2016/8/31

イヤミなブロガー  
十五日にイヤミなブログと題して一文を草した。いちおうリンクを貼っておこう。

http://white.ap.teacup.com/ganko/2272.html

この中で、創価学会本部への参詣者が激減し、あたかも崩壊寸前であるかのように言っている男子部幹部がいたので、それは違うだろうと思ってわたくしなりの意見を書いた。この話はすでにその時点でほぼ決着がついてはいたのだが、今朝になってわたくしの意見を補強する材料が出てきた。次のリンクがそれである。

http://syousin2011.progoo.com/bbs/syousin2011_tree_p_15086.html

冒頭の一文だけ紹介しておこう。


広宣流布大聖堂落成記念の勤行会も、ひととおり全国を巡ったのだろうか、創価学会平成版登山会?日程表が配られてきた。

わたくしは半月前に見学会と書いた。それはいわば一般的な汎用性の高い表現として使ったわけだが、正式には上掲のごとく落成記念の勤行会ということである。顕正会員はこの事実を客観視しなければならない。創価学会がいかに巨大であるかをだ。何しろ落成記念の勤行会だけで三年間も掛かったのだ。それだけたくさんの会員がいるということである。ちなみに、よしりん氏は一回、氏の奥さんは二回参詣しているらしい。つまり、一人で複数回、参詣している人もいるので、この点は割り引いて考える必要があるわけだが、それでも創価学会の巨大さは変わらないだろう。顕正会員はこれを素直に認めないといけない。

それでいいのだ。その上で創価学会の間違いを指摘すればいい。

さて、話は変わって、七月度総幹部会の活動報告の続きを紹介しよう。昨日は宗門僧侶の無道心をあげつらう内容だった。そして今日は内容がガラリと変わる。

「国民怒りの声」の決起集会で特集号を
  小林節慶大名誉教授も読んでいた


女子部第百七十四区総班長の記事に付された見出しである。もうこれだけで話の内容はわかったようなものだろう。それにしても女子部員は度胸が据わっている。彼女は昨年八月の講演会で小林氏と知己を得たようである。しかし、小林節と言えば相当に著名であるからして、それこそ数百人単位か、あるいはそれ以上の講演会だったと考えられる。そんな中で聴衆の一人に過ぎない彼女が、どうして小林氏と邂逅することとなったのかは、次のくだりを読めばわかるだろう。

 その質疑応答の際に、私はただ浅井先生にお応えしたいとの思いだけで、小林教授の写真が掲載された平成二七年七月五日号の顕正新聞を掲げ、ヤジが飛び交うなか
 「憲法九条では国は救えない。日蓮大聖人の仏法を立てなければ国は救えない」と言い切りました。


う〜ん、実に度胸のあることだ。

 すると講演会終了後、小林教授が私のもとに駆け寄り
 「浅井先生から届く特集号を読んでいる」と話し始め・・・


なるほど、ここから彼らの交流が始まるわけだが、上掲は少しだけ不審がある。

まず、ごく単純に、小林氏が「浅井先生」と呼ぶのかが疑問である。常識的には「浅井会長」だろう。まあ、しかし、「先生」もわりと一般的であり、汎用性の高い表現なので、まったくあり得ない話ではない。未確認ながら、どこかの討論番組で小林氏が政治家の誰かに対して、○○先生と呼んでいたような記憶がある。ゆえに「浅井先生」もおかしくないのかもしれない。

しかし、上掲に対して不審を感じたのは、それだけではない。

重大講演を特集号として日本の中枢三万箇所へ送付・・・

同じ記事の中にご覧のようなくだりがある。そして上掲についてはわたくしも先刻承知のことである。いわゆる特集号は大量配布を目的に刷られているわけだが、浅井先生は活動会員たちに配らせるだけではなく、自らも三万通の送付を行なっているということなのだ。

では、その三万箇所の内訳はどうか、そこが一つの疑問である。

ご存知のごとく小林節氏は今夏の参院選で政党を立ち上げて自らも立候補した。残念な結果に終わったものの、それはまた別の議論である。ようは昨年の八月の時点では、まだ政治家でも何でもなかったのだ。その小林氏に特集号を送付していたのは本当だろうか?

国会議員、地方議員、そして首長。これらはわかりやすい。では、これ以外の人たちは、どのような基準で送付するのだろうか? そこが疑問なのだ。

まあ、これは浅井先生ないし本部首脳が答えない限り、もはやどうにもならないことなので、いちおう、わたくしの素朴な疑問ということで終わりにしたい。ともかくこの記事を読むと、小林氏はひじょうに好意的であり、顕正会に対して悪意のカケラも感じられないのである。毎度のごとく、登壇者が誇張して書いている可能性もあるが、しかし、よくよく考えれば当然のことなのかもしれない。

 私たちを見つけた小林教授は「あぁ、顕正会さん」とにこやかに声をかけてくれ・・・

決起集会の時のことである。もうおわかりだろう、小林氏は誰彼を問わず、にこやかに声を掛けるのだ。もちろん、それが貴重な一票につながるからである。

答えがわかってしまえば、何のことはない。

小林氏が顕正会に好意的だったのは、表現は悪いが、票欲しさのためだったのだ。これは何も小林氏だけが特殊なのではない。政治家は皆同じである。

ヤジが飛び交うなか・・・

再掲であるが、ともかく女子部は度胸が据わっている。なかなかマネの出来ることではない。ただし、きわめてKY的であることは否めないだろう。ヤジが飛ぶのは当然のことで、ようは目的外のことを言うから、それを咎めているだけの話なのだ。

極論すれば、男子部あたりが対象者を見つけるためにゲームセンターに行くのと一緒である。一見すると講演会のほうが高尚に感じられるけれども、しょせんは同じだろう。

2016/8/30

秋の入り口  
最近はアヤシゲなハンドルネームの人が複数いて、それに常連の人を加えれば、ぜんぶで十人前後の人がコメントを寄せていることになる。もう誰が誰だかわからないし、読むのも面倒なので、あまり真面目には読んでいない。その上でじゃっかんの感想を書くと、ある人は沖浦氏を批判しつつ、なおかつ宗門に対しても批判的なことを書いている。普通に想像すれば、創価学会系の人なのだろうと思う。もしそれが正解だとすると、実にわかりやすい人である。しかし、もし不正解であれば、いったいどういう立場の人なのか、まるで想像がつかない。まあ、一種の暇つぶしなのだろう。かく言うわたくしも、何か壮大な目的があってブログを書いているわけではないので、しょせんは似たり寄ったりなのかもしれない。

さて、拙ブログのコメント欄に見られる宗門批判は、創価学会系の謀略情報紙などに出ている話に似ているような気がする。失礼ながら、わたくしはもうそれだけでウンザリした気分になる。

宗門末寺住職の無道心 この眼で!
 「御生骨」を否定「国立戒壇」には謗言


一方の顕正会員による宗門批判はやや趣きが異なっており、わたくしの気分がどうであれ、真摯に受け止めないといけないだろう。上掲は七月度総幹部会での活動報告の見出しである。男子部第三隊の総支隊長補が登壇した。

