏のそれも甚だアヤシイものである。何しろ拙稿がまったく読めていないからだ。v氏は読解力ゼロを通り越して、マイナス百点を差し上げてもいいくらいのトンチンカンさである。今からそれを説明しよう。

これは大変なことだ。大乗非仏説はかなり時代が下ってから出てきたものだと思っていたが、安然が言ってるのだとしたら大事件である。何しろ大聖人の御書にも安然のことがけっこう出てくるからである。しかし、わたくしの知る限り、御書には安然の大乗非仏説を破折するようなくだりは存在しないはずである。大聖人は都合が悪いと思って無視したのだろうか?

再掲であるが、察しのいい人ならば、もう話は見えただろう。

別件ではあるものの、v氏は大聖人に対し、都合が悪いから誤魔化した、などと悪態をついていたのである。では、この件に関してはどうなのだろうか、という意味を込めて、わたくしは上掲のように書いたのだ。しかるにv氏はこの後半部分を無視して、落胆したなどと言っているわけである。これは拙稿がぜんぜん読めていない証拠だろう。

こんな読解力ゼロの人が、自分の知識を書き並べたところで、どうなるものでもないだろう。ちなみに、それが理由だろうか、ここにはほとんどの人が静観しているという現実がある。

龍樹菩薩もたびたび「大乗は仏教にあらず」という主張に対する反論を行なっている。 「宝行王正論」においては、「大乗は徳の器であり、己の利を顧みず、衆生をわが身のように利する」として大乗の思想を称賛し、 釈迦の根本教説を「自利・利他・解脱」とし、六波羅蜜は「利他・自利・解脱」を達成するものであるから仏説であると主張している。

さて、感想ばかり書いていると、また文句を言われそうなので、具体的なことでご教示をたまわりたいと思う。上掲で気になったのは、自利・利他・解脱である。釈迦の根本教説のところではこのとおりに記されているが、次の六波羅蜜のところでは順番が入れ違っている。この意味は何だろうか?

v氏特有のオッチョコチョイなのか、それとも理由があってのことなのか、ご教示願いたい。

これらの流れで安然が「真言宗教時問答」において大日如来に触れて釈迦を教主としない経典であるならば大乗経典(大日・毘盧遮那仏・阿弥陀・薬師)は佛説ではないと論じている。(この部分は漢文で長いので要旨のみ)(まだつづく)

そしてこれが説明能力ゼロのくだりである。貴辺はわたくしの無知・不勉強に対して落胆したかのごとく言っているが、わたくしもガッカリである。

まず、最後の(まだつづく)がポイントである。その直前に(この部分は漢文で長いので要旨のみ)と書いている。確かに漢文オンチのわたくしにとっては要旨のみのほうがありがたい。そこでわたくしは(まだつづく)の意味を次のように受け取った。

巌虎が要求している直接的な文証は長文の漢文なのでここでは要旨のみとして、あとは無知な巌虎のために平易な史資料を用いて説明してあげよう。

わたくしはv氏の温情としてこのように受け取ったわけだ。

ところがそうではなかったのだ。これでオシマイなのである。これで安然の話はオシマイなのである。

説明能力ゼロを通り越して、マイナス百点を差し上げたいくらいの気分だ。

さて、わたくしは以前、大聖人の慧心に対する評価に矛盾があることで、あれこれと考えをめぐらせたことがあった。ようするに初期の頃は肯定的だったものが、やがて否定的評価に変わるのだ。これは安然に対しても同様であって、大聖人の仰せには矛盾がある。これを簡単に説明するとすれば、是々非々ということだろう。ある部分は肯定、ある部分は否定。こういうことは普通に行なわれていることである。しかし、全体的な評価として、肯定から否定、否定から肯定に変化したとすれば、これは是々非々の問題ではなくなってくる。そこで一つの説明としてしばしば使われるのが、いわゆる佐前佐後である。もちろん、これも委細に見ればけっこう複雑であって、単に佐渡以前以後という区分で片付く話ではないのだが、ますます話がややこしくなるのでここではやめておこう。

又天台宗の慈覚・安然・慧心等は法華経・伝教大師の師子の身の中の三虫なり。

撰時抄の御文である。慈覚はさておき、ここに慧心と共に安然の名が記されている。まさに否定的評価だ。

当該御書には次のようなくだりもある。

安然和尚すこし弘法を難ぜんとせしかども・・・

お陰さまでわたくしも今回新たな発見があった。日本真言宗事という御書には、次のように記されている。

教時義の四に云はく安然の釈、弘法を破するの文なり・・・

こうして見ると、この件に関しては案外に矛盾がないことになる。当該御書は文応元年であり、撰時抄は建治元年。十数年の時間差があるわけだが、基本的には一貫しているのだ。安然は少しばかり弘法を破折しているが、中途半端だったために返って墓穴を掘った。前掲の意味はそういうことである。そしてご存知のごとく、大聖人はある時期まで真言宗破折を控えていた。ゆえに安然の評価についても、真言宗がらみの話題においては態度を保留していた、ということなのだろう。

釈迦を教主としない経典であるならば大乗経典(大日・毘盧遮那仏・阿弥陀・薬師)は佛説ではない

再掲であるが、おっしゃっていることはご尤もであり、日蓮系でこれを否定する人はいないはずである。上掲のニュアンスのことは御書にも出てくることなのだ。しかし、まさかこれを大乗非仏説の文証だと強弁する人は他におらないだろう。

わかりやすく言ってしまえば、釈尊と大日如来の関係をどのように捉えるかという問題があって、同体説と別体説がある。安然は前者を主張している。弘法は後者なのだろう。まさに、先ほど紹介した、安然が弘法を破した・難じた云々というのは、このことなのである。

切り文で恐縮であるが、まずは早勝問答の一節を紹介しよう。

 他の云はく、顕教の内にて大日・釈迦一体と説けども、密教の内にては二仏各別なり。

そして釈迦一代五時継図の「真言は別仏の説に非ざる事」には次のごとく記されている。

安然の教時義に云はく「真言宗の本地毘盧遮那は即ち天台宗の妙法蓮華経最深密処と同仏なり」と。

文証としては不十分のソシリを免れないが、これでおおむね理解が可能なのではないかと思う。そして大聖人の結論は天台宗身虫御書に明らかだ。

今天台宗の人々の自宗を他宗に同ずるこれなり。・・・かくのごとく立つるゆへに天台法華宗は失せぬるなり。

省略した部分に安然の名前も記されている。ようするに、釈迦大日別体は言語道断、同体はマシのように思えるかもしれないが、大聖人はダメだと言っているわけである。

以上、傍観者v氏の説明はデタラメ、それが言い過ぎだとすれば説明がヘボ、そんなところだろう。大乗非仏説と安然との関係性がまるで説明できていないということだ。

まあ、自分で言っても仕方がないことだが、わたくしの説明のほうが多少はマシなのではないかと思う。もちろん、これは読者の判断に任せるところである。

最後に、日蓮正宗系の立場としてはやや言い難い意味もあるのだが、つまり、主師親の三徳を兼ね備えているのは釈尊一仏であって、その他の仏は主でもなければ師でもなく親でもない、もしそれらの仏が説いた経典があると言われても信じてはいけない、そんなものは仏説ではない・・・というような結論でいいのではないかと思う。

次回のキーワードを記しておこう。支離滅裂である。さて、いったい誰が支離滅裂なのだろうか?


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