2016/9/29

各氏のコメントを踏まえて  
沖浦氏に質問したい。

 パワーリフティングは復帰後の現在、日本記録を11個世界記録3個持っています。

実に立派なことであるが、その具体的中身を教えていただきたい。確か三種目しかないはずなのに、どうして十一個の記録を持っているのか、それが疑問である。

 アルペンスキーはその後の膝の障害で成績が出ていませんが、これも克服して必ず成績を出します。

順番が逆になって恐縮であるが、この膝の障害というのがひじょうに気になるところである。ごく単純に、膝がダメならパワーリフティングのほうにも影響が出そうなものだと思う。もちろん、まったく違う競技なので、膝の使い方が異なるのだろうけれども、それにしても世界記録を出すほどなのである。それでいてスキーのほうは成績が出せないというのは、合点の行かない話である。

つまり、上掲はテイのいい言い訳にしか思えない。これが第三者の偽らざる感想なのだ。

とは言え、沖浦氏の向上心は大いに称賛されるべきものだろう。何しろスキーにおいても名を馳せようと野心を燃やしているのだ。この貪欲さは見習うべきものがある。

さて、次はなまけもの支隊長氏のコメントである。

たとえ否定しようとも信じられなくとも、事実は事実であり、いづれ徐々に組織内に認識されるはず・・・

いわゆる小峰問題である。小峰氏がどうなってしまったのか、わたくしには皆目見当もつかないが、どうやら姿が見えないらしい。なまけもの氏の見立てでは、すでに小峰氏は組織を離れており、昌子さんとも離婚しているという。もしそれが事実ならば、結構な大事件だろう。

大幹部の失脚ないし離反はザラにある。
わたくしの個人的感想を交えて書くと、第三婦人部長の交代が衝撃的だった。しかし、組織の表面上はさしたる動揺・変化を見せなかった。あるいは副総合女子部長の解任も衝撃的だった。しかし、これまた組織的にはさしたる動揺も変化も見せなかった。
これは本部のほうで、あえて言及しないのだ。いわば黙殺というか、ヘタなことを言うと返ってヤブヘビになるから、その話題には触れないようにしているのだと思う。
そうして大幹部たちが次々に消えていく。こんなことを繰り返しているのが顕正会である。

今回もまた同じである。

ただし、小峰氏は並の幹部とは違う。いや、並の大幹部とは違う。つまり、顕正会の中枢にいたのである。ゆえに衝撃度はベラボウなものがあるはずだ。

言い様のない不信と不満を抱く・・・

まさに、なまけもの氏のおっしゃる通りだろう。並の大幹部の失脚とはわけが違うのだから、その衝撃度は桁違いである。組織内に不信と不満が渦巻くのは間違いないことである。

しかも男は城衛さん、女は昌子さんとなると、かなり露骨な浅井商会になってしまう・・・

ところがである。わたくしの思うに、なまけもの氏の視点には一つだけ欠落している点がある。

すなわち克衛の失脚劇についてだ。

上掲の浅井商会という意味においては、克衛失脚は当てはまらない。この点をどう説明するかである。確かに小峰氏は赤の他人である。しかし、克衛は違う。男系男子という考え方からすれば、浅井家の正統な跡継ぎのはずなのだ。

つまり、なまけもの氏の視点は克衛の問題を度外視した上で、現時点の状況だけを見ていることになる。それならば確かにおっしゃる通りである。小峰氏を排除した上で、城衛と昌子が前面に出てくれば、浅井商会色が強くなる。けれども、先ほども書いたように、これでは克衛のことが説明できない。克衛こそが本来の浅井商会の跡取りのはずだからである。

弟の城衛さんなどアウト.おぶ.眼中。

さらに細かいことを言えば、上掲が意味不明だった。一見すると、昌子が城衛を蹴落として実権を握ろうとしているとも読めるのだが、はたして本当だろうか?

わたくしにはまったく想像すら出来ない話である。

なまけもの氏だけに限ったことではないが、つまり、こういうところがまさに憶測なのである。必ずしも憶測がダメとは言わない。ただし、その場合は憶測であると断る必要があるだろうし、かつまた全体的な整合性が求められるところである。ようするに支離滅裂な場当たり的な憶測などはまるで価値がないのだ。投稿者にはぜひともその点をよくお考えいただきたいと思う。

さて、旧信徒を名乗る人物からもご投稿をたまわった。

この名乗りは悩ましい。元信徒と書けば今は信徒ではないのだろうと考えられるが、旧信徒の場合は普通に読めば古くからの信徒だという意味になるだろう。しかし、自ら旧信徒と名乗る人はめずらしい。

浅井さんはピンポイントで発言するから、外れたように思われるけど本当は当たりまくっているように思いますね。

なかなか巧妙な会通だ。確かに大聖人の仏法を立てなければ世の中はよくならない。ゆえに今のままでは国土の災難が増長していくのが道理である。しかし、そうは言ってもわたくしは浅井先生を擁護する気にはなれない。そのキーワードを二つ紹介しよう。

諸天の感応

あと○○年


上段は浅井先生の責任というよりはオベンチャラを言う幹部たちの責任かもしれない。ようするに浅井先生が何か重大なことを発言すると、それに諸天善神が感応するというのだ。だったら大地震だとか経済崩壊だとか、先生の発言に諸天が感応して直ちに地震を起こしたり経済崩壊させたりすればいいのに、現実にはそうならない。むしろわたくしには、浅井先生の増上慢を戒めるために諸天は動かないのだと、思えてしまうくらいである。

そして下段のほうは、大地震だとか経済崩壊とほぼ並列的に出てくる、いわばパターン化された浅井発言なのだ。今は当てずっぽうに書くが、大地震が早いか百万が早いか、みたいな感じである。そして百万まであと○○年というフレーズが、かつては繰り返し使われた。そのようにして活動会員たちを煽ってきた。

旧信徒氏のおっしゃる浅井先生のピンポイント発言とは、文脈的には大地震などの災難を意味するのだろう。そして大地震が今にも来るようなことを言えば、またしても予言が外れたと揶揄される。しかし、大筋で見れば悉く当たっている・当たりまくっている、というのが氏の会通なのだ。

まあ、確かにそれはその通りなのだが、しかし、シツコイようだがわたくしは肯ずることが出来ない。

浅井先生のピンポイント発言をわたくし流に解釈すれば、それは端的な物言いであり、単刀直入な物言いである。または断定的な物言い、確信に満ちた物言いである。
と同時に、一方では用心深い物言いも用意されている。例の「〜しつつある」がそれだ。
浅井先生の講演はその両者が混在した形ではあるものの、最後は確信に、いや大確信に、まさに大確信に満ち満ちた裂帛の師子吼で締め括られるのである。

活動会員たちはそれに煽動されて、結果として常軌を逸した行動に走る者も出てくるし、長い目で見れば人生を棒に振る人も少なくないのである。

つまり、浅井先生のピンポイント発言は、その発言の是非そのものにとどまらず、あの確信に満ちた物言いそのものが会員たちの人生を狂わせる元凶にもなっていると思われるのだ。

