2015/10/31

オチブレカイイン  
沖浦氏の顕益・冥益の説明は適切とは思えない。これについては別の機会に書くつもりだが、ここでは簡略に申し上げよう。ようは、一切は現証に如かず、ということだ。同じ御書の中にあるのだから、どうせならば、こちらも引用しておくのが正解だろう。末法は冥益であるが、また同時に、現証に如かずとも仰せられている。つまりは、顕益なきにあらず、ということになる。これが道理であろう。こういう説明のほうがシンプルでいいはずだ。ちなみに、罰四つの御指南は聖人御難事ではなかったか? 相変わらずの粗雑さである。

幻の総支隊長氏がお出ましになった。これには驚きである。拙ブログは独白主体なので挨拶めいたことは省略させていただくが、ともかく落ちぶれ会員のしがないブログによくぞお出でになったものと思う。

オチブレ、シガナイ・・・

これは謙遜でもなんでもなく、事実そのままのつもりである。ところがどうしたわけか、拙ブログもそれなりの影響力を持っているらしく、また、よきコメント投稿者に恵まれたこともあって、拙ブログを触媒として一つの潮流が起きているような感じになっている。その潮流とは、おおむね顕正会にとっては良からぬものであり、法華講には喜ばしいもののようである。

そこで顕正新聞の最新号を、直近の話題に関連付けて取り上げてみようと思う。

第1357号は合併号である。これは逮捕とそれに続く家宅捜索のアオリを食って、新聞発行の心的余裕がなかったためか、もしくは単純に資料の押収を食らって発行に支障をきたしたためなのだろう。そもそも昨今の顕正会は御書講義が完全になくなってしまったこともあって、本部行事の絶対数が少ない。ゆえに記事にするネタも少なく、結果として登壇記事ばかりの羅列になってしまっている。それで月三回の発行そのものが無理気味になっているのだ。よって何か事が起きれば、新聞の発行が滞ってしまう。今回の一件がそれを象徴しているわけである。

前置きはこれくらいにして、中身に入ろう。当該号のメイン記事は御大会式の会長講演である。ここで事件のことに言及するかどうかが注目されたが、活字になっている範囲にはそれらしき文言は見当たらない。わたくしは当初より、そうだろうと思っていた。

浅井先生は都合の悪いことには極力触れない。もちろん、そういう意味もあるのだが、当該講演に限っては誤解である。

わたくしは毎年、御大会式の会長講演を楽しみにしている。なぜならば当該講演は浅井先生による日蓮本仏論だからである。毎年がそうなのだ。あらゆる角度から大聖人の御本仏たるゆえんを説き明かす、そういう絶好の機会になっているのである。
ゆえに、話のマクラだとか、あるいは括りの部分、もしくは途中において、じゃっかんは時事問題などに言及することもあるけれども、全体の分量としてはごくわずかである。あくまで大聖人の御事を中心に論ずる。それが当該講演の特色なのである。
よって、事件の直後ではあるものの、その言及がなかったとしても不思議ではないのだ。繰り返しになるが、当該講演は浅井先生による日蓮本仏論の開陳なのである。そこには余事を挟まない。これが先生の流儀である。このことは例年の講演内容を確認すれば一目瞭然である。

今回の講演も面白かった。面白いなどと言うと叱られそうだが仕方がない。わたくしとしては好意的な意味で言っているつもりである。内容については後日としたい。

基礎教学書 日蓮大聖人の仏法 ついに発刊!
 広宣流布のための画期の教学書


四面の左上に写真付きで紹介されている。確かに見るからに立派な装丁である。

・・・激務の合間を縫って二年にわたり書き続けられた、入魂の書である。迂闊の読みでは申しわけない。

ご覧のような説明が付されている。さて、中身はどうだろう。立派な装丁に相応しいものなのかどうか、まだ現物を入手していないので論評は控えたい。

さて、問題は次である。同じく四面には男子部幹部三人の登壇記事が掲載されている。九月度班長会での発言だ。まずは総男子部長から見ていこう。

・・・必ずや十月誓願達成を決意するものであります。

そして副総男子部長、メガネを掛けているほうである。

 まずは御大会式までに革命的前進を成し、必ずや十月中の達成を以て・・・

いかがだろうか? ご存知のごとく、班長会は月末に行なわれる。九月度班長会は九月末に行なわれた。そして事件が起こったのは十月の初旬である。御大会式は十月十三日だ。

先般の事件では現場の指示役が逮捕された。現場の指示役の指示役は誰であろうか? もはや答えは明白である。上掲のごとく、総男子部長ないし副総男子部長たちがハッパを掛けたからこそ、現場の活動会員たちは事件を起こしたのだ。やや短絡的ながらも、いちおうはそういう理屈になるはずである。

十月中の達成、とりわけ御大会式が行なわれる十三日までの前半戦が勝負のカギである。おそらく顕正会経験者であれば、先輩幹部からこのような意味のハッパを掛けられたことがあるに違いない。これが結果として、事件を誘発することになるのだ。

そして第六面には総合女子部長の記事があって、これがまた、ひじょうに興味深い。

 されば、全組織の十月誓願達成・・・

ああ、やっぱり同じことを言っている。

あえて言わせてもらえば、男子部と女子部では後者のほうが有利と思われる。たぶん同じような手法を使って折伏をしたとしても、女子部は逮捕される可能性が低い。男子部のほうが圧倒的に逮捕されやすいのである。気の毒だが、仕方がない。

話が逸れた。実は上掲には続きがある。それがひじょうに興味深いのである。

 されば、全組織の十月誓願達成、そして十一月、「一万五千」を見つめて大突破を成し、以て、二百万を急がれる浅井先生に必ずやお応えしてまいろうではありませんか。

一万五千? これは何だろう?