ようするに、アヤシゲなハンドルネームの人が言っていることとは、その重みが違うのである。何しろ顕正新聞には実名と顔写真が出ている。当然、そこにウソがあれば大変なことになる。かつて妙観講のことで、デタラメなことを書いて裁判で負けたという事例もあるのだ。

 さて、先ほどの活動報告の中で、愛知県男子部の中西総支隊長補から発表がありましたが、宗門末寺住職の言動には驚きましたね。三重県の「普見寺」とかいう寺の住職で、七十歳代の僧侶だそうです。

これは申すまでもなく、会長講演である。最近はこの手の活動報告が多いし、浅井先生もこれを格好のネタにしている感じである。

当然、くだんの住職がこの記事を読めば、大いに反論があることだろう。まあ、しかし、わたくしの感覚からすると、住職自らが何かしらのリアクションを起こすことはないと思う。むしろ今は法華講員の中に、対顕正会のエキスパートみたいな人たちが存在するので、その人たちが動くのではないかと思う。問題は普見寺にそうした人材が育っているかどうかだろう。勝手な想像に過ぎないが、宗門全体では疲弊している末寺が相当数あるので、あるいはくだんの末寺もそうなのかもしれない。

 「俺に物を教えようなんて四〇年早い!」

さて、具体的に活動報告の内容を見ていくわけだが、まずはここが注目である。総支隊長補は見た感じでは三十前後だろうか? 住職は七十代だ。なるほど、ツジツマは合う。

確かにこれは住職に不利な発言である。議論を戦わせる上で年齢の長幼を云々するのはよくないことだ。いわば相手を頭ごなしに抑えつけるようなもので、早い話が議論に勝てないことを自ら白状しているようなものなのだ。

ただし、例外はある。

というか、この場合は少しニュアンスが違うわけで、上掲の一文だけで住職のイメージを思い浮かべるのは間違いである。では、どういったニュアンスなのか? あるいは、どこが間違いなのか? おそらくは次のくだりがヒントとなるだろう。

・・・細井日達の悪臨終については
 「オマエは見たのか。俺は日達上人の弟子だ。臨終にも立ち会ったのだ」
 と言ったので・・・


ここも一見すると住職の横柄な態度がよく出ている文章のように思えるが、それはいわば文上読みである。文底読みに徹するならば、真実が見えてくるはずだ。

日達上人の悪臨終などとは誰も言えないし、言ってはいけないことである。

なぜ言えないのか?

それはそうだろう。住職の言う通りなのだ。まさに、オマエは見たのか、なのだ。ましてや三十前後の若造がそれを言うのである。まだ、生まれてもいないか、もしくは赤ん坊の時の話だろう。それをわかったような口を利くのだから、七十代から見ればチャンチャラおかしな話である。

当然、御遺命守護の戦いも同様だろう。

今の顕正会員の大半がその時代をリアルタイムでは経験していないのだ。一方、くだんの住職はその年齢からして、いちおうはその時代を生きているのである。ゆえに三十の若造が知ったような口を利くのを見て、憤ったのだろう。

わたくしの着眼点は以上である。

他にも細かいやり取りがたくさんあるけれども、それは省略しよう。ともかく日達上人の臨終をあげつらうのはよくない。これはもうすべての人においてである。浅井先生もだ。それはそうだろう。浅井先生だって見たわけではないのだ。ゆえに顕正会は純粋に教義だけに絞って宗門批判をするべきである。詰まらぬ尾ひれをつけるから、おかしくなるのだ。

2016/8/27

夏の終わりのブログ  
わたくしへの辛辣なるコメントについては、それほど申し上げることはない。おっしゃっていることはよくわかるし、もし自分が相手の立場であれば、なるほど、同じようなことを書いているかもしれないと思う。つまり、そんなことは先刻承知ということだ。むしろ、わたくしの気がついていないことを書いてくれたほうがインパクトがあるし、面白い。今後もコメントを下さるのであれば、その方向性でお願いしたい。

拙ブログの存在意義がどれほどのものか知らないが、多少は顕正会に対して影響力を発揮しているのではないかと思う。なぜならば、時には本部職員を名乗るような人物から、あるいは部長ないし隊長・区長クラスから、コメントが寄せられるからだ。

今回は支隊長からの投稿である。埋もれさせてしまうのはモッタイナイので、全面的に紹介させていただく。

2016/8/23 11:59
投稿者:なまけもの支隊長
6000万人の地涌の菩薩の棟梁であられる先生のご内証とは、果たしていかなるお方か。
これが集会のテーマです、最近の。

そして、すばり日蓮大聖人ではないか。まさに現代の大聖人と仰ぎみるべきお方。

幹部の口コミで、繰返し語られてます。実際に。
聞いててうんざり。バカすぎて。

終わってるの?この団体?


顕正会をご存知でない人のために書いておくと、支隊長とは男子部の役職の一つである。平会員から数えると、四段階の昇進となる。まずは組長、それから班長、そして副長、その次にようやく支隊長となるのだ。ゆえになまけものとは謳っているものの、支隊長になること自体が大変なことなので、彼も相当に頑張ってきたわけだ。しかし、最近の顕正会には愛想をつかしているらしく、それがために活動にも消極的にならざるを得ない。よってナマケモノを自称しているわけなのだろう。

いわゆる内部の口コミ指導でどれほど過激なことが言われているのかは、実際にその場に立ち会わない限りはわからないことである。しかし、顕正新聞を読むだけでも、その片鱗は充分に窺える。

今日は第1385号からその証拠を収集しよう。

六千万の大聖人様の本眷属、地涌の菩薩を率いて御遺命成就に立たれる浅井先生の重きお立場を思うほどに、(総男子部長)

 大聖人様が御遺命成就への最後の戦いに召し出だされたお方は、孤高の激闘を重ねられた浅井先生ただお一人であります。(総合女子部長)

先生により始めて末法下種御本仏の三徳も、三大秘法も顕われること、先生とはいかなる御方かと(第二十四女子部長)

 そして正系門家が危急存亡の時には必ず英邁な御方が出現される、(男子部総務)

世界でただお一人、大聖人様と血の通われた仏弟子たる浅井先生だけが(男子部第二十隊支隊長)


いかがだろうか?

