2015/11/30

チヒツノブロガア  
今日はいよいよ顕正新聞第1357号である。当該号は一面から三面にかけて御大会式講演が掲載されている。これを取り上げたい。

 私は近年、大聖人御予言の「前代未聞の大闘諍」「他国来難」が刻々と近づきつつあるを感じ、昨年より年号を、国難元年・国難二年等と呼んでおります。

さっそくイヤミを書くことになる。この顕正会式年号がいつまで続くかである。浅井先生の常の主張からすれば、国立戒壇建立以外に亡国を逃れる術はないわけだろう。すると、当面は国難年号が続くことになる。もしかしたら国難何十年・何百年ということにもなるかもしれない。しかし、都合が悪くなると引っ込めてしまうのが、浅井先生の常套手段でもある。その意味でもいつまで続くか注目である。

 そして有難いことに、広宣流布を戦うための「基礎教学書・日蓮大聖人の仏法」が、大事な御大会式に間に合い、本日、謹んで御宝前に供え奉ることができました。有難さでいっぱいであります。

拙ブログ始まって以来だろうか、アンダーラインを入れたのは・・・

わたくしは「謹んで」という言葉を目にして、直ちに折伏理論書改訂版の一節を想い起した。あの一千万の誓いである。あれはいったいどうなってしまったのか、大聖人に謹んでお誓いした一千万の大誓願は、いったいどうなってしまったのだろうか?

浅井先生は己の発言に責任を持つべきである。つまりは、謹むのではなく、慎むべきなのだ。

 謹んでこれを案ずるに、文永・建治の御本尊は、仏勅使・上行菩薩のお立場で御図顕し給い、弘安の御本尊こそ、まさしく久遠元初の自受用身・末法下種の本仏として御図顕あそばされたもの――と私は拝し奉っております。

第二面をすっ飛ばして、いきなり第三面に移動した。ちなみに、ここでの謹んでにはイチャモンをつけるつもりはない。ようは浅井先生の教学的見解を開陳している一節なのだ。わたくしの関心はそこにある。少し前後するが、次のようなくだりもある。

(日寛上人は)省略されているが、いま、その省略されている部分を拝推し奉れば、さらにこういうことがわかる。

これは大聖人の御名と御判形の位置について、それから御判形が変貌を遂げることについて、言っているわけだ。その理由について述べたのが前掲である。

日寛上人には甚だ失礼なことを書くが、当時は今のように御本尊を広く閲覧することが出来なかったので、わからないこともたくさんあったのではないかと思う。全国に散在する御本尊を隈なく調べることなど、物理的に不可能である。今だって自分の足で調べろと言われれば、誰も出来ないだろう。先人たちの学術的な蓄積と、さらにはインターネットの普及のお陰で、今は誰もが容易に知ることが出来るのだ。ようは御名・御判形の位置だとかその変貌のことは後の研究によってわかってきたことであって、日寛上人の時代にはまだわかっていなかったのだ。

しかし、日寛上人の御指南は絶対であると言っている手前もあるし、ウッカリして上人を軽んずるような言動をすれば宗門からツッコミが入ることも考えられるので、上掲の言い回しはそれで正解なのだろう。

文永・建治の御本尊は上行菩薩のお立場

弘安年間の御本尊は御本仏のお立場


わたくしの興味は、これが浅井先生独自の見解なのか、あるいは先人の誰かが言っていることなのか、である。先生いわく、謹んでこれを案ずるに・・・と私は拝し奉っております、と。当然、日寛上人はおっしゃっていないわけなのだろう。はたして浅井先生以外に、このような見解を示している人がいるのかどうか、ひじょうに気になるところである。

 日興上人は直ちに急使を立て、法華講衆の振舞を大聖人様にご報告申し上げた。
 大聖人様は深く深く御感あそばされ・・・本門戒壇の大御本尊を建立あそばされたのであります。


煩瑣になるので省略したが、ここでの問題は時系列である。ようは沖浦氏あたりが常々言っている問題だ。これは顕正会員にしたって、マレには疑問に感じる人がいるかもしれない。

あれ? おかしいなあ? 順番が逆だぞ?

何か考えがあってこのように書いたのか、それとも何も考えていないのか、これまたひじょうに気になるところである。

 いいですか。神四郎・弥五郎・弥六郎、この三人は異体同心であるから三人でも一人です。この三人を一人の名前にすれば、まさしく「弥四郎」となる。そして「国重」とは、本門戒壇が建立された日本は、国重きこと盤石のごとくなる。この深意を三人の名に寄せて、お認め下されたものと先師は伝えられている。

実に興味深い。先ほどの案件では、謹んでこれを案ずるに・・・私は拝し奉っております、と言っていた。つまり、日寛上人があらわには御指南あそばさなかった部分について、私見を述べたわけである。しかし、今度の案件は私見ではなく、先師の御指南に基づくものなのだと言っているわけである。当然、日寛上人ではないのだろう。もし日寛上人ならば、わざわざ先師などと表現する必要はない。では、先師とはいったい誰なのだろうか?

以上、今回の御大会式講演はひじょうに興味深いものだった。

2015/11/29

チヒツノブロガー  
顕正新聞第1356号の続きである。

葬儀三日前には汗と涙があふれ・・・

女子部第百十九区支区長の体験発表の一節である。本人は平成五年入信なので、二十年選手である。支区長という役職からしても、真面目に活動に励んできたことが窺えるところだ。当然、このような人は家族に対しても折伏をし、一家広布ないし準一家広布を実現している場合が多い。母親は平成八年、父親は二十二年に入信している。そして本年五月、父親が末期癌で余命半年の宣告を受けた。これを機に姉夫婦も入信した。

 父の臨終を見つめて家族が一つになり、大聖人様に守って頂けている有難さを感じ、感激でいっぱいになりました。

 そして、まるでこの一家広布を待っていたかのように・・・


ようするに父親は一家広布を見届けて旅立ったわけだ。

いつも批判的なことばかりを書いているわたくしであるが、当該記事については特に批判めいたことを書くつもりはない。あえて言えば、先ほどの準一家広布という表記に注目していただきたいと思う。

これは準特集号をヒントに思いついた、いわば新語である。たぶん普通の言語感覚からすれば、家族のほぼ全員が入信した場合がそれに当たるはずである。ようするに「ほぼ」がポイントである。つまり、五人家族ならば四人が入信すれば準一家広布と言えるのではないか、というようなニュアンスだ。しかし、わたくしは別の意味も想定している。

いわゆる化石信心の存在だ。あるいは名ばかりの入信、名義貸し入信と表現してもいいかもしれない。ようはミカツのことだ。

結局、今の顕正会の入信制度では、未活動の人を量産するだけなのである。ゆえに一家広布を実現したなどと言ったところで、実態としては名ばかりの入信がひじょうに多いのである。最悪の場合、一家広布を実現した、家族全員が顕正会員となった、しかし、いつの間にか家族全員が退転した、というようなケースもあるかもしれない。これでは一家広布とは言えないだろう。

おそらくは一人がひじょうに熱心で、その信心に引っ張られる形で消極的ながらも集会には参加するという人が家族の中に複数いれば、それでいちおうは準一家広布と言えるのではないか・・・というのがわたくしの想定するところである。

さて、当該記事についてはもう少しだけ触れておきたい。

葬儀の三日前には汗と涙があふれ・・・

再掲である。これがよくわからなかった。もちろんわたくしは素人というか、遺体を見慣れているわけではないので、わからなくて当然ではあるのだろう。それにしても上掲は意味不明である。そうした現象が何を意味するのか、いわゆる仏法上の現証として重要な意味を持っているのか、まったくわからない。何かご存知の人がいれば、よろしくご教示願いたいと思う。

