2014/8/22

創価学会系のコメント投稿者に応えて  
沖浦氏の獅子奮迅之力Tシャツはカッコイイ。今は英語だのローマ字表記が横行しているが、そもそも日本人としてどうなのかという疑問がある。さりとて漢字表記でデカデカと書くと、ウルサイ感じがするし、暴走族の衣装みたいな感じにも見えてしまう。それが沖浦氏のTシャツの場合、文字のサイズが程よいし、座配とでも言おうか、文字の配置が絶妙なのである。あとは実際に着た時の印象がどうであるかだが、それはまた沖浦氏が紹介してくれることだろう。

前後が無いのでよく理解できませんが

>「大聖人は衣を以て覆い給う」の有難さ

浅井さんはどの様な難に遭われ,守られたのでしょうか?


これは会長講演から読み取っていただくしかない。

悪口罵詈こそ
  如説修行の証


こういう小見出しの一段があって、本文を途中から紹介すれば次のごとくである。

 私は悪口罵詈を喜んでおります。これこそ如説修行の証なのだと。
 大聖人様に忠誠を貫き仰せのままに戦えばこそ、一国に悪口罵詈が起こるのであります。


そして次の一段に付された小見出しが、

衣を以て覆い下さる

なのである。

 だが大聖人様はつたなき我らを、必ず衣を以て覆って下さる、お守り下さる。そして広宣流布の御奉公を成さしめ給うのであります。

以下も本文は続くのだが、直接的には関係ないので省略しよう。ともかくご覧のごとくであるから、この範囲で理解するしかない。ちなみに翌号の一面には八月三日の日曜勤行の指導が載っており、ここでも同趣旨の発言がなされているが、いまだ全容は不明である。

たぶん伏線なのだろう。

ようするに男子部大会に照準を合わせていて、そこで衣云々の指導を懇切丁寧にするつもりなのだ。その準備として、今は指導の全容は伏せたまま、片鱗だけをチラつかせている。そんな感じではないだろうか?

よって、この件については、今しばらくお待ちいただくしかない。

>平成七年に「オウム真理教」の事件があった

池田先生をサリンにより殺害せんとした新実智光が
逆に大量に吸い込み重体となったことは有名ですが。


まったく存じ上げなかったが、オウム真理教の教祖が創価学会を相当に意識していたことは間違いないことだ。いわば同業者として、追い付け追い越せという意識を持つことはそれほど不自然ではないし、これはくだんの教祖だけでなく他の新興宗教の人たちも同じことだろう。当然、顕正会も同じである。

>顕正会儀礼室は総勢で十名足らずの精鋭である

160万信徒の割には少なくないかな?

予定の立たない弔事で、日本全国津々浦々で、交通費も自前でしょうし…。


さて、これは少し前のコメントであるが、うっかり書きそびれていたので、ここに書いておこう。

まず、交通費云々であるが、これは自前のわけがない。

たぶん創価学会では自前なのだろう。いわゆる導師の人は地域の幹部である。ゆえに交通費は高が知れている。けれども顕正会の場合は前にも書いたごとく、世界の果てまで出掛けていくのだ。これが自前だったら堪らない。
そして一般の葬儀であれば僧侶を呼ぶわけで、そこには御布施ないし御供養という名目のお金が掛かる。創価学会の場合はゼロなのだろう。では、顕正会はどうなのかであるが、残念ながらわたくしはそれを知らないのである。
かつては顕正寺があって、いちおう僧侶がいた。この当時の葬儀は日蓮正宗の格式に則り行なわれていたので、あるいは御供養という名目で何がしかの金額を僧侶に渡していたのかもしれない。しかし、今はまったくわからない。

いずれにしても顕正会の儀礼室委員はほぼ本部職員と考えられるので、自腹を切って地方の葬儀に出掛けるようなことはないはずである。つまりは職業幹部ということだ。

ちなみに顕正会には男子部長だとか女子部長と呼ばれる人たちが数十人もいる。この人たちの行動範囲は広い。部長クラスは本部職員の場合も少なくないが、全員がそうではないだろう。つまり、一般の会社に勤めているような人もいるわけだ。では、遠隔地で集会があって出掛けていく場合、どうなるのだろうか? 職業幹部には旅費が出て、会社勤めの幹部には出ないみたいな、そんな不公平なことがあるだろうか?

わたくしの知る由もないことだが、ネット上の情報によれば本部職員か否かに関わらず旅費が出ているようである。しかし、さすがに末端の班長クラスには出ないだろうから、彼らは自腹ということになる。

以上、これらは当然ながら推測を交えての話なので、その点はくれぐれもご注意願いたいと思う。

さて、もう一つの事案は、会員数が百六十万の割には儀礼室の規模が小さいのではないか、というツッコミである。

それはそのとおりだ。

これで話は終わるのだが、せっかくなのでもう少し膨らませてみよう。わたくしがこの問題に興味関心を示さなかったのは簡単な話で、ようは顕正会員がそんなにいるわけがないということが、わかっているからである。公称数と実数が大幅にかけ離れている。ゆえに、今さらそんなツッコミにどれほどの価値があろうか、ということなのである。

まあ、しかし、いちおう順序だてて書いておくことも、あるいは必要だかもしれない。

まず、日本における一日の死亡者数はおよそ三千人なのだそうである。日本全国で毎日三千人前後が亡くなっているという。
計算が面倒なので、これは一億人中三千人としておこう。すると、一千万人中三百人となり、百万人中では三十人となる。
仮に顕正会員を百万人とすると、毎日三十人の会員が亡くなっていることになる。なるほど、これでは間に合わない。儀礼室委員を三十人体制にしないといけない。

ところがである。顕正会員の実数はせいぜいが十万人である。

おわかりだろう、一日平均三人である。一日あたり三人の顕正会員が亡くなる計算である。これならば今の儀礼室委員だけで充分に賄えることになる。

ようするにツジツマが合っているのだ。

顕正会の首脳部だって馬鹿じゃない。ちゃんと考えて布陣を敷いているわけだ。

だが、しかし、もし顕正会がこの先、実数として百万だとか一千万を実現したら、とうてい今の儀礼室では間に合わなくなる。単に儀礼室委員を増やすのは簡単なことかもしれないが、問題は葬儀用の御本尊である。確か六幅しか存在しないはずなのだ。

これは困ったことである。

もっとも顕正会は今がピークであり、これ以上は増えようがない、現状維持が精一杯、という見方をする人もいるわけで、確かにそれならば問題はないが、しかし、それにしても微妙な話である。

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