もちろん、なまけもの支隊長氏の証言とは、まだ相当の距離があるのかもしれない。それはそうだろう。もし顕正新聞紙上でハッキリと言ってしまえば、わたくしやその他もろもろの顕正会批判者たちから猛烈なツッコミが入ることになる。いや、違う。そうではなくて、内部からも激しいリアクションが起こる可能性があるのだ。すでになまけもの支隊長氏がそれを証明してくれているわけで、第一線の活動会員たちの間からも疑問の声が噴出することにもなりかねない。つまりは深刻なる内部崩壊が起きることにもなりかねないのだ。

わたくしに言わせれば、すでに上掲の大幹部たちの発言だけでも相当におかしいと思うのだが、さすがに熱心な活動会員たちの気持ちまではわからない。上掲を許容範囲と見るか逸脱と見るか、彼らがどちらのジャッジを下すかは何とも言えないところである。

今日はこれで終わりにしようかと思うが、いつものごとく、もう少しだけ書いておこう。

英邁なる御方・・・

男子部総務の発言は、引用部分だけでは判断がつかないけれども、浅井先生のことを言っているのである。しかし、わたくしの感覚からすると、上掲はもっぱら御法主上人に対して使う語彙のように思う。それを浅井先生に使ってしまっているのだ。

大聖人と血の通われた唯一の仏弟子たる浅井先生・・・

この登壇者は、自分を大聖人の弟子だと考えるのはオコガマシイことだと言いたいのだ。大聖人の弟子は浅井先生一人であり、我々は浅井先生の弟子なのだと。この点は謙虚な考え方だと、いちおうは言えるだろう。

しかし、それにしてもいかがなものかと思う。上掲の二文を勘案すると、浅井先生こそが唯授一人の血脈相承の継承者であると、言っているに等しい。我々はその直弟子なのだと。

逆に言えば、宗門の連中は大聖人とは無縁の赤の他人なのだと。

しかし、ここまで来ると謙虚とは言えないだろう。しょせんは自己正当化の論理を振り回しているだけなのだ。

2016/8/23

ホラ吹き体質  
顕正新聞第1384号は七月度総幹部会の記事が特集されているわけだが、そこには「広宣流布特集号3」との銘が打たれている。またしても国会議員など全国三万箇所に送付したものと思われる。一国諫暁の一環というか、序分のつもりなのだろう。そして会長講演の中では例の基礎教学書の広告について言及している。これまた一国諫暁の一環だ。

しかし、いかがなものかと思う。今回の会長講演の最大の問題点は次の一節だろう。

 さあ、六千万の死身弘法を成し遂げ、早く大聖人様の御馬前に馳せ参じたい。

特集号を配れば配るほど、浅井先生のホラ吹き体質が全日本人に知れ渡ることになる。いわば自爆発言を繰り返しているのが、浅井先生なのだ。

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/archive/2014/10/17

説明するのもバカバカしい。簡単に言うと、五十万の頃にも百万の頃にも、今が御馬前の戦いなのだと言っていたわけである。そして二百万達成ないし二千二十年代の戦いこそが御馬前の戦いであると言ったり、平成二十四年の年頭の辞ではいよいよ御馬前の戦いが始まると言っているのだ。

すると、どうなるのだろうか? 今回の浅井発言は活動会員たちにとっても絶望的なのではなかろうか?

 六千万こそ御本仏の本眷属、血の通った六万恒河沙の地涌の菩薩であります。

続きの文章であるが、言っていることはそれほど間違ってはいないと思う。ようは単なる理想論、未来の大理想である。もちろん理想は言ってもいい。しかし、浅井先生の場合は注意を要する。なぜならば言っていることがコロコロ変わっているからだ。

今まで五十万ないし百万で御馬前と言っていた人が、六千万で御馬前だと言うのである。これはもう大幅な後退である。活動会員たちもガッカリだろう。そして現実問題としては、ほぼ実現不可能と思える数字なのである。これで絶望的の意味がよくわかったのではないかと思う。

今後、加速度的に弘通が伸びていくと信じている人もマレにはいるかもしれないが、まあ、客観的には無理な話だろう。

そしてもう一つ、言っておかねばならないことがある。

本眷属、血の通った地涌の菩薩

前掲を要約して再掲したわけだが、ここにも大いなる欺瞞がある。すでにご存知の人が大半だろう、今現在、百八十万を標榜する顕正会の実数は、その十分の一に満たないのである。いわゆる入信報告書の枚数が百八十万枚を数えただけの話なのだ。

ならば六千万も同じだろう。六千万枚の報告書を集めて、いったい何になるのだろうか?

それで御本仏の本眷属? 血の通った地涌の菩薩?

これほどの欺瞞もあるまい。むしろかつての妙信講のように、少数精鋭を誇ったほうがカッコイイはずだ。

今回の会長講演はこれでオシマイと言ってもいいくらいである。こんなのを特集号として大量配布するのは自傷行為だろう。そこになぜ気がつかないのかと思う。たとえ本人が気がつかなかったとしても、周りが気がついてあげないといけない。

ヘリマネいよいよ実施か

ヘリマネとは


たぶん、こういう部分がウリなのだろう。経済オンチのわたくしには難しくてよくわからない話だが、このヘリコプターマネーは危険極まりないものであって、いずれは破綻するという。

日銀の破綻は近い

この小見出しの一段では次のように結論している。

 その時期を「二〇一七年五月」と言い切っている経済学者もおります。

ここはズルイと思った。ようはいつものように自分が断言してしまうと、またしても予言が外れたと揶揄されることになるので、いわば逃げ道を用意したわけである。しかし、来年の五月には日銀が破綻する? そこまで言い切る学者がいるとは、まさにノッピキならない状況なのだろう。わたくしにはまったく実感の持てない話だが、確かに政治家や識者たちが本特集号を読めば、それなりに感ずるものがあるのかもしれない。

そもそも本特集号では眼前に迫る国難として三つを挙げている。

巨大地震
国家破産
南シナ海の軍事衝突


前述のヘリマネはまさに国家破産の話だったが、その前後の話題も確かに深刻である。なるほど、浅井先生は浅井先生なりに国を憂い、それがゆえに政治家等に訴えたいことがあるわけだ。この点は評価に値するし、大いに共感を得るところかもしれない。

 きょうの未明、日本でも、テロではないが障害者施設で一九人殺害、二五人重軽傷という、残忍凶悪な事件が発生した。

最後に、この事件は記憶に新しいところであるが、浅井先生の言及を見て、なるほど、と思った。今回の会長講演は冒頭に記したように「御馬前」をキーワードにすれば、そこに浅井先生のホラ吹き体質がよくあらわれていることが誰の目にも明らかである。しかし、甚だ矛盾するようであるが、会長講演は毎回毎回よく練られていて、それなりにクオリティの高いものとなっている。その意味からすると、実は上掲の一行は前後の文脈からして、あまり整合性のあるものではないのだ。けれども、くだんの事件は過去に例を見ないほどの残忍凶悪な殺人事件だった。ゆえに先生も一言、付け加えたかったのだろう。

そうそう、忘れていた。

また近く実行するであろう台湾統一のためにも・・・

これはかなり前から言い続けていることだが、なかなか現実化しない。ゆえに一種のホラ吹きとなるだろうか?