もし女子部だけの誓願ならば、これは凄い大誓願である。しかし、もしこれが顕正会全体の誓願だとしたら、あれ? ちょっと低くない? と誰もが思うはずなのである。

う〜ん、顕正会の内情はかなりヤバイことになっているのかもしれないなあ・・・

2015/10/27

シガナイドクハク  
アクセス数が高めで推移しているのが不気味だ。事件が報道されるとアクセス数が増える。しかし、それも一過性のものであって、今のように高めをキープすることはない。翌々日くらいには普段のレベルに戻っているのが従来のパターンである。

ゆえに不気味なのだ。なぜにアクセス数が高いのか、その理由がわからない。

コメント投稿者の顔ぶれもそんなに変わらない。ゆえに、こんなシガナイ(?)独白ブログをいったい誰が見ているのだろうかと、少しばかり気になっているところである。

このところは創価学会員がカヤの外に置かれているような状況であるが、前回の最初のコメントは創価学会員からのものであるし、常連の沖浦氏もいつものごとく頑張っている。直近のコメントに付されたリンクを開いて驚いた。

遠く白馬まで、出稽古にいった成果が試合で出せました(^ー^)。
沖浦氏の熟練したアドバイスに感謝!


沖浦氏の功徳話は、それだけを聞いていると自画自賛のようにも思える。しかし、ご覧のごとく、証拠を突き付けられれば、文句は言えない。立派なものである。

そもそも白馬とウエートリフティングは無関係のはずである。いわゆる人貴きが故に所尊しなのだろう。沖浦氏の存在が白馬を特別な場所となさしめているのだ。

さて、もう一人の創価学会員、んっ?氏のコメントについても触れておこう。以下、全文を紹介する。

2015/10/18 14:02
投稿者:んっ?
厳虎さん、こんにちは!

やはり、感覚がズレていると思います。

要は「田舎」から「独りで」出て来た
「気の弱そうな」「他人への猜疑心の薄い」
「未成年者」を狙った「犯罪」だという事でしょう?

今回逮捕された人達は、相手がヤ○ザでも、
同じ行動がとれたでしょうか?

しかも顕正会なんて、一般の方は知りません。

それを「ショボい」だの「くだらない」だのと
言い放つのは如何なものでしょうか?


論理的にどうかと思うのだが、たぶん頭脳明晰な氏のことであるから、あえて問題提起のためにそのように書かれたのだろう。

ようするに顕正会員がショボイのである。ゆえに相手がヤクザであれば、同じ行動は取れない。なぜならばショボイからだ。

そもそも顕正会問題は、今まで一度たりとも社会問題化したことがない。ごく一部で問題視されているものの、大きな社会問題としてクローズアップされたことはない。そりゃそうだ、やっていることがショボイからである。ゆえに報道されれば一時的には関心が集まるものの、その関心が持続することはない。冒頭で記した拙ブログの閲覧数がそのバロメーターなのだ。報道の数日後には元のレベルに戻っている。それゆえに、このところ高めの閲覧数が続いていることが不気味なのだが、しかし、これはまた別の議論である。

ともかく顕正会員の起こす事件はショボイのだ。これはたぶん一般人の感覚に近いはずで、決してズレていることはないと思う。

要は「田舎」から「独りで」出て来た
「気の弱そうな」「他人への猜疑心の薄い」
「未成年者」を狙った「犯罪」だという事でしょう?


まあ、雰囲気的にはそのとおりである。しかし、委細に見ればそうではない。

わたくしは前回の拙稿で、被害者を特殊な人物と書いた。そう、特殊である。すでにしてこういう書き方自体が失礼千万だとは承知しつつも特殊と書いたのは、そのほうが汎用性が高いと考えたからである。んっ?氏の書き方のほうが具体性があってわかりやすい。しかし、ニュース報道だけで被害者の人物像を事細かに論ずるのは問題だろう。

事実、上掲は雰囲気的にはそのとおりなのだが、細かく見れば必ずしもそうではない。

・気の弱そうな
・他人への猜疑心の薄い

わたくしはここがネックだと思った。むしろ気の弱い人は猜疑心が強い、というよりも用心深い。気の弱い人は押しに弱いのだ。よって、そのような状況に陥らないように用心深く行動するものである。ゆえに前回、わたくしは一つの疑問として書いたのだ。なぜに一人で出掛けたのかと。

このように細かく見ていくと、次々にわからないことが出てくる。そりゃそうだろう。人間は十人十色・百人百様である。ゆえにマスコミで報じられている程度の情報だけで、一人の人間の人物像を論ずることなど、出来っこないのである。

先ほども書いたが、んっ?氏ほどの人物であれば、こんなことは百も承知だろう。ようは議論の深まりを期待して、あえてコメントされたのだと思われるのである。

その上で、次のコメントを読むと、顕正会の問題がよりいっそうクローズアップされてくるはずだ。

2015/10/18 17:25
投稿者:本部職員
職員はみな一様にピリピリ。
口裏合わせで、誓願なるものはその人自身からの申請であり、それに伴う行動は自己責任、だと。
....無惨。
現在の入信の資格は、住所不定、連絡先不明でも可能。
ゆえに正体のわからぬ外国人、高齢者、障害者、浮浪者で、入信勤行はメチャメチャ。


気の弱そうな人と猜疑心の薄い人を同一人物と見るのではなく、一つの方向性として見ればツジツマが合ってくる。ようは入信しやすそうな人ということだ。成果主義に毒された顕正会員たちはなりふり構わず折伏する。しかし、現実的には無駄足を踏みたくないので、入信しやすそうな人ばかりを狙い撃ちするようになる。