まあ、ここまで言うと完全否定に近いわけだが、これは致し方がないところだろう。なぜならば事実だからである。

2016/9/27

最終段階説の撤回を求む  
前回、憶測ではなく確実な情報を求むと書いたところ、誰も発言しなくなってしまった。つまり、誰一人として確実な情報を持ってはいないのだ。ゆえに今現在言えることは、小峰氏の姿が見えない、どうやら要職からも外されたようだ、いったい何かあったのだろうか? というくらいである。引き続き、情報をお持ちの人がいれば、ぜひともコメントをお願いしたい。

さて、今日は憲法問題特集号の続きを見ていこう。

 そして今、いよいよ広宣流布は最終段階に突入しつつある。

会長講演であるが、この言い回しはいわば浅井先生のクセなのだろう。〜しつつある、というフレーズをこれまで何度も繰り返し使っている。それにしても悪いクセである。悪癖だ。いや、クセとかそういう問題ではなく、顕正会の本質的問題と考えるべきかもしれない。

その理由は「最終段階」にある。

最終段階最終段階と、もう何年も前から繰り返し言っているが、さすがにおかしいだろう。しかも突入しつつあると言うのだ。あれ? もうすでに最終段階に突入しているのではなかったか? それともまだ最終段階の入り口だと言うのか? だとすれば、入り口のところで何年も滞っていることになるだろう。いわゆる、モタモタしている、という状態だ。

まあ、いろいろな解釈があるのは事実だ。

たとえば末法万年という単位からすれば、決しておかしくはないのかもしれない。一万年という大きな単位からすれば、最終段階が数十年単位で続いたとしても、それほど不自然ではないという解釈だ。
いちおう、上述のような顕正会擁護の論陣を張ることは可能なのだが、しかし、これは一つの条件が付く。すなわち広宣流布が事実の上であと数十年のうちに実現することである。もし実現しなかったとすれば、すべてがウソになる。何しろ浅井先生自身があと○○年ということを繰り返し言ってきたからである。
つまり、末法万年のスパンからすれば、数十年程度の誤差は許容されるわけで、顕正会の弘通は大幅に遅れてはいるものの、今後も弘通が伸びていずれは広宣流布の達成を見る。だとすれば、数十年の遅れは帳消しになるわけだ。

それにしてもである。突入しつつあるは違和感を拭えない。過去の発言をいろいろ精査すれば、おそらくは矛盾しているはずである。むしろ今は最終段階の真っ只中なのだと言うべきだった。

もちろん、それは浅井発言の整合性の上からである。

わたくしの考えからすると、まだ最終段階には突入していない。その入り口すら見えていないのだ。

わたくしの思うに、顕正会は今からでも軌道修正すべきだろう。すなわち最終段階説の撤回である。まあ、無理だろうが・・・

しかし、最終段階説を言い続ければ、いずれは破綻が必定となる。痛し痒しだ。

 このゆえにその後日本は、明治・大正・昭和のわずか三代、七七年で、敗戦国の憂き目を見たのです。

唐突な引用で恐縮であるが、再び会長講演を見ていこう。上掲はもう少し前の部分から読まないとわからない。ようするに明治時代は神道が事実上の国教だった。大聖人を無視して神道を重んじたことが亡国を招いた。わずか三代、七十七年で敗戦を迎えたという話である。

これはいわば完全なる仏法史観というか浅井史観であって、国家神道に対する批判はさまざまあるものの、それが亡国の根本原因だと主張する人はほとんどいない。

ちなみに、わたくしの記憶が確かならば、上掲は浅井説の中でもわりと新説に属するのではないかと思う。もしかしたら初出かもしれない。
というのは、以前の浅井先生は明治天皇を高く評価していたのだ。何かの折に、明治天皇は明治大帝と呼ばれていた、という話をしていたことがある。
たぶん、全体的な整合性は損なわれていないのだとは思うが、おそらく過去の発言と今回の発言とを比較すると、少しニュアンスが異なるのではないかと思う。

ともかく国家百年の計という言葉が示す通り、国家は百年単位で見なければいけない。その意味からすると、わずか七十七年で敗戦という視点はなかなか鋭いものがある。

今、奇しくも戦後七十有余年というところまで来た。はたしてこのまま安穏でいられるのかどうかは何とも言えないところであるが、浅井先生は断言するわけだ。今のままでは必ずダメになると。まさに次のくだりがそれである。

 私は安倍政権の憲法改変は、いかに前のめりになるともできないと思っております。
 なぜか。その前に破局が来る。化けの皮が剥がれてしまうからであります。


憲法改正云々はさておき、後半部分に注目していただきたい。わたくしの思うに、予言という意味では大ハズレである。何しろ浅井先生は安倍政権の早期崩壊を主張していた。政権発足当初から、すぐに潰れるくらいのことを何度も言っていた。しかし、案に相違して安倍政権はかなりの長期政権になってしまった。しかも自民党内では総裁の任期を延長するような議論も出ているくらいなのである。ゆえに先生の言っていることはハズレである。

しかし、先のことはわからない。安倍政権がどのような形で終焉を迎えるのか、誰にもわからない。ゆえに浅井先生の言っていることも、可能性はゼロではない

ただし、安倍政権がどうこうではないのだ。今の時代は平和裏のうちに政権交代が行なわれる。ゆえに安倍政権が終焉しても、それが日本の終焉ではないのだ。つまり、いずれは安倍政権も終わりが来るわけだが、それで話が終わるわけではないのだ。

浅井先生は誰が政権を担当しようが必ずイチャモンをつけるだろう。その繰り返しである。

結局、顕正会的に言えば、当面は二百万の達成を目指し、やがては六千万を達成しなければならない。これ以外に亡国を逃れる術はないわけなのだろう。だったら安倍政権がどうのこうのとか、自民党政権がどうのこうのと言っても始まらない。ただひたすら折伏弘通を進めていくしかないのだ。

ところがどっこい、顕正会の会員数はすでに欺瞞に満ち満ちているわけで、仮に六千万を達成したところで、その数字はまったく意味をなさない。

まったく困ったものである。

2016/9/22

顕正会情報の信憑性を問う  
ナリスマシ問題は解決である。わたくしは沖浦氏の名前を誰かが騙ったのではないかと思っていたわけだが、そうではなかった。あれは沖浦氏本人だった。普段、それなりに格調の高い文章を書いている人がかなり乱暴な物言いをしていたので、まさか本人だとは思わなかった。いわば旅先でハメを外した格好だ。旅の恥は掻き捨てとは言うものの、拙ブログのコメントは永遠に残ることを忘れてはならないだろう。

それはさておき、昨夜の沖浦氏の投稿に付されたリンクを開いて、少々驚いた。誰かが言っていたのと同様、わたくしもケガを心配した。たぶん強くなるためには極限まで追い込まなければいけないのだろうけれども、それにしても大ケガをすれば選手生命そのものが失われることにもなりかねない。そこがひじょうに心配である。もちろん沖浦氏だって、そんなことは百も承知の上なのだろうが・・・

さて、今度は逆に沖浦氏のほうから顕正会のことを心配する意味のコメントが寄せられた。確かにその通りであって、前回のコメント欄をつぶさに読むならば、誰もが同様の感想を懐くことだろう。ちょっと尋常ではないのだ。

