2016/2/24

ウンザリシナガラ  
顕正新聞第1367号から話題を拾いたい。ともかくネタは無尽蔵にある。とは言え、基本的には再三再四にわたって指摘し続けていることの繰り返しである。

「南東北大会」ビデオ放映 全国で開催

第一面のトップ記事は日興上人会の報道である。優先順位からしても当然だ。そして左隣に上掲の記事が載せられている。

しかし、昨年の十一月に行なわれた集会のビデオを今頃になって視聴するのもどうかと思うのだが、顕正会の本部首脳はそれでいいと思っているのだろうか? あるいは仕方がないと思っているのだろうか?
広宣流布の最終段階だと言い、残された時間は少ないと言い、だから戦いのテンポを上げなければいけないなどと言いながら、このノンビリとした行事日程はいったい何なのだろうか?
あるいはこれが昭和の時代ならば、それでよかったのかもしれない。今は平成であり、かつまた二十一世紀という新時代でもあるのだ。

何しろインターネットを使った、いわゆる生配信が可能な時代である。

現に顕正会でも、日曜勤行や班長会などで、そうした技術を利用して同時中継のようなことをやっているわけだろう。これを思えば、数か月遅れでビデオ放映を行なうことがいかに時代遅れかがわかるはずだ。

それもこれも浅井先生の責任である。先生が御書講義をやらなくなったことが影響しているのだ。

それはさておき、話を進めよう。当該号は班長会特集号であり、ぜんぶで二十四本だろうか、登壇記事のオンパレードである。いつものことがらウンザリだ。

正系門家にただお一人、大聖人の御心のままに立たれる浅井先生がおられたことは、まことに不思議であり、大聖人様が先生を召し出だされ、広布最終段階の御化導をあそばされている・・・

副総男子部長である。浅井先生が仏法上どれほど凄い人物であるかを言っているわけなのだろう。

いま我らは先生の弟子なればこそ、大聖人の末弟との立場を許されることに・・・

文面には記されていないけれども、法華講員だとか創価学会員は大聖人の末弟ではないと言っているようにも聞こえるところである。さしずめ創価学会員は第六天の眷属となりそうだが、しかし、法華講員はどうなるのか?

副総男子部長の発言には唯授一人の血脈相承を否定する意図があるのかもしれない。

「二月達成」の心意気で・・・

総合女子部長の発言である。今回の折伏法戦は四月末が締め切りである。正確には四月の何日なのか知らないが、四月下旬に締め切りが設定されているのは間違いないはずである。それを彼女は二月中に達成してしまおうと言っているのだ。無謀である。いや、もちろん、その心意気で頑張りましょうという意味なのだろうけれども、それにしてもどうかと思う。

ようするに大幹部と最前線で戦う活動会員たちの温度差みたいなものだ。

総合部長はハッパを掛けるだけだからいいわよね、アタシ達は現場で成果を上げないといけないんだもの、不公平ったらありゃしない。

まあ、しかし、ここでもう一つだけ余計なことを言っておこう。浅井家にゆかりのある人たちは別であるが、その他の大幹部たちは実力で伸し上がってきたのである。ゆえに現場の苦労をよく知っている。かつまた今現在、自分自身が置かれている立場にしても、絶対的に安泰というわけではない。失脚する可能性が十二分にあるのだ。その意味では同情を禁じ得ないのである。

次に紹介する女子部総務もかなりの実力者である。

この人は池田姓ゆえに長いこと日の目を見なかった。あるいは阿部姓の人も肩身が狭い。何しろ年がら年中、池田大作がどうの阿部日顕がこうのと言っている組織なのである。それが顕正会なのだ。ゆえに同じ姓の人は肩身が狭い。まあ、実際のところは、本人ないし周囲がどのように思っているか不明であるが、何となく妙な具合であることは読者にもご了解いただける話だと思う。

しかし、彼女はその悪習を打破し、今では女子部の重鎮として揺るぎない存在感を示しているのである。素晴らしいの一語だ。

近畿大会に備えて、佐野総合女子部長が二箇部長を兼任するとの異例の体制・・・

これは先日も紹介した人事の話である。ああ、やはりわたくしの言っているとおりだった。総合女子部長が地方部長を兼任するのは異例の体制なのである。女子部の重鎮が言っているのだから間違いない。

 されば一八〇万法城を事実と成す本年の初陣に・・・

同じく重鎮の発言であるが、これも先日来の話題である。つまり、先生は百八十万をやれとは言っていない、限りなく近づきたいと言っているのである。にもかかわらず、大幹部たちはやる気でいるのだ。先生の言うことを聞かない連中だ。

例えば婦人部総務も次のように言っている。

国難三年の初陣に一八〇万を成し遂げ・・・

もちろん、先生の言うことを聞かない連中というのは言葉のアヤであって、むしろ前向きな意味で言えば、先生の言うことをよく聞いていることになるのだろう。

未だお目にかかったことのない本門戒壇の大御本尊を恋慕渇仰申し上げ・・・

婦人部総務という大幹部であっても大御本尊を拝したことがない、いわんやそれ以下をや、というのが今の顕正会の実態である。ならば早く宗門復帰を実現すべきである。

ところが彼女の発想は違うのである。

本門戒壇の大御本尊が広宣流布の暁の国立戒壇にお出ましになり、日本一同に大御本尊様を信じて南無妙法蓮華経と唱える日もあとわずかと思うと・・・

本当にそう思っているのだろうか? あとわずか? 具体的にはどれくらい?

広宣流布近しの理由として、一つには客観情勢が云々という話がある。例えば世界の火薬庫の話だ。第二十五婦人部長が次のように言っている。

 されば国難三年、世界中が火薬庫となる前代未聞の大闘諍の前夜・・・

過日の総幹部会で先生は世界の火薬庫というフレーズを三連発した。だったら世界中が火薬庫みたいじゃないかとわたくしは指摘した。これに誰かがコメントを寄せていたけれども、すでに顕正会の内部でも同様のことを言っていたのである。

いずれにしても、この先に広宣流布が待っている。ようするに前代未聞の大闘諍を経て、そこで広宣流布が実現するというのが、顕正会の描くシナリオなのである。

まあ、しかし、ずいぶん前にも指摘したが、客観情勢に左右されるようではいかにも他力本願的である。これでは無理だろう。

 そして毎年、石畳上で戒壇の大御本尊様を遥拝申し上げる先生の尊いお姿が重なり・・・

同じく第二十五婦人部長の発言であるが、あれまあ、という感じである。まだ、そんなことを言っているのか、と思う。

しかも、先生の尊いお姿が重なり、というのがやや意味不明である。いったい何と重なるのか、前後の文脈からは読み取れない。強いて言えば、こういうことだろう。今眼前に居られる浅井先生すなわち総幹部会の壇上に居られる浅井先生の姿を見ている瞬間に、ふと石畳上に座して戒壇の大御本尊を遥拝している浅井先生の姿が思い浮かんできたと。おそらくはこんな感じだと思う。

いずれにしても、つまりはいつものパターンであるところの、大聖人ないし日目上人の御姿と先生のお姿が重なるという話と、今回の話とではやや趣きが異なるものの、結局は同じようなものである。何しろ、尊いお姿なのだから・・・

さて、少し方向性を変えよう。

小沼男子部総務の下、必ずや全員で部を結成して頂いた有難さを色に顕わしてまいります。

 さればこの初陣、第五男子部一同は三月中の誓願達成を以て・・・

上が第二十五男子部長で、下が第五男子部長である。わたくしは個人名を極力書かないようにしているが、今回はあえて書くことにした。そのほうが事実関係をわかりやすく伝えることが出来るはずである。

ようするにこの小沼総務というのが前第五男子部長である。一月度の人事で第五男子部長が交代となった。ネット上では前任者の小沼氏の消息が取り沙汰された。拙ブログのコメント欄にも小沼氏が本部から消えたという意味の情報が寄せられた。

しかし、事実は上掲のごとくである。

つまり、小沼総務は第五・第二十五男子部を統括する、いわば男子部の大幹部なのである。ゆえに第二十五部長は小沼総務の下とハッキリと書き、現第五部長は小沼氏のことは云々しないものの、三月中の誓願達成をぶち上げるほどの意気軒高さを見せているのである。これらを統括するのが小沼氏なのだ。

以上、ガセ情報を書き込んだ人には、ぜひとも反省していただきたいものである。

と言いつつ、余計なことを書くと、上掲はあくまで一月末の段階の話である。ゆえにその後の消息はわからない。例えば女子部では総合女子部長が二箇部を兼任する異例の事態を迎えている。これに比して男子部はずいぶん余裕があるではないか、しかし、それは本当だろうか、というような疑問が残るのは事実だろう。この意味で行くと、いわゆるフェイドアウト戦術なのかもしれない。大幹部がいきなり居なくなると組織に影響が出る。ゆえに話し合いの結果としてそのような措置を取った可能性もある。

まあ、しかし、こういう憶測で物を書くのはよくないことだ。そこでまた少し話題を変えよう。第十八男子部長の記事には次のようなくだりがある。

 かつて妙信講解散処分の時「浅井は猊下に背く大謗法者」と目を瞋らし歯を剥いて罵った学会員・・・

この人はけっこう古い。ゆえに上掲のような経験を実際に味わっているのだろう。かく言うわたくしも経験者だ。

ところで、今の創価学会員たちが上掲にどのような感想を懐くのか、ひじょうに興味深いところである。浅井は猊下に背く大謗法者? だったら池田先生も大謗法者になっちゃうなあ、あれ、変だなあ?