まさに本部職員氏の証言がそれを裏打ちしているわけだ。

外国人が悪いわけではない。ようは氏素性のハッキリしない外国人を成果に含めることが問題なのである。高齢者も悪くない。ようは高齢者を狙った詐欺が横行するのと同様で、今は高齢者を狙ったほうが成果を上げやすい、だから高齢者を狙い撃ちするわけである。障害者しかりである。とりわけ知的障害者ともなれば、前述の猜疑心の薄いという項目にも当てはまりそうである。浮浪者だって悪くない。彼らにも信仰する権利はあるのだ。

つまり、顕正会員側に相手を救いたいという本心からの慈悲があれば、これはもう誰も文句の言えない尊い行為である。しかし、現実的には成果に追いまくられているだけ、というのが今の顕正会の実態なのである。

本末転倒も甚だしい。

ところでくだんの逮捕者であるが、最初の三人はすでに釈放されたらしい。どこかの新聞が小さな記事を出したそうである。

そして顕正新聞はこの時期にしてはめずらしく合併号となった。この合併号の響きは微妙なところで、おそらく世間一般の人には意味がわからないだろう。ようするに今回の逮捕並びに家宅捜索は、顕正会にとってけっこうな打撃だったのだ。本部のほうはテンヤワンヤで新聞を発行している余裕がなかった。だから一号分を端折って合併号にせざるを得なかった。

もっとも家宅捜索で必要な資料が押収されてしまって新聞の発行に支障をきたした、というような理由づけもあり得るので、実際にはどれだけの打撃だったのか定かではないのだが・・・

2015/10/18

ホウカイガンネン  
先般の逮捕並びに家宅捜索の件は、わたくしの予想を覆す展開となった。前々回の拙稿に明らかなごとく、今回の事件はこれでオシマイ、もう報道はされないし、世間一般の人たちはすぐに忘れてしまうだろう、世の中、次から次へと新しい事件が起こるからだ・・・とわたくしは考えていた。

しかし、続報が流れた。なんと新たに二名の逮捕者が出たのだ。けっこう驚愕的な事実である。


というのは、すでに各方面の顕正会ウォッチャーが書いているごとく、今までは実行犯のみの逮捕だったわけだが、今回は指示を出した人物までもが逮捕されたのである。二名のうちの一人は、たぶん男子部の隊長クラスの人間だと思われる。もう一人は支隊長かもしれない。

もう、こうなると、隊長・区長・支区部長クラスは戦々恐々だろう。なぜならば、程度の差こそあれ、どこの組織も似たようなことをやっているからである。

もはや隊長クラスになると、個人折伏はやらない。まったくやらないわけではないが、基本的にはやらない。ようはハッパを掛けるのが仕事なのである。そして実際に折伏をするのは支隊長以下、副長や班長クラスの人間である。これがいわゆる実行犯に相当するわけで、最初に逮捕された三人がたぶんそれなのだと思われる。そして後から逮捕された二人が教唆犯とでも呼ぶのだろうか、専門的なことはわからないが、ともかく指示をする立場の人間である。

ゆえにフジテレビ系のニュース報道でも次のような見出しをつけている。

宗教法人「顕正会」会員逮捕 現場の指示役らを新たに逮捕

これはもう幹部たちは戦々恐々である。現場の指示役すらも逮捕されちゃうとなると、もはや顕正会の幹部は全員逮捕されちゃうかもしれない。一網打尽というヤツだ。

当然ながら、この延長線上には浅井先生がいる。まさか今回の一件で先生が逮捕されることはないと思うが、少なくとも公安当局が本丸に向かってジリジリと前進していることは間違いない。次のステップとしては部長クラスの逮捕、さらには本部首脳の逮捕、当局がこれらを視野に入れていたとしても、おかしくはないだろう。

ちなみに、いわゆる秋の三連戦は誓願がない? いや、ないわけがないのだが、八月末の総幹部会では発表されなかった。その理由が気になるところである。

結果論ながら、もし誓願が発表されていたとしたら、顕正会の強引な勧誘の直接的な原因がここに存することを誰もが容易に知ることが出来ただろう。先ほどハッパを掛ける云々と書いたけれども、いちばん上でハッパを掛けているのは浅井先生である。ゆえに現場の指示役という意味では当たらないにしても、指示役の指示役、あるいは指示役の指示役の指示役、という具合に遡って行けば、最終的には浅井先生が指示役に当たることになるだろう。

ところが今回はたまたま誓願が発表されなかった。まさか先生ないし本部首脳が公安の動きを事前に察知して、罪を逃れるために誓願を発表しなかった・・・ということはないと思うが、しかし、釈然としないのも事実である。

大胆な推測をするならば、幻の総支隊長の一件が大打撃なのかもしれない。それで誓願を立てられなかった。今は組織防衛だけで精一杯で、組織の拡大を云々するような余裕はなかったのかもしれない。

もしそうならば、逮捕事件は泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったり、ということになるだろう。顕正会始まって以来の、最大の危機なのかもしれない。

しかし、ショボイ事件であることには変わりがない。

わたくしの見通しが外れたのは事実である。それは認めるものの、事件の内容そのものは実にショボイ。ゆえに、その事実を反映してのことだろう、拙ブログのアクセス数を見れば、二回目の逮捕報道の時は最初の逮捕報道の時ほどの伸びを見せなかった。

一般人のつもりになって書いてみよう。

最初の報道では、顕正会? 何それ? と思ってネットでいろいろと調べた。家宅捜索があった。この時にも調べたかもしれない。二回も調べればわかってくる。実にツマラナイ、クダラナイ、ショボイ、そういう事件であることがわかるのだ。