わたくしの感覚からすると、こういう論評が出回っているうちは中国も動き難いはずだ。はたして浅井先生の発言がどれだけ国際的な影響力を持つものか知らないが、イヤミながらも先生がこのような発言を繰り返しているうちは大丈夫なのかもしれない。

2016/8/21

シニセのブログ  
顕正新聞第1383号の続きを見ていこう。

一八年間、引きこもりの生活でしたが・・・

詳細は省こう。婦人部筑波支区の総班長が活動報告の中で述べている。入信二年目の組長さんが十八年間の引きこもり生活から脱したというのだ。

まあ、これは程度の問題なのだろう。わたくしの思うに、もし完全な引きこもり状態を十八年も続けていたら、もはや社会復帰は不可能である。極端な話、何かのスポーツでトレーニングを真面目に十八年間続けてきた人とまったく何もしなかった人とでは、その身体能力に歴然たる差が出ているはずである。それはそうだろう。そこに差がないとしたら、いったいトレーニングとは何なのか、努力とは何なのか、ということになる。これは信仰の力を云々する以前の問題だ。

いや、もちろん、上掲をウソだと言いたいわけではない。先ほども書いたように、ようは程度の問題だろう。くだんの人物は引きこもりだったとしても、それはきわめて軽度のものだったと考えるのが妥当と思う。

学会・法華講で55年、地獄のような苦しみ
 入会ひと月、功徳をたくさん頂いた!


女子部第六区組長の登壇だ。彼女は七十五歳、創価学会・法華講歴を考えれば当然の年齢だ。

・・・一時しのぎで二十万円借り入れた所がとんでもないヤミ金で、脅されるまま返済した金額は二百万円にまでなっていました。

自慢じゃないが、わたくしはそうしたアヤシゲなところからお金を借りたことがない。ゆえにまったくの不案内ではあるものの、ネット上の動画サイトなどを閲覧しているとしばしば過払い金の返還がどうのこうのという広告を目にする。上掲の話などはまさに当てはまりそうだ。どう考えても法外な利子をボッタクられている。当てずっぽうに言っても、百万くらいは戻ってもおかしくないだろう。

入会三日後には、御本尊を返納しました。

何をやっておるものかと思う。

同じページには脊柱側弯症の体験発表が載っているが、これはケチのつけようがないと思った。母親は女子部第八十七区の区長であり、登壇者は同区の総班長。いわゆる法統相続の意味において理想的である。

もっとも記事にはならないだけで、現実にはこの逆のパターンもたくさんあるのだろう。ようは親が大幹部であっても、必ずしもその子供が真面目に信心しているとは限らないのだ。

白髪の中に黒髪が生えてきた不思議な現証・・・

そして同ページのもう一つの記事は、男子部第五十五隊の平会員が母親の臨終についてご覧のように語っている。どうも最近、この手の話が頻出しているように思うのだが、わたくしにはよくわからない話である。

そもそも疑って掛かれば、亡くなってから火葬するまでのわずかな期間、まあ、普通はほんの数日間だろうが、この短い日数で毛髪がどれだけ伸びるのだろうか、という疑問がある。つまり、白髪の人が自然に生え変わって黒髪になるには、おそらく数日間では無理であって、少なくとも数週間は必要のはずなのだ。最近は年配の人でもオシャレに気を使って、白髪を染める人がいる。この場合、いくらキレイに染めても、時間が経つと再び生え際から白髪が目立ち始める。どうだろう、普通は何日くらいでそれが気になり出すのだろうか?

ようはこの経験則を逆に当てはめてもいいわけだ。黒髪の人がワザと別の色に染めたとして、元の黒髪が目立ち始めるまでに何日を要するか、である。

ここで断定的なことを言うのは避けたいが、ともかく臨終から荼毘までのわずかの期間に誰もが認めるようなそうした著しい変化があったとすれば、それは凄いことだろう。ただし、拙いながらもわたくしの人生経験からして、常識的には考えられない。ようは疑わしいのである。

さて、次は副総男子部長の記事である。

・・・昭和三二年四月に御生骨を拝観され、広宣流布甚だ近しを大確信されてより六〇年目の四月、いよいよ広宣流布の最終局面を感じられ、日目上人御遷化の地・垂井において、これまでずっと秘めておられたかかる大事について、敢えて全顕正会にお伝え下された先生のお心。

最終局面・・・

これは少しめずらしいかもしれない。しばしば使われるのが最終段階だからである。いずれにしても近似の表現だ。

それはともかく上掲の問題点はそこではない。

これまでずっと秘めておられた・・・

これこそが大問題である。

御正骨の大事については過去にも言及しているのだ。もちろん、昨日今日入ってきた新米の顕正会員は知らなくて当然であるが、副総男子部長ほどの人物が知らないわけがない。彼の正確な入信時期はわからないものの、おそらくは平成の初期だろう。つまり、過去の浅井発言をリアルタイムで知っているはずなのだ。

だとすれば、上掲は大ウソであり、彼はウソつきということになる。

唯一、この批判から逃れる方法は、ウッカリ失念していた、と答えることである。しかし、いかにもバレバレであるし、もし本当に忘れていたとしたら顕正会員の愚民化を大幹部自らが体現しているということにもなるだろう。

最後に第十二婦人部長の登壇から、あえて意訳的に引用させていただく。

日霑上人の御姿と浅井先生のお姿が重なった・・・

これまでにも同じようなパターンが複数あった。大聖人と浅井先生が、日興上人と浅井先生が、日目上人と浅井先生が、それぞれ重なって見えるという話である。これらを総合的に判断すると、ようは浅井先生の賛嘆こそが眼目なのだと言えそうである。つまりは大聖人すらも浅井先生を讃嘆するための道具に過ぎないのだ。まあ、これはかなりイジワルな見方ではあるものの、しかし、そう言われても仕方がないくらいに先生を持ち上げ過ぎているという現実がある。この点、本部首脳はよく考えるべきだろう。

2016/8/18

レイムダックなブログ  
顕正新聞第1383号は筑波会館での会長講演を中心に組まれている。当該講演の注目点は日霑上人の御事蹟についてかなりの紙数を費やしていることだろう。およそ全体の半分である。

坊主の不信心

今の宗門 何たる堕落か


前後にご覧のような見出しがついている。ようは日霑上人の御振る舞いと比較して、今の宗門僧侶がどれだけ堕落しているかを言わんとしているわけである。これについては特にわたくしのほうから言うことはない。

今回の記事で新鮮だと思ったのは、日霑上人の御写真が掲載されていることである。初めて拝見したと思う。つまり、顕正新聞やかつての冨士、あるいはその他の書籍において、わたくしは上人の写真を見た記憶がないのである。これは浅井先生があえて秘蔵していて今回初めて掲載したのか、それとも顕正会のほうでも最近になってようやく入手したものなのか、その辺はよくわからないところだ。

あとは特に取り上げるべき必要もなさそうだが、あえて上げるとすると次が注目だろうか?

 そして今、この幕末の時よりも、もっと大規模な巨大地震の連発が始まり出した。

一種の予言である。先生自らが幕末にはわずか三年間に四回の巨大地震があったと言っているのである。すると現時点では、まだこの記録を超えていない。さて、この先どうなることだろうか?

二年後に一万人の「北関東大会」を

これも注目かもしれない。

 これまで地域大会はすべて三年前に決めておりました。しかし北関東大会は二年後にしたい。
 諸天の働きはまことに急テンポ。私は急いでいる。間に合わなかったら大聖人様に申しわけない。ただその思いだけであります。


間に合う間に合わないは、何を基準に言っているのだろうか?