大げさに言えば、末期症状であり、崩壊寸前なのかもしれない。

実は同時期にさまざまのことが重なって、それらを列挙すれば、直前において大げさとは断わったものの、決して大げさではないことがわかるのではないかと思う。

小峰氏問題

合併号

セロリ氏ブログ

樋田氏動画


小峰氏の問題は前回のコメント欄に詳しい。しかし、わたくしはそれが本当のことなのかどうか、未だに確信が持てずにいる。ようはガセネタではないかと。

およそ十年前には克衛が失脚した。言わずと知れた浅井先生の長男である。そして十年後の今日、小峰氏が失脚したとなると、もはやタダゴトではないだろう。法華の現罰かもしれない。
ご存知でない人のために書いておくと、小峰氏は浅井先生の娘婿なのだ。婦人部の大幹部である小峰副総合婦人部長は浅井先生の長女であるからして、つまりはその夫の小峰氏は浅井家の婿に当たるわけだ。
ゆえに彼は長いこと顕正会の中枢にいて、おそらくは実務面で力を発揮していたものと思われる。ようするに顕正会の首脳部の一人である。その彼がである。はたして本当に失脚したのだろうかと、わたくしは未だに信じられない気分なのだ。

合併号というのは顕正新聞の最新号のことである。

例年、年末は合併号になる。これはもう例年のことなので何の不思議もない。しかし、今の時期に合併号が出ることは異例である。これまたタダゴトではないだろう。現罰とかそういう問題ではないにしても、組織内で何かゴタゴタがあって新聞の発行が滞っていると思われても仕方がないところである。

そんな時、わたくしの目にセロリ氏の最新のブログが飛び込んできた。

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/14782848.html

慧妙は妙観講の機関紙のことだろう。そこに元顕正会員の記事が掲載されたのだそうだ。いわく、四五ヶ月の間に三十名の入信を叶えた、と。ようするに顕正会から宗門へ移籍した人たちが三十名を数えるという。一人をきっかけにして、いわば半年足らずの間に芋づる式に三十名が移籍したというのだ。

常識的に考えて、宗門へ行く人の多くは活動会員たちのはずである。いわゆる未活動の人たちは顕正会の活動そのものが面倒臭いから未活動なのだろう。ゆえにそういう人たちは宗門へ誘われても動かない。何だかわからないが面倒臭そう、と思うからである。むしろ熱心に活動していた人が、何かの拍子に顕正会に疑問を持つ。そしてそのタイミングで宗門へ誘われると、かなりの確率で移籍することになるはずだ。それが芋づる式の意味である。

そして樋田ビデオである。

元顕正会員の質問「宗門が「国立戒壇」を捨てたのが納得できない」

https://www.youtube.com/watch?v=vtJTiMeiQyg

これを見ると、もう顕正会には勝ち目がないな、と思う。もともと樋田氏と法論して勝てる顕正会員はほとんどいなかったわけだが、くだんの動画を見るとますますその思いを強くするものである。

その第一の理由は浅井先生の功績を認めていることなのだ。逆に言うと、宗門側にも問題があったとハッキリと認めちゃっている。これはもう勝てない道理だ。
一見すると、この説明では逆のように思えるかもしれない。浅井先生の功績を認め、宗門の非を認めている。だったら負けではないかと。
しかし、それは違うのだ。わたくしの見立てでは、樋田氏は余裕綽々なのである。肩の力が抜けている。ゆえに過去の出来事を客観視して、それを誤魔化さずに語ることが出来るのだ。

考えるべきはかれこれ半世紀も前の出来事なのである。

ゆえに顕正会員にしても法華講員にしても、今現場で活動している人の多くは当事者ではない。ゆえに本当ならば、当時のことをもっと冷静に見なければいけない。しかし、顕正会員にはそれが出来ない。浅井先生絶対の思考で凝り固まっているからだ。
一方の樋田氏は、必ずしも猊下絶対ではない。何しろ宗門側にも問題があったことを正直に認めちゃっているからである。そしてこれは樋田氏も言っていることだが、当事者だった日顕上人が反省の意味を仰せになっているのだ。
これはもう勝負あったである。宗門には余裕がある。肩の力が抜けている。一方の顕正会のほうは半世紀も経っていながら、未だにガチガチなのである。

それにしても樋田氏には恐れ入った。

広宣流布の時には大政奉還がなされる。

民主主義は絶対におかしい。


上掲はそっくりそのままではないが、おおむねこのような意味のことを言っているのである。個人的見解とは断っているものの、凄いことを言うものである。並の顕正会員には太刀打ちできない道理である。

以上、四項目について、あらまし述べた。これで冒頭に末期症状ないし崩壊寸前と書いた意味がよくわかったのではないかと思う。

今一度、繰り返そう。

内部においてはいわば身内でさえも粛清されるという凄まじい状況なのである。そこに追い打ちを掛けるがごとく、法華講員からの攻勢があって、事実として大量の移籍者が出ている。この二つのことが相乗効果というか、負のスパイラルとなって、ますます悪い方向へと進む。これが顕正会の現状と考えられるのだ。

ただし、これまた繰り返しになるが、わたくしは未だに小峰氏の処遇が信じられない。そんなバカなことがあるかと思う。

理由は簡単だ。

彼は顕正会の裏の裏を知り尽くしているのである。そういう人物を外に出すのは危険だろう。その意味では俗に言う飼殺しが相当である。

また、小峰夫妻の離婚を云々するコメントも寄せられているが、これも上述のとおりである。いわば戦略的な意味で離婚はあり得ない。事実、現在も副総合婦人部長は小峰姓のままである。

いかがだろうか、顕正会情報を寄せて下さった人たちには恐縮であるが、道理の指し示すところは上述のごとくであって、必ずしもくだんの情報が正しいとは言えないはずである。

以上、単なる憶測ではなく、確実な情報を寄せて下さるようにと、切に願うものである。

2016/9/17

ワダイサンマンブログ  
昨日から今日にかけての沖浦克治名義の投稿は、おそらくナリスマシによるものだろう。もし仮に本人だとすると、これほどの落胆はない。いったい今までの沖浦氏はどこへ行ってしまったのか、と思う。そしてこれがナリスマシによる投稿であれば、何をバカなことをやっておるものか、と言っておきたい。おそらくはイタズラのつもりなのだろうけれども、そんなことをして何になるのか、もっとやるべきことがあるんじゃないのか、と言わざるを得ないだろう。

まあ、言いたいことはたくさんあるものの、今の段階でどうこう言っても仕方がないので、この件はひとまず終わりにしたい。

「憲法問題特集号」

さて、今日はこれである。すなわち顕正新聞第1386号だ。

当該号は第二青年会館での会長講演がメインとなっており、上掲が示す通り、主には憲法問題を取り扱っている。この問題はいわゆる新見解ではなく、浅井先生の従来からの持論が展開されている。その意味では特に目新しいところはないのだが、しかし、いわゆる特集号としての価値ないし役割としてはひじょうに意味のあるものだと考えられる。