そこに再び逮捕の報道が流れる。ああ、この間の事件か、あのショボイ事件だ。バカバカしい。

これでオシマイである。もはやネットで丹念に調べる必要もない。ましてや拙ブログのようなところに再訪問する必要はまったくない。これが一般人の感覚なのである。

次に一般人の感覚とわたくしの個人的な感覚とをコラボして書いてみよう。

未成年者誘拐容疑

これは日経の見出しの一部を拾ったものである。これだけ見ると、実に物々しい。ところがである。誘拐されたのは十九歳の男子大学生なのである。

何それ? である。

未就学児であるとか小学校の低学年、あるいは小学校高学年から中学生くらい、さらには中学生から高校生、一口に未成年者と言っても委細に見れば年齢層で相当に印象が異なるものである。十九歳ともなれば、ほとんど成人と変わらない。ましてや成人年齢を十八歳に切り下げようとする動きもあるくらいなのである。また、男女差ということもあるだろう。被害者が十九歳の女性だったら、それを三人の男が誘拐したとしたら、印象がガラリと変わるはずである。

最初のニュース報道をご記憶だろうか?

事件はどのようにして発覚したのかというと、誘拐されている本人が母親にメールだかラインだかを送って、その母親が警察に通報したということなのである。

何それ? である。

マヌケな犯人たちではないか?

もし本当の誘拐ならば、携帯を取り上げてしまうだろう。自由にメールを打たせてくれるような、そんなお人好しの犯人がいるわけがない。

つまり、犯人たちは罪を犯しているという自覚がなかった。

これを純粋に法的に裁く場合、どのような判例に相当するのか、素人のわたくしにはまったくわからないが、少なくとも犯人たちに犯意はない。わかりやすく殺人の場合に変換すれば、殺意はないということになるだろう。それが誘拐事件として大々的に報道され、一般人も一度は注目する。しかし、内容を見て大したことがないとわかる。わたくしがショボイ事件だと言って憚らないのもそのためである。

最後に被害者の人物像について、少し書いておこう。これは被害者の人権を傷つけることにもなりかねない内容だが、最終的には顕正会の問題に帰着すると考えるので、あえて書くものである。

なぜ一人だったのか?

なぜ母親だったのか?

被害者は愛知県から上京していた。その目的は不明だが、一人で行動していたわけだろう。そこを顕正会員に誘拐されたわけである。わたくしはごく単純に、なぜに友人と出掛けなかったのか、と思った。そして助けを求めたのが母親である。この年頃の男子は母親を疎ましく思うものである。もちろん偏見かもしれないし、人間は十人十色であるから彼のように母親と良好な関係を保っている人がいても不思議はない。ゆえに繰り返し言うが、わたくしの偏見かもしれないと思う。ようするに偏見を承知であえて書いているのだ。彼はちょっと特殊な人物ではないかと・・・

http://white.ap.teacup.com/ganko/622.html

http://white.ap.teacup.com/ganko/665.html

リンク先は大昔(?)の拙稿である。いろいろなことが書かれているが、一つ紹介すると、認知症の人を成果に入れてはいけない、という話がある。これを逆に言うと、かつて顕正会では認知症の人を入信させてトラブルになった、そういうトラブルが頻発した、ということだろう。ぶっちゃけ言えば、成果を上げるのに好都合、それが認知症患者なのだ。正常の判断能力を持つ人はなかなか入信してくれない。認知症患者ならば、うまく言いくるめて、うまくダマくらかして、わりと簡単に入信勤行に持ち込めるのだ。

ひるがえって、くだんの大学生はどうだろうか?

まさか大学生が認知症のわけがないし、そんなことを言うつもりはない。ただし、ひじょうにイヤラシイことを言うようだが、折伏する側は折伏される側・・・いわゆる対象者をよく観察しているのである。街頭折伏といえども片っ端から声を掛けるわけではない。大都会でそんな非効率なことをしても徒労である。ゆえに対象者を絞るのだ。人相だとか、その他さまざまの要素があるのだろうが、わたくしにはわからない。何しろ街頭折伏を経験していないからである。ともかく、そうしてターゲットにされたのがくだんの大学生である。

しかし、こんな折伏をしていて広宣流布が出来るわけがない。これが結論である。

最後に、彼の名誉のために言っておこう。わたくしの書き様だと、あたかも認知症と同類項のようにも誤解されかねないが、彼は顕正会の問題を世に知らしめた意味で功労者である。いわゆる折伏成果の中には、同じような手法でわけもわからず会館に連れてこられて、それで一名の成果に数え上げられている人が無数にいるのだ。つまり、発覚していないケースがたくさんある。それを彼は発覚させたのだから、物凄い手柄なのである。

いずれにしても顕正会側の言い分が注目されるところである。今のところ、相も変わらず不当逮捕などと言っているようだが、そろそろ己の非を認めてもいいのではないか、この際、ぜひとも浅井先生には今度の総幹部会で謝罪の言葉を述べていただきたい、というのがわたくしの希望である。

2015/10/14

秋の彩り  
このところコメントの量が多めである。いちおう目は通しているものの、次から次へとコメントが寄せられるので、対応し切れない。これはもう、独白ブログということで、お許し願うしかないだろう。

どこかの週刊誌が顕正会特集を組んだらしい。これをベースに議論をしたいという話があったけれども、わたくしはそれを読んでいないので話には加われない。

ただし、一つだけ言っておこうと思う。

くだんの週刊誌はあまり著名でないらしいが、たとえ一流出版社の著名な週刊誌であったとしても、今のわたくしはそれほど読みたい欲求には駆られない。というのは以前、何度か週刊誌のネタを取り扱ったことがあるけれども、もはや顕正会ネタとしてはそれほど面白くないのだ。大抵が既知のことであり、今さらお金を出してまで読む気にはなれないのである。