栽培する樒が全国の会館・自宅拠点に
 不幸続きの学会より入会 数々の功徳

御遺命成就まで先生に付き切らん


婦人部沼津支区班長の「正義にめざめて」である。所属や顔写真だけではまったく見当がつかなかったけれども、内容的には記憶がある。平成十七年六月入会なので、あるいは拙ブログのどこかで取り上げているかもしれない。下世話な話であるが、とりあえずこの人の生活は安泰である。顕正会の会館は毎年コンスタントに増えているので、顕正会御用達の樒屋を続けている限りは経済的に守られる。

それはともかく、本文に入ろう。この記事についても記事そのものへの批判ではなく、むしろ浅井先生に対するイヤミの意味で、次の一節を紹介したい。

 学会への執着から断わり続けましたが、「一度ぐらいはビデオ放映に行かないと申しわけない」との思いになり、浅井先生の御書講義を初めてお聞きしたとき、学会では聞いたことがない、内容の濃い講義にビックリし、大感激しました。

わたくしの漠然とした記憶では、平成十六年の一国諫暁を境に御書講義は激減の一途をたどり、数年前についに完全消滅したのだと思う。かつては総幹部会と並ぶ月例の二大行事だったものが、今はまったく行なわれなくなってしまった。前回の拙稿では、浅井先生の激務を云々する幹部の記事を紹介したわけだが、しかし、御書講義がなくなったことを考えれば前言を撤回しなければいけないかもしれない。まあ、ごく普通の老人に比べれば激務であるのは確かなのだが・・・

ともかく最近になって入信した人たちは月例行事としての御書講義をまったく知らない。その人たちが上掲を読んでどのように感じるか、そこがひじょうに悩ましいところである。

さて、次は第1357号である。

栃木を襲った大水害で数々の御守護
「何があっても大丈夫」と全員が奮起


第二十四女子部長の登壇である。九月度班長会だ。

鬼怒川上流では、激流に流された大岩と大岩がぶつかり合って火花を散らしていた・・・

例の大豪雨の話題である。上掲は、水に濡れているであろう大岩が火花を散らすだろうかとの疑問がなくもないが、まったくあり得ない話ではないと思う。ともかくあの豪雨は凄まじかったわけで、彼女はその一例として述べているのである。その上で、自分たちは一人ひとりが不可思議な御守護を頂いたのだとして、いくつかの具体例を挙げている。

 地域一帯が浸水被害を受ける中、一副長宅は道路よりも低い土地にあったにもかかわらず、不思議と勝手口で水が止まっていたり、あるいは近所の家は腰まで浸水するも、目と鼻の先の一組長宅は駐車場までしか水が来なかったり、そのほか浸水被害を受けた人は一人もおりませんでした。

火花の話はまだマシだった。しかし、上掲はダメである。水は低いところに流れていくものである。なぜに水が止まったのかがまったくわからない。近所の家は腰まで浸水しているのに、自分のところはなぜにそうならなかったのか、まったく不明である。

浸水被害を受けた者は一人もいない?

これは婦人部に対するアテツケであろう。婦人部員の体験では、冠水状態の時に題目を唱えたら水が引いたと言っている。これも不思議な話ではあるが、ともかく冠水したのは事実なのだ。あるいは家の中が泥まみれになったにもかかわらず、顕正新聞だけは無事だったという話がある。これはもう浸水被害のナニモノでもないだろう。

まったくの同一条件下でこのような差が出たとすれば、女子部は信心堅固、婦人部はそうでもない、ということになりそうである。顕正新聞の編集次長にしては配慮の足りない記事を書くものだ。

 そこに私自身、胸に浮かんだのは、曽ての先生の
 「私は毎朝勤行の時、顕正会員一同の、信心倍増・息災延命と、現当二世の大願成就を、真剣にご祈念している」
 との仰せでありました。


なるほど、この部分はうまい。先般、勤行は自分のためにする、という浅井先生の発言にわたくしはイチャモンをつけたわけだが、それに対抗する意味で見事である。まさか彼女が拙ブログを意識して上掲のように書いたとは考え難いが、ともかくうまいフォローだと思う。

しかし、次のくだりはいかがなものか?

 すべて、先生の諫暁に直ちに動く諸天の働きであることが瞭然となった大感動・・・

瞭然?

たぶん彼女の主観としては瞭然なのだろう。しかし、いつも言っているごとく、客観的には瞭然でも何でもない。これが現実である。

2015/11/27

カルトトオカルト  
わたくし宛のコメントもいくつかあるようだが、すべて省略しよう。今日はまた、時間差攻撃的に少し前の顕正新聞を取り上げる。

我ら弟子には想像も及ばぬ激務の毎日であられる先生・・・

九月度総幹部会で第十八男子部長が言っていることだ。同じく、こんなことも言っている。

唯一の正系門家・富士大石寺の命たる戒壇の大御本尊、血脈、国立戒壇の御遺命、の三つをお一人で守り抜かれ・・・

この続きの文章も凄い。

いま亡国日本に一人立たれる先生のお立場はなんと重大か・・・

わたくしの感想を申し上げよう。最初の文章はいちおう納得できる。たぶん同年齢のごく普通の老人たちと比べれば、それは確かに激務であろうと思う。年の割には頑張っているということだ。

二つ目の文章はやや疑問である。たぶん法華講員にしてみれば、大いに疑問のはずである。確かに国立戒壇を言っているのは浅井先生だけである。しかし、その前にある二つの大事を守っているのは宗門の人たちであって、外部にいる浅井先生がどうこう出来るものではない。

そして三番目が問題だ。ようするに第十八男子部長の個人的な感慨としてはそのとおりだとしても、客観的には誰もそんなふうには思っていない。これが現実である。

次は男子部総務の記事である。

諸天の強烈なる治罰を痛感・・・

これは九月中旬の、主には北関東を襲った、あの豪雨のことを言っているのだが、しかし、甚だ疑問である。とりわけ被害の大きかった茨城県常総市において、何か仏法上の因縁となるようなことが起きたのかどうか、それが何も書かれていないのである。ゆえになぜに諸天の治罰と言えるのか、それがまったく不明である。顕正会員は自然災害が起こるたびに諸天の働きを云々しているような印象が強いけれども、説得力はほとんどゼロに近い。

近所の家は腰の高さまで水に浸かったにもかかわらず、不思議と浸水を免れる者・・・

いわゆる別感の功徳である。しかし、一般人の感覚からすると、マユツバであろう。単純に、同じ高さのところに家が建っているのであれば、一方が浸水し一方が浸水を免れるというのは道理に反することである。仏法と申すは道理ではなかったか?

第十婦人部幹事・茨城支区部長も似たような登壇をしている。

道路は冠水状態でも、お題目を唱えたら不思議と家の中の水が引いていった・・・

物理現象として説明が可能なのかどうかが問題だ。その意味で次のくだりはいちおう納得できる。

○○総班長宅では浸水により、家中すべてが泥にまみれ、しかしその中にも、引き出しに入れてあった顕正新聞だけは全く濡れていなかった・・・

気密性に優れた引き出しだった。さらに泥水の成分というか粘度によるのだろうか、それが引き出しの隙間に具合よく入り込んで密閉性を高めたとも考えられる。これはおそらく義務教育レベルの科学知識であっても想像がつくことのはずだ。

わたくしの思うに、諸天の働きを云々するのはけっこうであるが、超常現象のようなことばかりを言っているうちはダメだということに、早く気がつくべきである。

その意味では次の登壇記事も同様かもしれない。

 そして紙袋二つ分もの家中の謗法を処分し、御本尊様を奉持しての入会勤行となりましたが、勤行が終わりに近づいたとき、○○さんは急に苦しそうな顔になり「救急車を呼んで」と言いだしたのです。

この登壇者は婦人部兵庫支区組長、身延系新興宗教正導会の経験を持つ人物である。そう、少し前に取り上げた八十五歳の婦人である。それでは上掲の続きをご覧に入れよう。

 私はビックリしましたが、「救急車じゃない、御本尊様、お題目こそがあなたを救って下さるのよ!」と声をかけ・・・

わたくしもビックリした。当然、そこに居たのは組長一人ではなかったはずである。班長か総班長、今はどうだか知らないが、入信勤行を執り行なうのは総班長以上の幹部であり、御本尊の奉持もまた同様のはずである。つまり、彼女たちは本人が苦しんでいるのを承知の上で入信勤行を続行したわけだ。結果的には大事に至らなかったから良いものの、もしものことがあったらどうするつもりだったのだろうか?