そもそも二年後でなくても、極論すれば今すぐにでも一万人大会を実現できるはずなのだ。もちろん、応援部隊を呼べば、である。

ネット上の情報によれば、本年の九州大会にしても関東圏からの応援部隊が取り沙汰されているくらいなのである。これが事実ならば地域大会の地域とはいったい何なのかということになるが、ともかく北関東大会など朝飯前(?)だろう。顕正会員の密度が高いと考えられる南関東だとか新潟方面から応援を呼べば、一万人などあっと言う間に集められる。こんな単純なカラクリに気がつかない人はおるまい。

ただし、真面目な活動会員たちはそうは考えない。浅井先生から貴重な時間をいただいたと考えるのだ。この二年間で大成長を遂げよう。北関東の会員たちはそのための時間なのだと考えているはずである。

浅井先生は目標設定がうまい。よく言えばそうだが、悪く言えば、先生は会員を使役するのがうまい、ということになるだろう。

副総男子部長の登壇も注目だ。

安倍首相は史上最悪の宰相である・・・

歴史的評価はある程度の時間が必要である。ゆえに現時点でそのように言ってしまうのはフライングだとは思うが、ただし、わたくしの実感としては史上最悪は言い過ぎにしてもかなりの部分において彼の発言に賛成である。

というのは、安倍首相は支持率が高い、そこが不思議と言えば不思議なのである。普通はどんどんと支持率を落としていき、いわゆるレイムダックになるものだが、そうした兆しがまったく見えない、そこが逆にひじょうに危険なのである。つまり、今はまだカゼ程度の軽症なのかもしれないが、それすら自覚症状がなくて放置していて、いつの間にか重症化する。そうして命をも落としかねない事態に発展する。それが国家レベルで起きるとしたら大変なことである。

しかし、これは顕正会の組織にも通ずる話だろう。顕正会を一つの国家と見立て、その宰相を浅井昭衛だと解釈すると、まったく同じことが言えそうなのである。顕正会の中では絶対的な支持率を誇る。それが浅井首相である。ゆえに反対意見は通らない。浅井政権は盤石であり、超長期政権が続いている。御用新聞(顕正新聞)はもちろん浅井政権を賛嘆する。さて、この結末はいかに・・・

つまり、顕正会にもさまざまの問題があるが、それはまったく省みられずにただただ突き進んでいくのである。問題点には目をつぶり、猪突猛進する。その先に待っているのは破滅だろう。

同じく副総男子部長の発言では、次のくだりも注目である。

 巨大地震の連発で、人はいかに自然の脅威の前に無力であるかを痛感し、国家破産で財産など何の価値もなかったことに気づき・・・

これはこれは、凄いことを言うものだ。

文章の前半はまさにそのとおりであろう。大自然を前にすれば、一人の人間がどれほどチッポケな存在であるか、これは誰もが痛感することだろう。しかし、後半部分はいかがなものかと思う。

確かに前半も後半も同じベクトルで書かれているのだと思う。大自然と国家とではまるで次元が異なるものの、一人の人間がいかに無力であるかという意味においては、かなりの部分で共通する。しかし、それでもなお、後半部分はいかがなものかと思う。

というのは、このところコメント欄で櫻川氏の名前が取り沙汰されているけれども、彼の『迷走する顕正会を斬る』には次のような項目がある。

会員の生活破綻

過酷な経済負担


あるいは「マインドコントロールの効果」と題する一段では、次のように締め括っている。

 厳しいノルマが課せられる勧誘活動に没頭し、学生は学業を抛ち、主婦は家事を放棄し、社会人は職場を蔑ろにし、ついに生活崩壊に至る会員が後を絶たない。

どうだろう? こうして見ると、副総男子部長の言っていることが何となくイヤらしく思えてくるのはわたくしだけであろうか? 再掲しよう。

国家破産で財産など何の価値もなかったことに気づき・・・

ようは、せっせと貯金してもムダだと、そう言っているように聞こえるのだ。どうせ国家破産になればお金の価値は吹き飛んでしまうのだから、今のうちに顕正会の活動費に充てたほうが功徳にもなるし価値的である。広布御供養もしかり。惜しむことなく御供養申し上げよう。

しかし、櫻川氏によれば、結果として生活崩壊に至る会員が後を絶たないというのだ。

であるならば、副総男子部長の発言は問題だろう。この際、現実に国家破産が起こるか起こらないかは問題ではない。すでに生活崩壊に至ってしまった人たちにとっては、先のことなど関係ないのだ。極論すれば、目の前の一食にありつけるかどうか、それが重大問題なのである。

最後に、やや蛇足ながら『迷走する顕正会を斬る』のことで新たな視点を提示しておこう。

当該書籍は東日本大震災以前に書かれたということだ。この点を意識して読み直すと、少し違った印象を受けるかもしれない。

2016/8/16

散漫なブログ  
沖浦氏の主張はまるで進歩がない。前回のコメント欄においてもさりげなく摂受のことを云々しているが、何の証明にもなっていないことに気がつくべきである。なぜならば御書を引用していないからである。しょせん人間革命に何が書かれていようが、それはアンタたちの内部規定に過ぎない。いつも自分が言っていることだろう。それとも人間革命を現代の御書とでも言うのだろうか?

櫻川氏のブログが更新された。てっきり「崩壊は近い」のほうかと思ったら、「向上委員会」だった。この二つのサイトの使い分けには何か法則性があるのだろうか?

さらに話が飛んで恐縮だが、八月七日に法華講員たちによる大宮公園駅前街頭演説なるものが行なわれた。その様子は動画サイトで確認済みだが、わたくしが驚いたのは次のリンク先である。

http://kennsyoukai.info/forums/topic/%E5%A4%A7%E5%AE%AE%E5%85%AC%E5%9C%92%E9%A7%85%E5%89%8D%E8%A1%97%E9%A0%AD%E6%BC%94%E8%AA%AC/#post-4820

けっこう批判的なことを書いているので驚いた。具体的に一文だけ引用しておこう。

かつての勢いは失われ、この手のコンテンツも凋落の一途、今後も再燃はありえないでしょう。

ミミ氏の意見は傾聴に値するものの、必ずしも正鵠を射ているとは言えないと思う。ようするに動画そのものの影響力が問題なのではないのだ。そうではなくて、顕正会の本部の前まで行って、顕正会の最大の弱点を突いたという、その事実がベラボウに大きいのだ。

いや、もちろん、動画を公開する意味はよりいっそうの拡大・拡散を意図してのことである。その意味ではミミ氏の言うように、あまり成功しているようには思えないし、今後も期待は出来ないかもしれない。

そのことで、わたくしがあえて具体的に指摘するとしたら、モザイク処理がいただけない、ということになるだろう。

これが視聴者にとってはストレスなのである。モザイクばかりで何が何だかわからない映像を見せられても仕方がない。それこそ文字通りの見るに堪えない駄作ということになる。少なくとも長時間の視聴には向かない。