そこでさらに付け加えるならば、そうした雑誌などの情報よりもコメント投稿者諸氏の情報のほうが値打ちがある。というよりも、皆さんのコメントこそが一次情報なのであって、おそらく雑誌などはその二番煎じに過ぎないのだと思う。

いや、もちろん、記者独自の取材による斬新な記事もあるだろう。しかし、顕正会問題に限っては、何だかんだ言っても実際に顕正会の中での体験をお持ちの皆さんの視点こそが重要なのであって、外部の人間の言っていることなどはまるでトンチンカンの場合が少なくないのである。

そういうわけで、今後もどこかの雑誌などで顕正会特集が組まれるかもしれないが、あまり読む気がしないというのが今のわたくしの心境である。もっとも、これは気分的なものなので、また読みたくなるようなこともあるかもしれないし、それをブログのネタに使うかもしれない。ようは気分次第なので、その点、ご容赦願いたいと思う。

さて、顕正新聞第1354号の一面は、竜の口法難御報恩勤行会における会長講演である。これについていろいろと書こうと思ったがやめておこう。簡単に概要的な意味で説明しておくと、従来の講演とは微妙に異なる記述がある。これは矛盾だとか自語相違という意味ではなく、おそらくは新たな研究成果を織り込んだのだろう。たぶん基礎教学書執筆にあたって、大聖人の御化導についても再検討したのだと思われる。その成果が当該講演にも反映されているような気がするのだ。

二面以降は班長会特集である。それも八月度の班長会だ。十月も半ばだというのに、何をやっておるものかと思うが、これはわたくしの遅筆(?)が原因なのであって、顕正会の責任ではない。

しかし、面白いことに、こうした時間差攻撃は案外に有効である。その具体例を見ていこう。まずは総男子部長の発言である。

先月の総幹部会で言及された世界大恐慌がわずかの間にその姿を現わしたことに、先生の諫暁に即座に諸天が呼応していることを実感といたします。

あるいは副総合婦人部長いわく、

 「前代未聞の大闘諍の引き金となる世界大恐慌」が、わずかひと月後に始まったテンポの速さにはただ驚きを禁じ得ず・・・

さらに総合女子部長いわく、

わずかひと月で大恐慌が始まるという、諸天のただならぬテンポには驚愕いたしました。

めずらしく先生の予言が当たった。それゆえか幹部諸氏も大喜びで、ご覧のように言っているわけである。

しかし、しばし待て、である。

わずかひと月云々は確かにそのとおりだろう。けれども、それからさらに一ヶ月以上を経過した今現在の株式市場はどうか、である。わりと安定しているのではないかと思う。

これで時間差攻撃の意味がわかっただろう。

シツコイながらも説明しよう。浅井先生は七月末の総幹部会で世界大恐慌について云々した。なんとその一か月後に中国を震源とする世界同時株安が発生した。これを見て、幹部諸氏は小躍りしたわけである。しかし、その後の株価は落ち着きを取り戻し、さすがに世界大恐慌と言えるレベルには遠く及ばない。これが現時点の客観的な姿だと思う。

イヤミながらも、恐慌に見舞われているのは顕正会ではないか、と言いたいところだ。

世界同時株安の発生前後に、あの幻の総支隊長が出現した。そして先般は顕正会員の逮捕があり、本部会館などの家宅捜索があった。さて、次に何があるか、凡夫のわたくしにはまったくわからないが、顕正会にとっては悪いことばかりが続いている。まさに恐慌状態である。

当然ながら、わたくしの書いていることも偏向が過ぎると思う。顕正会を悪く書き過ぎている。

しかし、今の段階で世界大恐慌を云々するのはさすがに大袈裟過ぎるわけで、そこが顕正会特有の悪癖ではないかと思う。ようはそのバランスを取って、顕正会のほうこそ恐慌を来しているのではないかと、あえて書いたのだ。

2015/10/9

秋の井戸端会議  
まず、わたくしが克衛と城衛を呼び捨てにしている理由であるが、大した意味はない、というのが答えである。もし仮に、彼らと対面する機会があれば、おそらくは克衛さん・城衛さんと呼ぶことになるだろう。浅井先生は浅井先生だ。

さて、今般の逮捕事件、毎度お馴染みのパターンとなった。すなわち本部などの顕正会施設への家宅捜索である。注目の今後の動向であるが、これがまたワンパターンなのである。ようはオシマイである。これ以上の進展はない。時間と共に忘れ去られていく。何しろ新しい事件が次から次へと起こるので、こんなショボイ事件など、誰も気に留めないのだ。会長が逮捕にでもなれば、話は別であるが、まあ、それはなかなか実現しないだろう。公安もこれ以上は手出しが出来ない。さしあたっては今回の逮捕者がどうなるかであるが、これにしても世間の凶悪事件と比べればいかにもショボくて、興味が湧かない。