しかもこれは九月度総幹部会における登壇なのである。いわばこれが顕正会の公式見解であると言っているに等しいだろう。御本尊の功徳を確信するのはけっこうであるが、しかし、甚だ疑問である。だったら医者は要らないのか、御本尊さえあれば医学は不必要なのか、ということにもなりかねない。この辺が甘いというか、おかしい。わたくしにはそのように思えて仕方がないところである。

学会会館館長に
 「大馬鹿野郎」と


正義にめざめての登壇に付された本文中の小見出しである。これは編集部に文句を言っておこう。不適切な見出しだと思う。というよりも、記事の内容そのものが不適切である。

登壇者は男子部第九十五隊の平会員で、本年八月二日に入会したという。当然、創価学会をやめて入ってきたわけである。ゆえにわたくしは、創価学会の会館館長から大馬鹿野郎と罵られたのかと、てっきりそのように思ってしまったのだが、事実は正反対だった。

彼は顕正会に入会後、くだんの会館館長にバッタリと出くわした。その時、館長はそそくさと逃げようとした。その相手に向かって、おまえは間違っている。大馬鹿野郎だ! と怒鳴りつけたのだった。

オイオイ、こんな記事を載せてどうするのか、と思う。顕正会員が相手から罵声を浴びせられるのならばまだしも、その逆はいただけない。

ちなみに、この人物は創価学会歴五十五年だそうで、さぞや大幹部を歴任したのだろうと思いきや、そうではなかった。

・・・一時は東京都杉並区永福町のブロック長を務め、本年までの五五年間、学会で信心をしておりました。

たぶん創価学会のブロック長は顕正会における組長に相当する役職だと思われる。もちろん、それがすべてではないが、しかし、役職が信心のバロメーターになっているのも事実であろう。それこそ創価学会の副会長クラスが顕正会に入ってくれば大事件である。しかし、そういう話は聞いたことがないし、この先もおそらく聞かないだろう。

2015/11/22

ハンアベノキウン  
火事場の消防車という唐突な比喩には恐れ入った。確かチームレスキューだったろうか、沖浦氏のところではそんな感じの名称が使われていた。ゆえに意味合いとしてはそれが重なってくる。おそらくは本人もそのイメージから冒頭の比喩を思いついたのだろう。

さて、今日は遅ればせながら九月度総幹部会の会長講演を取り上げたいと思う。

なぜ西隣に核軍事大国が出現したのか

見出しの一部である。この西隣という表現が目を惹いた。おそらくはこれが初出だろう。これまでにも似たような表現はあったかもしれないが、西隣(せいりん)は初めてだと思う。

そして早速だが、当該講演における最大の問題点を指摘しよう。

大蒙古の最大版図

中国の版図


厳密に言えば、講演の問題点ではなく、第1356号に掲載されている講演の問題点となるかもしれない。そこには二つの地図が上下に並べられている。一つは十三世紀頃に相当するのだろうか、あの蒙古を中心とした地図である。日本が右端に描かれている。そしてもう一つの地図は現代の中国を中心としたもので、同じく右端に日本が位置している。これを日本の立場から言えば、蒙古ないし中国が左側に位置することになる。東西南北で言えば、そう、まさに西隣ということなのだ。

顕正会ではかつての大蒙古国と現在の中国を重ね合わせて見ている。ようするに大聖人御在世と広宣流布前夜の今とを重ね合わせているのだ。これは顕正会が仏弟子の大集団として広宣流布に戦うための理由づけとなっている。今が広宣流布の前夜であり、我々には特別の使命があるのだと。大聖人の御遺命を成就するという使命が・・・

この使命感をどのようにして植え付けるか、それは浅井先生の手腕に懸かっているわけだが、おそらくは今が広宣流布の前夜であること、これにどれだけの説得力を持たせることが出来るかが最大の課題なのだろう。もし広宣流布が百年後であれば、活動会員たちのモチベーションは上がらない。今が最終段階であって、あと○○年で広宣流布が達成される、ようはゴールが近いのだと、このように思わせることが出来れば会員たちもやる気が出てくる。

だが、しかし、そこに欺瞞があったら大問題だ。

ようするに二つの地図には欺瞞がある。同じ地域にもかかわらず、縮尺が異なる地図を並べているのだ。これが一種の錯覚を起こさせるのである。

二つの地図はかつての大蒙古国と今の中国がほぼ同じ大きさに見える。しかし、それは縮尺を変えて意図的にそのように見せているからである。仮にもし同じ縮尺にすると、今現在の中国はかつての大蒙古国に遥かに及ばない。ぶっちゃけ言えば、物凄くショボく見えてしまうのだ。

冒頭に示した大見出しを再掲しよう。

なぜ西隣に核軍事大国が出現したのか

これを言いたいがために、ワザと地図の縮尺を誤魔化しているとすれば、これほどのインチキもないだろう。もちろん会員たちが仏弟子の使命を燃やすことに異存はないが、いわばインチキに騙されてそのように思い込まされているとしたら、これは大問題である。一種の詐欺行為にも通ずるだろう。本部首脳の釈明を聞いてみたいものである。

さて、あとはオマケみたいなものだが、次のくだりも問題である。

・・・創価学会はあろうことか戒壇の大御本尊を捨てるという極限の大謗法まで犯した。(中略)
 ここに中国が忽然として台頭し、いま侵略の意志を懐くに至ったのであります。

じゃっかんアゲアシ取りの気味があることを承知で引用した。そうは言ってもおかしいものはおかしいのだ。上掲の言い様では、あたかも昨年十一月以降に突如として中国が侵略の意志を懐いたかのごとく読めてしまうわけで、さらに省略した部分には安倍晋三が政権を壟断している旨が書かれており、それがために中国が台頭し侵略の意志を懐いたという文脈になってしまっている。実におかしな話だ。

あえて善意に解釈すれば、引用部分の直前に次の文言があることが唯一の救いなのだろう。

・・・国を諫めるべき正系門家は国立戒壇建立の御遺命を抛ち、創価学会はあろうことか戒壇の大御本尊を・・・

事は昭和四十年代に端を発するのだと、さらに近年に至って創価学会が云々、安倍晋三が云々と、ゆえに中国はますます侵略の意志を強めているのだと、このように読めばいちおうツジツマは合うことになる。

しかし、これでは活動会員たちも苦労するわけである。ネット上に現役会員が出てこれないのも無理のない話である。先生の弁護をしようにも限界があるということだ。

 その時は、もう近い。

唐突な引用で恐縮だが、ようは広宣流布が近いことを言っているわけである。しかし、先ほどの地図の一件を見れば、実にアヤシイところである。はたして本当に近いのかどうか、また、浅井先生自身が本当に近いと思っているのかどうか、そこが甚だ疑問である。

 ことに看過できないのは、国民の「反安倍」の気運が、来年の参議院選挙をめざして大きなうねりになりつつあることです。

 私は安倍政権の崩壊が見えて来たような気がいたします。

先のことはわからない。来年の参院選がどのようになるか、それはわからない。しかし、気がつけば安倍内閣も長期政権である。今さら崩壊もないだろう。問題は今の自公政権がどうなるかのはずである。そこに言及せず、いわば個人攻撃に終始しているところが浅井先生の浅はかなところだと思う。

2015/11/21

シウダンダツカイ  
横綱として一時代を築いた人物が亡くなった。六十二歳だったという。総じて相撲取りは短命である。選手寿命も短ければ、その後の人生も短い。それほどに激しい格闘技ということなのか、あるいはメタボが原因なのか、もちろん、それらの複合的な要因によると考えるのがいちばん妥当なのだろうけれども、いずれにしても平均余命の延びた現代においては、いかにも早逝である。

 今言えることは、優れたコーチの条件は、
 第二次成長期以前の年代の生徒を強くする。
 60歳超えた生徒さんを若者と同様に強くする。
 この2点だと思えます。


第二次成長期と第二次性徴期、この辺の使い分けをどのように考えて書いたのか知らないが、わたくしの古い頭では、骨の固まらないうちに重労働をさせるのは酷である、という考え方があって、同様の意味で、若年者に高負荷の筋力トレーニングをさせてはいけない、というふうに思えてしまうのだが、その点はいかがだろうか?