拙ブログでは樋田氏の法論映像について、過去に何度か感想を書いたことがある。彼の初期の法論映像は、彼はもちろんのこと対論者の映像もモザイクを掛けずにしっかりと見せていた。そこには沖浦氏の雄姿(?)もあったし、顕正会の支隊長との法論映像もすべてモザイク無しで出されていた。ところが後年、樋田氏に対して恐れをなしたものか法論そのものが実現し難くなってしまったし、マレに法論が実現したとしても対論者たちが顔出しを拒否する場合がほとんどとなってしまった。さらには音声まで加工するテイタラクである。

もうこうなると、視聴する側としてはまったく魅力を感じないわけだから、自ずと閲覧数も凋落の一途をたどることになるのが自然の成り行きである。

つまり、視聴者としては常に刺激を求めているわけだから、作り手側としてもどんどんとバージョンアップを図らないといけない。ごく単純に、初期の法論映像と比べてどうかと考えれば、最近のそれはぜんぜん刺激的ではないのだから、ハナッから見る気が起きないのも当然の話なのである。

ということで、ミミ氏の指摘するように映像コンテンツとしてはダメであるが、先ほども書いたように法華講員たちの行動そのものが貴重なのである。

実は昔話がある。

顕正会ではその昔、毎年のように渋谷公会堂で幹部大会を開いていた。今は記憶だけで書くので具体的な日付はわからない。昭和の終わり頃か平成の初期だろう。幹部大会当日、妙観講があらわれたのだ。大会終了後を狙ってビラ配りを始めたのである。実はそのビラをわたくしは受け取った。そして帰りの電車の中で読んだのだった。しかし、時のわたくしはウブだった。何かいけないものを見ているような気がして、あるいは謗法物のような感じがして、駅のゴミ箱に捨ててきてしまったのだ。

今だったら家に持ち帰っていただろう。

ゆえに内容的なものはすっかり忘れてしまったし、その後もそのことを引きずるようなことはなかった。ただし、おそらくは深層心理の中に、顕正会にもどこか後ろ暗いところがあるのかもしれないという思いが、漠然とは残っていたのだろう。

当時、インターネットなどなかった。後年、インターネットが普及し出した。そこでようやくわたくしも、顕正会側だけの一方的な言い分ではなく、相手の言い分も聞くことが出来るようになった。妙観講の言い分もだ。

そういうわけで当時と今とでは隔世の感がある。

確かにインターネットは玉石混交のところがあって、くだんの映像コンテンツそのものは必ずしも良質とは言えないだろう。しかし、それはさしたる問題ではないのだ。ようするに三十年前であれば一過性の問題で済まされていたものが、今は済まなくなっているのだ。ネット上で拡大・拡散される。すると末端の一会員であっても容易にその情報にたどり着くことが出来るのだ。もちろん、その情報の取捨選択は本人の責任で行なわれるべきことである。ゆえに、わたくしは一方的に顕正会をダメとも言わないし、宗門をダメとも言わない。ただ現状では、おそらくは顕正会側が劣勢だろうと思う。ネット上の情報を見れば見るほど、顕正会に未来はないと思わざるを得ないのだ。

繰り返しになるが、わたくしには三十年前の微かな問題意識が深層心理の中に残っていて、後年、ネットの普及に伴ってそれが再燃することとなった。今はそうしたタイムラグがなく、ネットを調べればすぐにわかることがたくさんある。

もし顕正会が裏表のない正々堂々の組織であれば、ネットなど恐れるに足らずなのだろうが、現実はかなり厳しいようである。


同日追記:誤字を訂正した。

2016/8/15

イヤミなブログ  
このところ所属不明というか、スタンスのよくわからない人たちが蟠踞している。沖浦氏批判に専念している人もいれば、もっぱら宗門批判に力を入れている人もいる。もちろん、常連の人たちもいる。多士済々と書けば格好いいけれども、単にコメント欄が無秩序化しているだけなのかもしれない。

そこでいつもわたくしは憎まれ口の叩くのである。アンタたちヒマだねえと。

何しろ当のわたくし自身は平均すると三日に一回くらいしか投稿しない。たまに数日にわたって連続で投稿することもあるけれども、それでも一日に一回しか投稿しない。この一日一回は拙ブログの伝統なのである。これによって文章のクオリティを高めているのだ。それはそうだろう。たくさん書けば雑になる。わたくしは削除しない主義なので、そうした雑な文章を残すことが恥ずかしいのである。

まあ、こういう憎まれ口を書けば、普通はコメント投稿者が一気に激減するものなのだが、なぜか拙ブログは特殊らしく、一向に減らない。喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら、複雑な心境である。

さて、いつものパターンに戻ろう。

いよいよ池田・創価学会が崩壊寸前であることを、実感・・・

顕正新聞第1382号に載る第二十一男子部長の活動報告には創価学会批判と宗門批判が書かれている。まず、宗門批判のほうから書くと、末寺の住職同士で連日パチンコに興じているとある。もしこれが事実であれば、確かに信徒たちはガッカリだろう。パチンコがいけないとは思わないが、住職たちが複数でパチンコをやっている図は異様である。もちろん袈裟衣を着けてパチンコをやっているわけではないのだろうけれども、それにしてもどうかと思う。また、問題はその頻度だろう。記事には連日と書かれている。極論すれば、住職たちは法事でもない限り、毎日がヒマである。ゆえに文字通り、連日のようにパチンコ屋に通っているのかもしれない。だとすれば、在家信徒にとっては甚だ迷惑な話である。ましてや日蓮正宗は他の宗派とは一線を画す立場にあるわけだから、なおさらのことである。

ただし、お気づきの人もいるかと思うが、こうした批判が正宗の僧侶たちを鍛えているのである。創価学会から、あるいは顕正会から、ありとあらゆる批判が浴びせられる。これほど多くの批判にさらされる人たちもめずらしいだろう。これが結果として日蓮正宗の僧侶たちを鍛えることになるのだ。

さて、記事に戻ろう。

これまで学会の行事がある日の食事時には、学会員が店に殺到してパニックになるほどであった・・・

顕正会員の一人が創価学会総本部の近くの居酒屋で働いているという。その人の目撃談である。

 ところが近ごろは学会員の客が激減し・・・

店の売り上げが以前の六割に落ち込んでしまったそうである。ゆえに店の従業員たちから、創価学会はもうダメだ、との声が出ているらしい。

ようするに創価学会本部への参詣者が激減しているという話である。

わたくしの思うに、これは事実誤認というか、事実に対する評価が間違っている、ということになるだろう。ようするに、店への来店者が激減したのは事実だろうし、そこから本部への参詣者が激減したと見るのも間違いではない。しかし、それで創価学会が崩壊寸前であると評価するのは、大間違いである。

2013年11月5日、大礼拝室において落慶入仏式が執り行われ、広宣流布の大願を誓う殿堂として「広宣流布大誓堂」と命名されました。

http://www.sokanet.jp/pr/sohonbu/facilities/daiseidou.html

ああ、なるほど、広宣流布大誓堂が建ってから、もうかれこれ三年近くが経過するわけだ。これが答えである。

一般的な言葉を使えば見学会とでも表現すべきだろうか?