たぶん公安関係者もやる気が出ないし、報道関係者のモチベーションもしかりである。わたくしはフジテレビ系のニュース映像を見て、そのように思った。

教団勧誘で未成年大学生を誘拐の疑い 「顕正会」関係者3人逮捕
10/05 12:34


http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00304838.html

大学生誘拐事件受け「顕正会」本部など家宅捜索
10/08 19:09


http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00305143.html

この二つの動画を見て、不審に思わない人はいないだろう。

最初のほうではメガネを掛けた人物が映っている。ところが次の動画ではメガネを掛けていない、まったくの別人が映っているのである。三人のうち一人は未成年らしいので、それで名前も伏せられているし、顔も出ていないのだと考えられる。それにしても最初のニュース映像を見た印象からすれば、メガネの人物が首謀者なのだろう、だから顔が晒されているのだ、と思うのが普通のはずだ。もしくは一人だけ容疑を否認しているので、この否認していることがイコールで悪質という意味から、顔が晒されているのだと考えられる。ところがである。なんと二つ目のニュース映像では別人が映されているのだ。さっぱり意味がわからない。

たぶん報道関係者もわかっていないのだろう。誰が誰だかわかっていない。顔と名前が一致していない。もしかしたら最初のほうが誤報で次の動画が正しいのかもしれない、ようは間違いに気がついて二度目の報道では動画を差し替えたのかもしれない。しかし、事件の容疑者を間違えるようでは大問題だ。

とは言え、これが顕正会がらみの事件のショボさなのである。ゆえに報道関係者もモチベーションが上がらず、ヤッツケ仕事でニュース映像をこしらえて流してしまった。たぶん、こんなことは日常茶飯事なのだろう。けれども視聴者も似たようなものであって、暇つぶしにテレビをつけているような人は、上述のようなことにはまったく気がつかず、そのまま忘れ去っていくのである。

ただし、忘れ去っていくとは言うものの、漠然とした記憶は残る。何だか知らないが、顕正会って危ない団体らしい、というような感じである。これが顕正会側としては痛いのだろう。

以上、あとは月末の総幹部会でどのような発表がなされるか、そこに注目である。

「池田大作の写真は昔のものばかり」
 古参学会員が本音、同席の幹部慌てる


さて、またしても八月度総幹部会の記事である。先日紹介した、十四年ぶり云々の記事の見出しがこれなのだ。

 「聖教新聞に掲載されている池田大作の写真は数十年前の写真ばかりではないか。池田大作の近況が全く分からない」

古参の創価学会員のセリフだそうである。しかし、数十年前というのがいかにもおかしい。せいぜい十数年前にしておけば信憑性があっただろうにと思う。

同じ記事の中に、もう一つ似たような文章がある。

 また数十年前に未活動となり・・・

この登壇者はずいぶんアバウトな人物である。もう少し具体的に、二十年前だとか三十年前だとか書くべきだと思う。こういうのは感覚的におかしいと感じなければいけない。

さらには次のような記述もある。

その対象者は何と安倍首相の遠い親類に当る人だったのです。

入信したそうである。ならば、その人のツテで安倍首相を折伏すればいい。まあ、しかし、たぶん無理だろう。遠い親類というのはこれまたアバウトな話であって、どの程度の関係性なのかもわからないので、あまり意味がないと思う。

婦人部新横浜支区部長の活動報告も興味深い。

 このたび、学会謀略部隊と法華講員との法論を通し・・・

これはわたくしの勝手な誤読なのかもしれないが、最初にこの文章を読んだ時の感想は、ああ、創価学会員と法華講員が法論をしたのか、それを彼女は見たわけだ、と思った。

しかし、そうではなく、彼女が、ある時は創価学会員と、ある時は法華講員と、法論をしたという話だった。

 「出世の本懐は、他にもあるのを知ってましたか?」
 等と、得意気に付箋の貼ってあるページを開き、「出世の本懐」の言葉が出ている文永九年の御書の一節を見せてきました。


ほほう、この手の議論はネット上だけではなく、実際の法論でも行なわれているらしい。次は法華講員との法論である。

 さらに「こんど八〇万人の登山がある」等と、まったくデタラメなことを言って自慢するので・・・

このデタラメの意味が難しい。単に数字がデタラメだと言いたいのか、それともいわゆる不敬の御開扉を批判する意味なのか、その辺がややアイマイのように思えた。いずれにしても八十万が本当ならば顕正会の実勢を遥かに凌駕していることになるし、創価学会ですらボヤボヤしていられない規模ということになるだろう。さて、実際はどうなのだろうか?

次は男子部第百隊班長の登壇であるが、その実現性には甚だ疑問がある。

 ここに今、極限の大謗法を犯した創価学会が、学会員を救う先生の戦いにより、時来たらば凡慮を絶する形で一時に崩壊し・・・

凡慮を絶する形で一時に崩壊・・・

これはもう理解不可能である。もちろん、だからこそ凡慮を絶すると言っているわけだが、ややもすれば顕正会のほうが先に崩壊しかねないのだから、登壇者はそこをよく自覚すべきだろう。

2015/10/6

秋の井戸端談義  
顕正会員が逮捕されたとのコメントが寄せられた。これについては後段に書くつもりだが、その前に離婚云々の話題に触れておこう。

わたくしの思うに、沖浦氏の感覚はわりとマトモである。いわゆる個人情報に類する問題であるから、安易に書くべきではない。しかし、また同時に、大沢氏の指摘も相当であって、外部の人間には見当もつかないことだが、克衛の存在はベラボウに大きかった、誰もが浅井先生の後継者と認識していた、それが十年ほど前にあっけなく失脚してしまった、しかもその理由がよくわからない、というような事情があるのだ。当然、沖浦氏は外部の人間であるから、これらの事情は知らない。ゆえに沖浦氏のコメントは、それはそれで常識的である。しかし、今述べたごとく、克衛失脚の真相はわからずじまいであり、十年後の今日では克衛の存在など最初からなかったかのごとく、城衛が後継者としての道を歩んでいるのだ。しかも克衛の消息は不明のままである。