二点目の、六十歳を超えた生徒さんを強くするというのは、大賛成である。先ほど、平均余命に比して六十二歳はいかにも早逝と書いたが、さりとて無意味に長生きしても仕方がない、ましてや介護のお世話になってまで長生きしたいとは思わないという人も少なくないだろう。ようは元気で長生きするのが理想なのだ。その意味で沖浦氏のやろうとしていることは、ひじょうに価値のある社会貢献だと思う。

 私は支隊長職を拝命してから三年半が経ちますが、今までは、ただ使命感・義務感だけで誓願を追い求めての長一人の戦いであり、支隊でありながら私一人が駆けずり回わって、何とか誓願を勝つという戦いでした。

せっかくなので、昨日に引き続き顕正新聞第1355号から記事を拾いたい。この人は男子部第八十一隊支隊長の肩書きを持っている。写真を見るとすでに還暦過ぎのようである。入信七年が意外だった。

年配の男子部幹部は信心歴の古い人が多い。かつては壮年部の幹部だった人が、壮年部が廃止されたことにより、自動的に男子部の幹部に抜擢されたというケースがほとんどではないかと思われる。その意味で上掲の人物は例外中の例外だろう。

しかし、その彼も顕正会特有(?)の問題に直面していた。

長一人の戦い・・・

これである。

一人立つ精神という言葉がある。これはいい意味で使われるわけだが、長一人の戦いは逆に悪い意味で使われる場合がほとんどである。それはそうだろう。文中にもあるように、支隊でありながら支隊長一人が奮闘している。そんなことでは話にならない。いちおう組織上はその配下に班があって組がある。班長が複数いて、さらに一班につき組長が複数いる。それが組織というものだ。それが機能していないとすると、もはやオシマイだろう。いわば組織の空洞化である。顕正会の場合、それが年を経るごとに顕著になっているようで、一向に改善されない。前回の拙稿で、組織の大崩壊を云々したのも、まさにこれがためである。

 そして気づけば、今まで入信した人は一人も残っておらず、これは数だけを追ってきた結果、浅井先生のお心からかけ離れたやり方であったことに気づかされました。

この人は善人というか、オヒトヨシなのだろう。他人のせいにはせず、自分に原因を求めている。これ自体は立派なことであり、尊敬に値することである。しかし、もはやこれは個人の問題ではなく、顕正会全体の問題なのである。この人がいくら頑張っても、顕正会そのものは変わらない。焼け石に水である。

折伏の紹介者が続々と湧いてくるような明るく弾んだ組織の構築を・・・

実に立派なココロザシである。しかし、繰り返し言うが、もはや個人の努力ではどうにもならないほどの、実に根深い問題なのである。

それは第1356号の一面左下の人事を見ても窺えることである。

当該号は九月度総幹部会特集号で、一面は全体の報道、二三四面が会長講演、以下は各氏の登壇記事、第八面は各地の集会の記事となっている。全体の報道というのは各種登壇の要約であるから、詳しいことは登壇記事を読めばいい。しかし、人事だけは別である。一面左下の小さな記事がすべてなのである。そこにすべてが凝縮されているわけだ。

今回は女子部のみの人事発表だった。具体的には第十三女子部長と三人の区長が抜擢された。

では、ここにどのような問題が潜んでいるのだろうか?

これは以前にも繰り返し指摘してきたことだ。なぜに折伏法戦の途中にもかかわらず交代人事が行なわれたのか、いったい前任者はどうしてしまったのか、ということである。

成果主義の顕正会では結果が芳しくなければ降格となる。それは何も顕正会に限った話ではなく、あらゆる組織において行なわれていることだろう。しかし、それが行なわれるのは結果が出てからのことである。つまり、今回の場合であれば、十一月の末か、もしくは十二月、あるいは二月法戦開始前すなわち一月末に行なわれるのが普通のはずである。

ゆえに、いちばん手っ取り早い想像を書くならば、前任者が退転しちゃったので仕方がなく後任人事を決めた、ということになるだろう。

実際、今回の人事では一人の女子部長と三人の区長が抜擢されたと見出しでは謳ってあるものの、その詳細を見れば思い半ばに過ぎるものがある。第十三女子部は北海道を中心とした組織であるが、その女子部長に任命された人物は同時に第二区長と第百六区長にも任命されている。よって、見出しそのものはウソではないにしても、やや欺瞞めいたところがあるのだ。すなわち人格的には四人の人事なのだけれども、役職的には六人分の人事に相当するわけである。ちなみに第四十二区長は第七女子部長が兼任するとも書かれている。今では部長が区長ないし隊長を兼任するケースがたくさんあって、わけがわからない状態である。

話がややこしくて恐縮だが、もう少し続けよう。長野の第五十九区長は今回の議論には当てはまらないが、残るもう一人の区長が問題である。記事の本文から紹介しよう。

北海道の第八十九区長(第十三女子部)に・・・

文章の続きは、・・・に○○さんが任命された、という感じで書かれている。いつも書いているように、わたくしは個人名を伏せることにしている。基本的には大幹部、とりわけ中枢幹部に限って個人名を書くようにしている。

それはさておき、これでおわかりだろう。北海道女子部に異変が起きたのだ。女子部長と三人の区長が交代した。法戦の途中にもかかわらずである。最悪のケースを想像するならば、北海道における女子部の最高幹部たちが集団で脱会してしまった、ということになるだろう。

先の支隊長殿の健気さが、ムナシイというかイタマシイというか、実に何とも言えない心境である。ようは上述の話を男子部に置き換えれば、隊長ないし部長クラスの人たちが集団で脱会してしまったかもしれないという話なのだ。もしこれが事実であれば、もはや支隊長クラスの人がどれほど頑張ってもムダということだろう。推測を交えた話ではあるものの、わたくし自身の経験からしても、あるいは元会員たちの証言からしても、このことはかなりの信憑性で言えることなのだ。悲しい現実である。

2015/11/20

タロウシケンザン  
新しい人がお見えになった。拙ブログもそろそろ潮時というか、十年もやっていればマンネリ化して、読者にも飽きられてしまうはずなのだが、なぜか次々と新しい読者が登場する。これでは勝手にミセジマイするわけにも行かない。何とも複雑な心境だ。

そこで得意の時間差攻撃を仕掛けよう。顕正新聞第1355号は姫路会館特集号であるが、九月六日が当日なので、すでに二ヶ月以上も昔の話になる。

このご発言に直ちに諸天が感応するごとくに、中国を震源地とする世界同時株安・同時不況が発生し、世界大恐慌が始まり出した・・・

第十一婦人部長の発言である。文中のご発言云々はもちろん浅井先生の発言のことであって、具体的には七月度総幹部会の講演を意味している。ようは七月末に世界大恐慌を予言するかのような発言があって、なんと一ヶ月後にはそれが事実となった、これを彼女は言っているわけである。