見学会だけで丸二年以上も掛かったのだ。これが創価学会の実力である。

おそらく創価学会は地域密着型のシステムを構築しており、必ずしも本部詣でが義務付けられているわけではないのだろう。何しろ全国各地に立派な会館がある。そして各家庭にも御本尊が安置されている。ゆえに日常的には自宅で勤行をするわけだ。そして何かしらの集会があれば、それは最寄りの会館に行くことになるのだと思う。

そして今回、創価学会の本部が一新された。そこに広宣流布大誓堂なるものが建てられた。全国の会員たちが参詣したいという思いを懐くのは当然である。しかし、創価学会はベラボウな巨大組織である。もし自由参詣ということにしたら、おそらくはパニックになるだろう。

入館方法:入場券制(各組織にお問い合わせください)

ということで、創価学会には活動会員が何人いるのか知らないが、その人たちが満遍なく参詣するのに丸二年を要したと考えられるのだ。そして参詣者が一巡して、三年目の今はようやく落ち着いてきた。先ほど書いたように、本来は地域密着型の活動をしているわけだから、わざわざ二度も三度も本部参詣をする必要はない。これが事の真相だろう。

語弊を承知で書くわけだが、宗門においては総本山への参詣が半ば義務化されている。大聖人の御許へ詣でる。いわゆる御開扉がそれである。ゆえに本山参詣者の増減がそのまま宗門の消長をあらわしていることになる。

しかし、創価学会の場合は必ずしも本部参詣がそのバロメーターとはならないのだ。

下世話な話をすれば、遠隔地の会員が本部へ行くには数万ないし数十万の旅費が掛かる。たぶん合理的な考え方をするならば、本部には来なくてもいいからそのお金を供養として口座に振り込んでくれればいい、参詣は最寄りの会館で構わない、ということになるだろう。そうした合理性が創価学会の強みであり、現実の社会においても一定の影響力を持つゆえんだろうと思う。

以上、崩壊寸前どころか、まだまだ盤石であると見るのが、正しい評価だろう。

最後に余談を書くわけだが、個人経営の飲食店は他力本願的な意味がある。例えば大企業が経営する店舗の場合、立地条件ひとつ取ってもあらゆる調査の上で出店するわけだろう。そして採算が取れない場合、すぐにでも撤退する。しかし、小さな個人の飲食店は店を出すのも人生の一大決心であるし、店を畳むのもまた同様である。客が来ない。ここは場所が悪かった。さりとて簡単に移転できるものではない。そのような財力があれば、苦労はしないのである。つまり、一度店を開いたら、そこで骨を埋める覚悟が必要なのである。

他力本願の意味を説明しよう。

例えば近隣で大きな建築工事が行なわれたとしよう。するとその工事期間は職人さんたちが昼飯を食べに来てくれるのだ。あるいはその建物が会社だとか工場だとしよう。すると建物が完成してからも、社員だとか工員が来てくれるのである。こればかりは完全な他力本願である。

そうそう上述の話は全国平均の話だ。東京都心であれば、それこそ人口過密であるから、立地条件に不満はない。むしろ問題は店舗のほうも過密であって、ようは供給過多の場合が少なくないので、店舗間での競争が激化することになる。ゆえにくだんの居酒屋も、あるいは単にライバル店に客を奪われてしまっただけの話かもしれない。だとすれば、崩壊寸前なのは自分の店だというオチになる。そこに気がつかず、創価学会の崩壊を云々しているとしたら、これはこれでマヌケな話だろう。

2016/8/11

独立教団路線濃厚  
顕正新聞第1382号を見ていこう。

 これを拝読し「これで広宣流布は一気に加速する。未活動者もめざめ、自ら入信を願い出る人が相次ぐに違いない」と大確信いたしました。

婦人部総務の登壇であるが、事情を知らない人には何が何だかわからないだろう。次に総合女子部長の登壇を紹介する。

この先生のお筆を人々が目にするならば、基礎教学書の拝読と入信を願い出て止まぬものと確信いたします。

今、全国各地の一般新聞に基礎教学書の広告が掲載されているそうなのである。彼女たちの言っていることはそれである。その新聞広告を読めば、未活動者もめざめるし、自ら入信を願い出る人たちも出てくると。

この件は七月度総幹部会の会長講演において言及があるので、その時に再度取り上げるつもりである。いずれにしても過度の期待は禁物だろう。もちろん、ここでの期待とは彼女たちの期待のことである。今や顕正会の折伏そのものが行き詰まりを見せている。ゆえにその一つの突破口として、くだんの新聞広告に期待が寄せられているわけである。では、その効果はいかほどのものだろうかと考えるに、おそらくは思ったほどの効果はないだろう。

いや、違うかもしれない。わたくしの考えていることくらい、顕正会の上層部だって予想がつくはずである。つまり、大した効果はない。しかし、ゼロではない。そこがベラボウに大きいのだ。

詰まらぬ皮算用であるが、仮に百万人が広告を読んだとしよう。そのうちの一割が購入するとしたら、それだけで一気に十万部の売り上げである。今の時代、十万部も売れれば御の字である。いや、もちろん、一割は無理だろう。その十分の一かもしれないし、さらにそれよりも下の数字かもしれない。しかし、ゼロではないのだろう。そして基礎教学書購入者のうちの何人かは入信を願い出るかもしれない。

なぜならば過去にもそうした実績があるからである。

平成二年ないし三年には顕正会から一般書店向けの書籍が出された。また平成九年ないし十六年には一国諫暁の書が出された。おそらく比率としては微々たるものに過ぎないのだろうけれども、この時に自ら入信を願い出た人たちがそれなりに存在するのである。ゆえに今回も同様に、一定数のそうした人たちの出現が見込まれるわけである。当然、顕正会の上層部は過去の実績からある程度の数字は予想しているはずであるし、それが費用対効果としてどれほどの価値があるか知らないけれども、ともかく活動会員たちに夢と希望を与えるという副次的な意味においては計り知れない価値を持つのだろうと考えられる。今、副次的と書いたけれども、あるいはこちらのほうが真の目的なのかもしれないとすら思えるほどである。

さて、話は変わる。

 ただお一人、富士大石寺の命脈を守護される浅井先生・・・

同じく総合女子部長の発言であるが、これは過去の発言をじゃっかん修正したような意味があるのかもしれない。いや、申し訳ない。過去の発言については今詳しくは調べていないので、漠然とした印象で書いてしまっていることを予めお断りしておきたい。その上で言わせてもらうわけだが、なるほど、命脈を守護されるという表現は実にうまいと思う。ようするに自らが血脈相承を受けたとする誤解を払拭する表現なのである。守護はいわば守護付嘱のことであり、まさしく在家の本分に徹する意味があるのだ。