その前に少し余談を・・・

発行人 小沼貴寛
編集人 石坂繭子


余談は失礼だったかもしれない。ひじょうに重要な情報だ。

長いこと編集兼発行人だった小峰氏の存在がここに完全消滅してしまった。いや、誤解してもらっては困る。先日、小峰氏が粛清(?)ないし粛正(?)された旨のコメントが寄せられたけれども、その真偽のほどは不明である。もしかしたら今も本部に居座っているのかもしれないし、その辺の事情はわたくしにはまったくわからない。ただ、客観的な事実として言えることは、顕正新聞の編集人からも発行人からも外された、ということである。

ちなみに石坂氏は女子部の大幹部の一人であり、これまで顕正新聞の編集次長という肩書を持っていた。すると今回、わざわざ紙面では報道していないけれども、編集長に昇格したのかもしれない。まさか編集人と編集長は別みたいな、そういう面倒臭い話はないだろうと思う。

さらに余談を続けると、普通は編集人・発行人の順番ではないかと思う。事実、これまでは何代にもわたって編集兼発行人という形を取ってきた。顕正新聞のみならず、かつての冨士も同様だったのだ。つまり、その順番に従えば、今回は従来の慣例を打ち破って編集人と発行人が別人となったわけだが、順番としては石坂氏を上段に書くべきではなかったかと思う。

ここでさらにイヤラシイことを書くと、おそらくは小沼氏のほうがポストが上なのだろう。顕正会の組織上においてもそうだし、それがそのまま顕正新聞社のポストにおいても反映されているのだと考えられる。

明治憲法は国家神道を本として敗戦招く
日本国憲法は米国依存で生存の属国憲法
 早く日蓮大聖人の仏法に基づく新憲法を


いよいよ会長講演に入るが、この一面の大見出しだけで話はわかったようなものだ。講演は二面から四面にかけて掲載されている。すると憲法問題特集号と謳っているくらいだから、憲法の話がギッシリと詰まっているのかと思われるが、事実はそうではない。どうだろう、分量としては全体の三分の一くらいであり、その意味では前置きがひじょうに長い講演なのだ。

もちろん、その前置きにも意味がある。浅井先生の講演はよく練られていて、メインテーマに入るまでに、さまざまの伏線が用意されているのだ。

 このとき私は一四歳でした。記憶に残っているのは、毎晩のような空襲でしたね。

以下、自身の戦争体験が綴られていくわけだが、ここはいわば郷愁をそそる部分である。わたくしは浅井先生よりかなり若い世代で、いわゆる戦争を知らない子供たちである。ゆえに郷愁というのは正確な表現ではないのかもしれないが、一種の既視感のようなものが手伝って、なぜか先生の戦争体験に惹き込まれていくのである。

 私の家は、東京都文京区音羽の講談社ビルの前にあった。この大空襲のとき、周囲に迫る大火災を見て、当然ここも焼けると覚悟しておりました。

わたくしは都民ではないけれども、音羽とか講談社だとか聞けば、わりと親近感を覚える。今も首都高速の五号線だろうか、何かの折に通ることがあって、そのたびに講談社のあのモダンな建物を眺めるのである。あるいはこの辺にも既視感だとか郷愁を感じる理由があるのかもしれない。

ちなみに、この話は過去にも何度か聞いている。それほど頻度は多くない。記憶が確かならば、わたくしがこの話を最初に聞いたのは、御書講義の時だっただろう。テキストは王舎城事だ。御書に詳しい人ならば、すぐに思い浮かぶだろう。浅井先生が空襲体験を語るには都合のよい内容なのである。

ともかく浅井先生の家は類焼を免れた。鳩山御殿は焼けちゃったけど自分の家は助かったと。このくだりはいつも冗談めかして話をする。今回もそうだ。

・・・チャチな家が焼けなかった(笑)。

この部分は浅井先生の謙遜なのか、あるいはわりと客観的な描写なのか、わたくしにはわからない。何しろ音羽時代のことはまったく知らないからだ。

今の感覚で言えば、音羽は東京の中でも一等地である。ゆえにそこに住んでいるだけでも、すでにお金持ちのイメージがある。しかし、逆に言うと、大金持ちがたくさんいるので、普通レベルのお金持ちは、お金持ちの自覚がないのかもしれない。ヘタすると、ウチは貧乏だ、くらいに思ってしまうのかもしれない。

ああ、何だか今日は冗長だ。話を急ごう。

 私は敗戦以来今日までの数十年は、この大闘諍が起こるまでの踊り場であると思っております。

拙ブログの慣習として引用文は太字にすることにしているが、原文では踊り場の部分がすでにして太字となっている。何を強調したいのだろう、ともかく、これはめずらしい表現だ。

ゆえに昭和二〇年を「広宣流布の遠序」と、言い続けて来たのであります。

確かに広宣流布の遠序は前々から言っていたことだ。しかし、これはひじょうに難しい見解である。

・・・平成一六年の諫暁書のときは、顕正会の叫びを何とかして封じ込めようとの魔の力が強くて、すべての新聞社が拒絶した。

どんどん話を進めて恐縮だが、これは今回の新聞広告との比較を言っているわけだ。それにしても続きの文章が悩ましい。

恐らくこの裏には学会、そして電通の動きがあったと思われる。

電通?

まったく意味不明である。電通が広告を取り仕切っているのはその通りだとしても、電通がどのような理由から顕正会の広告を拒絶したのかがハッキリしない。しかもそれを今頃になって言っても仕方がないことである。

 さて、安倍政権は衆参両院で三分の二の議席を得たとして、いよいよ憲法を変えようと前のめりになって来ましたね。

前置きが長かった。ここからが憲法問題である。

 よって今日は、この憲法問題について少し述べたい。細かいことは抜きにして、その本質だけを抽出して述べたいと思っております。

やーめた。

疲れたので、今日はこれで終わりにする。いずれにしても最初のほうに一面の大見出しを掲げておいたので、それを読んでいただければ話は簡単である。今回の講演、意地悪く言えば、いきなり憲法問題を論じちゃうと話がすぐに終わってしまうので、前置きを物凄く長く取った、ということになるだろう。

かく言うわたくしも、結論を書いてしまうとすぐに終わってしまうので、ああだこうだと話を脱線させるのが常なのだが・・・

2016/9/16

ジギャクテキブログ  
昨日の昼頃、次のようなコメントが寄せられた。

2016/9/15 12:15
投稿者:チキンジョージ
顕正会、日蓮正宗、創価学会の方へ質問です。
日蓮聖人は竜の口では命を守れたのに熱原の三人は、どうして必死に唱題していたのに命を落としてしまったのでしょうか?