しかし、どうだろう。その後の株価の推移を見れば、誰もが思うはずなのだ。さすがに大恐慌は言い過ぎだろう。顕正会の言っていることは大袈裟過ぎると。

第九男子部長も同様の発言をしている。

先生の仰せに感応する諸天の働きの早さに息を呑み・・・

浅井先生ってのは凄い人なんだね、諸天とやらを動かす力をお持ちで・・・

イヤミを書いてしまったが、ハタから見ればそういうことなのである。さらに上掲には続きがある。

・・・息を呑み、今後の二百万を背景とした先生の一国諫暁のとき、諸天の反応はいかばかりかと思えば・・・

過去に繰り返し書いてきたことだが、同じようなことが百万の時にもあった。五十万から百万に駆け上がる時には誰もが過度の期待を懐いていた。百万になったら劇的な変化が起こる。諸天の働きも活発になり、広宣流布が一気に加速するのだと。会館前は入信勤行を希望する人でごった返すとも言っていた。

しかし、現実は違っていた。あれ? おかしいなあ? こんなはずじゃなかったのだが・・・

今現在の活動会員たちも同じような感想を懐くことになるだろう。期待が大きければ大きいほど落胆も大きくなる。当然、脱落していく人たちが続出することになる。

現時点でも脱落していく人たちは後を絶たない。一回の折伏法戦で何万人が入信しようとも、活動会員になる人はわずかである。その数を脱落者が上回れば組織は疲弊する。この現実を見て、さらに脱落者が増える。今はそのスパイラルが起こりつつあるのかもしれない。

こうした中でも歯を食いしばって戦い続ける活動会員たちがいる。たぶん彼らは二百万の幻想を見ているのだろう。それはいわゆる義理というか、一つの区切りとして、せめて二百万までは頑張ってみよう、もしかしたらそこには新たな展開が待っているかもしれない、ともかくそれまでは・・・と、このような思いで、さまざまの葛藤を懐きつつも踏み止まっているのだと思われる。もちろん何の迷いもなく二百万を目指して猛進している人もいることだろうが、おそらくそれは少数だろう。迷いのない人なんか、いないはずだ。

いずれにしても、幻想は崩れる。遅かれ早かれ、である。

上述のことは本部首脳に読ませようと思って書いた。本部関係者であっても物事を客観視できる人はいるはずだ。今現在、大量脱会のスパイラルが始まったとして、もしそれを食い止めることが出来たとしても、問題は二百万の暁である。その時どうなるかが深刻な大問題なのである。最悪の場合、熱心な活動会員たちの懐いていた幻想が崩れ、組織の大崩壊が始まるかもしれないのだ。

数年ぶり、十数年ぶりに入信を叶える者・・・

女子部第百八十三区長の記事から引用した。これも悩ましい現実である。

一つには、迷いを懐きつつ、先輩に励まされれば折伏をする、もっと言えば、先輩に尻を叩かれれば折伏をするという、消極的な会員たちが見えてくる。そしてもう一つには、折伏をやり尽くして対象者がいなくなってしまったという積極的過ぎる会員たちの、いわば燃え尽き症候群的な人たちの存在である。

それは確かに二百万は時間の問題だろう。数年後には達成されて当然である。しかし、上述のような組織の実態を省みず、ただひたすら数字だけを追い求めていったいどうなるのだろうか?

その先に待っているのは組織の大崩壊ではあるまいか?

さて、話は変わる。九月六日にはいわゆる「正義にめざめて」の登壇が二つあった。一人は男子部第八十二隊班長。もう一人は男子部第八十二隊班長。これでは同一人物のように思えてしまうが、別人である。それぞれの見出しには、原因不明の難病が完治したとか、長男の難病が完治したと書かれている。

血小板減少性紫斑病

血小板減少性紫斑病


前者は本人、後者は長男、この違いはあるものの、所属も役職も病名もまったく同じというのが不思議な符合である。

そして当然のごとく、創価学会については良からぬことばかりを書き並べている。正義にめざめての登壇はそれが定番である。しかし、そうした中には不自然な記述も少なくない。今回、気になったのは、前者の記事の中の次のくだりである。

人の陰口だけ愚痴だけの座談会

愚痴とは何だろうか? その具体的な内容が知りたいところである。ちなみに陰口のほうは、大勢の前で発表してしまったら陰口ではなくなってしまうではないか、と思うのだが、いかがだろうか?

むしろこれらを善意に解釈すれば、創価学会は風通しの良い組織であり、言いたいことが自由に言える、いわば談論風発の組織なのだ、ということになりそうである。

逆に顕正会は言いたいことが言えない窮屈な組織、ようは居心地が悪い、だから定着率が低い、ということにもなりそうである。

最後に婦人部兵庫支区組長の体験発表から、ややアゲアシ取りであることを承知しつつも引用したい。

 この日から、浅井先生が著わされた「折伏理論書」「南無日蓮大聖人」「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」「六巻抄」を読ませて頂いておりますが・・・

オイオイ、六巻抄は違うだろうが、と言いたい。

それはともかくも入信早々に六巻抄を読むとは大したものである。八十五歳の御婦人であるが、もともと教養人なのかもしれない。

前後するが、次の記述も記憶に留めておきたい。

邪教・正導会という身延系の新興宗教・・・

身延系の新興宗教があるとは知らなかった。

2015/11/15

ゾウカガツカイ?  
大沢氏の的確なるコメントに感服した。過去帳序文はかなり難解な文章で、わたくしにはさっぱりだが、それを平易な言葉に翻訳したものを読むと、なるほど、まさにそのとおりだと思った。

下種三宝への御報恩、広宣流布祈念、そして回向。勤行における観念文も同じ順序である。もちろん自分のことを祈っちゃいけないわけではない。しかし、それは後回しというか、順番が違うのである。自分のことを中心に祈るのは勤行じゃない。そんなオツトメがあるわけがない。

当宗伝統の修行の姿勢・あり方から久しく離れているためにそういう頭になってしまっている・・・

浅井先生としては心外だろうけれども、このように言われるのは仕方がないところだ。

もはや先生には師匠がいない。大聖人を師とするのは次元の異なる話で、ようは直接的に教え諭す人がいないということなのだ。また先生自身も今さら人に教えを乞うようなことはしないだろう。そうすると、ますます宗門の伝統から離れて行くことになる。これが異流儀の発生プロセスである。

国土泰平・先祖累代の回向

話を戻すが、わたくしは国土の泰平と先祖の回向がなぜに並列なのか、その点が気になった。いちばん俗な考え方で行くと、死者は土に還る、つまりは国土と一体になる、だから同じカテゴリなのだ、ということになるのかもしれない。おそらくは乃至法界平等利益云々の観念文から類推しても、ほぼそれで正解なのだろう。

 当宗では、色花を仏壇へ供えることは致しません!!!