もうかなりの時間が経過しているので、当時から創価学会員だったという人にしても、おそらくは記憶が薄まってしまって、さらにはいろいろな意味で上書きが行なわれてしまって、何だかわけがわからなくなっているに違いない。

しかし、話は簡単だ。

当時、すなわち昭和五十年前後にはまだ古参の創価学会員がたくさんいた。昭和二十年代ないし三十年代に入信した人たちがたくさんいたのである。また、その頃の文献も残っていた。会員たちが所持していたのである。そこには国立戒壇建立を高らかに謳う文章があった。

ゆえに妙信講員から国立戒壇のことを言われると反論できなくなるのである。

そこで唯一の反論が上掲だった。

猊下様が正本堂をお認めになられたのである。その猊下様の仰せに背くとは何事か。だから妙信講は破門になったのだ。破門された団体が何を言うか。うるさい。もう帰れ。二度と来るな。浅井は猊下様に背く大謗法者だ。オマエはその眷属なのだ。つまりはオマエも大謗法者なのだ。

今は当てずっぽうに書いたので正確ではないが、まあ、おおむねこんなようなことを言っていたのである。あるいは、血脈の切れた団体に功徳はない、などとも言っていた。そう、創価学会員が言っていたのである。今では信じられないような話だ。

目を瞋らし歯を剥いて・・・

再掲である。これはさすがに誇張表現かと思ったが、あるいはけっこう核心に迫っているのかもしれない。人が反論不能に陥った時の一つのリアクションとして、なるほど、彷彿としてくる話である。

いずれにしても昔話だ。当時の話をするにしても、今ならばもっと冷静にさまざまの角度から検証することが可能だろう。拙ブログがその一助となるならば、幸甚である。

2016/2/21

カツパツナモグラ  
勝氏の迅速なるレスポンスは、さながらモグラ叩きゲームの様相を呈している。わたくしが更新すると、間髪入れずに返してくる。ようは地上に顔を出すと、途端にボコンとボコンと頭を叩かれるのだ。

今日もまた、それを覚悟(?)して更新することにしよう。

4人の地方部長 抜擢

地方女子部長も5人抜擢

地方婦人部長も4人抜擢


一月度総幹部会では例年、大規模な人事が行なわれている。本年もまた、けっこうな大人事だった。それはある意味、必然なのだろう。本年の本格的な戦いに入る前に、布陣を敷き直す意味があるのだ。

しかし、じゃっかんの矛盾というか、問題が感じられるところでもある。

先手の折伏戦

顕正会経験者ならばよくご存知の言葉であろう。これは二月から始まる折伏法戦に先立って、ようは早めに折伏を進めてしまおうということなのだ。十二月からでもいいのだ。ようは十一月末で昨年の法戦は終了する。成果としてはそこで締め切られるわけだ。ゆえにそれ以降の折伏成果は、いわゆる本年の初陣戦に加算されることになる。だから締め切りが近くなって慌てるよりは、先手先手で折伏を進めたほうがいい。誰もが考えることである。

つまり、この意味で考えるならば、一月末の人事では遅いのである。十一月末の段階で布陣を整えておくのが理想である。

もっともわたくしが何を言ったところで余計なお世話であろう。本部首脳も、オマエに言われたくないよ、と思っているに違いない。それはそうだ。

さて、話を少し戻そう。

わたくしは近年のポスト乱発気味の人事について、大いに疑問に思っている。今回も次々に地方部長が抜擢され、部ないし隊・区などもたくさん新設されて一見するとひじょうに景気がいい。しかし、そこには欺瞞も見え隠れしているように思えるのである。

 女子部においては、このたび近畿・東海の女子部強化のため佐野直子総合女子部長が第十一女子部長および第二十三女子部長を兼任することになった。
 また新たに五人の地方女子部長が抜擢され・・・


これだけ読むと、新たに五つの部が新設されたかのようにも受け取れる。しかし、事実は違うのだ。

 ここに女子部は、全国三十六箇女子部、二百二十一箇区の陣容となった。

十一月末時点では第三十五女子部までしか存在していない。つまり、増えたのは一つだけに過ぎないのである。

先日、第五男子部長の人事をめぐって、未確認情報が飛び交ったことに言及した。現時点では、誰かが憶測を述べたことが勝手に独り歩きを始めた、と言っておくのが無難なところだろう。

同様の意味で、女子部のことも安易な即断は慎みたいが、しかし、わたくしの言いたいことはすでに明瞭のはずである。すなわち新設されたのは第三十六女子部だけであり、残りの人事はすべて交代劇なのである。ここでは総合女子部長の兼任を含めると七つの人事があって、ようはそのうちの六つが交代人事なのである。つまり、部長クラスの人間が六人交代した。そこで問題なのは前任者がどうなったかである。最悪の場合は退転したという可能性もあるわけで、もしそうだとすると深刻な事態である。

そもそも総合女子部長が地方部長を兼任することなど、かつては考えられなかったことではないかと思う。しかも二箇部である。もはや異例の事態であろう。もしこれが普通だと言いたいのであれば、男子部も同じようにすればいい。ようは城衛にやらせてみろということだ。まあ、やらないだろうが・・・

そして今から書くことは、おそらく少し古い会員ならば同感するはずだ。

今の部はかつての隊・区に相当すると。

およそ四半世紀前の記憶を書くが、当時は男子女子が同数の組織を有していた。たぶん支部制がまだ残っていて、その支部の数が二十有余だったのではないかと思う。以前はその支部単位で男子部は隊、女子部は区を構成していた。婦人部も同様である。

今はそれが一ケタ増えた。男子部は百二十六箇隊、女子部は二百二十一箇区、婦人部は百二十一箇支区。実に立派なものだ。しかし、組織の数は増えても実力は伴なっていない。教学力を含めれば、まるで話にならないレベルである。

ゆえに今の部はかつての隊ないし区に相当する。極端に言えば、そういうことになるだろう。

すると失礼ながら、今の隊長だとか区長はかつての支隊長や総班長レベル、そして支隊長や総班長は班長レベル、班長は組長レベル、ということになるかもしれない。もちろん、総支隊だとか総支区ないし支区、あるいは副役職などもあるので、簡単には比較できない。しかし、逆に最近の登壇記事を見ると、総支隊長などの肩書きがほとんど出てこない。なるほど、この辺にカラクリがあるのだろうと思われる。

さて、いつの間にか顕正会未経験者にはまるで雲をつかむような話になってしまったが、次はわりとわかりやすいはずである。

8、26、35、48、59、94、96、102、112、114、121、122、123、124、125、126。

顕正新聞1366号の第八面には登壇記事の二人の写真を除けば、他に五十六人の顔写真が掲載されている。五十六人? なんじゃそりゃ?

ようするに人事発表の続きである。一面には部長クラスの人事が掲載され、八面には隊長・区長・支区部長の人事が載っている。上掲は男子部隊長の人事であるが、ここでは便宜的に数字だけで表現させてもらった。

上掲は、8から114までが不揃いで、121以降が連番であることがわかるはずだ。つまり、前半が交代人事、後半が新人事ということなのである。

ざっと数えると、ようは新設された隊が六箇で、残りの十箇が既存の隊における交代劇なのである。

どうだ、わかりやすいだろう。

もちろん、繰り返し言うようだが、前任者のことはわからない。退転したのか、単なる降格か、あるいは他の事情によるのか、わたくしにはまったくわからない。ただ、ハッキリしていることは、新人事と交代人事をマゼコゼにすることで、いかにも組織が拡大しているように錯覚せしめる、悪く言えばそのような演出に余念がないということである。

以上、顕正会のこうした実態は、顕正新聞を漠然と眺めているだけでは気がつかないものの、ほんの少しだけ丁寧に読み込めば自ずと見えてくるものである。

2016/2/19

カツパツナロンギ  
引き続き一月度総幹部会の記事を見て行こう。まずは城衛だ。

・・・なかには全盲の人が介添えを伴って受験したり、百一歳の方の受験もありました。

教学試験についての報告である。全盲の人が受験したという話は以前にもあった。具体的にどうやるかはわからない。そしてもう一つの百一歳の受験者は確かに凄いことだ。もし可能ならば総幹部会で登壇するとインパクトがあるだろう。しかし、年齢が年齢だから決して無理をしてはいけない。

第八男子部長の活動報告では、創価学会の三世会員の発言が紹介されている。

今年は大きな出来事が起こって学会が分裂・崩壊するかもしれない。

ずいぶんイミシンな発言である。さて、いったい何が起こるのだろうか?