質問の意図がよくわからないためか、誰もこの質問に答えようとしない。幸か不幸か、今現在のわたくしは無所属なので、質問に答える義務はないだろう。そう思って静観しようと決め込んでいた。

ところが今朝になって、再質問が発せられた。

2016/9/16 9:22
投稿者:チキンジョージ
巌虎さん、沖浦さん、大沢さん、マイケルさんに質問です。
日蓮聖人は竜の口では命を守れたのに熱原の三人は、どうして必死に唱題していたのに命を落としてしまったのでしょうか?
教えてくださいませんでしょうか。


ありゃりゃ、わたくしの名前が筆頭に挙げられているではないか・・・

これでは静観するわけには行かないだろう。

まず、日蓮聖人が悩ましい。いわゆる日蓮正宗系は日蓮大聖人と書くのが一般だから、この時点で警戒心を持つのが普通だろう。ゆえに誰も答えようとしなかったのかもしれない。

ちなみに沖浦氏は例外で、今は旅先なので投稿が不自由のようだが、もし普段の生活パターンの時ならば、それなりの回答を書いたのではないかと思う。もちろん、それが正解かどうかはわからないし、また、質問者の立場から見て納得できる内容かどうかもわからない。しかし、ともかく何らかの見解を示すのではないかと思う。

さて、本題である。

大聖人が竜の口で命を落とさなかったことは、結果論的に言えば御本仏なるがゆえである。仏は方便として死を迎えるけれども、本当は死んでいない。そのような意味が法華経には書かれている。それでいて、もし途中で殺されるようなことがあったならば、それこそ仏法は空理空論となるだろう。だから、御化導の途中で死ぬようなことはない。

五逆罪と申すは一に殺父、二に殺母、三に殺阿羅漢、四に出仏身血、五に破和合僧なり。

竜の口の法難については、例の大現証にばかり注目が集まるけれども、わたくしはわりと冷静に見つめている。ようするに仏は殺されない。いわゆる金剛不壊の仏身だからである。それは何も大聖人の発明特許ではなく、もともとそのように説かれているわけである。もし五逆罪の一つとして出仏身血ではなく殺仏という項目があれば話は違ってくるけれども、事実は上掲のごとくである。

一方の熱原の方々は凡夫であるから仕方がないのだ。強いて五逆罪に含めるならば、三番目の殺阿羅漢に該当するだろう。話はそれだけのことである。

だが、しかし、もう少し説明しておいたほうがよさそうだ。

どうして必死に唱題していたのに命を落としてしまったのでしょうか?

熱原法難の詳細はわからない。ゆえにわたくしの認識が正しいのかどうかわからないが、ともかく書いておきたい。ズバリ、上掲はややニュアンス的に間違っているような気がするのだ。

熱原の方々は退転を迫られた。武家だとかそれなりの階層の人ならば誓状を書かされたのかもしれないが、彼らは一介の農民である。ゆえに単純明快な選択肢を迫られた。念仏を唱えよと。念仏を唱えたら助けてやると。そこで彼らが選んだのは死である。死を選択したのだ。ゆえに堂々と題目を唱えた。結果、首を刎ねられた。

いかがだろう。ニュアンス的に間違っていると書いたのは、まさにこのためである。彼らは助かることを望んでいなかった。

あつわらの者どもの御心ざし、異体同心なれば万事を成じ・・・

かの有名な異体同心事である。やや切り文的ではあるものの、よく味わっていただきたい御文である。大聖人が一介の農民に過ぎない熱原の方々にまで注目あそばされていたという事実と、日興上人を通して大聖人の御指導が彼らにも届けられていたであろうことが、こうした御文から感じ取れるのではないかと思う。

これがいわば熱原法難の時の堂々たる振る舞いの伏線である。竜の口の時だって、たくさんの退転者がいた。ゆえに熱原の時だって、彼らが退転しても不思議はなかった。何しろ命が助かるのである。恥ずかしながら、わたくしならばそちらの選択肢を選んだかもしれない。

だが、彼らは死を選んだ。

このことを顕正会の浅井昭衛は次のごとく書いている。

 この所行はとうてい凡夫のなせるわざではない。名もなき農民が天下の権威を恐れず、身命を惜しまなかったのは、ただ大聖人の師子王心によく同心し奉ったゆえである。

近年、わたくしは浅井先生の批判ばかりをしているが、この一節にはシビレた。異体同心は文字通りに読めば誰にでもわかる。思いっきり俗に言えば、大同団結みたいな意味にもなるだろう。しかし、上掲はそうした浅見・浅識を打ち破るものであり、おそらくは異体同心の意味を最も正確にあらわしているのではないかと思う。

さて、何を言おうが現実問題として、大聖人は竜の口において虎口を脱することが出来た、だが、しかし、熱原の方々は命を落とした、ということがある。ワカラズヤであれば、きっとこの部分にいつまでも執着することだろう。

わたくしは今朝、開目抄を拝読した。いわば竜の口直後の御書である。では、大聖人がそこでどのような御指南をあそばしているか、拝してみよう。

命は法華経にたてまつる。名をば後代に留むべし。

大聖人御自身は命が助かったとは思っていなかった。開目抄では竜の口の大現証をまるで宣伝していないのだ。それよりもむしろ逆の意味を仰せになられているのである。

日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ。此は魂魄佐土の国にいたりて・・・

日寛上人が当該御文を詳細に分析されて、御本仏の成道について論証あそばしていることはつとに有名であるが、思えばずいぶんとネガティブな御文である。何しろ「頸はねられぬ」だからである。

甚だ生意気を言うようであるが、上掲の二文はいつでもすぐに思い浮かぶ。しかし、次の御文は今回の拝読がなかったら、ここに書けなかっただろう。

母子共没とは終に法華経の信心をやぶらずして頭を刎ねらるゝなり。

怖ろしくネガティブである。そして当然ながら、これらの御文は悉く御自身のことを仰せられているのである。

と同時に、弟子檀那すなわち全門下に対して、信心のあり方を教えているわけなのだ。

ここまで来れば、熱原の方々はなぜ助からなかったのか、などという筋違いの質問はすでに用済みのはずである。むしろ我々の信心のあり方が問われているわけであり、まさか今の時代にあのような傍若無人のことが行なわれるとは思えないが、万々一ということもあるし、またそれに準ずるレベルのことはいくらでもあるだろう。その時、自分がどのように振る舞えるかが問われるのだ。

かく言うわたくしは、偉そうなことを書いてはいるものの、たぶん、イザとなれば、みっともない振る舞いに終始することだろう。いつもの自虐パターンではあるが、まあ、こういうふうに書くことが自戒の意味にも通ずるだろうと思って、一言付け加えさせていただいた次第である。

2016/9/9

ムテキクン  
顕正新聞第1385号の続きを見ていこう。女子部第六十八区班長は、長年反発を繰り返してきた夫が基礎教学書の広告を読んで態度を改めたことを報告している。

しかもである。なんと夫が、

「御奉公に使ってくれ」と五万円を差し出してきた・・・

というのだ。

あえて言うならば、「御奉公」がアヤシイところだ。これは現代においてはほぼ死語と化しており、これを頻繁に使っているのは顕正会員くらいである。つまりは顕正会用語なのだ。