日蓮正宗のことを言っているのだと思うが、これはわたくしも知らない話である。なぜに色花がいけないのか、その理由についてはあまり聞いたことがない。ちなみに例外的にだろうか、御会式では桜を供えるのだと思う。正宗寺院に参詣して確認したわけではないのだが、顕正会の御大会式ではそうしているので、たぶん日蓮正宗でもそうしているのだろう。いくら顕正会が異流儀に成り下がったと言っても、基本的には正宗の化儀に則っているはずだからである。

ともかく、日常的にはオシキミをお供えするのが正宗の伝統であり、色花はダメだとされている。しかし、この道理文証現証がどうなっているのか、よくわからないというのが正直なところである。

いつだったか何かの用事で花屋さんに寄ったことがある。その時、何の気なしにオシキミはあるかと聞いてみたら、ない、と言われた。最近は買う人がいないのよ、売れ残って枯らしてしまうことが多いので、置かなくなっちゃったのよ、と言っていた。
わたくしの観察だと、実はオシキミだけではなく、今は切り花全般が少なくなっている傾向にあるのだと思う。
いきなり話が飛んで恐縮だが、回転ずしがそうである。以前の回転ずしはネタを豊富に回していた。いろんな種類のネタを回していた。ところが景気の影響だろう。売れ残るのがイヤなので、高いネタを回さなくなった。ショボいネタばかりを回しておいて、高いネタは注文を受けてから握るのだ。それでは回転ずしの意味がないだろうと思うのだが、仕方がないことだ。
花屋も同じである。売れなきゃ枯らすだけなので、切り花をあまり置かなくなっているのだ。しかし、オシキミの場合はさらに違った事情があるのだと思う。ズバリ、創価学会の影響だ。

わたくしの居住地には徒歩圏内に正宗寺院がある。この寺院は他宗の寺院と明らかに違っていた。異彩を放っていた。観光の寺でもないのに賑わっていたのである。

その地域一帯は、火葬場を中心に広大な墓地があって、そこに各宗派の寺院が軒を並べる、いわゆる寺町である。つまりは葬式用の寺院ばかりが集まっている場所であり、観光地ではない。ゆえに人々も喪服を着た人ばかりが目立つのである。

ところがそこに一軒だけ異彩を放つ寺院があって、なぜか普段着の人たちが多く出入りしていて、寺の前にはさまざまの店舗が軒を連ねて賑わっているのだった。とりわけ目立ったのが仏壇屋である。なんと仏壇屋が四軒もあって、その店先にはオシキミが山のように置かれていたのである。それを寺から出てきた人たちが買って帰る。たぶん御講の日なのだろう、その日はオシキミを買って帰る人の群れが駅まで行列を作るほどだった。

というのは誇張が過ぎるにしても、仏壇屋が四軒あったのは事実である。ようはそれだけのニーズがあったからこそ、四軒も軒を並べていたわけだ。

しかし、今は一軒も存在しない。

これは説明するまでもなく、創価学会の影響である。日蓮正宗と創価学会が反目するようになって、創価学会員が寺院へ参詣しなくなった途端に、仏壇屋は経営が立ち行かなくなってしまった。創価学会系の仏壇屋は直ちに撤退し、創価学会の会館前などに新たな店舗を立ち上げた。個人経営の仏壇屋はそうも行かず、寺院の前でしばらく頑張っていたけれども、自ずと限界がある。そのようにして一軒二軒と減っていき、とうとう今は一軒も存在しなくなってしまった。

悲しいが、事実である。

花屋の話を思い出していただきたい。売れないので置かなくなったと。つまり、創価学会全盛の時代は、町の花屋さんにもオシキミが置かれていて、それがけっこう売れていたのである。しかし、今は売れなくなった。これは創価学会が日蓮正宗と決別したというだけの話ではなく、別の理由が必要である。創価学会が衰退した、創価学会員が激減した、だからオシキミの需要がなくなった、これが理由ならば話は簡単だが、さすがにそれは違うだろう。ようは創価学会員が何らかの理由でオシキミを買わなくなった。それで町の花屋さんもオシキミを置かなくなった。

わたくしの仄聞するところでは、彼らは造花のオシキミを使っているらしい。そしてこれに法華講員たちは批判的で、オシキミは生に限る、というのが正宗ないし法華講の言い分のようである。あるいは沖浦氏の主張からすると、今の創価学会員たちは色花を使っているのかもしれない。だとすれば、これはもう完全に異流儀化していることになるだろう。

さて、ここで当然ながら沖浦氏から反論がある。ようは文証の問題だ。御書に色花を禁ずる文証があるのか、である。

すでに最初から言っているように、わたくしは知らない。ただし、現時点で言えることがある。たぶん今の平均的創価学会員はオシキミないしオシキミの造花を使っているのであって、色花を使っている人はごく少数のはずである。つまりはこれが現実なのだ。ゆえにこの件は創価学会が公式に色花解禁に踏み切った時にこそ、大いに議論されるべき事案だろう。その時を待ちたい。

なお、切り花の需要が減ったというわたくしの観察について、さらに付言するならば、仏花は例外かもしれないということだ。実は花屋ではなく、そこらのスーパーだとかホームセンター、あるいはコンビニなどでも売られている。それが仏花である。サカキも根強い人気だ。また、地方によって違うのかもしれないが、ちょっと田舎のほうに行くと、色花と一緒にオシキミも売られている。両者をひとまとめにして仏花と銘打っている場合が一般であり、年配者の中にはオシキミそのものを指してオハナと呼称する人もいる。

信心深いのか、単なる慣習なのか、その辺は微妙なところだが、今もなお神仏に香華を捧げる人たちが一定数は存在する。これが現代日本の一側面である。

2015/11/13

オクレバセナガラ  
一週間ばかりサボっていたら、今朝、沖浦氏よりお声掛けを頂戴した。ちょうど一年前の今ごろも更新頻度が低く、その時はユタ氏よりご心配の言葉を頂戴したが、一週間やそこらで驚いてもらっては困る、丸々一ヶ月更新がなかったら何かあったのだろうくらいに思えばいいと、そんな意味のことを返信した記憶がある。今回もまったく同じだ。

たまたま今日は更新するつもりだったわけだが、十月度総幹部会を報ずる顕正新聞が届いているので、まずはその見出しの一部をご覧に入れたいと思う。

大法弘通、十月末ですでに二万超

これは驚きである。正直なところ、にわかには信じ難い。

もしこれが事実ならば、すかいみかん氏の言う脱会ブームは大いなる錯誤か、あるいは脱会ブームは事実であるが、それを撥ね退けるだけのエネルギーが会内に存するということなのだろう。大量脱会ないし逮捕・家宅捜索をものともせず、いわば逆境をバネにしての大躍進ということになりそうだ。

しかし、ハッタリの可能性も否定できない。ようは虚偽報告、いわゆる粉飾決算である。これは通常、現場の活動会員たちが行なうことである。入信報告書の偽造がそれであるが、今回の場合はそうではなく、もしかしたら本部がハッタリをかましているのではないか、という気がしないでもない。末端の虚偽報告も問題だが、おそらくはそれ以上に大問題なのが、本部首脳による粉飾だろう。これについては何一つ明確な証拠があるわけではないので、今日のところはこれくらいで終わりにしたい。

そこで遅ればせながら、今日は顕正新聞第1355号の記事を取り上げたいと思う。当該号のメインは姫路会館での会長講演である。

 南海トラフ地震が早いか、近畿大会が早いか、それはわからない。

いきなりのピックアップであるが、これはこれは、という感じである。どうなんだろうか、浅井先生は過去にも同じようなセリフを吐いているけれども、活動会員たちはそれを承知しているのだろうか? 承知していても何とも思わないのだろうか?