次に、昨年の一月に女子部の紹介で入会したという壮年が、登用試験を受験した旨の報告をしている。その中に気になる一節があったので紹介しておこう。

世間のような篩にかけるための試験ではなく・・・

いやいや、違うだろう。篩に掛けるという意味では、顕正会の教学試験のほうが、よほど当てはまる話だ。ようするに合格率の低さである。当該号には五級試験の合格者が掲載されているけれども、こんなに少ないのかと驚いたものである。この件は後日、詳しく書くつもりだ。

今回の拙ブログは話の内容を問わず、目についた記事を順番に紹介している。男子部第二十隊支隊副長の記事では、次のくだりが注目である。

いったい先生とはいかなる御方なのかと、低頭のほかはありませんでした。

ようするに日達上人に直接面談して論破したことを言っているわけだが、まあ、論破そのものはもうずっと以前から主張し続けていることなので、顕正会の主義主張ということでいいだろう。しかし、彼が細井日達と呼び捨てにすることは聞き捨てならない。猊下を呼び捨てにして、それに対比する形で「いったい先生とはいかなる御方なのか」などと言うに及んでは、オマエこそ、いったい何者なのだ、と言いたいところである。

一言で片付けるならば、ブンザイを弁えていない、ということである。ただし、これは彼に責任があるのではない。そのように仕向けているのは誰かという話なのだ。つまりは浅井先生ないし本部首脳の責任である。そろそろバカな教育はやめたまえと言っておこう。

婦人部横浜支区総班長は一昨年の一月に創価学会から入会してきた。おお、これはけっこうな出世頭ではないか、と思った。丸二年で総班長だからである。

 なかでも昭和四十七年九月、正本堂落成を眼前にしての法論は、先生お一人に対し学会側は三名、その後方には盗聴集団・・・

しかし、こういう人は顕正会の過去を知らないので、ある意味では虚飾の歴史を学ばされて鵜呑みにしてしまうという危険性がある。特に最近は、先生お一人、というフレーズが強調される傾向にあって、わたくしにはそれがやや疑問なのである。当時の浅井先生は妙信講の大幹部ではあったのだろうけれども、年齢的な意味でも先輩たちがたくさんいただろうし、また、男子部の精鋭部隊もいたわけである。そして当時の講頭はいわゆる顧問先生だった。顧問先生? たぶん彼女あたりはピンと来ないかもしれないが、今の顕正会でもそれなりに古い人たちには通じるはずである。つまり、創価学会の首脳や宗門の高僧たちと対峙していたのは、浅井先生一人ではなかった。そこには講頭先生もいらしたのである。

そうした事実をすべて消去してしまって、先生一人だけを強調することに、わたくしは作為的なものを感じずにはいられないのだ。今の顕正会の方針は浅井先生を独立教団の教祖に仕立て上げることなのだと・・・

先日、学会員を折伏した際に、本門の本尊、開して六義の人本尊を「御本仏日蓮大聖人」ではなく「池田大作」にしていると聞き、ただただ驚愕しました。

これはさすがにあり得ないと思うのだが、事実はどうなのだろうか?

少なくとも創価学会の公式見解としてはあり得ないだろう。こんなことをあからさまに言えば、宗門あたりから徹底的に破折されることになる。また、創価学会員たちにしても、ある程度の教学力があれば、こんな馬鹿な話が通用しないことは百も承知のはずである。

葬儀場社員も良相に感激し入信

婦人部中央支区総班副長の体験発表だ。父親の臨終ないし葬儀についての話題であるが、ご覧のごとく葬儀場の人が入信したという。入信者いわく、

「これまで色々な葬儀を担当してきたが、顕正会の葬儀は、いつも感激が満ちていて温かく、心打たれていました」

少し前にも同様の記事を紹介したと思うが、もしこれが事実ならば大変なことである。葬儀場の人が次々に入信するような現象が起これば、これはもうタダゴトではないだろう。今後、顕正会員が激増することになるかもしれない。

顕正新聞の傾向を見るに、最近は臨終の話題が多く感じられる。世の中の高齢化を反映して、顕正会にも高齢化の波が押し寄せているのだろう。そして顕正会で亡くなる人がその他に比して良相ばかりだとすれば、自ずと葬儀の専門家たちもその事実に気がつくことになる。そうした彼らが、亡くなった人の良相と顕正会の葬儀のあり方に感動して、次々に入信を願い出るような現象が全国的に起これば、もう広宣流布は確実である。

しかし、これはあくまで理屈の上の話である。さしあたっては、その手の人物が総幹部会で登壇することだろう。記事にウソがあるとは言わないが、現時点ではただ入信しただけの話なのである。入信しただけの話ならば、すでに百八十万人近くが入信しているからである。そして実態はご存知のごとくだ。

もう一人、男子部第八十二隊組長の記事を詳しく紹介するつもりだったが、くたびれたので簡単に触れて終わりにしたい。

 このたびの父の臨終を通し改めて、大聖人様、そして浅井先生の強きご一念により、父を成仏へと導いて頂けたこと・・・

これはこれは・・・

大聖人は当然のことだが、顕正会の場合、成仏するためには浅井先生の介在が必要のようである。なるほど、いったい先生とはいかなる御方なのかと、どうやらくだんの支隊副長が言っていることもツジツマが合っているようである。

2016/2/18

カツパツナギロン  
コメント欄では活発な議論が続いている。ただし、勝氏が複数のコメント欄にまたがって書いているので、ひじょうに読みづらくなっている。ゆえに以前にも提案したのだ、自分でサイトを立ち上げたらどうかと。

当時の勝氏は、わたくしが氏を追い出そうとしていると思っていたようであるが、上述の意味からして至極当然の提案をしたまでのことである。また、ご記憶の人も多いと思うが、その前後には沖浦氏の掲示板での顛末もあった。勝氏はいわゆるアク禁を食らって、その後、アク禁は解除されたものの、もう二度と沖浦氏の掲示板には行かなくなった。

それで結局は元のモクアミというか、拙ブログのコメント欄が主戦場のような形に落ち着いてしまったわけである。

まあ、それはそれで一向に構わない。

しかし、冒頭に記したように、閲覧者にとっては不便である。そしてまた勝氏自身にとっても、せっかく書いたものが次々に埋もれて行ってしまうという、勿体なさがある。

そういったデメリットを解消する意味では、沖浦氏が見本となるだろう。

氏は拙ブログに頻繁にコメントを寄せる。いわゆる功徳話に余念がない。しかし、それは決して書き捨てではないのだ。なぜならば、自身の掲示板にもまったく同じ文章を残しているからである。

以上、これで提案の趣旨ないし真意は十分に伝わったことと思う。

さて、第五男子部長の交代劇についてであるが、この情報の出所がセロリ氏のブログだとすれば、これはもう早合点もいいところだろう。
一月度総幹部会の人事で第五部長の交代が発表された。そこで前任者がどうなったか、今の顕正会はほとんど前任者の処遇については発表しないので、不明となってしまった。これがネット上でさまざまの憶測を呼んだ。
ところがである。総幹部会の翌々日には男子部班長会が行なわれており、くだんの人物がそこに居たことが判明したのだった。

ゆえに、もし彼が組織を離れたとすれば、この班長会以降の出来事となるわけだが、はたしてそれが事実かどうかはわからない。

拙ブログが大過なく続けて来られたのは、独白を看板に掲げているからである。未確認情報には容易に踊らされない。何だかわけのわからないコメントが寄せられても知らんふりをする。これが可能なのは、いわゆる独白ブログだからである。

よって、この件に関する前回の拙文を読み返しても、「わからない」という言葉を連発し、続報を待つと言うに止めている。別に難しいことをやっているわけではない。ある意味、常識的な思考に基づけば、それが当然の帰結なのである。事実、何も知らないのだから・・・

学会員を救う特集号V

さて、いよいよ顕正新聞第1366号の話題である。当該号には通番の横に太字で上掲のように書かれている。出た、得意の特集号である。

それにしてもVが不審である。すると、すでにUも存在することになるが、どうも記憶にないのだ。

「学会員を救う特集号U」発刊

ああ、そうだったのか、知らなかった。

学会員を救う特集号Vは、いわゆる一月度総幹部会の特集号である。わたくしの言う特集号は記事の内容からそのように言っているわけだが、顕正会で言っている特集号の意味は違う。ようは大量配布を目論んで、特別価格を設定している号のことである。浅井先生は昨年末の総幹部会で創価学会を徹底的に破折した。それが新年号に掲載されたわけだが、この新年号こそがいわゆるUなのである。

 ここに重ねてこの大謗法を責めるべく、本年の顕正新聞新年号を「学会員を救う特集号U」といたしました。新年号を特集号にしたのは、顕正会始まって以来のことです。

拙宅に郵送されてきた新年号には上掲のような印字はない。もしかしたら増刷分にはあるのかもしれない。

さて、話の流れから、このまま一月度総幹部会の会長講演を見ていこう。特集号のVという意味からすると、次の記述が注目だろうか?