顕正会に無理解だった夫が御奉公などという表現を使うだろうか、というのがわたくしの疑問である。

それはさておき、続きの文章が素晴らしい。

 「もしお前が死んだら、顕正会で葬儀をあげられるように、顕正会の住所と電話番号を書いて俺に渡せ」と言ってきたのです。

法華講員に言わせれば、どこが素晴らしいのか、ということになるだろう。顕正会で葬儀を挙げても成仏できないと。

この際、それは別の議論と考えていただきたい。わたくしは次の記事との対比において、素晴らしいと思うのである。

30年大反発の父、臨終の直前に入信
 色白く柔和な相に有難さでいっぱい

「いかなる人も」の大慈大悲に感泣


婦人部大宮支区班長の記事に付された見出しである。長年大反発していた父が最後の最後に入信したことは感動的である。

遂についに入信

わたくしは当初、この小見出しを誤植だと思った。しかし、本文中にそのような記述があるので、それに従ったのだろう。強調表現の一種と考えられる。

しかし、次のくだりはいかがなものかと思った。

私たちが邪宗の葬儀に列席しない旨を伝えると快諾してくれ・・・

彼女には兄がいて、どうやら葬儀はそちらのほうで執り行なうらしいのだ。ゆえに兄に対して、葬儀には出ない旨を伝えたという。

しかし、これはいかがなものかと思う。

最後の最後に入信した。これは感動的である。しかし、厳密に言うと、それは最後の最後ではなかった。最後の最後に邪宗で葬儀を挙げられてしまった。これが正真正銘の最後の最後である。
終わり良ければ総て良し、という。その意味では臨終直前に入信できたことはよかったのだろう。しかし、葬儀は邪宗だった。ならば、ダメである。それでは終わり良ければすべて良しとはならないからである。
しかも娘は邪宗の葬儀だからとその場には立ち会わなかった。はたしてそれで父親が喜んでいるとでも思っているのだろうか?

ひるがえって前述の女子部班長の話は、長年反発の夫がここに来てようやく一定の理解を示し始めたものの、現時点ではまだ入信に至っていない。しかし、その夫がである。妻の死後を案じて、顕正会の住所と電話番号を聞いたわけである。考えてみるがいい。何も妻が先に死ぬと決まったわけではないだろう。その逆の可能性も十分にある。フェアに考えれば五分五分だ。では、逆の場合はどうか、である。もちろん記事にはそこまでの記述はない。ゆえにわたくしの感触で言うわけだが、どうも夫の場合は、お前の好きにしろ、ということではないかと思うのだ。つまり、妻が先に死んだ時には、夫が顕正会に連絡を取って、儀礼室で葬儀をやってもらうという段取りになるわけだが、夫が先に死んだ場合も同じく顕正会で葬儀を行なうことになりそうな雰囲気なのである。

さて、この二つの対極的な記事について、どちらを支持するかは議論の分かれるところかもしれないが、すでに述べたごとく、わたくしは女子部班長のほうを支持したいと思う。

ちなみに、話がややこしくなることを承知で書くと、くだんの記事には次のようなくだりがある。

家にあった阿部日顕の書籍をすぐさまゴミ箱に捨てた・・・

ダメだ、こりゃ。

ようするに活動報告である。彼女の班で三月に創価学会・法華講を経て入会してきた人がいて、その人が日顕上人の著作をゴミ箱に捨てたという話なのだ。この記事からは読み取れないが、当然、この人は御本尊を持っていたはずである。それはおそらく返納したのだろう。それが今の顕正会の常識だからである。御本尊は返納という形を取る。それは不敬を恐れるからだろう。ならば本もそれに準じて考えるべきはずである。

これまた議論の分かれるところかもしれないが、わたくしは誰が書いたかは問題ではなく本をごみ箱に捨てるという行為が物凄く罰当たりに感じられるのだ。

この罰当たりは仏法上の道理を言っているのではなく、いわゆる世間普通の義においてである。
例えば、食べ物を粗末にすると罰が当たるという。これはきわめて初歩的というか、ごく普通に言われていることだろう。ゆえにわたくしは元来の貧乏性も手伝ってか、賞味期限が過ぎたくらいでは食べ物を捨てない。そのままゴミ箱に捨てるのはモッタイナイというケチな考えもあるわけだが、それと同時に、物凄く罪悪感を覚えることでもあるからだ。
紙媒体は線引きが難しいものの、いわゆる書籍、具体的には装丁が施されているものが相当するだろうか、これはもうゴミ箱には捨て難いものである。ちなみに新聞雑誌類についても、今はゴミ箱に捨てることはない。地域にもよるだろうが、いわゆる分別収集が義務付けられているので、その意味からしてゴミ箱にそのまま捨てるようなことはしないのだ。
以上のような理由から、日顕上人の御著作だからケシカランという意味を度外視しても、許されざる行為である。顕正会はそういう非常識なことを会員に教えているのかと、文句を言っておきたい。

最後に「食は薬なり」の記事を取り上げよう。これはもう何号も前に、いよいよシリーズ連載が始まるみたいなことを謳っておきながら、ストップしていた事案である。その理由はともかく、ようやくシリーズが始まった。今回は和食がテーマだ。

関谷・和食料理長 入魂の逸品の数々
 手間ひま惜しまず、惣菜・特製弁当
 芙蓉茶寮は食品添加物を一切不使用


もうこの見出しだけで十分だろう。和食料理長の顔写真もなかなかの風格を感じさせるし、「第2青年会館」落成祝賀弁当の写真も見るからにウマそうだ。

広宣流布の輜重部隊

何やら聞き慣れない言葉が出てきた。実際、記事にも輜重(しちょう)とルビが入れられているくらいだから、知らない人が多いのだろう。これはいわば軍事用語の一つである。思えば顕正会の組織自体が軍隊っぽく、とりわけ男子部あたりはまさに軍隊を思わせるような役職が並んでいるので、わりとそういう意味では整合性があるのかもしれない。

料理長の言葉で含蓄を感じたのは、次のくだりである。

味付けが上手だから美味しいのではなく、食べ慣れたものが美味しく感じられるのです。

う〜ん、実にイミシンである。

2016/9/6

イカリガバクハツ  
沖浦氏は法門について、ひじょうに自信を持っているらしく、直近のコメントでは創価学会の誤りをハッキリと指摘しているくらいである。

 御書に明確ですので、現在の創価学会教学部の解釈は誤りです。

ここでは具体論に立ち入らないが、まさにご覧のごとくである。

 但し日蓮正宗時代が長かったので、現在改定作業を行っている最中です。
 近い将来必ず是正されると思います。


そして近い将来必ず是正されるとのことだ。当然、その意味するところは、沖浦氏の主張に限りなく近づいていくということなのだろう。

しかし、はたしてそうだろうか?

わたくしには信じ難い話である。ただでさえ、今現在においても過去との整合性が保てなくなっているのだ。それがさらに進めば、もはや支離滅裂にならざるを得ないだろう。ゆえに、そんなバカなことはやらないはずだ、というのがわたくしの予想である。

さて、話は変わる。

 最近では「創価学会って何してるの」とのミニドラマ・茶番劇を見かけますが、このような下卑た宣伝とは比べるのも恐れ多く・・・

今日も顕正新聞第1385号の続きを見ていくわけだが、ご覧の男子部第二十隊支隊長の記事が興味深い。

顕正会では昨年の今くらいに基礎教学書を発刊した。それがどうしたわけか、半年以上も経ってから、盛んに新聞広告を打つようになった。本年の六月七月あたりに盛んに広告を出していたようである。今も継続的に行なわれているのかどうか知らないが、ともかく発刊の時期と広告の時期がずれている点がやや不可解である。あるいはいつものごとく、単なる行き当たりばったりなのかもしれないが・・・