百万が早いか、首都圏直下地震が早いか、それはわからない。

調べるのが煩瑣なので、横着ながらも記憶だけで書いた。しかし、当たらずとも遠からずだろう。いわば先生の得意のセリフなのだ。

結果として百万のほうが早かったことになる。そして今度の近畿大会は来年の十月に行なわれるそうであるから、それまでに南海トラフ地震が起こるかどうかわからないのは、実に当たり前の話である。そんなことは誰にもわからないのだ。結果として、近畿大会のほうが早かったことになるとしても、その逆だとしても、だから何なのだと言いたい。

つまり、ハタから見れば活動会員たちの尻を叩いているだけの話であり、それ以外には大した意味がないのである。

そこに気がつけば活動会員たちも萎える。だから過去の発言を隠蔽しようとする。基礎教学書もそうした目的で書かれたのだろう。

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/14046576.html

この点についてはリンク先が簡明直截である。興味のある人は参考にされたい。

第六天の魔王が化作した婆羅門・・・

さて、会長講演の続きを見ていこう。上掲は特にツッコミだとかそういう意味ではなく、化作という用語がめずらしいと思って取り上げた。前後の文脈から意味はわかるが、わたくしの記憶では初出のようにも思えるので、いちおう記憶に残すつもりで取り上げたまでである。

御本尊の功徳は無量無辺

さて、次はやや煩瑣であるが、ぜひとも目を通していただきたいと思う。上掲の見出しに続いて、本文はご覧のようになっている。

 こうお説きになられたうえで、日寛上人はさらに御本尊の大功徳を、次のごとくお示し下されている。
 「故に此の本尊の功徳、無量無辺にして広大深遠の妙用あり。
 故に暫くも此の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるは無く、罪として滅せざるは無く、福として来たらざるは無く、理として顕われざるは無きなり」と。
 なんと有難い御本尊でありましょうか。
 「故に暫くも此の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるは無く、罪として滅せざるは無く、福として来たらざるは無く、理として顕われざるは無きなり」と。

 「故に暫くも此の本尊を信じて」の「暫く」とは
(以下省略)

わたくしが気になったのは重複引用である。引用範囲が少し異なるにしても、まったく同じ文章を繰り返し引用する意味がわからない。あるいは大事な御指南なので繰り返したのかもしれないが、講演の口述そのものはそうだとしても文章化する時には圧縮してもよさそうなものである。また、それが従来の浅井先生らしい簡潔にして要を得た文章ではなかったかと思うのだが、いかがだろうか?

ちなみにパソコンで文章を書いている人で、とりわけコピペを多用する人は、上掲のようなミスを犯しがちである。先生もパソコンで文章を打ち込んでいるのだろうか?

勤行はイソイソと

自身のため

最後にこの二つの小見出しに挟まれた部分を紹介して終わろう。

 だから私は勤行のとき、いつもイソイソと勤行を申し上げている。人のためではない、自分のためだから悦びであり、楽しいのです。

生意気を言うようであるが、わたくしはこの部分に物凄く違和感がある。実際はかなり難しい議論であり、おそらくは現世利益だとか功徳論、あるいは自行化他の問題などを勘案すべきなのだろう。

大聖人の仏法は現世利益を肯定するものである。今はそれを功徳と表現する場合が多いけれども、両者はほぼ同義である。もちろん浅薄なる功徳話はかえって法を下げることにもなりかねないが、功徳そのものは否定されるべきものではない。
それから自行化他の問題がある。ようするに自行が勤行で化他は折伏というふうに考えると、まさに勤行は自分のために行なうことのように思える。しかし、はたしてそうなのだろうか?
わたくしはここに偏重を見るのである。なぜならば顕正会の化他=折伏は、自分の功徳になると教えているからである。結局、自行も自分、化他も自分なのである。

何たる浅薄さだろうかと思う。

勤行:僧侶が時を定め、仏前で読経・回向などを行うこと。

手元の辞書にはご覧のように書かれている。顕正会員は僧侶じゃないから勤行じゃない、などと言うつもりはない。

勤める:仏に仕え仏道に励む。

こちらのほうは他にも意味があって、まずは会社や役所に勤めることが一番目に挙げられている。仏に仕える云々は二番目の意味だ。三番目の意味は省略しよう。

いずれにしてもわたくしの言いたいことはこれで明瞭のはずである。浅井先生の、勤行は自分のためだから云々は、そもそも語義的に間違っている。少なくとも順番が逆である。勤めるというのは世のため人のため、つまりは社会に奉仕することが大前提なのである。会社で働くのは自分のため、たとえ本音がそうだとしても順番は逆である。まずは世のため人のために奉仕する、その対価として報酬が得られるわけである。勤行も同じことである。広くは世のため人のため、別しては仏に仕えること、それが勤行の本義である。自行だから自分のためなどという短絡的な思考はいただけない。仏さまにお仕えするという精神が欠落しているとすれば、もはやそれは勤行ではない。

浅井先生としてもツライところだろう。なぜならば浅井先生ほどの教学力(?)があれば、上述のようなことは百も承知のはずなのである。しかし、先生の指導は常には巨大地震だとか国家破産など、あるいは国際情勢のようなマクロの話ばかりに偏重している。また、そうした危機感を煽るような話ばかりをして、会員たちを折伏に駆り立てている。ゆえに、たまにはご褒美のような意味で、勤行=自分のため、みたいな話をするのだろう。しかし、これもまた、違った意味での偏重なのである。

繰り返しになるが、勤行とはお勤めである。お勤めは他者への奉仕が先である。また、普通は自分の行為に「お」をつけないものである。

つまり、日本語の感覚に敏感であれば、勤行は自分のため? あれ? そうかな? 変だな? と感じてもおかしくないのである。

あるいはこれが顕正会の教える基礎教学の欠落点なのかもしれない。

2015/11/4

カンドウテキキジ  
顕正新聞第1354号の続きである。

決戦場を睨んで毎月のごとく一国を諫暁され、先を急がれる先生のお心・・・

女子部総務の文章である。おかしな構文だと思う。いや、もちろん、引用範囲が不適切なためでもあるのだが、それはさておき、話を進めよう。

先を急がれる云々は実にイミシンである。失礼ながら先が短いから急いでいるのだと思えてしまう。

問題はその直前の文章だ。

決戦場というのは、四年後の二百万達成以降の戦いを意味するのだろう。いわば今はその前哨戦をやっているわけで、具体的には毎月の総幹部会における発言が、そしてそれを準特集号という形で活動会員に配布させることが、一国諫暁に相当する、もしくは準ずる、ということなのだろう。

では、先日の総幹部会はどうだったのか?

残念ながら今の段階ではまったく情報が入ってこない。これまた顕正新聞の出来を待つしかないのだが、ともかく先般の逮捕と家宅捜索についてどのように発言しているかが注目されるところである。

浅井先生は毎月のように一国を諫暁されているのだと、女子部総務は言っているわけなのだろう。だったら会員が逮捕されたり本部に家宅捜索が入ったりすることは、まさしく仏法の定理そのままの国家権力による弾圧なのだから、その旨を総幹部会の場で喜び勇んで発言するべきなのだ。しかし、ネットの情報によれば、ダンマリを決め込んでいるらしいのである。何たる不甲斐なさであろうか?

 顕正新聞八月五日・準特集号を手にし、凛然たる浅井先生のお写真を拝見しては心引き締まり・・・

女子部第八十七区長の発言である。なるほど、八月五日号の段階は事件の遥か以前であるから、凛然たる云々はウソではないのだろう。もっとも、これは彼女の主観に他ならないので、わたくしがとやかく言う筋合いのことではないのだが、しかし、今はどうなのだろうと思う。今もなお、先生の写真を見て同じように感じるのだろうか?

そもそも浅井先生は顕正会が作っている映像の中にしか登場しない。たぶん現時点では他の映像媒体にはまったく登場しないはずだ。ここに虚像を結ぶトリックがあるのだと思う。

たとえば記者会見でも開いて、その場に先生が登場したとしよう。どこかのテレビ局の単独インタビューでもいい。おそらくはその時点で虚像が崩れるのである。編集なしの生の映像が出れば、そこですべては終わるのである。まず、一般の人たちが思うだろう。何だ、あのジイサンは、と。そして現役会員たちの中からも、失望の声が出るに違いない。いや、声を出す人は少数かもしれないが、口には出さずとも失望を禁じ得ないという人が少なからず出るに違いないのだ。

もちろん、そうじゃない人たちもいる。失礼な言い方だが、ハマっている人、とことん先生に心酔している人は、先生の雄姿を見てますます歓喜雀躍する。しかし、それは少数だろう。

先日、顕正会の書籍には改竄まがいの記述があると書いた。実はビデオ放映用の映像においても同様のことが行なわれているのだ。具体的な事例については省略するけれども、ある意味では普通のことかもしれない。まず総幹部会の本番が行なわれる。そしてビデオ放映が行なわれるのは後日である。その間に不都合な部分が見つかれば編集で作り変える。これは当たり前のことかもしれないのだ。

しかし、先ほども書いたように、浅井先生は世間一般の映像媒体には一度も登場せずに人生の大半を生きてきた。ゆえに、もう今から出ようにも出られないのだ。おそらくは自信がないのだろう。

それでいて、一国諫暁? 何を寝ぼけたこと、言ってるの?