 学会は必ず崩壊します。私は組織的レベルで言っているのではない。戒壇の大御本尊を否定して、保つ団体はあり得ないのです。だから学会はまもなく、必ず音を立てて崩壊する。

う〜ん、実に悩ましい文章だ。

正本堂は音を立てて崩壊した。これは事実だろう。解体工事には騒音・振動は付き物である。ゆえに物理的な意味で、言っていることに間違いはない。

しかし、上掲は意味不明である。まず、組織的レベルで言っているのではない、と。では、どういう意味なのか、それが問題である。そして、音を立てて崩壊する、と。これも建造物であればわかるのだが、それ以外の意味だとすると、何を言っているのかわからなくなる。もちろん抽象概念というようなニュアンスのことなのだろうとは想像できるものの、そこに具体性がなければ意味をなさない話である。つまり、現証ということだ。

いずれにしても創価学会の崩壊云々は今に始まったことではなく、先生がずっと前から言い続けていることなのだ。しかし、現実にはなかなか崩壊しない。

弘通も日本一
  教学も日本一


順番が逆で恐縮だが、これが当該講演の冒頭の話題である。本文は省略しよう。ようするに、折伏弘通で日本国を独走しているのが顕正会だと、これは十一月度総幹部会で言っていたことだと思うが、それに加えて今回は教学試験の受験者が約三万人だったことを挙げて、上掲のように言っているわけだ。

確かに受験者数を見ると凄いことだと思う。しかし、中身はどうかが問題である。ご存知のごとく、折伏においても数を追うあまりに、デタラメな折伏が横行しているという実態がある。同様の意味で、教学試験も受験者数という数ばかりにこだわって、中身が伴なわないという問題が生じているのだ。これについては別稿で書く予定である。

また、客観的な意味で、創価学会と比較したらどうかという問題がある。

彼らも教学試験をやるだろう。今は情報を得ずに当てずっぽうに書くわけだが、おそらくは数十万単位の受験者数を数えるのではないかと思う。また、折伏弘通においても、これはずいぶん前に何かで読んだことなので不確かな情報であることをお断りしておくが、確か年間二十万人くらいの入信者をコンスタントに獲得しているのではないかと思う。もちろん退会者も多いのだろうけれども、それはまた別の議論である。ともかく数字の上から言えば、どちらが日本一なのかは一目瞭然であろう。

 二月・三月・四月の法戦は、弘通誓願を二万二千といたします。

前回の折伏法戦では誓願の発表がなかった。その理由は不明であるが、今回はご覧のごとく発表している。そして続きの文章で、百八十万まであと二万九千有余であるとして、今回の戦いで限りなく百八十万に近づきたいと言っている。

この数日後には三者の班長会があって、すでにそれを報じる新聞が届いているので見てみると、ひじょうに興味深い。先生はハッパを掛けるだけなので、あまり無理なことを言っては申し訳ないという気持ちが、おそらく先生自身にあるのだろうと思われる。けれども大幹部たちはやる気満々なのである。先生は控えめに言って下さっているが、我々はそれに甘んじず百八十万をやってしまおう、というようなニュアンスのことを言っているのである。

しかし、すでに何度も指摘しているごとく、デタラメな折伏を繰り返して数字だけを追い求めてもムナシイだけである。この点の抜本的な是正がなされない限り、百八十万になろうが百九十万になろうが、そして二百万になろうが、大した意味はないだろう。

国難三年、世界は急激に乱調

世界大恐慌いよいよ始まる


この辺は一般人が読んでも理解できる内容であり、ある意味では浅井先生の得意分野でもあって、ひじょうに読み応えのある文章に仕上がっていると思う。

 まさに中東は核を使用する「世界の火薬庫」です。

北朝鮮もまた、危険きわまる世界の火薬庫であります。

まさに南シナ海も世界の火薬庫であります。


いつだったか、ウクライナ問題の時も当該地域を世界の火薬庫だと言っていた。ようは世界中が火薬庫みたいな話である。

ただし、先生の説明にはじゃっかんの欺瞞があって、前掲の「世界は急激に乱調」というのはいわば錯覚に過ぎない。毎年、何だかんだと、いろいろなことが起きるのである。それをどのようにピックアップするかで、見方ないし見え方が違ってくるというカラクリに過ぎないのだ。

 加えて今年は年初から、世界同時株安が始まった。これは世界恐慌の始まりであります。

これは確かに深刻な問題である。株価はこのところずっと不調なのだ。特に先週末あたりは日経平均で一万五千円を割る事態にまで陥った。昨夏の暴落以降、どうにか復調しつつあるかに思えたものが、このテイタラクである。しょせん凡夫には先が見えないということだ。

ちなみに、わたくしは経済オンチであり、もともとの不勉強も手伝って、経済の仕組みはほとんど理解できていない。ゆえに会長講演の経済事案のくだりも十分には理解できていない。

そうではあるものの、その結論部分には大いに惹かれた。

 この本質を仏法で見れば、所詮は強欲資本主義の成れの果て、餓鬼界の本末究竟等なのであります。

ようするに経済問題の本質は餓鬼界だと言っているわけだ。つまり、世の中が仏界化されれば、経済問題だけではなく、あらゆる問題が解決するのだと、言っているわけなのだろう。これに対しては櫻川氏などが異論を述べているわけだが、返って難解過ぎるキライがある。むしろ先生の言っていることのほうが、ひじょうに単純明快であって、わたくし的にはあまり問題を感じない。

今回の会長講演についてはこんなところであるが、オマケとしてもう一つだけ紹介しておこう。

 見てごらんなさい。どんなに慢心している者でも、世の中が暗くなり心細くなってくると、やたらに神社などに参詣するでしょう。

神田明神には証券マンや経営者が多く参拝するという。今年は三が日だけで三万人、四日の仕事始めには四千社の代表が参拝に来たらしい。

経営陣も心細くなってくると、仏・菩薩・神などに祈るようになる。邪教にすがるのです。

これは今に始まったことではないだろう。パソコンなどが並ぶ最先端のオフィスでも、案外に神棚を祀ってあったりするくらいなのだ。謗法に対する忌避感を抜きにしても、わたくしはビジュアル的にどうかと思うのだが、しかし、そのようなオフィスが案外に多く存在するのも事実である。

当然、それらは神道系であって、仏教系はあまり見ないように思う。その辺の理由についてはまた別の機会に考えることにしよう。

2016/2/16

ダセイデモカケル  
一週間ほどサボっていたが、その間にもコメント欄では活発な応酬が続けられていた模様である。その中に、いくつか注目すべき情報がある。

一つは第五男子部長の件だ。

今や、わたくしは組織を離れて十年以上が経過し、顕正会の内情にはすっかり疎くなってしまった。顕正新聞だけは読んでいるものの、さすがにそれだけではわからないことがたくさんある。たとえば幹部の人望みたいな話は、自分が組織の中にいて肌で感じる以外にはわからないことだ。ゆえに、その人の活躍の度合いは新聞に登場する頻度で何となくはわかるものの、さすがに実感は薄い。ましてや今の組織は複雑というか、ポストが乱立していてわけがわからないので、新聞を読んでいるだけでは把握できなくて当然なのだ。

ゆえに第五男子部長のことは、コメントが寄せられるまで、まったくわからなかった。どうやら前任者は相当に人望があったらしく、それゆえに衝撃的な出来事のようである。

もちろん具体的なことはわからない。

単に役職を降りただけなのか、退転したのか、あるいは宗門へ移籍したのか、まったく不明である。何か事故や病気などで任務を遂行できなくなったのでやむを得ず、ということかもしれないし、あるいはその他の理由かもしれない。ともかく詳しいことはわからない。