ゆえに克衛の離婚は、あくまで個人の問題として捉えるべきが筋ではあるものの、克衛の消息を知る上での貴重な手掛かりなのだ。単なる三面記事的な興味本位の話題ではないという側面も見逃せないわけである。

とは言え、ゲスを承知で書かせてもらえば、ひじょうに興味深い話である。

たとえば、なぜに今ごろ離婚なのか、という疑問がある。もちろん、夫婦のことであるから、それこそ下司の勘繰りも甚だしいところではあるが、しかし、離婚するならもっと早く、ようはとっくの昔に離婚していてもおかしくないだろう。表舞台から消えた克衛がどのような日常を送っているのか知らない。しかし、往年の克衛は男子部幹部として光り輝いていた、それは会長の長男という条件を抜きにしても、つまりは親の七光りを抜きにしても、である。そして結婚相手もまた、女子部幹部として華々しい活躍をしていたのである。つまり、会長の長男と結婚すればいずれは会長夫人になれるというイヤらしい打算があったかなかったかそれはわからないが、たとえ打算があってもなくても、もはや今の克衛には何の魅力も感じない、ゆえに離婚となったのだろう。それにしても、それがなぜに今ごろなのか、である。

今ごろではない、三年前のことだ、というツッコミは承知の上で書いた。ようするにもっと早く離婚してもおかしくないと思うのだ。失業になぞらえればわかりやすいだろう。第一線で華々しく活躍していた人がである。一年もブラブラしていれば、奥さんに愛想を尽かされても不思議はない。個人差はあるだろうけれども、三年が限度ではないだろうか? いや、もちろん、これは感覚的なものなので、あるいは間違っているかもしれないが・・・

また、もう一つ、まったく別の視点として、彼女はなおも顕正会の組織にしがみ付いている、という事実がある。立場上、一般の会員が知り得ないようなことにも直面しただろう。ぶっちゃけ言えば、浅井先生の裏の顔(?)を見てしまったかもしれないし、いろいろとゲンメツするようなことがあったかもしれない。ならば一つの選択肢として、離婚を契機に顕正会そのものと縁を切るということもあり得たのではないか、と思うのだ。しかし、彼女は旧姓に戻って、おそらくは今も婦人部幹部として地道に活動しているのだろう。その心境たるや、どのようなものなのだろうか?

当然、このような話題は好ましくないし、慎むべきだと思う。

しかし、ご存知のごとく、克衛失脚についての真相は闇の中である。浅井先生がまったく語らないからだ。その意味で、下司の勘繰りながらも、あれこれと詰まらぬ詮索をしてしまうのは、仕方のないことである。ようは浅井先生にも責任があるのだ。

そこで逮捕事件のことと絡めて話をするわけだが、もしマスコミが顕正会に特別な関心を示したとしたら、はたしてどのようなことになるだろうか?

前にも書いたが、浅井先生にインタビューを申し込むかもしれない。もしそれが実現すれば、インタビュアーはそこでさまざまの鋭い質問を投げ掛けることになるだろう。単に事件のことにとどまらず、もっと本源的な問題を追及するかもしれない。あるいは枝葉末節のクダラナイことを聞いてくるかもしれない。そうしたヨモヤマ話の中には、自ずと克衛のことも含まれる。

当然、先生はマスコミの前には出てこないだろう。都合の悪い質問をされると困るからだ。しかし、すでにマスコミの取材を受けないという時点で、そこには何か後ろ暗いことがあるのだと勘繰られてしまう。いわゆるジレンマだ。

今の段階で週刊誌などが顕正会に特別の関心を持って徹底的に取材すれば、それこそネタは尽きないだろう。そしてこの手の記事が世に出れば、顕正会は壊滅的な打撃を受けることになる。

もちろん、もう一つの条件が揃えば、である。

それは顕正会が国民的関心事になることである。

ここにもジレンマがあって、顕正会としてはいわゆる一国諫暁をやろうとしている。それは当然ながら広宣流布のために必要なことだと考えているからやるわけだが、しかし、顕正会の知名度が上がれば上がるほど、逆に後ろ暗い部分がクローズアップされてしまうのである。

ここに浅井先生がインチキジイサンであるか本物の仏弟子であるかの答えが隠されているのだと思う。

ようするに後ろ暗い部分など微塵もないのであれば、積極的に表に出て行けばいいのである。今回のような逮捕事件は、その絶好の機会のはずなのだ。しかし、顕正会は広報部すら満足に機能していない。これが現実である。

さて、文章がかなり冗長になってしまっているようなので、ここでカツを入れておこう。

 この他、一四年ぶりに班誓願を達成した班長等・・・

ヤブカラボウで恐縮だが、八月度総幹部会の活動報告である。第十五男子部長の記事から引用した。

今回の逮捕事件、すでにさまざまの論評がなされていて、もはやわたくしの出る幕はない。一々は紹介しないが、それぞれ的確な論評をしていると思う。たとえば氷山の一角。なるほど、そのとおりである。たまたま今回は運悪く(?)逮捕されてしまっただけであって、逮捕されないものの似たような折伏が日本全国で行なわれているだろうことは想像に難くない。

そこでわたくしはあえて逆の事例を紹介した。

十四年ぶりに班誓願達成というのは記録的である。十四年間も誓願を破っていてよく降格にならなかったものだと思う。しかし、諦めずに頑張り続けることの尊さを奨励する意味では、好ましい記事なのだろう。こういう人は逮捕されることはないはずだ。

しかし、逆に言うと、もはや常識的な方法でやっていたら相手を入信させることなど出来ないし、ましてや誓願を達成することなど出来っこないのだろう。ゆえに、ある人たちはわざわざ海外まで行って折伏をし、それがその組織における誓願達成に大きく寄与しているという現実があるわけだし、海外に行くツテがない人たちは今回の事件のような手法に頼らざるを得ないという現実があるのだ。