これが結論である。

さて、心機一転である。このところ悪い話ばかり書いているので、少しはバランスを取りたいと思う。当該号にはいい話も載っているのだ。

保護者や住民も「生徒が変わった」
 悪名高き高校が「妙法の教育」で一変


女子部第百二十九区総班長の記事である。本文は省略するが、ご覧の見出しのごとくである。写真から判断すると、まだ若い。三十前くらいだろうか? もしこの一人の女性教員の存在によって学校全体がそこまで変わったとすれば、これほど凄いこともなかろうと思う。いわば先般の逮捕事件とは正反対の存在である。街頭で見ず知らずの人を折伏して逮捕されちゃうような人は、たとえ悪意はなくとも相手にとっては不快であるし、結果として顕正会にもキズをつけてしまっているのだから、何一つプラスにならない。一方、彼女の場合は社会に貢献している意味でも、また同時に女子部総班長として活躍している意味でも、非の打ちどころはない。

「同志の臨終を見送って」

七面上段の左右にはそれぞれ五十五歳で亡くなった人についての記事が載せられている。両方とも五十五歳というのが不思議な一致であるが、記事そのものはまったく別個のものである。若いなあ、早逝と言ってもいいかもしれない。しかし、死は一定である。これをもって、罰であるとか顕正会には功徳がないだとか、そういう決めつけはしたくないところである。

むしろわたくしは感動したのである。とりわけ左側の第四女子部幹事第百三十一区長の報告に感じ入った。

組長が生活をサポート

この小見出しに続く文章が感動ものである。亡くなった人は五十五歳の女子部総班長。末期癌に侵されていた。

 また総班長は父親と兄弟を亡くし、母親は認知症で施設に入所し、独り暮らしをしていたので、最期、身の周わりのことができなくなった時の不安を、誰にも言えずにおりましたが、不思議にも近所に住む河野組長がお手伝いしたいと、一ヶ月間、休暇を取り、総班長宅に住み込みで生活のサポートをすることを申し出てくれたのです。

普通に言えば、美談である。そしてこの手の話は頻度は少ないにしても、まったくないわけではない。他宗他門の中にも存在するだろうし、博愛を説くキリスト教の人たちの中にもあるだろう。無宗教の世間一般の人たちの中にも存在する話である。

ゆえに、この事例をもって、顕正会を正しいと言いたいわけではない。先ほども書いたように、悪い話ばかりではバランスが悪いので、いい話も紹介しようと思ったまでのことである。

2015/11/2

ズブノドシロウト  
いろいろと面倒臭いことになってきた。

沖浦氏との議論はすでに脱線を始めているけれども、もう少しだけ続けてみよう。氏の書き様だと、創価学会員はあたかも雨や雪を自在に降らせることが出来るように聞こえてしまうが、たぶん無理だと思う。ようは沖浦氏独自の見解というか確信(?)なのだと思われる。だから他の創価学会員から沖浦教などと揶揄されてしまうのだ。ともかく雨を自在に降らせることは出来ない。これが現代感覚であるし、仏法の道理でもあるだろう。大聖人が行なった祈雨はきわめて例外的なものであって、それを末法におけるスタンダードのごとく思うのは、大間違いである。あまりにも有名な御文なので省略するが、このことは唱法華題目抄の末文に明らかである。

第1357号は、ページの振り付けといいますか装丁が狂っています。

これは気がつかなかった。というよりも、あまり気に留めなかった。

説明が難しい。

まず、近年の顕正新聞は八ページ立てが標準となっている。これはA1の用紙を二枚組み合わせて作られる。二枚の用紙を重ねて半分に折り曲げるわけだが、この場合はページ数が1.2.7.8と、3.4.5.6のグループに分けられることになる。そして十ページ立ての場合、真ん中にA2の用紙が入ることになるので、1.2.9.10と3.4.7.8と5.6のグループに分けられるのが普通だ。

ところが第1357号は違っているのである。

三ページと四ページがA2の一枚刷りになっている。つまり、真ん中に挟まれているのではなく、その手前に挟んであるのだ。

以上、わたくしは出版ないし印刷についてはズブのど素人なので、上述のようなことがなぜに起きるのかまったくわからないが、ともかく不自然であることは事実である。やはり逮捕事件の衝撃が物凄く大きかったのかもしれない。その動揺のあらわれなのかもしれない。

この件についてはネット上で何人もの法華講員が指摘しているから、「傍近くまで詣でて」と修正されているんでしょうけど、これは思い込んでいた顕正会員が悪いのか、それとも「消防署の方から来ました」の類の誤解を招く表現で会員の多くが勘違いするような表現をした浅井先生が悪いのか、一体どっちなんでしょう?

これも面倒臭い案件である。

騙すほうも悪いが騙されるほうも悪い。どっちもどっち。世の中にはこんなふうに言う人もいる。しかし、何だかんだ言っても騙すほうが圧倒的に悪い。これはもう浅井先生が悪いのである。

では何が面倒臭いのかであるが、この話のネタ元はいわゆる試練と忍従の歴史にあるわけで、その記述自体はウソではないのだろうと思う。いつ頃までなのかはわからないにしても、ある時期までは実際に大石寺の境内で石畳に座して遥拝を行なっていたわけである。それがおそらくは解散処分以降であろうか、境内には入れないので、その近くで遥拝をすることになった。今もそれは続けられているのだと思われる。そして同時に、今も試練と忍従の歴史は読み継がれている。

つまり、その記述自体は本当のことであり、ウソではない。なぜならば当時のことを語っているからだ。しかし、会員たちはそれを読んで誤解をするわけである。先生は今も石畳に座して遥拝をされているのだと。

いよいよ面倒臭い話になってきた。

問題はこれが意図的なものなのかどうかである。すなわち意図的に会員たちに誤解させているとしたら、意図的に錯覚を起こさせているとしたら、これはもう相当の悪党である。さて、これをどうやって証明するか、それが大問題だ。

さしあたって言えることは、改竄ないし隠蔽だろう。ご存知のごとく、先生は過去の発言で都合の悪いものは隠してしまう。もしくは改竄まがいのことをする。そして都合のよいことは大いに宣伝する。いわゆる武勇伝がそれだ。この好対照の事例を見れば、もうどうしようもないほどの悪党であることは否定できないはずである。インチキジイサンということだ。

わたくし自身は未確認ながらも、今度の基礎教学書においても同様の事例があるという。平成十年から十一年にかけて盛んに言っていた一千万の誓いが消されているのだ。都合が悪いからに他ならない。

こんなバレバレのことをやっていて、恥ずかしくないのだろうか?

ということで、石畳での遥拝については先生が悪い。ちゃんと言えばいいのである。総幹部会の席で言えばいい。ちょうど年末も近いので絶好の機会のはずだ。かつては石畳に座して遥拝をしていたが、今は境内に入れてもらえないので、云々と。これを言ったところで、先生に失望する人はいないだろう。試練と忍従の歴史に傷がつくわけではない。むしろいつまでも誤解ないし錯覚をさせておくことのほうが、自らの歴史を汚すことになると知るべきである。

ちなみに、わたくしは基礎教学書よりも試練と忍従の歴史の最新版に興味がある。わたくしが所持しているものと最新版のそれとの比較がしたいのだ。一字一句まったく同じだとしたら感動ものである。今までの経験則からすると、どこかしら改竄まがいのことが行なわれているのではないかと思えて仕方がないのであるが、さて、真相はいかに・・・


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