しかし、次の女子部第百九区班長の活動報告を読むと、わけがわからなくなる。彼女は母親と共に祖母を折伏するのだが、そのくだりが以下である。

 そのとき初めて、祖母が昭和六十年代に学会に入信し、阿部日顕書写の本尊を下附されていたことがわかりました。

察しのいい人ならば、いわゆる返納の話に至るだろうことをすでに想像しているはずである。続きの文章を紹介しよう。

 私たちは、不幸の原因は学会に籍を置く罰であること、「顕正会で正しい信心をしよう」と励ますと、祖母は「ずっと御本尊を返納したいと思っていた」と本音を吐露して来たのです。

祖母はおよそ三十年前に創価学会を通して日蓮正宗の信心を始めた。しかし、娘も孫もその事実を知らなかった。つまりは創価学会員としても正宗信徒としてもほとんど活動していなかったわけである。もし仮に創価学会との関係が続いていれば、とっくの昔に日顕上人の御本尊を処分していただろう。一方の正宗のほうは組織力に欠けるので、いわば置き去りにされてしまったわけなのだろう。よって御本尊を安置せず、いわゆるお巻きしたままの状態で三十年の歳月が経過したのだった。

・・・祖母を励ますと「しっかり御本尊を返納して入会したい」と入会の肚を固め、その週の日曜勤行において入会が叶い、同日、本部会館で御本尊の返納も叶いました。

話が回りくどくなって恐縮だが、いちおう結論が見えてきたかと思う。先ほどの総合女子部長の発言を今一度確認しておこう。

 ただお一人、富士大石寺の命脈を守護される浅井先生・・・

しかし、言っていることとやっていることとが違い過ぎないだろうか?

現状では、日達上人・日顕上人・日如上人という直近の三上人の御本尊を用いない、会員には返納させるのである。はたしてそれが富士大石寺の命脈を守護することになるのだろうか? しかも「ただお一人」で?

さらにわけがわからなくなる記事を紹介しよう。女子部第百三十六区長の体験発表だ。

大聖人様、日興上人、日目上人、歴代血脈付法の御正師の直線上に浅井先生がおられなければ・・・

ああ、やっぱりそうか、である。ようするに、直近の三上人は直線上に居られない、脱線してしまった、と言っているわけなのだろう。そして本線のレール上に居るのは浅井先生なのだと・・・

もはや先生自らが明言しなくても、幹部たちの発言を総合すれば相承を受けたのは自分なのだと、こう言っているに等しいのである。

2016/8/7

違和感の発生原因  
御書を拝読するには平成新編がよい。いわゆる御書全集は読み難い。いや、もちろん、御書全集は歴史的な意味でも価値のある書籍であり、おそらくは現宗門においてもその価値を否定することはないだろう。だが、しかし、いわば全集を踏まえた上で新たに刊行されたのが平成新編である。ゆえに平成新編はあらゆる意味で優れるのである。読み易さはすでに書いた。あとは系年の問題においても大きな前進が見られるわけで、おそらくは浅井先生も平成新編に準拠する形で系年を変更しているのだろうと思われる。

そしてわたくしは現在、次のサイトを活用させていただいている。

http://honshubou.main.jp/msc152u/msearch.cgi

平成新編を所持しつつ、当該サイトを活用することで、ずいぶんと助かっているのだ。

拙ブログでは顕正会用語について敏感に反応してきた。あまり一般的ではない言い回しだとか表記のことを、わたくしは顕正会用語と命名した。今はまったく整理していないが、いずれは顕正会用語辞典(?)を作ってもいいと思っている。その代表例を次に掲げよう。

始めて

これがわたくしには物凄く違和感のある表記だった。つまり、現代的な表記としては「初めて」のほうが普通なのである。ところが浅井先生を筆頭に顕正会の活動会員たちは、なぜか好んで「始めて」を多用するのである。
そしてその理由はほぼ間違いなく、御書の表記に準拠しているのだろうと考えられる。平成新編御書検索を使って調べれば一目瞭然だ。そこらじゅうに「始めて」が出てくるのである。
しかし、実は「初めて」も相当である。この場合の相当の意味は、大聖人は意外にも「初めて」をけっこう多用されているのである。「始めて」のほうが多いのは事実であるが、「初めて」も決して少ないわけではない。

以上のような理由から、わたくしは顕正会で「始めて」を多用することに異議を唱えたい。現代表記に齟齬を来すような語彙をわざわざ使うべきではない。

たぶん同様の意味が、「奉る」にはあるのだろう。「捨て奉る」について勝氏は「捨てる」と「奉る」の二語が不整合に感ずる旨を述べていたが、わたくし自身はそれについて特に見解を持たないけれども、強いて言えば「奉る」という語彙そのものが現代人にとってはかなり縁遠いものであって、それを多用すればするほど違和感が増幅されるのかもしれないと思う。

わたくしは勝氏のコメントを拝見した当初、不勉強にも御書の一文も思い浮かばなかった。その意味でマイケル氏の迅速なるレスポンスには驚嘆したわけだが、いずれにしても検索サイトを活用することでそれは解決することが出来た。しかし、問題はそこではない。ようするに先ほどの「始めて」と同じ問題が存するわけである。現代人が違和感を持つような表記・表現を多用することの是非が問題なのだ。

不勉強のわたくしは御書の一文も思い浮かばなかったと書いた。その時わたくしが思い浮かべていたのは御観念文だった。

祈念し奉る・・・

これは違和感を云々するような事案ではないだろう。無宗教者にとっては勤行そのものが違和感のはずである。つまりは一から十まで違和感なのだ。上掲の一語だけに敏感に反応する人はおるまい。

わたくしはこの延長線上の話として、僧侶が、特に宗門の高僧たちが何かしら儀式的な場面において「奉る」を多用する分には、違和感どころかむしろそれが相応しい文言のようにも感じられるのではないかと思う。

そこでいよいよ結論である。

浅井先生の表現は御僧侶方が宗教儀式の中で多用する表現なのである。現代においてはそれ以外の世間一般にはまず使われない表現なのだ。それを在家の浅井先生が使うから違和感が生じてくる。

まあ、イヤミながらも弁護をすれば、浅井先生は独立教団の教祖であるからして、その意味では相当なのかもしれない、ということになるだろう。

最後に検索サイトの話に戻って、わたくしは一時期、創価学会の公式サイトの中にある御書検索を使っていた。というのはなぜか平成新編御書検索がネット上から消滅してしまったのである。ひじょうに残念だった。それで暫定的にくだんの公式サイトを利用していた。失礼な言い方だが、創価学会が運営する公式サイトの御書検索は案外に信用できる。今もその評価は変わらない。最初にも書いたとおり、何だかんだ言っても御書全集の歴史的価値はベラボウに高いのだ。彼らは今もそのことに誇りを持っているし、何しろ人材が豊富である。ゆえに検索サイトの精度の高さも相当だろうと考えられるのだ。

いずれにしても平成新編御書検索が復活した。ゆえに今はこちらを活用させていただいている。さしたる不満はない。

ただし、どうせならば日蓮正宗の公式サイトでやるべきだろう。僭越ながらも、わたくしからの提案である。


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