一方では先ほどのような事例もある。何年ぶり、十何年ぶり、というヤツだ。

しかも顕正新聞紙上にこうした記事を載せる理由は、これこそが本物の折伏なのだと言いたいわけなのだろう。だったら、それを徹底的に奨励すればいいのである。もはや空前だとか過去最高にこだわるのはおかしい。何しろそれらは粉飾でしかないのだから、そんなものを追い求めても意味がないのだ。しかもそれがために現場の会員たちは苦しんでいるのである。まったく何をやっておるものかと思う。

いずれにしても現段階では、それほど報道が過熱しているようには見えない。いつものことがながら、顕正会員の起こす事件はショボイので、マスコミのほうもそれほど関心を示さないのだろう。

今日のところはこれくらいで終わりたい。

2015/10/1

書くも物憂き独白の秋  
気がつけば十月、今年も残り三ヶ月である。さて、今日の話題であるが、顕正新聞の出来が遅れがちであるのと同時に、わたくしの更新も後手後手となっていることもあって、またしても八月度総幹部会の登壇記事から取り上げることになる。実質的には一ヶ月遅れだが、八月と十月ではずいぶんと隔たりがあるように感じられるものだ。前者は夏、後者は秋。いよいよ秋本番である。

第十六男子部長の登壇が気になった。

細井日達は顕正会を理不尽きわまる解散処分にせしめ、その後、徹底壊滅を指揮した悪行の報いで、大事の御相承もなし得ずに急死を遂げ・・・

ようするに罰であると言いたいのだろう。これ自体は顕正会の従来からの主張そのものである。しかし、委細に見れば疑問がある。

・理不尽極まる解散処分を下した罰
・徹底壊滅を指揮した悪行の報い

前者は顕正会の一貫した主張である。しかし、後者はどうだろうか?

浅井先生の発言の中に、このような意味のものがあるのだろうか?

わたくしの知る限りではないと思う。

 この抗争に性心を労した細井管長は、病を得て総本山近くのフジヤマ病院に入院した。しかしほどなく回復し、「明日は退院」という昭和五十四年七月二十二日午前五時、突如として激甚の発作に襲われ、急死を遂げてしまった。「一切は現証に如かず」(教行証御書)と。まことに御遺命違背の罰という以外にはないその臨終であった。

折伏理論書改訂版の記述である。この書には妙信講作戦の記述もある。

 この作戦の「総指揮」は「池田」と記されている。補佐には学会ナンバー2の北条浩副会長と、弁護士で謀略担当の山崎正友。以下部署別に担当者が決められているが、「教義論争」と「宗門対策」の担当メンバーに、阿部教学部長が宗門僧侶としてただ一人、学会首脳幹部と肩を並べて組み込まれている。

続きの文章もひじょうに興味深いが、長くなるので省略する。

さて、いかがだろうか?

これらの記述からすると、日達上人が妙信講壊滅の指揮を執ったとはひじょうに考え難いことである。前掲の抗争云々とは宗門と創価学会との抗争である。ご存知のごとく、妙信講の解散処分が下された前後あたりから、宗門と創価学会の関係がおかしくなってきて、後に深刻な抗争に発展する。ゆえに浅井先生は、その抗争に性心を労した結果として細井管長は急死を遂げたのだと、そういう文脈で書いているわけである。

もう一つ文証を挙げておこう。話は昭和四十七年に遡る。

 八月十二日、細井管長は再び妙縁寺に下向され、憔悴し切った面持で私に告げられた。
 「先日の約束は取り消します。もう私にはどうにもならない……」
 これを聞いても、私はもう驚かなかった。これが宗門の実態であった。すでに細井管長は当事者能力を失っていたのである。


まずはこれ自体の信憑性が問題である。あるいは宗門側にも言い分があるかもしれないからだ。しかし、ここでは浅井先生の証言を信用することにしよう。

つまり、恐れながら申し上げるが、この時の日達上人は当事者能力を失っていた。いわば創価学会の傀儡と化していたのだ。

であれば、後の解散処分にしても、あるいは妙信講員宅に送り付けてきた手紙にしても、御自身の強い意志ではなく、誰かの差し金であると考えるのが妥当である。妙信講作戦の実行部隊として、いわゆる山崎師団の暗躍があったことは、今となっては周知の事実であろう。何を隠そう、このことは浅井先生自らが述べているのである。次は冨士の二百五十号である。

 この攻撃の直接指揮を執ったのは、池田の腹心・悪徳弁護士の山崎正友であった。彼は謀略部隊を率いてあらゆる策謀をめぐらし、また情報にうとい細井管長・宗務役僧を煽動しては、これを思うままに操って妙信講の壊滅を計った。

以上、煩瑣ながらも十分に伝わったと思う。

解散処分を下した事実は動かない。誰の差し金であろうと、日達上人の名義でなされたことであるから、その責任は免れない。いちおう顕正会側の言い分としてはそのようになるだろう。しかし、徹底壊滅のほうは甚だ疑問である。過去の記述との齟齬が明らかだ。

つまり、もし第十六男子部長の発言が現在の顕正会の公式見解であるならば、自語相違は明らかであり、その意味するところは宗門誹謗をよりいっそう激化させたということになるだろう。

何をやっておるものかと思う。

日顕上人は昔から悪者だった。顕正会においてはである。しかし、それがいつの間にか日達上人まで悪者扱いするようになってしまった。これはひじょうに危険である。なぜならば、これがエスカレートすれば、やがては日蓮正宗そのものを全否定することにもなりかねないからである。


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