話を戻そう。

支隊長が言っているのは、いわゆる広告・宣伝の意味では同じ土俵であるが、しかし、顕正会の広告と創価学会のそれとはわけが違う、天地雲泥の差があるのだ、ということだろう。
顕正会の肩を持つつもりはサラサラないと断わっておこう。その上で言えることは、確かに顕正会の広告はストレートである。一方の創価学会のそれはかなり婉曲というか、いわゆる摂受的とでも表現すべきところかもしれないと思う。いや、失礼。実はわたくしはまだ「創価学会って何してるの」を視聴していないのだ。ただ、ラジオでも類似の宣伝が流れているので、それと同じと見做した上で感想を書かせてもらった次第である。
しかし、見方を変えれば、顕正会の広告はヘボいのだろう。創価学会のそれはウマいということだ。

上述は顕正会の肩を持つどころか、結論的にはその逆になってしまったようだ。このままではひじょうにマズいので、少し加筆しておこう。

ようするにどれほどウマかろうが摂受的であればダメである。それでは大聖人の仏法を正しく伝えていないからである。一方の顕正会の広告はドヘタである。まるで洗練されていない。しかし、大聖人の仏法をストレートに伝えようとしている意味で、正しいのだ。

しかし、他のブロガーなどの観察によると、基礎教学書はあまり売れていないらしい。もちろん一般向けにはである。新聞広告による宣伝効果がまるでないらしいのだ。当然、本部首脳も最初から過度の期待はしていないだろうけれども、しかし、どうだろう、今現在の売り上げだとか反響などを見て、どのように感じているのだろうか?

半年後に迫った成人式を見つめ・・・

同じ登壇の中の記述だが、これはめずらしいと思った。ようするにこの登壇者自身が成人を迎えるわけなのだろう。わたくしの注目点はまさにここである。

つまり、彼は今どきの若者なのだ。当たり前のようにインターネットを活用している。ゆえにくだんの創価学会の宣伝にも気がついた。そして実際に閲覧もしているのだ。
ということは、彼は宗門の動向にも関心があるに違いない。当然ながら、宗門側がどのような発信を行なっているか、チェックしているはずである。
まさに諸刃の剣である。彼は二十歳を前にしてすでに支隊長という、男子部のホープなのだ。しかし、もし仮に宗門問題に深入りすれば、そこで大きな変化を生ずることになる。どのような変化であるかは詳述するまでもなかろう。顕正会にとってはよからぬ結果を招くかもしれないのだ。

 このような重厚な広告が一部一〇円とは・・・

前後するが、同じ記事の前のほうにご覧の記述がある。これは普通に読んでも意味がわからないだろう。新聞広告は新聞代金の中に含まれているわけで、新聞購読者がそれを別枠で支払うようなシステムはどこにも存在しないはずだ。

つまり、これは顕正会が独自に一枚刷りの広告を作って、一部十円で会員に購入させているという話なのだ。それを折伏の場で活用する。しかし、それだけでは重みがない。そのために、いわば箔を付ける意味で新聞広告を打った。ゆえに、本当ならば広告の載っている新聞をたくさん買って、それを見せたほうがさらに説得力を増すはずなのだが、さすがに不経済である。よって、上述のような手段を取ったわけなのだろう。

折伏の場で活用するという意味のことは、多くの幹部が言っていることである。次の第十二男子部長の発言も、まさにその延長線上に位置するものだろう。

一般紙に掲載されたことが顕正会の好印象につながり・・・

ちなみに同部長の記事は、次のくだりが凄まじい。

諸天善神の怒りが爆発・・・

やや誇張表現が過ぎるような気がする。この先、もっと凄いことが起きたら、いったいどのように表現するのだろうかと心配になる。さしあたっては、諸天善神の怒りが大爆発、と書けばよさそうだが、さらにそれを上回る表現が必要になったら、さて、どうするものだろうか?

2016/9/4

コウキシュクセイ  
沖浦氏からは毎日たくさんのコメントが寄せられる。その大半は同じような話の繰り返しであり、正直なところ、わたくしはウンザリしている。ところが昨日の午前十一時に投稿されたものは違った。なかなか中身の濃いコメントだった。ここでは詳述しないが、なかなか考えさせられる内容だった。

さて、今日は顕正新聞第1385号の各種登壇を見ていこう。まずは女子部総務の記事の、冒頭の一節だ。

 国難三年の中盤戦、空前の二万三千六三七名の大折伏が叶ったとの報に、真っ先に手を叩き、そっと涙を拭われた浅井先生の尊きお姿に熱涙込み上げ、大感動で五体が充満いたしました。

真っ先に手を叩き、そっと涙を拭われた・・・

この描写は秀逸である。大幹部になればなるほど、言っていることが似たり寄ったりになってきて、つまらない。そうした中で上掲の文章は他に類例を見ない、ひじょうに貴重なものだと思う。

そこでいつものごとく、わたくしはあえてイヤラシイことを書くわけだが、ようは拍手が起こるまでに一瞬の間があったわけなのだろう。そこで浅井先生が先鞭をつけるというか、率先垂範で拍手をしたのだ。

では、なぜに間が空いたのか、である。

イジワルな想像をすれば、活動会員たちの多くが苦戦を強いられていて、おそらくは誓願に届かなかった人たちも少なくないのかもしれない。そういう人たちは思うのだ。あれ? そんな数字が出るのかな? 出るはすがないのだが? なぜならば自分も自分の周りも皆が皆、苦戦していて誓願に届かなかったり、あるいはギリギリで誓願を達成したというケースがほとんどだからである。もしや本部のほうで成果を盛っているのではないか? 粉飾しているのではないか?

実にイジワルな想像ではあるが、もし多くの活動会員たちがそのような疑念を懐いたとしたならば、なるほど、拍手を躊躇するかもしれない。それが一瞬の間を作ったとも考えられるのだ。

涙を拭ったことについては、つまらぬ想像をしても仕方がないのでやめておくが、客観的な事実として一つ書いておこう。

壇上の幹部席にいる人は浅井先生の表情を確認できない。

いや、そうとも言い切れないのだが、少なくとも確認しづらいのは事実だろう。最前列に座っている人は真横を向かないといけないし、二列目以降の人たちは先生の後姿を見ることになるので、わかり難いはずだ。あるいはビデオで確認したのかもしれないが、いずれにしても彼女以外にはこのことを誰も書いていないので、その意味で貴重である。

例年とは比較にならない先手の折伏で・・・

話を進めよう。同じく女子部総務の発言であるが、これはまたキツイことを言うものである。この記事は七月度班長会すなわち七月末の話だ。いわゆる秋の三連戦を前倒しして、さっそく八月から戦いを開始しようと言っているわけなのだ。

ともかく言うは易しである。第二十四女子部長の発言も同様だ。

日目上人縁の地・栃木に、一日も早く県民過半数・百万の地涌の菩薩を糾合し・・・

栃木県の人口が二百万弱ということなのだろう。その過半数たる百万人を入信させると言っているわけだ。これは浅井先生が六千万を云々することに対応しているわけで、師匠が日本国民の過半数の弘通を決意されているのであれば、自分は担当する地域において過半数の弘通をなすのみという、師弟相対の誠を尽くす意味がよくあらわれているのだと思う。

しかし、これも意地悪く言えば、師匠も大ボラ吹きならば弟子も大ボラ吹き、ということになるだろう。

公権力による十数度の弾圧にも潰れなかった・・・

前後するが、同じ記事の中ほどに、上掲の記述がある。

これは何だろう? 具体例がほしいところである。おそらくは数々の逮捕事件のことを言っているのだろう。それが合計すると十数度に及ぶということらしいが、ニュアンス的にはそれらはすべて不当逮捕だったと言っていることになりそうだ。しかし、はたしてそうだろうか?