いずれにしても幹部として活躍していた人が急にいなくなれば、組織に動揺が走るだろう。しかもそれが物凄く人望のある人物であれば、なおさらのことである。

さて、上述の一件は続報を待つことにして、少し話を変えよう。

普段の私たちの振舞いを見れば常楽我浄の四徳を備えた金剛不壊の境界からは程遠いことが判るのではないでしょうか。

これは大沢氏のコメントから引用させていただいたものだが、なかなか難しい表現である。いや、もしかしたら法華講員たちにとってはわりと馴染みの表現なのかもしれない。

実は顕正会にしても創価学会にしても、本来は日蓮正宗の信徒団体だったわけだから、共通認識として上掲のような表現に馴染んでいなくてはいけないはずなのだ。しかし、いわゆる異流儀化が進んで、それぞれが独自の進化を遂げていくことにより、やがてはまるで話が通じなくなるかもしれない。今はその過渡期なのだろう。コメント欄では三者三様の立場から意見を言っているけれども、どこか少しずつ微妙なズレが感じられるのである。

もっとも大沢氏はともかくとして、勝氏や沖浦氏などは必ずしも所属団体の模範生とは言い難いので、拙ブログのコメント欄での議論が三団体の関係性を正確に反映しているとは言えないかもしれない。

いずれにしても各団体の指導者の色すなわちカラーが、各コメント投稿者の文章表現に色濃く反映されるのが普通だ。それを端的に言えば、創価学会チックの表現だとか顕正会チックの表現となるのだろう。今は宗門を標準として言っているわけだが、あるいは宗門チックないし法華講チックということも言えるかもしれない。公平な第三者の立場からすれば、そういうことになるのだろう。

私のレースは仏道修行。
不惜身命です。


この沖浦氏の発言はさすがに極論が過ぎるように思われるが、しかし、前後にたくさんの御書を引用して懇切に説明している姿勢は誰よりも立派であり、それなりの説得力も感じられるところだ。

実はここが創価学会と顕正会の決定的な違いなのかもしれないと思う。

御みやづかいを法華経とをぼしめせ。

これがいちばん単純明快な御指南である。「御みやづかい」の部分をレースに置き換えれば、そっくりそのまま当てはまってしまう。
当然、浅井先生だってこの御文を知らないわけがないし、事実、かつて当該御書の御書講義が行なわれたこともあるくらいである。
ところがである。実際の顕正会員たちの多くは、この御文に反するような行動を取ってしまっているのだ。

 浅井会長を無二の師匠と尊敬する会員幹部諸氏の多くは、日雇い・パート、派遣社員等の職で生計を立てている。

久しぶりに『迷走する顕正会を斬る』を引用した。もちろんこれには続きがある。上掲だけでは著者の真意を捻じ曲げて伝えることになるだろう。続きは以下のごとくである。

折伏の御奉公≠最優先するため残業はできないし、定職に就くこともままならない。毎日が、「命かけて」「死ぬ気で」の御奉公の戦場なのである。

少し補足が必要だろう。今や非正規雇用の問題が深刻化している。ようは顕正会員だけが日雇いやパート、あるいは派遣社員というわけではなく、日本全体の雇用環境がそのように変化しつつあるのが実態である。ゆえに顕正会は非正規労働者が多いからダメだという理屈は通らない。

当然、著者もそれを踏まえてのことだろう、さらに次のごとく文章を続けている。

 毎回の法戦の最終日には、早朝まで勧誘に時間を費やして会社に出社できずそのまま退職したり、上司や同僚への勧誘で職場に居づらくなって失職という例はいくらでもある。

これで話は見えただろう。顕正会と創価学会の決定的な違いは、まさにここにあるのだ。

会社員のことを企業戦士と表現することがある。戦士であれば、まさに命がけである。いみじくも沖浦氏が言うごとく、不惜身命ということだ。もちろん、そこにはブラック企業だとか過労死の問題が横たわっているわけだが、それはまた別の問題である。ようするに、企業側としては創価学会員と顕正会員のどちらを雇いたいかという話になった場合、上掲のことを勘案すれば自ずと答えが決まってくるのである。

以上、沖浦氏の言うレースが仏道修行だとか不惜身命だとかは、かなり突飛なことのように思えるものの、案外にまともなことを言っていることになるのだ。

一方の顕正会員たちの振る舞いを見るに、もし『迷走する顕正会を斬る』に載る事例が顕正会全体を反映しているとすれば、ダメだこりゃ、と言わざるを得ないだろう。

あえて過激に言わせてもらえば、顕正会は社会的不適合者を量産する団体、ということになりそうだ。

ヤレヤレ、である。

2016/2/9

ダセイデツヅケル  
沖浦氏との議論は適当なところで切り上げるのが得策である。しかし、せっかくなので、もう少しだけ書いておこうかと思う。

 御本尊に在御版とあるので勝手に複製をするなと言う意味である。

 概ねそういうご意見ですね。
 ですが、この場合、では書写や複製の資格を御書に基づいて明確にする責任が生じます。

 この点は日蓮正宗で証明した人がおられません。


やや思いつきながらも今回初めて気がついたことを書いておくと、他門では在御判のところに自署名を入れるような習慣があるけれども、これは不許複製の掟を守らんがためなのかもしれない。つまり、自分たちには本尊書写の権限がない、だから書写ではなくオリジナルの本尊を書くしかない、それがすなわち自署名の本尊の意味なのかもしれない、ということだ。

逆に、これはもうずいぶん前に書いたことだが、日蓮在御判などという表記は空文に過ぎない、しかし、唯授一人の相承者が書くことによって、そこに効力が生じるのであろう、ということを以前に書いた。

まあ、しかし、これでは沖浦氏を納得させることは出来ない。

血脈の次第 日蓮日興

御法主上人の権能ということを御書をもって証明せよ。これが沖浦氏の要求である。

わたくしはまず身延相承書を挙げたいと思う。当然、沖浦氏は言うだろう。それはダメであると。どうやら最近の沖浦氏はこれを偽書と見なしているようである。だったら御書全集から削除せよ、話はそれからだ、と言いたい。

勝氏による今朝のコメント群の中にも、顔は東を向き足は西を向いている、というような言葉があったけれども、まさに今の創価学会のテイタラクをよくあらわしていると思う。支離滅裂なのだ。

ようは教義の改変を行なうにしても、そのやり方が実に中途半端なのである。

以前、創価学会で御書の全面的な見直しをするような話があった。けれども、その後の進捗状況は不明である。

その理由はけっこう簡単な話で、ようは御書の真偽問題を追求しだすとキリがないのだ。たとえば創価学会で重用している御義口伝をどうするかとか、生死一大事血脈抄など最蓮房関連の御書をどうするかなど、まるで整理がつかないのである。それこそゲリマンダー的に選択すれば、嘲笑の的になるだけである。当然、日蓮正宗から痛烈に批判されるだろうし、顕正会からもされるし、あるいは他門からも鼻でせせら笑われることになるかもしれない。しょせん創価学会はその程度なのだと。

この際、提案しておこう。創価学会は宗門復帰を目指すべきであると。これがいちばん整合性が高いはずなのだ。まあ、しかし、たぶん無理だろう。無理を承知で、提案だけはさせていただく。

又此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり。

本因妙抄である。こういう御文を出すと、逆にせせら笑われることになるのかもしれないが、少なくとも日蓮正宗系においては必須の文証である。創価学会版の御書全集にも載っているはずだ。ゆえに文句があるならば、まずは全集から削除しなければいけない。

宗祖御遷化記録

ヤブカラボウに思われるかもしれないが、それはそのとおりである。たぶん、これはあまり言われていないことだと思うので、わたくしが何を言わんとしているのか、おそらくは誰も見当がつかないだろう。

日興遺誡置文

余計にわけがわからないだろう。

まず宗祖御遷化記録と二箇相承が矛盾するとの指摘がある。ようするに本弟子六人を定めることと唯授一人の血脈相承が矛盾するというのだ。

確かにそのとおりではあるのだが、わたくしは次のくだりに注目した。

一、御所持仏教の事
   御遺言に云はく・・・


煩瑣になるので省略したが、内容としてはいわゆる随身仏と注法華経の扱いについての遺言である。

なんと大聖人の遺言はそれだけなのだ。

あれ? もっとも大事な御本尊についての遺言はどうしたのだろう?