大聖人は数々の法難について自ら繰り返し言及あそばしている。それは申すまでもなく、仏法上の重大な理由があってのことだ。

ならば顕正会も同様だろう。この際、公権力による十数度の弾圧について、顕正新聞で特集したらどうかと思う。逮捕事件の一々の事例について、具体的にどのような処分が下されたのか、そしてそれがいかに不当であるか、真実はどうであったか、などを書いたらよろしいと思う。当事者のその後についても知りたいところだ。退転か、未活動か、あるいは現役バリバリの活動会員か、これらのことも書いてほしいものだ。

最近は顕正会の弁護士第一号である某氏の出番がないようなので、上述の特集号を作るとなれば彼の活躍の舞台にもなるだろうから、ぜひともやっていただきたいものである。

そうそう、思い出した。小峰氏がシュクセイされたとのコメントが寄せられているが、これははたして本当なのだろうか?

わたくし自身は何の情報網も持たないので皆目見当もつかないが、俄かには信じられない話である。

2016/9/1

イヤミなブロガア  
意外にも沖浦氏は聖教新聞をよく読んでいるようだ。

 「磯村さんを見習って、創価学会に入りなさい」

確かに理想的な話である。ようするに磯村さんは地域の人たちから慕われているわけであり、そうした磯村さんの人望が創価学会に対する偏見を払拭していったという話なのだ。これならば強引な折伏によるトラブルなど起きようはずもない。顕正会員も少しは参考にすべきだろう。

 この巨大教団が今も会員のために存在すると言う大原則を保ち続けていることは、現代の奇跡でしょう。

この点は少し注意を要すると思う。沖浦氏は公明党の支援をしないことを公言している。それは会員のために存在するという大原則を破ってしまっているからだろう。さまざまの政策において、沖浦氏の目から見て、とてもじゃないが会員のため(この場合は党員のため、延いては日本国民のため)にはならないと思えるからだろう。ならば、その公明党を組織的に支援している創価学会は同じ穴のムジナということになるわけで、すると沖浦氏は公明党を批判するだけでは済まない話になるはずなのだ。つまり、沖浦氏は創価学会本体を批判しないといけない。

いや、別に焚き付けているわけではない。ようは一事が万事、沖浦氏にはそうした自己矛盾のようなものが常につきまとっている。それにもかかわらず、本人は気がつかずに投稿しまくっている。おそらくはこの点に多くの人が不満・憤懣を募らせているのだろう。ここに沖浦批判が絶えない理由の一端があるのだと思う。

磯村さんを見習うのであれば、細やかな配慮というものを身につけたいものだ。

さて、早くも九月を迎えてしまい、毎度の時間差攻撃(?)で恐縮であるが、今日は七月度班長会の特集号を取り上げたい。もっとも、これはわたくし一人の責任ではない。顕正新聞第1385号すなわち八月十五日号が、今わたくしの手元に届いている分では最新号なのである。つまり、二十五日号がまだ到着していない。相変わらず顕正新聞の発行は遅れ気味である。

「中部大会」の会場決定
明年4月「浜松アリーナ」で


会場の内部の写真が掲載されているが、なかなか立派なアリーナである。
収容人員について、どこかのブログで云々しているのを読んだ。どうやら一万人は入らないらしい。だから欺瞞であると。そういう論旨だったと思う。
わたくしは別の着眼点から書こう。今後、数年にわたって全国各地の一万人前後の会場で、地方大会が繰り返し行なわれる。その都度、顕正会員で埋め尽くされた会場の様子が顕正新聞に掲載される。

興ざめするようなことを言って恐縮だが、ぜひとも言いたい。だから何なの? と。

ようするに、だったら東京ドームで五万人の大会をやれよ、と言いたいのだ。

地方大会の欺瞞は応援部隊を送り込めばいとも簡単に満員を演出できることである。極論すれば、四十七都道府県ごとに大会を開いて、そこに一万人を結集することが可能なのだ。単純計算すれば、実働会員が全国に四十七万人いることになる。しかし、実際には存在しない。

数字の欺瞞はいつものことなので、この程度でやめておこう。当該記事で驚いたのは、次のくだりである。

以来、静岡・山梨・長野・岐阜四県の顕正会員は・・・

え? 何それ?

たぶん、地理に詳しくない人にはピンと来ないだろうけれども、上掲はごく一般的な常識人であれば、すぐに気がつくはずである。

愛知県はどうしたのだ?

これはもう、ハッキリ悩乱しているとしか言い様がないと思う。

http://white.ap.teacup.com/ganko/2046.html

しかし、リンク先をご覧になるとわかるように、実は浅井先生的には整合性を取ったつもりのようである。つまり、一昨年の静岡講演で上掲の四県を云々しているので、今回の記事はそれに合わせた意味があるのだろう。

それにしてもである。会場は浜松なのだ。これまた地理オンチには実感が湧かないかもしれないが、愛知県はすぐ隣なのである。それこそニュアンス的にはお隣さんのような感じだろう。

しかもである。これまたリンク先を読んでもらえばわかるのだが、その前年の京都講演では岐阜県を仏法上の近畿圏だと言っちゃっているのである。

ああ、やっぱり、悩乱しているのだ。

いずれにしてもである。浜松アリーナで中部大会が行なわれれば、すぐ隣の愛知県の顕正会員が不参加のはずがないし、おそらくは仏法上の近畿圏からもたくさんの応援部隊が来るし、関東方面からも来るだろう。そうして一万人の大会を演出するのだ。

だったら東京ドームで五万人の大会をやれよ・・・

ありゃりゃ? 話が元に戻ってしまったぞ?

http://white.ap.teacup.com/ganko/1898.html

今日はもう面倒臭くなったのでそろそろ終わりにするが、せっかくなのでリンク先を参照したい。

岐阜に断じて広布の大潮流!
 「近畿圏」に入れて頂き熱鉄の闘志


女子部第百二十一区長の記事に付された見出しである。つまり、彼女は岐阜県の人である。そして例の京都講演で、浅井先生は岐阜を仏法上の近畿圏だと言った。彼女はそのことを、いわば感謝しているわけである。

そして今度は静岡講演である。

 きょうのこの御入仏式には、静岡・山梨・長野・岐阜の四県の幹部が参列しております。この四県は日本列島の中央部だから、ここを中部地方という。私はことに仏法上の意味で中部地方と言っております。

どうなんだろうね。人にもよるだろうけど、短気の人ならば怒るだろう。オイ、オマエ、一年前には仏法上の近畿圏だと言ってただろうが、それが今度は仏法上の中部地方かよ、ふざけんな馬鹿野郎、と。

ぜひとも百二十一区長の感想をお聞かせ願いたいものである。


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