このように考えると、唯授一人の血脈相承の存在が俄然クローズアップされてくるのではないかと思う。

此の血脈並びに本尊の大事は・・・

なるほど、本尊書写の権能は日興上人のみに御譲りあそばされたがゆえに、本弟子六人を制定する文書には出てこないのだ。

同様の視点で御遺誡二十六箇条を拝すると、これも御本尊についてはまったく記されていないことに気がつくことになる。その理由は明々白々だ。以下、御遺誡の前後に付された御言葉の一端を示しておく。

後学の為に・・・

後代の学侶・・・


日興上人の御遺誡は主には大衆に向けて定められたものなのである。一般僧侶という意味だ。ゆえに唯授一人の権能であるところの本尊書写についてはまったく規定がないのである。

近年以来日興所立の義を盗み取り己が義と為す輩出来する由緒条々の事。

最後に富士一跡門徒存知事を拝しておこう。

上掲は現代的に言えば、さながら知的所有権の問題である。当時はそうした概念が希薄だったのだろう。ゆえにパクリが横行していた。

一、五人一同に云はく、本尊に於ては釈迦如来を崇め奉るべしとて既に立てたり・・・

 日興が云はく、聖人御立ての法門に於ては全く絵像木像を以て本尊と為さず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為すべし、即ち自筆の本尊是なり。


かくのごとく五老の多くは御本尊のことがわかっていなかった。まるでお話にならないレベルだ。こういう人たちにはパクられる心配はない。しかし、わかっていなくても真似事は出来る。それが最初のほうで触れた自著名の本尊だったり、あるいは次のような事例が相当するだろう。

一、御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽賎する由諸方に其の聞こえ有り・・・

細かい点だが、諸方に其の聞こえ有り、というのがイミシンである。日興上人はそうした情報を耳にされていたものの、直接的には目撃していないと考えられる。さすがに唯授一人の権能まします日興上人の前では、そうした大それたことは誰も出来なかったのだろう。

2016/2/8

ダセイデカイテル  
mr.x☆(元顕)氏が紹介してくれた元壮年部長の記事にはけっこう驚いた。わたくしの知らないことが記されていたからだ。

ところが平成14年、会員の葬儀に行って目の当たりにした導師本尊は、かつて私が見た導師本尊とは全く違い、会館や自宅に安置された本尊と全く同じ相貌の、第55世日布上人が書写された御本尊を複製した本尊だったのです。

そうだったのか、知らなかった。

幸か不幸か、わたくしが顕正会の葬儀を経験したのは一度だけである。それも二十年以上前のことだ。もちろん当時のわたくしは、今のほどの問題意識もなければ、さしたる教養もない、一介の末端会員に過ぎなかった。ゆえに御本尊の相貌についてもほとんど知識がなく、当時の顕正寺御住職が用意された御本尊についても、紙質の変色具合から、ずいぶん古そうだなあ、と思った程度のことである。かろうじて憶えているのは、妙縁寺云々との脇書きだった。

当然、御遺命守護の経緯は知っていたので、この御本尊も松本尊能化が浅井先生に託した御本尊の一つなのだろうと、漠然と思っていた。

その後、わたくしは組織を離れてしまったので、顕正会の葬儀に呼ばれる機会もなくなった。ネット上の情報によれば、顕正会が御本尊を勝手に複製しているであろうことが言われていたが、それはもっぱら日寛上人ないし日布上人の御本尊についてだった。ゆえに葬儀用の御本尊についてはまったく知らなかったのである。

さらに後年、是正協議会から質問書が出された。それに答えるつもりだったのか、浅井先生はある時の総幹部会で顕正会所有の御本尊について言及したことがあった。その時、ようやくにして日布上人の御形木導師本尊の存在を知ったわけだが、しかし、実物を見たわけではない。

ゆえに今回の元壮年部長の証言にはけっこう驚かされたわけである。

かくも大事の御本尊を、勝手に複製コピーして偽造・偽装する、などということは、堕地獄必定の恐るべき大謗法であります。

当然である。

ちなみに沖浦氏はこれに噛みついているが、さしあたって言えることは日蓮正宗ないし顕正会においては上掲の考え方で一致しているということである。ゆえに浅井先生も複製であるとは口が裂けても言わない、いや、言えないのである。あくまで妙縁寺所蔵の御本尊を譲り受けたのだと、この一点張りをするしかないのである。

なお、参考までに一沢入道女房御書の末文を紹介しておこう。

又日蓮が弟子となのるとも、日蓮が判を持たざらん者をば御用ひあるべからず。

これが御本尊の複製コピーと何の関係があるのかと思う人がいれば、その人は物の道理がわからないだけの話である。大聖人の御本尊には判形が認められている。ようは勝手に複製するな、不許複製ということなのである。たぶん法律的にはすでに著作権が切れていて、誰が複製しようが問題ないのだろうけれども、それは世法上の話である。仏法上は自ずと異なる。

当然、これ以降の話は日蓮正宗の内部規定と言われればそれまでなのかもしれないが、少なくとも顕正会はその内部規定に従ってきたわけである。ゆえに浅井先生としては、これ以上のことは何も言えないのだ。

今さら言えない、という意味もあるだろう。今までウソをついてきたことになるからだ。

「一生成仏こそ大事」の指導を支えに
 成仏だけを願い母を看取れた有難さ

母の良き臨終の相にただ感泣!


葬儀関連ということで、顕正新聞第1365号から婦人部蕨支区総班長の記事を紹介しよう。ともかく最近の顕正新聞は臨終の話題が必ず出てくる。顕正会員の高齢化を物語るものだろう。それと新規の入信者も若者よりも高齢の人のほうが多いようなので、なおさら臨終ないし葬儀の話題が増える道理である。

体重は二六キロと衰弱して・・・

これは凄いことだ。いわゆる臨終の相の一つとして、軽くなることが挙げられるけれども、甚だ失礼ながらもこれでは軽くて当然である。

それはともかく、わたくしが当該記事でもっとも注目したのは別の部分である。

 意義重大な最終法戦の最中ではありましたが・・・

 また最終日までの貴重な時間を安心して母に付き添うことができたことも、組織の温かな異体同心の支えがあればこそと、感謝の思いは言葉に尽くせません。


成果至上主義の顕正会にしては、ずいぶん寛容ではないかと思う。いや、違う。顕正会も捨てたもんじゃない、優先順位をちゃんと弁えている、ということなのだろう。しょせん最終日などは便宜的に定めたものであって、それが絶対的なものであるはずがない。そんなものに振り回されて近親者の大事な臨終を蔑ろにするようなことがあれば、それこそ本末転倒だろう。当然とは言え、そうした筋目をしっかりと弁えているところが素晴らしいと思った次第である。

隣の女子部76区班長の記事も八十二歳の組長の臨終について伝えているわけだが、登壇者の写真を見ると、三十代ないし四十代だろうか、そうした比較的に若い女子部員が高齢の部員を擁しているという図が、けっこう多くなったように思う。隣の記事は自分の母親だから当然のことをしているわけだが、こちらはもともと赤の他人である。それを親身になって看取るという行為は実に尊く素晴らしいことだ。

そういう記事にイチャモンをつけるのも心苦しいが、わたくしが注目したのは次のくだりである。

 あるとき携帯電話の料金が払えず困っていると、玄関先に置いた山菜や頂き物の里芋を見かけた近所の人が「どうしても譲ってほしい」と数万円で買ってくれるという不思議な功徳も頂き・・・

オイオイ、本当かよ、と言いたいところだ。

さすがにあり得ない話だと思う。しかも数万円という表記が疑問である。これが実話であれば、もっと具体的に三万円だとか四万円だとか書かれて当然のはずだ。いずれにしても山菜と里芋を万単位で買う人はなかなかいないだろう。

今日はこんなところだ。

2016/2/7

シブシブオウジル  
相変わらずのデタラメぶりである。

 大聖人仏法の基本を書いておきましょう。
 先ず、ご本仏とは一切衆生です。
 この点は、総別のたてわけはございません。


総別の二義を否定するとは驚きである。

沖浦氏がしばしば引用するところの船守抄には我等衆生が教主釈尊だと認められており、また、勝氏が懇切丁寧に引用している御義口伝の数々の御指南にも同様のことが説かれている。しかし、ここには自ずと総別の二義があることを知らなくてはいけない。

つまり、総じては一切衆生がそうなのであり、別しては日蓮大聖人御一人がそうなのである。沖浦氏はこの点をすっかり忘却しているらしい。

前にも言ったはずだ。まず、三徳者という考え方を知らなくてはいけない。三徳は申すまでもなく主師親の三徳だ。そしてこれは誰もがそれぞれのレベルにおいて自ずと持っている。いわゆるブンザイである。分際と書くとやや失礼なニュアンスが感じられるかもしれないが、大聖人がそのような御表現をあそばしているので、ご了解いただきたいと思う。ともかく徳というものはそれぞれのレベルで持っているものだ。

たとえば一家の主がわかりやすい。これはどれほど貧乏の家であっても、一家の主という概念は存在する。また、子供から見れば、親はそのままで師でもある。人生全般の、というよりも生活していく上での日常のさまざまのことを教わるのは、まずは親から教わるのが普通である。

つまり、○○家の主人は世間的にはどうであれ、その家の子女にとっては主師親の三徳を具備している存在なのである。

今、世間的にはどうであれ、と書いた。ようはそれぞれはちっぽけな存在であって、赤の他人からすれば主でも師でも親でもないのである。これが厳然たる事実というものだろう。

そうした中で、全人類にとっての三徳者は誰か、いや、全人類と書くと人間界に限定されてしまうのでまだ甘い、ようは一切衆生にとっての三徳者は誰か、という話をしているわけなのである。

以上、沖浦氏の言っていることがどれほどデタラメであるか、久しぶりに書かせてもらった次第である。

勝氏も勝氏だ。

日顕上人の発言を拾ってきて云々しているが、これはやや恣意的な引用の感じが拭えない。わたくしの読む限りでは、本尊抄の御文を念頭に置いて発言していらっしゃるのだろうことが明瞭なので、それほど違和感はない。強いて言えば、創価学会に対して過剰に反応していらっしゃるのだろうと思われるので、あるいは正直を旨とする上人のことだから、機会があれば行き過ぎがあったと反省の弁を述べられるかもしれない。やや気負い過ぎなのは事実であろう。

但仏界計り現じ難し、九界を具するを以て強ひて之を信じ、疑惑せしむること勿れ。

勝氏は沖浦氏に対し、百パーセント最初から仏だったら修行も何も必要ないじゃないか、という意味のことを書いているが、だったら日顕上人の御指南も善意に拝するべきだろう。

理性所具の一念三千、実相証得の一念三千

これも沖浦氏に対し、これまで繰り返し言ってきたことだ。ようするに理論上は百パーセント仏なのである。だが、しかし、実際はどうか、という話なのだ。理論上はそうでも現実的には違う。こんなことは誰だってわかることである。

以上、この線で日顕上人の御指南を拝するならば、何の不審もないことに気づくはずである。

なお、些末なことではあるものの、次のくだりがひじょうに気になった。

亦、「四条金吾殿御返事(梵音声御書)」に宣わく、

「此の法相宗は大乗なれども五性各別と申して仏教中のおほきなるわざはひと見えたり、なを外道の邪法にもすぎ悪法なり、月支 震旦 日本 三国共にゆるさず、終に日本国にして伝教大師の御手にかかりて此の邪法止め畢んぬ」

浄土宗と大聖人仏法の大きな違いの一つは、この部分にあります。


勝氏らしからぬ、トンチンカンさである。

誰もが思うだろう、あれ? 引用御書の冒頭には法相宗云々とあるのに、勝氏の説明ではヤブカラボウに浄土宗のことが出てくる、何じゃこりゃ? と。

あるいは五性各別に意味を見出しておられるのかもしれないが、しかし、文脈無視も甚だしいところだ。当該御文の前後をよく拝するべきである。

仏陀すでに仏法を王法に付し給ふ。

顕正会が国立戒壇に固執する理由の一つがこれであろうと思う。わたくしは国立戒壇の名称には固執しないが、考え方としてはほぼ一致しているつもりである。

しかればたとい聖人・賢人なる智者なれども、王にしたがはざれば仏法流布せず。


強大なる国家権力を前にしては、個人の力がいかに非力であるかを痛感させられるところで、佐渡御流罪の真っ只中にあらせられた大聖人の御心境がよくあらわれた御文と言えるかもしれない。

そしてこの御文の流れの中に、くだんの法相宗のことも出てくるのだ。

(法相宗は)大なるわざわひなれども太宗これを信仰し給ひしかば、誰の人かこれをそむきし。

以上、当該御文においては各宗の教義上の誤謬ないし問題点を破折あそばすというよりは、国家と仏法との関係性について重大なる示唆をあそばすものと拝するべきである。そして後年、三大秘法抄において王仏冥合を御指南あそばすに至って、国家と仏法の関係がどれだけ重大なことなのかに、我々はようやく気がつくことが出来るのだ。

う〜ん、しかし、不思議なものだ。

勝氏はこれを狙っていたのか? わたくしがこう書くであろうことを予想して、うまく誘導した、逆に言うと、うまく誘導に乗せられた、ということなのだろうか?

2016/2/5

シブシブナガラモ  
浅井先生のご構想なるものは、記念碑のことかもしれない。わたくしがわりと鮮明に憶えているのは、竜の口の記念碑建立である。これは何年前になるのだろうか? かれこれ二十年、いや、それ以上前のことかもしれない。将来、竜の口に記念碑を建立する旨、何かの折に言っていたはずである。

佐渡においても同様の構想があったのかもしれない。ゆえに、宗門に先を越されたことを恨みに思って、あのような悪態を吐いたのかもしれない。

しかし、そんなことを宗門と競い合ってどうするつもりなのかと思う。

さて、顕正新聞第1365号の話題に入ろう。一面の上段では登用試験の受験者数が過去最高だったことを報じ、下段では成人式のことが報じられている。

まず試験会場のことから・・・

・・・雪に見舞われた東北の会場でも冷房を入れたり、また冷房が効かず窓を開けた会場まであった。

凄い話だ。

次は成人式の様子だが・・・

 定刻を繰り上げた午後〇時五〇分、浅井理事長の唱導で勤行が開始された。

・・・かくて午後三時四〇分、成人式の一切は終了した。


長いよ。長過ぎる。

さらに、この後に記念写真の撮影が行なわれたというから、トータルの時間はベラボウである。その上、感激冷めやらぬ新成人はその後も時の経つのを忘れて語り合っていた、と報じているから、本人たちは長いと感じていないのだろう。

思えば、わたくしがまだ集会等に参加していた頃、拍手の長さに辟易して担当の幹部にその旨を告げたことがある。すると、その答えがこうだった。オマエは信心がないから長く感じるんだ。

なるほど、である。

もう二度と顕正会の集会には行けそうにない。今ならもっと長く感じるだろう。もはや耐えられない。想像するだけでも卒倒しそうになる。

浅井理事長の祝辞からいくつか拾ってみよう。

 先ほどからの熱烈なる登壇をお聞きして、言葉にならぬ大感激であります。

お聞きして・・・

これが印象的だった。理事長が新成人たちの登壇に対して敬意を払っている。この辺のニュアンスが微妙で、わたくし自身の言語感覚からしても判断に迷うところである。

 先生は、戒壇の大御本尊様への参詣を妨害されてより五十年――。

この数字がわからなかった。あたかも五十年間、御開扉を受けていないようにも聞こえる。しかし、それは事実誤認である。昭和四十五年にも御開扉を受けているからだ。ゆえに御開扉の意味であれば、四十数年のはずである。

もっとも大雑把な意味では四十数年も五十年も大差はない。

おそらくは試練と忍従の歴史の記述に拠ったのだろう。

 かくて昭和四十年より、妙信講の総本山御登山の道は全く塞がれた。しかし講中を代表して、年に一度は大聖人様に御挨拶申し上げねば申しわけない。これより、毎年十二月二十八日に、父と二人で奉安殿前の石畳に座し、戒壇の大御本尊を遥拝申し上げることが年中行事となり、今日まで続いているのである。

再び理事長の祝辞に戻ろう。次はやや問題である。

毎年、歳の暮れには一度も欠かすことなく、顕正会を代表して富士大石寺のそば近くまで詣でられ、寒風の中、大地に座して、顕正会の一年の前進を戒壇の大御本尊様にご奉告されております。

ちなみに、前号にも副総男子部長の言葉として、次のようなものが残っている。

・・・いまなお、毎年の暮れには大石寺近くに赴かれ、冷たく固い大地に座し遥拝申し上げられていること、熱涙を抑え難く、

ある人物の目撃談によれば、浅井先生一行は折りたたみイスを使って遥拝をしているらしいのだ。別にそれが悪いわけではない。ただし、もしそれが事実であれば、文章も変えなくてはいけない。上掲のような言い回しでは、明らかにニュアンスが違ってしまうからである。イスに座るのと大地に座するのとでは、まるで意味合いが違う。つまり、登壇者たちは話を美化し過ぎていることになるのだ。

そこまでして先生を偉く見せたいのだろうか? それってけっこうムナシイことではないのだろうか?

新成人の登壇にも問題発言がある。

私自身、日目上人のお姿と、日目上人の御跡を慕い戦われる浅井先生のお姿が重なり・・・

やはり出たか・・・

今シーズンはもう出ないと思っていたが、出てしまった。いわゆる目師再誕論的な発言である。

もちろん、本人にはそうした意図はないのだろうと思う。ただし、ここで考えておくべきことがある。広宣流布甚だ近しということであり、その時には日目上人がお出ましになるということである。もし彼が本気で広宣流布の近きことを確信し、かつまた目師の出現を確信しているのであれば、それは誰なのか、である。現状では浅井先生以上の存在はあり得ない。何しろ時の猊下すら眼中にないのだから、今の浅井先生を遥かに凌駕するような存在が出現するとは考えられない。すると、結局は消去法で浅井先生しかいない、日目上人の再誕は浅井先生以外には考えられない、ということにならざるを得ないのではないだろうか?

わたくしにはそうとしか考えられない。

ただし、広宣流布がまだ先のことだとすれば、話は違ってくる。不謹慎ながら先生の寿命にも自ずと限界があるわけで、もうそうなれば先生が目師の再誕だとする説は時間と共に自然消滅することになる。

その上で、先生と目師の姿が重なって見えることの意味を考えれば、まさに最後の最後まで戦い続ける姿勢、不撓不屈の精神こそがそれなのだろうということになる。まあ、これはこれで立派なことである。

 私は婦人部組長である母の縁で晴れて顕正会に入信して・・・

成人代表の共通項を挙げると、母親の縁で入信したことだろう。それも平会員ないし組長という役職的には低い人たちが彼らの母親なのである。

前にも書いたことだが、これは顕正会の潜在力を意味しているのだと思う。婦人部ないし女子部の、わりと地味な人たちの子女が今こうして成人年齢に達して、次代の顕正会を背負おうとしているのだ。地味な人たちと書いたのは、役職的な意味もそうだが、わたくしの立場で言えばまさに顕正新聞に載らないような人たちのことを意味するのである。つまり、顕正新聞を読んでいるだけではわからない、そういう底辺の人たちがどれほどの信心を保っているのか、これは完全に未知数なわけで、あるいは本部首脳にしてもよくわかっていないのかもしれないのだ。

そういうところから新しい人材が出てくる。次から次へと出てくる。

ただし、こうした新成人たちがいつまで頑張ってくれるかは、やはり未知数であり、きわめて不安定ということも事実である。

ネット上に元顕正会員を名乗っている人が何人いるか知らないが、彼らの経験談が物を言うのだ。二十歳をスタート地点として、いつまで頑張れたか、それぞれに聞いてみるがいい。平均すれば十年前後で失速することになるのではないか? 顕正会から完全に離れるのがいつになるかはそれぞれだが、あまりにも戦いが激し過ぎるので大抵が十年で限界を迎えることになる。その後は惰性でダラダラと続ける人もいるし、さっさと足を洗う人もいる。

そのダラダラと続けている人たちの子女が大化けして、次代の顕正会を担うのである。今の顕正会はこの繰り返しで少しずつ微増しているのかもしれない。しかし、このサイクルでは微増はしても激増はあり得ない。

ちなみに教学試験では受験者数を発表するものの、成人式では参加人数の詳細が不明である。たぶん毎年そうなのだろう。これが何を意味するのかは一考の余地があると思う。

少子化の影響は顕正会の成人式にも反映されるのかもしれない。

つまり、婦人部員ないし女子部員の子供たちも、少子化の波で年々少なくなっている。ゆえに、過去最高を至上とする顕正会にとっては、参加人数を発表することが憚られる。

しかし、これは考えが足りない。つまり、頭の悪い人の考えだ。

今、婦人部ないし女子部と書いたが、男子部も入れてよいだろう。ようは成人全般が対象となるのだ。それから少子化は事実であり、顕正会も例外ではないだろう。
ただし、顕正会は拡大路線を採っているのだ。つまり、新たな成人会員が続々と入ってくるのだ。その子女が新成人を迎えるとすれば、単純に少子化だけの問題として片付けるわけには行かない。
しかもである。顕正会は高校生以上に入信資格がある。ゆえに、くだんの子女たちは高校入学と同時に顕正会員となるケースが多い。となれば、おわかりだろう。そこで同級生たちを折伏して大量入信を実現すれば何の問題もないのである。

以上、少子化だろうが何だろうが、毎年の成人式で過去最高の結集を実現することは、いちおう理論上は可能なのである。けれども参加人数は公表していない。たぶん出来ない事情があるのだろう。

わたくしの思うに、やはり若い人たちが入信し難い時代状況になりつつあって、かつまた入信してもすぐにやめてしまうか、もしくはデタラメな折伏によって形だけ入信勤行を行ない、それっきり、というケースがたくさんあるのだろう。いわゆる二世会員の潜在力がどれくらいのものかは未知数であって、顕正会がこれからも伸びていくのを完全否定することは出来ないが、しかし、デタラメな折伏によって表面上の数だけを伸ばしてきたという側面は否定できないわけで、それが顕正会の崩壊につながりかねないという、潜在的危険性もまた事実であろうと思う。

しかし、面倒臭い文章だ。

2016/2/4

シブシブツヅケル  
顕正新聞第1364号は、まず一面で元旦勤行と四級・五級の教学試験の様子を伝えている。二面は浅井先生の元旦勤行・御挨拶。三面以降はいつものごとく各種の登壇記事が載せられている。

すでに指摘済みのことだが、浅井先生の本年の第一声には経済事案が含まれていない。天変地夭のことが少し、そして主には軍事問題に焦点が当てられている。
もちろん、それが不自然というわけではない。しかし、経済問題にも一言触れておくべきだった。そうすれば、ここ一ヶ月間の株価の低空飛行ぶりと見事に一致して、活動会員たちのモチベーション向上に役立っただろうと思う。
また、結果論ながら言えば、軍事事案においても北朝鮮への言及がない。これも浅井先生が凡夫であることの証拠である。

さて、各種登壇記事を見ていこう。

 我らが膨大な御書を拝読しても、その極理を得ることなど、到底なし得るものではありません。

城衛の発言である。わたくしもまったくそのとおりだと思う。ただし、この続きについては異論がある。

 そこに、お若きころより御書を拝しては六巻抄を拝し、六巻抄を拝しては御書を心肝に染め、まさに日寛上人の御指南を通して御書の極理を師伝せられた先生が・・・

これが事実ならば、我々にも同じことが可能のはずである。つまり、御書と日寛上人の御指南を併読すれば極理を会得できるわけなのだ。何も浅井先生だけが特別ではないことになるだろう。

ようは勉強する気があるかないか、ただそれだけの違いである。

ところがである。どこまで行っても浅井先生だけは特別な存在であると、こう言いたいらしいのである。次の副総合婦人部長の発言が象徴的だ。

・・・浅井先生を召し出だされた大聖人様の絶大威力に、低頭の他はありません。

彼女は大聖人に対して低頭の他はないと言っているので、いちおうは筋目を間違えていないことになる。しかし、大聖人が誰を召し出だしたのかと言えば、それが浅井先生なのだと言っているわけである。

別件ではあるが、婦人部下北支区総班長は次のごとく言っている。

世界中でただお一人・・・

もちろん浅井先生のことを言っているわけだ。やはり特別な存在らしい。

女子部総務も言っている。

・・・日寛上人の
 「後代の君子に贈る」
 と仰せの「君子」こそ、先生ただお一人であられることを、熱涙の中、深く思うばかりでありました。


男子部第十六隊長も同じことを言っているが、ここでは省略しよう。

そして話は変わるが、次に男子部第七十隊長の記事を紹介したい。まずは見出しからである。

何と卑怯・卑劣で無慚な男なのか
 塚原まで汚した阿部日顕に憤激


御隠尊猊下に対して何という言い草かと思う。次に本文を見てみよう。

 それにつけても、阿部日顕の所行はいったい何事でありましょうか。
・・・インチキな跡碑などを建てて大聖人様の忍難慈勝の霊地を汚すなどとは以てのほか。


ごく素朴な疑問なのであるが、跡碑が建立されたのは日顕上人が御隠尊となられた後のことではないかと思う。とすれば、建てたのは日顕上人ではなく日如上人である。それにもかかわらず上掲のように言うのはなぜなのだろうか?

・・・先生のご構想の妨害までするとは、なんと卑劣で無慚な男なのかと、

これもよくわからない文章である。先生の構想とは何なのか、文章の中にはそれらしい記述が見当たらない。

誑惑の正本堂と同様、この跡碑も諸天の鉄槌により、必ずや地上から消え去るものと確信するものであります。

挙句の果てにはこれである。

確かに正本堂はさまざまの問題が集約されたような意味があって、それが二十六年で崩壊したことには感慨深いものがある。いや、もちろん、所属団体によって感じ方が異なるだろうことは承知しているつもりであるが、少なくとも顕正会員たちにとっては感無量の出来事だった。

しかし、跡碑は関係ないだろう。これはもう、ほとんど八つ当たりみたいなものである。宗門のやることなすことが気に食わない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのパターンである。

最後にもう一つ、婦人部総務が安倍政権のことで次のように言っているのが興味深い。

・・・これほどのペテンがまかり通り支持率まで上がるとは、まさに魔の所行と思わずにいられず、

浅井先生の予言は当たらない。結果として、その大言壮語こそがペテンではないかと言いたくなるところだ。

それはともかく、創価学会の崩壊ということも言い続けてきたが当たらない、そして近年は安倍政権の崩壊近しを繰り返し言ってきたが当たらない。それでもなお上掲のような減らず口を叩く。

恨み節・・・

浅井先生ないし顕正会員たちの精神構造を一言で片付けてしまうならば、まさに恨み節ということなのかもしれない。

これで一国を救う? ちょっと無理なんじゃない?

とわたくしは思うのだが・・・


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